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六章

得に相手には趣味がなく、宝石の原石のような状態なので今後育てるためにいくつか見えない縛りを作ろうと思い、次の日車の洗車を手伝ってもらうことにした。

 

ボディを傷つけられたくないのでホイールを磨いてもらうのと水洗いした後のブロアをかけてもらうことにした。

個人的にはホイールが一番めんどうなので本当に助かった。

 

そして終えた後も感謝の気持ちをたくさん述べて褒めてあげ、報酬はとくに与えなかった。

ここでのミソが、何か物を頼んだ時に無報酬の時と報酬があるときでは全然違うことを説明したい。

 

 

例えばこの後にジュースを買ってあげるとすると、報酬の為に手伝ったという意識が強くなる。

しかしジュールを買ってあげずに感謝の気持ちを述べると私の為に手伝ったという意識になる。

 

これは依存を産むうえでとても大切なことで、報酬をあげてはいけないわけではないが、心理的に立証されていることで「投資したものには価値を見出す傾向がある」ということで、私はなにもしなかった。

相手は喉が渇き、コンビニによりたいといい、コンビニの外で待っていると私の分のジュースを訪ねてきて、買ってきてくれた。

 

その後に「久しぶりに充実してる一日だ」と漏らしていた。

それは洗車による時間と労力の投資で自分が必要とされているという実感からだったのだろうと私は思っている。

 

 


七章

その日は休みで次の日は昼過ぎから相手が仕事だったので、また泊まらせることにした。

 

 

時間を多く取ることで依存を高める。

 

その日はDVDを見て、感受性を豊かにし、お互いについて話したりしたあとに、また一緒に寝てすごした。

 

一つの部屋にこもり切ることでお互いの存在をなくてはならないものにする、外界からの情報を遮断し、視野を狭くさせた。

 

案の定、次の日の朝、それまで頑張っていた、仕事を休みたいと言い出し、

遅刻していった。

 

田舎の地方には娯楽がすくないのでこのように短時間ではまる子が多いと思う。

 

 

私の理想はこれから相手の使うところのないお金を徴収し、そのうち風俗で働いてもらい、そのお金も私の為に稼ぐような関係になるように育てていきたい。

 

第三者から見るとひどいことなのだが、これはいいことなのである。

 

趣味や自身の存在価値を見出せないものに、信じるものを与えることは幸せなのだ。

 

いってみれば宗教と同じであり、それで救われるひとがいればそれはみんなが幸せなのだ。

 

 

幸せの在り方とは心を平静に保つことであり、信じたいものがないよりもずっと強く、そして充実感を得た生き方だと私は思っている。

 

 

 

 


八章

時間にしてこれを書くのは1時間で読み直しも何もしていないので誤字脱字や、内容の飛びがあるかもしれないが、無料なのでまあこんなことがある世の中だよというくらいで受け取ってほしい。

 

 

 

これからは事を終えてできるだけ記憶の新しいうちに書いていこうと思う。

 

 

 

今後も私の信者を増やして女には働いてもらって支え合っていけるような相手を増やしていきたいと思う。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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