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目次

目次

 


◆まえがき

 


◆異なる人類・35種族の歴史(生年順)

 

■エスの歴史(オラン・ペンデク)


・アシアー(エス)、アシュケナジム(アシェル)

 

■カゾオバの歴史(キジムナー)


・クシャーナ(カゾオバ)、ブギス族(クサンテー)、鹿島神社(クシュ)、ハザール(コーサラ)、スバル(トバルカイン)

 

■キブウカの歴史(河童)


・吉備氏(キブウカ)、アカイア、鹿島神社(アクスム)

 

■サグバタの歴史(河童)


・蘇我氏(サグバタ)、ヤコブ(ソグボ)

 

■ナナブルクの歴史(ニンフ)


・ニンフ(ナナブルク)、ピラコチャ(プレークサウラー)

 

■ムンビの歴史(キジムナー)


・マニ教(ムンビ)

 

■アブクの歴史(ピグミー)


・ピュグマエイ(アブク)、賀茂氏(ゴメル)、児玉氏(コットス)、百済(バクトリア)

 

■ムワリの歴史(ピグミー)


・毛利氏(ムワリ)、百地氏(ミマース)、守屋氏(モレヤ)

 

■モリモの歴史(ネグリト)


・モルモン教(モリモ)

 

■ルハンガの歴史(オラン・ダラム)


・ルーベン(ルハンガ)、トバルカイン(ルハンガ)
・ラドン、ラティヌス(ロディア)
・エウローペー、スラブ(シェラフ)

 

■チュクウの歴史(イェティ)


・諸葛氏(チュクウ)、ゼウス(ソーク)、チュクチ(ステュクス)、トバルカイン(テュポン)、ピラミッド派(デウカリオン)
・老子(アグリオス)、ソクラテス(クリュテイオス)、クリュセーイス、レメク(クリュメネー)、李氏(オーキュロエー)、マウンド派(デウカリオン)、カレリア(アグリオス)
・クスコ(プシケ)、マゴグ(カイコス)、ガンダーラ(カイコス)、関氏(カイコス)、フス派(プシケ)

 

■クウォスの歴史(アボリジニ)


・カオス(クウォス)、イシュタル(イストロス)、マゴス(カイコス)、プール(トバルカイン)、ゼブルン(トバルカイン)
・ヴァナラシ(ウラヌス)

 

■ヴィディエの歴史(ヴェッダ族)


・道教(ヴィディエ)、アダム(アドメテー)、ユダヤ(イデュイア)、ユダ(エウドーラー)
・ヘブライ(ヒッポリュトス)、アベル(エピアルテース)、エベル(エピアルテース)
・オーディーン(ペイトー)、卑弥呼(ハム)、八幡神社(ヤペテ)、ポイニクス、フェニキア人

 

■ムシシの歴史(パプア人)


・モーゼス(ムシシ)、藤原氏(セツ)

 

■レザの歴史(ミャンマー少数民族)


・エロス(レザ)

 

■ウェネの歴史(アイヌ族)


・ヨハネス(ウェネ)、アーリア人(エウリュトス)、インドラ(マイアンドロス)、ヤワン(オアンネス)

 

■オロクンの歴史(ミャンマー少数民族)


・オロクン
・アルキュオネウス、元(アルキュオネウス)、夏(アルキュオネウス)、トバルカイン(オロクン)
・ウラヌス、那覇(ウラニアー)、ナフタリ(ノア)

 

■オロルンの歴史(ミャンマー少数民族)


・日蓮(オロルン)

 

■カアングの歴史(コイサン族)


・孔子(カアング)、エノク(エンケラドス)

 

■ジェンギの歴史(コイサン族)


・インカ帝国(ジェンギ)

 

■ワルムベの歴史(ミャンマー少数民族)


・ワルムベ、エラム(ワルムベ)、カンボジャ(ワルムベ)
・ホルス(パッラース)、ポルピュリオーン、ラムセス(ヘルモス)、マハラエル(ブリアレオース)、アラム(ブリアレオース)

 

■イマナの歴史(ベトナム少数民族)


・文氏(イマナ)、マンデラ(スカマンドロス)、マナセ(メネストー)、天孫族(レメク)、多氏

 

■エバシの歴史(アパッチ族)


・アパッチ(エバシ)、ヴィスコンティ(プシケー)

 

■キャラの歴史(パプア人)


・ケルケイース(キャラ)、カンボジャ(グレニコス)

 

■トレの歴史(ドラヴィダ族)


・テレストー(トレ)、タルタロス、トゥルシア(ティルス)、バクトリア(エウドーラー)、平氏(ガンダーラ)

 

■ニャメの歴史(台湾少数民族)


・ヤペテ(ニャメ)

 

■モディモの歴史(アラビア人)


・メーティス(モディモ)、マダイ(アドメテー)、メディア(アドメテー)、大和(ティアマト)、伊達氏(テテュス)

 

■シルックの歴史(シルック族)


・チュルク(シルック)、猿田彦、ゾロアスター(セロス)

 

■ディンカの歴史(ディンカ族)


・テングリ(ディンカ)、ガリア人(チェケル)、天狗(ディンカ)、アングル人(ガリア)

 

■ハダメの歴史(ソマリア少数民族)


・秦氏(ハダメ)

 

■マサイの歴史(マサイ族)


・釈迦(マサイ)、弥勒(ミツライム)

 

■ムルングの歴史(ミャンマー少数民族)


・フランク人(ムルング)

 

■ザムビの歴史(カンボジア少数民族)


・セム(ザムビ)、シュメール人(セム)

 

■ンジニの歴史(インド少数民族)


・秦(ンジニ)、愛新覚羅(イシン)

 

■イサックの歴史(ソマリア少数民族)


・明日香(イサック)

 

 

 

 

 

 


まえがき

◆まえがき

 

 

名前を知って歴史を知るという方法は、新しい名前を知る度に全貌が変わっていくという弊害がある。だが、名前を知り尽くした感があるので、これ以上変わることはないのではないかと考えられる。詳細を詰めるだけで、ほぼ完全な人類の歴史である。

 

 

「多摩市のカッパ」

 

 

今回は、妖怪として知られるカッパの正体も追及している。通常、カッパと聞くと「想像上の生物」という認識が根強い。しかし、カッパの目撃談は豊富に存在している。民俗学の分野から、目撃談を集めた数冊の本も出ている。じつに、カッパの目撃談は日本全国に及んでいる。これだけ、多種多様な報告がされているのは、知られざる何者かが存在している証だろう。

 

彼らを見ていないから、彼らを知らないから、彼らは存在しないということにはならない。

 

古来から「カッパ」と呼ばれている人々。彼らは、いったい誰なんだろう?ただ、カッパの目撃談は、戦後すぐに語られなくなった。そんな中、筆者は多摩市でカッパらしき謎の小人を目撃した。

 

筆者は、AD1992年当時、東京都多摩市聖ヶ丘に住んでいた。多摩ニュータウンである。聖ヶ丘の頂上に住んでいたが、身体を鍛えようと自転車で毎日、急な坂を下ったり上がったりしていた。聖蹟桜ヶ丘から電車で練馬区まで出勤していた。下りは3分だが、上りは20分かかる。

 

ある日、駅に向かおうと家から下り坂を颯爽と下っていた。すると、坂の途中に養護学校がある。そこに差し掛かる直前、インド人ぽい肌色の非常に小さい男と目があった。どこに向かおうとしていたか不明だが、彼は、坂を歩いて上っていた。通常、聖ヶ丘の上の方では、歩いている人を見かけることはない(自転車に乗っている人もいない)。
信じられないことに、男の背丈は常人の膝くらいまでしかなかった。筆者は「え?」と思った。当然だろう。しかし、筆者はそれまでにも多摩ニュータウンで何度か霊を見たり、不思議な体験をしていたので、これもその現象のうちの一つと思った。或いは、養護学校の人かとも思った。ということで、失礼に当たると思い、あえて振り返らなかった。


しかし、今考えると、彼はカッパだったのかもしれない。聖ヶ丘は、端正な住宅街であり、緑も多く残っていた。木が鬱蒼と生い茂った大きめの公園もあったが、浄土真宗の寺がある場所柄、除草剤も使用されていなかっただろう。つまり、あそこらへんは、カッパが住むのに適している(「あの小さい人」は、もともとあの辺に住んでいたのかもしれない)。また、そこから5分ほど行けば多摩川も流れていた。彼は微笑んでいたが、散歩中だったのだろうか?

