(あらすじ) (2018年9月8日)
『 リツコ冒険記 』 ☆夏休み・異世界旅行☆
霧樹里守(きりぎ・りす)
(あらすじ)
高原リツコは家族の事情で、私立学園の寮に住んでる。
その学長から「夏休みの手伝い」を頼まれた。
なんと、「異世界への親善大使」!
えぇ?! …っと思ったけど大人たちや先輩たちはみんな忙しくて行けないらしい。
「行って、みんなと仲良くして、まわりをよく観察して、レポートを書いてきてくれれば、それだけでいいの。
行ってくれたら他の宿題はぜんぶ免除してあげる!」
大好きな学長がそう言ってくれたので、喜んで引き受けた。
「姉弟世界」と呼ばれる大地世界《ダレムアス》では、漫画かアニメの王子様?かと思うような超美形!の、優しいお兄さんに世話してもらっちゃうしぃ ♪
食べ物は美味しいし、お祭りは楽しいし…、
…あいにくながら残念な性格の皇女サマには、意地悪されたけど…。
もうひとつの異世界《ボルドム》との戦争終結のための講和準備会議?とか、
同じ大地世界のなかでも、民族紛争とか、皇位継承争い?とか…
そういう深刻な問題には、ショックを受けたけど…。
たっぷりのレポートを抱えて、友達と涙でお別れして、
リツコは夏休みの終わりとともに、元気に帰国しました。
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
第1章 リツコ、異世界へ行く。
1-0.まずは、朝日ヶ森学園。
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
朝日ヶ森学園。
知ってるかな?
「天才児が集まる」ので秘かに有名。
超のつく贅沢な校舎と自由奔放なカリキュラムで知られていて、子どもを私立に進学させたい親たちにとっては、憧れの学園だ。
基本は全寮制だけど、都心から新幹線で通勤・通学してくる生徒や先生もいる。
緑の豊かな地方都市の新幹線の停車駅から、自動車なら迂回して20分くらい。
歩くなら、ほぼ直線コースの県立公園の遊歩道を抜けてくるのが速い。
自転車? …まぁ、モトクロスを乗りこなせる人なら、抜けられる道だと思うよ…?
学園の敷地は広くて、一見すると壁とか塀とか柵とかは何もない。
でもセキュリティは万全で、目立たないところに監視カメラ網がばっちり。
不審者は立ち入れないけど、内部の見学とかは許可制の予約ツアーに参加すれば入れる。
校舎や講堂や寮の建物は、一見シンプルだけどしっかりお金のかかった造りで、見た目は柔和な感じだけど、どんな災害にもまけない頑丈な骨格なんだって。
もちろん、屋外と屋内の両方に水泳プールがあるし、体育館とか柔道場とか剣道場とか弓道場とか、もちろんスケートリンクもスキー場もテニスコートも、全天候対応型のやつが、それも学年別とかで、複数個所にある。
さすがにサッカーコートとラグビー場は、屋外だけらしいけど。
図書館ときたら外部の大人がまる一日かけて調べものしに訪ねてくるほど蔵書数が多い。
広大な敷地はゆるやかな起伏があって、種々沢山の緑が豊か。
天気のいい日は生徒たちがあちこちの芝生や木の下で、寝ころがったり自由課題を片づけていたりする。
時間割は自習が多くて自由で、給食もメニューを自由に選べて美味しいらしい。
都心から新幹線で週1のスクーリングに通ってくる通信制の生徒たちには芸能関係の子役とかが多い。
全寮制の一番奥の建物に住みついているのは、三歳から二十五歳までの、「天才」と呼ばれる、生まれつき知能指数の高い、ちょっと変人が多い。
それから一番多いのはやはり親が金持ちとか有名人とかで、コネと金をふんだんに使って我が子をここにがんばって押し込んだ!という家の子たちらしいけど。
それ本当はちょっとだけ、気の毒な話なんだ。
なんでかって…?
ここはあくまでも、関係者からは「おもて」と呼ばれている場所(学苑)で…
本当の朝日ヶ森「学園」は「うら」とか「真」とか呼ばれていて、別の場所にあるから。
なんだ…
これ、知ってたかい…?
