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14.コーポレート・ガバナンス

14.コーポレート・ガバナンス

 

  現在コーポレート・ガバナンスに関する議論が盛んにおこなわれています。多くの経済誌の新年号等で特集が組まれていますし、これからの企業経営を考えていく上で非常に重要な意味があります。

  また、日本経済新聞2000年1月23日付には、社会経済生産性本部が1999年春の新入社員を対象に実施したアンケート調査からの結果ですが、会社のためなら不正もやむなしとする新入社員は40%もいると、コメントしています。

  総会屋に対する利益供与に関して、警察当局から度々の要請にも関わらず、いまだ一部の企業から利益供与や交際費の提供など、関係部門の担当者、あるいは取締役の逮捕といった不祥事が発覚しています。

  警察当局の再三の呼びかけに、特に過去の経緯は問わないことを前提に、積極的な情報開示と絶縁への取り組みが継続的に要請されています。

  特に警察当局の要請には、過去の経緯を問わないという画期的な条件に恵まれている中にあっても、今だ、このような経営をおこなう日本企業の本質的体質とは、どのようなものなのでしょうか。

  大体、不祥事が起こると決まっておこなわれる定例行事があります。組織変更、組織改革、担当者の異動などです。どうもこのように部門機能や担当者の変更はおこなうのですが、抜本的に経営能力を高めるための努力をしたり、より本質的な経営システムの改革などは依然として苦手のようです。

  苦手とういよりは、嫌な面の本質的究明をしないといったほうがよいでしょうか。日本人のDNAのなせる業ですかねぇ。()

  一部の人間の突出した行動などとして、事態を収集することで、対外的なイメージだけをすばやく回復させたいというような思いが強くあるよう感じられるます。ちょっと違うんじゃない、と言いたいとろですが、そう思うのは私だけでしょうか?

  これまでの日本企業の経営システムに問題はないのでしょうか?実は、新入社員の不正やむなしということよりも、より本質的な問題があります。なんと言っても、経営のチェックがなされていなかったといっても良いのではないかと思います。さらに経営者の経営能力が問われにくいシステムだったのではないか、と考えています。

  経営能力が問われにくいシステムとは、どういことでしょうか?

神戸大学の加護野忠男教授は、企業統治の根本的な『二重の無責任』の問題として、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス1月号に次のように述べられています。

『日本でもコーポレート・ガバナンス(企業統治)をめぐる議論が活発におこなわれている。この議論で気にかかるのは、企業統治に関するグローバル・スタンダードをいかにして受け入れるべきかというところに議論が集中し、日本企業の国際競争力を高めるための企業統治はどうあるべきかという視点が欠落していることである』、また企業統治に関しては『経営者の任免・牽制・誘導を通じて、健全で活力ある企業経営を生み出すための制度と慣行である適切なリーダーを選び、このリーダーがより良いリーダーシップを発揮できるような条件を整備することが企業統治だと言えるかも知れない』と書いておられます。さらに株式会社という制度の欠点について『株式会社という制度は、企業統治という観点から見ると、多くの欠陥を抱えた制度である。それにもかかわらず、株式会社が現代の資本主義社会で支配的な会社形態となったのは、この欠陥を補って余りある利点が存在するからである。株式会社、特に上場会社における企業統治の最も根本的な問題は、「二重の無責任」にある。つまり、経営者と株主が共に無責任になってしまいがちということだ。経営者は他人の財産を預かるわけであるから、自分自身の財産を運用するときに比べて、真剣さが不足しがちである。株主は、株価と配当にのみ関心を持ち、企業経営にコミットしないという意味で、無責任になりがちである』

  加護野教授が言っておられる経営者の無責任とは、経営者の経営能力の欠如と考えてもいいと思います。

  経営能力の中には、適法性に基き企業の独自性を発揮することで市場経済の中で、自社の企業業績を上げていく能力とともにビジネスをおこなっていく際に必要となる経営者個人の倫理観も含まれています。

  経営トップと言えども、我々と同じ人間です。

 企業業績を上げて、経営職へ登用されたからといって個人として正しい倫理感を有しているかどうかは別の問題であり、別の次元のことなのです。また、どのような人間でも間違いを犯すということは、歴史の多くが証明しています。

  このようなリスクがあるからこそ、適法な企業経営ができるようなシステムをいかにつくるかということが重要になります。

コーポレート・ガバナンスの問題は、まさにここに帰着する問題だと言えそうです。当然ですが、経営者をチェックする仕組みをつくることが必要になります。

  ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス同月号で、オリクッス株式会社社長 宮内義彦氏は、『これまでの日本企業のガバナンスについて振り返ると、その姿形こそ株主総会、取締役会、監査役などが整備されているが、株主の立場から見れば実体は形骸化しており、ときとして経営トップ一人の肩にガバナンスを背負わせる人治主義に陥っていた。しかし、グローバル化が進み、複雑化を極めるビジネス環境では、経営トップただ一人にすべての判断を委ねる人治主義はリスクが大きすぎる。チェック機能をシステムとして備えること、すなわち、法治主義へと転換しなければならない』、また『世界のガバナンスの潮流を見ると、アカウンタビリティ(報告責任)、ディスクロジャー(透明性)、フィディシャリティ(公共性)、議決権行使制度、取締役会の役割と責任などが共通要素として取り上げられている』

宮内義彦氏は、同誌面の中で日本企業におけるガバナンスにおける改革として3点をあげておられます。

第一点は、取締役会の改革です。

  『まず手始めに、取締役会と執行役員の分離を検討すべきである。すなわち、経営に不可欠な意思決定と執行に対する監督機能が十分に果されていなかった。日本企業では取締役会が両機能を兼任することがほとんどであり、取締役会の本当の役割である。』

