目次
(借景資料集)
【速報!】 第2回 「青い鳥文庫小説賞」
(第4稿)
(第4稿)as(最終稿)
(添付挨拶状)
(あらすじ) (2018年9月23日)
序章 《 朝日ヶ森 》
第1章 リツコ、異世界へ行く。
第2章 リツコ、異世界で目覚める。
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、取材する。
第8章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第9章 リツコ、役に立つ。
終章 リツコ、地球に帰る。
(第3稿)
(第3稿)
(表紙)
(あらすじ) (2018年9月16日)
序章 朝日ヶ森 学園
第1章 リツコ、異世界へ行く。 (2018年9月16日)
第2章 リツコ、異世界で目覚める。 (2018年9月16日)
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第8章 リツコ、戦う。
第9章 リツコ、地球に帰る。
(第2稿)
(第2稿)
(あらすじ) (2018年9月8日)
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
1-0-1.朝日ヶ森(うら) (2018年9月8日)
1-1-0.リツコ、呼ばれる。 (2018年9月8日)
1-1-1. リツコ、出かける (2018年9月8日)
2-0-1.リツコ、異世界に着く。 (2018年9月9日)
2-0-2.リツコ、挨拶する。
2-1-1.リツコ、清峰鋭にあう。
2-1-2.リツコ、異世界の村へ行く (2018年9月9日)
2-1-3. リツコ、空を飛ぶ。 (2018年9月9日)
3-0-0. リツコ、悪夢をみる (2018年9月10日)(加筆)
3-0-1.リツコ、起こしてもらう。
3-0-2. リツコ、情報交換する
3-1-0.リツコ、朝寝坊する。
3-1-1.リツコ、右将軍にあう。
3-1-2.リツコ、皇女に会う
3-1-3.リツコ、マシカとあう。
3-1-4. リツコ、市場へ行く。
3-1-5. リツコ、天幕に泊まる。 (2018年9月11日)
4-0. リツコ、早起きする。
4-1. リツコ、パレードに参加する。
4-2. リツコ、誇大広告される。
5-1. リツコ、旅をする。
5-2. リツコ、記録する。 (2018年9月12日)
5-2. リツコ、話せるようになる。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第6章 リツコ、旅をする。
(第1稿)
(第1稿)
(あらすじ) (2018年8月17日)
( 目次 ) (2018年8月18日)
0-1.(おもて) (2018年8月18日)
0-2.(うら) (2018年8月18日)
1.リツコ、親善大使になる (2018年8月18日)
1-1. リツコ、出かける
2. リツコ、異世界へ行く。
2-1.リツコ、挨拶する。
2-2.リツコ、清峰鋭にあう。 (2018年8月19日)
2-3.リツコ、運ばれる。
3.リツコ、白王都へ着く。 (2018年8月22)
3-1-0.リツコ、寝坊する。 (2018年8月22日)
3-1-1.リツコ、皇女に会う (2018年8月22日)
3-1-2.リツコ、マシカにあう。 (2018年8月24日)
3-1-3. マシカ、市場へ行く。 (2018年8月24日)
3-1-4. マシカ、天幕に泊まる。 (2018年8月24日)
4-0. リツコ、目覚める。
4-1. リツコ、行列に参加する。
4-2. リツコ、センデンされる。
5-1. リツコ、記録する。
5-2. リツコ、観察する。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。 (2018年8月26日)()
6-2. リツコ、小鬼を救う。 (2018年8月26日)
7. リツコ、まきこまれる。 (2018年8月26日)
8-1. リツコ、魘される。
8-2. リツコ、龍にのる。
9. リツコ、会議にでる
10-1. リツコ、よばれる。
10-2. リツコ、地球にかえる。 (2018年8月26日)
(草稿&没原稿)
(草稿&没原稿)
(1) 朝日ヶ森 (2018年6月3日)
『 リツコへ。 第一日 』 (@中学……1年か2年?) 
(あらすじ) (プロット&目次)
(あらすじ) (プロット&目次)
【投稿用】プロットメモ (2018年7月22日)
400字~800字程度のあらすじ。 (2018年8月17日)
(設定資料集)
(設定資料集)
このコだ! 「鍵になるキャラ」…っ!www (2018年6月30日)
(( ことばよ、つうじよ! ))  (2018年8月9日)
(サ行前の雑談など)
(サ行前の雑談など)
【ぐれてる理由】。(--;)。 (2018年5月13日)
『 リツコ 冒険記 』 ~ 夏休み ・異世界旅行 ~ (1) (2018年6月3日)
(案の定【天中殺中】で頓挫している) (2018年7月22日)
…ちっ! …やっぱり…『落ちた』か…★ (2018年8月12日)
次ぃ征くぞ! 次っ! (2018年8月12日)
★ 【講談社 『 青い鳥文庫 』 の呪い!?】の謎。 ★
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第6章 リツコ、旅をする。

第6章 リツコ、旅をする。

 

 6-1. リツコ、看護助手をしてみる。

 そこからの旅の日々は最高だった!
 夜は毎晩マシカと一緒に天幕で動物たちに囲まれてぐっすり眠って、朝は鳥たちや動物たちの騒ぐ声で賑やかに起こされて、マシカに《言葉の魔法》をかけてもらってから冷たい川や泉の水で女性陣みんなときゃあきゃあ一緒に水浴びして身支度を済ませ、大天幕で出来立ての温かいご飯を交代で食べて、えいやっと自分たちの天幕を畳んで荷物を荷馬車に乗せて、準備の出来た者から順にぱらぱら出発して、歩いたり馬の乗り方を練習させてもらったり、疲れたら荷馬車に便乗して昼寝しながら運んでもらったり。

 お昼ご飯はそれぞれ勝手に適当に、停まって休憩したり荷馬車でのんびり進みながらだったり、朝に配ってもらったお弁当プラス各自で用意してあるお菓子や副菜や果物なんかも食べて、午前と午後のお茶休憩もだいたい同しような感じで、必要があれば街道沿いに一時間おきくらいの間隔で用意されている手水屋(トイレ)にかけこんで。

 珍しい皇女行列を一目見ようと街道沿いの空き地に集まって宴会しながら待っていたりする人たちにお茶に呼ばれたり、とれたての果物をもらってお返しに都のお菓子をあげたり。

 途中に街があれば市場や宿屋をのぞいてあれこれ買い込んだり…

 遊んだり喋ったり歌ったり競争ごっこをしたり色々しながら、とにかく西へ向かって何百人かの隊列が前になり後ろになりしつつ《白の街道》をのんびり進み続けて、陽が傾きはじめる頃には行列がすっかりばらけきって前後がお互いに見えなくなってしまった状態で、ばらばらと宿営地にたどりつく。

 街道沿いの警備を兼ねて常に半日分ほど前を進んでいる雄輝たちの先行隊が、近在の町や村から手配されて来る係の人たちと一緒に早めの夕飯というか午後の遅いお茶?の支度をして待っていてくれるので、この時だけは先行隊と一緒に卓を囲んで、皇女や重臣や警備や経理の人たちは中央の卓のまわりで食べながら打ち合わせや何かを済ませて。

 いつもかなり遅れて来る商人隊や姫君隊が、それより半日遅れで出発したはずの後衛隊の人たちにお尻をせかされながら夕焼けが最も華やかに燃える頃合いに慌てて追い着いてきて急いで天幕を張り、ようやく今晩の集合と点呼が終わる。

 待っていた先行隊は後衛隊との情報交換だけ済ませると暗くなりきる前にまた出発してしまうので、みんなで手を振って見送って。

 それから残った面子は毎晩のように、『地元の人が用意してくれた歓迎夕飯への返礼』という名目で豪華な晩餐会の仕度を始め… 昼の仕事を終えてから皇女たちを一目見ようと駆けつけてくる地元の人たちで、参加者は見る見る膨れ上がり…

 日が暮れると同時に大きな篝火が焚かれて豪勢な酒宴というか、むしろ中央に一段高い舞台が出るので盆踊りのようなお祭り騒ぎが始まり…、飲んだり歌ったり笑ったり踊ったり、大人のひとたちは口説いたりフラレたり、恋仲になって二人で姿を消したり?…その噂話をして盛り上がったりの大賑わいになる。

 リツコも眠くなるまでは果汁とお菓子で興味津々でつきあって、《言葉の魔法》が切れる頃にマシカと一緒に天幕に引き上げて、あとは眠くなるまで二人でお喋りして、色々なことを教えたり習ったりしあった。

「あ、そうだ。ねぇねぇ! マシカって、鋭のことが好きなの?」

 大人たちが盛り上がっていた恋バナについての噂をマシカに教えてもらって、そのどさくさにまぎれてリツコは聞いてみた。

「…まさか! 違うわよ。あたしが一番好きな人は別にいるもの… なんでそう思ったの?」

「このあいだ、鋭に褒められた時に、ちょっと赤くなってたから…」

「やーねー。それだけ? あのね、鋭って髪が短かった頃はそんなでもなかったんだけど、最近、典型的なヨーリア学派風の髪型になっちゃったでしょ? それで… 笑ったりすると… ちょ~っとだけ… 似てるのよね~、…雰囲気が!」

「…そうなんだ~w」

 リツコはにやりと笑って、もっと詳しく聴きたかったが、

「こどもは早く寝なさーい!」とかマシカに言われて、きゃあきゃあとふざけっこになって、そのまま眠ってしまった。

 そんな毎日だった。

 ただしマシカは旅団中の参加者全員の健康管理をする《薬師代表》という役職も兼ねていたので、日中も合間合間に行列のすべての人と動物の様子をチェックしに廻ったり、体調の悪い人がいれば薬草の調合をしたりしていて、なかなか忙しかった。

 数百人規模の旅団中に二十人ぐらいいる薬師の集団は、日によっては本隊よりも先に行って地元の村々の移動健診会みたいなことをして日暮れ後の遅い時間に追いついて来たりもしたし、時には沿道の住人から往診の依頼があったりして、夜中でも大鹿にまたがって急いで出かけて行ったりする。

 リツコも始めのうちはそんなマシカについて一緒に行ったり簡単な作業なら手伝ったりもしてみたのだが、どうやら薬師の才能はまったく無いようだった。

 大体、血をみるのがけっこう苦手で、治療の手伝いをしようと思っても、どうしても傷口から目をそらしながらの作業になってしまうので、うまく出来るわけがない。

 針と糸で大きな怪我を丁寧に縫い合わせたりまでするマシカは若いのに凄いなぁとリツコは心底尊敬したが、たいがいの薬師は今のリツコくらいの年齢には助手から一人立ちして一つの街や村を預かり、プロの薬師として働き始めるものだという。

