目次
(借景資料集)
【速報!】 第2回 「青い鳥文庫小説賞」
(第4稿)
(第4稿)as(最終稿)
(添付挨拶状)
(あらすじ) (2018年9月23日)
序章 《 朝日ヶ森 》
第1章 リツコ、異世界へ行く。
第2章 リツコ、異世界で目覚める。
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、取材する。
第8章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第9章 リツコ、役に立つ。
終章 リツコ、地球に帰る。
(第3稿)
(第3稿)
(表紙)
(あらすじ) (2018年9月16日)
序章 朝日ヶ森 学園
第1章 リツコ、異世界へ行く。 (2018年9月16日)
第2章 リツコ、異世界で目覚める。 (2018年9月16日)
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第8章 リツコ、戦う。
第9章 リツコ、地球に帰る。
(第2稿)
(第2稿)
(あらすじ) (2018年9月8日)
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
1-0-1.朝日ヶ森(うら) (2018年9月8日)
1-1-0.リツコ、呼ばれる。 (2018年9月8日)
1-1-1. リツコ、出かける (2018年9月8日)
2-0-1.リツコ、異世界に着く。 (2018年9月9日)
2-0-2.リツコ、挨拶する。
2-1-1.リツコ、清峰鋭にあう。
2-1-2.リツコ、異世界の村へ行く (2018年9月9日)
2-1-3. リツコ、空を飛ぶ。 (2018年9月9日)
3-0-0. リツコ、悪夢をみる (2018年9月10日)(加筆)
3-0-1.リツコ、起こしてもらう。
3-0-2. リツコ、情報交換する
3-1-0.リツコ、朝寝坊する。
3-1-1.リツコ、右将軍にあう。
3-1-2.リツコ、皇女に会う
3-1-3.リツコ、マシカとあう。
3-1-4. リツコ、市場へ行く。
3-1-5. リツコ、天幕に泊まる。 (2018年9月11日)
4-0. リツコ、早起きする。
4-1. リツコ、パレードに参加する。
4-2. リツコ、誇大広告される。
5-1. リツコ、旅をする。
5-2. リツコ、記録する。 (2018年9月12日)
5-2. リツコ、話せるようになる。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第6章 リツコ、旅をする。
(第1稿)
(第1稿)
(あらすじ) (2018年8月17日)
( 目次 ) (2018年8月18日)
0-1.(おもて) (2018年8月18日)
0-2.(うら) (2018年8月18日)
1.リツコ、親善大使になる (2018年8月18日)
1-1. リツコ、出かける
2. リツコ、異世界へ行く。
2-1.リツコ、挨拶する。
2-2.リツコ、清峰鋭にあう。 (2018年8月19日)
2-3.リツコ、運ばれる。
3.リツコ、白王都へ着く。 (2018年8月22)
3-1-0.リツコ、寝坊する。 (2018年8月22日)
3-1-1.リツコ、皇女に会う (2018年8月22日)
3-1-2.リツコ、マシカにあう。 (2018年8月24日)
3-1-3. マシカ、市場へ行く。 (2018年8月24日)
3-1-4. マシカ、天幕に泊まる。 (2018年8月24日)
4-0. リツコ、目覚める。
4-1. リツコ、行列に参加する。
4-2. リツコ、センデンされる。
5-1. リツコ、記録する。
5-2. リツコ、観察する。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。 (2018年8月26日)()
6-2. リツコ、小鬼を救う。 (2018年8月26日)
7. リツコ、まきこまれる。 (2018年8月26日)
8-1. リツコ、魘される。
8-2. リツコ、龍にのる。
9. リツコ、会議にでる
10-1. リツコ、よばれる。
10-2. リツコ、地球にかえる。 (2018年8月26日)
(草稿&没原稿)
(草稿&没原稿)
(1) 朝日ヶ森 (2018年6月3日)
『 リツコへ。 第一日 』 (@中学……1年か2年?) 
(あらすじ) (プロット&目次)
(あらすじ) (プロット&目次)
【投稿用】プロットメモ (2018年7月22日)
400字~800字程度のあらすじ。 (2018年8月17日)
(設定資料集)
(設定資料集)
このコだ! 「鍵になるキャラ」…っ!www (2018年6月30日)
(( ことばよ、つうじよ! ))  (2018年8月9日)
(サ行前の雑談など)
(サ行前の雑談など)
【ぐれてる理由】。(--;)。 (2018年5月13日)
『 リツコ 冒険記 』 ~ 夏休み ・異世界旅行 ~ (1) (2018年6月3日)
(案の定【天中殺中】で頓挫している) (2018年7月22日)
…ちっ! …やっぱり…『落ちた』か…★ (2018年8月12日)
次ぃ征くぞ! 次っ! (2018年8月12日)
★ 【講談社 『 青い鳥文庫 』 の呪い!?】の謎。 ★
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第3章 リツコ、皇女様にあう。

第3章 リツコ、皇女様にあう。

 

 3-1. リツコ、悪夢をみる。

 

 リツコは、うなされていた。いつもの夢だ。
 懐かしい家。山のふもとの、ちょっと不便な、だけど緑が豊かな南向きの斜面にある…温かい木の壁の家。
 いつものように休みの日の朝には家の裏の土手を登って、日当たりのいい上の畑からお昼ごはんに使う野菜や果物を採ってくるのが、リツコの当番だった。その日はお母さんのリクエストで、小ネギとラディッシュとミニトマトを沢山と、葉レタスを1株採った。
 ちょっと重たくなった収穫カゴを抱えて、崖道を降りようとすると…
 村はずれの集落へと向かってくる行き止まりの一本道を、見慣れない車の集団が、凄い速さでやってくる…
 ……見慣れない車……
 …だけど、あの色は…!
 リツコは急斜面をころげるように横切って走りながら、叫んだ。
「お母さんッ! 大変ッ! 逃げて!」
「…リツコ? どうしたの?」
 お母さんとお父さんがのんびりした顔で、台所の窓から一緒に顔を出す。
「……お姉ちゃんっ! 緑衣隊よ、逃げてッ!」
 家の下のほうの斜面で洗濯物を干していた5歳上の姉にリツコは叫んだ。
 …もう遅い。
 妖しくてらてらと光る変な緑色の特別な自動車の一群は、家の前の小道にがっと乗り入れて次々に急停車するなり、ばたんばたんと音を立ててドアを開け、ばらばらと降り立って来た妖しくてらてらと光る変な緑色の特別な制服の男たちが、びっくりして動けないままシーツを握りしめて立っていた姉を、数人がかりで乱暴に捕まえた。
「………きゃあッ!?」
「エツコ!」お母さんが叫ぶ。
「何をするッ!?」お父さんが怒鳴る。
「高原ワタルとシズカだな?」
 男たちのリーダーらしいヤツが、すごく嫌な声で怒鳴った。
「反政府罪で逮捕する。逃げたら…」
「きゃああッ!」頭に銃をつきつけられて、お姉ちゃんが絶叫した。
「…エツコ! …やめて! やめてッ!」
「…わかった! 頼むからやめてくれ! 娘は関係ないッ!」
「ふん。反逆者の娘は、しょせん反逆者の娘だ。」
「お父さん! 逃げてッ!」
 なおも崖の上から叫んだリツコをめがけて、男達の何人かが、ばらばらと走り始めた。
「リツコ! 逃げなさい!」
「お父さん! 逃げてよッ!」
「エツコを置いて逃げられない。おまえは逃げなさい! おばさんの所へ行くんだ!」
「リツコ! 逃げて! あたしは平気!」捕まったままエツコが叫んだ。
「逃げなさい、リツコ! …きゃあ!」
 叫んだお母さんが乱暴に殴られた。
「…やめろ! 抵抗してないだろう!」
 怒鳴ったお父さんも殴られた。何度も… 何発も。
「お父さん…ッ!」
 リツコは、叫びながらそれをただ見ていた。何も出来なかった…
 絶望した。
 そして崖を駆けあがって来る大人の男達の、動きの速さを悟った…
 …急がないと、逃げ遅れる!
「………おばさんの所で待ってる!」
 叫んで、あとはもうふりむかずに、一目散に、山の中に逃げ込んだ。
 勝手知ったる裏庭山だ。大人には通れない深い崖の上の細い枝をするすると渡り、ターザン顔負けの軽業で幹から幹へ飛んで、とりあえず秘密の場所に逃げ込んだ。
 隠しておいたお菓子と缶ジュースで一息ついて、様子を見ていたのだけど…
 妖しい制服の男たちがリツコを探して山狩りを始めたらしいので、陽が沈む間際を狙ってこっそり逃げて、今までは「子どもだけで入っちゃいけません!」と言われていた、奥の奥の神山のふもとへ逃げ込んだ。
 そこから、月明りだけを頼りに、山伝いに、歩いて、歩いて…
 …おなかが空いて、でも見つかるから、街へは降りられなくて…
 何日も、山の中で眠って、歩いて…歩いて… おなかがすいて…
 雨が降って、寒くて…
 …いつもの夢だ。怖い夢…
 もう、起こってしまったこと。
 リツコは、何もできなかった…。
 ただ自分ひとり逃げるばかりで…
 家族を… 救えなかった…。
「…逃げてよ、お母さんッ! 逃げてぇ……ッッ!」
 眠っているのに、涙が出てくる。
 リツコは、叫んだ…。

 


 3-2. リツコ、起こしてもらう。

 

「…………リツコ! リツコ! …起きて! …夢だよ、起きて…!」
「…………お母さんッ!?」
 リツコは飛び起きて、声をかけてくれた人に、必死でしがみついた。
「…あぁ、良かった… 無事だったのねっ!」
「……リツコ…… 大丈夫だよ…。」
 優しく抱きしめて背中をぽんぽんしてくれた人に、ぎゅぎゅぎゅ~…っと、抱きつきかえしてみたら…
 …………… ん?? ………違う…?
 リツコはまだ半分寝ぼけたまま両腕で相手の背中を探ってみて、目をぱちくりさせた。
 ……細いし… なんか、硬い? し…??
 …これ、お母さんじゃないし… お父さんでもないし…
 お姉ちゃんでも、大叔母様でもないし…
「………… あ!? 鋭? ……ごめんねっ? …あ、あたし… 寝ぼけて…っ」
 ようやく頭がはっきりして… びっくりして飛びすさったら、
「ううん~?」と、美青年は優しく笑ってくれた。
 …やっぱり美形すぎて、思わずまた目をハートにして、見惚れる…。
 鋭はまた困った顔で苦笑して、
「…それにしても、度胸がいいねーぇ? 気がついたら天荷籠のなかで爆睡してたって。鳥人のみんな、呆れて笑いころげてたよ?」
 寝ぼけたことはとりあえず無視してくれて、にやにやと揶揄ってくる。
「 …え? ……えぇ?」
 リツコは慌ててあたりを見回した。
 …知らない部屋だ。
「 ……ここ……?? どこ…?」
「うん。日が暮れる前に《仮皇都》に着いたんだけど。いくらゆすっても起きないからさ。失礼ながら運んじゃった。」
「 ……うわーっっ?? ごめんねっ??」
「ううん~? 軽かったし。」
「え~? …軽くないよ~?? あたしけっこう重いよ~??」
 リツコはぱたぱたと意味もなく暴れ、顔とか髪とかに慌てて手をやって赤面した。
 …こんな美形のお兄さんの前で、もっと小さなコドモみたいに、寝こけて寝ぼけるなんて……っっ
「…だってさっ! だって、向う側の地球の木の穴から、えいって出発したのは夕陽が沈んだ時だったのにっ! こっち着いたらまだお昼前で! だからお昼ご飯二回も食べて、しかもたくさん食べたでしょっ? 飛んでるあいだ、あたしは暇だったしぃ…っ!」
 とりあえず必死で言い訳なんかしてみる。
「…うん。きみが環境適応能力のとっても高い、度胸のいい大物だ。ってことは、よく解ったよ?」
 意味は解らない単語が入っていたが、なんだか皮肉られていることは判る。
「いや~んっ!」もっと赤くなって身もだえしながら叫んだ。
「…知らないところでさ。一人で目が覚めたら、いやでしょ? お腹もすいてるだろうと思って。」
 ふっとまじめな顔に戻って優しい声で言うと、リツコが寝かされていたベッド?を脇から覗き込んでいた鋭は、ひょいと背筋を伸ばして向うへ歩いて行き、部屋の中央に置いてあった食卓と椅子らしい家具のほうに戻った。
 机の上には色々な…分厚い本らしいもの?とか大きな紙?の図面?とか、地図のようなもの?…なんかが色々と広げてある。
 部屋のようすは何というか…和モダン風? 木と紙と竹?…と、布や皮や毛皮かなにかで出来てて…落ちついた感じの、優しい色調だ。
 明かりは小型の竹の灯篭?のようなものが何か所かに置いてあって、開け放した窓からは月明り?も射してる。
 風はないけど暑くはないし、半袖一枚でも寒くもない。
 …秋の初め? …かな? とリツコは思った。
「ごはん用意しておいたから、食べられそうだったら食べて? …あ、手と顔が洗いたかったらそっちね。トイレもそっちの奥。」
「…ありがとっ!」
 リツコは気持ちのいい木の床に敷かれた模様入りのゴザのようなものの上をぱたぱたと裸足まま駆けていって、教えられた場所でトイレと洗手洗顔を急いで済ませてから、またぱたぱたと走って戻った。
「あのね! それでね! 大叔母様からおみやげ? …預かってたのに、渡すの忘れてたー! ごめんなさい!」
 タオルを出し入れしたおかげで思い出したので、購買部で受け取ったままの状態でリュックに入れっぱなしだった包みを二つ、急いで鋭に渡した。
「…あ、持って来てくれてたんだ? ありがとう!」
「…これでいい、の? …ていうか、それ、なに?」
「ノギスと計算尺って言ってね… こっちの世界には無い道具なんで、あったら便利だろうな~って思ってたんだけど、ぼくの記憶だけじゃうまく作れなくって。…これなら関数電卓とかと違って電気は要らないから… うん。やっぱり、使えそうだね!」
「…ふうん…?」
 なんだか分らないけど、すごく嬉しそうにして鋭が早速あれこれいじくり回して試しに使ってみたりしているので、リクエスト通りの正しいお土産だったらしい。…よかった。
 とりあえず一つくらいは役に立てたと安堵したリツコは、急におなかが空いた。
「これ食べていいの? …いただきます!」
 今度は木の床ではなくて木製の椅子に腰かけて座るとちょうどいい高さの木の卓の上に置いてあった箱形の木製のお盆? …日本語だと時代劇とかに出てくる『箱膳』に似てるかな? …の蓋をとると、ふわりと優しい香りが立った。
「…わぁ、美味しい!」
「そぉ? 良かった。」
 何種類かの野菜と山菜?とキノコと、何かの柔らかい肉と、小海老?みたいなの…を、香草と一緒に蒸して、ふんわりと優しい味の餡でくるっと和えてある、簡単だけどすごく美味しいおかずが山盛りと、濡れせんべいと焼き味噌おにぎりの中間のような、しっとりした噛みごたえの、何かの穀物の粉を練ったのかな?…平たく焼いた、主食らしいもの。
 浅漬けみたいな感じの薄味の生野菜の色どりのきれいな盛り合わせと、箸休め的なコリコリした何か。それから、食べやすいように綺麗に切ってくれてあった、汁けたっぷりの…甘酸っぱい…香りのいい、果物!
 もう夢中になって猛然とがっついている間に、七輪というか炭火の卓上コンロ的なもの…日本語だと『火鉢』って言うかな…? の上でしゅんしゅん沸いていた鉄瓶からお湯を注いで、鋭が温かいお茶を淹れてくれていた。

