目次
(借景資料集)
【速報!】 第2回 「青い鳥文庫小説賞」
(第4稿)
(第4稿)as(最終稿)
(添付挨拶状)
(あらすじ) (2018年9月23日)
序章 《 朝日ヶ森 》
第1章 リツコ、異世界へ行く。
第2章 リツコ、異世界で目覚める。
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、取材する。
第8章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第9章 リツコ、役に立つ。
終章 リツコ、地球に帰る。
(第3稿)
(第3稿)
(表紙)
(あらすじ) (2018年9月16日)
序章 朝日ヶ森 学園
第1章 リツコ、異世界へ行く。 (2018年9月16日)
第2章 リツコ、異世界で目覚める。 (2018年9月16日)
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第8章 リツコ、戦う。
第9章 リツコ、地球に帰る。
(第2稿)
(第2稿)
(あらすじ) (2018年9月8日)
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
1-0-1.朝日ヶ森(うら) (2018年9月8日)
1-1-0.リツコ、呼ばれる。 (2018年9月8日)
1-1-1. リツコ、出かける (2018年9月8日)
2-0-1.リツコ、異世界に着く。 (2018年9月9日)
2-0-2.リツコ、挨拶する。
2-1-1.リツコ、清峰鋭にあう。
2-1-2.リツコ、異世界の村へ行く (2018年9月9日)
2-1-3. リツコ、空を飛ぶ。 (2018年9月9日)
3-0-0. リツコ、悪夢をみる (2018年9月10日)(加筆)
3-0-1.リツコ、起こしてもらう。
3-0-2. リツコ、情報交換する
3-1-0.リツコ、朝寝坊する。
3-1-1.リツコ、右将軍にあう。
3-1-2.リツコ、皇女に会う
3-1-3.リツコ、マシカとあう。
3-1-4. リツコ、市場へ行く。
3-1-5. リツコ、天幕に泊まる。 (2018年9月11日)
4-0. リツコ、早起きする。
4-1. リツコ、パレードに参加する。
4-2. リツコ、誇大広告される。
5-1. リツコ、旅をする。
5-2. リツコ、記録する。 (2018年9月12日)
5-2. リツコ、話せるようになる。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第6章 リツコ、旅をする。
(第1稿)
(第1稿)
(あらすじ) (2018年8月17日)
( 目次 ) (2018年8月18日)
0-1.(おもて) (2018年8月18日)
0-2.(うら) (2018年8月18日)
1.リツコ、親善大使になる (2018年8月18日)
1-1. リツコ、出かける
2. リツコ、異世界へ行く。
2-1.リツコ、挨拶する。
2-2.リツコ、清峰鋭にあう。 (2018年8月19日)
2-3.リツコ、運ばれる。
3.リツコ、白王都へ着く。 (2018年8月22)
3-1-0.リツコ、寝坊する。 (2018年8月22日)
3-1-1.リツコ、皇女に会う (2018年8月22日)
3-1-2.リツコ、マシカにあう。 (2018年8月24日)
3-1-3. マシカ、市場へ行く。 (2018年8月24日)
3-1-4. マシカ、天幕に泊まる。 (2018年8月24日)
4-0. リツコ、目覚める。
4-1. リツコ、行列に参加する。
4-2. リツコ、センデンされる。
5-1. リツコ、記録する。
5-2. リツコ、観察する。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。 (2018年8月26日)()
6-2. リツコ、小鬼を救う。 (2018年8月26日)
7. リツコ、まきこまれる。 (2018年8月26日)
8-1. リツコ、魘される。
8-2. リツコ、龍にのる。
9. リツコ、会議にでる
10-1. リツコ、よばれる。
10-2. リツコ、地球にかえる。 (2018年8月26日)
(草稿&没原稿)
(草稿&没原稿)
(1) 朝日ヶ森 (2018年6月3日)
『 リツコへ。 第一日 』 (@中学……1年か2年?) 
(あらすじ) (プロット&目次)
(あらすじ) (プロット&目次)
【投稿用】プロットメモ (2018年7月22日)
400字~800字程度のあらすじ。 (2018年8月17日)
(設定資料集)
(設定資料集)
このコだ! 「鍵になるキャラ」…っ!www (2018年6月30日)
(( ことばよ、つうじよ! ))  (2018年8月9日)
(サ行前の雑談など)
(サ行前の雑談など)
【ぐれてる理由】。(--;)。 (2018年5月13日)
『 リツコ 冒険記 』 ~ 夏休み ・異世界旅行 ~ (1) (2018年6月3日)
(案の定【天中殺中】で頓挫している) (2018年7月22日)
…ちっ! …やっぱり…『落ちた』か…★ (2018年8月12日)
次ぃ征くぞ! 次っ! (2018年8月12日)
★ 【講談社 『 青い鳥文庫 』 の呪い!?】の謎。 ★
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第2章 リツコ、異世界で目覚める。

第2章 リツコ、異世界で目覚める。

 

 2-1. リツコ、仔猫につかまる。

 

 ちょっとの間だけ、気絶していた?らしい。
 はじめ何も視えなかった。とにかく眩しかった。
(…太陽…? あれ? だって「陽が沈む瞬間に!」って、飛びこんだよね…?)
 変だなと思いながら、明るすぎて何も視えなかったので、とりあえず薄目だけ開けて、
両手で自分のからだとまわりの様子を探ってみる。
 …怪我はない。まわりは…もふもふ? もこもこ? …している…???
 しばらくしてようやく、自分が何か柔らかくて丸っこいものの山の中に、かなり高いところから落ちた勢いのまま、ぼふーんと埋もれこんでいる…? ことが判った。
 その何かふかもこしたものが、落ちて来たリツコを受け止めた衝撃で弾け跳んだらしい綿埃? …らしいものが、ほぼ真上から降り注いでくる金色の陽光の中を、ぶわぶわと舞い飛んでいる。
 触ってみた感じでは、リュックもバスケットも、壊れたりはしていない。
 とにかく眩し過ぎたので、薄目だけ開けながらもっそもっそと動いて姿勢をかえて腹這い向きになり、それから手探り膝さぐりで、1mほどのふかもこの斜面をのそのそとよじ登る。
 ちょうどその頃から、まわりのあちこちから、声が聞こえ始めた。
「…ま~るめる! まるった! えら。えららう。まるる~ん…???」
「えるった!らう!」
「あらえ!」
「まるぇ? えら。あらぅ。…あろ、…あっかせっか!」
「か~ぃせ! えのっかあるっか、らぅらぅらぅ。あごん!」
「あうのいあ!」
 …そんな感じの、まるまるした声の、可愛い響きのコトバで…
 もちろん、ひとっことも、解らない…!
(………ほんっとに、異世界…? …来ちゃった~…???)
 そう思いながら、もこもこの山の上からようやく顔を出すと。
「…えらっ! あまっ! あまま、ままま? あまま、あそっ?」
 可愛い仕種で、どうやら
『だいじょうぶ~?』と心配してくれているらしい声が、あちこちからかかった。
(…か、………かわいい…っ ♡ ♡ ♡ )
 目じりが思わずハート型になってしまうような生き物たちが、いた。
 全体的に、白っぽくてもこふわ。サイズはかなり小さそうだ。一番大きいコでも、リツコの膝までぐらい?
 うさぎのような、モヘアのような、ふわふわ毛並みの、横長のまるい顔立ちの、大きな吊りあがりぎみの、黒くて丸い眼の…見た目は、むしろ、猫…?
 エプロンドレスのような…巻きスカートのような…きんたろさんのような…形はそれぞれ違うけど、手織りの手縫いらしい可愛いパッチワーク模様の、色とりどりの服を着た…
 二足歩行の…、仔猫…??
「…あいにゃ! うにゃう?」
 心配してくれているらしい、表情豊かな大きな瞳が、とてもとても、愛らしい。
(これ、意味、たぶん、『だいじょうぶ? けがはない?』って聞いてる感じかな…?)
 リツコはとりあえずぱたぱたと手を振ってみた。
「ごめん! コトバわかんない! ケガはないよ~。だいじょぶ!」
 それからちょっと心配になって、体の下のもふもふを手にとってよく見てみた。
 白猫? たちとよく似た色だから、生きてる仲間を下敷きにでもしたかと思って。
(…違うみたい。…これは…毛玉? …繭…???)
 なにかカイコのような形の肉まんくらいの大きさの、毛玉?のようなものが、いかにも「落ちて来くるもの受けとめ用クッション」という形に、高さ数メートルくらいにもりもりと盛り上げられている。
 その小山を取り囲む(…風から護っているのかな…?)ふうに張り巡らされた、屋根はないテントのような…幔幕のような…場所の、前は大きく開いていて、見晴らしが、すごく良いことにリツコはやがて気がついた。
 おそらくとても高い山の斜面に広がっている森のなかの大樹の、節くれだった太い幹の上にのほうに開いている大きな空洞の、その真下にリツコは落ちたのだった…

 


 2-2. リツコ、白ウサギに挨拶する。

 

 『何かが木の洞から落ちてきたら』受けとめられるようにと、平屋建ての小さな家くらいの勢いで積み上げられていた『もこもこ』の山の斜面をずるずると滑り降りてみて、そこでしばらくリツコは困り果てていた。
 二本足で歩く『しゃべる猫にんげん?』…としか思えない、白っぽくてふわふわの小さい生き物の群れに、わらわらと取り囲まれて…
「まうまうまう!」
「あうれ?」
「あっかのおっか?」
「おねぅおねぅ!」
「まうまうまう! …まうまうまう! まうまうまうーっ!」
 などなど…まるっきり解らない言葉で、おそらくたぶん質問責めに?されたあげく、とりあえず適当に日本語で受け答えをしている間に、よじよじとリツコの脚や腕に登り始めて、頭の上にまで座っちゃったりされて埋もれてしまって、うかつに身動きできない…
(………えーとぉ。これは~………っ☆)
 ふかふか自体は可愛いので、思わずもふもふと撫でてみたり、へろへろと笑いながらも、ちょっとかなりこれからどうしたらいいのかと困り果てていると、すこし離れたところから、いくらか低めの声が響いた。
「…えっけれねん! あうら! かなりっこさる!」
 とたんに、リツコを取り囲んでいたチビ猫さんたちが、慌てて散って逃げた。
「あけーーーーーね!」
 なんとなくリツコにも意味が分かった。
『あんたたち何やってるの、だめでしょ! 離れなさい!』
『ごめんなさーい!』
 …くらいの意味じゃないかな? たぶん…
 ちびさん達がどいてくれた隙に慌てて立ち上がると、後からやってきた人?たちの姿がようやく見えた。
(…あれ…?)
 膝丈ほどのちびさん達は、どうやらとにかく『子どもの』猫(?)だったらしい。
 やってきたのはたぶん大人?で…、ちびさん達よりだいぶ大きい。とはいえ、地球の日本の小学生高学年としては標準サイズのリツコと、同じくらいしかない。
 子どもたちは横丸な顔で耳も短くて、地球の猫によく似て見えるのに、やってきた何人かの大人?たちはおそらく、育つにつれて顔も体も縦長になり…とくに耳が長くなっていったん立ち上がり…やがてもっと長くなると重さで垂れて…地球でいう「垂れ耳うさぎ」が巻きスカートのようなエプロンドレスのような手織りの服を着て、荷物を手で持って、二本の足で立って歩いてやって来た。…としか、思えないのだった。
(…えーと!)
 リツコはとりあえず大叔母様から「皆さんと仲良くしてね。」と言われて来た、自分の『親善大使』という役割を思い出して、ピシッと「気をつけ!」の姿勢をとった。
「こんにちは! はじめまして、高原リツコっていいます。よろしくお願いします!」
 きちんとした大人たちがきちんとした時にきちんとやるみたいに、きちんと前に手をそろえてきちんと頭を下げて、きちんとした挨拶をしてみた。
 おとなウサギ?たちは、一瞬キョトンとした後、やおらそれぞれの長い耳をゆっくりと頭上に掲げてぱたぱたと左右にうちふり、両手はいったん体の横に垂らして手のひらをリツコのほうに向けてから、なにかを持ち上げるような仕草で左右に開きながら上げて、同時に膝をちょっと折って前かがみになって、
「…まうまうまう!」と声をそろえた。
(まうまうまう?)とリツコは慌てて考える。
(さっきから何度もちびちゃんたちから聞いてたコトバだな~、アイサツだったのか!)
 了解したので慌ててまねっこをして両手を耳のかわりに頭の両脇にたてて左右にふってみて、それから手のひらを相手側に向けておすもうさんみたいに広げて。膝をぴょこんと折って前かがみもまねして。
「まうまうまう?」と、首をかしげながら挨拶をしてみた。
 おとな兎たちはリツコの発音の悪さにウケたらしくて笑いながら、元気に声をそろえて「れいまうまう!」と返事をしてくれた…
 ので、リツコは嬉しくて、えへへと笑った。

 

 

 2-3. リツコ、『王子様』にあう。

 

「…えっけれねん、あうりっこさるれぅある?」
「あっかいおす、おっかいねん?」
 …再び意味が解らない…
 えへえへと頭をかく仕草でごまかしながら困り笑いをしていると、おとな兎たちのうしろから、新たな声が響いた。
「…ごめんごめん! 遅れた! やっぱりちょっと時間の計算に誤差があったね!」
(…………日本語だぁ~……!!!!)
 生まれて初めての『ことばの壁』に疲れて、早くもホームシックになりかけていたリツコは、自分がものすごく安心して気がゆるんだことに気がついて、むしろ驚いた。
「ミキーレ!」
「ミキーレ! あうのぁさるのみぇ、えれ?」
 おとな兎たちは歓迎しているらしい声で、ふりむいて何かを説明?している。
『あうれりぁ、おうのおうあえら。』
 少しだけ違う発音で、だけどごく流ちょうなウサギ語?で受け答えをしながら斜面を登ってきて、リツコの視界に現われたのは…、ものっすごい…美青年! だった…
 リツコと同じくらいの体格のおとな兎たちの背後からひょいと胸半分ほど出る背丈の、すらりとした細身で、薄茶色のさらりとしたまっすぐな髪は肩にかかるくらい長くて、薄い水色のメガネをかけている瞳も澄んだ明るい茶色で、優しそうな笑顔に、ものすごく賢そうな白い額がきれいに広くて、三国志みたいな青い上衣と長めの外衣を羽織って、動きやすそうな細めの水色の袴?を履いて、さりげないけどセンスのいい服装をしている。
 …なんだか雰囲気全体がきらきらしていて…少女漫画かアニメの美形キャラのようだ…と、リツコはこんなに綺麗な青年をリアルで見たことがなかったので、呆然と見惚れる。
 ぽかんと口を開けたまま固まったリツコに、美青年はちょっと困った笑顔で、
「…リツコだよね? 遅れてすいません。迎えの者です。」
「…はいっ! 高原リツコですっ! 高天原から天を抜いたタカハラ! リツコはぜんぶカタカナっ!」
 リツコは思わず大声のフルサイズで自己紹介をしてしまった…。
「…どうぞよろしく? ぼくは、清峰鋭(きよみね・えい)といいます。」
 ウサギたちからは『ミキーレ!』と呼ばれていた青年の自己紹介に驚いて、
「嘘っ?」…リツコは思いっきり大声で反応してしまった。
「…え?」
「…だって! …それ大叔母さんの同級生の人! 七十歳は過ぎてる筈でしょっ?」
「…あ~、聞いてないかな? 向うとこっち、時間の流れも、トシのとりかたも、違うんだよ~?」
「…聞いてないっ!」
 断言したら、美青年なお兄さんは、困ったような顔で、にっこり笑った。
「…じゃあ、解らないことは何でも聞いてくれていいから、とりあえず、移動しようか?」
 なんだか有無を言わさない迫力ある笑顔に気圧されて、リツコは、ハイと頷いた…

