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本編

 梅雨の時期、北の国だというのに雨の連日。梅雨はないというのは嘘なのかねと天を仰ぐ。ため息をつきに視線を下ろすと歩道のコンクリートの上に広がる緑の何か。

「忙しい主婦がブロッコリーでも落としたのかね。」

と不吉な笑いをこぼした。

 しかし、その緑の何かはブロッコリーではなかった。

 

 桜が散った時に、我も続こうと落ちた植物の種。その種が連日の天の水やりと真夏のような暑さに芽を出してしまったようだ。その絵はコンクリートの上に咲く緑の花。みようによれば苔。

「名の知れぬ種よ、お前が育つところはここではないし今でもない。梅雨のないこの土地の植物だろうが、私は君の名前を知らないし、まして君の種類も知らない。木なのか花なのか…」

ぶつくさと一人で地面に話しかける男。傍から見れば不思議な光景だろう。しかし、私もいま目の前に不思議な光景が広がっているのだ。周りなど気にならない。

 「連日の雨を恨め、私も連日雨にあたっている。君は芽が出るだけいいじゃないか。しかし未来への不安は一緒かもしれないな。」

何を思ったか、落ちたものに愚痴を言ってしまった。そろそろ行かないと遅刻してしまう。朝の忙しそうな車のタイヤが水を飛ばす音が、ふと耳に入って我に返る。

 

 「落ちた種 梅雨を恨みて 芽を出して」

国語の授業でももっとましな俳句を思いつくだろうという拙い俳句をつぶやき、足を進めようとしたとき、背後から声が聞こえた。

「いとおかし。君もこの地面も。」

振り向くと、そこには三十位の女性が飴玉を差し出していた。

「私にですか。」

「そうよ、疲れているときは甘いものよ。」

恐る恐るも飴を受け取り、軽くお辞儀した。その時傘の水滴が滝のように流れて目の前を通り過ぎた。

 この女性はまさか自分の行動を見ていたのか。自然に頬に熱を感じる。

「暑いですね、これ、ありがとうございます。」

平手を顔の前で左右に振った女性は少し笑った。私はそれに釣られた。

 軽い会釈を互いにしたあと少し同じ歩道を、地の緑を踏まないように歩き、緑がすっかり見えなくなった頃女性とはほかの道を歩き始めた。その頃には雨はいつの間にかやんでいた。

 もう雨は懲り懲りだと飴玉を口に放り込んだ。


この本の内容は以上です。


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