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見えない世界

 

「 "リー(小鳥)"ちゃん、あのね・・」

「 ぁあ?」

声を掛けて来た"葵"に、乱暴に答えた"小鳥"が冷たい視線を向ける。

「 やっぱり3万円じゃ、どうやっても足りないんだけど・・」
 
「 はっ?」

「 あのね、食材の他にも色々と買わなきゃならんし、3万円じゃ無理なんだって・・」

「 だったらおまんも酒とたばこを我慢すればいいら!」

「 ・・・」

"葵"が黙り込む。

「 おい、何とか言えよ・・」

「 ・・・」

「 おい、聞いてるだかぁ!」

「 ・・・」

「 おまんは散々ひとに我慢させておいてなぁ、それでテメェの酒だのたばこは我慢出来ませんじゃぁ、俺がいくら働いたって足りる訳がねぇらぁ!」

「 ・・・」

「 おい!、何とか言えや!」

「 おい!」

「 ・・・」

俯いたままの"葵"の頬を涙が走る。

「 おい!」

「 おいっ!」

「 おいって!」

"小鳥"がまくし立てる様に怒声を浴びせても、

「 ・・・」

動作を止めた"葵"は何も言わない。
 
次第に不自然に思えて来た"小鳥"は、

「 おい!」

と"葵"の肩を突いた。

" ストンッ "

"葵"の上体が見事に後ろに倒れる。

( あれっ?)

宙を見上げた"葵"の表情に生気が無い。何かがおかしい。"小鳥"は急に焦りを覚えた。
 
とその時、

"葵"は突然起き上がり、

" ダダダダダ・・"

物凄い勢いで玄関を飛び出していた。
 
 

異次元

 

( どうせまた・・)

しばらくすれば電話が掛かって来る事を予想し、特に慌てる事も無く、茶の間で呆然とテレビを眺める。

( ん?)

しばらくして思う。今回は今までとは何かが違う。
 
一体何が違うのか、その違和感の根拠を探す。
 
目に止まったのは"葵"のバック。
 
今までならば、必ず一緒に消えていたはずである。

(・・・)

"葵"がそれを持たずに飛び出したという事は、中に入っている化粧ポーチや財布、カギ、携帯電話も持っていないという事になる。

( え?)

そして更に気付く。

( そう言えば、車のエンジン音がしていない・・)

"葵"が車を使わずに向かう場所などあるだろうか。

(・・・)

"小鳥"はここでようやく、今回のこの出来事が今までとは明らかに違う事を受け入れざるを得なかった。
 
 

捜索

 

たばこに火を付ける。

( ふぅ~ )

白く浮かび上がる煙の行方に目を向けながら、何とか落ち着こうと試みる。
 
だが、

(・・・)

次の瞬間には玄関を飛び出していた。
 
駐車場には車が止まっている。
 
ならば徒歩しかない。

( どっちだ・・)

勘だけを頼りにいつもの散歩コースであるアパートの北側の通りへと向かった。

"葵"を探しながら桃畑とを仕切る様に続く道を急ぎ足で進むと、あっという間に大通りへと出ていた。

( 何処に行っちまったズラか・・)

大通りを右に進み、アパートの南側を走る20号バイパスまで出る。その歩道から周囲に目を向けて"葵"を探す。見つからない。

気付けば周辺を大きく一周する形でアパートへと戻っていた。

(・・・)

一旦部屋に入り、携帯の着信履歴を調べる。

(・・・)

当然の事ながら"葵"からの着信は無い。すると、すぐ傍から"葵"の携帯が音を出す。鳴らしているのは"小鳥"である。

「 何だよ畜生!」

力尽きる様にその場に座り込んだ。
 
 

あたふた

 

過ぎて行く時間の一秒が、これ程までに脅迫的な事があったろうか?

こうしてる間にも、"葵"がどんどんと遠くに行ってしまう様な気がして来るのに、何処を目指して追い掛ければ良いのかがわからない。自分以外の時を止めてしまいたいと切に願うも、それが不可能である事をかろうじて忘れていない。

( 落ち着け、落ち着け・・)

力尽きている暇など無いと気付くのは早かった。

当てずっぽうで走り回った所で、"葵"を見つけなければ意味が無い。

( 車はある・・ 携帯も財布もある・・)

誰かと連絡を取る事もコンビニに買い物に入る事も出来ないとなれば、一人でさ迷う事が妥当な訳だが、周辺の道路からは"葵"を見つける事は出来なかった。

ならばこの短時間で遥か遠くまで行ってしまったのか?

( いや、それはない・・)

" 灯台下暗し "

( もしかして・・)

"葵"がごく近くで身を潜めているだけなのかもしれないと思い付く。
 
 

奇怪な様

 

玄関を出て辺りを見回した"小鳥"は、二階建てのアパートの端に設けてある階段に向かって歩き出していた。

そこに"葵"が座り込んでいる可能性を感じたのである。

しかし、

( いねぇか・・)

そして、駐車場の外灯が届かない暗がりを次々と探してはみたものの、

「 はぁ~」

結局アパートを一周してしまうと、的を絞った捜索に焦りを覚えた。
 
駐車場には変わらず車が止まったままである。そこに目を向けて思う。
 
( いっそ車で探しに行くか )
 
しかし、暗がりで身を潜めている"葵"が最有力な現実だと強く予想している手前、車道から"葵"を捜索する決断が出来ない。

「 一体どこに行っちまったんだよ・・」

投げやりに再び玄関を開けてアパートの中を覗き、"葵"の気配が無い事をそれ程驚く事も無く確認して振り返る。
 
その時だった。

( ん?)

駐車場に止まる車の後ろに、横たわる人の足がはみ出している。

「 "イー(葵)"ちゃん!」

咄嗟に駆け寄った"小鳥"が目にしたものは、とても普通とは思えない"葵"の姿だった。
 
 


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