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覆り

 

" トントンッ "

「 おかえり~」

病室に通い詰める毎日にも慣れた。

「 ただいまっ、おっ! 今日は何だか顔色が良いじゃん!」

「 そう?」
 
"小鳥"の言葉に嘘は無い。"葵"は表情も良く、放つ言葉もどこか軽やかである。

「 あのね、今日再検査の結果が出ただけどさ・・」

"葵"がすばやくベットに起き上がって背筋を伸ばす。その動きも早い。

「 アタシさぁ、リュウマチじゃ無かったって・・」

「 へっ? ほぃじゃぁ何で!誤診だったっつぅこんけ?」

"小鳥"の心が瞬間に明るくなる。

「 違う違う、まぁ聞いて・・」

「 おぉ、ほぃじゃぁアレだ、取り敢えず良かったってこんじゃん!」

「 う、うん、ほいでも・・」

「 あははっ、良かった良かった、ほれじゃぁ退院は何時で?」

「 いやだからさ、今説明するけどさ・・」

「 うんうん、いやぁまさか、ほんな報告が聞けるなんて思ってなかっ 「 だからさぁ!今説明するって言ってるだから聞けし!」

「 はい・・」

「 あのね・・」
 
 

摩り替わり

 

「 アタシさぁ、肝炎なんだってさ・・」

「 ん?」

「 酒を飲み過ぎたり、ウィルス性とか色々あるらしいだけどさぁ、血液検査で見る数字がリュウマチと同じ所とかどうとか言ってたから、別に誤診じゃなくて・・」

「 ほうけ・・ まぁそれは良いけど、ほんでその肝炎ってのは治るの?」

「 う、うん・・ 取り敢えず酒は駄目だって・・」

「 えっ?」

「 まぁ退院すれば別だけどさ・・」

「 ほうけ・・」
 
「 治療があるからもうしばらく入院する事になるけど・・」

「 うん・・」

「 "リー(小鳥)"ちゃん、ごめんね・・」

「 大丈夫だっちこと、これは逆に良い機会だっただよ・・」

「 うん、きっとそうだよね・・」
 
" 先の事はわからない "

そんな言葉を真実と裏付ける様な出来事だった。

主治医との面会。

「 旦那さん、奥さんは普通の人よりも何倍も疲れやすいと思ってください・・ 肝炎はひどくなると肝硬変にもなりますし、眠ったまま起きない事もあり得ます・・」

・・・

肝炎が何たるか、肝炎が導く最悪が何たるかの説明を受ける。そして、今回の"葵"の背中の痛みは、すい臓を巻き込んでの症状だった事を知らされる。

「 胎児に悪影響が出ますから、しばらくの間、出産は諦めてください・・」

リュウマチという絶望を回避しても、肝炎という病によって大切な喜びは取り上げられる形となった。

とは言っても、

( 完治すれば・・)

完全に閉ざされた可能性では無い事が、"小鳥"を前向きに変える。

 

取捨の実感

 

漠然と描いていた未来図は、

「 結婚したら、子沢山の家族を作りたい・・」

一人っ子だった"小鳥"は、賑やかな大家族に憧れていたものだった。

「 兄弟っていいなぁ・・」

そんな台詞を投げ掛ける時には、

「 一人っ子の方がいいべしたぁ! 全部新品だし、横取りされないし・・」

兄弟に身を置く者からはこんな事を言われもしたが、

( 淋しい思いはさせたくない・・)

大家族への憧れは変わらず持ち続けていて、それは"葵"にも語り聞かした夢物語のひとつである。
 
リュウマチと信じたあの夜、"葵"が別れを切り出したのは、おそらくそれを記憶に留めていたからだろう。

「 子供が欲しい・・」

という台詞が、不意にも残酷な凶器になってしまう事を知る。
 
性交渉をすれば妊娠するとかの単純では無い。生命が生命を宿す事は、とても尊い奇跡なのである。
 
 

曇天の晴れ間は束の間で

 

点滴付けの日々を経て、お粥の食事の日々を経て、車でこっそりと喫煙する数日を経て、いよいよ退院の日はやって来た。

「 おかえり・・」

「 ただいまぁ~」

二人の日常が、価値観を変えて再び動き出す。

「 まじで良かったよ・・」

「 ありがと・・」

" プシュッ "

「「 かんぱい!」」

にこやかにビールをほうばる"葵"を優しく見つめながら、一度は諦めた暮らしが条件付きながら取り戻せた事に安堵する。

"葵"の車椅子を押して歩く姿を想像した時が、すでに懐かしい。
 
あの時の心情が込み上げる。

( 好きな事を何でもさせてやりたい・・)
 
 

弾性の様に

 

数日後。
 
"葵"の女友達二人が快気祝いと称して遊びに来た。"居酒屋イカおやじ"で顔を合わせていた"ラン"と"レイコ"。どちらも"葵"とは昔からの付き合いで同い年だと言う。

楽しいばかりの時間は深夜まで続き、

「 まったく"葵"もさぁ、こんな若い旦那捕まえてぇ~」

"ラン"がこんな事を言い出すと、

「 まったくねぇ、アタシもまさか"リー(小鳥)"ちゃんと結婚するとは思わんかったさぁ~」

と"葵"は返した。

" ゲラゲラ・・"

「 "リー(小鳥)"ちゃんも"葵"でホントに良かっただけぇ~」
 
"ラン"の質問が"小鳥"に及ぶ。

「 いや実は、俺は"イー(葵)"ちゃんがリュウマチだって聞いた時、正直別れようかとも考えたよ・・ だけどさ、そんな事は出来なかったよ・・」

「 へぇ~、良い旦那で良かったねぇ"葵"・・」

「 う、うん・・」

「 んな事はないよ、ただ天邪鬼っつぅの? 敢えて辛い方を選びたくなるんだ 」

「 そっ、そうなんだ・・」

場の空気は急に静まり、その話題は終わっていた。

・・・

朝方。

「 "リー(小鳥)"ちゃん、遅くまでごめんね~」

「 お邪魔しましたぁ~」

友人達が切り上げるのを、

「 また来ぉし、気を付けて帰るだよぉ~」

笑顔で見送った"葵"は、

" バタンッ "

二人になった途端に、

" プシュッ・・"

" ゴクゴクゴク・・"

再び勢い良くビールを飲み出した。
 
 


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