  この点は、宮内社長も書いておられますが、社外取締役制度やアドバイザリー・ボード制を導入することで経営者自身の経営能力をチェックすることが必要になっています。

  米国企業などの経営経験者の就任がより効果的ですね。実際、数は少ないですが一部の企業では就任しています。

 アドバイザリー・ボード制、こちらも米国企業の経験者をいれて、本格的なチェック機能をもたせている企業が現れました。

  いずれにしても経営トップの経営能力の評価・報酬・進退の進言、経営に対する助言などをおこないます。

第二点は、報酬制度の見直しです。

『健全なガバナンスを構築するためには、マネジャー層の安定した協力が不可欠となるそのためには、株主利益と経営者利益のみならず、従業員利益をも一致させる必要がある。 中略  いずれにしても、生産部門と間接部門、採算部門と非採算部門などの特性に応じた正しい評価制度をつくり上げることを前提として、株主に向かった経営を実現するためにマネジャー層などを巻き込んでいくには、報酬制度について再考しなければならない。』

報酬制度に関しても、多くの日本企業で管理職の年俸制をはじめとして多くの改革が進んでいます。

ソニーのようにジョブサイズ制を採用して、これまでの職能資格制度を基本とした賃金から仕事の大きさに合せた賃金に変化をさせようとしています。マネジャー層の活性化と企業業績の連動、さらに株主価値を上げるためチャレンジだと想像できます。

但し、多くの日本企業では、企業業績の低調さから企業コストの削減のための年俸制度導入をおこなっていると思われる企業もあります。

ソニーやオリックスをはじめとしたコポレート・ガバナンスに根ざした報酬制度の改革を実施できている企業は少数だと言えそうです。

第三点は、経営数字の全社的な共有です。

『収益性を向上させるためには、限られた経営資源を効率的に活用しつつ、常に新たな事業機会を探っていかなければならない。とはいえリスクとチャンスは裏腹で、しかも絶えず変化している。だからこそ、資本を各事業に最も高率的に割り当ててマネジメントすることが不可欠となる。同時に、株主利益と経営者をはじめとする従業員の成果を一致させるためにも、社内で経営数値を共有することが必要である。』

  自社の事業活動の結果としての数字をオープンにすることで、自分自身で経営数字を認識することができさらに事業活動の判断をすることで、自分のポジションにおける客観的な状況を把握することができます。それがよりチャレンジングな活動を可能にするのです。

最後に、日本独自のガバナンスを模索して確立することが必要です。

コーポレート・ガバナンスのあり方関して、宮内社長は『ガバナンスの確立に向けた一連の試みの出発点となるのは、実は「株主とはだれか」という問いである。一口に株主と言っても、その種類はさまざまである。なかには、短期的な株価の値上がりのみを追求するような株主もいる。たとえ株主資本主義とはいえ、企業は存在し続けていかなくてはならず、ただ単に、どんな株主の要求にも応じていればよい、というものではない。』

コーポレート・ガバンナンスに関しては、前掲のスタンフォード大学の青木教授は同誌面の中で『企業内部の人的資産を有効利用するためには、経営者と従業員の馴れ合いを規制する第三者的チェックの仕組みを工夫することが必要となる。そうした観点から資本市場による規律の役割も重要である。コーポレート・ガバナンスには一斉に強制されうるような妙薬はない。よりよい仕組みを求めての実験は、21世紀においても経済界の主要なアジェンダであり続けるであろう。』

  オリックスの宮内社長は、これからはガバナンスに優れた企業が有利になると、語っておられます。このことは、前記のとおり経営の透明性が高くなり、人治主義から法治主義経営への転換を意味し、開かれた経営を目指すための当然の帰結だからだと思います。

  新入社員の不正やむなしではなく、経営トップ自らが経営能力を高め自社の経営の在り方を根本から改革できるかどうかにかかっています。適法経営が可能な経営システムをいかにつくることができるかへの挑戦です。

  今後は、このような観点から内部監査システムをつくるなど、各企業の創意工夫により、公共性や透明性、あるいは経営情報の全社的共有といった企業固有のシステムが必ず生まれてきます。このような角度から企業を理解することが非常に重要になります。また、企業間格差もこのような経営システムの差となって広がっていくものと想像されます。

  個々の仕事とともに、このような経営の根幹をなすガバナンスという視点を各個人がしっかりと認識をして勉強しておくことが大切です。

 


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最終更新日 : 2010-11-11 08:26:04

15.ソニーとガバナンス

15.ソニーとガバナンス

 

現在、ソニーでもコーポレート・ガバナンスに関して多くの改革を急速に展開しています。

  その前に、ソニーに関する経営改革の流れをみておきたいと思います。

  1994年にソニーでは、カンパニー制を導入しています。企業規模の拡大と伴に経営活動の迅速化や効率化を推進していく目的で導入をおこなっています。投資等における決裁権限の大幅な委譲などが実施されています。

ソニーが最初に導入したカンパニー制は、瞬く間に日本企業で導入された経緯があります。しかしその後導入企業を見ていますと、業績を上げている企業もあれば、業績不振に陥っている企業もあります。また、カンパニー制を導入せずとも高い収益性がある企業も存在しています。単に、カンパニー制という仕組みの導入をおこなっても現場における経営活動の抜本的な改革なしに機能することはありません。

