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オロクンの歴史(ウラヌス)

◆ウラヌスの歴史

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「天空神ウラヌス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「ウラヌス」を生んだ。ウラヌスの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウス=ウラヌスとなる。

 


■30万年前 「ウラニアー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスはウラヌスを生み、ウラヌスは「ウラニアー」を生んだ。ウラニアーの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウ=ウラニアーとなる。その後、ウラニアーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「事代主神誕生」

 

ウラヌスは、コットスと組んで日本に移住した。彼らは、ティアマトの国ヤマトに入植して「事代主神」を生んだ。コトシロヌシの名の由来はコットス、ウラヌスの組み合わせである。コットス+ウラヌス=コットスラヌス=コトシロヌシとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「ティタン神族誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、テテュスと連合して「ティタン神族」を生んでいる。ティタン(ティタヌス)の名の由来はテテュスとウラヌスの組み合わせである。テテュス+ウラヌス=テテヌス=ティタヌス=ティタンとなる。

 


■7万年前 「海洋神オケアーノス誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、アカイア人と連合体を組んだ。この時に「海洋神オケアーノス」が生まれた。オケアーノスの名の由来はアカイアとウラヌスの組み合わせである。アカイア+ウラヌス=アカイアヌス=アカイアーヌス=オケアーノスとなる。その後、オケアーノスはティタン神族に参加している。

 


■4万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■4万年前 「ヴァラナシ誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、クロノスの姦計によってギリシアを追放された。兄弟ヴァナラシが住むガンジス流域に身を寄せた。この時、ヴァナラシと差別化するため、彼らは当地を「ヴァラナシ」と呼んだ。ヴァラナシの名の由来はウラヌスである。ウラヌス=ヴラヌス=ヴァラナシとなる。

 


■1万3千年前 「デウカリオンの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ヘレネス人誕生」

 

「デウカリオンの大航海時代」に参加したヴァラナシ人は、スーサに到着後、単身、ギリシアに赴いた。クロノスによる追放以来、3万年ぶりにギリシアの地を踏んだ。ヴァラナシ人は「ヘレネス人」を称した。ヘレネスの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ハラナシ=ヘレネスとなる。

 


■BC5千年 「バラーナ族誕生」

 

「トロイア戦争」時、ギリシア軍に参加してブリテン島に入植していたヘレネス人は、タップ・オノスでの核爆発により、アベル(ホルス)と共にインドに赴いた。この時、「バラーナ族」が生まれた。バラーナの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァラーナシ=バラーナとなる。バラーナ族は、後にアーリア人に参加している。

 


■BC1200年 バラーナ族、アヌ族、パニ族と共にアーリア人に参加

 

ヴァラナシの子孫であるバラーナ族は、祖を同じくするヴァナラシの子孫であるアヌ族、パニ族と共にアーリア人の軍団に参加した。

 


■BC1027年 「十王戦争」

 


■BC1027年 「パルニ人誕生」

 

「十王戦争」の後、アヌ族、パニ族と共にイランにやって来たバラーナ族は、現地人と混合して「パルニ人」を誕生させた。パルニの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラニ=パルニとなる。

 


■AD114年 「ポントス人の大航海時代」

 


■AD114年 「春名氏誕生」

 

「ポントス人の大航海時代」に参加したパルニ人は、日本に上陸した。コーカサス人の顔をした彼らは、現地人と混合して「春名氏」を生んだ。春名の名の由来はパルニである。パルニ=ハルニ=春名となる。この系統からは一時期ツイッターの発言で話題になった春名風花が輩出されている。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ブレナン誕生」「レノン誕生」「ナッシュ誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した春名氏は、アイルランド島に入植した。現地人と混合した彼らは「ブレナン」「レノン」「ナッシュ」などの姓を生んだ。ブレナン、レノンの名の由来は春名、ナッシュの名の由来はヴァラナシである。春名=ハルナン=ブレナン=レノンとなり、ヴァラナシ=ヴァラナッシュ=ナッシュとなる。

 


■AD3世紀 「バーニシア誕生」

 

アイルランドからスコットランドに入植した春名氏は、拠点を「バーニシア」と命名した。バーニシアの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァールナシア=バーニシアとなる。

 


■AD6世紀 「ヴィリニュス誕生」

 

AD6世紀頃にバーニシア王国が消滅すると、バーニシア人は2手に分かれてスコットランドを旅立った。北方組はバルト海に入り、リトアニアに「ヴィリニュス」の名を残した。ヴィリニュスの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァリニャシ=ヴィリニュスとなる。

 


■AD6世紀 「レーニン誕生」「ボロネジ誕生」

 

AD6世紀頃にバーニシア王国が消滅すると、バーニシア人は2手に分かれてスコットランドを旅立った。北方組はバルト海に入り、ロシアに「ボロネジ」の名を残した。ボロネジの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=バラナジ=ボロネジとなる。この時に「レーニン」の名前がロシアに輸入された。ブレナン=ブレーナン=レーニンとなる。

 


■AD6世紀 「ボローニャ誕生」

 

ロシアを離れたパルニ人は、イタリアに入植して「ボローニャ」を築いた。ボローニャの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラーニャ=ボローニャとなる。

 


■AD6世紀 「フラニ族誕生」

 

イタリアからアフリカ大陸に到達したパルニ人は「フラニ族」を称した。どちらの名も春名、或いはパルニが由来である。パルニ=ハルニ=フラニとなる。

 


■AD661年 「ハリプンチャイ王国誕生」

 

インドシナ半島に集った小野妹子(遣唐使)、フラニ族(イスラム教伝来)、趙氏(南越国)は、合同で「ハリプンチャイ王国」を築いた。ハリプンチャイの名の由来はヴァラナシ(フラニ族)、ヴァナラシ(小野氏)、ゼウス(趙氏)の組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ+ゼウス=ヴァラヴァンゼウ=ハラパンジェウ=ハリプンチャイとなる。ハリプンの部分は、ブルボンの名の由来と同じである。

 


■AD712年 「勿吉の大航海時代」

 


■AD712年 「高梨氏誕生」「椋梨氏誕生」「小梨氏誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したイギリス人ナッシュは、イギリス人ニートと組み、井上家季に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが「高梨氏」の祖、高梨盛光である。一方、一部はオースターと組み、小早川季平に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが「椋梨氏」の祖、椋梨国平である。最後に、一部ナッシュは小津氏と組んで「小梨氏」を成した。

 


■AD13世紀 「ブルボン家誕生」

 

AD1292年、タイに建てられたハリプンチャイ王国が滅ぶと、彼らはインドシナ半島を離れ、ヨーロッパに移住した。彼らは、ヨーロッパに「ブルボン家」を生んだ。ブルボンの名の由来はハリプンチャイの名の由来と同じく、ヴァラナシ(フラニ族)とヴァナラシ(小野氏)の組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ=ヴァラヴァナ=ブルボンとなる。

 


■AD1376年 「ボルヌ帝国誕生」

 

フランスでブルボン家を生んだフラニ族だが、フラニ族はフランスを離れて東アフリカに帰還した。AD1376年、フラニ族は「ボルヌ帝国」を中央アフリカに建てた。ボルヌの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァラヌ=ボルヌとなる。

 


■AD1376年 「ブルネイ帝国誕生」

 

AD1376年に「ボルヌ帝国」を中央アフリカに建てると、同時にインド洋を超えてカリマンタン島に上陸し、「ブルネイ王国」を建てている。この時に、イスラム教(シャフィイー派)が東南アジアにもたらされた。ボルネオ、ブルネイの名の由来はいずれもボローニャである。ボローニャ=ボロネイ=ブルネイとなり、ボローニャ=ボロニア=ボルネオとなる。以来、フラニ族は東アフリカと東南アジアを頻繁に往来していた。

 


■AD1594年 アンリ4世、ブルボン朝初代フランス国王に即位 「ブルボン朝誕生」

 

ブルボン朝は、聖公会(ポルトガル・クリュニー会)が掌握した大英帝国の侵略軍から世界を救うため、世界に進出し、大英帝国が現れるところに出現した。イロコイ連邦(アメリカ・カナダ)、ベンガル(インド)などで原住民を軍事的に援助した。もっとも、ベンガルは先祖の故地ヴァラナシを含んでいるため、特に支援を惜しまなかった。また、彼らはもともとハリプンチャイ王国の子孫で、インドシナ半島の出身のため、インドシナ半島の支配にこだわった。
一方、ブルボン家は、病気がちな男系が続いたことで知られ、近親相姦が原因などという風評に苦しんだ。だが、これはフランス・クリュニー会による優れたブルボン家に対する攻撃であった。これは、ハプスブルグ家でも同様であったが。クリュニー会は、クリュニー会に属する医者に命じ、ブルボン家代々の男系メンバーに一服盛り、弱体化、ゆくゆくはブルボン家の滅亡を謀っていた。

 


■AD1793年 ルイ16世、処刑 「フランス革命」

 

タナトスのキリスト教ドミニコ会が指揮したフランス革命により、ルイ16世は理不尽にも処刑された。淘汰されるべきできそこないが、数で圧倒することで優れた者に勝利した瞬間である。できそこないの勝利は、人類にとって、果てしない悲劇である。

 


■AD1795年 ルイ17世、フランスからアフリカに移住

 

「フランス革命」を機に、幼いルイ17世を保護したブルボン家の残党は、ラヴァル家を率いてフランスを脱出した。彼らは、イベリア半島を南下してアルジェリアに侵入し、ティジャーニア派に入信した。

 


■AD1814年 ルイ18世、フランス王に即位

 

聖公会、フランス・クリュニー会、ドミニコ会の連合が皇帝ナポレオンを失脚させると、フランス・クリュニー会がルイ18世を即位させ、王政復古を実現した。だがこの時、既にルイ18世に決定権は無く、ハノーヴァ朝と聖公会の関係のように、隠れているクリュニー会のための「顔」を司る役割しかなかった。AD1852年、ナポレオン3世の皇帝即位を機に、ブルボン家は再び王座を去った。

 


■AD1854年 ルイ17世、フランス軍と交戦 「フルベの聖戦」

 

AD1854年、成長した50歳前後のルイ17世は指揮官としてティジャーニア派とトゥクロール族を指揮し、奇しくも同郷の人々であるフランス軍と交戦した。これが「フルベの聖戦」である。フルベの名の由来はブルボンである。ブルボン=ブルベン=フルベとなる。フランス軍に敗北したものの、ルイ17世の軍はバンバラ王国、マーシナ帝国を滅ぼすことが出来た。ルイ17世は、中央アジアから来たディゴル人と共にトゥクロール族を支配下に置き、「トゥクロール帝国」を建てている。

 


■AD1828年 ジュール・ヴェルヌ生誕

 

ヴェルヌの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴェルヌシ=ヴェルヌとなる。

 


■AD1870年 ウラジミール・イリイッチ・レーニン生誕

 

レーニンの名の由来はブレナンである。ブレナン=ブレーナン=レーニンとなる。レーニンはいわずと知れた「ロシア革命」の指揮者である。

 


■AD1920年 フェデリコ・フェリーニ生誕

 

フェリーニの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラーニ=フェリーニとなる。

 


■AD1940年 ジョン・レノン生誕 「ザ・ビートルス誕生」

 

レノンの名の由来はブレナンである。ブレナン=ブレのン=レノンとなる。

 


■AD1945年 ボブ・バラバン生誕

 

バラバンの名の由来はブルボンと同じくヴァラナシとヴァナラシの組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ=ヴァラヴァナ=バラバンとなる。俳優として「未知との遭遇」「アルタードステーツ」などに出演したバラバンは、映画監督として映画「ペアレンツ」などを撮っている。

 


■AD1953年 アレックス・ヴァン・ヘイレン生誕 「ヴァン・ヘイレン誕生」

 

ヘイレンの名の由来はヘレネスである。ヘレネス=ヘイレネス=ヘイレンとなる。

 


■AD1955年 エドワード・ヴァン・ヘイレン生誕 「ヴァン・ヘイレン誕生」

 

ヘイレンの名の由来はヘレネスである。ヘレネス=ヘイレネス=ヘイレンとなる。

 

 

 

◆那覇(ウラニアー)の歴史

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ウラニアー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスはウラヌスを生み、ウラヌスは「ウラニアー」を生んだ。ウラニアーの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウ=ウラニアーとなる。その後、ウラニアーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アルーネ族誕生」

 

マレー半島に移住したウラニアーは、「アルーネ族」を生んだ。アルーネの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラーニアー=アルーネとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「ムネモシュネー誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラニアーは、他のオケアーニスに属するクリュメネー、獣人ミマースと組んでムネモシュネーを生んだ。ムネモシュネーの名の由来はクリュメネー、ミマース、ウラニアーの組み合わせである。クリュメネー+ミマース+ウラニアー=メネーマースニアー=ムネモシュネーとなる。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■4万年前 「軍神の女神アテナイ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したウラニアーは、台湾にてイデュイアと共に連合体を組んだ。この時に「アテナイ」が生まれた。アテナイの名の由来はイデュイアとウラニアーの組み合わせである。イデュイニアー=アテニアー=アテナイとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「アテナイ王国誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したアテナイは、アラビア半島に上陸してアデンに入植した。アテナイはアデンをアテナイ王国として繁栄させ、アラビア半島に大きな国家を築いた。

 


■4万年前 アテナイ、海神ポセイドンと対立

 

アトランティス王国のタナトスはアテナイ王国征服のため、オーストラリアを発ってアラビア半島に侵攻した。このとき、卑怯なタナトスは食料の供給を絶つために、ギリシア人の農作地に大量の枯葉剤を撒き、土地を荒廃させた。しかし、アテナイは残された土地にオリーブを植え、タナトスの思惑を退けた。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ノア誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したアテナイは、東南アジアから南極に移住し、ノアを生んだ。ノアの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラノア=ノアとなる。ノアは、セム、ハム、ヤペテと同盟し、南極の文明を発展させた。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「アテネ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、イシン人がギリシアに来訪、その後、「マハーバーラタ戦争」によってアラビア半島が核兵器で消滅すると、アテナイ人、アデン人(ピュトン)が古代ギリシアに入植し、イシン人と共に都市国家「アテネ」を築いた。アテネの名の由来はアテーナイである。
アテネ人は、スパルタ人と共に好戦的な人々であり、常に戦争に明け暮れていた。「第一次神聖戦争」「サラミスの海戦」「第一次ペロポネソス戦争」「第二次神聖戦争」「第二次ペロポネソス戦争」「シチリア戦争」「コリントス戦争」「同盟市戦争」「クレモニデス戦争」など、ほとんど常に戦闘を繰り返していた。BC267年、マケドニア人の台頭により、アテネ人はギリシアを離れることを決意した。

