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オロクンの歴史

◆オロクンの歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロクン誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生んだ。オロクンは、ミャンマー少数民族の姿をしていた。日本で活躍しているボビー・オロゴンは、その名前からすると「原初の海オロクン」の末裔かもしれない(顔と身体はバントゥー族だが)。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「アラカン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したオロクンは、アフリカを離れ、ミャンマーに入植した。この時、「アラカン族」が生まれた。アラカンの名の由来はオロクンである。オロクン=オラカン=アラカンとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「カウィア族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したアルキュオネウスは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、現カリフォルニア近辺に居を構え、「カウィア族」を称した。カウィアの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルカウィア=カウィアとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「エレクトラ誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したオロクンは、アルキュオネウスから分離し、トレと組んで「エレクトラ」を生んだ。エレクトラの名の由来はオロクンとトレの組み合わせである。オロクン+トレ=オロクトレ=エレクトラとなる。エレクトラはその後、大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「ウリゲン誕生」「オロク族誕生」

 

ミャンマー人の姿をしたアロール族とアラカン族は、東南アジアを離れてシベリアを目指した。彼らの到来を機に、クウォスとチュクウの部族は、シベリアを明け渡してオーストラリアに移る。だが、アロール族とアラカン族は豊かな海産資源に目を奪われ、再び水生生活に入った。その際、シベリア・モンゴルの神である「ウリゲン」と「オロク族」が誕生した。ウリゲン、オロクの名の由来はオロクンである。オロクン=オリゲン=ウリゲンとなり、オロクン=オロクとなる。彼らは、シベリア人の祖となる。
彫りが浅く、目が細く、部品が小さいという特徴を持つ、シベリア人の容姿は、世界中の人々とは異なる印象を持っている、肌が白くとも黒くとも、更に、同じモンゴロイドに分類される東南アジア人、インディアンでさえ彫りが深い。つまり、東アジア人は異端であり、彫りが深い人々の方が人類の主流である。じつは、これがシベリアに達したホモサピエンスが再度、海に入って水生生活をしていた証拠である。低温の海水に対応するため、身体が変化したのだ。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代」

 


■7万年前 「東アジア人(モンゴロイド)誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲン、エルリクは、シベリアを発って中国、朝鮮半島、日本列島に入植した。この時に、中国人、朝鮮人、日本人の姿が生まれた。十和田の縄文人がモンゴル、チベットに移った時、モンゴル人、チベット人が生まれた。つまり、モンゴル人、チベット人は縄文人の面影を残している。

 


■7万年前 「ケタガラン族誕生」「アリクン族誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲンは、台湾に入植した。この時に「ケタガラン族」と「アリクン族」が誕生した。ケタガランの名の由来はエレクトラ、テングリ、カアングの組み合わせであり、アリクンの名の由来はオロクンである。エレクトラ+テングリ+カアング=ケトグリアン=ケタガランとなり、オロクン=オリクン=アリクンとなる。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「心誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。湖水地方に移住したアリクン族は、「心(キン)」を生んだ。心(キン)は「青龍(チンロン)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「参誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。アジスアベベ付近に移住したアリクン族は、「参(カン)」を生んだ。参(カン)は「白虎(ベイフー)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「玄武誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。ケニア付近に移住したアリクン族は、ゼウスと共に「玄武(シュアンウー)」を建設した。シュアンウーの名の由来はアリクンとゼウスの組み合わせである。アリクン+ゼウス=クンウ=クアンウー=シュアンウーとなる。シュアンウーになる前のクアンウーの名はケニアの語源でもある。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代」

 


■3万年前 「ヨロク族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したウリゲンは、故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。水生人として暮らしていたシベリア人は、泳いでベーリング海峡を渡り、徒歩で南アメリカ先端にまで到達した。ウリゲンは、カリフォルニアに入植し「ヨロク族」を残している。ヨロクの名の由来はオロクンである。オロクン=ヨロクン=ヨロクとなる。

 


■3万年前 「アルア族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したカリフォルニアを発ったウリゲンは、当時、文明の最先端を行っていたペルーに立ち寄り、モホス平原に移住した。この時、ウリゲンはアマゾンにアルア族を残した。アルアの名の由来はオロクンである。オロクン=オルアクン=アルアとなる。。アマゾン原住民の姿、生活は、古(いにしえ)のウリゲンの姿、生活を髣髴とさせるものだろう。

 


■1万3千年前 「テングリの大航海時代」

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千年 「エレキシュガル誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加して長江水域に入植し、モンゴルに移住して「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアリクン族は、メソポタミアでメーティス、オーキュロエーと組んで「エレキシュガル」を生んだ。エレキシュガルの名の由来はエレクトラ、メーティス、オーキュロエーの組み合わせである。エレクトラ+メーティス+オーキュロエー=エレクスキュロ=エレキシュガルとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ヨーク誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、単独でブリテン島に入植し、拠点「ヨーク」を入手した。ヨークの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨオク=ヨークとなる。

 


■BC19世紀 「ルカ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、ブリテン島の次に、トゥルシア人と共にイランに入植し、「ルカ人」として海の民に参加した。ルカの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨルカ=ルカとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「アウラック国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したルカ人は、北ベトナムに拠点を移して「アウラック国」を建設した。アウラックの名の由来はオロクンである。オロクン=オウロックン=アウラックとなる。

 


■BC4世紀 「ヒッタイト人の大航海時代」

 


■BC4世紀 「ククルカン誕生」

 

「ヒッタイト人の大航海時代」に参加したオロク族は、メキシコに移住した。日本人の顔をした加賀氏はオロク族と連合して「ククルカン」を祀った。ククルカンの名の由来は、加賀とウリゲンの組み合わせである。加賀+ウリゲン=カガリゲン=ククルカンとなる。

 


■BC3世紀 「オロク族継承」

 

その後、アウラック国がBC3世紀頃に滅ぶと、ルカ人は先祖の故地シベリアを目指し、樺太に入植してマヤに移住した「オロク族」の名を継承した。

 


■BC139年 「ケツァルコアトルの大航海時代」

 


■BC1世紀 「高句麗誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したククルカンは、ケツァルコアトルと共に満州から朝鮮半島に赴いた。ククルカンは、ゼウスの末裔である朱蒙(朱氏)と組んで「高句麗(ゴグリョ)」を建てた。ゴグリョ(高句麗)の名の由来はククルカンである。ククルカン=ゴグリョカン=ゴグリョとなる。古代朝鮮の王国、高句麗と百済はユカタン半島から来たのだ。

 


■AD668年 「高句麗の大移動時代」

 


■AD668年 「ブルガリア誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、西方に移住して「ブルガリア人」を結成する。ブルガリアの名の由来はペレグとゴグリョの組み合わせである。ペレグ+ゴグリョ=ペレグリオ=ブルガリアとなる。

 


■AD668年 「大蔵氏誕生」「大倉氏誕生」「小倉氏誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加しなかったククルカンは朝鮮半島から日本に渡った。ククルカンは、日本人と混合して「大蔵氏」の祖、大蔵広隅を誕生させた。大蔵の名の由来はゴグリョである。ゴグリョ=オグリョ=オーグリョ=大蔵となる。その後、大蔵氏から「大倉氏」「小倉氏」が派生したと考えられる。

 


■AD791年 「ゴプラン家誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、ブルガリア人を生み、アヴァール人(楼蘭)と連合した。彼らは、シャルルマーニュ大帝の進撃を機にシロンスク地方に移住した。楼蘭とククルカンは、2つの連合体を築いた。ククルカンは一部楼蘭と連合して「ゴプラン家」を築いた。ゴプランの名の由来は朝鮮語「高(ゴ)」とアヴァール(楼蘭)の組み合わせである。ゴグリョ+アヴァール=ゴヴァール=ゴヴァラン=ゴプランとなる。

 


■AD791年 「ポーランド王国誕生」

 

ポピエル家はバルト海に移住すると、現地を「ポーランド」と命名した。ポーランドの名の由来はゴプランの土地である。ゴプラン+ランド=ゴプランド=ポーランドとなる。その後、伝説的な君主ピャストが誕生すると、ゴプラン家はモンゴルに帰還している。

 


■AD916年 「高麗誕生」

 

オロク族が主導するゴプラン家は高句麗時代の拠点、朝鮮半島に帰還して「高麗(ゴリョ)」を建てた。高麗(ゴリョ)の名の由来は高句麗(ゴグリョ)である。ゴグリョ=グリョ=ゴリョ(高麗)となる。

 


■AD1048年 「ゴール朝誕生」

 

シロンスク時代に同盟者であった遼が高麗を服属させると、不満を持った一部高麗王家が朝鮮半島を脱してインドに移住した。朝鮮人の顔をした彼らは、現地人と混合し、高麗(ゴリョ)を由来に「ゴール朝」を開いた。ゴール朝は、バングラデシュからインド北部、パンジャブ、アフガンに至る広大な地域を支配下に置いた。

 


■AD1215年 インドから朝鮮半島に帰還

 

AD1108年、ゴール朝はセルジューク・トルコ帝国に服属し、AD1215年にはホラズム・シャー朝によってゴール朝の王位を廃されている。これを機に、インド人の顔をしたゴール王家は高麗に帰還した。

 


■AD1356年 「アヴァ王朝誕生」

 

紅巾軍の猛威、李成桂の登場を機に、高麗の王家は再度、朝鮮半島を脱出してミャンマーに逃れた。AD1364年、タドミンピャが初代王に即位して「アヴァ王朝」が開かれた。アヴァの名の由来はアヴァールである。彼らの祖、柔然(ローラン)が「アヴァール帝国」を簒奪して、ヨーロッパに君臨していた頃の威光に預かろうとしたのだ。

 


■AD1555年 「アヴァ王朝誕生」

 

AD1555年、タウングー朝の侵攻により、アヴァ王朝は滅亡する。これを機に、ミャンマー人の顔をしたアヴァ王家は、李氏朝鮮治世下の朝鮮半島に帰還したと考えられる。

 


■AD1973年 ボビー・オロゴン生誕

 