 ちょっとそれはリツコには無理そうな職業だった。

 

 

 6-2. リツコ、司書になる。

 

 そんなわけでむしろ邪魔になるだけだと自覚してからは往診について行くのはやめたので、時々リツコは夜更けに一人でとり残された。そんな時は鋭が自分の天幕に呼んでくれて淋しくないように気を使ってくれたが、旅のあいだも多忙を極めている鋭の天幕に泊まると、しばしば真夜中に皇女サマ本人や重臣や近衛隊の人達などが訪ねて来るので、『言葉の魔法』が切れた後で一言も理解できない面倒くさそうな話し合いの気難しい声だけをBGMに眠るはめになったりするのが、少々の難点だった。
 こちらの世界では「マダロ・シャサ」(雄々しく輝ける者)と呼ばれている雄輝が旅団の警備の責任者なら、「リレクセス」(鋭利な短剣)とか「リレキエイセス」(鋭い切れ者)と呼ばれていることが多い鋭のほうは、行列全体の食糧や資材の調達と管理と支払いとか、現地の人たちの応援要請の手配とその返礼品の用意とか、諸々の雑用全ての総責任者らしくて、行路と旅程の管理表とつきあわせて天気予報?まで自分で観測した挙句、必要とあらば皇女サマに「天気を良くする魔法」まで頼みに行ったりするのが、担当の範囲らしい。

 さらにはヨーリア学派の長としては医術と薬学の心得もあるそうで、しばしばマシカたち薬師集団と一緒に出張検診に行ったり、地元の街の急病人や怪我人の治療もしていた。ほんとに忙しそうだった。

 リツコは移動の間ただ遊んでいる自分が申しわけなくなったので何か手伝えることがあればやってみるけどと申し出てみた。

「ほんと?じゃあ、やってみてほしいことがあるんだ。無理ならいいけど。」

 まんざら嘘でもなさそうに喜んだ鋭に連れられて、「ヨーリア学派」と呼ばれている学者さん風の集団の大荷物を積んだ箱馬車隊のところへ案内された。

『オルレア・ソウ! 異文書庫の鍵はどこにやったっけ?』

『私が管理してますが?』

『ちょっとこのコ使ってみてくれないかな?』

『リツコ殿を、ですか?』

 呼ばれて鍵を持ってきてくれたのは、いつも鋭のそばで帳簿付けや出納の手伝いをしている、よく似た服装とよく似た髪型の、ちょっとかなり美青年なところまで含めて雰囲気がよく似ている、つまりたぶんマシカが言う「典型的なヨーリア学派風」の…まっすぐな黒長髪で白い肌に金色の瞳の、鋭より少し年上に見える青年だった。

 二人して箱馬車の中の古い木箱を幾つか開けてまわる。沸き起こった埃にリツコは少し咳き込んだ。どうやら、しばらくかなり、長いあいだ?…開けていなかった箱らしい。

「これ読める? いや、読めなくてもいいんだけど、どれとどれが同じ文字で違う文字か、判る?」

 言いながら鋭が試しにと差し出してきたのは… たぶん英語?の…ものすごく古そうな… 本だった。

「地球の?」

 驚いてリツコは尋ねる。

「うん。大昔のダレムアスと地球の行き来があった頃の記録らしいんだけど。ボルドムとの戦乱で前の皇都の書庫と研究者もみんな焼かれちゃったんで、誰にも読めなくなっちゃってて…今ね、全土のヨーリア学派で連絡しあって、残った古文書をかき集めて整理しなおしてるところなんだけど。この旅の間に少しでも分類しておこうと思ってたのに、ちょっとそれどころじゃなくなっちゃってさ。」

「何をすればいいの?」

「とりあえず、文字の種類別に本を分けてほしいんだ。もし日本語があれば、古すぎて読めなくても、なんとなく日本語って判るよね? 英語とか英語じゃないとか、中国語っぽいとか違うとか…判る範囲で、いいんだけど…」

 言われてとりあえず何冊かの革拍子の本や布や竹の巻物や石板などを、リツコは手にとってみた。

 地球上の色んな国の文字の、絵づらだけなら…

 亡くなったおばあちゃんの友達が見せてくれた絵本やビデオで… 目にしたことなら、ある。

「…これは有名なクサビ文字よね? 教科書にも載ってるやつ。それからエジプトの絵文字。それとこれは…たぶん… 手書きのタイ語じゃないかな…。これはインド語? …これも似ているけど、ちょっと違う文字よね? …たぶん、近い場所の言葉よ。ヒマラヤの山の中とかの… これは北欧神話の絵本で観たことある、占いとか魔法とかに使う古い時代の神様の文字。それからアラビア語。 …たぶんインカとかアステカとかの南アメリカの絵文字。 …それと、古い時代の中国語と… 日本語と… ラテン系の言葉と… ギリシャ文字!」

「やった! さすが『適任者』ッ!」

 鋭が快哉を叫んだのでリツコは嬉しくなった。

『読めるのですか?』ソウが期待し過ぎていたので、ちょっと申しわけなく思った。

『訳すのは無理。でも国別に分類できるって。』

『それは素晴らしい。』

 それから、リツコは毎日(じゃなくてもいいから)、馬車隊が宿営地に着いてから夜宴が始まるまでの時間、ソウから鍵を借りて古文書のホコリをはたいて陰干しして、国別に分類して整理して収納しなおすのが、担当の仕事になった。

「あ、ついでにその国について、リツコが知ってることだけでいいから、簡単にメモして、なにか説明のイラストもつけてくれる?」

 リツコはもう嬉しくなってしまって思いっきり『はい解りました!』と、いつもソウが鋭に言っているのを真似して、ヨーリア学派の言葉で応えた。

 戻って夕飯の時にマシカにそう言うと、目を丸くした。

『すごいわリツコ。あたしなんか薬師文字しか読めないのよ。』

「そうなの?」

『官僚文字や知水神(ヨーリア)文字は簡単なのしか解らないし、ニホンゴときたらヒラガナとカタカナの区別もつかないわ!』

 ちょっとリツコは得意な気分になった。

『でも心配。古い本の埃って、すごく体に悪いのよ…?」

 そう言って、薬師仲間が疫病除けに使う頬かぶり布を一枚くれた。

 試しに着けてみたら地球の銀行強盗かイスラム教の女の人みたいになったので、リツコは鏡をのぞいて笑った。

 

 

 6-3. リツコ、話せるやつになる。

 それにつけても皇女サマはいつ見ても機嫌が悪かった。
 せっかく超のつく美女なのに、眉間にシワを寄せて誰かれなく睨みつけ、ちょっとしたことで色白な肌が真っ赤になるくらい喚いたり怒鳴りつけたり。いつもイライラしていて、「ヒステリー」としか言いようがない。
 こんな性格では、いくら戦争に強くて敵に勝てても、平和になったら国民は誰もついて来ないんじゃないかしら。だから後継者問題とかでモメてるのかしら?とリツコは疑ってみたが、その割には鋭や雄輝やマシカも含めて、すべての部下たちからの信頼というか人望というやつは、ものすごく厚いらしい。

「今日もまた機嫌が悪い―!」という嘆きと愚痴は毎日のようにあちこちで飛び交っていたが。

(道中の各地から出向いて来る歓迎係や領主の面々などは、「噂に名高い皇女サマの八つ当たりとはコレかー!」などと、もはや一種のアトラクションとして楽しみにされていた…)

 楽しい旅の毎日でも、皇女サマの天幕まわりの侍女や従者の人たちだけは、いつもなんだか戦々恐々として落ち着かない、そわそわした空気が漂っていた。のだが…
 ある午後。
 よく晴れた西の空はるかに鳥や雲とは違う小さい細長い影がくっきりと視え始めた。
『………龍だ! …フェルラダル様も居らっしゃる!』
 誰かが叫んだ。
『皇女殿下にご報告を!』
『…聴こえたわ!』
 すごい勢いで皇女サマがお茶休憩の簡易天幕からすっ飛んで出てきた。

 あれあれ? とリツコは見守った。
 空のむこうの影のうちひとつは、自分ひとりで飛んでる?らしい人間の姿で、もう一つは、出発式の日に挨拶して西の空へ消えていった、あの伝令役の二頭の龍のうちの若い銀色のほうのように思える。
『…お兄様! 伯父様!』
 びっくりしたことに《大地世界》の皇女殿下サマはいつも身に着けていた重そうな腰帯を放り捨てると、いきなりふわりっと空に浮かびあがった。
 そのまま文字通り「飛ぶように」すっとんでいって、空の真ん中で『お兄様』と『伯父様』を交互に抱きしめて嬉しそうに挨拶している。
『遅くなって済まなかった。出立式までには戻りたかったのだが。』
 鋭とはりあうぐらいのものすごい美形の、鋭と同じような斜めわけのまっすぐな長髪だけど、かなりな年輩の落ちついた感じの男性が、そう言いながらふわりと地面に降りてきた。

 年齢が上だから、こちらが皇女サマの『伯父様』だろうとリツコは推測した。
『…フェルラダル様ッ!』
 皇女と同じくらいのすごい勢いでもう一人すっ飛んできたのは…マシカだ。
『…御無事で!』
 皇女サマの伯父様に、飛びつくように抱きついて、伸び上がってキスしてほおずり挨拶している。
 あれあれ…とリツコはすぐに解った。マシカが言ってた『鋭とちょっと似ている雰囲気の一番好きな人』…って、この人だ…!
『…マシカ…。…わたしも居るんだけどなー…』

 白龍にまたがって運んでもらってきていたもう一人の男の人が、なぜかそうぼやきながら龍の背中から降りて来る。
『…あら、ごめんなさいミヤセル様? 御無事で何よりですわ?』
 …ミヤセル様?

