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目次

<目次>

 

 (1) 相合傘

 

 (2) オージー・ヒュー

 

 (3) 現代のビッグブルーに立ち向かえ

 

 (4) とどめの一撃

 


(1) 相合傘

 

 またまた、珍妙な記事が新聞に出ていて、興味をそそられました。

 一体、どんな記事かって。

 あのプーチンですよ。

 

 ワールドカップの表彰式。

 土砂降りだったそうですね。

 ところが、傘を差し出されたのは、プーチンだけです。

 マクロンも、クロアチアの女性大統領グラバルキタロビッチも見事にずぶ濡れ、FIFA会長のインファンティノなんてハゲ頭を抱えている写真が出回ってしまいました。

 

 それにしても、プーチンの配慮のなさが、あらわになったことは確実のようです。

 

 このような人が日本の柔道を崇めているというのですから、なんとも情けないことです。

 しっかりと柔の道を修得していれば、自分に差し出された傘を取り上げ、女性大統領に差し出すことができたはずです。

 そうして、ロシアを訪れた各国の来賓たちとずぶ濡れになっていれば、それ相応の評価が各方面からなされたはずですが、そうはしなかったようなのです。

 

 しかし、よく考えて見ますと、傘というのは、元来、権力の象徴としてあったものです。

 「天蓋」と言い、高貴な人の頭の上に、お付きの人が掲げて、強い陽の光から守ってやるものです。

 この度のプーチンおよび周囲に仕える人々を見て、そのことを思い出したのです。

 

 日本はソ連時代から、随分とこの国の政府から辛酸を嘗めさせられていますから、さほどのことでは驚きもしません。

 やっぱりなっ、てな具合です。

 

 我が宅には、実は、番傘が一本置いてあるのです。

 ここ何十年も開いたこともない、茶色のごくごく一般的な番傘です。どこで買ったのか、はたまた、もらったのかも忘れてしまった番傘です。

 今、床の間の端に立てかけられています。

 

 でも、よくよく考えてみると、傘というのは、実に奇妙な道具だと気づくのです。

 

 あの「相合傘」というやつです。

 英語では、Bus stop, wet day.  She’s there, I say.  Please share my umbrella. という歌詞を思い出します。

 あのThe Holliesの「Bus Stop」の冒頭の部分です。

 イギリス人でも、好きな人と一緒の傘に入るのは胸ときめくことなんだと思った記憶が、はるか昔にあったのです。

 

 でも、日本語で「相合傘」というと、純粋な男女の思いとは異なり、ちょっと色っぽい感じがあって、あの「Bus Stop」の感じとは異なってきます。

 

 あの小さな傘の下の空間。

 その空間に、思いが詰まり、その思いが遂げられていく、何とも色っぽい時間があるからです。

 

 仮に、そのような思いがなくても、雨に降られて困っている人がいて、その人に傘を差し出し、これを使ってくださいって差し出せば、傘は単なる傘から、心のこもった助け合いの具と化すのですから、傘というのは奇妙なものだと思うのです。

 

 人の心のやさしさを秘めた道具こそが傘なんだと一人納得したりするのです。

 だから、プーチンの傘の記事を読んだとき、彼の本性が出てしまったんだなと思ったりしたのです。

 

 子供の頃ですが、竹ノ塚の私の暮らす横丁にも、傘を治す職人が、頑丈な黒塗りの自転車で回ってきて、「包丁とぎ~ 、傘なおし〜」と声をあげていたことも思い出しました。

 

 昔、包丁でも、傘でも、それが切れなくなればいくばくかのお金を出して研ぎ出してもらい、傘も骨が折れたら、そこを交換してもらって使っていたと時代があったのです。

 今、包丁が切れなくなれば、家庭用研ぎ機でさっさと治しますが、それもなければ、切れるのに買い換えてしまいます。

 傘など、まるで、使い捨ての代物になってしまった感があります。

 

 それもこれも「文化」だと思えば、何ということもありません。

 

 女性たちの家事を楽にしようと、洗濯機をはじめとする家電が入ってきたように、簡便にして、効率性の高い生活様式が私たちの暮らしの中で重要視されたのと同じだからです。 

 安価で便利この上ない、さらに、ファッション性を兼ね備えたビニール傘が世を席巻しているのです。

 安価なものを、さらに手間暇かけて修理するなど愚の骨頂です。

 だから、使い捨てになるのは必然の理なのです。

 我が宅の床の間に立てかけてある番傘はもはや日用品としての使命を終えて、今は、きっと、文化財の類に変容しているにちがいありません。

 文化なら、文化として、大切に保存していく必要があります。

 

