目次
(借景資料集)
【速報!】 第2回 「青い鳥文庫小説賞」
(第4稿)
(第4稿)as(最終稿)
(添付挨拶状)
(あらすじ) (2018年9月23日)
序章 《 朝日ヶ森 》
第1章 リツコ、異世界へ行く。
第2章 リツコ、異世界で目覚める。
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、取材する。
第8章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第9章 リツコ、役に立つ。
終章 リツコ、地球に帰る。
(第3稿)
(第3稿)
(表紙)
(あらすじ) (2018年9月16日)
序章 朝日ヶ森 学園
第1章 リツコ、異世界へ行く。 (2018年9月16日)
第2章 リツコ、異世界で目覚める。 (2018年9月16日)
第3章 リツコ、皇女様にあう。
第4章 リツコ、仲良しができる。
第5章 リツコ、旅に出る。
第6章 リツコ、旅をする。
第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第8章 リツコ、戦う。
第9章 リツコ、地球に帰る。
(第2稿)
(第2稿)
(あらすじ) (2018年9月8日)
1-0-0.朝日ヶ森「学苑」(おもて)
1-0-1.朝日ヶ森(うら) (2018年9月8日)
1-1-0.リツコ、呼ばれる。 (2018年9月8日)
1-1-1. リツコ、出かける (2018年9月8日)
2-0-1.リツコ、異世界に着く。 (2018年9月9日)
2-0-2.リツコ、挨拶する。
2-1-1.リツコ、清峰鋭にあう。
2-1-2.リツコ、異世界の村へ行く (2018年9月9日)
2-1-3. リツコ、空を飛ぶ。 (2018年9月9日)
3-0-0. リツコ、悪夢をみる (2018年9月10日)(加筆)
3-0-1.リツコ、起こしてもらう。
3-0-2. リツコ、情報交換する
3-1-0.リツコ、朝寝坊する。
3-1-1.リツコ、右将軍にあう。
3-1-2.リツコ、皇女に会う
3-1-3.リツコ、マシカとあう。
3-1-4. リツコ、市場へ行く。
3-1-5. リツコ、天幕に泊まる。 (2018年9月11日)
4-0. リツコ、早起きする。
4-1. リツコ、パレードに参加する。
4-2. リツコ、誇大広告される。
5-1. リツコ、旅をする。
5-2. リツコ、記録する。 (2018年9月12日)
5-2. リツコ、話せるようになる。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。
第6章 リツコ、旅をする。
(第1稿)
(第1稿)
(あらすじ) (2018年8月17日)
( 目次 ) (2018年8月18日)
0-1.(おもて) (2018年8月18日)
0-2.(うら) (2018年8月18日)
1.リツコ、親善大使になる (2018年8月18日)
1-1. リツコ、出かける
2. リツコ、異世界へ行く。
2-1.リツコ、挨拶する。
2-2.リツコ、清峰鋭にあう。 (2018年8月19日)
2-3.リツコ、運ばれる。
3.リツコ、白王都へ着く。 (2018年8月22)
3-1-0.リツコ、寝坊する。 (2018年8月22日)
3-1-1.リツコ、皇女に会う (2018年8月22日)
3-1-2.リツコ、マシカにあう。 (2018年8月24日)
3-1-3. マシカ、市場へ行く。 (2018年8月24日)
3-1-4. マシカ、天幕に泊まる。 (2018年8月24日)
4-0. リツコ、目覚める。
4-1. リツコ、行列に参加する。
4-2. リツコ、センデンされる。
5-1. リツコ、記録する。
5-2. リツコ、観察する。
6-1. リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。 (2018年8月26日)()
6-2. リツコ、小鬼を救う。 (2018年8月26日)
7. リツコ、まきこまれる。 (2018年8月26日)
8-1. リツコ、魘される。
8-2. リツコ、龍にのる。
9. リツコ、会議にでる
10-1. リツコ、よばれる。
10-2. リツコ、地球にかえる。 (2018年8月26日)
(草稿&没原稿)
(草稿&没原稿)
(1) 朝日ヶ森 (2018年6月3日)
『 リツコへ。 第一日 』 (@中学……1年か2年?) 
(あらすじ) (プロット&目次)
(あらすじ) (プロット&目次)
【投稿用】プロットメモ (2018年7月22日)
400字~800字程度のあらすじ。 (2018年8月17日)
(設定資料集)
(設定資料集)
このコだ! 「鍵になるキャラ」…っ!www (2018年6月30日)
(( ことばよ、つうじよ! ))  (2018年8月9日)
(サ行前の雑談など)
(サ行前の雑談など)
【ぐれてる理由】。(--;)。 (2018年5月13日)
『 リツコ 冒険記 』 ~ 夏休み ・異世界旅行 ~ (1) (2018年6月3日)
(案の定【天中殺中】で頓挫している) (2018年7月22日)
…ちっ! …やっぱり…『落ちた』か…★ (2018年8月12日)
次ぃ征くぞ! 次っ! (2018年8月12日)
★ 【講談社 『 青い鳥文庫 』 の呪い!?】の謎。 ★
奥付
奥付

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(第3稿)

(第3稿)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(第3稿)

 

 

 

 


(表紙)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リツコ冒険記

 

…夏休み・異世界旅行…

 

 

霧樹里守

(きりぎ・りす)


(あらすじ) (2018年9月16日)

 『 リツコ冒険記 』 …夏休み・異世界旅行…

               霧樹里守(きりぎ・りす)

(あらすじ)

 高原リツコは家族の事情で、私立学園の寮に住んでる。
 その学長から「夏休みの手伝い」を頼まれた。
 なんと、「異世界への親善大使」!
 えぇ?! …っと思ったけど大人たちや先輩たちはみんな忙しくて行けないらしい。

「行って、みんなと仲良くして、まわりをよく観察して、レポートを書いてきてくれれば、それだけでいいのよ。
 行ってくれたら他の夏休みの宿題は、ぜんぶ免除してあげる!」
 大好きな学長がそう言ってくれたので、喜んで引き受けた。

「姉弟世界」と呼ばれる大地世界《ダレムアス》では、漫画かアニメの王子様?…かと思うような超美形!の、優しいお兄さんに世話してもらっちゃうしぃ ♡
 食べ物は美味しいし、お祭りは楽しいし…、
 …あいにくながら残念な性格の皇女サマには、意地悪されたけど…。

 もうひとつの異世界《ボルドム》との戦争終結のための講和準備会議?とか、
 同じ大地世界のなかでも、民族紛争とか、皇位継承争い?とか…
 そういう深刻な問題には、ショックを受けたけど…。

 たっぷりのレポートを抱えて、友達と涙でお別れして、
 リツコは夏休みの終わりとともに、元気に帰国しました。

 


序章 朝日ヶ森 学園

『 リツコ冒険記 』…夏休み・異世界旅行…

 

          霧樹里守(きりぎ・りす)

 

 

序章 朝日ヶ森 学園

序章 1 (おもて)

 朝日ヶ森学園。
 知ってるかな?
「天才児が集まる」ので秘かに有名。
 超のつく贅沢な校舎と独特の自由奔放なカリキュラムの秀逸さ、そして学費の高さでも知られていて、我が子を名門私立に進学させたい親たちにとっては、憧れの学園だ。

 基本は全寮制だけど、都心から遠距離通勤・通学してくる生徒や先生もいる。
 緑の豊かな地方の新幹線の停車駅から、自動車なら迂回ルートで二十分くらい。
 歩くなら、県立公園のなかの遊歩道をまっすぐ抜けてくるほうが速い。
 自転車? …まぁ、モトクロスを乗りこなせる人なら、抜けられる道だと思うよ…?

 学園の敷地は広くて、一見すると壁とか塀とか柵とかの仕切るようなものは何もない。
 でもセキュリティは万全で、目立たないところに監視カメラ網がばっちり。
 不審者は入り込めないけど、内部の見学とかは許可制の予約ツアーに参加すれば入れる。
 校舎や講堂や寮の建物は、一見シンプルだけどしっかりお金のかかった造りで、見た目は繊細で温和な感じだけど、どんな災害にもまけない頑丈な耐震骨格なんだって。
 もちろん、屋外と屋内の両方に冷水と温水の競技用プールがあるし、体育館とか柔道場とか剣道場とか弓道場とか、もちろんスケートリンクもテニスコートも、全天候対応型のやつが、それも学年別とかで、複数個所にある。
 さすがにサッカーコートとラグビー場とスキー場は屋外だけ。らしいけど。
 図書館ときたら外部の大人が泊りがけで調べものしにくるほど、質量ともに充実した蔵書数を誇る。
 広大な敷地はゆるやかな起伏があって、種々沢山の緑が豊か。
 天気のいい日は生徒たちがあちこちの芝生や木の下で、ゆったり寝ころがったりグループ課題を片づけていたりする。
 もちろん複数個所にある学内食堂も合計すれば二十四時間営業で、メニューはもちろん好きに選べる上に、無添加とか有機栽培とかのこだわり素材を使って健康に配慮した栄養管理がされていて、しかも一流シェフによる監修で、国際級のホテルのレストランなみに充実したラインナップで美味しいらしい。
 時間割は自学自習に重きを置いていて選択科目が多くて自由。

 生徒のうちで都心から新幹線で週1のスクーリング等にくる通信制の生徒たちには芸能関係の子役とかアイドルの卵とかが多い。学内ではおもに「タレ組」と俗称されている。

 それから特徴的なのは全寮制の一番奥の建物にいる「天才組」と呼ばれる、生まれつき知能指数が平均よりもはるかに高い、ちょっとかなり変人で専門バカな連中。
 そして生徒のなかで数が多いのは、やはり親が金持ちとか有名人とかのセレブで、コネと金を可能なかぎり使いまくってお受験資格をとって我が子をここに「押し込んだ!」という家の子たち。なんだけど…
 それ、本当はちょっとだけ、気の毒な話なんだ。
 なんでかって…?
 ここはあくまでも、関係者からは「おもて」と呼ばれている場所(学苑)で…
 本当の朝日ヶ森「学園」は、「うら」とか「真」とか呼ばれていて、別の場所にあるから。
 なんだ… 

 

 

序章 2 (うら)

 さて。
「うら」とか「真」とか呼ばれている、「ほんとうの」朝日ヶ森について…
 説明するのは、難しい。
 場所は秘密で、首都圏からは「裏日本」なんて蔑称されている地域の、辺鄙な山の奥にある。
 こちらも敷地は広大だけど、目立たないように全域が頑丈なレンガの壁できっちり囲われていて、特殊な警護部隊が昼夜をわかたず厳重な監視をしている。

 さらに点在して見えるまばらな建物群は主に地下通路で緊密につながっていて、むしろ地上部分よりも地下部分のほうが質量ともに広壮な本体だ、とも噂されているが、実は在学生でも現職の職員でも、全貌をきちんと把握している存在は、ほとんど居ないらしい。

 ほとんど「秘密基地」という感じの場所だ。
 こちらに在学する生徒の種類も、おもに三つに分かれる。

 ひとつは国内外の要人、つまり政治・経済的なVIPの子どもたちで、なんらかの事情で家族とは一緒にいられない者…生まれつき病弱とか、テロや誘拐の対象にされる心配があるとか、相続争いによる暗殺の危険を避けるためとか、はたまた、隠し子で正妻には内緒でないとまずい存在とか…そんな感じの。
 だからちょっとひねた性格のやつらが多い。

 ふたつめのグループは、もっと特殊で…
「ふつうの人間じゃない」能力や外見を持って生まれた、「特別な家柄」の、跡継ぎとか先祖返りとか…
 角や牙があったり、鱗や翼があったり、魔術や呪術が使えたり、過去や未来や、人の心が読めたり、操れちゃったり。
 本人たちはそれでも「神でも悪魔でもないから、いちおう人間なんだけどー」と主張する場合が多いが、今の世の中ではうっかり一般社会を出歩くことができない。
 それで、「一族だけしかいない隠れ里に閉じこもってばかりでは世間にうとくなるし、幼なじみと親戚以外は友だちも恋人も探せない人生なんて!」…という理由で「社会体験」と称して「朝日ヶ森学苑に遊学」しに来て、広い構内で文字通り「翼(はね)を伸ばして」学園生活を楽しんでいたり…する。

 生徒の内の三つめのグループについては…長くなるので、また後で説明しよう。

 まぁそんなふうに、観た感じからして不思議な…秘密の、「地球内・治外法権」とも呼ばれる…

 「朝日ヶ森・学園」。 

 このお話は、そんな場所から始まる。

 


第1章 リツコ、異世界へ行く。 (2018年9月16日)

第1章 リツコ、異世界へ行く。

 

 1-1.リツコ、召喚される。

 朝日ヶ森学園の生徒たちのうち三つめのグループ通称「ただびと組」に属する普通人のリツコは平凡な子どもで、セレブの子でも天才児でもなく、美少女戦士でも子役アイドルでもないかわりに、妖怪変化の類でもなかった。(こう書いたら「失礼ね!」と、妖怪変化な学友たちから怒られた。)
 しいて言うなら特技は木登り。

 親から教わって育ったのでキャンプとか大好きで、野外炊飯とか年齢のわりに得意。
 虫とか蛇とか平気で、まぁ女子からは引かれるけど、いざって時のサバイバルには向いてる。
 見た目は十人並。顔はのっぺりしてハナはちんまりして、日焼けして真っ黒で、鼻のまわりとかソバカスだらけ。へろへろのくるくるの天パの髪がコンプレックスで、黒目がキョロっとでかくて、歯並びだけは自慢で真っ白で、まぁ時々「笑うと可愛い」くらいは褒めてもらえる。

 ご飯はよく食べるけど、それ以上に暴れてる。から、まだそんなに太ってはいない… たぶん。
 前いた学校では野球部のピッチャーでいいセンいってた。

 投げたら当たる。これはけっこう、長所?
 まぁそんな程度のリツコが「うら」朝日ヶ森にいるのには…
 事情があった。

 そんな事情のひとつ、「大叔母様」からの呼び出しがあったので、とある七月の昼下がりに学長室までとことこ歩いて行った。
 全寮制の学園はすでに夏休みに入っていて、家のある生徒たちの大半は帰省か家族旅行に行ってしまった。
 今を盛りと鳴きすだくセミ時雨のほかはしんと静かな構内の、広壮な芝生の起伏と緑陰の濃い木立ちの数々と、英国庭園風のベンチをしつらえた花壇や植え込み迷路やらの中を、小汗をかきながら十数分ほど、えんえん歩いて歩いて、ようやく重厚なレンガ造りの事務室棟に辿りつくと、勝手知ったる建物内には無言のまま入って、こんこんと学長室のドアを叩いた。
「はい。どうぞ!」
 若々しい声の大叔母様の返事を聞いてからドアを開け、一応「失礼します」と頭を下げる。
 大叔母様というのは都合上の呼称で、本当は、祖母のイトコだ。
「なんですかー?」
「お願いがあるのよ!」
 元気な声でいきなり言われて、リツコは面食らった。
「欠員が出ちゃってね! 代わりに行ける人が他にいないの。バイトと思って引き受けてくれないかな? お礼として、夏休みの宿題ぜんぶ免除するから!」
 …この「大叔母様」の名前は清瀬律子という。リツコと同じ「りつこ」だ。
 やはり美女でも妖怪でも天才でもない「ただびと組」のはずだが、ここの卒業生で、なぜか学園長まで務めてる。
 リツコの母はこの気さくな美人叔母(ほんとうは母の母の従妹だ)が大好きで、たまたま彼女が事故で行方不明になって死んだかと思われていた頃にリツコを身籠ったので、思わず名前をもらって付けてしまった。という話…(そしてその後で本人がけろっと生還したので、親族一同は呼び名に困った。)
 …まぁその話はいいけど。
「…朝日ヶ森『学園』の生徒の、欠員の代理って… それ、『ただびと』のあたしでも務まる用事?」

 そっちのほうが当面の大問題だ。
「だいじょうぶよ! なんて言うか…そう! 親善大使! みたいな役目なの。行って、しばらく滞在して、まわりの皆さんと仲良くして… 最後の会議で、コレを私の代理で音読してくれればいいの!」
 渡された手書きの便せんにざっと目を通して、それから声に出して読んでみた。

「…”みなさん、おまねきありがとうございます。今日のこの会議の”…」
 ちょっと長いけど… べつに、読めないほど難しい漢字とかは、無いよね…?
「…行っても、いいけど… どこ…??」
「異世界よ!」
 大叔母さんの無邪気な一言に、リツコは「はぁ?」と口を開け、目を点にした…。

 

 

 1-2. リツコ、旅支度をする。


「…あ、あらっ? ウケなかったかしらっ? イマドキの『ただびと』…いえ、ふっ、『普通世界』で育った子どもには、こういう言い方のほうがウケ…いえ、判りやすいかな~と、…思ったんだけど…っ!?」
 いつも穏やかでニコニコしている大叔母様が、真っ赤になってわたわた取り繕うという珍しい光景を、リツコは口をあけたままあんぐり眺めた。
「…べつに危ないこととかは無いと思うのよ? 戦争は終わったっていうし、和平会議なんだし、おばさまの初恋の人とか、向うに行ってるしっ」
「はぁ?」
「だからねっ! …だから、私と同じ名前の血のつながったあなたが、向うであの人に会ってきてくれたら… 本当に、わたし、嬉しいのよ…っ!」

 …とりあえず、何も解らないけど、断れないらしい。ということだけはリツコにも判った。
「…………わかった。とにかく、行ってくるから…………。」
「ほんとっ?」
 としがいもなく頬なんか染めちゃった大叔母様(たしか七十歳は過ぎているはずだ…)が、慌てて咳払いなんかしながら色々と説明してくれた。

「…持って行ってほしいものはもう購買に頼んで取り寄せてもらってあるから、部屋に戻る前に受け取って行ってね。それから、旅仕度に必要なものは何でも『おばさまの支払いで。』って言って、好きなだけ買ってくれていいから。」

 そう言いながら渡された「絶対に!持っていくもの」リスト。

 

 ・計算尺 1つ (購買にもう頼んであります。)

・ノギス 1つ      〃

・大学ノートかリングノート(リツコの好きなほうで)

 10冊くらい(持てて書けるだけなるべくたくさん)

・鉛筆(ポールペンやシャーペンじゃなくて) 1ダース(1箱)か、もっと。なるべくたくさん。

・色鉛筆(カラーペンじゃなくて) 1セットかもっと。

・消しゴム(多めに)

・鉛筆削り(忘れないで!)

 

「…この計算なんとかと、ノギスってなに?」

「それは向こうからのお土産のリクエストなの。着いたら渡してあげてね。」

「…わかった。…ねぇねぇ。色鉛筆って、二十四色のやつ買ってもいい?」

 思わず目をきらっと光らせながら聞くと、

「四十八色のでもいいわよ!」

 大叔母様が笑って言い切ってくれたので、リツコは大いに気をよくした。

(自分のおこづかいだけじゃ買えないやつだー!)

 それからこまごまと書いてくれた行先への道順の説明をよく読んで、解らないところは質問して、細かい打ち合わせもして。

 その後でひとりで購買に寄って、言われたものと、リュックとか下着とか、要りそうなものを選んで買って。

 それから夜遅くまでうんと考えて、必要最低限の着替えと小物だけをしっかり厳選してリュックに詰めて、翌朝、列車内で食べるお弁当と飲み物を、予約しておいた食堂で受け取って、お気に入りの藤のバスケットに詰めて…
 用意した荷物を大叔母様にチェックしてもらってOKをもらって挨拶してから、駅まで向かう朝一番の路線バスに、リツコはひとりで飛び乗った。

 

 

 1-3.リツコ、一人旅する。

 

  最寄駅から普通切符を買って鈍行に乗って、乗り換え駅から特急に乗り換えて、検札に来た車掌さんに目的地までの特急券を頼んだら、
「小学生が一人で?」と、やっぱり不審がられたから、教えられた通りに、
「ママのお墓参りに行くんだけど、パパは夏休みが取れなかったのー!」

 と無邪気なふりしてにこにこ返事して。

「降りる駅に着いたらおばあちゃんが迎えに来てくれてるから。」と言ったら車掌さんは安心して向こうへ行ってしまった。
 それから慣れない長距離列車に揺られていたら半袖ではクーラーが寒くて、鼻水垂らしてぐずぐず言いながら、ちょっとだけ窓枠に肘をついてもたれて、うとうと眠って。
 乗り降りする他の乗客たちのざわめきに、はたと目が覚めると、もうすぐ、降りる駅で…

 慌てて起きて、乗り換えて、また乗り換えて、乗り継いで…

 日暮れ前にようやくたどり着いた二面戸町駅のホームの待合室でくるりと三回転半して振り向いて、後ろの正面の七つと三番目にあった教えられたとおりの秘密のドアを特別なやりかたでひねって、くるっと開けると。
「高原リツコ様ですね? 多元旅行社の送迎サービスの者です~!」
 …どう見ても二足歩行の巨大なカエルの人?がいて、曲がりくねった不思議な山道を、おかしな形のタイヤのない車で案内されて…
 教えられた森の中のこぶこぶした不思議な形の大樹に、よじよじと必死で登って。

「今ですよ!」

「大地の端っこから、太陽の端っこが、完全に沈んで消える瞬間」…ちょうどに!
 教えられた通りの樹上の空洞から、えいっと、勇気を出して…
 目を閉じて、しっかり荷物を抱えて、真っ暗な穴のなかに…

 飛び降りて、どすんと…
 …いえ、ふわっと…
 なにか柔らかいものの上に、落ちて… 

 目を開けたら、そこは、異世界?

  だった…。


第2章 リツコ、異世界で目覚める。 (2018年9月16日)

第2章 リツコ、異世界で目覚める。

 

 2-1. リツコ、仔猫につかまる。

 

 ちょっとの間だけ、気絶していた?らしい。
 はじめ何も視えなかった。とにかく眩しかった。
(…太陽…? あれ? だって「陽が沈む瞬間に!」って…あたし、飛びこんだよね…?)
 変だなと思いながら、とりあえず薄目だけ開けて、明るすぎて何も視えなかったので、右手を上げて顔の上を遮ってみた。
 同時に、右側の手で、からだとまわりを探ってみる。
 …怪我はない。まわりは…もふもふ? もこもそ? …している…???
 しばらくしてようやく、自分が何か柔らかくて長丸いもの?の山の中に、かなり高い上のほうから落ちて来た勢いのまま、あおむけに埋もれこんでいる…? ということが判った。

 その何かふかもこしたものが、上から落ちて来たリツコを受け止めた衝撃で弾け跳んだらしい綿埃?

…らしきものが、ほぼ真上からまっすぐに降り注いでくる金色の陽光の中を、ぶわぶわと舞い飛んでいる。

 触ってみた感じでは、リュックも潰れていないし、顔の上に挙げた右手でしっかり持ってたバスケットも、壊れたりはしていない。
 とにかく眩し過ぎたので、薄目だけ開けながら、もっそもっそと動いて、なんとか姿勢をかえて腹這い向きになり、それから手探り膝さぐりで、1mほどのふかもこの斜面をかなりずり落ちながらも、のそのそとよじ昇る。

 ちょうどその頃から、まわりのあちこちから、声が聞こえ始めた。
「…ま~るめる! まるった! えら。えららう。まるる~ん…???」
「えるった!らう!」

「あらえ!」
「まるぇ? えら。あらぅ。…あろ、…あっかせっか!」
「か~ぃせ! えのっかあるっか、らぅらぅらぅ。あごん!」
「あうのいあ!」
 …そんな感じの、まるまるした声の、可愛い響きのコトバで…

 もちろん、ひとっことも、解らない…!
(………ほんっとに、異世界? …来ちゃった~???)
 そう思いながら、もこもこの白い山の上からようやく顔を出すと。
「…えらっ! あまっ!あままま、あまま、あそっ?」
 可愛い仕種で、どうやら「だいじょうぶ~?」と心配してくれているらしい声が、かかった。
(…か、………かわいい…っ ♡ ♡ ♡ )
 語尾と目じりが思わずハート型になってしまうような小さな生き物たちが、そこらじゅうにいた。
 全体的に、白くてもこふわ。サイズはかなり小さそうだ。一番大きいコでも、リツコの膝までぐらい?
 うさぎのような、モヘアのような、ふわふわ毛並みの、だけどどちらかというと横長のまるい顔立ちの、大きな吊りあがりぎみの黒くて丸い眼の…見た目は、むしろ、猫…?