 


 2-4. リツコ、異世界の村へ行く。
 
「この世界は《ダレムアス》と呼ばれていてね。意味は《大地の世界》。いま僕らがいるのは世界の真ん中の《大地の背骨》山脈の端っこで、あの大河を渡ったところにあるのが、これから行く《仮皇都》」
 見晴らしのいい山腹の草原の道を並んで歩きだしながら、リツコが質問するより速く美青年が教えてくれる。
 空は地球と同じような色の澄みきった青で、流れる白い雲と乾いた風がとても気持ち良くて、リツコがよく知っている地球の日本の森とは少し違う樹木が密生している大森林には色とりどりのたくさんの蝶や小鳥がたくさん飛び交っている。
「…きれ~い!」
 リツコは思わず深呼吸して叫んだ。
「最初は地球と似て見えると思うけど、空と太陽と星だけが共通項って言われてて、けっこう違う点があってね。まず電気製品とか電子機器とかが一切使えないんだけど、それは聞いてるかな?」
「あ、それは聞いてた。…あ、ほんとだー!」
 言われて思い出して歩きながらリュックから端末をとり出してみたが、『圏外』どころか画面も真っ暗なままで、何度スイッチを押しても、うんともすんとも言わない。
「金属加工の技術はあるんで、水力発電施設なんかも造ってみたんだけど、全く反応しなくてね。まず何しろ魔法なんて非科学的なものが存在してるくらいで、根本から物理法則が地球と違ってるんだ。」
「…そうなの? 見て目は似てるのにねー?」
(…ブツリホウソク…って、電気とか重力?とかの仕組みとか、そういう話だよね…?)
 リツコはこっそりと頭のなかでおさらいをして、慌てて相槌を打った。
「それから生き物がそうとう違ってる。…まぁ、見れば判ると思うけど…」
 わきゃわきゃと賑やかに足元に絡みついてくる子猫?なこどもたちと、垂れ耳ウサギなおとなの女性たちと、その中間で立ち耳ウサギみたいな、リツコと同年代か上?くらいの少女?と一緒に、山腹の平地に開けた村まで降りて行くと、そこにいた垂れ耳の犬?そっくりなひと?たちは、どうやら、おとな兎な女性たちと同じ一族の男性?らしかった。
 子ども時代はみんな横長の丸い顔に短くとがった三角耳で、色はオフホワイトやアイボリーとか「だいたい白系」のもふもふ毛並みなのが、ちょっと育ってくると耳と顔と胴体が長細くなってきて、色は薄くなるのと濃くなるのに分かれて、毛の長さも短くなるのと長くなって巻くのに分かれて。それがもっと育つと、短い真っ白い毛の垂れ耳うさぎ似のおとなの女の人?と、濃色の長めの巻き毛の垂れ耳の犬に似たおとなの男の人?に、なる。という種族であるらしかった。
 その他に、なんとなく鹿似のひと?とか、どう見ても丸ごと犬だけど喋ってる?みたいな人?とか、服を着て立って歩く熊?っぽい人とか、歩く観葉植物人?とか樹木な人?とか、とか…が、村の中心らしい街道を賑やかに行き交っている。
 それから地球人と言っても通る『普通の人間』に見える人たちや、目や耳の形や色彩がちょっと違うけど『ほぼ地球人と同じ』な人たちや、角や牙や尾っぽがあるけどだいたい人間に近いような形、という人なんかも、本当に色々と、たくさんいるようだった。
 街道沿いになんとなくの等間隔で並んでいる家々は丁寧な細工の木造で、まるで白雪姫の小人の家みたいな可愛らしいサイズ。なので、体格的に、うさぎいぬねこ人の家には入れない大きさのひと?たちは、村のまんなかの広場や、わざわざ大きめに造ってあるらしい休憩所風のあずま屋とかに座って、なにか飲んだり食べたりしていた。
 

 

 2-5. リツコ、観察する。

 

 そんな人?たちが、降りてきたリツコたち一行に気づいた。
「ミキーレ!」
「リール!」
「イーキレ!」
「リレク!」
 地球の日本人の清峰鋭と名乗ったはずの美青年に、親し気に何種類もの名前?で呼び掛けながら、わわっと群がってくる。
「まうまうまう!」
「ぐわーごっぱ、うわぅ~」
「アマルカッシュッ! パキャワシュ」
「ギャギャギャガノキュ、ギギュィユギギ!」
「ゴワーガ! ヴォ~ノ”マーレ!」
 …なんだかとても多種類の、それぞれぜんぜん違う言語に聴こえる…。
 リツコは混乱して固まった。
 それにまた平然と、それぞれの言葉を使い分けて返事をしている?らしい隣の地球人を見上げて、リツコはまた困り笑いを浮かべて、ちょっとかなり、後ずさってしまった…。
「…えーとあのう…、清峰サン…?」
 思わず敬語付きになってしまった。
「鋭でいいよ? リツコって呼んでいい?」
「いいデスけど…」
「ですじゃなくていいよー?」
 にっこり笑う顔にまた思わず見惚れてしまいながら、
「いい、…けど?」と、リツコは言い直した。
「…この世界って、言葉が何種類くらいあるの? で、鋭は、何ヶ国語が喋れるの…?」
 美青年がちょっと驚いた顔をして、ふわりと嬉しそうに笑った。
「…今のを聴いただけで、ちがう言葉が何種類もあるって判った?」
「…うーんとね。」
 リツコは説明をしてみる。
「もちろん意味は全然わかんないんだけどー。…昔ね、おばあちゃんがまだ生きてた頃、近所におばあちゃんの友達で、翻訳の仕事の人がいたの。で、おばあちゃんと一緒に遊びに行くと、大人たちが喋ってる間、子ども向けの色んな言葉のビデオとか観せてくれたの。…だから、地球にも、色んな国の、色んな言葉があって、色んな挨拶とか習慣とか、違う考え方とかがある。…ってことだけは、解るの。」
「…それは、貴重な体験だったね。」
 きれいに笑って美青年が言う。
「…だけど、この世界の言葉が全部で何種類あるかって、たぶん誰も数えられたことないんじゃないかなー? なにしろ《朝日ヶ森》では『天才組』のトップにいた僕でも、まだ習得してない言葉のほうが多いし? 本人たちは同じ言葉を話してるつもりでも、お互いすごい訛ってて、全然通じてない。なんてこともよくあるし…。みんな言葉が通じないのに慣れてて、あんまり気にしないで何とかしてるから、リツコもとりあえず日本語で喋ってていいよー?」
「…うん解った…。」(ていうか、それしか出来ないし―。)とリツコは苦笑した。

 


 2-6. リツコ、歓迎される。

 

 どうやら目的地に着いたらしくて、村で一番大きな家の前の大きな木の下の地面と同じ高さに、敷く…というか張られた? 地球のウッドデッキのような木の床に、鋭はリツコを案内しながらすたすたと靴のまま上がった。
「靴は履いたままでいいからね? こうやって、床の上にじかに座って、片膝を立てて片アグラをかくが、こっちの世界での正座。…これきみの食器。各自で持って歩くのが習慣だから、なくさないようにして。で、立てたほうの膝のうえにこう『膝敷き』を乗っけて、その上にお皿かお椀を乗せて左手で支えて、右に置いた小盆から食べるものに合わせて箸か匙を選んで、使い分けて食べるのが、こちら式。」
「…へ~え。お箸なんだ…」
 渡された小さなお椀とお皿とその蓋にもなるお盆と、お箸とお匙のセットの木彫りの丁寧さや、鍋敷きならぬ膝敷き?の刺繍の細かさを眺めて感心している間に、鋭は代表者っぽい貫禄の人としばらく話して。
「…ごめん。実はぼくの計算ミスで、きみが予想より二時間ほど早く着いちゃったもんだから、お昼ごはんの仕度がまだ出来てないって。それでお茶とお菓子の略式の歓迎会になっちゃうんだけど、ごめんね?」
「お昼ごはん?」
 リツコはちょっとびっくりして言った。
「あたしあっちで太陽が沈む瞬間に飛びこんだのに?」
「…うーん…。時差がやっぱり昔の記録とずれてるなぁ…まぁ遅くなるよりは、早く来てくれてよかったよ?」
 鋭の言ってる意味がリツコにはまったく解らなかったが、さっきの人たちや初めての人たちが色々、わらわらと同じ木の床の上に集まってきて、何やらそれぞれの言葉で今度はリツコに、あらためてきちんと挨拶をしてくれている雰囲気だったので、とにかく日本語で一生懸命、「こんにちは! よろしくお願いします!」と挨拶をしまくった。
 それからリツコは、こんなに色んな種族のたくさんの外見の人?たちが一堂に集まっているのだから、てっきりこれが挨拶をしなくちゃいけない『講和会議』なんだと思って、挨拶ぜめがちょっと途切れたすきに、こっそり聞いた。
「ねぇ、鋭。大叔母様からの手紙は、どのタイミングで読んだらいいの?」
「えっ? …あぁ、違う違う。その会議は、もっと先の、ずっと西へ行った後の話だよ? 今日のこれは、はるばる来てくれたきみに挨拶がしたいって地元の人たちが主宰の、たんなる歓迎会。」
「…あ、そうなんだ…。」
 気負っていたリツコは、勘違いが恥ずかしくて赤面した。
 それから乾杯の音頭みたいな全員一緒の挨拶?があって、その後、木の床の真ん中に敷かれた清潔な敷布の上に、冷たい果汁や温かい香草のお茶や飾り切りの果物や、木の実を潰して焼いたお好み焼きみたいなお菓子?だか軽食だか等々が、色々と次々に出てきた。
 もちろんリツコは勧められるままに「いただきます!」と手を合わせてからきれいに全種類たいらげて、「ごちそうさま! おいしかった~!」と、もう一度手を合わせて言った。

 


 2-7. リツコ、誉められる。

 

「もひとつごめん。質問たくさんあるとは思うけど、ぼく先にこの人たちと色々打ち合わせしなくちゃなんだ。ちょっと待っててくれる?」
「うんわかった。」
 そう返事して、食べ終わった後もかなりゆっくりお茶を飲んでても、隣の席の鋭はまだ反対側を向いて、入れ替わり立ち代わり座りにやってくる大勢の人たちと次々に「打ち合わせ」とやらを続けている。
 …のを見て、暇になったリツコはやおらリュックの中から大学ノートとペンケースと、古い小さな日本語の辞書を取り出して開いた。
 まずは一頁一行目に日付と時刻を書こうと思ったけど、携帯が使えないので判らない。
 仕方がないので『訪問1日目。昼?ご飯のあと。』と書いて。ざっと報告の文章は箇条書きでメモだけ書いて。
 それから「四十八色!」入りの色鉛筆の缶をわくわくしながら広げて、子猫とおとな兎とおとな犬を家族風に並べて、簡単なスケッチ風の落書きを、丁寧に手早く描いて。
「…ねぇねぇ、このひとたちは、なんていう名前?」
 ちょっとだけ暇ができたらしいタイミングをねらって鋭に聞く。
「…本人たちは《マウレイレイ》って名乗ってる。《賢く礼儀正しい一族》みたいな意味かな。まわりからはもっぱら《兎犬猫族》とか《森中族》とか… リツコ、イラスト巧いね?」
「あ、ほんと?」
 えへらっと笑う。
「うん。簡単な線なのに、特徴をよくつかんでる。」
「わーい褒められたー ♪ ♪ 」
 素直に喜ぶリツコのへしゃっとした笑顔に、美青年もつられて笑った。
「…適任者が行くわよ!って、清瀬のほうの律子さんが手紙に書いてきた意味が分かったよ。」
「なんてー?」
「前に来たオトナの人は、電波が通じなくてもソーラーで充電しながら、デジカメとパソコンで記録は撮って帰れるだろ。って思ってたらしくて…記録用の機械が全滅で、報道マンとやらのアイデンティティーが崩壊してた。」
「…うーん…」
 リツコは苦笑する。
 アイデンティティーって言葉は解らないけど、オトナって…たしかにときどき、「アタマが硬くて使えない」時があるよね…。
 

 

 2-8. リツコ、空を飛ぶ。

 

「ところでリツコ、きみは馬には乗れる?」
 ひと段落したらしい鋭が唐突にそう聞いてきた。
「…ウマ? …動物園とか観光地とか、10分1000円とかの体験乗馬しか乗ったことない…」
「じゃあやっぱり、運んでもらったほうがいいねー。」
「?」
 リツコがきょとんとしている間に、鋭はまた他の人たちとそれぞれのネイティブ言語で会話して、何かの伝言を追加すると、しばらくして、
「…そろそろ、行くよ?」とリツコに声をかけて、どうやら「ごちそうさま」に相当するらしいお礼のコトバを言って、席を立った。
 リツコも慌てて同じコトバを真似して挨拶して、忘れ物がないように気をつけながら手早く荷物をまとめて後を追う。
「…ねぇ! 今日って、ここに泊まるんじゃないの?」
「うん。地球に帰る時は別の道を通るから、もうここへは戻って来ないよ?」
「えー! もっと猫ちゃんたち、モフりたかったー!」
「………もふる? …って、なに?」
 鋭は『モフる』という日本語を知らなかった!
 鋭が地球にいた頃には、まだ無かった言葉。らしい…。
 それから、ちょっともじもじしながらトイレの場所と使い方を、鋭に通訳してもらって女のひとに聞いてもらって。 その後。
 集まっていたみんながぞろぞろ見送りについて来てくれるなか、来た方向とは逆の、もう一段下の崖の上の広場につくと、そこに待っていたのは…
 翼の生えた…鳥? ただの鳥じゃなくて… 喋るから、鳥人間? …の、人たちで…
 なんだか見た目が怖い上に、…槍? …剣かな? …で、武装?していて…
 …なにか、運動会の球入れのカゴのような、でかい入れ物?が置いてあって…
「…リツコ、高所恐怖症じゃないよね?」
 にっこり笑って超絶美青年が指示するのでやむなく、リツコは恐る恐る、その籠に乗りこんで…
 ことばを喋る大型猛禽類?たちが4人?がかりで、そのロープをそれぞれの両脚の手?で、ガッシリ掴んでやおら舞い上がり…
(………………きゃーーーーーーーーーーー…っ!)
 見送ってくれる人たちに挨拶をする余裕もあらばこそ。
 必死で絶叫を呑みこむリツコだけを乗せて、カゴはどんどん空高くに上がって行き…
 …ようやく揺れが収まってきてから、恐る恐る見下ろしてみると…
 清峰鋭は随行の騎馬の一団とともに、はるか下の草原を駆けているのが…
 遠目に見えた…
(嘘つきーーーーっ! 「道中、何でも聞いて?」って言ってたくせにーーーっ)
 心中で絶叫すること数時間。
 強い風にも、怖い顔の猛禽類たちにも、だんだん慣れてきて…
 広い広い《大地世界》を上から見下ろして…いや、背後に広がる《背骨山脈》とやらの山頂は、それよりまだまだ、はるかに上に霞んでそびえたっているのを眺めて…
 眼下は草原と森、丘陵と谷、畑地と街と村と荒野と…
 少し風が寒いけど、この世界は平和で。平和で。平和で…
 …地球の日本の日没とともに異世界行きの穴に飛びこんだ後、まだ午前中だった異世界に着いてからさらにまた半日以上も、がんばって起き続けていた、小学四年生のリツコは…
 いつのまにか、深く深く…寝入ってしまって…いたのだった…。