 


 3-3. リツコ、情報交換する。

 

「………ふ~ぅ。おなかいっぱーい! …ごちそうさま!」
「落ち着いたら、もう一度眠るといいよ。まだ朝まで時間があるから。」
「………もしかしなくても、あたしのために起きててくれたの?」
 リツコはちょっとぎょっとして、それは申しわけなかったなと思いながら聞いてみた。
「まぁやることも色々あったし。『夜中に寝ぼけますからよろしく』って、清瀬の律子さんからの手紙にも書いてあったし。」
「…えぇ?!」(…はっずかし~っ!) …と、頬に両手を当てて身もだえしてみせると、鋭はまたふふっと笑った。
「まぁフツウ組のひとが朝日ヶ森に保護されてるからには、何か事情があるとは思ってたけど」
「鋭は、地球のジジョウについては、どれぐらい知ってるの?」
 リツコは聞いてみた。なにしろ知らないことだらけだ。
「う~ん? 清瀬さんからは何も聞いてないの?」
「そんな暇なかったもん。鋭のこと『初恋の人なの~!』とかノロケ始めちゃったし。」
「…えぇ? それ初耳!」
「え、うそ? しまった!」
 リツコは慌てて口をふさいだ。遅いけど…。
「………言っちゃったこと、内緒ね…?」片目で様子をうかがうと、
「う~ん、まぁ時効だし…? なにしろぼくはこんな見た目のまんまだけど、地球の時間だと、あれからもう五十?…六十年くらいかな? 経っちゃってるし…。
 でも清瀬さんとは、ほんと喋ったこともあまり無かったんだよ? 数十年ぶりにやっと地球と連絡がとれて、手紙の返事に当代の朝日ヶ森の学園長が清瀬律子サンって署名してあっても、最初は同じ人だとは思わなかったくらいで。」
「そうなんだ?」
「うん。…そもそもなんで彼女が朝日ヶ森にいるのさー?」
「え? 同級生だったんじゃないの?」
「その前にいた全く普通の地元の小学校でだよ。今のキミと同じ、4年生の時にね。清瀬サンは転校生だったし。そのころ口がきけなくて挨拶も筆談だったし」
「あ、それは聞いたことある。子どものころ一族みんな死んじゃった時に、心因性ナントカってショックで、しばらく喋れなかったんだって。」
「そうだったんだ…」
 『一族』という単語が出たところで何か納得してくれたらしく、鋭は話題を換えた。
「それで僕は、IQ高かったんで普通の学校から《センター》に誘拐されて。」
「えぇ?」
「《センター》は、まだある?」
「あるよ!」
「緑軍のために安く効率的に人を殺せる強力な武器を開発しろー!…なんて勉強をさせられてさ? 人体実験とかやらされるの厭だったんで逃げ出して、山ン中で生き斃れかけてたらマーシャに拾われて、朝日ヶ森に保護されて… そしたら何故か清瀬さんも朝日ヶ森に保護されてて… まぁ色々あって僕は天才組だし彼女はフツウ組だし、あんまり喋る機会もなくてさ? 結局そのすぐ後に僕はマーシャの… あ、あした挨拶につれてくけど、こっちの世界の皇女サマのことだけど。ごたごたに巻き込まれてこっちに飛ばされちゃったから、以来まったく数十年間? お互い音信不通。」
「…そうなんだー?」リツコはちょっと目を丸くして混乱した。
 話の全体像がよく解らないけど、そんなに長く時間がたっても、大叔母様は『初恋の人なの~!』…が、忘れられなかった? のかー…。(…もしかして、それで独身?)と思ったが、それはいま鋭にいう話でもないと、慌てて考えなおした。
「あたしはほんとにフツウなのー。お父さんとお母さんが反政府って地下活動やってて目ぇつけられちゃって。緑衣隊が逮捕に来たから『逃げて!』って言ったけど遅くて。
あたしだけ走って逃げて山ん中でサバイバルしてたら大叔母様に頼まれたって朝日ヶ森の魔法組のひとが保護しに来てくれて。家族もみんな無事に救出されてたんだけど、あたしより先に亡命しちゃってたんだ。で、次の亡命船が確保できるまで、朝日ヶ森で待ってなさいって。」
「…そこまでは、ほぼ僕と同じ状況らしいけど…。…それを『普通』って言っていいのかなぁ…。」鋭が苦笑して遠い目をする。
「…それでか。『こっちとそっちの行き来を兼ねて、地球の別の場所に出られないか』って、清瀬さんからの質問」
「…え?」
「聞いてない? リツコこっちに来たあと、またすぐ朝日ヶ森に戻すか、このままこっちで暮らすか、もし可能なら、地球上の別の場所に戻してくれてもOKって。」
「そうなんだ…」それは聞いていなかったなと思いながらリツコはうなずいた。
「日本から外に出さえすれば、まだわりと移動の自由はあるって? ストリームラインと連絡さえ取れれば、お母さんたちと合流させられるって。でもキミの今回の二時間ずれた件もあるし、こっちとあっちの昔の通路はほんとに、ほとんど埋もれたり忘れられたりしてたから、まだ調査が足りてなくてね。情報が、かなり不確実なんだ…。うっかり抜けたら下に受け止めるクッションがなくて地面に激突とか、時代がもっとズレて浦島太郎になっちゃったりとかしたら、嫌でしょ? 絶対安全って保障できる通路が用意できるかどうか、もうちょっと待っててね。」
「うん。わかった。」
 それからしばらくは主にリツコの方が、地球と日本のここ最近の事件について…小学生のリツコにも解る範囲の話だけ、だったけど…説明をして。
 うとうとしはじめたら鋭が抱っこしてくれて、布団に入れてもらって。
 …最後にみた大きな満月が、地球より大きいな~と思ったところまでで、リツコの記憶は途切れた…。

 


 3-4. リツコ、寝坊する。

 

 再び目が覚めると、どうやらもうすっかり朝も遅い、という時間帯の雰囲気だった。
 大小色々いるらしい鳥の声が賑やかで、人の声や犬らしいものや馬?の吠える声とかのざわめきも遠くから聴こえる。
「…んんん…… よっく寝た…? …あれ…??? ここ、どこ…???」
 あたりを見回して家でも学校の寮でもない部屋だと再確認して、それから、昨日なぜか異世界とやらに本当に来てしまってたんだった。…ということをぼんやり思い出し、
「…夢じゃなかった!」
 …と、慌てて起き出した。…鋭の姿はすでにない。
 服のまま寝てしまっていたので、急いでトイレと洗面を済ませて、ちょっと冷たかったけどついでに水浴びして髪も洗って、とにかく新しい服に着替える。
 …そうだ。脱いだ服の洗濯は、どうしたらいいのかな…?
 必要最低限の荷物しか持って来られなかったから、こまめに洗濯しないと、すぐに着替えがなくなる。
 電気がないんだから、洗濯機だって無いよね…?
 井戸水はたっぷりあったし天気も良かったので、水場の脇にあった大きな盥がたぶんそれ用だろうと考えて借りて、じゃぶじゃぶ手と石鹸で洗濯して。邪魔にならないかなー?と思いながら、土間のすみの植え込みの端っこの枝を選んで紐をかけて干した。
 昨日と同じように卓の上に用意されていた箱盆の朝食を勝手にたいらげる。
「いただきます! ………ごちそうさまでした!」
 3分でがつがつ平らげて手を合わせて礼をしてからふぅと目を上げると、旅館の中居さんのような動きやすそうな服を着た知らない女のひとが、物音を聴きつけてやってきたのか、にっこり笑って部屋の前に立っていた。
「あんによんまるにえん、えなら?」
「…あっ! おはようございますっ! …ごあん! 勝手にいただきましたッ!」
 おもわずもごもごと噛んじゃいながら慌てて日本語で挨拶すると、にっこり笑って
「えんえん。」と返事をしてくれた。
「まによ、えんにえんね?」
 リツコが食べ終えた食器を手早くまとめて箱盆ごと持って『ついて来て下さいな?』という風に首をかしげるので、リツコは急いでリュックをひっかけ、慌ててついていった。
 気持ちのいい明るい長い廊下を何度か折れ曲がって、案内された先には鋭がいた。
 広くて天井も高い大きな部屋で、鋭と同じような青と水色系の優雅だけど動きやすそうな服と、長めに伸ばして後ろでまとめた髪型の同じような雰囲気の…頭が良さそうで性格が穏やかそうな、でもちょっと頑固そうなところもある…学者さんタイプ?みたいな大人たちがたくさん(ほとんどが普通の人間タイプと、毛皮や耳つきも何人か)いて、大きな布や皮製の地図だの表だのを広げて賑やかに、打ち合わせか何かの準備をしている感じ。
 真ん中の大きな机の上には昨日リツコが渡した「お土産」のノギスと計算尺が置いてあって、みんなでその寸法を測ったり絵図に写したり、興味津々で観察したりしている。
「…リレキセース。まるにえん。…えーらんてーい。」
 案内してくれた女のひとが戸口から声をかけると、すぐに鋭が降り向いた。
「あるっくあーい。…あ、リツコ起きた? おはよう。」
「おはようございますっ。寝過ごしてごめんなさいっ!」
「い~よ~?」
 それから鋭は周りの人に声をかけ、自分の見ていた書類などは簡単に片づけて、なんだか昨日着ていたものよりずいぶん高級そうな?かしこまった感じの?上衣を手にとった。
「じゃ、行こうか。」
「どこへ?」
「皇女サマにご挨拶~。」
「えぇ!?」
「…あれ、ゆうべ言わなかったっけ? ここの皇女サマって前は地球に亡命して朝日ヶ森に居たんだよ。『霧の校庭・運動会行方不明伝説』って、今じゃ学園七不思議になってるって書いてあったけど。」
「え~っ? …何十年か前の、障害物競走の途中で生徒がイキナリ消えたって謎の話? …あれ実話だったんだ…」
「そうそう。そん時に巻き込まれてダレムアスに来た僕が、ここに居るからねぇ。」
 …つくづくあの学校はフシギと謎だらけだ…とリツコがあきれながら鋭と一緒に歩いて行くと玄関らしき場所に出て、その先の気持ちの良い小さな木立ちのなかの小径を歩いていくと、すぐに大きな道に出た。
「うわ…」
 市場だった。いや…大きな町?…商店街?…と、見慣れないものだらけの景色に、リツコはきょろきょろしてしまう。
「…とりあえず質問と観光は後にしてー。皇女サマは怒らせると怖いからー。」
 どこから観察したらいいかと立ち止まってしまったリツコの肩を押して鋭が苦笑する。
「それでなくてもキミ、きのう寝ちゃったからさ? 歓迎パーティーすっぽかしたんだよー?」
「…きゃーーーーーっ! ごめんなさいっ!?」
 リツコは恥ずかしくて悲鳴をあげた。

 


 3-5. リツコ、右将軍にあう。

 

  街道を右に曲がってまっすぐ歩いて行くとやがて活気のある市場から広い庭のお屋敷が立ち並ぶ区画に変わって、いきあたった四辻でまた右に曲がると、開放的な感じの大きな高い門があって、特に検問とか見張りとかは何もなくて、わいわいと行き交う人たちと一緒にひょいとくぐると、入ってすぐに大きな男の人たちがなにか話しあいながら立っていて、そのうち一人が振り向きざまに、すごく嬉しそうな声の日本語で話しかけてきた。
「おう鋭! 来たか! そのコか?」
 背が高くて筋肉もりもりで肩幅が広くて日焼けしていて、ばさりと無雑作に伸びっぱなした感じのすこしクセのある髪はつやつやした真っ黒で、笑った歯は真っ白だ。
 赤と黒の派手なデザインだけど動きやすそうな服に、大剣と短剣と投げ矢?とか弓とかなにかの武器をたくさん、いかにも扱い慣れている感じに、隙なく身に着けている。
「うん雄輝。この子だよ~、高原リツコ嬢。」
 手のひらで紹介して気軽そうに喋ってるけど、まだ若い青年の鋭よりは十歳くらい年長に見える。とても偉そうなマントを羽織った、大人の男のひとだ。
「こんにちわっ! タカハラですっ! よろしくお願いしますっ!」
 近づいて来た相手をかなりのけぞって見上げながら、リツコは精一杯、元気に挨拶してみた。
「リツコ、これが『校庭行方不明事件』で消えた三人のうちのもう一人。翼 雄輝。」
「おう、よろしくな。ところでリツコって何県のタカハラ家?」
 リツコは質問されてる意味がわからなくて返事ができなかった。
 それに、紹介された人の背中には、焦げ茶色のまだら紋様のある、大きな翼があった。
「………羽………!」
 昨日リツコを運んでくれた『ほぼ鳥に見えるけど服を着て喋って脚の手?で道具を操る人』たちとは違って、『ほぼ人間』な姿で、背中にだけ大きな翼があるタイプだ。
「…ん? 珍しいか? 《朝日ヶ森》なら今でも居るんじゃないか?」
「居るけど… すごく怖い人たちで…、近くで見たことなかったから…」
「あ~、天狗系のやつらか? あいつらは気難しいからな~…」
 うんうんと勝手に納得している。
「おれはオオノのタカバの谷のモトシュケの『ツバサ』一族の最後の一人のユウキ。
…って言って解るか?」
「ごめんなさい。わかんないです。うちは分家の分家のまた分家とかで、本家の一族ってずいぶん前に滅んじゃてて、誰も詳しい人が残ってないそうです。…お父さんなら、もうちょっとは知ってるかもだけど…」
「あ~気にすんな。そんなもん、そんなもん。」
 からからと笑って男の人はリツコの肩をぽんと叩いた。
 地球には、古くからの伝説を語り伝えて来た、いくつかの「一族」に属する「遠い場所から来た人々」の子孫と、それとは別の「新しい土地で生まれた人々」という、区別がこっそりあるという。
 ものすごく漠然とした話だけしか、リツコは知らない。
「マダロ・シャサ!」
 広場の向うから呼ばれたのは、翼が生えてる地球人の、こっちの世界での名前らしい。
「…じゃな。…マーシャ怒ってるからな~。せいぜい庇ってやれよ?」
「うへぇ…」
 リツコには謎の言葉を残されて、鋭が、ものっすごい嫌そうな声を出した…(リツコはびっくりした。)

