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淡いベージュの大理石の回廊を奥に進むと、ドーム天井の小部屋の中央に、漆黒の布に包まれ、花と十字架で装飾されたが、ステンレスの台車に乗せられ鎮座しています。

同僚の牧師が聖書を朗読し祈りを捧げ、列席する全員で賛美歌を斉唱します。

職員に促され、棺に続いて広いホールに入ると、壁の一面にエレベーターの入り口のような鉄の扉が並んでいます。

電動の台車を操作して、棺を鉄の扉と直角に配置、扉の横の四角い釦を静かに押すと、扉の周りのLEDランプが点灯して、自動扉が上にスライドします。白い耐火煉瓦に覆われた、細長い小部屋が現れます。

台車のロックを外し、小部屋の中の架台に棺をスライドさせると、再び釦を押して扉を閉めます。

「それでは、ご親族代表の方・・・こちらのキーをお願いいたします。」

列席者の祈りの中を、黒いベールに顔を覆った小柄な女性が、静かに進み出ます。

職員から、小さなメタルタグの付いた鍵を受け取ると、眼の前の鍵穴に差し込み右に回します。

嗚咽と共に、絞り出すような低い声で、「お父さん―――。」

凝視した鍵穴の形が、泪で歪み、同時に周囲の露出が一気に落ちて体がゆっくりと傾き・・・廻りの列席者に抱きかかえられたその耳は、焼却炉に火が入った低い響きを、確かに捉えていました。

 

黒木玲子が父親の葬儀を終え、喪が明けて警視庁の業務に復帰したのは、一週間後のことでした。蝉の声もつくつく法師が優勢となり、長い夏も終わりを告げようとしていました。

「大変だったな、もう大丈夫なのか?」

捜査一課長の柴田が心配そうな顔で尋ねます。

「はい、親一人子一人で他に身寄りもありませんし、付き合いは教会の牧師さん達だけですから、身の回りの整理に煩わされることもありませんので・・・。」

「―――君は、確か養女?お父さんとは血の繋がりは無いんだったよな。」

「ええ、私の出自が分からないものですから・・・子供の頃に縁を頂いて、今まで育てて貰いました。」

「出自が分からないって・・・記憶が無いのか?」

「はい・・・。」

「じゃ、亡くなったお父さんが唯一の身内で、此れからは天涯孤独な身の上になる訳だ・・・。」

「―――まあ、辛いだろうがこんな時は一心不乱仕事に精を出すことだ。そのうち必ず、嫌でも拘ってくる仲間が出来る、やがてその中から生涯を共にする身内も出来るだろう・・・今が踏ん張り時だ。」

「―――有り難うございます。」

「今はどの事案を担当してる?」

「特に、担当事案はありません、専ら女性被疑者の尋問と裏付け捜査です。」

「君に部下を一人付けよう。」

柴田が内線TELのボタンを押して一言呟くと、オドオドした表情で若い婦人警官が、一課長室に入ってきました。

「―――紹介する、白河笑子君だ。」

白河笑子の第一印象は、宛らゴム毬のイメージです。

健康的な小麦色の肌が、夏制服の半袖から溢れ出るようです。

目鼻立ちのハッキリしたキュートな小顔も、やはり小麦色に輝いています。

内圧が高く体の何処にも窪みが無いような・・・それでいて筋肉の引き締まった、東京オリンピックで銀メダルを取った日本の女子体操選手のような 、そんなフィジカルの強い印象を玲子に与えました。

「白河君は沖縄出身だ、警察学校の武術系科目はダントツ一位だから、座学系一位の君とは馬が合うんじゃないかと思う。配属されたばかりだから、色々教えてやってくれ。君と白河君とで、捜査一課女性犯罪専従班とする。被疑者が女性の事案に関して、主導して捜査に当たってほしい。以上だ!」

 