 


第3章 リツコ、皇女様にあう。

第3章 リツコ、皇女様にあう。

 

 3-1. リツコ、悪夢をみる。

 

 リツコは、うなされていた。いつもの夢だ。
 懐かしい家。山のふもとの、ちょっと不便な、だけど緑が豊かな南向きの斜面にある…温かい木の壁の家。
 いつものように休みの日の朝には家の裏の土手を登って、日当たりのいい上の畑からお昼ごはんに使う野菜や果物を採ってくるのが、リツコの当番だった。その日はお母さんのリクエストで、小ネギとラディッシュとミニトマトを沢山と、葉レタスを1株採った。
 ちょっと重たくなった収穫カゴを抱えて、崖道を降りようとすると…
 村はずれの集落へと向かってくる行き止まりの一本道を、見慣れない車の集団が、凄い速さでやってくる…
 ……見慣れない車……
 …だけど、あの色は…!
 リツコは急斜面をころげるように横切って走りながら、叫んだ。
「お母さんッ! 大変ッ! 逃げて!」
「…リツコ? どうしたの?」
 お母さんとお父さんがのんびりした顔で、台所の窓から一緒に顔を出す。
「……お姉ちゃんっ! 緑衣隊よ、逃げてッ!」
 家の下のほうの斜面で洗濯物を干していた5歳上の姉にリツコは叫んだ。
 …もう遅い。
 妖しくてらてらと光る変な緑色の特別な自動車の一群は、家の前の小道にがっと乗り入れて次々に急停車するなり、ばたんばたんと音を立ててドアを開け、ばらばらと降り立って来た妖しくてらてらと光る変な緑色の特別な制服の男たちが、びっくりして動けないままシーツを握りしめて立っていた姉を、数人がかりで乱暴に捕まえた。
「………きゃあッ!?」
「エツコ!」お母さんが叫ぶ。
「何をするッ!?」お父さんが怒鳴る。
「高原ワタルとシズカだな?」
 男たちのリーダーらしいヤツが、すごく嫌な声で怒鳴った。
「反政府罪で逮捕する。逃げたら…」
「きゃああッ!」頭に銃をつきつけられて、お姉ちゃんが絶叫した。
「…エツコ! …やめて! やめてッ!」
「…わかった! 頼むからやめてくれ! 娘は関係ないッ!」
「ふん。反逆者の娘は、しょせん反逆者の娘だ。」
「お父さん! 逃げてッ!」
 なおも崖の上から叫んだリツコをめがけて、男達の何人かが、ばらばらと走り始めた。
「リツコ! 逃げなさい!」
「お父さん! 逃げてよッ!」
「エツコを置いて逃げられない。おまえは逃げなさい! おばさんの所へ行くんだ!」
「リツコ! 逃げて! あたしは平気!」捕まったままエツコが叫んだ。
「逃げなさい、リツコ! …きゃあ!」
 叫んだお母さんが乱暴に殴られた。
「…やめろ! 抵抗してないだろう!」
 怒鳴ったお父さんも殴られた。何度も… 何発も。
「お父さん…ッ!」
 リツコは、叫びながらそれをただ見ていた。何も出来なかった…
 絶望した。
 そして崖を駆けあがって来る大人の男達の、動きの速さを悟った…
 …急がないと、逃げ遅れる!
「………おばさんの所で待ってる!」
 叫んで、あとはもうふりむかずに、一目散に、山の中に逃げ込んだ。
 勝手知ったる裏庭山だ。大人には通れない深い崖の上の細い枝をするすると渡り、ターザン顔負けの軽業で幹から幹へ飛んで、とりあえず秘密の場所に逃げ込んだ。
 隠しておいたお菓子と缶ジュースで一息ついて、様子を見ていたのだけど…
 妖しい制服の男たちがリツコを探して山狩りを始めたらしいので、陽が沈む間際を狙ってこっそり逃げて、今までは「子どもだけで入っちゃいけません!」と言われていた、奥の奥の神山のふもとへ逃げ込んだ。
 そこから、月明りだけを頼りに、山伝いに、歩いて、歩いて…
 …おなかが空いて、でも見つかるから、街へは降りられなくて…
 何日も、山の中で眠って、歩いて…歩いて… おなかがすいて…
 雨が降って、寒くて…
 …いつもの夢だ。怖い夢…
 もう、起こってしまったこと。
 リツコは、何もできなかった…。
 ただ自分ひとり逃げるばかりで…
 家族を… 救えなかった…。
「…逃げてよ、お母さんッ! 逃げてぇ……ッッ!」
 眠っているのに、涙が出てくる。
 リツコは、叫んだ…。

 


 3-2. リツコ、起こしてもらう。

 

「…………リツコ! リツコ! …起きて! …夢だよ、起きて…!」
「…………お母さんッ!?」
 リツコは飛び起きて、声をかけてくれた人に、必死でしがみついた。
「…あぁ、良かった… 無事だったのねっ!」
「……リツコ…… 大丈夫だよ…。」
 優しく抱きしめて背中をぽんぽんしてくれた人に、ぎゅぎゅぎゅ~…っと、抱きつきかえしてみたら…
 …………… ん?? ………違う…?
 リツコはまだ半分寝ぼけたまま両腕で相手の背中を探ってみて、目をぱちくりさせた。
 ……細いし… なんか、硬い? し…??
 …これ、お母さんじゃないし… お父さんでもないし…
 お姉ちゃんでも、大叔母様でもないし…
「………… あ!? 鋭? ……ごめんねっ? …あ、あたし… 寝ぼけて…っ」
 ようやく頭がはっきりして… びっくりして飛びすさったら、
「ううん~?」と、美青年は優しく笑ってくれた。
 …やっぱり美形すぎて、思わずまた目をハートにして、見惚れる…。
 鋭はまた困った顔で苦笑して、
「…それにしても、度胸がいいねーぇ? 気がついたら天荷籠のなかで爆睡してたって。鳥人のみんな、呆れて笑いころげてたよ?」
 寝ぼけたことはとりあえず無視してくれて、にやにやと揶揄ってくる。
「 …え? ……えぇ?」
 リツコは慌ててあたりを見回した。
 …知らない部屋だ。
「 ……ここ……?? どこ…?」
「うん。日が暮れる前に《仮皇都》に着いたんだけど。いくらゆすっても起きないからさ。失礼ながら運んじゃった。」
「 ……うわーっっ?? ごめんねっ??」
「ううん~? 軽かったし。」
「え~? …軽くないよ~?? あたしけっこう重いよ~??」
 リツコはぱたぱたと意味もなく暴れ、顔とか髪とかに慌てて手をやって赤面した。
 …こんな美形のお兄さんの前で、もっと小さなコドモみたいに、寝こけて寝ぼけるなんて……っっ
「…だってさっ! だって、向う側の地球の木の穴から、えいって出発したのは夕陽が沈んだ時だったのにっ! こっち着いたらまだお昼前で! だからお昼ご飯二回も食べて、しかもたくさん食べたでしょっ? 飛んでるあいだ、あたしは暇だったしぃ…っ!」
 とりあえず必死で言い訳なんかしてみる。
「…うん。きみが環境適応能力のとっても高い、度胸のいい大物だ。ってことは、よく解ったよ?」
 意味は解らない単語が入っていたが、なんだか皮肉られていることは判る。
「いや~んっ!」もっと赤くなって身もだえしながら叫んだ。
「…知らないところでさ。一人で目が覚めたら、いやでしょ? お腹もすいてるだろうと思って。」
 ふっとまじめな顔に戻って優しい声で言うと、リツコが寝かされていたベッド?を脇から覗き込んでいた鋭は、ひょいと背筋を伸ばして向うへ歩いて行き、部屋の中央に置いてあった食卓と椅子らしい家具のほうに戻った。
 机の上には色々な…分厚い本らしいもの?とか大きな紙?の図面?とか、地図のようなもの?…なんかが色々と広げてある。
 部屋のようすは何というか…和モダン風? 木と紙と竹?…と、布や皮や毛皮かなにかで出来てて…落ちついた感じの、優しい色調だ。
 明かりは小型の竹の灯篭?のようなものが何か所かに置いてあって、開け放した窓からは月明り?も射してる。
 風はないけど暑くはないし、半袖一枚でも寒くもない。
 …秋の初め? …かな? とリツコは思った。
「ごはん用意しておいたから、食べられそうだったら食べて? …あ、手と顔が洗いたかったらそっちね。トイレもそっちの奥。」
「…ありがとっ!」
 リツコは気持ちのいい木の床に敷かれた模様入りのゴザのようなものの上をぱたぱたと裸足まま駆けていって、教えられた場所でトイレと洗手洗顔を急いで済ませてから、またぱたぱたと走って戻った。
「あのね! それでね! 大叔母様からおみやげ? …預かってたのに、渡すの忘れてたー! ごめんなさい!」
 タオルを出し入れしたおかげで思い出したので、購買部で受け取ったままの状態でリュックに入れっぱなしだった包みを二つ、急いで鋭に渡した。
「…あ、持って来てくれてたんだ? ありがとう!」
「…これでいい、の? …ていうか、それ、なに?」
「ノギスと計算尺って言ってね… こっちの世界には無い道具なんで、あったら便利だろうな~って思ってたんだけど、ぼくの記憶だけじゃうまく作れなくって。…これなら関数電卓とかと違って電気は要らないから… うん。やっぱり、使えそうだね!」
「…ふうん…?」
 なんだか分らないけど、すごく嬉しそうにして鋭が早速あれこれいじくり回して試しに使ってみたりしているので、リクエスト通りの正しいお土産だったらしい。…よかった。
 とりあえず一つくらいは役に立てたと安堵したリツコは、急におなかが空いた。
「これ食べていいの? …いただきます!」
 今度は木の床ではなくて木製の椅子に腰かけて座るとちょうどいい高さの木の卓の上に置いてあった箱形の木製のお盆? …日本語だと時代劇とかに出てくる『箱膳』に似てるかな? …の蓋をとると、ふわりと優しい香りが立った。
「…わぁ、美味しい!」
「そぉ? 良かった。」
 何種類かの野菜と山菜?とキノコと、何かの柔らかい肉と、小海老?みたいなの…を、香草と一緒に蒸して、ふんわりと優しい味の餡でくるっと和えてある、簡単だけどすごく美味しいおかずが山盛りと、濡れせんべいと焼き味噌おにぎりの中間のような、しっとりした噛みごたえの、何かの穀物の粉を練ったのかな?…平たく焼いた、主食らしいもの。
 浅漬けみたいな感じの薄味の生野菜の色どりのきれいな盛り合わせと、箸休め的なコリコリした何か。それから、食べやすいように綺麗に切ってくれてあった、汁けたっぷりの…甘酸っぱい…香りのいい、果物!
 もう夢中になって猛然とがっついている間に、七輪というか炭火の卓上コンロ的なもの…日本語だと『火鉢』って言うかな…? の上でしゅんしゅん沸いていた鉄瓶からお湯を注いで、鋭が温かいお茶を淹れてくれていた。

 


 3-3. リツコ、情報交換する。

 

「………ふ~ぅ。おなかいっぱーい! …ごちそうさま!」
「落ち着いたら、もう一度眠るといいよ。まだ朝まで時間があるから。」
「………もしかしなくても、あたしのために起きててくれたの?」
 リツコはちょっとぎょっとして、それは申しわけなかったなと思いながら聞いてみた。
「まぁやることも色々あったし。『夜中に寝ぼけますからよろしく』って、清瀬の律子さんからの手紙にも書いてあったし。」
「…えぇ?!」(…はっずかし~っ!) …と、頬に両手を当てて身もだえしてみせると、鋭はまたふふっと笑った。
「まぁフツウ組のひとが朝日ヶ森に保護されてるからには、何か事情があるとは思ってたけど」
「鋭は、地球のジジョウについては、どれぐらい知ってるの?」
 リツコは聞いてみた。なにしろ知らないことだらけだ。
「う~ん? 清瀬さんからは何も聞いてないの?」
「そんな暇なかったもん。鋭のこと『初恋の人なの~!』とかノロケ始めちゃったし。」
「…えぇ? それ初耳!」
「え、うそ? しまった!」
 リツコは慌てて口をふさいだ。遅いけど…。
「………言っちゃったこと、内緒ね…?」片目で様子をうかがうと、
「う~ん、まぁ時効だし…? なにしろぼくはこんな見た目のまんまだけど、地球の時間だと、あれからもう五十?…六十年くらいかな? 経っちゃってるし…。
 でも清瀬さんとは、ほんと喋ったこともあまり無かったんだよ? 数十年ぶりにやっと地球と連絡がとれて、手紙の返事に当代の朝日ヶ森の学園長が清瀬律子サンって署名してあっても、最初は同じ人だとは思わなかったくらいで。」
「そうなんだ?」
「うん。…そもそもなんで彼女が朝日ヶ森にいるのさー?」
「え? 同級生だったんじゃないの?」
「その前にいた全く普通の地元の小学校でだよ。今のキミと同じ、4年生の時にね。清瀬サンは転校生だったし。そのころ口がきけなくて挨拶も筆談だったし」
「あ、それは聞いたことある。子どものころ一族みんな死んじゃった時に、心因性ナントカってショックで、しばらく喋れなかったんだって。」
「そうだったんだ…」
 『一族』という単語が出たところで何か納得してくれたらしく、鋭は話題を換えた。
「それで僕は、IQ高かったんで普通の学校から《センター》に誘拐されて。」
「えぇ?」
「《センター》は、まだある?」
「あるよ!」
「緑軍のために安く効率的に人を殺せる強力な武器を開発しろー!…なんて勉強をさせられてさ? 人体実験とかやらされるの厭だったんで逃げ出して、山ン中で生き斃れかけてたらマーシャに拾われて、朝日ヶ森に保護されて… そしたら何故か清瀬さんも朝日ヶ森に保護されてて… まぁ色々あって僕は天才組だし彼女はフツウ組だし、あんまり喋る機会もなくてさ? 結局そのすぐ後に僕はマーシャの… あ、あした挨拶につれてくけど、こっちの世界の皇女サマのことだけど。ごたごたに巻き込まれてこっちに飛ばされちゃったから、以来まったく数十年間? お互い音信不通。」
「…そうなんだー?」リツコはちょっと目を丸くして混乱した。
 話の全体像がよく解らないけど、そんなに長く時間がたっても、大叔母様は『初恋の人なの~!』…が、忘れられなかった? のかー…。(…もしかして、それで独身?)と思ったが、それはいま鋭にいう話でもないと、慌てて考えなおした。
「あたしはほんとにフツウなのー。お父さんとお母さんが反政府って地下活動やってて目ぇつけられちゃって。緑衣隊が逮捕に来たから『逃げて!』って言ったけど遅くて。
あたしだけ走って逃げて山ん中でサバイバルしてたら大叔母様に頼まれたって朝日ヶ森の魔法組のひとが保護しに来てくれて。家族もみんな無事に救出されてたんだけど、あたしより先に亡命しちゃってたんだ。で、次の亡命船が確保できるまで、朝日ヶ森で待ってなさいって。」
「…そこまでは、ほぼ僕と同じ状況らしいけど…。…それを『普通』って言っていいのかなぁ…。」鋭が苦笑して遠い目をする。
「…それでか。『こっちとそっちの行き来を兼ねて、地球の別の場所に出られないか』って、清瀬さんからの質問」
「…え?」
「聞いてない? リツコこっちに来たあと、またすぐ朝日ヶ森に戻すか、このままこっちで暮らすか、もし可能なら、地球上の別の場所に戻してくれてもOKって。」
「そうなんだ…」それは聞いていなかったなと思いながらリツコはうなずいた。
「日本から外に出さえすれば、まだわりと移動の自由はあるって? ストリームラインと連絡さえ取れれば、お母さんたちと合流させられるって。でもキミの今回の二時間ずれた件もあるし、こっちとあっちの昔の通路はほんとに、ほとんど埋もれたり忘れられたりしてたから、まだ調査が足りてなくてね。情報が、かなり不確実なんだ…。うっかり抜けたら下に受け止めるクッションがなくて地面に激突とか、時代がもっとズレて浦島太郎になっちゃったりとかしたら、嫌でしょ? 絶対安全って保障できる通路が用意できるかどうか、もうちょっと待っててね。」
「うん。わかった。」
 それからしばらくは主にリツコの方が、地球と日本のここ最近の事件について…小学生のリツコにも解る範囲の話だけ、だったけど…説明をして。
 うとうとしはじめたら鋭が抱っこしてくれて、布団に入れてもらって。
 …最後にみた大きな満月が、地球より大きいな~と思ったところまでで、リツコの記憶は途切れた…。

