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(3) 炎を手にした大工

 

 炎を手にしたヒトは、無敵になり、哲学をすることを手に入れたのです。

 

 私は、つくばのこの家を増築するときに、ついでにと、大工さんに言って、暖炉を書斎に設置してもらいました。

 しかし、暖炉を設置したことのない大工さんは、さぁ、困ったと考え込んだのです。

 彼にとっては、初めての経験だったからです。

 でも、さすがにプロです。

 「私は、家具職人としても活動をしていますが、今回の暖炉設置で、もう一つ大工としての幅を広げさせてもらいます。」と、それからはいろいろ研究をしてくれて、安全で格好いい暖炉を作ってくれたのです。

 

 屋根から煙突だけ出すのも格好が悪いから、レンガで大きな煙突を作りましょう。

 そうそう、薪を入れる場所も確保しましょう。

 そうすると、こうなりますから、その上のこの空間、どうしますか、と私に問います。

 違い棚を作って、飾り物をおくようにしますよ、と私。

 そうそう、その違い棚は私が作りますから、棟梁は何もしないでください、と私、言葉を継ぎました。

 大工の棟梁あっけにとられています。

 

 そんなやりとりの中で、床に耐熱タイルを貼って、そこにストーブを置くというのも良いですよ。暖炉より、ストーブの方が、鍋を置いておけば煮物もできますし、いろいろ調理道具もあって、楽しめますよと、勉強した成果を私に披瀝をしますが、私は、ストーブはダメ。暖炉の一点張り。

 

 そんなわけで、我が家にはアメリカ製のさほど高くはない、そこそこの暖炉が設置されたというわけです。

 

 棟梁と二人、暖炉の前に腰掛け、火を灯します。

 ナラの木の薪を三本くべます。五徳の下から着火材に火をつけます。乾いて、大きな薪に訳もなく火が着きます。

 煙は上昇気流に乗って、煙突の穴に吸い込まれて行きます。

 棟梁、すかさず、できたばかりの彼が作り上げた自慢のバルコニーに飛び出して行きます。

 私も後を追います。

 

 煙突から、煙が出ています。

 実に美しい、心地よい白い煙です。

 風の吹く感じで、こちらにも煙が流れてきます。そして、薪の燃えるいい匂いがしてきました。

 棟梁も私も、思い切り鼻の穴を膨らませます。

 

 暖炉に戻り、炎の燃え盛る周りの耐熱レンガに問題はないかを見たいと棟梁、暖炉の前にどかっと腰をおろします。私もその横に腰をそっとおろします。

 しばし、いや、結構長い間、沈黙が続きます。

 真新しい薪掴みでもって、棟梁、ナラの薪をくべます。

 

 「いいですね。暖炉。」そう言って、また、沈黙が続きます。

 

 冬、長女の孫たちが遊びにくると、必ず、暖炉を所望してきます。

 男の子二人の兄弟は、静かな我が家には、嵐のようなざわめきをもたらします。

 喧嘩する、泣く、わめく、走る、大きな声を出す、そして、私に絡みついてくるなど、私はどっと疲れを増すのです。

 

 そんなとき、暖炉に火を入れますと、二人の男の子が揺らぐ炎、家の中で見ることのできる火をじっと見はじめるのです。

 一言も言わずに、二人並んで、炎を見ているのです。

 さっきまでのあの騒々しさはなんだったのだと思うのです。

 

 きっと、大昔、さらに大昔、人類は、炎を手にして、二つのものを手に入れたのではないかと想像するのです。

 

 一つは、炎があれば、ヒトの大敵である猛獣もヒトに害を及ぼす虫も来ないと知ったこと。その側に入れば、漆黒の闇の中で、あかりと安全と手に入れることができたこと、です。

 

 そして、いま一つは、考える時間を手に入れたことではないかと思っているのです。

 

 炎は揺らめき、まるで生きているかのように、舌を伸ばし、引っ込めます。

 その炎を見ながら、安全に、思考にふけることができたのです。

 二足歩行に加えて、哲学する時間を得たことが、人類の脳をさらに大きくしたのだと私は確信をするのです。

 

 「大丈夫ですね。たまに、点検に来ますよ。」と棟梁。

 ワインを持って、たまに我が家にやって来ては、暖炉の前で、二人してグラスを重ねたのです。

 何の挨拶もなく、その棟梁が来なくなって久しくなりました。

 暖炉を焚いていて、たまに思い出すことがあります。

 きっと、忙しくしていて、あちらこちらで暖炉を作っているに違いない。随分と手慣れて、我が宅以上の素敵な暖炉を作れるようになっただろうなと思うのです。

 

 その棟梁が、先日、我が家の玄関に立っていたのです。

 「ご無沙汰です。いや、なに、ちょっとアメリカに行っていたんですよ。お宅の暖炉のおかげで、ニッポンの名もなき大工が、あっちでカーペンターをやっているんですよ。」

 そんなことを言うのです。

 アメリカでは、大工の仕事は、コンピューターできちんと切られたパーツを設計図に従ってはめ込んで行くのが仕事。私のように、隙間にあった家具を作ったり、暖炉を設置したりはなかなかやれる大工はいないですよと、だから、重宝がられて、いまはアメリカはシアトルでカーペンターをやっていると言うのです。

 我が宅の暖炉は一人の大工の人生も変えたのかと思うと、感慨ひとしおです。

 連休中、ちょっと寒くなる一日があると言いますから、その日、私はシーズン最後の炎をたいて、掃除をして、また来るべき初冬の寒さを待ちたいと思っているのです。 

 


(4) たった一羽の反乱

 