「さっきの一課長の話、セクハラじゃないんですか?」

「―――どうして?」

「女性犯罪の専従班に、女性捜査官を充てるって云うのは―――。」

「業務を差別しないってことが基本だけど、男女の差が歴然と存在するのも事実よ、男は女子トイレや更衣室に入れないだろうし、メイクアップのディテールはあの年代の殿方には難解でしょう。」

「私、滅多に化粧しませんけど・・・。」

「―――どうして?あなた小顔で目鼻立ちも確りしているから、本腰入れて綺麗にすれば、モテるんじゃないの?」

「男に媚を売るのが、嫌なんです!」

振り返った顔に微笑みを湛えて、「 “笑ちゃん” って呼んでいいかな?―――私達気が合いそうね、一課長の云う意味じゃないけど。」

「―――でもね、女性被疑者の犯罪動機の大半は男絡みなの。女の醜さの本質は、みんな男性に起因するものよ。男さえ絡まなければ、彼女たち素直で穏やかなものなの。」

エレベーターを1階のロビーで降ります。

「あれ?地階の駐車場じゃないんですか?さっきパトロールだって―――。」 


警視庁桜田門のエントランスから、直ぐ下の東京メトロ有楽町線の電車に乗り込みます。

「今日は、地下鉄のパトロール。鉄道警察隊から支援要請を受けてるの、女性専用車で原因不明の感電事故が続いてるって、車両や設備の問題じゃないみたい、何か作為的なものを感じるって担当の警察隊員から連絡があったわ。」

銀座線に乗り換えて、東上野の東京メトロ本社に向かいます。

対応に現れた業務課の担当者は、すらりとした長身の女性でした。

「まず、車内防犯カメラの映像をご覧になってください、後で車両課の者が説明いたします。」

案内された小部屋には大きなモニターが準備され、女性担当者のタブレット操作で、9つに分かれたマルチスクリーンで防犯カメラの再生が始りました。

夕刻の帰宅時間帯で、車内はかなり混んでいます。

「マルチスクリーンの画面一つが、一両に9つあるカメラの映像に対応しています。」

背後から、車両担当と云う中年の男性社員が説明します。

車体の揺れに応じて、一体で揺れていた通勤客の塊が、急にバラバラに散開します。引き攣った人々の顔が映し出され、よく見ると数人が床に蹲っています。

「音が拾えませんので映像だけですが、この時点で客室内は人々の悲鳴で騒然としていたようです。」

「車両設備の漏電等じゃないというのは―――?」

「東京メトロの車両は、架線又は第三軌条からパンタグラフ或いはコレクターシューを経由して集電されますが、当然ながら客室は完全に絶縁されています。これは、適用される諸法令にも規定され、完成検査時及び定期検査時の最も重要な検査項目で・・・。」

「漏電の痕跡は無かったわけですね―――?」

「ありません!感電の被害を訴えられたお客様は、この時5名でしたが、次の停車駅で暫らくお休みいただき、体調に支障が無いのでそのままご帰宅頂きました。もし仮に車両設備からの漏電だとしますと、電圧・電流の関係上とてもこの程度では済みません・・・。」

「頻発しているって訊きましたが、どの程度?」

女性担当者が自分のタブレットを操作しながら、「ここ2か月で17件発生しています。何れも朝夕の通勤時間帯、東京メトロ9路線の内の4路線、銀座線・丸ノ内線・有楽町線・日比谷線で発生しています。」

「週2件以上ですわね、17件の感電事故発生時の映像をご提出いただけますか?専門の部署で解析してみます。」

 

夕刻の帰宅時間になるのを待って、女性担当者と共に、混雑する銀座線の女性専用車に乗車します。帰宅を急ぐOL達が、吊皮やステンレスの手摺棒に身を預けながら、一心にスマホを操作しています。

一日の業務を終え、どの顔も一様に疲労の色を醸し出してはいますが、他の車両と違い、場を憚らない大声や喧騒とは別世界の、穏やかで仄々とした優しい空気が車内を満たしていました。