 …皇女サマの『お兄様』ってことは、たしか名前は、マリシアル皇子って言わなかったっけ…?
 リツコは聞きかじりの話とつなぎ合わせながら、興味津々に目を点にしてなりゆきを見守った。

「あ~、…また話が賑やかになった…」
 苦笑しながら、いつのまに来たのか鋭がリツコの隣に立っていた。
「…さて、吉と出るか、凶と出るか… 吉かな?」
 銀龍は近くの人間にだけ簡単に挨拶すると、また天空を悠々と飛んで西のほうへ戻って行った。それを手を振ってしばらく見送ってから、皇女サマは同じ碧の巻き毛と碧の瞳で双子のようにそっくりな雰囲気だけど体格だけ一回り大きい兄上や、あまり似ていない外見の茶色い髪に茶色い長髪の落ち着いた物腰の伯父上や、集まって来た重臣たちと額を突き合わせて話しはじめた。

 それを鋭は自分は関係ないとばかりに離れたところから見守って、やがて笑った。
「…安心して、リツコ。これでマーシャの機嫌は直ったみたいだから…」
 話のとおり、その日の晩に雄輝たち先行隊と合流した時の皇女サマは…

 これが本当に昨日までのあの、嫌な性格のいぢわる女とほんとに同一人物?…とリツコが目を疑うくらい、にこにこして、上機嫌で、頬なんかピンク色で、みんなに親切で、歌まで歌っちゃって(しかもすごく巧くて!)、食欲も、ものすごく旺盛だった…。
 側近の人たちがみんな嬉しそうににやにやして、後ろでこそこそと情報のやりとりをしていたが…
 鋭はあまり気にしていなかった。食後のお茶まで飲み終わった皇女サマたち主賓席のところへ、おもむろにリツコを連れて訪ねた。
『お久しぶりです。御無事で何よりでした。フェルラダル様、マリシアル様。
 こちらが地球から来たリツコです。最近はマリーツ(地栗鼠ちゃん)という愛称で呼ばれています。』
「…で、マーシャ? 機嫌が直ったところで… いい加減、この子、みんなと喋れないと不便なんだけどな? 諸侯会議で代表挨拶だってする、大事な貴賓なんだし…?」
「…………わぁかったわよ! もうッ!」
 皇女サマはなんとも可愛らしく(リツコは目を点にした)ぷくっとふくれてすねた。
「ちょっと待っててリツコ。今まで八つ当たりしてたことは謝るわ。それで…」
 すらりと立ち上がってこちらへ来る。

 リツコは思わずびびって逃げかけた。
 その肩を遠慮なくがしっと捕まえて、
「だから、謝るわ。って言ってるでしょう?」
 ものっすごく高飛車に言い切ると、リツコの眼を真正面からしばらく見つめて、それからすぅっと息を吸い、大地を両手で抱えあげるような独特の舞のようなしぐさをして… 謡うように唱えた。
『…マレッタ! れとけぃえる、せるかろまろうでい、ぃええん!』…(汝がことば、皆に通じよ!)
 それから急に、それまではマシカが毎日かけなおしてくれる《言葉の魔法》のおかげで相手が言ってる言葉の意味をリツコが「なぜか理解できる」ようになっていたのと同じように、リツコはごくふつうに日本語で喋っている言葉を、聞いたダレムアスの人が誰でもみんな「なぜか理解できる」ようになった。しかも半日とかで切れてしまうような時間限定の効力ですらなく、ずっとその魔法は続いた。
「…ありがとう!」

 どんなに便利にしてもらったのかを理解したリツコが次の日に改めてお礼を言いに行ったら、
「だぁから、遅くなって悪かったわよッ!」…と、皇女サマはもう一度ふくれて、とっても偉そうに、拗ねた。

 

 

 6-4. リツコ、取材する。

 

 なにしろリツコは元々かなりのおしゃべりの質問魔で、好奇心旺盛だ。今まではダレムアスの人が勝手に言ってることをただ一方的に聞いてるだけで、こちらから質問できるのはマシカと鋭だけだった(日本語が通じるもう二人のうち雄輝は先行隊にいて不在だったし、そのせいで?なのか、皇女サマはいつも不機嫌で怖かった!)…が、今度からは、自分が知りたいことについて、こちらから聞いて回れる!
 もう大喜びで鉛筆とノートを小脇に抱えて、キャラバン中を前から後ろまで朝から晩まで、もちろんちゃんと他の手伝いもしながらだったが、すべての人を質問攻めにしてはスケッチやメモをとってまわる姿が、旅の名物のひとつになった。
 さて。

 まず分秒刻みであちこちから色んな人に呼ばれている鋭よりは少し時間に余裕がありそうなソウの名簿整理の作業を手伝いながら、気になっていたことを聞いてみた。

「なぜ毎日次々に荷馬車隊の人が代わるの? ずっと同じ人に泊りがけで付いて来てもらったら、仕事がらくになるんじゃない?」

 なにしろ大人数のキャラバンの食糧や大天幕やその他色々を運ぶ荷馬車隊はそれだけで大小百台近いのに、ごく少人数の馬番以外の荷積みや御者の人たちは毎日日替わりで地元の人がやって来て、朝に集合して点呼して名簿を作って担当する荷馬車を割り振って、一日仕事をすると、晩餐会の御馳走と美女たちの舞や歌をめいっぱい楽しんで、二日酔いになるほど呑んで、翌朝には日雇いの給金代わりのささやかな返礼品を受け取って、集まって来た今日の地元の人たちと交代して、家に戻ってしまうのだ…。

 で、また最初から、点呼して名簿を作って荷馬車を割り振って…の作業を繰り返すソウたちの仕事量は、かなりの負担になっているはず。

『ああ、御存知ありませんでしたか? われわれ大地世界の住人のうち、生粋のダレムアト達は、自分の土地から遠く離れることを苦痛に感じるのですよ。女神の意志に反するという信仰で。』

「そうなんだ?」

『市井の庶民や農民たちだと、生まれた場所から歩いて日帰り…遠くてもせいぜい一泊か二日で帰れる距離より遠くへは行かずに、一生を終える者がほとんどですね。それより遠くへ旅することが出来るのは、大地世界全土を「我が家」と呼ぶ皇家にゆかりの皆様か、我々のように多かれ少なかれ地球系か《ボルドム》の血が入っているヨソ者か、《エルシャムリア》の子孫の方々です。あとは例外的に、好奇心にかられて知水神(ヨーリア)学派に属することに決めた出家者の人々。』

 ん?とリツコは引っかかった。

「あれ? ソウさんてヨーリア学派の人じゃないの?」

『違いますよ? 服の色が違うでしょう?』

「…ごめんなさい。そこまで見てなかったー!」

 言われてみれば動きやすくて優雅な形こそよく似ているものの、鋭たちがいつも着ているのは深い青か紺か水色を中心に差し色は白か灰色のいわゆる「マリンカラー」で、ソウさん達は黒か焦げ茶色をメインにして、差し色は黄土色とか赤土色とか、いわゆる「アースカラー」系だ。

『私どもは遠くへの移動が苦にならない点を活かして皇家や王家や領主家にお仕えしている外役人です。些細な用件での使者に立ったり、交易隊の管理をしたり。』

「そうなんだ。」

『特に私などは地球系だけでなく《ボルドム》の穢れた血もひいておりますからね。ヨーリア学派の方々のような篤いお志とは、無縁の者ですよ。』自嘲するように低くソウはつぶやいた。

「………」

 リツコは目を点にして言葉に困った。ケガレタチ? ボルドムの穢れた血?…って…今の翻訳?…あってるのかな…??

 何度かまばたきをして、よく考えてみる。

 …自分が生まれ育った国に、ご先祖様の国が、一方的に攻め込んで来たら、どんな気分になるのかな…?

「…えーとそれで… エルシャムリア…って、昨日の夜、宴会の時にお芝居してたやつ?」

『そうです。今はもう滅びた天宮界ですよ。』

「神話じゃなくて、実話なんだー。」

『?』

「じゃ、遠くまで行ける人たちに、ずっと付いて来て、って頼めば?」

『そんなに人数が居ないのですよ。外役人として勤めている者以外は、皆、独立した商人や遊牧民ですからね。これほどの大人数に長期間の仕事をまとめて頼めるとしたら、長旅には向かない冬の積雪中ぐらいでしょう。』

「そうなんだー。」

 それからリツコはこの世界の神話について、昨日の宴会芝居だけでは解らなかったことを色々質問して教えてもらった。

 世界は初め四つあって、姉・兄・妹・弟の神様がそれぞれ治めていたが、何やら壮絶な姉兄げんか?が起きて、姉は殺されて死んじゃって天宮界も滅びて、兄はその罪で捕まって偉い神様にボルドム世界の奥の牢屋に閉じ込められてて、姉の死を嘆き悲しみながら争いごとの後遺症で死んじゃった?らしい妹の神様が遺した世界が、このダレムアス。その兄姉ゲンカをみていてグレて家出しちゃった?らしい弟の神様が遺した世界が…地球。

 おなじ遺された世界同士、昔はもっと仲良しで、地球の時間で数万年くらい前までは、ところどころに残った通路で思い出したように行き来があったらしい。今でも地球世界の各地に翼のある人や毛むくじゃらの雪男や狼男?とかの伝説があったりするのがその名残。リツコがいた朝日ヶ森学苑とかも、たぶん、その流れ。

 でも何かで通路がずれ始めて、通りにくくなって、行き来が途絶えて… お互い、忘れかけていた。らしい。

 そのズレの原因がボルドム世界からの攻撃?のせいで。地球に繋がっていたはずの通路の遺跡から、あるとき突然、ボルドムの鬼人たちが大量にダレムアス世界に攻め込んできた。らしい。

 それで当時のダレムアスの首都だった《白都》というところが攻撃されて滅びて。今のあの皇女サマの両親も戦死しちゃって。それでボルドムの追手から逃れて皇女サマは地球に亡命していて。しばらく朝日ヶ森で暮らして、たまたまそこで知り合った雄輝と鋭と一緒に(鋭の言い分では「まきこまれて」)ダレムアスに戻って来て…

 長い長い戦争を戦い抜いて、ようやくボルドムの鬼人たちを、元いた世界に追い返して、封印して…

 で?

 この旅の一行が何のために西へ向かっていて、なんでリツコはここに呼ばれて来たのか?