 

 

 

 「35種の異なる人類」

 

 

名前を知って歴史を知るという方法は、新しい名前を覚える度に全貌が変わって行く。以前は、全てはフェニキア人から始まったと考えていた。しかし、その後、「フェニキア人が最初」という考えは改めて、ノア、セム、ハム、ヤペテ、更にアダムまで遡り、聖書の家族が最初であるという考えに行き着いた。しかし、「神統記」を知ると、聖書の家族が最初であると言う考えは捨て、カオスなどの原初の神々が最初の人類である、彼らはホモエレクトスの部族であるという考えに改めた。


そのような試行錯誤を経て、最終的にアフリカで祀られている神々が最初の人類であるという考えに行き着いた。それも尤もな話だ。人類はアフリカで生まれたといわれているのだから。アフリカの神々の名前は人類の名前なのだ。そして、緻密なトラッキングを重ねることにより、その考えは正しいことが証明された。当初、「カオス」に前身は存在しないと考えていた。「カオス」の名が人類最初の名前であるとまで考えていた。しかし、アフリカに「クウォス」の名を見つけることで、カオスにも前身が存在することがわかった。

 

数多いるアフリカの神々のうち、緻密なトラッキングを経て、35種の神を我々の先祖である、オリジナル人類として設定した。エス、カゾオバ、キブウカ、サグバタ、ナナブルク、ムンビ、アブク、ムワリ、モリモ、ルハンガ、チュクウ、クウォス、ヴィディエ、ムシシ、レザ、ウェネ、オロクン、オロルン、カアング、ジェンギ、ワルムベ、イマナ、ニャメ、エバシ、キャラ、トレ、モディモ、ディンカ、シルック、ハダメ、マサイ、ムルング、ザムビ、ンジニ、イサックである。中には神ではなく、ディンカ、シルック、マサイ、ハダメ、イサックのように、現在でもアフリカに暮らす部族の名前もある。

 

 

●河童の正体

 


今まで、宇宙人、ビッグフットなどのミステリアスな人類にもスポットを当て、名前をトラッキングすることで、その正体に迫ってきた。そして、今回は、河童、キジムナーなどのミステリアスな人類の正体にもスポットを当ててみた。しかして、以下のような結果が得られた。

 

彼らも、我々と同じ人類である。

 

河童は、地方によっていろいろな名で呼ばれている。代表的なもので、カァバコ、セコ、ケシャンボ、カワランベなどの名がある。これらの名は、35種のオリジナル人類から生まれたものだ。カァバコ(キブウカ)、セコ(サグバタ)、ケシャンボ(カゾオバ)、カワランベ(河原のムンビ)である。河童ら一族の歴史は古く、200万年前にまで遡ることができる。彼らは、アフリカを離れて地中海・黒海~インダス流域・中央アジアの広範囲に渡り、生活していた。そして、人類の歴史が大きく動いた、およそ30万年前に日本に渡ってきた。


九千坊という、河童の首領の伝説的なエピソードがあるが、この九千坊とはカゾオバのことである。彼らは、西海坊(サグバタ)と戦争をしたとされている。この戦闘の舞台は九州とされているが、実際には中央アジアである。九千坊は亀慈(クチャ)に住み、西海坊はアナトリア(カッパドキア)に住んでいたのだ。超古代、身長が50cmから1mの小人たちの戦争が中央アジアに繰り広げられていたのだ。

 

それにしても、人類には身長が4mの獣人から身長が1m~50cmの河童、キジムナーと身長差がある。これらの身長差の要因、意味とは一体何だろうか?

 

 

●ビクトリア湖時代 異なる人類の故郷

 


森林に於ける覇を巡り、ゴリラ、チンパンジーに敗北した人類の祖は、アフリカ東海岸に住み着き、水生哺乳類として進化した。この時に「エス」が生まれた。彼らが、一番最初の人類である。人口過密により、海から陸に上がった彼らはアフリカ内陸部に向かい、ビクトリア湖に新天地を見出した。このビクトリア湖時代に、身長が140cmだったエスから様々な大きさの人類が生まれた。身体の大小の相違は、各々が各々の獲物に特化することで生じた。各々の獲物に対する特化。これは、獲物がかぶることの廃止を意味する。これにより、人類という種がスムーズに存続することができるのだ。

 

河童の祖であるキブウカは、水生生活に特化し、小魚、カエル、昆虫などを獲物にしていたため、身長は50cmほどに縮んだ。キジムナーの祖であるカゾオバは、水陸両用の生活をし、キブウカよりも大き目の獲物に特化していたため、身長は1mほどであった。ピグミーの祖であるアブクは、水陸両用の生活をし、エスの頃と同じ獲物を獲っていたため、身長は140cmのままであった。だが、いち早く、完全な陸上生活にスイッチしたクウォス、ムシシ、イマナ、ワルムベらは、大型哺乳類を狩ることで身長は160cmに伸びた。

 

以上の話は、すべて200万年前までに起きたことだが、その後、50万年前にディンカ、シルックなどの人類がビクトリア湖に登場した。水生生活に特化していた彼らは、天敵の巨大ワニがいないビクトリア湖中心部に生活していた。そのため、彼らの頭部は小さく、水中で推進力を得るために手足が伸び、指も長く伸びた。その結果、彼らの身長は2mを越えた。この、ディンカ、シルックがいわゆる金髪・碧眼の白人の祖である。

 

 

 

●獣人の正体

 


一方、キブウカ、カゾオバ、アブク、クウォスらと同じ時期に登場したルハンガは、身長が4mにまで巨大化した。なぜ、彼らは通常の人類の2倍もの身長があるのだろうか?ヒントは、身体が小さく、力が弱い捕食者は存在しないことである。つまり、ルハンガ、チュクウが4mの巨体を持ち、卓越した身体能力を誇るのは、彼らが地球最強の捕食者たる所以だ。


彼らは、地球規模の必然性により、地球の王に選ばれた。その必然性とは、可能性のひとつとして巨大ワニの増加が推測される。それによってビクトリア湖の食物連鎖が破壊された。崩壊した自然のバランスを回復させるためにルハンガは生まれた。彼らは、恐竜時代以降、地球史上最強の捕食者として、ビクトリア湖の食物連座の頂点に君臨した。

 

ビクトリア湖には、現在でも6mを越える巨大ワニが生息し、時折人を食い殺しているが、超古代、ルハンガは素手で巨大ワニを狩り、食べていた。巨大ワニは人類にとって天敵だった。だが、一方では、巨大ワニの天敵も人類だったのだ。ルハンガの子孫と考えられるオラン・ダラムは、インドシナ半島を流れる河川流域に住み、ビッグフットの仲間と思しき獣人もミシシッピ流域などに隣接する沼地などで目撃されることがある。彼らは、ワニを常食としているのだ。ルハンガの子孫、チュクウは、現ナイジェリアに住んでいた。彼らは、ワニだけでなく、ライオン、象、カバなどの天敵としても機能した。

 

ルハンガ、チュクウの子孫である獣人UMAたちは、一様に豊かな体毛に覆われていることが知られている。また、ビッグフットの目撃談によると、ビッグフットは3mの跳躍を誇り、時速60kmで走り、岩を投げ、グリズリーを素手で殺すという。イェティも、ヤクの腹部を素手で破り、角を掴んで片手で振り回し、殴り殺したヤクの血をすすっていたところを現地人に目撃されている。