 


 3-4. リツコ、寝坊する。

 

 再び目が覚めると、どうやらもうすっかり朝も遅い、という時間帯の雰囲気だった。
 大小色々いるらしい鳥の声が賑やかで、人の声や犬らしいものや馬?の吠える声とかのざわめきも遠くから聴こえる。
「…んんん…… よっく寝た…? …あれ…??? ここ、どこ…???」
 あたりを見回して家でも学校の寮でもない部屋だと再確認して、それから、昨日なぜか異世界とやらに本当に来てしまってたんだった。…ということをぼんやり思い出し、
「…夢じゃなかった!」
 …と、慌てて起き出した。…鋭の姿はすでにない。
 服のまま寝てしまっていたので、急いでトイレと洗面を済ませて、ちょっと冷たかったけどついでに水浴びして髪も洗って、とにかく新しい服に着替える。
 …そうだ。脱いだ服の洗濯は、どうしたらいいのかな…?
 必要最低限の荷物しか持って来られなかったから、こまめに洗濯しないと、すぐに着替えがなくなる。
 電気がないんだから、洗濯機だって無いよね…?
 井戸水はたっぷりあったし天気も良かったので、水場の脇にあった大きな盥がたぶんそれ用だろうと考えて借りて、じゃぶじゃぶ手と石鹸で洗濯して。邪魔にならないかなー?と思いながら、土間のすみの植え込みの端っこの枝を選んで紐をかけて干した。
 昨日と同じように卓の上に用意されていた箱盆の朝食を勝手にたいらげる。
「いただきます! ………ごちそうさまでした!」
 3分でがつがつ平らげて手を合わせて礼をしてからふぅと目を上げると、旅館の中居さんのような動きやすそうな服を着た知らない女のひとが、物音を聴きつけてやってきたのか、にっこり笑って部屋の前に立っていた。
「あんによんまるにえん、えなら?」
「…あっ! おはようございますっ! …ごあん! 勝手にいただきましたッ!」
 おもわずもごもごと噛んじゃいながら慌てて日本語で挨拶すると、にっこり笑って
「えんえん。」と返事をしてくれた。
「まによ、えんにえんね?」
 リツコが食べ終えた食器を手早くまとめて箱盆ごと持って『ついて来て下さいな?』という風に首をかしげるので、リツコは急いでリュックをひっかけ、慌ててついていった。
 気持ちのいい明るい長い廊下を何度か折れ曲がって、案内された先には鋭がいた。
 広くて天井も高い大きな部屋で、鋭と同じような青と水色系の優雅だけど動きやすそうな服と、長めに伸ばして後ろでまとめた髪型の同じような雰囲気の…頭が良さそうで性格が穏やかそうな、でもちょっと頑固そうなところもある…学者さんタイプ?みたいな大人たちがたくさん(ほとんどが普通の人間タイプと、毛皮や耳つきも何人か)いて、大きな布や皮製の地図だの表だのを広げて賑やかに、打ち合わせか何かの準備をしている感じ。
 真ん中の大きな机の上には昨日リツコが渡した「お土産」のノギスと計算尺が置いてあって、みんなでその寸法を測ったり絵図に写したり、興味津々で観察したりしている。
「…リレキセース。まるにえん。…えーらんてーい。」
 案内してくれた女のひとが戸口から声をかけると、すぐに鋭が降り向いた。
「あるっくあーい。…あ、リツコ起きた? おはよう。」
「おはようございますっ。寝過ごしてごめんなさいっ!」
「い~よ~?」
 それから鋭は周りの人に声をかけ、自分の見ていた書類などは簡単に片づけて、なんだか昨日着ていたものよりずいぶん高級そうな?かしこまった感じの?上衣を手にとった。
「じゃ、行こうか。」
「どこへ?」
「皇女サマにご挨拶~。」
「えぇ!?」
「…あれ、ゆうべ言わなかったっけ? ここの皇女サマって前は地球に亡命して朝日ヶ森に居たんだよ。『霧の校庭・運動会行方不明伝説』って、今じゃ学園七不思議になってるって書いてあったけど。」
「え~っ? …何十年か前の、障害物競走の途中で生徒がイキナリ消えたって謎の話? …あれ実話だったんだ…」
「そうそう。そん時に巻き込まれてダレムアスに来た僕が、ここに居るからねぇ。」
 …つくづくあの学校はフシギと謎だらけだ…とリツコがあきれながら鋭と一緒に歩いて行くと玄関らしき場所に出て、その先の気持ちの良い小さな木立ちのなかの小径を歩いていくと、すぐに大きな道に出た。
「うわ…」
 市場だった。いや…大きな町?…商店街?…と、見慣れないものだらけの景色に、リツコはきょろきょろしてしまう。
「…とりあえず質問と観光は後にしてー。皇女サマは怒らせると怖いからー。」
 どこから観察したらいいかと立ち止まってしまったリツコの肩を押して鋭が苦笑する。
「それでなくてもキミ、きのう寝ちゃったからさ? 歓迎パーティーすっぽかしたんだよー?」
「…きゃーーーーーっ! ごめんなさいっ!?」
 リツコは恥ずかしくて悲鳴をあげた。

 


 3-5. リツコ、右将軍にあう。

 

  街道を右に曲がってまっすぐ歩いて行くとやがて活気のある市場から広い庭のお屋敷が立ち並ぶ区画に変わって、いきあたった四辻でまた右に曲がると、開放的な感じの大きな高い門があって、特に検問とか見張りとかは何もなくて、わいわいと行き交う人たちと一緒にひょいとくぐると、入ってすぐに大きな男の人たちがなにか話しあいながら立っていて、そのうち一人が振り向きざまに、すごく嬉しそうな声の日本語で話しかけてきた。
「おう鋭! 来たか! そのコか?」
 背が高くて筋肉もりもりで肩幅が広くて日焼けしていて、ばさりと無雑作に伸びっぱなした感じのすこしクセのある髪はつやつやした真っ黒で、笑った歯は真っ白だ。
 赤と黒の派手なデザインだけど動きやすそうな服に、大剣と短剣と投げ矢?とか弓とかなにかの武器をたくさん、いかにも扱い慣れている感じに、隙なく身に着けている。
「うん雄輝。この子だよ~、高原リツコ嬢。」
 手のひらで紹介して気軽そうに喋ってるけど、まだ若い青年の鋭よりは十歳くらい年長に見える。とても偉そうなマントを羽織った、大人の男のひとだ。
「こんにちわっ! タカハラですっ! よろしくお願いしますっ!」
 近づいて来た相手をかなりのけぞって見上げながら、リツコは精一杯、元気に挨拶してみた。
「リツコ、これが『校庭行方不明事件』で消えた三人のうちのもう一人。翼 雄輝。」
「おう、よろしくな。ところでリツコって何県のタカハラ家?」
 リツコは質問されてる意味がわからなくて返事ができなかった。
 それに、紹介された人の背中には、焦げ茶色のまだら紋様のある、大きな翼があった。
「………羽………!」
 昨日リツコを運んでくれた『ほぼ鳥に見えるけど服を着て喋って脚の手?で道具を操る人』たちとは違って、『ほぼ人間』な姿で、背中にだけ大きな翼があるタイプだ。
「…ん? 珍しいか? 《朝日ヶ森》なら今でも居るんじゃないか?」
「居るけど… すごく怖い人たちで…、近くで見たことなかったから…」
「あ~、天狗系のやつらか? あいつらは気難しいからな~…」
 うんうんと勝手に納得している。
「おれはオオノのタカバの谷のモトシュケの『ツバサ』一族の最後の一人のユウキ。
…って言って解るか?」
「ごめんなさい。わかんないです。うちは分家の分家のまた分家とかで、本家の一族ってずいぶん前に滅んじゃてて、誰も詳しい人が残ってないそうです。…お父さんなら、もうちょっとは知ってるかもだけど…」
「あ~気にすんな。そんなもん、そんなもん。」
 からからと笑って男の人はリツコの肩をぽんと叩いた。
 地球には、古くからの伝説を語り伝えて来た、いくつかの「一族」に属する「遠い場所から来た人々」の子孫と、それとは別の「新しい土地で生まれた人々」という、区別がこっそりあるという。
 ものすごく漠然とした話だけしか、リツコは知らない。
「マダロ・シャサ!」
 広場の向うから呼ばれたのは、翼が生えてる地球人の、こっちの世界での名前らしい。
「…じゃな。…マーシャ怒ってるからな~。せいぜい庇ってやれよ?」
「うへぇ…」
 リツコには謎の言葉を残されて、鋭が、ものっすごい嫌そうな声を出した…(リツコはびっくりした。)

 

 

 3-6. リツコ、皇女サマに会う。

 

 心なしか鋭は少し早足になって歩いて行く。リツコの身長だとすこし小走りにならなくちゃいけないくらいの歩調だ。
 そこはとても大きな広場で、馬?車や人が曳くリヤカーのような荷車や、きのう乗せてもらった鳥の人が使うカゴに似たものなどがところ狭しと並べられ、ひっきりなしに人や獣や植物の人?たちが荷物を運び込んできては、移し替えたり、積み上げたりしている。
 何かで同じような光景を観たことがあるなとリツコが思い出してみると、前にテレビでやっていたシルクロードとかの隊商の出発準備に似ていた。
 …どうやら、大勢で旅に出る?仕度をしているらしかった。
 その慌ただしく雑然とした前庭を抜けるともう一つの門があってくぐるとまた広場があって、こちらはまだ比較的すいている感じで、少し伸びすぎた芝生のような、昼寝したら気持ちが良さそうな、ふかふかした草がびっしりと生えた植えこみが両脇に長く伸びている幅の広い道を抜けた正面に、宮殿?らしいものがあった。
 リツコが知っている範囲でいうと一番似ているのは奈良とか日光とか鎌倉とかいわゆる古都にある八幡宮とかの寺社。鮮やかな紅朱と金や緑の曲線的な木彫り細工で華麗に丁寧に飾られた木造建築で、広大な敷地内に渡り廊下や欄干でつなげて点在していて、屋根がとても高いけれども全体的に平屋建て。せいぜい部分的に二階屋もあったり火の見櫓みたいな塔がところどころにあるくらいで、全体的に平べったい。広場から続いている屋外の道の床は関帝廟みたいな石張りか玉砂利の部分も多くて、建物の中も地面と同じ高さの床は石。階段を上がると木の床。
 鋭は案内も請わずにすたすたと敷地の奥の奥に進んで、そのまま最寄りの脇玄関をくぐって内廊下にまで入っていくので、リツコも遅れないようにがんばって後を追う。
 驚いたことに、通りすがりの偉そうな役人らしい服の人たちが、鋭を見つけると皆すぐに頭を下げる。
「マウレィディア!」
「マウレィディア、リレク、エイセス!」
「マウレィディア!」
「アノネ、カイエ。」
 鋭は軽くうなずくだけで短く返して、どんどん歩いて行く。
 やがて着いた場所の開け放たれた大きな扉の前の廊下の、壁沿いに並んだたくさんの椅子の列に座って何かの順番待ちをしているらしい人たちの前は挨拶だけしながらすたすたと通り抜け、扉のすぐ脇にある先頭の椅子で待っていた人にだけ、
「…アウレクセス、マルニエン、エネ?」
 と、頭を下げて片手でちょっと拝むようなしぐさで遠慮がちに声をかけると、
「マウレニエン、エネ、エネ!」
(どうぞお先に!)と言っているのだろう仕草で、相手の人は喜んで順番を譲った。
 その大広間のなかで拝謁の最中だった人が、その声にふりむいて、慌てて自分の場所を譲ろうとする。
「…アウネ、ソノ!」
 若い女性の高飛車な声が鋭く響いて、その人はちょっと困った顔をして、また前に向かいなおした。
(…構わない、続けて!…って、言った?)と、リツコは推測する。
 どうやらそこが謁見の間で、真ん中の大きな椅子に偉そうに座っているのが、これから挨拶する「皇女サマ」とやら、らしかった。
 色が白くて唇が真紅で、ものすごい美女だけど、かなり性格がキツそう。碧緑色の華麗な巻き毛を肩のまわりにふわっと広げて、瞳も同じ碧緑色だ。朱色と金色の豪奢だけどすっきりと洗練された意匠の繊細な装束。
 まだ若いめだけど、おとなの女の人だ。さっきの男の人…翼雄輝…と同じくらいか、ちょっとだけ下くらいの年齢に見える。つまり、まだ青年の鋭より五歳か十歳くらい上? と推測してから、(まぁ地球人の感覚で、だけど…)と、七十歳は過ぎているはずの大叔母様と鋭が、六十年前の地球の小学校で同級生だった、という話を思い出して、うーんとうなった。
 その、きつそうな性格の美女が、ちょっとかなり苛苛した感じで眉をしかめながら、目の前に座っている人の報告をそれまで最後までちゃんと聴いていたらしい感じで、いくつか短く指示を出して、またその返事を得てから、仕種と声とで偉そうに退出を命じる。
「…遅いわよ、あなた!」
 次にいきなり日本語でビシッと怒鳴りつけられて、リツコは思わず首をすくめた。
「… は、はいッ! …ごめんなさいッ!」
「昨夜は歓迎の宴を用意したのにすっぽかすし! 今日は私もう出なくちゃいけないのにいつまでも待たせるし! …それになに? チビな上にタダビト組なの? …なんで清瀬律子が自分で来なかったのかしら!」
 …これはもう…挨拶とか自己紹介とか、マトモにさせてもらえる状況ではない…?
 リツコは震えあがり、あやうく涙目になりかけながら必死で言い訳をした。
「あのぅ…ゆうべと今朝はすいませんでした…あたし時差ボケで、寝ちゃって… それに大叔母様たちは今すごく忙しいんです。最近かなり大掛かりなテキハツがあったせいで、大勢タイホされちゃったんで…」
「…あら、そう…。」
 美人皇女は、素早く眉をしかめた。
「鋭、その報告は後で聞くわ。今日はとにかく忙しいのよ。その御チビさんで大体揃ったし。明日もう出発するわよ! 正午発! あなたも準備急いで!」
「らじゃ。」
 鋭はちょっとふざけた感じで地球式の挙手の礼をすると、あわあわしているリツコの肩を反対回りに押して、とっとと逃げ出そうとした…。