1-0-1.朝日ヶ森(うら) (2018年9月8日)
1-0-1.朝日ヶ森「学園」(うら)
さて。
「うら」とか「真」とか呼ばれている、「ほんとうの」朝日ヶ森について…
説明するのは、難しい。
場所は秘密で、首都からは「裏日本」と蔑視されている、辺鄙な山中にある。
こちらも敷地は広大だけど、頑丈なレンガの壁にまわりをきっちり囲われて、特殊な警備隊が昼夜わかたず厳重な監視をしている。
生徒の種類はおもに三つに分かれる。
ひとつは国内外の要人、つまりVIPの子どもで、家族と一緒にいられないような、何か特殊な事情のある者…病弱とか、テロや誘拐の危険とか、相続争いとか、隠し子で正妻には内緒とか…そんな感じの。
だからちょっとひねた性格のやつらが多い。
ふたつめのグループは、もっと特殊で…
「ふつうの」人間じゃない力や外見を持って生まれた、「特別な家柄」の、跡継ぎとか先祖返りとか…
とにかく、そんなのだ。
角や牙があったり、鱗や翼があったり、魔術や呪術が使えたり、過去や未来や、人の心が読めたり…
本人たちは「神でも悪魔でもないから、いちおう、人間なんだけどー」と主張する場合が多いが、今の世の中ではうっかり一般社会を出歩くことができない。
それで、「一族だけの隠れ里にこもってばかりでは世間にうとくなるし、幼なじみと親戚以外は友達も恋人も探せないし!」という理由で「社会体験」と称して「遊学」しに来て、文字通り「羽を伸ばして」学園生活を楽しんでいたり…する。
みっつめのグループについては…長くなるので、また後で説明しよう。
そんなふうに、観た感じからして不思議な…秘密の、「地球内・治外法権」とも呼ばれる…
「朝日ヶ森・学園」。
このお話は、そんな場所から始まる。
1-1-0.リツコ、呼ばれる。 (2018年9月8日)
1-1.リツコ、親善大使になる
1-1-0.リツコ、呼ばれる
朝日ヶ森「学園」の三つめのグループ通称「ただびと組」に属する普通人のリツコは平凡な子どもで、セレブの子でも天才児でもなく、美少女戦士でも子役アイドルでもないかわりに、妖怪変化の類でもなかった。
(こう書いたら「失礼ね!」と、妖怪変化な見た目の学友から怒られた。)
しいて言うなら特技は木登り。
親から教わったのでキャンプとか大好きで、野外炊飯とか年齢のわりに得意。
虫とか蛇とか平気で、まぁ女子からは引かれるけど、いざって時のサバイバルには向いてる。
見た目は凡庸。顔はのっぺりしてハナはちんまりして、日焼けして真っ黒で、鼻のまわりとかソバカスだらけ。へろへろのくるくるの天パの髪がコンプレックスで、黒目がキョロっとでかくて、歯並びだけは自慢で真っ白で、まぁ時々「笑うと可愛い」くらいは褒めてもらえる。
ご飯はよく食べるけど、それ以上に暴れてる。から、そんなに太ってはいない… たぶん。
前いた学校では野球部のピッチャーでいいセンいってた。
投げたら当たる。これはけっこう、長所?
まぁそんな程度のリツコが「うら」朝日ヶ森にいるのには…
事情があった。
そんな事情のひとつ、「大叔母様」からの呼び出しがあったので、とある7月の昼下がりに学長室までとことこ歩いて行った。
全寮制の学園はすでに夏休みに入っていて、家のある生徒たちの大半は帰省か家族旅行に行ってる。
セミ時雨のほかはしんと静かな構内の、広大な芝生と緑陰の濃い木立ちの数々と、英国庭園風のベンチや花壇や植え込み迷路や…の中を、小汗をかきながら十数分ほど、えんえん歩いて歩いて、ようやく重厚なレンガ造りの事務室棟に辿りつくと、勝手知ったる建物内には無言のまま入って、こんこんと学長室のドアを叩いた。
「はい。どうぞ!」
若々しい声の大叔母様の返事を聞いてからドアを開け、一応「失礼します」と頭を下げる。
大叔母様というのは都合上の呼称で、本当は祖母のイトコだ。
「なんですかー?」
「お願いがあるのよ!」
元気な声でいきなり言われて、リツコは面食らった。
「欠員が出ちゃってね! 代わりに行ける人が他にいないの。バイトと思って引き受けてくれないかな? お礼として、夏休みの宿題ぜんぶ免除するから!」
…この「大叔母様」の名前は清瀬律子という。リツコと同じ「りつこ」だ。
やはり美女でも妖怪でも天才でもない「ただびと」のはずだがここの卒業生で、なぜか学園長まで務めてる。
リツコの母はこの気さくな美人叔母(ほんとうは母の母の従妹だ)が大好きで、たまたま彼女が事故で行方不明になって死んだかと思われていた頃にリツコを身籠ったので、思わず名前をもらって付けてしまった。という話…(そしてその後で本人が生還したので、親族一同は呼び名に困った。)
…まぁそれはいいけど。
「…朝日ヶ森『学園』の生徒の欠員の代理って… それ、『ただびと』のあたしでも務まる用事?」
そっちのほうが当面の大問題だ。
「だいじょうぶよ! なんて言うか…そう! 親善大使! みたいな役目なの。行って、滞在して、皆さんと仲良くして… 最後の会議で、コレを私の代理で音読してくれればいいの!」
渡された手書きの便せんにざっと目を通して、それから声に出して読んでみた。
「みなさん、おまねきありがとうございます。今日のこの会議の…」
ちょっと長いけど… べつに、難しい漢字とかは、無いよね…?
「…行っても、いいけど… どこ…??」
「異世界よ!」
大叔母さんの無邪気な一言に、リツコは「はぁ?」と口を開け、目を点にした…。