 もちろん、我が宅にある番傘としてそのものを保存することも大切ですが、そのものが持つ心をも保存する必要があります。

 

 いつの日か、わが国で国際大会が開かれたときに、そして、雨が降ってきたときに、我が国のリーダーは、自らはびしょ濡れになり、いがみ合う国の代表者を相合傘の中に入れて、ひと時を過ごさせるなんて素敵ではないですか。

 


(2) オージー・ヒュー

 

 日本の新聞の国際欄、当然のごとく、アメリカと中国が絡んだ記事が多くなります。

 

 トランプが、不法移民の親子を引き離す、ゼロ・トレランス政策を推し進め、それをイヴァンカが諌めたとか、そんな「人情話」まで記事になります。

 一方、中国はアメリカから経済制裁を受け、南シナ海ではアメリカ海軍の軍艦に手出しもできず、その腹いせか、台風から避難してきたベトナム漁船を排除したと、「勧善懲悪」的記事も目にするのですから飽きません。

 さらには、北の御曹司が北京に短期間で三度も出かけて行ったことに対して、あれは中朝の関係深化などではない、北京が米朝親密を恐れて、御曹司に釘を刺しているんだと「見てきたかのようなほら話」まで語られるのですから、愉快この上ないことです。

 

 でも、私が国際欄で知りたいのは、それらの国のすったもんだではないのです。

 

 私が最も多く訪問し、最も多くの時間を過ごし、大切な者たちが暮らす南半球の孤立大陸オーストラリアなのです。しかし、日本の新聞は、あの国をさして重要だとは思っていないようですから、そうそう、記事になることがないのです。

 

 訪日外国人のちょっと鼻が高く、タツーを目立つところにしている人に、お国はと問えば、オーストラリアと答えるはずです。それだけ、多くのオージーが日本にきてくれているにもかかわらず、日本の新聞は実に冷たいものです。

 

 だったら、こちらからオーストラリアの記事にアクセスをしなくてはなりません。 

 というわけで、面倒くさい横文字を読んでは、情報を収集しているのです。GOKUやLALAがいじめられたり、不法な扱いを受けたら、すぐに行動できるように、私は準備しているのです。

 

 こんな記事がありました。

 オーストラリアの信頼できるシンクタンク<Lowy Institute>の調査結果の一つです。

 

 オーストラリアにとって信頼できる国はという質問。

 

 第一は、もちろん宗主国のイギリスです。オージーの先祖の多くがイギリス人であり、私の友人ヒューは、家族はオーストラリア国籍にしても、自分は英国籍のままの頑固者ですから、この調査結果は大いにうなずけるのです。

 そして、第二に、日本が入っているのです。

 英国が90パーセント、日本が87パーセントですから、かなり頑張っています。

 ちなみに、アメリカは55パーセント、中国は52パーセントでした。

 

 こうなると、私はウキウキしてしまうのです。

 だって、私たちの国で国際欄を埋める双璧の国が圧倒的に人気がないからです。

 

 <Lowy Institute>の別の調査結果では、オーストラリア人が最も懸念するのは、トランプが米大統領の座に就いていることだというのですから滑稽なことです。

 それに続いて、外国からの政治介入問題、移民問題と続きます。

 ともに、この二つの項目の念頭には中国があります。

 

 国会議員までもが中国の影響下におかれ、中国に有利な発言をしたということで議員辞職に追いやられましたし、中国からの移民でも、生活のためにやってくるのではなく、中国政府の指示を受けた政治移民、つまり、オーストラリア人をオルグって、政治傾向を変えようというのですから、恐ろしいことです。

 

 その点、日本からの移民はまったくの個人事情、オーストラリアで暮らしたい、たったそれだけのことですから、きっと、その単純さこそがオージーの気に入っているところではないかと思うのです。

 

 私のオージーの友人が言います。

 お前はこの国が好きなのに、どうして、ここに暮らさないのかって。この国は、そういう奴を大歓迎なんだと。

 お前の家を売れば、日本では大したことないだろうが、ここでは十分にやっていける、だから、来いとは言ってくれるのです。

 でも、私は、たまに行くからいいのであって、私の暮らすところは、ある日、水戸からの帰り、車で道に迷い、その先に出てきた街が<つくば>であって、その趣が気に入り、土地を買って、家を建てたのだから、そこ以外に本拠地を置くことはないときっぱりというのです。