 エプロンドレスのような…巻きスカートのような…きんたろさんのような…形はそれぞれ違うけど、可愛いパッチワーク模様の、色とりどりの服を着た…

 二足歩行の…、白い、仔猫…??
「…あいにゃ! うにゃう?」

 心配してくれているらしい、表情豊かな大きな瞳が、とてもとても、愛らしい。

(これ、意味、たぶん、「だいじょうぶ? けがはない?」って感じかな…?)
 リツコはあんまりな可愛いらしさに嬉しくなってしまってへろっと笑いながら、とりあえず手を振ってみた。
「ごめん! コトバわかんない! ケガはないよ~。だいじょぶ!」
 それからちょっと心配になって、体の下のもふもふを手にとってよく見てみた。
 白猫?たちとよく似た色だから、生きてる仲間を下敷きにでもしたのかと思って。
(…違うみたい。…これは…毛玉? …繭…???)
 なにかカイコのような形のそれよりは大きさめ、毛玉…毛糸玉? のようなものが、いかにも「落ちて来くるもの受けとめ用クッション」という形に、高さ数メートルくらいの勢いでもりもりと盛り上げられている。

 その小山を取り囲む(…風から護っているのかな…?)というふうに張り巡らされた、屋根はない、テントのような…天井を大きく開けたティピのような…布とも皮ともつかない半透明の材料の、幕屋のなかの…

 前は大きく開いていて、見晴らしが、すごく良いことにリツコはやがて気がついた。

 おそらくとても高い山のなかの斜面を覆っている、大きな深い大樹の森の、さらにひときわ巨大にそびえたっている…

 後にしてきた世界でよじ登って飛びこんだ、大きな洞のあった老木とは、同じくらいの大きさだけれど、それとはまた別の種類の…
 若々しく枝を張り広げたみごとな大樹の、巨大な幹に開いた大きな洞の、その下だった…

 

 

 2-2. リツコ、白ウサギに挨拶する。

 古びて節くれだってぼこぼこと溝やウネができて、ところどころに緑の苔まで生えた大樹の根元、眩しい陽光が燦燦とさしこむあたり。
 巨木の幹にできた大きな空洞(うろ)から「何かが落ちてきたら」受けとめられるように…と、高さ三~四メートルほどに積み上げられていた「もこもこ」の山の斜面をずるずると滑り降りてみて、そこでリツコはしばらく困り果てていた。
 膝丈ほどの二足歩行の「しゃべる猫型にんげん?」…としか思えない、白くてふわふわの小さい生き物の群れに、わらわらと取り囲まれて…
「まうまうまう!」
「あうれ?」
「あっかのおっか?」
「おねぅおねぅ!」

「まうまうまうまうー!」
 などなど…ちっとも解らない言葉で、おそらくたぶん質問責めに?されたあげく、とりあえず適当に日本語で受け答えをしている間に、やおらよじよじとリツコの脚や腕に登り始めて、頭の上に座っちゃったりする、おちびさんまでいる…
(………えーとぉ。これは~………☆)
 ふかふか可愛い生きものにまとわりつかれること自体は楽しいので、思わずもふもふと撫でてみたり、へろへろと笑いながらも、ちょっとかなり困り果てていると、すこし離れたところから、すこしだけ低めの声が響いた。
「…えっけれねん! あうら! かなりっこさる!」
 とたんに、リツコを取り囲んでいたチビ猫さんたちが慌てて動き始めた。
「あけーーーーーね!」
 なんとなくリツコにも意味が分かった。
『あんたたち何やってるの、だめでしょ! 離れなさい!』
『ごめんなさーい!』
 …くらいの会話じゃないかな? たぶん…
 ちびさん達がどいてくれた隙に慌てて立ち上がると、やってきた人?たちの姿がようやく見えた。
(…あれ…?)
 膝丈ほどのちびさん達は、どうやらとにかく「子どもの」猫(?)だったらしい。
 やってきたのはたぶん大人?で、膝丈のおちびさん達よりはだいぶ大きい。とはいえ、地球の日本の小学校高学年としては標準サイズのリツコと、同じくらいの身長しかない。
 子どもたちが横丸な顔で耳も短くて地球の猫に似て見えるのに比べると、やってきた何人かの大人?猫たちはおそらく、育つにつれて顔も手足も縦長になり…耳が長くなって立ち上がり…やがて垂れて…地球でいう「垂れ耳うさぎ」が巻きスカートのようなエプロンドレスのような服を着て、荷物を手で持って、立って歩いてやって来た。…としか、リツコには思えないのだった。

(…えーと!)
 リツコはとりあえず「皆さんと仲良くしてね。」と大叔母様に言われて来た、自分の「親善大使」という役割を思い出して…、とにかくピシッと「気をつけ!」の姿勢をしてみた。

 それから、すぅっと息を吸ってから、元気よく、
「こんにちは! はじめまして、高原リツコっていいます。よろしくお願いします!」
 きちんとした大人たちがきちんとした時にきちんとやるみたいに、きちんと前に手をそろえてきちんと頭を下げて、きちんとした挨拶をしてみた。
 おとなウサギ?たちは、ちょっとキョトンとした後、やおらそれぞれの長い耳をゆっくりと頭上に掲げてぱたぱたと順序良く揃えて左右にうちふり、片手で巻きスカート?の脇をちょっとつまんで外側に開くようにしながら、反対側の手の平もリツコに見えるようにすっと開いて、膝をちょっとかがめて、
「まうまうまう!」と声をそろえた。
(まうまうまう?)とリツコは慌てて考える。
(さっきから何度もちびちゃんたちから聞いてたコトバだな~、アイサツだったのか!)
 了解したので慌ててまねっこをして両手を耳のかわりに頭の両脇にたてて左右にふってみて、スカートは履いてないので仕種だけ真似して、膝をぴょこんとかがめて、
「まうまうまう?」と、首をかしげながら挨拶をしてみた。
 おとな兎たちはリツコの発音の悪さにウケたらしくて笑いながら、元気に声をそろえて「まうまう!」と返事をしてくれた…
 ので、リツコは嬉しくて、えへへと笑った。

 

 

 2-3. リツコ、王子様にであう。

 

「…えっけれねん、あうりっこさるれぅある?」
「あっかいおす、おっかいねん?」
 …再び意味が解らない…
 えへえへと頭をかく仕草でごまかしながら困り笑いをしていると、おとな兎たちのうしろから、新たな声が響いた。
「…ごめんごめん!遅れた! やっぱりちょっと時間の計算に誤差があったね!」
(…………日本語だぁ~…!!!!)
 こんな短時間で『ことばの壁』に疲れて早くもホームシックになりかけていたリツコは、自分がものすごいほっとしていることに気がついて、むしろ驚いた。
「ミキーレ!」

「ミキーレ! あうのぁさるのみぇ、えれ?」

 おとな兎たちはふりむいて歓迎しているらしい声で、何かを説明したりしている。

『あうれりぁおうのおうあ、えら。』
 少しだけ違う発音で、だけどごくごく流ちょうなウサギ語?で受け答えをしながら斜面を登ってきて、リツコの視界に現われたのは…、ものっすごい…美青年! だった…

(………うそっ? 少女漫画かアニメかなんかっ?)

 リツコと同じくらいの背丈の大人?兎たちの背後から、ひょいと胸半分ほど上に出るすらりとした細身で、薄茶色のさらりとしたまっすぐな髪が肩にかかるくらい長くて、薄いメガネをかけている瞳も澄んだ明るい茶色で、すっきり整った美貌の優しそうな笑顔で、ものすごく賢そうな白い額がきれいに広くて、なんだか雰囲気全体がきらきらしていて、…吸い込まれるように見惚れてしまう…、美形だ!
 動きやすそうな細めの袴のようなものを履いて、ちょっと三国志風かなって形の上衣の上から長めの薄い外衣を羽織っていて、全体に青と水色で統一された、さりげないけどセンスのいい服を着ている。

 リツコはこんなに綺麗な青年を見たことがなかったので呆然と見惚れる。

 ぽかんと口を開けて上を向いて固まっているリツコにちょっと困った笑顔で、
「…リツコだよね? 遅れてすいません。迎えの者です。」
「…はいっ! 高原リツコですっ! 高天原から天を抜いたタカハラ! リツコはぜんぶカタカナっ!」
 見惚れていたのが間抜けで決まりが悪くて、リツコは思わず大声で自己紹介をしてしまった。
(…あ、恥ずかし~!)赤面して一人で百面相をする。
「…どうぞよろしく? ぼくは、清峰鋭(きよみね・えい)といいます。」
「……………嘘っ?」

 ウサギたちからは「ミキーレ!」と呼ばれていた青年の自己紹介に、リツコは思いっきり大声で返してしまった。
「え?」
「…だって! それ大叔母さんの同級生の人! 七十歳は過ぎてる筈でしょうっ?」
「…あ~、聞いてないかな? 向うとこっち、時間の流れも、トシのとりかたも違うんだよ」
「聞いてないっ!」

 断言したら、美青年なお兄さんは、困ったような笑顔で、にっこり笑った。
「…じゃあ、解らないことは何でも聞いてくれていいから、とりあえず、移動しようか?」
 なんだか有無を言わさない迫力のある超美形な笑顔に気圧されて、リツコは、ハイと頷いた…

 

 

 2-4. リツコ、異世界の村へ行く 

 

「この世界は《ダレムアス》と呼ばれていてね。意味は《大地の世界》。いま僕らがいるのは世界の真ん中の《大地の背骨》山脈の端っこで、あの大河を渡ったところにあるのが、これから行く《仮皇宮》」

 見晴らしのいい山腹の草原の道を並んで歩きながらリツコが質問するより速く美青年が教えてくれる。

 空は地球と同じような気持ちの良い澄みきった青で、流れる白い雲と乾いた風がとても気持ち良くて、リツコがよく知っている地球の日本の森とは少し違う大森林には綺麗な色のたくさんの小鳥や蝶や羽虫たちがせっせと飛び交っている。

「…きれ~い!」

 リツコは思わず深呼吸した。

「地球と似て見えると思うけど、空と太陽と星だけが共通項って言われてて、けっこう違う点があってね。まず電気製品とか電子機器とかが一切使えないんだけど…、聞いてるかな?」

「あ、それは聞いてた。…あ、ほんとだー!」

 言われて思い出してリュックから個人端末をとり出してみたが、『圏外』どころか画面が真っ暗なままで、スイッチを押してもうんともすんとも言わない。

「金属加工の技術はあるんで、水力発電なんかも造ってみたんだけど、全く反応しなくてね。まず何しろ魔法なんて非科学的なものが存在してるくらいで、物理法則が根本から違ってるんだ」

「…そうなの? 見て目は似てるのにねー。」

(…ブツリホウソク…って、電気とか重力?とか、星の動きの仕組みとか、そういう話よね…?)

 リツコは頭のなかでこっそりおさらいをしながら、慌てて相槌を打った。

「それから生き物がそうとう違ってる。…まぁ、見れば判ると思うけど…」
 わきゃわきゃと賑やかに足元に絡みついてくる子猫?なこどもたちと、垂れ耳ウサギなおとなの女性たちと、その中間で立ち耳ウサギみたいな、リツコと同年代かちょっと上くらいの少女たち?と一緒に山腹の平地に開けた村まで降りて行くと、そこにいた平たい垂れ耳の犬?そっくりな顔のひと?たちは、どうやら、おとな兎な女性たちと同族のおとなの男性?の特徴らしかった。

 子ども時代には横長の丸い顔に短くとがった三角耳で、色はオフホワイトとかアイボリーとかの「だいたい白系」のもふもふ毛並みなのが、ちょっと育ってくると耳と顔と胴体が長細くなってきて、色は薄くなるのと濃くなるのに分かれて、毛の長さも短くなるのと、長くなって巻くのに分かれて。それがもっと育つと、短い真っ白い毛の垂れ耳うさぎ似のおとなの女の人?と、長めの濃い色の巻き毛の垂れ耳の犬に似たおとなの男の人?に、なる。という種族であるらしかった。

 その他に、なんとなく鹿似のひと?とか、どう見ても丸ごと四足の喋る犬?みたいな人?とか、立って歩く熊っぽい人とか、歩く観葉植物人?とか樹木な人?とか…が、村の中心らしい街道を行き交っている。

 それから地球人と言っても通る『普通の人間』に見える人たちや、目や耳の形や色彩がちょっとだけ違うけどほぼ地球人と同じな人たちや、角や牙や尾っぽがあるけどだいたい人間に近い形、という人なんかも、本当に色々と、たくさんいるようだった。

 街道沿いにおおざっぱな等間隔で並んでいる家並は丁寧な細工の木造で、まるで白雪姫の小人の家みたいな可愛らしいサイズ。なので体格的に、うさぎいぬ人の家には入れない大きさのひと?たちは、村のまんなかの広場や、わざわざ大きめに造ってあるらしい休憩所風のあずま屋とかに座って、買った物を吟味したり交換したり、お茶やお酒を飲んだり、食事をとったりしていた。

 

 

 2-5. リツコ、観察する。

 

 そんな人?たちが、降りてきたリツコたち一行に気づいた。

「ミキーレ!」

「リール!」

「イーキレ!」

「リレク!」

 地球の日本人の清峰鋭と名乗ったはずの美青年に、親し気に何種類もの名前で?呼び掛けて、わっと群がってくる。

「まうまうまう!」

「ぐわーごっぱ、うわぅ~」

「アマルカッシュッ!パキャワシュ」

「ギャギャギャガノキュギュィギギ!」

「ゴワーガ!ヴォ~ノマ”-レ!」

 なんだかとても多種類の、それぞれ違う言語に聴こえる…。

 それにまた平然とそれぞれの言葉できちんと返事をしているらしい地球人を見て、リツコはまた困り笑いを浮かべて、ちょっとかなり後ずさってしまった…。

「…えーと…、清峰さん?」

「鋭でいいよ? リツコって呼んでいい?」

「いいですけど…」

「ですじゃなくていいよー?」

 にっこり笑う顔にまた思わず見惚れてしまいながら、

「いい、けど?」と、リツコは言い直した。

「…この世界って、言葉が何種類くらいあるの? で、鋭は何ヶ国語が喋れるの…?」

 美青年がちょっと驚いた顔をして、ふわりと嬉しそうに笑った。

「…今のを聴いただけで、ちがう言葉が何種類もあるって判った?」

「うーんとね。」

 リツコは説明をしてみる。

「もちろん意味は全然わかんないんだけどー。昔ね、おばあちゃんがまだ生きてた頃、近所におばあちゃんの友達で、翻訳の仕事の人がいたの。で、おばあちゃんと一緒に遊びに行くと、大人たちが喋ってる間に、子ども向けの色んな言葉のビデオとか観せてくれたの。だから、地球にも、色んな国の色んな言葉があって、色んな挨拶とか習慣とか考え方がある。ってことだけは、解るの。」

「それは、貴重な体験だったね。」

 きれいに笑って美青年が言う。

「だけど、この世界の言葉が全部で何種類あるかって、多分誰も数えたみたことないんじゃないかなー?

なにしろ《朝日ヶ森》では『天才組』にいたこの僕でも、まだ習得してない言葉のほうが多いし? 本人たちは同じ言葉を話してるつもりでも、お互いに凄い訛ってて、全然通じない。なんてこともよくあるし…。

 みんな言葉が通じないのに慣れてて、あんまり気にしないで何とかしてるから、リツコもとりあえず日本語で喋ってていいよー?」

「…うん解った。」

(ていうか、それしか出来ないし―。)と思てリツコは苦笑した。

 

 

 2-6. リツコ、歓迎される。

 

 どうやら目的地に着いたらしくて、村で一番大きそうな家の前庭の大きな木の下の地面とほぼ同じ高さに張られた、地球で言うウッドデッキのような平たい木の床の上に、鋭はリツコを案内しながらすたすたと靴のまま上がっていった。

「靴は履いたままでいいからね? こうやって、片膝を立てて片アグラで座るのが、こっちの世界での正式。…これきみの食器。各自で持って歩くのが習慣だから、なくさないようにして。で、立てたほうの膝のうえにこう乗っけて左手で支えて、右に置いた盆から箸か匙を選んですくって食べるのが、こちら式。」

「へ~え。お箸なんだ…」

 リツコが渡された小さなお椀とお盆とその蓋と、中に入る式のお箸と匙の木製のセットを眺めまわしている間に、鋭は代表者っぽい貫禄のあるうさぎな人と短く会話して。

「ごめん。実はぼくの計算ミスできみが予定より二時間ほど早く着いちゃったもんだから、お昼ごはんの仕度がまだ出来てなかったって。それでお茶とお菓子の略式の歓迎会になっちゃうんだけど、ごめんね?」

「お昼ごはん?」

 リツコはちょっとびっくりして言った。

「あたしあっちで太陽が沈む瞬間に飛びこんだのに?」

「…うーん…。時差がやっぱり昔の記録とずれてるなぁ…まぁ遅くなるよりは早く来てくれてよかったよ?」

 鋭の言ってる意味はリツコには解らなかったが、さっきの人たちや初めての人たちが色々わらわらと同じ木の床の上に集まってきて、何やらそれぞれの言葉でリツコにあらためて歓迎の挨拶をきちんとしてくれている雰囲気だったので、とにかく日本語で一生懸命、「こんにちは!」とか「よろしくお願いします!」とか、挨拶をしまくった。

 それからリツコは、こんなに色んな種族のたくさんの外見の人?たちが一堂に集まってきているのだから、てっきりこれがその『講和会議』なんだと思って、挨拶が途切れたすきに、こっそり聞いた。

「ねぇ、鋭。大叔母様からの手紙は、どのタイミングで読んだらいいの?」

「えっ? …あぁ、違う違う。その会議は、もっと先の、ずっと西へ行った後の話だよ? 今日のこれは、はるばる来てくれたきみに挨拶がしたいって、地元の人たち主宰の、たんなる歓迎会」

「…あ、そうなんだ…。」

 気負っていたリツコは、勘違いがちょっと恥ずかしくなって赤面した。

 それから乾杯の音頭みたいな全員一緒の挨拶?があって、その後、木の床の真ん中に敷かれた綺麗の敷布の上に、冷たい果汁や温かい香草のお茶や飾り切りの果物や、木の実を潰して焼いたお好み焼きみたいな見た目のお菓子だか軽食だか…等々が、色々と次々に出てきた。

 もちろんリツコは勧められるままに全種類きれいにたいらげて、「ごちそうさま!」と日本語で挨拶をした。

 たれみみ兎の女の人たちが、にこにこしながら給仕をしてくれた。

 

 

 2-7. リツコ、誉められる。

 

「ごめん。質問たくさんあるとは思うけど、ぼく先に色々打ち合わせしなくちゃなんだ。ちょっと待っててくれる?」

「うんわかった。」

 そう返事して、食べ終わった後、かなりゆっくりとお茶を飲んでても、まだ隣の鋭は反対側を向いて、入れ替わり立ち代わりやってくる大勢の人たちと、次々に「打ち合わせ」とやらを続けている。

 のを見て、リツコはやおらリュックの中から大学ノートとペンケースと、古い小さな日本語の辞書を取り出して開いた。

 まずは一頁一行目に日付と時間を書こうと思ったけど、携帯が使えないので調べられない。

 ので、『訪問1日目。昼?ご飯のあと。』と書いて。ざっと報告の文章は箇条書きのメモだけ書いて。

 それから「四十八色!」入りの色鉛筆の缶をわくわくしながら広げて、子猫とおとな兎とおとな犬を家族風に並べて、簡単なスケッチというか落書きを、丁寧に手早く描いて。
「…ねぇねぇ、このひとたちは、なんていう名前?」
 ちょっとだけ暇ができたらしいタイミングをねらって鋭に聞く。
「…本人たちはマウレイレイって名乗ってる。《賢く礼儀正しい一族》みたいな意味かな。まわりからはもっぱら《兎犬猫族》とか……… リツコ、イラスト巧いね?」
「あ、ほんと?」

 えへらっと笑う。
「うん。簡単な線なのに、特徴をよく捉えてる。」
「わーい褒められたー ♪ ♪ 」
 素直に喜ぶリツコのへしゃっとした笑顔に、美青年もつられて笑った。
「…適任者が行くわよ!って、清瀬のほうの律子さんが手紙に書いてきた意味が分かったよ。」
「なんてー?」
「前に来たオトナの人は、電波が通じなくてもデジカメとパソコンで記録は撮って持って帰れるだろ。…って思ってたらしくて…記録用の機械が全滅で、報道マンとやらのアイデンティティーが崩壊してた。」
「…うーん…」
 リツコは苦笑する。

 アイデンティティーって言葉の意味はよく解らないけど、オトナって…たしかに、ときどき、「アタマが硬くて使えない」時があるよね…。

 

 

 2-8. リツコ、空を飛ぶ。

 

「ところでリツコ、きみは馬には乗れる?」

 ひと段落したらしい鋭が唐突にそう聞いてきた。
「…ウマ? …動物園とか観光地とかの、10分1000円とかの体験乗馬くらいしか乗ったことない…」
「じゃあやっぱり、運んでもらったほうがいいねー。」
「はい?」
 リツコがきょとんとしている間に、鋭はまた他の人たちとそれぞれのネイティブ言語で会話して、何かの伝言を追加すると、しばらくしてその返事が返ってきたらしく。
「…そろそろ、行くよ?」とリツコに声をかけて、どうやら「ごちそうさま」に相当するらしいお礼のコトバを言って、席を立った。
 リツコも慌てて同じコトバを真似して挨拶してみて、忘れ物がないように気をつけながら手早く荷物をまとめて後を追う。

「ねぇ! 今日ってここに泊まるんじゃないの?」

「うん。地球に帰る時は別の道を通るから、もうここへは戻って来ないよ?」

「えー! もっと猫ちゃんたち、モフりたかったー!」

「………もふ? …なに?」

 鋭は「モフる」という日本語を知らなかった! 鋭が地球にいた頃にはまだ無かった言葉。らしい。

 それから、ちょっともじもじしながらトイレの場所と使い方を、鋭に通訳してもらって女のひとに聞いてもらって。 

  集まっていたみんながぞろぞろ見送りについて来てくれるなか、来た方向とは逆の、もう一段下の崖の上の広場につくと、そこに待っていたのは…
 翼の生えた…鳥? …鳥人間?…の、人たちで…

 なんだか見た目が怖い上に、…刀? 剣かな? …で、武装?していて…
 …なにか、運動会の球入れのカゴのような、でかい籠が置いてあって…
 「リツコ、高所恐怖症じゃないよね?」
 にっこり笑った超絶美青年に指示されて、リツコは恐る恐る、その籠に乗って…
 ことばを喋る大型猛禽類たちが4人?がかりでそのロープを脚手で掴んで舞い上がり…

 

(……………きゃーーーーーーーーーーーっ!)


 見送ってくれる人たちに挨拶をする余裕もあらばこそ。

 必死で絶叫を呑みこむリツコだけを乗せて、カゴはどんどん空高くに上がって行き…
 ようやく揺れが収まってきてから、恐る恐る見下ろしてみると…
 清峰鋭は随行の騎馬の一団とともに、はるか下の草原を駆けているのが…
 遠目に見えた…


(嘘つきーっ! 「道中、何でも聞いて?」って言ってたくせにーーーっ)

 

 心中で絶叫すること数時間。

 強い風にも怖い顔の猛禽類たちにもだんだん慣れてきて…

 広い広い《大地世界》を上から見下ろして…いや、背後に広がる《背骨山脈》とやらの山頂は、それよりまだまだはるかに上に霞んでそびえたっていて…

 眼下は草原と森、丘陵と谷、畑地と街と村と荒野と…

 少し風が寒いけど、この世界は平和で。平和で。平和で…

 

 気がつくと、地球の日本の日没とともに異世界行の穴に飛びこんだ後、午前の異世界に着いてからさらに半日以上も、まだ起き続けていた、小学校四年生のリツコは…

 

 深く深く…寝入ってしまって…いたのだった…。


第3章 リツコ、皇女様にあう。

第3章 リツコ、皇女様にあう。

 

 3-1. リツコ、悪夢をみる。

 

 リツコは、うなされていた。いつもの夢だ。

 懐かしい家。山のふもとの、ちょっと不便な、だけど緑が豊かな山の斜面にある…温かい木の壁の家。

 いつものように日曜日の午前の終わり頃には家の裏の土手を登って、上の家庭菜園から昼ごはんに使う香味野菜を採ってくるのが、リツコの当番だった。その日はお母さんのリクエストで、小ネギとラディッシュとレタスを1株採った。

 ちょっと重たくなった収穫カゴを抱えて、崖道を降りようとすると…

 へんぴな集落へと向かってくる行き止まりの一本道を、見慣れない車の集団が凄い速さでやってくる…

 ……見慣れない車……

 …だけど、あの色は…!