 そこまで聞く前に、ソウは忙しくなってしまった…。

 

 

 6-5. リツコ、野球を教える。

 

 途中から合流したり大きな街道の分岐点で手を振って別れて行ったりで増えたり減ったりしながら常時何百人もの規模で動き続けている旅の一行の内訳はといえば、《西方諸国》とくに《西皇家》を相手に太湖のほとりで開催されるという諸侯会議に《白王家》代表として出席する戦勝皇女とその兄と伯父上と、鋭やマシカやソウなどの側近や幕僚や重臣たち。

 旅を手伝うために参加している侍女や従者や料理人や職人や、食料や資材の調達係の商人たちと、旅の仲間を護衛するために参加している雄輝たち武将が率いる一隊。そして荷馬車隊の馬番までが「ずっと一緒に」行ける人たちで、荷運び人たち百人くらいが地元密着型の応援部隊の「日雇い」。

 それとは別に、見るからにとても家柄の良さそうな、超のつく豪奢な服装で着飾って旅をしている謎の美女軍団のお姫様たちと、そのまた美形ぞろいの侍女たちと侍従たちと専属の護衛の兵士たちとでこれまた合計が二百人くらいいる。

 このお姫様たちは何故こんな場違いな野宿の長旅に参加しているのか? リツコは前から不思議でしかたがなかったので、話せるようになるとさっそくお茶に呼ばれて行って質問してみた。するとお姫様たちは一様に笑って、『さて、何故でしょうね?』と答えをはぐらかす。

 夜ごとの宴会でみごとな歌や踊りを披露してくれるし、それを目当てに詰めかける地元の人たちが大層多かったので、最初は諸侯会議に華を添えるためのプロの芸人さんたちなのかとも思ったけれども、聞いてみたらお姫様たちはみんな皇女様のイトコとかハトコとか…

 つまりほぼ全員が「皇族ゆかりの」やんごとなき深窓の御令嬢たちだった。

 それに、旅の間ずっと着飾るばかりで何の仕事もしていないのかと思ったら、そうでもない。

 鋭やソウたちが地元の歓迎係や荷運びの人たちにせっせと配りまくっている「返礼品」…かわいらしい小さい装飾品かと思ったら、「お守り」で…「皇族ゆかりのやんごとなき血筋の」お姫様たちが、旅のあいまにせっせと手作りして「神力」を込めている、御利益のある品物だった…。

 そんなお姫様たちは移動の間も忙しく手と口を動かし続けていたので滅多に馬車から出られず、たまに降りて遊び始めると後衛隊から安全確保のために本隊から離れないでくれとせっつかれるしで、ろくに息抜きもできない。

 お姫さまたちのなかでも一番身分の高いらしいソノ姫…『マミア・ソノワ・エリエリ!』(世界で一番たっとい姫様!)と侍女たちが恭しく呼ぶ、戦勝皇女と兄皇子よりも唯一年上の従姉姫…に、

 キャラバン唯一の子どもであるリツコは、

『わたくしたち退屈しておりますの。なにか地球の楽しい遊びを教えていただけません?』と、折り入って、頼まれてしまった。

 うーんと、リツコは困った。

 トランプやウノやオセロは持って来なかったし、実はほかの人に教えられるほどルールに詳しくないし、そういう手札遊びはこっちの世界にもちゃんとあって、わざわざ「地球の遊び」として教えてみてもあんまりアリガタミがなさそう。

 地球でいつも自分がやっていた遊びというと、こういう女の人むけのお手玉とか綾とりとかお上品なのは苦手で、もっぱら泥だらけになって泥警とか、缶蹴りとか…

「あ、そうだ。」ちょっと聞いてみた。「この世界に、野球とかの球技って…ある?」

『キュウギ?』

 音だけしか聴こえなくて意味が判らなかったらしい。つまり…こっちには存在していない言葉。

 あれだけ踊りが巧いんだから、きっと運動神経は良さそう…と思って、

「道具を用意するから明日まで待って!」と言ったら、お姫様たちはすごく嬉しそうに期待に満ちた目になった。

 リツコはちょうど通りかかった市場で、「なんでも好きに買っていいよ!」と鋭から渡されていたお小遣いを使って、分厚い皮の端切れをたくさんと、羊の毛のもしゃもしゃした固まりを一山買って来た。

 お姫様たちが作るのを見ていたので真似して、型紙を造って、皮を切って、穴を開けて、綴じ合わせて、綿をしっかり詰めて…。

 休み休み三日ほどかけて出来上がった不格好なしろものを見てマシカがちょっと絶句した。

「リツコ、その…鍋つかみ?のおばけみたいな手袋と、毛玉のおばけみたいな丸いの…何?」

「グローブとミット!…とボール!」

 バットにちょうどいいものも見つけて買ってあった。料理の時に練粉を伸ばすのに使う、地球のやつと見た目も使い道もそっくりの…麺棒だ。

「鋭ー! 時間あったら野球やろうよー!」

「えぇ?」

「お姫様たちと! 人数少ないから三角ベースでー!」

 なんだなんだと、お昼休みで馬車を停めていた人たちが、わらわらと寄って来た。

 

 

 6-6. リツコ、勝負する。

 

 驚いたことに、鋭は野球がヘタだった。運動神経はいいのに!

「うーん。地球に居た小学生の頃は、本ばっかり読んでる科学小僧だったからねぇ…」

 みごとに三振からぶりをかました後、苦笑して仕事が忙しいと言って逃げてしまった。

 代わりにリツコが打って見せようとしたが、今度は打てる球を投げられるピッチャーがいない…。

「…誰か投げてみたい人―?」

 衛兵の誰かなら立候補するかと思って訊いてみたら、今度はソノ姫が名乗りをあげた。

『その丸い球を投げて、その革の的に当てればいいんですの?』

 キャッチャーミットはマトじゃない…と説明する暇もなく、ちょっと風変わりなモーションで、ひらひら服のお姫様はみごとに「球を的に当てて」いた…。

「えっうそ! すごーい!」

『わたくし剣や馬はからきしですけど、当てものなら少しは得意ですの』

「なによ、なに面白そうなことやってるの?」

「リツコ、交ぜて交ぜてー!」

 なぜか皇女様とマシカもやってきた。

 地球で育った皇女様は野球のルールくらいは大体知っていたので、リツコが投げた。

 ………ぽーーーーーーーーーん!

 変な音だったけど、みごとにバット代わりの麺棒の真ん中にヒットして…

 三日がかりの労作のへろへろボールは、街道脇の小川の流れに、ぽちゃんと消えた…。

「…あ”~!」リツコはちょっとぐれた。

『それでは、当てもの競争にいたしましょう!』

 ソノ姫がリツコの頭を撫でて慰めてくれながら、景品に一番美味しいおやつを賭けると言った。

 女性群がわれもわれもと、河原の石を拾ってきてキャッチャーミットに投げた。

 ミットもあっという間にぼろぼろになってしまったので…的もまた適当なものを用意して。

 情け容赦なくビシビシと実戦場の大剣で鍛えた剛腕を披露する皇女サマは、距離は飛ぶけど意外にノーコンだった。

 マシカは「弓なら負けないんだけど!」と悔しそうに云いながら中盤ぐらいで敗退した。

 少しずつマトを遠くへずらしていって、腕に覚えのある人が順々に投げていって…

 近衛兵で狩人出身という男の人と、リツコが決勝戦になった。

 リツコが勝った。

 だてに小学生リーグで、県大会優勝まで行ったピッチャーだったわけではないもーん!

 と、勝ち誇って、優勝賞品の「いちばんおいしいお菓子」に、がぶりと喰いついた…。

  おとなたちはそんなリツコを楽しそうに、優しく笑って、見ていた。

 

 

 

 6-7. リツコ、聞き書きする。

 

 仮皇宮の都を出てからずっと広大な平野となだらかな丘陵地が続いて、畑と森と牧場が交互に広がる穏やかな土地を進んできたが、小高い峰が幾つか連なる《屏風山系》からは少々難所で、中腹をうねうねと折り返しながら峠越えする《白の街道》の道幅も少し狭くなっていて、数日かけてゆっくり越えるしかないらしい。

 その山間から右手はるかに見える《北平原》という場所は、先のボルドム軍との最終決戦の場だったそうで、遠目にもいまだに大地が変にえぐれたりして赤剥けて、数年たっても植物がまだ生えてこない、おかしな状態だと判る。

 皇女マーライシャ以下、雄輝や鋭やマシカたちもみんな、その合戦に参加した武人たちは「追悼と慰霊のために」と本体から離れ、馬を早駆けさせてそこまで往復してくるという。

 走る馬にはまだ乗れないリツコは残念ながら留守番組に振り分けられて、その間はミソノワ姫が預かってくれることになった。

 山道は重い荷を曳く馬たちにとってはきつい勾配なので、姫君たちもみんな丈夫な沓と動きやすい服に着替えて、車列から降りて歩いて登った。

 この山間地には住人が少ないので、両脇の街道口に常駐している荷運び関係の仕事の人たちが、三泊四日?くらいの間、ずっと馬車と一緒に移動してついてきてくれるそうだ。

 毎日大量の「返礼品」作りに忙殺されていた姫君たちは三日間も!解放されることをむしろ喜んでいて、巫女舞の修練で鍛えた脚力を発揮して、文句も言わずにせっせと歩いて登った。

 リツコも、これは良い機会だと喜んでミソノワ姫に話をねだった。

「あのね、そもそもどうして皇女サマは、あんなにものすごく機嫌が悪かったのに、いっぺんで治っちゃったの??」

 なにしろ、この世界に来てからもうずいぶん経ったというのに、いまだに自分が何故この世界に呼ばれて来たのか、何をすればいいのか、状況がまるで判っていないのだ…。

『…それは少しばかり長い話になりますけれど…』

 あいまあいまにたくさんの雑談や脱線やその神話にまつわる有名な歌や遊びや、食事やお茶休憩で中断しながらも、姫様は律義に、山越えの間中かけて、だいたいの話を説明してくれた。

『そもそもこの《大地世界》ダレムアスが《初めにありし四界》のうちの一つ、《妹女神》と呼ばれるマライアヌ様の創始した界というのは、もう聞いていますか? 女神マライアヌ様が戦に倦んでお隠れ遊ばした後、そのお子、女神と人王との間に生まれた《半神女》マリステア様が世界の統治を引き継ぎされました。

 そのマリステア様は半神であられたゆえ、ただ人に比べればとても長い寿命でいらっしゃったので、その生涯の間に何人もの夫や恋人や情人を持ち、たくさんの子どもを産んで増やされました。マリステア様が亡くなられた後も、しばらくの間は、そのたくさんの姉妹兄弟たちの子々孫々は、それぞれの血族ごとに分かれて暮らしながらも、ほぼ穏やかな間柄を保っていたそうですが…

 やがてこの世界の始めの中心であった《始原平野》マドリアウィが手狭になると、争いを好まなかった始原の人々は外輪の山のあちこちの谷筋から抜けて、《大地の背骨山脈》の山間から裾野へ、ふもとから四方八方へと、どんどんと勝手に増え広がり続け、気の合わない部族同士はすっかり疎遠になって、物心ともに離れ、ばらばらに散っていきました。