 


■BC267年 「アザニアー海賊誕生」

 

「クレモニデス戦争」を機に、一部のアテネ人は、分裂して四散した。まだ文明の痕跡がない頃のスワヒリ文化圏に侵入したアザニアーは、好戦的なアテネ人らしく、凶暴な海賊として鳴らした。アザニアーの名の由来はアテナイである。アテナイ=アチェナイ=アザニアーとなる。

 


■BC2世紀 「那覇誕生」

 

アザニアー海賊はエッセネ派を結成したが、ウラニアーは、沖縄諸島に入植して「那覇」と命名した。那覇の名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラニハ=ニハ=那覇となる。

 


■AD2世紀 「尚氏誕生」

 

那覇に移住したナワ族は、「尚氏」を称した。尚氏の名は、那覇(なは)の名に因んで日本語読みの尚(なお)を由来としているが、中国語の読みでは「シャング」となる。

 


■AD2世紀 「丹羽氏誕生」

 

沖縄を離れた尚氏は、日本に入植して「丹羽氏」となる。丹羽(にわ)の名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラニワ=丹羽(ニワ)となる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ガーディナー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した丹羽氏は、現地人と混合して「ガーディナー」を生んだ。ガーディナーの名の由来は「にわ(丹羽)」である。丹羽(にわ)の読みに「庭」を当て字している。

 


■AD3世紀 「スティルス誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した尚氏は、現地人と混合して「スティルス」を生んだ。スティルスの名の由来は尚(~未だに)である。

 


■AD6世紀 「丹波氏誕生」

 

その後、丹羽氏(にわ)から丹羽氏(たんば)が別れ、漢字表記も「丹波氏」となった。彼らは「丹波国」を築いた。

 


■AD6世紀 「勿吉の大航海時代」

 


■AD842年 「橘氏の大航海時代」

 


■AD842年 「ニョロ帝国誕生」

 

「承和の変」により、橘逸勢は伊豆に流される途上、三ヶ日辺りで船で逃亡すると、AD713年、律令制により、丹波国が丹後国と但馬国に分割されたのを機に、海外逃亡を考えていた丹波氏はこれに参加した。丹波氏は、橘逸勢の残党と共に日本を後にしてアフリカ大陸に向かった。
一行はナイル河を遡って湖水地方に進出し、「ニョロ帝国」を建てた。ニョロは「ブニョロ」とも呼ばれたが、ヴァナラシが由来である。ヴァナラシ=ヴァニョロシ=ブニョロ=ニョロとなる。

 


■AD900年 「テンブジ朝誕生」

 

900年頃にニョロ帝国に「テンブジ朝」が開かれた。この、テンブジの名の由来は丹波氏である。丹波氏=タンバジ=テンブジとなる。

 


■AD1116年 「大庭氏誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したオースターとイギリス人ガーディナーの連合体は、鎌倉氏に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に「大庭氏」の祖である大庭景忠が誕生した。大庭の名の由来は多と丹羽の組み合わせである。多+丹羽=大+庭=大庭(音読みでおおば)となる。大庭氏は、坂東八平氏の一族として源頼朝の軍に参加し、「石橋山の戦い」「富士川の戦い」でも活躍した。

 


■AD1193年 「トファ族誕生」

 

AD1193年、大庭氏は「和田合戦」で敗北を喫すると、シベリアに移住し、「トファ族」を生んでいる。トファの名の由来は大庭の中国語読み「ダーバ」である。ダーバ=タハ=トファとなる。

 


■AD1406年 尚思紹王、初代王に即位 「第一尚氏王統誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したイギリス人スティルスは、中国に帰還して先祖「尚氏」の名を復活させていた。その後、「ヤハウェの大航海時代」の天孫族、ジュート人が沖縄に琉球王国を築いたことを知ると、尚氏も中国から沖縄へと移住した。
尚思紹王は、AD1406年に琉球王に即位し「第一尚氏王統」を開いた。尚氏王統は、東郷氏の察度王統、西郷氏の大里王統、バヌアツ人の怕尼芝王統と並行して沖縄に君臨した。第ニ尚氏王統を挟み、尚氏王統が支配する琉球王国はAD1872年まで続いた。

 


■AD1908年 「ツングース大爆発」

 


■AD1908年 「庭野氏誕生」

 

「ツングース大爆発」を機に、トファ族は日本に帰還した。もともと大庭氏だった彼らは、「大庭氏の土地(野)」を由来に「庭野氏」を生んだ。

 


■AD1938年 庭野日敬、長沼佼成と共に立教 「立正佼成会誕生」

 

彼らは、AD1930年の中国共産党の長征を機に、中国から日本に逃れてきた人々である。教祖、庭野日敬の名の由来は「丹羽」だと考えられるが、信仰指導を担当した長沼妙校の姓「長沼」の由来は、イザナギとイザナミの組み合わせである。イザナギ+イザナミ=ナギナミ=長沼となる。
また、長沼妙校の「妙校」の名の由来は白山修験の明峰「妙高山」である。つまり、立正佼成会の基盤は白山修験によって形成された。この、庭野日敬、長沼妙校の先祖を含む白山修験の修験者集団は、AD1868年の「北越戦争」を機に日本を脱出して一時的に清治世下の中国に渡っていた。

 


■AD1922年 丹波哲郎生誕

 


■AD1945年 スティーヴン・スティルス生誕 「グレアム・スティルス・ナッシュ&ヤング誕生」

 

スティーヴン・スティルスは、60年代に「グラハム・スティルス・ナッシュ&ヤング」というユニットを結成したが、4人とも「大和人の大航海時代」によってイギリスを訪れた東アジア人の子孫である。

 

 

 

 

◆ナフタリ(ノア)の歴史

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ノア誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したアテナイは、東南アジアから南極に移住し、ノアを生んだ。ノアの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラノア=ノアとなる。ノアは、セム、ハム、ヤペテと同盟し、南極の文明を発展させた。

 


■1万3千年前 「ノアの大航海時代」

 


■1万年3千年前 「ヌビア誕生」

 

「セム(サーミ人)」「ハム(ハミ族)」はバルト海に向かったが、「ノア」はバルト海には向かわずに、そのまま地中海に留まった。「ノア」は、ナイル河を遡って「ヌビア」に拠点を得た。ヌビアの名の由来はノアである。ノア=ノヴァ=ノビア=ヌビアとなる。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「スカンジナビア誕生」「最高神ニョルド誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したノアは、アイルランドからバルト海に移り、古代スカンジナビアを訪れた。ノア(ヌビア人)は科学の種族エラド(エリウ)と組んで「最高神ニョルド」を祀る。ノア+エラド=ノアラド=ニョルドとなる。スカンジナビアの名の由来はシカニ、エノス、ヌビアの組み合わせである(スカンジナビア南端にスコーネを得るシカニ族は、後になってシチリア島からやってくる)。シカニ+エノス+ヌビア=シカノスヌビア=スカンジナビアとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 ニョルド、アイルランドからナイル流域に帰還

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「セミノール族誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したスオミ族は、シベリアを離れて太平洋に出ると、アリューシャン列島を通過、マヤを経てミシシッピ流域に入植した。彼らは、ヌビア人(ノア)と連合して「セミノール族」を形成した。セミノールの名の由来はセムとニョルド(ノア)の組み合わせである。セム+ニョルド=セムニョール=セミノールとなる。その後、セミノール族は、ナワトル族と合流した。両者は、アメリカ・インディアンの母体を形成している。

 


■BC5千年 「ナワトル族誕生」

 

「第1次北極海ルート時代」に参加したタルタロスは、ノアと共に北アメリカに入植した。この時に「ナワトル族」が生まれた。ナワトルの名の由来はノアとタルタロスの組み合わせである。ノア+タルタロス=ノアタル=ナワトルとなる。

 


■BC40世紀 「ナワ族誕生」

 

ナワトル族は、北アメリカからマヤに移ると「ナワ族」に名を改めた。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代」

 


■BC32世紀 「ナウル誕生」

 

「サムエルの大航海時代」に参加したナワ族は、出羽国を発ち、太平洋に進出した。ナワ族は「ナウル島(ニョルド)」を発見する。ナウルの名の由来はナイルである。ナイル=ナウルとなる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「ナフタリ族誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加したナワトル族は、モンゴルに移住して「ナフタリ族」を生んだ。ナフタリの名の由来はナワトルである。ナワトル=ナハトル=ナフタリとなる。

 


■BC30世紀 「黙示録アルマゲドン」

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ナパタエ(前身)誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したタルタロス(ナフタリ族)は、アラビア半島に移住した。彼らは、ヨルダン方面に移住し、「ナパタエ」を築いた。ナパタエの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナパタリ=ナパタエとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「死者の女神ネフティス誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、アラビア半島を出たノア(ナフタリ族)は、エジプトに移住した。彼らは「死者の女神ネフティス」を祀ってヘリオポリスに参加した。ネフティスの名の由来はナワトルである。ナワトル=ナワトス=ネフティスとなる。

 


■BC1027年 「ナパタ誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、アラビア半島を出たノア(ナフタリ族)は、エジプトからヌビアに移住し「ナパタ」を生んだ。ナパタの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナプタリ=ナパタとなる。

 


■BC7世紀 「クシュ人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「ハワドレ誕生」

 

「クシュ人の大航海時代」第1の拠点はソマリアである。ここにはナフタリ族が残留を決めた。ナフタリ族は2つに分離し、ノア族の系統のナフタリ族が「ハワドレ」を称し、タルタロスの系統のナフタリ族は「ワダラーン」を称した。ハワドレ、ワダラーンのいずれの名もナワトルが由来である。ナワトル=アワタリ=ハワドレとなり、ナワトル=ナワタラン=ワダラーンとなる。

 

 

■BC327年 「ヴィシュヌの大航海時代」

 


■BC327年 「ナパタエ族誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」に参加したハワドレ族は、ヨルダンに移住した。ここに「ナパタエ族」が誕生した。ナパタエの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナフタエリ=ナパタエとなる。ナパタエ族は、BC4世紀頃に「ナパタエ王国」を構えているが、勇猛なことで知られた彼らは、アレキサンダー大王の継承者アンチゴノス侵攻時にこれを退けたという。

 


■AD106年 「邪馬台国誕生」

 

トラヤヌス皇帝がナパタエ王国から自治権を奪うと、ナパタエ人はアビシニア人に統治されていたヒムヤル王国に立ち寄った。ナパタエ人は、アビシニア人に不満を持つ一部ヒムヤル人を同行させて、遠くインドシナ半島に移り住んだ。アラビア人の顔をしたナパタエ人は、シャム族と連合して「邪馬台国」を建設した。邪馬台の名の由来はシャムとナパタエの組み合わせである。シャム+ナパタエ=シャムタエ=邪馬台となる。つまり、邪馬台国は現在のタイに存在したと考えられる。

 


■AD146年 「ジャマタエ人誕生」

 

倭国大乱を機に、邪馬台人がインドシナ半島を離れてゲルマニアに移住した。ゲルマニアに上陸した邪馬台国の一族は、ゲルマニア人と混合して「ジャマタエ人」を成した。ジャマタエ人の名の由来は邪馬台である。邪馬台=ジャマタイ=ジャマタエとなる。当初、マルコマンニ人とジャマタエ人の両者は邪馬台国時代からの同盟者とあって、連合していた。しかし、理由は不明だが、ジャマタエ人は同盟者であるはずのマルコマンニに討伐されてしまう。

 


■AD160年 「ヴァラビ朝誕生」

 

AD105年にシリアがローマ属僚となると、ナパタエ人はシリアを離れてグジャラートに逃亡した。彼らは、アラビアを由来に「ヴァラビ朝」を開いた。アラビア=ヴァラビア=ヴァラビとなる。

 


■AD170年 「エフタル誕生」

 

同盟者であるはずのマルコマンニ人に討伐されると、「ジャマタエ人」は空中分解し、シャム族とナパタエ人に分離して東西に移住した。ナパタエ人はゲルマニアからパンジャブに移り、「エフタル」を称した。エフタルの名の由来はナフタリである。ナフタリ=アフタリ=エフタルとなる。ゲルマニア帰りの彼らは白人の顔をしていたため、エフタルは白いフン族などと呼ばれた。AD4??年、「エフタル」はパンジャブに台頭を始め、一時的に隆盛を極めるも、100年後にサーサーン朝と突厥帝国による挟み撃ちによって滅んでしまう。

 


■AD628年 「ヨハネスの大航海時代」

 


■AD780年 「ワラキア誕生」

 

その後、AD780年にヴァラビ朝が滅ぶと、ナパタエ人はグジャラートを離れて黒海に進出し、トラキア地方に移住した。彼らは当地を「ワラキア」と称した。ワラキアの名の由来はヴァラビである。ヴァラビ=ヴァラキ=ワラキアとなる。

 


■AD780年 「ワリアギ誕生」

 

その後、インド人の顔をしたワラキア人は、ドニエプル川を北上してスウェード人・ルス人と活動を共にした。彼らは「ワリアギ」を称した。ワリアギの名の由来はワラキアである。ワラキア=ワリァギア=ワリアギとなる。

 


■AD1180年 「ヴィッテルスバッハ誕生」

 

ヴァイキングの時代が終焉を迎えると、ワリアギは黒海に移り、AD1062年に滅んだブワイ朝の残党(渤海人)と連合し、「ヴィッテルスバッハ」を結成してバイエルンに移住した。ヴィッテルスバッハの名の由来はエフタルとボハイの組み合わせである。エフタル+ボハイ=フタルス+ボッハイ=ヴィッテルスバッハとなる。ヴィッテルスバッハ家からは、AD1806年に「バイエルン王国」を築いたマクシミリアン1世、発狂王として知られるルートヴィヒ2世らが輩出されている。

 


■AD1320年 「服部氏誕生」

 

ヴィッテルスバッハの片割れエフタルは、インドから日本に移住した。白人の顔をした彼らは日本人と混合して「服部」を称した。服部の名の由来はヴィッテルスである。ヴィッテル=ヴィットリ=服部となる。服部氏からは伊賀忍者「服部家」の服部半蔵、音楽家の服部良一、服部克久が輩出されている。