 

 

 3-6. リツコ、皇女サマに会う。

 

 心なしか鋭は少し早足になって歩いて行く。リツコの身長だとすこし小走りにならなくちゃいけないくらいの歩調だ。
 そこはとても大きな広場で、馬?車や人が曳くリヤカーのような荷車や、きのう乗せてもらった鳥の人が使うカゴに似たものなどがところ狭しと並べられ、ひっきりなしに人や獣や植物の人?たちが荷物を運び込んできては、移し替えたり、積み上げたりしている。
 何かで同じような光景を観たことがあるなとリツコが思い出してみると、前にテレビでやっていたシルクロードとかの隊商の出発準備に似ていた。
 …どうやら、大勢で旅に出る?仕度をしているらしかった。
 その慌ただしく雑然とした前庭を抜けるともう一つの門があってくぐるとまた広場があって、こちらはまだ比較的すいている感じで、少し伸びすぎた芝生のような、昼寝したら気持ちが良さそうな、ふかふかした草がびっしりと生えた植えこみが両脇に長く伸びている幅の広い道を抜けた正面に、宮殿?らしいものがあった。
 リツコが知っている範囲でいうと一番似ているのは奈良とか日光とか鎌倉とかいわゆる古都にある八幡宮とかの寺社。鮮やかな紅朱と金や緑の曲線的な木彫り細工で華麗に丁寧に飾られた木造建築で、広大な敷地内に渡り廊下や欄干でつなげて点在していて、屋根がとても高いけれども全体的に平屋建て。せいぜい部分的に二階屋もあったり火の見櫓みたいな塔がところどころにあるくらいで、全体的に平べったい。広場から続いている屋外の道の床は関帝廟みたいな石張りか玉砂利の部分も多くて、建物の中も地面と同じ高さの床は石。階段を上がると木の床。
 鋭は案内も請わずにすたすたと敷地の奥の奥に進んで、そのまま最寄りの脇玄関をくぐって内廊下にまで入っていくので、リツコも遅れないようにがんばって後を追う。
 驚いたことに、通りすがりの偉そうな役人らしい服の人たちが、鋭を見つけると皆すぐに頭を下げる。
「マウレィディア!」
「マウレィディア、リレク、エイセス!」
「マウレィディア!」
「アノネ、カイエ。」
 鋭は軽くうなずくだけで短く返して、どんどん歩いて行く。
 やがて着いた場所の開け放たれた大きな扉の前の廊下の、壁沿いに並んだたくさんの椅子の列に座って何かの順番待ちをしているらしい人たちの前は挨拶だけしながらすたすたと通り抜け、扉のすぐ脇にある先頭の椅子で待っていた人にだけ、
「…アウレクセス、マルニエン、エネ?」
 と、頭を下げて片手でちょっと拝むようなしぐさで遠慮がちに声をかけると、
「マウレニエン、エネ、エネ!」
(どうぞお先に!)と言っているのだろう仕草で、相手の人は喜んで順番を譲った。
 その大広間のなかで拝謁の最中だった人が、その声にふりむいて、慌てて自分の場所を譲ろうとする。
「…アウネ、ソノ!」
 若い女性の高飛車な声が鋭く響いて、その人はちょっと困った顔をして、また前に向かいなおした。
(…構わない、続けて!…って、言った?)と、リツコは推測する。
 どうやらそこが謁見の間で、真ん中の大きな椅子に偉そうに座っているのが、これから挨拶する「皇女サマ」とやら、らしかった。
 色が白くて唇が真紅で、ものすごい美女だけど、かなり性格がキツそう。碧緑色の華麗な巻き毛を肩のまわりにふわっと広げて、瞳も同じ碧緑色だ。朱色と金色の豪奢だけどすっきりと洗練された意匠の繊細な装束。
 まだ若いめだけど、おとなの女の人だ。さっきの男の人…翼雄輝…と同じくらいか、ちょっとだけ下くらいの年齢に見える。つまり、まだ青年の鋭より五歳か十歳くらい上? と推測してから、(まぁ地球人の感覚で、だけど…)と、七十歳は過ぎているはずの大叔母様と鋭が、六十年前の地球の小学校で同級生だった、という話を思い出して、うーんとうなった。
 その、きつそうな性格の美女が、ちょっとかなり苛苛した感じで眉をしかめながら、目の前に座っている人の報告をそれまで最後までちゃんと聴いていたらしい感じで、いくつか短く指示を出して、またその返事を得てから、仕種と声とで偉そうに退出を命じる。
「…遅いわよ、あなた!」
 次にいきなり日本語でビシッと怒鳴りつけられて、リツコは思わず首をすくめた。
「… は、はいッ! …ごめんなさいッ!」
「昨夜は歓迎の宴を用意したのにすっぽかすし! 今日は私もう出なくちゃいけないのにいつまでも待たせるし! …それになに? チビな上にタダビト組なの? …なんで清瀬律子が自分で来なかったのかしら!」
 …これはもう…挨拶とか自己紹介とか、マトモにさせてもらえる状況ではない…?
 リツコは震えあがり、あやうく涙目になりかけながら必死で言い訳をした。
「あのぅ…ゆうべと今朝はすいませんでした…あたし時差ボケで、寝ちゃって… それに大叔母様たちは今すごく忙しいんです。最近かなり大掛かりなテキハツがあったせいで、大勢タイホされちゃったんで…」
「…あら、そう…。」
 美人皇女は、素早く眉をしかめた。
「鋭、その報告は後で聞くわ。今日はとにかく忙しいのよ。その御チビさんで大体揃ったし。明日もう出発するわよ! 正午発! あなたも準備急いで!」
「らじゃ。」
 鋭はちょっとふざけた感じで地球式の挙手の礼をすると、あわあわしているリツコの肩を反対回りに押して、とっとと逃げ出そうとした…。


第4章 リツコ、仲良しができる。

第4章 リツコ、仲良しができる。

 

 4-1. リツコ、案内される。

 

 さっき順番を譲ってくれた先頭の人にだけ軽く挨拶して、とっとと退出しようとした時。鋭は、急に気がついた風に「おっと!」と言いながら立ち止り、慌ててふり向いた。
「…マーシャ。今の。…決定事項でいいんだよね?」
「え? あぁ。…日本語で言っちゃったわね。」
「伝令まわすよ?」
「えぇ。お願い。」
 鋭は広間の内外とその前の大廊下に並んでいる人たち皆に聴こえるよう、すぅっと息を整えて大声で呼ばわった。
 ぴんと張った声だ。
「…アウレイメイ! ミウンテア! …ソンナイ!」
 列をなしていた人たちの間にざわ!と波がはしる。
 鋭は繰り返して言った。
「アウレイメイ! ミウンテア! ソンナイ! …ディウンディアーイ!」
「アワッ! ディエンディアーイ!」
 短く返事をして走り出していく、何かの制服を着て剣や槍を帯びている人たち。
 並んでいた椅子の列からもほとんどが慌てて立ち上がって、がやがやと話しながら一斉に宮殿の外へ去って行く。
「…いま、何て言ったの?」おそるおそる鋭に聞いてみると、
「マーシャが言ってたことだよ。出発は明日に決定! 正午! …伝令ッ!」
 それから今度はさすがにリツコの歩調を気遣う余裕は取り戻しつつも、鋭も足早に歩き始めた。「行こうか。…怖かったでしょう?」
 苦笑している。
「ううん。あたしこそごめんなさい。きのう寝ちゃったりしなければよかった。」
「いや~、彼女は最近ずっとあの調子だから。きみが悪いわけじゃないんだよ。」
「そうなの?」
「きみとは全然関係ない理由で、ずっとものすご~く機嫌が悪いんだ。八つ当たりされてるだけなのに、かばってあげられなくて、ごめんね?」
 ほんとにお手上げで~。と言う風なジェスチャーをまじえて謝る。
「ううん。それならいいけど…」
 宮殿の外に出ると先ほどの広場の荷駄や人のざわめきが、さらに騒然と加速していた。
「ミウンテア! ソンナイ! ディウンディ!」
「ミウンテア!」
「ミウンテア~!」
 大声で伝達しながら駆けて行く多人数の声がどんどん遠ざかり、周囲に復唱され、また広がっていく。
「…ねぇ、もしかして、鋭ってかなり偉い人なの?」
 いっせいに動きだした人々や動物たちの騒ぎをきょろきょろ眺めながら気になっていたことを聞いてみる。
「…なんでそう思った?」
「だって若いのにみんなが膝を曲げてあいさつしてたし。順番もすぐに譲ってもらえたし。とってもエラそ~な、あのお姫さまのことも名前で呼んで、ため口きいてたし。」
「うーん、そっか。いい観察力だね。」
 鋭はまた苦笑した。
「まぁ偉いっていうか… 皇女サマの地球時代からの友人? …というか。今は側近とか幕僚って扱いかな? …最近じゃ、なんかヨーリア学派の… あ、さっきのあの家にいた連中だけど、代表者? ぽくなってるし…」
「…やっぱり、かなり偉いの?」
「…うーんまぁ、さっき会った雄輝ほどの有名人ではないよ。まぁぼくは、たんなる雑用係だねぇ…」
「そうなんだ?」
「そう。それで、明日出発ってことはぼくも準備で忙しくなっちゃったんで、その前に、旅のあいだキミのめんどうを見てくれる人のとこに連れてくからね。」
「そうなの?」
 リツコは旅と聞いてもずっと鋭と一緒だろうと思っていたので、びっくりして目を丸くした。
「うんそう。だって昨日はもうしょうがなかったからぼくの部屋に泊めたけど、旅のあいだずっと男のぼくと女のコのきみが同室ってわけにいかないでしょ? ほんとは昨日からそっちに泊めてもらうはずだったんだけど… あ、いたいた!」
 広場のすみのほうに妙にたくさんの生き物で混みあっている一画があって、鋭がかまわずその雑多な群れの中に突っ込んでいくと、小鳥たちや猛禽たちや小さい動物や大型の四足獣や、それに人間の子どもや大人が一斉に、わっと散って通り道をあけてくれた。

 


 4-2. リツコ、マシカにあう。

 

「…マシカ!」
「リレク!」
 呼ばれて振り向いて鋭の名前?を嬉しそうに呼びかえしたのは、鋭と同じくらいの年齢に見える…大人になったばかりな感じの、まだかなり若い、綺麗な女の人だった。
 秋の紅葉と黄葉をまぜまぜにしたような華やかな色彩のくるくるした巻き毛を首の後ろでぎゅっと結んで、緑と茶色の動きやすそうな服に、歩きやすそうな柔らかい皮の長沓。
 瞳の色は皇女サマとよく似た碧だ。色が白くて額の広い、すっきりした美人なところも似ているけど、でもずっと優しくて親切そうな、すてきな笑顔だ。
 手には草の束?のような道具を持って、大きな黒馬の世話をしていたらしかった。
「動物たちの調子はどう?」
 鋭はそのまま日本語で話しかけ続けた。
「モンダイないわ。あしたシュッパツですって?」
 驚いたことにその人は、ちょっと発音が怪しかったけど、なめらかな日本語で答えた。
「そう。で、この子が例の子。頼める?」
「わかったわ。よろしくね、リツコ? あたしは、マシカよ。」
「こんにちわ! …びっくりした。日本語が話せるんですね!」
「リレクやマーシャたちからナラッタのよ。」
「そうなんだー!」
 リツコはほっとして笑った。さっきの怖い皇女サマと違ってだんぜん優しそうだし、こっちの人なのに、言葉が通じるなんて!
「マシカこれから時間ある? リツコを市場に連れて行って、着替えとか旅に必要なものを一式買ってあげてほしいんだ。これ予算。足りるかな? 諸侯会議にも出るからさ、ちょっと豪華っぽい、正式な服も必要なんだけど。」
「えぇ。足りると思うわ。知り合いの店が安くしてくれるのよ」
 マシカは渡された袋の中身をかるく確認して、白い歯でにこっと笑った。
「あと例のあの…、言葉の術も、頼める?」
「…あら? 先にマーシャに会いに行ったんじゃなかった?」
「ものっっすごい機嫌が悪くてさー。頼むどころじゃなかった。」
「あらあら…」
 マシカも、よ~くワカッタ、という感じの、身内に特有の仕種で肩をすくめた。
「わかったわ。あたしの神力じゃ弱いけど。全然ないよりマシでしょ。」
「じゃ、ごめん、リツコ。また明日ね。もしぼくに用がある時はマシカにそう言ってくれれば、すぐに連絡がつくから。」
「うんわかった! ありがとう!」
 リツコが慌てて手を振るうちにも、鋭はどんどん歩いて行ってしまった。
 それを後ろから追いかけてきていた人たちがわっと取り囲んで、次々に話しかけたり、書類らしいものを渡したり、左印をもらったりしている。
 …やっぱり、本当に偉い人で、ほんとうに忙しかったらしい…。
 リツコは、うっかり寝こけてしまったせいで二日間もあたしみたいな子どもの世話なんかさせて、悪いことしたなー?と、ちょっと反省した。
「ちょっと待っててくれる?」
 鋭を見送っていたリツコにそう言って、大きな立派な黒い馬の世話を最後まで仕上げたらしいマシカは、まわりの人間たちや動物たちに挨拶らしい言葉をかけてから、リツコをつれて広場のすみの水場に行って手と顔を洗い小布で簡単に拭いて、髪をほどいた。
 ふわりと広がった朽葉色の巻き毛は、とても華やかでよく目立つ。
「きれ~い!」
 リツコが思わず誉めると、マシカはにこっと笑った。
「そう? ありがとう。リツコの髪もすてきよ?」
「えぇ? あたしのなんか焦げ茶色でクセ毛でへろへろで~。全然ダメ」
「そうなの? ダレムアスでは《大地の色》って言って、一番いい色だけど?」
「そうなの?」
「えぇそうよ。ほら可愛い。あたしたち姉妹みたいね?」
 マシカはそう言ってリツコの固く縛っていた癖毛もほどいて、ふわっとおそろいな感じに広げてしまった。
 リツコは初対面の人にいきなり『姉妹みたい』とか親しくしてもらえたのが嬉しくて、
「えへ~」と照れた。
 マシカはそんなリツコを見てにこっと笑って、それからちょっと後ろに下がった。
 何をするのかな? とリツコがキョトンとして見ていると、リツコのことを上から下までじっくり観察している感じで、それから深呼吸してもう一度にこりと笑い、また近づいてきたと思ったらリツコの両頬に両手を添えて、そぅっと額と額を合わせて、息を整えて、…歌うように、小さく叫んだ。
「ま~りえった! れっと、せっと、えッ!」…(ことばよ、通じよ!)
「え?」
「まうれいにあ、あむにや、あむねえむね?」…(わたしの言うこと解る?)
「えっ? …解る! ?? …あれ……???!」
 リツコは目を丸くした。
 何がどうなったの…??
「マーシャは《神力》って訳してるけど、鋭は魔法って呼ぶわね。あたしは血の力は弱いから、マーシャがやるみたいに自分の言ってることを相手に解らせる術まではむりなの。効き目も弱いし、時間も短いと思うんだけど…とりあえず、それでやってみましょう?」
 リツコはむしろ日本語で説明された内容のほうがまったく理解できなかったが、とりあえず「うん。」とうなずいた。

