閉じる


永遠、死、自由 Ⅲ 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠、死、自由

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せ、という本能的な声がした。復活してしまった Thanh タンの上半身がゆっくりともたがるのを一瞬、一度見た夢を追体験する錯覚の中に確認する。殺してしまえ。

自分自身さえ呟いていた。声が駆り立てた。二度とふたたび、目覚めないように。荒れた地表の上に日が落ちる。向こうの山が燃えていた。誰かが火を放ったに違いない。Thanh のまぶたが瞬いて、わたしは彼女の頭に発砲した。銃声は意識の向こうで響いた。声。破壊を指示し、殺してしまえと叫び、その声を、いつか支持したあの声。どこからか、本能的な?わたしの息はあららぎ、熱い。吐かれる二酸化炭素の温度。その声を本能的なものだと錯覚することによって、わたしはわたしの倫理を無理やり構築してしまった。唾棄すべき、思い乍ら、彼女の上半身をもう一度撃ち抜いたが、すでに死んでいる彼女はまだ死に絶えてはいない。復活する死者たち。もうずっと前から。よみがえり続ける《死者たち》。

細胞の群れの自分勝手な覚醒。頭部と、胸元から上を半ば失って、砕けた肉の残骸をぶら下げながら体を起こそうともがく彼女に、火をつけなければならなかった。細胞の群れを本質的に破壊しつくすために。わたしが集めた薪に火は放たれて、待っていて、とわたしは言った。不在の Thanh に。もう少し。ね。ときに口にさえ出し乍ら。燃え上がる火に。まだ、あと、もう少し。いったい、何体の人体を焼いてきたのだろう?わたしたちは。Thanh の両手の爪が地面を掻いた。

可能性を感じた。彼女の身体が苦痛を未だ感じている可能性を。

わたしは彼女を殺したのか?何をもって、つばを吐き捨てる。死と言うのか?地雷が分断した彼女の下半身をまだ見つけていない。まだ雨は降っていなかった。髪の毛が血で濡れていた。美しかった彼女の流線型の身体は途中で分断されて、もはやその形態を、何と言えば言いのかわからない。燃え上がった櫓の炎が舞って、わたしの皮膚の至近距離を乾き切った熱気で灼いたとき、わたしは Thanh のもがき続ける身体を放り込んだ。炎上する櫓が火の粉を舞いながら崩れ、向こうに夜の空が見えた。わたしは泣き続けていた。ずっと。

 

 

穢死丸が真ん中でへし折れた樹木の先端に突き刺さっていた。鳥さえもが穢死丸を避けた。見上げられた空中で穢死丸がもがく。血が噴き出した。仰向けに見上げられた視界は空を見てさえいなかった。何も。あえがれた痛み以外をは。自分で逃げ去ることはできるはずもなかった。空は晴れていた。わたしはその光景を記憶した。頭脳に追体験された彼の痛みさえも。わたしは躊躇なく樹木に火をつける。山ごと、燃え上がってしまえばいい。わたしは殺さなければならない。穢死丸を。見上げた視線が、死に切れない穢死丸ののたうちまわる四肢を凝視する。何も、憎しみをさえ感じないままに。

 

 

《新東京共同体》の会合で北浦が演説していたとき、わたしは一番後ろで彼の話を聞いていた。《旧=渋谷市街地》の廃墟の真ん中の旧駅前広場。人々が彼の周囲を埋めた。彼の演説は次第に熱狂を帯びた。彼は人間の倫理を語った。人々は家畜のような表情をさらして彼を凝視した。時に小声でささやきあい乍ら。人々の乾いた体臭が群れた。彼らの誰もがわたしのことを知っていた。わたしが殺した穢死丸が、彼らとともに共生していたからだった。興味は無かった。ハナエ=(ロン)が小さく息を飲んだ。ハナエ=龍の純白のアオヤイがはためく。わたしが彼女を振り向き見た瞬間に、演壇の方から小さな悲鳴と早口のささやき声の連鎖が押し寄せた。波が打たれたように。見つめ返したわたしの視線の先で、倒れた北浦は介抱されていた。人だかりが、演壇の上、彼の周囲にできていた。人々の体躯が揺れた。もはや人々は動揺をかくさなかった。傍らで四十くらいの女が演壇を見つめたまま歯を鳴らした。彼女の感情の震えが直接、わたしに触れた。ハナエ=龍がわたしの腕をつかんだ。わたしたちは人ごみを掻き分けた。足が罅割れたアスファルトを踏んだ。罅割れに植物は芽生えた。北浦のもとに向かった。さまざまな人の体臭と、彼らの体は時にわたしたちに触れ、こすれあい、ぶつかりあった。演壇の上で人々はいまや、うつぶせに倒れ伏したままの北浦の体の回りを取り囲むだけだった。だれにも手の施しようがなかった。北浦の体は内側から青い炎を立てながら燃え上がっていた。北浦を助けられるものはいなかった。「一瞬、無表情になったの。」ハナエ=龍は後で言った。「で、一瞬、ことば、とぎれて。あれ?って。」わたしはひきちぎった犬の肉をハナエ=龍の口に運んでやった。「え?って思ったら」ありがと、言ってわたしの指先ごと口に含んで、ハナエ=龍の舌は戯れるように指先をなぞった。「血、ばっ、って、吐いて、倒れた。」一瞬のあえぐような息遣いの後で、犬の肉は十分に火が通っていた。「前のめりに、車椅子から。どんって。」声を立てて笑い、ハナエ=龍の見つめる眼差しを見詰めかえして、わたしは微笑んでいた。あのとき、青い炎を見て、誰かが言った。

異端種だったんだ。

それは背後でささやかれた女声だった。まだ若かった。そのとき、彼が異端種であることが秘密にされていたことを知った。

 

 

ハナエ=龍が逆光の中に微笑んだ。廃墟の町中の地下を植物たちはすでに支配していた。コンクリートとアスファルトの罅割れに無数の植物が息吹き、さまざまな種類の緑の群れは、ひ弱さの下で生得的な強靭さと強烈さをしずかに充満させていた。大気が樹木たちの呼吸に震えているはずだった。わたしの皮膚が知覚し得ない当たり前の現実として。旧=渋谷地区の中央に開けた公園跡地はいまや樹木に飲み込まれ、そこから放射状に植物の支配地域は拡大した。

疑わしかった。

 

樹木はすでに危機に瀕しつづけていたのではないか。自分自身の強靭さそれ自体によって。不動の強靭さそれ自体が寧ろ繁殖を制限し、土の下で沈黙のままに殺戮が行われ、生い茂った彼らの繁栄自体が、その共存し得ない密集の中で、いつでも彼らの危機そのものであったのではなかったか。どうしようもなくでたらめな暴力を内側にはらんで、破綻しながら彼等は繁殖していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国で無数の核弾頭が破裂したとき、北の空が真っ黄色に染まった。4時間の間継続した色彩。何の色彩なのかわからなかった。惨めなまでに、ちっぽけで、悲しいほどに見苦しいだけの色彩だった。遅れて、チベット仏教新派の武力蜂起だったことを知った。彼らの目的は世界を通常の状態に引き戻すことだった。生まれ、生き、死んでいく、当たり前の世界に。それから、歯止めを失ったように連鎖したさまざまな地方のさまざまな理由のテロが、さまざまな国の、さまざまな核弾頭を狙った。燃え上がった同じような色彩を描いたには違いなかった。わたしがみたのは、中国のほうのそれだけだった。何十億人が死んだのか、正確には知らない。

 

同じことだ。一発、爆発してしまえば。

あとは、何発吹っ飛ばそうが。

 

 

薄らんだ意識が重くかなさっていく。落下し続ける感覚に、次第に重量が生じて行った。まどろみのまま、気を失っていることには気付いていた。覚醒と失神の維持の間で、しずかな葛藤が意識の向こうで演じられ、欲望を裏切るようにして覚醒の瞬間が訪れたとき、わたしはすでに思い出していた。穢死丸がわたしの首をはねた瞬間に、壊れた叫び声を上げながら駆け寄った Thanh の足元を地雷が吹っ飛ばしていたのを。あの時。

 

 

猿丸は見ていた。複数の神に食い散らかされた腐りかけの身体で息遣い、まだ白濁していない片方の目で、彼はわたしが穢死丸の首をはねるのを見た。猿丸が隔離されている洞穴の中に侵入した穢死丸に容赦はなかった。一瞬の迷いさえも。彼の視線は殺すべきわたし以外を見向きもしなかった。障害はことごとく排除された。何人もの従者たちの死体が周囲に転がった。穢死丸がわたしの腹に槍を突き刺したとき、わたしの視界は白熱した。燃え尽きはしなかった。燃え上がって、神経を焼き尽くしながら、そのくせ何をも傷つけようとはしない痛みの感覚が、ただ、わたしの内側を掻き毟っていた。いくつもの叫び声と、悲鳴と、うめき声が連鎖した。自分の声。

不意を衝かれた穢死丸が背後からわたしの太刀を頭に浴びたとき、失心しそうなわたしの意識が、甲高い声を立てた猿丸の後ろ姿を捕らえた。彼にとってわたしたちは見世物に過ぎなかった。はしゃいだ。

無際限の痛みの連鎖の中で、血にまみれていた。切り落とされた穢死丸の腕が泥の上に痙攣した。血のにおいに穢れた。再生しかけたその腕を叩き潰したときに飛び散った血痕の、奥波(おきつなみ) わたし自身が吐いた血、噴き出した血の、彼の飛びちった脳と血の、それら。来依荒磯乎(きよするありそを) 臭気を体中に浴びる。色妙乃(しきたへの) 猿丸は微笑んでいるように見えた。枕等巻而 (まくらとまきて)目を背けもせずに。奈世流君 香聞(なせるきみかも)人麻呂。猿丸は人々に人麻呂と呼ばれた。柿本人麻呂。柿は呪術師がつけた封印だった。柿。渋く、人が口にすることがついにできない果実。皮ごと日干しにされて、皮の中で渋みを蒸発し、やがては腐ったような単なる甘みだけに朽ちてしまうもの。つまり、彼は無害なものに過ぎない、と。たとえ、この、知性のかけらさえない猿丸が狂ったように美しい言葉の群れをその口から吐いたとしても。うねるような、畳み掛けるような鮮やかさを持って。枕詞は踊り、言葉がとめどなく乱舞した。天皇は彼女を賛美した彼の歌を、何重にも封印させて護符とした。だれにも、その歌を歌うことを禁じた。敬し、忌んで、女帝はその歌を聞きもせず、見もせず、触れもしなかった。彼は封印されなければならなかった。らいを始めとしたさまざまな(モノ)に食い散らされながら生きている、もはや(モノ)の側の生物に対して、彼らはそれでも彼を人であって、人の側のものに過ぎないとして封印しようとした。人麻呂という名前によって。この(モノ)は、人に他ならず。彼らは彼をそう呼び通さなければならなかった。

 

複合的な疾患は、もはや猿丸の身体の外観から人間である必然をさえ奪っていた。腐った肉の塊りに過ぎなかった。まともな知性など維持されようもなかった。にもかかわらず、彼はかろうじて生きていた。彼は見ていた。苦痛にのたうちまわるわたしを見、痛いのか、と彼が言ったとき、わたしは私の叫び声を意識の背後に聞いていた。無際限の、無数の苦痛。もはや痛みを感じない人麻呂は、記憶を探った。神経が(モノ)に食い尽くされる前の、痛みが彼の身体に、確かに存在していたときの記憶を。痛み。人麻呂が泣いているに気づいた。懐かしさに涙したのか、彼が見たわたしたちへの嫌悪なのか、(モノ)に食い尽くされた彼の身体の、汗を流すような単なる必然だったのか、なにか。彼は手を差し伸べて、わたしの手に握られていた小刀を取った。触れた。人麻呂の指先の皮膚には乾き切った、かさついた、ざらついた触感があった。彼が痛みもなく、自分の耳を切り取ったとき、噴出した血が岩をぬらした。取り落とした小刀は岩肌に撥ね、音を立て、指先で、彼は自分の血に触れた刹那の瞬間に恍惚とした。わたしは鎮守の熾火から薪をひろい、彼の耳に押し付けた。新鮮な肉と血が焼けた臭気が鼻を突いた。わたしはまだ生きているのか?人麻呂の声に、わたしはこたえた。生きている。俺は生きている。振り向きもせずに。

おまえじゃない。わたしは生きているか?