 


■AD1806年 マクシミリアン1世、初代王に即位 「バイエルン王国誕生」

 

ヴィッテルスバッハ家からは、AD1806年に「バイエルン王国」を築いたマクシミリアン1世、発狂王として知られるルートヴィヒ2世らが輩出されている。

 


■AD1845年 ルートヴィヒ2世生誕

 


■AD1936年 服部克久生誕

 


■AD1963年 ギャスパー・ノエ生誕

 

 

 

 



 


オロルンの歴史

◆日蓮(オロルン)の歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロルン誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生んだ。オロクンは、ミャンマー少数民族の姿をしていた。日本で活躍しているボビー・オロゴンは、その名前からすると「原初の海オロクン」の末裔かもしれない(顔と身体はバントゥー族だが)。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■30万年前 「アロール族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したオロルンは、ミャンマーに入植した。この時、マレー半島に移ったオロルンからは「アロール族」が生まれた。アロールの名の由来はオロルンである。オロルン=オロールン=アロールとなる。

 


■30万年前 「冥府王エルリク誕生」

 

ミャンマー人の姿をしたアロール族とアラカン族は、東南アジアを離れてシベリアを目指した。彼らの到来を機に、クウォスとチュクウの部族は、シベリアを明け渡してオーストラリアに移る。だが、アロール族とアラカン族は豊かな海産資源に目を奪われ、再び水生生活に入った。その際、シベリア・モンゴルの神である「エルリク」が誕生した。エルリクの名の由来はオロルンとオロクンの組み合わせである。オロルン+オロクン=オロルクン=エルリクとなる。彼らは、シベリア人の祖となる。
彫りが浅く、目が細く、部品が小さいという特徴を持つ、シベリア人の容姿は、世界中の人々とは異なる印象を持っている、肌が白くとも黒くとも、更に、同じモンゴロイドに分類される東南アジア人、インディアンでさえ彫りが深い。つまり、東アジア人は異端であり、彫りが深い人々の方が人類の主流である。じつは、これがシベリアに達したホモサピエンスが再度、海に入って水生生活をしていた証拠である。低温の海水に対応するため、身体が変化したのだ。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代」

 


■7万年前 「東アジア人誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲン、エルリクは、シベリアを発って中国、朝鮮半島、日本列島に入植した。この時に、中国人、朝鮮人、日本人の姿が生まれた。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代」

 


■3万年前 「アララ族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したオロルンは、故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。カリフォルニアを発ったオロルンは、当時、文明の最先端を行っていたペルーに立ち寄り、モホス平原に移住した。この時、オロルンはアマゾンに「アララ族」を残した。アララの名の由来はオロルンである。オロルン=アロルン=アララとなる。アマゾン原住民の姿、生活は、古(いにしえ)のウリゲンの姿、生活を髣髴とさせるものだ。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ウラルトゥ誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加してモンゴルに移住し、その後「ヨシュアの大移動時代」に参加した安曇氏は、エルリクと共にコーカサスに移住した(エルリクはシベリアから参加した)。彼らは連合して「ウラルトゥ」を築いた。ウラルトゥの名の由来はエルリクとウトゥの組み合わせである。エルリク+ウトゥ=エルリトゥ=ウラルトゥとなる。

 


■BC1700年 「エトルリア人誕生」

 

ミディアン人(司神タナトス)がウラルトゥに侵入し、ウラルトゥ人をインチキ宗教の信者として簒奪すると、メソポタミアに「ミタンニ王国」を建てた。その後、ミタンニ人は、ウラルトゥ人を率いてアラビア半島に侵攻し、アテーナイ王国に君臨した。その後、ミディアン人は、ウラルトゥ人を指揮して隣国のマガン王国(ローマ王国)に侵攻させ、ロムルスとサビニ人の王統と対立した。
この時、ウラルトゥ人は「エトルリア人」と呼ばれた。エトルリアの名の由来はウラルトゥの同じで、ウトゥとエルリクの組み合わせである。ウトゥ+エルリク=ウトゥルリ=エトルリアとなる。

 


■BC1270年 「エトルリア王国誕生」

 

ミタンニ王国(アテーナイ王国)が滅ぶと、司神タナトスから解放されたエトルリア人は、アラビア半島を発ち、マガン人(ローマ人、ミケーネ人とも呼ぶ)、サビニ人、ラテン人と共にイタリア半島に上陸した。エトルリア人はイタリアに「エトルリア王国」を築いた。

 


■BC1270年 「イリュリア人誕生」

 

イタリアに行かなかった人々は、アドリア海を挟んだバルカン半島に移住し、「イリュリア人」を生んだ。イリュリアの名の由来はオロルンである。オロルン=オロリャン=イリュリアとなる。

 


■BC4世紀 「イリュリア王国誕生」

 

BC4世紀にバルデュリス王が登場すると、「イリュリア王国」は強大化した。BC231年からBC228年にかけて、イリュリア人海賊として鳴らしたが、海賊の討伐を理由にローマ軍と戦争になると、ダキア人(大夏)、ダルダニア人(大宛)、スラブ人(疏勒)と共にタリム盆地に移住した。

 


■BC168年 「スラヴ人の大移動時代」

 


■BC168年 「楼蘭誕生」

 

「スラヴ人の大移動時代」に参加したイリュリア人は、タリム盆地に移住し「楼蘭(ローラン)」を築いた。ローランの名の由来はイリュリアである。イリュリア=イリュリアン=ローランとなる。

 


■BC168年 「オルレアン誕生」

 

「スラヴ人の大移動時代」に参加したイリュリア人は、現フランスに移住した。この時に「オルレアン」が築かれた。オルレアンの名の由来はオロルンである。オロルン=オロルアン=オルレアンとなる。

 


■BC109年 「柔然誕生」

 

柔然(衛氏朝鮮)は、AD315年頃にタリム盆地からの亡命者、楼蘭(ローラン)や、宇文部に皇位継承権を簒奪されたイェマック王家の木骨閭(モグル)の一族郎党と組んで柔然を騎馬軍団として強化する。だが、AD4世紀に柔然は楼蘭に乗っ取られた。この時に楼蘭が主導権を握ると、柔然(ゼンゼン)は、「ローラン」の別称を得る。

 


■AD420年 アラリック、西ローマ帝国に侵攻

 

アラリックの名の由来はエルリクである。エルリク=エルリック=アラリックとなる。オルレアンに生まれたアラリックは、ゴート人ではないが、西ゴート人の王となり、西ローマ帝国に侵攻して「西ゴート王国」建国の礎を築いた。

 


■AD562年 「バヤン可汗誕生」

 

モンゴル人の顔をした柔然(ローラン)がアヴァール王位を簒奪した。バヤン可汗はトラキア、イリュリア、ギリシアに侵入して略奪を繰り返したが、ビザンツ帝国により、打撃を被る。約200年後のAD791年、シャルルマーニュ大帝がパンノニアに進撃すると、アヴァール王国は崩壊した。

 


■AD791年 「ポピエル家誕生」

 

ローランとアヴァール人の連合体は、シャルルマーニュ大帝の進撃を機にシロンスク地方に移住した。アヴァール人はそこに「オポーレ」を築いた。オポーレの名の由来はアヴァールである。楼蘭とククルカンは、2つの連合体を築いた。楼蘭は「ポピエル家」を築いた。ポピエルの名の由来はアヴァールである。アヴァール=ポヴァール=ポピエルとなる。

 


■AD791年 「リューリク家誕生」

 

一方、楼蘭(ポピエル)はバルト海に進出してスウェード人、ワリアギ、ルス人と懇意になる。この時、楼蘭は「リューリク」を称した。リューリクの名の由来はエルリクである。エルリク=エリューリ=リューリクとなる。AD862年、リューリク1世はノヴゴロド公に就任して「ノヴゴロド公国」を築いている。

 


■AD862年 「キエフ公国誕生」

 

リューリクはモンゴル人(柔然/ローラン)であり、スウェード人はインド人(チェーティ王国)であり、ルス人はマヤ人(セロス)であり、ワリアギはアラビア人(ナパタ王国)であった。この国際的な連合体は、リューリクを指揮者にスウェード人傭兵の力でノヴゴロドを支配下に置いた。同時に、リューリクは「リューリク朝」を開き、ロシアの建国者となった。ロシア人の母体人種は、は宇宙人(科学の種族トバルカイン)である。
ロシアの名の由来はトゥルシア人の末裔「ルス」である。後にワリアギがキエフを占領し、首都に設定している。キエフの名の由来はキャラとヴィディエの組み合わせである。キャラ+ヴィディエ=キャヴィ=キエフとなる。AD913年にはイーゴリ1世が初代キエフ大公に就任して「キエフ大公国」を築いている。

 


■AD907年 耶律阿保機、初代遼王に即位 「遼誕生」

 

ゴプラン家はピャスト家の登場を機に、モンゴルに帰還している。白人の顔をした彼らは、人喰い人種である契丹を統率し、「遼朝(リャン)」を開いた。遼(リャン)の名の由来は楼蘭(ローラン)である。ローラン=ローリャン=リャン(遼)となる。また、遼の君主、耶律阿保機(イェル)の名の由来はスラブ系の名ヤロスラフである。ヤロスラフ=ヤロス=耶律となる。ヤロスラフの名前も、「スラヴのイリュリア」を意味するイリュリアとスラヴの組み合わせである。イリュリア+スラヴ=イリュスラヴ=ヤロスラフとなる。

 


■AD1122年 耶律淳、遼王に即位 「北遼誕生」

 


■AD1124年 耶律大石、遼王に即位 「西遼(カラキタイ)誕生」

 


■AD1168年 「ロージア誕生」

 

ロスチスラフ1世とキエフ大公の座を巡って争ったイジャスラフ3世は敗北したのを機に、東西に新天地を求めて旅立った。西方組はロシアからスコットランドに移って「ロージア王国」を築いた。ロージアの名の由来はロシアである。ロシア=ロージアとなる。

 


■AD1168年 「六角氏誕生」

 

東方組はロシアから遠く日本にまで旅立った。その途上で、彼らはインドに立ち寄り、AD12世紀に滅びたカーカティヤ朝の人々を船団に迎えた。まず、一行は九州に上陸した。インド人の顔をしたカーカティヤの人々は、藤原政則に接近して自身の血統を打ち立てている。この時に生まれたのが「菊池氏」の祖、菊池則隆である。
また、リューリク家とカーカティヤの一部は九州から近江国に至り、共同で「六角氏」を形成した。六角の名の由来はリューリクとカーカティヤの組み合わせである。リューリク+カーカティヤ=リク(六)+カーカ(角)=六角となる。近江国を治めていた六角氏は、「甲賀衆」を掌握し、伊賀にも「六角派」を置いて北畠氏、仁木氏と共に伊賀国を3分割して「伊賀衆」を支配下に置いていた。甲賀の名の由来はカーカティヤである。カーカティヤ=カーカ=甲賀となる。AD1487年、甲賀忍者は、六角高頼征伐のために、足利氏が幕府軍を派遣した「鈎の陣」で、特異な存在感をアピールした。

 


■AD1253年 日蓮生誕 「日蓮宗誕生」

 

AD1125年、遼が滅ぶと、遼は西遼(カラ・キタイ)としてしばらく続いた。だがAD1218年、チンギス・ハーンによって西遼が壊滅すると、遼の残党は日本に移住した。安房国に上陸した彼らは、三国太夫に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが善日麿は、後の「日蓮」である。日蓮の名の由来は日本の遼(リャン)である。日本+遼(リャン)=日+蓮(れん)=日蓮となる。
AD1274年、日蓮は蒙古襲来を予言する。自身の先祖(遼)が蒙古に滅ぼされたため、そのような予言をしたと考えられる。また、「大石寺」の名の由来はカラキタイ(西遼)の初代王、耶律大石の名に因んでいると考えられる。

 


■AD1292年 「ラーンナー王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現タイに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンナー王国」を築いた。ラーンナーの名の由来はローランとヤオニャンの組み合わせである。ローラン+ヤオニャン=ランニャ=ラーンニャー=ラーンナーとなる。ラーンナー王国は、AD1775年まで続いた。

 


■AD1338年 「ラーンサーン王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現ラオスに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンサーン王国」を築いた。ラーンサーンの名の由来はローランとシャンの組み合わせである。ローラン+シャン=ランシャン=ランサーンとなる。ラーンサーン王国は、AD1707年まで続いた。

 


■AD1707年 「ルアンパバーン王国誕生」

 

ラーンサーン王国が分裂すると、耶律氏は「ルアンパバーン王国」を築いた。ルアンパバーンはAD1949年まで続いた。

 


■AD1875年 ライナー・リルケ生誕

 


■AD1898年 ガルシア・ロルカ生誕

 


■AD1932年 「血盟団誕生」

 


■AD1938年 ジャン・ローラン生誕

 

 

 

 

 


カアングの歴史

◆孔子(カアング)の歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「カアング誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、南アフリカに「カアング」を生んだ。カアングは、南アフリカ沿岸で再び水生生活を実施したことで、現在のコイサン族の容姿を得た。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「カヤン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、ミャンマーに入植した。この時、「アカヤン族」が生まれた。カヤンの名の由来はカアングである。カアング=カヤング=カヤンとなる。

 


■45万年前 「カヤー族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、ミャンマーに入植した。この時、「カヤー族」が生まれた。カヤーの名の由来はカアングである。カアング=カヤング=カヤーとなる。

 


■45万年前 「オンゲ族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、マルマ族は彼らと連合して「オンゲ族」を生んだ。オンゲの名の由来はカアングである。カアング=カアンゲ=オンゲとなる。その後、オンゲ族は東南アジアからアンダマン諸島に移り住んだ。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エンケラドス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、カアングと組んで「エンケラドス」を生んだ。エンケラドスの名の由来はカアング、ヒッポリュトスの組み合わせである。カアング+ヒッポリュトス=アングリュトス=エンケラドスとなる。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「カナカナブ族誕生」

 

「カオスの大移動時代」などにより、異なる人類がオセアニアに集うと、カアングとテングリは台湾に移住し、バブサ族(エバシ)と連合した。この時に「カナカナブ」が生まれた。カナカナブの名の由来はカアング、ウリゲン、アプスーの組み合わせである。カアング+ウリゲン+アプスー=カナゲナアプ=カナカナブとなる。

