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(4)コンタクト-2

「はぁ?」
 突然この人物は何を言っているのだろう? 
 それが僕の率直な感想だった。
 しかし当惑する僕を神木はまるで意に介さす様子はない。
「これは内示だ。会社の決定事項だから、君の意思は関係ない」
「はぁ」
 とりあえず僕はにわか返事をする。
「これは前社長のご意志……いやご遺志を踏まえたモノだ」
 神木はにこやかな笑みを浮かべたが、僕にはそれが少し気味悪く感じられた。
「よく聞きたまえ、吉沢君。先日先代の丸尾社長は失踪されたのだ」
「ええ!?」
 神木の言葉に僕は声を上げて驚いた。確かに丸尾とはこの一週間連絡が取れない状況が続いている。何せ彼の携帯電話に連絡をしても奴は電話に出ない、それにメールの返事もない。僕はてっきり丸尾が多忙を極めているからだとばかり考えていた。
 神木は丸尾の失踪についてこう補足した。
「私の訊いている限りでは、一週間ほど前に開催された熊本での打ち合わせがあったらしい。その後、北海道への出張の予定があったそうなのだが、その間に失踪されたらしい」
 あの丸尾が失踪なんて信じられない。
「僕はあいつと……いえ、熊本にいる丸尾社長と携帯電話で会話しています。もしかすると何かの事故に巻き込まれたのかもしれません、だから……」
「だから何かね?」
 僕は『だから』の後の言葉を探す。
 しかし直ぐには適当な言葉が見つからなかった。
 神木はソファに座り直し、険しい顔つきでこう言った。
「いいかね、吉沢君。私の目的は君に社長昇進の内々示を伝えに来ただけだ。社長の失踪に関しては、私の知る限りではないのだ。今は亡き社長のご遺志を継ぐ事が残された我々の義務ではないかな?」
「まるで丸尾が死んでいるかのような口ぶりですね」
「吉沢君、大の大人が一週間以上も連絡が取れない状況が続いているのだよ」
「……」
「会社としては最悪の事態を想定して当然だろう?」
 神木の言う事はもっともだ。しかし--。
「警察には連絡しているんですか? ニュースにもなってませんよね」
 僕の問いかけに対して神木は冷淡に回答した。
「何度も言わせないでくれたまえ、私の知る限りではないのだよ、吉沢君」

(4)コンタクト-3

「神木さん、丸尾の命に関わることかもしれないのですよ!」
「いいかね、吉沢君よく聞きたまえ」
 神木執行役員は僕に顔を近づけるとドスを効かせてこう言った。
「丸尾前社長は、我々の期待に添えず失踪されてしまったのだ」
「し、しかし……」
「聞きたまえ、吉沢君!」
 神木は一喝した。
 僕と神木の二人しかいない応接室に神木の声が響き渡る。
「丸尾社長の安否についてはご家族にお任せしている。警察に届けでないことも彼のご家族なりのご判断があってのことだろう」
「そ、それにしても……」
 神木執行役員は続ける。
「会社としては、彼のポジションを代表取締役兼最高執行責任者からただの最高執行責任者に異動させて頂くことにした」
 社長と最高執行責任者の何が違うのか僕にはさっぱり分からない。
「すみません、ちょっと僕はその--役職名について疎いもので……」
「いいかね、君が明日を担う代表取締役兼最高執行責任者だ!」
「は、はぃ」
 結局、僕は神木に気圧され丸め込まれてしまった。
「明日の一八時に本社へ来たまえ。一階のロビーで待っているよ」
「承知しました」
 神木は僕の返事を聞くと満足そうに応接室を立ち去った。
 僕は今し方受けた内内示についてぼんやり考えながら自分のデスクに戻った。あの丸尾がまさかの失踪するとは。そして僕が次期社長? 先週の丸尾はそのことを僕に伝えたかったのだろうか。僕の頭の中は混乱した。だから例の如くたばこ部屋で考えることにした。
 僕がタバコ部屋へ入ると丁度神木が休憩していた。本当は内内示を他の人間に相談しては不味いのかもしれないが、今の僕には誰かに相談せずにはいられなかった。結局、僕は藁にもすがる思いで神木に相談する事にした。
「神木君、少し相談に乗ってくれるかい?」
「ええ構いませんよ」
 神木は二つ返事で快諾してくれた。
「実は僕は先日課長に昇進したばかりなのに、早くも次の人事異動の内々示をうけたんだよ」