豊かな体毛は、ワニに噛まれても、或いはネコ型猛獣が背中に爪を突き立てても平気なように進化した、一種の防弾チョッキだといえる。ビッグフットに襲われた人によると、ビッグフットに銃弾を浴びせても倒れなかったと報告している。そのエピソードは、彼らの豊かな体毛の役割を如実に伝えている。

 

 

 

●宇宙人の正体

 


因みに、プーチン大統領、習国家主席、トランプ大統領は、みな、チュクウの子孫である。そして、ロウハニ大統領はルハンガの子孫である。更に、宇宙人(トバルカイン)もチュクウとルハンガの子孫である。チュクウとルハンガはギガントマキアの時代、連合して「テュポン」を生んだ。テュポンは、「神統記」に於いて、世界最強の怪物と記されている。しかし、それも無理はあるまい。地球の王であるチュクウとルハンガの連合体なのだから。


このテュポンが、アルキュオネウスと合体することでトバルカインは生まれた。テュポン+アルキュオネウス=テュポルキュオネ=トバルカインとなる。その後、トバルカインはチュクウのトバルカイン、ルハンガのトバルカイン、オロクンのトバルカイン、クウォスのトバルカインに分かれて活動する。更に、クウォスのトバルカインには気仙沼に住んでいたケシャンボ(カゾオバ)が加わり、スバル人が生まれている。

 

現在、比類なき科学力を継承しているのは、チュクウのトバルカイン、一部スバル人のみであり、他のトバルカインは人間界に帰順している。1970年代、コンタクティとして知られるクロード・ボリロンは、エロヒムを称する身長1mの宇宙人に接触している。彼らの正体はスバル人である。また、スバル人は、家族であるキジムナーに特殊な電灯を託した。これにより、キジムナーの目撃者らは「キジムナーは指先が赤く光り、その光で夜に漁をしている」と報告している。

 

宇宙人(科学の種族)には、エラド(エラ人)、マハラエル(プリヤール人)もいるが、彼らも獣人の血統である。エラドはエウリュトス、マハラエルはブリアレオースの子孫である。

 

中国神話を読み解いた結果、人類は2万年前からUFOを所持し、火星にまで飛行していたことがわかった。科学の種族が火星に行ったのは、観光や研究が目的ではない。彼らの目的は、できそこないの流刑である。宇宙人は、できそこないがリーダーになるのは人類だけだということに気づいた。原因は、人類特有の知能である。同じ人類であるできそこないは、だが、知能を駆使し、数で圧倒することを奥義とし、優れた者を退けることでリーダーにのし上がるのだ。


しかし、できそこないがリーダーになるのは正しくない。これは、非常に反自然的な事象である。知の最先端を行く宇宙人は、これを防止するために反自然的なできそこないを火星に流刑することにした。ここで、できそこないを定義する。他の集団生活をする種でも同じだが、できそこないとは、基本的にメス、子供をいじめて喜ぶような個体である。現に、チンパンジーの社会では、このような個体は群れに無視され、追放され、野垂れ死にを遂げる。チンパンジーは、こうしてできそこないを淘汰し、正しく種を存続している。できそこないがリーダーになることがないため、チンパンジーは平和に暮らすことができている。

 

これが人類になると、できそこないの残虐性に拍車がかかる。言葉をしゃべる人類のできそこないは平気でウソをつき、しかも、罪悪感がない。言い訳ばかりし、ごまかし、シラをきり、泥棒し、弱者に暴力をふるい、人をだまし、陥れ、陰謀を企み、挙句に子供を拉致し、拷問し、陵辱し、殺害した上、食べる。これが人類のできそこない、いわゆる「タナトス」である。タナトスが、人類に於ける「できそこないの淘汰」を廃止した。

 

火星に降り立った宇宙人は、中国神話によるところの巨山「羅ホウ山」に拠点を得た。羅ホウ山は中国にあると既定されているが、実施には火星のオリンポス山のことである。この火山は、非常に巨大で、高さが2万7000mもある。太陽系一の火山として知られている。閻魔さまは火星にいたのだ。地球の王族は、殺風景な火星の地で卑しいできそこないを裁き、強制労働に従事させた。

 

 

 

●異種の人類タナトス

 


だが、いくら流刑してもタナトスは出現を続けた。できそこないの方が多く生まれるのが、天命の理に明記されているからだ。正しい人々は、数で圧倒する、タナトスのウソに立ち向かうこともできず、虐げられていた。質量でいけば、どんなに優れていても、優れた人々はできそこないには勝てない。できそこないの方が数が多いからだ。業を煮やした宇宙人は核兵器を開発し、タナトスの邪教に支配された、かつての偉大な古代国家をいくつも焼き払い、砂漠にしてきた。


タナトスはできそこないである。つまり、タナトスに罪悪感はない。だが、宇宙人には罪悪感はある。そのため、できそこないとはいえ、人の形をしている者を核兵器で大量に虐殺したことで宇宙人たちは、精神的に疲労困憊し、巨大な罪悪感に襲われた。宇宙人の社会では、この巨大な罪悪感は伝説化している。これにより、火星の強制労働施設は封鎖された。巨大な罪悪感、その恐ろしさが、今でも、宇宙人たちの間で語り継がれている。


このため、宇宙人はすぐにタナトスを殺すことができない。タナトスの方も、それを知っていて安心して悪事を楽しんでいる。ただ、宇宙人も、今回ばかりはそうはいかないと考えているようだ。

 

宇宙人も進化している。現在、彼らは心を読む装置を開発・所持している。これにより、タナトスだけを暴き出し、ピンポイントで殺すことができる。過去、タナトスを知らなかった頃のように、核兵器で「人類、自然、地球のために堕落した大量の人間を虐殺しなければならない」という発想はないのだ(ただ、毎回、殺されたのは大量の信者だけで、タナトス本体はうまく逃げていたのだが)。

 

筆者は、さまざまな人類を知ることで、いくつもの生活の形があることを知った。現代人の生活が、唯一の生活手段ではない。多くの優れた人類は経済システムを核にした生活を送っていない。経済、金は人類に不必要可決である。金は、誰にも相手にされないできそこないが力を得、力を行使するシステムであり、タナトス以外の人間に利点はない。

 

 

 

●タナトスとの対峙 それは知能を持った人類の宿命

 


タナトスと、その信者が作り上げてきた現代文明の生活は、労働が前提である。自然界ではありえないことだ。金も反自然的だが、労働も反自然的である。できそこないであるタナトスが創り上げるものは全てが反自然的である。宇宙人は、何としても全タナトスを討たねばならないと考えている。


特に、脳にとって有害なのが民主主義思想である。民主主義は。何でも言うことを聞く大量の信者を所有しているタナトスだけが勝つためのシステムである。バカのひとつおぼえのように民主主義、民主主義いう輩は、間違いなくタナトスの血統である。民主主義は、英雄や偉大な王を殺し、できそこないを王にするための、大変有害な反自然的なシステムである。タナトスの敵であったソクラテス曰く「ひとりの哲人よりも数人の泥棒の主張を採用するのが民主主義だ」として切り捨てている。

 

資本主義、民主主義、現代文明は何から何までゴミである。今の社会は、人類の最終目標ではない。人類の最高到達点でもないし、ましてや、通過点でさえない。徹頭徹尾、地球上に不必要なものだ。できそこないが生まれたら速やかに処分すること。これが、これからの人類の課題となるだろう(できそこないとは、簡単にいえば、知能を悪のために使う者だ)。

 

人類の脳は、どうしたら楽に生きて行けるか、その模索のために進化したものだ。つまり、資本主義・民主主義社会に生きる全人類は、脳の使用法を誤っている。タナトスのウソを覚えるために脳が使用されている。脳は、タナトスのウソを見破るために使用すべきである。

 

 

 

●タナトスの偉業

 


タナトスは、例えれば、手足が生えたゴミだ。だが、彼らは、他の人類が成しえなかった偉業を達成している。彼らは、人類史上初、見えない「心」を知覚した人々である。尤も、彼らが見えない心を知覚できたのは、敵を倒すという目的があったからだが。


