閉じる


<<最初から読む

23 / 44ページ

(3)課長-7

 どうも丸尾らしくない返事だ。いつもなら豪快に「がはは」とか笑って返すはずなのに少々様子がおかしい。 
「ところで、君は元気に社長業務やってるのかい?」
「まぁ、な。多分」
 どうにもはっきりしない口ぶりだ。
「吉沢、そっちはどうなんだ?」
「どうにか今週を乗り切ることが出来たって感じかな」
「そうか、そいつは良かった」
 やはり丸尾らしくない。
「ところで丸尾は一体どんな社長業務をこなしているんだい? まさか本当にソリティアに励んでいる訳じゃないよね?」
「悪い。守秘義務だから言えないんだ、マジですまん」
「守秘義務?」
 僕は守秘義務というキーワードを聞いて、辺りを見回した。うん、特に誰もいない。
「大丈夫だよ、丸尾。周りには誰もいない」
「そうか、なら良いんだ」
「というか、僕との会話でそんな大それた話しないだろ?」
「いいか、吉沢。たとえば社長様のたわいない一言が株価に影響を与えるんだ。だから原則一切合切が守秘義務の対象となっているんだよ」
 なるほど、らしくない口ぶりの原因はそれか。
「まあ何にしても丸尾社長も色々大変なんだなぁ」
「いや、正直うちの会社の社長職は大変なんてものじゃない。ヤバイ」
「へぇ、激務なんだ」
「まあ、そう言えるかもしれない」
 相変わらず歯切れは良くないが、『雲の上の人』の感想なんてそうそう聞けるモノじゃない。
「ところで丸尾は今も本社なのかい?」
「いいや。違う、うーん、言っても良いのか。俺は今は熊本辺りだ」
 丸尾の言葉に反応するかのように『サーザー』と携帯電話に耳障りなノイズが乗った。
「すまんな、今社長専用の携帯電話使っているんだ。少し旧式らしくてノイズが乗るらしい」
「そうなんだ。大丈夫だよ、声は届いてるから」
「そうか、なら良いんだ」
 丸尾は心配そうにそう呟いた。


(3)課長-8

「でも暖かいところで羨ましいねぇ、こっちは相変わらず真冬だよ」
「暖かいどころか……ザーザー」
 再びノイズが乗る。そのノイズを合図にしたかのように丸尾はこう言いだした。
「吉沢、お前にお願いがあるんだ」
「なんだい? 社長様の命令とあればなんなりと」
「茶化さないで聞いて欲しい……ガーガー」
 丸尾の言葉に反応するかのように再び音声に強いノイズが乗った。きっと丸尾のいる場所は電波の掴みが良くない所なのだろう。
「まぁ、なんだかよく分からないけれど力になるよ。友達だしね」
「そうか。じゃあ、--」

 プツリッ!

 突然丸尾の携帯電話は唐突に切れた。そしてそれっきりだった。
 リダイアルしようにも非通知なので相手の発信元番号は不明だ。
仕方なく僕は私用携帯の方へメールで『また連絡をください』と送った。僕はしばらくの間アパートの前で携帯電話とにらめっこをしていた。しかし一〇分待っても何の応答も無いので諦めて携帯を鞄にしまった。そして普段通り聡美の待つアパートの扉を開けた。


(4)コンタクト-1

 僕が課長に昇進して二週間が経ったある日の午後、ビルの受付から僕宛に連絡があった。
「吉沢課長ですか?」
「ええ」
「受付ですが、吉沢さんに面会したいという方がいらしています」
 今日はそんな約束をしていない。そもそも会社の人間であれば普通に通せば良いだけの話だ。どうしてワザワザ僕に連絡をして確認する必要があるのだろう。僕は尋ねる。
「どなたですか?」
 しどろもどろになりながら警備員は応えた。
「えっと……」
 僕にとってそれは意外な人物だった。僕は直ぐさま受付にその人物を応接室へ通すよう指示した。

 僕はネクタイを締め直して応接室へ向かうと、既にその来訪者はソファにどしりと座りくつろいでいた。その来訪者は僕にとっては初対面の人間だった。だが知らない人間ではない。いや、それどころかよく知っている人物だった。
 応接室には僕と来訪者の二人きりだ。
 来訪者は僕が部屋へ入るのを見計らってこう言った。
「取り敢えず座りたまえ」
「はい」
 僕は軽く一礼してその人物の真正面に腰を下ろした。
「君が吉沢伸介君だね」
 来訪者は改めて僕の氏名を確認した。
「え、ええ、そうです」
 僕はしどろもどろになりながら何とか回答した。
 すると、来訪者は自らの名前を改めて僕に告げた。
「私の名前は神木だ」
「ええ、お名前は良く存知上げております」
「それは光栄だ。ご存知のとおり私は一応会社から執行役員という肩書きを借りている」
 神木執行役員は校内放送で聞いたとおりのよく通る良い声をしていた。神木は十分な量の白髪に柔和な笑顔がよく似合うナイスミドルだった。
 しかし、僕には神木がどんな要件でわざわざ本社からこの雑居ビルまで足を伸ばしたのか皆目見当も付かなかった。そんな僕の腹の内を見透かしたかのように神木はこう言った。
「今日私は君に伝えなければならないことがあって、ここに来た次第だ」
「はぁ」
「実は次の社長は君に決まった」