 リツコは急斜面をころげるように横切って走りながら、叫んだ。

「お母さんッ! 大変ッ! 逃げて!」

「…リツコ? どうしたの?」

 お母さんとお父さんがのんびりした顔で台所の窓から顔を出す。

「……お姉ちゃんっ! 緑衣隊よ、逃げてッ!」

 リツコは家の下のほうの斜面で洗濯物を干していた5歳上の姉に叫んだ。

 …もう遅い。

 妖しくてらてらと光る変な緑色の特別な自動車の群れは、家の前の小道にががっと乗り入れて急停車するとばたんばたんと音を立ててドアを開け、中からばらばらと降り立って来た妖しくてらてらと光る変な緑色の制服の男たちが、びっくりして動けないままシーツを握りしめて立っていた姉を、数人がかりで乱暴に捕まえた。

「………きゃあッ!?」

「エツコ!」

「何をするッ!?」

 お母さんとお父さんが叫ぶ。

「高原ワタルとシズカだな?」

 男たちのリーダーらしいヤツがすごい嫌な声で怒鳴った。

「反政府罪で逮捕する。逃げたら…」

「きゃああッ!」

 頭に銃をつきつけられて、お姉ちゃんが絶叫した。

「エツコ! …やめて! やめてッ!」

「わかった! 頼むからやめてくれ! 娘は関係ないッ!」

「ふん。反逆者の娘は、しょせん反逆者の娘だ。」

「お父さん! 逃げてッ!」

 なおも崖の上から叫んだリツコをめがけて、男達のうちの何人かが、ばらばらと走り始めた。

「リツコ! 逃げなさい!」

「お父さん! 逃げてよッ!」

「エツコを置いて逃げられない。おまえは逃げなさい! おばさんの所へ行くんだ!」

「リツコ! 逃げて! あたしは平気!」

「逃げなさい、リツコ! …きゃあ!」

 リツコに叫んだお母さんが乱暴に殴られた。

「やめろ! 抵抗してないだろう!」

 お父さんが怒鳴った。

 リツコは、何も出来なかった… 絶望した。

 そして崖を駆けあがって来る大人の男達の脚の速さを悟った…

 …急がないと、逃げ遅れる!

「………おばさんの所で待ってる!」

 叫んで、あとはもうふりむかずに、一目散に、山の中に逃げ込んだ。

 勝手知ったる裏庭も同然の山だ。大人には通れない深い崖の下の小川の上に張り出した細い木の枝をするすると渡り、ターザン顔負けの軽業で幹から幹へ飛んで、とりあえず「秘密基地」に逃げ込んだ。

 隠しておいたお菓子と缶ジュースで一息ついて半日くらい、様子を見ていたのだけど…

 妖しい制服の男たちが山狩りを始めたらしいので、そこからも陽が沈む前にこっそり逃げて、今までずっと「子どもだけで入っちゃいけません!」と言われていた、奥の奥の神山のふもとへ逃げ込んだ。

 そこから、月明りだけを頼りに、山伝いに、歩いて、歩いて…

 …おなかが空いて、でも見つかるから、街へは降りられなくて…

 何日も、山の中で眠って、歩いて…歩いて… おなかがすいて… 寒くて…

 

 …いつもの夢だ。怖い夢。

 もう、起こってしまったこと。

 そして…

 リツコは、何もできなかった…。

 家族を… 救えなかった…。

「逃げてよ! お母さんッ! 逃げてぇ……ッッ!」

 

 

 3-2. リツコ、起こしてもらう。

「…………リツコ! リツコ! …起きて! …夢だよ、…起きて!」

「…………お母さんッ!?」

 リツコは飛び起きて、声をかけてくれた人に、必死でしがみついた。 

「…あぁ良かった… 無事だったのねっ!」
「…リツコ…… 大丈夫だよ… 」

 優しく抱きしめて背中をぽんぽんとしてくれた人に、ぎゅぎゅぎゅ~…っと、抱きつきかえしてみたら…
 …………… ん??

 ………違う…?

 リツコはまだ半分寝ぼけたまま、目をぱちくりさせた。
 ……細いし… なんか、硬い? し…
 …これ、お母さんじゃないし…お父さんでもないし… お姉ちゃんでも、大叔母様でもないし…

「…………あ!? 鋭? ………ごめんねっ? …あ、あたし…寝ぼけて…っ」

 ようやく目が覚めて頭がはっきりして… びっくりして飛びすさったら、

「ううん~?」と、美青年は優しく笑ってくれた。
 …やっぱり美形すぎて、思わず目をハートにして見惚れる…。
 鋭はまた困った顔で苦笑して、
「…それにしても、度胸がいいねーぇ? 気がついたら天荷籠のなかで爆睡してたって。鳥人のみんな、呆れてたよ?」
 うなされて寝ぼけたことはとりあえず無視してくれて、にやにやとからかってくる。
「…え? ……えぇ?」
 リツコは慌ててあたりを見回した。
 …知らない部屋だ。
「……ここ……?? どこ…?」
「うん。日が暮れるちょっと前くらいに仮皇都に着いたんだけど。いくらゆすっても起きないからさ。失礼ながら運んじゃった。」
「……うわーっっ?? ごめんねっ??」
「ううん~? 軽かったし。」
「え~? 軽くないよ~?? あたしけっこう重いよ~??」
 リツコはぱたぱたと意味もなく暴れ、顔とか髪とかに慌てて手をやって赤面した。

 …こんな美形のお兄さんの前で、小さなコドモみたいに寝こけて寝ぼけるなんて… いや~ん…っっ
「…だってさっ! だって向う側の地球の木の穴から、えいって出発したのは夕陽が沈んだ後だったのにっ! こっち着いたらまだお昼前で! お昼ご飯、二回も食べて、しかもたくさん食べたでしょっ?

 飛んでる間、あたしは暇だったしぃっ!」
 とりあえず必死で言い訳なんかしてみる。
「…うん。きみが環境適応能力のとっても高い、度胸のいい大物の卵だってことは、よく解ったよ?」

 意味はなんかよく解らなかったが、からかわれている口調だということだけは判る。
「いや~んっ!」
「…知らないところでさ。一人で目が覚めたら、いやでしょ? お腹もすいてるだろうと思って。」
 ふいとまじめな顔に戻って優しい声で言うと、リツコが寝かされていたベッド?を脇から覗き込んでいた鋭は、ひょいと立って向うへ歩いて行き、部屋の中央に置いてあった食卓と椅子らしい家具のほうへ戻った。

 机の上には色々…本らしいもの?とか大きな紙?の図面とか?地図のようなもの?なんかが色々と広げてある。
 部屋のようすは何というか…和モダン? 木と紙と竹?…と、布や皮やなにかで出来てて…落ちついた優しい色調だ。

 明かりは障子紙を貼った小型の竹の灯篭?のようなのが何か所かに置いてあって、開け放した窓からは月明り?も射してる。

 風はないけど暑くはないし、半袖一枚でも寒くもない。

 …秋の初め? …かな? とリツコは思った。

「ごはん用意しておいたから、食べられそうだったら食べて? …あ、手と顔が洗いたかったらそっちね。トイレもそっちの奥。」
「…ありがとっ!」
 リツコは清潔で気持ちのいい木の床に敷かれた草編みらしい模様入りのゴザのようなものの上をぱたぱたと裸足まま駆けていって、教えられた場所でトイレと洗手と洗顔を急いで済ませてから、またぱたぱたと走って戻った。

「あのね! それでね! 大叔母様からおみやげ?…預かってたのに、渡すの忘れてたー!」

 タオルを出した時に思い出したので、購買部で受け取ったままの包みを二つ、急いで鋭に渡した。

「あ、持って来てくれてたんだ! ありがとう!」

「…これでいい、の?…ていうか、それ、なに?」

「ノギスと計算尺って言ってね… こっちの世界には無い道具なんで、あったら便利だろうな~って思ってたんだ。…これなら関数電卓とかと違って電気要らないから… うん。やっぱり使えそうだね!」

「…ふうん…?」

 よく分らないけど、すごく嬉しそうにして早速使ってみているので、リクエスト通りの正しい手土産だったらしい。

「これ食べていいの? …いただきます!」
 置いてあった箱形の木製のお盆?…日本語だと「箱膳」ていうのに似てるかな?…の蓋をとると、ふわりと優しい香りが立った。
「…わぁ、美味しい!」
「そぉ? 良かった。」
 何種類かの野菜と山菜?と、何かの柔らかい肉と、小海老?みたいなの…を、香草と一緒に蒸して、ふんわりと優しい味の餡でくるっと和えたらしい、簡単だけどすごく美味しいおかずが山盛りと、濡れせんべいと焼き味噌おにぎりの中間のような、しっかりしっとりした噛みごたえの、何かの穀物の粉を練ったのかな?…平たくして焼いた、主食らしいもの。
 箸休め?的なちょっと摘まめるコリコリした歯ごたえの何か。浅漬けみたいな感じにしてある新鮮な生野菜の色とりどりの盛り合わせ。それからデザートに、食べやすいように綺麗に切ってくれてあった、汁けたっぷりの…甘酸っぱい…香りのいい果物!
 もう夢中になって猛然とがっついている間に、七輪とか卓上コンロ的なもの?の炭火の上でしゅんしゅん沸いていた鉄瓶からていねいにお湯を注いで、鋭が温かいお茶を淹れてくれていた。

 

 

 3-3. リツコ、情報交換する。

 

「………ふ~ぅ。おなかいっぱーい! …ごちそうさま!」
「おなかが落ち着いたら、もう一度眠るといいよ。まだ朝まで時間があるから。」
「………もしかしなくても、あたしのために起きててくれたの?」

 リツコはちょっとぎょっとして、もうしわけないと思いながら聞いてみた。
「まぁやることも色々あったし。『夜中に寝ぼけますからよろしく』って、清瀬の律子さんからの手紙にも書いてあったし。」
「…えぇ?!」

(…はっずかし~っ!) …と、身もだえしてみせると、鋭はまたふふっと笑った。
「まぁフツウ組のひとが朝日ヶ森に保護されてるからには、何か事情があるとは思ってたけど」
「…鋭は、地球のジジョウについては、どれぐらい知ってるの?」
 リツコは思い切って聞いてみた。なにしろ知らないことだらけだ。
「う~ん。清瀬さんからは何も聞いてないの?」
「そんな暇なかったもん。鋭のこと『初恋の人なの~!』とかってノロケ始めちゃったし。」
「えぇ? それ初耳!」
「え、うそ? しまった!」

 リツコは慌てて口をふさいだ。遅いけど…
「…言っちゃったこと、内緒ね…?」

 横目で様子をうかがうと、
「う~ん、まぁ時効だし…? なにしろぼくはこんな見た目のまんまだけど、地球の時間だとあれからもう五十?…六十年くらいかな? 経っちゃってるし…。

 でも清瀬さんとはほんと喋ったこともあまり無かったんだよ? 数十年ぶりにやっと地球側と連絡がとれて、手紙の返事に当代の朝日ヶ森の学園長が清瀬律子サンって署名してあっても、最初は同じ人だと思わなかったくらいで。」
「そうなんだ?」
「うん。…そもそもなんで彼女が朝日ヶ森にいるのさー?」
「え? 同級生だったんじゃないの?」
「その前にいた全く普通の地元の小学校でだよ。今のキミと同じ4年生の時にね。清瀬サンは転校生だったし。そのころ口がきけなくて挨拶も筆談だったし」
「あ、それは聞いたことある。一族みんな死んじゃった時に、心因性ナントカってショックで子どもの頃しばらく喋れなかったんだって。」

「そうだったんだ…」

『一族』という単語が出た時点で何かしら納得してくれたらしく、鋭は話題を切り換えた。
「それで僕は、IQ高かったんで普通の学校から《センター》に誘拐されて。」
「えぇ?」
「軍のために効率的に人を殺す武器を開発しろー!とかいう勉強をさせられてさ? 居心地悪かったんで逃げ出して、山ン中で往き斃れかけてたらマーシャに拾われて、朝日ヶ森に保護されて… そしたら何故か清瀬さんも朝日ヶ森に保護されてて… まぁ色々あって僕は天才組だし彼女はフツウ組だし、あんまり喋る機会もなくてさ? 結局その直後に僕はマーシャの…あ、明日つれてくけど、こっちの世界の皇女サマのことだけど。…ごたごたに巻き込まれて、こっち側に飛ばされちゃったから、以来まったく数十年間? お互い音信不通。」
「…そうなんだー?」
 リツコはちょっと目を丸くして混乱した。話の全体像がよく解らないけど、そんなに長く時間がたっても、大叔母様は『初恋の人!』…が、忘れられなかったのか―…。

(…もしかして、それで独身?)と思ったが、それはいま鋭にいう話でもないと考えなおした。
「…あたしはほんとにフツウなのー。お父さんとお母さんがハンセイフってカツドウやってて目ぇつけられちゃって。緑衣隊が逮捕に来たから『逃げて!』って言ったけど遅くて。あたしだけ走って逃げて山ん中でサバイバルしてたら大叔母様に頼まれたっていう朝日ヶ森の魔法組のひとが保護しに来てくれて。で、家族もみんな無事に救出されてたけど、あたしより先に亡命しちゃってたんだ。で、次の亡命ルートが確保できるまで、朝日ヶ森で待ってなさいって。」
「…そこまではほぼ僕と同じ状況らしいけど…。…それを『普通』って言っていいのかなぁ…。」
 鋭が苦笑して遠い目をする。
「それでか。『こっちとそっちの行き来を兼ねて、地球の別の場所に出られないか』って、清瀬さんからの質問」
「え?」
「聞いてない? リツコこっちに来たあと、また朝日ヶ森に戻すか、このままこっちに居るか、もし可能なら、地球上の別の場所に戻してくれてもOKって。」
「そうなんだ…」

「日本から外に出れば、まだわりと移動の自由はあるって? お母さんたちと合流させやすいからって。

 でもキミの今回の二時間ずれた件もあるし、こっちとあっちの昔の通路は、ほんとにほとんど埋もれたり忘れられたりしてたから、まだ調査が足りてなくてね。情報が、かなり不確実なんだ…。うっかり抜けたら下に受け止めるクッションがなくて地面に激突とか、時代がもっとズレて浦島太郎になっちゃったりとか、したら嫌でしょ? 絶対安全って確認できる扉が用意できるかどうか、もうちょっと待っててね。」
「…うん。わかった。」

 それからしばらくは主にリツコの方が、地球と日本の最近の事件について…小学生のリツコにも解る範囲内でだったけど…色々と説明をして。うとうとしはじめたら鋭が抱っこしてくれて、布団に入れてもらって。
 …最後にみた大きな満月が、地球より大きいな~と思ったところまでで、リツコの記憶は途切れた…。

 

 

 3-4. リツコ、寝坊する。

 再び目が覚めると、どうやらもうすっかり朝も遅い、という時間帯の雰囲気だった。

 大小色々いるらしい鳥の声が賑やかで、人の声や犬や馬?の吠える声とかの街のざわめきらしい音も遠くから聴こえる。
「…んんん…… よっく寝た…? …あれ…??? ここどこ…???」
 あたりを見渡して知らない部屋だということを再確認して、それから、昨日なぜかやはり異世界とやらに本当に来てしまったんだった。…ということをぼんやり思い出し、
「…夢じゃなかった!」

 …と、正気にかえって、慌てて起き出した。…鋭の姿はすでにない。
 着ていたのは持参した寝間着で、鋭に寝床に入れてもらう直前に目が覚めて、何とかがんばって自分で着替えたのは覚えてる。…大急ぎで、昼用の動きやすい服に着替える。

 …そうだ。脱いだ服の洗濯は、どうしたらいいのかな…?

 必要最低限の荷物しかリュックに入れて来なかったから、こまめに洗濯しないと、着替えがなくなる。
 昨日おしえてもらった場所でトイレと洗面と、ちょっと冷たかったけど水浴びして髪も洗って、井戸水はたっぷりあったし天気も良かったので、ついでだから置いてあった大きな盥でじゃぶじゃぶ手洗濯もして、…邪魔にならないかなー?と思いながら、土間のすみっこの植え込みの枝に紐をかけて勝手に干した。
 昨日と同じように卓の上に用意されていた箱盆のなかの冷めても美味しい朝食らしいものを勝手にたいらげる。
「いただきます! ………ごちそうさまでした!」
 3分でがつがつ平らげて目を上げると、旅館の中居さんのような動きやすそうな服を着た知らない女のひとが、物音を聴きつけてやってきたのか、にっこり笑って部屋の前に立っていた。
「あんによんまるにえんえなら?」
「…あっ! おはようございますっ!…ごあん!勝手にいただきましたッ!」
 おもわずもごもごと噛んじゃいながら慌てて日本語で挨拶すると、にっこり笑って「えんえん。」と返事をしてくれた。
「まによ、にえんね?」
 リツコが食べ終えた食器を手早くまとめて箱盆ごと持って、「ついて来て?」という風に首をかしげるので、リツコは急いでリュックをひっかけて、あわててついていった。
 案内された先には鋭がいた。
 広くて天井も高い大きな部屋で、鋭と同じような青と水色系のシンプルで動きやすそうな服と長めに伸ばした髪型の、同じような雰囲気の…つまり、頭が良さそうで性格が穏やかそうな…学者さん?みたいな…大人たち(ほとんどが「普通の」人間に見えるタイプと、毛皮や耳つきタイプも何人か)が沢山いて、大きな布か皮製の地図だの一覧表?だのを広げて、慌ただしくも賑やかに楽しげに、何かの打ち合わせをしている感じ。

 真ん中の机の上には昨日リツコが渡した「お土産」のノギスと計算尺が置いてあって、みんなでその寸法を測ったり絵図に書き写したり、興味津々で観察したり?している。
「…リレキセース。まるにえん。えーらんてーい。」
 案内してくれた女のひとが部屋の戸口から声をかけると、鋭が降り向いた。
「あるっくあーい。…あ、リツコ起きた? おはよう。」
「おはようございますっ。寝過ごしてごめんなさいっ!」
「い~よ~?」
 それから鋭は周りの人に声をかけ、自分の見ていた書類などは簡単に片づけて、なんだか昨日着ていたのよりもずいぶん高級そうな?かしこまった感じの?上衣を手にとった。
「じゃ、行こうか。」
「どこへ?」
「皇女サマにご挨拶~。」
「えぇ!?」
「あれ、ゆうべ言わなかったっけ? ここの皇女サマって前は地球に亡命して朝日ヶ森に居たんだよ。

『霧の校庭・運動会行方不明伝説』って、今じゃ学園七不思議になってるって聞いたけど。」
「え~っ? …何十年か前の、障害物走の途中で生徒がイキナリ消えた謎? …あれ実話だったんだ…」
「そうそう。そん時に巻き込まれてダレムアスに来た僕が、ここに居るからねぇ。」
 …つくづくあの学校はフシギと謎だらけだ…とリツコがあきれながら鋭と一緒に歩いて行くと玄関らしき場所に出て、その先の気持ちの良い小さな木立ちのなかの小径を歩いていくと、すぐに大きな道に出た。
「うわ…」

 市場だった。いや…大きな町?商店街?と、見慣れないものだらけの景色に、きょろきょろしてしまう。
「…とりあえず質問と観光は後にしてー。皇女サマは怒らせると怖いからー」
 どこから観察?したらいいのかと、呆然と立ち止まってしまったリツコの肩を押して鋭が苦笑する。
「それでなくてもキミきのう寝ちゃったからさ? 歓迎パーティーすっぽかしたんだよー」
「…きゃーーーーーっ! ごめんなさいっ!?」
 リツコは恥ずかしくて悲鳴をあげた。

 

 

 3-5. リツコ、将軍にあう。

 

 街道を右に曲がってまっすぐ歩いて行くとやがて活気のある商店街から広い庭のお屋敷が立ち並ぶ高級そうな区画に変わって、つきあたった広場でまた右に曲がると、開放的な感じの大きな高い門があって、特に検問とか見張りとかは何もなくて、行き交う人たちと一緒にひょいと無雑作にくぐると、入ってすぐのところに大きな男の人たちが立っていて、そのうち一人が振り向きざまに嬉しそうな声をかけてきた。

「おう鋭! 来たか! そのコか?」

 背が高くて日焼けしていて、ばさりと無雑作に伸びた感じの髪は真っ黒で、笑った歯は真っ白だ。

 赤と黒の派手だけど動きやすそうな服に、大きな剣と短剣とか投げ矢とか、武器を身に着けてる。

「うん雄輝。この子だよ~、高原リツコ嬢。」

 気軽そうに喋ってるけど、まだ若い鋭より五歳か十歳くらい年長の、偉そうな大人の男の人だ。
「こんにちわっ! タカハラですっ! よろしくお願いしますっ!」

 あっという間に近づいて来た人をのけぞって見上げながら、リツコは精一杯、元気に挨拶してみた。
「リツコ、これが『校庭行方不明事件』で消えた三人のうちのもう一人。翼雄輝(つばさ・ゆうき)。」
「おう、よろしくな。ところでリツコって何県のタカハラ家?」
 リツコは質問されてることの意味がよくわからなくてすぐには返事ができなかった。

 それに、紹介された人の背中に大きな翼があった。
「………羽………!」

 昨日みた「ほぼ鳥だけど喋る人」とは違って、ほぼ人間な姿で背中にだけ大きな翼があるタイプだ。

「ん? 珍しいか? 朝日ヶ森なら今でも居るんじゃないか?」
「居るけど… すごく怖くて、近くで見たことなかったから…」
「あ~、天狗系のやつらか? あいつらは気難しいからな~…」
 …そういう問題だっけ…? リツコはちょっと内心で首をかしげた。
「おれは善野の鷹羽の谷の元主家の『ツバサ』一族の最後の一人のユウキ。…って言って解るか?」
「ごめんなさい。わかんないです。うちは分家の分家のそのまた末とかで、本家の一族ってずいぶん前に滅んじゃてて、誰も詳しい人が残ってないそうです。…お父さんなら、ちょっとは知ってるかもだけど…」

「あ~気にすんな、そんなもんそんなもん。」
 からからと笑って男の人はリツコの肩をぽんと叩いた。

 地球には、古くからの伝説を語り伝えて来たそれぞれの「一族」に属する「遠い場所から来た人々」の子孫と、それとは別の「新しい土地で生まれた人々」の子孫という、区別がこっそりあるという。

 漠然とした話だけしか、リツコは知らない。
「マダロ・シャサ!」
 広場の向うのほうから大声で呼ばれたのは、翼が生えてる元・地球人の、こっちの世界での名らしい。
「…じゃな。マーシャ怒ってるからな~。せいぜい庇ってやれよ?」
「うへぇ…」
 リツコには謎の言葉を残されて、鋭が、ものっすごい嫌そうな声を出した…(リツコはびっくりした。)

 

 

 3-6. リツコ、皇女サマに会う。

 心なしか少し足早になって歩いて行く。リツコは追いかけるのがちょっと大変なくらいの歩調だ。

 そこはかなり大きな広場で、馬?車や人が曳く荷車らしきものや、きのう乗せてもらったような鳥の人が運ぶカゴと似たものなどが大量に並べられ、ひっきりなしに人や獣や植物人?たちが荷物を運び込んできては、移し替えたり、積み上げたりしている。

 何か同じような光景を観たことがあるなとリツコが思い出してみると、前にテレビで見たシルクロードとかのキャラバンの出発の準備に似ていた。

 どうやら大勢で旅に出る?仕度をしているらしかった。
 その慌ただしく雑然とした前庭を抜けるともう一つの門があって、両脇を植えこみで飾られた幅の広い道の、少し伸びすぎた芝生のような、昼寝したら気持ち良さそうな草がびっしりと生えた花壇?の脇を抜けた正面に、宮殿?らしいものがあった。
 リツコの知っている範囲でいうと一番似ているのが奈良とか日光とかにある八幡様とかの寺社。鮮やかな朱と紅と金と緑の曲線的な木彫り細工で飾られた、広壮で華麗だけど一階建ての、木造建築だ。
 鋭は案内も請わずにすたすたと宮殿の奥の奥に進んで、そのまま表玄関をくぐって廊下にまで入っていくので、リツコも遅れないようにがんばって後を追う。
 驚いたことに、通りすがりの高級役人らしい服装の人たちが、鋭を見つけるとみなすぐに頭を下げる。
「マウレィディア!」
「マウレィディア、リレク、エイセス!」
「マウレィディア。」

「アノネ、カイエ。」
 鋭は軽くうなずくだけで短く返して、どんどん歩いて行く。
「…アウレクセス、マルニエン、エネ?」
 広間の入り口の前の椅子の列に、何かの順番待ちらしく並んで腰かけている人たちの先頭に、頭を下げて手刀で拝むようなしぐさをしながら声をかけると、
「マウレニエン、エネ、エネ!」
(どうぞお先に!)と言っているのだろう手のひらの仕草で、相手の人は喜んで順番を譲った。
 広間で拝謁の最中だった人が、その声にふりむいて、慌てて自分のいる場所を譲ろうとする。
「アウネ、ソノ!」
 若い女性の声が鋭く響いて、その人はちょっと困った顔をして、また前に向かいなおした。
(…構わない、続けて!…って、言った?)
 リツコは推測する。
 どうやらそこが謁見の間…正面に座っているのが、これから挨拶する「皇女サマ」らしかった。
 色が白くて唇が真紅で、ものすごい美女だけどかなり性格がキツそうな顔立ち。碧緑色の華麗な巻き毛を肩のまわりにふわっと広げて、瞳も同じ碧緑色だ。朱色と金色の豪奢だけどすっきりと繊細な装束。

 まだ若いめだけど、おとなの女の人だ。さっきの男の人…翼雄輝…と同じくらいの年齢に見える。

 つまり、鋭よりは五歳か十歳くらい、年上?