どんなに強い敵にも心はある。力対力で勝つことができなくとも、身体ではなく、集団で心を傷つければ強い敵に勝つことも可能なのだ。「イヤガラセ」の誕生である。悲しいことだが、タナトスは、「心」を「人類の弱点」と捉えている。このような、できそこないの発想は、誰にも好かれないが故だ。


タナトスは、フロイトに先駆けること数十万年前、一流の精神分析医顔負けの心理分析を展開していた。全ては、強い敵を倒すためである。タナトスは、相手が弱い場合には最初から力を行使するが、強い敵が相手の場合には、心を攻撃して弱体化することを実施している(大量の信者がいるから可能なことである)。こから見てもわかるように、できそこないであるタナトスは、相手が弱くなければ勝てないのだ。どれだけ多くの人々が自分のウソを信じるか。或いは、信じるフリをするか(大量の信者がいれば可能)。これが、タナトスが考える勝利の定義である。

 

 

 

 


オリジナル人類の姿

◆オリジナル人類・35種族の姿

 

 

エスの姿(参考オランペンデクの想像画)

 

エスは、一番最初の人類である。彼らは人型UMA、オラン・ペンデクの姿をし、身長は140cm程度と考えられる。チンパンジー、ゴリラに敗北した彼らは、アフリカ東海岸で水生人として進化した。その後、ビクトリア湖に移って身長が50cmのキブウカ、1mのカゾオバ、140cmのアブク、160cmのクウォス、イマナ、ワルムベ、ムシシ、4mのルハンガなど、バラエティ豊かなオリジナル人類の原型を生んだ。ビクトリア湖で人口過多になった時期、各々が各々の獲物に特化することで、上記のように大小異なる人類が生まれた。フクロウや猫族と同じである。

ビクトリア湖に向かわなかった一部のエスは、東アジアに向かった。人類史上初のアフリカ大陸を離れた人類である。400万年前、彼らは東南アジアにアチェー族を残し、九州に阿蘇、東北に蝦夷(えぞ)を築いた 。名前でわかると思います。エスの名は、イザナギ、イザナミ、イスラエルなどの由来でもある。

 

 

 

キブウカ、サグバタの姿(参考ネルソン・デ・ラ・ロッサ)

 

写真のネルソン・デ・ラ・ロッサは、世界一小さい男としてギネスに載っている俳優である。慎重は50cm。先祖のキブウカの隔世遺伝が起きたのだ。

ビクトリア湖時代、人類は各々が各々の獲物に特化した。目的は種の存続である。そうすることで、人類は、猫族やフクロウのように身長に差が出た。キブウカは、小魚、昆虫などを食べていたため、身長が50cmになった。筆者が、多摩市聖ヶ丘で見た河童は彼とそっくりだった。昭和時代に、多摩川でカッパが目撃されていることから多摩川には今でも住んでいるのだろう。

 

 

 

キブウカ、サグバタの進化形(参考インド人)

 

カッパが巨大化したのがインド人である。つまり、インド人の子どもが一番河童の面影を残していることになる。筆者が多摩市で目撃した非常に小さい人は、肌色も顔も、インド人そっくりだった。ネルソン・デ・ラ・ロッサの顔を見てもわかるとおりだ。

どうやら、カブールの名前から察するに、超古代、カッパはパンジャブ地方に住んでいたようだ。非常に小さい彼らは、しかし、新天地に暮らすことで、各々の獲物に特化する必要性を失った。彼らは、ほかの人類が食べるものを食べるうちに巨大化した。それがインド人誕生の秘密である。

 

 

 

カゾオバ、ムンビの姿(参考メラネシア人)

 

カゾオバ、ムンビはキジムナーの祖先である。赤毛ではないが、メラネシア人の姿は、キジムナー目撃者による報告に似ている。手足も長い。1mのカゾオバ、ムンビが新天地で各々の獲物に特化する必要性を失い、獲物を変えた時、身長が普通になった。また、当時の北極圏(ヨーロッパ)に住んでいた彼らは、金髪・碧眼になったため、メラネシアに移ったことにより、金髪・碧眼のメラネシア人が誕生した。

 

 

 

アブク、ムワリの姿(参考ピグミー)

 

成人男性の身長は140cmである。エスと同じ食生活をしていたため、140cmのままであった。

 

 

 

モリモの姿(参考ネグリト)

 

成人男性の身長は140cmである。エスと同じ食生活をしていたため、140cmのままであった。モルモン教が、モリモの名を継承している。

 

 

 

チュクウ、ルハンガの姿(参考ビッグフット)

 

チュクウは最大身長4.5mのイェティの祖であり、ルハンガは最大身長4mのオラン・ダラムの祖である。地球の意思によって「地球の王」に選ばれた彼らは、地上最大最強の捕食者として、食物連鎖の頂点に君臨している。アフリカ時代はワニを常食としていた。また、彼らは時に、カバ、ライオン、象などの天敵としても機能した。長い豊かな体毛は、腕、足をワニに噛まれても、首、背中を猫科の猛獣に噛まれたり爪を立てられても平気なように進化した防弾チョッキみたいなものだ。この「地球の王」からは、多くの伝説的な英雄が生まれている。

 

 

 

チュクウ、ルハンガの進化形(参考メキシコ人)

 

メキシコにはときおり、毛だらけで生まれてくる子どもが話題になるが、これはチュクウの隔世遺伝だ。チュクウの顔は知られていないが、メキシコ人のような顔をしていたと考えられる。メキシコ人が3mほどに巨大化し、毛だらけになったらチュクウである。

 

 

 

クウォスの姿(参考アボリジニ) 

 

アボリジニの顔は、原初の神カオスの顔である。ビクトリア湖時代に生まれたクウォスは、人類でいち早く陸上生活にスイッチし、大型哺乳類を狩るようになった。そのため、彼らの身長は160cmほどに伸びた。

 

 

 

 

ムシシ、レザ、キャラ、トレの姿(参考パプア人、チッタゴンの少数民族)

 

 

 

ヴィディエの姿(参考ヴェッダ族)

 

ヴィディエは、イデュイアの生みの親だが、イデュイアは神道、道教、ユダヤ教の祖である。

 

 

 

ワルムベの姿(参考カンボジア人)

 

 

 

カアング、ジェンギの姿(参考コイサン族、ニカウさん)

 

 

 

オロクン、オロルンの姿(参考ミャンマーの少数民族)

 

 

 

オロクン、オロルンの進化形(参考シベリア人、イヌイット、アマゾンの少数民族) 

 

コイサンマン、ミャンマー少数民族の顔をしていた彼らは、シベリアで水生生活(海女さんのような)を実施した。それにより、冷たい海水から身体を守るため、四肢、指が短くなり、顔の凸凹がなくなって平坦になり、目は細くなり、まぶたは一重になった。ウリゲン、エルリクと呼ばれた彼らは、中国人、朝鮮人、日本人といった東アジア人(黄色人種)の祖である。

 

 

 

ウェネの姿(参考アイヌ族)

 

アイヌ族は単なる先住民ではなく、非常に古いタイプの人類である。超古代、アイヌ族は日本だけでなく、東南アジア、イランに至る広範な地域に住んでいた。

 

 

 

エバシの姿(参考アパッチ族)

 

アパッチ族は単なるアメリカ先住民ではなく、非常に古いタイプの人類である。その名から、蝦夷(エビス)、原初の水アプスー、アビスなどの由来であることがわかる。超古代、エバシは日本(蝦夷/えびす)、北アメリカ(アパッチ)、マヤ(アプチ)に至る広範に住んでいた。

 

 

 

トレの姿(参考ドラヴィダ族)

 

聖地デルポイを築いた人々の顔である。トレはペイトーと組んでデルポイを築き、ドラヴィダ族を生んだ。トレ+ペイトー=ドラヴィダ=デルポイとなる。

 

 

 

イマナの姿(参考ベトナム少数民族)

 

