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はじめに

 父栄造が平成二十四年一月二十五日午前四時二十分、肺炎のため他界した。行年八十九歳、数えでは九十歳であった。父は生前、教祖さまに自分に降りたご霊示、「九重」についてその意味を尋ねた。

すると教祖さまは、まじまじと父の顔を見ながら、「お前は九十歳まで生きるなあ」、と呟かれた。

この日は旧暦の一月三日で、数えでは九十歳を超えていた。「九重」とは寿命のことだった。

私は危篤の報を受けながらも、父の誕生日は三月二十日。それまでは大丈夫と思っていたが、昔の人は数えで歳を数えていたことからすれば、数えの九十歳が本来の歳の数え方と分かり、父の死に目に会えなかったことを、ただ悔いるばかりであった。亡くなった日の夜、本部大会議室に安置された父の遺体と対面した。父は童子が眠るが如く安らかな死に顔に、屈託ない笑顔さえ浮かべていた。

生前、全てをやりとげた満足感を思わせる死に顔であった。

遺品整理の段階で、教祖さまご垂訓のノートが新たに二冊発見された。

昭和二十六年四月までの内容である。テープレコーダー導入が、昭和二十八年。空白の二年間が残るが、これで戦後のご教話を、ほぼ復元出来ると確信している。

その意味で父の遺したこのノートに改めて、謝意を表したい。

父の字を読めるのは、私と母のり子くらいであった。母が他界した以上、父のノートを整理出来るのは私だけである。これもまた私に課せられた使命なのだろう。これで戦後の教祖さまのご教話は、ほぼ一揃いになる。父は最後の門人だったが、父の残した業績は教団史で特筆すべきものだと感心させられた。

当時、貧乏な財政事情のなかで、畑作業に追われ、まず種と苗の栽培を手がけ、その利益から「みちのく農園」の礎を築き、そして最後はダリア栽培により、球根の販売で着実に利益を上げてゆく。

今では見る影もないダリア畑だが、神集城前の畑には一面、ダリアが咲き乱れていた光景は古参の信徒さん方には懐かしい思い出である。父は幼い私を畑で世話しながら、農作業に追われていた。

私はそんな父の姿が、瞼に焼き付いて今でも離れない。

教祖さまご昇天後、父の生活は一変する。

小松風先生を教主に立て、自らは代表総務に就任し、布教活動に邁進する。

新天地の地区には霊能者を送り込み、論より証拠と神の実在をアピールする。

これが功を奏し、遂に支部は全国各地に拡大し、一時は信徒数六万を越え、支部は三百を超えるに至った。

その意味で、父の教団発展に尽くした功績は、多大なものがある。

 父の残してくれたこのノートを基に、教祖さまのご教話を復元し皆さんにお伝えすることが、父への最大の供養になると信じている。


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一家挙げての信仰

 信仰も心が揃わなければ、良い結果は上がらないものであります。その人が進むだけ、信仰の成果は上がるのが、大和山であります。しかし、神を深く知らなければ、いい結果は現れません。

 然るにその人だけの信仰ではなく、家族がこぞって進むようであれば、たとえその人の信仰が不十分であっても、救うのが神というものであります。

このなかにも例会などで、お話しを聴きまして帰ってみた処、家には主人が居なくてかえって都合が良かったという人もありましょうが、それではいけません。

本当の信仰というのは、家族の人にも理解してもらうようでなければいけません。

 家族が本当にそういう気持ちになれば、神さまのことも自ずと解って来るものであります。

こうして例会などにも出席して、色々な人と交わり同じ信仰の話しなどをしまして、家族揃って同じ信念で、同じ歩調でやっていくようにしなければなりません。

私などは十五年前から、この変わらぬ信念でやってきておりますが、終わりには日本が負けまして手を上げました。しかし、時が来たら必ず神の力が現れて来る、と信じております。

