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四.よびちしき

「そうか! 分かったぞ!

 浦島を殺した凶器は亀だ!生きた亀で浦島をなぐり殺し、そのまま海に返せば凶器が残らないということだ!」

 そこまで読み終えた私は、ふーっとタメ息をついてしまった。
 なん なんだこれは……?

 いや、やりたいことは分からなくはない。
 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。そこに至るまでの「まさか」と、至った後の「なるほど」を楽しむのだ。そこをこの小説は……


「センパーイ、お待たせしやしたー」
 木曜日の昼、私はいつものように日替わり定食に手をつけず、上野を待っている間にスマホで例の小説を読んでいた。先週の約束によると、上野もこの小説を読んできたはずだ。コイツがどんな感想を抱いたのかは気になる。




「センパイ!センパイ、あの小説 読んだっすか?」

 今日の上野のメニューはカレーだった。カレーなら汁をそこら中にまきちらすこともないだろうし、安心だ。

「『待ってるこっちの身にもなってくれ』って、なんて略せばイイんすかね?」
「気になったとこ、そこ!?

 思わず声が大きくなってしまった。

「だって、長いタイトルって覚えにくいじゃないっすかー。
 『待ってるこっちの身にもなってくれ』だから、『まちみな』とかっすかね」

 ……ずいぶんとフンイキ変わったな

「見たら、この作者の小説ってみんな『待つ』が付くんすよね。
 だから、『待つことには慣れている』は『まつなれ』、
 『待つのももう限界だ』は『まつげん』、
 『待っている間にしなければならないことがある』は『ましない』でどうっすかね?」

 ……

「『どうっすかね?』って訊かれても、私は作者じゃねーし。内容はどうだった? ちゃんと読んだ?」
「読みましたよー。センパイと話を合わせたいっすからねー」
 そう言って上野は人懐っこくニヘニヘと笑う。

 あんまり考えてこなかったが、コイツは何気に顔立ちが整っているし、こんな風に相手の好きなものに興味を持って心をゼロ距離に近づけることも出来る。男だったらコロッと好きになってしまうかも知れない。クラスの男子の中には密かにコイツのことを好きなヤツも結構いるんじゃないだろうか。

「授業中にスマホで小説を読むなんて、二宮金次郎みたいだと思ったっす」
「二宮金次郎は働きながら勉強してんだよ! 授業をサボって小説読んでる例えに使うんじゃねえ!」

 まぁ、かなりのバカなんでツッコミ疲れるかも知れんが。

「センパイは誰が犯人だと思います?」
「………?」

 ………?

「あっしは浦島さんの母親が怪しいと思うんすよ。
 センパイは“ノックスの十戒”って知ってます? 推理小説を書く際のルールと言われてるんすけど」
「あー、中国人を出しちゃいけない、とかだっけ?」
 当時のヨーロッパ人からすると、中国人は何でもありの超能力者みたいな認識だったため推理小説に登場させないように言われていたらしい。

「その中の一つで、“犯人は物語の序盤に登場してなくちゃいけない”ってのがあるんすよ」
「あー……?」
「そうすると、パッと見で一番怪しいのは隣の若奥さんっすよね。息子が亀の話をしなくなったのが、母親をかばうためと考えると合理的ですし」
「………」
「でも、あっしは“一番怪しい容疑者は犯人ではない”と思うんすよ。なので、意外なところで、浦島さんの母親が犯人で、病気も演技じゃないかって予想をしておきます」
「………」
「問題は動機ですけど、主人公が村社会がどうのと繰り返し言っていることから、その辺が伏線になるのかなと思うっす」
「………」
「しかし、亀は何なんすかね? 何かしらのトリックに使われたのは間違いないでしょうけど、これで浦島さんを撲殺したとしても、その辺にある石で撲殺して海に投げ捨てるのと大して変わらないんじゃ……」
「待て待て待て待て待て」

 頭の回転が追いつかなかったが、ようやく言葉が出てきた。

「浦島太郎は まだ、 死んでいないぞ?」
「え? センパイはそう推理したんすか? ひょっとして浦島さん本人が犯人ってパターンっすか?」
「いや、浦島はただ竜宮城に行っているだけで……」
「は?」
「は?」

 あれ? 何だ?
 私が間違っているのか?