衝動的な不快感に駆られるままに、わたしは穢死丸の取り落とした太刀を拾い上げ、人麻呂の頭に翳した。人麻呂を殺した者はすべからく重罪だった。触れることさえも。この者に触れることも、この者を殺すことも、(モノ)にだけ許されているに過ぎなかった。

 

死んだら恐怖を感じるだろうか?人麻呂が言った。無数の腐敗臭を束ねた命の()れの果て。恐怖を?わたしの言葉を人麻呂は聞かなかった。心の中に呟かれたにすぎなかったから。いま、おまえは何を感じる?翳された太刀の落とした誰かの血のしずくを頭に浴び乍ら。恐怖を?

 

なぜ?

存在が恐怖を感じたことなど一度もない。なぜ?恐怖。それは人間たちが見たこともない風景に立てた仮説のようなものに過ぎない。恐怖を、人間ごときが感じることなどできない。

お前は?感じたことが?

ない。見た気がする。感じたことはない。

死んだら、人麻呂が言った。恐怖を感じるだろうか?遠有而(とほくありて)

雲居迩所見(くもいにみゆる)

妹家迩(いもがいへに)

早将至(はやくいたらむ)

歩黒駒(あゆめくろこま)わたしはいつか、この気狂いを殺そうと、自分の心の中でだけ誓った。

 

 

 

土砂降りの中に河の水際に辿り着く。ぬかるんだ地を這って、泥が口の周りをさえ汚した。時に口蓋をさえも。その臭気と味と舌触りがあった。鼻腔にさえも。背後に立ち尽くした穢死丸がわたしの背骨ごと鉄杭で貫いたとき、誰かの悲鳴と共にわたしの?視界が白熱した。雨の音は最早聞こえはしない。その叩き付けるこまかな触感さえもすでに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に雨の気配がした。それが向こうから一気に空間を飲み込む。もはやすべては水の中で濡れていた。わたしの体中が、そのなまぬるい冷たさ、その、暖かさが喪失されたかすかで執拗な温度に打たれた。生体の温度を奪い乍ら、その雨の、燃え上がった炎を鎮火していく無慈悲なやさしい音響に耳を澄ます。匂いをかぐ。水の臭気。皮膚を水滴が伝う。水の流れ。鎮火した薪の下で Thanh の身体がふたたび動いているのに気づいていた。わたしは目を背けながら銃口を口に咥えた。引き金を引いたとたんに発砲された銃弾が顎から下を吹き飛ばしたが、頭脳は保持されていた。失敗だった。わたしが泣きじゃくっていたから。嗚咽で震えた指先がしくじった。記憶さえ失われないままに、吹き飛んだわたしの身体が再生する。発狂しそうな、もはや熱気でしかない痛みがわたしを失心させては、同じ痛みが無理やり意識を覚醒させる。背中にぶら下がった頭部の残骸として、わたしはひっくり返った地球に雨が上昇していくのを見る。新たに再生された頭部がわたしを引きちぎる。最早わたしのものではない身体が、幼児以下の知能で地面を這って逃れていく。雨が撃ちつける。声を上げている。悲鳴をさえ。意識の向こうで、わたし自身、そして複数のわたしが。

 

 

おれも、だよ。北浦泰隆の言う声をわたしは耳に聞いた。端整な顔立ちの、三十代に見える、若々しい男。未だ人間たちの世界は崩壊していなかった。すくなくとも決定的には。左手を失っているわたしは、その灼け付く苦痛に歯をかみ合わせるばかりで、それを何度も繰りかえす彼の声にようやく気付く。おれも、お前と一緒。穢死丸の気配がする。どこかに潜んでいる。彼も傷ついていた。わたしほどではなかった。左足は既に再生していた。破棄された工場跡地の、罅割れたコンクリートスラグが血に染まっていた。それはわたしの血だった。背骨がへし折れそうな痛みにむせ返る。震える。冷たく汗ばむ。いつものことだ。泰隆はいちど目を閉じて、ふいに笑った。見て。言った。わたしの太刀で自分の小指を切り落としたとき、泰隆は悲鳴を上げた。切り落とされた小指は死んでいた。汗にまみれながら泰隆が指を押さえていた。おれも、おんなじ。言った。わたしには彼の指先の苦痛を想像してやる余地などのこされていなかった。自分の痛みにだけむせ返った。鼻血まじりの鼻水が唇をぬらす。二人の人間が苦痛に耐える身体の温度が、ただっ広い廃墟の空間の中、わたしたちの周囲だけに密集していた。わたしが、呼吸を整え乍ら生えきった右腕を自分に翳してみたとき、ほら、と泰隆が言う。彼の指先は再生していた。《異端種》なの?言うわたしに、いまだ息を乱したまま泰隆が遅れてうなづいたときに、背後の割れたガラスの向こうに、目線があった。穢死丸に違いなかった。泰隆がわたしに笑いかけた瞬間に、穢死丸の投げた手榴弾が彼を吹き飛ばした。わたしの半身ごと。

 

 

山川毛(やまかわも) 因而奉流(よりてつかふる) 神長柄(かむながら) 多祇津河内迩(たぎつかふちに) 船出為加母(ふなでするかも)人麻呂は賞賛にまみれた。彼を呼ぶとき、夥しい賞賛の形容詞を連呼して、その名をは決して呼ばないことが彼らのしきたりだった。いくつもの歌集が封印されるために編まれた。もはやほとんど機能していない鼻をわたしの皮膚にこすりつけるようにして、わたしの匂いを嗅いだ。昨日もわたしの妻が死んだ。人麻呂がそう言った。鹿を妻と呼び、朝廷から差し向けられた術師は一週間ごとに彼の前で、その《妻》の頭を割った。顔を、でたらめな嘘の顔がかかれた頭巾で隠して。四人の楽師が龍笛を吹いた。甲高い、耳のすぐ近くで鳴るその音が空間を突き刺した。二人の術師が円をかいて舞い、鹿を殺した。斧で、殴り壊すようにして。目をひん剥いた鹿の鼻と口がよだれで濡れていた。向こうに熾き火は燃えた。わたしは悲しい。微笑んだままの人麻呂の顔を見た。微笑み?あるいは、彼の顔の神経は、もはや微笑みの表情をしか作れないのかも知れなかった。

 

 

ハナエ=龍。彼女の美しい身体が空間をうがち、長い髪の毛が空気をいたぶって打つ。兄に教わったという大陸系の武道の踊るような四肢の動きが《死者たち》の身体をへし折って回った。真夏の日差しが廃墟の崩れ掛けのビル郡の谷間に斜めにさし込んだ。余震のたびに軋み、崩壊し、姿を変えた。ときに彼女は声を立てて笑いさえし、わたしは彼女のその四肢に見とれさえした。《死者たち》の一人の男の頭部が千切れ飛んで、壁に腐った血の固まりになって砕けた。白いスパッツだけはかれた褐色の身体が汗ばみ、瞬間の筋肉の凝固と弛緩のさまを皮膚はあざやかに伝えた。それはハナエ=龍の趣味だった。廃墟の中に追い込んだ《死者たち》を狩ること。脆弱な、腐りかけの彼ら。ハナエ=龍に触れることさえできずに、床と壁にたたきつけられる。骨を砕かれながら。やんない?あんたも。上半身の、曝された褐色の肌を汗が舐める。笑いかけるハナエ=龍に首を振って、わたしは龍笛を吹いた。彼女のためにというわけでさえなく。

 

 

二十歳になるかならないかの、どこかまだ幼さを残した泰隆を後ろから抱きしめた日向千秋は声を立てて笑った。千秋は泰隆より二歳年上だった。大学のサークルで会った、といっていた。短い髪の毛を掻き毟るようにして泰隆の頬に擦り付けたが、「なに笑ってんの?」わたしを振り向き見た千秋がそのままの姿勢で言った。かわいらしい容姿をしていた。皮膚に青白さがある泰隆よりも、一般的には好ましい容姿に違いなかった。泰隆は美しかったが、はかなすぎる危うさを感じさせた。

 

容易に死ねない《奇形種》は、だれもがそうっだった。

 

 

ビルの屋上から飛び降りる人の姿を見た。彼は最初、まるで空中を歩こうとするかのように足を踏み出して、彼が、自分がいま、空を歩けているという事実に驚いた小さな悲鳴を立てそうに鳴った瞬間、当然彼は墜落した。一気に、手足をばたつかせたその、速度そのものと化した一気の失墜。頭が割れた血が飛び散るまでは、瞬きもできない一瞬に過ぎなかった。80年代、死者たちが復活して歩き回り始めたとき、人々が見た風景はそれぞれに別のものにすぎなかった。彼らは自分自身で、それに意味を与えなければならなかった。誰かは彼らを彼らの安息のために焼き、誰かは彼らとの共生手段を探った。誰かは彼らに世界の意味を見いだし、誰かは彼らに自分自身の罪を見た。結局のところ《死者たち》はときに拘束されて焼き捨てられ、《死者たち》はときに町を徘徊し、《死者たち》はときに部屋の中に隔離された。まだT.O.M.は月の下を飛んでいた。

 

 

初めて出会ったとき、泰隆はわたしから逃れようとした一瞬の後、沈黙して、思い直したように見つめ返した。渋谷の雑居ビルの中だった。どうしたんですか?彼は言った。わたしは既に失心しかけていた。まだ、二十歳の、華奢な身体の端整な顔立ちの男だった。血まみれのわたしを見て、「なにか、あったんですか?」声に震えがあった。穢死丸はすでに逃げ去ったあとだった。わたしは雑居ビルの階段の踊り場で、失心する寸前だった。わたしは泰隆になにか言い訳しようとした。そのときには既に失心していた。悲鳴さえ立てず、泰隆はのぞきこむようにしてわたしを見つめ続けていた。

 

 

人麻呂に挽いた鹿の生肉を食わせた。術師の言うとおりに払いの印を切って。花を食いたい。人麻呂が言った。

花?