 

 

 

 


オロクンの歴史(アルキュオネウス)

◆アルキュオネウスの歴史

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「アルキュオネウス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したオロクンは、クウォスと組んで「アルキュオネウス」を生んだ。アルキュオネウスの名の由来はオロクンとクウォスの組み合わせである。オロクン+クウォス=オロクノウォス=アルキュオネウスとなる。

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「カウイア族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したアルキュオネウスは、現カルフォルニアに居を構え、「カウイア族」を生んだ。カウイアの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルカウイアネウス=カウイアとなる。

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■35万年前 「ガイア誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、モンゴルに「ガイア」を生んだ。ガイアの名の由来はカウイア、或いはアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キユオ=カイア=ガイアとなる。ガイアは、地母神として「神統記」に記された。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「アルゲース誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「アルゲース」を生んだ。アルゲースの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオス=アルゲースとなる。その後、アルゲースはキュクロプスに参加した。

 


■30万年前 「天空神ウラヌス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「ウラヌス」を生んだ。ウラヌスの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウス=ウラヌスとなる。

 


■30万年前 「タオカス族誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、台湾に上陸してティケーと連合した。この時に「タオカス族」が生まれた。タオカスの名の由来はティケーとアルゲースの組み合わせである。ティケー+アルゲース=テイゲス=タオカスとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したアルゲースは、エジプトの地に「カイン」を生んだ。カインの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネ=カインとなる。カインは、聖書にアダムの子、アベル、セツの兄弟として記されている。

 


■7万年前 「カイナン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したアルゲースは、エジプトの地に「カイナン」を生んだ。カイナンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネン=カイナンとなる。カイナンは、聖書にエノスの子として記されている。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「国之常立神誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。彼らは、ティケー、テテュスと組んで「クニノトコタチ」を生んだ。クニノトコタチの名の由来はアルキュオネウス、ティケー、テテュスの組み合わせである。アルキュオネウス+ティケー+テテュス=キュオネテイケテテ=クニノトコタチとなる。

 


■4万年前 「天児屋命誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。彼らは、イマナと混合して「アメノコヤネ」を生んだ。アメノコヤネの名の由来はイマナとアルキュオネウスの組み合わせである。イマナ+アルキュオネウス=イマナキュオネ=アメノコヤネとなる。

 


■4万年前 「金山毘古神誕生」「金山毘売神誕生」「思金神誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。アルキュオネウスは、ニャメと混合して「金山毘古神」「金山毘売神」「思金神」を生んだ。カナヤマ、オモイカネの名の由来はアルキュオネウスとニャメの組み合わせである。アルキュオネウス+ニャメ=キュオネヤメ=カナヤマとなり、ニャメ+アルキュオネウス=ヤメキュオネ=オモイカネとなる。

 


■4万年前 「トバルカイン誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。アルキュオネウスは、テュポンと組んで「トバルカイン」を生んだ。トbルカインの名の由来はテュポントアルキュオネウスの組み合わせである。テュポン+アルキュオネウス=テュポアルキュオネ=タパルキュオン=トバルカインとなる。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」

 


■3万年前 「パタゴン人誕生」

 

「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」に参加したアルキュオネウスは、ポリュポーテースと共にペルーに移住し、そこからパタゴニアに移住した。この時に「パタゴン人」が生まれた。彼らは身長が4m近くある巨人の種族として白人の大航海時代の際に報告されたが、実際にはポリュポーテースとアルキュオネウスの子孫だった。ポリュポーテース+アルキュオネウス=ポーテキュオネ=ポテキオン=パタゴンとなる。

 


■1万3千年前 「台湾人の大航海時代」

 


■1万3千年前 「クンユ誕生」「キアンユン誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したアルキュオネウスは、「神武天皇の大航海時代」の参加メンバーと共に、モンゴルに「クンユ」「キアンユン」と呼ばれた国を築いた。クンユ、キアンユンの名の由来はいずれもアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネウ=クンユ、アルキュオネウス=キュオネウ=キアンユンとなる。北方からは、凍りついた故地を逃れたホモサピエンスの部族が「犬戎」「山戎」を築いていた。
アルキュオネウスと連合したティアマトたちは、後に、天孫族が築くイェマックの王統とは異なる天皇家の王統を築いた。神武天皇から始まり、垂仁天皇に終わる系譜は「クンユ」「キャンユン」時代に生きた天皇家の系譜である。彼らの御名は、みな獣人、オケアーニス、河の種族、ティアマトに纏わる名前で構成されている。御名によれば、孝霊天皇、孝元天皇、開化天皇、垂仁天皇は河の種族の血筋に属している。

 


■1万千5百年 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千2百年 「ギルガメシュ誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアルゲースは、メソポタミアに移住した。アルゲース(タオカス族)は、マサイ族と連合し、「ギルガメシュ」を生んだ。ギルガメシュの名の由来はアルゲースとマサイの組み合わせである。アルゲース+マサイ=アルゲマサイ=アルゲマシャ=ギルガメシュとなる。

 


■BC7千2百年 「ウルク誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアルゲースは、シュメール都市国家「ウルク」を築いた。ウルクの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュ=ウルクとなる。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したアルゲースは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオネ=キュオネン=カナンとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ」

 


■BC32世紀 「ガネーシャ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、インドに移ったアルゲースは、象の頭部を持った神「ガネーシャ」を生んだ。ガネーシャの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネウシャ=ガネーシャとなる。

 


■BC1027年 アルジュナ生誕

 

ガネーシャは、マハーバーラタ戦争の英雄「アルジュナ」を生んだ。アルジュナの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオネ=アルギュオネ=アルジュナとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC336年 アレクサンドロス、マケドニア王に即位 「アレクサンドロス大王誕生」

 

アルジュナの子孫はパンジャブからヨーロッパに移住し、マケドニア王家に接近してアレクサンドロス大王を生んでいる。アレクサンドロスの名の由来はアルゲースとマイマンドロスの組み合わせである。アルゲース+マイアンドロス=アルゲースアンドロス=アレクサンドロスとなる。

 


■BC45年 カエサル、インペラトルの称号を得る

 

ローマ共和国がマケドニア王国と戦火を散らした際、アレクサンドロスの子孫がローマに移住した。彼らは、ユリウス家に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に「カエサル」が生まれた。カエサルの名の由来はアルゲースとエウリュトスの組み合わせである。アルゲース+エウリュトス=ゲースエウリュ=カエサルとなる。

 


■BC27年 アウグストゥス、初代ローマ皇帝に即位 「ローマ帝国誕生」

 

カエサルを生んだアルゲースとエウリュトスは、そのままローマに「アウグストゥス」を生んだ。アウグストゥスの名の由来はカエサルと同じく、アルゲーストエウリュトスの組み合わせである。アルゲース+エウリュトス=アルゲーストス=アウゲストス=アウグストゥスとなる。アウグストゥスとカエサルは親戚として知られているが、両者は、獣人アルゲースと獣人エウリュトスの血統だったのだ。

 


■AD1804年 ナポレオン1世、帝政フランス初代皇帝に即位 「フランス帝国誕生」

 

アウグストゥスの子孫はヨーロッパに潜伏していたが、AD18世紀になり、コルシカ島を治めていたポナパルト家に接近し、自身の血統を打ち立てた。この時に「ナポレオン」が生まれた。ナポレオンの名の由来はアルゲースの祖先アルキュオネウスと獣人ポルピュリオーンの組み合わせである。アルキュオネウス+ポルピュリオーン=ネウピュリオーン=ナポレオンとなる。
ナポレオン・ポナパルトは英雄時代に於ける最後の英雄であった。ただ、彼はフランス・クリュニー会が悪の元凶であることを見抜けなかった。ナポレオンはロベスピエールらが追放したクリュニー会をわざわざ呼び戻し、権限を復活させてやっている。そのため、フランス・クリュニー会は、当然のように恩を仇で返し、ドミニコ会、聖公会と共謀して皇帝ナポレオンを失墜させた。

 


■AD1852年 ナポレオン3世、第2帝政フランス初代皇帝に即位 「第2フランス帝国誕生」

 

ナポレオン3世はフランス・クリュニー会の術中にはまり、ベトナム侵略を実行している。しかし、ドミニコ会が指揮する第3共和制が実験を握ると、ナポレオン3世は失脚し、フランス・クリュニー会はバイエルンに移住した。フランス・クリュニー会は、バイエルン・クリュニー会として「ナチス帝国」の基盤を形成する。

 

 

 

◆元(アルキュオネウス)の歴史

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■35万年前 「ガイア誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、モンゴルに「ガイア」を生んだ。ガイアの名の由来はカウイア、或いはアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キユオ=カイア=ガイアとなる。ガイアは、地母神として「神統記」に記された。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■20万年前 タナトスを皆殺しに

 

知能によって自然淘汰を免れたできそこないの王タナトスは、虹蛇信仰に対抗してタネ崇拝を創り上げ、大量のできそこないを信者として獲得し、ウソを真実に作り変えた。タナトスの信者たちは悪を正義と呼び、正義を悪と呼んで攻撃した、自然界では出来損ないの方が多く生まれることに気づいたタナトスは、数で圧倒する形で少数派の知性を貶めた。彼らは真の王を退け、人類の美徳をゆがめた。これに激怒した正しき者たちはタナトスを皆殺しにし、残党はヨーロッパに流すことを決定した。

 


■20万年前 「ガイアの大移動時代」

 


■20万年前 「アカイア人誕生」

 

「ガイアの大移動時代」に参加したガイアは、中央アジアにタナトスを連行し、島流しに処した。その後、エーゲ海を訪れたガイアは、金髪・碧眼の白人であるエーゲ人と混合した。この時に「アカイア人」が生まれた。アカイアの名の由来はキブウカとガイアの組み合わせである。キブウカ+ガイア=ウカイア=アカイアとなる。

 


■20万年前 「聖地デルポイ」

 