 


 4-3. リツコ、市場へ行く。

 

 ついて来ようとした小鳥たちや小動物たちには『ちょっとあっちへ行ってて!』と言いつけて追い払ったマシカは、とても楽しそうな顔でリツコと手をつないで、ずんずん市場の奥に分け入っていく。
 リツコはとにかくもうきょろきょろしてしまって大変だ。質問したいことを全部聞いていたら一歩も前に進めなくなるくらい、見るものすべて珍しい。
 使いこまれて黒光りしている太い木彫りの柱の大きな天幕の店や、竹の柱に布の屋根を張っただけの簡単な屋台。二階建ての立派な木造の飲食店もあるし、屋根と柱だけあって壁がない建物の、安くて大盛らしい賑やかな食堂もある。
 色とりどりの布地屋、服屋、仕立て屋、小物屋、高そうな装飾品の店、細かい革細工の店。皿の店、壺の店、石や木材の店、野菜の店、果物の店、ちょっとだけぎょっとする眺めの、生肉の量り切り売り?の店…
 占い屋さんかしらと思う地べたに座った賢そうなお婆さんや、兎の人や羊の人たち相手におしゃれな毛刈りや毛染めを施している店。
 ひたすらまわりじゅうを見回しながら歩いていたリツコは、少し遅れて、自分のほうも周囲の人たちから、びっくりした顔で眺められていることに気づいた。
「…ティケット?」…(地球人?)
「テーイケットィ? アナン?」…(地球人か?)
「あ~やけった、ていか!」…(おっとびっくり! 地球人じゃないか!)
 市場を行き交う通りすがりの人々が、リツコのTシャツと短パン姿を見て目を丸くして声をあげる。
(………え? なんであたし、言ってる意味が解るの? ティケット…ってチケット?  切符? …じゃないよね…?? こっちの言葉だと《地球人》って意味になの…??)
 まったく解らないはずの言葉が、ちょっとだけ遅れてだけど、だいたいの意味が判る。
 まるで頭の中で映画の字幕でも読んでるみたいな感じだ。
(?? …これが、さっきマシカがかけてくれた《言葉のマホウ》とかいうやつ…??)
 目を丸くしたまま混乱しているリツコをしりめに、はぐれないように手だけはぎゅっとつないで、すたすたと前を歩いていたマシカが、ひょいと曲がって一軒の店に入った。
 ので、続けて敷居をまたごうとしたリツコを睨んで、鋭い声をあげた男がいた。
「エベルディン、スレイガ!」…(出て行け、敵め!)
「えっ? 敵? なに??」
「…あんま、のうでぃあ、あーろんでーぃ。」…(なにか御用で? お客さん?)
 隣にいた店員らしい人も、怪しい奴め、という嫌そうな顔で、リツコを見ている。
 知らない人から突然『敵め!』と言われた事に心底びびって固まっていた。
「まるまっかあれ。」…(あたしの連れよ。)
 どうやら鋭と同じくらい周りの人たちに顔が知られているらしいマシカがぴしりと言うと、周囲のざわめきが一瞬で収まった。
「ジョルディイリヤン、ダレッカ。リレキセース、オルディイイン。」…(諸侯会議に出るお客様。リレク様からお預かりしたの。)
 出て行けと言った男は不機嫌そうに口をつぐみ、自分のほうがさっさと出て行った。
「あんに~や、マシカ!」…(いらっしゃい、《星の娘》!)
 奥から店主らしい人が急いで出てきてにこにこと挨拶してくれて、あとはもう買い物が大変だった。
 マシカがかけてくれた言葉の魔法?とやらのおかげで、相手が言っていることは何語であれ、なんとなくリツコには意味が解るけど、リツコが喋ってる日本語は、相手には全く通じてないらしい。
 半分はマシカに通訳してもらいながら、マシカにもうまく翻訳できない時はとにかく身振り手振りで、好きな形だとか嫌いな色だとか、肌触りがどうとか色々説明しまくって、それから厳選したものだけ試着してみて、さらにあーだこーだと、似合うとか似合わないとかみんなで品定めをして。
 あれやこれやと出してきてくれる衣類や旅行用品がどんどん山になっていくのを見て、
「ちょっと待ってマシカ! こんなにたくさん買っても背負いきれないよ?」
 リツコが悲鳴をあげると、
「馬車で運ぶから大丈夫よ」とマシカは余裕で笑った。
 一通りの品物がようやく決まってマシカが鋭から預かってきた財布の中身で支払いも済ませて、配達まで頼んで店を出た時には、リツコはもうかなり疲れてしまって、おなかもぺこぺこだった…。
 マシカが気を利かせて、道すがらの屋台で甘いものを食べさせてくれる。
 色とりどりの豆を甘く煮たものの中に何かぷにっとした食感のものが入った、あんみつとぜんざいが混ざったような味の、見た目も可愛らしい女のコ御用達なスイーツだ。
「…おいしーーーい!」
 叫んだリツコに、マシカは笑った。

 


 4-4. リツコ、宿に戻る。

 

「元気でた? じゃ、ちょっと遠いけど私のテントまで歩きましょう。」
「あ、ちょっと待って! あたし今朝、洗濯物を干してきちゃったの!」
「センタクモノ?」
 なぜかこれがマシカに通じなかった。リツコは身ぶり手ぶりで説明してみた。
「服を洗って~、干して~、こう…。昨日泊めてもらった部屋の中に、干して、置いてきちゃったの!」
「…あぁ。洗った。干した。で、…乾いた?」
「そう。洗濯物。」
「センタクモノ。」
 マシカはうんとうなずいた。
「リツコ、わたしのニホンゴまだまだみたいだわ。旅のあいだ、たくさん教えてね?」
「うん! こっちの言葉も教えてね?」
 じゃあセンタクモノを取りに一度戻ろうという話まで進んで、リツコは困った。
「どうしよう! あたし帰りも鋭と一緒だと思ってたから、道を覚えてない!」
「ヨーリア学派の宿坊でしょ? わかるから大丈夫よ。」
「ほんと? よかった~!」
 しばらく歩いて、なるほど見覚えのある植え込みの門のちかくまで案内してくれると、マシカはその手前の薬草の店で買い物をしてくるから、その間にセンタクモノをとってきて、と言う。
 うん解った! と、ひとりで門を入って、見覚えのある玄関まで行って、そこには誰もいなかったので、無断で勝手に上がるのもまずいかと思って、声をかけてみた。
「すいませ~ん! …誰かいませんかー?」
「…もうどれいやなっ? えんにやえん。」…(*********)
(??? …あれ…! ???) リツコは困った。
 さっきまでは、相手の話す声と一緒になんとなく判っていた「ことばの意味」が…
 また、解らなくなってる…!
 魔法?をかけてくれた時にマシカが言ってた「時間も短いと思うんだけど」という言葉の意味のほうが判ったー!…と思って焦りながらも、幸いにして最初に出てきたのが今朝リツコを案内してくれたあの女の人だったので、もう一度「センタクモノ!」という身振り手振りをして、「取りに行きたいので部屋に入ってもいいですかー?」と許可を得るのは、そんなに難しくもなかった。
 鋭の私室だったらしい今朝の部屋にもういちど案内してもらい、洗濯物がきれいに乾いていたのをこれ幸いと、急いで畳んでリュックに詰め直す。
「どうもすいません! ありがとうございました!」
 ぺこりと頭を下げてお礼を言って退出すると、
「まぅれいでぁ~。」
 女の人はにこにこして、手を振って見送ってくれた。
 それからまた教えられてた薬草店に戻って、誰かと談笑していたマシカと合流して歩きだしながら、もう言葉がわからなくなってしまったことを伝える。
「…う~ん、半日モタナイのね…」
 マシカはちょっと悔しそうな顔をした。
 すぐにまた術をかけなおしてくれるかなと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
「もしかして、実はすっごく難しいとか、マシカがものすごく疲れるとか…する?」
「そんなことはないけど。だってもともとはあの三人と一緒に旅してた頃に、あたしだけ言葉が通じなくて不便だったから覚えようと思って、意味が解るようにって、自分で自分に毎日かけてた術なのよ。…でもあれ、かかっている間、アタマが疲れるでしょう?」
「…そう言われてみれば、そうかも…。」
 頭というより、ものすごくおなかがすいたけど。と思いながらリツコはうなずいた。
「今日はもう眠るだけだから、また明日にしましょう?」
 それから日本語で色んな話をしながら《仮皇都》の街の外に向かって歩いて、沈み始めた夕陽と夕焼けと一番星を眺めながら三十分くらいで、マシカと仲間たちが寝泊まりしているという旅天幕の臨時の村?に着いた。

 


 4-5. リツコ、天幕に泊まる。

 

 マシカの仕事は《薬師》と言って、医者と獣医と薬剤師と看護師と産婆さんと保健婦さんと学校の先生と地域の戸籍係と生活委員とカウンセラー?…まで兼任しているような、けっこう大変な職業らしい。
 着いたのが日暮れの後だったし、リツコは言葉が通じなくなっていたし、みんな明日の出発に向けて忙しそうに飛び回っていたので、ちょうど通りすがった人たちにだけ簡単に挨拶して、大天幕のすみで温かい夕飯を食べさせてもらって、さっきの店から早馬で配達されていた小山のような荷物を受け取って二人で手分けして抱えて、リツコたちはすぐにマシカの天幕にひっこんだ。
 何枚かの革と布をじょうずに張り合わせて笹と木の枠で支えた一人用の天幕は、二人で入るとちょっと手狭になったけど、居心地よく乾いて清潔で暖かくて、きちんと整理整頓の行き届いた、いかにもマシカの部屋! という感じがする、すてきな隠れ家だった。
「マシカは用意はしなくていいの?」
「たぶん明日出発になるだろうというのは昨日のうちに解っていたので、もう準備は済んでるの」
「そうなんだ」
「でも明日は早起きしなくちゃだから、今日はもう寝ましょう?」
 寝間着に着替えて、くせ毛の髪の梳かしっことかして、くすくす笑いながら内緒話なんかして。それからマシカとリツコは本当の姉妹よりも仲良しになって、一つの寝床で寄り添って一緒に眠った。
 ただし問題は、リツコのために追い出されてしまったマシカの沢山の同居動物…マシカが言うには「押しかけイソウロウ」…さんたちだった。
 ぶぅぶぅきゃぁきゃぁぴぃぴぃと、それぞれの鳴き声で文句を言いながら脇の長椅子に移動させられた、栗鼠や仔猫や小型犬や小鳥やフクロウや翼の生えた小さい蛇や…その他いろいろ…が、朝になってリツコが目を覚ましてみると、二人の少女のあいだとまわりじゅうにぎっしり詰まって乗っかって、一緒に眠っていたのだった…。


第5章 リツコ、旅に出る。

第5章 リツコ、旅に出る。

 

 5-1. リツコ、早起きする。

 

 翌朝、天幕のすぐ上で鳴く鳥たちの声がすごくて、リツコはびっくりして目が覚めた。
 すでに開けてあった天幕の戸布の向うに見える星空はまだ夜明け前で、外に出てみると東?の山並みの上の薄い金色の線から、反対側のまだ暗い空の色と最後の星の瞬きまで、雲ひとつない見事なグラデーションだ。
 …う~ん、地球と同じに見えるんだけど…と、伸びとあくびと深呼吸を同時にしながらリツコは思った。
 一番の違いは空気だ。
 すごく何というか…すがすがしくて…さらりとして…深いけど透明な感じで…とにかく美味しい。
 昨日そう言ったら鋭が、「この世界には公害も原発もないんだよ!」と笑ってた。
「…あら、起きた?」
 広い空の下で美しい髪に櫛をかけてふんわりとまとめていたマシカがふりむいてにこりと笑った。「今日もお寝坊さんなのかと思ってたわ」
「うーん。だって昨日は早く寝たし。マシカがいてくれたから嫌な夢も視なかったし。」
「うん。よく寝てたわね。ミーボナンにほっぺた踏まれてるのに全然起きなかったもの」
 寝ている間にベッドの上は動物だらけで、まだ寝こけているやつもたくさんいて、先に目を覚ました連中は今もマシカの髪にまとわりついたりして、仕度の邪魔をしている。
 リツコは苦笑して、自分も起きる仕度を始めた。
 まわりの天幕の人たちも皆すでに起きだしているようで、あちこちで出発の準備を始める賑やかな物音や声がしている。
 寝間着のまま教えられた川辺に降りて手と顔を洗い、その水場よりちょっと離れた下流に用意された木造のトイレ!(川の流れの上に付き出していて、床に穴が開けてあって、全自動?水洗式? だ…)で用をたす。
 言葉が判らないまま、すれ違う薬師の人達にはとりあえず「おはようございます!」と挨拶しておく。
 戻ってきて、はたと悩んだ。
「ねえ? マシカ。今日って何を着たらいい?」
「あ、そうねぇ…、どれにしましょうか…?」
 昨日買ってきた装束類の小山と、自分が持ってきた少しの着替えを並べて、天気と気温を考えて、マシカの意見も聞いて、結局「地球式」の略礼装?が良いだろうということになった。
 白いTシャツに動きやすい七分丈の水色のガウチョパンツを合わせて、その上から、おしゃれな私立校の制服みたいな襟の形のギンガムチェックの夏ワンピを羽織って。前ボタンは適当にはずして開けて、ちょっと「こなれた感じ」におとなっぽく、着崩してみる。
 靴はやっぱり履きなれたスニーカーのままにした。だって相当、歩く?らしいから…
「…きゃー、リツコ可愛い~ ♪ 」
 そう褒めてくれながら、マシカのほうは以前から決めてあったらしい衣装にさっさと袖を通している。
 やっぱり昨日の仕事着?と同じような、日本で言うと作務衣?みたいな動きやすそうなデザインだけど、超新品で、手織りらしい深い緑色のつやつやした布地の模様がすごく手が込んでいて、民族調っぽい刺繍とか金色の星型飾りとか色々付いていて、軽くて薄い布の同色のスカーフみたいなマントもふわりと羽織ったら、とても上品で華やかだ。
「きゃー! マシカすてき! とっても綺麗!」
 リツコが手放しで誉めると、うふふんと得意そうに笑った。
「そうでしょう? この布を織るのは苦労したのよ! …リツコ、髪型はお揃いにしましょうよ!」
 可愛い髪飾りも貸してくれたりして普段の自分よりもずっといい感じに仕上がったのでリツコがすっかり満足して小さな手鏡に映して見ていたら、「こんなに薄くて小さな鏡! こっちには無いわ!」とマシカがすごくびっくりしていた。
 もうそれだけで盛り上がりながらの賑やかな身支度がやっと終わると、マシカは昨日の昼にやってくれたように、ちょっと気分を改めるしぐさをして息を整えてから、リツコの頬に手を添えてぴったりと額を当てて、唱えた。
「…ま~りえった! れっと、せっと、…えっか、…ろう! …ぐん!」
(あれ?昨日と少し違う…)とリツコが思う間もなく、
…( ことばよ、通じよ! …せめて日暮れまで! …もつように! )
…という意味が、頭のなかに字幕が映るような感じで、急に流れ込んできたのだった…。