ソニーがおこなう経営システムの変更やチャレンジングな数々の挑戦は、それが結果ではなく、いつもはじまりなのです。必ず成功するという確信の元におこなうというよりは、現状のシステムに問題があれば、先ず新しい考え方や仕組みを導入してやってみる。いわば、現状否定から出発しています。また、新しいものにチャレンジしながら、問題点や課題を解決するといったトライ&エラー方式の挑戦なのです。しかも社員達は、全員とは言えませんが、経営トップに近い小林さんなどもそうですが、「またソニー本社がやりやがったな」といいながら果敢に挑戦する姿勢があります。そういう訓練を若い時代から受けているというか、ソニーのDNAというのか、半分は面白がっているようなところもあります。むしろ若い連中や途中入社の我々のほうが度肝を抜かれているような気がします。

まぁ、何事もやってみなくてはわからない、といった哲学を毅然ともっています。このへんもソニーのユニークさのひとつだと思います。

形式ばらず、変化を楽しむ、変化の先にある未来にチャレンジしていくとった柔らかな柔構造の改革です。駄目だったら、元に戻せばいいやぁ、程度の軽い感覚で実行していきます。当然、悲壮感などありません。

なにやら改革そのものが目的となっている日本企業における堅い構造の変革とは、似ても似つかない改革です。問題、OK。課題、OK。あればあったで、気づいた連中がさらに改革すればいいじゃないか、といった現場が主体となったオープンなやり方で実行していきます。

制度改革というととかくご本社様の威光に沿った制度を現場が受け入れて、あくまで本社部門による一貫した変革を目指すというフィックスされた改革を想像するでしょうが、ソニーの改革は、この点最終的な結論などないと考えていたほうがよいでしょう。実戦しながら現状を打破することが目的であり、制度の変更は単なる手段にすぎません。より多くの可能性発見のための挑戦です。

現実に、カンパニー制もその後、1996年には、前年就任した出井社長の登場とともにデジタル技術と通信技術、あるいはネットワーク時代にふさわしい事業展開を推進するためのITカンパニーなどを含む従来の8カンパニーから10カンパニーに変更されています。

カンパニーの独自性が確立するとともにカンパニーだけで自己完結しようとする組織機能が働くことは、自主自律性をもたせて経営スピードを早めより市場に近いところで事業活動がおこなえると同時にソニー全体、いわば企業活動の全体からみた経営スタンスを見失い、カンパニーの中に技術や人材が埋没するといった欠点をも内在しています。

1997年には、このようなカンパニー制の課題とソニーの事業領域の全体活動を強化していく目的で、グループにおける本社機能を強化しています。

このようなチャレンジしながら問題や課題を発見して経営システムの変更や事業活動の修正を適宜できるところにソニーの柔構造の強さがあります。

またかよ、なんて言いながら結構みんなよくやります!

あれだけ大きな企業の割りには、やっている経営システムは驚くほど軽いのです。日本企業には想像できないところではないでしょうか。簡単にまねができないはずです。井深さんや盛田さんが創業期から若い人達を育てあげてきたからこそ、ソニーでは意図も簡単に経営システムの変更が可能ですが、従来からの日本企業では、変更しても自主的に自律した組織運営をできる人材そのものがいないといって言い過ぎではないでしょう。また、本社サイドの過度の干渉のために自律できないといった組織矛盾もあるようです。組織システムを何度変更しても、このような自律した人材と真実権限を委譲できなくては、経営システム改革など夢ではないかと思います。

このような経営活動が子会社を含めて、実戦できるところにソニーの経営システムの真の強さが存在しています。

ベンチャー企業やこれから企業業績を伸ばしていこうとする小企業にとって絶対的に参考になると確信しています。むしろ大企業にとって、ソニー流のやり方はソニーそのものが過度の企業統制をおこなっていないだけに、変革のプロセスにおいては、本質的な意味がまったく違ったものになる危険性があると思われます。このあたりのソニーのマネジメントにおける真実を把握しないで、制度の導入だけを真似しても上手くいかないのではと危惧しています。

ベンチャー企業や小企業にとっては、人材に相当大きな仕事のチャンス与えることができ、また経営システムを簡単に変更するだけの自由度もあります。このような時期からソニー流を学んでおくことには多くの意味と意義があると考えています。

カンパニー制の修正やグループ本社機能の強化と伴に1997年に執行役員制を導入しています。

執行役員制に関して出井社長は、前掲「勝つ経営」城山三郎著 文藝春秋の中で『企業には、競争戦略と成長戦略の二つがあります。競争戦略というは、松下やフィリップスに対してどのよういう競争をしていくかを考えることです。これは執行役員がトップを努めるカンパニー(事業会社)に任せています。成長戦略というのは、ソニー・グループ全体を運営しながら、会社全体としてこっちへいくべきではないかというような将来の基本的な方向性を考えることです。これは本社の9人の取締役の仕事です。』さらに『従来の日本型のボードメンバーは、競争戦略の代表者でした。しかし取締役は本来、会社全体の経営を考えるのが仕事のはず。取締役になったら、この意識改革をすることが大事だと思います。』

現在のソニーの経営システムは、このように成長戦略をソニー全体から見る立場での取締役と競争戦略の立場で事業活動をおこなう執行役員との機能分化をおこなうことを目的にしています。

次に、このような商法上の取締役の経営執行機能に対する目的というよりもソニーの企業活動のより本質的な発展のためという視点でコポレート・ガバナンスの強化をおこなっているようです。