金髪・碧眼・白人の姿をしたオケアーニスに属するテレストーとペイトーが共同でデルポイを築いた。国家と言っても村落の集合体に過ぎなかった。ガイアが地母神として聖地デルポイに祀られ、オケアーニスに属するペイトーが「守護蛇ピュトン」としてデルポイを守護した。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「海洋神オケアーノス誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、アカイア人と連合体を組んだ。この時に「海洋神オケアーノス」が生まれた。オケアーノスの名の由来はアカイアとウラヌスの組み合わせである。アカイア+ウラヌス=アカイアヌス=アカイアーヌス=オケアーノスとなる。その後、オケアーノスはティタン神俗に参加している。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したオケアーノスは、エジプトの地に「カイン」を生んだ。カインの名の由来はオケアーノスである。オケアーノス=ケアノ=ケアン=カインとなる。カインは、聖書にアダムの子、アベル、セツの兄弟として記されている。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「奎誕生」「西方白虎誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したガイアは、現キンシャサに入植し「奎(グイ)」を生み、同盟者と共に「西方白虎(ベイフー)」を建設した。グイの名の由来はガイアである。ガイア=グイア=グイとなる。

 


■4万年前 「鬼誕生」「南方朱雀誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したガイアは、現スワジに入植し「鬼(グイ)」を生み、同盟者と共に「南方朱雀(ツークエ)」を建設した。グイの名の由来はガイアである。ガイア=グイア=グイとなる。

 


■4万年前 カイン、アベルを殺す

 

聖書にはカインがアベルを殺す記述があるが、これは実際には、クロノス打倒を拒否したカイン(アルキュオネウス)がアベル(エピアルテース)と交戦したものである。これにより、カインは「ノドの地(メラネシア~オセアニア海域)」に流されている。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「カイン族誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したアベルは、オリンポス神族に参加しなかったカインを責め、過去の交戦を持ち出し、責めた。その後、アベルは非を認めたカインを連れてノドの地(メラネシア~オセアニア海域)を目指した。「ノドの地」とは、タナトスの勢力圏を意味する。現ミャンマーに放置されたカインは、そのまま「カイン族」となる。

 


■4万年前 「エンリル(前身)誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したアベルは、シベリアまで行ったが、ミャンマーに戻り、カイン族を拾って、再度、エジプトに帰還した。アベルは、エノス、カイナン、ヤレド、エノク、メトセラにギリシア侵攻の重要性を説き、クロノス打倒の協力を得ようと動いた。この時に、カイン族はマハラレルと連合して「エンリル」を生んでいる。エンリルの名の由来はカインとマハラエルの組み合わせである。カイン+マハラレル=インレル=エンリルとなる。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代」

 


■BC7千2百年 「エンリル誕生」

 

「ヘリオポリスの大移動時代」に参加したエンリルは、メソポタmニアに移住し、そのまま神々の集団アヌンナキに参加した。

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「ガイン族誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したエンリルは、パプアニューギニアに移住した。この時に「ガイン族」が生まれた。ガインの名の由来はカインである。

 


■BC248年 「出雲国の大航海時代」

 


■BC248年 「甲斐氏誕生」

 

「出雲国の大航海時代」に参加したカイン族は、一行と共にインドに行き、そこから引き返して日本に移住した。カイン族は、「甲斐氏」を称した。甲斐の名の由来はカインである。

 


■BC248年 「カイ誕生」

 

「出雲国の大航海時代」に参加した甲斐氏は、安曇氏と共にモンゴルに到達した。安曇氏、甲斐氏の両者は、後に登場する「オグズ24氏族」に参加することになる。その時、甲斐氏は「カイ」を称した。カイの名の由来は甲斐である。

 


■BC139年 「ケツァルコアトルの大航海時代」

 


■BC139年 「阮氏誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したガイン族は、パプアからベトナムに移住した。この時に「阮氏(グエン)」が生まれた。グエンの名の由来はガインである。ガイン=ガエン=グエンとなる。この後、阮氏(グエン)は中国に移って元氏(ユェン)となる。

 


■AD471年 「鮮卑の大航海時代」

 


■AD471年 「カイト誕生」

 

「鮮卑の大航海時代」に参加したカイは、托跋部、慕容部、乞伏部、段部、宇文部と共にブリテン島に移住した。カイは、更に歩を東に進めてスコットランドにまで足を伸ばした。甲斐氏はピクト人の共同体に参加し、「カイト」を称した。カイトの名の由来は「甲斐の人」である。

 


■AD471年 慕容部、ピクトランドに入植

 

「鮮卑の大航海時代」に参加した慕容部は、ピクトランドに入植した。彼らは、そこで「鮮卑の大航海時代」の同盟者であるカイトと連合を組んだ。

 


■AD662年 「元氏誕生」

 

唐による範図拡大と共に北ベトナムが支配下に置かれると、阮氏はベトナムから中国に移住した。彼らは「元氏(ユェン)」を称した。元の名の由来は阮である。ただ、読みがグエンからユェンに変わった。

 


■AD814年 円珍生誕 「寺門派誕生」「山王信仰誕生」「日吉大社誕生」「猿神誕生」

 

AD814年に誕生した円珍は、元氏の子孫である。円(ユェン)の名の由来は元(ユェン)である。中国で仏教を学んだ円珍、円仁は日本に移住して天台宗を簒奪した。円珍は「寺門派」を築くが、一方で「山王信仰」を興し、「猿神」を祀り「日吉大社」を創建した。円珍は、オリジナリティに拘り、由来をインドに求めた。円珍は、ヤマ神に因んで「山王信仰」を、猿王ヴァーリンに因んで「猿神」を日吉神社に祀った。
日吉(ひよし)の名の由来はヴァイシュラーヴァナである。また日吉は「日枝(ひえ)」と呼ばれることもあるが、「ひえ」の名の由来もヴァイシュラーヴァナである。ヴァイシュラーヴァナ=ヴァイシュ=日吉(ひよし)となり、ヴァイシュラーヴァナ=ヴァイ=日吉(ひえい)となる。

 


■AD1115年 中国からモンゴルに移住

 

金朝が宋を圧倒し、中国北部を支配下に置くと、元氏は中国からモンゴルに移住した。

 


■AD1195年 「マリーン王朝誕生」

 

ヴァイキング時代、慕容部は、カイトと共にピクトランドを発ち、モロッコに入植した。彼らは、「マリーン朝」を開いた。マリーンの名の由来は、慕容部(ムーロン)である。ムーロン=マーロン=マーリンとなる。AD1463年、ポルトガル王国がカサブランカを占領すると、7年後にマリーン朝は滅んだ。

 


■AD1215年 フビライ生誕

 

元氏はトルイ夫人ソルコクタニ・ベキに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に、フビライが誕生した。フビライの名の由来はヘブライである。ソルコクタニ・ベキは、ネストリウス派の信者だったため、ヘブライ人の名と彼らが誰かという知識を持っていたと考えられる。後に、モンケ、アリクブケなどフビライの兄弟がフビライに対して蜂起するが、これは彼らが真の兄弟ではないこと、異父兄弟であることを示している。

 


■AD1235年 スンジャータ・ケイタ、初代帝王に即位 「マリ帝国誕生」

 

AD1224年、アルモハード帝国が崩壊し、タナトス一族によるグラナダ王国が建つと、マリーン朝の残党は南下し、ガーナ王国に移住した。その後、スンジャータ・ケイタが帝王に即位し、「マリ帝国」が建てられた。マリの名の由来はマリーンであり、ケイタの名の由来はカイトである。カイト=ケイト=ケイタとなる。

 


■AD1271年 「大元帝国誕生」

 

フビライは国号を「大元」に定めた。大元の名の由来は「偉大な元氏」を意味している。フビライはカラコルムを首都に、東は中国、南は雲南、北はロシア、西はイラン、ハンガリーまでを支配下に治めた。フビライは、元氏の故地中国を治め、阮氏の故地を治めるべくベトナムに侵攻し、ガイン族の故地ニューギニアを治めようとマジャパヒト王国に侵攻し、カイン族の故地を治めようとミャンマーにも侵攻した。

 


■AD1368年 「北元誕生」

 

朱元璋が明皇帝を称して中国全土を掌握すると、これを機に、フビライの一族は大都を離れてカラコルムに撤退した。彼らはここに「北元」を築いた。

 


■AD1391年 「阮氏復活」

 

AD1391年、フビライの一族は、ハルハ部に北元の王位を簒奪されてしまう。これを機に、元氏はモンゴルからベトナムに帰還して阮氏を復活させている。

 


■AD1548年 「大本氏誕生」

 

日本を脱出した伊達稙宗(タイスン・ハーン)の一族は、北元でフビライの血統を退けて北元の王位を簒奪したが、同じようにベトナムに移住して阮氏の名を簒奪した。これを機に、正統な阮氏は日本へと旅立った。阮氏は、瀬戸内海に立ち寄って「大本」の名を生んだ。大本の名の由来は大元である。大元(ダーユェン)=大元(おおもと)=大本となる。筆者の母方は大本姓だが、母方の家族は、みな、モンゴル人のような顔をしている。

 


■AD1571年 「コーエン誕生」

 

織田信長による延暦寺焼き討ちが起きると、円珍の残党は瀬戸内海に逃げ、大本氏と共に戦国時代の日本を脱出した。太平洋を横断し、マヤを経た彼らはアイルランドに移住した。大本氏はアイルランドに「コーエン」の名を生んだ。コーエンの名の由来は阮(グエン)である。グエン=グーエン=コーエンとなる。一方、円珍の残党(山王信仰、日吉神社)は、イギリス人と交わった。この時に、後に「KKK」を結成する人々が生まれた。

 


■AD1865年 「K・K・K(クー・クラックス・クラン)誕生」

 