 


 5-2. リツコ、紹介される。

 

 ちょうどその頃に朝日が眩しく射しこんできた。からりと晴れた秋の初めの上天気だ。
『朝ごはん出来てるよー、早く食べちまっとくれ!』と、食堂の人から声がかかったので大急ぎで出かけて行った。
『おはよう!』とか『よく眠れた?』とかそれぞれの言葉で色々と声をかけてくれる大人の薬師の人たちに、リツコは日本語と手振り身振りで元気に挨拶を返しながら昨夜と同じ大天幕に行って、色々な野菜とか豆とかキノコ?やハンペン?のようなものがどっさり入った温かいスープと、穀物の粉をこねて焼いたクレープのような薄焼きに塩味のあんこや栗きんとん?のようなジャムをはさんだ主食を、おなか一杯食べさせてもらった。
 食器は各自で持参制で、ダレムアスに着いた時に鋭からもらった一式を忘れずに持っていった。地べたに敷いた絨毯の上に片アグラで座って、ちゃんと膝敷を使った。
 それからリツコが二人分の食器を洗って戻って拭いて片づけてしているうちに、マシカは手早く整然と自分の天幕の中のものを幾つかの大きな木箱と布袋に詰めて行き、リツコもがんばって出来ることは手伝ってみて、最後に一緒に天幕を畳むと、うんうんと担いで何往復かして、少し離れたところに停めてあった木製の荷馬車に運び入れた。
 それからマシカが小型の馬のようなロバのような、ずんぐりして大人しい四足の動物を連れてきて荷馬車に繋ぐと、出発の準備は完了だった。
『ごめんなさい。先に行くわねー!』
 マシカがそう声をかけると、まだ準備中らしい薬師の皆は口々に返事をして、手を振って見送ってくれた。
 荷物満載の台車を牽いた小型馬の手綱を引いて、人間二人はその横をとことこ歩く。
「これは《白の街道》というのよ。日本の言い方だと《国道》なんですって。」
 マシカが教えてくれる。
 夕べはもう薄暗くなった中を星を見上げながら来たので気がつかなかったが、歩きやすいように白い大きな石畳で丈夫に舗装された、幅は四メートルほどのしっかりした道だ。
 気持ちの良い朝の景色を眺める余裕もなく慌ただしく人馬が行き交う街道沿いの、目につくものをあれこれ教えてもらいながら、昨日歩いてきた道を戻ってまたあの《仮皇宮》前の大門に着いた。
「あ、いたいた、鋭!雄輝!」
「マシカ、おはよう!」
「お! 似合うぜそれ。綺麗だな!」
「ミア・モルラ・マシカ! マウレィディア! アノネエル、ソナ・カイネティケア?」
…(《星の娘》殿、おはようございます。そちらのかたが地球からの御客人ですか?)
「エウネア、ソレラアウグ。モレラディン・エラ。」
…(えぇそうですモレラ様。先日は失礼しました。)
「リツコーニャ。モレラエヘネ。アノデソウスラエネ。オレラノ、ソディラ。」
…(リツコ殿、モレラと申します。こたびは無理を聞いて頂き感謝にたえません。)
 門を入ってすぐの昨日と同じところに鋭と雄輝と、他にもたくさんの重臣ぽい人たちが集まっていた。
 みんなきちんとしたおしゃれというか、礼服とか正装らしい仕度で、ばりっと格好良く整えている。
「ミアマリツコ、マウレソイディア。オルレア・オルレ・ドラウグ。」
…(リツコ殿、お初にお目にかかる。それがしドラウグと申す者。)
「あじょれ・りつこうにゃ。あにのれの、そな。」
…(はじめまして、リツコ姫。わたくしはソナですわ。)
「あいどれーが! だれむあすーな!」…(《大地世界》へ、ようこそ!)
「アイドレーガ! アルラ!」…(ようこそ! 歓迎しますぞ!)
 初めて会う偉そうな大人の人たちもみんなマシカにだけでなくリツコにまで腰を下げてきちんとした挨拶をしてくれるので、リツコも一生懸命「おはようございます! 一昨日はごめんなさい! 地球から来た高原リツコです! よろしくお願いします!」と日本語で頭を下げた。
「リツコ、おはよう。それ可愛いね」
「おー、地球式の服にしたんだ?」
 鋭と雄輝がお世辞でなく本気で誉めてくれたので、リツコは照れて、えへへと笑った。
 マシカがちょっとだけ心配そうに二人に聞く。
「どうかしら? 一応こっちの服もちゃんと用意してるんだけど。『地球からの御客人が諸侯会議に参加する』ってことは、宣伝したほうが良いのよね?」
「うんそうなんだー。この服なら一目で地球人て判るね。さすが! ぼくじゃ思いつかなかったよ。やっぱり女の人に任せてよかった。」
「…あら… 褒めても何も出ないわよ?」
 マシカがすこし照れて頬を赤くしたので、リツコはちょっとあれっと思って眺めた。
 それから少し打ち合わせがあって、せっかくだからと、リツコはなるべく目立つように、後方の荷馬車隊ではなく先頭に近い鋭の馬の鞍の前に乗せてもらうことになった。
「じゃ、私はマブイラに騎せてもらうことにするわ」
 そう言ってマシカがどこかから連れてきたのは…なんと! 見事に枝分かれした角を堂々と掲げた、ものすごく立派な… 銀灰色の雄鹿だった。
「……マシカが……鹿に乗る……。」ついつい小声で言ってしまうと、
「ね、やっぱりそこちょっと笑っちゃうよね?」と、鋭がこっり相槌を打ってくれた。
 牽いて来た荷馬車は雄輝たちの部下の人が列の後方の商人隊に預けに行ってくれた。

 

 

 5-3. リツコ、式典に参加する。

 

 それからどんどん広場に人が増えてきて、中央に列をなした着飾った旅装束の人たちと周囲に並んだ見送りらしい服装の人たちとで、ぎっしりと隙間もないくらいになった。
(昨日の山のような荷馬車や荷駄隊は後方と脇に順序良くきちんと寄せられていた。)
『…刻限!』
『まもなく!』
『刻限!』
 もうこれ以上は広場に人が入れない…という頃、ドンドンドドーン!と威勢よく大鐘と太鼓が打ち鳴らされた。
 居並んだ人たちが、ざっと威儀を正す。
『みな、御苦労!』
 例のおっかない皇女サマが碧緑の髪を豊かになびかせ、みごとに華麗な金と朱色の正装で着飾って、昨日マシカが世話をしていたあの特別に大きくて立派な黒馬にまたがり、堂々と広場の中央を分けて進み出てきた。
『少し長い旅になりますが、皆すべて無事であちらへ着くように! 留守の者たちは不安もあろうが、必ず和平を為して来るゆえ、安んじて待つように!』
 それに対して、留守役の代表らしい身分の高そうな衣装の年輩の女性…さっきモレラ様と呼ばれていた人だ…が、門の脇から進み出て来て、深々とお辞儀した。
『道中、御無事で!』
 みな、唱和する。
『道中、御無事で!』
『…出発!』
 雄輝が、みごとな金鹿毛の馬にひらりと飛び乗り、皇女のすぐ後ろ右脇にぴたりと並べて号令を発した。
『出発!』
『…出発!』
 伝令が次々と声を並べて叫び伝えていく。
「…行くよ? 笑って!」
 鋭は白銀色の優雅な馬に身軽に騎乗すると、鞍の前にリツコをらくらく引き上げて乗せてくれ、皇女殿下のすぐ後ろ、雄輝と並ぶその左側の位置に、するりと当たり前のように並んだ。
(…………………! えーーーーーーーーッ!!!!?)
 つまり、リツコの位置するところは、一国の代表として和平会議とやらの旅に出る皇女サマの、すぐ左うしろ。という重要な場所だった。
 そのまた後ろに、偉そうな重臣らしいお爺さんとか、ものすごく賢そうな顔立ちの年輩の女官たちとか、着飾った姫君たちの集団とか、武装した兵士の隊列とか商人旅団とか…何百人もいそうな大行列が、堂々と居並んで続く。
( ……… 嘘っ! 聞いてなーーーーーーーい………ッ!)
 心の中で絶叫してみても後の祭り。リツコはとにかく(場違いすぎる!)と内心で絶叫しながらも、鋭たちに恥をかかせてはいけない!と… 必死で愛想笑いを、してみた…
 伝令や先導役らしい護衛の兵たちがまず門を出て、押し寄せてきていた見送りと見物の人たちに鋭く声をかけてもう一歩下がらせる。
 続いて堂々とした歩みで皇女サマと雄輝と鋭とマシカの四人が門前に出る。
 瞬間、ものすごい、歓喜の声が爆発した。
 さらにゆるゆると前に進むと、ますます興奮が高まった。そして。
 その歓声とはまた別のどよめきが、背後からわっと起こったので、リツコは思わず振り向いた。
 …龍だ…!?
 きのう見たふかふかの芝生状の長い草壇に金銀の巨大な龍が二匹、長々と横たえられてあるのはさっきから人波の向うに見えてはいたが。てっきりお祭りの縁起もの飾りだと思っていた…ら。
 二頭が揃って音もなくふわりと宙に舞い上がり。
 テレビで見た長崎のお祭りの龍のようにくるりくるりと旋回しながら、悠々と天高く昇っていく…!
『…我は西皇家よりの使者マフイラ。』
『おなじくミフイラ。』
『…出立を、見届けたり!』
『見届けたり!』
 そう天から呼ばわって、ふわーっと一回転ひねりな感じで舞い、さらに高く昇った。
『西皇家皆々様によしなに!』
 皇女が高い声で返礼して見送る。
 青い天空に舞う金銀の華麗な龍の美しさに、居並ぶ人々は、歓呼と絶叫と噂話で、もうハチの巣をぶちまけたような有り様だった。
 

 

 5-4. リツコ、誇大広告される。

 

 後から思い出してもつくづく、前から二番目なんて身の程知らずの大それたポジションに強制参加じゃなくてただの沿道の観客でいたかった、というのがリツコの感想だった。
 豊かな碧緑の巻き毛を風になびかせて朱紅に金糸の刺繍織のあでやかな衣装をまとい、その腰には同じ意匠で飾った壮麗な大剣を佩き、美しい無紋の黒毛の戦馬にまたがった、華麗なる《戦将皇女》殿下を先頭に。
 右後ろに並ぶ金馬は真紅と漆黒の戦士装束の背中に鷹の両翼を堂々と掲げている雄輝。
 左後ろに並ぶ白銀の馬には青と水白色の礼装をきちりと整えた絶世の美青年参謀の鋭。
 二人のすぐ後ろにぴたりとつけて、堂々たる枝角をそびえ立たせた大鹿に騎る薬師装束の美女マシカ。
『…見ろよ! あのかたがたが戦を終わらせてくれた四軍神だ!』
『なんてお美しいのかしら皇女様!』
『きゃーーーーーーっ! リレク(鋭)様、すてきっ! お凛々しいッ!』
(…その鋭の鞍にちょこんと載ってるあたしみたいな小荷物なんか、この際この絵づらの中では絶対的に邪魔だ。…と、リツコは真剣に思った…。)
『ちょっと何よ、あのチビ?』
『泥球界(地球)からのお客人らしいよ。何でもさる有力な部族の長の縁者とか』
『泥球界の? 王族? 皇族?』
『お使者様なんだから、皇族なんじゃないかぃ?』
(えぇぇぇぇっ!)と、沿道の声の内容まで聴こえてしまったリツコは内心で絶叫した。
「…鋭ッ? なんかあの人たち、すっごい大誤解してないッ?」思わず小声でささやく。
 いくらちょっとだけオシャレめなワンピを着てみたからって、実は通販のしかもタイムセールのバーゲンで買った安物だ。『さる有力な部族の皇族』…ってなに~ッ?!
 たしかに大叔母様は陰の実力者で朝日ヶ森の学長だけど、それって別に王家でもなんでもナイわよ!?
 …むしろ今この国の言葉が喋れなくて良かったと、つくづく思った。
 話が出来たら絶対に、必死になって噂を否定しにまわっていただろうから…
 リツコの赤くなったり青くなったりの百面相を、ひとのわるい笑顔でにやりと無視して、行列が街から出るまでの間中、鋭はとにかく、
「笑って! ほら笑って! …ほら手を振って!」しか、言ってくれなかった…。
 その鋭自身も率先して、まわりじゅうに手をふって愛想をふりまき、観るひとすべてをその超絶美青年な笑顔でうっとりさせていた…。
 そんなこんなで街から出るだけでもしばらくかなりの時間がかかり。
 その間、金銀二頭の龍たちは上空でゆったり旋回して「出立を見届けて」いるようで、街から行列が出るころ、挨拶のように尾を振って、西の空へとすうっと飛び去った。
「…ねぇ鋭…。もう笑うのやめていい…?」
 ようやく道沿いの見送りの人が少なくなってきて、やっとそう聞けたころには、リツコの顔の皮膚と筋肉は、ばりばりに強張っていた…。

 


 5-5. リツコ、爆睡する。

 

「うんもういいよ。お疲れ様? ちょっと水でも飲むかな?」
 鋭は自分も「あ~疲れた!」とぼやきながら普段の雰囲気に戻って、馬上で揺られながらだけど竹筒の水をリツコに先に飲ませてくれて、自分も仰向けになってあっという間に一滴残らず飲み尽くしてしまった。
 それからまたゆっくり移動し続けて《白の街道》沿いを朝に歩いて来た西の方角に戻ると、途中の河原でたくさんあった移動用の天幕はすべて畳み終えて待っていた薬師のおばさんたちが、一行のために元気の出る休憩用のお茶やお菓子を整えて待っていてくれた。
 やっとリツコはひと息ついて、その後はマシカの大鹿に一緒に乗せてもらって進んだ。
 薬師集団のうち、半分くらいが荷馬車隊に混ざって皇女の行列の最後尾に入る。
 あとの半分くらいは列には入らず流れ解散するらしくて、手を振って見送ってくれた。
 夕暮れ前にその日の宿営地らしい場所に着き、地元の人たちが出迎えの野外宴会の用意をしてくれていて、先頭が(…いちばん凄い勢いで皇女がまっさきに!…)焚火のまわりで飲み食いを始めてひと段落した頃に、ようやく列の最後尾の荷馬車隊ががらごろと追いついてきて大量の食糧や天幕をせっせと降ろし、さらに追加の大きな炎をいくつも起こして、出迎えてくれた地元の人たちへの返礼を兼ねた大人数分の晩餐の仕度を始める。
 荷を降ろし終え、早目の夕餉をふるまわれた後は、そのまま手を振って別れて元の街へと戻る人たちも百人くらいいた。
「リツコ、今日もあたしと一緒の天幕だけど、いいわよね?」
 やっぱり追いかけて来た小鳥や小動物たちに囲まれながらマシカにそう言われた頃、ちょうどリツコの「聞いた話が解る魔法」は解けてしまったのだった…。
 マシカの小天幕をがんばって一緒に張って、寝床の仕度が整ったとたん、また着替えもせずに爆睡してしまったことしか、覚えていない…。
   そんな風にして、この旅は始まった。