第4章 リツコ、仲良しができる。

第4章 リツコ、仲良しができる。

 

 4-1. リツコ、案内される。

 

 さっき順番を譲ってくれた先頭の人にだけ軽く挨拶して、とっとと退出しようとした時。鋭は、急に気がついた風に「おっと!」と言いながら立ち止り、慌ててふり向いた。
「…マーシャ。今の。…決定事項でいいんだよね?」
「え? あぁ。…日本語で言っちゃったわね。」
「伝令まわすよ?」
「えぇ。お願い。」
 鋭は広間の内外とその前の大廊下に並んでいる人たち皆に聴こえるよう、すぅっと息を整えて大声で呼ばわった。
 ぴんと張った声だ。
「…アウレイメイ! ミウンテア! …ソンナイ!」
 列をなしていた人たちの間にざわ!と波がはしる。
 鋭は繰り返して言った。
「アウレイメイ! ミウンテア! ソンナイ! …ディウンディアーイ!」
「アワッ! ディエンディアーイ!」
 短く返事をして走り出していく、何かの制服を着て剣や槍を帯びている人たち。
 並んでいた椅子の列からもほとんどが慌てて立ち上がって、がやがやと話しながら一斉に宮殿の外へ去って行く。
「…いま、何て言ったの?」おそるおそる鋭に聞いてみると、
「マーシャが言ってたことだよ。出発は明日に決定! 正午! …伝令ッ!」
 それから今度はさすがにリツコの歩調を気遣う余裕は取り戻しつつも、鋭も足早に歩き始めた。「行こうか。…怖かったでしょう?」
 苦笑している。
「ううん。あたしこそごめんなさい。きのう寝ちゃったりしなければよかった。」
「いや~、彼女は最近ずっとあの調子だから。きみが悪いわけじゃないんだよ。」
「そうなの?」
「きみとは全然関係ない理由で、ずっとものすご~く機嫌が悪いんだ。八つ当たりされてるだけなのに、かばってあげられなくて、ごめんね?」
 ほんとにお手上げで~。と言う風なジェスチャーをまじえて謝る。
「ううん。それならいいけど…」
 宮殿の外に出ると先ほどの広場の荷駄や人のざわめきが、さらに騒然と加速していた。
「ミウンテア! ソンナイ! ディウンディ!」
「ミウンテア!」
「ミウンテア~!」
 大声で伝達しながら駆けて行く多人数の声がどんどん遠ざかり、周囲に復唱され、また広がっていく。
「…ねぇ、もしかして、鋭ってかなり偉い人なの?」
 いっせいに動きだした人々や動物たちの騒ぎをきょろきょろ眺めながら気になっていたことを聞いてみる。
「…なんでそう思った?」
「だって若いのにみんなが膝を曲げてあいさつしてたし。順番もすぐに譲ってもらえたし。とってもエラそ~な、あのお姫さまのことも名前で呼んで、ため口きいてたし。」
「うーん、そっか。いい観察力だね。」
 鋭はまた苦笑した。
「まぁ偉いっていうか… 皇女サマの地球時代からの友人? …というか。今は側近とか幕僚って扱いかな? …最近じゃ、なんかヨーリア学派の… あ、さっきのあの家にいた連中だけど、代表者? ぽくなってるし…」
「…やっぱり、かなり偉いの?」
「…うーんまぁ、さっき会った雄輝ほどの有名人ではないよ。まぁぼくは、たんなる雑用係だねぇ…」
「そうなんだ?」
「そう。それで、明日出発ってことはぼくも準備で忙しくなっちゃったんで、その前に、旅のあいだキミのめんどうを見てくれる人のとこに連れてくからね。」
「そうなの?」
 リツコは旅と聞いてもずっと鋭と一緒だろうと思っていたので、びっくりして目を丸くした。
「うんそう。だって昨日はもうしょうがなかったからぼくの部屋に泊めたけど、旅のあいだずっと男のぼくと女のコのきみが同室ってわけにいかないでしょ? ほんとは昨日からそっちに泊めてもらうはずだったんだけど… あ、いたいた!」
 広場のすみのほうに妙にたくさんの生き物で混みあっている一画があって、鋭がかまわずその雑多な群れの中に突っ込んでいくと、小鳥たちや猛禽たちや小さい動物や大型の四足獣や、それに人間の子どもや大人が一斉に、わっと散って通り道をあけてくれた。

 


 4-2. リツコ、マシカにあう。

 

「…マシカ!」
「リレク!」
 呼ばれて振り向いて鋭の名前?を嬉しそうに呼びかえしたのは、鋭と同じくらいの年齢に見える…大人になったばかりな感じの、まだかなり若い、綺麗な女の人だった。
 秋の紅葉と黄葉をまぜまぜにしたような華やかな色彩のくるくるした巻き毛を首の後ろでぎゅっと結んで、緑と茶色の動きやすそうな服に、歩きやすそうな柔らかい皮の長沓。
 瞳の色は皇女サマとよく似た碧だ。色が白くて額の広い、すっきりした美人なところも似ているけど、でもずっと優しくて親切そうな、すてきな笑顔だ。
 手には草の束?のような道具を持って、大きな黒馬の世話をしていたらしかった。
「動物たちの調子はどう?」
 鋭はそのまま日本語で話しかけ続けた。
「モンダイないわ。あしたシュッパツですって?」
 驚いたことにその人は、ちょっと発音が怪しかったけど、なめらかな日本語で答えた。
「そう。で、この子が例の子。頼める?」
「わかったわ。よろしくね、リツコ? あたしは、マシカよ。」
「こんにちわ! …びっくりした。日本語が話せるんですね!」
「リレクやマーシャたちからナラッタのよ。」
「そうなんだー!」
 リツコはほっとして笑った。さっきの怖い皇女サマと違ってだんぜん優しそうだし、こっちの人なのに、言葉が通じるなんて!
「マシカこれから時間ある? リツコを市場に連れて行って、着替えとか旅に必要なものを一式買ってあげてほしいんだ。これ予算。足りるかな? 諸侯会議にも出るからさ、ちょっと豪華っぽい、正式な服も必要なんだけど。」
「えぇ。足りると思うわ。知り合いの店が安くしてくれるのよ」
 マシカは渡された袋の中身をかるく確認して、白い歯でにこっと笑った。
「あと例のあの…、言葉の術も、頼める?」
「…あら? 先にマーシャに会いに行ったんじゃなかった?」
「ものっっすごい機嫌が悪くてさー。頼むどころじゃなかった。」
「あらあら…」
 マシカも、よ~くワカッタ、という感じの、身内に特有の仕種で肩をすくめた。
「わかったわ。あたしの神力じゃ弱いけど。全然ないよりマシでしょ。」
「じゃ、ごめん、リツコ。また明日ね。もしぼくに用がある時はマシカにそう言ってくれれば、すぐに連絡がつくから。」
「うんわかった! ありがとう!」
 リツコが慌てて手を振るうちにも、鋭はどんどん歩いて行ってしまった。
 それを後ろから追いかけてきていた人たちがわっと取り囲んで、次々に話しかけたり、書類らしいものを渡したり、左印をもらったりしている。
 …やっぱり、本当に偉い人で、ほんとうに忙しかったらしい…。
 リツコは、うっかり寝こけてしまったせいで二日間もあたしみたいな子どもの世話なんかさせて、悪いことしたなー?と、ちょっと反省した。
「ちょっと待っててくれる?」
 鋭を見送っていたリツコにそう言って、大きな立派な黒い馬の世話を最後まで仕上げたらしいマシカは、まわりの人間たちや動物たちに挨拶らしい言葉をかけてから、リツコをつれて広場のすみの水場に行って手と顔を洗い小布で簡単に拭いて、髪をほどいた。
 ふわりと広がった朽葉色の巻き毛は、とても華やかでよく目立つ。
「きれ~い!」
 リツコが思わず誉めると、マシカはにこっと笑った。
「そう? ありがとう。リツコの髪もすてきよ?」
「えぇ? あたしのなんか焦げ茶色でクセ毛でへろへろで~。全然ダメ」
「そうなの? ダレムアスでは《大地の色》って言って、一番いい色だけど?」
「そうなの?」
「えぇそうよ。ほら可愛い。あたしたち姉妹みたいね?」
 マシカはそう言ってリツコの固く縛っていた癖毛もほどいて、ふわっとおそろいな感じに広げてしまった。
 リツコは初対面の人にいきなり『姉妹みたい』とか親しくしてもらえたのが嬉しくて、
「えへ~」と照れた。
 マシカはそんなリツコを見てにこっと笑って、それからちょっと後ろに下がった。
 何をするのかな? とリツコがキョトンとして見ていると、リツコのことを上から下までじっくり観察している感じで、それから深呼吸してもう一度にこりと笑い、また近づいてきたと思ったらリツコの両頬に両手を添えて、そぅっと額と額を合わせて、息を整えて、…歌うように、小さく叫んだ。
「ま~りえった! れっと、せっと、えッ!」…(ことばよ、通じよ!)
「え?」
「まうれいにあ、あむにや、あむねえむね?」…(わたしの言うこと解る?)
「えっ? …解る! ?? …あれ……???!」
 リツコは目を丸くした。
 何がどうなったの…??
「マーシャは《神力》って訳してるけど、鋭は魔法って呼ぶわね。あたしは血の力は弱いから、マーシャがやるみたいに自分の言ってることを相手に解らせる術まではむりなの。効き目も弱いし、時間も短いと思うんだけど…とりあえず、それでやってみましょう?」
 リツコはむしろ日本語で説明された内容のほうがまったく理解できなかったが、とりあえず「うん。」とうなずいた。

 


 4-3. リツコ、市場へ行く。

 

 ついて来ようとした小鳥たちや小動物たちには『ちょっとあっちへ行ってて!』と言いつけて追い払ったマシカは、とても楽しそうな顔でリツコと手をつないで、ずんずん市場の奥に分け入っていく。
 リツコはとにかくもうきょろきょろしてしまって大変だ。質問したいことを全部聞いていたら一歩も前に進めなくなるくらい、見るものすべて珍しい。
 使いこまれて黒光りしている太い木彫りの柱の大きな天幕の店や、竹の柱に布の屋根を張っただけの簡単な屋台。二階建ての立派な木造の飲食店もあるし、屋根と柱だけあって壁がない建物の、安くて大盛らしい賑やかな食堂もある。
 色とりどりの布地屋、服屋、仕立て屋、小物屋、高そうな装飾品の店、細かい革細工の店。皿の店、壺の店、石や木材の店、野菜の店、果物の店、ちょっとだけぎょっとする眺めの、生肉の量り切り売り?の店…
 占い屋さんかしらと思う地べたに座った賢そうなお婆さんや、兎の人や羊の人たち相手におしゃれな毛刈りや毛染めを施している店。
 ひたすらまわりじゅうを見回しながら歩いていたリツコは、少し遅れて、自分のほうも周囲の人たちから、びっくりした顔で眺められていることに気づいた。
「…ティケット?」…(地球人?)
「テーイケットィ? アナン?」…(地球人か?)
「あ~やけった、ていか!」…(おっとびっくり! 地球人じゃないか!)
 市場を行き交う通りすがりの人々が、リツコのTシャツと短パン姿を見て目を丸くして声をあげる。
(………え? なんであたし、言ってる意味が解るの? ティケット…ってチケット?  切符? …じゃないよね…?? こっちの言葉だと《地球人》って意味になの…??)
 まったく解らないはずの言葉が、ちょっとだけ遅れてだけど、だいたいの意味が判る。
 まるで頭の中で映画の字幕でも読んでるみたいな感じだ。
(?? …これが、さっきマシカがかけてくれた《言葉のマホウ》とかいうやつ…??)
 目を丸くしたまま混乱しているリツコをしりめに、はぐれないように手だけはぎゅっとつないで、すたすたと前を歩いていたマシカが、ひょいと曲がって一軒の店に入った。
 ので、続けて敷居をまたごうとしたリツコを睨んで、鋭い声をあげた男がいた。
「エベルディン、スレイガ!」…(出て行け、敵め!)
「えっ? 敵? なに??」
「…あんま、のうでぃあ、あーろんでーぃ。」…(なにか御用で? お客さん?)
 隣にいた店員らしい人も、怪しい奴め、という嫌そうな顔で、リツコを見ている。
 知らない人から突然『敵め!』と言われた事に心底びびって固まっていた。
「まるまっかあれ。」…(あたしの連れよ。)
 どうやら鋭と同じくらい周りの人たちに顔が知られているらしいマシカがぴしりと言うと、周囲のざわめきが一瞬で収まった。
「ジョルディイリヤン、ダレッカ。リレキセース、オルディイイン。」…(諸侯会議に出るお客様。リレク様からお預かりしたの。)
 出て行けと言った男は不機嫌そうに口をつぐみ、自分のほうがさっさと出て行った。
「あんに~や、マシカ!」…(いらっしゃい、《星の娘》!)
 奥から店主らしい人が急いで出てきてにこにこと挨拶してくれて、あとはもう買い物が大変だった。
 マシカがかけてくれた言葉の魔法?とやらのおかげで、相手が言っていることは何語であれ、なんとなくリツコには意味が解るけど、リツコが喋ってる日本語は、相手には全く通じてないらしい。
 半分はマシカに通訳してもらいながら、マシカにもうまく翻訳できない時はとにかく身振り手振りで、好きな形だとか嫌いな色だとか、肌触りがどうとか色々説明しまくって、それから厳選したものだけ試着してみて、さらにあーだこーだと、似合うとか似合わないとかみんなで品定めをして。
 あれやこれやと出してきてくれる衣類や旅行用品がどんどん山になっていくのを見て、
「ちょっと待ってマシカ! こんなにたくさん買っても背負いきれないよ?」
 リツコが悲鳴をあげると、
「馬車で運ぶから大丈夫よ」とマシカは余裕で笑った。
 一通りの品物がようやく決まってマシカが鋭から預かってきた財布の中身で支払いも済ませて、配達まで頼んで店を出た時には、リツコはもうかなり疲れてしまって、おなかもぺこぺこだった…。
 マシカが気を利かせて、道すがらの屋台で甘いものを食べさせてくれる。
 色とりどりの豆を甘く煮たものの中に何かぷにっとした食感のものが入った、あんみつとぜんざいが混ざったような味の、見た目も可愛らしい女のコ御用達なスイーツだ。
「…おいしーーーい!」
 叫んだリツコに、マシカは笑った。