時は、血の法典時代の大英帝国である。円珍の残党は、あまりの過酷さにイギリスを逃げ出し、19世紀のアメリカに移民した。山王神道・日吉神社の末裔は、1865年に悪名高い秘密結社をアメリカに結成した。それが「クー・クラックス・クラン」である。当初、彼らはクーベラ、ラクシャサ、ランカーを組み合わせた名前を考え出した。略式名称はK・L・Lである。
しかし、K・L・Lではしまらないので、響きが良い「K・K・K」の略式名称を確定した上で、ラクシャサ、ランカーの頭にKを加えた。Kラクシャサ、Kランカーとなる。次に、クーベラ、クラクシャサ、クランカーを省略してクー(ベラ)・クラックス(ャサ)・クラン(カー)とした。しっかりと自身の出自、先祖が誰であるかをアピールしつつ、その上、謎めいているK・K・K(クー・クラックス・クラン)の名は響きもよく、秘密結社には最高の名前だ。つまり、K・K・Kの正体は、比叡山で「山王信仰」を説き、「日吉神社」を築いた円珍の末裔である。
K・K・Kは、黒人のリンチなどで悪名を轟かせたが、実際にリンチの指揮したのはタナトスのキリスト教である。K・K・Kの団員にはキリスト教信者が大勢いたが、彼らはK・K・Kに席を置きながらタナトスの指示を受けた。凄惨な黒人のリンチ殺人は、K・K・Kに汚名を着せることが目的であった。つまり、タナトスはK・K・Kの勢力を非常に恐れていたのだ。

 


■AD1934年 レナード・コーエン生誕

 


■AD1938年 ラリー・コーエン生誕

 


■AD1942年 ロバート・クイン生誕 「リチャード・ヘル&ヴォイドイズ誕生」

 


■AD1946年 レニー・ケイ生誕 「パティ・スミス・グループ誕生」

 


■AD1947年 スティーブン&ティモシー・クエイ生誕 「ブラザーズ・クエイ誕生」

 


■AD1953年 甲斐よしひろ生誕 「甲斐バンド誕生」

 


■AD1954年 ジョエル・コーエン生誕

 

 

 

◆カイナン(アルキュオネウス)の歴史

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイナン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したオケアーノスは、エジプトの地に「カイナン」を生んだ。カイナンの名の由来はオケアーノスである。オケアーノス=ケアーノ=ケアノン=カイナンとなる。カイナンは、聖書にエノスの子として記されている。

 


■7万年前 「原初の神ヌン誕生」

 

カイナンは「原初の神ヌン」をエジプト祀っている。ヌンの名の由来はカイナンである。カイナン=カイヌン=ヌンとなる。エジプト原初の神は、実際にはアドメテーが生んだ「太陽神アトゥム」であるが、カイナンはアドメテーの影響力を削ぐため、原初の神を名乗った。つまり、原初の神は、実際には新参者であることが多い。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代」

 


■1万3千年前 「金星の女神イナンナ誕生」

 

「ヘリオポリスの大移動時代」に参加したカイナンは、メソポタミアの地に金星の女神「イナンナ」を祀った。イナンナの名の由来はカイナンである。カイナン=カイナンナ=イナンナとなる。イシンの守護神「イナンナ」は、後に河川の種族イストロスがシュメールに導入した「イシュタル」と習合した。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したカイナンは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はカイナンである。カイナン=カエナン=カナンとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ」

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート時代」

 


■BC32世紀 「海南島誕生」

 

「第2次北極海ルート時代」に参加したカイナンは、北極海絵お抜けると、東アジアを南下し、「海南島」に上陸した。この時、この島は、初めて「海南島(ハイナン)」と命名された。ハイナンの名の由来はカイナンである。ハ行はカ行を兼ねる法則により、カイナンがハイナンと読まれた。

 


■AD68年 「扶南国誕生」

 

王氏の「新」が台頭して「前漢」が滅ぶと、一部劉氏は海南島に赴き、古の神農の子孫であるチワン族と連合した。劉氏とチワンの連合体はカンボジアに上陸して扶南国を築いた。扶南の名の由来は海南(ハイナン)である。

 


■AD550年 「ベナン人誕生」

 

扶南国の滅亡を機に、扶南人(チワン族+劉氏)はインド洋を超えて、喜望峰を周航し、遠く大西洋側に進出してニジェールに上陸した。東南アジア人の顔をした彼らは、現地人と混合して「ベナン人」「フォン人」を形成した。ベナンの名の由来は扶南であり、フォンの名の由来はルーベン(劉氏の祖)である。扶南=ブナン=ベナンとなる。

 


■AD6世紀 「ハニャディ家誕生」

 

また、ベナン人はナイジェリアからパンノニアに移り、「ハニャディ家」を誕生させている。ハニャディの名の由来はベナンとドナウの組み合わせである。ベナン+ドナウ=ベニャド=ハニャディとなる。

 


■AD6世紀 「トランシルヴァニア誕生」

 

黒人の姿をしたハニャディ家は、トランシルヴァニアに入植する。トランシルヴァニアの名の由来はアトランティス南方(アフリカ大西洋岸)から来たハニャディである。アトランティス+スール(南)+ハニャディ=トランスールハニャ=トランシルヴァニアとなる。トランシルヴァニアの名はアフリカ由来なのだ。ハニャディ家からはトランシルヴァニア公、ハンガリー王、ボヘミア王、オーストリア伯が輩出された。

 


■AD1067年 「カネム帝国誕生」

 

その後、ベナン人はチャド湖方面に至って、AD1067年に「カネム帝国」を建てた。カネムの名の由来はカナンである。カナン=カネヌ=カネムとなる。カネム帝国は、インドネシアと東アフリカを頻繁に往来していたフラニ族が築いた「ボルヌ帝国」と連合していた。

 


■AD1946年 ダン・オバノン生誕

 

この系統からは、ロックミュージシャンのアリス・クーパー(ヴィンセント・ファニア)、格闘家ヴァンダレイ・シウバ、映画監督ダン・オバノン、第4代ベナン大統領ヤイ・ボニなどが輩出されている。ファニア、シウバ(Silva)の名の由来はトランシルヴァニアであり、オバノン(O’Bannon)、ボニの名の由来はベナンである。

 


■AD1948年 ヴィンセント・ファニア生誕 「アリス・クーパー誕生」

 


■AD19年 ヴァンダレイ・シウバ生誕

 

 


◆夏(アルキュオネウス)の歴史

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したカイナンは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はカイナンである。カイナン=カエナン=カナンとなる。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「月の神ナンナ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したカナンは、メソポタミアに移住した。彼らは、「月の神ナンナ」を祀った。ナンナの名の由来はカナンである。カナン=カナンナ=ナンナとなる。

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「神農誕生」

 

「第1次北極海ルート時代」に参加したカナンは、ジェンギと組んで「神農(シェンノン)」を生んだ。神農(シェンノン)の名の由来はジェンギとカナンの組み合わせである。ジェンギ+カナン=ジェンナン=シェンノンとなる。

 


■BC5千年 「夏誕生」

 

「第1次北極海ルート」を経て古代中国に根付き、「神農(シェンノン)」を祀っていたカナンは、中国伝説上の王朝「夏(キア)」を開く。夏(キア)の名の由来はカイナンである。カイナン=キャイナン=キアとなる。「聖書」に記されているカナンとは、夏時代の中国のことである。

 


■BC1400年 「農家誕生」

 

夏が滅ぶと、神農は2手に分かれて行動した。一部は後に諸子百家を構成する「農家」を興し、一部は古代中国を離れて海南島(ハイナン)に落ち着いた。農家の名の由来は神農であり、海南島の名の由来はカイナンである。

 


■AD189年 「公孫氏誕生」

 

現カンボジアから遼東半島に移住したチワン族は、月氏と組んで「公孫(ゴンスン)氏」を生んだ。公孫の名の由来はカナンとシャンの組み合わせである。カナン+シャン=カナシャン=カンシャン=ゴンスンとなる。公孫度は、後漢により遼東太守に任命され、その後、独立した。公孫淵は魏王に上洛を求められるが、反旗を翻して「燕王」を称した。だが、一族が処刑されると公孫淵は「大和人の大航海時代」に参加してブリテン島に渡った。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「サマーズ誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した神農は、現地人と混合して「サマーズ」を称した。サマーズの名の由来は夏である。この系統からは、「ポリス」のアンディ・サマーズが輩出されている。

 


■AD3世紀 「ファーマー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した農家は、現地人と混合して「ファーマー」を称した。ファーマーの名の由来は農家である。この系統からは、タナトスに人生を破壊された女優フランシス・ファーマーが輩出されている。

 


■AD3世紀 「バウアー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した農家は、一部が単独でヨーロッパに渡り、ドイツ周辺に入植した。彼らは農家の名に因んで農民を意味する「バウアー」を称した。バウアーは、後に「ロスチャイルド家」を生む母体となる。

 


■AD3世紀 「ロード誕生」「ヘルツォーク誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した公孫氏は、ブリテン島に上陸し、イギリス人と混合して「ロード」の名を生んだ。また、一部はヨーロッパに移住し「ヘルツォーク」の名を生んだ。どちらの名も「公孫氏」に因んでいる。

 


■AD12世紀 フラールド2世、ブルターニュ半島からイングランドに移住

 

スチュアート氏の祖とされるフラールドの名の由来は「ブルターニュのロード」である。ブルターニュ+ロールド=ブロールド=フラールドとなる。フラールド2世は、イングランドに再上陸してからは「フィッツ・アラン」なる名をしばらく使用していた。その後、ウォルター・フィッツ・アランが「アサル朝」王室執事長に就任すると「スチュアート」を称した。スチュアートの語源は執事であるが、「公孫」にも因んでいる。

 


■AD1371年 ロバート2世、スコットランド王に即位 「スチュアート朝誕生」

 

AD1371年、ロバート2世がスコットランドに「スチュアート朝」を開き、

 


■AD1603年 ジェームズ1世、イングランド王に即位 「スチュアート朝誕生」

 

AD1603年にジェームズ1世がイングランド王位・アイルランド王位を継承してブリテン諸島を統一した。

 


■AD1908年 ジェームス・スチュアート生誕

 


■AD1939年 ジョン・ロード生誕 「ディープ・パープル誕生」

 


■AD1942年 ヴェルナー・ヘルツォーク生誕

 


■AD1945年 ロッド・スチュアート生誕

 


■AD1952年 デイヴ・スチュアート生誕 「ユーリズミックス誕生」

 