 


■30万年前 「ガンガー誕生」

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したカアングは、ガンジス流域に入植した。この河は、この時に初めて「ガンガー」と呼ばれた。ガンガーの名の由来はカアングである。カアング=カアンガー=ガンガーとなる。ガンガーは、ガンジスとも呼ばれている。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「参誕生」「星誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したカアングは、現アジスアベベに入植して「参(カン)」を生み、「白虎」の建設に参加した。また、一部はナイジェリアに入植して「星(シン)」を生み、ジェンギは「張(チャン)」を生んで「朱雀」の建設に参加した。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク」

 


■2万年前 「文曲誕生」

 

「最終戦争ラグナロク」を機に、メキシコを離れたオーディーンが現ベナンに北斗星君を築くと、カアングは、北斗星君に属する神、「文曲(ウェンク)」を生んだ。ウェンクの名の由来はカアングである。カアング=ウアング=ウェンクとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「秦広王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加して火星に移住したカアングは、十王に属する「秦広王(シングアン)」を生んだ。シングアンの名の由来はンジニとカアングの組み合わせである。ンジニ+カアング=ジニカアン=シングアンとなる。カアングは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■2万年前 「閻羅王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したカアングは、火星に降り立ち、十王に属する「閻羅王(ヤンルオ)」を築いた。ヤンルオの名の由来はカアング、エウリュトスの組み合わせである。カアング+エウリュトス=アンリュ=ヤンルオ(閻羅)となる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「テングリの大移動時代」

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 

大地殻変動を機に、世界各地から神々の血統がメソポタミアに集った。ブリテン島から来たヘカテ、テミス、モンゴルから来た三皇、垂仁天皇、獣人たち、オケアーニスたち、エビス(アプスー)、ヤマト(ティアマト)、エジプトから来たアトゥム、カイン、マハラレル、カイナン、南極から来たエノク、レメク、ヤペテの4者が連合して「神々の集団アヌンナキ」を築いた。また、彼らはヤペテの子として知られる一族を共同で生んだ。

 


■BC7千2百年 「キング誕生」

 

スワジ(朱雀)からメソポタミアに移住したカアングは、「キン(キング)」を生んで「神々の集団アヌンナキ」に参加した。キングの名の由来はカアングである。カアング=カング=キングとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「アーンギラサ誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したシェクレシュ人は、ガンジス流域に入植した。シェクレシュ人は、カアングと連合し「アーンギラサ」を称した。アーンギラサの名の由来はカアングとシェクレシュの組み合わせである。カアング+シェクレシュ=アンクレシュ=アーンギラサとなる。アーンギラサ族は、マハーバーラタ、リグ・ヴェーダなど、「ヴェーダ神話」の編纂を手がけた。

 


■BC32世紀 モリモ、ガンジス流域に移住

 

「サムエルの大航海時代」に参加して出羽国に帰還し、「モーゼスの大移動時代」に参加してモンゴルに移住したモリモ(ムルムスラン)は、アンダマン諸島に移住した。彼らは、祖を同じくするオンゲ族と混合し、その後、ガンジス流域に移住した。

 


■BC6世紀 「アンガ王国誕生」

 

ガンジス流域に移住したオンゲ族は、「アンガ王国」を築いた。アンガの名の由来はカアングである。カアング=アング=アンガとなる。

 


■BC551年 孔子生誕 「儒教誕生」

 

マガダ王国のビンドゥサーラ王が王位に就くと、アンガ人は魯国に移住した。この時に、「儒教(ルイ)」の創始者である「孔子(コン)」が生まれた。儒教の名の由来はモリモであり、孔(コン)の名の由来はカアングである。モリモ=モルイモ=ルイ(儒)となり、カアング=カアン=コンとなる。おもしろいことに「儒人」と書いて「こびと」を意味する。これは、ネグリトであるオンゲ族が「儒教」を興した証だ。

 


■BC497年 「康居(カンジュ)誕生」

 

BC497年、孔子は魯国を出て西域に向かい、「康居(カンジュ)」を築いた。カンジュの名の由来はガンガーである。ガンガー=ガンジャー=カンジュ(康居)となる。その後、AD1世紀頃に漢が西域に干渉を始めると、一部の康居はタリムを出てデカン高原に移住した。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ピット誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した孔氏は、ブリテン島に入植して現地人と混合し「ピット」の名を生んだ。ピット(穴)の名の由来は孔(穴の意)である。

 


■AD3世紀 「エンゲル人誕生」

 

AD3世紀に前秦に朝貢を行うようになると一部の康居人がヨーロッパに逃亡し、ドイツ辺りに入植した。この時に「エンゲル人」が生まれた。エンゲルの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=エーンギラサ=エンゲルとなる。

 


■AD5世紀 「東ガンガ朝誕生」

 

AD3世紀に前秦に朝貢を行うようになると一部の康居人がインド・オリッサ地方に逃亡し、「東ガンガ朝」を開いた。ガンガの名の由来はガンガーである。

 


■AD7世紀 「アンゲロス家誕生」

 

ヴァルダーナ朝がガンジスを掌握すると、アーンギラサ族は故地を離れてビザンツ帝国に移住し、「アンゲロス家」を称した。アンゲロスの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=アンギロス=アンゲロスとなる。「アンジュー帝国」が成立したのと丁度同じ頃、イサキオス2世アンゲロスがビザンツ皇帝に即位して「アンゲロス朝」をビザンツ帝国に開いている。

 


■AD782年 「アンジュー家誕生」

 

シャルルマーニュ大帝がザクセンに侵攻すると、西方組エンゲル人はフランスに移住して「アンジェルジェ家」を成した。アンジェルジェの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=アンジュラサ=アンジェルジュとなる。

 


■AD929年 フルク1世、初代アンジュー伯に就任 「アンジュー家誕生」

 

AD929年、アンジェルジェ家から出たフルク1世が初代アンジュー伯に就任して「アンジュー伯」を誕生させた。

 


■AD1041年 「アンガス誕生」

 

セルジューク朝が成立すると、カニクはモンゴルからバルト海に移住し、海を渡ってブリテン島に上陸し、ピクトランドに入植した。彼らは、ピクトランドに上陸して「アンガス」を築いた。アンガスの名の由来はカアングである。カアング=カアングス=アンガスとなる。

 


■AD1093年 「アストゥリアス家の大航海時代」

 


■AD1093年 「イングーシ誕生」

 

ストラスクライド王国が解散すると、アンガスはアストゥリアス家、ジルシンと共にスコットランドを離れた。イシュタルの故地にほど近い、中央アジアにやって来たアンガスは「イングーシ」となった。イングーシの名の由来はアンガスである。アンガス=アングース=イングーシとなる。

 


■AD1154年 ヘンリー2世、イングランド王に即位 「アンジュー帝国誕生」

 

AD1154年、アンジュー伯のヘンリー2世が、イングランド王に即位して「プランタジネット朝」を開いている。ヘンリー2世は、ピレネー山脈からアイルランドに至る広大な狩猟を相続したが、その広大な領土をして「アンジュー帝国」と呼ばれた。

 


■AD1185年 イサキオス2世、ビザンツ皇帝に即位 「アンゲロス朝誕生」

 


■AD1204年 「安芸氏誕生」

 

アンゲロス朝が滅亡すると、アンゲロス家はビザンツを離れて東アジアに向かい、鎌倉幕府治世下の日本に上陸した。ギリシア人の顔をしたアンゲロス家は日本人と混合して「安芸氏」を生んだ。安芸の名の由来はアンゲロスである。アンゲロス=アンゲイ(安芸)=安芸(あき)となる。

 


■AD1216年 「日高氏誕生」「御厨氏誕生」「馬渡氏誕生」

 

AD1216年、死んだと見せかけてイギリスから来たアンジュー家に属するジョン失地王は現地人と混合して「日高氏」「御厨氏」「馬渡氏」を生んだ。アンジュー帝国と呼ばれたアンジュー家もジョン失地王の時代には大陸の領土を喪失した。これを機に、死んだと見せかけたジョン失地王は、一族を率いてシルクロードを通過し、日本にまでやって来た。日高氏の名の由来は「ヴェーダの人(ヴェーダカ)」であり、御厨氏の名の由来はアンジューであり、馬渡氏の名の由来は「馬でシルクロードを渡った」ことを意味している。この3者は「倭寇」に参加した。

 


■AD1358年 「コンゴ王国誕生」

 

AD1358年にベンガル・スルターン朝やヴィジャヤナガル王国が東ガンガ朝を攻撃すると、一部の東ガンガ人はインドを離れて南アフリカを周航し、「コンゴ」に上陸している。コンゴの名の由来はカアングである。カアング=カング=コンゴとなる。

 


■AD1485年 「カラシュ誕生」

 

アンジュー家のヘンリー6世はクリュニー会、デーン人の共謀によって精神錯乱状態に陥ったが、見事に復活を遂げて「薔薇戦争」を戦った。しかし、敗北を機に、アンジュー家は船団を組んでブリテン島を発ち、紅海を経てインダス流域に入った。パンジャブに移ると、アンジュー家は戦争とは無縁の僻地に居を定めた。彼らはアーンギラサを由来に「カラシュ」と称した。アーンギラサ=ギラシャ=カラシュとなる。
カラシュ族はパキスタンの奥深くに居住しているにも拘らず、北欧人のような金髪・碧眼、白い肌を持つことで知られている。彼らは、イギリス人の子孫なのだ。彼らは現地人との接触を出来るだけ避けたため、現在でも、中世イギリス人の容貌を残している。その後、インドを足がかりにパンジャブにも大英帝国の毒牙が及ぶと、一部カラシュ族は平和を求めてブータン王国を訪れた。奇しくも、ブータンにはアンジュー家と祖を同じくするアンゲロス家の子孫「安芸氏」がいた。

 


■AD1498年 「耽氏誕生」

 

AD1464年、ガオ帝国(チンギス・ハーンの残党)が滅び、AD1490年にはポルトガル大布教団がコンゴを訪れ、AD1498年にはマラビ帝国が位置するスワヒリ地域にポルトガルが訪れている。鄭和の子孫、チェワ族はガオ族(チンギス)、コンゴ人(孔氏)、そしてケニアのルオ族(老子)を誘って中国への帰還を打診した。
タナトスに指揮されたポルトガル人に嫌気が差した彼らは、船団に参加した。アフリカ人の顔をした一行は、中国人と交わってそれぞれの姓を復活させた。この時、ガオのチンギスからは「張献忠」、コンゴの孔氏からは「孔有徳」、チェワの鄭氏からは「鄭芝龍」、ルオ族からは「李自成」が輩出された。また、コンゴ人は新規に「耽(ゲング)」の姓を作り、ここからは「耽仲明」が輩出された。

 


■AD1560年 「戦国大名の大航海時代」

 


■AD1560年 ナムゲル生誕 「ドゥク・カギュ派誕生」

 

信玄亡き後、武田氏が織田氏に敗れると、武田氏は他の清和源氏の残党と共に戦国時代の日本を後にスリランカに逃れた。「戦国大名の大航海時代」に参加した武田氏、安芸氏はスリランカには上陸せず、現ブータンに移住している。「ブータン」の名の由来は武田(ブダ)である。ブダ=ブーダ=ブータンとなる。武田氏・アンコール人は「カギュ派」に学び、始祖ナムゲルが「ドゥク・カギュ派」を創始する。ナムゲルの名の由来はアンギラサであり、ドゥクの名の由来は武田である。

 


■AD1861年 「ワンチュク家誕生」

 

AD1861年、カラシュ族は祖を同じくするジグメ・ナムゲルに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのがウゲン・ワンチュクである。彼らは、「アンジューの人(アンジュキ)」に因んで「ワンチュク」を称した。アンジュキ=アンチュク=ワンチュクとなる。
その後、パンジャブにも大英帝国の毒牙が及ぶと、一部カラシュ族は平和を求めてブータン王国を訪れた。奇しくも、ブータンにはアンジュー家と祖を同じくするアンゲロス家の子孫「安芸氏」がいた。AD1861年、カラシュ族は祖を同じくするジグメ・ナムゲルに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのがウゲン・ワンチュクである。彼らは、「アンジューの人(アンジュキ)」に因んで「ワンチュク」を称した。アンジュキ=アンチュク=ワンチュクとなる。
AD1864年、奇しくも、同郷の人々の侵攻を受けたブータン王国は大英帝国と「イギリス=ブータン戦争」を戦ったが、敗北を喫する。AD1906年、アンジュー家の末裔ワンチュク家は同郷の人々の入国を正式に承認し、AD1907年にウゲン・ワンチュクがブータン王に即位して「ブータン王国」が誕生した。AD2006年、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが第5代ブータン王に即位している。

 


■AD1907年 「ブータン王国誕生」

 

AD1864年、奇しくも、同郷の人々の侵攻を受けたブータン王国は大英帝国と「イギリス=ブータン戦争」を戦ったが、敗北を喫する。AD1906年、アンジュー家の末裔ワンチュク家は同郷の人々の入国を正式に承認し、AD1907年にウゲン・ワンチュクがブータン王に即位して「ブータン王国」が誕生した。

 


■AD1963年 ブラッド・ピット生誕

 


■AD1980年 ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク生誕

 

AD2006年、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが第5代ブータン王に即位している。

 

 

 

◆エノク(エンケラドス)の歴史

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エンケラドス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、カアングと組んで「エンケラドス」を生んだ。エンケラドスの名の由来はカアング、ヒッポリュトスの組み合わせである。カアング+ヒッポリュトス=アングリュトス=エンケラドスとなる。

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「ニコラ族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したエンケラドスは、北アメリカ台地(現シアトル周辺)に居を構え、「ニコラ族」を生んだ。ニコラの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エノコラドス=ノコラ=ニコラとなる。

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ナゲ族誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエンケラドスは、マレー半島に「ナゲ族」を生んだ。ナゲの名の由来はニコラである。ニコラ=ナゲラ=ナゲとなる。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「エノク誕生」

 

「ギガントマキア」に敗北したエンケラドスは、エジプトに移住した。この時に「エノク」が生まれた。エノクの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エヌケラドス=エノクとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「勝利の女神ニケ誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したエノクは、ギリシアに侵攻して「勝利の女神ニケ」を生んだ。ニケの名の由来はエノクである。エノク=エニケ=ニケとなる。

 