 

 街の郊外にはツインサミットのマウントツクバがあり、日本で二番目に大きい湖があり、おいらはそこにある一番大きな港に船を持っているんだ。

 つくばは、風光明媚にして、かつ、最新鋭の都市システムを持つ街なんだと自慢するのです。

 

 自宅にキャンピングカーと、ヨットを置き、プールを設置し、四百坪の敷地に平屋を建てて、のんびり暮らすヒューは、そうかとニコリと微笑むのです。

 

 で、今度はいつ会えると言うので、たまには、お前さんがつくばに来なさいよと言うのですが、おいらはここがいいのさと。

 だから、私もニコリと笑うのです。

 

 おいらのGOKUやLALAが悲しい思いをしないよう、おいらの留守中には守ってやってくれよと言うと、親指を立てて、ベジマイトをつけたパンプキンブレッドを頬張るのです。

 


(3) 現代のビッグブルーに立ち向かえ

 

 私の暮らすつくばという街は、筑波山の麓の広大な農村地帯に、国の学術研究施設を移設することを目的にして、六〇年代から開発されてきた計画都市です。

 いまや、国内最大の学術都市となり、国際会議も開催されるほどの繁栄ぶりです。

 いろいろと問題もあるのでしょうが、私は、街のあり方やご近所にも恵まれ、大いに満足しているのです。若い市長さんも頑張っていますから、これから更なる発展をしていくと期待もしているのです。

 

 さて、その野っ原に作られた人工都市に住んでいる私ではありますが、中国政府が壮大な計画を実行に移していることを仄聞しています。

 そこは、首都北京から南西へ100キロのところに位置する河北省雄安新区というところです。

 

 つくばが東京から50キロですから、その倍の距離のところに新しい街を作るというのです。

 完成すれば、東京都に匹敵する2千平方キロメートルの面積で、そこに200万人が暮らす都市となるというのですから、人口20万のつくばも霞むほどの「壮大計画」ということになります。

 

 一面、畑だった河北省の予定地では、すでに、中国の人が好む斬新なビルが建ち、無人スーパーもオープンしていると言います。

 この新しい街で暮らす中国人は、顔認証を受け、お金ではなく、スマホでものを買うのです。

 つまり、この街は、街全体がAIで管理されるスマートシティとなるのです。

 完成すれば、世界初のAI管理都市になります。

 

 あと20年もすれば、私たちの世界は一変するんだなぁと考えると、なんだか寂しい思いがしてくるのです。

 

 こんなコマーシャルがあったことを思い出します。

 坊主頭の男たちが同じような服を着て、隊列を組んで行進をしています。彼らはビックブルーに魂を吸い取られた男たちの成れの果てです。

 そこへ、赤い衣服の女が斧を手にして、走って来て、スクリーンで語りかけるビックブルーに向けて、その斧を投げるのです。

 斧は命中、爆発が起こります。

 

 そんなCMですが、実際放映されたのを、私が見たわけではないです。

 

 ジョブズがアップルで成功して、それから、初期のCMが発掘され、随分と時が経ってから見たものでした。今のアップルのおしゃれなCMと異なり、明確な主張が語られ、攻撃的なCMであると思っています。

 それもそのはずです。

 ジョージ・オーウェルが、スターリンの恐怖政治をテーマに書いたという『1984』が元になっているからです。

 

 ジョブス28歳の時の、アップルのCM、この時、ジョブスの敵はあのIBMでした。

 巨人に一個の風変わりで、しかし、明確に行く末を見つめていた青年が発したメッセージは強烈でありました。

 IBMは、コンピューター業界すべてを占領しようと躍起になっている。
 

 関係する業界人は、IBMのあり方に恐怖さえ憶えている。

 

 しかし、アップルは違う。

 自分で考えるためのツールとしての、パーソナル・コンピューターを一人一人に届ける。誰も、一人も頭を丸めることなどする必要はない。

 すべてを独占し、好き勝手に振る舞う「ビックブルー」に個々に立ち向かえ。

 

 そして、あの赤服の女が斧を突き刺すのです。

 まさに、赤い服の女こそ、アップルであり、巨人に対抗する個々の前を向く人々であったのです。

 