(…まぁ地球人の時間の感覚で、だけど…)と、リツコは七十歳は過ぎているはずの大叔母様と鋭が、六十年ほど前の地球の小学校で同級生だった、という話を思い出しながら、頭のなかで付け加えた。

 その、きつそうな性格の美女が、ちょっとかなり苛苛した感じで眉をしかめながら、目の前に座っている人の報告を最後まで聴き、いくつか指示を出してその返事を得てから、仕種と声とで高飛車に退出を命じる。
「…遅いわよ、あなた!」

 次にいきなり日本語でビシッと怒鳴られて、リツコは思わず首をすくめた。

「…は、はいッ! …ごめんなさいッ!」
「昨夜は歓迎の宴を用意したのにすっぽかすし! 今日は私もう出なくちゃいけないのにいつまでも待たせるし! …それになに? チビな上にタダビト組なの? …なんで清瀬律子が自分で来なかったのかしら!」
 …これはもう挨拶とか自己紹介とか、マトモにさせてもらえる状況ではない…。
 リツコは震えあがり、涙目になりかけながら必死で言い訳をした。
「あのぅ…ゆうべと今朝はすいませんでした。…あたし時差ボケで、寝ちゃって… それに大叔母様たちは今すごく忙しいんです。最近かなり大掛かりなテキハツがあって、大勢タイホされちゃったんで…」
「…あら、そう…。」

 美人皇女は、素早く眉をしかめた。
「鋭、その報告は後で聞くわ。今はとにかく忙しいのよ。その御チビさんで大体揃ったし。明日もう出発するわよ! 正午発! あなたも準備急いで!」
「らじゃ。」
 鋭はちょっとふざけた感じで地球式の挙手の礼をすると、あわあわしているリツコの肩をさっきと反対側に押して、とっとと逃げ出そうとした…。 


第4章 リツコ、仲良しができる。

第4章 リツコ、仲良しができる。

 

 4-1. リツコ、マシカとあう。

 さっき順番を譲ってくれた先頭の人にだけ軽く頭を下げて、とっとと退出しようとした時、鋭は、急に気がついた風に「おっと!」と言いながら立ち止り、慌ててふり向いた。
「…マーシャ。今の。…決定事項でいいんだよね?」
「え? あぁ。…日本語で言っちゃったわね。」
「伝令まわすよ?」
「えぇ。お願い。」
 鋭は広間とその前の大廊下に居並んでいる人たち皆に聴こえるよう、すぅっと息を整えて大声で呼ばわった。

 ぴんと張った声だ。
「…アウレイメイ! ミウンテア! ソンナイ!」
 列をなしていた人たちの間にざわ!と波がはしる。
 鋭は繰り返して言った。
「アウレイメイ! ミウンテア! ソンナイ! …ディウンディアーイ!」
「アワッ! ディエンディアーイ!」
 短く返事をして走り出していく、制服を着て剣や槍を帯びている人たち。
 並んでいた列から慌てて離れて、がやがやと話しながら宮殿の外へ急ぎ足で去って行く人たちも大勢。
「…いま、何て言ったの?」
 おそるおそる鋭に聞いてみると、
「マーシャが言ってたことだよ。出発は明日! 正午!…伝令ッ!」
 それから今度はリツコの歩調を気遣う余裕は見せながらも、鋭も足早に歩き始めた。
「行こうか。…怖かったでしょう?」

 苦笑している。
「ううん。あたしこそごめんなさい。きのう寝ちゃったりしなければよかった。」
「いや~、彼女は最近ずっとあの調子だから。きみが悪いわけじゃないんだよ。」
「そうなの?」
「きみとは全然関係ない理由で、ずっとものすご~く機嫌が悪いんだ。八つ当たりされてるだけなのに、かばってあげられなくて、ごめんね?」ほんとにお手上げで~。と言う風なジェスチャーをまじえて謝る。
「ううん。それならいいけど…」
 宮殿の外に出ると先ほどの広場の荷駄や人のざわめきが、さらに騒然となって加速していた。
「ミウンテア! ソンナイ! ディウンディ!」
「ミウンテア!」

「ミウンテア~!」
 大声で伝達しながら駆けて行く多人数の声がどんどん遠ざかり、周囲に復唱され、また広がっていく。
「…ねぇ、もしかして、鋭ってかなり偉い人なの?」
 いっせいに動きだした人々や動物たちの騒ぎをきょろきょろ眺めながら気になっていたことを聞いてみる。
「…なんでそう思った?」
「だって若いのに宮殿のみんなが膝を曲げてあいさつしてたし。順番もすぐに譲ってもらえたし。とってもエラそ~な、あのお姫さまのことも名前で呼んで、ため口きいてたし。」
「うーん、そっか。いい観察力だね。」

 鋭はまた苦笑した。
「まぁ偉いっていうか…皇女サマの地球時代からの友人?…というか。今は側近とか幕僚って扱いかな?…最近じゃ、なんかヨーリア学派の…あ、さっきのあの家の連中だけど、代表ぽくなってるし…」
「…やっぱり、かなり偉いの?」
「…うーんまぁ、さっき会った雄輝ほどの有名人ではないよ。まぁぼくは、たんなる雑用係だねぇ…」
「そうなんだ?」
「そう。それで、明日出発ってことはぼくも準備の指揮をしなくちゃで忙しくなっちゃったんで、その前に、旅のあいだキミの世話をしてくれる人のとこに連れてくからね。」
「そうなの?」
 リツコは旅と聞いてもずっと鋭と一緒だろうと安心していたので、びっくりして目を丸くした。
「うんそう。だって昨日はもうしょうがなかったからぼくのとこに泊めたけど、旅のあいだずっと男のぼくの部屋に女のコのきみが同室ってわけにはいかないでしょ? ほんとは昨日からそっちに泊めてもらうはずだったんだけど… あ、いたいた!」
 広場のすみのほうに妙にたくさんの生き物で混みあっている一画があって、鋭がかまわずその雑多な群れの中に突っ込んでいくと、小鳥たちや猛禽たちや小さい動物や大型の四足獣や、それに人間の子どもや大人が、一斉にわっと散って通り道をあけてくれた。
「…マシカ!」
「リレク!」
 呼ばれて振り向いて鋭の名前?を嬉しそうに呼びかえしたのは、鋭と同じくらいの年齢に見える…大人に近いけど、まだ少女の終わり頃な感じというか…かなり若い、女の人だった。
 秋の紅葉を黄葉をまぜたような華やかな色彩の巻き毛を首の後ろで革の紐でぎゅっと結んで、緑と茶色の動きやすそうな服に、歩きやすそうな柔らかい皮の長靴。

 瞳の色は皇女サマとよく似た碧だ。色が白くて額の広い、すっきりした美人なところも、ちょっと似ているけど、でもずっとずっと、優しくてフレンドリーな笑顔だ。

 手には草の束?のような道具を持って、大きな黒馬の世話をしているらしかった。
「動物たちの調子はどう?」
 鋭はそのまま日本語で話しかけ続けた。
「モンダイないわ。あしたシュッパツですって?」
 驚いたことにその人は、ちょっと発音が怪しかったけれども、なめらかな日本語で答えた。
「そう。で、この子が例の子。頼める?」
「わかったわ。よろしくね、リツコ? あたしは、マシカよ。」
「こんにちわ! びっくりした。日本語が話せるんですね!」
「リレクやマーシャたちからナラッタのよ。」
「そうなんだー!」
 リツコはほっとして笑った。さっきの怖い皇女サマと違ってだんぜん優しそうだし、こっちの人らしいのに、言葉が通じるなんて!
「マシカこれから時間ある? リツコを市場に連れて行って、着替えとか旅に必要なものを一式買ってあげてほしいんだ。これ予算。足りるかな? 諸侯会議にも出るからさ、ちょっと豪華っぽい正式な服も必要なんだけど。」
「えぇ。足りると思うわ。知り合いの店が安くしてくれるのよ」
 マシカは渡された袋の中身をかるく確認して、白い歯でにこっと笑った。
「あと例のあの…、言葉の術も、頼める?」
「…あら? 先にマーシャに会いに行ったんじゃなかった?」
「ものっっすごい機嫌が悪くてさー。頼むどころじゃなかった。」
「あらあら…」
 マシカも、よ~くワカッタ、という感じの、身内に特有の仕種で肩をすくめた。
「わかったわ。あたしの神力じゃ弱いけど。全然ないよりマシでしょ。」
「じゃ、ごめん、リツコ。また明日ね。もしぼくに用がある時はマシカにそう言ってくれれば、すぐに連絡がつくから。」
「うんわかった! ありがとう!」
 リツコが慌てて手を振るうちにも、鋭はどんどん歩いて行ってしまった。
 それを後ろから追いかけてきていた人たちがわっと取り囲んで、次々に話しかけたり、書類らしいものを渡したり、左印をもらったりしている。
 …やっぱり、本当は偉い人で、ほんとうに忙しかったらしい…。
 リツコは、寝こけてしまったせいで結局二日間もあたしみたいな子どもの世話なんかさせて、悪いことしたなー?と、ちょっと反省した。

 

 

 4-2. リツコ、市場へ行く。

「ちょっと待っててくれる?」
 鋭を見送ったあとリツコにそう言って、大きな立派な黒い馬の世話を最後まで仕上げたマシカは、まわりの人間たちや動物たちに挨拶らしい言葉をかけてから、広場のすみの水場に行って手と顔を洗い、手布で簡単に拭いてから、髪をほどいた。
 ふわりと広がった朽葉色の巻き毛は、とても華やかでよく目立つ。
「きれ~い!」
 リツコが思わず誉めると、マシカはにこっと笑った。
「そう? ありがとう。リツコの髪もすてきよ?」
「えぇ? あたしのなんか焦げ茶色でクセ毛でへろへろで~。全然ダメ」
「そうなの? ダレムアスでは《大地の色》って言って、一番いい色だけど?」
「そうなの?」
「えぇそうよ。ほら可愛い。あたしたち姉妹みたいね?」
 マシカはそう言ってリツコの固く縛っていた癖毛もほどいて、ふわっとおそろいな感じに広げてしまった。
 リツコは初対面なのにいきなり「姉妹みたい」とか親しくしてもらえたのが嬉しくて、

「えへ~」と照れた。
 マシカはそんなリツコを見てにこっと笑って、それからちょっと下がった。

 何をするのかな?とリツコがキョトンとして見ていると、リツコのことを上から下までじっくり観察している感じで、それからもう一度にこりと笑い、また近づいてきたと思ったらリツコの両頬に両手を添えて、そぅっと額を合わせて、気息を整えて、…歌うように、小さく叫んだ。
「ま~りえった! れっと、せっと、えッ!」…(ことばよ、通じよ!)
「え?」
「まうれいにあ、あむにや、あむねえむね?」…(わたしの言うこと解る?)
「えっ? …解る! …あれ…???!」
 リツコは目を丸くした。

 何がどうなったの…??
「マーシャは神力ってヤクしてるけど、鋭はマホウって呼ぶわね。あたしは血の力は弱いから、マーシャみたいに自分の言ってることを相手に解らせる術まではむりなの。効き目も弱いし、時間も短いと思うんだけど… とりあえず、それでやってみましょう?」
 リツコは意味がまったく解らなかったが、とりあえず「うん。」とうなずいた。
 マシカは追いかけて来ようとした小鳥たちや小動物たちにはちょっとあっちへ行っててと言いつけてまとめて追い払い、とても楽しそうな顔でリツコと手をつないで、ずんずん市場の奥に分け入っていく。
 リツコはとにかくもうきょろきょろしてしまって大変だ。質問したいことを全部聞いていたら一歩も前に進めなくなるくらい、見るものがすべて珍しい。

 長年使いこまれて黒光りしている木彫りの柱の大きな立派な天幕の店や、柱に布の屋根を張っただけの簡単な屋台。二階建ての大きな木造の飲食店に、屋根と柱だけで壁がないつくりの大皿に大盛のお惣菜を盛り上げて売ってる食堂。

 色とりどりの布地屋、服屋、装飾品の店、革細工の店。野菜の店、果物の店、ちょっとだけぎょっとする眺めの、生肉の量り売り?の店…

 占い屋さんかしらと思うかんじの地べたに座った偉そうなお婆さんや、兎の人や羊の人たちを相手におしゃれな毛刈りや毛染めを施している店。

 …ひたすらまわりじゅうを見回しながら歩いていたリツコは、少し遅れて、自分のほうも周囲の人たちから、びっくりした目で眺められていることに気づいた。
「…ティケット?」…(地球人?)
「テーイケットィ? アナン?」…(地球人か?)
「あ~やけったていか!」…(おっとびっくり! 見てごらん!)
 市場を行き交う通りすがりの人々が、リツコのTシャツと短パン姿を見て目を丸くして声をあげる。
(………え? なんであたし、言ってる意味が解るの? ティケット…ってチケット? 英語? 切符?

 …じゃないよね…???? こっちの言葉だと《地球人》って意味になるの…????)

 まったく解らないはずの言葉が、ちょっとだけ遅れてだけど、だいたいの意味がするっと判る。

 まるで頭の中で映画の字幕でも読んでるみたいな感じだ。

(??????? …これが、さっきマシカがかけてくれた、《言葉のマホウ》とかいうやつ効果…??)

 目を丸くして混乱しているリツコをしりめに、はぐれないように手だけはぎゅっとつないで、すたすたと前を歩いていたマシカが、ひょいと曲がって一軒の店に入ろうとした。

 ので、続けて敷居をまたごうとしたリツコを睨んで、正面から鋭い声をあげた男がいた。

「エベルディン、スレイガ!」…(出て行け、敵め!)
「…あんま、のうでぃあ、あーろんでーぃ。」…(なにか御用で?お客さん)
 その隣にいた店員らしいもふもふの人も、誰だこの怪しい奴め、という顔で、リツコを見ている。
 リツコは知らない人から突然( 敵め! )と言われたらしい事に心底びびって固まっていた。
「まるまっかあれ。」…(あたしの連れよ。)

 どうやら鋭と同じくらい周りの人たちに顔が知られているらしいマシカがぴしりと言うと、周囲のざわめきが収まった。
「ジョルディイリヤン、ダレッカ。リレキセース、オルディイイン。」…(諸侯会議に出るお客様。リレク様からお預かりしたの。)

 出て行けと言った男の人が、困った顔で不機嫌そうに口をつぐんだ。
「あんに~や、マシカ!」…(いらっしゃい、《星の娘》!)
 奥から転がるように店主らしい人が出てきてにこにこと挨拶してくれて、あとはもう買い物が大変だった。
 あれやこれやと出してきてくれる衣類や旅行用品?の山を見て、

「ちょっと待ってマシカ! こんなにたくさん買っても背負いきれないよ?」

 リツコが悲鳴をあげると、

「馬車で運ぶから大丈夫よ」とマシカは余裕で笑った。

 マシカがかけてくれた言葉の魔法?とやらのおかげで、相手が言っていることは何語であろうとなんとなくリツコには意味が解るけど、リツコが喋ってる日本語は、相手には全く通じてないらしい。

 半分はマシカに通訳してもらいながら、マシカにもうまく翻訳できない時はとにかく身振り手振りで、好きな形や嫌いな色や、肌触りがどうとかを色々説明しまくって、それから厳選したものだけを試着してみてさらにあーだこーだと、似合うとか似合わないとかみんなで品定めをして、最後にマシカが押しの一手で、まとまた商品の強気の値切り交渉?までしてくれて…

 一通りの品物を決めて支払いも済ませて、配達まで頼んで店を出た時には、リツコはもうかなり頭が疲れてしまって、喉も枯れて、おなかもぺこぺこだった…。

「あらあら… だいじょうぶ?」
 マシカが気を利かせて、道すがらの屋台で甘いものを食べさせてくれる。色とりどりの豆を甘く煮たものの中に何かぷにっとした食感のものが入った、あんみつとぜんざいが混ざったような味の可愛らしいスイーツだ。
「…おいしーーーい!」
 叫んだリツコに、マシカは笑った。
「元気でた? じゃ、ちょっと遠いけど私のテントまで歩きましょう。」
「あ、ちょっと待って! あたし今朝、洗濯物を干してきちゃったの!」
「センタクモノ?」
 なぜかこれがマシカに通じなかった。リツコはがんばって身ぶり手ぶりで説明してみた。
「服を洗って~、干して~、こう…。昨日泊めてもらった部屋の中に、干して、置いてきちゃったの!」
「…あぁ。洗った。干した。で、…乾いた?」
「そう。洗濯物。」
「センタクモノ。」
 マシカはうんとうなずいた。
「リツコ、わたしのニホンゴまだまだみたいだわ。旅のあいだ、たくさん教えてね?」
「うん! こっちの言葉も教えてね?」
 リツコとマシカはすっかり意気投合して、大の仲良しになった。

 

 

 4-3. リツコ、天幕に泊まる。

 じゃあセンタクモノを取りに一旦戻ろうという話まで進んで、リツコは困った。
「どうしよう! あたし帰りも鋭と一緒だと思ってたから、道を覚えてない!」
「ヨーリア学派の宿坊でしょ? わかるから大丈夫よ」
「ほんと? よかった~!」
 しばらく歩いて、なるほど見覚えのある植え込みの門のちかくまで案内してくれると、マシカはその手前の薬草の店で買い物をしてくるから、その間にセンタクモノをとってきて、と言う。
 うん解った!と、ひとりで門を入って、見覚えのある玄関まで行って、勝手に上がるのもまずいかと思って、とりあえず声をかけてみた。
「すいませ~ん! …誰かいませんかー?」
「…もうどれいやなっ、えんにやえん。」…(*********)
(??? …あれ…! ???)と、リツコは困った。
 さっきまでは、相手の話す声と一緒になんとなく判っていた「ことばの意味」が…

 また、解らなくなってる!
 魔法?をかけてくれた時にマシカが言ってた「時間も短いと思うんだけど」の意味のほうが判ったー! 

…と思って焦りながらも、幸いにして最初に出てきたのが今朝リツコを案内してくれたあの女の人だったので、もう一度「センタクモノ!」という身振り手振りをして、「取りに行きたいので部屋に入ってもいいですかー?」という説明の許可を得るのは、そんなに難しいことでもなかった。
 どうやら鋭の私室だったらしい今朝の部屋にもういちど入らせてもらって、洗濯物がきれいに乾いていたのをこれ幸いと、急いで畳んでリュックに詰め直す。
「どうもすいません! ありがとうございました!」
 ぺこりと頭を下げてお礼を言って退出すると、

「まぅれいでぁ~。」

 女の人はにこにこして、手を振って見送ってくれた。
 それからまた教えられた店の前に戻って、誰かと談笑していたマシカと合流して歩きだしながら、もう言葉がわからなくなったということを伝える。
「…う~ん、半日モタナイのね…」
 マシカはちょっと悔しそうな顔をした。
 すぐにまた術をかけなおしてくれるかなと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
「もしかして、実はすっごく難しいとか、マシカがものすごく疲れるとか…する?」
「そんなことはないけど。だってもともとあの三人といっしょに旅してた時に、あたしだけ言葉が通じなくて不便だったから覚えようと思って、意味が解るようになれって、自分で自分に毎日かけてた術なのよ。…でもあれ、かかっている間、アタマがとても疲れるでしょう?」
「…そう言われてみれば、そうかも…。」

 頭というより、むしろものすごくおなかがすいたけど。と思いながらリツコはうなずいた。
「今日はもう眠るだけだから、また明日にしましょう?」
 それから日本語で色んな話をしながら平坦な道を《仮皇都》とやらの街の外れに向かって歩いて、沈み始めた夕陽と夕焼けと一番星を眺めながら三十分くらいで、マシカと仲間たちが寝泊まりしている旅天幕の群れの臨時の村?に着いた。

 マシカの仕事は《薬師》と言って、医者と獣医と薬剤師と看護師と産婆さんと保健婦さんと学校の先生と地域の戸籍係?…まで兼任しているような、けっこう大変な職業の集団らしい。

 着いたのが日暮れの後だったし、みんな明日の出発に向けて忙しそうに飛び回っていたので、ちょうど通りすがった人たちにだけ簡単に挨拶して、大天幕で温かい夕飯だけ食べさせてもらって、リツコたちはすぐにマシカの小さい天幕にひっこんだ。

 何枚かの革と布を張り合わせて笹と木の枠で支えた一人用の天幕は、二人で入るとちょっと手狭になったけど、居心地よく乾いて清潔で暖かくて、きちんと整理整頓の行き届いた、いかにもマシカの部屋!という感じがする、すてきな隠れ家だった。
「マシカは用意はしなくていいの?」
「たぶん明日出発になるだろうというのは昨日のうちに解っていたので、もう準備は済んでるの」
「そうなんだ」
「でも明日は早起きしなくちゃだから、今日はもう寝ましょう?」
「うん!」

 寝間着に着替えて、くせ毛の髪の梳かしっことかして、くすくす笑いながら内緒の話なんかして。
 それからマシカとリツコは本当の姉妹よりも仲良しになって、一つの寝床で寄り添って一緒に眠った。
 ただし問題は、リツコのために追い出されてしまったマシカの沢山の同居動物…マシカが言うには「押しかけイソウロウの」…動物さんたちだった。
 ぶぅぶぅきゃぁきゃぁぴぃぴぃと、それぞれの鳴き声で文句を言いながら脇の長椅子に移動させられた栗鼠や仔猫や小型犬や小鳥やフクロウや翼の生えた小さいヘビかトカゲみたいな謎の生物や…その他いろいろ…が、けっきょく朝になってリツコが目を覚ましてみると、二人の少女のあいだとまわりじゅうに動物たちがみんなぎっしり詰まって乗っかって、一緒に眠っていたのだった…。

 

 