■AD1960年 マーク・スチュアート生誕 「ポップ・グループ誕生」

 

 

 

◆トバルカイン(オロクン)の歴史

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」

 


■3万年前 「トバルカイン誕生」

 

「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」に参加したテュポン(天香語山命)は、天津神の同僚であるアルキュオネウス(天之御中主神など)と共に「トバルカイン」を生んだ。トバルカインの名の由来はテュポンとアルキュオネウスの組み合わせである。テュポン+アルキュオネウス=テュポアルキュオネ=タパルキュオン=トバルカインとなる。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「テワ族誕生」「ティワ族誕生」「トワ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、コロラド流域残留を決めた。彼らは現地人と混合して「テワ族」「ティワ族」「トワ族」など、後にプエブロ族に数えられる部族を生んでいる。トバルカイン=トワルカイン=トワ=テワ=ティワと変遷が加えられている。

 


■3万年前 「ルカイ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、台湾に移住した後、「ルカイ族」を生んだ。ルカイの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=ルカイン=ルカイとなる。

 


■3万年前 「ラガイン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、台湾に移住した後、ミャンマーに上陸して「ラガイン族」を生んだ。ラガインの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=ルカイン=ラガインとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「五官王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加して火星に移住したアルキュオネウスは、十王に属する「五官王(ウーグアン)」を築いた。ウーグアンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アーキュオン=ウーグアンとなる。アルキュオネウスは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■1万5千年前 「科学の種族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したトバルカインは、南極に移住してエラド、マハラエルと共に「科学の種族」を組んだ。この3者は、所謂「宇宙人(UFOに乗る人)」として知られている。

 


■1万3千年前 科学の種族、核兵器を開発

 


■1万3千年前 「アトランティス滅亡」

 

この頃、科学の種族は核爆弾を開発したが、当時、ゼウスがその一報を聞いて喜んだ。古代ギリシア・アトランティス王国(オーストラリア南)では、ディオニュソスが「エレウシス密儀」を布教する際、「入信しなければ殺す」と多くの人々を脅し、大量の信者を獲得していた。大量の信者獲得は、発言力の増大と共に、そのまま信者の離反防止につながる。そのため、タナトスの宗教は大量の信者の獲得を命題としている。
ディオニュソスは、その大量の信者たちをアトランティスのインフラ全般に送り込んで、これを掌握した。タナトスの発想では、王にならずとも、人民の生活を支配すれば、優れた王にも勝てるのだ。インフラ掌握により、ディオニュソスが何をしても人々は怒ることも暴れることも弾劾することなく、怒りを飲み込んで幸福を演じていた。人々は、悪と戦って自由を得るのではなく、自由と生活を保障してもらうために、戦いを放棄し、悪に服従していたのだ。本能・感受性・意志の放棄は、非常な罪である。
ディオニュソスの非人間じみた圧制により、多くの人々が苦しんでいた。国民は「幸福な国の国民」を演じさせられていたのだ。抑圧的な生活により、精神疾患が蔓延した。だが、精神疾患患者はディオニュソスの命を受けた信者たちよってことごとく排除されてしまった。なぜなら、幸福な国で精神疾患を患うということは、国家がウソをついている証だからだ。ギリシア神話では、ポセイドンとアテネが対立する説話が紹介されている。これは、ディオニュソスが簒奪したポセイドンの国アトランティスとアテネが君臨していた時代の古代ギリシアとの対立を意味している。
「太陽神アポロン」を祀っていたアベラム族や全能の神ゼウスも、このことを憂慮していたが、数で圧倒するディオニュソスには対抗できなかった。そこへ、科学の種族が核兵器を開発した。ゼウスは、ディオニュソスと彼らに追随する人々を皆殺しにするために、科学の種族に核兵器の使用を要請した。人喰い人種を嫌悪していた科学の種族はこれを快く承諾した。これにより、ディオニュソスが簒奪したアトランティスは滅亡した。オーストラリア南部には、テクタイトが散乱しているが、これは当地にアトランティスの都市が存在していたことを意味している。

 


■1万3千年前 科学の種族、南極大陸の北方引き上げを計画

 

虚言症を患うタナトスと共存することは不可能だと考えていた科学の種族(エラド、マハラエル、トバルカイン)は、旧世界から切り離された南極大陸の立地条件を高評価していた。そして、彼らは、半分凍結している南極大陸を有効活用すべく、核兵器で地軸を動かして南極をもっと北方に引き上げようという計画を立てた。だが、これに懸念を示したのはノア、セム、ハム、ヤペテ、メトセラ、レメク、エノス、エノク、そして一部エラド、一部マハラエル、一部トバルカインの面々であった。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「科学の種族の大移動時代」

 


■1万3千年前 科学の種族がスコットランドに移住

 

「科学の種族の大移動時代」に参加したエラド一行は、文明継承を胸に原動機付きの船舶、或いは飛行機でペルーやスコットランドに移住した。文明継承組のエラド、マハラエル、トバルカインは、いわゆる「宇宙人」の祖である。彼らは、このスコットランドに建てた基地にてUFOを発明し、科学の種族として科学文明を深化させたと考えられる。
一方、エラド、マハラエル、トバルカインは、飛行機で世界中を巡って「文明放棄」を選んだ兄弟たちの足取りを追跡した。そして、罪滅ぼしとして、影ながら援助していたものと考えられる。ただ、お互いが兄弟であることを忘れた人々と接触するのは文明継承組にとって容易ではなかった。
想像力が乏しい人物と接触すると、怖がられ、化け物扱いされ、畏怖されるに過ぎないからだ。文明継承組が文明放棄組と接触を図る際の基本、それは、アブラハム、ロト、モーセ、千利休、アダムスキーなど、卓越した想像力を持つ人物との接触であり、その限定であった。また、UFOが発明されるまで、彼らはナスカに飛行機の離着陸基地を造って利用した。それが「ナスカの地上絵」と何らかの関係を持っているし、ジェット機を模した黄金製の遺物は、実際に文明継承組が使用していたジェット機をかたどった品物である。

 


■1万3千年前 「ヴィマーナ誕生」

 

ヴィマナ(UFO)の開発には科学の種族だけでなく、ハムの一族が加わった。それは、ヴィマーナの名前でわかる。ヴィマーナの名前とハムの名前は成立過程が同じなのだ。ハムとヴィマーナの名は、新水生人ヴィディエとイマナの組み合わせである。ヴィディエ+イマナ=ヴィマナ=ヴィマーナとなる。

 


■BC5千年 「タップ・エノス誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」にした参加したエノスは、タップ・オノスの基地に科学の種族トバルカインを訪ねて、初めて「タップ・オノス(トバルカイン+エノス)」の名が誕生した。トバルカイン+エノス=トバ+エノス=タップ・オノスとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「竜飛岬誕生」「桃花源誕生」「エイ州誕生」

 

「トロイア戦争」と「マー・トゥーレスの戦い」の末期、劣勢のダーナ神族がタップオノスの基地に侵入すると、トバルカインは有無を言わさず、優れた科学文明の痕跡を、基地ごと核兵器で溶かした。悪による科学の簒奪は、禁忌なのだ。その後、タップオノスを離れたトバルカインは、出羽国にいる兄弟を訪ねて津軽半島にUFOで降り立った。
彼らは着陸した土地を「竜飛岬」と呼んだ。竜飛(たっぴ)の名の由来はタップである。竜飛岬は「桃花源(タオファ)」とも呼ばれた。タオファの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=タオファルカイン=タオファとなる。更に、白神山地は仙人が住む神山のひとつ「エイ州(インチュウ)」と呼ばれた。インチュウの名の由来はオロクンとカゾオバの組み合わせである。オロクン+カゾオバ=ウンゾオ=インチュウとなる。

 


■BC5千年 「崑崙山瑤池宮誕生」「龍宮水府誕生」

 

オロクンのトバルカインは、竜飛岬を拠点に、テーバイ王国が建つアフリカに移住した。湖水地方に入植した彼らは、ビクトリア湖に「龍宮水府(ロングン)」を築き、キリマンジャロに「崑崙山瑤池宮(クンルンシャンヤオチゴン)」を築いた。ロングンとクンルンの名の由来はオロクンとオロルンの組み合わせである。オロルン+オロクン=ルンクン=ロングン(龍宮)となり、オロクン+オロルン=クンルン(崑崙)となる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「ダヴィデ朝誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加した十和田人は、夏時代の中国に渡り、そこから現チベットに移った。十和田人はここに「ダヴィデ朝」を築いた。ダヴィデの名の由来は十和田である。十和田=トヴァタ=トヴァダ=ダヴィデとなる。ダヴィデ王とは、十和田の縄文人の首長のことである。チベット人が日本人に似ているのは、この時の大移動時代の縄文人の大量移住によるものである。また、ツォボット(チベット)の名もダヴィデ、或いは十和田が由来となっている。十和田=トヴァッダ=ツォボット=チベットとなる。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「タバル誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したトバルカインは、タナトスとの抗争、核兵器による人々の殺戮に精神的に疲れ、科学を放棄した。放棄した科学はチュクウのトバルカインが継承した。アナトリアに住んだトバルカインは「タバル」を築いた。タバルの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=タバルカイン=タバルとなる。

 


■BC2134年 「テーベ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」の事件が起きた際、タバルの人々はカッパドキア遺跡に身を潜めていた。その後、彼らは「太陽神アメン」の王統のエジプト行きに同行した。両者は、ナイル上流域に移住し、神官都市「テーベ」を建設した。テーベの名の由来はタバルである。タバル=ターバル=テーベとなる。

 


■BC2134年 「エジプト第11王朝樹立」

 

太陽神アメンは、トバルカインと共に「エジプト第11王朝」を開き、人喰い人種スキタイ人の「エジプト第10王朝」と対立した。彼らは、この対決に勝利し、エジプトを再統一した。その時のファラオは、第11王朝のメンチュヘテプ4世であった。その後、太陽神アメンの王統を継ぐアメンエムハト1世が「エジプト第12王朝」を開いている。アメンの王統は、ヒクソスが登場するBC1663年まで続いた。