イマナは、ニャメと組んで「古事記」に記された、多くの天津神を古代台湾に生んだ種族である。

 

 

 

ニャメの姿(参考アミ族、マダガスカル人)

 

ニャメは、イマナと共にアウトリガーカヌーを完成させ、10万年前に既にインド洋を横断し、東南アジアとアフリカを往来していた。つまり、マダガスカル人は、インド洋を往復した古代人類の賜物である。また、マダガスカルやジンバブエ(特に「カミ」と呼ばれる地域)も高天原の領域だった。ニャメは、天照大神の生みの親でもある。

 

 

 

ディンカ、シルックの姿(参考ディンカ族、スーダン人)

 

上記の人類に遅れてビクトリア湖に生まれたディンカ、シルックは、巨大ワニがいない湖の中心部に生活した。そのため、水生生活に特化していた彼らは、水中で推進力を得るために頭部が小さく、四肢、指が長くなった。

また、50万年前に当時の北極圏(ヨーロッパ)に移住したディンカは背の高い、金髪・碧眼の白人の祖である。ディンカは、エーゲ海からブリテン島に至るまで拡散し、古代ヨーロッパにタンジール、メッサニア、チューリンゲンを築いた。シルックは、古代ヨーロッパにシラクサ、チューリンゲン、チューリッヒなどを築いた。

 

 

 

 

ディンカの進化形(参考ジャック・シラク、クリント・イーストウッド、ルトガー・ハウアー、シラク&イーストウッド)

 

イーストウッドやハウアーが顔を黒くしたらディンカ、シルックやマサイそのものである。シラク元大統領は、その名からも分かるとおり、シルックの直系の子孫だ。奇遇なことに、シラク元大統領がイーストウッドと挨拶を交わしている写真を見つけた。ディンカとシルックの再会をみているようだ。

ということで、白人列強時代、黒人の子孫である白人が黒人を奴隷としていたのはおかしな話だということがわかる。すべては、あのヨーロッパと日本を治める邪教(タナトスの宗教)が原因だ。

 

 

 

ムルング、マサイの姿(参考マサイ族)

 

ビクトリア湖を出てアフリカに拡散した時のディンカの子孫である。ディンカのように、水生生活に特化していた彼らは、水中で推進力を得るために頭部が小さく、四肢、指が長くなった。

マサイも、ディンカと同じで、背の高い、金髪・碧眼の白人の祖である。ムルングは古代ヨーロッパにミラノ、リヨン、マルセイユを築き、マサイはセーヌ川を命名し、メッサニアを築いた。

 

 

  

ハダメの姿(参考エチオピア人)

 

水生生活に特化していた彼らは、水中で推進力を得るために頭部が小さく、四肢、指が長くなった。ハダメは背の高い、金髪・碧眼の白人の祖である。ハダメからはテミス、ハデス、デメテルが生まれた。秦氏やケネディも彼らの子孫である。

 

 

 

 

ザムビの姿(参考カオサイギャラクシー、ブアカーオ)

 

 

 

モディモの姿(参考イラク人)

 

いわゆる人魚と呼ばれた人たちがモディモである。彼らから枝分かれした人々は、イラク人、アラビア人のような顔をし、今でも海に暮らしていると考えられる。モディモは、ティアマトやテテュスなど、水にかかわりが深い神々を生んだ。そこから、彼らは海に住む人魚だったということがわかる。

 

 

 

ンジニの姿(参考シンド人)

 

 

 

ンジニの進化形の姿(参考セネガル人)

 

ンジニは、月の神シンや秦(シン)などを生んだ。

 

 

 

ウラヌスの姿(参考バングラデシュ人)

 

ウラヌスはアルキュオネウスの子孫である。つまり、オロクンとクウォスの合体部族だ。間違いなく、バングラデシュ人はそんな顔をしている。

 

 

 

コットスの姿(参考タイソン、グッドリッジ、ボブサップ、マイケル・ジャクソン、エディ・マーフィー)

 

コットスは、小人のピクト人と獣人のエウリュトスの合体部族だ。タイソン、グッドリッジのように荒々しい獣人の特徴を持つ者、エディ・マーフィーのようにピグミーの愛嬌を持つ者、マイケル・ジャクソンのようにピグミーの音楽センス、ダンスセンスを受け継いだ者がいる。学者はバントゥー族と呼んでいるが、彼らはコットスだろう。

 

 

 

 

 

宇宙人の姿(参考ロシア人、サーミ人)

 

ロシア人は宇宙人の子孫である。シベリアに移住するまでの間、BC1027年からAD8世紀頃までトバルカインはロシアに住んでいた。その後、リューリク(モンゴル人)、スウェード人(インド人)、ワリアギ(アラビア人)、キエフを築くカンボジア人などが来てロシアの国家としての礎を築いた。

サーミ人は、大地殻変動の時代に南極から逃げたセムの子孫である。そのため、宇宙人(科学の種族トバルカイン)も同じような姿をしているのは間違いない。科学の種族トバルカインは、青森県(出羽、十和田、竜飛)にも住んでいたし、パンジャブにも住んでいたため、日本人やインド人の顔をした宇宙人もいる。クロード・ボリロンとコンタクトした1mくらいの宇宙人はキジムナーと同族である。

 

 

 


超古代世界の地図

◆超古代世界の地図 日本編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上は古代日本の地図である。一番最初に日本に住み着いたのはエバシ、ウェネであり、エバシは蝦夷(えびす)を築き、ウェネはアイヌ族になった。宇宙人(科学の種族トバルカイン)は出羽、十和田、竜飛に住み、ピラミッドの種族ティカル人は津軽に住んでいた。

葦原中津国はアシアーとグレニコス、日向国はピュグマエイ、生口島・瀬戸内海チュクチ族(ステュクス)、出雲国はアドメテー、摂津国はセツ(ゼウス)、海宮国(ワタツミ/但馬国)はアドメテーとティアマト、 大和国はティアマト、熊野国はピクト人、伊勢国はイデュイア、武蔵国はミマース(ムシシ)、蝦夷(えびす)はエバシ、出羽国はトバルカイン、津軽はティカル人、竜飛はタップ・オノスのトバルカイン、十和田はトバルカインとプテ、アイヌはウェネが築いた。

 

 

◆超古代世界の地図 ユーラシア・アフリカ編

 

 

 

現在、砂漠化しているポイントには伝説の古代国家が存在していた。 しかし、すべての国家はタナトスに支配され、タナトス教の信者と化した人々が生活の保障と引き換えに進んで悪に従ったため、これに危機感を抱いたトバルカインが数百発の核兵器をお見舞いし、タナトスと大量のタナトス今日の信者ごと古代国家を焼き尽くした。

 

最終戦争ラグナロクはネバダ(ミドガルド)、ユタ(常世国)、北メキシコ(ヴァルハラ)で起こり、黙示録アルマゲドンはカラコルム、ゴビ(サウル朝、ソロモン朝)、チベット(ダヴィデ朝)で起きた。マハーバーラタ戦争はパンジャブ(テーバイ王国、シバ王国、プント王国)、アラビア半島(マガン王国、アテーナイ王国、アルバ・ロンガ王国)で起こり、ソドムとゴモラはスーダン(ソドム)、カッパドキア(ゴモラ)、サハラ(テーバイ王国)で起きた。アトランティス王国の滅亡は、グレート・ビクトリア砂漠、サンディー砂漠(アトランティス王国)でおきた。

 

 

 

◆超古代世界の地図 南北アメリカ編

 

 

 

 

 

 

 南極大陸はムー帝国(モホス文明)の植民地だったが、そこに科学の種族が住みつき、核兵器、UFOなどを開発した。南極は、「五岳神(ウーユエ)」の国と呼ばれた。

五岳とは、中国の道教に登場する、南北中東西に位置する聖山のことである。それらは、じつは南極の山々を指していた。東岳泰山は3680mのペンサコラ山、南岳衡山は4528mのカークパトリック山、4350mのマークハム山、中岳嵩山は5140mのマッシフ山、西岳崋山は4187mのシドリー山、北岳恒山は4191mのプラトー山のことである。東岳大帝とは、冥府の王のことだが、ヴィディエは、南極の王として東岳大帝と呼ばれた。 