(4)コンタクト-4

「へぇ、本当に異例の早さの昇進ですね、さすがは丸尾社長の見込んだ男だけの事はありますね。で、役職は何ですか? 部長ですか?」
 神木の質問に対する回答に少し時間を要したモノの僕は正直にそれを伝えることにした。
「実は社長らしいんだよ」
「ええ?」
 さすがの神木も驚いたらしい。
「冗談じゃないんですか? 二週間前に社長の交代があったばかりじゃないですか?」
 僕は丸尾の失踪について他言して良いモノかどうか考えあぐねたが、結局神木を信用して現状を打ち明ける事にした。
「実は、丸尾は失踪したらしいんだよ」
「はぁ、失踪ですか?」
 神木はピント来ないらしい。もちろん僕だって同じだ。
「丸尾が失踪する前に遺言で残していたらしいんだよ、僕は社長になるよう遺言を……」
「うーむ」
 しばらく神木は唸って考えこんでしまった。
「神木君はどう思うかな?」
「それって『棚ぼた』出世じゃないですか? 僕はそう思いますよ」
 神木の言う事はもっともだけれど、僕としてはどうにも釈然としない。『棚ぼた』にも限度というモノがあるだろう。
「吉沢さんは難しく考えすぎなんですよ」
「そうかな?」
「そうですよ、素直に喜びましょうよ」
 神木がそう言ってくれると僕も多少気が楽になる。
「僕が社長になったら、君は僕の側に使えてくれるかい?」
「もちろんです、吉沢さんが本当に社長になればどこまでもついて行きますよ!」
「ありがとう、心強い限りだよ」
 僕は神木に礼を言ってタバコ部屋を出た。少し気が楽になったけれど僕は相変わらず気が重い。原因は分っている。課長という役職ですら僕のキャパをオーバーしているのに果たして社長という職務など務まるのか。そして失踪してしまった丸尾の件も気に掛かる。
 この件は嫁の聡美にも報告する必要があるだろうが、電話やメールではとてもうまく説明できそうに無かった。僕はアパートで直接打ち明けるつもりだ。


(4)コンタクト-5


 退社後、僕は真っ直ぐアパートへ帰った。アパートの部屋の明かりは消えていた。
「買い物にでも出かけているんだろうか?」
 僕は靴を脱いで居間へ向かう。
「ただいま」
 僕は誰もいない部屋に向かって帰宅の報告をする。本当に誰もいないらしい。リビングへ入るとテーブルの上に書き置きがある事に気づいた。

『急用が出来たので実家へ帰ります。明後日には戻ります。聡美』

 紙に書かれたメモを見て僕はため息が溢れた。聡美と結婚してからたまにこういう事があった。聡美の実家はこのアパートから多少距離がある。僕は人を束縛するタイプではないから、結婚以来聡美を自由にしてきた。しかし、今日ほどそれを後悔した日はない。
「はぁ……」
 思わずため息がこぼれた。僕は今聡美に会いたかった。会って聡美を抱きしめて現実を感じたかった。仕方なく、僕は聡美の携帯電話に連絡した。

『おかけになった電話は現在電波の届かない場所にいるか……』

 僕はめげずに三回聡美の携帯電話にコールした。しかし結局聡美と連絡をとることは出来なかった。僕は神木の言葉を思い出しながら、その日眠れない夜を過ごした。


(5)社長就任-1

 翌日の定時後、僕は神木の指示通りに本社ビル一階のロビーにいた。滅多に来ることのない本社ビルにいるだけで緊張する。
 まず右も左も分からない僕はまず最初に受付へ向かった。
 本社ビルの受付嬢は僕達のいる雑居ビルの警備員などとは品格からして違って見えた。
「すみません」
「こんにちわ」
 綺麗な笑顔が返ってきた。
「本日の一八時に神木執行役員と打ち合わせの約束をしている吉沢です」
「吉沢さんでいらっしゃいますね? 少々お待ちください」
 受付嬢は手際よく内線で僕の約束の確認をしている。
 確認が終わると受付嬢は笑顔でこう言った。
「まもなくこちらに迎えのモノが参りますので、今しばらくお待ちください」
「分りました」
 僕は受付嬢の邪魔にならないように、その場を離れロビーの長いすに腰を下ろした。暇つぶしに僕は周囲を見渡す。僕の過ごしている雑居ビルとは違って色々な人間が出入りしているようだ。
 ぼんやりと時間を過ごしていると、僕の背後から誰かが声を掛けた。
「あなたが吉沢さんですか?」
 僕は急いでいすから立ち上がって振り返った。
「ええ、私が吉沢です」
 僕に話しかけてきた人物は神木ではなかった。僕の知らないのっぺりした風貌の若い男性だった。
「えっと、あなたはどちら様でしょうか?」
「申し遅れました、私は副社長秘書をしております柏木修平と申します」
 副社長秘書という肩書きを聞いただけで僕は圧迫感を覚えた。どうやら僕は肩書きというモノに弱いらしい。
「今後の段取りを簡単に説明させて頂きます、どうぞこちらへ」
「はい」
 柏木は先だって歩き始めた。僕は遅れないようにその後ろをついて歩く。柏木は僕の方を振り返ろうともせず無言のまま一階の奥まった通路を進んでいく。すると通路の奥にいかつい警備員が二人立っていた。まるで門番のようだ。
「ご苦労様です」
 柏木が形式張った口調でねぎらいの言葉を書けると、門番の一人もロボットのようにこう返事した。
「社員証を拝見させて頂けますか?」


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