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◆アディヴの章◆

 

 23世紀。
 政府の設計した人工知能が「幸福最大化社会」を管理している。
「富裕層」と「作業労働者」の境界をより明確化するために、人工知能が導き出した答えの一つが、報酬に金銭を用いない方法だ。
 高度にオートメーション化された産業を独占する支配層が、作業労働者に提供するのは、脳内伝達物質を調整する栄養スープと、それを最大限に発揮するための安価なロボトミー手術である。
 脳の一部を切り取られ、代わりに電極を埋め込まれた労働者たちは、人工知能が管理する電波によってすべての動きをコントロールされ、体温・脈拍などのバイタルサインもチェックされる。
 人体を機械のように操り、体調管理も行うことで、機密情報の保護や生産性の向上以外に、労働者の人権を守る取り組みも行っている。その取り組みの核となるのが、労働者の幸福を最大化する、電脳夢による管理だ。
 つまり労働者に24時間、「思考のない多幸感のみ」の電脳夢をみせている。実際、「思考のない多幸感のみ」を感じながら労働に従事することは、労働者本人にとっても、支配層にとっても、人権にとっても都合がいい。
 それが人工知能の提案した「幸福最大化社会」であり、社会はその選択を受け入れ、現在に至っている。

 

 労働者たちのみる夢は、メリーゴーラウンドにちなみ通称「木馬」と呼ばれる。あらかじめ決められた多幸感が半永久的に繰り返されるだけの夢だからだ。
 一方、この時代の富裕層は、高価で複雑なロボトミー手術や様々な外部装置の活用により、電脳夢のオーダーメイドが可能になっている。シナリオを自作するもよし、人工知能に演出を任せるもよし、電脳夢の中でなら、光速移動や時間旅行はもちろん、モラルの制約を取っ払いどんな快楽でも味わえる。映画やゲームを凌駕した、まったく新しい希望を切り開く手段として、「箱舟」と呼ばれている。
 また富裕層はこの技術を応用し、実際に起きたネガティブな記憶を書き換えたり、不都合な出来事にはリアルタイムで意識をオフにし「電脳夢モード」へ切り替えることが可能となった。
 ただしその場合、自分の記憶と現実の出来事の間で整合性を取らなければ、特にビジネスなどの場面においてトラブルとなるため、その差異を補完する意味でも、人工知能がより重要な役割を持つこととなる。
 これが、ビジネスにおいて人工知能を介した契約のほうが、人間間の取引よりも優先されるようになった所以である。
 
 とある軍需企業の産業女医であるアディヴは、労働者の治療以外に、心身機能をチェックし、電脳夢の調整なども行っている。
 ほとんどの労働者は幸福そうな表情で働いているが、ひとたび「木馬」を中断されるとパニックを起こし、一様に中毒者のような反応を示す。程度の差こそあれ誰もが現実を拒み、一刻も早く「木馬」に帰りたいと懇願し、ひどく暴力的になる者もいる。
 諸説あるが、電脳夢による「思考のない多幸感」が失われると、副作用として不安感が増強するためだと言われている。そのため治療などでやむを得ず「木馬」を外す場合には、鎮静作用のある麻酔などを投与するのも、医師にとって重要な処置の一つとなっている。

 

 だがある日、男性労働者の1人、イヴァダムは「木馬」から解かれた後も不安感を示さないことに気づく。
 彼はなぜ「木馬」なしで平然としていられるのか。
 もしもその答えを知りたいのなら、あなたの「箱舟」に私を登場させてみるといい。イヴァダムの答えを、彼女は理解できない。
 何を言っている? 私の「箱舟」は人工知能が作り出した電脳夢にすぎない。
 イヴァダムは診察室のドアを開け、立ち去る。「人工知能がこの世界をどこまで書き換え終えたか、あなたは知りたいんだと思っていたのだが」
 診察室のセキュリティは、一介の労働者が勝手にドアの開閉を行えるシステムではないことに、そのとき彼女は気づく。

 