 

科学の種族は、知能を悪に用いる者をできそこないと認定し、UFOで火星送りにしていた。 冥界の巨山と呼ばれた「羅ホウ山」とは、火星の火山であり、太陽系でもっとも巨大な火山、2万7千mのオリンポス山のことを指している。中国神話で冥界の神々と呼ばれた人々は、できそこないを裁いていた種族のことであり、「十王」 と呼ばれた。

地球上の、タナトス(できそこない)を嫌う、世界中の優れた王族が団結し、「十王」を結成していた。秦広王、楚江王、宋帝王、五官王、閻羅王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王である。閻魔大王(ヤマ)は太陽神シャマシュのことであり、ホウ都大帝はルハンガとヴィディエ、太乙救苦天尊はヴィディエとチュクウのことである。

 

安倍総理と仲間たちのように平気でウソをつき、テッド・バンディ事件の真犯人ブッシュ元大統領、狂気の怪物モンサント社のように子どもを笑いながら殺すような反自然的な人々は、みな火星で裁かれ、死ぬまで強制労働を課せられた。 

ただ、優れた人々は罪悪感が強い。そのため、精神的な健康を理由に、火星の強制労働施設は長らく閉鎖されているようだ。聖公会、大谷家、安倍総理なども、「善人は罪悪感が強いからすぐには俺たちを殺さない。というか、殺せない。だから安心だ。ふあはははは」と笑っている。しかし、多くの罪人(できそこない)を火星に送り、核兵器で焼き殺すことで、巨大な罪悪感に苦しんだ先祖の話を伝え聞いている宇宙人たちも、「それどころじゃない」と考えているようだ。

 

 

 

 

 

 


エスの歴史

◆アシアー(エス)の歴史

 


■1000万年前~800万年前? 人類の先祖が海に入る

 


■1000万年前~800万年前? 「エス誕生」

 

森林の覇を賭けたものの、体格差に問題があった人類の祖は、チンパンジー、ゴリラに敗北し、アフリカ東海岸に向かった。その後、エレイン・モーガン女史の著書に記述された一連の出来事が発生した。この水生生活時代を通し、人類の祖は現代人の特徴を全て備えた。サルそのものの骨格構造、筋肉が浮力の影響を受けて、前に出ていた首が真上に直立した。これにより、人類は言語を手に入れた。彼らは自らを「エス」と呼んだ。この名が、人類ガ最初に手に入れた名前だろう。彼らは、人類学者にアウストラロピテクスと呼ばれた。

 


■400万年前 「第1次エスの大移動時代」

 


■400万年前 「アチェー族誕生」

 

「エスの大移動時代」に参加したエスは、人類で一番最初にアフリカ大陸を離れた。彼らは、マレー半島に「アチェー族」を生んだ。アチェーの名の由来はアシアーである。アシアー=アチアー=アチェーとなる。彼らは、人型の未確認生物として知られるオラン・ペンデクのような容姿をしていた。だが、アチェー族自体は永年の混血により、東南アジア人に取り込まれた。

 

 

■400万年前 「阿蘇誕生」「蝦夷誕生」

 

「エスの大移動時代」に参加したエスは、人類で一番最初にアフリカ大陸を離れた。彼らは、東南アジアを経由して古代日本に上陸した。エスは、九州に「阿蘇」、東北に「蝦夷(えぞ)」を築いた。その名から、日本列島(九州~東北)はエスの土地だったことがわかる。

 


■400万年前 「クウォス誕生」

 

「第1次エスの大移動時代」に参加したエスは、湖水地方に入植して「クウォス」を生んだ。その後、エスの姿をしていたクウォスは、湖水地方時代にバラエティ溢れる人類の原型を生み出した。クウォスを初めとして、ピグミーの祖アブク、獣人の祖ルハンガ、パプア人の祖ムシシ、アジア人の祖イマナ、ワルムベ、インド人の祖カゾオバ、キブウカ、50万年前に白人の祖ディンカ、シルックである。このように、人類が多様化し、湖水地方の人口密度が増すと、クウォスは人類で一番最初に水生生活から陸上生活にスイッチした。

 


■40万年前 「エバシの大航海時代」

 


■40万年前 「アシアー誕生」

 

「エバシの大移動時代」の参加者が東南アジアに到来すると、アチェー族は「アシアー」と呼ばれた。アシアーの名の由来はアチェーである。アチェー=アシェー=アシアーとなる。その後、アシアーは大洋の娘たちに参加した。

 


■40万年前 「エウローペー誕生」

 

「エバシの大航海時代」に参加したアシアーは、ルハンガと組んで東南アジアに「エウローペー」を生んだ。エウローペーの名の由来はアシアーとルハンガの組み合わせである。アシアー+ルハンガ=アールハ=アールーハー=エウローペーとなる。その後、エウローペーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「葦原中津国誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加しなかったアシアーは、グレニコスと共に日本に移住した。八代湾に上陸した彼らは、「葦原中津国」を築いた。葦原中津国(アシハラナカツクニ)の名の由来は、アシアーとグレニコスの組み合わせである。アシアー+原+グレニコス+国=アシ原+ニコス国=葦原中津国となる。また、台湾(高天原)は、グレニコスが支配していたキレナイカとアシアーが支配していたアナトリア半島に至る海域、つまり、エーゲ海も「葦原中津国」と呼んでいた。

 


■30万年前 「伊邪那岐誕生」「伊邪那美誕生」

 

葦原中津国を建設したアシアーとグレニコスは、エウリュノメーを迎えて「伊邪那岐」「伊邪那美」の2神を誕生させた。イザナギの名の由来はアシアーとグレニコスの組み合わせであり、イザナミの名の由来はアシアーとエウリュノメーの組み合わせである。アシアー+グレニコス=アシアニコ=イザナギとなり、アシアー+エウリュノメー=アシアノメー=イザナミとなる。

 


■30万年前 「ズルヴァーンの大移動時代」

 


■30万年前 「ズルヴァーン誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したアシアーは、ルハンガと共にイランに入植した。彼らは「ズルヴァーン」を生んだ。ズルヴァーンの名の由来はアシアーとルハンガの組み合わせである。アシアー+ルハンガ=シアルハン=サルハーン=ズルヴァーンとなる。彼らは、ズルヴァーンの統治による永遠なる平和の時代、光の楽園の時代を作った。

 


■30万年前 「アシェラーフ族誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したアシアーは、現ソマリアに移住し、ルハンガと共に「アシェラーフ」を生んだ。アシェラーフの名の由来はアシアーとルハンガの組み合わせである。アシアー+ルハンガ=アシアルハ=アシャルーハ=アシェラーフとなる。彼らは、ソマリア人の祖となる。身長が4mのルハンガと身長が140cmのエスが混合することにより、ソマリア人~セネガル人は身長が2mくらいになった。

 


■30万年前 「ウォロフ族誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したアシアーは、現セネガルに移住し、ルハンガと共に「ウォロフ」を生んだ。ウォロフの名の由来はアシアーとルハンガの組み合わせである。アシアー+ルハンガ=アルハ=ウァルハ=ウォロフとなる。彼らは、セネガル人の祖となる。身長が4mのルハンガと身長が140cmのエスが混合することにより、ソマリア人~セネガル人は身長が2mくらいになった。

 


■30万年前 「アジア誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したアシアーは、アナトリア半島に移住した。この時にアナトリア半島は、アシアーを由来に「アジア」と呼ばれた。アナトリアの支配者アシアーは、キレナイカの支配者グレニコスと共にエーゲ海を治めた。これにより、古代台湾、古代日本では、エーゲ海も「葦原中津国」と呼ばれていた。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「冥界神オシリス誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したアシアーは、東南アジア、北アメリカ、ユカタン半島を経て地中海に帰還し、エジプトに到着した。獣人ヘラクレスと共にエジプトに降り立ったアシアーは、聖地ヘリオポリスに「冥界の神オシリス」を生んだ。オシリスの名の由来はアシアーとヘラクレスの組み合わせである。アシアー+ヘラクレス=アシェレス=オシリスとなる。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代」

