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平成30615

 これは最後の手紙になります。亮二さんの棺に入れますね。

 もう何通の手紙を出したかしら?文字を書くのは苦手だけれど、漢字も読める亮二さんは、手紙をもらうのが大好きでしたね。いつも机の引き出しにきちんとしまっていてくれてありがとう。

 

 昭和29年2月3日、あの夜のことはよく覚えています。どういう事情か5歳の私には分からなかったけれど、あの頃、私たちの家族は、母の兄にあたる亮二さんのお父さん、お母さんと2歳のお兄さんと一緒に住んでいました。

 その節分の夜、豆まきと赤ちゃんが生まれるという興奮で、私は2階の部屋で騒いでいました。遅くまで起きていましたが、やはり眠ってしまったようです。

 朝起きると階段をかけ下りました。早く赤ちゃんを見たかったのです。でも、なんか異様に静かで、どんなにだだをこねても赤ちゃんは見せてもらえませんでした。

 かなりたってから私は知りました。亮二さんが、ダウン症という先天的な障害があること、その上、口唇口蓋裂もあること。難しい漢字ですね、こうしんこうがいれつと読みます。お母さんのお腹の中で上唇がうまく閉じなかったのだそうです。私の母が、生まれたばかりの亮二さんを毛布にくるんでお医者さんに走ったそうです。寒い寒い真夜中のことでした。

「もうこの子は死ぬんだな」

 そう母は思ったそうです。でも亮二さんは生きぬきました。

 赤ちゃんのときから何度も何度も手術をして痛かったですね。うまく発音できなくて、人に気持ちを伝えられないことがどんなに辛かっただろうと思います。

 ある日、幼稚園から帰ってきた私に、おばさんは言いました。

「かよちゃん、10円あげるからおっぱいすってくれる?」

 10円は魅力です。膝に座って口をつけました。でも、そのまずかったこと。頼まれても、もうできませんでした。亮二さんがうまくおっぱいが吸えないので、おばさんはお乳が張って苦しんでいたのです。

 

 それから、何年かたった冬、

「おばちゃん、亮ちゃん一年生やからこれあげる」

 その頃はもう別の家で暮らしていた亮二さんに、鉛筆をプレゼントしようと持って行ったのです。

「かよちゃん、亮ちゃんね、一年生になられへんの」

 そう言いながら涙をいっぱいためたおばさんを見て、私は不思議でたまりませんでした。6歳になれば、みんな小学校に入学すると思っていたからです。昭和54年に法律ができて、だれもが義務教育を受けられるようになるまで『就学猶予』(しゅうがくゆうよ、と読みます)という名で、学校へ入学させてもらえない子がたくさんいたのです。

 おばさんはものすごく運動しました。そして児童福祉施設の開園にこぎつけ、亮二さんは入園したのです。 

 そこで中学三年生までいろんな勉強をしたんですよね。友だちもできましたね。

 おばさんは、私がいつ行っても、バザーのための小物を作っていました。そしてその一つを必ずくれました。ミシンの前のおばさんしか思い出しません。施設の資金をお母さんたちが寄付していたのです。おばさんたちが動き回って、亮二さんは市の委託の仕事につきました。雪がちらついても、かんかん照りでも、公園の掃除をしました。休まずがんばったよね。

 

 私がお給料をもらうようになって、亮二さんとデイトした時のことを覚えていますか?お気に入りのゴジラの映画を見たあと、お寿司屋さんのカウンターに並んで座りました。握りが大好きな亮二さんに、ごちそうしようと思ったのです。上機嫌の亮二さんは、お品書きを指さして次々注文していきました。

『大トロ時価』『活きアワビ時価』『ウニ時価』

「亮ちゃん、ほらここから、こっちから選ぼうか?ね」

 そう言って、冷や汗をかきながら私は、かっぱ巻きだけを食べていました。

 

 大好きな和太鼓のサークルの発表会もありましたね。楽屋に花束を持って行くと、緊張した顔で、でも誇らしそうに受け取ってくれました。

 親戚で集まってあちこち旅行したのも楽しかったですね。そんなときは、本当に笑顔が輝いていました。

 

 おばさんが認知症になって、あんなに大切な亮二さんのことが分からなくなっているのがとてもつらいです。お兄さんたちがいつも心をくだいてくれましたね。

 亮二さんさんは、海からの風が気持ちよい明るい病室で、ひとまわり小さくなって黙って寝ていました。苦しかったでしょう。でも、お見舞いに行くと、にこっと笑ってくれましたね。

 二十歳まではとても生きられないといわれてきた亮二さん、六十四歳まで生き抜きました。

 亮二さんの棺にはゴジラの雑誌、フィギュアが乗っています。お兄さんによると結構レアなのだそうです。そして最後の音楽は、ほら大好きな『シン・ゴジラ』ですよ。おつかれさま。ゆっくり休んでくださいね。三年前に旅立ったお父さんが待っていてくれますよ。

さようなら。

かよ子


この本の内容は以上です。


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