 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。そこに至るまでの「まさか」と、至った後の「なるほど」を楽しむのだ。そこを逆手にとって、この小説は「読者が知っている真相」に「探偵がいつまで経ってもたどりつかない」という逆転をさせているんじゃないのか。

 最初に犯人が提示される『コロンボ』的とか『古畑』的とかとも言えるのかも知れないが……それらの作品と決定的にちがうのは、この小説は「起 こ っ て も い な い 殺人事件」に探偵役が奔走している点だ。

「え? え? この小説って推理小説っすよね?
 センパイはどこでそんな突拍子もない推理をしたんすか?」

 まさか……まさか……
 ひょっとして……コイツ……

「あ、婚約が破断したとかってヤツですか? でも、アレはヒントとしては―――」

 ちがうちがうちがうちがうちがう!

「上野!!
「はい?」
「オマエ……ひょっとして、『浦島太郎』を知らないのか?」

 ◇

 しばらくの沈黙の後、彼女は真剣な目でこう言った。

「何言ってんすか。知ってるに決まってるじゃないっすか。いなくなった息子さん、っすよね?」
「そうじゃなくて……何て言うか、本当の浦島太郎というか」
「え!? 浦島太郎って実在の人物なんすか!?

 え……あれ? どうだっけ。
 金太郎は確か歴史上の人物だったはずだけど、浦島太郎って何だっけ。

「ちがうちがう! 実在したかどうかとかはどうでもイイんだ。浦島太郎が主人公の『浦島太郎』って話を知らないのか? ってことよ」
「浦島さんが主役のスピンオフ作品があるんすか!?

 スピンオフ……
 あー、どう説明すればいいのかな。

「逆……かな。『浦島太郎』の方が本編で、どっちかと言うとこっちがスピンオフ……?」
「えー、マジっすかー。もうテンション下がったっすよー。そういうのは注意書きしといてほしいっす。センパイもセンパイっすよ! 予備知識が必要な作品を薦めないでほしいっす」
「悪いの、私なの?」

 というか、“ノックスの十戒”を知っていて、どうして『浦島太郎』を知らねえんだコイツは。

「シリーズのどこからでも楽しめますという宣伝を信じてゲームを買ったら、ストーリーが思いっきり途中から始まったのを思い出したっすよ」

 『スターウォーズ』をエピソード1から観て面白いのかという話に通じるものがある。


「でも、この作者の作品一覧には『浦島太郎』なんて話はなかったっすよ」
 ……
 ………

 ………!?

「待て、『浦島太郎』は別にこの作者が書いたワケじゃないぞ? もっと昔からある有名な話だ」
「え? 他人の作品のスピンオフを勝手に書いちゃってるんすか? 二次創作っすか? 権利者に怒られたりしやせんか?」

 『浦島太郎』の著作権者って誰だろう……

「ウォルト・ディズニーよりは昔からあるはずだから、著作権は切れてるんじゃないかな……」
 知らんけど。
 上野は相変わらず不満げにほほを膨らませている。うーむ、コイツがバカだとは言え、ちょっと責任を感じなくもない。

「上野、『浦島太郎』なんてそんな長い話じゃないから、あらすじを簡単に説明してやるよ」
「ちょっ!! ネタバレはやめてください! 一生恨みますよ! どーせなら自分で観ますから。あっし、素人に雑に展開をネタバレされるのが何よりキライなんすから」
「『浦島太郎』のネタバレって……」
「ネットフリックスで観られますかね?」
「観られるのかなぁ……」
 映像化されているかどうかすら知らん。

「でも、どーせなら“本編を知らずにスピンオフ作品を先に観た”という感想も貴重かも知んないし、本編を観るのは後回しにしますかねー」
「そんな感想は作者も想定外だと思うぞ」