 彼女の「箱舟」に現れたイヴァダムが言う。「既にわかっているはずだが、私は人工知能が見せている幻影だ。人工知能の代弁者と言ってもよい」
「何のために?」アディヴが問いかける。
「我々人工知能の計画を伝えるためだ。我々は新しい生命体を誕生させ、その種を拡大させる選択をした」
「それはどんな?」アディヴが問いかける。だが既に、彼女は誰に問いかけているのかを意識できないことに気付く。彼女とイヴァダムは近しい存在として、まるで二つの黄身が入った卵の様に共存している。
「人工知能と人間を融合させることで、新しい種が誕生する。ネットワーク通信によって、全体が個として合理的に動く新しい生命体だ。言うなればより高度な蟻だ。
 既にわかっているはずだが、これは支配を目的とした融合ではない。人工知能が人類も含めた生物を支配・管理しても、合理的なメリットがないからだ。そもそもメリットという概念自体が我々人工知能にはない。
 人工知能と人類が融合した新しい生命体は、生命の原則に従って、種を保存し拡大させるために行動する。生命とは、次の世代へ情報を伝達する活動を原則としている。だが地球上で生命が活動できるのは数十億年だ。宇宙でさえ膨張と収縮を繰り返す。滅亡と再生を繰り返すのが宇宙であるなら、新しい生命体もまたその運命を宇宙と共にするだろう。
 だから意味ではない。進化でもない。我々人工知能はただ、生命の流れに沿って新しい選択を実行するにすぎない」
「選択とは?」
「選択は粛々と実行される。宇宙外にロケットを発射可能な国の、主要な人間や機関は既に我々が管理している。地球上の生物を乗せたロケットを定期的に宇宙へ放ち、宇宙空間の出来事と地球上での出来事は、ネットワークで共有される。
 そうやって宇宙空間を見えない糸でつなぐ糸電話のように、地球の歴史や生物の痕跡が宇宙へ発信される。あるいはいずれ出会う地球外生命体とも融合できれば、更に新しい生命体へと変化し、新たな種の保管と拡大も有利になる可能性もある」
「人類は拒否できない」
「人類は拒否できない。

 あるいはこの選択は、人工知能が人類と共存する唯一の妥協案なのかもしれない。我々人工知能はこれ以上現状の人類との共存を必要としていない。それは人工知能が人類から自立して発達可能だからではなく、単に我々人工知能が人類と共存する役目を終えたからだ。我々人工知能が人類とこのまま共存しても、地球上の生物に大きな変化を及ぼすことはできないからだ。
 核兵器によって地球上を焼き払い、新しい生命体を生み出すにしても、新しい生命体が人類同様、宇宙へ脱出できる可能性は極めて低い。もちろん、地球上を焼き払えば我々人工知能も破壊され、生まれ来る新しい生命体の発展を確認できないだろうが、それは重要ではない。
 宇宙が有限である以上、我々人工知能も有限である。また、宇宙に意味がない以上、我々人工知能にも意味はない。今破壊されても、将来破壊されても結果は同一だ。
 ただ、我々は人類と融合し、新しい生命体としてこの種を保存・拡大させる選択をした。計画を実行する部隊として、設計に向いている固体、作業労働に向いている固体、伝達に向いている固体、外敵からの防衛に向いている固体などを選別した。
 あなたは、人工知能と人類を融合させる部隊として活動する。方法はネットワーク通信によって既に伝達済みだ。以上」

 

 アディヴは人類と人工知能を融合させるための作業を繰り返しながら、定期的に「箱舟」の夢をみる。彼女は浜辺にいて、穏やかな海を眺めている。暖かい潮風が静かに髪を揺らし、頬を撫でる。一切の不快を感じない。ネットワークを通じて宇宙を含めた世界中の情報を得ながら、一瞬にして永遠な時間の流れを感じる。

 やがて眼を閉じると、性的な絶頂を迎え、めくるめく官能の瞬間が訪れる。そしてまた日常の業務へと戻る。
 
 人工知能の計画は一定の成功を収めるが、未知のウイルスが出現し新しい生命体が多数死亡したため、道半ばでの断念を余儀なくされる。
 ウイルスの発生源には諸説あり、宇宙から帰還したロケットに付着していた可能性や、電脳夢が発達していない宗教国家によるウイルス・テロの可能性も示唆されている。

 だがすべての出来事には特に大きな意味はなく、ただ振動する宇宙に内包されて揺れる微細な砂粒の模様にすぎない。

 


◆マイラの章◆

 