 


■1万3千年前 「アシュタルテ誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」を経て「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアシアーは、メソポタミアに移住した。この時にアシアーはタルタロスと連合し「アシュタルテ」が誕生した。アシュタルテの名の由来はアシアーとタルタロスの組み合わせである。アシアー+タルタロス=アシアタルタ=アシュタルテとなる。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「アシェル誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したオシリスは、スカンジナビア半島に入植し、「アシェル」を生んだ。アシェルの名の由来はオシリスである。オシリス=オシェリス=オシェル=アシェルとなる。

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 スカンジナビア半島からメソポタミアに帰還

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したアシェルは、スカンジナビアからメソポタミアに移住した。

 


■BC5千年 「シェラフ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したアシェルは、メソポタミアに移住すると、「シェラフ」を生んだ。シェラフの名の由来はアシェラーフである。アシェラーフ=シェラーフ=シェラフとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ」

 


■BC32世紀 「ドルイド教の大航海時代」

 


■BC32世紀 「イスラエル王国誕生」

 

「ドルイド教の大航海時代」に参加したアスタルテは、メソポタミアを離れて、故地である葦原中津国に帰還した。葦原中津国のアスタルテは、台湾のロア族(ブリアレオース)と連合して「イスラエル王国」を建設した。第2次北極海ルート、サムエルの大航海時代に参加した人々がイスラエル13氏族を生んだ。つまり、イスラエル13支族は、みな日本、中国生まれである。

 


■BC32世紀 「ヨセフ誕生」

 

「ヨセフ」はエジプトに生まれた。つまり、日本に生まれた。エジプトの名の由来は葦原中津国と十和田の組み合わせである。葦原中津国+十和田=葦(アシアー)+和田(プテ)=アシプテ=エジプトとなる。ヨセフの名の由来はアシアーである。アシアー=アシハ=ヨセフとなる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「アシェル族誕生」「レビ族誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加したヨセフは、モンゴルで「アシェル族」「レビ族」を生んだ。アシェル、レビの名の由来はアシェラーフである。アシェラーフ=アシェラ=アシェルとなり、アシェラーフ=アシェラーブ=レビとなる。アシェル族とレビ族は、名前こそ違えど、祖を同じくする人々であるため、イスラエルの12支族にはカウントされない。

 


■BC30世紀 「ヨシュア誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加したヨセフは、モンゴルに移住し、「ヨシュア」と呼ばれた。ヨシュアの名の由来はアシアーである。アシアー=アシュア=ヨシュアとなる。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「艮の金神誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したアスタルテは、現コンゴに「艮(うしとら)の金神」を祀った。うしとらの名の由来はアスタルテである。アスタルテ=アシタル=うしとら(艮」)となる。金神の名の由来は「コンゴの神」である。コンゴ+神=コン神=金神となる。

 

■BC30世紀 「アーサー王誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したヨシュアは、ブリテン島に移住し、「アーサー王」と呼ばれた。アーサーの名の由来はアシアーである。アシアー=アーシアー=アーサーとなる。ヨシュアはアーサー王となり、ブリテン島を拠点にヨーロッパを統治した。

 


■BC30世紀 「アシル・ボグドー誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」の参加者が現アンゴラに「モンゴル王国」を建てると、ブリテン島を離れたアーサー王がモンゴル王国を訪れた。彼は、ゲシル・ボグドーの後を継ぎ「アシル・ボグドー」としてモンゴル王国の王位に就いた。アシル・ボグドーの名の由来はアシェラーフとピクトの組み合わせである。アシェラーフ+ピクト=アシェラ+ピクトー=アシル・ボグドーとなる。

 


■BC30世紀 「蘆屋道満誕生」

 

アシル・ボグドーは、「蘆屋道満」とも呼ばれた。蘆屋の名の由来はアシアーである。当時、イフェの神官(オニ)が「陰陽道」を築いた。陰陽道の名の由来は「モンゴル王国のオニ(神官)」である。オニ+モンゴル=オンモン=オンミョン=オンミョウ(陰陽道)となる。ピグミー族(アブク)が安倍(あべの)晴明を名乗り、アテナイ王国を操る司神タナトスに支配されていた。そのため、蘆屋道満は安倍晴明と対立した。全ての話は、アフリカに住んでいたツチ族(土御門家)が、日本に伝え、自分の格を上げるために利用した。

 


■BC1020年 「第2次黙示録アルマゲドン」

 


■BC1020年 「北イスラエル王国誕生」

 

「第2次アルマゲドン」により、モンゴル王国がナミブ砂漠、カラハリ砂漠と化すと、ガド族とアシェル族(アシル・ボグドー)は新しいイスラエル王国に移住した。

 


■BC1020年 「イーシュヴァラ誕生」

 

「第2次黙示録アルマゲドン」によってモンゴル王国が滅ぶと、アシル・ボグドーは、アフリカを離れてインドに移住した。彼らは、後のシヴァ派(パシュパタ派)の主神となる「イーシュヴァラ」を生んだ。イーシュヴァラの名の由来は葦原である。葦原=アーシハラ=イーシュヴァラとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「州胡誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したイーシュヴァラは、澳門から済州島に移り、「州胡(チェホ)」と命名した。州胡の名の由来はヨセフである。ヨセフ=ヨチェホ=チェホ(州胡)となる。州胡とは、済州島の古名である。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「チェコ人誕生」「プシェミスル家(前身)誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した州胡(チェホ)の民は、多氏と共にブリテン島からヨーロッパに移った。多氏がオースターに拠点を得ると、州胡の民はシレジアに移って「チェホ(チェコ)」と命名した。ハ行がカ行を兼ねる法則があるため、チェホはチェコとも呼ばれたが、現在では「チェコ」と呼ばれるのが一般的である。チェホの名の由来は州胡(チェホ)である。朝鮮人である彼らは、現地人と混合して「プシェミスル家」を築いた。プシェミスルの名の由来は朝鮮語「武州(プシェ)の美酒(ミスル)」である。

 


■AD850年 ポジヴォイ1世、初代ボヘミア公に即位 「ボヘミア公国誕生」

 

AD850年、プシェミスル家のポジヴォイ1世が初代ボヘミア公の座に就いている。

 


■AD1192年 「崔氏誕生」

 

一部が王室と対立し、チェコを離れて朝鮮への帰還を果たした。チェコ人の顔をした彼らは、故地である済州島に辿り着き、現地人と混合して「崔氏(チェ)」を称した。崔(チェ)の名の由来はチェコである。

 


■AD1198年 オタカル1世、初代ボヘミア王に即位 「ボヘミア王国誕生」

 

AD1198年にオタカル1世が初代ボヘミア王に即位して「ボヘミア王国」を築いている。

 


■AD1265年 「伏見天皇誕生」

 

当時の済州島は高麗の治世下であったため、崔氏は日本に移り住んだ。崔氏は、後深草天皇に接近して自身の血統と打ち立てた。それがAD1265年に第92代天皇に即位した「伏見天皇」である。伏見の名の由来はプシェミスルである。プシェミスル=プシェミ=伏見となる。

 


■AD14世紀 「ドゥマク王国誕生」

 

男系途絶によってプシェミスル家が滅ぶと、彼らはチェコを後に故地である済州島を目指した。その途上、紅海航行中にメッカに上陸した一行は一時的に残留を決意した。ここでイスラム教の素養を得たプシェミスル家はメッカを出てジャワ島に移った。中国人イスラム教徒チェク・コボが、初代王に即位して「ドゥマク王国」を建国している。王チェク・コボのチェクはチェコに由来しており、ドゥマクの名はフランス語「DE MEKKA(メッカの)」に由来している。