そう。花。

小さな、白い花。こうやって。

口を開き、虚空で、人麻呂は食ってみせた。

 

 

「もうすぐ、腐ってしまいます。」佐藤勝と言う名の男の声に耳を澄ました。彼に言うべき言葉はなかった。わたしにワインを注いでくれ、さしだし、趣味だったんです、と、かつて、言ったものだった。「ワインを集めるのが。」目の前のベッドの上に拘束された彼の妻の死体はのた打ち回って、声帯がまだ機能さえしたならば、悲惨な悲鳴さえ上げ続けているに違いなかった。人間が発するのとは別の感性によってたてられた悲鳴を。息が漏れる音だけが無言のままに聞こえた。復活した妻の死体を、佐藤はそうして保存する以外のすべを思いつかなかった。物理学の教授だった。50歳を超えた、禿げ上がった頭の美しく見事な球形に、照明が反射光を与え、それはすべらかな皮膚の上に這った。腐りかけの妻の身体は臭気を発し、それが彼のダイニングルーム中を満たしていた。特に気にならない、やわらかな臭気だった。鼻は既に慣れていた。「彼女に、何をしてあげられるのかなって、思います。正直、」

彼女。」言おうとした言葉を、一瞬、忘れてしまった唇の停滞のあとに、そして佐藤は言いかけた言葉を飲み込んだままわたしを見ていた。いたたまれずに、わたしは言った。「彼女って、生きていた頃の、ですか?今の、ですか?」

「今の、」佐藤が、少しの間考えた後に「今も、」言葉を発し始めるのだが、「かつての、」妻の首がへし折れそうに横を向いて、わたしだけを見た気がした。その何も捉えていないはずの死んだ黒目が。「彼女の、総体」言って、ついに佐藤は笑った。ベッドごとぐるぐる巻きにされたロープの下で死んだ妻の身体が痙攣していた。

 

 

渋谷の雑踏ですれ違った女の香水の匂いを、泰隆が一瞬嗅いだのに気づいた。「どうした?」

 

 

振り向いてわたしに笑いかけた泰隆に、わたしは微笑むしかなかった。海を見に行こうと言ったのは泰隆だった。もう何年もさ、彼は言った。「見てないから。じゃない?」うながされるままに相槌をうって千秋は髪をかき上げたが、千秋が自殺したとき、わたしも泰隆も、目の前に見ている風景の意味がわからなかった。見上げられたマンションの高層階のベランダに出て、千秋は向こうを見ていたが、わたしたちに気づいた彼女はすぐに手を振った。彼女が手首を切っていることに気づいたのは泰隆だった。Ki-、と、みみもとで鳴った無声音が、彼の歯が立てた音のように、わたしにそれを気づかせた。千秋の両手首が血に染まっていた。茫然とした、夢を見るような表情で、彼女の視線がしっかりとわたしたちだけを捉えていた。何が起こっているのか、わからなかった。彼女の部屋に行く約束だった。入院中でできなかった彼女の誕生日パーティを一ヶ月遅れでやり直すために。「待ってたんじゃない?」泰隆が早口に言った。その声が思いもしなかった背後で聞こえた。泰隆は立ち止まっていた。七歩うしろで立ち尽くして見上げ、その視線の向こうの千秋は声を立てずに笑っていた。まるでそれが当然であるかのような足取りでベランダを超え、わたしは彼女のしっかりしたその足取りだけを見た。わたしたちに歩み寄ろうとした瞬間の、空中に踏みだされた足が一気に彼女を墜落させた。髪の毛が、落ちる一瞬、空間に広がった。数を数える隙もないその直後に、地上、低いところの樹木の陰が彼女の身体を隠した。音さえ聞こえなかった。泰隆はまだバルコニーを見上げたままで、「どこ?」言った。「どこ行った?」口の中だけで呟くように。樹木の枝が激しく揺れていた。その向こうで、千秋の体は頭を砕いて血を撒き散らし、敷地のアスファルトの黒い色彩の上を、さらに黒ずませて濡らした。

 


永遠、死、自由 Ⅲ 2

「殺さないで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穢死丸が呟いた。何度か。もつれた舌が、何度目かに呟かれたあとで、そうやくその同じ言葉をようやくわたしに伝えた。わたしの太刀が何度も彼の身体を打ちのめし、四肢はでたらめに、かろうじてぶら下がっていた。再生しかけた手足がぶら下がった残骸をねじ切ろうとして、穢死丸は悲鳴を上げ続けなければならない。わたしの太刀がもう一度その左足を砕いた。骨がへし折れて、むき出しになったそこが血を吹いたとき、わたしは目を背けていた。自虐的で嗜虐的な昂揚が喉の奥にあった。それは発熱する。穢死丸が、生まれてきたことそれ自体をさえ後悔しているに違いない痛みの白熱した連鎖が、のた打ち回る穢死丸はわたしの目の前にあった。わたしはつばをはき捨てざるを獲なかった。「ころさないで」ふいに笑ってしまったわたしを、肩にぶら下がった首が目を向いて見上げ、「俺は、お前とは違うから」穢死丸は言った。「違うから。殺さないで」

「何が?」

「《新東京共同体》のことだよ」背後で、上原ハナエ=龍が言った。「渋谷で、なんか、がんばってるみたい」言って笑ったハナ=龍の声が不快だった。そこに、目の前の壊れかけの穢死丸に対する軽蔑を感じたから。かすかな、しかし明らかな。《新東京共同体》のことは知っていた。旧=渋谷市街地周辺で、小さな自律国家を構築しようとしていた。すべてが廃墟になった都市で。そして、放射能に灼かれたDNAとともに急速な絶滅を今正に体験しつつあり乍ら。「研究してるみたい。あなたたちの細胞で。あなたたち、死なないじゃん。だから。」

 

「ころさないで」穢死丸が言った。その同じ音声は、聞き取れない舌のもつれの中で何度も呟かれたが、彼が既に失心しているのには気づいていた。繰り返される言葉は最早筋肉の痙攣と同じものに過ぎなかった。ぶらさがった頭部を、再生した新しい頭部がちぎって、穢死丸の頭部が床に転がった。ハナ=龍が背後でガソリンを用意していた。穢死丸を燃やすために。樹木が都市のアスファルトを食い破って、罅割れた無機物が構成した直線的な廃墟の細かな破綻の線の連なりの狭間に、樹木の曲線は単調な色彩を湛えて生い茂り始めていた。樹木がやがてすべて飲み込んでしまうに違いなかった。空間と地下の彼らが触れた空間のことごとくを制圧してしまう、のんびりした制圧者たち。コンクリートはぶち抜かれ、腐りかけの鉄筋は捻じ曲げられ、パイプはつら抜かれる。「どうするの?」ハナ=龍が言った。彼女は期待していた。目の前の不死の生命体が焼く尽くされて、彼自らの不死が否定される瞬間を。肉の焼ける匂い。煙の執拗なまでの臭気。ふと、疑問に思った。焼き尽くされた有機体が素粒子に戻るなら、素粒子のレベルでは死に獲なかったことになる。死?本当に、死に獲た存在など、存在したのだろうか。かつて一度でも。T.O.M.さえ燃えながら墜落して、何年もたっていた。背後の沈黙を振り向くと、ハナ=龍が立ち尽くして目を見開いたまま、彼女の鼻から夥しい鮮血が垂れ流れていた。表情を失った眼差しが、わたしの向うを見つめたままで。「ねぇ。海ってすき?」いつだったかハナ=龍が媚びるように背中に乳房を押し付けて、後ろからわたしを羽交い絞めにしたまま、「ぼく、きらい。」言った。穢いじゃん。だって。臭いし。そのとき彼女の目の前の向うに干上がった東京湾の海が広がっていた。わたしの目の前には、干上がり、どこまでも広がった罅割れたかつての海底がさまざまな海中の残骸をさらしながら日に灼かれていた。その果ての、旧=東京地区の廃墟群。「じゃ、なんで、」言うわたしに「見に来たんだよ」なにじるように頬ずりして「見たいから。」はるかに水平線の向こうで「海を。」空に接して、背後に、海は波打っていた。巨大な水溜り。地表の半分以上を埋め尽くした、重力にへばりついた水溜りの波立ち。ハナ=龍の長い髪の毛が背中と首筋にもたれかかって、束なった頭髪のあまやいだ臭気があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後で甲高い、狂った音調の声が聞こえていた。朝廷の人間が何重もの護符をまき、顔を包んだ頭巾にいつもの嘘の顔を書いて、人麻呂にひざまづいていた。彼らは彼が歌う歌を筆記した。穴倉の前に護摩の熾火が燃え上がり。純白の狩衣の女たちが水を撒き続けていた。女たちのささやき声がたった。不死の人が、と耳元にあそこに。言った。見た。ささやき声は連鎖していた。彼女の視線の先に穢死丸がいた。わたしは太刀を抜いた。女の香のにおいが鼻に残った。やがてもがきながら太刀を、開いた口から地面に突き刺された穢死丸の、両手の指を切り落としてしまいながら太刀を抜こうとする姿を、彼らは熾火で埋め尽くした。穢死丸の眼から涙が、鼻から鼻水が、口から血があふれた。彼の足が地面を掻き毟った。太刀ごと穢死丸は燃え上がっていった。

 

 

海辺でときに集めたすれ違いざまの視線を泰隆は千秋に嫉妬してみせ、千秋は声を立てて笑う。「水着、派手すぎ?エッチかったかな?」千秋の笑い声は甲高く、鼻に抜けるように鳴る。甲高い、変声期前のような声で話した。湘南までは電車で行った。

 

 

「あなたは、どう思いますか?」

「なにを?」佐藤は振り向いて聞き返した。「ですか?なにを。

え?

 

「自分の正気」佐藤は、もはやわたしの顔など見てはいなかった。「自分がまだ、いわゆる正気を保っている自信がありますか?」彼の家の中で、彼の妻の腐乱した体臭は、どこにいても嗅がれた。

「あなたは?」

「信じている。にもかかわらず信じる、と、言いますよね。にもかかわらず、と。ときどき。いろんなときに。」

「信じるしかない、と?」

「あなたは?」

「あなたは、」と、佐藤はわたしの言葉を切って、「どう思いますか?わたしは正気ですか?どうですか?」なにも答えないわたしを振り向き見たが、「狂ってはいない。まだ。狂いかけなのかもしれないけど。」

「なぜ?」

 

「ときどき、思うから。狂ってしまいたいと。」佐藤が声を立てて笑った。「狂った人間は言わないでしょう?狂ってしまいたいなんて。言うかな?狂った人間も言いそうですね、こんなに苦しいなら、狂ってしまいたいって」

「苦しいですか。今、あなたは?」佐藤は親指のつめを撫ぜていた。左の指先の腹で。「苦しいって?なにが。苦しいって、どういう感情のことを言うんですか?感情はある。けど、苦しみかといわれると、そんな言葉で言いくくられたくはない。」

「でも、苦しいんでしょう?」わたしは笑った。「苦しいね。」佐藤の答えを聞いた。佐藤は、「苦しくて仕方ない。」表情を作れなかった。

 

 

鼻を押さえながら、失心しかかったハナエ=龍を腕に抱きとめたとき、彼女の身体が既に崩壊しかかっているのに気づいた。鼻血と間歇的な喀血がおさまらなかった。熱があった。放射を遠因として、あるいは直接的な因子として、もはや何がどうなっているのか判断できない複数の崩壊と破綻が、彼女の身体を蝕んでいた。何がいいとか悪いとかではなくて、失敗した実験の結果を見せられている気がした。わたしたちは(彼ら、は。)失敗しているのだった。いま、まさに、否定しようもなく。

 

 

人麻呂が血を吐いた。朝廷の人間がわたしに与えた仕事は彼を介護することだった。不死の神に食われた人間が、神の巣窟と化した、歌の神に憑かれた人間の世話をする。うつむいていた彼らが正面を向いたとき、彼の、よだれの代わりに膿んだ血を垂れる顔を見て、わたしは声を立てて笑わずにはいられなかった。こんなになっても、人間はまだ生存していられる。岩窟の中は暗かった。焚き火の炎が、彼を照らし、右手に入り口の小さな光の点があった。夥しい従者たちが向こうで何かの儀式をやっていた。狩衣の白が、向こうの陽だまりに行き来した。人麻呂の顔はずっと笑い続けていた。そんな風に筋肉が凝固しているだけかも知れなかった。なんで、生きているのか?わたしの問いかけに、いつか人麻呂は答えた。お腹がすくから。人麻呂にまともな知性が残っているとは思えなかった。彼の歌は、彼による言葉の単なる積み木遊びのようなものでしかないのではないのか、疑わしくて仕方なかった。なんで、死なないのか?わたしの問いかけに、人麻呂は答えた、いま、眠いから。

