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しっぽを バネがわりに して とびはねることで しんぞうを うごかしているので とまると しぬ。(ポケモン図鑑 バネブー(ブラック2/ホワイト2))

 

 

 バネブーはググると普通に出てきますが、かわいげな豚にバネがくっついてるポケモンです。ポケモンはちょくちょくこういう悪ふざけみたいなそのまんまをやるけど、初代で遊んでたころは気づかなかったんだ僕は。

 ポケモン図鑑がけっこう怖い説明をしているというのも定期的にネットでウケるネタになっていて、そういうのに比べるとバネブーの説明はシンプルというか文脈を読む必要がない感じで、仕組みとして言ってることはわかりやすい。

 何が短歌っぽいかといえば、文章そのもの以外の骨格で「そうだな」を担保してることです。これは図鑑の説明文で、これを参考にポケモンの世界の人たちはバネブーゲットだぜーとかやるわけです。図鑑の説明というのはそれが真実だという前提が強くある。短くてもなんか怪しい文章でもそれを信じるしかない。「とまると しぬ」。実際に。バネブーがほんとにはいなくても、それは実際にしぬと思うしかない。

 短歌でいうとその形・韻律に担保されるということになります。ポケモン図鑑の例でもそうですけど、されてるから短歌は常に真実とかそういうことではなく、その文章のみを見たときに自分の内側に発生される説得されたさの力が、その力を受けて自分がその方向を向く感覚が、なんだか似てるなということを、「とまると しぬ」らしいバネブーを読んで、思いました。

(迂回)


ゔぉんゔぉキャンキャンゥバゥッギャンギャンヴヮンッヴォォォキャンッゥゥバゥッ(ごづ、ごづ、ごづ、ごづ).........


はやめに帰って、遠くのスーパーまであるく途中、ひらたくて横に長めの古いお家がある。
表札はない。木造。屋根とか、ポストとか、窓枠とか、いろんなところがほんの少しずつ、壊れているようにみえる。
七時前ぐらいに通ることができれば、この音響なタイミング。
硝子戸のむこうは、いつもぼんやりとしか電気がついていない。最近はもう夏だから、外のほうがぜんぜんあかるい。
ただの勘だけど、三匹と二頭、ぐらいいると思う。もしかしたら、声をださないものも、あとすこしぐらいいるのかもしれない。
ついでにこの勘は、これは、のぞきこんだらいけないほうのだよ、ともいってくるので、たちどまったことはない。
ご飯の時間=闘い なのが、ばきばきに伝わる。
つい最近のこと。夕暮れ未満のその戦場を、いつもの歩調で通り過ぎたあたりで、ふくよかなおばあさんと、そのおばあさんに手を引かれた女の子が前からあるいてきた。
おばあさんがふっくらしているからなのか、女の子がちいさいからなのか、ということを一瞬考えるバランスのふたり。
おばあさんの髪は真っ白で、夏の夕方のひかりにきれい。そして、女の子の髪はほんとうのまっくろ。ひかりがなくてもたぶんひかっているような黒だ。
そんなに狭い道ではないけれど、なんとなく急に狭く感じた。
おばあさんと女の子と私とゥォンキャンバゥバゥでぎゅうぎゅうづめの瓶の中みたいだった。
だいたいすれ違う寸前、おばあさんの顔を見あげて、女の子が言った。

「なんかおるよ」

おばあさんは何も言わなかった。
女の子の方を向きもしなかった。

「ここなんかおるよ」

ねー、ねー、おるよ、と女の子の声だけがそのあとも続いて、ふたりは遠ざかっていった。

私はそのままスーパーに向かい、桃とコチュジャンを買って帰った。
帰りのそのお家は、いつだってなにもない、がずっと続いているみたいに静かだ。
これからもたまに通るだろうけれど、もうあのふたりには会わないのだろうな、と、思った。

(加賀田優子)


この本の内容は以上です。


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