 


■AD1526年 「石原氏誕生」

 

その後、ムガール帝国などのイスラム教国がインドで台頭すると、イーシュヴァラを祀る人々は日本に移住し、「石原氏」を称した。このとき、マヤの人身御供の神イシュバランケーを祖とする「石原氏」と、シヴァ派の主神イーシュヴァラを由来とする「石原氏」とは区別したい。

 


■AD16世紀 ジャワ島から朝鮮半島に移住

 

AD16世紀にドゥマク王国が滅ぶと、ジャワ人の顔をしたプシェミスル家は故地を目指した。彼らは、李氏朝鮮支配下の朝鮮半島に渡って祖を同じくする「崔氏」と合流した。

 


■AD1860年 アントン・チェーホフ生誕

 


■AD18年 大山倍達(崔倍達)生誕 「極真空手誕生」

 


■AD1954年 ウゴ・チャベス生誕

 

ベネズエラ第53代大統領に就任している。しかし、パット・ロバートソンに暗殺された。

 


■AD1957年 スティーブ・ブシェミ生誕

 

ブシェミの名の由来はプシェミスルである。プシェミスル=プシェミ=ブシェミとなる。

 


■AD1984年 麻原彰晃、初代教祖に 「オウム真理教誕生」

 

AD1966年、文化大革命を機に中国から日本に逃げてきた人々である。ヒンドゥー教・シヴァ派(パーシュパタ派)に属していたホン族の末裔が築いた団体である。彼らの主神はイーシュヴァラである。麻原の名の由来はこのイーシュヴァラである。そしてイーシュヴァラの名の由来は葦原中津国の葦原である。イーシュヴァラ=ヤシャヴァラ=麻原となる。
麻原の祖は、インドから湖南に移り、湖南九江淫祀に参加していた。そして、「文化大革命」がおきると、彼らは中国を逃げ出して先祖の地「葦原中津国(熊本県)」へと導かれた。オウム真理教は、当初はヒンドゥー教・仏教に根ざした同好会だった。だが、日本赤軍は麻原のふてぶてしさとカリスマ性を見込んで、オウムを隠れ蓑として活動するようになる。そこへ、情報を聞きつけた大谷が幹部として上祐、林郁夫などを送り込んだ。大谷は、オウムを常時監視して転覆の機会を狙っていた。

 

 

 

◆アシュケナジム(アシェル)の歴史

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「アシェル誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したオシリスは、スカンジナビア半島に入植し、「アシェル」を生んだ。アシェルの名の由来はオシリスである。オシリス=オシェリス=オシェル=アシェルとなる。

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「シェラフ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したアシェルは、メソポタミアに移住すると、「シェラフ」を生んだ。シェラフの名の由来はアシェラーフである。アシェラーフ=シェラーフ=シェラフとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ滅亡」

 


■BC32世紀 「ドルイド教の大航海時代」

 


■BC32世紀 「アジュラン族誕生」

 

「ドルイド教の大航海時代」に参加したアシェルは、荒廃した故地を後に、ソマリアに一時的に避難していた。アシェル族からは「アジュラン族」が輩出された。、アジュランの名の由来はアシェルである。

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート」

 


■BC32世紀 「アッシリア人誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加しアシェルは、オビカワ流域に入植し、現地人と混合して「アッシリア人」を築いた。アッシリアの名の由来はアシェルである。アシェル=アッシェル=アッシリアとなる。

 


■BC1950年 「古アッシリア王国誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加したアシェルは、メソポタミアに南下して「アッシュール」を称した。BC1905年、エリシャム1世がアッシリア王に即位している。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「熊襲誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したアシェル族は、ガド族と共に吸収に入植し、「熊襲」を築いた。熊襲の名の由来は預言者エリアの説話に出てくる熊(くま)と、アシェルに当て字した「襲(おそう)」の組み合わせである。

 


■BC612年 アッシリア帝国滅亡

 

新バビロニア王国とメディア王国の連合軍により、アッシリア帝国は滅亡した。

 


■BC612年 「太陽神スーリャ誕生」

 

新バビロニア帝国、メディア王国の侵攻を受けて首都ニネヴェが陥落した。これを機に、アッシリア人はオリエント地域を脱出してインドに移住した。アッシリア人は「太陽神スーリャ」を祀ってアーディティヤ神群に参加した。スーリャの名の由来はチョーラである。チョーラ=ショーリャ=スーリャとなる。

 


■AD1世紀 「阿蘇氏誕生」

 

熊襲武尊が大和武尊に討伐されると、熊襲は解散し、アシェル族は阿蘇山に移って「阿蘇氏」を称する。阿蘇の名の由来はアシェルである。アシェル=アソル=阿蘇となる。

 


■AD2世紀 「ソル・インヴィクトス誕生」

 

AD2世紀、「太陽神スーリャ」を伴ってインドからローマに移ったチョーラ人はスーリャに因んで「太陽神ソル・インヴィクトス」を祀った。ラテン語で太陽を意味する「ソル」の名の由来はスーリャである。スーリャ=スーラ=ソルとなる。

 


■AD3世紀 「吐谷揮(アーザ)誕生」

 

「大和人の大航海時代」に冒険心を触発された阿蘇氏は、南北に新天地を求めて旅立った。北上して黒龍江に侵入した北方組はチベットに渡り、吐谷揮(ツヨッゴン)を結成した。吐谷揮の別名アーザの名の由来は阿蘇、或いは阿蘇である。阿蘇=アーソ=アーザとなる。阿蘇氏は、柔然が支配するモンゴル高原を抜け、ほぼ人跡未踏のチベットに侵入していった。

 


■AD663年 「ヤゼル誕生」

 

AD663年、吐谷揮が滅ぶと、阿蘇氏は「ヤゼル」を称してオグス24氏族に加わった。ヤゼルの名の由来はアシェルである。アシェル=アジェル=ヤセルとなる。ヤゼルはオグス24氏族時代に司馬氏の後裔セヴァに出会い、意気投合して「アシュケナジム」を結成している。

 


■AD846年 「チョーラ人誕生」「チョーラ朝誕生」

 

AD476年、西ローマ帝国が滅亡すると、太陽神ソル・インヴィクトスを祀っていたチョーラ人はインドに帰還し、「チョーラ人」を生んだ。チョーラの名の由来はアッシュールである。アッシュール=アッチョーラ=チョーラとなる。AD846年、彼らはインドに「チョーラ朝」を開いた。すると、アッシリア帝国時代の先祖の血が甦ったかの如く、チョーラ人は戦争に明け暮れ、パッラヴァ朝、パーンディヤ朝、ラーシュトラクータ朝、チャールキヤ朝などの周辺国に攻め入った。

 


■AD9世紀 「アシュケナジム誕生」

 

オグズ24氏族時代にセヴァ(司馬氏)と出会ったヤゼル(阿蘇氏)は「アシュケナジム」の連合体を築き、ハザール帝国から東欧各地に四散した。アシュケナジムの名の由来は「アシェル」と「キナのシマ」の組み合わせである。アシェル+キナ+シマ=アシェキナシマ=アシュケナジムとなる。

 


■AD1279年 「チョロ人誕生」

 

AD1279年にチョーラ朝が滅ぶと、インド人の顔をしたチョーラ人はナイル上流域に移住して現地人と混合し、「チョロ人」を形成した。チョロ人はシルック人と連合していた。チョロの名の由来はチョーラである。チョーラ=チョラ=チョロとなる。

 


■AD1293年 「アゼルバイジャン誕生」

 

AD1293年にシュリーヴィジャヤ王国が滅ぶと、阿蘇氏はカンボージャ人と連合し、コーカサスに進出して「アゼルバイジャン」を称した。アゼルバイジャンの名の由来はアシェルとカンボージャの組み合わせである。アシェル+カンボージャ=アセルボイジャ=アゼルバイジャンとなる。

 


■AD1991年 「アゼルバイジャン共和国誕生」

 

 

 

 

 

 



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