■4万年前 「クロマニョン人の大航海時代」

 


■4万年前 「クロマニョン人誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノクは、地中海を出て大西洋を北上した。その時、エノク一行は一時的にヨーロッパに立ち寄った。後世になって、彼らの生活の痕跡を発見した学者たちは、彼らを「クロマニョン人(ホモサピエンスサピエンス)」と命名した。

 


■4万年前 「ティアワナク誕生」「ナスカ誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノクは、エノス、メトセラを連れて古代マヤを経てペルーに入植した。この時に「ティアワナク)」「ナスカ」などの名が生まれた。ティアワナクの名の由来はメトセラとエノクの組み合わせであり、ナスカの名の由来はエノスとエノクの組み合わせである。メトセラ+エノク=メティエノク=ティアワナクとなり、エノス+エノク=ノスク=ナスカとなる。

 


■4万年前 「モホス文明誕生」

 

エノクたちは、アンデスを越えてアマゾン流域に下ると、雨季になると広大な森林地帯が氾濫したアマゾン河の水底に沈むモホス平原を発見する。この神秘の平原に魅せられたエノクは、モホス平原に定住を試みることで文明の発想を得た。文明の基幹産業である農業や魚の養殖に開眼すると共に、用水路、運河、排水設備建設の必要性に気付いたのだ。それに伴って、土木・建築技術が向上し、計画的な都市建設が可能になった。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「イェイ誕生」「ガン誕生」「ウナンガン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、カナダ圏に留まり、トバルカインと共に、アパッチ族に祀られた神「イェイ(エノク)」と「ガン(トバルカイン)」を祀った。エノク=イェイノク=イェイとなり、トバルカイン=トバルガイン=ガイン=ガンとなる。この連合体は、アリューシャン列島通過の際に「ウナンガン族(エノク+ガン)」を残している。エノク+ガン=エノン+ガン=ウナンガンとなる。

 


■3万年前 「パイワン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、台湾に訪れると、ヴィディエはエノクと組んで連合体を生んだ。この時に生まれたのが「パイワン族」である。パイワンの名の由来はヴィディエとエノクの組み合わせである。ヴィディエ+エノク=ヴイエノ=パイワンとなる。

 


■3万年前 「日子番能邇邇芸命誕生」

 

台湾に入植したエノクは、インドから来たヴァナラシ族と連合して「日子番能邇邇芸命」を誕生させた。ホノニニギの名の由来はピュグマエイ、ヴァナラシとエノクの組み合わせである。ピュグマエイ+ヴァナラシ+エノク=ピュグヴァナ+ネノク=ヒコホノニニギとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「エノクの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ヤナ族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」を経て南極に移住し、大地殻変動を機に「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、コロラド流域からカリフォルニアに移った。彼らは現地人と交わり、「ヤナ族」を生んだ。ヤナの名の由来はエノクである。エノク=ヤノク=ヤナとなる。

 


■1万3千年前 「名護誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、アリューシャン列島を越えて、沖縄本島に移り、「名護(エノク)」の名を残している。エノク=エナゴ=ナゴ(名護)となる。

 


■1万3千年前 「メコン誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したレメクは、エノクと共にインドシナ半島に上陸した。両者は、大河のひとつに「メコン」と命名している。メコンの名の由来はレメクとエノクの組み合わせである。レメク+エノク=メクエノ=メコンとなる。

 


■1万3千年前 「ナーガ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、レメクと別れ、インドに移住した。エノクはインドに「ナーガ族」を生んだ。ナーガの名の由来はエノクであり、エノク=エナーガ=ナーガとなる。

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 


■BC7千2百年 「至高神エンキ誕生」

 

メソポタミアに移住したエノクは、メソポタミアに「至高神エンキ」を祀った。エンキの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エンキラドス=エンキとなる。エンキは、カイナンと連合して「神々の集団アヌンナキ」を結成する。アヌンナキの名の由来はカイナンとエノクの組み合わせである。カイナン+エノク=イナンノク=アヌンナキとなる。

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「燕誕生」「斉誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」に参加したエノクは、春秋戦国時代になってから「燕(エン)」「斉(キ)」を建てて、古代中原に覇を唱えている。燕・斉(エンキ)の名の由来は至高神エンキである。

 


■BC21世紀 「長脛彦(前身)誕生」

 

ナーガ族は、現ミャンマーに移住し、シャン族と意気投合して「長脛彦」を結成した。長脛彦の名の由来はナーガとシャンの組み合わせである。ナーガ+シャン=ナガシャネ=長脛となる。

 


■BC21世紀 「長脛彦の大移動時代」

 


■BC1400年 「殷・商王朝誕生」

 

「長脛彦の大移動時代」に参加した長脛彦は、中国に移住し、夏王朝(カナン)を滅ぼした。その後、彼らは新規の王朝「殷(イン)・商(シャン)」を築いた。殷はエノク、商はシャンを由来にしている。ただ、日本時代から長臑彦に寄生していた能登族は、人身御供を開催して罪のない中国人を大量に惨殺した。

 


■BC1027年 「長臑彦誕生」

 

「殷・商」が滅ぶろ、ナーガ族は長臑彦の名を継承して日本に帰還した。長臑彦は、安日彦と同盟し、神武天皇が訪れるまで古代大和地方を治めた。

 


■BC753年 「邇芸速日命誕生」

 

古代日本に上陸したアルメニア人は、長脛彦と合体し、「邇芸速日命(ニギハヤヒ)」の連合体を築いた。物部氏の祖と言われる邇芸速日の名の由来は、ナーガ(長脛彦)、サバエ、アメンの組み合わせである。ナーガ+サバエ+日(アメン)=ナガバエ日=ニギハヤ日=邇芸速日となる。

 


■BC6世紀 「中曽根氏誕生」

 

その後、神武天皇の東征を機に「邇芸速日命」の連合体が崩壊すると、長脛彦は現群馬県に移住して「中曽根」を称した。中曽根の名の由来は長脛彦である。長脛(ながすね)=なかすね=なかそね(中曽根)となる。

 


■BC4世紀 「焉耆(エンギ)誕生」

 

燕と斉が滅ぶと、彼らは、タリム盆地に移住し「焉耆(エンギ)」を築いた。焉耆(エンギ)の名の由来は燕と斉の組み合わせである。

 


■BC4世紀 「犬養氏誕生」

 

燕と斉が滅ぶと、彼らは、日本に上陸し、「犬養氏」を生んだ。犬養の名の由来はエノクである。エノク=エノクイ=犬養となる。犬養氏は、アッカド人の後裔縣氏と組んで「縣犬養氏」を称した。

 


■AD638年 「袁氏誕生」

 

焉耆がAD638年に滅亡すると、燕を由来に「袁氏」が輩出された。袁の名の由来は焉耆である。

 


■AD641年 「ペチェネグ族誕生」

 

イスラム教がヌビアに伝えられると、マクリア、アルワ、ノバティアのキリスト教国はヌビアを脱出して一旦、中央アジアに集結した。ノバティア人は、マクリア人、アルワ人とは行動を異にし、焉耆(エンギ)の末裔袁氏と組んで「ペチェネグ族」を結成した。ペチェネグの名の由来は北狄(ベイディ)と袁氏(エンギ)の祖エノクの組み合わせである。ベイディ+エノク=ベイチェノク=ペチェネグとなる。ペチェネグ族は、強力な騎馬軍団としてハザール帝国、キエフ大公国、ビザンツ帝国などの名だたる強国と渡り合った。

 


■AD1561年 上杉謙信(長尾影虎)生誕

 


■AD1849年 乃木希典生誕

 


■AD1855年 犬養毅生誕

 


■AD1859年 袁世凱生誕

 

新生中華民国臨時総に就任している。

 


■AD1918年 中曽根康弘生誕

 


■AD1921年 長井勝一生誕 「漫画ガロ誕生」

 


■AD1945年 永井豪生誕

 

永井豪が描いたデビルマン、バイレンスジャックなどの迫力に満ちたキャラたちは、超古代、神々の時代に活躍した獣人エンケラドスの再現かもしれない。

 


■AD1947年 稲川淳二生誕

 


■AD1948年 二階堂正宏生誕

 


■AD1950年 翁長雄志生誕

 

第7代沖縄県知事に就任している。

 

 

 

 

 

 


ジェンギの歴史

◆インカ帝国(ジェンギ)の歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「ジェンギ誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、南アフリカに移住して「カアング」「ジェンギ」を生んだ。彼らは、コイサン族のような姿をしていた。現在、「ジェンギ」の名は、南アフリカ人(コイコイ人、サン人)の神として知られている。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「シャン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したジェンギは、オロクンらと共にミャンマーに上陸した。この時、「シャン族」が生まれた。シャンの名の由来はジェンギである。ジェンギ=シェンギ=シャンとなる。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「シャンカレー族誕生」「サンガリオス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアグリオスは、シャン族(ジェンギ)と組み、「シャンカレー族(サンガリオス)」をミャンマーに生んだ。シャンカレー、サンガリオスの名の由来はジェンギとアグリオスの組み合わせである。ジェンギ+アグリオス=ジェングリオ=シャンカレーとなり、ジェンギ+アグリオス=ジェングリオス=サンガリオスとなる。その後、サンガリオスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「サンガリオスの大移動時代」

 


■30万年前 「チャンカ族誕生」

 

「サンガリオスの大移動時代」に参加したサンガリオスは、現チリの地に「チャンカ族」を生んだ。チャンカの名の由来はサンガリオスである。サンガリオス=チャンガリオス=チャンカとなる。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク」

 


■2万年前 「ヴォドゥンの大航海時代」

 


■2万年前 「北斗星君誕生」

 

「最終戦争ラグナロク」により、オーディーンがヴァルハラから現ベナン辺りに入植し、青龍(湖水地方)のディンカと組んで「北斗星君(ペイトーキンジュン)」を建設した。北斗星君の名の由来はペイトー、カアング、ジェンギの組み合わせである。ペイトー+カアング+ジェンギ=ペイトーカアンジェン=ペイトーキンジュン(北斗星君)となる。
オーディーンは、「ドロン・オドゥン」を築いた。ドロン・オドゥンの名の由来はトレ、ヴァナラシ、オーディーンの組み合わせである。これは、オーディーンが現ベナンと共に、アンダマン諸島(トレ)、ヴァナラシ(ガンジス流域)までをも支配していたことを意味する。トレ+ヴァナラシ+オーディーン=トレァナ+オディン=ドロン・オドゥンとなる。
また、オーディーンは「ヴォドゥン」とも呼ばれた。ヴォドゥンの名の由来はオーディーンである。オーディーン=オディン=ヴォドゥンとなる。ヴォドゥンは創造主であり、現ベナンでは超人的な力を持つ神とされた。

 


■2万年前 「廉貞誕生」「破軍誕生」

 

「ヴォドゥンの大航海時代」に参加したチャンカは、現チリを離れて現ベナンに移住した。ポルピュリオーンと組んで「廉貞(リャンツェン)」を生み、ペイトーと組んで「破軍(ポジュン)」を生んだ。リャンツェンの名の由来はポルピュリオーンとジェンギの組み合わせであり、ポジュンの名の由来はペイトーとジェンギの組み合わせである。ポルピュリオーン+ジェンギ=リオンジェン=リャンツェンとなり、ペイトー+ジェンギ=ペイジェン=ポジュンとなる。

 


■2万年前 「中岳嵩山誕生」

 

「ヴォドゥンの大航海時代」に参加したチャンカは、南極大陸に移住し「中岳嵩山(チョンシャン)」を築いた。チョンの名の由来はチャンカである。チャンカ=チョンカ=チョンとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「宋帝王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したヴィディエは、火星に降り立ち、十王に属する「宋帝王(ソンディワン)」を生んだ。ソンディの名の由来はジェンギとヴィディエの組み合わせである。ジェンギ+ヴィディエ=シャンディ=ソンディ(宋帝王)となる。ヴィディエは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■2万年前 「太山王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したヴィディエは、火星に降り立ち、十王に属する「太山王(タイシャン)」を生んだ。タイシャンの名の由来はヴィディエとジェンギの組み合わせである。ヴィディエ+ジェンギ=ディエジェン=タイシャン(太山)となる。ヴィディエは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■2万年前 「楚江王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したジェンギは、十王に属する「楚江王(チェジャン)」を生んだ。チェジャンの名の由来はチュクウとジェンギの組み合わせである。チュクウ+ジェンギ=チュジェン=チュジャンとなる。ジェンギは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■2万年前 「変成山誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したルハンガは、火星に降り立ち、十王に属する「変成山(ビァンチェン)」を築いた。ビァンチェンの名の由来はルハンガ、ジェンギの組み合わせである。ルハンガ+ジェンギ=ハンジェン=ビァンチェン(変成)となる。ルハンガは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「テングリの大移動時代」

 


■1万3千年前 「元辰誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加したジェンギは、アフリカを離れて長江に移住した。彼らは仲間と共に、60もの神々を生んだ。「六十元辰」と呼ばれた彼らは「元辰(ユェンチェン)」を築いた。元辰(ユェンチェン)、長江(チャンジャン)の名の由来はディンカとジェンギの組み合わせである。ディンカ+ジェンギ=イェンジェン=ユェンチェン(元辰)となり、ディンカ+ジェンギ=チャンカ+ジェング=チャンクジャン(長江)となる。

 


■BC5千年 「員僑山誕生」

 

火星から帰還したジェンギは、アルキュオネウスと共に「員僑(ユァンキャオ)」を築いた。ユァンキャオの名の由来はジェンギとアルキュオネウスの組み合わせである。ジェンギ+アルキュオネウス=ジェンキュオ=ユァンキャオ(員僑)となる。員僑山は中国にあるとされているが、実際にはアンデス山脈に存在した。

 


■BC5千年 「神農誕生」

 

火星から帰還したジェンギは、カナン(月氏)と混合し、トリツ族と共に中国方面に南下して、北狄と組んで「河姆渡文化」などを築いた。カナンはジェンギと共に「神農(シェンノン)」を生んだ。神農(シェンノン)の名の由来はジェンギとカナンの組み合わせである。ジェンギ+カナン=ジェンナン=シェンノンとなる。

 


■BC5千年 「チワン族誕生」

 

カナン(月氏)は、古代中原に「夏王朝」を開いた。これを機に、ジェンギは神農を抜けて中原を後にした。海南島に上陸した彼らは「チワン族」となった。チワンの名の由来はジェンギである。ジェンギ=チワンギ=チワンとなる。