 


■BC1650年 「エジプト第17王朝成立」

 

「ヒクソス」がエジプトに出現すると、エジプト第14王朝は滅亡してしまった。その後、イマナのアメン神官団は、エジプトを離れてクレタ島に落ち延び、避難した。だが、ニャメのアメン神官団は、テーベを拠点に新規に「エジプト第17王朝」を開き、ヒクソス王朝に対抗した。

 


■BC945年 「アルメニア人誕生」

 

古代中国から来た、周の昭王がリビア人を指揮し、タニス(ディオニュソス)に首都を置く「第21王朝」とアメン祭祀国家の「第20王朝」を滅ぼしてエジプトを掌握した。周氏の「第22王朝」の誕生を機に、アメン神官団は、テーベ人(タバル)を連れてテーベを離れ、アナトリア半島に落ち延びた。アメン神官団は、ここで東西に移る計画を立てた。
アメン神官団は、サバエ人、アラム人と連合し、「アルメニア人」の連合体を築いた。アルメニアの名の由来はアラム、アメンの組み合わせである。アラム+アメン=アラメン=アラメンニア=アルメニアとなる。また、アルメニアの自称「ハヤ」の名の由来はサバエである。

 


■BC829年 「テーバイ誕生」

 

「アメン神官団の大航海時代」に参加しなかったトバルカインは、ギリシアに入植し「テーバイ」を築いた。テーバイの名の由来はテーバイ王国である。

 


■BC282年 「ペルガモン王国誕生」

 

ミネア人がアラビアを離れてアナトリアに移住すると、ギリシアのテーバイ人と連合した。彼らは、アナトリア半島に移住した。この時に「ペルガモン」が生まれた。ペルガモンの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=バルカメン=ペルガモンとなる。BC282年、ピルタウエルスが初代王に即してペルガモン王国が誕生した。

 


■BC129年 「朴氏誕生」

 

その後、BC129年にペルガモン王国が滅ぶと、ペルガモン人は東方へ東方へと船を進め、朝鮮半島に上陸する。この時に、タバルンが「朴(PARK)」を称し、アメンが「文(MOON)」を称した。

 


■BC57年 「朴氏王朝誕生」

 

BC57年に、朴氏が「朴氏王朝(新羅)」を開いた。この王朝はAD184年まで続いた。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「BERG(バーグ)誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した朴氏は、現地人と混合して「BERG」の名を生んだ。BERG(バーグ)の名の由来はPARK(朴)である。BERGからは、PARK、PARKS、、BIRKIN,BERKIN、BARKER、PARKER、PERKINS、PYKE、BURG、BURGER、BURKEなどの名も派生した。

 


■AD357年 「オースターの大航海時代」

 


■AD357年 「ウズベク誕生」

 

「オースターの大航海時代」に参加して「勿吉」を生んだオースターは、オースターの大航海時代に参加していたドイツ人BERGと組んで「ウズベク族」を生んだ。ウズベクの名の由来は勿吉(ウージ)と朴(バーグ)である。ウージ+バーグ=ウジバグ=ウズベクとなる。ムーン(文氏)もウズベク族と行動を共にした。

 


■AD6世紀 「勿吉の大航海時代」

 


■AD6世紀 「ドヴァーラヴァティー王国誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したドイツ人BERGは、新羅時代の同盟者である昔氏と共にインドシナ半島に「ドヴァーラヴァティー王国」を築いた。ドヴァーラヴァティーの名の由来はトバルカイン(朴氏)とヴィディエ(昔氏)の組み合わせである。トバルカイン+ヴィディエ=トバルヴィディ=トバールヴィディ=ドヴァーラヴァティーとなる。この王朝は、AD11世紀まで続いた。

 


■AD638年 「グンヤーン王国誕生」

 

ドヴァーラヴァティー王国の朴氏は、昔氏と袂を分かち、単身、「グンヤーン王国」を築いた。グンヤーンの名の由来はアルキュオネウスとトバルカインの組み合わせである。アルキュオネウス+トバルカイン=キュオネイン=ギュオネイーン=グンヤーンとなる。

 


■AD694年 「ペグー誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したドイツ人BERGは、イギリス人ムーンと共に満州からミャンマーに移住した。バーグは「ペグー」を築き、ムーンは「モン族」の名を生んだ。モンの名の由来は文(ムン)である。

 


■AD728年 皮羅閣、南詔王に即位 「皮氏誕生」

 

ドヴァーラヴァティー王国の朴氏は、雲南に進出し「皮氏(クン)」を生んだ。クンの名の由来はオロクンである。AD728年、皮羅閣が南詔王に即位している。

 


■AD809年 勧竜晟、南詔王に即位 「勧氏誕生」

 

皮氏が王位を失うと次に、朴氏は「勧氏(クーイェン)」を生んだ。クーイェンの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=カーイン=クーイェンとなる。AD809年、勧竜晟は南詔王に即位している。AD816年には勧利晟が、AD823年には勧豊祐が南詔王に即位している。

 


■AD1182年 「ウァシュテペック誕生」

 

ウズベク族は、大内氏と共に日本に移住すると、その後、ウズベク族だけがメキシコに移住した。彼らは、「ウァシュテペック」を称した。ウァシュテペックの名の由来はオースターとバーグの組み合わせである。オースター+バーグ=ウァシュタバーグ=ウァシュテペックとなる。

 


■AD1182年 「ペグー朝(前身)誕生」

 

タイに築いたドヴァーラヴァティー王国が滅ぶと、朴氏はミャンマーに移住した。朴氏(バーグ)は「ペグー」を称し、文氏(ムーン)は「モン族」の名を復活させた。AD1287年、ワーレルーが初代王に即位して「ペグー王朝」が開かれた。

 


■AD1287年 ワーレルー、初代王に即位 「ペグー朝誕生」

 

AD1287年、ワーレルーが初代王に即位して「ペグー王朝」が開かれた。しかし、文氏の系統であり、スコータイ朝の援助を受けたワーレルーがペグー朝の王位に就くと、反感を持ったオリジナルのモン族が、ミャンマーを後にデカン高原に移住した。AD1757年にコンバウン朝の支配下に置かれると、ペグー族、モン族が朝鮮半島に帰還し、祖を同じくする朴氏、文氏に合流した。

 


■AD1440年 モクテスマ、第3代アステカ皇帝に即位

 

AD1398年、ウァシュテペック族は一族の娘をアステカ帝国第2代皇帝ウィツィリウィトルに接近させ、自身の血統を打ち立てた。この時に、モクテスマが誕生した。AD1440年、モクテスマは第3代アステカ帝国皇帝に即位した。こうして、ウァシュテペック族が天下を取ったことにより、アステカ族(アストラハン)、メシカ族(ムシュキ)はアステカ帝国を後にする。ウァシュテペックの王統は、最後の皇帝モクテスマ2世の治世まで続いている。

 


■AD1521年 「オスターバーグ誕生」

 

タナトスの血を引くエルナン・コルテスがアステカ帝国に侵入し、アステカ貴族を1万人も殺害すると、ウァシュテペックはメキシコを後にした。アステカ人の顔をしたウァシュテペックはブリテン島に渡り、イギリス人と混合して「オスターバーグ」の名を生んだ。オスターバーグの名の由来はウァシュテペックである。ウァシュテペック=ウァシュターベーク=オスターバーグとなる。

 


■AD1539年 「ダホメー王国誕生」

 

タウングー朝がペグー朝を滅ぼすと、ペグー族、モン族がミャンマーを脱出して、遠くナイジェリアの地にまで赴いた。ペグー族とモン族は連合して「ダホメー王国」を築いた。ダホメーの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=トバメン=ダホメーとなる。

 


■AD1830年 「モザンビーク誕生」

 

モン族主導のダホメー王国軍がオヨ王国に攻め入ると、ペグー族主導のダホメー王家とオヨ王家がナイジェリアを脱出した。オヨ王家の構成員ムタパ人は縁がある土地ジンバブエを目指した。両者は連合して「モザンビーク」を称した。モザンビークの名の由来はムタパとペグーの組み合わせである。ムタパ+ペグー=ムタンペーク=モザンビークとなる。モザンビークの連合体は、AD1964年に「モザンビーク解放戦線」を組織し、ジンバブエの独立のために戦った。翌年、「ローデシア戦争」が始まり、完全独立を勝ち取ると、ペグー族主導のモザンビークがAD1975年に「モザンビーク人民共和国」を建て、ムタパ人主体のモザンビークはAD1980年に「ジンバブエ共和国」を建てた。

 


■AD1901年 リー・ストラスバーグ生誕 「アクターズ・スタジオ誕生」

 


■AD1919年 デビッド・バーグ生誕 「ファミリー誕生」

 


■AD1926年 アレン・ギンズバーグ生誕

 


■AD1928年 セルジュ・ゲンズブール生誕

 


■AD1932年 アンソニー・パーキンス生誕

 


■AD1935年 ウディ・アレン(アレン・コニグスバーグ)生誕

 


■AD1935年 ハンス・ユルゲン・ジーパーベルク生誕

 


■AD1945年 アンドリュー・バーキン生誕

 


■AD1946年 デヴィッド・クローネンバーグ生誕

 


■AD1946年 ジェーン・バーキン生誕

 


■AD1947年 スティーヴン・スピルバーグ生誕

 


■AD1947年 イギー・ポップ(ジェイムズ・オスターバーグ)生誕

 

オスターバーグは、ウァシュテペックの直系である。つまり、イギー・ポップは、アステカ帝国を統治した王族の末裔である。

 


■AD1952年 クライブ・バーカー生誕

 


■AD1954年 エイドリアン・ヴァンデンバーグ生誕

 


■AD1971年 シャルロット・ゲンズブール生誕

 


■AD1984年 マーク・ザッカーバーグ生誕 「フェイスブック誕生」

 

 

 

 

 


オロクンの歴史(ウラヌス)

◆ウラヌスの歴史

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「天空神ウラヌス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「ウラヌス」を生んだ。ウラヌスの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウス=ウラヌスとなる。