 4-4. リツコ、早起きする。

 翌朝、天幕のすぐ上で鳴き交わす鳥たちの声がすごくて、リツコはびっくりして目が覚めた。
 すでに開け放ってあった天幕の戸布の向うに見える空はまだ夜明け前で、外に出てみると東?の山並みの上の薄い金色の線から、反対側のまだ暗い空の色と最後の星の瞬きまで、雲ひとつない見事なグラデーションだ。
 …う~ん、地球と同じに見えるんだけど…と、伸びとあくびと深呼吸をしながらリツコは思った。

 一番の違いは空気だ。

 すごく何というか…すがすがしくて…さらりとして…深いけど透明な感じで…とにかく美味しい。

 そういえば昨日それを言ったら鋭が「この世界には公害も原発もないんだよ!」と笑ってた。
「…あら、起きた?」
 広い空の下で美しい髪に櫛をかけてふんわりとまとめていたマシカがふりむいてにこりと笑った。
「今日もお寝坊さんなのかと思ってたわ」
「うーん。だって昨日は早く寝たし。マシカがいてくれたから嫌な夢も視なかったし。」
「うん。よく寝てたわね。ミーボナンにほっぺた踏まれてるのに全然起きなかったもの」
 リツコは苦笑して、自分も起きる仕度を始めた。

 寝ている間にベッドの上は動物だらけで、まだ寝こけているやつもたくさんいて、先に目を覚ました連中は今もマシカの髪にまとわりついたりして、仕度の邪魔をしている。
 まわりの天幕の薬師たちもみな起きだしているようで、あちこちで出発の準備を始める賑やかな物音や声がしていた。
 寝間着のまま教えられた川辺に降りて手と顔を洗い、その水場より下流に用意された木造のトイレ!(川の流れの上に付き出していて、床に穴が開けてあって、全自動?水洗式?だ…)で用をたす。

 言葉が判らないまま、すれ違う薬師の人たちにはとりあえず大声で「おはようございます!」と挨拶しておく。
 戻ってきて、はたと悩んだ。
「ねえ?マシカ。今日って何を着たらいい?」
「あ、そうねぇ…、どれにしましょうか…?」
 昨日買ってきた装束類の小山と、自分が持ってきた少しの着替えを並べて、天気と気温を考えて、マシカの意見も聞いて、結局「地球式」の略礼装?が良いだろうということになった。
 白いTシャツに動きやすい七分丈の水色のガウチョパンツを合わせて、その上から、おしゃれな私立校の制服みたいな感じのギンガムチェックの夏ワンピを羽織って。前ボタンは適当にはずして開けて、ちょっと「こなれた感じ」におとなっぽく、着崩してみる。
 靴はやっぱり履きなれたスニーカーのままにした。だって相当、歩く?らしいから…
「…きゃー、リツコ可愛い~ ♪ 」
 そう褒めてくれながら、マシカのほうは以前から決めてあったらしい衣装にさっさと袖を通している。
 やっぱり昨日の仕事着?と同じような、日本で言うと作務衣?みたいな動きやすそうなデザインだけど、超新品で、手織りらしい深い緑色のつやつやした布地の模様がすごく手が込んでいて高級な感じで、民族調っぽい刺繍とか金色の球飾りとか色々付いていて、軽くて薄い布の同色のスカーフのようなマントもふわりと羽織ったら、とても上品で、清楚で華やかだ。
「きゃー! マシカすてき! とっても綺麗!」
 リツコが手放しで誉めると、うふんと得意そうに笑った。
「そうでしょう? この布を織るのは苦労したのよ! …リツコ、髪型はお揃いにしましょうよ!」

 可愛い髪飾りも貸してくれて、リツコが持って行った手鏡で映して満足して見ていたら、「こんな薄い小さな鏡! こっちには無いわ!」とマシカがすごくびっくりして、もうそれだけですごく盛り上がりながらの身支度がやっと終わると、マシカは昨日の昼にやってくれたように、ちょっと気分を改めるしぐさをして息を整えてから、リツコの頬に手を添えてぴったりと額を当てて、唱えた。
「…ま~りえった! れっと、せっと、…えっか、…ろう! …ぐん!」
(あれ?昨日と少し違う…)とリツコが思う間もなく、…( ことばよ、通じよ! …せめて日暮れまで! もつように! )

 …という意味が、頭のなかに字幕が映るような感じで、急に流れ込んできたのだった…。

 


第5章 リツコ、旅に出る。

第5章 リツコ、旅に出る。

 

 5-1. リツコ、紹介される。

 ちょうどその頃に朝日が眩しくさしこんできた。からりと晴れた秋の初めの上天気だ。
『朝ごはん出来てるよー、早く食べちまっとくれ!』と、食堂?の係の人から声がかかったので大急ぎで出かけて行った。
『おはよう!』とか『よく眠れた?』とかそれぞれの言葉で色々と声をかけてくれるマシカよりもはるかに年上のおとなの薬師の人たちに、リツコは日本語と手振り身振りで元気に挨拶を返しながら昨夜と同じ大天幕に行って、色々な野菜とか豆とかキノコ?やハンペン?のようなものがどっさり入った温かいスープと、穀物の粉をこねて焼いたクレープのような味のない薄焼きに塩味のあんこか栗きんとん?のような濃厚なジャムをはさんだ主食を好きなだけ、おなか一杯食べさせてもらった。
 食器は各自で持参制で、ダレムアスに着いた時に鋭からもらった一式を忘れずに持っていった。
 それからリツコがまた教えられた上流側の水場に行って二人分の食器を洗って戻って拭いて片づけているうちに、マシカは手早く整然と自分の天幕の中のものを幾つかの大きな木箱と布袋の中に詰めて行き、リツコもがんばって出来ることは手伝ってみて、最後に一緒に天幕を畳むと、うんうんと担いで何往復かして、少し離れたところに停めてあった木製の荷馬車に運び入れた。

 それからマシカが小型の馬のようなロバのような、ずんぐりして大人しい四足の動物を連れてきて荷馬車に繋ぐと、出発の準備は完了だった。
『…ごめんなさい。先に行くわねー!』
 マシカが声をかけるとまだ準備中らしい薬師の皆は口々に返事をして、手を振って見送ってくれた。
 荷物満載の台車を牽いた小型馬の手綱を引いて、人間二人はその横をとことこ二本の足で歩く。
「これは《白の街道》というのよ。日本の言い方だと《国道》ってことになるんですって。」
 マシカが教えてくれる。
 夕べはもう薄暗くなった中を星を見上げながら歩いて来たので気がつかなかったが、歩きやすいように白い石畳できちんと舗装された、幅は4メートルほどのしっかりした道だ。

 気持ちの良い朝の景色もしりめに慌ただしく人馬が行き交う街道沿いの、目にはいるものをあれこれ教えてもらいながら、昨日歩いてきた順に逆に戻ると街の中を通って、またあの《仮皇宮》前の大きな門に着いた。
「あ、いたいた、鋭!雄輝!」
「マシカ、おはよう!」
「お!似合うぜそれ。綺麗だな!」

「ミア・マシカ! マウレィディア! アノネエル、ソナ・カイネティケ?」…(《星の娘》殿、おはようございます。そちらのかたが地球からの御客人ですか?)

「エウネア、ソレラアウグ。モレラディン・エラ。」…(えぇそうですモレラ様。先日は失礼しました。)
 門を入ってすぐの昨日と同じところに鋭と雄輝と、他にもたくさんの重臣ぽい人たちが集まっていた。
 みんなきちんとしたおしゃれというか礼服とか正装らしい仕度で、ばりっと格好良く整えている。

「ミア・リツコ、マウレソイディア。オルレア・オルレ・ドラウグ。」…(リツコ殿、お初にお目にかかる。それがしドラウグと申す者。)

「あじょれ・りつこうにゃ。あにのれの、そな。」…(はじめまして、リツコ姫。わたくしはソナですわ。)

「あいどれーが!だれむあすーな!」…(《大地世界》へ、ようこそ!)

「アイドレーガ!アル!」…(歓迎しますぞ!)
 初めて会う偉そうな大人の人たちもみんなマシカにだけでなくリツコにまで腰を下げてきちんとした挨拶をしてくれるので、リツコも一生懸命「おはようございます!一昨日はごめんなさい!地球から来た高原リツコです!よろしくお願いします!」と日本語で言って頭を下げた。
「リツコ、おはよう。それ可愛いね」
「おー、地球式の服にしたんだ?」
 鋭と雄輝がお世辞でもなく本気で誉めてくれたので、リツコは照れて、えへへと笑った。

 マシカがちょっとだけ心配そうに二人に聞く。
「どうかしら?一応こっちの服もちゃんと用意したんだけど。『地球からの御客人が諸侯会議に参加する』ってことは、みんなに宣伝したほうが良いのよね?」
「うんそうなんだ。この服だと一目で地球人て判るね。さすが! ぼくじゃ思いつかなかったよ。やっぱり女の人に任せてよかった。」
「あら… 褒めても何も出ないわよ?」
 鋭に褒められてマシカがすこし照れて頬を赤くしたので、リツコはちょっとあれっと思って眺めた。
 それから少し打ち合わせがあって、せっかくだからと、リツコはなるべく目立つように、後方の荷馬車隊ではなくて先頭に近い鋭の馬の鞍の前に乗せてもらうことになった。

 牽いて来た荷馬車は雄輝たちの部下の人が列の後方の商人隊に預けに行ってくれた。
「じゃ、私はマブイラに騎せてもらうことにするわ」
 そう言ってマシカがどこかから連れてきたのは…なんと!
 見事に枝分かれした角を堂々と掲げた、ものすごく立派な…銀灰色の雄鹿だった。
「………マシカが…鹿に乗る………」ついつい小声で言ってしまうと、
「…ね、やっぱりちょっとそこで笑っちゃうよね?」と、鋭がこそっと相槌を打ってくれた。

 

 

 5-2. リツコ、式典に参加する。

 

 それからどんどん広場に人が増えてきて、中央に列をなした着飾った旅装束の人たちと、周囲に並んだ見送りらしい服装の人たちとで、ぎっしりと隙間もないくらいになっていった。
(昨日の山のような荷馬車隊や荷駄や荷車は、後方と脇に順序良くきちんと寄せられていた。)

『…刻限!』

『まもなく!』

『刻限!』
 もうこれ以上は広場に人が入れない…という頃、ドンドンと威勢よく大鐘と太鼓が打ち鳴らされた。
 居並んだ人たちが、ざっと威儀を正す。
『みな、御苦労!』
 例のおっかない皇女サマが碧緑の髪を豊かになびかせ、みごとに華麗な金と朱色の正装で着飾って、昨日マシカが世話をしていたあの特別に大きくて立派な黒馬にまたがり、堂々と広場の中央を分けて進み出てきた。
『少し長い旅になりますが、みな無事であちらへ着くように! 留守の者たち、不安もあろうが、必ず和平を為して来る。安んじて待つように!』
『…道中、御無事で!』
 留守役の代表らしい身分の高そうな衣装の年輩の女性が門の脇から進み出て来て、深々とお辞儀した。
 みな、唱和する。
『道中、御無事で!』
『…出発!』
 雄輝が、みごとな金鹿毛の馬にひらりと飛び乗り、皇女のすぐ後ろ右脇にぴたりと並べて号令を発した。
『出発!』

『…出発!』
 伝令が次々と声を並べて叫び伝えていく。
「…行くよ? 笑って!」
 鋭は白銀色の優雅な一角馬に身軽に騎乗すると鞍の前にリツコを引き上げて乗せてくれ、皇女殿下のすぐ後ろ、雄輝と並ぶ左側の位置に、するりと当たり前のように並んだ。

(…………………えーーーーーーーーッ!!!!)
 つまり、リツコの位置するところは、一国の代表として和平会議の旅に出る皇女サマの、すぐうしろ。という順番だった。

 そのまた後ろに、偉そうな重臣のお爺さんとか、ものすごく賢そうな顔立ちの年輩の女官たちとか、着飾った姫君たちの集団とか、武装した兵士の隊列とか…何百人もいそうな大行列が、堂々と並んで続く。
( ……… 嘘っ! 聞いてなーーーーーーーい………ッ!)
 心の中で絶叫してみても後の祭り。リツコはとにかく、(場違いすぎる!)と内心で絶叫しながらも、鋭たちに恥をかかせてはいけない!と思って…

 必死で愛想笑いを、してみた…

 伝令や先導役らしい護衛の兵たちがまず門を出て、押し寄せてきていた見送りと見物の人たちをもう一歩下がらせる。

 続いて堂々とした歩みで皇女サマと雄輝と鋭とマシカの四人が門前に出る。

 ものすごい、歓喜の歓声が爆発した。

 さらにゆるゆると前に進むと、ますます興奮が高まった。

 そして。

 その歓声とはまた別のどよめきが、背後からわっと起こったので、リツコは思わず振り向いた。

 …龍だ…!

 きのう見たふかふかの芝生状の長い草花壇に金銀の巨大な龍が二匹、長々と横たえられて置いてあるのは人波の向うに垣間見えてはいたが。てっきりお祭りの縁起もの飾りだと思っていた…ら。

 二頭が揃って音もなくふわりと宙に舞い上がり。

 テレビで見た長崎のお祭りの龍のようにくるりくるりと旋回しながら悠々と天高く昇っていく…!

『…我は西皇家よりの使者マフイラ。』

『おなじくミフイラ。』

『…出立を、見届けたり!』

 そう大音声で空から呼ばわって、ふわーーーっと、さらに高く昇った。

『西皇家皆々様によしなに!』

 皇女が返礼して見送る。

 青い天空に舞う金銀の華麗な龍の美しさに、居並ぶ人々は、歓呼と絶叫と噂話で、もうぶんぶんと唸るハチの巣をぶちまけたような有り様だった。

 

 

 5-3. リツコ、誇大広告される。

 後から思いかえしてもつくづく、前から二番目なんて身の程知らずの大それたポジションに強制参加じゃなくて、ただの沿道の観客でいたかった…というのが、リツコの素直な感想だった。
 豊かな碧緑の巻き毛を風になびかせて紅朱に金糸の刺繍織のあでやかな衣装をまとい、その腰には同じ意匠で飾った華麗な大剣を佩き、美しい無紋の黒毛の大戦馬にまたがった、華麗なる美人皇女殿下をその先頭に。
 右後ろに並ぶ金色馬にまたがるのは真紅と漆黒の戦士装束の背中に鷹の両翼を堂々と掲げている雄輝。
 左後ろに並ぶのが白銀の一角馬にまたがり青と水色の礼装をきちりと整えた、絶世の美貌の青年の鋭。
 二人のすぐ後ろにぴたりとつけて、堂々たる枝角をそびえ立たせた大鹿に騎る薬師装束の美女マシカ。
(…鋭の鞍にちょこんと載ってるあたしみたいな小荷物なんかこの際この絵づらの中では絶対に邪魔だ。…とリツコは真剣に思った…。)

『…見ろよ! あのかたがたが戦を終わらせてくれた四軍神だ!』
『なんてお美しいのかしら皇女様!』
『きゃーーーーーーっ! リレク(鋭)様すてきっ! お凛々しいッ!』
『ちょっと何よ、あのチビ?』
『泥球界(地球)からのお客人らしいよ。何でもさる有力な部族の長の縁者とか』
『泥球界の? 王族なの?』
『お使者様なんだから、そうじゃないかぃ?』
(えぇぇぇぇっ!)と、聴こえてしまったリツコは内心で絶叫した。
 いくらちょっとだけオシャレめなワンピを着てみたからって、実は通販のしかもタイムセールのバーゲンで買った安物だ。『さる有力な部族の王族』…ってなに~ッ?!

 たしかに大叔母様は朝日ヶ森の学長だけど、それって別に王家でもなんでもナイわよ!??
 …むしろ今この国の言葉が喋れなくて良かった。と、つくづく思った。

 話が出来たら絶対に、必死になって噂を否定しにまわってしまっただろうから…
「…鋭ッ? なんかあの人たち、すっごい大誤解してないッ?」
 思わず小声で叫んでしまったリツコの赤くなったり青くなったりの百面相を、ひとのわるい笑顔でにやりと無視して、行列が街から出るまでの間中、鋭はとにかく、「笑って! ほら笑って! ほら手を振って!」としか、言ってくれなかった…。

 その鋭自身も率先して、まわりじゅうに手をふり愛想をふりまき、観るひとすべてをその超絶美形な笑顔でうっとりとさせていた…。

 そんなこんなで街から出るだけでもしばらくかなりの時間がかかり。

 その間、二頭の龍たちは、上空でゆったりと浮いて旋回しながら「出立の騒ぎを見届けて」いるようで、街から行列が出るころに、ゆっくりと挨拶のように尾を振って、西の空へとすうっと飛び去って行った。
「…ねぇ鋭…。もう笑うのやめていい…?」
 ようやく道沿いの見送りの人が少なくなってきて、やっとそう聞けたころには、むりやり笑い続けていたリツコの顔は、ばりばりに強張っていた…。

「うんもういいよ。お疲れ様? ちょっと水でも飲むかな?」

 鋭は自分も「あ~疲れた!」とかぼやきながら、普段の雰囲気に戻って、馬上で揺られながらだけど竹筒の水をリツコに先に飲ませてくれて、自分も仰向けになって飲み尽くしてしまった。

 それからまたゆっくりと移動して《白の街道》沿いを朝に歩いて来た西の方に戻ると、途中の河原で移動村の天幕はすっかり畳み終えて待っていた薬師のおばさんたちが一行のために休憩用のお茶やお菓子を整えて待っていてくれた。

 やっとリツコはひと息ついて、その後はマシカの大鹿に一緒に乗せてもらって進んだ。

 薬師の一行のうち、半分くらいが荷馬車隊を率いて皇女の行列の最後尾に入る。
 あとの半分くらいは、列には入らずそのまま流れ解散するらしくて、手を振って見送ってくれた。

 

 

 5-4. リツコ、爆睡する。

 

 休憩をはさみながらゆっくり進んで夕暮れ前にその日の野営地らしい場所に着き、地元の人たちが出迎えの野外宴会の用意をしてくれていて、一行が(いちばん凄い勢いで皇女がまっさきに!)焚火のまわりで飲み食いを始めた頃に、ようやく列の最後尾の荷馬車隊ががらごろと追いついてきて、大量の食糧や天幕をせっせと降ろし、さらに追加の大きな火を起こして、出迎えてくれた地元の人たちへの返礼を兼ねた大人数分の食事の仕度を始める。
 荷を降ろし終え、その早目の晩餐をふるまわれた後は、そのまま手を振って別れて元の街へと戻る人たちも百人くらいいた。

「リツコ、今日もあたしと一緒の天幕だけど、いいわよね?」
 あいかわらず、やっぱり追いかけて来た小鳥や小動物たちの群れに囲まれながらマシカにそう言われた頃、ちょうどリツコの「聞いた話が解る魔法」は解けてしまったのだった…。

 マシカの小天幕を一緒に張って、寝床の仕度が整ったとたんに、着替えもせずに爆睡してしまったことしか、覚えていない…。 

   そんな風にして、この旅は始まった。

 


第6章 リツコ、旅をする。

第6章 リツコ、旅をする。

 

 6-1. リツコ、看護助手をしてみる。

 そこからの旅の日々は最高だった!
 夜は毎晩マシカと一緒に天幕で動物たちに囲まれてぐっすり眠って、朝は鳥たちや動物たちの騒ぐ声で賑やかに起こされて、マシカに《言葉の魔法》をかけてもらってから冷たい川や泉の水で女性陣みんなときゃあきゃあ一緒に水浴びして身支度を済ませ、大天幕で出来立ての温かいご飯を交代で食べて、えいやっと自分たちの天幕を畳んで荷物を荷馬車に乗せて、準備の出来た者から順にぱらぱら出発して、歩いたり馬の乗り方を練習させてもらったり、疲れたら荷馬車に便乗して昼寝しながら運んでもらったり。

 お昼ご飯はそれぞれ勝手に適当に、停まって休憩したり荷馬車でのんびり進みながらだったり、朝に配ってもらったお弁当プラス各自で用意してあるお菓子や副菜や果物なんかも食べて、午前と午後のお茶休憩もだいたい同しような感じで、必要があれば街道沿いに一時間おきくらいの間隔で用意されている手水屋(トイレ)にかけこんで。

 珍しい皇女行列を一目見ようと街道沿いの空き地に集まって宴会しながら待っていたりする人たちにお茶に呼ばれたり、とれたての果物をもらってお返しに都のお菓子をあげたり。

 途中に街があれば市場や宿屋をのぞいてあれこれ買い込んだり…

 遊んだり喋ったり歌ったり競争ごっこをしたり色々しながら、とにかく西へ向かって何百人かの隊列が前になり後ろになりしつつ《白の街道》をのんびり進み続けて、陽が傾きはじめる頃には行列がすっかりばらけきって前後がお互いに見えなくなってしまった状態で、ばらばらと宿営地にたどりつく。

 街道沿いの警備を兼ねて常に半日分ほど前を進んでいる雄輝たちの先行隊が、近在の町や村から手配されて来る係の人たちと一緒に早めの夕飯というか午後の遅いお茶?の支度をして待っていてくれるので、この時だけは先行隊と一緒に卓を囲んで、皇女や重臣や警備や経理の人たちは中央の卓のまわりで食べながら打ち合わせや何かを済ませて。

 いつもかなり遅れて来る商人隊や姫君隊が、それより半日遅れで出発したはずの後衛隊の人たちにお尻をせかされながら夕焼けが最も華やかに燃える頃合いに慌てて追い着いてきて急いで天幕を張り、ようやく今晩の集合と点呼が終わる。

 待っていた先行隊は後衛隊との情報交換だけ済ませると暗くなりきる前にまた出発してしまうので、みんなで手を振って見送って。

 それから残った面子は毎晩のように、『地元の人が用意してくれた歓迎夕飯への返礼』という名目で豪華な晩餐会の仕度を始め… 昼の仕事を終えてから皇女たちを一目見ようと駆けつけてくる地元の人たちで、参加者は見る見る膨れ上がり…

 日が暮れると同時に大きな篝火が焚かれて豪勢な酒宴というか、むしろ中央に一段高い舞台が出るので盆踊りのようなお祭り騒ぎが始まり…、飲んだり歌ったり笑ったり踊ったり、大人のひとたちは口説いたりフラレたり、恋仲になって二人で姿を消したり?…その噂話をして盛り上がったりの大賑わいになる。

 リツコも眠くなるまでは果汁とお菓子で興味津々でつきあって、《言葉の魔法》が切れる頃にマシカと一緒に天幕に引き上げて、あとは眠くなるまで二人でお喋りして、色々なことを教えたり習ったりしあった。

「あ、そうだ。ねぇねぇ! マシカって、鋭のことが好きなの?」

 大人たちが盛り上がっていた恋バナについての噂をマシカに教えてもらって、そのどさくさにまぎれてリツコは聞いてみた。

「…まさか! 違うわよ。あたしが一番好きな人は別にいるもの… なんでそう思ったの?」

「このあいだ、鋭に褒められた時に、ちょっと赤くなってたから…」

「やーねー。それだけ? あのね、鋭って髪が短かった頃はそんなでもなかったんだけど、最近、典型的なヨーリア学派風の髪型になっちゃったでしょ? それで… 笑ったりすると… ちょ~っとだけ… 似てるのよね~、…雰囲気が!」

「…そうなんだ~w」

 リツコはにやりと笑って、もっと詳しく聴きたかったが、

「こどもは早く寝なさーい!」とかマシカに言われて、きゃあきゃあとふざけっこになって、そのまま眠ってしまった。

 そんな毎日だった。

 ただしマシカは旅団中の参加者全員の健康管理をする《薬師代表》という役職も兼ねていたので、日中も合間合間に行列のすべての人と動物の様子をチェックしに廻ったり、体調の悪い人がいれば薬草の調合をしたりしていて、なかなか忙しかった。

 数百人規模の旅団中に二十人ぐらいいる薬師の集団は、日によっては本隊よりも先に行って地元の村々の移動健診会みたいなことをして日暮れ後の遅い時間に追いついて来たりもしたし、時には沿道の住人から往診の依頼があったりして、夜中でも大鹿にまたがって急いで出かけて行ったりする。