 


■BC21世紀 「長脛彦の大移動時代」

 


■BC1400年 「殷・商王朝誕生」

 

「長脛彦の大移動時代」に参加した長脛彦は、中国に移住し、夏王朝(カナン)を滅ぼした。その後、彼らは新規の王朝「殷(イン)・商(シャン)」を築いた。殷はエノク、商はシャンを由来にしている。ただ、日本時代から長臑彦に寄生していた能登族は、人身御供を開催して罪のない中国人を大量に惨殺した。

 


■BC1027年 「ジュンガル誕生」

 

「殷・商」が滅ぶとびシャン族は、タリム盆地に移住して「ジュンガル」を築いた。ジュンガルの名の由来はシャンカレー、或いはサンガリオスである。シャンカレー=シャンガレ=ジュンガルとなる。

 


■BC1027年 「陳誕生」「鄭誕生」「成誕生」

 

「殷・商」が滅ぶと、シャン族は、中国各地に拡散して「陳(チャン)」「鄭(チョン)」「成(チェン)」などの名を残した。いずれも名前の由来はジェンギである。

 


■BC490年 ゼノン生誕 「エレア派誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」を機に黎族が海南島に訪れると、これを機に、一部チワン族が海南島を離れて古代ギリシアの地を踏んだ。中国人の顔をしたチワン族は、ギリシア人と混合して「ゼノン」を産んだ。ゼノンの名の由来は神農(シェンノン)である。シェンノン=シェノン=ゼノンとなる。BC490年、エレア派の創始者である「ゼノン」が生まれている。

 


■BC335年 ゼノン生誕 「ストア派誕生」

 

BC335年、ストア派の創始者である「ゼノン」が生まれている。

 


■AD7年 「扶南国誕生」

 

王氏の「新」が台頭して「前漢」が滅ぶと、一部劉氏は海南島に赴き、古の神農の子孫であるチワン族と連合した。劉氏とチワンの連合体はカンボジアに上陸して扶南国を築いた。扶南の名の由来は海南(ハイナン)である。

 

 

■AD189年 「公孫氏誕生」

 

現カンボジアから遼東半島に移住したチワン族は、月氏と組んで「公孫(ゴンスン)氏」を生んだ。公孫の名の由来はカナンとシャンの組み合わせである。カナン+シャン=カナシャン=カンシャン=ゴンスンとなる。公孫度は、後漢により遼東太守に任命され、その後、独立した。公孫淵は魏王に上洛を求められるが、反旗を翻して「燕王」を称した。だが、一族が処刑されると公孫淵は「大和人の大航海時代」に参加してブリテン島に渡った。

 


■AD474年 ゼノン、ビザンツ皇帝に即位

 

AD4世紀頃、再度、ギリシアに覇を唱えることを考えたチワン族は、今回は黎族を率いてビザンツ帝国治世下のギリシアに向かった。彼らは、「東晋」の治世に海南島を発ち、地中海に進出している。中国人の顔をした黎族、チワン族はイサウリア家に自身の血統を打ち立てた。チワン族は、「ゼノン」の名を復活させた。ゼノンの名の由来は神農(シェンノン)である。シェンノン=シェノン=ゼノンとなる。

 


■AD502年 蕭衍、梁王に即位 「蕭氏誕生」

 

レオ1世とゼノン、両者がビザンツ帝国の王位を喪失すると、彼らはビザンツ帝国を後に東アジアに帰還した。ゼノンの一族は中国に移住し、「蕭氏(シャオ)」を生んだ。シャオの名の由来は神農(シェンノン)である。シェンノン=シャオノン=シャオとなる。

 


■AD557年 蕭荘、梁王に即位

 


■AD730年 「遥輦氏誕生」

 

AD560年に梁が滅ぶと、蕭氏はモンゴルに移住した。蕭氏は、モンゴルに「遥輦氏(ヤオニャン)」を生んだ。ヤオニャンの名の由来はシャオとカナンの組み合わせである。シャオ+カナン=シャオナン=ヤオニャンとなる。遥輦氏は、大賀氏の後を継ぎ、AD906年まで契丹を治めた。

 


■AD1189年 「奥州藤原氏の大航海時代」

 


■AD1189年 「インカ人誕生」

 

「奥州藤原氏の大航海時代」に参加した遥輦氏は、「インカ人」を生んだ。インカの名の由来はジュンガルである。ジュンガル=ユンガ=インカとなる。「サンガリオスの大航海時代」から南アメリカに住んでいたチャンカ族は、祖を同じくする「インカ人」を嫌い、先祖の故地を守るため、ワルカ(野人女直ワラカ)と連合した。両者は、ケチュア族、インカ人(ジュンガル)、クスコ人(ガスコン人)の連合体「クスコ王国」と対立し、度々蜂起を繰り返した。

 


■AD1219年 「シェンカー誕生」

 

「ワールシュタットの戦い」に参加した遥輦氏は、神聖ローマ帝国治世下のドイツに移住して「シェンカー」の姓を残した。シェンカの名の由来はジュンガルである。ジュンガル=ジュンガー=シェンカーとなる。

 


■AD1292年 「ラーンナー王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現タイに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンナー王国」を築いた。ラーンナーの名の由来はローランとヤオニャンの組み合わせである。ローラン+ヤオニャン=ランニャ=ラーンニャー=ラーンナーとなる。ラーンナー王国は、AD1775年まで続いた。

 


■AD1338年 「ラーンサーン王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現ラオスに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンサーン王国」を築いた。ラーンサーンの名の由来はローランとシャンの組み合わせである。ローラン+シャン=ランシャン=ランサーンとなる。ラーンサーン王国は、AD1707年まで続いた。

 


■AD1438年 サパ・インカ・パチャテク・クシ・ユパンキ、初代インカ皇帝に即位 「インカ帝国誕生」

 

インカ人の皇帝サパ・インカ・パチャテク・クシ・ユパンキが「インカ帝国」を建設した。

 


■AD1541年 マンコ・インカ・ユパンキ、ペルーからイングランドに移住 「マンク誕生」

 

AD1533年、コンキスタドールによってインカ帝国が滅亡すると、マンコ・インカ・ユパンキが初代皇帝に即位して「ビルカバンバ・インカ帝国」を建国した。マンコの名の由来はモンゴルである。モンゴル=マンゴル=マンコとなる。だが、AD1541年、マンコ・インカ・ユパンキは暗殺されたと見せかけてペルーを脱出し、遠くイングランドにまで落ち延びている。ペルー人の顔をしたマンコ・インカ・ユパンキの一行は、イギリス人と交わって「マンク」の姓を成した。マンクの名の由来はマンコである。

 


■AD1572年 「シュムクル誕生」

 

「インカ人の大航海時代」に参加したチャンカ族は、アイヌ人の子孫と共にインカから北海道に移住した。一行は、残留組のメナシクルに対抗するために連合して「シュムクル」を結成した。シュムクルの名の由来はジュンガルである。ジュンガル=ジュムガル=シュムクルとなる。AD1669年、シュムクルは奥州藤原氏の故地奪還を目的にアイヌ人を指揮して松前藩と交戦し「シャクシャインの戦い」を起こした。

 


■AD1608年 ジョージ・マンク生誕

 

マンコ・インカ・ユパンキ到着直後に息子と考えられるアンソニー・マンク、その後に、孫のトーマス・マンクが誕生している。AD1608年にはジョージ・マンクが誕生している。ジョージ・マンクは、イギリス軍人としてイギリス史に大きな足跡を残している。八十年戦争では「ラ・ロシェルの包囲戦」「ブレダ包囲戦」での勇敢な戦いで名を成した。また、スコットランドの反乱を鎮圧した「主教戦争」、アイルランドの反乱を鎮圧した「アイルランド同盟戦争」、オリバー・クロムウェルに従ってスコットランド遠征にも参加している。その後、「王政復古」に関わってチャールズ2世からアルベマール公爵などの恩賞を得た。

 


■AD1634年 「ジュンガル帝国誕生」

 

「インカ人の大航海時代」に参加したインカ人は、モンゴルに移住して「ジュンガル」の名を復活させた。AD1669年、「シャクシャインの戦い」に敗北したシュムクルは北海道から大陸に渡ってジュンガル部の地に逃亡し、後に、日本から落ち延びてきた「大坂の陣」の残党カラクラ・タイシャと連合し、「ジュンガル帝国」を築くことになる。

 


■AD1688年 「ムンク誕生」

 

イングランドの名将ジョージ・マンクの子孫クリストファー・マンクが死去と見せかけてイギリスを離れ、東方に旅立った。まず、ノルウェーに上陸した一行は「ムンク」の名を残した。ムンクからは、「ノルウェー史」を著したペーテル・アンドレアス・ムンク、「叫び」で知られる画家エドゥアルド・ムンクが輩出されている。

 


■AD1707年 「知念氏誕生」

 

ラーンサーン王国が滅んで3つに分離すると、遥輦氏は沖縄諸島に移住して「知念氏」を生んだ。知念の名の由来はゼノンである。ゼノン=ジェノン=知念となる。

 


■AD1713年 「チャンパーサック王国誕生」

 

ラーンサーン王国が分裂すると、遥輦氏は「チャンパーサック王国」を築いた。チャンパーサックはAD1946年まで続いた。

 


■AD17??年 「ヴィエンチャン王国誕生」

 

ラーンサーン王国が分裂すると、遥輦氏は「ヴィエンチャン王国」を築いた。ヴィエンチャンはAD19世紀まで続いた。

 


■AD1742年 「小刀会誕生」

 

知念氏は、中国・現江蘇省に移住し、琉球空手をベースに「小刀会(シャオダオ)」を結成した。シャオダオの名の由来はシャンとヴィディエの組み合わせである。シャン+ヴィディエ=シャノディエ=シャオダオとなる。小刀会は、AD1853年に「漢大明統兵大元帥」を称して「廈門小刀会蜂起」を指揮した。同年、小刀会は広東の兵を指揮して「上海小刀会蜂起」を実施した。

 


■AD1748年 ナーシル・ジャング、第2代ニザーム王に即位

 

AD1748年、ナーシル・ジャングが第2代ニザーム王に即位している。ジャングの名の由来はジュンガルである。ジュンガル=ジュンガ=ジャングとなる。

 


■AD1750年 ムザッファル・ジャング、第3代ニザーム王に即位

 


■AD1751年 サラーバト・ジャング、第4代ニザーム王に即位

 


■AD1756年 「マンギト朝誕生」

 

イングランドの名将ジョージ・マンクの子孫クリストファー・マンクが死去と見せかけてイギリスを離れ、東方に旅立った。マンクの一行は中央アジアに移住し、「マンクの人」を意味する「マンギト」を称した。AD1756年、ムハンマド・ラヒームがマンギト朝初代アミールに即位して、ブハラ・ハン国に「マンギト朝」を開いている。

 


■AD1815年 「拝上帝会誕生」

 

「己亥教獄」が始まる一年前に朝鮮半島に生まれた洪秀全は33歳となっていた。洪秀全は、白蓮社の創始者(ペー族、シャン族)と「拝上帝会(バイシャン)」を組織し、AD1851年には清に反旗を翻し、「太平天国」を建国した。拝上(バイシャン)の名の由来はボイイ(ペー)とシャンの組み合わせである。ボイイ+シャン=ボイシャン=バイシャンとなる。

 


■AD1863年 エドゥアルド・ムンク生誕

 


■AD1920年 ラヴィ・シャンカール生誕

 


■AD1948年 ルドルフ・シェンカー生誕 「スコーピオンズ誕生」

 


■AD1954年 ジャッキー・チェン(成龍)生誕

 


■AD1955年 マイケル・シェンカー生誕 「マイケル・シェンカー・グループ誕生」

 


■AD1991年 セルゲイ・チェレシチャンコ、初代大統領に就任 「カザフスタン共和国誕生」

 

AD1469年、ケレイ・ハンが初代王に即位して「カザフ・ハン国」を建国した。その後、AD1991年には、セルゲイ・チェレシチャンコが初代カザフスタン大統領に就任して「カザフスタン共和国」が建てられた。チュレシチャンコの名の由来はツァリーツィンとチャンカの組み合わせである。ツァリーツィン+チャンカ=ツァリーツチャンカ=チュレシチャンコとなる。

 

 

 

 

 


ワルムベの歴史

◆ワルムベの歴史

 


■400万年前 「第1次エスの大移動時代」

 


■200万年前 「ワルムベ誕生」

 

「第1次エスの大移動時代」によってエスが湖水地方に入植すると、クウォスが生まれ、そこから各々が各々の獲物に特化することで50cmから4mに至るバラエティ豊かな人類が揃った。「ワルムベ」の身長は160cmで、ミャンマー少数民族の姿をしていた。

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロクン誕生」「オロルン誕生」「カアング誕生」「ジェンギ誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生み、南アフリカに「カアング」「ジェンギ」を生んだ。カアング、ジェンギは南アフリカに流れ込む寒流によって特徴的な容貌を得た。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「モブワ族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したワルムベは、現ミャンマーに入植し「モブワ族」を生んだ。モブワの名の由来はワルムベである。ワルムベ=ワルムベエ=ムベエ=モブワとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「パッラース誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したワルムベは、レザと組んで「パッラース」を生んだ。パッラースの名の由来はワルムベ、レザの組み合わせである。ワルムベ+レザ+ワルレザ=ワッレーザ=パッラースとなる。

 


■7万年前 「マハラレル誕生」「マハラエル誕生」

 

モブワ族は、ブリアレオースと組んだ。この時に「マハラレル(マハラエル)」が誕生した。マハラエルの名の由来はモブワとブリアレオースの組み合わせである。モブワ+ブリアレオース=モブリアレ=マハラエル(マハラレル)となる。マハラエルとマハラレルとは不可分の存在である。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■3万年前 「ヘイムダル誕生」

 

ダニ族のインチキ宗教に入信させられたマハラエルは、ダニ族に率いられてヴァルハラ王国に入植した。この時に「ヘイムダル」が生まれた。ヘイムダルの名の由来はモブワとメトセラの組み合わせである。モブワ+メーティス+プレークサウラー=ブワメテラー=ヘイムダルとなる。

 


■3万年前 「ヴァン神族誕生」「フレイ誕生」「フレイヤ誕生」

 