 もう今ではマドリアウィ野に戻る道さえ失われてしまった時代。お互いの言葉すらも遠く異なってしまって、誰ももう、世界全体のありようが把握できなくなった時代に…

 それでは何かおかしいと、旅に出て世界と人々を繋ぎ直した、勇敢な姫がありました。

 姫はこの《大地世界》をくまなく四度めぐって領主や国主を説得して回り、今この私たちが歩いている《白の街道》のもといを作り、宿場と貨幣の制度を整え、またそれまでは冷遇されていた地球やボルドムからの移民の子らを取り立て、外役人という大事な仕事に就かせました。

 その功績をもって、生まれは《血の薄き姫》と蔑視されていた《尊称なきミトル様》は人々から《女神の遠き孫》という美称を授けられ、今はなき《白の都》ルア・マルラインを皇都と定めて、《大地世界》の再統一を宣言しました。

 ところが、既にあった《聖皇家》モルナスの、女神マライアヌ様の血をより濃く受け継ぐ方々が、移民族の子孫や血の薄き者らによる《大地世界》の統治には、異を唱えられたのです。

 当時のモルナス皇が、その後継の長子を夫とするようミトル姫に要請しました。

 それによって濃き血筋の古木の株に、若枝を接ぎ木となすおつもりだったのですわ。

 ミトル姫はそれを退けられ、旅の仲間であったアステト・アルラを男皇と定めました。

 わたくしやマーライシャ姫が、この御二方の子孫にあたります。

 モルナス皇はこの縁組から生まれる《女神の血の薄い》皇家を快く思わず、一時は戦乱になるかと危ぶまれました。

 なんとか戦は回避され、《濃き血の力》を誇るモルナス皇家は、血の薄き者らには棲みづらい《西の荒野》に居を移しましたが、それ以来…

 何十代の長きに渡って、《西皇家》は《白皇家》の後継者に、婚姻によって二つの皇家を統一するべきだと、説得と求婚を、し続けてきたのですわ…。』

 …一体いつ「当代の」皇女サマの話にたどりつくのかと、必死で聞き書きのメモをとりながら、リツコは少々不安になったいた。

『そしてもはや数十年も昔のこととなりましたが、わたくしもマーライシャ姫も、今のリツコよりももっともっと幼く無力であった頃。この世界に異変が相次ぎ、間もなくボルドムの悪鬼らが界壁を破って攻め込んでくることが判りました。

 当時の男皇がマーライシャ姫の父君ですが、その皇妹であるわたくしの母が西皇家への使者を務め、西からは三皇子率いる援軍が遣わされました。そしてその長子クアロス様が、両家縁組の話を蒸し返したのですわ。

 マーライシャ姫はまだ本当に幼かった。恋も婚姻もなんのことやら解らぬうちに、はるかに年上の、すでに成人していらしたクアロス様に言いくるめられ、求婚に承諾をしてしまったのだそうです。

 幼いとは言え、皇家直系の神力ある姫が言葉で約定してしまったのであれば、正式な婚約。大人になってから考えなおしたからといって、断ることは難しくなります。

 ところがマーライシャは… そのぅ…』

「…あ、やっぱり、雄輝のことが好きなの?」

『…やはり、リツコの目から見ても、はっきりそうと解りますか…。』

 少々困ったように、ミソノワ姫は言いよどんだ。

『そのこと自体はあまり問題にはならぬのです。正式な政治上の男皇はクアロス様と定めた上で後継の子を産んで、それとは別にマダロ・シャサ殿は武人として誉れ高いかた。堂々と女皇の情人と誇示して愛すれば、姫の名誉にこそなれ、誰も咎めることなどありません。こちらの世界では特に問題になることではないのですが。そう言って、まわりの者みなで説得を試みたのですが、』

「そうなんだ…」

 リツコはちょっとびっくりして聞いていた。

『ただ… マーライシャ姫はその後、ボルドムの追っ手を逃れて地球で育ちました。今リツコが驚いたように、その考え方はできぬと。望まぬ子は産めぬと』

「…そりゃそーだよね~…?」

『あのように荒れて荒れて…』従姉姫は深いため息をついた。

『いっそ、マダロ・シャサ殿と相愛の仲であれば、地球で言う駆け落ちでもなんでも、させてやりたいところでしたが。』

「…あれ、やっぱり、皇女サマの片想い…??」

 おそるおそるリツコが質問すると、ミソノワ姫は深くうなずいた。

『このことばかりは他人にはどうにもなりませんが、ただ』

「ただ?」

『西皇家が婚姻の日限を迫ってきたのですよ。戦も終わったことゆえ、昔の約定を疾く果たせと。』

「え~★」

 それはひどい。リツコは初めて、皇女サマのあの荒れっぷりを理解して同情した。

『それゆえ伯父上と兄上がご心配なさって。本当に、幼き頃のマーライシャ姫が神力をこめた《婚約の誓言》を口にしてしまっていたのかどうか… 探りに行かれていたのですわ。』

「それって…」

『えぇ。クアロス様のハッタリに過ぎない可能性が大きいと。その他に、マーライシャ姫が生死不明であった時期に、すでに正式に近く娶っておられる妃女も子息もおられると。』

 ちょっとリツコはあっけにとられた。…そんなんで、よく、あの皇女サマを、騙して結婚させようとか、思うなぁ…!

『それで、婚約無効と断ることが出来ると判明したので、機嫌がすっかり直ってくれたというわけですわ。』

 そんな噂話をこっそりされているとは知らず、山越えの後半、皇女サマたち別動隊の一行は、無事に予定通りに、本隊に合流しなおしたのだった。


第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。

第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。

 

 7-1. リツコ、訪問する。

 侵略者ボルドムの主力軍を元の世界へ追い返すための最終決戦がおこなわれたという合戦場の跡地へ、戦没者の追悼と慰霊の式を行うと言って出かけた皇女サマたちの別働隊が、山越えを終えた本隊と反対側の山裾近くで無事に再合流した後。

 それまで使われていなかった、ずっと何かの予備用なのかと思っていた、特別大きくて立派な馬車に、お客人が増えているらしいことに、リツコはすぐに気がついた。

 いくら行列の中で一番偉い皇女サマとは言っても従者や侍女の数が少し多すぎじゃないかと思っていたうちの半分くらいが、その箱馬車の世話や護衛の係にまわされている。

 ところが、そんな大事なお客様なら当然、夜の宴の時にでもみなに紹介されて、歓迎されるべきだと思うのに… 何日たっても、その馬車の中から出てきたところを見たことがない。

 鋭とマシカと皇女サマだけは毎日何度か様子を見に寄っている感じだが、その他の人は、姫君や重臣たちまでも含めて、むしろその存在自体も公然の内緒というか、「いないふり」「気がつかないふり」をして、避けているような… おかしな雰囲気だったので。

 リツコはまず、こちらの世界での自分の行動の管理責任者、ということになっているらしい鋭に、お伺いを立ててみた。

「…ねぇ鋭? あの馬車の中の人には、話しかけてはダメなの?」
「うーん。悪いってことはないよ? 彼女も退屈しているだろうし… ただ。」
「なに?」
「ボルドムのね。敵国のお姫様なんで…見た目がちょっと。こっちの人たちには怖いらしくって。」
「…見た目ー? だってこっちの人って普通に、毛皮だったり四つ足だったり羽が生えてたり…」
「まぁ、ぼくら地球人からすると、区別が判らないんだけどねー?」

 苦笑してうんうんとうなずきながら、

「きみのいう《モフモフ系》の人たちは、見た目が爬虫類の人って本能的に苦手みたいで。ソウもあの金色の眼のせいで、なんとなく避けられてたりするでしょ? それに、家族をボルドムに殺されてる人とかも多いしいさ? やっぱり仲良くは、しにくいみたいで。」

「…あ、そうか…」リツコは自分が鈍かったことを反省する。
 それでも鋭が、「挨拶したければ行ってもかまわないけど、もし怖くても、悲鳴をあげたりはしないであげてくれる?」と言うので「うんわかった!」と元気に返事して、リツコは早速、昼ごはんが終わった頃にゆっくり動き始めた目あての馬車に、正面から訪問してみた。
「…こんにちわー!」
 先日まで皇女サマ付きだった顔見知りの侍女の人たちに取次を頼むと、
【…だれか?】
 それまで聞いたことのないシュウとかグウとかガ行の音が多い言葉で、馬車の中から、女のひとらしい低い声がきこえた。
「リツコっていいますー! あのね、退屈じゃないかと思って、遊びに来たんですけど!」
【…おや? あの地球人の子どもか? 我の話し相手に?】
 声の感じはむしろ嬉しそうだった。
【…マーライシャにでも言いつけられたか? 我が怖くないのであれば、上がっておいで。】
 リツコはむろん大喜びで超豪華な大型の箱馬車に上がり込む。
 どのくらい豪華かというと皇女サマ用のやつより手が込んでいるぐらいの丁寧な細工の外見で、見れば内装も見事で、ものすご~く値段が高そうだ。
 お姫さまはリツコが馬車の扉を開けたとたんに、それまでは脱いでいたらしい大きな黒っぽい布を頭の上からするりとかぶって全身を隠してしまった。
「…えーと…」

 リツコは面食らって固まった。何かの宗教の衣装のような気もする。

「…お顔を見ちゃったら、なにかまずいのかしら…?」
 ちょっとだけ遠慮しながら聞いてみる。
「…あたし、《ボルドム》の人って、まだ見たことがなくて~…」
【…大地世界人と同じで、《焔洞界》の者の姿も、千差万別なれど。】
 するりと布がはずされた。
【怖くなければ見るが良い。】
 真珠光沢の七色に光る華麗な鱗に覆われた貌の、縦長に切れた大きな金緑の瞳の、なんというか…巨大なトカゲな感じのする…外見の、だいたいは人型?で、美しい黒いたてがみ付きのお姫様だ。白虹色の肌に金青色のきらきらした爪が長くて鋭くて、何て言うか…ネイルアート?のような複雑な紋様が入れてある。
 怖いか?と聞かれればその眼に睨まれたり爪で脅されたりすればかなり恐いかもだったが、こちらの世界には横長に切れた山羊目の人だっているし、地球にだって、もっととんでもない真っ赤っかに尖った爪をしている人は多い。
「…キラキラして、きれいなウロコね…!」
 すなおに思ったとおりにリツコは褒めた。お姫様は嬉しそうだった。