 リツコも始めのうちはそんなマシカについて一緒に行ったり簡単な作業なら手伝ったりもしてみたのだが、どうやら薬師の才能はまったく無いようだった。

 大体、血をみるのがけっこう苦手で、治療の手伝いをしようと思っても、どうしても傷口から目をそらしながらの作業になってしまうので、うまく出来るわけがない。

 針と糸で大きな怪我を丁寧に縫い合わせたりまでするマシカは若いのに凄いなぁとリツコは心底尊敬したが、たいがいの薬師は今のリツコくらいの年齢には助手から一人立ちして一つの街や村を預かり、プロの薬師として働き始めるものだという。

 ちょっとそれはリツコには無理そうな職業だった。

 

 

 6-2. リツコ、司書になる。

 

 そんなわけでむしろ邪魔になるだけだと自覚してからは往診について行くのはやめたので、時々リツコは夜更けに一人でとり残された。そんな時は鋭が自分の天幕に呼んでくれて淋しくないように気を使ってくれたが、旅のあいだも多忙を極めている鋭の天幕に泊まると、しばしば真夜中に皇女サマ本人や重臣や近衛隊の人達などが訪ねて来るので、『言葉の魔法』が切れた後で一言も理解できない面倒くさそうな話し合いの気難しい声だけをBGMに眠るはめになったりするのが、少々の難点だった。
 こちらの世界では「マダロ・シャサ」(雄々しく輝ける者)と呼ばれている雄輝が旅団の警備の責任者なら、「リレクセス」(鋭利な短剣)とか「リレキエイセス」(鋭い切れ者)と呼ばれていることが多い鋭のほうは、行列全体の食糧や資材の調達と管理と支払いとか、現地の人たちの応援要請の手配とその返礼品の用意とか、諸々の雑用全ての総責任者らしくて、行路と旅程の管理表とつきあわせて天気予報?まで自分で観測した挙句、必要とあらば皇女サマに「天気を良くする魔法」まで頼みに行ったりするのが、担当の範囲らしい。

 さらにはヨーリア学派の長としては医術と薬学の心得もあるそうで、しばしばマシカたち薬師集団と一緒に出張検診に行ったり、地元の街の急病人や怪我人の治療もしていた。ほんとに忙しそうだった。

 リツコは移動の間ただ遊んでいる自分が申しわけなくなったので何か手伝えることがあればやってみるけどと申し出てみた。

「ほんと?じゃあ、やってみてほしいことがあるんだ。無理ならいいけど。」

 まんざら嘘でもなさそうに喜んだ鋭に連れられて、「ヨーリア学派」と呼ばれている学者さん風の集団の大荷物を積んだ箱馬車隊のところへ案内された。

『オルレア・ソウ! 異文書庫の鍵はどこにやったっけ?』

『私が管理してますが?』

『ちょっとこのコ使ってみてくれないかな?』

『リツコ殿を、ですか?』

 呼ばれて鍵を持ってきてくれたのは、いつも鋭のそばで帳簿付けや出納の手伝いをしている、よく似た服装とよく似た髪型の、ちょっとかなり美青年なところまで含めて雰囲気がよく似ている、つまりたぶんマシカが言う「典型的なヨーリア学派風」の…まっすぐな黒長髪で白い肌に金色の瞳の、鋭より少し年上に見える青年だった。

 二人して箱馬車の中の古い木箱を幾つか開けてまわる。沸き起こった埃にリツコは少し咳き込んだ。どうやら、しばらくかなり、長いあいだ?…開けていなかった箱らしい。

「これ読める? いや、読めなくてもいいんだけど、どれとどれが同じ文字で違う文字か、判る?」

 言いながら鋭が試しにと差し出してきたのは… たぶん英語?の…ものすごく古そうな… 本だった。

「地球の?」

 驚いてリツコは尋ねる。

「うん。大昔のダレムアスと地球の行き来があった頃の記録らしいんだけど。ボルドムとの戦乱で前の皇都の書庫と研究者もみんな焼かれちゃったんで、誰にも読めなくなっちゃってて…今ね、全土のヨーリア学派で連絡しあって、残った古文書をかき集めて整理しなおしてるところなんだけど。この旅の間に少しでも分類しておこうと思ってたのに、ちょっとそれどころじゃなくなっちゃってさ。」

「何をすればいいの?」

「とりあえず、文字の種類別に本を分けてほしいんだ。もし日本語があれば、古すぎて読めなくても、なんとなく日本語って判るよね? 英語とか英語じゃないとか、中国語っぽいとか違うとか…判る範囲で、いいんだけど…」

 言われてとりあえず何冊かの革拍子の本や布や竹の巻物や石板などを、リツコは手にとってみた。

 地球上の色んな国の文字の、絵づらだけなら…

 亡くなったおばあちゃんの友達が見せてくれた絵本やビデオで… 目にしたことなら、ある。

「…これは有名なクサビ文字よね? 教科書にも載ってるやつ。それからエジプトの絵文字。それとこれは…たぶん… 手書きのタイ語じゃないかな…。これはインド語? …これも似ているけど、ちょっと違う文字よね? …たぶん、近い場所の言葉よ。ヒマラヤの山の中とかの… これは北欧神話の絵本で観たことある、占いとか魔法とかに使う古い時代の神様の文字。それからアラビア語。 …たぶんインカとかアステカとかの南アメリカの絵文字。 …それと、古い時代の中国語と… 日本語と… ラテン系の言葉と… ギリシャ文字!」

「やった! さすが『適任者』ッ!」

 鋭が快哉を叫んだのでリツコは嬉しくなった。

『読めるのですか?』ソウが期待し過ぎていたので、ちょっと申しわけなく思った。

『訳すのは無理。でも国別に分類できるって。』

『それは素晴らしい。』

 それから、リツコは毎日(じゃなくてもいいから)、馬車隊が宿営地に着いてから夜宴が始まるまでの時間、ソウから鍵を借りて古文書のホコリをはたいて陰干しして、国別に分類して整理して収納しなおすのが、担当の仕事になった。

「あ、ついでにその国について、リツコが知ってることだけでいいから、簡単にメモして、なにか説明のイラストもつけてくれる?」

 リツコはもう嬉しくなってしまって思いっきり『はい解りました!』と、いつもソウが鋭に言っているのを真似して、ヨーリア学派の言葉で応えた。

 戻って夕飯の時にマシカにそう言うと、目を丸くした。

『すごいわリツコ。あたしなんか薬師文字しか読めないのよ。』

「そうなの?」

『官僚文字や知水神(ヨーリア)文字は簡単なのしか解らないし、ニホンゴときたらヒラガナとカタカナの区別もつかないわ!』

 ちょっとリツコは得意な気分になった。

『でも心配。古い本の埃って、すごく体に悪いのよ…?」

 そう言って、薬師仲間が疫病除けに使う頬かぶり布を一枚くれた。

 試しに着けてみたら地球の銀行強盗かイスラム教の女の人みたいになったので、リツコは鏡をのぞいて笑った。

 

 

 6-3. リツコ、話せるやつになる。

 それにつけても皇女サマはいつ見ても機嫌が悪かった。
 せっかく超のつく美女なのに、眉間にシワを寄せて誰かれなく睨みつけ、ちょっとしたことで色白な肌が真っ赤になるくらい喚いたり怒鳴りつけたり。いつもイライラしていて、「ヒステリー」としか言いようがない。
 こんな性格では、いくら戦争に強くて敵に勝てても、平和になったら国民は誰もついて来ないんじゃないかしら。だから後継者問題とかでモメてるのかしら?とリツコは疑ってみたが、その割には鋭や雄輝やマシカも含めて、すべての部下たちからの信頼というか人望というやつは、ものすごく厚いらしい。

「今日もまた機嫌が悪い―!」という嘆きと愚痴は毎日のようにあちこちで飛び交っていたが。

(道中の各地から出向いて来る歓迎係や領主の面々などは、「噂に名高い皇女サマの八つ当たりとはコレかー!」などと、もはや一種のアトラクションとして楽しみにされていた…)

 楽しい旅の毎日でも、皇女サマの天幕まわりの侍女や従者の人たちだけは、いつもなんだか戦々恐々として落ち着かない、そわそわした空気が漂っていた。のだが…
 ある午後。
 よく晴れた西の空はるかに鳥や雲とは違う小さい細長い影がくっきりと視え始めた。
『………龍だ! …フェルラダル様も居らっしゃる!』
 誰かが叫んだ。
『皇女殿下にご報告を!』
『…聴こえたわ!』
 すごい勢いで皇女サマがお茶休憩の簡易天幕からすっ飛んで出てきた。

 あれあれ? とリツコは見守った。
 空のむこうの影のうちひとつは、自分ひとりで飛んでる?らしい人間の姿で、もう一つは、出発式の日に挨拶して西の空へ消えていった、あの伝令役の二頭の龍のうちの若い銀色のほうのように思える。
『…お兄様! 伯父様!』
 びっくりしたことに《大地世界》の皇女殿下サマはいつも身に着けていた重そうな腰帯を放り捨てると、いきなりふわりっと空に浮かびあがった。
 そのまま文字通り「飛ぶように」すっとんでいって、空の真ん中で『お兄様』と『伯父様』を交互に抱きしめて嬉しそうに挨拶している。
『遅くなって済まなかった。出立式までには戻りたかったのだが。』
 鋭とはりあうぐらいのものすごい美形の、鋭と同じような斜めわけのまっすぐな長髪だけど、かなりな年輩の落ちついた感じの男性が、そう言いながらふわりと地面に降りてきた。

 年齢が上だから、こちらが皇女サマの『伯父様』だろうとリツコは推測した。
『…フェルラダル様ッ!』
 皇女と同じくらいのすごい勢いでもう一人すっ飛んできたのは…マシカだ。
『…御無事で!』
 皇女サマの伯父様に、飛びつくように抱きついて、伸び上がってキスしてほおずり挨拶している。
 あれあれ…とリツコはすぐに解った。マシカが言ってた『鋭とちょっと似ている雰囲気の一番好きな人』…って、この人だ…!
『…マシカ…。…わたしも居るんだけどなー…』

 白龍にまたがって運んでもらってきていたもう一人の男の人が、なぜかそうぼやきながら龍の背中から降りて来る。
『…あら、ごめんなさいミヤセル様? 御無事で何よりですわ?』
 …ミヤセル様?

 …皇女サマの『お兄様』ってことは、たしか名前は、マリシアル皇子って言わなかったっけ…?
 リツコは聞きかじりの話とつなぎ合わせながら、興味津々に目を点にしてなりゆきを見守った。

「あ~、…また話が賑やかになった…」
 苦笑しながら、いつのまに来たのか鋭がリツコの隣に立っていた。
「…さて、吉と出るか、凶と出るか… 吉かな?」
 銀龍は近くの人間にだけ簡単に挨拶すると、また天空を悠々と飛んで西のほうへ戻って行った。それを手を振ってしばらく見送ってから、皇女サマは同じ碧の巻き毛と碧の瞳で双子のようにそっくりな雰囲気だけど体格だけ一回り大きい兄上や、あまり似ていない外見の茶色い髪に茶色い長髪の落ち着いた物腰の伯父上や、集まって来た重臣たちと額を突き合わせて話しはじめた。

 それを鋭は自分は関係ないとばかりに離れたところから見守って、やがて笑った。
「…安心して、リツコ。これでマーシャの機嫌は直ったみたいだから…」
 話のとおり、その日の晩に雄輝たち先行隊と合流した時の皇女サマは…

 これが本当に昨日までのあの、嫌な性格のいぢわる女とほんとに同一人物?…とリツコが目を疑うくらい、にこにこして、上機嫌で、頬なんかピンク色で、みんなに親切で、歌まで歌っちゃって(しかもすごく巧くて!)、食欲も、ものすごく旺盛だった…。
 側近の人たちがみんな嬉しそうににやにやして、後ろでこそこそと情報のやりとりをしていたが…
 鋭はあまり気にしていなかった。食後のお茶まで飲み終わった皇女サマたち主賓席のところへ、おもむろにリツコを連れて訪ねた。
『お久しぶりです。御無事で何よりでした。フェルラダル様、マリシアル様。
 こちらが地球から来たリツコです。最近はマリーツ(地栗鼠ちゃん)という愛称で呼ばれています。』
「…で、マーシャ? 機嫌が直ったところで… いい加減、この子、みんなと喋れないと不便なんだけどな? 諸侯会議で代表挨拶だってする、大事な貴賓なんだし…?」
「…………わぁかったわよ! もうッ!」
 皇女サマはなんとも可愛らしく(リツコは目を点にした)ぷくっとふくれてすねた。
「ちょっと待っててリツコ。今まで八つ当たりしてたことは謝るわ。それで…」
 すらりと立ち上がってこちらへ来る。

 リツコは思わずびびって逃げかけた。
 その肩を遠慮なくがしっと捕まえて、
「だから、謝るわ。って言ってるでしょう?」
 ものっすごく高飛車に言い切ると、リツコの眼を真正面からしばらく見つめて、それからすぅっと息を吸い、大地を両手で抱えあげるような独特の舞のようなしぐさをして… 謡うように唱えた。
『…マレッタ! れとけぃえる、せるかろまろうでい、ぃええん!』…(汝がことば、皆に通じよ!)
 それから急に、それまではマシカが毎日かけなおしてくれる《言葉の魔法》のおかげで相手が言ってる言葉の意味をリツコが「なぜか理解できる」ようになっていたのと同じように、リツコはごくふつうに日本語で喋っている言葉を、聞いたダレムアスの人が誰でもみんな「なぜか理解できる」ようになった。しかも半日とかで切れてしまうような時間限定の効力ですらなく、ずっとその魔法は続いた。
「…ありがとう!」

 どんなに便利にしてもらったのかを理解したリツコが次の日に改めてお礼を言いに行ったら、
「だぁから、遅くなって悪かったわよッ!」…と、皇女サマはもう一度ふくれて、とっても偉そうに、拗ねた。

 

 

 6-4. リツコ、取材する。

 

 なにしろリツコは元々かなりのおしゃべりの質問魔で、好奇心旺盛だ。今まではダレムアスの人が勝手に言ってることをただ一方的に聞いてるだけで、こちらから質問できるのはマシカと鋭だけだった(日本語が通じるもう二人のうち雄輝は先行隊にいて不在だったし、そのせいで?なのか、皇女サマはいつも不機嫌で怖かった!)…が、今度からは、自分が知りたいことについて、こちらから聞いて回れる!
 もう大喜びで鉛筆とノートを小脇に抱えて、キャラバン中を前から後ろまで朝から晩まで、もちろんちゃんと他の手伝いもしながらだったが、すべての人を質問攻めにしてはスケッチやメモをとってまわる姿が、旅の名物のひとつになった。
 さて。

 まず分秒刻みであちこちから色んな人に呼ばれている鋭よりは少し時間に余裕がありそうなソウの名簿整理の作業を手伝いながら、気になっていたことを聞いてみた。

「なぜ毎日次々に荷馬車隊の人が代わるの? ずっと同じ人に泊りがけで付いて来てもらったら、仕事がらくになるんじゃない?」

 なにしろ大人数のキャラバンの食糧や大天幕やその他色々を運ぶ荷馬車隊はそれだけで大小百台近いのに、ごく少人数の馬番以外の荷積みや御者の人たちは毎日日替わりで地元の人がやって来て、朝に集合して点呼して名簿を作って担当する荷馬車を割り振って、一日仕事をすると、晩餐会の御馳走と美女たちの舞や歌をめいっぱい楽しんで、二日酔いになるほど呑んで、翌朝には日雇いの給金代わりのささやかな返礼品を受け取って、集まって来た今日の地元の人たちと交代して、家に戻ってしまうのだ…。

 で、また最初から、点呼して名簿を作って荷馬車を割り振って…の作業を繰り返すソウたちの仕事量は、かなりの負担になっているはず。

『ああ、御存知ありませんでしたか? われわれ大地世界の住人のうち、生粋のダレムアト達は、自分の土地から遠く離れることを苦痛に感じるのですよ。女神の意志に反するという信仰で。』

「そうなんだ?」

『市井の庶民や農民たちだと、生まれた場所から歩いて日帰り…遠くてもせいぜい一泊か二日で帰れる距離より遠くへは行かずに、一生を終える者がほとんどですね。それより遠くへ旅することが出来るのは、大地世界全土を「我が家」と呼ぶ皇家にゆかりの皆様か、我々のように多かれ少なかれ地球系か《ボルドム》の血が入っているヨソ者か、《エルシャムリア》の子孫の方々です。あとは例外的に、好奇心にかられて知水神(ヨーリア)学派に属することに決めた出家者の人々。』

 ん?とリツコは引っかかった。

「あれ? ソウさんてヨーリア学派の人じゃないの?」

『違いますよ? 服の色が違うでしょう?』

「…ごめんなさい。そこまで見てなかったー!」

 言われてみれば動きやすくて優雅な形こそよく似ているものの、鋭たちがいつも着ているのは深い青か紺か水色を中心に差し色は白か灰色のいわゆる「マリンカラー」で、ソウさん達は黒か焦げ茶色をメインにして、差し色は黄土色とか赤土色とか、いわゆる「アースカラー」系だ。

『私どもは遠くへの移動が苦にならない点を活かして皇家や王家や領主家にお仕えしている外役人です。些細な用件での使者に立ったり、交易隊の管理をしたり。』

「そうなんだ。」

『特に私などは地球系だけでなく《ボルドム》の穢れた血もひいておりますからね。ヨーリア学派の方々のような篤いお志とは、無縁の者ですよ。』自嘲するように低くソウはつぶやいた。

「………」

 リツコは目を点にして言葉に困った。ケガレタチ? ボルドムの穢れた血?…って…今の翻訳?…あってるのかな…??

 何度かまばたきをして、よく考えてみる。

 …自分が生まれ育った国に、ご先祖様の国が、一方的に攻め込んで来たら、どんな気分になるのかな…?

「…えーとそれで… エルシャムリア…って、昨日の夜、宴会の時にお芝居してたやつ?」

『そうです。今はもう滅びた天宮界ですよ。』

「神話じゃなくて、実話なんだー。」

『?』

「じゃ、遠くまで行ける人たちに、ずっと付いて来て、って頼めば?」

『そんなに人数が居ないのですよ。外役人として勤めている者以外は、皆、独立した商人や遊牧民ですからね。これほどの大人数に長期間の仕事をまとめて頼めるとしたら、長旅には向かない冬の積雪中ぐらいでしょう。』

「そうなんだー。」

 それからリツコはこの世界の神話について、昨日の宴会芝居だけでは解らなかったことを色々質問して教えてもらった。

 世界は初め四つあって、姉・兄・妹・弟の神様がそれぞれ治めていたが、何やら壮絶な姉兄げんか?が起きて、姉は殺されて死んじゃって天宮界も滅びて、兄はその罪で捕まって偉い神様にボルドム世界の奥の牢屋に閉じ込められてて、姉の死を嘆き悲しみながら争いごとの後遺症で死んじゃった?らしい妹の神様が遺した世界が、このダレムアス。その兄姉ゲンカをみていてグレて家出しちゃった?らしい弟の神様が遺した世界が…地球。

 おなじ遺された世界同士、昔はもっと仲良しで、地球の時間で数万年くらい前までは、ところどころに残った通路で思い出したように行き来があったらしい。今でも地球世界の各地に翼のある人や毛むくじゃらの雪男や狼男?とかの伝説があったりするのがその名残。リツコがいた朝日ヶ森学苑とかも、たぶん、その流れ。

 でも何かで通路がずれ始めて、通りにくくなって、行き来が途絶えて… お互い、忘れかけていた。らしい。

 そのズレの原因がボルドム世界からの攻撃?のせいで。地球に繋がっていたはずの通路の遺跡から、あるとき突然、ボルドムの鬼人たちが大量にダレムアス世界に攻め込んできた。らしい。

 それで当時のダレムアスの首都だった《白都》というところが攻撃されて滅びて。今のあの皇女サマの両親も戦死しちゃって。それでボルドムの追手から逃れて皇女サマは地球に亡命していて。しばらく朝日ヶ森で暮らして、たまたまそこで知り合った雄輝と鋭と一緒に(鋭の言い分では「まきこまれて」)ダレムアスに戻って来て…

 長い長い戦争を戦い抜いて、ようやくボルドムの鬼人たちを、元いた世界に追い返して、封印して…

 で?

 この旅の一行が何のために西へ向かっていて、なんでリツコはここに呼ばれて来たのか?

 そこまで聞く前に、ソウは忙しくなってしまった…。

 

 

 6-5. リツコ、野球を教える。

 

 途中から合流したり大きな街道の分岐点で手を振って別れて行ったりで増えたり減ったりしながら常時何百人もの規模で動き続けている旅の一行の内訳はといえば、《西方諸国》とくに《西皇家》を相手に太湖のほとりで開催されるという諸侯会議に《白王家》代表として出席する戦勝皇女とその兄と伯父上と、鋭やマシカやソウなどの側近や幕僚や重臣たち。

 旅を手伝うために参加している侍女や従者や料理人や職人や、食料や資材の調達係の商人たちと、旅の仲間を護衛するために参加している雄輝たち武将が率いる一隊。そして荷馬車隊の馬番までが「ずっと一緒に」行ける人たちで、荷運び人たち百人くらいが地元密着型の応援部隊の「日雇い」。

 それとは別に、見るからにとても家柄の良さそうな、超のつく豪奢な服装で着飾って旅をしている謎の美女軍団のお姫様たちと、そのまた美形ぞろいの侍女たちと侍従たちと専属の護衛の兵士たちとでこれまた合計が二百人くらいいる。

 このお姫様たちは何故こんな場違いな野宿の長旅に参加しているのか? リツコは前から不思議でしかたがなかったので、話せるようになるとさっそくお茶に呼ばれて行って質問してみた。するとお姫様たちは一様に笑って、『さて、何故でしょうね?』と答えをはぐらかす。

 夜ごとの宴会でみごとな歌や踊りを披露してくれるし、それを目当てに詰めかける地元の人たちが大層多かったので、最初は諸侯会議に華を添えるためのプロの芸人さんたちなのかとも思ったけれども、聞いてみたらお姫様たちはみんな皇女様のイトコとかハトコとか…

 つまりほぼ全員が「皇族ゆかりの」やんごとなき深窓の御令嬢たちだった。

 それに、旅の間ずっと着飾るばかりで何の仕事もしていないのかと思ったら、そうでもない。

 鋭やソウたちが地元の歓迎係や荷運びの人たちにせっせと配りまくっている「返礼品」…かわいらしい小さい装飾品かと思ったら、「お守り」で…「皇族ゆかりのやんごとなき血筋の」お姫様たちが、旅のあいまにせっせと手作りして「神力」を込めている、御利益のある品物だった…。

 そんなお姫様たちは移動の間も忙しく手と口を動かし続けていたので滅多に馬車から出られず、たまに降りて遊び始めると後衛隊から安全確保のために本隊から離れないでくれとせっつかれるしで、ろくに息抜きもできない。

 お姫さまたちのなかでも一番身分の高いらしいソノ姫…『マミア・ソノワ・エリエリ!』(世界で一番たっとい姫様!)と侍女たちが恭しく呼ぶ、戦勝皇女と兄皇子よりも唯一年上の従姉姫…に、

 キャラバン唯一の子どもであるリツコは、

『わたくしたち退屈しておりますの。なにか地球の楽しい遊びを教えていただけません?』と、折り入って、頼まれてしまった。

 うーんと、リツコは困った。

 トランプやウノやオセロは持って来なかったし、実はほかの人に教えられるほどルールに詳しくないし、そういう手札遊びはこっちの世界にもちゃんとあって、わざわざ「地球の遊び」として教えてみてもあんまりアリガタミがなさそう。

 地球でいつも自分がやっていた遊びというと、こういう女の人むけのお手玉とか綾とりとかお上品なのは苦手で、もっぱら泥だらけになって泥警とか、缶蹴りとか…

「あ、そうだ。」ちょっと聞いてみた。「この世界に、野球とかの球技って…ある?」

『キュウギ?』

 音だけしか聴こえなくて意味が判らなかったらしい。つまり…こっちには存在していない言葉。

 あれだけ踊りが巧いんだから、きっと運動神経は良さそう…と思って、

「道具を用意するから明日まで待って!」と言ったら、お姫様たちはすごく嬉しそうに期待に満ちた目になった。

 リツコはちょうど通りかかった市場で、「なんでも好きに買っていいよ!」と鋭から渡されていたお小遣いを使って、分厚い皮の端切れをたくさんと、羊の毛のもしゃもしゃした固まりを一山買って来た。

 お姫様たちが作るのを見ていたので真似して、型紙を造って、皮を切って、穴を開けて、綴じ合わせて、綿をしっかり詰めて…。

 休み休み三日ほどかけて出来上がった不格好なしろものを見てマシカがちょっと絶句した。

「リツコ、その…鍋つかみ?のおばけみたいな手袋と、毛玉のおばけみたいな丸いの…何?」

「グローブとミット!…とボール!」

 バットにちょうどいいものも見つけて買ってあった。料理の時に練粉を伸ばすのに使う、地球のやつと見た目も使い道もそっくりの…麺棒だ。

「鋭ー! 時間あったら野球やろうよー!」

「えぇ?」

「お姫様たちと! 人数少ないから三角ベースでー!」

 なんだなんだと、お昼休みで馬車を停めていた人たちが、わらわらと寄って来た。

 

 

 6-6. リツコ、勝負する。

 

 驚いたことに、鋭は野球がヘタだった。運動神経はいいのに!