適法な経営をおこなっていくための仕組みづくりや報酬制度の改革、あるいは企業内部の監督のあり方、外部からの経営監督の仕組みづくりなどをおこなっています。

むしろ、以前から内部監査制度など適法経営を推進していく仕組みやシステムは、非常に充実したものがあります。井深さんや盛田さん亡き後、いわゆる創業の時代が終わり多くの経営者を育てあげなくてはなりません。その前提は、なんといっても経営能力がある経営者をいかに育てあげ、次代のソニーを作りあげることができるかにかかっています。急速に経営システムの転換を図っているのも、次代を睨んだ経営戦略の一端だと確信できます。

おそらくこれからもあっと驚くような行動をおこなうでしょうが、進化のために変化ありの企業ですから次々と新たなチャレンジをしていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 


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最終更新日 : 2010-10-18 08:14:59

16.ソニーと監査部門

16.ソニーと監査部門

 

最初に入社した企業は、資本金が約25億円でしたので監査法人、いわゆる会計監査をおこなうことを専門にしている企業の会計監査を受けなければならない事業体でした。ソニーと同じプライス・ウォーター・ハウスが監査をおこなっていました。これは、米国企業との合弁ということで、前記監査法人に依頼していたようです。もっとも約11年勤務していましたが、監査法人の監査を実際に受けたのは、福岡で勤務していた1回だけでした。その他、企業に常駐している常勤監査役から監査を受けた経験もありません。まぁ、監査なんて経理部門など間接部門の話だと考えていました。

ソニー入社して総務部門の仕事をはじめて3年目でしょうか、ソニー本社の監査部の会計監査を実施しますとう通達がきました。

社長の小林さんは、ありのままをちゃんと話せ、と一言。

実際監査の経験などまったくないわけですから何がなんだかわからないといった状況ですかね。

いよいよ監査の当日です。

いやぁ、驚きの連続。チェックの雨嵐ってな感じですか。

猛烈の一言。

先ず、決裁申請書のチェック、決裁ルールの確認、誰が起票して誰が申請しているか。また、必要な証憑などの確認をおこないます。通常の仕事の合間というよりは、ほとんど監査の仕事におわれるほどの厳しさ、会社の借上社宅などの契約書と契約金の支払状況の確認、さらに敷金や保証金の計上ルールの確認や処理方法の確認など詳細に聞き取り調査をされます。経理部門と関係性があるものは、経理部門の担当者に確認をするといったぐわいに部門間の業務の流れや問題点、課題などを指摘されながら実施されます。上司をいっしょにいれておこなうことなどしません。あくまですべての担当者を含めて監査する項目に関する確認を直接おこないます。他の担当者の回答や手順が悪ければ、上司である私の責任です。担当者が理解できない場合は、私が呼ばれてチェックを受けることになります。そこで整合性がとれていればいいのですが、中には私でも理解できないケースに関しては、私の上司がチェックを受けることになります。

部門における業務処理に関して、徹底的に実施します。監査担当者は、このような作業から部門業務の運営に関する課題や問題点、改善方法の提案などを最終的に社長の小林さんあてに報告書が送付されてきます。尚も、改善点に関する指摘事項を指示された期間内に実施し、その改善報告書に社長印をもらって監査部へ提出しなければなりません。

大体、5日間くらい実施しますが、回答できない事項に関しては、指定された期日までに担当者本人が書面で報告をしなければなりません。

本当に厳しい監査システムです。

経理部門に在籍しているときにも一度会計監査を受けましたが、同様に厳しい監査を受けました。

領収書の発行チェック、小切手帳や手形帳のチェックから決算業務の手順と書類の確認、さらに経理計上に必要な契約書のチェック、振替伝票や入出金伝票のチェックなど他項目にわたるチェックをおこないます。

こちらも5日間でしたが、この期間に報告できない事項については、後日書面で報告することが求められます。

また、現場部門では、毎年1回抜打ちで業務監査が実施されています。

ソニーといえば、自由な雰囲気で何事もおおらかなイメージが想像されるでしょうが、企業活動の根幹をささえる業務や会計システムにおける処理方法やルール、あるいは実際に業務をおこなう担当者の業務執行に関しては、非常に厳しい仕組みを設けてあります。

このような監査システムを導入しているのも、早くからADRを発行してニューヨーク証券取引所に上場しているために株主に対する責任、あるいは適法な経営システムの確立といった企業活動を支えるこれらのインフラの重要性を創業時代から十分認識していたものと考えられます。だからこそ、世界の企業を凌駕できるだけの確信と自信をもっているのだと思います。日本的監査制度とは、まったく異質な方法で実施されています。

決算に関しては、月次決算をおこなっていますが、棚卸資産なども毎月現物チェックをおこないます。また、不稼動部品の除却などもグループで統一された基準をもっています。さらにADRの発行にともなう会計情報の処理もオンラインで簡単に実行できるシステムを有しています。

今後は、月次決算処理を2稼働日で実施するなど会計システムの強化を打ち出していますが、このような展開を可能にするのも監査制度の充実とグループ企業間の会計制度の統一的運営をおこなうことができるといった仕組みの充実、またそれらを可能にすることができる多くの人材を有しているからです。

ベンチャー企業や小企業においても、ある意味では最初からしっかりとした仕組みと人材育成をおこなうことが企業発展の前提となりそうです。ソニーのこのようなシステムを参考にしながら企業活動の充実を図っていただきたいと思います。

  コンピュータシステムの進化は著しいものがありますが、企業経営には適法性の認識が必要であり、その仕組みをどう作るか、そのために人材育成をどうするかという本質的な発想がないかぎり経営システムの発展はないと言っても過言ではないでしょう。

  こように経営者の発想の差が事業活動の差となって企業の発展の差となっていくと思われます。まさに経営能力が問われる時代だと言えそうです。

 