 それから侍女の人たちがお茶とお菓子を持ってきてくれたので、ゆったりと進んで行く居心地の良い大きな馬車の中で、色々とおしゃべりをした。

「じゃあ敵国のお姫様でも、捕虜とか人質として捕まってるわけじゃないのね?」

【我はみずから来た。あちらに捕らわれていたマーライシャを救け出して、こちらへ送り還すついでに、な。我は我が《焔洞界》の後継の公主であるが、あの界の今の有り様は好かぬのじゃ】

「どういうこと?」

【我は弱い者いじめを好かぬ。娯しみのためだけに小者をいたぶり殺すがごとき愚劣な行為は厭じゃ】

「ふーん…。あたしも、弱い者いじめは嫌い。」

【気が合いそうじゃの】

「そうだね!」

 敵国ボルドムからの亡命姫さまは、すっかりリツコが気に入ってしまったようだった。

【我が名は《焔洞界》ボルドアレイ・ガースダルムが長公主、ディ・デュイ・リジューディー・ディーディイーリヤという】

「…でぃ… でじゅ… りじゅー・でぃー… 」

 リツコは絶句した。何度か練習してみたけれども、どうしても、滑らかに発音するのは無理だった。

【…我のことは愛称の《ダーモレア》(黒姫)で呼ぶが良い。】

 そう苦笑して言ってくれて、別れ際には特別あつらえの美味しいお菓子をおみやげに持たせてくれた。

 それから旅の間、しょっちゅう一緒にお昼ごはんを食べておしゃべりをする親友の間柄になった。

 

 

 7-2. リツコ、事情を聴く。

 

「じゃあ今までは、その合戦の跡地のそばに居たの?」

【大地世界の余の者には、投降して来た捕虜らの一団であると説明されておるらしいの。いささか不名誉なことではあるが。侵略軍である我らボルドムの者がよく思われぬという事情は解る。したが我々とて大地世界の国々が諍いあうと同じく。一枚岩ではない。】

「どういうこと?」

【我が叔父であるボルドムの今上帝は歴代の中でもとりわけ暗愚にして暴虐。嫌われておっての。気に入らぬ小者をことごとくいたぶり殺してゆくがために界の補修が立ち行かなくなり、このままでは遠からず、ボルドムは界ごと滅びる。】

「えぇ?」

【それを苦言した者も殺されて、界が壊れるならば隣の《大地世界》を攻め取って移住すればよいと。それ故こたびの攻略戦とあいなった訳だが。…愚行を苦々しく思う者も多くてな。世継ぎの姫である我のもとに、密かに参集しておった。】

「そうなんだ…」

【したが今上に感づかれての。神の血の濃き姪である我に己が卵を産まさしめてその仔を新たな世継ぎとなし、我のことは処刑してしまおうと。】

「えぇっ」

【我は次の排卵の刻が来るまでの命、虜囚の身であった。その獄へたまたま、マーライシャも放り込まれて来ての。…つれづれに話をしておったら、何やら境遇が似ておると、意気投合し。…今上への造反をなすのであれば力を貸すと、同じ捕虜の身で放言しおるので面白うてな。つい、我が配下がわれを救出しに来た際に、同道させてこちらに戻してしまった。】

「それで?」

【最終決戦の際、ボルドム帝軍の後背より奇襲をかけダレムアスを勝利に導いたは、我が配下の者らよ。惜しくも今上めは討ち漏らしたが、戦傷癒えず病の床にあると聞く。我はいましばらく身を隠し、数百年のうちにはボルドムの新帝となる。したがあの界にはもはや大人数は棲めぬ。戦ではなく講和を請うた上で、こちらの世界に我が民らの移住の許可を求めるつもりじゃ。】

 そのために皇女に頼んで、諸侯会議に参加しに連れて行ってもらうのだと言う。

「…ちゃんと、自分の役割が、解ってるんだ…」

 状況に振り回されてばかりで、いまだに何のために自分がここに居るのかが判っていないリツコがそう愚痴をこぼすと、黒姫は面白そうな顔になった。

【知らぬのか? あのマーライシャはたいした大物ぞ? 伝説のミトラ姫とやらが大地世界を再統一したが如く、今ある大地世界とボルドムと地球とを、いにしえのように統一した世界とするが夢だそうな。】

「…え~っ??」

【そがために地球世界とは密に連絡をとりあいたいというのが、そなたの召喚されし理由であろうよ。】

 


第8章 リツコ、戦う。

第8章 リツコ、戦う。

 

 8-1. リツコ、まきこまれる。

 

 そんな風に旅は終りに近づき、もうあと数日で、会議開催地の北西太湖のほとりに着くはずだった。

 ところが、なにか様子がおかしいと、沿道の街や森の隙間から垣間見える広大な湖面と岸辺の街並みを眺めて、誰もがなんだか落ち着かない様子になった。

 港町に着いた。困惑した顔の太守が出迎えた。会議に参集しているはずの諸侯らの姿はどこにもなく、街はなにやら荒れている。三日ほど前に突然の酷い嵐があり都邑の半分は一時水没したという。そして、その直後にはなぜか手回しよく災厄見舞いの品々と共に、宿営地の仕度が間に合わなかろうから議場を《西皇都》に変更せよと、諸侯らを案内する使者と船と軍が、大挙して遣わされて来たという…。

『それゆえ先に来ておられた皆々様は、すでに昨日までに西へ向けて移動を開始されました。』

『…聞いてないわ!』皇女サマが激昂した。

『それ故、いまこのわたしめが、こうしてお迎えに参った次第で。』

 困惑している都邑の太守に岸壁まで案内された一行に慇懃無礼な礼をして出迎えながら、男が云った。

『…マデイラ皇子!?』

 皇女サマが…ものすごく嫌そうに…叫んだ。

「…げ…。」鋭と雄輝がハモり、マシカも顔をしかめた。

『わが長兄クアロス皇子が婚約者であられるマルアライシャ戦勝皇女殿下には、御機嫌うるわしく。』

『うるわしくないわよ!』

『あいかわらず、そちらの色魔将軍殿からは、ふられておられるそうで。』

 がん!と無言のまま拳で情け容赦なくマデイラ皇子とやらを殴り飛ばした皇女サマを、リツコは呆然と見ていた。

『………ここは任せた! …リツコ来い!』

『雄輝!?』

『嫌な予感がする! 公主の様子を見てくる!』

『あたしも行くわッ!』

 リツコがまだただ唖然としているうちに、ぽん!と雄輝の鞍の前に乗せられて、あっという間に大型馬は本疾走にうつった。すぐ後ろから、大鹿マブイラにまたがって弓を携えたマシカが追って来る。

「どういうこと!?」

「黙ってな。舌噛むぜ!」

 全力疾走で駆けに駆けて、だらだらと長い車列の後方、まだ森の中の難所の手前にいた、公主の馬車隊のそばまで着いた。

『…ちぃ! やっぱりッ!』

 雄輝が舌打ちして唸った。

『マシカ! リツコ頼む!』

 いきなり人形のようにポン!と投げ上げられてリツコは焦ったが、マシカが難なく受け止めて、大鹿の後ろに乗せかえてくれた。

『…きさまらぁ…ッ!』

 今まさに公主の馬車を襲おうと森の中からわらわらと走り出してきていた武装した連中に向かって、雄輝が騎乗のまま突っ込んでいく。すぐ後から追ってきていた側近の部下たちと、猛然と逆走していく雄輝の姿を見て異変を感じた衛兵の一団も続く。

「マシカ、どういうことなの?!」

『公主を暗殺しようとしてるんだわ!』

「えぇ!?」

 鋭く剣がぶつかり合う音が響く。

『マ・ゴリゴ! 何のつもりだ!』激しく斬りあいながら雄輝が怒鳴る。

『色魔将! キサマも一緒とは都合が良い! 汚らわしい地球人め!』

 相手かたの騎士も憎しみのこもった声で負けじと怒鳴り返した。
『わがあるじの許婚者をたぶらかした卑劣漢! やはりキサマら地球人ども、ボルドムと結託して大地を蹂躙するつもりであろう!』
 激しく打ち込んでくる相手の剣を、まだまだ余裕でかわしながら応戦している雄輝は、一方的に決めつけられたせりふのほうには、おもいっきりげんなりとした声で返した。
『…ち~が~う~って。おれは文字通り背中のハネも自由に伸ばせない地球に戻るつもりはもうないの! こっちに帰化して骨をうずめるつもりなんだよ! …でもマーシャを嫁にもらう気はないけどな!』
『雄輝いまそれ言ってもこいつらには通じない!』

 いつの間にか参戦していた鋭がやはり真剣で切り結びながら、そんな茶々を入れている。
『…あいつは! おれにとっちゃ! 妹なんだよ! …あくまでっ!』
 知ったことかという感じで敵は次々と白刃を抜いて斬りかかり、金属音が鳴り響き、日暮れ近い薄暗い森の中の細い街道で、敵味方ともに入り乱れての乱戦が始まった。
 背中にリツコを乗せたマシカと駆けつけた近衛兵の何人かが公女の馬車を囲んで護衛につく。
『…マッレ・エッタ! ボグン! エ! カ!』…(撥ね飛べ!)
 どうやら向こうの皇族関係者らしい人の何かの呪文が響く。
 激しい衝撃音がして何人かが馬ごと吹っ飛んだ。
 …見たかんじ…味方のほうが…苦戦を強いられている…?
 リツコは生まれて初めて観る本物の戦闘に震えながら、マシカの背中にかばわれていることに焦った。
 《四軍神》の一人に数えられているマシカは油断なく剣を構えていて、たぶん積極的に戦列に加われば、もっと力になれるはず…。リツコが、背中に乗ってなければ…。
 足手まといになっていることに気づいて、リツコは落ち込んだ。
「…あたしを公女の馬車に入れて! そうしたらマシカも戦えるでしょう?」
【…良い案だが、少し無駄じゃな。】
 そう言って、公女自身が中から箱馬車の扉を開いた。
【仔細が判らぬが、我も闘おう。】
 箱馬車の外側に、まるで装飾品のように高々と取り付けられていた見事な細工の槍剣の鞘から抜き身をひき払う。
【 …誰ぞ! 我の敵手を務めよ! 我が狙いであるならば、我を直接攻めるが良いぞ! 】

 そんな場合じゃない、と思いながらもリツコは目を丸くする。

 箱馬車や天幕の中ではいつもずっと膝を抱えるようにうずくまっていたけれども…

 外に出て獣脚と背すじを伸ばすと、公女はとても長身なのだった…
 そう。馬に乗った大地世界人と、対等に、渡りあえるほどに…
『まぁびっくり。』
 リツコと同じく、知らなかったらしいマシカが呟いた。

 

 

 8-2. リツコ、投げる。


 乱戦。
 敵の動きを観察すると、明らかに「殺すつもり」で襲われているのはボルドム公主と地球人マダロ・シャサの二人だけで、同じ大地世界人には怪我を負わせる程度で済むように手加減している。
 とはいえ敵のほうが人数が多いらしい分、味方が不利だった。
 しかも…
「…雄輝! 危ない!」
 敵の一人が手近の樹に登り、短矢に何かを塗りつけた上で、雄輝に向かって弓を構えた。
 雄輝は敵隊長マゴリゴと数人の加勢を相手に激しく斬りあっていて、リツコの声には気がつかない。
 マシカは今は大鹿の上から弓で敵を射ていて、そこからでは枝が邪魔で、狙撃兵を狙えない。
 リツコは必死であたりを見渡し、一旦地面に飛び降りて、目当ての石を握ると、すぐにその向こうの樹上に身軽に駆けあがった。

 大枝にまたがった不安定なポーズだったけれども、なんとか一瞬だけ上体を固定して、短いフォームで…

投げる!

