閉じる


ガイ編19

「これは、ひでえな」
 ガイがそうつぶやいた。

 

 オレが初めて見た村、東ザータ。オレとガイが短い旅からここへ帰ってきた時、その景色は、見事に変わってしまっていた。

 

 木造の家屋のいたるところに、煙があがっている。白と赤と黒の世界だ。どうしようもなく、そのように見えた。炎は、次々と木造の家屋を覆うように広がっていく。思ったよりずっと、ただ事では無かった。このままでは、門のすぐそばの、ガイの家さえ、危ないのではないか。忘れようもない、石段のそばを馬で通る。

 

 煙で、近くさえ見にくい。馬で歩くが、その足場もよく見えない。
「うわっ」

 オレは思わず声をあげた。馬が、バランスを崩したのだ。

 

「どうした? もしかして、木から落ちて打った腰の事か?」
 馬を並べて横を向くと、ガイが笑っているのがかろうじてわかる。

 

「違いますよ」
 オレは、痛む腰の事など、門をくぐった瞬間に忘れてしまっていた。ただ、石の道路の上、馬の足がすべったのだ。オレはすぐに飛び降りた。煙の中、よく目をこらした。

 

 やっぱりそうだ。地面が、濡れている。何だ、この液体は。水よりベタッとしているように見える。これは、まさか――。

 

「やべえ、キャメル! それに足をつけるな!」

 ガイが叫ぶように言った。オレは足をつけて確認しようとして、女村長からもらったサンダルを上げたところだった。急いで、退いた。

 

「油だ。誰かが、油をまきやがった!」

 ガイが大声で、教えてくれた。

 

 オレは白くてもやもやした景色の中、馬に飛び乗り、目をこらして見わたした。ガイの家の前を、過ぎたばかりのところだ。一番、村はずれにあるガイの家。ガイに、オレが頭をぶつけたと間違えられた、あの石段。

 

 つかの間、オレが塔に帰ったら、こんな気持ちがするのだろうか、と思ったのだ。なぜかはわからないが、オレの世話をしてくれていたオヤジ。オヤジに怒鳴られるたび、泣き虫だった小さいオレは、こんな生活はいやだ、と思っていた。それさえ、もう戻らない過去の事だ。

 

 

 

 その時、木造のガイの家と、隣の家の間、狭すぎる暗い通路に、赤い光が見えた。炎か。
 炎が、不自然に動いた。誰か、いる。
 ガイの方が、気づくのが早かった。ガイが、すぐそちらへ馬を走らせる。オレも、ついて行った。

 

「何しやがってんだ、てめえ」

 深い煙の中、ガイの声だけが聞こえる。
 オレが馬上で目をこらすと――全身黒っぽい服を着た男だ。火をもって、壺か何かをかたむけている? それ以上は、よく見えない。
 黒っぽい男の方へ、火のかけらが降りかかる。オレも馬で近づいた。――どうしていいか、わからなかったからだ。

 

「まず、この油をまいたのは、お前か。そして、なぜ、たいまつなんか持っていやがる」
 ガイは、オレよりもずっと目が良いようだった。オレには火と、ぼんやりとした黒っぽい男しか見えないが。

 

 男は、赤い火を動かした。炎が、大きな生き物のように立ち上がる。――男は、ガイの家に、火をつけようとしている?

 

「てめえ、ここを誰の家だと思ってんだ? まずは、そのたいまつを放せよ」
 煙の中、ガイの怒ったような声が何重にもひびく。

「さて、この村で連続放火だそうだ。犯人は、てめえか、他にも誰かいるのか? 答えろ!」

 

「ディザータの黒い奴、黙れ!!!」
 男は大声をあげた。

 

 オレは、どうしたらいいのだろう。平和な東ザータに争い事が起きるなど、少しも予想していなかったので、武器も何ももっていないのだ。馬上から、ガイと男を見ていた。ガイに任せるしかない。せめて、足を引っぱらないようにしなければ。

 

 煙の切れ間、男とガイが木の家と家の間にいるのが見えた。黒い服の、ヒゲの生えた男だ。
「放火の犯人はてめえかって聞いてんだよ!」
 ガイがこんなに大声をあげたのを、オレは初めて聞いた。

 

 男は何も答えず、『たいまつ』という火ををガイに向けて、右から斜めに振り下ろした。

 

 ガイは馬から消えたかのように飛び降りて、たいまつを避けた。男は、またたいまつをかかげた。勢いをつけて、ガイの馬へ横から一撃。煙が襲う。 

 オレは恥ずかしい話だが、ずっと後ろで見ていた。どうしたらいい。何もわからない。

 

 ガイの馬が、苦しそうな叫びをあげた。ガイは、転がってかがんだと思えば、煙の中でいつの間にか、やや動きの遅い男の顔面へこぶしを伸ばした。男の顔面に血がにじんだのが、煙の切れ間でわかる。

 見ているだけのオレは、ぞっとするほど、無力だ。オレの馬が、首を振る。馬の上で、手綱をかたく握っていた。

 

 ガイは、男が顔面に手をあててうめく隙に、男の後ろへ回っていたようだ。男はこれでもかと、たいまつを握って右後ろへ向いた。

 

 一瞬。ガイはそのたいまつの、持ち手のあたりをつかんで、姿勢を崩した男の両手からあっけなくそれを奪った。 

 勝ったのか? 衝撃で男はそのまま石の道路に手をついた。また視界を煙が邪魔する。

 

 たいまつを奪ったガイは、次の瞬間には馬へ乗っていた。たいまつをかかげる手にわずかについた火を、左手でパンパンと払う。
「もう武器は無いぜ。てめえ、見た感じ外国人だな。この村に何の用だ? こんなに燃やしちまって。このあたり一面の放火もてめえか、他にもいるか。とりあえず、全部、吐いてもらおうか。俺の家に火をつけるなんて、いい度胸だなあ!」
 ガイは、火の消えたたいまつをポイっと捨てて、火炎放射器を男の目の前に近づけ、点火した。

 

「や、やめろ!」
 男が石の道路に手をつき、叫んだ。火炎放射器の火に怯えて、動けずにいるように見える。オレも、馬を走らせ、近くに行った。黒い煙の向こうのガイは、馬上から脅しているだけのようだ。

 

「もう、嫌なんだよおお!」
「へえ、何が嫌なんだ」

 ガイが男を嘲笑うように言う。

 

 男が何か、太いのに甲高いような声で叫ぶ。

「おめえみたいな! ディザータの奴が嫌だって言ってんだよお!! 黒いチビ!この東ザータの男だろ!! おめえみたいな奴が嫌だああ!」

 

 そのとき。ガイの馬が、突然左に倒れた。相当、傷を負っていたようだ。
 煙でよく見えなかった。ガイは、どうなったのか? 急いで馬を進めた。

 


この本の内容は以上です。


読者登録

雨野小夜美さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について