皆さんが一生懸命心を一つにすれば、個人的にも神の救いがあるというのは当然で、それが国家にも現れない筈がないと信じております。

神がその人を通じて目覚めさせるのであります。ただ拝んで神を信じても駄目であります。

腹のなかに神というものはこういうものであるのだという事を、しっかりと叩き込まなければいけません。

幾ら多くの富を得ましても、二十年前の神言に、お金のことをみ神はこう記しています。

「賎しき宝を持ちて悦ぶものなし」

つまりお金は、決していいものだと言っておりません。

そういう富というものも、神の支配の元に動かされているのでありまして善に進む事ができない人には、いざという時に力が出ないものであります。

如何に多くの富を得ましても、罪のある人はその時期になると神のゲンコツを喰らうようになります。

教祖がこのお道を開いたのも、多くの人をどうにかして救いたい、という念願からであります。

教祖は単に、此の世に遣わされたのではありません。

教祖は月の神のお声を拝して、このお道を開いたのですが、この月日が神であるのかというと、「照ル月日ハ神ノ頭ナリ」という神言もありますので、一向に月日を神と崇めても差し支えないのであります。

私という魂は、まさに月に因縁があるのであります。

いずれ時が来たならば、私の言った事が本当であると皆さん方が、納得するようになると確信しております。

 

●礼拝について

皆さんが朝夕、それぞれが祝詞を奏上しておりますが、神というものはそもそも石笛を吹くと、お喜びなってお降りになるのであります。

石笛を吹きますとどうして神がお喜びなって下るかと申しますと、石笛を吹くと邪念妄想を払います。

沢山集まった邪神も、心を一心に念ずれば祓えるのであります。

その心があれば神に届くのであり、なければ届くものではないのであります。

石笛を吹かなくても「天なる神よ」と心に念じて神を祈ると、誠があれば天に届くものであります。

電車に乗る時でも、また如何なる時にも、祈ることです。

「神さまどうか無事に過ごさせて下さい」

そういう具合に、普段から念じていなければなりません。

神というのは前後左右、どこにもいらっしゃるものです。

神に対して形式を執る事をしなくとも、祈りたるものと同じであります。

神は真さえあればよろしいのですが、だからと言ってお参りをしなくともよいという訳ではありません。

我々がお参りの時に手を合わせるのは叉手と申しまして、ただ手を合わせるのではありません。

その時には一心になる気持ちを形にあらわしています。

なお、お参りの際には手を四つ叩きますが、これは何を意味するかというと、東西南北四つの神界を現すのであります。

そして、合わせた手は目より高めにして、手に息がかからないようにしなければなりません。

さて、祝詞を唱える時は、どうか神さまに自分の罪汚れを祓い給え、とお願いする気持ちでなければなりません。

『天津祝詞』の中に「神議りに、議り給ひ」という一節がありますが、これはご審議の上にご審議を重ねてという意であり、生まれた時に天から与えられた使命をみんながそれぞれ全うするように、と願われているのであります。「天授の使命を功績を建てしめたまへ」というのは、清い者として神さまからお授け下された果たすべき事を、人たるの務めを充分に果たさせ給えと願うのであります。

人が生まれた時の本来の清い者としての役目を、充分に果たさせ下さい。神の真心を以て、どうか自分にある罪汚れを、祓って下さいと願うのであります。


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神について

 最初に「天照皇大御神」と唱えますが、この神は八百万神の頭の神でありまして、何処の神社の神も皆含められている。

総ての権限を付与せられ、最高の御威徳を天照大神に与えられてあるのであります。

さて終わりに大国常立大神とありますが、この神は神界では第二位の位にある神であります。

ご子息の神に国沢土大神がおられ、不動尊の頭の神であります。

我が大和山はどの神に縁が深いかと申しますと、大山祇大神であります。

この神は神界では第五位の位にある神であります。

妻の神は天之受賣大神と申し上げ、冠に鈴を付けています。

何も音もしない処から鈴の音が聞こえたら、それはめでたいしるしでありまして、決して魔や邪の仕業ではないのであります。

これは正しい神でありますから、心配する必要もなにもないのです。

神界の段位についてここで少し説明申し上げますと、第五位までは一柱の神がそれぞれの段位に居られますが、第六位は三柱、第七は五柱、第八位は七柱、第九位は九柱となっております。

この中にどの神が入るかは詳しくは記されておりませんが、ともかくこれだけの神がそれぞれこの段位の中に居られるのであります。

この世が建てられた始まりから神というものは存在するのでありまして、この神の内十分の一は地上に人として生まれた魂であります。

これらの神は天界にあっても、天照大神を信じ統治されているのであります。

人と生まれた人を、なかには神として祀っている神社もありますが、天界での承認がなければ、神とは言えないものであります。


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