「防犯カメラの設置で、痴漢被害はだいぶ減ったんでしょうね。」

玲子が小声で尋ねます。

「設置直後は、劇的に減りましたが、最近また増えています。」

「でも、この車両では皆無でしょ?」

笑子がドヤ顔で確認します。

「―――それが、他の一般車両より件数が増えてるんです。」

「―――どういうことですか?」

「殆どが、女装した男性の迷惑行為なんですが・・・完全に男性を締め出すことは、法規上できませんので・・・ただ最近は、女性が女性に対して行う事案が増えているんですよ。」

その瞬間、信じられないと云った表情で3人の視線が合い、周りを気にしながら、お互いの頬を僅かに赤らめます。

赤坂見附で丸ノ内線に乗り換え、銀座で日比谷線に乗り換えて、東上野の東京メトロ本社へと戻ります。

 

桜田門に帰庁した玲子は、提出してもらった防犯カメラの映像をパソコンに読み込ませながら、「鑑識に持って行っても相手にされないだろうから、私達だけで解析するわよ。取りあえず、17件の映像に同じ人物が映っていないか確認しないと・・・。」

「―――もう終わってますよ先輩。私のスマホにダウンロードして顔照合アプリでさっき確認しました。17件に共通して登場する人物は3名だけです、本部のデーターベースとリンクさせて前科があるか確認中です。」

「あなた、意外と手際がいいのね。―――この3人?」

プリンターから出力された、解像度の低い顔写真を見ながら呟きます。

「エッジを強調してもう少し見やすく出来ますけど・・・。」

「明日、東京メトロにこの3人の顔を照会してみて。駅のカメラでどの改札を通ったか分かる筈よ、もう遅いから今日はこれで上がりましょ。ふたりの初仕事だから、近くのレストランで食事しない?奢るわよ・・・。」

「―――ガッテンだ!」


次の朝、ふたりは再び有楽町線の女性専用車の中にいました。

通勤ピークの時刻でしたが、車内の混雑は思ったほどでもなく、楽に会話が交わせます。

日焼け防止の為か上下黒づくめで、体の線のハッキリ分かるTシャツとレギンス、長いアームカバーとサングラスを纏った女が、ひとりドアの脇に立って目立ちます。

「あなた、お酒強いのねぇ。でも、あんなふうになると思ってもみなかったわ・・・。」

「御免なさい!警察学校では飲めなかったもんですから・・・つい。」

「完全に眼が据わってたわよ、怖かった、まるで奈良の東大寺の広目天・・・。」

「―――何ですかそれ?」

昨夜レストランの食事の後、ふたりは玲子の部屋で飲み直したのです。

男も女も三十半ば過ぎまで独身を通せば、身の回りの嗜好が男女の隔てなく類似してきて、若い男なり女なりを自分の部屋に連れ込んで話をしたいという願望には、共通の切実さがあります。

特に女性の場合、従属意識によって罪悪感が無く、世間の評価によって自らが破綻するのも稀で、昨夜の玲子の場合、相手が偶々笑子と云う同性だっただけで、若い娘に深夜酒を飲ませ本性を吐露させて面白がるのは、褒められた行為ではないのですが。

「―――3回くらい、無理やりキスされたわよ。」

「覚えてない~御免なさい~。」

 

電車が都心に近付くに連れて車内は混雑してきます。

連結部分に近い車端に押し込められたふたりは、ステンレスの手摺に掴まって向かい合い、身長差の関係で、玲子の視線が丁度笑子の唇の辺りに揃います。

淡い小麦色の頬と、南方系鱈子唇に鮮やかなオレンジのルージュが健康的で、ポイント通過の横揺れをいいことに、よろけて互いの胸を密着させた途端、若々しい二つの膨らみが着衣を透して玲子の鼓動を高めます。

窓の外が明るくなって、池袋のホームに滑り込んだその時でした!