「うーん。地球に居た小学生の頃は、本ばっかり読んでる科学小僧だったからねぇ…」

 みごとに三振からぶりをかました後、苦笑して仕事が忙しいと言って逃げてしまった。

 代わりにリツコが打って見せようとしたが、今度は打てる球を投げられるピッチャーがいない…。

「…誰か投げてみたい人―?」

 衛兵の誰かなら立候補するかと思って訊いてみたら、今度はソノ姫が名乗りをあげた。

『その丸い球を投げて、その革の的に当てればいいんですの?』

 キャッチャーミットはマトじゃない…と説明する暇もなく、ちょっと風変わりなモーションで、ひらひら服のお姫様はみごとに「球を的に当てて」いた…。

「えっうそ! すごーい!」

『わたくし剣や馬はからきしですけど、当てものなら少しは得意ですの』

「なによ、なに面白そうなことやってるの?」

「リツコ、交ぜて交ぜてー!」

 なぜか皇女様とマシカもやってきた。

 地球で育った皇女様は野球のルールくらいは大体知っていたので、リツコが投げた。

 ………ぽーーーーーーーーーん!

 変な音だったけど、みごとにバット代わりの麺棒の真ん中にヒットして…

 三日がかりの労作のへろへろボールは、街道脇の小川の流れに、ぽちゃんと消えた…。

「…あ”~!」リツコはちょっとぐれた。

『それでは、当てもの競争にいたしましょう!』

 ソノ姫がリツコの頭を撫でて慰めてくれながら、景品に一番美味しいおやつを賭けると言った。

 女性群がわれもわれもと、河原の石を拾ってきてキャッチャーミットに投げた。

 ミットもあっという間にぼろぼろになってしまったので…的もまた適当なものを用意して。

 情け容赦なくビシビシと実戦場の大剣で鍛えた剛腕を披露する皇女サマは、距離は飛ぶけど意外にノーコンだった。

 マシカは「弓なら負けないんだけど!」と悔しそうに云いながら中盤ぐらいで敗退した。

 少しずつマトを遠くへずらしていって、腕に覚えのある人が順々に投げていって…

 近衛兵で狩人出身という男の人と、リツコが決勝戦になった。

 リツコが勝った。

 だてに小学生リーグで、県大会優勝まで行ったピッチャーだったわけではないもーん!

 と、勝ち誇って、優勝賞品の「いちばんおいしいお菓子」に、がぶりと喰いついた…。

  おとなたちはそんなリツコを楽しそうに、優しく笑って、見ていた。

 

 

 

 6-7. リツコ、聞き書きする。

 

 仮皇宮の都を出てからずっと広大な平野となだらかな丘陵地が続いて、畑と森と牧場が交互に広がる穏やかな土地を進んできたが、小高い峰が幾つか連なる《屏風山系》からは少々難所で、中腹をうねうねと折り返しながら峠越えする《白の街道》の道幅も少し狭くなっていて、数日かけてゆっくり越えるしかないらしい。

 その山間から右手はるかに見える《北平原》という場所は、先のボルドム軍との最終決戦の場だったそうで、遠目にもいまだに大地が変にえぐれたりして赤剥けて、数年たっても植物がまだ生えてこない、おかしな状態だと判る。

 皇女マーライシャ以下、雄輝や鋭やマシカたちもみんな、その合戦に参加した武人たちは「追悼と慰霊のために」と本体から離れ、馬を早駆けさせてそこまで往復してくるという。

 走る馬にはまだ乗れないリツコは残念ながら留守番組に振り分けられて、その間はミソノワ姫が預かってくれることになった。

 山道は重い荷を曳く馬たちにとってはきつい勾配なので、姫君たちもみんな丈夫な沓と動きやすい服に着替えて、車列から降りて歩いて登った。

 この山間地には住人が少ないので、両脇の街道口に常駐している荷運び関係の仕事の人たちが、三泊四日?くらいの間、ずっと馬車と一緒に移動してついてきてくれるそうだ。

 毎日大量の「返礼品」作りに忙殺されていた姫君たちは三日間も!解放されることをむしろ喜んでいて、巫女舞の修練で鍛えた脚力を発揮して、文句も言わずにせっせと歩いて登った。

 リツコも、これは良い機会だと喜んでミソノワ姫に話をねだった。

「あのね、そもそもどうして皇女サマは、あんなにものすごく機嫌が悪かったのに、いっぺんで治っちゃったの??」

 なにしろ、この世界に来てからもうずいぶん経ったというのに、いまだに自分が何故この世界に呼ばれて来たのか、何をすればいいのか、状況がまるで判っていないのだ…。

『…それは少しばかり長い話になりますけれど…』

 あいまあいまにたくさんの雑談や脱線やその神話にまつわる有名な歌や遊びや、食事やお茶休憩で中断しながらも、姫様は律義に、山越えの間中かけて、だいたいの話を説明してくれた。

『そもそもこの《大地世界》ダレムアスが《初めにありし四界》のうちの一つ、《妹女神》と呼ばれるマライアヌ様の創始した界というのは、もう聞いていますか? 女神マライアヌ様が戦に倦んでお隠れ遊ばした後、そのお子、女神と人王との間に生まれた《半神女》マリステア様が世界の統治を引き継ぎされました。

 そのマリステア様は半神であられたゆえ、ただ人に比べればとても長い寿命でいらっしゃったので、その生涯の間に何人もの夫や恋人や情人を持ち、たくさんの子どもを産んで増やされました。マリステア様が亡くなられた後も、しばらくの間は、そのたくさんの姉妹兄弟たちの子々孫々は、それぞれの血族ごとに分かれて暮らしながらも、ほぼ穏やかな間柄を保っていたそうですが…

 やがてこの世界の始めの中心であった《始原平野》マドリアウィが手狭になると、争いを好まなかった始原の人々は外輪の山のあちこちの谷筋から抜けて、《大地の背骨山脈》の山間から裾野へ、ふもとから四方八方へと、どんどんと勝手に増え広がり続け、気の合わない部族同士はすっかり疎遠になって、物心ともに離れ、ばらばらに散っていきました。

 もう今ではマドリアウィ野に戻る道さえ失われてしまった時代。お互いの言葉すらも遠く異なってしまって、誰ももう、世界全体のありようが把握できなくなった時代に…

 それでは何かおかしいと、旅に出て世界と人々を繋ぎ直した、勇敢な姫がありました。

 姫はこの《大地世界》をくまなく四度めぐって領主や国主を説得して回り、今この私たちが歩いている《白の街道》のもといを作り、宿場と貨幣の制度を整え、またそれまでは冷遇されていた地球やボルドムからの移民の子らを取り立て、外役人という大事な仕事に就かせました。

 その功績をもって、生まれは《血の薄き姫》と蔑視されていた《尊称なきミトル様》は人々から《女神の遠き孫》という美称を授けられ、今はなき《白の都》ルア・マルラインを皇都と定めて、《大地世界》の再統一を宣言しました。

 ところが、既にあった《聖皇家》モルナスの、女神マライアヌ様の血をより濃く受け継ぐ方々が、移民族の子孫や血の薄き者らによる《大地世界》の統治には、異を唱えられたのです。

 当時のモルナス皇が、その後継の長子を夫とするようミトル姫に要請しました。

 それによって濃き血筋の古木の株に、若枝を接ぎ木となすおつもりだったのですわ。

 ミトル姫はそれを退けられ、旅の仲間であったアステト・アルラを男皇と定めました。

 わたくしやマーライシャ姫が、この御二方の子孫にあたります。

 モルナス皇はこの縁組から生まれる《女神の血の薄い》皇家を快く思わず、一時は戦乱になるかと危ぶまれました。

 なんとか戦は回避され、《濃き血の力》を誇るモルナス皇家は、血の薄き者らには棲みづらい《西の荒野》に居を移しましたが、それ以来…

 何十代の長きに渡って、《西皇家》は《白皇家》の後継者に、婚姻によって二つの皇家を統一するべきだと、説得と求婚を、し続けてきたのですわ…。』

 …一体いつ「当代の」皇女サマの話にたどりつくのかと、必死で聞き書きのメモをとりながら、リツコは少々不安になったいた。

『そしてもはや数十年も昔のこととなりましたが、わたくしもマーライシャ姫も、今のリツコよりももっともっと幼く無力であった頃。この世界に異変が相次ぎ、間もなくボルドムの悪鬼らが界壁を破って攻め込んでくることが判りました。

 当時の男皇がマーライシャ姫の父君ですが、その皇妹であるわたくしの母が西皇家への使者を務め、西からは三皇子率いる援軍が遣わされました。そしてその長子クアロス様が、両家縁組の話を蒸し返したのですわ。

 マーライシャ姫はまだ本当に幼かった。恋も婚姻もなんのことやら解らぬうちに、はるかに年上の、すでに成人していらしたクアロス様に言いくるめられ、求婚に承諾をしてしまったのだそうです。

 幼いとは言え、皇家直系の神力ある姫が言葉で約定してしまったのであれば、正式な婚約。大人になってから考えなおしたからといって、断ることは難しくなります。

 ところがマーライシャは… そのぅ…』

「…あ、やっぱり、雄輝のことが好きなの?」

『…やはり、リツコの目から見ても、はっきりそうと解りますか…。』

 少々困ったように、ミソノワ姫は言いよどんだ。

『そのこと自体はあまり問題にはならぬのです。正式な政治上の男皇はクアロス様と定めた上で後継の子を産んで、それとは別にマダロ・シャサ殿は武人として誉れ高いかた。堂々と女皇の情人と誇示して愛すれば、姫の名誉にこそなれ、誰も咎めることなどありません。こちらの世界では特に問題になることではないのですが。そう言って、まわりの者みなで説得を試みたのですが、』

「そうなんだ…」

 リツコはちょっとびっくりして聞いていた。

『ただ… マーライシャ姫はその後、ボルドムの追っ手を逃れて地球で育ちました。今リツコが驚いたように、その考え方はできぬと。望まぬ子は産めぬと』

「…そりゃそーだよね~…?」

『あのように荒れて荒れて…』従姉姫は深いため息をついた。

『いっそ、マダロ・シャサ殿と相愛の仲であれば、地球で言う駆け落ちでもなんでも、させてやりたいところでしたが。』

「…あれ、やっぱり、皇女サマの片想い…??」

 おそるおそるリツコが質問すると、ミソノワ姫は深くうなずいた。

『このことばかりは他人にはどうにもなりませんが、ただ』

「ただ?」

『西皇家が婚姻の日限を迫ってきたのですよ。戦も終わったことゆえ、昔の約定を疾く果たせと。』

「え~★」

 それはひどい。リツコは初めて、皇女サマのあの荒れっぷりを理解して同情した。

『それゆえ伯父上と兄上がご心配なさって。本当に、幼き頃のマーライシャ姫が神力をこめた《婚約の誓言》を口にしてしまっていたのかどうか… 探りに行かれていたのですわ。』

「それって…」

『えぇ。クアロス様のハッタリに過ぎない可能性が大きいと。その他に、マーライシャ姫が生死不明であった時期に、すでに正式に近く娶っておられる妃女も子息もおられると。』

 ちょっとリツコはあっけにとられた。…そんなんで、よく、あの皇女サマを、騙して結婚させようとか、思うなぁ…!

『それで、婚約無効と断ることが出来ると判明したので、機嫌がすっかり直ってくれたというわけですわ。』

 そんな噂話をこっそりされているとは知らず、山越えの後半、皇女サマたち別動隊の一行は、無事に予定通りに、本隊に合流しなおしたのだった。


第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。

第7章 リツコ、囚われてはいないお姫様にあう。

 

 7-1. リツコ、訪問する。

 侵略者ボルドムの主力軍を元の世界へ追い返すための最終決戦がおこなわれたという合戦場の跡地へ、戦没者の追悼と慰霊の式を行うと言って出かけた皇女サマたちの別働隊が、山越えを終えた本隊と反対側の山裾近くで無事に再合流した後。

 それまで使われていなかった、ずっと何かの予備用なのかと思っていた、特別大きくて立派な馬車に、お客人が増えているらしいことに、リツコはすぐに気がついた。

 いくら行列の中で一番偉い皇女サマとは言っても従者や侍女の数が少し多すぎじゃないかと思っていたうちの半分くらいが、その箱馬車の世話や護衛の係にまわされている。

 ところが、そんな大事なお客様なら当然、夜の宴の時にでもみなに紹介されて、歓迎されるべきだと思うのに… 何日たっても、その馬車の中から出てきたところを見たことがない。

 鋭とマシカと皇女サマだけは毎日何度か様子を見に寄っている感じだが、その他の人は、姫君や重臣たちまでも含めて、むしろその存在自体も公然の内緒というか、「いないふり」「気がつかないふり」をして、避けているような… おかしな雰囲気だったので。

 リツコはまず、こちらの世界での自分の行動の管理責任者、ということになっているらしい鋭に、お伺いを立ててみた。

「…ねぇ鋭? あの馬車の中の人には、話しかけてはダメなの?」
「うーん。悪いってことはないよ? 彼女も退屈しているだろうし… ただ。」
「なに?」
「ボルドムのね。敵国のお姫様なんで…見た目がちょっと。こっちの人たちには怖いらしくって。」
「…見た目ー? だってこっちの人って普通に、毛皮だったり四つ足だったり羽が生えてたり…」
「まぁ、ぼくら地球人からすると、区別が判らないんだけどねー?」

 苦笑してうんうんとうなずきながら、

「きみのいう《モフモフ系》の人たちは、見た目が爬虫類の人って本能的に苦手みたいで。ソウもあの金色の眼のせいで、なんとなく避けられてたりするでしょ? それに、家族をボルドムに殺されてる人とかも多いしいさ? やっぱり仲良くは、しにくいみたいで。」

「…あ、そうか…」リツコは自分が鈍かったことを反省する。
 それでも鋭が、「挨拶したければ行ってもかまわないけど、もし怖くても、悲鳴をあげたりはしないであげてくれる?」と言うので「うんわかった!」と元気に返事して、リツコは早速、昼ごはんが終わった頃にゆっくり動き始めた目あての馬車に、正面から訪問してみた。
「…こんにちわー!」
 先日まで皇女サマ付きだった顔見知りの侍女の人たちに取次を頼むと、
【…だれか?】
 それまで聞いたことのないシュウとかグウとかガ行の音が多い言葉で、馬車の中から、女のひとらしい低い声がきこえた。
「リツコっていいますー! あのね、退屈じゃないかと思って、遊びに来たんですけど!」
【…おや? あの地球人の子どもか? 我の話し相手に?】
 声の感じはむしろ嬉しそうだった。
【…マーライシャにでも言いつけられたか? 我が怖くないのであれば、上がっておいで。】
 リツコはむろん大喜びで超豪華な大型の箱馬車に上がり込む。
 どのくらい豪華かというと皇女サマ用のやつより手が込んでいるぐらいの丁寧な細工の外見で、見れば内装も見事で、ものすご~く値段が高そうだ。
 お姫さまはリツコが馬車の扉を開けたとたんに、それまでは脱いでいたらしい大きな黒っぽい布を頭の上からするりとかぶって全身を隠してしまった。
「…えーと…」

 リツコは面食らって固まった。何かの宗教の衣装のような気もする。

「…お顔を見ちゃったら、なにかまずいのかしら…?」
 ちょっとだけ遠慮しながら聞いてみる。
「…あたし、《ボルドム》の人って、まだ見たことがなくて~…」
【…大地世界人と同じで、《焔洞界》の者の姿も、千差万別なれど。】
 するりと布がはずされた。
【怖くなければ見るが良い。】
 真珠光沢の七色に光る華麗な鱗に覆われた貌の、縦長に切れた大きな金緑の瞳の、なんというか…巨大なトカゲな感じのする…外見の、だいたいは人型?で、美しい黒いたてがみ付きのお姫様だ。白虹色の肌に金青色のきらきらした爪が長くて鋭くて、何て言うか…ネイルアート?のような複雑な紋様が入れてある。
 怖いか?と聞かれればその眼に睨まれたり爪で脅されたりすればかなり恐いかもだったが、こちらの世界には横長に切れた山羊目の人だっているし、地球にだって、もっととんでもない真っ赤っかに尖った爪をしている人は多い。
「…キラキラして、きれいなウロコね…!」
 すなおに思ったとおりにリツコは褒めた。お姫様は嬉しそうだった。

 それから侍女の人たちがお茶とお菓子を持ってきてくれたので、ゆったりと進んで行く居心地の良い大きな馬車の中で、色々とおしゃべりをした。

「じゃあ敵国のお姫様でも、捕虜とか人質として捕まってるわけじゃないのね?」

【我はみずから来た。あちらに捕らわれていたマーライシャを救け出して、こちらへ送り還すついでに、な。我は我が《焔洞界》の後継の公主であるが、あの界の今の有り様は好かぬのじゃ】

「どういうこと?」

【我は弱い者いじめを好かぬ。娯しみのためだけに小者をいたぶり殺すがごとき愚劣な行為は厭じゃ】

「ふーん…。あたしも、弱い者いじめは嫌い。」

【気が合いそうじゃの】

「そうだね!」

 敵国ボルドムからの亡命姫さまは、すっかりリツコが気に入ってしまったようだった。

【我が名は《焔洞界》ボルドアレイ・ガースダルムが長公主、ディ・デュイ・リジューディー・ディーディイーリヤという】

「…でぃ… でじゅ… りじゅー・でぃー… 」

 リツコは絶句した。何度か練習してみたけれども、どうしても、滑らかに発音するのは無理だった。

【…我のことは愛称の《ダーモレア》(黒姫)で呼ぶが良い。】

 そう苦笑して言ってくれて、別れ際には特別あつらえの美味しいお菓子をおみやげに持たせてくれた。

 それから旅の間、しょっちゅう一緒にお昼ごはんを食べておしゃべりをする親友の間柄になった。

 

 

 7-2. リツコ、事情を聴く。

 

「じゃあ今までは、その合戦の跡地のそばに居たの?」

【大地世界の余の者には、投降して来た捕虜らの一団であると説明されておるらしいの。いささか不名誉なことではあるが。侵略軍である我らボルドムの者がよく思われぬという事情は解る。したが我々とて大地世界の国々が諍いあうと同じく。一枚岩ではない。】

「どういうこと?」

【我が叔父であるボルドムの今上帝は歴代の中でもとりわけ暗愚にして暴虐。嫌われておっての。気に入らぬ小者をことごとくいたぶり殺してゆくがために界の補修が立ち行かなくなり、このままでは遠からず、ボルドムは界ごと滅びる。】

「えぇ?」

【それを苦言した者も殺されて、界が壊れるならば隣の《大地世界》を攻め取って移住すればよいと。それ故こたびの攻略戦とあいなった訳だが。…愚行を苦々しく思う者も多くてな。世継ぎの姫である我のもとに、密かに参集しておった。】

「そうなんだ…」

【したが今上に感づかれての。神の血の濃き姪である我に己が卵を産まさしめてその仔を新たな世継ぎとなし、我のことは処刑してしまおうと。】

「えぇっ」

【我は次の排卵の刻が来るまでの命、虜囚の身であった。その獄へたまたま、マーライシャも放り込まれて来ての。…つれづれに話をしておったら、何やら境遇が似ておると、意気投合し。…今上への造反をなすのであれば力を貸すと、同じ捕虜の身で放言しおるので面白うてな。つい、我が配下がわれを救出しに来た際に、同道させてこちらに戻してしまった。】

「それで?」

【最終決戦の際、ボルドム帝軍の後背より奇襲をかけダレムアスを勝利に導いたは、我が配下の者らよ。惜しくも今上めは討ち漏らしたが、戦傷癒えず病の床にあると聞く。我はいましばらく身を隠し、数百年のうちにはボルドムの新帝となる。したがあの界にはもはや大人数は棲めぬ。戦ではなく講和を請うた上で、こちらの世界に我が民らの移住の許可を求めるつもりじゃ。】

 そのために皇女に頼んで、諸侯会議に参加しに連れて行ってもらうのだと言う。

「…ちゃんと、自分の役割が、解ってるんだ…」

 状況に振り回されてばかりで、いまだに何のために自分がここに居るのかが判っていないリツコがそう愚痴をこぼすと、黒姫は面白そうな顔になった。

【知らぬのか? あのマーライシャはたいした大物ぞ? 伝説のミトラ姫とやらが大地世界を再統一したが如く、今ある大地世界とボルドムと地球とを、いにしえのように統一した世界とするが夢だそうな。】

「…え~っ??」

【そがために地球世界とは密に連絡をとりあいたいというのが、そなたの召喚されし理由であろうよ。】

 


第8章 リツコ、戦う。

第8章 リツコ、戦う。

 

 8-1. リツコ、まきこまれる。

 

 そんな風に旅は終りに近づき、もうあと数日で、会議開催地の北西太湖のほとりに着くはずだった。

 ところが、なにか様子がおかしいと、沿道の街や森の隙間から垣間見える広大な湖面と岸辺の街並みを眺めて、誰もがなんだか落ち着かない様子になった。

 港町に着いた。困惑した顔の太守が出迎えた。会議に参集しているはずの諸侯らの姿はどこにもなく、街はなにやら荒れている。三日ほど前に突然の酷い嵐があり都邑の半分は一時水没したという。そして、その直後にはなぜか手回しよく災厄見舞いの品々と共に、宿営地の仕度が間に合わなかろうから議場を《西皇都》に変更せよと、諸侯らを案内する使者と船と軍が、大挙して遣わされて来たという…。

『それゆえ先に来ておられた皆々様は、すでに昨日までに西へ向けて移動を開始されました。』

『…聞いてないわ!』皇女サマが激昂した。

『それ故、いまこのわたしめが、こうしてお迎えに参った次第で。』

 困惑している都邑の太守に岸壁まで案内された一行に慇懃無礼な礼をして出迎えながら、男が云った。

『…マデイラ皇子!?』

 皇女サマが…ものすごく嫌そうに…叫んだ。

「…げ…。」鋭と雄輝がハモり、マシカも顔をしかめた。

『わが長兄クアロス皇子が婚約者であられるマルアライシャ戦勝皇女殿下には、御機嫌うるわしく。』

『うるわしくないわよ!』

『あいかわらず、そちらの色魔将軍殿からは、ふられておられるそうで。』

 がん!と無言のまま拳で情け容赦なくマデイラ皇子とやらを殴り飛ばした皇女サマを、リツコは呆然と見ていた。

『………ここは任せた! …リツコ来い!』

『雄輝!?』

『嫌な予感がする! 公主の様子を見てくる!』

『あたしも行くわッ!』

 リツコがまだただ唖然としているうちに、ぽん!と雄輝の鞍の前に乗せられて、あっという間に大型馬は本疾走にうつった。すぐ後ろから、大鹿マブイラにまたがって弓を携えたマシカが追って来る。