『ぐわッ!』

 頬に石つぶての直撃を受けた射手が叫びながら、毒矢を落とした。
『…キサマぁッ!』
 子どもでもこうなればりっぱな戦闘員と見なして、敵の一人が下から短剣を投げつけてきた。
『…リツコ!』
 血を流しながら真っ逆さまに墜ちるリツコを見て、マシカと鋭が悲鳴を上げる。

 そこまで、実際にはほんの数分だった。
『…慮外者どもッ! 剣を引けッ!』
 皇女サマの厳しい怒声が響いた。
『マ・ゴリゴ! あるじの許婚者が賓客と白皇総将軍を相手と知っての狼藉ッ? ならばこの私を先に斃してからにしなさいッ!』
『…リツコ! リツコ! …大変!』
 …マシカの悲鳴を聴きながら、リツコは、気を失った…


第9章 リツコ、地球に帰る。

第9章 リツコ、地球に帰る。

 

 9-1. リツコ、夢をみる。


 リツコは夢を見ていた。また、あの夢だ。

 お母さんとお父さんが、捕まりかけている。
 お姉ちゃんが泣いている。腕をガッチリ掴まれていて逃げられない。
「逃げて!」
 リツコが叫ぶと、お母さんとお父さんが首をふった。
「エツコを置いては行けない…。おまえは逃げなさい!」
「逃げて!」
 …あの時、リツコは何も出来なかった。何も…
 うなされているリツコの額の汗を拭いてくれているのは、マシカだ。
 ぼんやりと目を覚ますたびに、それは鋭だったり、ミソノワ姫たちだったりした。
 リツコの球は当たった。みごとに命中した。
 雄輝を狙っていた奴はギャッと悲鳴をあげて毒矢と弓を取り落とした。
 それは、覚えている…
「逃げて!」
 …夢の中で、リツコは投球動作に入った。
 もちろん、あの時は敵の数が多すぎた。ボールもグローブも、持ってはいなかった。
 でも、もし…
 狙いすまして、呼吸を整えて、放つ。
 ギャッと悲鳴を上げて、緑の制服のやつらが次々と倒れる。
「逃げて!」と、また叫ぶ。
 お父さんとお母さんとお姉ちゃんがてんでに走って逃げ出していく。

「ありがとう、リツコ!」
 一目散に、逃げ出す…

 逃げて、逃げて、無事で…
「おばさんのところへ行くんだ!」

「お願いがあるのよ!」

 目をきらきらさせて、大叔母様がいう。

「すごいわリツコ!」マシカが褒めてくれる。

「さすが!適任者!」鋭が快哉を叫ぶ。

「…リツコ! …リツコ!」
 うなされている。夢をみている。

 そうだった… 雄輝を狙っていた敵を倒した瞬間。

「キサマぁッ!」

 別の奴から、短剣を投げられて…左胸に、真っ直ぐ刺さりそうになったのを危うく避けて、首の脇が切れて、血が出て、バランスを崩して…
 墜ちる途中で木の枝に後頭部を打った。それから真っ逆さまに、地面に落ちた…
「リツコ!」
 頸部の深い切り傷による出血多量と全身の打撲で、リツコは何日も、熱を出して眠っていたらしい。
 はっと目が覚めると、枕元で心配そうにのぞき込んでいたのは…
 ずっと交代でついていてくれたマシカでも鋭でも姫様たちでも、薬師の人たちでもなくて…
 驚いたことに、皇女サマ、その人だった。
「…………あぁ良かった! 起きたわね!」
「…あたし… 死にかけてた…??」
 かすれた声で、ぼんやりきいてみる。
「危ないところだったわね、かなり。もう大丈夫よ。鋭たち交代で、ずっと付き添ってたんで、もういい加減に寝かせたわよ!」
 半分涙目でにやりと笑いながら、皇女サマが答える。
「悪かったわね? 目が覚めたら私で!」
 ううん。とリツコもにやりと笑った。案外、この性格、可愛いかも、しれない…?
「雄輝は?」
「無事だったわ。あなたのおかげよ。猛毒でね。矢に塗ってあったの。いくら雄輝でも、あれが当たってたら、私でもマシカでも、治療をする暇もなく死んでるところだったわ。」
「そうなんだ。」リツコは安堵した。

「あたし、役に立った…?」
「えぇ! とても!」
 ずっと苦手に思っていた皇女サマが、ぎゅぎゅぎゅっとリツコの手を握ってくれた。
「救けてくれてありがとう!」
「…………えへ~。」
 照れて笑うと、リツコは、再び眠った…。

 

 

 9-2. リツコ、龍にのる。

 それからまた何日か、眠ったり起きたりして、熱が下がって傷の腫れもひきはじめたら、とたんに食欲がもりもり湧いてきたので、とにかくがつがつ食べた。
「…よかった~!」
 マシカがどんどんお代わりをよそってくれながら、それにしてもすごい勢いねと、ほっとした声で涙を流しながらけらけら笑った。鋭も雄輝も何度も、様子を見にきてくれた。
 ようやく起き出して、少しずつ歩きまわれるようになったころ。
 何だかんだでずいぶん行列は遅れてしまっていた。
「足ののろい連中は先に行かせたわよ!」
 皇女サマがにやりと笑って言う。
「要するに白皇家の血をひく姫が誰か西皇家の婿をとればいいわけなんだから! 私が着く前に皆でちゃっかり西の三皇子を攻略しておいてくれるといいんだけど!」
「………あ、あの人たち、そーいう目的で……?」
「そうよー、お見合いめあてよ!」

 リツコは納得した。

 …なるほど。それで、家柄のいい美女ばっかりあんなにたくさん、同行してたのか…。

「だって白皇家の血縁の男の人たちって、兄様以外はほとんどみんな、あの戦争で死んじゃったのよ…? 嫌がってる私と無理に結婚するより、西の皇子を射止めた姫が、皇位を継ぐことにしたらいいのよ!」
 …皇女サマをめぐる謎の『後継者問題』って…つまり、『後継者の押し付け合い』争いだったのか…。
 最後まで待機していたのは皇女と雄輝の一番の側近数十名ばかりで、その人たちもリツコが死なずに済んだことが確認できるとすぐに徒歩での砂漠越えに出発した。
 リツコの体力では、まだ歩いたり駱駝に乗っての旅は無理なので…
 行程をはしょって、残った一行はみんなで空を飛ぶことにしたという。
 またあの鳥人の籠で運んでもらうのかと思っていたら、なんと! 先日みたあの金の龍が背中に載せてくれた! 鋭が一緒に乗ってくれて、リツコの後ろからしっかり背中をささえていてくれる。

 飛仙族と呼ばれるフェルラダル様に手をつないでもらってマシカは嬉しそうに宙に浮いて飛んでいく。

 それを悔しそうな横目で見ながら、兄皇子マリシアル様は妹皇女サマと手をつないで飛んでいた。

 銀の龍の背中には、雄輝と副官の護衛の人たちが何人か、まとめて乗せてもらった。

 その後ろから、公女リジュイディーリヤと小鬼も、それぞれの羽を広げる。
「きゃーーーーー! 最高ッ!」
 はるか眼下の広大な砂漠の美しい砂紋様と、点在する岩山の影とオアシスの煌めきと、どこまでも平らに広大に続いて視界の果てまで霞んで見える(地平線が丸くない!)《大地世界》全体を眺め渡して叫んでいるうちに、わずか半日ほどで、半月前に出発した本隊に追いついた…。

「…今度は、寝なかったね?」と、鋭にからかわれながら…。

 

 

 9-3. リツコ、会議にでる。

 砂漠のほとりの大きな隊商都市の外で先行していたみんなと合流し、衣装と体調を整えて、そこからは順調に数日の駱駝行で、《西皇家》の都についた。
 あとにしてきた《仮の白都》の雑多な民族が賑やかに行き交っていた開放的な雰囲気とは何もかも違って、長い時代を経た西皇都は重厚で、荘厳で、格式ばっていて、のしかかってくるような威圧感のある石造りの巨大な建物が多かった。
 皇宮に上がる前に庶民の市場に寄って見物と観光がしたい。と、迎えに来た使者の人たちに仰せつけられた皇女サマの『わがまま』は、『とんでもございません!』の一言で、がんとして却下に付された。
 まぁとにかく会議開催の期日にはぎりぎりで間に合った形なので、さすがの破天荒な皇女も物見遊山は帰りの楽しみにとっておくことにして、白皇家の代表者たちは西皇家の本殿に、まずは到着の挨拶をしに行った。その儀式にはマシカや鋭やリツコたちのような『平民と余所者』は参加が許されなかった。

 代わりに白皇家との旅のあいだは居心地が悪そうだったボルドム公女は《公主殿下》と呼ばれて皇女とと同格に厚遇された。なんでって、「ボルドム世界の創造主たる男神グアヒィギルの血を濃く引く聖なる一族」の世継ぎの姫だから。だそうだ。
 そのほか、各方面から《大地世界》諸勢力の代表者たちが続々と集まって…
 いよいよ、数十年ぶりとなる《諸侯会議》が開催された。
 リツコは初日と最終日に、『地球から来た地球人の代表』(代理)ということで一言ずつ挨拶をするのが役割だった。
 また一生懸命マシカと相談して、今度は初日はユカタを着て出た。可愛いと好評だった。
 大叔母様から出発前に渡されていたあの手書きの挨拶状を、心を込めて、声に出して呼んだ。