第6章 リツコ、旅をする。

第6章 リツコ、旅をする。

 

 6-1. リツコ、看護助手をしてみる。

 

 そこからの旅の日々は最高だった!
 夜は毎晩マシカと一緒に天幕で動物たちに囲まれてぐっすり眠って、朝は鳥たちや動物たちの騒ぐ声で賑やかに起こされて、マシカに《言葉の魔法》をかけてもらってから冷たい川や泉の水で女性陣みんなときゃあきゃあ一緒に水浴びして身支度を済ませ、大天幕で出来立ての温かいご飯を交代で食べて、えいやっと自分たちの天幕を畳んで荷物を荷馬車に乗せて、準備の出来た者から順にぱらぱら出発して、歩いたり馬の乗り方を練習させてもらったり、疲れたら荷馬車に便乗して昼寝しながら運んでもらったり。
 お昼ご飯はそれぞれ勝手に適当に、停まって休憩したり荷馬車でのんびりと進みながらだったり、朝に配ってもらったお弁当と各自で用意してあるお菓子や副菜や果物なんかも食べて、午前と午後に二度ずつあるお茶休憩もだいたい同じ感じで、必要な時は街道沿いに一時間おきくらいの間隔で用意されている手水屋(トイレ)にかけこんで。
 珍しい皇女行列を一目見ようと街道沿いで宴会しながら待っていた地元の人たちにお茶に呼ばれたり、とれたての果物をもらって返礼に都のお菓子をあげたり。
 途中に街があれば市場や宿屋をのぞいてあれこれ買い込んだり、別腹と決め込んでご飯をもう一回食べたり…
 遊んだり喋ったり歌ったり競争ごっこしたり色々しながら、とにかく西へ向かって何百人かの隊列が前になり後ろになりしつつ《白の街道》をのんびり進み続けて、行列がすっかりばらけきって前後がお互いに見えなくなった状態で陽が傾きはじめる頃にばらばらと宿営地にたどりつく。
 街道沿いの警備を兼ねて常に半日分ほど先を進んでいる雄輝たち先行隊が、近在の町や村から手配されて来る係の人たちと一緒に早めの夕飯というか午後の遅いお茶?の支度をして待っていてくれるので、この時だけは先行隊と一緒に卓を囲んで、皇女や重臣や警備や経理の人たちは食べながら打ち合わせや何かを済ませて。
 いつもかなり遅れてたどり着く商人隊や姫君隊が、それより半日遅れで出発したはずの後衛隊の人たちにお尻をせかされながら慌てて追い着いてきて急いで天幕を張り、夕焼けが華やかに燃えあがる頃、ようやく今晩の集合と点呼が終わる。
 待っていた先行隊は後衛隊との情報交換だけ済ませるとまた出発してしまうので、手を振って見送って。
 それから残った面子は毎晩のように、『地元の人が用意してくれた歓迎夕飯への返礼』という名目で、豪奢な野外晩餐会の仕度を始め… 昼の仕事を終えてから皇女たちを一目見ようと駆けつけてくる地元の人たちで、参加者は見る見る膨れ上がり…
 日が暮れると同時に大きな篝火が焚かれて盛大な酒宴というか、中央に一段高い舞台が出るのでむしろ盆踊りのようなお祭り騒ぎが始まり…、飲んだり歌ったり笑ったり踊ったり、大人のひとたちは口説いたりフラレたり、よい仲になって二人で姿を消したり、その噂話をして盛り上がったりで大賑わいになる。
 リツコもいつも眠くなるまでは果汁とお菓子で興味津々でつきあって、《言葉の魔法》が切れる頃にマシカと一緒に天幕に引き上げて、あとは眠くなるまで二人でお喋りして、色々なことを教えたり習ったりしあった。
「あ、そうだ。ねぇねぇ! マシカって、鋭のことが好きなの?」
 大人たちが盛り上がっていた地元の有名な恋話についての詳しい話をマシカに教えてもらって、そのついでの勢いを借りてリツコは聞いてみた。
「…まさか! 違うわよ!? あたしが一番好きな人は別にいるもの…っ! なんでそう思ったの?」
「このあいだ、鋭に褒められた時に、ちょっと赤くなってたから…」
「やーねー。それだけ? あのね、鋭って髪が短かった頃はそんなでもなかったんだけど、最近、典型的なヨーリア学派風の髪型になっちゃったでしょ? それで… 笑ったりすると… ちょ~っとだけ… 似てるのよね~、…………雰囲気が!」
「…そうなんだ~w」
 リツコはにやりと笑って、もっと詳しく聴きたかったが、
「こどもは早く寝なさーい!」とか叫んだマシカに布団蒸しにされて、きゃあきゃあとふざけっこになって、そのまま眠ってしまった。
 そんな毎日だった。
 ただしマシカは旅団中の参加者全員の健康管理をする《薬師代表》という役職も兼ねていたので、日中も合間合間に行列のすべての人と動物の様子をチェックしに廻ったり、体調の悪い人がいれば薬草の調合をしたり付き添って看病していて、なかなか忙しかった。
 数百人規模の旅団中に二十人ぐらいいる薬師の集団は、日によっては本隊より先に行って地元の小さな村々の移動健診会みたいなことをして日暮れ後に追いついて来たりもしたし、時には沿道の住人から往診の依頼があったりして、夜中でも大鹿にまたがって急いで出かけて行ったりする。
 リツコも始めのうちはそんなマシカについて一緒に行ったり簡単な作業なら手伝ったりしてみたのだが、どうやら薬師の才能はまったく無いようだった。
 大体、血をみるのが苦手で、治療の手伝いをしようと思ってもどうしても傷口から目をそらしながらの作業になってしまうので、うまく出来るわけがない。
 針と糸で大きな怪我を丁寧に縫い合わせたりするマシカは若いのに凄いなぁとリツコは心底尊敬したが、たいがいの薬師は今のリツコくらいの年齢には一人立ちして一つの街や村を預かり、プロの薬師として働き始めるという。
 ちょっとそれはリツコには無理そうな職業だった。
 

 

 6-2. リツコ、古文書係になる。

 

 そんなわけでむしろ邪魔になるだけだと自覚してからは往診について行くのはやめたので、時々リツコは夜更けに一人でとり残された。
 そんな時は鋭が自分の天幕に呼んでくれて淋しくないように気を使ってくれたが、旅のあいだも多忙を極めている鋭の天幕に泊まると、しばしば真夜中に皇女サマ本人や重臣や近衛隊の人達などが訪ねて来て話し込んだりするので、『言葉の魔法』が切れた後で一言も理解できない面倒くさそうな話し合いの声だけをBGMに眠るはめになるのが、少々の難点だった。
 こちらの世界では「マダロ・シャサ」(雄々しく輝ける者)と呼ばれている雄輝が旅団の警備の責任者なら、「リレクセス」(鋭利な短剣)とか「リレキエイセス」(頭の鋭い切れ者)と呼ばれることが多い鋭のほうは、行列全体の食糧や資材の調達と管理と支払いとか、現地の人たちの応援要請の手配とその返礼品の用意とか、諸々の雑用全ての総責任者らしくて、行路と旅程の管理表とつきあわせて天気予報まで自分たちで観測した挙句、必要とあらば皇女サマに「天気を良くする魔法」まで頼みに行ったりするのが、担当の範囲らしい。
 さらにはヨーリア学派の長としては医術と薬学の心得もあるそうで、時にはマシカたち薬師集団と一緒に出張検診に行ったり、地元の急患や戦傷後遺症の人の治療もしていた。ほんとに忙しそうだった。
 そんな日々をしばらく観察していたリツコは遊んでいる自分が申しわけなくなってきたので、何かできることがあれば手伝うと申し出てみた。
「ほんと?じゃあ、やってみてほしいことがあるんだ。無理ならいいけど。」
 まんざら嘘でもなさそうに喜んだ鋭に連れられて、ヨーリア学派の荷物を積んだ箱馬車隊のところへ連れて行かれた。
『オルレア・ソウ! 異文書庫の鍵はどこにやったっけ?』
『私が管理してますが?』
『ちょっとこのコ使ってみてくれないかな?』
『リツコ殿を、ですか?』
 呼ばれて鍵を持ってきてくれたのは、いつも鋭のそばで帳簿付けや出納の手伝いをしている、よく似た服装とよく似た髪型の、ちょっとかなり美青年なところまで含めて神秘的な雰囲気がよく似ている、つまりたぶんマシカが言う「典型的なヨーリア学派風」の…まっすぐな黒長髪で白い肌に金色の瞳の、鋭より少し年上に見える青年だった。
 二人して箱馬車の中の古い木箱を幾つか開けてまわる。沸き起こった埃にリツコは少し咳き込んだ。どうやら、しばらくかなり、長いあいだ? …開けていなかった箱らしい。
「これ読める? いや、読めなくてもいいんだけど、どれとどれが同じ文字で違う文字か、区別は判る?」
 言いながら鋭が試しにと差し出してきたのは… たぶん英語?の…ものすごく古そうな… 本だった。
「…地球の?」
 驚いてリツコは尋ねる。
「うん。大昔の、ダレムアスと地球の行き来がもっと頻繁にあった頃の記録らしいんだけど。ボルドムとの戦乱で前の皇都の書庫と学者もみんな焼かれちゃったんで、誰にも読めなくなっちゃって… 今ね、全土のヨーリア学派で連絡しあって残った古文書をかき集めて、整理しなおしてるところなんだけど。この旅の間に少しでも分類しておこうと思ってたのに、ちょっとぼくそれどころじゃなくなっちゃってさ。」
「何をすればいいの?」
「とりあえず、文字の種類別に分けてほしいんだ。もし日本語があれば、古すぎて読めなくても、なんとなくこれは日本語かなって判るよね? 英語とか英語じゃないとか、中国語っぽいとか、それとは違うとか… 判る範囲で、いいんだけど…」
 言われてとりあえず何冊かの分厚い革表紙の本や布や竹の巻物や乾燥した木の葉や石盤などを、リツコは手にとってみた。
 地球上の色んな国の文字の、絵づらだけなら… 亡くなったおばあちゃんの友達の家の絵本やビデオで… 見たことだけなら、ある。
「…これは有名なクサビ文字よね? 歴史の教科書にも載ってるやつ。それからエジプトの絵文字。こっちはインカとかアステカとかの古い時代の絵文字。それとこれは…たぶん…手書きのタイ語じゃないかな? これはインド語? …これも似ているけど、ちょっと違う文字よね? たぶん近い地域の言葉よ。ヒマラヤの山の中とかの… これは北欧神話の絵本で観たことある占いとか魔法に使う神様の文字。それからアラビア語。ロシア語。 …それと、古い時代の中国語と… 日本語と… ラテン系の言葉と… ギリシャ文字!」
「やった! さすが『適任者』ッ!」
 鋭が快哉を叫んだのでリツコは嬉しくなった。
『読めるのですか?』
 ソウが期待し過ぎていたので、ちょっと申しわけなく思った。
『訳すのは無理。でも国別に分類できるって。』
『それは素晴らしい。』
 それから、リツコは毎日(じゃなくてもいいから)、馬車隊が宿営地に着いてから夜宴が始まるまでの夕方のまだ明るい時間、ソウから馬車の鍵を借りて古文書の埃をはたいて陰干しして、国別に分類整理して新しい箱に収納しなおすのが、担当の仕事になった。
「あ、ついでにその国について、リツコが知ってることだけでいいから簡単にメモして、なにか説明のイラストもつけてくれる?」
 リツコはもう嬉しくなってしまって思いっきり『はい解りました!』と、いつもソウが鋭に言っているのを真似して、ヨーリア学派の言葉で応えた。
 戻って夕飯の時にマシカにそう言うと、目を丸くした。
『すごいわリツコ。あたしなんか薬師文字しか読めないのよ。』
「そうなの?」
『官僚文字や知水神(ヨーリア)文字は簡単なのしか解らないし、ニホンゴときたらヒラガナとカタカナの見分けもつかないわ!』
 ちょっとリツコは得意な気分になった。
『でも心配。古い本の埃って、体に悪いのよ…?』
 そう言って、薬師仲間が疫病除けに使うというマスク代わりの布を一枚くれた。
 試しに着けてみたら地球の銀行強盗かイスラム教の女の人みたいになったので、リツコは鏡をのぞいて笑いころげた

 


 6-3. リツコ、魔法にかかる。

 