 


 4-4. リツコ、宿に戻る。

 

「元気でた? じゃ、ちょっと遠いけど私のテントまで歩きましょう。」
「あ、ちょっと待って! あたし今朝、洗濯物を干してきちゃったの!」
「センタクモノ?」
 なぜかこれがマシカに通じなかった。リツコは身ぶり手ぶりで説明してみた。
「服を洗って~、干して~、こう…。昨日泊めてもらった部屋の中に、干して、置いてきちゃったの!」
「…あぁ。洗った。干した。で、…乾いた?」
「そう。洗濯物。」
「センタクモノ。」
 マシカはうんとうなずいた。
「リツコ、わたしのニホンゴまだまだみたいだわ。旅のあいだ、たくさん教えてね?」
「うん! こっちの言葉も教えてね?」
 じゃあセンタクモノを取りに一度戻ろうという話まで進んで、リツコは困った。
「どうしよう! あたし帰りも鋭と一緒だと思ってたから、道を覚えてない!」
「ヨーリア学派の宿坊でしょ? わかるから大丈夫よ。」
「ほんと? よかった~!」
 しばらく歩いて、なるほど見覚えのある植え込みの門のちかくまで案内してくれると、マシカはその手前の薬草の店で買い物をしてくるから、その間にセンタクモノをとってきて、と言う。
 うん解った! と、ひとりで門を入って、見覚えのある玄関まで行って、そこには誰もいなかったので、無断で勝手に上がるのもまずいかと思って、声をかけてみた。
「すいませ~ん! …誰かいませんかー?」
「…もうどれいやなっ? えんにやえん。」…(*********)
(??? …あれ…! ???) リツコは困った。
 さっきまでは、相手の話す声と一緒になんとなく判っていた「ことばの意味」が…
 また、解らなくなってる…!
 魔法?をかけてくれた時にマシカが言ってた「時間も短いと思うんだけど」という言葉の意味のほうが判ったー!…と思って焦りながらも、幸いにして最初に出てきたのが今朝リツコを案内してくれたあの女の人だったので、もう一度「センタクモノ!」という身振り手振りをして、「取りに行きたいので部屋に入ってもいいですかー?」と許可を得るのは、そんなに難しくもなかった。
 鋭の私室だったらしい今朝の部屋にもういちど案内してもらい、洗濯物がきれいに乾いていたのをこれ幸いと、急いで畳んでリュックに詰め直す。
「どうもすいません! ありがとうございました!」
 ぺこりと頭を下げてお礼を言って退出すると、
「まぅれいでぁ~。」
 女の人はにこにこして、手を振って見送ってくれた。
 それからまた教えられてた薬草店に戻って、誰かと談笑していたマシカと合流して歩きだしながら、もう言葉がわからなくなってしまったことを伝える。
「…う~ん、半日モタナイのね…」
 マシカはちょっと悔しそうな顔をした。
 すぐにまた術をかけなおしてくれるかなと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
「もしかして、実はすっごく難しいとか、マシカがものすごく疲れるとか…する?」
「そんなことはないけど。だってもともとはあの三人と一緒に旅してた頃に、あたしだけ言葉が通じなくて不便だったから覚えようと思って、意味が解るようにって、自分で自分に毎日かけてた術なのよ。…でもあれ、かかっている間、アタマが疲れるでしょう?」
「…そう言われてみれば、そうかも…。」
 頭というより、ものすごくおなかがすいたけど。と思いながらリツコはうなずいた。
「今日はもう眠るだけだから、また明日にしましょう?」
 それから日本語で色んな話をしながら《仮皇都》の街の外に向かって歩いて、沈み始めた夕陽と夕焼けと一番星を眺めながら三十分くらいで、マシカと仲間たちが寝泊まりしているという旅天幕の臨時の村?に着いた。

 


 4-5. リツコ、天幕に泊まる。

 

 マシカの仕事は《薬師》と言って、医者と獣医と薬剤師と看護師と産婆さんと保健婦さんと学校の先生と地域の戸籍係と生活委員とカウンセラー?…まで兼任しているような、けっこう大変な職業らしい。
 着いたのが日暮れの後だったし、リツコは言葉が通じなくなっていたし、みんな明日の出発に向けて忙しそうに飛び回っていたので、ちょうど通りすがった人たちにだけ簡単に挨拶して、大天幕のすみで温かい夕飯を食べさせてもらって、さっきの店から早馬で配達されていた小山のような荷物を受け取って二人で手分けして抱えて、リツコたちはすぐにマシカの天幕にひっこんだ。
 何枚かの革と布をじょうずに張り合わせて笹と木の枠で支えた一人用の天幕は、二人で入るとちょっと手狭になったけど、居心地よく乾いて清潔で暖かくて、きちんと整理整頓の行き届いた、いかにもマシカの部屋! という感じがする、すてきな隠れ家だった。
「マシカは用意はしなくていいの?」
「たぶん明日出発になるだろうというのは昨日のうちに解っていたので、もう準備は済んでるの」
「そうなんだ」
「でも明日は早起きしなくちゃだから、今日はもう寝ましょう?」
 寝間着に着替えて、くせ毛の髪の梳かしっことかして、くすくす笑いながら内緒話なんかして。それからマシカとリツコは本当の姉妹よりも仲良しになって、一つの寝床で寄り添って一緒に眠った。
 ただし問題は、リツコのために追い出されてしまったマシカの沢山の同居動物…マシカが言うには「押しかけイソウロウ」…さんたちだった。
 ぶぅぶぅきゃぁきゃぁぴぃぴぃと、それぞれの鳴き声で文句を言いながら脇の長椅子に移動させられた、栗鼠や仔猫や小型犬や小鳥やフクロウや翼の生えた小さい蛇や…その他いろいろ…が、朝になってリツコが目を覚ましてみると、二人の少女のあいだとまわりじゅうにぎっしり詰まって乗っかって、一緒に眠っていたのだった…。


第5章 リツコ、旅に出る。

第5章 リツコ、旅に出る。

 

 5-1. リツコ、早起きする。

 

 翌朝、天幕のすぐ上で鳴く鳥たちの声がすごくて、リツコはびっくりして目が覚めた。
 すでに開けてあった天幕の戸布の向うに見える星空はまだ夜明け前で、外に出てみると東?の山並みの上の薄い金色の線から、反対側のまだ暗い空の色と最後の星の瞬きまで、雲ひとつない見事なグラデーションだ。
 …う~ん、地球と同じに見えるんだけど…と、伸びとあくびと深呼吸を同時にしながらリツコは思った。
 一番の違いは空気だ。
 すごく何というか…すがすがしくて…さらりとして…深いけど透明な感じで…とにかく美味しい。
 昨日そう言ったら鋭が、「この世界には公害も原発もないんだよ!」と笑ってた。
「…あら、起きた?」
 広い空の下で美しい髪に櫛をかけてふんわりとまとめていたマシカがふりむいてにこりと笑った。「今日もお寝坊さんなのかと思ってたわ」
「うーん。だって昨日は早く寝たし。マシカがいてくれたから嫌な夢も視なかったし。」
「うん。よく寝てたわね。ミーボナンにほっぺた踏まれてるのに全然起きなかったもの」
 寝ている間にベッドの上は動物だらけで、まだ寝こけているやつもたくさんいて、先に目を覚ました連中は今もマシカの髪にまとわりついたりして、仕度の邪魔をしている。
 リツコは苦笑して、自分も起きる仕度を始めた。
 まわりの天幕の人たちも皆すでに起きだしているようで、あちこちで出発の準備を始める賑やかな物音や声がしている。
 寝間着のまま教えられた川辺に降りて手と顔を洗い、その水場よりちょっと離れた下流に用意された木造のトイレ!(川の流れの上に付き出していて、床に穴が開けてあって、全自動?水洗式? だ…)で用をたす。
 言葉が判らないまま、すれ違う薬師の人達にはとりあえず「おはようございます!」と挨拶しておく。
 戻ってきて、はたと悩んだ。
「ねえ? マシカ。今日って何を着たらいい?」
「あ、そうねぇ…、どれにしましょうか…?」
 昨日買ってきた装束類の小山と、自分が持ってきた少しの着替えを並べて、天気と気温を考えて、マシカの意見も聞いて、結局「地球式」の略礼装?が良いだろうということになった。
 白いTシャツに動きやすい七分丈の水色のガウチョパンツを合わせて、その上から、おしゃれな私立校の制服みたいな襟の形のギンガムチェックの夏ワンピを羽織って。前ボタンは適当にはずして開けて、ちょっと「こなれた感じ」におとなっぽく、着崩してみる。
 靴はやっぱり履きなれたスニーカーのままにした。だって相当、歩く?らしいから…
「…きゃー、リツコ可愛い~ ♪ 」
 そう褒めてくれながら、マシカのほうは以前から決めてあったらしい衣装にさっさと袖を通している。
 やっぱり昨日の仕事着?と同じような、日本で言うと作務衣?みたいな動きやすそうなデザインだけど、超新品で、手織りらしい深い緑色のつやつやした布地の模様がすごく手が込んでいて、民族調っぽい刺繍とか金色の星型飾りとか色々付いていて、軽くて薄い布の同色のスカーフみたいなマントもふわりと羽織ったら、とても上品で華やかだ。
「きゃー! マシカすてき! とっても綺麗!」
 リツコが手放しで誉めると、うふふんと得意そうに笑った。
「そうでしょう? この布を織るのは苦労したのよ! …リツコ、髪型はお揃いにしましょうよ!」
 可愛い髪飾りも貸してくれたりして普段の自分よりもずっといい感じに仕上がったのでリツコがすっかり満足して小さな手鏡に映して見ていたら、「こんなに薄くて小さな鏡! こっちには無いわ!」とマシカがすごくびっくりしていた。
 もうそれだけで盛り上がりながらの賑やかな身支度がやっと終わると、マシカは昨日の昼にやってくれたように、ちょっと気分を改めるしぐさをして息を整えてから、リツコの頬に手を添えてぴったりと額を当てて、唱えた。
「…ま~りえった! れっと、せっと、…えっか、…ろう! …ぐん!」
(あれ?昨日と少し違う…)とリツコが思う間もなく、
…( ことばよ、通じよ! …せめて日暮れまで! …もつように! )
…という意味が、頭のなかに字幕が映るような感じで、急に流れ込んできたのだった…。

 


 5-2. リツコ、紹介される。

 

 ちょうどその頃に朝日が眩しく射しこんできた。からりと晴れた秋の初めの上天気だ。
『朝ごはん出来てるよー、早く食べちまっとくれ!』と、食堂の人から声がかかったので大急ぎで出かけて行った。
『おはよう!』とか『よく眠れた?』とかそれぞれの言葉で色々と声をかけてくれる大人の薬師の人たちに、リツコは日本語と手振り身振りで元気に挨拶を返しながら昨夜と同じ大天幕に行って、色々な野菜とか豆とかキノコ?やハンペン?のようなものがどっさり入った温かいスープと、穀物の粉をこねて焼いたクレープのような薄焼きに塩味のあんこや栗きんとん?のようなジャムをはさんだ主食を、おなか一杯食べさせてもらった。
 食器は各自で持参制で、ダレムアスに着いた時に鋭からもらった一式を忘れずに持っていった。地べたに敷いた絨毯の上に片アグラで座って、ちゃんと膝敷を使った。
 それからリツコが二人分の食器を洗って戻って拭いて片づけてしているうちに、マシカは手早く整然と自分の天幕の中のものを幾つかの大きな木箱と布袋に詰めて行き、リツコもがんばって出来ることは手伝ってみて、最後に一緒に天幕を畳むと、うんうんと担いで何往復かして、少し離れたところに停めてあった木製の荷馬車に運び入れた。
 それからマシカが小型の馬のようなロバのような、ずんぐりして大人しい四足の動物を連れてきて荷馬車に繋ぐと、出発の準備は完了だった。
『ごめんなさい。先に行くわねー!』
 マシカがそう声をかけると、まだ準備中らしい薬師の皆は口々に返事をして、手を振って見送ってくれた。
 荷物満載の台車を牽いた小型馬の手綱を引いて、人間二人はその横をとことこ歩く。
「これは《白の街道》というのよ。日本の言い方だと《国道》なんですって。」
 マシカが教えてくれる。
 夕べはもう薄暗くなった中を星を見上げながら来たので気がつかなかったが、歩きやすいように白い大きな石畳で丈夫に舗装された、幅は四メートルほどのしっかりした道だ。
 気持ちの良い朝の景色を眺める余裕もなく慌ただしく人馬が行き交う街道沿いの、目につくものをあれこれ教えてもらいながら、昨日歩いてきた道を戻ってまたあの《仮皇宮》前の大門に着いた。
「あ、いたいた、鋭!雄輝!」
「マシカ、おはよう!」
「お! 似合うぜそれ。綺麗だな!」
「ミア・モルラ・マシカ! マウレィディア! アノネエル、ソナ・カイネティケア?」
…(《星の娘》殿、おはようございます。そちらのかたが地球からの御客人ですか?)
「エウネア、ソレラアウグ。モレラディン・エラ。」
…(えぇそうですモレラ様。先日は失礼しました。)
「リツコーニャ。モレラエヘネ。アノデソウスラエネ。オレラノ、ソディラ。」
…(リツコ殿、モレラと申します。こたびは無理を聞いて頂き感謝にたえません。)
 門を入ってすぐの昨日と同じところに鋭と雄輝と、他にもたくさんの重臣ぽい人たちが集まっていた。
 みんなきちんとしたおしゃれというか、礼服とか正装らしい仕度で、ばりっと格好良く整えている。
「ミアマリツコ、マウレソイディア。オルレア・オルレ・ドラウグ。」
…(リツコ殿、お初にお目にかかる。それがしドラウグと申す者。)
「あじょれ・りつこうにゃ。あにのれの、そな。」
…(はじめまして、リツコ姫。わたくしはソナですわ。)
「あいどれーが! だれむあすーな!」…(《大地世界》へ、ようこそ!)
「アイドレーガ! アルラ!」…(ようこそ! 歓迎しますぞ!)
 初めて会う偉そうな大人の人たちもみんなマシカにだけでなくリツコにまで腰を下げてきちんとした挨拶をしてくれるので、リツコも一生懸命「おはようございます! 一昨日はごめんなさい! 地球から来た高原リツコです! よろしくお願いします!」と日本語で頭を下げた。
「リツコ、おはよう。それ可愛いね」
「おー、地球式の服にしたんだ?」
 鋭と雄輝がお世辞でなく本気で誉めてくれたので、リツコは照れて、えへへと笑った。
 マシカがちょっとだけ心配そうに二人に聞く。
「どうかしら? 一応こっちの服もちゃんと用意してるんだけど。『地球からの御客人が諸侯会議に参加する』ってことは、宣伝したほうが良いのよね?」
「うんそうなんだー。この服なら一目で地球人て判るね。さすが! ぼくじゃ思いつかなかったよ。やっぱり女の人に任せてよかった。」
「…あら… 褒めても何も出ないわよ?」
 マシカがすこし照れて頬を赤くしたので、リツコはちょっとあれっと思って眺めた。
 それから少し打ち合わせがあって、せっかくだからと、リツコはなるべく目立つように、後方の荷馬車隊ではなく先頭に近い鋭の馬の鞍の前に乗せてもらうことになった。
「じゃ、私はマブイラに騎せてもらうことにするわ」
 そう言ってマシカがどこかから連れてきたのは…なんと! 見事に枝分かれした角を堂々と掲げた、ものすごく立派な… 銀灰色の雄鹿だった。
「……マシカが……鹿に乗る……。」ついつい小声で言ってしまうと、
「ね、やっぱりそこちょっと笑っちゃうよね?」と、鋭がこっり相槌を打ってくれた。
 牽いて来た荷馬車は雄輝たちの部下の人が列の後方の商人隊に預けに行ってくれた。