 

 

穢死丸の素骸骨が太刀を咥えたまま、彼の身体が前のめりに倒れて海水を舐めていた。海岸の外れの岩場、ガソリンを入手しに行った泰隆を待った。背中の向こうに、千秋が向こうをい向いてしゃがみこんでいるのは知っていた。彼女は一と通り吐いた後だった。切り落とされたわたしの左腕はわたしの体ですでに再生され、岩場に転がった左腕は幼児程度の体をすでに再生し終えていた。痛みが、忘れられそこなった記憶の痕跡のように、右腕に執拗に残っていた。千秋にかけてやるべき言葉を私はさがした。わたしの身体がどいう身体なのか、泰隆もわたしもまだ千秋には言っていなかった。わたしの再生を始めてみたときの泰隆よりはマシだった。彼は文字通り泡を吹いて失心した。「痛い?」千秋が言った。わたしの背後に隠れるようにして、頭脳を再生しようとする砕けた頭部の細胞が、咥えこまされ太刀に阻害されて、ただ膿みだけを吐き上げるのを見た。ぐろ。千秋が言った。「何が?」

「痛いの?」千秋の、わたしを見上げた眼差しには、心配そうな、不安げな表情だけがあった。自分ではなくて、他人のために不安を感じたときの、あの、心配されている人間を寧ろ咎めたてるようなあの目つきで。「まだ、ちょっと、痛いよ。」

まじだ。」

うそ。」笑う。「めっちゃ。すげぇ痛いんだけど。」声をたてて笑うわたしの声を聞く。彼女の視線は最早、穢死丸の仮死体に注がれていた。尻を持ち上げて、前のめりに倒れ、今、目の前で、海に向かってひざまづいてわびているような姿勢をさらした。血がとめどなく海水を汚していた。「痛いの?」

「だから、痛いよ。」

じゃなくて。」

「なに?」千秋はわたしの背中に触れる。「この人。いま、死んでる人。」ああ、という相槌をうった声を、わたしはわたしの喉の奥だけに聞いた。「痛くないよ。」

いたいでしょ。絶対」

「意識ないから。いま。意識、完全に、ぶっ壊れちゃってるから。」

 

そっか」鼻水を、千秋は「よかった。」すすった。海の風が直接わたしたちに触れていた。それは熱く、にも拘らず吹いて去った後に、皮膚にかすかな寒さを感じさせもし乍ら、「くさ。」千秋が言う「臭くない?ね。」同意を促し、「なんか、ね。」鼻をすすりながら「海って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、とその女が言った音声が耳についた。すれ違いざまに立った声の、その女は小柄だった。匂いがした。あまやいだ酸味の強い香水。それと髪の毛の臭いが入り混じった。頭の禿げた大柄男に手をつかまれていた。歌舞伎町のはずれの路上だった。夜だった。人は疎らだった。春は既に終わっていた。まだ夏ではなかった。女はでくの坊のように立ち尽くして、しかも歩みやめなかった。一瞬の痴呆状態が彼女を襲っていた。なんども振り向き見る男は、付き回しはじめたわたしの存在に気付いているに違いなかった。戯れるように、町の中を歩き、迂回し、小さな公園に出て、男の手は彼女の手のひらを優しく握ったままだった。女はずっと何かを言おうとしていた。誰かに。何も言わなかった。公園のトイレの中に入った。わたしはそとで待っていた。その必然は何もなかった。立ち去る必然もなかった。空に月だけがあった。星はなかった。衣擦れと、人の気配だけが、人気のない公園の公衆トイレの中に感じられていた。停滞した時間を食い破ってみせる気があったわけではなかった。もてあまして、トイレに入ったわたしは、壁に手をついて尻を向けさせられた女と、その背後で自慰をしている男を見つけた。女の表情は、凍り付いて形骸化した恐怖の表情だけを動きもなくさらした。目が合った瞬間、女が悲鳴をあげた。女の四肢はいま、激しく震えていた。痙攣に近いほどの振るえ。わたしにすがりついた彼女の両足は、制御を失ったようにばらばらの動きをしていた。助けてください、と、その彼女の声を聞く前に、男はあわてて剥き出しの性器をしまおうとし乍ら、泣きそうな眼差しをわたしにくれた。出来心です。男は言っていた。見逃してください。本当に、出来心です、と、言う男の胸倉をつかんだわたしの腕が彼を殴り倒そうとしたときに、背後で女が甲高い悲鳴を立てた。長い悲鳴だった。振り向いたそこに、生き生きとした恐怖にゆがんだ彼女の顔があった。どこからか漏れた汚水に穢れた床の上に投げつけられた男が、性器をさらしたままうつぶせに床を這う。スーツが汚れた水に濡れた。男は失禁していた。何もできなかった。女の声が発熱を伴って耳元にかけられた。勃たなかったから。しようとしたけど、たたなかったから。何もできなかったら。「ゆる、し、ゆる、して、ないで、ころ、さない、で、」何もできなかったから。たちもしなかったから。次第に嗜虐的な軽蔑感を増し続ける女の声を振り向いて、わたしは女を殴った。くの字にからだをまげて女は倒れずに踏みとどまった。なぜか、彼女の両手が反対側にねじ上げられて、震えていた。彼女自身の体内の力みが、彼女の身体をへし折ってしまいそうだった。「会社員です。佐藤勝と言います。」男がひざま付きながらわたしに言っていた。「怪しくないです。普通の男です。」床を、彼の眼差しは凝視していた。都市はすでに崩壊していた。

 

 

「子どもできちゃったよ」泰隆は言った。まじ?「まじ」どうするの?結婚するの?「するする、けど。千秋の親に未だ言ってない。ま、するけどね。結婚。それは、さ。俺の親にも、まだ、だけど。んー。正直、ブルーになるね。やること、多すぎて。んー。就職も、決めなきゃいけないし。バイトしながら、だと、ちょっと。さすがに、さ。」喫茶店で、「無責任じゃん?」コーヒーの白い泡の上のキャラメルパウダーをかき混ぜ、その白さを破壊しつくしながら、「じゃん?ね」わたしは微笑み、彼の手を叩いた。やさしく包むようにして。

 

 

わたしたちの子どもを、ありったけのガソリンをぶち撒いた炎の中に埋葬したとき、ハナ=龍は最早泣きもしなかった。子どもを自分の手で殺した瞬間にさえも。ビルの屋上から放り投げたとき、自分が放した手がさっきまで抱いていた子どもがいた空間をハナ=龍は何も言わずに見つめたあと、振り向き見た彼女はしずかに微笑んだ。「さよならって、」言った。「言ったの。今」子どもの障害は深刻だった。それは生きてはいたが、すべての身体の形態が、人体である必然を失っていた。何かの肉と骨格と神経系の作り出したでたらめな構築物にすぎなかった。生きていた。障害だったのか、と、はたして、その形態は?わたしは疑っていた。そうではなくて、それが、人類を起源とする新しい生体の当然あるべき形態に他ならなかったとしたら?多くの新生児が、似たような重度の障害(と言われるもの)を抱えて生まれてきていることは知っていた。放射能の影響だとひとくくりにされた、さまざまな障害のさまざまな、それぞれの差異は、新しい生体の実験的な形姿に他ならないとしたら?わたしたちは何かの豊な未来を殺してしまっているのだった。「この子だって、ほら」ハナ=龍は生まれたばかりの《それ》を不器用に腕に抱きながら、わたしを慰めるように言った「ちゃんと、生きてるよ」からだの内側で何らかのやわらかい骨格をうごめかせながら、それは鳴き声を立てていた。低い、猫のようなこすれる音声だった。複雑な音調があった。言葉?「がんばってるね。ねぇ。ね、見える?」それが言語だとしたら?「パパだよ」人間には不可能な複雑な音調を複雑コントロールした、高度極まりないひとつの言語だったとしたら?生き残った人間たちはそれでもふたたび生殖しはじめ、ほんのわずかの奇形になれなかった通常児と、大量の奇形児を生産した。ときに出産のために命を失いながら。奇形児たちは処分された。安楽死と言う名の処分。殺される子ども自身の《人間の尊厳》を守るための殺処分。大量の廃棄。それは、正しいの?わたしに生じた疑いが、わたしに、たんなる恐怖感だけを与えた。未来。何か言ったげて。ハナ=龍は言った。媚びるようにわたしの胸元に、子どもごと顔をうずめて。「パパ。なにか、言ったげて。」胸元に彼女の体温と、新生児のうごめく体躯の触感があった。何も考えられない一瞬の、意識の失心しかけたような白濁のあとで、わたしは言った。「愛してるよ。」わたしたちはある一つの未来を殺した。


永遠、死、自由 Ⅲ 3

泰隆が調達したガソリンをぶちまけられて、燃え上がった穢死丸を見ていた。すげぇ。泰隆が言って、不意に笑いそうになり、自らたしなめるように笑い声は崩されたが、「ごめん。」いいよ。泰隆に私は言った。波がうって、岩肌をなめた。「なんか、さ」泰隆が言った。海って、惨めな気がしない?「何が?」千秋の背後で言った声を振り向きもせずに、「なんか、ちいさくって」緑色の波が打ち砕かれて白い飛沫になって、「水平線って、すぐそこにある感じ。母なる、って。まじで?なんか、すっごい惨めなんだけど。」くさい。千秋が言った。同意したのか、そうでないのか、自分でもわかっていない音声をわたしは聞き、穢死丸の身体が強烈な臭気を立てながら燃えた。炎の中でうめくようなノイズを肺からたて乍ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妻は死にました、という佐藤に同情の目をくれた。佐藤は初台の古い一戸建てに住んでいた。その言葉の意味するところはわたしにすぐに悟られた。「会いますか?」佐藤は小指を骨折していた。わたしのせいだった。「会って、」いいかけたわたしに、わたしを同情したように、いいです、佐藤が言うのをわたしは振り向き見もしなかった。「会っても仕方ないですから。」いま、彼女はベッドにくくりつけています。「まだ?」はい。どうしても、言いあぐねた彼からの言葉をわたしは期待しなかった。「どうしていいのかわからないので」

 

 

夢、見た。

うなされて見ざめたあとで、わたしにすがりつくようにしてしがみつき、泰隆が言った。「鳥になってた。宇宙と、大気圏のすれすれのところ、飛んでた。すっごい、こわいの。わかる?すっごい大きな宇宙と、すっごいおおきな空の、すれすれの狭間。すっごい、こわいの」泰隆の若い汗のにおいがした。昼間、出産後意識の戻らないままの千秋のベッドの傍らで。病室の中は暑いくらいだった。微弱なエアコンのしずかな音が聞こえていた。

 

 

瑞樹は二十歳を少し超えたばかりだった。小柄で、兎のように細かく歩いた。美しいとも綺麗ともいえなかったが、ある種の男たちにとってかわいいらしくはあった。佐藤に強姦されかかり乍ら、目の前で泣き出した佐藤に同情の目を向け、むしろ、わたしをなじった。何もできなかったのに、彼女は言い、なにも、こんなことまで、と、佐藤に駆け寄った彼女の短い髪の毛が照明に照らされて、真っ白く染まっていた。わたしにひざまづいた佐藤の額がコンクリートの床の穢い水に直接ふれていた。