手摺から強い電撃を受けてふたりとも思わず身を縮めます、甲高い女性たちの悲鳴が錯綜し、騒然とした車内にいきなり急ブレーキが掛かり、乗客全員前方へ倒れ込みます。

耳障りな摩擦音を残して停止し、ドアが開いた車両から、乗客が次々避難します。

前の乗客を押し倒す様にして、ドアの脇に立っていた女が駆け出しました。

「笑ちゃん、あの黒づくめの女!」

「分かりました、追いかけます!」

ホームを走り去る女の反対方向から、血相を変えた駅員が担架を抱えて駆けつけてきました。

 

「あの女、顔照合でピックアップされた3人の内のひとりです、間違いありません!」

地上出入り口付近で女を見失った笑子が、息を切らせながらホームに帰ってきました。

「サングラス外した顔、見たの?」

「見ました、顔の特徴、目に焼き付けました!さっき入った東京メトロからのメールによると、専らこの駅で改札を出入りしているようです。」

「池袋だけ?」

「―――専ら池袋駅だそうです。」

「変ねぇ、普通、出発駅と到着駅が有りそうなものじゃない?兎も角、地上に出て、駅周辺を歩いてみない?」

ウィークデーの早朝、駅周辺はまだ通勤ラッシュで混雑していました。

ひと際背が高いサンシャイン60が、蒼く霞んで遠望されます。交差点の反対側に、巨大な立体駐車場があって、今その際から、二人乗りのバイクが爆音を立てながら急加速で飛び出してきます。直後に一台の白バイが、サイレンを鳴らして追いかけます。喧騒絶えないターミナル駅の、日常です。

 

桜田門に帰ってくると、「あの女、警視庁の前科者リストには載ってないようです。顔照合された他の二人についても連絡がありました、東京メトロが女性専用車の利用状況調査の為に委託した、調査会社のアルバイト員のようです。」

「東京メトロは今朝の事故について・・・?」

「重症が5人、軽傷は70人以上になるそうです。殆どが急ブレーキによる転倒に伴うものですが、運転士は非常制動を掛けた記憶が無いと云ってますので、車内での原因不明の放電により、車両の電子部品が影響を受けた可能性があるとしています。」

若い刑事が黒い女物の手提バックを持ってふたりのブース(女性犯罪専従班)にやってきました。

「池袋駅の事故の直後に、接収されたバックです。交通課から廻ってきたんですが、黒木さんの件に関係あるかと思って・・・。」

「―――どうしたの?」

「バイクに乗った二人組の引ったくりなんですよ、白バイが追いかけて現行犯逮捕です。」

「―――あの時のバイク!」

笑子が大声を上げます。


―――持ち主は?」

「それが分からないんですよ。被疑者を連行して、引ったくり現場に引き返すと、既にいなかったようです。白バイ隊員によるとメッシュジャケットにタイトなパンツの女性だそうです。そんなに若くはなかったと云ってます。」

バッグを開けると、黒いTシャツとレギンス、長いアームカバーが出てきました。 

「あの女です!トイレか何処かで着替えたんだ。」

「ちょっと待って、この生地何か変じゃない?ほら、金属の線が織り込んであるわよ・・・。」

「Tシャツとレギンスと云うか、みんな繋がっていますよ。アームカバーを含めて、女性用のタイトなツナギですねこれは。」

若い刑事が全体を持ち上げて、拡げて見せます。

「腰のところに、USBコネクタみたいなのがありますよ・・・。」

「笑ちゃん、科捜研に持って行って調べて貰って。少なくとも朝っぱらから、いい年した女が電車の中に着てくる衣装じゃないわね。」

 

警視庁は池袋駅の事故を受け、更なる重大事故に繋がりかねない悪質な悪戯として、管内特別事案に格上げし、防犯カメラの顔写真を捜査員全員に配布して、刑事部の本腰を入れて捜査することとなりました。