 河北省雄安新区の人工都市が完成するには、33兆円の予算が必要となります。

 欧米や日本では、それだけの予算を計上するには、気の遠くなるくらいの手続きを経なくてはなりません。しかし、中国は一党独裁、国家主席の一言ですべてが決まっていきます。

 

 この街が本格的な建設に入れば、欧米や日本の企業も、将来、世界をリードする中国に与するしかないのです。

 まるで、坊主頭のあの男たちのようです。

 

 街中に監視カメラが設置され、個々の生活はすべて国家によって把握されます。

 ネットで政府を批判しようものなら、手ひどい仕打ちが待っています。店に行っても、顔認証でこいつは反政府的だと買い物が許可されないのです。

 『1984』が描いた世界、一党独裁下の安定というのは、究極の人間管理社会であるというあの命題が、2018年以降にも懸念されているのです。

 

 異論を排し、一人の、あるいは、数人の権力を握った者たちで、事業を進める中国の圧倒的なスピード感は、欧米や日本のように、あちらこちらの意見を拝聴し、利害調整する体制にとっては驚異です。

 

 でも、1984年、ジョブスはこう言っているのです。

 

 「1月24日、Apple ComputerよりMachintosh発売。

  あなたは1984年が小説“1984”のようにはならないワケを知るでしょう。」と。

 

 小さなコンピューターではあるけれど、それがIBMを駆逐したように、今の私たちも、同じような境遇を打破しなくてはいけないのです。

 何も、中国にハッキングを仕掛けようというのではないのです。

 人間の幸福というのは、政府や、なんでも自分で仕切りたい人間に任せるのではなく、多少時間を要しても己の力で得るものだということです。

 

 ネットで活動する私たちのささやかな意見でも、十分にそれに対抗しうるものであることを1984年にジョブズがすでに言い当てているのです。

 


(4) とどめの一撃

 

 彼は著名なカード名人です。

 と言っても、まともな名人ではありません。彼はトリックを使うことで有名なのです。

 

 一言で言えば、<いかさま野郎>です。

 

 それまで誰も相手にしなかったあの<太っちょの詐欺師>に絡むことを決意するのです。

 <いかさま野郎>は、この辺りでは、相手になるものがいないくらいの手下を持ち、資金も豊富です。

 それでも、<いかさま野郎>に追いつこうと、そして、縄張りを広げようと躍起になっている<モッタリのチョウ>というやくざ者がのしてきました。

 

 周りのシマにちょこっと立ち寄っては、せこい脅しを掛けます。

 相手が脅しに乗るようであれば、つけこんでいきます。

 お前さんに、金を貸してやるよ、これでお前さんのシマを豊かにすればいい。なに、これはほんの手土産だ、お前さんの懐に入れときな、遠慮はいらねぇ、そのくらいのことをしてもいいくらいのお前さんはご身分なんだから、と言葉巧みに誘い掛けます。

 

 最初は、親切一点張り、次に、あれだけ親切にしてやったんだ、おいらの組の事務所くらい置かせておくれよ、若い衆の保養にあんたのシマの素晴らしい景色を見せたいんだと言い出すのです。

 

 それに腹を立てたのが、あの<いかさま野郎>です。

 それまで、俺様のいうことはなんでも聞いていたのに、あいつら<モッタリのチョウ>にしてやられているじゃないか。

 そこで<いかさま野郎>、自慢の手下を<モッタリのチョウ>のシマ近くで少々暴れさせます。

 そうなれば、<モッタリのチョウ>の手下も黙っていません。

 

 あわや衝突という段になって、<モッタリのチョウ>が、<いかさま野郎>に、手打ちを申し出ます。

 親分のお力は、あっしは十分にわかっていまぜ。

 だから、どんぱちでカタをつけようなんて、これっぽちも思っていません。

 どうです、あっしも随分と、自分でいうのもなんですが、手広くやっていけるようになってきました。そこで、東と南のシマをあっしらの領分として認めてくれませんかね。なに、悪さをしようっていうんじゃないですよ、この辺りは昔から、おいらの祖先が仕切っていた場所ですからね、あっしら祖先を大切にしますんで、それだけはわかって欲しいんですよ。

 

 <いかさま野郎>も男気があるので、先祖を大切にするなんてこと言われれば、そういうもんかと、よし、わかった、でも、いきすぎた真似はするなと釘をさすのです。

 