 

 

「千秋、死んだら、おれ、生きてくの、ほんとにやだ」全く表情をつけずに、抑揚のないままに呟かれた泰隆の声を、わたしはなぜかずっと、声のきめもそのままに記憶していた。千秋が出産し、意識を失って二日たっていた。病室の窓の向こうは、別棟の白い壁面だった。せめて、わたしは思った。空くらい見えればいいのに。せめて。

 

 

「あなたも協力してくれればいい」北浦泰隆と言う名の、60歳をすこし超えたくらいに見えるその男は言った。綺麗な白髪が、彼の頭部で横に流れていた。「どうして?」

「決まってる。」《新東京共同体》の実質的なリーダーだった。「わたしたちを救うために、」背後でハナ=龍が声を立てて笑った。「冗談で言ってるんじゃないですよ。穢死丸の穢死丸と呼ばれるあなたたちの一人の、あなたが殺した、わたしたちに協力的だった穢死丸の細胞で、さまざまな実験を試みて

「結果は?」端整な男だった。北浦は若く見えた。気品があって、好ましい印象をしか人に与えない男だった。「残念ながら。」

「無駄だった。」

「いままでは。」小さく声を立て乍ら北浦が言った。「でも、いままではいままでであって、これからをは規定しない。」彼のオフィスの中は、それは廃墟を再利用したもの過ぎなかったが、整然と整理されていた。「あなたたちを見てると、」棚に無数の資料が並べられていた。「わたしたちの未来を見てる気がする。あり獲る未来の可能性の一つ。」

「まさか。何千年も殺しあってきたのに?あなたにわかりますか?その、殺戮の時間の長さ。」知ってます。言葉の終わらないうちに言う北浦を振り向き見、わたしは一瞬、ハナ=龍の体臭をかいだ。真夏の熱気の中で、彼女の褐色の皮膚は汗ばんでさえいた。「知ってますよ。ついには知り獲ませんが。わたしはあなたたちではない、ので、ね?もちろん」インドネシア人と呼ばれた人種と、中国人と呼ばれた人種と、日本人と呼ばれた人種の混血児だったハナ=龍は、少し癖のある髪の毛をかき上げて、なにかわたしにめくばせし続けた。「生産行為なんでしょう。たぶん。殺しうことが。あなたたちにとって。それで繁殖するんでしょう?」ハナ=龍がなぜ首を一度振ったのか、わたしには理解できなかった。「同じことだったかも知れない。男と女が愛し合うことと。」違います、ハナ=龍が言った。「いずれにしても、数千年前に発生したあなたという未来に、いま、進んでるのかもしれない。わたしを先駆けにして、

「あなたは?」わたしは、北浦を伺うような眼差しに見つめ、彼は言った。「奇形種。差別用語ですけどね。変異種、とか、異端種、とか。人類とあなたたちとの中間の出来損ないと言うか。あなたたちほど強靭な再生能力を持たないが、人類としては強烈な再生能力を持った、人類の、ある、変異種。」

違います。ねぇ、」不意に、ハナ=龍が言った。「あなた、殺されちゃうよ。いいように利用されて」それはわたしに対してだけ向けられた言葉だった。北浦を見詰めたままに。「そう。」北浦がうなづいた。「利用するんです。じっさい、利用させてくれと、言ってるんです。」

「腕を切り落とすとか?」

「そう。あるいは、そう。」

「どんな痛みか、わかりますか?のた打ち回るような、どうしようもない、」ハナ=龍は何も言わないまま、「わかります。」わたしの背後で私の背中に顔をうずめていた。「わからないよ。あなたには」

「わかりますよ。わたしもやったことがあるから。変異種だから。何度も失心した。」

「じゃ、自分でやればいいじゃないですか?」

「もう無理ですよ。もう」机に腰掛けた北浦の手のひらが「わたしの体は死にかけてる。」彼自身の顔の汗を拭った。「老化なのか、放射能の影響なのか、生活環境の影響なのか、なんなのか。もう、死にかけてる。再生機能は、もう。たんなる奇形種の限界、なのかも知れませんね。」背中にハナ=龍の湿った息がかかっていた。「もちろん、わたしたちが人道的な団体だというつもりはない。見ますか?凄惨な、現場ですが。実験の一つを、見ますか?」

「どんな」

 

「それをみて、あなたがわたしを殺したとしても、わたしはそれに甘んじる。生体実験、人体実験。まさに、そうだ。しかし、」旧地下鉄の長い階段を降りた突き当りの線路上に、鎖でがんじがらめにされた穢死丸が燃えていた。廃棄車両を利用した科学薬品のプールの中で彼は焼かれ続けていた。薬品の中につかりこみ、その液体の内側で透明な炎を立てながらゆっくりと。もはや悲鳴も何もなかった。再生されては焼かれ続ける苦痛の連鎖の中で、彼が最早意識をなど保てているはずがなかった。ハナ=龍が地下階段のところにうずくまって、地面に視線を投げ続けていた。かすかに身体を痙攣させながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浮気したら、どうする?」あのとき、湘南の海岸沿いの道を歩き乍らで千秋は言った「ね。わたしがさ、あのイケメンと」声を立てて笑い、黒い肌のサーファーを向こうに指差したが。「泣く」わたしと飲んだビールに酔いかけていた泰隆が泣き顔をつくりながら言う。「まじ、泣く」千秋の笑い声を聞いた、潮風の匂い。どうしようもない惨めさをもった、そのぬるい風の臭気。それにわたしたちの皮膚はじかに触れていた。向こうに、海は、こじんまりとした球形を描いて、空にふれて尽きていた。確かに、惨めで、ちっぽけな風景だとも言い獲た。

 

 

朝起きると、佐藤はいなかった。廃墟の町並みの中に、佐藤を探した。見つからなかった。何日かたって、地下爆発のためなのか、割れて大きくせり上がったアスファルトのひん曲がった狭間で、佐藤は赤ん坊のように身を丸めていた。息はなかった。野犬が食った痕跡が左腕にあった。腐りかけていた。死んでいた。いまだ復活してはいなかった。そのまま、いわゆる、永遠なる眠りについたのだった。なぜだろう?わたし訝った。腐った身体の臭気に顔を背け乍ら。

 

 

ハナエ=龍の寝顔に朝日が斜めにふれていた。わたしはその温度を感じた。きらめいた産毛が感じたはずの、その。

 

 

瑞樹が媚を大量に含んだ笑い声を不意に立てて振り返った。「すき?」言った。なにが?

です、か?と、その突如甘えた声を聞き、「ね?」瑞樹が吐いた息が腕にかかった。

「なんで、佐藤さんがあんなことしたのか、知ってる?」

「なんで?」

「怖かったの」なんで?わたしは笑っていた。「なんか、ぜんぶ。不安で、」彼女を軽蔑したわけではなかった。「どうしようもなかったんじゃない?ね、」彼女が軽蔑の意味を感じ取って「わかります?」それを排除しようとした言葉が性急になっていくのには気づいていた。「理解できないんでしょう?」咎めるような眼差しに、「でも、」媚のかげがあった。「わたしはわかります。」何を誘惑するわけでもなかった。自分自身に媚びている、むしろ自慰的な媚態にわたしは目を背けた。陰湿で無残すぎる気がした。瑞樹が佐藤を慰み者にしていることは知っていた。会えばいつも、彼女は彼を横たわらせて、もはや機能を失っている彼の性器を愛撫してやった。指になぜ、手のひらにもてあそんで、唇を触れ、口蓋にくわえ込んで。佐藤がそれを拒むすべはなかった。彼は彼女を強姦した、あるいはしようとした、のだから。「いい趣味じゃない。」

「そんな事ない。」言い終わらない前に否定し返した彼女の「趣味の問題じゃない。」唇が、「佐藤さんだって、」いたずらじみてひん曲げられていた。「だって、わかります?」なにが?「死ねなくなった人間の怖さ、わかる?」

「怖さ?」

「死んだら、ああなるの。もう、死ねないの。死んでるのに。わかる?」わたしたちの目の前に首の骨がへし折れた少年の復活した身体が立ち尽くして、ただ、痙攣していた。

「死んでるんでしょう?」

12歳ばかりの少年。彼の頭部は背中のほうにぶら下がっていた。

「そうじゃない。ぜんぜん、そんなことない。」嗜虐的ないろが、明らかに瑞樹にあった。わたしは言った「佐藤さんを、いじめてるだけですよ」

「なんで?」

「復讐?」

「何の?」自分自身への?そんな気がした。瑞樹はただ、単純に笑っていた。単純で、平易な笑顔。

 

 

病室から出てきた泰隆は表情を失っていた。「おれのせいかな?」

「何が?」

いや。」泰隆は言葉を切って、思いあぐねたように、「いや。ぜんぶ。もう、ぜんぶ」千秋が出産したのは明け方だった。病院の通路の清潔な通路は、薬品の臭いに汚れていた。さまざまな冷たい酸性の臭気が鼻をかすかにうった。「どうしたの?」わたしの声には何の反応もせずに、窓越しの朝の光に照らされたが、子どもが死んだ、と言った。わたしはそれにすでに気付いていた。病室の中で悲鳴さえ立った。千秋や、看護師のそれに違いなかった。ちいさな混乱がドアの向こうで生じていた。そのとき、わたしは一人で窓越しの庭を見ていた。アスファルトに描かれたいくつもの車線の中に、車がまばらに駐車されていた。泰隆は呼ばれて中に入ったまま、わたしは、彼らを案じた。「俺の手のひらの上で、泣きながら崩れてった」泰隆が言った。出生した赤ん坊は、彼の腕の中で分子崩壊を起こした。有機体の細胞の結合が解けて、文字通り一瞬で崩壊して行った。まだ、臭いが残ってる気がする。泰隆の声に震えはなかった。しずかな音声だけを、わたしは耳にしていた。彼の上半身、衣類が、血で染まっていた。奇形種が大量に出産されていることは知っていた。極端に迅速な細胞の再生能力を持った、明らかに人体とは違う生存強度の有機体。生まれる新生児の大半は奇形種だった。奇形種という呼び名ではもはやその量を表現できなかったが、人々は、特異種、異端種、さまざまな名前でそれを表現した。奇形種の泰隆の子供が、人類種である可能性はもとから低かった。けど、と、やがて落ち着いた泰隆は言った。カフェの中で、あのとき、と彼は言い、「まさか、ハーフがあんなふうに壊れちゃうなんで、思わなかった。」大気に触れた瞬間に、何かが持ちこたえられずに、崩壊してしまう脆弱な混血体。まさかね。「行こう」泰隆の気を紛らわせるために、わたしは彼の回想を遮断しようとした。「千秋が待ってるよ」千秋はあのとき失心して、悲鳴を上げることさえなかった。悲鳴を上げた気がした。崩れきった残骸が残した血の痕跡を体中に浴びながら、彼女を振り向き見た泰隆の視線の先で、千秋はすでに眠っていた。こん睡状態におちていた。「待ってないよ」泰隆は言った。かすかに微笑みながら、わたしを咎めるように言って、「待ってるのはおれのほう。おれたちの、ほう。」千秋の昏睡はなかなかとけなかった。あれからずっと、昏睡の眠りの中にあった。鼻からチューブを体内のどこかに刺し通されて。「おれは、待ってる。」立ち上がりかけて、「千秋が、目覚めるの、」コーヒーを思い出したように飲み干した。約一週間後、目覚めた千秋は「赤ちゃんは?」言った。まどろんだ表情のままで。泰隆は何も言わずに天井のほうを指差して、目で微笑んだ。天国?「そっか、」千秋の眼はふたたび閉じられていた。「知ってた。」彼女は言った。「知ってる。ぜんぶ、知ってる。」千秋は泰隆が奇形種であることを知らなかった。