 

 

 5-3. リツコ、式典に参加する。

 

 それからどんどん広場に人が増えてきて、中央に列をなした着飾った旅装束の人たちと周囲に並んだ見送りらしい服装の人たちとで、ぎっしりと隙間もないくらいになった。
(昨日の山のような荷馬車や荷駄隊は後方と脇に順序良くきちんと寄せられていた。)
『…刻限!』
『まもなく!』
『刻限!』
 もうこれ以上は広場に人が入れない…という頃、ドンドンドドーン!と威勢よく大鐘と太鼓が打ち鳴らされた。
 居並んだ人たちが、ざっと威儀を正す。
『みな、御苦労!』
 例のおっかない皇女サマが碧緑の髪を豊かになびかせ、みごとに華麗な金と朱色の正装で着飾って、昨日マシカが世話をしていたあの特別に大きくて立派な黒馬にまたがり、堂々と広場の中央を分けて進み出てきた。
『少し長い旅になりますが、皆すべて無事であちらへ着くように! 留守の者たちは不安もあろうが、必ず和平を為して来るゆえ、安んじて待つように!』
 それに対して、留守役の代表らしい身分の高そうな衣装の年輩の女性…さっきモレラ様と呼ばれていた人だ…が、門の脇から進み出て来て、深々とお辞儀した。
『道中、御無事で!』
 みな、唱和する。
『道中、御無事で!』
『…出発!』
 雄輝が、みごとな金鹿毛の馬にひらりと飛び乗り、皇女のすぐ後ろ右脇にぴたりと並べて号令を発した。
『出発!』
『…出発!』
 伝令が次々と声を並べて叫び伝えていく。
「…行くよ? 笑って!」
 鋭は白銀色の優雅な馬に身軽に騎乗すると、鞍の前にリツコをらくらく引き上げて乗せてくれ、皇女殿下のすぐ後ろ、雄輝と並ぶその左側の位置に、するりと当たり前のように並んだ。
(…………………! えーーーーーーーーッ!!!!?)
 つまり、リツコの位置するところは、一国の代表として和平会議とやらの旅に出る皇女サマの、すぐ左うしろ。という重要な場所だった。
 そのまた後ろに、偉そうな重臣らしいお爺さんとか、ものすごく賢そうな顔立ちの年輩の女官たちとか、着飾った姫君たちの集団とか、武装した兵士の隊列とか商人旅団とか…何百人もいそうな大行列が、堂々と居並んで続く。
( ……… 嘘っ! 聞いてなーーーーーーーい………ッ!)
 心の中で絶叫してみても後の祭り。リツコはとにかく(場違いすぎる!)と内心で絶叫しながらも、鋭たちに恥をかかせてはいけない!と… 必死で愛想笑いを、してみた…
 伝令や先導役らしい護衛の兵たちがまず門を出て、押し寄せてきていた見送りと見物の人たちに鋭く声をかけてもう一歩下がらせる。
 続いて堂々とした歩みで皇女サマと雄輝と鋭とマシカの四人が門前に出る。
 瞬間、ものすごい、歓喜の声が爆発した。
 さらにゆるゆると前に進むと、ますます興奮が高まった。そして。
 その歓声とはまた別のどよめきが、背後からわっと起こったので、リツコは思わず振り向いた。
 …龍だ…!?
 きのう見たふかふかの芝生状の長い草壇に金銀の巨大な龍が二匹、長々と横たえられてあるのはさっきから人波の向うに見えてはいたが。てっきりお祭りの縁起もの飾りだと思っていた…ら。
 二頭が揃って音もなくふわりと宙に舞い上がり。
 テレビで見た長崎のお祭りの龍のようにくるりくるりと旋回しながら、悠々と天高く昇っていく…!
『…我は西皇家よりの使者マフイラ。』
『おなじくミフイラ。』
『…出立を、見届けたり!』
『見届けたり!』
 そう天から呼ばわって、ふわーっと一回転ひねりな感じで舞い、さらに高く昇った。
『西皇家皆々様によしなに!』
 皇女が高い声で返礼して見送る。
 青い天空に舞う金銀の華麗な龍の美しさに、居並ぶ人々は、歓呼と絶叫と噂話で、もうハチの巣をぶちまけたような有り様だった。
 

 

 5-4. リツコ、誇大広告される。

 

 後から思い出してもつくづく、前から二番目なんて身の程知らずの大それたポジションに強制参加じゃなくてただの沿道の観客でいたかった、というのがリツコの感想だった。
 豊かな碧緑の巻き毛を風になびかせて朱紅に金糸の刺繍織のあでやかな衣装をまとい、その腰には同じ意匠で飾った壮麗な大剣を佩き、美しい無紋の黒毛の戦馬にまたがった、華麗なる《戦将皇女》殿下を先頭に。
 右後ろに並ぶ金馬は真紅と漆黒の戦士装束の背中に鷹の両翼を堂々と掲げている雄輝。
 左後ろに並ぶ白銀の馬には青と水白色の礼装をきちりと整えた絶世の美青年参謀の鋭。
 二人のすぐ後ろにぴたりとつけて、堂々たる枝角をそびえ立たせた大鹿に騎る薬師装束の美女マシカ。
『…見ろよ! あのかたがたが戦を終わらせてくれた四軍神だ!』
『なんてお美しいのかしら皇女様!』
『きゃーーーーーーっ! リレク(鋭)様、すてきっ! お凛々しいッ!』
(…その鋭の鞍にちょこんと載ってるあたしみたいな小荷物なんか、この際この絵づらの中では絶対的に邪魔だ。…と、リツコは真剣に思った…。)
『ちょっと何よ、あのチビ?』
『泥球界(地球)からのお客人らしいよ。何でもさる有力な部族の長の縁者とか』
『泥球界の? 王族? 皇族?』
『お使者様なんだから、皇族なんじゃないかぃ?』
(えぇぇぇぇっ!)と、沿道の声の内容まで聴こえてしまったリツコは内心で絶叫した。
「…鋭ッ? なんかあの人たち、すっごい大誤解してないッ?」思わず小声でささやく。
 いくらちょっとだけオシャレめなワンピを着てみたからって、実は通販のしかもタイムセールのバーゲンで買った安物だ。『さる有力な部族の皇族』…ってなに~ッ?!
 たしかに大叔母様は陰の実力者で朝日ヶ森の学長だけど、それって別に王家でもなんでもナイわよ!?
 …むしろ今この国の言葉が喋れなくて良かったと、つくづく思った。
 話が出来たら絶対に、必死になって噂を否定しにまわっていただろうから…
 リツコの赤くなったり青くなったりの百面相を、ひとのわるい笑顔でにやりと無視して、行列が街から出るまでの間中、鋭はとにかく、
「笑って! ほら笑って! …ほら手を振って!」しか、言ってくれなかった…。
 その鋭自身も率先して、まわりじゅうに手をふって愛想をふりまき、観るひとすべてをその超絶美青年な笑顔でうっとりさせていた…。
 そんなこんなで街から出るだけでもしばらくかなりの時間がかかり。
 その間、金銀二頭の龍たちは上空でゆったり旋回して「出立を見届けて」いるようで、街から行列が出るころ、挨拶のように尾を振って、西の空へとすうっと飛び去った。
「…ねぇ鋭…。もう笑うのやめていい…?」
 ようやく道沿いの見送りの人が少なくなってきて、やっとそう聞けたころには、リツコの顔の皮膚と筋肉は、ばりばりに強張っていた…。

 


 5-5. リツコ、爆睡する。

 

「うんもういいよ。お疲れ様? ちょっと水でも飲むかな?」
 鋭は自分も「あ~疲れた!」とぼやきながら普段の雰囲気に戻って、馬上で揺られながらだけど竹筒の水をリツコに先に飲ませてくれて、自分も仰向けになってあっという間に一滴残らず飲み尽くしてしまった。
 それからまたゆっくり移動し続けて《白の街道》沿いを朝に歩いて来た西の方角に戻ると、途中の河原でたくさんあった移動用の天幕はすべて畳み終えて待っていた薬師のおばさんたちが、一行のために元気の出る休憩用のお茶やお菓子を整えて待っていてくれた。
 やっとリツコはひと息ついて、その後はマシカの大鹿に一緒に乗せてもらって進んだ。
 薬師集団のうち、半分くらいが荷馬車隊に混ざって皇女の行列の最後尾に入る。
 あとの半分くらいは列には入らず流れ解散するらしくて、手を振って見送ってくれた。
 夕暮れ前にその日の宿営地らしい場所に着き、地元の人たちが出迎えの野外宴会の用意をしてくれていて、先頭が(…いちばん凄い勢いで皇女がまっさきに!…)焚火のまわりで飲み食いを始めてひと段落した頃に、ようやく列の最後尾の荷馬車隊ががらごろと追いついてきて大量の食糧や天幕をせっせと降ろし、さらに追加の大きな炎をいくつも起こして、出迎えてくれた地元の人たちへの返礼を兼ねた大人数分の晩餐の仕度を始める。
 荷を降ろし終え、早目の夕餉をふるまわれた後は、そのまま手を振って別れて元の街へと戻る人たちも百人くらいいた。
「リツコ、今日もあたしと一緒の天幕だけど、いいわよね?」
 やっぱり追いかけて来た小鳥や小動物たちに囲まれながらマシカにそう言われた頃、ちょうどリツコの「聞いた話が解る魔法」は解けてしまったのだった…。
 マシカの小天幕をがんばって一緒に張って、寝床の仕度が整ったとたん、また着替えもせずに爆睡してしまったことしか、覚えていない…。
   そんな風にして、この旅は始まった。


第6章 リツコ、旅をする。

第6章 リツコ、旅をする。

 

 6-1. リツコ、看護助手をしてみる。

 

 そこからの旅の日々は最高だった!
 夜は毎晩マシカと一緒に天幕で動物たちに囲まれてぐっすり眠って、朝は鳥たちや動物たちの騒ぐ声で賑やかに起こされて、マシカに《言葉の魔法》をかけてもらってから冷たい川や泉の水で女性陣みんなときゃあきゃあ一緒に水浴びして身支度を済ませ、大天幕で出来立ての温かいご飯を交代で食べて、えいやっと自分たちの天幕を畳んで荷物を荷馬車に乗せて、準備の出来た者から順にぱらぱら出発して、歩いたり馬の乗り方を練習させてもらったり、疲れたら荷馬車に便乗して昼寝しながら運んでもらったり。
 お昼ご飯はそれぞれ勝手に適当に、停まって休憩したり荷馬車でのんびりと進みながらだったり、朝に配ってもらったお弁当と各自で用意してあるお菓子や副菜や果物なんかも食べて、午前と午後に二度ずつあるお茶休憩もだいたい同じ感じで、必要な時は街道沿いに一時間おきくらいの間隔で用意されている手水屋(トイレ)にかけこんで。
 珍しい皇女行列を一目見ようと街道沿いで宴会しながら待っていた地元の人たちにお茶に呼ばれたり、とれたての果物をもらって返礼に都のお菓子をあげたり。
 途中に街があれば市場や宿屋をのぞいてあれこれ買い込んだり、別腹と決め込んでご飯をもう一回食べたり…
 遊んだり喋ったり歌ったり競争ごっこしたり色々しながら、とにかく西へ向かって何百人かの隊列が前になり後ろになりしつつ《白の街道》をのんびり進み続けて、行列がすっかりばらけきって前後がお互いに見えなくなった状態で陽が傾きはじめる頃にばらばらと宿営地にたどりつく。
 街道沿いの警備を兼ねて常に半日分ほど先を進んでいる雄輝たち先行隊が、近在の町や村から手配されて来る係の人たちと一緒に早めの夕飯というか午後の遅いお茶?の支度をして待っていてくれるので、この時だけは先行隊と一緒に卓を囲んで、皇女や重臣や警備や経理の人たちは食べながら打ち合わせや何かを済ませて。
 いつもかなり遅れてたどり着く商人隊や姫君隊が、それより半日遅れで出発したはずの後衛隊の人たちにお尻をせかされながら慌てて追い着いてきて急いで天幕を張り、夕焼けが華やかに燃えあがる頃、ようやく今晩の集合と点呼が終わる。
 待っていた先行隊は後衛隊との情報交換だけ済ませるとまた出発してしまうので、手を振って見送って。
 それから残った面子は毎晩のように、『地元の人が用意してくれた歓迎夕飯への返礼』という名目で、豪奢な野外晩餐会の仕度を始め… 昼の仕事を終えてから皇女たちを一目見ようと駆けつけてくる地元の人たちで、参加者は見る見る膨れ上がり…
 日が暮れると同時に大きな篝火が焚かれて盛大な酒宴というか、中央に一段高い舞台が出るのでむしろ盆踊りのようなお祭り騒ぎが始まり…、飲んだり歌ったり笑ったり踊ったり、大人のひとたちは口説いたりフラレたり、よい仲になって二人で姿を消したり、その噂話をして盛り上がったりで大賑わいになる。
 リツコもいつも眠くなるまでは果汁とお菓子で興味津々でつきあって、《言葉の魔法》が切れる頃にマシカと一緒に天幕に引き上げて、あとは眠くなるまで二人でお喋りして、色々なことを教えたり習ったりしあった。
「あ、そうだ。ねぇねぇ! マシカって、鋭のことが好きなの?」
 大人たちが盛り上がっていた地元の有名な恋話についての詳しい話をマシカに教えてもらって、そのついでの勢いを借りてリツコは聞いてみた。
「…まさか! 違うわよ!? あたしが一番好きな人は別にいるもの…っ! なんでそう思ったの?」
「このあいだ、鋭に褒められた時に、ちょっと赤くなってたから…」
「やーねー。それだけ? あのね、鋭って髪が短かった頃はそんなでもなかったんだけど、最近、典型的なヨーリア学派風の髪型になっちゃったでしょ? それで… 笑ったりすると… ちょ~っとだけ… 似てるのよね~、…………雰囲気が!」
「…そうなんだ~w」
 リツコはにやりと笑って、もっと詳しく聴きたかったが、
「こどもは早く寝なさーい!」とか叫んだマシカに布団蒸しにされて、きゃあきゃあとふざけっこになって、そのまま眠ってしまった。
 そんな毎日だった。
 ただしマシカは旅団中の参加者全員の健康管理をする《薬師代表》という役職も兼ねていたので、日中も合間合間に行列のすべての人と動物の様子をチェックしに廻ったり、体調の悪い人がいれば薬草の調合をしたり付き添って看病していて、なかなか忙しかった。
 数百人規模の旅団中に二十人ぐらいいる薬師の集団は、日によっては本隊より先に行って地元の小さな村々の移動健診会みたいなことをして日暮れ後に追いついて来たりもしたし、時には沿道の住人から往診の依頼があったりして、夜中でも大鹿にまたがって急いで出かけて行ったりする。
 リツコも始めのうちはそんなマシカについて一緒に行ったり簡単な作業なら手伝ったりしてみたのだが、どうやら薬師の才能はまったく無いようだった。
 大体、血をみるのが苦手で、治療の手伝いをしようと思ってもどうしても傷口から目をそらしながらの作業になってしまうので、うまく出来るわけがない。
 針と糸で大きな怪我を丁寧に縫い合わせたりするマシカは若いのに凄いなぁとリツコは心底尊敬したが、たいがいの薬師は今のリツコくらいの年齢には一人立ちして一つの街や村を預かり、プロの薬師として働き始めるという。
 ちょっとそれはリツコには無理そうな職業だった。
 

