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阿里山にある台湾で一番高い所にあるもの

 

台湾で一番高い所にある郵便局
皆さん、どこにあると思いますか。
そうです。阿里山にある郵便局です。ここの郵便局は民国前四年前と言いますから、西暦1907年は明治40年にあたります。そしていま目の前にある建物は、まるで圓山ホテル風の豪華な造りで、とても郵便局には見えませんね。

 

 

 

阿里山には郵便局以外に学校やセブンイレブンも台湾で一番高い所にあるんです。
学校の名前は香林国民小学校と言い、標高が一番高い所にある阿里山唯一の小学校なのです

         

 

そしてセブンイレブンの入口前に標高2200メートルと書かれてありました。ここは観光地にあるためにおみやげ物が多く、絵はがきを買って向かい側にある郵便局から日本の家族や友達などに出したらきっと喜ばれますよ。

 

阿里山と言えば日の出が超人気。ホテルから朝早く出発するワゴン車に乗れば台湾最高峰の玉山が目の前に見えるスポットに案内してくれて日の出の写真がきれいにとれたら最高の思い出になりますよ。

 

 

 阿里山から見た玉山の日の出(2018年の年賀状に使用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


我が家の憲法

 我が家の憲法

  

今日本では憲法9条をめぐって護憲派、改憲派に分かれていろいろと論争がにぎやかですが、今日のテーマは台湾のある家庭で今もなお守られている憲法の話です。

 

 

あれは埔里に住む医師の陳慶祥先生と絹枝夫人(当時お二人は89歳)を訪ねた時のことです。奥さんはぼくと同じ山形出身で、何でも先生が戦前東京で学生生活をしていた頃知り合い結婚し終戦後先生が台湾に帰ることになり一緒についてきたとのこと。ぼくは奥さんと同県人だとわかって親近感を覚えたのでした。陳先生家族は3世代同居、即ち陳先生夫婦は日本語と台湾語、息子さん夫婦は台湾語、中国語、お孫さんは中国語と世代によって話す言葉が違います。こういうことは、陳さん家族だけでなく台湾の三世代家庭では珍しいことではありません。先生宅をお邪魔したが午後2時過ぎで、夕方近くになっておいとましようと思っているとお孫さんの「ただいま!」という元気のよい声。すかさず絹枝さんが「お帰りなさい!」と言ったので、
「お孫さんは日本語わかるんですか?」と聞いたら、
先生は、
「我が家では挨拶はすべて日本語で言うことにしている。
いわば我が家の憲法みたいなものだよ。朝起きたら『お早う』、食事の時は『いただきます』、食べ終わったら『ごちそうさま』、出かけるときは『行ってきます』、何か他人からしてもらったら『ありがとう』という風にね。
第一、声を聞いたら子供が元気かどうかわかるし、何よりもあいさつは生活の基本であり、我々が日本語教育を受けたので日本式にやっているだけだ。」と言われたのです。
陳先生夫妻は惜しいことに3年前に相次いで他界されてしまいましたが、この話がいつまでも耳朶に残っていて、昨日は憲法記念日で、皆さんにふと陳先生の家の憲法を話したくなった次第です。

 

 

 


虎尾三宝

 虎尾三宝

台湾が好きだと言ってもほとんどの人は虎尾に行ったことがないと思います。なぜ虎尾?にと、言えばここに日本時代からの建物があると知ったからです。台中から南下し斗六駅で下車し台西バス乗ること約半時間、虎尾の繁華街に着きました。虎尾三宝と呼ばれている目指す建物は降りたバス停の目の前にありました。

 

 

1 雲林布袋戲館(旧虎尾群役所)
「雲林布袋戲館」は日本統治時代の西洋建築の建物で、日本統治時代の建物が多く残る台湾ですが、このような建築が残されているのは稀です。こちらの前身は大正11年に落成した「虎尾郡役所」であり、昭和6年にはイギリスビクトリア時代の赤レンガ建築で増設しています。布袋戯とは、わかりやすく言えば指人形劇のこと。布袋戯の故郷と言われている雲林県では、布袋戯の普及を願い設立したそうです。建物の中には代表的な劇団の歴史などや布袋戯の人形などが展示してありました