「―――前科者リストには無かったって云ってたわね。」

玲子と笑子のブースの周りに、様々な捜査資料が積み重なってきました、宛ら当該事案の捜査本部のようでもあります。

「別の視点からもう一度調べてみて・・・例えば、前科者の家族とか同僚とか・・・。」

「膨大な数ですよ、プライバシーの問題で、データーベースに上げられてない関係者もあるでしょうし・・・。」

「通勤電車内の犯罪に限定してみましょう・・・スリに喧嘩、置き引きに・・・。」

「―――痴漢!」ふたりが声を揃えました。

暫らくパソコンを操作していた笑子が、急に回転椅子から飛び上がって、「痴漢でヒットしました、あの女です!」

 

「内田侚子、現在所在不明ですが、5年前に夫が東京都迷惑防止条例で起訴されています。冤罪を訴えて、2審まで争ったものですから、裁判傍聴時の顔写真が保存されていました。」

「裁判はどうなったの?」

「2審で有罪判決です。最高裁に上告中に被告が亡くなっています、保釈中の自殺のようです。」

「東京メトロでの痴漢行為?」

笑子が頷きながら、「現行犯逮捕だったようです。」

「よし!その女性と旦那の事件について、詳しく調べてみましょ。」

 

内田侚子の夫を逮捕した鉄道警察隊員は、JR新宿駅分駐所に所属していました。

「現行犯逮捕の理由ですか?―――被害者の周りに、男は被告しかいなかったからです。」

「―――証明できる根拠があるんですか?」

「あの電車が、東京メトロの防犯カメラ設置第一号だったんです。映像は裁判に証拠提出されています。」

「被告が、被害者の体に触る映像?」

「行為そのものは写っていませんが、被告以外の男性が周囲に一人もいなかったことは、映像で証明されました。」

「東京メトロのどの線ですか?」

「有楽町線です、当時池袋駅駐在でしたので、私が逮捕しました。」

 

「有罪判決の決め手となった物証は、被告人の手に付着した、膣液だそうです。DNA鑑定で被害者のものと認定されています。」

新宿駅近くの駐車場に停めた警察車両の中です。刑事確定記録のダウンロード許可が下りて、笑子がタブレットで確認しています。

「被告はそれについてどう云ってるの?」

「池袋で下車するときに、誰かに手を掴まれたって主張しています。下車したドアの正面に、さっきの隊員が警備していて、被害者の訴えによって任意同行を求めたようです。」

「防犯カメラの映像を確認したのは?」

「東京メトロのシステムは、詰め所で常時モニターできるようになっていまして、そのまま現行犯逮捕されたようです。」

「関係者周辺に、強い固定観念がありそうね・・・。」

「そうです!女の体には、女だって興味があるんです!」

言葉の背後に切実なものを感じて、一歩引く玲子でした。

 

内田侚子の出身地は仙台でした。中学、高校と地元の学校を卒業し、地元の4年制大学に入学しています。

「ごく普通の女子高生でしたよ、成績も中位でしたから、よくあの大学に受かったものだと、当時は感心したものです。旦那さんとは、大学で知り合ったと訊いています。あんな不幸なことになるとはねぇ・・・気の毒です。」

担任だったという高校教師は、薄い頭の汗を拭きながら、昔を思い出しつつ話してくれました。


「内田にはひとつ他人にない特技がありましてね、女子高生たちが手を繋いで輪になるじゃないですか、その中に入って一心に念じると、繋いだお互いの手がビリビリ痛くなるんです、最後には耐えきれなくて悲鳴を挙げて手を離すんですが・・・まるで静電気の実験のようでしたね。」

「そう云えば或る日、物理実験室でバンデグラフ起電機を内田に操作させたんです。モーターのスイッチを入れた途端、内田の体から部屋中にスパークが飛び交いましてね、慌てて電源コンセントを抜いたこともありました。静電気を大量に蓄える特殊体質と云うんですか、小さい頃はそれで随分苛められたこともあったと訊いています。」

 