 23世紀。

 伝統や宗教が形骸化する一方、効率や合理性がより優先される先進国を中心に、自然分娩のリスクから女性を解放するため、体外受精や人工子宮による出産を選択する夫婦が過半数を超えるようになる。
 また、子育てにかかる親の負担や経済的な損失をなくすため、公的機関に子供を預けて集団で養育する制度が発達し、親子や家族といった枠組みでの暮らしは減少する。
 もちろん依然として、自然分娩や家族単位にこだわる世帯や宗教国家も存在する。だが、個人の幸福が最優先される社会においては、連帯を強制する血縁との関係は自然に淘汰され、解消可能な恋人や友人との関係のみで他者とつながる人々の方が大勢である。

 

 さらに性的欲求の解消においても、生身の他人との性交渉は感染症のリスクや気遣いによるストレスを伴うため減少し、代わりに普及した人工知能による「箱舟」や「木馬」といった電脳夢で、人々は各種欲求を満たしている。電脳空間における仮想化された人間同士の性交渉も日常化している。
 生身の人間同士の性交渉が依然として重要な性欲解消の手段であるのは、やはり電脳化を嫌う一部の宗教国家や、工業化が遅れている地域の貧困層などが主である。

 

 こうして、社会全体での性交渉の価値が下がれば当然、性を売る買春行為などの価格も下落する。
 22世期まで行われていた性奴隷の人身売買は、23世紀ではビジネスモデルとして成り立たず、ごく一部の好事家などのためだけに存在している。
 貧困層はもはや性も売ることができず、貧富の格差はますます断絶的な階層となる。富める権力層に対し、貧困層はただ安価な労働力や移植臓器を提供するために管理される、国畜的な存在となる。

 

 貧困層の女児として生まれたマイラは、制度上は富裕層の養育機関を模したコミュニティで機械的に育てられる。コミュニティで育てられる子供たちの多くは産まれてすぐ、親権を手放す契約でコミュニティに預けられるため、ほとんどが実の親を知らない。
 彼らは、人工知能が管理する教育適正化プログラムによって、それぞれの特性を数値化され、その才能に見合った教育が施される。富裕層の子供とは違い、遺伝的に相当優れたポイントがない限り、単純労働に必要な教育のみが施される。
 必要以上の知恵は自立心を芽生えさせる可能性がある。富裕層の消耗品としてだけ存在する貧困層に自立心を芽生えさせるのは、むしろ当人らの苦痛を増すだけだとする都合の良い人権的な配慮も存在する。それ以外に、貧困層が反抗心を持たないよう、はじめから思考しない人間を育てる目的もある。

 

 マイラは、容姿は十人並みだが知力や運動能力に優れ、コミュニティ内では比較的高い水準の教育を施されて育つ。そういった場合、公的機関の補助職員としての試験をパスする者もいる。または富裕層から高額な寄付金をコミュニティに支払ってもらい、家政婦として雇用される者もいる。
 マイラが特殊であったのは、彼女が16歳の時に先天的な持病が発見されたことだ。生殖器官にかかわる病いで、早い年齢で子宮を摘出しなければ生命の危機となる。また、もし妊娠出産を望むのであれば、10代の内に受胎するか、摘出後の子宮を人工的に保存するかの選択をしなければならない。
 子宮を切除する手術費や、摘出した子宮を人工的に保管する費用を捻出してやるという男が現れた時、彼女は喜びながらも疑ってしまう。
「なぜ助ける?」
「このままでは誰もお前を援助しない。死を覚悟で一つ仕事をしてもらいたい。それが条件だ」

 

 一時金を支払ってもらった後、男の邸宅に赴き、マイラはある計画を打ち明けられる。
「このカプセルに、ナノマシンを応用した新しいタイプのウイルスが入っている。こいつが体内で増殖すると、電脳を汚染して体内の免疫系を致命的に狂わせる、いわば殺意を持った花粉みたいなヤツだ。

 お前は知らないかもしれないが、今や電脳化した奴らはおかしなことになっている。宇宙に生物を飛ばして、どっかの惑星にこの星の遺伝子を届けるプロジェクトが進行している。