(4)コンタクト-2

「はぁ?」
 突然この人物は何を言っているのだろう? 
 それが僕の率直な感想だった。
 しかし当惑する僕を神木はまるで意に介さす様子はない。
「これは内示だ。会社の決定事項だから、君の意思は関係ない」
「はぁ」
 とりあえず僕はにわか返事をする。
「これは前社長のご意志……いやご遺志を踏まえたモノだ」
 神木はにこやかな笑みを浮かべたが、僕にはそれが少し気味悪く感じられた。
「よく聞きたまえ、吉沢君。先日先代の丸尾社長は失踪されたのだ」
「ええ!?」
 神木の言葉に僕は声を上げて驚いた。確かに丸尾とはこの一週間連絡が取れない状況が続いている。何せ彼の携帯電話に連絡をしても奴は電話に出ない、それにメールの返事もない。僕はてっきり丸尾が多忙を極めているからだとばかり考えていた。
 神木は丸尾の失踪についてこう補足した。
「私の訊いている限りでは、一週間ほど前に開催された熊本での打ち合わせがあったらしい。その後、北海道への出張の予定があったそうなのだが、その間に失踪されたらしい」
 あの丸尾が失踪なんて信じられない。
「僕はあいつと……いえ、熊本にいる丸尾社長と携帯電話で会話しています。もしかすると何かの事故に巻き込まれたのかもしれません、だから……」
「だから何かね?」
 僕は『だから』の後の言葉を探す。
 しかし直ぐには適当な言葉が見つからなかった。
 神木はソファに座り直し、険しい顔つきでこう言った。
「いいかね、吉沢君。私の目的は君に社長昇進の内々示を伝えに来ただけだ。社長の失踪に関しては、私の知る限りではないのだ。今は亡き社長のご遺志を継ぐ事が残された我々の義務ではないかな?」
「まるで丸尾が死んでいるかのような口ぶりですね」
「吉沢君、大の大人が一週間以上も連絡が取れない状況が続いているのだよ」
「……」
「会社としては最悪の事態を想定して当然だろう?」
 神木の言う事はもっともだ。しかし--。
「警察には連絡しているんですか? ニュースにもなってませんよね」
 僕の問いかけに対して神木は冷淡に回答した。
「何度も言わせないでくれたまえ、私の知る限りではないのだよ、吉沢君」

(4)コンタクト-3

「神木さん、丸尾の命に関わることかもしれないのですよ!」
「いいかね、吉沢君よく聞きたまえ」
 神木執行役員は僕に顔を近づけるとドスを効かせてこう言った。
「丸尾前社長は、我々の期待に添えず失踪されてしまったのだ」
「し、しかし……」
「聞きたまえ、吉沢君!」
 神木は一喝した。
 僕と神木の二人しかいない応接室に神木の声が響き渡る。
「丸尾社長の安否についてはご家族にお任せしている。警察に届けでないことも彼のご家族なりのご判断があってのことだろう」
「そ、それにしても……」
 神木執行役員は続ける。
「会社としては、彼のポジションを代表取締役兼最高執行責任者からただの最高執行責任者に異動させて頂くことにした」
 社長と最高執行責任者の何が違うのか僕にはさっぱり分からない。
「すみません、ちょっと僕はその--役職名について疎いもので……」
「いいかね、君が明日を担う代表取締役兼最高執行責任者だ!」
「は、はぃ」
 結局、僕は神木に気圧され丸め込まれてしまった。
「明日の一八時に本社へ来たまえ。一階のロビーで待っているよ」
「承知しました」
 神木は僕の返事を聞くと満足そうに応接室を立ち去った。
 僕は今し方受けた内内示についてぼんやり考えながら自分のデスクに戻った。あの丸尾がまさかの失踪するとは。そして僕が次期社長? 先週の丸尾はそのことを僕に伝えたかったのだろうか。僕の頭の中は混乱した。だから例の如くたばこ部屋で考えることにした。
 僕がタバコ部屋へ入ると丁度神木が休憩していた。本当は内内示を他の人間に相談しては不味いのかもしれないが、今の僕には誰かに相談せずにはいられなかった。結局、僕は藁にもすがる思いで神木に相談する事にした。
「神木君、少し相談に乗ってくれるかい?」
「ええ構いませんよ」
 神木は二つ返事で快諾してくれた。
「実は僕は先日課長に昇進したばかりなのに、早くも次の人事異動の内々示をうけたんだよ」



読者登録

由納言さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について