仙台から帰庁すると、科捜研から来訪を促すメールが届いていました。

別棟に在るラボに出向くと、「―――まあ、得体の知れん物を持ち込んでくれましたね。何処で見つけたんですか?」

困りきった様子で、担当の研究員が対応してくれました。

「地下鉄の放電事故に関係している可能性のある、接収品です。」

「簡単に云いますと、衣類の形をした大型のコンデンサ。生地に織り込まれた細いアルミ線のネットに、電気を蓄えたり放電したりする為の装置、と云うところでしょうか・・・キャパシタとも云います。」

「USBコネクタのようなものは?」

「其処に、電源を繋ぐんだと思います。携帯できる小さな電池でも、時間を掛ければかなりの電荷を印加できると思います。」

「これを、人が着たらどうなります?」

「どうもなりません・・・高電圧・微電流ですから、多少皮膚がチリチリする程度です。」

そこで、仙台で訊いた内田侚子の話をすると、「もし、そんな人間がいるなら・・・この装置は静電ブースターとして作用するかもしれません。」

「―――静電ブースター?」

「一般にコンデンサは電気回路内で受動素子としての動作しかしません。電荷の増幅や整流と云った利得を伴う能動素子の働きはしないのですが・・・もしその女性が、素肌にこの装置を装着すれば、皮膚の表面に蓄えた電荷の、何倍もの静電エネルギーを一気に放出することも出来るかと思います。」

「ただし、時間を掛けて充電した電荷を、増幅して一瞬で放電するとなると、いくら皮下脂肪の絶縁体があるとはいっても、皮膚のチリチリ程度では済まない筈です。」

「その高校教師の話では、確か “静電容量” って云ってましたけど。自分の体のそれを、自分の意志で変化させることが出来るようなんです・・・。」

「それは凄いですね、もし本当ならこの装置で増幅された電荷も、電圧・電流を自由に調整して出力出来るってことですよ。電荷を時間軸に沿って変化させれば、絶縁された対象物にも誘導電荷を印加できる。恐らく通勤ラッシュ時の地下鉄は、乗客が衣服を介して密着している状態でしょうから、全員が一塊の帯電体とも考えられます。アースされた導体、つまりステンレスの手摺なんかに触れた途端、全員を電撃が襲う訳です。」

 

「放電のメカニズムは解明できたわ、今度何処で実行するかよね・・・。」

捜査一課のブースに帰ってきた玲子が、すっかり日の落ちた窓にブラインドを下ろしながら呟きます。

「また同じことをやるんでしょうか?」

「やるわきっと、あなたこの事案の動機は何だと思う?」

「夫を失ったことによる、被害者への逆恨みですか?」

「私は、東京メトロに対する恨みじゃないかと思うの、防犯カメラを導入したが為に、痴漢は、男による女に対しての行為と云う先入観が助長され、それによって夫が死に追いやられた・・・被害者や本当の犯人じゃなくて、東京メトロそのものに電撃を加えるのが、目的じゃないかしら。」

「だから、専ら女性専用車を狙うんですか?」

「そう!女性しか乗ってない車両にも痴漢はいるよ、一般の車両より多いんだよって・・・。」

「明日、その被害者の女性に、会ってみましょうか。刑事確定記録から住所が分かる筈です。」

 

「被告やご家族にはお気の毒だとは思いますが・・・こちらも早くに示談して貰えるもんだと、思ってましたので。」

翌日、指定された喫茶店で、被害女性と会いました。20代後半の小柄な女性です。

「失礼なことをお聞きします、答えたくなければ答えなくて結構です。行為に及んでいるのが、被告の手だという確実な記憶が有るんでしょうか?」

「それが分からないんです・・・私は、池袋で警察官に助けを求めただけで、事情聴取でも裁判でもそのように云ったんですけど・・・私の周りに男は被告だけだったという、廻りの雰囲気の中で・・・。」

今にも泣きだしそうな表情で、女性が続けます。

「これも何度も云ったんですけど・・・男性の掌にしては、小さくて華奢だったような気がします。それと、爪が長くて痛かったんです。」



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