  雲林故事館(虎尾郡守官邸)
こちらは布袋戯館の並びにあり、日本時代は虎尾郡守官邸だったところです。終戦後は雲林地方裁判所の官舎として使用され、2005年の全面的な改修を経て翌年2006年に雲林故事館としてニューリアルオープンし、当時の文化や生活が展示再現、文化イベント館として利用されているのです。

雲林故事館  http://www.ylstoryhouse.org.tw/index.php -3 旧虎尾合同庁舎(誠品書店&スターバック)
旧虎尾合同庁舎は昭和14年(1939年)に落成し、虎尾郡役所直属の派出所と消防組聯合事務所として使われ、2階は公会堂として使われていました。4階建ての建物で中央の塔の頂部には見晴台があり、虎尾の町を見渡すことができたため、糖廠の煙突、大崙脚水塔とともに虎尾の三大高層建築と称されていました。虎尾合同庁舎の建物は5階建ての高さで、かつては虎尾一の高さでした。これは
、当時電話がまだ発達していなかった時代、消防組がここから町を一望することで火事が起きた際すぐに出動できるようにしていたためです。

           現在、建物の右側がスタバ、左側が書店になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


幸福駅と合興駅

  幸福駅と合興駅

 

北海道帯広からの情報です。北海道にある「幸福駅」は縁起のよい名前を持つことから全国的に高い人気を誇り1987年に広尾線が廃線となった後も多くの観光客が訪れています。2008年には恋人の聖地にも選ばれました。一方の台湾、内湾線(新竹県)にある合興駅も無人駅、1960年ごろに男子高校生が、思いを寄せる女子高校生の乗った列車を同駅から走って追いかけたという話が有名になり、愛情駅と呼ばれるようになったそうです。そして廃駅の危機を乗り越え関係者の働きによって保存が決まり、今では「恋人の聖地」として有名観光地になっているとか。日台双方の恋人の聖地が201610月に姉妹駅になったのでした。

 

 

 

 

 

 

    

          (幸福駅)                        (台湾/内湾線にある合興駅)

 

  

友好駅協定が結ばれたことを記念して「合興駅が愛情駅と呼ばれているわけは?」とか「合興駅」についての詳細な説明文を書いた看板が幸福駅舎の前にある二両の列車内に展示してあります。しかし幸福駅を見に来た観光客はここで記念写真を撮ったり、トイレに行ったり、お土産屋を覗いたりして限られた時間内でわざわざ列車内に入って何があるか見てみようなどとする人は少ないのです。事前にガイドさんから「列車内に日本と台湾の二つの駅が友好協定を結んだときの紹介があるよ。」とでも事前に案内があればいいのですが-------。また観光客の目につくような場所に友好駅協定の看板を置いてくれたらもっと台湾のPRになると思います

 

一部の人の中には「市は中国の都市とも姉妹都市になっているので台湾の駅と協定を結んだことは人目につかない所においているんだよ。でも、どこと友好協定を結ぶのかは自由であり、いちいち中国に気兼ねをする必要はないのでは」と思っている人もいるのです。

 

 こんな小さな駅にも中国の意向が働いているのでしょうか。幸福の文字が色あせて見えてきますね。

 

 

 

 

 

 


台北市広報雑誌『TAIPEI』

 台北市広報雑誌『TAIPEI』

 

 日知人の書道家である渡辺さんが個展を開いている国父記念館に訪れた時のことです。そこ台北市発刊の広報機関紙『TAIPEI』が置いてありました。ここ台湾で一冊の本がすべて日本語で書かれている広報機関紙を手にするのは初めてであり、何気なくページをめくっていると、何と知り合いの人の紹介記事が載っていたのです。どんなふうに紹介されているのか興味深く読みました。以下はその内容です。

 



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