 

 6-2. リツコ、古文書係になる。

 

 そんなわけでむしろ邪魔になるだけだと自覚してからは往診について行くのはやめたので、時々リツコは夜更けに一人でとり残された。
 そんな時は鋭が自分の天幕に呼んでくれて淋しくないように気を使ってくれたが、旅のあいだも多忙を極めている鋭の天幕に泊まると、しばしば真夜中に皇女サマ本人や重臣や近衛隊の人達などが訪ねて来て話し込んだりするので、『言葉の魔法』が切れた後で一言も理解できない面倒くさそうな話し合いの声だけをBGMに眠るはめになるのが、少々の難点だった。
 こちらの世界では「マダロ・シャサ」(雄々しく輝ける者)と呼ばれている雄輝が旅団の警備の責任者なら、「リレクセス」(鋭利な短剣)とか「リレキエイセス」(頭の鋭い切れ者)と呼ばれることが多い鋭のほうは、行列全体の食糧や資材の調達と管理と支払いとか、現地の人たちの応援要請の手配とその返礼品の用意とか、諸々の雑用全ての総責任者らしくて、行路と旅程の管理表とつきあわせて天気予報まで自分たちで観測した挙句、必要とあらば皇女サマに「天気を良くする魔法」まで頼みに行ったりするのが、担当の範囲らしい。
 さらにはヨーリア学派の長としては医術と薬学の心得もあるそうで、時にはマシカたち薬師集団と一緒に出張検診に行ったり、地元の急患や戦傷後遺症の人の治療もしていた。ほんとに忙しそうだった。
 そんな日々をしばらく観察していたリツコは遊んでいる自分が申しわけなくなってきたので、何かできることがあれば手伝うと申し出てみた。
「ほんと?じゃあ、やってみてほしいことがあるんだ。無理ならいいけど。」
 まんざら嘘でもなさそうに喜んだ鋭に連れられて、ヨーリア学派の荷物を積んだ箱馬車隊のところへ連れて行かれた。
『オルレア・ソウ! 異文書庫の鍵はどこにやったっけ?』
『私が管理してますが?』
『ちょっとこのコ使ってみてくれないかな?』
『リツコ殿を、ですか?』
 呼ばれて鍵を持ってきてくれたのは、いつも鋭のそばで帳簿付けや出納の手伝いをしている、よく似た服装とよく似た髪型の、ちょっとかなり美青年なところまで含めて神秘的な雰囲気がよく似ている、つまりたぶんマシカが言う「典型的なヨーリア学派風」の…まっすぐな黒長髪で白い肌に金色の瞳の、鋭より少し年上に見える青年だった。
 二人して箱馬車の中の古い木箱を幾つか開けてまわる。沸き起こった埃にリツコは少し咳き込んだ。どうやら、しばらくかなり、長いあいだ? …開けていなかった箱らしい。
「これ読める? いや、読めなくてもいいんだけど、どれとどれが同じ文字で違う文字か、区別は判る?」
 言いながら鋭が試しにと差し出してきたのは… たぶん英語?の…ものすごく古そうな… 本だった。
「…地球の?」
 驚いてリツコは尋ねる。
「うん。大昔の、ダレムアスと地球の行き来がもっと頻繁にあった頃の記録らしいんだけど。ボルドムとの戦乱で前の皇都の書庫と学者もみんな焼かれちゃったんで、誰にも読めなくなっちゃって… 今ね、全土のヨーリア学派で連絡しあって残った古文書をかき集めて、整理しなおしてるところなんだけど。この旅の間に少しでも分類しておこうと思ってたのに、ちょっとぼくそれどころじゃなくなっちゃってさ。」
「何をすればいいの?」
「とりあえず、文字の種類別に分けてほしいんだ。もし日本語があれば、古すぎて読めなくても、なんとなくこれは日本語かなって判るよね? 英語とか英語じゃないとか、中国語っぽいとか、それとは違うとか… 判る範囲で、いいんだけど…」
 言われてとりあえず何冊かの分厚い革表紙の本や布や竹の巻物や乾燥した木の葉や石盤などを、リツコは手にとってみた。
 地球上の色んな国の文字の、絵づらだけなら… 亡くなったおばあちゃんの友達の家の絵本やビデオで… 見たことだけなら、ある。
「…これは有名なクサビ文字よね? 歴史の教科書にも載ってるやつ。それからエジプトの絵文字。こっちはインカとかアステカとかの古い時代の絵文字。それとこれは…たぶん…手書きのタイ語じゃないかな? これはインド語? …これも似ているけど、ちょっと違う文字よね? たぶん近い地域の言葉よ。ヒマラヤの山の中とかの… これは北欧神話の絵本で観たことある占いとか魔法に使う神様の文字。それからアラビア語。ロシア語。 …それと、古い時代の中国語と… 日本語と… ラテン系の言葉と… ギリシャ文字!」
「やった! さすが『適任者』ッ!」
 鋭が快哉を叫んだのでリツコは嬉しくなった。
『読めるのですか?』
 ソウが期待し過ぎていたので、ちょっと申しわけなく思った。
『訳すのは無理。でも国別に分類できるって。』
『それは素晴らしい。』
 それから、リツコは毎日(じゃなくてもいいから)、馬車隊が宿営地に着いてから夜宴が始まるまでの夕方のまだ明るい時間、ソウから馬車の鍵を借りて古文書の埃をはたいて陰干しして、国別に分類整理して新しい箱に収納しなおすのが、担当の仕事になった。
「あ、ついでにその国について、リツコが知ってることだけでいいから簡単にメモして、なにか説明のイラストもつけてくれる?」
 リツコはもう嬉しくなってしまって思いっきり『はい解りました!』と、いつもソウが鋭に言っているのを真似して、ヨーリア学派の言葉で応えた。
 戻って夕飯の時にマシカにそう言うと、目を丸くした。
『すごいわリツコ。あたしなんか薬師文字しか読めないのよ。』
「そうなの?」
『官僚文字や知水神(ヨーリア)文字は簡単なのしか解らないし、ニホンゴときたらヒラガナとカタカナの見分けもつかないわ!』
 ちょっとリツコは得意な気分になった。
『でも心配。古い本の埃って、体に悪いのよ…?』
 そう言って、薬師仲間が疫病除けに使うというマスク代わりの布を一枚くれた。
 試しに着けてみたら地球の銀行強盗かイスラム教の女の人みたいになったので、リツコは鏡をのぞいて笑いころげた

 


 6-3. リツコ、魔法にかかる。

 

 それにつけても皇女サマはいつ見ても機嫌が悪かった。
 せっかく超のつく美女なのに、眉間にシワを寄せて誰かれなく睨みつけ、ちょっとしたことで色白な肌が真っ赤になるくらい喚いたり怒鳴りつけたり。いつもイライラしていて「ヒステリー」としか言いようがない。
 こんな性格では、いくら戦争に強くて敵に勝てても、平和になったら国民は誰もついて来ないんじゃないかしら。だから『後継者問題』とかでモメてるという噂なのかしら?とリツコは疑ってみたが、その割には鋭や雄輝やマシカも含めて、すべての部下たちからの信頼というか人望というやつは、ものすごく厚いらしい。
「今日もまた機嫌が悪い―!」
という嘆きと愚痴は毎日のようにあちこちで飛び交っていたし、道中の各地から出向いて来る歓迎係の役人たちや領主の面々に至っては、「噂に名高い『皇女サマの八つ当たり』とはコレかー!」などと、もはや一種のアトラクションとして楽しみにされていた…
 楽しい旅の毎日でも、皇女サマの天幕の侍女や従者の人たちだけは、いつ怒られるかとびくびく戦々恐々として落ち着かない、そわそわした空気が漂っていた。のだが…
 ある午後。
 よく晴れた西の天空はるかに鳥や雲とは違う小さい細長い影がくっきりと視え始めた。
『………龍だ! …フェルラダル様も居らっしゃる!』
 誰かが叫んだ。
『皇女殿下にご報告を!』
『…聴こえたわ!』
 すごい勢いで皇女サマがお茶休憩の簡易天幕からすっ飛んで出てきた。
 あれあれ? とリツコは見守った。
 空のむこうの影のうちひとつは、自分ひとりで飛んでる?らしい、でも翼はない人間の姿で、もう一つは、出発式の日に挨拶して西の空へ消えていった、あの伝令役の二頭の龍のうちの若い銀色のほうのように見える。
『…お兄様! …伯父様!』
 びっくりしたことに《大地世界》の皇女殿下サマはいつも身に着けていた重そうな腰帯を放り捨てると、いきなりふわりっと空に浮かびあがった。
 そのまま文字通り「飛ぶように」すっとんでいって、浮かんだまま『お兄様』と『伯父様』を交互に抱きしめて嬉しそうに挨拶している。
『遅くなって済まなかった。出立式までには戻りたかったのだが。』
 鋭とはりあうぐらい整った顔立ちの、鋭と同じような斜めわけのまっすぐな長髪だけど、かなりな年輩の落ちついた感じの男性が、そう言いながらふわりと降りてきた。
 年齢が上だから、こちらが皇女サマの『伯父様』だろうとリツコは推測した。
『…フェルラダル様ッ!』
 皇女と同じくらいのすごい勢いでもう一人すっ飛んできたのは… マシカだ。
『…御無事で!』
 皇女サマの伯父様に、飛びつくように抱きついて、伸び上がってキスしてほおずりして挨拶している。
 あれあれ… とリツコはすぐに解った。マシカが言ってた『鋭とちょっと雰囲気が似ている一番好きな人』って…、この人だ…!
『…マシカ…。…わたしも居るんだけどなー…』
 白銀の龍にまたがって運んでもらってきたらしいもう一人の男の人が、なぜかそうぼやきながら龍の背中からするりと降りて来る。皇女サマとよく似た碧の巻き毛と碧の瞳で、一目で兄妹だと判る。体格は雄輝と鋭の中間くらいで、優しそうな雰囲気だ。
『…あら、ごめんなさいミヤセル様? 御無事で何よりですわ?』
 …ミヤセル様? …皇女サマの『お兄様』ってことは、たしか名前はマリシアル皇子って言わなかったっけ…?
 リツコは聞きかじりの話とつなぎ合わせながら、興味津々になりゆきを見守った。
「あ~、…また話が賑やかになった…」
 苦笑しながら、いつのまに来たのか鋭がリツコの隣に立っていた。
「…さて、吉と出るか、凶と出るか… 吉かな?」
 銀龍は近くの人間にだけ挨拶すると、また天空を悠々と飛んで西へ戻って行った。それを手を振ってしばらく見送ってから急いで振り向くと、皇女さまは兄上と伯父上と急いで集まって来た年上の重臣たちと、額を突き合わせて何か真剣に話し合いを始めた。
 それを鋭は自分は関係ないとばかりに離れたところから見守って、やがて笑った。
「…安心して、リツコ。これでマーシャの機嫌は直ったみたいだから…」
 話のとおり、その日の晩に雄輝たち先行隊と合流した時の皇女サマは…
 これが本当に昨日までのあの、嫌な性格の意地悪女とほんとに同一人物?…とリツコが目を疑うくらい、にこにこして、上機嫌で、頬なんかピンク色で、愛想良くて、みんなに親切で、歌まで歌っちゃって(しかもすごく巧くて!)、食欲も旺盛だった。
 側近の人たちがみんな嬉しそうににやにやにこにこして、後ろでこそこそと情報のやりとりをしていたが…
 鋭はあまり気にしていなかった。食後のお茶まで飲み終えて歓談している皇女サマたち主賓席のところへ、おもむろにリツコを連れて訪ねた。
『お久しぶりです。御無事で何よりでした。フェルラダル様、マリシアル様。
 こちらが地球から来たリツコです。最近は皆からマリーツ(地栗鼠ちゃん)という愛称でも呼ばれています。』
「…で、マーシャ? 機嫌が直ったところで… いい加減、この子、みんなと喋れないと不便なんだけどな? 諸侯会議で代表挨拶だってする、大事な国賓なんだし…?」
「…………わぁかったわよ! もうッ!」
 皇女サマはなんとも可愛らしく(リツコは目を点にした)ぷくっとふくれてすねた。
「ちょっと待っててリツコ。今まで八つ当たりしてたことは謝るわ。それで…」
 すらりと立ち上がってこちらへ来る。
 リツコは思わずびびって逃げかけた。
 その肩を遠慮なくがしっと捕まえて、
「だから、謝るわ。って言ってるでしょう?!」
 ものっすごく高飛車に言い切ると、リツコの眼を真正面からしばらく見つめて、それからすぅっと息を吸い、大地を両手で抱えあげるような独特の舞のようなしぐさをして…  
 謡うように唱えた。
『…マレッタ! れとけぃえる、せるかろまろうでい、ぃええん!』
…(汝がことば、皆に通じよ!)
 それから急に、それまではマシカが毎朝かけなおしてくれる《言葉の魔法》のおかげで相手の言葉の意味をリツコが「なぜか理解できる」ようになっていたのと同じに、リツコは普通に日本語で話しているのに、聞いた人は誰でもみんな「なぜか理解できる」ようになった。しかも半日で切れてしまうような時間限定の魔法ですらなくて、ずっとその状態は続いた。
「…ありがとう!」
 どんなに便利にしてもらったのかを理解したリツコが後から改めてお礼に行ったら、
「だぁから、遅くなって悪かったわよッ!」…と、皇女サマはもう一度ふくれて、とっても偉そうに、拗ねた。



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