 しかし、所詮、やくざ者。

 <モッタリのチョウ>は、相変わらず、南に、東に、威嚇を繰り返し、気がつくと、事務所をあちらこちらに作り、実質的な影響力を行使し始めたのです。

 

 だから、<いかさま野郎>は、あの<太っちょの詐欺師>にちょっかいを出したのです。

 

 あいつら裏で繋がっているんだ、おいらの先代が甘い顔しているから、<チョウ>のやつの勢力を大きくさせてしまった。これを叩くのは当代のおいらの役目、先々のおいらのシマを守るためには、やらなきゃいけない。

 そう思って、<いかさま野郎>は、<太っちょの詐欺師>と手を組もうとちょっかいを出したのです。

 

 慌てたのは<モッタリのチョウ>です。

 あいつらが手打ちすれば、捨て置けねぇ、おいらの立場はとんでもないことになると、そこで、<チョウ>は<太っちょ>に、<いかさま野郎>は一筋縄ではいかねぇよ、おいらが後見人になってやるから、弱気はいけねぇよ、堂々と振舞って、あいつが喜びそうな言葉をたくさんはくんだ。いつだって、おいらはそうしてきた。

 

 立場が悪かった若い頃は、へいこらへいこらして、なんとか、身内の親分たちの怒りに触れないようにしてきた。おいらは、鋭い爪を隠して、口の端に笑みを浮かべていたんだ。世の中は、いつまでも同じ流れが続くもんじゃない。きっと、いい時代がおいらにも来るってね。みろや、いま、おいらの時代がもうすぐそこまできているじゃねぇか、悪いことは言わない、おいらのいうことを聞いて、あいつと一騎討ちしてきな。

 

 <いかさま野郎>って奴は、自分では頭のキレる親分だと思っているが、本当は大馬鹿野郎だ、と腹を抱えて笑ったのです。

 

 <いかさま野郎>が、騙されているのではないかと気がついたのは、それからしばらくしてからです。

 あの野郎、口ではうまいこと言って、やることしてねぇじゃねいかと、悪態をついたのです。

 きっと、<太っちょ>の後ろには<チョウ>の野郎がいるに違いない、とも思ったのです。

 

 しかし、<いかさま野郎>は、<チョウ>も<太っちょ>も一切おとしめません。彼が本当に、心底から怒った時、彼は反対にその相手を褒め称えるのです。

 

 相手を安心させるというのではないのです。

 彼は本当に怒りを感じた時は、相手を褒め称えるのです。それを、彼をよく知っているものたちは、<舌舐めずりするトカゲ野郎>って呼んでもいるんです。

 <いかさま野郎>がまず手を打ったのは、金の出所を押さえることでした。

 <モッタリのチョウ>が逆さになっても、<いかさま野郎>の経済力には叶いません。金を押さえられれば、にっちもさっちもいきません。

 悪い時には悪いことが起こるものです。

 それまで、騙し騙し手なづけてきた小さなシマの親分たちが手のひらを返したように逆らいはじめてきたのです。

 そんな成り行きを見てあの<太っちょの詐欺師>が不安になります。

 <いかさま野郎>を怒らせたに違いない、やつはきっと、威勢のいい若い衆をこちらに向けてくるに違いない、なにが<モッタリのチョウ>だと、不平を言い出しました。

 そうなれば、この抗争は振り出しに戻らなくてはなるめぇと、<いかさま野郎>が嫌う、阿漕な手を復活させたのです。

 <いかさま野郎>が言います。

 あいつらはなんていう奴らなんだ。

 こちらに少しの犠牲も出さずに、とどめの一撃を加えられることをここらで見せなくてはないけねぇなと、あちらこちらから若い衆を集めたのです。 

 

 若い衆たちは、それぞれに示し合わせて、<モッタリのチョウ>のシマの周りに出張って、一歩も動けないようにして、<太っちょの詐欺師>のシマに襲いかかったのです。

 口では強気を語っても、<いかさま野郎>の一撃を打ち返すことはできません。

 なんと外聞もなく逃げまくり、挙句に、自分のところの若い衆にやられてしまったんです。

 以来、<モッタリのチョウ>も、好き勝手ができなくなったというのです。

 まぁ、<いかさま野郎>であれば、なんとか我慢ができるだろうと、周りのシマの連中も、鉾おさめて、この抗争は一旦は落ち着いたのでした。

 



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