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結ぶ

 

春の匂いに誘われて、正平は家を出た。桜の花びらが、ちらりと舞い降りて来た。

もうほとんど葉桜になりかけている。

それなのに正平は、この時期の桜が好きだった。

最後に落ちる花びらはどれか。それを予想するのが好きだった。

正平には今日の昼から、目をつけている花びらがあった。

それがまだ、残っているのか、それを確かめたい。

正平は、川べりにある桜の木へ向かった。

夜の川は真っ暗で、何をしなくても、飲み込まれそうだ。街灯がほんのり届く範囲に、その桜の木はあった。心なしか、昼間とは違った木に見える。実際そうなのだ。昼間あった花びらの大半は、今はどこか知らない川の中を流れている。

正平は、あの花びらがまだ残っていたのをみつけた。

「ほぅ、良かった」

君もいつまでいるんだろうか。

すると、花びらが答えた。「あなたのことが好きです」

正平は答えていった。「そうか、それじゃあ、いれる時まで一緒にいようか」

「ほんとう」

「うん。その証拠に、ほら、僕はここにいるよ」

そう言って、正平は、川べりに横になった。

春の風が、ふぅんと桜の花びらと、正平の体をなでていった。

正平は、目を閉じた。そして桜の花びらのことを想った。

そして、今、この瞬間のために、自分は生まれて来たのだと思った。

僕がいて、花びらがいる、この瞬間のために。

 

 

きゃははははと子どもの声がした。

正平は目を覚ました。もう桜の木は朝の光を浴びて、生き残った花びらたちが、きらめいていた。

正平はそっと身を起こした。そして、あの花びらを見た。正確にいうと、あの花びらの跡を見た。

そこに、もう花びらは残っていなかった。正平は、地面を見た。そして川の中を見た。

無数の花びらたちが、そこに横たわっていた。

 

あの花びらはどこへ行ったのだろう。もう、正平の生きる時間は終わってしまった。

 

正平は、落胆して川べりの道を家へと戻って行った。途中、向こうから親友が歩いて来た。

よう、というなり、親友はさっきの子どもみたいにぎゃははと笑った。

なんで笑うんだろうと正平が待っていると、親友はこういった。

「鼻にも花見させてたのかい」

 

え?と正平は自分の低い鼻を触った。そこには、桜の花びらが一枚、乗っていた。

 

「ああ、ここにいたんだね」

そういって、正平は、花びらを大事そうに飲み込んだ。

「もう少し、一緒にいよう」

 

「俺はもう行く」と、友達が言った。

 

 

 

 

 

 

 


奥付

 

【2018-05-16】指さし小説 第26話


http://p.booklog.jp/book/122043


著者 : かっこ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/resipi77/profile

今回のテーマは、「結ぶ」でした~
丁度指さしていたのが、実を結ぶというところだったので、木のイメージもあって、こんな物語になりました。今年は川辺の桜を7年ぶりに見に行けたので、その経験も入ってます。
 

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