 この季節になりますと、朝の食事をわたしはバルコニーで摂ることが多くなります。

 春から秋の中ごろまで、わたしは外で食事を摂ることを、殊の外、楽しみにしているのです。

 

 今の時期、山から降りてきて、私の住むあたりにもウグイスがやってきます。その清々しい声を聞きながらの朝食は、わたしにとって贅沢この上ないものなのです。

 

 夏も盛りになりますと、ヤマバトが道向こうの研究所の森で、リズミカルな鳴き声を響かせます。若い時分、一ヶ月ほど滞在した練馬の宿舎で聞いた声です。

 ヤマバトの声にどこか寂しさを感じるのはそのためかと思っているのです。

 

 そうそう、毎朝、二羽の白鷺が飛んでくるのです。

 南東の方から北西に向けて、程よい距離を保ちながら、私の食事するバルコニーのちょうど真上を、ほぼ毎日飛んでいくのです。

 

 南東から北西に、毎朝、何の用事があるのだろうか。

 一体全体、彼らは夫婦なのだろうか。

 

 土浦を流れる桜川が霞ヶ浦に注ぐ一角に、白鷺の営巣地があります。

 土浦の花火大会が行われる場所で、橋を挟んで反対側にあります。

 夕方など、木々の上に白鷺の群れが、時に羽を広げ、時に二羽が寄り添っているのを見るのです。あまりに多くの白鷺がここにはいるので、濃い緑の樹木の先端が白いペンキを飛ばしたように彩られるのです。

 

 橋の上からだと、木々のてっぺんのその絵のような光景が見られるのです。

 

 でも、そちらの方角は南東ではありません。

 南東を地図で探ってみると牛久沼がありました。きっと、あのいつも同じ時刻に飛来してくる二羽の白鷺は牛久の沼地から飛んでくるに違いないと思ったのです。

 さて、北西には一体何があるのだろうと今度は、そっちが気になり出します。

 取り立てて、めぼしいものを見つけることはできません。せいぜい、小貝川があり、その向こうには鬼怒川があるくらいです。

 牛久沼で餌を摂っているはずですが、それでも、水の異なる川を目指して、今日は小貝川、明日は鬼怒川と場所を変えているのかもしれません。

 

 それにしても、鳥というのは二羽で飛んでいるのを多く見かけます。

 

 水を張って、筑波の山を映しこむつくばの田んぼにも、つがいの鳥たちが舞い降りては、田んぼをついばみ、何かを食べています。カエルでしょうか、タニシでしょうか。仲良く二羽で、周りを警戒しつつ食事をしているのです。

 

 そうそう、ロンドンのソーホーの中華街での出来事を思い出しました。

 テムズに暮らすカモメが、遠征してきて、中華街のとある店の日差しを避けるためのビニール製の日よけの上で、一羽の鴨を餌食にしていたあの光景です。

 お昼時、昼食を取りに出てきた人たちが、皆、上を見て、その残酷な食事風景を眺めていました。

 足で、鴨を押さえ、あの大きめの先が曲がったくちばしで、鴨の腹を引き裂き、内臓を引っ張り出して食べているのです。

 時折、顔を向けている人間どもに怖い視線を送りながら、内臓をついばんでいます。

 わたしは、カモメがあのように同じ鳥の仲間をむしゃぶりついばむ姿を見て、ショックを受けたことを思い出したのです。

 

 私が勝手に名をつけている鳥がいます。

 カーコと言います。バルコニーのちょっと先の電線に佇んで、こちらを見ています。

 カーコという名からおわかりのように、この鳥はカラスです。

 この辺りはカラスが非常に多いのです。それも集団でこられると不吉な思いにさせられますから、柏手を打って脅したりするのです。

 でも、私の家のバルコニーのそばに佇むカーコはいつも一羽なのです。

 その世界にも、仲間と群れない変わり者がいるのだなと思っているのです。

 ですから、私はこのカーコが好きなのです。

 一度、パンの耳をカーコにわかるように道端に投げたことがありました。

 確かに、カーコはその私の姿を見、美味しいパンの一切れが道端に転がったのを見たのですが、私は、同時に、そっぽを向いたカーコも見て取ることができたのです。

 

 お前さんに恵んでもらう謂れはない。

 おいらは、お前さんが一人で、いつも朝に、食事をしているのを哀れんでいるだけなんだ。

 きっと、寂しかろうと、おいらはお前さんに付き添ってやっているだけなんだ。

 カラスをバカにしてはいけないよ、おいらはたった一羽の反乱鳥なんだ。

 反乱者は他の誰からも援助は受けないものさ。

 お前さんもまだまだ甘いなぁ。

 そんな風に私にはカーコが言っているように見えたのです。

 

 たった一羽の反乱鳥か。

 だったら、私はたった一人の反乱者ということになるのか。

 なかなか格好いいではないか。

 

 ある日、ちょっと寒いなぁと感じる朝のことでした。

 私はバルコニーでの食事をやめて、キッチンで立ったまま食事を取り、早々に書斎に入ったのです。

 私の背には大きなガラス窓があります。

 仕事を始めたのですが、ふと、外に異様な気配を感じたのです。

 私は、回転椅子を回し、窓から外を見ました。

 カーコが斜め向こうにある電信柱の真上に佇んでこちらを見ています。

 そして、黒々とした羽を広げると、私の座っている窓めがけて滑空してきたのです。そして、窓の手前で急上昇し、その時、一声、カァーと叫んだのでした。

 以来、私はカーコを見ることはないのです。

 あの「カァー」は、きっとカーコが「あばよ」と言ったのかも知れないと思っているのです。


奥付



落ちた椿の花


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著者 : nkgwhiro
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