 


■30万年前 「ウラニアー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスはウラヌスを生み、ウラヌスは「ウラニアー」を生んだ。ウラニアーの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウ=ウラニアーとなる。その後、ウラニアーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「事代主神誕生」

 

ウラヌスは、コットスと組んで日本に移住した。彼らは、ティアマトの国ヤマトに入植して「事代主神」を生んだ。コトシロヌシの名の由来はコットス、ウラヌスの組み合わせである。コットス+ウラヌス=コットスラヌス=コトシロヌシとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「ティタン神族誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、テテュスと連合して「ティタン神族」を生んでいる。ティタン(ティタヌス)の名の由来はテテュスとウラヌスの組み合わせである。テテュス+ウラヌス=テテヌス=ティタヌス=ティタンとなる。

 


■7万年前 「海洋神オケアーノス誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、アカイア人と連合体を組んだ。この時に「海洋神オケアーノス」が生まれた。オケアーノスの名の由来はアカイアとウラヌスの組み合わせである。アカイア+ウラヌス=アカイアヌス=アカイアーヌス=オケアーノスとなる。その後、オケアーノスはティタン神族に参加している。

 


■4万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■4万年前 「ヴァラナシ誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、クロノスの姦計によってギリシアを追放された。兄弟ヴァナラシが住むガンジス流域に身を寄せた。この時、ヴァナラシと差別化するため、彼らは当地を「ヴァラナシ」と呼んだ。ヴァラナシの名の由来はウラヌスである。ウラヌス=ヴラヌス=ヴァラナシとなる。

 


■1万3千年前 「デウカリオンの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ヘレネス人誕生」

 

「デウカリオンの大航海時代」に参加したヴァラナシ人は、スーサに到着後、単身、ギリシアに赴いた。クロノスによる追放以来、3万年ぶりにギリシアの地を踏んだ。ヴァラナシ人は「ヘレネス人」を称した。ヘレネスの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ハラナシ=ヘレネスとなる。

 


■BC5千年 「バラーナ族誕生」

 

「トロイア戦争」時、ギリシア軍に参加してブリテン島に入植していたヘレネス人は、タップ・オノスでの核爆発により、アベル(ホルス)と共にインドに赴いた。この時、「バラーナ族」が生まれた。バラーナの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァラーナシ=バラーナとなる。バラーナ族は、後にアーリア人に参加している。

 


■BC1200年 バラーナ族、アヌ族、パニ族と共にアーリア人に参加

 

ヴァラナシの子孫であるバラーナ族は、祖を同じくするヴァナラシの子孫であるアヌ族、パニ族と共にアーリア人の軍団に参加した。

 


■BC1027年 「十王戦争」

 


■BC1027年 「パルニ人誕生」

 

「十王戦争」の後、アヌ族、パニ族と共にイランにやって来たバラーナ族は、現地人と混合して「パルニ人」を誕生させた。パルニの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラニ=パルニとなる。

 


■AD114年 「ポントス人の大航海時代」

 


■AD114年 「春名氏誕生」

 

「ポントス人の大航海時代」に参加したパルニ人は、日本に上陸した。コーカサス人の顔をした彼らは、現地人と混合して「春名氏」を生んだ。春名の名の由来はパルニである。パルニ=ハルニ=春名となる。この系統からは一時期ツイッターの発言で話題になった春名風花が輩出されている。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ブレナン誕生」「レノン誕生」「ナッシュ誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した春名氏は、アイルランド島に入植した。現地人と混合した彼らは「ブレナン」「レノン」「ナッシュ」などの姓を生んだ。ブレナン、レノンの名の由来は春名、ナッシュの名の由来はヴァラナシである。春名=ハルナン=ブレナン=レノンとなり、ヴァラナシ=ヴァラナッシュ=ナッシュとなる。

 


■AD3世紀 「バーニシア誕生」

 

アイルランドからスコットランドに入植した春名氏は、拠点を「バーニシア」と命名した。バーニシアの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァールナシア=バーニシアとなる。

 


■AD6世紀 「ヴィリニュス誕生」

 

AD6世紀頃にバーニシア王国が消滅すると、バーニシア人は2手に分かれてスコットランドを旅立った。北方組はバルト海に入り、リトアニアに「ヴィリニュス」の名を残した。ヴィリニュスの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァリニャシ=ヴィリニュスとなる。

 


■AD6世紀 「レーニン誕生」「ボロネジ誕生」

 

AD6世紀頃にバーニシア王国が消滅すると、バーニシア人は2手に分かれてスコットランドを旅立った。北方組はバルト海に入り、ロシアに「ボロネジ」の名を残した。ボロネジの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=バラナジ=ボロネジとなる。この時に「レーニン」の名前がロシアに輸入された。ブレナン=ブレーナン=レーニンとなる。

 


■AD6世紀 「ボローニャ誕生」

 

ロシアを離れたパルニ人は、イタリアに入植して「ボローニャ」を築いた。ボローニャの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラーニャ=ボローニャとなる。

 


■AD6世紀 「フラニ族誕生」

 

イタリアからアフリカ大陸に到達したパルニ人は「フラニ族」を称した。どちらの名も春名、或いはパルニが由来である。パルニ=ハルニ=フラニとなる。

 


■AD661年 「ハリプンチャイ王国誕生」

 

インドシナ半島に集った小野妹子(遣唐使)、フラニ族(イスラム教伝来)、趙氏(南越国)は、合同で「ハリプンチャイ王国」を築いた。ハリプンチャイの名の由来はヴァラナシ(フラニ族)、ヴァナラシ(小野氏)、ゼウス(趙氏)の組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ+ゼウス=ヴァラヴァンゼウ=ハラパンジェウ=ハリプンチャイとなる。ハリプンの部分は、ブルボンの名の由来と同じである。

 


■AD712年 「勿吉の大航海時代」

 


■AD712年 「高梨氏誕生」「椋梨氏誕生」「小梨氏誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したイギリス人ナッシュは、イギリス人ニートと組み、井上家季に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが「高梨氏」の祖、高梨盛光である。一方、一部はオースターと組み、小早川季平に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが「椋梨氏」の祖、椋梨国平である。最後に、一部ナッシュは小津氏と組んで「小梨氏」を成した。

 


■AD13世紀 「ブルボン家誕生」

 

AD1292年、タイに建てられたハリプンチャイ王国が滅ぶと、彼らはインドシナ半島を離れ、ヨーロッパに移住した。彼らは、ヨーロッパに「ブルボン家」を生んだ。ブルボンの名の由来はハリプンチャイの名の由来と同じく、ヴァラナシ(フラニ族)とヴァナラシ(小野氏)の組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ=ヴァラヴァナ=ブルボンとなる。

 


■AD1376年 「ボルヌ帝国誕生」

 

フランスでブルボン家を生んだフラニ族だが、フラニ族はフランスを離れて東アフリカに帰還した。AD1376年、フラニ族は「ボルヌ帝国」を中央アフリカに建てた。ボルヌの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴァラヌ=ボルヌとなる。

 


■AD1376年 「ブルネイ帝国誕生」

 

AD1376年に「ボルヌ帝国」を中央アフリカに建てると、同時にインド洋を超えてカリマンタン島に上陸し、「ブルネイ王国」を建てている。この時に、イスラム教(シャフィイー派)が東南アジアにもたらされた。ボルネオ、ブルネイの名の由来はいずれもボローニャである。ボローニャ=ボロネイ=ブルネイとなり、ボローニャ=ボロニア=ボルネオとなる。以来、フラニ族は東アフリカと東南アジアを頻繁に往来していた。

 


■AD1594年 アンリ4世、ブルボン朝初代フランス国王に即位 「ブルボン朝誕生」

 

ブルボン朝は、聖公会(ポルトガル・クリュニー会)が掌握した大英帝国の侵略軍から世界を救うため、世界に進出し、大英帝国が現れるところに出現した。イロコイ連邦(アメリカ・カナダ)、ベンガル(インド)などで原住民を軍事的に援助した。もっとも、ベンガルは先祖の故地ヴァラナシを含んでいるため、特に支援を惜しまなかった。また、彼らはもともとハリプンチャイ王国の子孫で、インドシナ半島の出身のため、インドシナ半島の支配にこだわった。
一方、ブルボン家は、病気がちな男系が続いたことで知られ、近親相姦が原因などという風評に苦しんだ。だが、これはフランス・クリュニー会による優れたブルボン家に対する攻撃であった。これは、ハプスブルグ家でも同様であったが。クリュニー会は、クリュニー会に属する医者に命じ、ブルボン家代々の男系メンバーに一服盛り、弱体化、ゆくゆくはブルボン家の滅亡を謀っていた。

 


■AD1793年 ルイ16世、処刑 「フランス革命」

 

タナトスのキリスト教ドミニコ会が指揮したフランス革命により、ルイ16世は理不尽にも処刑された。淘汰されるべきできそこないが、数で圧倒することで優れた者に勝利した瞬間である。できそこないの勝利は、人類にとって、果てしない悲劇である。

 


■AD1795年 ルイ17世、フランスからアフリカに移住

 

「フランス革命」を機に、幼いルイ17世を保護したブルボン家の残党は、ラヴァル家を率いてフランスを脱出した。彼らは、イベリア半島を南下してアルジェリアに侵入し、ティジャーニア派に入信した。

 


■AD1814年 ルイ18世、フランス王に即位

 

聖公会、フランス・クリュニー会、ドミニコ会の連合が皇帝ナポレオンを失脚させると、フランス・クリュニー会がルイ18世を即位させ、王政復古を実現した。だがこの時、既にルイ18世に決定権は無く、ハノーヴァ朝と聖公会の関係のように、隠れているクリュニー会のための「顔」を司る役割しかなかった。AD1852年、ナポレオン3世の皇帝即位を機に、ブルボン家は再び王座を去った。

 


■AD1854年 ルイ17世、フランス軍と交戦 「フルベの聖戦」

 