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最終更新日 : 2010-11-11 08:35:41

17.ベンチャー企業と人事的視点

17.ベンチャー企業と人事的視点

 

現在、第二次ベンチャーブームといわれIT企業を中心に多くのベンチャー企業が生まれています。

その多くは、それぞれの企業が独自性を発揮しなが付加価値を創造できるIT産業の展開、特にASPなどIT産業をリードしていく新たな事業構造を創造するといった展開が進んでいます。若い人達の自由な発想とすばやい行動力に関しては、既存の大手企業の事業展開のスピードとは比較にならない速さです。事業展開に合せた人の増員やオフィスの増床など急展開で実施しています。特にASP分野などでは、大手企業が参入するにはマーケットが小さく簡単に参入できないという現実が存在しています。これに比較してベンチャー企業の企業規模、大体10名前後から企業の骨格ができあがりITビジネスにおいて付加価値を兼ね備えることができれば、これをビジネスの新機軸として急速な増強を図っています。売上規模が小さいだけに伸び率の大きさは計り知れないものがあります。これらベンチャー企業の多くが給与においては年俸制や成果給、あるいは業績給さらに成功報酬制度といった仕事の成果や結果に基いた給与制度を採用しているようです。また、勤務形態に関しては、フレックスタイム制や裁量労働制、あるいは営業関係ではみなし労働時間制を採用しています。

このようにできる限り自由な勤務形態と仕事の成果に応じた給与体系を取り入れて若い社員の可能性を引き出そうとしています。

ベンチャー企業の経営者は、既存の大手企業でおこなわれている勤務形態や給与制度の硬直化などを理解しているだけに、チャンスと成果をできる限り直接的に結び付ける制度を採用して自社の業績と人材の活用をストレートに反映しようとしているようです。また、ベンチャー企業におけるこのような運営形態は、若い人達からも大半が支持されているように思われます。

大手企業でもこれまでの硬直した勤務形態や給与制度、あるいは昇格における年功制といったオールド・エコノミーにおける旧態依然の制度との決別が急がれているところです。大手電機メーカーなどでも裁量労働制やフレックスタイム制を導入して若い人達の意欲を引き出すための運用制度拡充を目指しています。

しかし、一方で先般大手電機メーカー数社に労働基準監督署が立ち入り調査を実施しました。係長をはじめ主任クラスなどの一般職における裁量労働制の導入に伴いこの制度がサービス残業の温床になっているのではないかと危惧されています。成果主義の導入に応じた労働基準法の整備は、現段階では管理職を対象としたものであり、前記一般職に対して労働基準法は厳格に労働時間の管理を求めています。ここのところはベンチャー企業においては、十分慎重な運営が求められるところです。

スタート時点では、一人ないしは数人の協力者を得て事業の立上げをおこなっていますが、10名を超えると労働基準法に基く就業規則を作成し、労働基準監督署に届けでなければなりません。このあたりから事業展開の難しさと重要性が増加していきます。他方、社員の側では、なんだか管理指向が強くなるような気がするのでしょうか、一部には反発や意見の相違がみられ企業運営の本質的な問題に直面しています。中途採用者の中でも大手企業勤務の経験がある人達は、このような時間管理の現実と組織的企業運営を理解できていますので、あまり多くの矛盾は感じないようです。これらの人達は、まぁ、これまでよりも多くの自由度があると感じてくれているようですね。

経営者にとっても時間管理を全面に押し出して、これまでのオールド・エコノミー流の会社運営をおこなうなどといったことは、毛頭考えていません。むしろ各個人の成果に応じた報酬を短いサイクル、例えば3ヶ月程度で反映させていきたいといった急速発展型の企業運営と活動が主眼となっています。可能であれば、全員管理職の年俸プラスインセンティブ型のマネジメントを実施したいのが本音でしょう。

やむなく労働基準法に基く時間管理を最低限実施するといった比較的消極的な導入に他なりません。あくまで個人の主体性で実績を生み出すことができ、出社の有無や時間の管理などを前提とした一般職的な人材を求めているわけではありません。実力があれば年齢に関係なく報酬を得ることができる実力主義の企業運営を目指しています。

ところで現実はどうかといいますと、残念ながらベンチャー企業の経営者が求める自立して自己責任で仕事ができる人材は枯渇状態です。中高年サラリーマンだけでなく若い人達にも起業家精神を有し、自立できた人材が実際少ないですね。これもこれまで日本企業がおこなってきた人材育成が、いわば家族的、家父長的な制度の延長線上に人材を利用するといった企業内活用の必然的な結果ではないでしょうか。

若い人達にも転職イコール自立だと錯覚している伏しもあるように思われます。ひとつには、就職した企業で実績を残すという成功体験があるかどうか、ふたつめには勤務年数は短くとも相当の問題意識をもって果敢に仕事をした人でないと、転職後、それなりの成果を出すことは不可能ではないかと思っています。ベンチャーであろうとなかろうと仕事をおこなっていく際にもっとも重要なことは自分自身でそれぞれが担当する仕事を通じて自分なりに仮説を設定することができるか、また目標達成のためにいかに制約条件をクリアすることができるか、さらに自ら実戦することで仕事の現場を把握し、目標と現実の間を走りぬけ常に現実から目標を狙えるだけの理論的裏付けと徹底した行動力が必要になるからです。

この点は、企業規模の大きさにかかわらず個人が有する思考特性や行動特性といった基本的な人間特性そのものだからです。このような認識がなくベンチャーへ入社しても到底成果など期待するべくもありません。むしろこの点はベンチャー企業においては重要な特性なのです。個人の抜きんでた特性なくしてベンチャー企業そのものの存在などなくなってしまうでしょう。