「どういうこと!?」

「黙ってな。舌噛むぜ!」

 全力疾走で駆けに駆けて、だらだらと長い車列の後方、まだ森の中の難所の手前にいた、公主の馬車隊のそばまで着いた。

『…ちぃ! やっぱりッ!』

 雄輝が舌打ちして唸った。

『マシカ! リツコ頼む!』

 いきなり人形のようにポン!と投げ上げられてリツコは焦ったが、マシカが難なく受け止めて、大鹿の後ろに乗せかえてくれた。

『…きさまらぁ…ッ!』

 今まさに公主の馬車を襲おうと森の中からわらわらと走り出してきていた武装した連中に向かって、雄輝が騎乗のまま突っ込んでいく。すぐ後から追ってきていた側近の部下たちと、猛然と逆走していく雄輝の姿を見て異変を感じた衛兵の一団も続く。

「マシカ、どういうことなの?!」

『公主を暗殺しようとしてるんだわ!』

「えぇ!?」

 鋭く剣がぶつかり合う音が響く。

『マ・ゴリゴ! 何のつもりだ!』激しく斬りあいながら雄輝が怒鳴る。

『色魔将! キサマも一緒とは都合が良い! 汚らわしい地球人め!』

 相手かたの騎士も憎しみのこもった声で負けじと怒鳴り返した。
『わがあるじの許婚者をたぶらかした卑劣漢! やはりキサマら地球人ども、ボルドムと結託して大地を蹂躙するつもりであろう!』
 激しく打ち込んでくる相手の剣を、まだまだ余裕でかわしながら応戦している雄輝は、一方的に決めつけられたせりふのほうには、おもいっきりげんなりとした声で返した。
『…ち~が~う~って。おれは文字通り背中のハネも自由に伸ばせない地球に戻るつもりはもうないの! こっちに帰化して骨をうずめるつもりなんだよ! …でもマーシャを嫁にもらう気はないけどな!』
『雄輝いまそれ言ってもこいつらには通じない!』

 いつの間にか参戦していた鋭がやはり真剣で切り結びながら、そんな茶々を入れている。
『…あいつは! おれにとっちゃ! 妹なんだよ! …あくまでっ!』
 知ったことかという感じで敵は次々と白刃を抜いて斬りかかり、金属音が鳴り響き、日暮れ近い薄暗い森の中の細い街道で、敵味方ともに入り乱れての乱戦が始まった。
 背中にリツコを乗せたマシカと駆けつけた近衛兵の何人かが公女の馬車を囲んで護衛につく。
『…マッレ・エッタ! ボグン! エ! カ!』…(撥ね飛べ!)
 どうやら向こうの皇族関係者らしい人の何かの呪文が響く。
 激しい衝撃音がして何人かが馬ごと吹っ飛んだ。
 …見たかんじ…味方のほうが…苦戦を強いられている…?
 リツコは生まれて初めて観る本物の戦闘に震えながら、マシカの背中にかばわれていることに焦った。
 《四軍神》の一人に数えられているマシカは油断なく剣を構えていて、たぶん積極的に戦列に加われば、もっと力になれるはず…。リツコが、背中に乗ってなければ…。
 足手まといになっていることに気づいて、リツコは落ち込んだ。
「…あたしを公女の馬車に入れて! そうしたらマシカも戦えるでしょう?」
【…良い案だが、少し無駄じゃな。】
 そう言って、公女自身が中から箱馬車の扉を開いた。
【仔細が判らぬが、我も闘おう。】
 箱馬車の外側に、まるで装飾品のように高々と取り付けられていた見事な細工の槍剣の鞘から抜き身をひき払う。
【 …誰ぞ! 我の敵手を務めよ! 我が狙いであるならば、我を直接攻めるが良いぞ! 】

 そんな場合じゃない、と思いながらもリツコは目を丸くする。

 箱馬車や天幕の中ではいつもずっと膝を抱えるようにうずくまっていたけれども…

 外に出て獣脚と背すじを伸ばすと、公女はとても長身なのだった…
 そう。馬に乗った大地世界人と、対等に、渡りあえるほどに…
『まぁびっくり。』
 リツコと同じく、知らなかったらしいマシカが呟いた。

 

 

 8-2. リツコ、投げる。


 乱戦。
 敵の動きを観察すると、明らかに「殺すつもり」で襲われているのはボルドム公主と地球人マダロ・シャサの二人だけで、同じ大地世界人には怪我を負わせる程度で済むように手加減している。
 とはいえ敵のほうが人数が多いらしい分、味方が不利だった。
 しかも…
「…雄輝! 危ない!」
 敵の一人が手近の樹に登り、短矢に何かを塗りつけた上で、雄輝に向かって弓を構えた。
 雄輝は敵隊長マゴリゴと数人の加勢を相手に激しく斬りあっていて、リツコの声には気がつかない。
 マシカは今は大鹿の上から弓で敵を射ていて、そこからでは枝が邪魔で、狙撃兵を狙えない。
 リツコは必死であたりを見渡し、一旦地面に飛び降りて、目当ての石を握ると、すぐにその向こうの樹上に身軽に駆けあがった。

 大枝にまたがった不安定なポーズだったけれども、なんとか一瞬だけ上体を固定して、短いフォームで…

投げる!

『ぐわッ!』

 頬に石つぶての直撃を受けた射手が叫びながら、毒矢を落とした。
『…キサマぁッ!』
 子どもでもこうなればりっぱな戦闘員と見なして、敵の一人が下から短剣を投げつけてきた。
『…リツコ!』
 血を流しながら真っ逆さまに墜ちるリツコを見て、マシカと鋭が悲鳴を上げる。

 そこまで、実際にはほんの数分だった。
『…慮外者どもッ! 剣を引けッ!』
 皇女サマの厳しい怒声が響いた。
『マ・ゴリゴ! あるじの許婚者が賓客と白皇総将軍を相手と知っての狼藉ッ? ならばこの私を先に斃してからにしなさいッ!』
『…リツコ! リツコ! …大変!』
 …マシカの悲鳴を聴きながら、リツコは、気を失った…


第9章 リツコ、地球に帰る。

第9章 リツコ、地球に帰る。

 

 9-1. リツコ、夢をみる。


 リツコは夢を見ていた。また、あの夢だ。

 お母さんとお父さんが、捕まりかけている。
 お姉ちゃんが泣いている。腕をガッチリ掴まれていて逃げられない。
「逃げて!」
 リツコが叫ぶと、お母さんとお父さんが首をふった。
「エツコを置いては行けない…。おまえは逃げなさい!」
「逃げて!」
 …あの時、リツコは何も出来なかった。何も…
 うなされているリツコの額の汗を拭いてくれているのは、マシカだ。
 ぼんやりと目を覚ますたびに、それは鋭だったり、ミソノワ姫たちだったりした。
 リツコの球は当たった。みごとに命中した。
 雄輝を狙っていた奴はギャッと悲鳴をあげて毒矢と弓を取り落とした。
 それは、覚えている…
「逃げて!」
 …夢の中で、リツコは投球動作に入った。
 もちろん、あの時は敵の数が多すぎた。ボールもグローブも、持ってはいなかった。
 でも、もし…
 狙いすまして、呼吸を整えて、放つ。
 ギャッと悲鳴を上げて、緑の制服のやつらが次々と倒れる。
「逃げて!」と、また叫ぶ。
 お父さんとお母さんとお姉ちゃんがてんでに走って逃げ出していく。

「ありがとう、リツコ!」
 一目散に、逃げ出す…

 逃げて、逃げて、無事で…
「おばさんのところへ行くんだ!」

「お願いがあるのよ!」

 目をきらきらさせて、大叔母様がいう。

「すごいわリツコ!」マシカが褒めてくれる。

「さすが!適任者!」鋭が快哉を叫ぶ。

「…リツコ! …リツコ!」
 うなされている。夢をみている。

 そうだった… 雄輝を狙っていた敵を倒した瞬間。

「キサマぁッ!」

 別の奴から、短剣を投げられて…左胸に、真っ直ぐ刺さりそうになったのを危うく避けて、首の脇が切れて、血が出て、バランスを崩して…
 墜ちる途中で木の枝に後頭部を打った。それから真っ逆さまに、地面に落ちた…
「リツコ!」
 頸部の深い切り傷による出血多量と全身の打撲で、リツコは何日も、熱を出して眠っていたらしい。
 はっと目が覚めると、枕元で心配そうにのぞき込んでいたのは…
 ずっと交代でついていてくれたマシカでも鋭でも姫様たちでも、薬師の人たちでもなくて…
 驚いたことに、皇女サマ、その人だった。
「…………あぁ良かった! 起きたわね!」
「…あたし… 死にかけてた…??」
 かすれた声で、ぼんやりきいてみる。
「危ないところだったわね、かなり。もう大丈夫よ。鋭たち交代で、ずっと付き添ってたんで、もういい加減に寝かせたわよ!」
 半分涙目でにやりと笑いながら、皇女サマが答える。
「悪かったわね? 目が覚めたら私で!」
 ううん。とリツコもにやりと笑った。案外、この性格、可愛いかも、しれない…?
「雄輝は?」
「無事だったわ。あなたのおかげよ。猛毒でね。矢に塗ってあったの。いくら雄輝でも、あれが当たってたら、私でもマシカでも、治療をする暇もなく死んでるところだったわ。」
「そうなんだ。」リツコは安堵した。

「あたし、役に立った…?」
「えぇ! とても!」
 ずっと苦手に思っていた皇女サマが、ぎゅぎゅぎゅっとリツコの手を握ってくれた。
「救けてくれてありがとう!」
「…………えへ~。」
 照れて笑うと、リツコは、再び眠った…。

 

 

 9-2. リツコ、龍にのる。

 それからまた何日か、眠ったり起きたりして、熱が下がって傷の腫れもひきはじめたら、とたんに食欲がもりもり湧いてきたので、とにかくがつがつ食べた。
「…よかった~!」
 マシカがどんどんお代わりをよそってくれながら、それにしてもすごい勢いねと、ほっとした声で涙を流しながらけらけら笑った。鋭も雄輝も何度も、様子を見にきてくれた。
 ようやく起き出して、少しずつ歩きまわれるようになったころ。
 何だかんだでずいぶん行列は遅れてしまっていた。
「足ののろい連中は先に行かせたわよ!」
 皇女サマがにやりと笑って言う。
「要するに白皇家の血をひく姫が誰か西皇家の婿をとればいいわけなんだから! 私が着く前に皆でちゃっかり西の三皇子を攻略しておいてくれるといいんだけど!」
「………あ、あの人たち、そーいう目的で……?」
「そうよー、お見合いめあてよ!」

 リツコは納得した。

 …なるほど。それで、家柄のいい美女ばっかりあんなにたくさん、同行してたのか…。

「だって白皇家の血縁の男の人たちって、兄様以外はほとんどみんな、あの戦争で死んじゃったのよ…? 嫌がってる私と無理に結婚するより、西の皇子を射止めた姫が、皇位を継ぐことにしたらいいのよ!」
 …皇女サマをめぐる謎の『後継者問題』って…つまり、『後継者の押し付け合い』争いだったのか…。
 最後まで待機していたのは皇女と雄輝の一番の側近数十名ばかりで、その人たちもリツコが死なずに済んだことが確認できるとすぐに徒歩での砂漠越えに出発した。
 リツコの体力では、まだ歩いたり駱駝に乗っての旅は無理なので…
 行程をはしょって、残った一行はみんなで空を飛ぶことにしたという。
 またあの鳥人の籠で運んでもらうのかと思っていたら、なんと! 先日みたあの金の龍が背中に載せてくれた! 鋭が一緒に乗ってくれて、リツコの後ろからしっかり背中をささえていてくれる。

 飛仙族と呼ばれるフェルラダル様に手をつないでもらってマシカは嬉しそうに宙に浮いて飛んでいく。

 それを悔しそうな横目で見ながら、兄皇子マリシアル様は妹皇女サマと手をつないで飛んでいた。

 銀の龍の背中には、雄輝と副官の護衛の人たちが何人か、まとめて乗せてもらった。

 その後ろから、公女リジュイディーリヤと小鬼も、それぞれの羽を広げる。
「きゃーーーーー! 最高ッ!」
 はるか眼下の広大な砂漠の美しい砂紋様と、点在する岩山の影とオアシスの煌めきと、どこまでも平らに広大に続いて視界の果てまで霞んで見える(地平線が丸くない!)《大地世界》全体を眺め渡して叫んでいるうちに、わずか半日ほどで、半月前に出発した本隊に追いついた…。

「…今度は、寝なかったね?」と、鋭にからかわれながら…。

 

 

 9-3. リツコ、会議にでる。

 砂漠のほとりの大きな隊商都市の外で先行していたみんなと合流し、衣装と体調を整えて、そこからは順調に数日の駱駝行で、《西皇家》の都についた。
 あとにしてきた《仮の白都》の雑多な民族が賑やかに行き交っていた開放的な雰囲気とは何もかも違って、長い時代を経た西皇都は重厚で、荘厳で、格式ばっていて、のしかかってくるような威圧感のある石造りの巨大な建物が多かった。
 皇宮に上がる前に庶民の市場に寄って見物と観光がしたい。と、迎えに来た使者の人たちに仰せつけられた皇女サマの『わがまま』は、『とんでもございません!』の一言で、がんとして却下に付された。
 まぁとにかく会議開催の期日にはぎりぎりで間に合った形なので、さすがの破天荒な皇女も物見遊山は帰りの楽しみにとっておくことにして、白皇家の代表者たちは西皇家の本殿に、まずは到着の挨拶をしに行った。その儀式にはマシカや鋭やリツコたちのような『平民と余所者』は参加が許されなかった。

 代わりに白皇家との旅のあいだは居心地が悪そうだったボルドム公女は《公主殿下》と呼ばれて皇女とと同格に厚遇された。なんでって、「ボルドム世界の創造主たる男神グアヒィギルの血を濃く引く聖なる一族」の世継ぎの姫だから。だそうだ。
 そのほか、各方面から《大地世界》諸勢力の代表者たちが続々と集まって…
 いよいよ、数十年ぶりとなる《諸侯会議》が開催された。
 リツコは初日と最終日に、『地球から来た地球人の代表』(代理)ということで一言ずつ挨拶をするのが役割だった。
 また一生懸命マシカと相談して、今度は初日はユカタを着て出た。可愛いと好評だった。
 大叔母様から出発前に渡されていたあの手書きの挨拶状を、心を込めて、声に出して呼んだ。

 それは会議の開催を祝し地球からも友好を祈って挨拶を送りますという簡潔な内容で、朝日ヶ森というのは国とか民族ではなく、こちらの世界のヨーリア学派と同じように世の中のために色々な働きをする有力な学者の集団だ。ということにしておいた。
 それから会議は地域ごとや問題別とか産業別とか、つまり河川別の渡河税法についてとか、「統一交易貨幣の再発行開始における両替手数料率の統一可否の意見云々」とかとか、難しそうなものからばかばかしそうな内容のものまでたくさんの分科会に分かれて、あちこちで紛糾したり白熱したり和合したり盛り上がったり、満場一致で拍手喝采のあと大宴会になったり大乱闘になったり、それぞれ色々していた。

 皇女様や鋭たちは手分けしてありとあらゆる会合に顔を出して挨拶したり意見を交換したりしなければならないので、寝る暇も食べる暇ないほど忙しそうだった。
 リツコとマシカとおつきの人々の大半は、終りの日までは暇になった。

 市場に繰り出して買い物と食べ歩きに明け暮れた。

 

 

 9-4. リツコ、自分の言葉で話す。

 

 ミソノワ姫たちは会議のあいまにせっせと西の皇子たちを攻略していた。遠くから眺める限りでは西の皇族はイケメン揃いだったので、うまく恋人がみつかればいいなとリツコは思った。マーライシャとの婚約がどうのこうのという件はうやむやのうちに無かった話にされつつあるらしい。

 公主リジュイディーリヤは堂々と交渉して、一緒に亡命して来た部下たちとともに《大地世界》で争わずに暮らせるように、荒野のはずれの一角に、移住用の領土を譲ってもらえそうな感じになっていた。

 会議はあちこちで紛糾していたが、積み残した分科会はそのまま延長戦になるという日程と会場の調整が続いて、ひとまずは当初の予定通り、次の満月の夜までで、全体会議は最終日となった。

 うんと考えて、リツコは、最後の挨拶は自分の言葉で言わせてもらった。(どちらにしても大叔母様から預かってきた手紙は最初の一通しかなかったので。)

 今度は出発式の時に来たのと同じ私立の制服風の夏ワンピのボタンもきちんと全部とめて、ちゃんとした「正装」風に見えるように気をつけて、靴もサンダルに変えて出席してみた。

「あたしは、まだ子どもですが、これから地球に帰って、今回の旅で見聞きしたことを、大人の皆に伝えます。昔々の《四界時代》の始めが平和で豊かであったように、これからの《三界時代》がまた行き来の盛んな、お互いに戦争をしない、平和で豊かな時代になったらいいなと思います。そのために、あたしにできることを探して、がんばりたいと思います。」

 …あまりにも短すぎたかしら、と一瞬不安になったけれども、大人たちは満場の拍手で応援してくれた。

 

 

 9-5. リツコ、よばれる。

 それから会議の無事終了を祝って徹夜で宴会だというその晩、リツコは慌ただしく呼ばれて、西の皇宮内に用意されていた皇女サマの部屋へ案内された。
 鋭もマシカも皇子様たちも公女も、今夜はとても忙しいはずなのに、なぜか、みんないた。
「…なあに?」
「リツコあなた案外有能だから。このままこちらに居てもいいのよ?」
 いきなり不機嫌丸出しの声で皇女サマがぼそっとのたまう。
「へ?」目を点にすると、鋭が言い出しにくそうに苦笑しながら補足した。
「地球の欧米側に出られる通路があったら朝日ヶ森に戻すよりもそちらに亡命させてほしいって、清瀬律子さんから頼まれてた話は、前にしたよね?」
「あ、うん。…聞いた。」
「西のヨーリア学派とも連絡とってたんだけど。君が整理してくれてた古文書の解読をできる人がいてね。それによると。どうやら確実に通れる西側への通路が、今夜だけ、開く。」
「今夜!?」
「…急だから… みんなびっくりしててさ。」
「うん。」リツコもびっくりして、うなづく。
「それを逃すとしばらく地球に帰れる通路は確定できてない。へたすると数年先とかになるかもしれない。」
「そうなんだ…」
「それで、今夜、地球に帰るか、でなければ、数年先くらいまで、こっちに居てくれるかな?…って」
「…………そうなんだ………?」
「きみこっちでけっこう楽しそうにやってたし。」
「もうしばらく居てくれたら、あたしは嬉しい。けど…」マシカが真っ赤な目になって言い澱む。
「言わないのは卑怯でしょ!」
 また唐突に皇女サマがぶすくれた声でつぎ足す。
「…実は、リツコのお父さんとお母さんと、連絡が、取れたよ。」
「ほんとッ!?」 声が、うわずった。
「うん。今夜、行くなら、迎えに来てくれるって…」
 鋭の眼から涙が溢れるのを、リツコは二重にびっくりして見ていた。
 マシカも泣き出してしまった。
 リツコも泣き出した。でも、言った。
「うん。…急だけど… あたし、帰るよ!」
 もう一回、声に出して、自分に確認してみた。「地球人だから… 地球に帰る。」
「あたしね。ずっと…自分のこと… 天才でも魔法使いでもないし… 役に立たなくて、残念だな! って思ってた。

 …でもね、こっち来て、ほんとの天才の鋭とか、魔法が使える王女様のマーシャとか、見たけど…
 …べつに天才じゃなくてもね。凡才でも、マホウも使えなくても…

 …あたし、結構、…役に立つよね?!」
「えぇ。かなりとても、役に立ってくれたわよ!」

 皇女サマが悔しそうに涙をにじませながら言う。
「だから… こっちの世界は、これからもう、平和になるから…」

 マシカが声をあげて鳴き出してしまった。両手に顔をうずめる。
「あたしの世界は… これからが大変なんだから…。

 自分の世界に帰って、がんばれることを、やってみる!」
「そうだね。」
 雄輝がちょっとそっぽを向き、鋭がうん。とうなずいた。

 

 9-6. リツコ、地球にかえる。

 慌ただしく、来たときのリュックとバスケットに荷物を詰めて、来た時の服に着替える。

 背負って抱えて歩けるもの以上は運べないという話だったので、こっちでマシカと買ったばかりの服や小物や甘いものの大半は、残念だけど諦めるしかなかった。
「リツコ…! あたし本当に妹みたいだなーって、…思ってたのに…!」
 マシカはもう泣いて泣いて大変で、手伝いは期待できない。
 やっぱりぐすぐす鼻を鳴らしながらでも、鋭はさくさくと荷造りを手伝ってくれた。

 とにかく書き貯めた記録のノートは全部と、ついには足りなくなって分けてもらったこっち風の巻き布や葉綴じもぜんぶリュックにむりやり押し込む。

 二十四色の色鉛筆は鋭に、ぼろぼろになったけど日本語の辞書はまだ使えると思うからマシカに、記念にもらってもらった。

「なによ! わたしには?!」と皇女サマが子どもみたいに拗ねたので、ちょっと考えて、籐のバスケットに入れてた中身をぜんぶ出して適当な布で風呂敷包みにして持ってくことにして、「これ気に入ってたんだけど、あげる。」と言ったら「じゃあ大事にするわ。」と素直に受け取るので、やっぱりちょっとその性格には笑った。
 挨拶を出来るかぎりの人たちには慌ただしく挨拶をして回って、会議の打ち上げ宴会であちこち賑やかな城のすみから、地元のヨーリア学派の人たちの案内で、そっと抜け出す。
 皇女サマと公女様は宴会から長くは抜けられない立場なので、門の中で最後のお別れをした。二人とも眼が赤くなっていた。
 短い夜の道を歩き、寺院のような場所から地下の泉水井戸に入る。
 小さい祠があって、それをどけると短い洞窟があった。
『入って。』ヨーリア学派の人が言う。
『リツコ! …リツコ行かないでッ!』 マシカがうしろからしがみつく。
『マシカ…! ごめんねぇッ!』 リツコも涙で前が見えなくなる。
『…あまり時間がない。すぐに通路が塞がってしまう。』
「リツコ、」
「鋭、また…いつか、どこかで、会えるかな…?」
「手紙を書くよ。小さいものなら、定期的に送れる通路は確保してあるから」
「うん…」
 動けない。やっぱり…行きたくない! 帰りたくない!
 リツコは思った。「あたし! …やっぱり…ッ!」
 すると洞窟の向うから、真夜中なのに、太陽の光? らしいものが射しこんできた。
「…リツコ! …リツコ? 居るの?!」
「リツコ!?」
「…お母さんッ? …お父さんッ!」
 …マシカが、抱き着いていた腕を、嗚咽しながら、放した…
「ごめん! みんな! あたし、行くね!」
『…リツコのお母さん! リツコとっても良いコでした! ありがとう! 大事にしてあげてね!』
 マシカが洞窟の奥に向かって叫ぶ。
「…リツコ!? …そこに居るのよねッ?!」
 リツコはがんばって一歩踏み出し、それから目をつぶって駆けだした。
 後ろを振り返る暇もなく、あっと思う間もなく、ステン! と、何もないのに転んで…

 慌てて目を開けると、明るい場所に、お母さんとお父さんが、立っていた…
「リツコ!…元気で…ッ!」
 最後に、喉に絡んだような、鋭の半泣きの声が聴こえて…

「待ってッ! リツコごめん! 《言葉の術》! 解くの忘れたわ!」
 息せききって追いかけてきたらしい皇女サマのそんなまた笑えるセリフがかすかに遠くから聴こえて…

 それっきり。

 

 

 9-7. リツコ、家族と合流する。

 

 お母さんがぎゅっとしがみついてきて、お父さんが泣いていて、お姉ちゃんが泣きじゃくっていた。

 そこは知らない場所で、でも地球の建物だった。

 リツコも泣いてしまって、しばらく何も言えなかった。

 

 それからリツコは独裁国家となって戦争を始めてしまった日本へは戻れず、家族と一緒に外国に亡命して暮らすことになったが。

 なぜか? 言葉が通じないはずのリツコが日本語で喋ると、言葉が通じないはずの相手の人のあたまのなかに、その意味が字幕のように、浮かんでしまう…。

 それは地球世界ではありえないことで、リツコはテレパシーを使う超能力者と誤解され、その後の《大迫害時代》には、地球にさえ居られなくなって宇宙へ移住するハメになったりしたが…

 

 それはまた、別のお話です。


                                     fin.