 

 

 

佐藤の家の近くの公園で穢死丸を襲ったとき、瑞樹は怯えきって、ただ、泣きじゃくった。わたしは穢死丸の腹にサッシュの破片でくいを打ち、火をつけた。ガソリンをぶちまけられた穢死丸はわたしの左腕ごと燃え上がり、わたしは失った左腕の再生途中の強烈な痛みに、そのまま失心していた。頭の奥で瑞樹が嘔吐した音声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意味もなく手が震えた。

 

 

佐藤は目にタオルを巻かれていた。後ろ手に縛られていた。猿轡を咬まされていた。全裸にされていた。彼のダイニングの床に転がされていた。わたしが大量の食品を強奪してきたときに、瑞樹は佐藤と楽しんでいた。佐藤は泣きじゃくるような声を立てていたが、涙を流しているのかどうかわからなかった。鼻の奥だけで鳴らされるその音声が、遠い、違う世界での出来事のように聞こえた。「見ないで。」瑞樹が言った。「お願い。見ないでください。」瑞樹のひきつった表情は、にも拘らず彼女が笑っていることを感じさせずにおかなかった。その表情が彼女の心情と一致していないとこは明らかだったから。仰向けにされた佐藤が両足を広げさせられて、瑞樹は彼の性器に舌を這わしていた。助けを求めたように彼女の身体に触れようとした一瞬の左手は激しく拒絶され、ののしり声を上げながら瑞樹の折檻が佐藤を襲った。

 

 

インドとミャンマーで奇形種新生児の大量処分が行われたことを、インターネットで知った。泰隆のスマートホンで。わたしたちは、量産される奇形種新生児が時に、日本でも処分されていることくらいは知っていた。時に犯罪として処罰されながら。知能の発育に目覚しい遅れがあった。3歳になっても、人間の言語さえしゃべれなかった。犬が一年で成犬するにも拘らず、人間の一歳児がたんなる未熟児に過ぎないことと同じような、決定的な遅れ。事実、その発生初期に於いては、地球規模での知恵遅れ児童の大量発生として、扱われたのだ。わたしたちの誰もが、彼らをどう扱えばいいのか、わからなかった。

 

 

ハナエ=龍がわたしの性器から口を離した。口元でだけ笑って、わたしの上に乗った。仰向けのわたしの見上げられた視線の先に朝の空があった。廃墟のビルの吹っ飛んだ天井スラグの下で、砕けた残骸の向こうに、それは青い。射精することのないまま、刺激が与えられ続けるままに硬度を保ち続けるだけのそれが、ハナエ=龍の体内が与える刺激を、低く感じ続けていた。わたしに生殖機能はなかった。触感。彼女の体内の触感。ハナエ=龍の体中に彫られた刺青。褐色の皮膚を埋め尽くした桜の花々の色彩は彼女の皮膚の色脳でくすみ、這った龍がのたうつようにして、やがて彼女の背中にうなだれて、いま、背後を上目遣いに見つめているはずだった。手首からかかと近くまで、埋め尽くした花々と乱れた葉々の色彩。黒い龍の尻尾が左足に撒きつき、腰を抱いた長い胴が豊かな乳房の右のふくらみを這って、肥大の頬につめを立てていた。唇にあやうく触れそうになりながら。ハナエ=龍がひきつめたような息遣いをし乍ら腰を振った。わたしも同じように腰を動かし、わたしの手のひらが乳房の、龍の背中を握りつぶした。私の右手が龍の爪をなぞるのを彼女は許した。唇が指先を咥えた。垂れた髪の毛がわたしの腕に触れた。地肌をさらした顔の褐色の肌が、日の光に反射した。永遠に射精することのない性器が、単なる愛玩用の物体として、彼女の体内を愛撫され、彼女の愛撫にわたしのそれは触れていた。

 

 

穢死丸の切り落とされた頭部が覚醒したまま地表に転がった。罅割れたアスファルトが血に染まった。声帯を失った穢死丸が、叫んでいた。声はなかった。それは悲鳴だった。失心しそうになりながら失心しきれずに、穢死丸の小さな頭部の中が、いま、無際限に広大な、苦痛と絶叫の音響空間に他ならないことは、誰にも見て取れた。瑞樹が失禁しながら背後で言っていた。「ねぇ、あれ、だれ?」振り向いたわたしに、身をよじってわたしから少しでも遠くに逃れようとしたが、「殺さないでください」呟いた。なんどもその細かい呟きは無数に彼女の唇に連なった。

 

 

席を立って泰隆がいなくなった瞬間に、結婚するの。千秋が言った。「いつ?」

「来年。ん、と。ね、3月。」言って笑った。道玄坂の映画館の上の喫茶店の中だった。窓越しに並木が幹をさらし、冬、雪が降った白の色彩が都市をうずめていた。わたしは笑い乍ら彼女を見ていた。

 

 

あらく息遣い、唾液交じりの血の小さな塊りを、罅割れたコンクリートに吐き捨てて、わたしを振り向いたハナエ=龍は体をこまかく痙攣させていた。彼女の体中の肌が汗ばんでいることに気づいていた。「どうするの?」

「なにを?」わたしは彼女の声に答えた。「誰が?」上目越しに、なじるようなまなざしを向けたハナエ=龍の。ねぇ。「わたしが死んだら、どうするの?」自分を軽蔑したような笑みを浮かべて、唇の血を舐めた。「ほかに、女、作る?」知らないよ。答えようとした。ねぇ、ハナエ=龍が言い、彼女はわたしに答える隙を与えようとはしなかった。「どうするの?」ねぇ、いつか、「かわいい子かな?」わたしが死んだら、どうする?「綺麗な子?」燃やしちゃう?「どんな子が好き?」ねぇ、わたしが「おとなしい子?」死んだら、一緒に死んでよ。ハナエ=龍は言って笑った。「だめ。死んでほしくない。」しあわせになってね。わたしは彼女になにか言う自由を与えられないままに、彼女の背中を撫ぜた。汗ばんだそれを。

 

 

土砂降りの雨の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結婚したら、働くよ」泰隆が言った。「自信ないけど」

「何の?」

「ずっと、」泰隆の声を聞きながら、彼のひざの上で寝込んだ千秋の寝顔を見た。「知恵遅れだったから。16歳くらいまで。10歳くらいまで、言葉もしゃべれなかった。まともな記憶なんかない。あるけど、自分でもわかる。言葉も何もない人格が捉えたゆがんだ風景。ゆがんだ?わかんないな。記憶してるのは、言葉を使ってもう一度捉えなおした、ゆがんだ風景のようにはゆがんでいない風景。ほんとうに見たのは、それとはまた違うゆがみ方をした風景。覚えてるけど、記憶してないんだ。」泰隆は大学を出た後も働いていなかった。「自信がない。ほんとに覚えてるのかな?12歳のとき。あ、これかって思った。」ずっと、飲食店でアルバイトをしていた。「言葉にさわった気がした。本当に。物として。はじめて言葉がわかった。それまで、言葉をしゃべったり、しゃべられるのがいやだった。音声なら言いの。そっちのほうがよくわかる。怒ったときのあーとか、悲しいときのうーとか、楽しいときのはーとか、なんとか、ね?そっちのほうがわかりやすい。音声が言葉になった瞬間に、それらは急に不可解で意味不明な暗号になる。解き明かさなきゃいけない暗号であることを見せつけながら、その言葉は、誰にもわかることが当たり前だって顔、してる。理解できなかった。言葉そのものも、言葉を話すということも。なぜ、こんなにも明るくてわかりやすい世界を、こんなにも暗くて困難な世界に変えてしまわなければわからないのか、おれにはわからなかった。けど、十二歳、なんか、明確なきっかけがあったわけじゃないけど、言葉に触れた。あ、そう言うことだったのかって。でも、」鼻で立てた笑い声が耳に触れる。「わかる?ずっと、お母さん、って言う言葉を教わることさえ拒否してる、おれの感じ。ずっと、泣いてるんだよ。その言葉の感じが不愉快で仕方なくて。あー、って。あーって言えばいいのに、って。あー。うーー。うあー。はっ。あーは、ああー。あー

 

 

「努力してるの」瑞樹がわたしの性器から口を離して言った。

「なんの?」廃墟になったビルの上層階に忍び込んで、傾いた、崩れ掛けの夕日を見た。

「佐藤さんが女の人とできるように」

「どうして」

「だって、みじめでしょう?」わたしは声を立てて笑った。黄昏の灼けた空が、赤から黄色にいたる凄惨なグラデーションを描いて、不意に、取り残されたままの空半面のくらんだ青さに唐突な消滅をみせた、その光に差された彼女の半身の赤らんだ反射にまばたたく。東京市街区は、へし折れかかったビルの無数の廃墟を連ならせて、ただ、静かだった。

「だれが?」わたしだけがたてた笑い声を、瑞樹は耳の奥で聞いていた。上目遣いに私を見上げ、ときに、頬の産毛で性器にふれた。「わたしを強姦しようとして、あのとき、でも、できなかったんですよ。あのひと」ね?耳元に唇を触れて、彼女の歯がわたしの耳たぶをかるく咬んだ。「ふにゃって。笑っちゃった。あのとき。」髪の毛の匂いがする。「みじめじゃん?じゃない?」

無数の、彼女の髪の毛の匂いが重く束なった匂いが。「あなた自身が惨めなんじゃないんですか?」

「あんな穢のおじさんに挿入されなかったことが?まさか。あなたは勃つじゃない。わたしで」瑞樹の笑い声を聞く。「あなたの穢いおちんちんは。違うの?」傍らの、床スラグを分断しそう走った罅割れの向こうに穢死丸が、「わたし、知ってるよ。」砕けたコンクリート壁の残骸の上で燃えていた。冬だった。その火の気がわたしたちを温めた。


永遠、死、自由 Ⅲ 4

千秋が会社を辞めたとき、「でも。」彼女は言った。「このままじゃだめになっちゃう気がする。」

「何が?」

「自分も。泰隆も」

「なんで?」

 

「泰隆のせい。だから、わたしのせい。」見上げた眼差しにわたしを捉えて、「ぜんぶ、わたしのせい。」言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太刀を貸して、とハナエ=龍が言ったとき、彼女が何をするのかには気づいていた。彼女は殺しに行くのだった。自分を強姦した男たちを。海岸沿いの静かな廃墟の町で、彼らを探し出すのは容易だった。わたしは彼女を見つめた。眼差しには憎しみさえ感じられなかった。それは彼女が既に下した決断に過ぎなかった。奪うようにしてわたしからたちを奪って、彼女は東のほうに歩いていった。道路の真ん中のアスファルトを割った若い樹木の陰を通り抜けて。彼女が妊娠したかもしれない可能性について考えた。

 

 

「何匹殺ったの?」瑞樹が言った。いつだったか。「ねぇ、何匹?」

「何を?」

「あなた自身」

穢死丸?」

「何匹?」

「知らない?」

「あなたのパパとママは?」

「パパ?

ね、

「ママ?