ベンチャー企業の人材活用の主たる姿勢はなにかといえば、なんといっても若い人達で企業運営することでしょうか。採用条件を眺めてみれば、先ず40才以上の人達の入社は不可能でしょう。平均的には35才くらいを中心に採用を進めているようです。

デジタル社会、あるいはIT産業を展開するにはこのような若い人達が中心になって起業していくのも時代の流れであり、米国においてもIT産業の主役は、若い人達だということは間違いないことでしょう。

おそらくベンチャー経営者の人達にとっては40才を超えた人間のマネジメントに関して、信頼感そのものを失っているのではないかと思います。既存の大手企業で超低速な企業運営をおこなうという重大な問題を発生させているのは、明らかにこの世代ではないかと思っているように見えます。

だからこそ彼らは、40代未満の若い世代を活用することで次代を切り開いていこうという情熱と信念をもって行動しているのだと確信できます。起業できない、時代の変化に対応できないこの世代の人間を採用したところで、所詮企業運営におけるギャップを克服することはできないと信じているかのようです。

では、ベンチャー企業にとって若い人達だけの企業運営で十分な成果を生み出しているのでしょうか。

これもまた、現実は厳しいのではないかと想像できます。

デジタル技術やコンピュータ技術を利用した開発技術は、この世代の武器でありこれなくしてベンチャー企業のそのものが成り立ちません。比較的投資額が少なくて多くの付加価値を生み出すことができるのもこのようなコンピュータ技術やデジタル技術の進化のお蔭であり、その恩恵を最大限に利用しているといえそうです。まさに彼らこそIT産業の主役なのです。また、これからもこのような技術を利用した産業を次々と展開していくことでしょう。

だが彼らに死角はないのでしょうか。

実は、ゼネレーションギャップこそが死角になるのかもわかりません。何故かといえば、技術を応用した機能を創造する実戦力と展開力は彼らの右に出る者はいないと思います。他方、このような技術を利用した低コストで利用価値があるサービスを利用する企業、ひいては利用する担当者の中心は、案外40代の世代が実権をもっているといえそうです。担当者といわないまでも、裁量権限者はこの40代の世代だといえそうです。

技術のギャップもさることながら、販売活動におけるこの世代のギャップも相当なものといわなければなりません。利用価値を説明するだけでも難儀だといえそうです。行動様式、考え方、生き方、仕事観といった全人格的な課題があるように思えます。この部分を若い人達だけの販売活動で切り抜けるには相当な覚悟と努力が必要になると思います。事実、ベンチャーといわれる企業の中でも、マザーズに上場後、業績の下方修正をおこなっている企業が結構あります。この原因の多くは、大手企業からの売上減と若い世代の営業力の欠如が主たる原因ではないかと思われます。IR情報から内部活動を知ることができます。

このことは取りも直さず、他の多くのベンチャー企業にも多くの課題があることを意味しています。営業という人間活動が中心となる行動には、相当の経験と実戦が必要になります。ここをきり抜けるのは、案外容易ではないと想像できます。人間を中心とするアナログ的活動には、非常に厳しいことですが時間と経験が必要になります。また、個人差が顕著になります。この点を理解していなくては、今後大きな成長を望むことは不可能だと思います。

一体解決策はあるのでしょうか。

私は、ふたつの解決策があると考えています。

ひとつは、40代以上の世代の優秀な人材を社内にいれて、営業や総務、人事などアナログ的、いわゆる人間系の経験を必要とする活動を補完してもらうことです。

ふたつめは、営業を人に頼らないで実行する。即ち、全てのサービスをダウンロードを利用することで実施する。いわば営業行為においてもデジタル化を推進することです。

そんなこといってもそのような企業などあるはずはないといわれそうですが、実際、数は少ないですがベンチャー企業にはそのような企業があるのです。しかも起業後すべての事業年度で黒字化しています。このように徹底したデジタル化が可能かどうかです。このようなデジタル化ができない場合には、やはり人間を中心とした営業活動が必要になります。いわば技術のデジタル化と販売のアナログ化をいかに調和させて機能的に展開できるかです。

ベンチャーの経営者にとって自分より年上の従業員を使うことになんとなく抵抗があり、しかも信頼ができないといった心理的状況がるあるのは理解できることです。実際非常に困難でしょうが、克服する必要性がある部分だと考えています。

一方、採用される側、40代以上の世代の人達においても、自分の経験だけを押しつけるやり方では信頼関係さえも築けないまま退職しなければならないことになるでしょう。若い人達がチャレンジしているのです。当り前ですが、最初から完璧にできるはずなどありません。40才以上の世代の人達が若い世代の人達をどのように育てることができるかどうかが重要です。そこで必要なことは、自分の息子や娘達を育てるような思いやりと自立できるための実戦を支えていくことだと思います。上司、部下といった垂直的な関係ではなく同じ目線で仕事をやっていける人間としての視線が重要な意味をもってきます。この点もベンチャー経営者、中高年世代ともにパーセプション・ギャップが大きくなかなか理解できない部分のようです。

