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(4) たった一羽の反乱

 

 この季節になりますと、朝の食事をわたしはバルコニーで摂ることが多くなります。

 春から秋の中ごろまで、わたしは外で食事を摂ることを、殊の外、楽しみにしているのです。

 

 今の時期、山から降りてきて、私の住むあたりにもウグイスがやってきます。その清々しい声を聞きながらの朝食は、わたしにとって贅沢この上ないものなのです。

 

 夏も盛りになりますと、ヤマバトが道向こうの研究所の森で、リズミカルな鳴き声を響かせます。若い時分、一ヶ月ほど滞在した練馬の宿舎で聞いた声です。

 ヤマバトの声にどこか寂しさを感じるのはそのためかと思っているのです。

 

 そうそう、毎朝、二羽の白鷺が飛んでくるのです。

 南東の方から北西に向けて、程よい距離を保ちながら、私の食事するバルコニーのちょうど真上を、ほぼ毎日飛んでいくのです。

 

 南東から北西に、毎朝、何の用事があるのだろうか。

 一体全体、彼らは夫婦なのだろうか。

 

 土浦を流れる桜川が霞ヶ浦に注ぐ一角に、白鷺の営巣地があります。

 土浦の花火大会が行われる場所で、橋を挟んで反対側にあります。

 夕方など、木々の上に白鷺の群れが、時に羽を広げ、時に二羽が寄り添っているのを見るのです。あまりに多くの白鷺がここにはいるので、濃い緑の樹木の先端が白いペンキを飛ばしたように彩られるのです。

 

 橋の上からだと、木々のてっぺんのその絵のような光景が見られるのです。

 

 でも、そちらの方角は南東ではありません。

 南東を地図で探ってみると牛久沼がありました。きっと、あのいつも同じ時刻に飛来してくる二羽の白鷺は牛久の沼地から飛んでくるに違いないと思ったのです。

 さて、北西には一体何があるのだろうと今度は、そっちが気になり出します。

 取り立てて、めぼしいものを見つけることはできません。せいぜい、小貝川があり、その向こうには鬼怒川があるくらいです。

 牛久沼で餌を摂っているはずですが、それでも、水の異なる川を目指して、今日は小貝川、明日は鬼怒川と場所を変えているのかもしれません。

 

 それにしても、鳥というのは二羽で飛んでいるのを多く見かけます。

 

 水を張って、筑波の山を映しこむつくばの田んぼにも、つがいの鳥たちが舞い降りては、田んぼをついばみ、何かを食べています。カエルでしょうか、タニシでしょうか。仲良く二羽で、周りを警戒しつつ食事をしているのです。

 

 そうそう、ロンドンのソーホーの中華街での出来事を思い出しました。

 テムズに暮らすカモメが、遠征してきて、中華街のとある店の日差しを避けるためのビニール製の日よけの上で、一羽の鴨を餌食にしていたあの光景です。

 お昼時、昼食を取りに出てきた人たちが、皆、上を見て、その残酷な食事風景を眺めていました。

 足で、鴨を押さえ、あの大きめの先が曲がったくちばしで、鴨の腹を引き裂き、内臓を引っ張り出して食べているのです。

 時折、顔を向けている人間どもに怖い視線を送りながら、内臓をついばんでいます。

 わたしは、カモメがあのように同じ鳥の仲間をむしゃぶりついばむ姿を見て、ショックを受けたことを思い出したのです。

 

 私が勝手に名をつけている鳥がいます。

 カーコと言います。バルコニーのちょっと先の電線に佇んで、こちらを見ています。

 カーコという名からおわかりのように、この鳥はカラスです。

 この辺りはカラスが非常に多いのです。それも集団でこられると不吉な思いにさせられますから、柏手を打って脅したりするのです。

 でも、私の家のバルコニーのそばに佇むカーコはいつも一羽なのです。

 その世界にも、仲間と群れない変わり者がいるのだなと思っているのです。

 ですから、私はこのカーコが好きなのです。

 一度、パンの耳をカーコにわかるように道端に投げたことがありました。

 確かに、カーコはその私の姿を見、美味しいパンの一切れが道端に転がったのを見たのですが、私は、同時に、そっぽを向いたカーコも見て取ることができたのです。

 

 お前さんに恵んでもらう謂れはない。

 おいらは、お前さんが一人で、いつも朝に、食事をしているのを哀れんでいるだけなんだ。

 きっと、寂しかろうと、おいらはお前さんに付き添ってやっているだけなんだ。

 カラスをバカにしてはいけないよ、おいらはたった一羽の反乱鳥なんだ。

 反乱者は他の誰からも援助は受けないものさ。

 お前さんもまだまだ甘いなぁ。

 そんな風に私にはカーコが言っているように見えたのです。

 

 たった一羽の反乱鳥か。

 だったら、私はたった一人の反乱者ということになるのか。

 なかなか格好いいではないか。

 

 ある日、ちょっと寒いなぁと感じる朝のことでした。

 私はバルコニーでの食事をやめて、キッチンで立ったまま食事を取り、早々に書斎に入ったのです。

 私の背には大きなガラス窓があります。

 仕事を始めたのですが、ふと、外に異様な気配を感じたのです。

 私は、回転椅子を回し、窓から外を見ました。

 カーコが斜め向こうにある電信柱の真上に佇んでこちらを見ています。

 そして、黒々とした羽を広げると、私の座っている窓めがけて滑空してきたのです。そして、窓の手前で急上昇し、その時、一声、カァーと叫んだのでした。

 以来、私はカーコを見ることはないのです。

 あの「カァー」は、きっとカーコが「あばよ」と言ったのかも知れないと思っているのです。


奥付



落ちた椿の花


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著者 : nkgwhiro
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