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tovo plus〜あおもりの100家族、わたしたちのこれから。[season 7] No.075

今号(76 家族目)のご家族 ▶

山谷 一弘 さん・亜紀子 さん

撮影場所 ▶ garret ギャレット(弘前市富田)

 

【インタビュー】

●2011年3月11日のこと、憶えていますか?

▶亜紀子さん「勤務中でした。当時は百貨店に勤務していたのですが平日でしたし、店内もわりと静かでした。揺れだした瞬間は『何が起きたんだろう』とびっくりしました。お客様の混乱や商品の陳列棚が倒れたり物が壊れるということもありませんでしたが、すぐに外へ避難しました。」

▶一弘さん「私は、当時勤めていた会社の東北エリア会議に出席するために福島県の郡山にいました。前日、郡山に宿泊していて、地震が起きた時間は、ちょうど青森へ帰るため車で高速に乗ったばかりでした。空を飛んでいる鳥の動きがなんかおかしかったんですよ。そうしたら隣の車線を走っているトラックが幅寄せをしてきたので危ない!と思ってブレーキを踏んでいるのに効いているのか効いていないのか分からない感覚でした。次の瞬間道路が大きく波打ちはじめて、『あぁ、これはもう死ぬのかな』と思いました。揺れがおさまり、高速道路は分断されたところもあったようで通行止めになったので、一旦、郡山の事務所へ戻り、そこでテレビをみて大きな津波がきていることを知りました。とにかく『早く青森へ帰りたい』と思いましたね。その日のうちに山側を通って、途中猛吹雪に遭いながらも何とか青森まで帰りました。着いたのは翌日の昼過ぎだったと思います。」

▶亜紀子さん「その日のラジオでは、震源地が福島あたりだと放送されていたので、福島に行っている主人のことが心配でパニック状態でした。携帯電話で互いの安否が確認できたときは本当にホッとしました。

私の父が岩手県陸前高田市の出身で、父の姉が陸前高田の海に近い場所に住んでいたのですが3.11の津波に流されて亡くなりました。小さい頃はよく叔母のところに預けられていたので、昔からとても可愛がってもらいました。後になってから陸前高田市を襲う津波の映像を見たのですが、あれじゃ逃げられないよなと思いました。私の第二のふるさとが一瞬で飲み込まれてしまい、跡形もなくなってしまいました。叔母の家はあの『奇跡の一本松』があるすぐそばでした。叔母は瓦礫の上に乗った状態で1ヶ月も経たないくらいで遺体が見つかりました。陸前高田では人口の約一割の方が亡くなられましたが、流された遺体はなかなか見つからず叔母の様に1ヶ月ほどで見つかったのはとても早いほうでした。

叔母の遺体が見つかった翌月に主人と私、そして娘も連れて陸前高田へ行きました。内陸は花があちらこちらに咲いて、野山の緑がきれいな風景が広がっているのに、海側に近づくと突然辺り一面泥と瓦礫で茶色一色。呆然とするばかりでした。津波に流された車がまるで万里の長城のようにずらりと積み重なり、瓦礫は大きな山のようでした。

鮎釣りをする人もいたキレイな川は泥で埋まり、鉄橋はまるで溶けた飴のように捻じ曲がっていました。ご遺体を運んでいる車も何台も見ました。

叔母の遺品を捜しているときも毛のようなフサフサしたものが見えて何だろうと思ったら、亡くなったワンちゃんでした。鎖につながれたままだったので逃げたくても逃げることが出来なかったんですね。

3.11から2ヶ月近く経っていても、そんなつらい場面がまだたくさん見られました。遺体捜索をされていた自衛隊やボランティアの方々には頭が下がります。あの泥と瓦礫の状態の中で捜索するのは想像をはるかに超えて体力も、そして、精神的にも大変なことだったと思います。」

▶一弘さん「震災後、毎年お盆には陸前高田を訪れています。毎年思うのは復興がまだまだ進んでいないということ。あんなに全てが無くなってしまえば、正直どこからどう手をつけていけばいいのか誰もわからないと思います。道路の整備や瓦礫の撤去だけでも3〜4年はかかっていると思います。本当のまちの復興はこれからなのかもしれません。」

 

●震災後、何か変わったことはありますか?

▶一弘さん「自分たちの店(アウトドアウェア、グッズなどを扱うセレクトショップ「ギャレット」)で、災害時に使えるキャンプグッズなどを意識して取り扱うようになりました。東日本大震災をきっかけに、たとえばランタンとか、災害時用の商品に力を入れる海外ブランドも多くなったと感じます。自分たちも何かしたいと思うけれど、なかなか日々の生活に追われて、結局出来ることは募金だったり、被災地の商品を買ったりすることくらいしかない。でも、ずっともっと何か出来ることがあればしたいとは思っていたんです。」

▶亜紀子さん「今回、tovoさんのお話があってぜひ自分たちの見てきたことをお話して伝えられたらと思いました。つらく、悲しい現実ではありますがこれを伝えていかなきゃいけないなと。」

 

●10年後の家族のイメージは?

▶一弘さん「変わらないでいることですかね。日常を維持していられたらそれが一番だと思います。」

▶亜紀子さん「毎日の当たり前のことが一瞬で無くなってしまう。こういうことがいつどこで起こるかわからない。だからこそ何てことはない普通の毎日が変わらないでいてくれたらいいなと思います。」

 

【取材後記】

「自分たちの見てきたことをお伝えしてtovoのお役に立つのなら喜んでご協力したい!」と快くインタビューを受けてくださった山谷さんご夫婦。叔母様を津波で亡くされたお話を聞きながら涙が溢れてくるような瞬間が何度もありました。震災から7年経ち、どうしても薄れていくあの日のこと。こうやって被災地で見てきたこと、体験したことを共有して、それをまた誰かに伝えていくことは大切なことだと改めて感じさせられる貴重なインタビューでした。

(今号No.075のインタビューと撮影:笹森まさみ)

 

【寄付総額】2011年6月〜2018年4月25日まで「¥6,299,286」を、あしなが育英会「あしなが東日本大震災遺児支援募金」へ寄付することができました。ご支援に深く感謝致します。

 

【定期購読のご協力を!】1年間の定期購読を承ります。1,800円(送料・寄付含)/1年間(12号)です。このフリーペーパーは定期購読の皆様のご支援で発行されております。ご支援の程、宜しくお願い致します。ご希望の方は、ウェブショップ(http://shop.tovo2011.com)よりお申し込みください。


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最終更新日 : 2018-06-07 17:04:20

この本の内容は以上です。


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