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第5章 エヴァンゲリオン(福音)

 前回の、

 

 (1)今ここに、再び臨む

 (2)第一の福音

 

 に引き続き、

 

 (3)第二の福音

 (4)第三の福音

 

 をお送りいたします。


(3)第二の福音

常にキリストの体に乗っているという福音

 

 次に、第二の福音を告げるとしよう。
 それは、あなたが常に、
 この「再臨のキリスト」の体に乗っている、
 という事実である。

 

 それが爪先であるか、踝であるか、
 腰であるか、背であるか、
 胸であるか、首筋であるかは分からない。
 いずれにしても、
 それは私の体のどこかではある。

 

 だからあなたは、いついかなる時、
 どんな時であっても、
 キリストから離れた場所――すなわち、
 孤独な虚空を、さまよっている訳ではない。

 

 私は羊飼い(イエス)のように、
 自分からはぐれてしまった羊たちを、
 遠い場所まで探しにいく必要すらない。


 なぜなら私は、
 つねにあなたの地面であり、
 あなたの山であり、川であり、海であり、
 どっしりと地に根付いた、
 あなたのための、
 太くて固い梯子だからである。

 

 あなたは、私の体を踏みしめ、
 私の体を掴んで握りしめ、
 そうして私の体をよじ登ればよい。
 あなたの手も足も、決して、私の体から、
 滑り落ちることはないだろう。

 

 万一、足を踏み外したと思っても、
 その時には、よく下を見てみるがいい。
 そこにはしっかと、
 私の足の甲があるだろう。

 その時あなたは、
 まだ私の足の甲に乗っているのだ。

 

 私の足は、
 どんな人間の闇よりも深いところに、
 その足の裏を置いている。
 よって、いかなる人間も、
 私より低い場所まで、
 落ちることは出来ない。
 私はどこまでもあなたを支える、
 下の下なる地面であり、地平である。

 

 それが分かったならば、
 次には、あなたは上を見上げてみよ。
 そこには、私の体の頂が、
 はるかなる上空まで聳えていることだろう。

 その頭の髪先は、
 赤い暁の光源にさえ触れて、
 まぶしく輝いていることだろう。

 

 すなわち、私の体は、
 誰よりも低きを穿ち、
 誰よりも高くを摩しているのだ。
 だからこそ、あなたは、
 いついかなる時にも、私の体を、
 その手足で触れていられるのである。


 だから寂しがってはならない。
 向上することを諦めてはならない。
 私の体という「道」は、
 全く途切れていないのだから。

 

 あなたの人生も、ときに、
 暗澹たる雲に覆われる時があるだろう。
 その時あなたは、自分の人生が、
 神の救いから、完全に切り離されていると、
 そのように泣き嘆くかもしれない。

 

 しかし、そのような時にこそ、
 あなたは、この第二の福音を思い出して、
 その心に、
 安心と温かみとを取り戻しなさい。


 いたずらに寂しさを育んで、
 あまつさえ、その寂しさを、
 人への恨みになど、変えてはならない。

 

 なぜなら、今もあなたは、永劫にあなたは、
 キリストの体に乗って暮らしているからである。
 わたしは常に、
 あなたと共にあるからである。
 これが第二の福音である。


(4)第三の福音

終末を転換に変える福音

 

 三つ目の福音は、明らかに、
 第一、 第二の福音よりも重大である。

 

 あなたは、この『最後の審判』の中で、
 キリスト教の終末を告げられたことを、
 ある種の物悲しさをもって、
 眺めたことだろう。

 

 しかり。何かが終わることは、
 それが何であれ、寂しいことである。
 私自身もまた、
 大きな寂しさとともに、長い間、
 キリスト教の終焉について考えてきた。

 

 しかしだ。いつしか私は、
 アルファでありオメガである者は、

 また、
 オメガでありアルファであることに、
 思い至った。つまり、
 始まりであり、終わりである者は、

 また、
 終わりであり、初めであることに、
 気がついたのだ。

 

 とすれば、私の役割は、
 純粋なる「終末の告知者」ではなく、
 その終末を、
 新たなる時代の幕開けに結びつける、
 一つの「転換」であることになる。

 

 むろん、この『最後の審判』においては、
 私は、自分がキリスト教の完成者であり、
 その幕引き役であることを、
 いさぎよく受け容れよう。
 そして、多くのクリスチャンと共に、
 一つの宗教が終わりを迎えるにあたっての、
 暗くて寂しい挽歌を歌うとしよう。

 

 しかし、次の福音書においては、
 私は、あなたと共に、
 高らかなる「始まりの音楽」を奏しよう。
 爽やかな朝に、小鳥たちがさえずるように、
 心からの、喜びの交響楽を、
 そこで奏でることにしよう。

 

 なぜなら、そこで語られることは、
 あなたにとって、
 最大級の福音となるだろうからだ。

 

 いや、もしかしたら、
 それが福音であることを、あなたは、
 しばらくの間、理解できないかもしれない。
 それはクリスチャンにとって、
 実に驚くべき福音であるからだ。
 しばらくの間、あなたにとって、
 それは単なる、
 "とまどい"でしかないかもしれない。

 

 だが、それはいつでもそうなのだ。
 大切であれば大切なほど、
 その真なる意味を知るまでには、
 長い長い時間の経過を、
 必要とするものなのだ。

 

 だから私も臆すまい、
 あなたから理解されないことを。
 それほどにも重大な、
 驚くべき福音を告げることを。
 インターレグナムという、
 転換の福音を告げることを。

 

 その福音が語られる瞬間も、
 いまや間近に迫っている。
 あなたは、ほんの少しだけ待たれよ。
 決して、長らく待たせたりはしない。
 これをもって、
 第三の福音とする。
 
 
 


 

 


既刊作品のご案内

 第5章 エヴァンゲリオン は、今回で終了です。次回からは、第6章 終末の徴 をお送りします

 

 既刊作品の紹介をします。

 

 再臨のキリストによる第六福音書

 テロス第ニ

 

 本書『最後の審判』の原書である。

 当然内容は、本書と軌を一にしているし、文章の完成度は、本書よりもずっと低い。読者にとって、読みづらい作品ではあるだろう。

 しかし、ところどころ本書と異なったことを述べているところもあり、その点で読む価値がないとも言いきれない。

 強いて勧めはしないが、読んでも損はないだろう。

 

 


奥付



【2018-06-15】最後の審判


http://p.booklog.jp/book/122442


著者 : 正道
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/seidou1717/profile


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