マハラエルは、ダニ族と共にヴァルハラ王国からミドガルド王国に入植すると「ヴァン神族」を生んだ。ヴァンの名の由来はモブワとダニの組み合わせである。モブワ+ダニ=ブワニ=ヴァンとなる。また、マハラエルは、「フレイ」「フレイヤ」を生んだ。フレイ、フレイヤの名の由来はマハラエルである。マハラエル=マフレイエル=フレイヤ=フレイとなる。

 


■3万年前 「ヘル誕生」「フェンリル誕生」

 

マハラエルは、ダニ族と組むと「ヘル」「フェンリル」を生み、ヴァルハラ王国に侵攻した。ヘルの名の由来はマハラエルであり、フェンリルの名の由来はヴァンとマハラエルの組み合わせである。マハラエル=マヘルエル=ヘルとなり、ヴァン+マハラエル=ヴァンラエル=フェンリルとなる。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク」

 


■2万年前 「ユグドラシルの大航海時代」

 


■2万年前 「出羽国誕生」

 

最終戦争ラグナロクにより、ミドガルド王国はネバダ砂漠と化した。この時、「ユグドラシルの大航海時代」に参加したマハラエルは、東北地方に入植して「出羽国」の建国に参加した。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC32世紀 「フィン人誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加してチベットに移住し、その後「ヨシュアの大移動時代」に参加したマハラエルは、ヨーロッパに移住した。彼らは、更に北上し、現フィンランドに入植した。この時、マベエは「フィン人」を生んだ。フィンの名の由来はヴァン神族である。ヴァン=ファン=フィンとなる。

 


■BC30世紀 「マプングプエ誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したカブール人は、マハラエルと共に東アフリカに移住した。カブール人は、マハラエルと共に現ジンバブエに入植した。この時に「マプングプエ」が生まれた。マプングプエの名の由来はモブワとキブウカの組み合わせである。モブワ+キブウカ=モブワキブウ=モブアキブエ=マプングプエとなる。

 


■BC30世紀 「マフィア島誕生」

 

カブール人が現ジンバブエからマダガスカル島に移住すると、マハラエルは現ジンバブエから「マフィア島」に入植した。マフィアの名の由来はマベエである。マベエ=マヘエ=マフィアとなる。

 


■BC6世紀 「フィン人の大航海時代」

 


■BC6世紀 「ホン族誕生」

 

オビ川流域に入植した彼らは、後に南下してインダス流域に入植する。この時に「ホン族」が生まれた。ホンの名の由来はフィンである。フィン=フォン=ホンとなる。ホン族は、後にラージプートに属している。

 


■BC6世紀 「洪氏誕生」

 

ホン族は、インドから中国に赴いて「洪氏(ホン)」の名を成している。ホンの名の由来はフィンである。フィン=フォン=ホンとなる。

 


■BC3世紀 「サータヴァーハナ朝誕生」

 

サートヴァタ族は、ホン族と連合して「サータヴァーハナ朝」を開いた。サータヴァーハナの名の由来はサートヴァタ+ホン=サートヴァホン=サータヴァーハナとなる。サータヴァーハナ朝は、アーンドラ朝と共にインドを共同統治した。

 


■AD93年 「フン族誕生」

 

北匈奴が滅ぶと、黄氏は匈奴を解散して「フン族」として中央アジアに進出を果たす。フンの名の由来は黄(ファン)である。ファン=ハン=フンとなる。フン族には、「サータヴァーハナ朝」のサートヴァタ族(サトゥルヌス)とホン族も加わっている。フン族は、アラン族と共に東ゴート族を撃破したため、東ゴート族は安全なローマ領内に避難した。これを機に「ゲルマン人の大移動」が始まる。この強靭な騎馬民族に魅了されたアッチラ(サトゥルヌス)は、サートヴァタ族の力を借りてフン族を完全な支配下に置いた。

 


■AD238年 「莫護跋誕生」

 

マベエの系統から莫護跋(モフバ)が輩出された。モフバの名の由来はマベエとポエニの組み合わせである。マベエ+ポエニ=マベエポエ=モフバとなる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ウォーターズ誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加してブリテン島に上陸した洪氏は、現地人と混合して「ウォータース」の名を生んだ。ウォータースの名の由来は洪である。

 


■AD1094年 「マプングプエの大航海時代」

 


■AD1094年 「マプングプエ(後身)誕生」

 

AD1094年、カペー朝のフィリップ1世は離婚・再婚を機にリヨン司教に破門を通告される。これを機に、フィリップ1世は子息のアンリ、シャルル、ウスタシーと関連氏族を引き連れてフランスを離れた。このカペー家の一団に、ノルマン朝の成立を機にイングランドを後にしたマゴンサエテ家(天孫族)が合流した。一行は、先祖の故地であるマプングプエを目指した。

 


■AD1220年 「マプングプエ王国誕生」

 

AD1220年に「マプングプエ王国」を建設している。この王国の成立には、一部カペー家とマゴンサエテ家の片割れ「天孫族(マゴン)」が関与している。

 


■AD1年 「三船氏誕生」

 

マプングプエ王国が滅び、ジンバブエ王国が始まると、カペー家の残党はジンバブエを離れ、日本に移住した。この時に「三船氏」が生まれた。三船の名の由来はマプンである。マプン=マプネ=三船となる。

 


■AD1305年 「山本氏誕生」「松本氏誕生」など

 

賀茂氏(カーマルーパ)に同行したホン族は、インド各地から集合し、集団で日本に向かった。インド人の顔をしたホン族は日本各地に赴いて現地人と混合した。「山本」の名の由来は「ヒマラヤ(山)のホン(本)」、松本の名の由来は「マツヤ(松)のホン(本)」、坂本・塚本の名の由来は「サカ(坂・塚)のホン(本)」、岡本は「ヴァカタカ(岡)のホン(本)」、橋本・藤本の名の由来は「ホージャ(橋・藤)のホン(本)」である。

 


■AD1553年 「ウォーターズの大航海時代」

 


■AD1553年 「洪門誕生」

 

ジョン・ゲイツは、イギリス人ウォーターズの一族と共にイングランドを脱出した。ゲイツは、アメン神官団の子孫、門氏(メン)の子孫である。ジョン・ゲイツは、ノーザンバー侯と共にジェイン・グレイを女王に擁立したカドでメアリーに処刑された。しかし、写真も無い当時は何とかごまかして逃亡することも可能だった。死んだと見せかけてイングランドを脱出したジョン・ゲイツは、自身の一族とウォーターズの一族を率いて太平洋を渡り、先祖の故地中国に辿り着いた。
イギリス人の顔をした彼らは中国人と混合して「洪」と「門」の名を復活させた。ウォーターズとゲイツは共同で秘密結社「洪門(ホンメン)」を結成した。洪門の名の由来はウォータース(洪氏)とゲイツ(門氏)の連合を意味している。洪門は、まず李氏朝鮮の背後にいた朝鮮儒教士林派の支配を覆そうと、AD1733年に朝鮮半島で全羅道、平安道で農民蜂起を指揮した。次に、洪門はキリスト教を朝鮮半島に広めようと画策した。

 


■AD1776年 「ミニッツメン誕生」

 

朝鮮半島にキリスト教を普及しようと活動していた頃、一部洪門のメンバーが中国からアメリカ合衆国に移住して「アメリカ独立戦争」に関与した。洪門からは、大陸軍将軍ホレイシオ・ゲイツ、「ミニッツメン」に加わったダニエル・ウォーターズが輩出されている。その後、アメリカ合衆国の独立が果たされると、両者は一族を率いて再度、中国に帰還している。韓国人の強いアメリカ志向は、この「アメリカ独立戦争」を戦った、という記憶に起因しているのかもしれない。

 


■AD1811年 「洪景来の乱」

 

アメリカ合衆国から朝鮮半島に帰還した洪氏は、李氏朝鮮を支配する士林派を排除するべく、早速、キリスト教の布教を始めた。だが、このキリスト教の動きを嫌った士林派は、李氏朝鮮に命じてAD1791年に大規模なカトリック弾圧を実施した。これが「辛亥邪獄」である。更に、AD1801年に「辛酉教獄」を実施したが、この士林派の無慈悲な行為に対する答えとして、洪氏は、AD1811年に「洪景来の乱」を指揮した。

 


■AD1811年 「己亥教獄」

 

AD1815年~AD1839年にかけて断続的に起きた「己亥教獄」を機に、洪氏は、朝鮮人キリスト教徒を率いて、ついに朝鮮半島を脱出した。長江水系に侵入した洪氏の一行は、広西省辺りに拠点を設け、キリスト教の布教を開始した。

 


■AD1836年 坂本竜馬生誕

 


■AD1851年 「太平天国の乱」

 

AD1815年、「己亥教獄」が始まる一年前に朝鮮半島に生まれた洪秀全は33歳となっていた。李氏朝鮮によるキリスト教迫害を逃れ、長江水系に避難していた洪秀全は、「拝上帝会」を組織した。彼は、AD1851年には清に反旗を翻し、「太平天国」を建国した。この時に、「アメリカ独立戦争」に関与したアメリカ軍将軍ホレイシオ・ゲイツ、「ミニッツメン」のダニエル・ウォーターズなどのアメリカ帰還組の子孫が「太平天国」に参加している。
「第2次大覚醒」を指揮したバートン・ストーンなどもアメリカ合衆国を見限って中国を訪れ、太平天国に参加した。太平天国の指導者、楊秀清、石達聞もイギリス、またはアメリカから来たウィロウやストーンを称する人々の子孫である。また、オーガスタス・リンドレーという生粋のイギリス人兵士も「太平天国」に参加した。リンドレー(LINDLEY)の名は陸氏(LAND)と李氏(LEE)の組み合わせだと考えられる。つまり、リンドレーも自分の出自を理解した上で太平天国の軍に参加していた。

 


■AD1864年 「太平天国滅亡」

 

AD1853年、太平天国は南京を占領して首都に定め、勢いに乗っていたが、AD1864年、太平天国は清軍に包囲され、洪秀全は餓死している。しかし、洪秀全は死んだと見せかけて長江水系を脱出し、無事に朝鮮半島に帰還した。

 


■AD1909年 松本清張生誕

 


■AD1918年 橋本忍生誕

 


■AD1920年 三船敏郎生誕

 


■AD1930年 洪震、政党を結成 「韓国独立党誕生」

 

長江を逃れて朝鮮半島に舞い戻った彼らは、改めてキリスト教の布教に努めるが、李氏朝鮮によるカトリック弾圧「丙寅教獄」が起きた。韓国は長老派の国であるが、その原因は「第2次大覚醒」を指揮したバートン・ストーンの子孫が「太平天国の乱」失敗後に朝鮮半島に渡ったからだ。その後、洪秀全の子孫、洪震はAD1930年に「韓国独立党」を設立している。

 


■AD1945年 洪震、政党を結成 「新韓民主党誕生」

 

洪震は、AD1945年には「新韓民主党」を結成している。

 


■AD1932年 松本俊夫生誕

 


■AD1933年 藤子f不二雄(藤本弘)生誕

 


■AD1938年 松本零士生誕

 


■AD1946年 ジョン・ウォータース生誕

 


■AD1952年 坂本龍一生誕 「YMO誕生」

 


■AD1956年 山本政志生誕

 


■AD1960年 塚本晋也生誕

 


■AD1961年 滝本晃司生誕 「たま誕生」

 


■AD1963年 松本人志生誕 「ダウンタウン誕生」

 


■AD1965年 hide(松本秀人)生誕

 

 

 

 

◆エラム(ワルムベ)の歴史

 


■BC7千年 「エラム誕生」

 

「アヌンナキの大航海時代」の参加者がバルト海に到着すると、マハラエルはアイルランドからスカンジナビアに渡った。この時に、スカンジナビア半島に「エラム」「アラム」を生んだ。エラム、アラムの名の由来はワルムベである。ワルムベ=ワルム=アラム=エラムとなる。アラムは、ブリアレオース(バロール)が、エラムはワルムベ(マッハ)が取った。

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「エリュミア族誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエラムは、メソポタミアへの途上、シチリア島に移住し、「エリュミア人」を生んだ。エラム=エラミア=エリュミアとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ滅亡」

 


■BC32世紀 「エラム王国誕生」

 

「ソドムとゴモラ」の惨劇を耳にすると、エリュミア族はシチリアを発ち、ソマリアに向かった。その後、エリュミア族は最後のオリジナル人類ハダメと同盟し、メソポタミアに上陸した。壊滅した故地を後に、シュメール人は東西に旅立ったため、シュメールの諸都市には人影がなかった。エリュミア族は、主を失ったスーサを簒奪して首都に据えて「エラム王国」を建設した。

 


■BC539年 「ハドラマウト王国誕生」

 

エラム王国が滅亡すると、エラム人とハダメの連合体はアラビア半島南部に移住して「ハドラマウト王国」を建国した。ハドラマウトの名の由来はハダメ、エラムとメソポタミアの太陽神ウトゥの組み合わせである。ハタミ+エラム+ウトゥ=ハタエラムウト=ハドラマウトとなる。

 


■BC539年 「中山国誕生」

 

東方に向かったエラム人は、春秋戦国時代真っ盛りの中国大陸に上陸して「中山国」を建てた。中山の名の由来はエラム王国の首都スーサ(シュシャン)である。シュシャン=チュウシャン=中山となる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■BC296年 「ワルメイ川誕生」

 

中山国が趙の攻撃によって滅ぶと、エラム人、ハダメ族はは「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断して古代ペルーに移住した。彼らは拠点である河川に「ワルメイ」と命名した。ワルメイの名の由来はエラムとハダメの組み合わせである。エラム+ハダメ=エラメ=ワルメイとなる。エラム人、ハダメ族は、後にペルーを訪れるマオリ族と連合して「ワリ帝国」を建設する。

 


■AD11世紀 「ペルー人の大航海時代」

 


■AD11世紀 「有馬氏誕生」

 

「鹿島神社」や望月氏、木曽氏、三木氏、知久氏、根津氏を生んだ「ペルー人の大航海時代」とは別に、エラム人、ハタミ人、マオリ族が敢行した、もうひとつの「ペルー人の大航海時代」が、これである。ペルー人の顔をした一行は日本人と混合した。エラム人は「有馬氏」を称し、「波多美氏」を称したハタミ人、「毛利氏」を称したマオリ族と共に北九州に向かった。エラム人は平直澄に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に「有馬氏」が生まれた。有馬の名の由来はエラムである。エラム=エラマ=有馬となる。