 それにつけても皇女サマはいつ見ても機嫌が悪かった。
 せっかく超のつく美女なのに、眉間にシワを寄せて誰かれなく睨みつけ、ちょっとしたことで色白な肌が真っ赤になるくらい喚いたり怒鳴りつけたり。いつもイライラしていて「ヒステリー」としか言いようがない。
 こんな性格では、いくら戦争に強くて敵に勝てても、平和になったら国民は誰もついて来ないんじゃないかしら。だから『後継者問題』とかでモメてるという噂なのかしら?とリツコは疑ってみたが、その割には鋭や雄輝やマシカも含めて、すべての部下たちからの信頼というか人望というやつは、ものすごく厚いらしい。
「今日もまた機嫌が悪い―!」
という嘆きと愚痴は毎日のようにあちこちで飛び交っていたし、道中の各地から出向いて来る歓迎係の役人たちや領主の面々に至っては、「噂に名高い『皇女サマの八つ当たり』とはコレかー!」などと、もはや一種のアトラクションとして楽しみにされていた…
 楽しい旅の毎日でも、皇女サマの天幕の侍女や従者の人たちだけは、いつ怒られるかとびくびく戦々恐々として落ち着かない、そわそわした空気が漂っていた。のだが…
 ある午後。
 よく晴れた西の天空はるかに鳥や雲とは違う小さい細長い影がくっきりと視え始めた。
『………龍だ! …フェルラダル様も居らっしゃる!』
 誰かが叫んだ。
『皇女殿下にご報告を!』
『…聴こえたわ!』
 すごい勢いで皇女サマがお茶休憩の簡易天幕からすっ飛んで出てきた。
 あれあれ? とリツコは見守った。
 空のむこうの影のうちひとつは、自分ひとりで飛んでる?らしい、でも翼はない人間の姿で、もう一つは、出発式の日に挨拶して西の空へ消えていった、あの伝令役の二頭の龍のうちの若い銀色のほうのように見える。
『…お兄様! …伯父様!』
 びっくりしたことに《大地世界》の皇女殿下サマはいつも身に着けていた重そうな腰帯を放り捨てると、いきなりふわりっと空に浮かびあがった。
 そのまま文字通り「飛ぶように」すっとんでいって、浮かんだまま『お兄様』と『伯父様』を交互に抱きしめて嬉しそうに挨拶している。
『遅くなって済まなかった。出立式までには戻りたかったのだが。』
 鋭とはりあうぐらい整った顔立ちの、鋭と同じような斜めわけのまっすぐな長髪だけど、かなりな年輩の落ちついた感じの男性が、そう言いながらふわりと降りてきた。
 年齢が上だから、こちらが皇女サマの『伯父様』だろうとリツコは推測した。
『…フェルラダル様ッ!』
 皇女と同じくらいのすごい勢いでもう一人すっ飛んできたのは… マシカだ。
『…御無事で!』
 皇女サマの伯父様に、飛びつくように抱きついて、伸び上がってキスしてほおずりして挨拶している。
 あれあれ… とリツコはすぐに解った。マシカが言ってた『鋭とちょっと雰囲気が似ている一番好きな人』って…、この人だ…!
『…マシカ…。…わたしも居るんだけどなー…』
 白銀の龍にまたがって運んでもらってきたらしいもう一人の男の人が、なぜかそうぼやきながら龍の背中からするりと降りて来る。皇女サマとよく似た碧の巻き毛と碧の瞳で、一目で兄妹だと判る。体格は雄輝と鋭の中間くらいで、優しそうな雰囲気だ。
『…あら、ごめんなさいミヤセル様? 御無事で何よりですわ?』
 …ミヤセル様? …皇女サマの『お兄様』ってことは、たしか名前はマリシアル皇子って言わなかったっけ…?
 リツコは聞きかじりの話とつなぎ合わせながら、興味津々になりゆきを見守った。
「あ~、…また話が賑やかになった…」
 苦笑しながら、いつのまに来たのか鋭がリツコの隣に立っていた。
「…さて、吉と出るか、凶と出るか… 吉かな?」
 銀龍は近くの人間にだけ挨拶すると、また天空を悠々と飛んで西へ戻って行った。それを手を振ってしばらく見送ってから急いで振り向くと、皇女さまは兄上と伯父上と急いで集まって来た年上の重臣たちと、額を突き合わせて何か真剣に話し合いを始めた。
 それを鋭は自分は関係ないとばかりに離れたところから見守って、やがて笑った。
「…安心して、リツコ。これでマーシャの機嫌は直ったみたいだから…」
 話のとおり、その日の晩に雄輝たち先行隊と合流した時の皇女サマは…
 これが本当に昨日までのあの、嫌な性格の意地悪女とほんとに同一人物?…とリツコが目を疑うくらい、にこにこして、上機嫌で、頬なんかピンク色で、愛想良くて、みんなに親切で、歌まで歌っちゃって(しかもすごく巧くて!)、食欲も旺盛だった。
 側近の人たちがみんな嬉しそうににやにやにこにこして、後ろでこそこそと情報のやりとりをしていたが…
 鋭はあまり気にしていなかった。食後のお茶まで飲み終えて歓談している皇女サマたち主賓席のところへ、おもむろにリツコを連れて訪ねた。
『お久しぶりです。御無事で何よりでした。フェルラダル様、マリシアル様。
 こちらが地球から来たリツコです。最近は皆からマリーツ(地栗鼠ちゃん)という愛称でも呼ばれています。』
「…で、マーシャ? 機嫌が直ったところで… いい加減、この子、みんなと喋れないと不便なんだけどな? 諸侯会議で代表挨拶だってする、大事な国賓なんだし…?」
「…………わぁかったわよ! もうッ!」
 皇女サマはなんとも可愛らしく(リツコは目を点にした)ぷくっとふくれてすねた。
「ちょっと待っててリツコ。今まで八つ当たりしてたことは謝るわ。それで…」
 すらりと立ち上がってこちらへ来る。
 リツコは思わずびびって逃げかけた。
 その肩を遠慮なくがしっと捕まえて、
「だから、謝るわ。って言ってるでしょう?!」
 ものっすごく高飛車に言い切ると、リツコの眼を真正面からしばらく見つめて、それからすぅっと息を吸い、大地を両手で抱えあげるような独特の舞のようなしぐさをして…  
 謡うように唱えた。
『…マレッタ! れとけぃえる、せるかろまろうでい、ぃええん!』
…(汝がことば、皆に通じよ!)
 それから急に、それまではマシカが毎朝かけなおしてくれる《言葉の魔法》のおかげで相手の言葉の意味をリツコが「なぜか理解できる」ようになっていたのと同じに、リツコは普通に日本語で話しているのに、聞いた人は誰でもみんな「なぜか理解できる」ようになった。しかも半日で切れてしまうような時間限定の魔法ですらなくて、ずっとその状態は続いた。
「…ありがとう!」
 どんなに便利にしてもらったのかを理解したリツコが後から改めてお礼に行ったら、
「だぁから、遅くなって悪かったわよッ!」…と、皇女サマはもう一度ふくれて、とっても偉そうに、拗ねた。


第7章 リツコ、取材する。

第7章 リツコ、取材する。

 

 7-1. リツコ、神話を知る。

 

 なにしろリツコは元々かなりのおしゃべりの質問魔で好奇心旺盛だ。今までは相手が言ってることを聞いて理解するだけで、自分から質問できるのはマシカと鋭だけだった(日本語が通じるもう二人のうち雄輝は先行隊にいて不在だったし、そのせいで?なのか皇女サマはいつも機嫌が悪かった!)…が、今度からは、知りたいことについて、こちらから聞いて回れる!
 もう大喜びで鉛筆とノートの束を小脇に抱えて、キャラバン中を前から後ろまで朝から晩まで、もちろんちゃんと他の手伝いもしながらだったが、すべての人を質問攻めにしてスケッチやメモをとってまわる姿が、旅の名物のひとつになった。
 さて。
 分秒刻みであちこちから色んな人に呼ばれている鋭よりは少し時間に余裕がありそうなソウの名簿整理の作業を手伝いながら、気になっていたことを聞いてみた。
「なぜ毎日次々に荷馬車隊の人が代わるの? 同じ人たちにずっと泊りがけで付いて来てもらったら、仕事がらくになるんじゃない?」
 なにしろ大人数のキャラバンの食糧や大天幕やその他色々を運ぶ荷馬車隊はそれだけで大小百台近いのに、ごく少人数の馬番以外の荷積みや御者の仕事の人たちは毎日日替わりで地元の人が来て、朝に集合して点呼して名簿を作って担当の荷馬車を割り振って、一日仕事をすると、晩餐会の御馳走と美女たちの舞や歌をめいっぱい楽しんで二日酔いになるほど呑んで、翌朝には日雇いの給金代わりの小さな返礼品を受け取って、新しく集まって来た今日の地元の人たちと交代して、家に戻ってしまうのだ…。
 で、また最初から、点呼して名簿を作って荷馬車を割り振って…の作業を繰り返すソウたちの仕事量は、かなりの負担になっているはず。
『…ああ、御存知ありませんでしたか? われわれ大地世界の住人のうち、生粋のダレムアト達は、自分の土地から遠く離れることを苦痛に感じるのですよ。女神の意志に反するという信仰で。』
「そうなんだ?」
『市井の庶民や農民たちだと、生まれた場所から歩いて日帰り…遠くてもせいぜい一泊かそこらで帰れる距離より遠くへは行かずに、一生を終える者がほとんどですね。それより遠くへ旅することを楽しめるのは、大地世界全土を「我が家」と呼ぶ皇家にゆかりの皆様か、我々のように地球系か《ボルドム》の血が入っているヨソ者か、滅びた《エルシャムリア》の末裔の方々。あとは例外的に、知水神(ヨーリア)学派に属することに決めた人たち。』
 ん? とリツコは引っかかった。
「あれ? ソウさんってヨーリア学派の人じゃないの?」
『違いますよ? 服の色が違うでしょう?』
「…ごめんなさい。そこまで見てなかったー!」
 言われてみれば動きやすくて優雅な形はよく似ているものの、鋭たちがいつも着ているのは深い青か紺か水色を中心にして差し色は白か銀鼠色を使ういわゆる「マリンカラー」で、ソウさん達のは黒か茶色をベースにして飾りに使うのは黄土色とか赤土色とか萌黄色とか、いわゆる「アースカラー」系だ。
『私どもは遠方への移動が苦にならない点を活かして皇家や王家や領主家にお仕えしている外役人です。些細な用件での使者として往来したり、交易隊の管理をしたり。』
「そうなんだ。」
『特に私などは地球系だけでなく《ボルドム》の穢れた血もひいておりますからね。他の仕事に就くことなど出来ないのです。リレキス様やヨーリア学派の方々のような高いお志とは、無縁の者ですよ。』
 自嘲するように低くソウはつぶやいた。
 リツコは目を点にして返事に困った。…穢れた血? …マグルのこと? …ボルドムの穢れた血? …って言った? …今の翻訳? …あってるのかな…??
 何度かまばたきをして、考えてみる。
 …自分が生まれ育った世界に、ご先祖様の国が、一方的に攻め込んで人を殺しまくったりしてたら、どんな気分で暮らさなくちゃいけなくなるのかな…?
 いくらなんでも好奇心だけであれこれ質問しまくってはいけない問題だということだけは、リツコにも判断がついた。
「…えーとそれで…《エルシャムリア》って、昨日、宴会の時にお芝居してたやつ?」
『そうです。今はもう滅びた《天宮界》ですよ。』
「神話じゃなくて、実話なんだー。」
『?』
「…じゃ、遠くまで行ける人たちに、旅のあいだずっと付いて来て、って頼めば?」
『そんなに人数が居ないのですよ。すでに外役人としてどこかの家に勤めている者以外は、皆、独立した商人や遊牧民ですからね。これほどの大人数に長期間の仕事をまとめて頼めるとしたら、長旅には向かない冬の積雪期ぐらいでしょう。』
「そうなんだー。」
 それからリツコは《エルシャムリア》とこの世界の神話について、昨日の宴会芝居だけでは解らなかったことを色々質問して教えてもらった。
 世界は初め四つあって、姉・兄・妹・弟の神様がそれぞれ治めていたが、何やら壮絶な姉兄げんか?が起きて、姉は殺されちゃって《天宮界》も滅びて、兄はその罪で捕まって偉い神様に《ボルドム》世界の奥の牢屋に閉じ込められてて、姉の死を嘆き悲しみながら争いごとの後遺症で死んじゃったらしい妹の神様が遺した世界が、この《ダレムアス》。その兄姉ゲンカをみてグレて家出しちゃった?らしい弟の神様が遺した世界が《地球》。
 おなじ遺された世界同士、昔はもっと仲良しで、地球の時間で数万年くらい前までは、ところどころに残った通路で思い出したように行き来があったらしい。今でも地球世界の各地に翼のある人(天使とか天狗とか)や毛むくじゃらの雪男とか狼男の伝説があったりするのがその名残。リツコがいた朝日ヶ森とかも、たぶん、その流れを汲んでる。
 でも何かでいつの間にか通路がずれ始めて、通りにくくなって、行き来が途絶えて… 
お互い、忘れかけていた。らしい。
 そのズレの原因が《ボルドム》世界からの攻撃?のせいで。地球に繋がっていたはずの通路の遺跡から、あるとき突然、《ボルドム》の鬼人たちが大量に《ダレムアス》に攻め込んできた。
 それで当時の《大地世界》の首都だった《白都》というところが奇襲攻撃を受けて滅びて。今のあの皇女サマの両親もその時に戦死しちゃって。それで占領軍の追手から逃れて皇女サマは地球に亡命して。しばらく朝日ヶ森で暮らして、たまたま知り合った雄輝と鋭と一緒に(鋭の言い分では「まきこまれて」)戻って来て…
 長い長い戦争を戦い抜いて、ようやく鬼人たちを元いた世界に追い返して、封印して…
 …で?
 この旅の一行がいま何のために西へ向かっていて、どういう理由でリツコはここに呼ばれて来たのか?
 そこまで聞く前に、ソウは忙しくなってしまった…。

