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宝石の味……純露

気品のあるスイートなキャンディと香り高い紅茶の味の、キャンディがペア—で入った、キャンディの傑作



「純露」という飴のパッケージ裏に書かれている商品説明です。



商品の良さを説明する言葉って、どこかのタイミングで「お口でシュワっと」みたいな描写か、一言でクスッとさせるようなユーモアのあるキャッチコピーか、になっていった気がします。商品をきちんと伝えたり、印象に残らせることを主目的としたものに。



でも純露は、そのどちらでもないです。なんだろう、昭和ロマンです。もう平成も終わるというこの時代にこのフレーズ。「宝石の味」と、いきなりぶっこんでくる。そのイメージを壊さないまま「気品のある」「ペアー(ペアじゃない! ペアー!)で入った」「傑作」と、まるで高級ジュエリーの紹介文ような言葉が続きます。でもそう言われると、あの黄金色で角ばった形やシンプルな甘みが、紅茶の香りが、ほんとうに「宝石の味」なのではと思えてきます。



てか宝石って味しないよね。でも何かわかるんすよね。この何かわかる、は短歌にも通じる所があると思います。それを感じながら純露を舐めるとき、我々はあの甘みとともに昭和ロマンという喩を味わっているのではないでしょうか。



すみませんでした。

(はだし)


フライパンで雪かきをする。卵焼き用が使いやすい。



雪かきをする道具がない場合の代用品というテーマのコラム記事からの抜粋。
ありがちな東京中心の目線からの記事なのだけど、実際に数年前にこういうことが行われていたという事実に基づいているのが面白い。

大雪が来る可能性はあるけれど、雪かきをする道具を常備するほどの頻度で降るわけでもないという環境で、日常使うものを代用品として考える。その条件のもとで、おそらくフライパンは比較的思いつきやすい代用品なのではないだろうかと思う。

「雪」と「フライパン」という本来ミスマッチな組み合わせが特定の条件下で生まれるということなのだが、自分にはこの「雪」と「フライパン」というふたつのモチーフがなんとも絶妙な距離感を持っているように思える。

「雪」と「フライパン」の間には飛躍がありつつも、それが荒唐無稽というわけでもなく想像の及ぶ範囲で繋がっている。雪という自然の美しさを持つモチーフと、フライパンという生活を感じさせるモチーフが重なったときに、少なくとも自分は、フライパンに美しさを感じ、雪に可笑しみも感じた。

コラムのそこから先の文を読むと、卵焼き用が使いやすいという、より具体的な示唆がされている。そう何度もあるかわからない特殊なケースの中で、よりやりやすい方法を見つけているのだ。

こうした無駄になるかもしれない発見というのも、詩的にはより貴重な体験のように思えて、その発見する行為にいとおしさのようなものを感じるのであった。

(スコヲプ)


死んだ君にわかるように地球より青い犬を飼おう(ぼく脳 @_bokunou 201352日ツイッターより)



こんなに切ないツイートを後にも先にも見たことがない。
このツイートにはイラストが添付されているのだけども、自分よりも、死んだ君よりも、地球よりも、青い犬が一番悲しく感じてしまうのは、ぼく脳の絵のタッチのせいだろう。
青い犬の抜けた毛が風に舞ったらきっと綺麗だろうな。
数年前、ぼく脳デザインの東京カランコロンのTシャツをなぜか買ってしまっていて、なぜか部屋着として着ているんだけど、水色のボディに東京カランコロンのメンバーの肌色(顔の色)がめちゃくちゃ気持ち悪く色反応していて着るたびにウケている。

(ナイス害)


しっぽを バネがわりに して とびはねることで しんぞうを うごかしているので とまると しぬ。(ポケモン図鑑 バネブー(ブラック2/ホワイト2))

 

 

 バネブーはググると普通に出てきますが、かわいげな豚にバネがくっついてるポケモンです。ポケモンはちょくちょくこういう悪ふざけみたいなそのまんまをやるけど、初代で遊んでたころは気づかなかったんだ僕は。

 ポケモン図鑑がけっこう怖い説明をしているというのも定期的にネットでウケるネタになっていて、そういうのに比べるとバネブーの説明はシンプルというか文脈を読む必要がない感じで、仕組みとして言ってることはわかりやすい。

 何が短歌っぽいかといえば、文章そのもの以外の骨格で「そうだな」を担保してることです。これは図鑑の説明文で、これを参考にポケモンの世界の人たちはバネブーゲットだぜーとかやるわけです。図鑑の説明というのはそれが真実だという前提が強くある。短くてもなんか怪しい文章でもそれを信じるしかない。「とまると しぬ」。実際に。バネブーがほんとにはいなくても、それは実際にしぬと思うしかない。

 短歌でいうとその形・韻律に担保されるということになります。ポケモン図鑑の例でもそうですけど、されてるから短歌は常に真実とかそういうことではなく、その文章のみを見たときに自分の内側に発生される説得されたさの力が、その力を受けて自分がその方向を向く感覚が、なんだか似てるなということを、「とまると しぬ」らしいバネブーを読んで、思いました。

(迂回)



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