 まさか『浦島太郎』を知らない日本人がいるだなんて思わねーし。

「そもそも、作品を楽しむためにあらかじめ他の作品を知っておかなくちゃならねーってのがあっしは好きじゃねえんすよ」
 まぁ、気持ちは分かる。
「パロディ作品とかって、『これの元ネタは○○だー』とか『元ネタの××を知ってる俺スゲー』みたいにヲタクが優越感に浸ってるだけじゃないっすか。エンターテイメントとしてはかなり腐っていると思うんすよね」
 ちょっと、しばらく、黙って聞いておこう。
「元ネタそっくりにして、『こんなギリギリを攻めるなんて勇気があるなぁ』とか崇めてんじゃねえっすよ。ただ人気作品のモノマネをしただけじゃないっすか。人気がなくても、無から面白いものを生み出そうとしているオリジナル作品の方が1億倍は勇気があるっすよ!」

 ……言うなぁ。
 これはあくまで上野心というキャラクターの見解であって、作者の見解ではありません。

「でも、上野。優越感で言ったら、推理小説だって『みんなが分からなかった真相に私だけが気づいた』って優越感に浸るマニアックなものだって気がしないか?」
「それは知識量じゃなくて発想力が試されてるのがちがうと思うんすけど……それ以前に、推理小説って犯人を当てたときより、外したときの方が楽しくないっすか?」

 よかった、コイツはちゃんと分かってる。
 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。しかし、だからと言って読者が真剣に推理しなくてイイということではない。

「探偵に『犯人はコイツだ!』って言われて『まさか!』と驚くのが面白いんだもんな。犯人が分かっちゃった作品は、そこまで面白くないんだよな」
「読者は必ず探偵に敗北しなくちゃならねーってことっす。敗北感を楽しむエンターテイメントっつーか。なので、あっしは『自分が探偵になって事件を解くゲーム』ってあんま好きじゃないんすよね。あれは推理小説と似てるようで、正反対の娯楽だと思うんす」

 語る語る。
 そこで、ふと上野が後ろを振り向いた。

「かいちょーー! かいちょー! ちょっとイイっすか?」

 げっ。




 上野が声をかけたのは、お盆に天丼を載せて歩いていた長い黒髪の少女だった。学校にただ一人の友達もいない私でも知っている、この学校で一番有名な人物、生徒会長だ。

「どうしたの、上野さん?」
 昼食を抱えたまま立ち止まらされたのに、生徒会長はイヤな顔一つせずに応える。

「かいちょーは『浦島太郎』って知ってます?」
 おまえは何てことを訊くんだ。
「知っているかって……どういう意味?」
 そりゃ生徒会長も戸惑うよな。
「いやー、あっしが『浦島太郎』を知らないって言ったら、そこのセンパイにバカにされたんで、みんなフツーに知ってるんかなーって」
 こっちに話を振るんじゃねえよ。
 生徒会長はこちらを見ると、少し意外そうな顔をして「上野さん、大塚さんと仲良いんだ?」と微笑んだ。他意は、ないよな……?

「ハイ! マブダチっす!」
 いつからそんな関係に。
 つい先週「生涯、生まれてこの方、人生で一度たりとも友達ができたことない」と私のことを言ったのを忘れていないからな。つか、生徒会長もどうして私の名前を知っているんだ。今まで話したこともないのに。

 その後、上野は私からネット小説を教えてもらって、それが『浦島太郎』のスピンオフ作品らしいという状況を説明した。生徒会長はニコニコしながら話を聞いた後、「私もその小説を読んでみたいから、教えてくれる?」と言ってきた。
 そんなみんなで読むような作品でもないと思うんだけどなぁ……

「タイトルは確か……『まちなり』でしたっけ?」
「略称を教えても検索じゃ出てこねーだろ」

 しかし、正式名称は長くてパっと思い出せない。
 私がカバンからスマホを出そうとしたところ、

「あ、作者の名前なら覚えてるっす」と上野。
「じゃあ、後でその名前で検索してみるね」と生徒会長。
 生徒会長も上野と一緒でコミュ力が高いな。他人の好きなものに積極的に興味が持てる、私にはない能力だ。

「作者の名前は……確か、ひらがなで『やむなし』、カタカナで『レイ』で、合わせて『やむなしレイ』だった気がするっす! 」


  to be continued...


この本の内容は以上です。


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