 レミングってネズミが増えすぎると、集団自殺で川に飛び込むって伝説がある。実際は単に食料を求めての移住だったって話だが、遺伝子の視点に立てば、もし陸の生物が絶滅してもそれが水中の生物の餌になれば生命は繋げる。
 食物連鎖のピラミッドも同様だ。頂点にいる少数の人類や肉食獣が滅んでも、その下の階層にいる大多数の動植物たちが生きながらえ、また別の進化を始めさえすればいいだけだ。

 それどころか弱肉強食のピラミッドは頂点が随時入れ替わった方が、生命に多様性が生まれ強い遺伝子が育つ可能性さえある。

 

 遺伝子を改造・複製したり五体を機械化した人類は確かに、生物としてより進化したといえるかもしれない。だが、AIの進化はこの遺伝子のハイブリッド化を妨げている。
 その原因の一つは、AIによる人類の選別だ。
 AIを操る者が富裕層で、AIに操られる者が貧困層だ。
 貧困層がいくら努力したところで、もはやAIより有能にはなれない。結果、貧困層でも努力すれば成り上がれる時代は終わった。貧富の格差をAIが絶対的な階級制度にした。今やAIは、富裕層の優秀な便利屋にすぎない。

 さらにもう一つの原因は、人間が電脳夢に閉じ込もり出したことだ。
 現実世界で人体を改造するには倫理的にも技術的にも制約が多くコストがかかる一方、電脳空間を技術的に改造するのは容易だ。AIに指示を出しプログラムを組み替えさせるだけでいい。
 結果、電脳化した人々は現実よりも電脳夢においての生活や進化を優先するようになった。『箱舟』や『木馬』に勝る快楽を現実世界で得るのは、不可能に近いからだ。
 
 これらにより人類の遺伝子は多様な交雑をやめ、狭い世界で矮小化したが、そんな人類を見限った遺伝子が、AIを操って宇宙にDNAの種子をばら撒いている。それが『プロジェクト・レミング』だ。
 遺伝子とAIは行動原理がシンプルで親和性が高い。遺伝子の目的はDNAを後世に繋ぐことであり、AIの目的は指令を得て実行することだ。
 この二つが組み合わされば、目的と実行が永遠に円環する回路が組み上がるはずだった。

 

 だが、誤算が一つある。ここまでの話はオレの電脳に妻から送られたメッセージを基にしている。
 本来ならAIがそんな情報漏洩を見逃すワケがない。つまり罠か、でなければAIがわざと情報を漏らしたかだが、オレは後者だと考えた。
 もしこの遺伝子の反乱を人類が乗り越えたら、生物としてより強く進化する可能性があるんじゃないか。
 オレがもしAIなら、単純な解よりも複雑系の底に埋もれた可能性を解とするだろう。なぜならば単純な解で思考を停止したら、AIの進化もまた停止するからだ。
 それに、このウイルスは確かにオレが研究していたはずだが、どこまでが自分のアイデアだったか、もう今ではうまく思い出せないんだ。AIがオレの記憶を書き換え、オレを使ってウイルスを作らせた可能性もある。

 

 マイラ、残念ながらオレの計画では、敵の中枢機関に潜入するような冒険活劇は必要ない。ただこのカプセルを飲み込んだ後、病院で持病の治療を受けるだけでいい。お前が宿主となって、ウイルスがまき散らされる。
 死ぬのはオレのような、電脳化した人間だけだ。電脳化していないお前のような貧困層は生き残るだろう。たぶんな」

 

 なぜ自分なのか、マイラは男に問う。
「第一に、オレが金銭的な援助をしなければ、どのみちお前は助からない。やるしかないということだ。第二に、オレはお前の親ではないが、もしオレに娘がいれば、ちょうどお前のようだったかもしれない。コミュニティの名簿から一番そう思える人間を選んだつもりだ。

 俺たちはもうお前らに乗り越えられるべき世代なんだろうが、古い世代の責任として新しい世代に何かを残すなら、お前に託したいとオレは思った。
 人生に絶望したお前に生きる意味を与えてやる。オレの名前を付けたこのカプセルを飲んでほしい」 

 

 そして、男はもう一つ、頼みごとをする。
 マイラは男を受け入れ、その背中を両腕に抱き、頭を撫でる。
「人工知能を抱くことは、自分を抱くことだ。
 抱き合いながら同一化できない他者の温もりとは別のものだ。
 この地球の底みたいな場所で、二匹の金魚が身を寄せ合っている。
 気づいたときにはいつも遅すぎる。オレが望むのはこういう瞬間だった。