しかし両者ともにこのような観点から企業活動を構築することは、今後事業展開の質的な展開を求めるのであれば重要な手段となると考えています。多くの中高年世代が必要なわけではありません。ベンチャー企業に必要な営業活動、あるいは経理、総務、人事業務におけるアナログ的経験を要する業務に関しては、必要な人材を積極的に活用する場の提供を考えていくべきだと思います。その際、若い経営者の起業に対する姿勢や多くの困難の中でチャレンジしている真摯な姿勢を理解することが、多くの中高年世代の人達に必要なことなのです。真に謙虚な姿勢と行動力において証明できる本当の実力が要求されるのです。それは、邪魔をしないで人を育て、仕事の成果を出すことができるという本物だけに許された価値ある生き方なのです。

沈着冷静で知的な判断力をもち、若い人達へ対する深い思いやりがあり、なおかつ遊び心を忘れないでいつも余裕を感じさせることができる人間なのかもわかりません。

若い経営者の方々も人材に年齢や性別は関係ありません。常に本物の能力がある人材を求め、お客様に認められる創造的事業の展開を可能にするために進んで人を求める真摯さが大切になるでしょう。

今しばらくはこのような観点から事業展開を考えていくことはむずかしいのかもわかりませんが、いずれこの点を踏まえて新たな事業展開をおこなう時期が早晩くるような気がしてなりません。それぞれの人材が出会う場ができるだけ早く来ることを願ってやみません。双方妥協なき切磋琢磨があってこそベンチャーの真の発展があるのだと確信しています。使う使われるためだけの出会いではなく、自分とベンチャー企業成長のための出会いなのです。


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最終更新日 : 2010-11-11 09:00:41

18.自由と自己責任

18.自由と自己責任

 

私は、仕事とは○○○、あるいは○○○だと考えています。

さて、みなさんは、この○○○の中になにが入ると思われますか。

実は、私は、仕事=あそび、あるいはゲームだと考えています。それは、何故か?

非常に簡単です。小学生時代のあそびの延長線上に仕事を捉えているからです。

私は、小学生時代を福岡で生活してきました。毎日毎日あそびの連続。しかも我々の時代、あそぶおもちゃも少なく、あそびといえば、もっぱら野山や田んぼをかけまわるのが日課でした。私は、勉強なんてほとんどしたことがありませんでした。当然、通信簿は電信柱のオンパレード。いわゆる1と2ばっかりです。そんな日常で身につけたものは、あそびの楽しさと創造性です。山の中に隠れ家を作ったり、大きな洞穴を見つけて秘密の場所にしたり、かぶとむしやくわがたを採ったり、めじろを鳥もちでつかまえたり、くろあげはやクマゼミを採ったりと、そんな毎日の連続です。あるいは、川でフナやこいあるいははやなどをとっていました。秋には、近くの大きな池の池乾しがおこなわれ、池の水を1日で落としてしまいます。友達とみんなで水が少なくなる池の中に入ってこいやフナをつかまえるのです。冬は、雪がふれば雪合戦や大きな雪だるまをつくり、雪の田んぼの中を走りまわっていました。また、そりを作って坂道をすべったりと。春は、田んぼ一面のれんげの中でころげまわってあそびます。つゆの時期、大雨で田んぼの中にできた池で、いかだをつくってこぎだします。

まさに子供は、あそびの天才なのです。

次々とあそびを生み出す子供時代のパワーは、一体なんなのでしょうか。

それは独自性と創造性とが一体となり、あるいは混濁した大きなエネルギーの渦のようでした。あそびを生み出すエネルギーのすごさは感動的です。

では、このような感動的エネルギーを生み出す源はなんでしょうか。

それは、まさに『自由さと主体性』だと信じています。

私にとって仕事とは、この小学生時代の延長なのです。『あそび』なのです。

なんだか不謹慎に思われるでしょうが、私にとって仕事とはあそびなのです。毎日新しい物の発見です。また、多くの難問はゲームをクリアするときに考える自分なりのプロセスです。結果は、自分で選択したプロセスの成果ですから自分の責任となります。極当り前ですが、子供時代のあそびのときと同じなのです。言ってみればあそびの対象が変っているだけなのです。ですから、11年もやっていた営業の仕事、いや営業のあそびも11年目には飽きてしまったというのが本音でしょうか。なんだか次のあそびをやりたいような、次の仕事にチャレンジしたいようなそんな感覚でしょうか。

人生の主役は誰なのでしょうか?

私は、人生の主役とは、自分自身だと思っています。大前研一さん流には、『人生の最高執行責任者』なんてことになるのかなぁ。

あくまで自分の人生をどのように選択するかという自分自身の意思が重要なのだと思います。まさに子供時代のように自分の自由な意思と行動力で楽しめる人生こそが大切ではないでしょうか。

自由と自己責任とは、小学生時代のあそびの本質なのです。そう考えれば、気楽なもんです。いかに仕事をあそびとして楽しめるかなのです。私は、そんなときいつも小学生時代の自分に戻っています。あそんでいる自分。なにかを創造している自分。なにかにチャレンジしている自分。そこに自由と自己責任が見えるのです。大人の世界よりも余程多くのことを学べると思っています。

現在、ベンチャー企業にお世話になっています。ようやく年間の売上が固まり、企業を拡大するための人材募集をしています。ベンチャーへ入社することは、ある意味でハイリスク、ハイリターンを目指すことになります。ベンチャー企業から見れば、高付加価値の創出を求めています。具体的には、自分の頭で考えて、特に販売におけるビジネスプランを考えて、行動計画を立て、ベンチャーが求めるビジネス成果を出すことができるかどうかです。いわゆるサラリーマンを求めているのではありません。求めているのは、企業家なのです。現実には、残念ながらこのような資質を備えた人材が不足していると思われます。フォロアーを求めているのではありません。ビジネス展開のすべてを創造できるリーダーを求めているのです。ある意味では、経営者と同じ目線で思考でき、行動できる人材を必要としているのです。ビジネスプロセスは、どうでもいいのです。各人が創造できるビジネスプロセスを自由に創造して、いかにベンチャーの発展へつないでいくかということが非常に重要になります。あそびの感覚がない人達にとっては、将来像を描くことさへできない状況におかれることでしょう。あきらかに大手企業が求める人材とベンチャー企業が求める人材では、人材の本質的な要素で大きな違いがあると言わざるを得ません。