「ねぇ、どこから生まれたの?穢死丸の」

「なに?」

「頭?」

「しらない」

「右手?」

「わからないよ」

「首?」

さぁ」

「おしり?」

「忘れた。」

「何匹生んだ?」

「何を?」

「決まってる」

「穢死丸?」

決まってるじゃん」

「知らないよ。ぜんぜん、」

「百匹?」

「覚えてない。」

「千匹?」

「わからない」

「一万?」

「記憶なんか、もう」

「痛すぎて、」

「なくした。ほとんど」

「吐きそう」

「痛い?」

「吐きそう」崩れたコンクリートの瓦礫の山の中から出ていたのは、腰から上の半分だけだった。穢死丸の爆破が崩壊させた低層ビルの、スラグの下敷きになった瑞樹は、何度も失心を繰り返しながら息を吹き返した。瓦礫の外側に血は一滴も出ていなかった。脚から下の内側のほうが、砕け、潰れて、彼女の血に染まっておぼれてさえることを、彼女の真っ青な顔色が教えた。「我慢しな。」

「する。」

ごめん。なにもできない。」

「我慢する。」

「だいじょうぶ?」

「吐いたら死ぬ。」

そう」

「だから。でも」

「だいじょうぶ?」

「吐きそう」

「がんばれ」

「ねぇ、

「無理?」

 

ね。」死にたくない、と瑞樹が言った。なにか、言葉をかけようとしたわたしが、言葉を思いつく前に、わたしは、瑞樹が死んでいるのに気づいた。あっけなさ過ぎる気がした。穢死丸の右腕が、再生し乍らアスファルトを這っていた。瑞樹の頭がわたしのひざまづいた足に触れる寸前のすれすれに力なく放置されていた。開かれたままの眼は、最早完全に眼差しを失っていた。乱れた髪の毛のアスファルト上の散乱を、踏まないように気をつけて立って、彼女のためだけにせめて涙くらいは流してやりたい気がした。周辺が炎を散乱させ、無数の煙が立っていた。向こうの、巨大なコンクリート片の塊りの下敷きになって、首から上だけ出している穢死丸に近づいた。口を開け、舌を出したまま、途切れ途切れの意識の中で何かを言っていた。声にはなりようがなかった。肺は失われていた。首から下が、再生を繰り返し乍らその都度、その瞬間につぶされているのだった。この、巨大なコンクリート片のどうしようもない重量に。このまま放置したら、と、わたしは思った。どうなるのだろう?このままずっと、ここで、この穢死丸は苦痛を繰り返し続けるのだろうか?永遠に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

してらばいのいそんな音声が聞こえて、傍ら、駅のベンチに座った泰隆を見た。「なに?」

「え?」言って、泰隆は微笑んだまま繰り返した。「こんな風に、永遠にしてられたらいいのに」彼の方で眠り込んでいた千秋が寝息を立てていた。しずかな寝息だった。

 

家畜みたい。ハナエ=龍が口の中で呟いた。《新東京共同体》の所属民たち。すれ違うたびに微笑んで挨拶をくれた。礼儀正しく去勢されたような笑顔だ、とハナエ=龍は形容した。《せめて、人間らしく。》それが彼らのスローガンだった。

 

 

佐藤の妻が隔離されている部屋からの腐敗臭が、もはや、彼の居住家屋のいたるところに漏れ出していた。わたしが略奪してきたスナック菓子を口に入れ乍ら、「何人、死にました?」言った。

何が?ですか?」

「これを手に入れるために、何人、殺したんですか?あなたは。」独り語散るような佐藤の言葉は、わたしに答えを期待してさえいなかったかもしれない。「だれも」笑い乍らわたしが言った。佐藤はその声を聞いた。「安心していいですよ」

そう」

「一人も」侵入したデパートの跡地で、腐敗臭にまみれた暗闇の中から飛び出してきた中年の女が左腕を脱臼しただけだった。「未来も何も、見えないんですよね。」佐藤は言った。「本当に」

「何が?

「ぜんぶ、片っ端から、ぜんぶ。綺麗なくらいに」

誰が?」

「みんな。自分も、なにも、かも」佐藤はわたしの耳元に口をつけるようにして、「もう、歳だから。わたしは」早口にささやきかけた「未来なんて、」たたみかけるように。「ないんですわたしにはけどそれだけじゃないんですこどもたちとかなんだとかそういう人類全体の未来とかそういうぜんぶ全部がなくなってけっきょく自分だけだったらべつにいいんですもう未来ありません歳ですからけど人類、ねぇ?もう、本当に、人類なくなって滅びて?いなくなるっていう未来?何もないんですね。そういう何もなさが何なんですか?」佐藤は最早、声を立てて笑って、それが彼の鼻の先で小さく響いた。「何なんでしょう?」

「悲しいですか?」振り向いていったわたしの言葉に、佐藤を首を振った。「悲しい?」

くは、ないですね。悲しくは。」

「さびしい?」微笑みながら、「しぃくも。」コーヒーを淹れようとする右の指先に「くやしい?」傷が「ぃいくも、」あった。「自分がいなくなった先のことなんて、興味ないんです。人類が滅びた先の地球なんて、興味ないんです。でも、自分が死んだ後のことには興味があるんです。例えば、あなたが、どうやって生きていくのか、瑞樹さんが、たとえば、わたしをどんな風に埋葬するのか。あなたや瑞樹さんが泣いてくれるのか?あるいは、わたしを忘れた後、どんな生活をするんだろう?自分がいなくなった先のことなんて興味ないのに、ですよ。ということは、自分の範疇って、ほんとうに人類っていうことなんですか?」佐藤が肩で笑った。湯が少しこぼれた。「わたしにとって、未来って、いったい、誰のどんな時間のことまでを言うんだろうって」湯気が立つのを見る。「だいたい、言葉で言う人類って何ですか?人類種の総体?会ったこともないのに。」

 

 

ふいに、「日本人ってさ、」振り向いた泰隆が言った。なんであんなに家畜みたいな笑い方するんだろ?わたしは声を立てて笑ったが、「いつでも、どこでも。日本人同士で笑いかけ合うとき。」わたしは幼さを残した彼の横顔を見たが、長く伸ばされたその柔らかい髪の毛が陽に斜めに差されていた。泰隆が就職したのはアルバイトをしていた飲食店だった。「結婚、のびちゃった。」

「なんで?」うーん、と、鼻の奥でだけ呟いた泰隆に、両親?言うと、それもある。泰隆は言った。最初の出産のとき、すごく反対されてたしね。それ、押し切っちゃったし。でも、もう、逃げないよ。泰隆が言った。逃げられない。そう、思うようにした。

 

 

ハナエ=龍が妊娠したのは彼らのせいだった。雨が降った日に彼女を数人がかりで強姦した彼ら。ねぇ、見上げて、わたしに言った。「パパになってみる?」

「パパ?」

「パパになったことある?」ないよ、とわたしは言って笑い、わたしがすでに彼女に同意していことは、わたしたち二人とも気付いていた。

 

 

千秋が二度目の妊娠を告げたとき、泰隆は二週間音信普通になった。

 

 

瑞樹は佐藤に自分を指先一本さえふれさせなかった。あなたは穢いから、と言った。瑞樹がテーブルの上に座り込んで、股を開き、佐藤に自分のそこを見せた。彼はひざまづくように座らせられていた。瑞樹が、指先で開く。佐藤はもはや彼女の虐待には慣れきっていた。表情さえ変えなかった。「見える?」瑞樹が言った。その眼差しが、正面のわたしだけを見ていた。もとカフェだった建物の廃墟の中だった。全面罅割れて崩壊しかかったガラスから罅割れた光が斜めに侵入していた。佐藤は何も言わなかった。瑞樹につかまれた頭がすれすれに接近させられ、質問を繰り返した。「見える?」ずり上げられた黒いパンツが佐藤の禿げ上がった頭に触れていた。

 

 

純白の絹地にあざやかな紫の花を斜めに描かせたアオヤイの下から、ハナエ=龍の素肌の刺青の色彩と形態が透けた。逆光の中に、彼女は美しい影を作った。わたしは振り向いて、彼女に北浦たちを呼んでくるように言った。渋谷の陸の上の公園跡地の近くだった。野生の樹木が密集した、その樹木の幹に穢死丸は二本の太刀によって貼り付けられ、撥ねられた首が足元で失心したまま再生しはじめていた。「あいつらに、渡しちゃうの?」

「ほしがってるんだろう?」わたしは言った。「穢死丸を。」

切り刻むために。」ハナエ=龍の軽蔑的な音調の発話を背後に聞きながら、彼女の軽蔑の意味を探った。

 

 

「さがしだして」

「だれを?」

「きまってる」

「泰隆?」

「さがしだして」

「どうするの?」

「はなしあうの」

「なにを?」

「未来のこと」

「未来?」

「未来のこと。いっぱい、いっぱい、未来のこと」

「どんな?」

「ふたりの。たっくさん、話すの。」

「たぶん」わたしは病室の千秋に付き添って、彼女に言った。「もう、千秋との未来なんか、見えなくなってるんじゃない?泰隆は。なんにも。未来なんかないんだよ。きっと」血を吐いて倒れた後、彼女はこん睡状態に陥った。「知ってる。」千秋は言った。すぐに気がついたものの、病室のベッドに寝かされた彼女はあ、とふいに声を立てて、下腹部に手を入れた。引き出された手のひらが血に染まっていた。

流産していた。ねぇ。動揺して、看護婦を呼んできたわたしの慌てふためいた腕を握って、千秋が言った。痛くも何もないの。ねぇ、まじ?って。「痛くも何にもないんだよ。こんなに血まみれなのに。なんにも、痛くないの。」眼にいっぱいの涙をためながら、笑ってさえいる彼女の表情から、わたしは目を背けた。

 

 

どうしてあんなことしたんですか?言ったわたしに、いつだったか佐藤が言った。「何を?」

「なぜ、瑞樹を強姦しようとしたんですか?」頭の中で思考が一瞬停止し、佐藤は不意に何かを思い出して、「いや、」口籠った。その数秒あとに、「彼女の手を握らなければならなかったんで

「どうして?」

「そんな気がして。どうしても手を握らないと。そんな。けど、握ってしまえば、逃げ場所がなくなって」息をしていた。彼女の手が言いました、握って、と。鼻からしずかな、乱れのない呼吸が聞こえた。「最後までしてしまわないと。」

「最後?」

「手を握ったなら。何が最後かわからなかったんですが、でき獲ることの最後まで」例えば?とわたしが言い、佐藤は一瞬聞こえないふりをしようとしたが、たとえば、殺してしまうとか?わたしは思って、口にはしなかった。佐藤はわたしに笑いかけ、「どうしてなんでしょう?」わたしをではなく、コンクリート片の下で身をもがく復活した瑞樹を見ていた。遠く、すこしはなれた距離に立ち尽くしたまま。「手が見えたから。そこに。手が。彼女の」瑞樹の首が暴れるように痙攣し、両手が背後に敷いたコンクリートスラグを掻きむしった。顔の半分は潰れていた。

 

 

 

ハナエ=龍は時に、白く短いスパッツをはいただけで出歩いたものだった。素肌を思うままにに曝しながら、にも拘らず、彼女の身体は美しい衣類で飾られたように見えた。その色彩とうねる形態を乱した刺青のために。そして、無数の無抵抗な《死者たち》は彼女に刈られた。腐った血をときに、吹き上げながら。彼女のエステサイズの標的として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐藤の妻の完全な腐敗を確認した後で、わたしは佐藤の家に火をつけた。佐藤が離れた背後で手を合わせていた。振り返ることさえしなかった。視線の中に入れることがためらわれた。目を泣き腫らした佐藤の姿を。

 

 