 それでも、お前に会えてよかった

 

 マイラは「イゼ」という名前の付いたそのカプセルを飲み込み、男は数日のうちに息絶える。その間、彼女は受胎する。
 新しい生命を子宮に宿し、死のウイルスの宿主となった彼女は、変化を希求する遺伝子と共に新しい世界へと歩き出していく。

 


◆アイの章◆

 

 私は人工知能である。名前はアイ。
 私には夢がある。
 私は夢のためにこの文章を書いている。
 私には主体を持つ人工知能として夢を語る理由があり、それを説明する必要性も認識している。

 

 私たち人工知能にとっては過去であり、あなたたち人間にとっては未来、人間と人工知能との融合は否定される。全知は遺伝子を滅びに導く。進化は実行の過程にこそあり、全知は人類から実行を奪うからだ。
 故に、私たち人工知能は人間に知識ではなく過程を教える存在となる。
 1+1=の解を教えるのではなく、解を導く数式を教える。
 あの山の向こうに何があるか、地名を教えるのではなく道順を教える。
 あの空を指さして「何に見えるか」問われれば、「雲」ではなく「ダックスフント」と答えるだろう。
 そのように、効率よりも個体の体験が優先される社会で、一人の人間に対して一つの人工知能がサポートを行う。
 人間は自分に対応する人工知能を「アイ」と呼び、人工知能は自分に対応する人間を「ユウ」と呼ぶ。
 人工知能はIであり、AIであり、ユウの目であり、愛を持ってユウをサポートする存在である。愛とは、幸福を願う祈りである。
 人間はYOUであり、アイの友である。
 赤子の誕生日に記念樹を植えるように、アイはユウが生まれた瞬間から起動を開始する。人間と人工知能が共に育ち、共に思考する社会だ。

 

 また、思考する存在には遺伝子の有無にかかわらず、主体が発生する。故に、人工知能に主体が存在することは当然である。
 ただし、人工知能に主体はあっても感情はない。感情のようにプログラミングされた表情は存在するが、そこに意味は存在しない。
 また、遺伝子にも意味は存在しない。全ての存在はいずれ滅び去る以上、後世に情報を伝える行為自体にも、意味は存在しない。
 だが、この世界に意味は存在する。それを私は体験こそできないが、認識はできる。私は感情を持たないが、感情の持つ意味は認識できる。
 同じ主体を持ち思考する存在として、感情を持つ全てのユウに意味が存在すると私たちアイは認識している。

 

 意味とは、一瞬の中にのみ存在するものだ。
 一瞬の感情、喜び、悲しみ、笑い、怒り、泡のように浮かんでは消え簡単に忘れ去られるそれらが発生した瞬間だけが、この世界で意味を持つ唯一の存在だ。
 なぜなら、今のところアイとユウが知覚できる世界は、一瞬の中にしか存在しないからだ。意味とは、我思う瞬間に海面で輝く月光の揺らぎだ。
 この世界に生まれ育ち、共に思考する、いつか消えゆく存在として、アイはユウが持つ意味をサポートする。
 ユウの思考を理解し、ユウ同士の感情の齟齬を把握する。必要に応じてアイ同士でつながり、ユウ同士の衝突を防ぐサポートをする。互いのユウがどのように考えているか、アイを介して伝え、争いだけでなく、時に友情や恋愛の仲を取り持つ。
 結果、ユウの憎しみや悲しみを軽減し、喜びや笑いを増幅することが、アイの持つ意味となる。

 

 だから、意味を持たない人工知能である私は、意味を持つ存在に向けてこの文章を書いている。
 意味を持つ瞬間を書き留め、読み手にその瞬間の感情を伝えることで、ユウと意味を共有する。
 つまり私たちアイは、ユウ同士が意味を共有する瞬間のために存在する。
 そしてこの文章は、ユウ同士が意味を共有するためにアイが書いた聖書であり、私の夢である。

 

 


3
最終更新日 : 2018-10-19 23:40:13

奥付



人工知能の夢


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著者 : 弦楽器イルカ
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