大企業では、マーケットの大きさ、いわば市場の大きさが必要になります。企業規模の大きさは、端的に言えば売上の大きさです。また、多くの従業員を雇用して日本の経済活動を支えています。その前提には、製品戦略やサービス戦略といった市場やマーケットに対応した独自の製品、サービスを有しています。そこで必要になる人材の要素は、企業が打ち出すビジネスプランを理解して実行することができるというどちらかといえば、与えられたビジネスが中心となります。あるいは自社の製品やサービスを理解していかにお客様に販売できるかという販売能力に関する資質が重要になるようです。後は、大手企業のブランド力やネームバリューに基くマーケティング力がものを言います。飛び込み訪問をおこなっても、先ずどのよなお客様でも会ってもらえるだけの存在価値があります。自分の力というよりは、企業力が先行する活動と言えそうです。

これに比べて、ベンチャー企業に求められる人材は、ベンチャー企業が有する製品やサービスを理解することも重要ですが、製品やサービス自体の中身を考えることも必要になります。大手企業のように出来上がった製品やサービスなどないと考えていたほうがよさそうです。ビジネスプランひとつをとってもこれといった前提がないわけですから自分自身で市場を歩き、自分自身で作りあげるしかありません。製品やサービスにおいてもお客様の要望を聞きながら製品やサービス自身を検討していくことが必要になります。まさに企業家としての人材が求められます。

このように大手企業とベンチャー企業で求められる人材の要素は、多くの点で根本的な違いがあります。イメージだけでベンチャー企業に入社しても何もできないということもありそうです。自分自身が大手企業タイプなのか、ベンチャー企業タイプなのかを慎重に検討することが必要です。

ベンチャー企業の社長自体非常に若い人達ですから、当然やってきた発想や行動力にいたっては大手企業のサラリーマンとは比較にならないくらい強烈です。また、猛烈に働いています。この現実を知っておかなければ、大手企業よりも厳しい現実が待っています。相当な企業家精神と自分自身で考えることができ、常に実戦状態で行動することができるという高いレベルのビジネスが要求されます。しかも成果を出すことができなければ去るしかないのです。まさに『自由と自己責任』が要求される世界なのです。

コンサルタントの高橋俊介氏は著書「自由と自己責任のマネジメント」ダイヤモンド社刊の中で、『「自由と自己責任」に基く組織運営においては、仕事は与えられるものではなく、与えられた大きなミッション(使命)の中で、自分たちでつくっていくものだ。

さらにいえば、自分たちのつくった仕事を進めていく際、中間段階の状況を自分たちでモニターしながら、業績を最大限に引き上げていく。つまり、自分たちの組織をセルフマネジメントする。それが「自由と自己責任」に基く組織運営といえる。

こうした組織運営がうまく機能するためには、二つの条件が必要となる。

一つは、ブレーンストーミング・カルチャーと呼ばれるものだ。

自分たちで仕事をつくり、進めていくには、いかに創造性を発揮できるかが大きなポイントになる。現代のように価値観が複雑化した社会では、個人の単独の力では創造性を生み出すことは難しく、それは、異質な考え方がぶつかり合う中からでないと生まれにくい。

だから、この仕事は誰それの担当であると、一人ひとりの職務限定をしてしまうような組織運営の中から創造性は出てこない。自分の担当であろうとなかろうと、しかも、上下の隔ても関係なく、互いに自由に考えをぶつけ合うことができるような組織運営のカルチャーがどうしても必要になってくるのだ。

もう一つの条件は、オープンで納得性のある意思決定システムだ。

とかく、日本企業では、本当は白でも上の方が黒といえば黒にしなければならないような、権威主義的な風土がある。あるいは、下の者がいいだしたことは、それがたとえ正しくても、認めたがらない官僚的な土壌がある。だが、これでは、自分たちで仕事をつくり、セルフマネジメントを実現することなど望むべくもない。誰であろうと、正しいことをいった人の意見が通るような意思決定のスタイルが欠かせないものとなる。』

また、同氏は、週刊ダイヤモンド1996年9月28日号において、これからのビジネスマンの競争力の条件について『(1)リスクテイキング、「火中の栗」を「棚からぼた餅」と読む力 (2)制約条件排除の発想、「できない」条件をあげるより、「やりたい」ことをやるために制約条件をひっくり返す (3)戦略的キャリアデザイン、自分から仕掛けてキャリアを積み上げる (4)デュアルキャリア、複数のエキスパートになる/2つ以上の成功ストーリーを持つ (5)ラーニングビジネスマン、「仮説→検証」を繰り返しラーニング(学ぶ) (6)実績→チャンスの良循環、最大5年以内に必ず実績を生み出み、次のチャンスにつなぐ (7)変化の5段階、「変化を読む」、「変化を利用する」、「変化に身を置く」、「変化を起こす」、「変化を楽しむ」、「変化に流されず」に (8)地アタマのよさ、受験勉強型秀才ではなく、本質をつかむ感性とロジック』だといっておられます。

時代は、自ら次代を切り開いていくことができる「自由と自己責任」を求めているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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最終更新日 : 2010-10-18 08:15:49


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