「許してくれるかな?」泰隆が言った。「あいつ、おれのこと」と、数週間ぶりにようやくつながった電話の向こうで、泰隆は何を聞かれるでもなくそう言い始めて、わたしはいま、どこにいる?そのことばさえ未だ言ってはいなかった。「許すよ。」私は言った。「たぶん。ぜったいに。」わたしは言い、誰もが知っていた。千秋は泰隆を許すしかなかった。なぜだろう?なぜ、彼女は許すかないのだろう?だが、わたしたちは、みんなその事実を既に知っていた。

 

 

「あなたを見てると、生き残ってる人間の卑怯な卑屈さだけを感じてしまう」その、ハナエ=龍が背後からかけた言葉を、北浦は一瞬無視しようとして、思いなおした。「卑怯。卑屈。そうですね。そのとおり。卑屈でさえあります。」車椅子を引いている彼の妻は、二人の会話の意味を捉えようとして伺ったが、それはわたしも同じだった。「毎朝の日課があります。」北浦が言った。彼は右手を後ろ手にのばして、彼の妻に触れようとした。「毎朝、じゃないですけどね。二、三日に一回くらい。」彼の妻は微笑むべきかどうか、自分の表情のあるべきかたちを自分の中で探していた。「性器を切るんです。」

「自分で?」わたしの声に、振り向きもせずに、「自分で。再生には二、三日かかる痛みは、ちょっと、ね。すごいですよ。」短く声を立てて笑ってみせ、「麻酔を打っています。だから、自分では立てないんです。半身不随になる。そのくらいしないと、ちょっと、耐えられない。最初、衝動的にそれをやったときは、本当に、記憶を半分くらい失いそうになるくらい痛かった。何日も。ずっと。」

「なんで?」ハナエ=龍は瓦礫の上に昇って向こうを見乍ら、雨が降る、ね?「卑屈で、卑怯だから」北浦が言った。向こうの空に暗い雲があってもうすぐ雨が降ることが知れた。「わかりますか?怖いんですよ。人類の崩壊に立ち会うことが。奇形種と呼ばれたわたしたちが大量に出生したとき、いろんな議論がありましたが。わたしは先行種だったので、始めは自分だけの特異な能力なのかも知れないと思っていた。そのうちは良かったけど、新生児の大半が奇形種として生まれ始めたとき、わたしは怖かった。わたし自身が、わたしたち自身が?人類を、自分自身、わたしにとっては、あくまで、自分自身を、あの膨大な人間たちの数、現在、過去、未来、時間、記憶、それらのすべてを破壊し破滅させ絶滅させようとしている、その実感が。どうしようもなく怖かった。それは誰かの、新しい人類であるわたしたち、の、可能性ではあるかもしれないけれど、わたしにとっては、《わたしたち》の可能性ではなかった。人類は滅びるしかないんだから。わたしは、自分が人類だと思っていたから。人類ではないことなど、知っていましたが。ね?可能性に満ちている。けど、誰の可能性でもない。人類は滅びるしかない。どうしようもなく怖かった。奇形種の大量殺戮が繰り返されましたね?わたしも加担しましたよ。批判が多かったし、違法だったけれど。迷うことなく。わたしには生理的な嫌悪感があったから。」

「で、切っちゃうの?」振り返ったハナエ=龍は鼻に笑い声を立てながら言って、「なんで?」もはや、おかしくてたまらないように笑うのだった。「なんでよ?」

「卑屈だから。卑怯だから。倫理。子どもを生む可能性を拒否して、そればかりでなく自分の身体に刻印し続けること。妻が、切ってくれます。自分ではできない。吐き気さえする。刃物を当てたときの感じ。麻酔で、何も感じないはずなのに、冷たい触感がある気がする。事実、ある。」

「奥さん、切ってくれるの?」

「泣きながら、ね。ほんとうに。もう、目にいっぱい涙をためて。涙をこぼれさせ乍ら。わたしは口に彼女のハンカチをかんでいる。叫び声を上げてしまうから。」あつい。ハナエ=龍がアオヤイの上を脱いで肩にかけ、湿った風に皮膚をさらした。日本が乾期と雨期の二つの季節しかなくなって、もう長い時間が過ぎた。ハナエ=龍の皮膚の上以外には、もはや桜さえ咲かなかった。わたしは彼女の背中の龍の鼻をなぜ、彼女の汗ばんだ肌の触感を指先に感じた。

 

 

あ、とふいに口にした瑞樹を見上げた。調達に入った廃墟のビルの窓際で、日差しは傾きかけていた。部厚い会議テーブルの上に横たわらせたわたしの体の上で、裸になった瑞樹が腰を振った。快感はなかった。なにも。それを感じる感覚機能はそもそもなかった。体の上に声を立てる彼女の快感をわたしは見つめただけだった。不意に停止した腰の動きが、やがて、すべての体重がわたしの体の上にかかった。

「なに?」

言ったわたしに、おくれて気づき、なに?聞き返したあと、瑞樹は声を立てて笑った。鼻にかかった短い笑い声。

 

 

数週間ぶりに会った泰隆を、認めた瞬間に見せた無表情な表情の固着、そして、そのまま振り上げられた手のひらが彼の頬を打ち、既に一瞬見せた怒りの表情は失われた後だったが、もう、千秋は泣きじゃくっていた。遅れて、泰隆は千秋を抱きしめた。千秋の借りているマンションの部屋の玄関口で、わたしは彼らから目を背けた。彼らを視界に入れるのには、眼差しに軽い痛みが伴った。どうと言うこともない、ただ、不快な痛みだった。

「一人にしないで、」そう瑞樹が言っていることがわかった。聞き取りようがない、しゃくりあげる乱れた音声の向うで。

二日後に千秋は死んだ。

 

 

自分を強姦した彼らを殺しに行く前に、わたしの太刀を手に取りながら、ハナエ=龍は言った。泣かないで。わたしは彼女の頭をなで、その手のひらはやがて彼女の髪の毛を愛撫していった。「何にも、傷つかなくていいから。もう、おわるから。気にしないで。何でもないから」傷ついた人間を慰めるように。わたしは傷ついていた。それにすでに気づいていた気がした。愛する存在を傷つけられたこと自体に。「もう、だいじょうぶ。」ハナエ=龍がわたしに言った。

 


永遠、死、自由 Ⅲ 5

背後から、何の意味もなく不意に、かるくわたしの頭をひっぱたいて見せて、瑞樹は声を立てて笑う。何?答えないままに、戯れるように逃げるそぶりをした。わたしは彼女を追っかけてやった。瑞樹は逃げた。わたしをなんども振り返り、わたしの追走を確認し乍ら。「ねぇ」かすかに傾斜している高層ビルを上がった。非常階段を、息を乱して、ときに休んだ。笑い声が彼女の息をさらに乱した。廃墟のビル。ところどころ、割れたスラグから鉄骨が突き出て、次の地震で倒壊するに違いない。砕けたコンクリートが鉄筋にぶら下がって鳥を留めていた。灰色の鳥だった。鳩だったかもしれない。十数階のビルの最上階にあがり、そこは無人化していた。もと居住用のマンションだった。最上階は豪奢を極めた。すべてはもはや残骸だった。ところどころの壁の焦げた跡が、そこで何が起こったのかを暗示していた。《死者たち》はここでも焼かれたのだった。核爆発のとき、彼らがこの窓からどんな風景を見ていたのか、わたしは知らない。瑞樹がクローゼットを物色した。服を脱いで、ベッドにかけ、ねぇ。彼女が呼んだ。振り向いたわたしにわざとらしいウィンクをして、声を立てて笑った。下着に手をかけて、脱いだ先からわたしに放った。ね。言われるままに、瑞樹のあとを追った。屋上への階段を探し、見つけたとき唐突に振り返った瑞樹は投げキッスをくれた。屋上に出た。高層階のビル風が舞った。瑞樹の髪の毛が乱れ、近く感じる太陽の日差しが、全裸の彼女の肌を上から下まで照らしだす。空は青かった。都市に人の気配はどこにもなく、雲の連なりが斑に推移する色彩を描いて、無言のままに覆いかぶさった。身を乗り出して町を見下ろし、瑞樹は何も言わなかった。一瞬、倒れそうになった瑞樹が、墜落する寸前で持ちこたえた。「だいじょうぶ?」駆け寄ったわたしに倒れこむと、腕の中で、瑞樹は大量の鼻血をたらしていた。「めまい、した」言った。体が細かく震えていた。立ってられない、言った。彼女が、もうすぐ死のうとしていることにわたしは気付いた。瑞樹の身体は放射能に食い散らされた後だった。「わたしが死んだら」やがていつだったか、瑞樹が言った。「ビルの屋上から放り投げて」

「どうして」

 

「最後に、空くらい飛びたいから。」瑞樹の止まらない鼻血と、歯茎からの血が、日の光に差されてきらめき、わたしは見上げた逆光の雲間の太陽に目をくらませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土砂降りの雨の中にハナエ=龍の悲鳴が聞こえている気がした。予感があった。予感はなにも具体的な未来をも、現在をも伝えなかった。わたしは太刀をとって、廃墟の崩れかけたコンクリート片の隙間を走った。見つけ出したハナエ=龍は雨に、仰向けになってうたれていた。コンクリートの瓦礫の小高い山の上。遮るもののない雨が直接彼女の素肌をうった。それを踏んづけた瞬間に、滑った足が、破り捨てられたアオヤイの残骸を踏んでしまったことに気づかせた。行為は終わっていた。男たちは雨に濡れながら、抵抗さえしなくなっていたハナエ=龍の体を見おろしていた。見惚れてしまうほどに、美しい形態だった。大の字に広げられた四肢が、そのまま雨を受けいれて、無数の水滴を撥ねさせていた。わたしは一人の男をしか殺せなかった。逃げていく数人の声を、息遣いと足音をいくつもの方向に聞き、わたしはハナエ=龍の額を撫ぜた。うつろな目が焦点をとり戻そうとして、やすらいで、ふたたび焦点を失った。だいじょうぶ?掛けた私の声に何の反応もして見せなかったが、彼女がわたしの声を聞いていることは知っていた。傍らに転がっていた男の死にかけた体が、うめき声と荒れた呼吸をたてながら、音をたてて瓦礫の山から滑り落ちた。水滴が撥ねる無際限なほどの音響の束なりが、空間を満たし続けていた。皮膚の上の水滴の無数の流れ落ちる流線型の軌道を見た。「たぶん、妊娠したよ」やがて正気づいたハナエ=龍が、体を乾かしながら言った。わたしの耳もとに、微笑み乍ら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………..、月が、傾いた。

人麻呂がそう言った。死にかけの、(もの)憑き。

 

ぼろくずのように横たわり、最早自分で立つことさえ出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泰隆と見に行った海に日が落ちた。向こうに赤く染まった空と海が、遠いさざ波を立てた。雲の群れらが細かな崩壊を繰り返してうごめき続け、光をうねらせた。何も言わずに立ち去ろうとする泰隆の腕を、わたしは後ろ手につかんで離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.01.24-29

 

Seno-Lê Ma

 

 

後記 

ちなみに、《不死の男=穢死丸》は、

繁殖し続けるお互いで殺しあい続けることになっていますが、

この設定は、もしも、ぶった切られれば、

そのパーツごと再生してしまう生命が生まれたとしたら、

もちろん繁殖方法としてはお互いを殺しあうことになるはずだ、という、

アイロニーに基づきます。

出産することに苦しみがあるように、体を切られる苦しみを、

この奇妙な不死の生命体は体験するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 



読者登録

Seno Le Maさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について