 
 7-2. リツコ、野球を教える。

 途中から合流したり大きな街道の分岐点で手を振って別れて行ったりで増えたり減ったりしながら常時何百人もの規模で動き続けている旅の一行の内訳はといえば《西方諸国》とくに《西皇家》を相手に北西太湖で開催されるという諸侯会議に《白王家》代表として出席する戦勝皇女とその兄と伯父上と、鋭やマシカやソウなどの側近や幕僚や重臣たち。
 それを手伝うため付いて来た侍女や従者や料理人や職人や、食料や資材の調達係の商人たちと、護衛のために参加している雄輝たち武将の一隊。そして荷馬車隊の馬番までが「ずっと一緒に」行ける人たちで、荷運び人足や御者たち百人くらいが地元密着型の応援部隊で「日雇い」。
 それとは別に、見るからにとても家柄の良さそうな、超のつく豪奢な服装で着飾って旅をしている謎の美女軍団のお姫様たちと、そのまた美形ぞろいの侍女たち従者たち専属の近衛兵たちでこれまた合計が二百人くらいいる。
 このお姫様たちは何故こんな場違いな野宿の長旅に参加しているのか? リツコは前から不思議でしかたがなかったので、言葉が通じるようになると早速お茶に呼ばれて行って質問してみた。するとお姫様たちは一様に笑って、『さて、何故でしょうね?』と答えをはぐらかす。
 夜ごとの宴会でみごとな歌や踊りを披露してくれるし、それを目当てに詰めかける地元の人たちが大層多かったので、最初は諸侯会議に「華を添える」ためのプロの芸人さんたちかとも思ったけれど、聞いてみたらお姫様たちはみんな皇女様たちのイトコとかハトコとか… つまりほぼ全員が「皇族ゆかりの」やんごとなき深窓の御令嬢たちだった。
 それに、旅の間ずっと着飾るばかりで何の仕事もしていないのかと思ったら、そうでもない。
 鋭やソウたちが地元の歓迎係や荷運びの人たちにせっせと配りまくっている「返礼品」…かわいらしい小さい装飾品かと思ったら、「お守り」で…「皇族ゆかりのやんごとなき血筋の」お姫様たちが、旅のあいまにせっせと手作りして「神力」を込めている、御利益のある品物だった…。
 そんなお姫様たちは移動中も箱馬車の中で忙しく手と口を動かし続けていたので滅多に外に出られず、たまに見晴らしの良い場所などで降りて遊び始めると後衛隊から安全確保のために本隊から離れないでくれとせっつかれるしで、ろくに息抜きもできない。
 お姫さまたちのなかでも一番身分の高いらしいソノ姫…『マ・ミア・ミ・ソノワ・エリエリ!』(世界で一番たっとい姫様!)と侍女たちが恭しく呼ぶ、戦勝皇女と兄皇子よりも唯一年上の、《皇家長姉》(皇太女)という立場らしいイトコ姫…に、
『わたくしたち退屈しておりますの。なにか地球の遊びを教えていただけません?』と、キャラバン唯一の子どもであるリツコは頼まれてしまった。
 うーんと、リツコは困った。
 トランプやウノやオセロは持って来なかったし、実はほかの人に教えられるほどルールに詳しくないし、よく似た感じの手札遊びはこっちの世界にもちゃんとあって、わざわざ「地球の遊び」として教えてみても、あんまりアリガタミがなさそう。
 地球というか日本の地元でいつも自分がやっていた遊びというと、こういう女の人むけのお手玉とか綾とりとかオトナシイのは苦手で、もっぱら泥だらけになって泥警とか、缶蹴りとか、屋外の遊びばかりで…
「あ、そうだ。」
 思いついて、ちょっと聞いてみた。
「この世界に、野球とかサッカーとかの球技って…ある?」
『キュウギ? 玉の、技の、遊び。ですか…?』
 発音と漠然とした意味しか通じなかったらしい。つまりこっちには存在してない言葉。そういえば通りすがりの街とかでも子どもがボールを持ってるところを見たことがない。
 …あれだけ色んな踊りが巧いんだから、運動神経は良さそう…とリツコは思って、
「道具を用意するから明日まで待ってー!」
 と言ったら、お姫様たちはすごく嬉しそうに、期待に満ちた目になった…。
 リツコはちょうどその日の午後に通りかかった街の市場で、前に鋭から「なんでも好きに買っていいよ!」と渡されていたお小遣いを使って、分厚い皮の端切れをたくさんと、羊の毛のもしゃもしゃした固まりを一山買って来た。
 お姫様たちが細工物を作るのを見ていたのでやりかたを真似して、まず型紙を書いて、皮を切って、穴を開けて、綴じ合わせて、綿をぎゅうぎゅうと、しっかり詰めて…。
 夜更かしして何時間もかけてようやく出来上がった不格好なしろものを見て、マシカがちょっと絶句した。
「リツコ、その… 鍋つかみのおばけみたいな手袋と、毛玉のおばけみたいな丸いもの…何?」
 すごーく、遠慮がちに、質問してくる。
「グローブとミット! …とボール!」
 バットの代わりにちょうどいいものもちゃんと見つけて買ってあった。料理の時に練粉を伸ばすのに使う、地球のやつと見た目も使い道もそっくりの…大きな麺棒だ。
 翌日さっそく、
「鋭ー! 時間あったら野球やろうよー!」
「えぇ?」
「お姫様たちと! 人数少ないから三角ベースでー!」
 と、声をかけて場所を確保していたら、なんだなんだと、お昼休みで馬車を停めていた人たちが、わらわらと寄って来た。


 7-3. リツコ、勝負する。

 驚いたことに、鋭は野球がヘタだった。運動神経はいいのに!
「うーん。地球に居た小学生の頃は、本ばっかり読んでた科学小僧だったからねぇ…」
 みごとに三振からぶりをかました後、苦笑して仕事が忙しいと言って逃げてしまった。
 代わりにリツコが打ちかたを実演して見せようとしたが、今度は打てる球を投げられるピッチャーがいない…。
「…誰か、投げてみたい人ー?」
 衛兵の誰かなら立候補するかと思って訊いてみたら、また驚いたことに、ミソノワ姫が名乗りをあげた。
『その丸い毛玉を投げて、その革製のマトの凹みに当てればいいんですの?』
 慣れない人が投げる場合はキャッチャーが危ないので、代わりに地面に突き刺した棒の上にはめこんだミットは、マトじゃない…と説明する暇もなく、風変わりなモーションで、ひらひら服のお姫様は一発でみごとに「玉を的に当てて」いた…。
「えっうそ! すごーい!」
『わたくし剣や馬はからきしですけど、当てものなら少しは得意ですの』
「なによ、なに面白そうなことやってるの?」
「リツコ、交ぜて交ぜてー!」
 なぜか皇女様とマシカもやってきた。
 地球で育った皇女様は野球のルールくらいは見知っていたので、リツコが投げた。
 ………ぼふーーーーーーーーーん!
 変な音だったけど、みごとにバット代わりの麺棒の真ん中にヒットして…
 手作りのへろへろボールは一発で縫い目が裂けて羊毛をまき散らしながら、ほぼホームランな飛距離をかっとんだ挙げ句、街道脇の小川の流れに、ぽちゃんと沈んで消えた…。
「…”あ~!…」
 リツコは、ちょっとかなり、ぐれた。
『それでは、当てもの競争にいたしましょう!』
 ミソノワ姫がリツコの頭を撫でて慰めてくれながら、景品にとっておきの一番美味しいおやつを賭けると言った。
 それを聞きつけた女性群が大勢と甘いものが好きな男性陣も集まって来て、われもわれもと、河原の石を拾ってきてはキャッチャーミットに投げた。
 ミットもあっという間にぼろぼろになってしまったので、代わりのものを用意して。
 当てものは得意だと自慢したミソノワ姫はしかし飛距離がなくて、こちらのルールに従ってだんだん的を遠くしていくうちに残念ながら敗退した。
 情け容赦なくビシビシと実戦の大剣で鍛えた剛腕を披露する皇女サマは、距離は飛ぶけど意外にノーコンだった。
 マシカは「弓なら負けないんだけど!」と悔しそうに云いながら中盤ぐらいで消えた。
 少しずつマトを遠くへずらしていって、腕に覚えのある人が順々に投げていって…
 近衛兵で狩人出身という男の人と、リツコが決勝戦になった。
 僅差の接戦で、リツコが勝った。
 だてに小学生リーグ最年少の県大会優勝投手じゃないもーん!と勝ち誇って、優勝賞品の「いちばんおいしいお菓子」に、がぶりと遠慮なく喰いついた…。
  おとなたちは楽しそうに笑って、そんなリツコを優しく見ていた。
 

 7. リツコ、聞き書きする。

 《仮皇都》を出てからずっと広大な平野となだらかな丘陵地が続いて、畑と森と牧場が交互に広がる穏やかな土地を進んできたが、小高い峰が幾つか連なる《屏風山系》からは少々難所で、中腹をうねうねと折り返しながら峠越えする《白の街道》の道幅も少し狭くなっていて、数日かけてゆっくり越えるしかないらしい。
 その山間から右手はるかに見える《北平原》という地域は先の《ボルドム》軍との最終決戦の場だったそうで、遠目にも大地が変にえぐれたりして赤剥けて、数年たってもまだ植物が生えてこない、おかしな状態だと判る。
 皇女マーライシャ以下、雄輝や鋭やマシカたちみんな、その合戦に参加した武人たちは「追悼と慰霊のため」と本体から離れ、馬を早駆けさせてそこまで往復してくるという。
 走る馬にはまだ乗れないリツコは残念ながら留守番組に振り分けられて、その間はミソノワ姫が預かってくれることになった。
 山道は重い荷を曳く馬たちにはきつい勾配なので、姫君たちも丈夫な沓と動きやすい服に着替えて、車列から降りて歩いて登った。
 この山間地には住人が少ないので、両脇の街道口に常駐している荷運び関係の仕事の人たちが、三泊四日?くらいの間、ずっと馬車と一緒に移動してついてきてくれるそうだ。
 毎日大量の「返礼品」作りに忙殺されていた姫君たちは三日も解放されることを喜んでいて、巫女舞の修練で鍛えた脚力を発揮して、文句も言わずにせっせと歩いて登った。
 リツコも、これは良い機会だと喜んで姫君たちに話をねだった。
「あのね、そもそもどうして皇女サマは、あんなにものすごく機嫌が悪かったのに、いっぺんで治っちゃったの??」
『…それは少しばかり長い話になりますけれど…』
 あいまにたくさんの脱線や雑談や、そのときの話題にまつわる神話を謡った有名な歌や遊びや、食事やお茶休憩で中断しながらも、姫様たちは律義に、山越えの間中を使って、だいたいの話を説明してくれた。
『そもそもこの《大地世界》ダレムアスが《初めにありし四界》のうちの一つであり、
《妹女神》と呼ばれるマライアヌ様の創始した界だというのは、もう聞いていますか?
 女神マライアヌ様が愚かな戦乱に倦んでお隠れあそばした後、その御子、女神と人王との間に生まれた《半神女》マリステア様が界の統治を引き継がれました。
 そのマリステア様は半神であられたゆえ、ただ人に比べればたいそう長い寿命でいらっしゃったので、その生涯に何人もの夫や恋人や情人を持ち、何十人ものお子を産んで増やされました。
 マリステア様が亡くなられた後もしばらくの間は、そのたくさんの姉妹兄弟たちの子々孫々は、それぞれの血族ごとに分かれて暮らしながらも、ほぼ穏やかな間柄を保っていたそうですが…
 やがてこの世界の中心《始原平野》マドリアウィが手狭になると、争いを好まなかった人々は新たな土地を求め、野をかこむ山のあちこちの谷筋から抜けて《大地の背骨山脈》の山間から裾野へ、ふもとから四方八方へと、どんどんと散らばり広がり続け、仲の悪い部族同士などはすっかり疎遠になって物心ともに離れ、ばらばらに別れていきました。
 もう今ではマドリアウィ野に戻る神の道さえ失われてしまった時代。お互いの言葉すら遠く異なってしまって、誰ももう世界全体のありようが把握できなくなった時代に…
 それでは何かおかしいと、旅に出て世界と人々を繋ぎ直した、勇敢な姫がありました。
 姫はこの《大地世界》をくまなくめぐって領主や国主を説得して回り、今この私たちが歩いている《白の街道》のもといを作り、宿場と貨幣の制度を整え、またそれまでは冷遇されていた地球やボルドムからの移民を取り立てて外役人という仕事に就かせました。
 その功績をもって、生まれは《血の薄き姫》と蔑視されていた《尊称なきミトル様》は人々から《女神の遠き孫》という美称を授けられ、今はなき《白の都》ルア・マルラインを新皇都と定めて、《大地世界》の再統一を宣言しました。
 ところが、既にあった《聖皇家》モルナスの、女神の血を最も濃く受け継ぐと誇る方々が、移民の子孫や血の薄き者らによる世界の統治には、異を唱えられたのです。
 当時のモルナス皇が、その後継の長子を夫とするようミトル様に要請しました。
 濃き血筋の古株に、白き若枝を接ぎ木として利用するおつもりだったのですわ。
 ミトル姫はそれを退けられ、旅の仲間であった平民の出のアステト・アルラを男皇と定めました。わたくしやマーライシャ姫がこの御二方の子孫にあたります。
 モルナス皇はこの縁組から生まれる《女神の血の薄い》皇家を快く思わず、一時は戦乱になるかと危ぶまれました。
 戦は回避され、《濃き血の力》を誇るモルナス皇家はそれを誇示するために、血の薄き者らには棲みづらい《西の荒野》の向うに都を移しましたが、それ以来…
 何十代の長きに渡って、《西皇家》は《白皇家》の後継者に、婚姻によって二つの皇家を統一するべきだと、説得と求婚を、し続けてきたのですわ…。』
 一体いつ当代の皇女サマの話にたどりつくのか、必死で聞き書きのメモをとりながら、リツコは不安になった。
『そしてもはや百年近くも昔のこととなりましたが、わたくしもマーライシャ姫も、今のリツコよりもっともっと幼く無力であった頃。世界に異変が相次ぎ、間もなくボルドムの悪鬼らが界壁を破って攻め込んでくることが判りました。
 当時の男皇を務めていたのがマーライシャ姫の父君ですが、その皇妹であるわたくしの母が《西皇家》への使者を務め、西の三皇子が率いる援軍が遣わされました。そしてその長子クアロス様が、両家縁組の話を蒸し返したのですわ。
 マーライシャ姫はまだ本当に幼かった。恋も婚姻もなんのことやら解らぬうちに、はるかに年上の、すでに成人していらしたクアロス様に言いくるめられて、求婚に承諾をしてしまったのだそうです。
 幼いとは言え、皇家直系の巫女姫が神力をこめ祝詞を唱えて誓約したのであれば、正式な約定。大人になってから考えなおしたからといって、断ることは難しくなります。
 …ところがマーライシャは…、そのぅ…』
「あ、やっぱり、雄輝のことが好きなの?」
『…やはり、リツコの目から見ても、はっきりそうと解りますか…。』
 少々困ったように嘆息してミソノワ姫は言いよどんだ。
『そのこと自体はあまり問題にはならぬのです。正式な政治上の男皇はクアロス様と定めた上で先に後継の子を産んで、それとはまた別に、マダロ・シャサ殿は武人としても誉れ高いかた。堂々と女皇の情人と誇示して愛すれば、姫の名誉にこそなれ、誰も咎めることなどありません。こちらの世界では特に問題になることではないのですが。そう言って、まわりの者みなで説得を試みたのですが、』
「そうなんだ…」
 リツコはちょっとびっくりして聞いていた。
『ただ… マーライシャ姫はその後、《ボルドム》の追っ手を逃れて地球で育ちました。
今リツコが驚いたように、その考え方はできぬと。望まぬ子は産めぬと』
「…そりゃそーだよね~…?」
『あのように荒れて荒れて…』
 従姉姫は深いため息をついた。
『いっそ、マダロ・シャサ殿と相愛の仲でさえあれば、地球で言う「駆け落ち」でもなんでも、させてやりたいところでしたが。』
「……あれ、やっぱり、…皇女サマの片想い…??」
 おそるおそる質問すると、ミソノワ姫は深くうなずいた。
『このことばかりは他人にはどうにもなりませんが、ただ』
「ただ?」
『西皇家が婚姻の日限を迫ってきたのですよ。戦も終わったことゆえ、昔の約定を疾く果たせと。』
「え~★」
 それはひどい。リツコは初めて、皇女サマのあの荒れっぷりを理解して同情した。
『それゆえ伯父上と兄上が大層ご心配なさって。本当に、幼き頃のマーライシャ姫が神力をこめて《婚約の誓言》を唱えてしまっていたのかどうか…
 そこのところを、探りに行かれていたのですわ。』
「…それって…」
『えぇ。幼いころのマーライシャ姫が理詰めで婚約を迫られて、その説得には首肯したとしても、その場で誓言まで唱えたと言うのはクアロス皇子のハッタリに過ぎない可能性が大きいと。
 その他に、マーライシャ姫が生死不明であった時期に、すでに正式に近く娶っておられた妃女もその子女も複数おられると。』
 …ちょっとリツコはあっけにとられた。
 …そんなんで、よく、あの皇女サマを、騙して結婚させようとか、思うなぁ…!
『それで、婚約無効と断ることが出来ると判明したので、機嫌がすっかり直ってくれたというわけですわ。』
 そんな噂話をされているとは知りもせず、山越えの後半、皇女サマたち別動隊の一行は、無事に予定通りに、本隊に合流しなおしたのだった。



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