 それは会議の開催を祝し地球からも友好を祈って挨拶を送りますという簡潔な内容で、朝日ヶ森というのは国とか民族ではなく、こちらの世界のヨーリア学派と同じように世の中のために色々な働きをする有力な学者の集団だ。ということにしておいた。
 それから会議は地域ごとや問題別とか産業別とか、つまり河川別の渡河税法についてとか、「統一交易貨幣の再発行開始における両替手数料率の統一可否の意見云々」とかとか、難しそうなものからばかばかしそうな内容のものまでたくさんの分科会に分かれて、あちこちで紛糾したり白熱したり和合したり盛り上がったり、満場一致で拍手喝采のあと大宴会になったり大乱闘になったり、それぞれ色々していた。

 皇女様や鋭たちは手分けしてありとあらゆる会合に顔を出して挨拶したり意見を交換したりしなければならないので、寝る暇も食べる暇ないほど忙しそうだった。
 リツコとマシカとおつきの人々の大半は、終りの日までは暇になった。

 市場に繰り出して買い物と食べ歩きに明け暮れた。

 

 

 9-4. リツコ、自分の言葉で話す。

 

 ミソノワ姫たちは会議のあいまにせっせと西の皇子たちを攻略していた。遠くから眺める限りでは西の皇族はイケメン揃いだったので、うまく恋人がみつかればいいなとリツコは思った。マーライシャとの婚約がどうのこうのという件はうやむやのうちに無かった話にされつつあるらしい。

 公主リジュイディーリヤは堂々と交渉して、一緒に亡命して来た部下たちとともに《大地世界》で争わずに暮らせるように、荒野のはずれの一角に、移住用の領土を譲ってもらえそうな感じになっていた。

 会議はあちこちで紛糾していたが、積み残した分科会はそのまま延長戦になるという日程と会場の調整が続いて、ひとまずは当初の予定通り、次の満月の夜までで、全体会議は最終日となった。

 うんと考えて、リツコは、最後の挨拶は自分の言葉で言わせてもらった。(どちらにしても大叔母様から預かってきた手紙は最初の一通しかなかったので。)

 今度は出発式の時に来たのと同じ私立の制服風の夏ワンピのボタンもきちんと全部とめて、ちゃんとした「正装」風に見えるように気をつけて、靴もサンダルに変えて出席してみた。

「あたしは、まだ子どもですが、これから地球に帰って、今回の旅で見聞きしたことを、大人の皆に伝えます。昔々の《四界時代》の始めが平和で豊かであったように、これからの《三界時代》がまた行き来の盛んな、お互いに戦争をしない、平和で豊かな時代になったらいいなと思います。そのために、あたしにできることを探して、がんばりたいと思います。」

 …あまりにも短すぎたかしら、と一瞬不安になったけれども、大人たちは満場の拍手で応援してくれた。

 

 

 9-5. リツコ、よばれる。

 それから会議の無事終了を祝って徹夜で宴会だというその晩、リツコは慌ただしく呼ばれて、西の皇宮内に用意されていた皇女サマの部屋へ案内された。
 鋭もマシカも皇子様たちも公女も、今夜はとても忙しいはずなのに、なぜか、みんないた。
「…なあに?」
「リツコあなた案外有能だから。このままこちらに居てもいいのよ?」
 いきなり不機嫌丸出しの声で皇女サマがぼそっとのたまう。
「へ?」目を点にすると、鋭が言い出しにくそうに苦笑しながら補足した。
「地球の欧米側に出られる通路があったら朝日ヶ森に戻すよりもそちらに亡命させてほしいって、清瀬律子さんから頼まれてた話は、前にしたよね?」
「あ、うん。…聞いた。」
「西のヨーリア学派とも連絡とってたんだけど。君が整理してくれてた古文書の解読をできる人がいてね。それによると。どうやら確実に通れる西側への通路が、今夜だけ、開く。」
「今夜!?」
「…急だから… みんなびっくりしててさ。」
「うん。」リツコもびっくりして、うなづく。
「それを逃すとしばらく地球に帰れる通路は確定できてない。へたすると数年先とかになるかもしれない。」
「そうなんだ…」
「それで、今夜、地球に帰るか、でなければ、数年先くらいまで、こっちに居てくれるかな?…って」
「…………そうなんだ………?」
「きみこっちでけっこう楽しそうにやってたし。」
「もうしばらく居てくれたら、あたしは嬉しい。けど…」マシカが真っ赤な目になって言い澱む。
「言わないのは卑怯でしょ!」
 また唐突に皇女サマがぶすくれた声でつぎ足す。
「…実は、リツコのお父さんとお母さんと、連絡が、取れたよ。」
「ほんとッ!?」 声が、うわずった。
「うん。今夜、行くなら、迎えに来てくれるって…」
 鋭の眼から涙が溢れるのを、リツコは二重にびっくりして見ていた。
 マシカも泣き出してしまった。
 リツコも泣き出した。でも、言った。
「うん。…急だけど… あたし、帰るよ!」
 もう一回、声に出して、自分に確認してみた。「地球人だから… 地球に帰る。」
「あたしね。ずっと…自分のこと… 天才でも魔法使いでもないし… 役に立たなくて、残念だな! って思ってた。

 …でもね、こっち来て、ほんとの天才の鋭とか、魔法が使える王女様のマーシャとか、見たけど…
 …べつに天才じゃなくてもね。凡才でも、マホウも使えなくても…

 …あたし、結構、…役に立つよね?!」
「えぇ。かなりとても、役に立ってくれたわよ!」

 皇女サマが悔しそうに涙をにじませながら言う。
「だから… こっちの世界は、これからもう、平和になるから…」

 マシカが声をあげて鳴き出してしまった。両手に顔をうずめる。
「あたしの世界は… これからが大変なんだから…。

 自分の世界に帰って、がんばれることを、やってみる!」
「そうだね。」
 雄輝がちょっとそっぽを向き、鋭がうん。とうなずいた。

 

 9-6. リツコ、地球にかえる。

 慌ただしく、来たときのリュックとバスケットに荷物を詰めて、来た時の服に着替える。

 背負って抱えて歩けるもの以上は運べないという話だったので、こっちでマシカと買ったばかりの服や小物や甘いものの大半は、残念だけど諦めるしかなかった。
「リツコ…! あたし本当に妹みたいだなーって、…思ってたのに…!」
 マシカはもう泣いて泣いて大変で、手伝いは期待できない。
 やっぱりぐすぐす鼻を鳴らしながらでも、鋭はさくさくと荷造りを手伝ってくれた。

 とにかく書き貯めた記録のノートは全部と、ついには足りなくなって分けてもらったこっち風の巻き布や葉綴じもぜんぶリュックにむりやり押し込む。

 二十四色の色鉛筆は鋭に、ぼろぼろになったけど日本語の辞書はまだ使えると思うからマシカに、記念にもらってもらった。

「なによ! わたしには?!」と皇女サマが子どもみたいに拗ねたので、ちょっと考えて、籐のバスケットに入れてた中身をぜんぶ出して適当な布で風呂敷包みにして持ってくことにして、「これ気に入ってたんだけど、あげる。」と言ったら「じゃあ大事にするわ。」と素直に受け取るので、やっぱりちょっとその性格には笑った。
 挨拶を出来るかぎりの人たちには慌ただしく挨拶をして回って、会議の打ち上げ宴会であちこち賑やかな城のすみから、地元のヨーリア学派の人たちの案内で、そっと抜け出す。
 皇女サマと公女様は宴会から長くは抜けられない立場なので、門の中で最後のお別れをした。二人とも眼が赤くなっていた。
 短い夜の道を歩き、寺院のような場所から地下の泉水井戸に入る。
 小さい祠があって、それをどけると短い洞窟があった。
『入って。』ヨーリア学派の人が言う。
『リツコ! …リツコ行かないでッ!』 マシカがうしろからしがみつく。
『マシカ…! ごめんねぇッ!』 リツコも涙で前が見えなくなる。
『…あまり時間がない。すぐに通路が塞がってしまう。』
「リツコ、」
「鋭、また…いつか、どこかで、会えるかな…?」
「手紙を書くよ。小さいものなら、定期的に送れる通路は確保してあるから」
「うん…」
 動けない。やっぱり…行きたくない! 帰りたくない!
 リツコは思った。「あたし! …やっぱり…ッ!」
 すると洞窟の向うから、真夜中なのに、太陽の光? らしいものが射しこんできた。
「…リツコ! …リツコ? 居るの?!」
「リツコ!?」
「…お母さんッ? …お父さんッ!」
 …マシカが、抱き着いていた腕を、嗚咽しながら、放した…
「ごめん! みんな! あたし、行くね!」
『…リツコのお母さん! リツコとっても良いコでした! ありがとう! 大事にしてあげてね!』
 マシカが洞窟の奥に向かって叫ぶ。
「…リツコ!? …そこに居るのよねッ?!」
 リツコはがんばって一歩踏み出し、それから目をつぶって駆けだした。
 後ろを振り返る暇もなく、あっと思う間もなく、ステン! と、何もないのに転んで…

 慌てて目を開けると、明るい場所に、お母さんとお父さんが、立っていた…
「リツコ!…元気で…ッ!」
 最後に、喉に絡んだような、鋭の半泣きの声が聴こえて…

「待ってッ! リツコごめん! 《言葉の術》! 解くの忘れたわ!」
 息せききって追いかけてきたらしい皇女サマのそんなまた笑えるセリフがかすかに遠くから聴こえて…

 それっきり。

 

 

 9-7. リツコ、家族と合流する。

 

 お母さんがぎゅっとしがみついてきて、お父さんが泣いていて、お姉ちゃんが泣きじゃくっていた。

 そこは知らない場所で、でも地球の建物だった。

 リツコも泣いてしまって、しばらく何も言えなかった。

 

 それからリツコは独裁国家となって戦争を始めてしまった日本へは戻れず、家族と一緒に外国に亡命して暮らすことになったが。

 なぜか? 言葉が通じないはずのリツコが日本語で喋ると、言葉が通じないはずの相手の人のあたまのなかに、その意味が字幕のように、浮かんでしまう…。

 それは地球世界ではありえないことで、リツコはテレパシーを使う超能力者と誤解され、その後の《大迫害時代》には、地球にさえ居られなくなって宇宙へ移住するハメになったりしたが…

 

 それはまた、別のお話です。


                                     fin.

 

 


(第2稿)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(第2稿)

 

 

 



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