 


■AD1483年 有馬晴純生誕

 


■AD15年 大村純忠生誕

 

大村純忠は有馬晴純と大村純伊の娘の次男であるが、母方の大村家に養子に出た。有馬氏は浄土真宗のことを、弱者を道具化する邪教として憎んでいたが、大村純忠もその血筋に違わず、キリシタンに改宗した後は、領内の寺社を破壊し、先祖の墓所も打ち壊した。領民にも改宗を強要し、日本仏教の僧侶、神道の神官や、キリスト教に改宗しない領民を殺害した。有馬氏は、浄土真宗に代表する日本仏教が、人類にとってどれだけ有害なのかを知っていた。AD1583年、純忠は、長崎港周辺を教会領としてイエズス会に寄進した。

 


■AD15年 大村喜前生誕

 

しかし、浄土真宗の信者(医者、料理人、侍女)に囲まれた生活を送っていた純忠は咽頭癌、肺結核を患い、侍女(浄土真宗信者)に嫌がらせも受けていた。その後、純忠の子、洗礼を受けた大村喜前は、禁教令を受けてバテレンを追放し、キリシタンを迫害する側に回った。その後、AD1616年に喜前は迫害を恨んだキリシタンによって毒殺されたと伝えられている。しかし、実際には喜前は死去と見せかけて摂津国に逃亡した。

 


■AD1567年 有馬晴信生誕

 


■AD1586年 有馬直純生誕

 


■AD1616年 「大塩氏誕生」

 

摂津国に亡命した喜前は、隠れキリシタンを意味する「オラショ」を由来に「大塩」を称した。オラショ=オアショ=大塩となる。また、喜前の子、純頼もキリシタンを弾圧したために毒殺されたと伝えられているが、実際には、大村純頼は喜前の後を追い、AD1619年、摂津国に移住して大塩家の仲間入りをしている。更に、純頼の子であり子が無いまま33歳で早世したとされる大村純信も、父や祖父と同じように摂津国に移住し、AD1650年に大塩家に加わった。

 


■AD1637年 「島原の乱」

 

AD1612年、有馬晴信は「岡本大八事件」の罠にはまり、死罪を宣告されるが、有馬直純の計らいで危機を脱出した。晴信は死んだと見せかけて8歳の息子フランシスコ、6歳のマティアスを連れて福建に潜伏する。当時、有馬晴信は台湾に出兵するなど力をつけたため、浄土真宗に目を付けられていた。有馬晴信は、キリシタン迫害を恐れて日本を脱出した高山、小西、大村、黒田などのキリシタン大名と連合し、キリシタン連合による大谷に対する蜂起を準備した。
32歳になった晴信の子フランシスコが指揮を執ると、彼らは、架空の少年「天草四郎」を頭に据えてキリシタン農民を指揮下に蜂起した。この蜂起には、高山、小西、大村、黒田などの元キリシタン大名、イエズス会、福建海賊、松浦党なども加わった。プロの戦士が参加した大規模な反乱軍は、徳川幕府や大谷を驚かせた。反乱軍は、仏閣神社を焼き払い、日本仏教の信者を虐殺した。しかし、残念ながら島原の乱は鎮圧されてしまう。だが、生き延びた有馬氏は、先祖のエラム人が統べたハドラミー時代の故地アラビア半島に帰還し、「ワッハーブ派」を作ってサウジアラビア王国の国教とした。

 


■AD1702年 ムハンマド・イブン・ワッハーブ生誕 「ワッハーブ派誕生」

 

有馬晴信の子、「島原の乱」を指揮した有馬フランシスコの子孫であるムハンマド・イブン・ワッハーブがアラビア半島に誕生した。ワッハーブの名の由来はヤハウェである。ヤハウェ=アッハーヴェ=ワッハーブとなる。AD1745年、ムハンマド・イブン・ワッハーブはナジュドにイスラム改革運動を起こし、聖剣をサウード家に授けて盟約を結んでいる。

 


■AD1837年 「大塩平八郎の乱」

 

大塩平八郎は正義感が強い与力として数々の汚職を暴いたが、その度に、人民を道具のように扱う邪教、浄土真宗の悪意を痛感した。そのため大塩平八郎も、「島原の乱」を起こした有馬晴信やキリシタンに改宗して寺社・仏閣を破壊した大村純忠と同様、日本仏教を掌握していた浄土真宗殲滅のために蜂起した。平八郎は、「天保の大飢饉」が人為的に作られた浄土真宗による陰謀だということを見抜いていた。また、飢饉を口実に大谷家が農民一揆を指揮することも分かっていた。そのため、大塩平八郎は浄土真宗が指揮する一揆と戦うため、与力同心の門人に砲術を中心にした軍事訓練を施した。
しかし、浄土真宗の信者は犬の糞のようにどこにでもいるもので、同心の門人(浄土真宗信徒)が大坂町奉行所に密告したため、蜂起は当日に鎮圧された。その後、大塩平八郎は自決を装い、中国人・朝鮮人キリスト教徒が清に対して蜂起を計画している旨を耳に挟み、長江水系に忍び込んで太平天国に参加した。

 

 

 

◆カンボジア(ワルムベ)の歴史

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ランブダ誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したヴィディエは、ワルムベと共に古代オリエントに移住し、フェニキア文字のひとつ「ランブダ」を生んだ。ランブダの由来はワルムベとヴィディエの組み合わせである。ワルムベ+ヴィディエ=ルムディエ=ランブダとなる。

 


■BC1200年 「カンボジャ人誕生」

 

「海の民」の時代になり、海の民がヒッタイト人、トロイア人をイランに導くと、ベーシュタード王国が建てられた。この時に同行したフェニキア人、ヴィディエ・ワルムベ(ランブダ)は「カンボジャ人」を生んだ。カンボジャの名の由来はフェニキアとランブダの組み合わせである。フェニキア+ランブダ=キアンブダ=カンボジャとなる。

 


■BC1200年 フージャン、ベーシュタード王に即位 「フージャン人誕生」

 

カンボージャ人からは、後に「フージャン人」が輩出されている。フージャンの名の由来はカンボージャである。カンボージャ=カンボージャン=フージャンとなる。フージャンからは、ベーシュタード王に即位するフージャンが輩出されている。

 


■BC11世紀 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「福建誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、イランを脱出したフージャン人は福建(フージャン)に根付いた。福建人は「福建王国」を建て、アマゾンを由来に「媽姐(マソ)」を祀った。媽姐は航海安全守護神として信奉され、華僑はこの信仰を携えて世界各地に移住している。この系統からは胡錦濤が輩出されている。

 


■BC329年 「烏孫誕生」「単于誕生」

 

BC329年に楚の家臣団が分裂すると、キンメリア人の系統の羌族は、黄氏と福建人を率いてモンゴルに帰還した。フージャン人は「単于(ゼンウ)」を称した。単于の名の由来はフージャンをひっくり返したジャンフーである。ジャンフー=ジャンウ=単于となる。一方、一部フージャン人はタリム盆地に赴いて「烏孫(ウースン)」を築いた。
ウースンの名の由来はフージャンである。フージャン=ウーシャン=ウースンとなる。こうして、福建人の系統が単于として匈奴の王位を代々継承した。匈奴は、非常に凶暴な面も持ち合わせていたが、これは人喰い人種タナトスの系統に連なる田氏、或いは人身御供の種族である能登族の血筋の者が匈奴の支配層に深く侵入していたことを示す。

 


■BC57年 「新羅誕生」

 

神戸から朝鮮半島に移住したカンボージャ人は、朝鮮半島に入植し、「全羅道(チョンラ)」を築いた。更に、朴氏やチュルク族と連合した。この時に新羅(シラギ、シンラ)が生まれた。チョンラとシンラの名の由来はキャンとワルムベの組み合わせである。キャラ+ワルムベ=キャンル=チョンラ=シンラとなる。日本ではチュルクに由来して新羅(シラギ)と呼ばれた。そして、新羅誕生と同時に朴氏王朝が開かれた。

 


■AD262年 「眞蝋誕生」「カンボジア王国誕生」

 

AD262年、金氏が新羅を掌握すると、カンボージャ人は朝鮮半島を後に、インドシナ半島に移住した。彼らは、カンボジアに上陸して「眞蝋(チャンラ)」を築いた。この時に初めて当地は「カンボジア」と呼ばれた。チャンラの名の由来はチョンラ(全羅道)であり、カンボジアの名の由来はカンボージャである。チョンラ(全羅)=チャンラ(眞蝋)となる。

 


■AD581年 「高橋氏誕生」「富樫氏誕生」

 

烏孫は、大夏と共に、黒龍江からオホーツク海に出て南下し、日本に上陸した。烏孫(ウースン)は大夏(ダキア)と連合して「高橋」「富樫」の名を成した。高橋、富樫の名の由来はダキアとフージャンの組み合わせである。ダキア(高)+フージャン(橋)=高橋となり、ダキア(トガ)フージャン(ジャ)=トガジャ=富樫となる。その後、大夏は「高村」「高木」など「高」が付く姓を多く生み、烏孫は「橋田」「橋野」「石橋」など「橋」が付く姓を多く生んだ。また、富樫氏からは「富田」「富山」「富永」など「富」が付く姓が多く生まれた。

 


■AD610年 「眞蝋国誕生」

 

AD550年頃に劉氏、海南島民がカンボジアに扶南国を建てると、眞蝋は隷属した。しかし、数十年ぶりに眞蝋は独立を勝ち取った。

 


■AD727年 「ウイグル人の大航海時代」

 


■AD727年 「キエフ(前身)誕生」

 

AD675年、新羅人は、金氏が勢力を伸張して「統一新羅」を完成させると、朝鮮半島を出てモンゴルに移住した。「ウイグル人の大航海時代」に参加した新羅人は、北極海の航行を経てバルト海に到達すると、スウェード人、ワリアギ、ルス人、リューリクと組んだ。

 


■AD778年 「シャイレーンドラ朝誕生」

 

更に、AD713年に眞蝋国が分裂すると、一部はカンボジアからジャワ島に移住し、新羅人に合流した。眞蝋人は、モンゴル時代の仲間、アラン人、タタール人と共に「シャイレーンドラ朝」を開いた。シャイレーンドラの名の由来はチャンラ、アラン、タタールの組み合わせである。チャンラ+アラン+タタール=チャアランタール=シャイレーンドラとなる。その後、AD802年に眞蝋国が滅び、AD998年に新羅が滅ぶと、カンボジアの眞蝋人、朝鮮半島の新羅人がシャイレーンドラ朝に参加した。

 


■AD832年 「ジャライル族誕生」

 

シャイレーンドラ朝が滅ぶと、シャイレーンドラ人はモンゴルに帰還した。眞蝋人・新羅人は、現地人と混合して「ジャライル」を生んだ。ジャライルの名の由来はキャラとワルムベの組み合わせである。キャラ+ワルムベ=キャラワラ=キャラアラ=ジャライルとなる。

 


■AD862年 「キエフ公国誕生」

 

リューリクはモンゴル人(柔然/ローラン)であり、スウェード人はインド人(チェーティ王国)であり、ルス人はマヤ人(セロス)であり、ワリアギはアラビア人(ナパタ王国)であった。この国際的な連合体は、リューリクを指揮者にスウェード人傭兵の力でノヴゴロドを支配下に置いた。同時に、リューリクは「リューリク朝」を開き、ロシアの建国者となった。ロシア人の母体人種は、は宇宙人(科学の種族トバルカイン)である。
ロシアの名の由来はトゥルシア人の末裔「ルス」である。後にワリアギがキエフを占領し、首都に設定している。キエフの名の由来はキャラとヴィディエの組み合わせである。キャラ+ヴィディエ=キャヴィ=キエフとなる。AD913年にはイーゴリ1世が初代キエフ大公に就任して「キエフ大公国」を築いている。

 


■AD1025年 「武田氏誕生」

 

チョーラ人がシュリーヴィジャヤを攻めると、一部カンボジア人はスマトラを後に東西に新天地を求めて旅立った。東方組は日本に上陸し、河内源氏の源清光に接近して自身の血統を打ち立てた。その時に誕生したのが「武田氏」の祖、武田信義である。武田の名の由来は、カンボージャの由来と同じく、フェニキア文字のひとつランブダである。ランブダ=ブダ(武田)=武田(たけだ)となる。

 


■AD1180年 「パタン王国誕生」

 

「富士川の戦い」で源頼朝に協力したにも拘らず、武田氏の勢力台頭を懸念した頼朝は武田信義を失脚させて一族に粛清を加えた。これにより多くの兄弟、子息が死に追いやられた。これを機に、五男信光を除いた武田信義の一族は、日本を離れて遠くネパールに移住した。彼らは、北インドを征服して「パタン王国」を築いた。このパタン王国は、後のブータン王国の前身でもある。パタンの名の由来は武田の音読み「ブダ」である。ブダ=ブダン=パタンとなる。

 


■AD1290年 「芝山氏誕生」「高山氏誕生」

 

キルジ王国が成立すると、「パタン王国」を築いた武田氏の血統は、ネパールを離れて日本に帰還した。ネパール人の顔をした彼らは日本人と混合して「芝山」「高山」の姓を形成した。芝山の名の由来は「シヴァの山」、高山の名の由来は「高い山」である。これらの山は、いずれも「ヒマラヤ」のことを指している。

 


■AD1521年 武田信玄生誕

 


■AD1552年 高山右近生誕

 


■AD1600年 「ブータン王国誕生」「ドゥク・カギュ派誕生」

 

信玄亡き後、武田氏が織田氏に敗れると、武田氏は他の清和源氏の残党と共に戦国時代の日本を後にスリランカに逃れた。清和源氏の残党はキャンディ王国を開くが、単独で動いた武田氏は一部安芸氏と共にスリランカを去ってインドに上陸した。その後、両者は共に現ブータンに赴いている。「ブータン」の名の由来は武田(ブダ)である。ブダ=ブーダ=ブータンとなる。武田氏・アンコール人は「カギュ派」に学び、始祖ナムゲルが「ドゥク・カギュ派」を創始する。ナムゲルの名の由来はアンコールであり、ドゥクの名の由来は武田である。

 


■AD1941年 芝山努生誕

 


■AD1949年 武田鉄矢生誕 「海援隊誕生」

 

 

 

 

 

 



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