AD1854年、成長した50歳前後のルイ17世は指揮官としてティジャーニア派とトゥクロール族を指揮し、奇しくも同郷の人々であるフランス軍と交戦した。これが「フルベの聖戦」である。フルベの名の由来はブルボンである。ブルボン=ブルベン=フルベとなる。フランス軍に敗北したものの、ルイ17世の軍はバンバラ王国、マーシナ帝国を滅ぼすことが出来た。ルイ17世は、中央アジアから来たディゴル人と共にトゥクロール族を支配下に置き、「トゥクロール帝国」を建てている。

 


■AD1828年 ジュール・ヴェルヌ生誕

 

ヴェルヌの名の由来はヴァラナシである。ヴァラナシ=ヴェルヌシ=ヴェルヌとなる。

 


■AD1870年 ウラジミール・イリイッチ・レーニン生誕

 

レーニンの名の由来はブレナンである。ブレナン=ブレーナン=レーニンとなる。レーニンはいわずと知れた「ロシア革命」の指揮者である。

 


■AD1920年 フェデリコ・フェリーニ生誕

 

フェリーニの名の由来はバラーナである。バラーナ=バラーニ=フェリーニとなる。

 


■AD1940年 ジョン・レノン生誕 「ザ・ビートルス誕生」

 

レノンの名の由来はブレナンである。ブレナン=ブレのン=レノンとなる。

 


■AD1945年 ボブ・バラバン生誕

 

バラバンの名の由来はブルボンと同じくヴァラナシとヴァナラシの組み合わせである。ヴァラナシ+ヴァナラシ=ヴァラヴァナ=バラバンとなる。俳優として「未知との遭遇」「アルタードステーツ」などに出演したバラバンは、映画監督として映画「ペアレンツ」などを撮っている。

 


■AD1953年 アレックス・ヴァン・ヘイレン生誕 「ヴァン・ヘイレン誕生」

 

ヘイレンの名の由来はヘレネスである。ヘレネス=ヘイレネス=ヘイレンとなる。

 


■AD1955年 エドワード・ヴァン・ヘイレン生誕 「ヴァン・ヘイレン誕生」

 

ヘイレンの名の由来はヘレネスである。ヘレネス=ヘイレネス=ヘイレンとなる。

 

 

 

◆那覇(ウラニアー)の歴史

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ウラニアー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスはウラヌスを生み、ウラヌスは「ウラニアー」を生んだ。ウラニアーの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウ=ウラニアーとなる。その後、ウラニアーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アルーネ族誕生」

 

マレー半島に移住したウラニアーは、「アルーネ族」を生んだ。アルーネの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラーニアー=アルーネとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「ムネモシュネー誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラニアーは、他のオケアーニスに属するクリュメネー、獣人ミマースと組んでムネモシュネーを生んだ。ムネモシュネーの名の由来はクリュメネー、ミマース、ウラニアーの組み合わせである。クリュメネー+ミマース+ウラニアー=メネーマースニアー=ムネモシュネーとなる。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■4万年前 「軍神の女神アテナイ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したウラニアーは、台湾にてイデュイアと共に連合体を組んだ。この時に「アテナイ」が生まれた。アテナイの名の由来はイデュイアとウラニアーの組み合わせである。イデュイニアー=アテニアー=アテナイとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「アテナイ王国誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したアテナイは、アラビア半島に上陸してアデンに入植した。アテナイはアデンをアテナイ王国として繁栄させ、アラビア半島に大きな国家を築いた。

 


■4万年前 アテナイ、海神ポセイドンと対立

 

アトランティス王国のタナトスはアテナイ王国征服のため、オーストラリアを発ってアラビア半島に侵攻した。このとき、卑怯なタナトスは食料の供給を絶つために、ギリシア人の農作地に大量の枯葉剤を撒き、土地を荒廃させた。しかし、アテナイは残された土地にオリーブを植え、タナトスの思惑を退けた。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ノア誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したアテナイは、東南アジアから南極に移住し、ノアを生んだ。ノアの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラノア=ノアとなる。ノアは、セム、ハム、ヤペテと同盟し、南極の文明を発展させた。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「アテネ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、イシン人がギリシアに来訪、その後、「マハーバーラタ戦争」によってアラビア半島が核兵器で消滅すると、アテナイ人、アデン人(ピュトン)が古代ギリシアに入植し、イシン人と共に都市国家「アテネ」を築いた。アテネの名の由来はアテーナイである。
アテネ人は、スパルタ人と共に好戦的な人々であり、常に戦争に明け暮れていた。「第一次神聖戦争」「サラミスの海戦」「第一次ペロポネソス戦争」「第二次神聖戦争」「第二次ペロポネソス戦争」「シチリア戦争」「コリントス戦争」「同盟市戦争」「クレモニデス戦争」など、ほとんど常に戦闘を繰り返していた。BC267年、マケドニア人の台頭により、アテネ人はギリシアを離れることを決意した。

 


■BC267年 「アザニアー海賊誕生」

 

「クレモニデス戦争」を機に、一部のアテネ人は、分裂して四散した。まだ文明の痕跡がない頃のスワヒリ文化圏に侵入したアザニアーは、好戦的なアテネ人らしく、凶暴な海賊として鳴らした。アザニアーの名の由来はアテナイである。アテナイ=アチェナイ=アザニアーとなる。

 


■BC2世紀 「那覇誕生」

 

アザニアー海賊はエッセネ派を結成したが、ウラニアーは、沖縄諸島に入植して「那覇」と命名した。那覇の名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラニハ=ニハ=那覇となる。

 


■AD2世紀 「尚氏誕生」

 

那覇に移住したナワ族は、「尚氏」を称した。尚氏の名は、那覇(なは)の名に因んで日本語読みの尚(なお)を由来としているが、中国語の読みでは「シャング」となる。

 


■AD2世紀 「丹羽氏誕生」

 

沖縄を離れた尚氏は、日本に入植して「丹羽氏」となる。丹羽(にわ)の名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラニワ=丹羽(ニワ)となる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ガーディナー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した丹羽氏は、現地人と混合して「ガーディナー」を生んだ。ガーディナーの名の由来は「にわ(丹羽)」である。丹羽(にわ)の読みに「庭」を当て字している。

 


■AD3世紀 「スティルス誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した尚氏は、現地人と混合して「スティルス」を生んだ。スティルスの名の由来は尚(~未だに)である。

 


■AD6世紀 「丹波氏誕生」

 

その後、丹羽氏(にわ)から丹羽氏(たんば)が別れ、漢字表記も「丹波氏」となった。彼らは「丹波国」を築いた。

 


■AD6世紀 「勿吉の大航海時代」

 


■AD842年 「橘氏の大航海時代」

 


■AD842年 「ニョロ帝国誕生」

 

「承和の変」により、橘逸勢は伊豆に流される途上、三ヶ日辺りで船で逃亡すると、AD713年、律令制により、丹波国が丹後国と但馬国に分割されたのを機に、海外逃亡を考えていた丹波氏はこれに参加した。丹波氏は、橘逸勢の残党と共に日本を後にしてアフリカ大陸に向かった。
一行はナイル河を遡って湖水地方に進出し、「ニョロ帝国」を建てた。ニョロは「ブニョロ」とも呼ばれたが、ヴァナラシが由来である。ヴァナラシ=ヴァニョロシ=ブニョロ=ニョロとなる。

 


■AD900年 「テンブジ朝誕生」

 

900年頃にニョロ帝国に「テンブジ朝」が開かれた。この、テンブジの名の由来は丹波氏である。丹波氏=タンバジ=テンブジとなる。

 


■AD1116年 「大庭氏誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したオースターとイギリス人ガーディナーの連合体は、鎌倉氏に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に「大庭氏」の祖である大庭景忠が誕生した。大庭の名の由来は多と丹羽の組み合わせである。多+丹羽=大+庭=大庭(音読みでおおば)となる。大庭氏は、坂東八平氏の一族として源頼朝の軍に参加し、「石橋山の戦い」「富士川の戦い」でも活躍した。

 


■AD1193年 「トファ族誕生」

 

AD1193年、大庭氏は「和田合戦」で敗北を喫すると、シベリアに移住し、「トファ族」を生んでいる。トファの名の由来は大庭の中国語読み「ダーバ」である。ダーバ=タハ=トファとなる。

 


■AD1406年 尚思紹王、初代王に即位 「第一尚氏王統誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したイギリス人スティルスは、中国に帰還して先祖「尚氏」の名を復活させていた。その後、「ヤハウェの大航海時代」の天孫族、ジュート人が沖縄に琉球王国を築いたことを知ると、尚氏も中国から沖縄へと移住した。
尚思紹王は、AD1406年に琉球王に即位し「第一尚氏王統」を開いた。尚氏王統は、東郷氏の察度王統、西郷氏の大里王統、バヌアツ人の怕尼芝王統と並行して沖縄に君臨した。第ニ尚氏王統を挟み、尚氏王統が支配する琉球王国はAD1872年まで続いた。

 


■AD1908年 「ツングース大爆発」

 


■AD1908年 「庭野氏誕生」

 

「ツングース大爆発」を機に、トファ族は日本に帰還した。もともと大庭氏だった彼らは、「大庭氏の土地(野)」を由来に「庭野氏」を生んだ。

 


■AD1938年 庭野日敬、長沼佼成と共に立教 「立正佼成会誕生」

 

彼らは、AD1930年の中国共産党の長征を機に、中国から日本に逃れてきた人々である。教祖、庭野日敬の名の由来は「丹羽」だと考えられるが、信仰指導を担当した長沼妙校の姓「長沼」の由来は、イザナギとイザナミの組み合わせである。イザナギ+イザナミ=ナギナミ=長沼となる。
また、長沼妙校の「妙校」の名の由来は白山修験の明峰「妙高山」である。つまり、立正佼成会の基盤は白山修験によって形成された。この、庭野日敬、長沼妙校の先祖を含む白山修験の修験者集団は、AD1868年の「北越戦争」を機に日本を脱出して一時的に清治世下の中国に渡っていた。

 


■AD1922年 丹波哲郎生誕

 


■AD1945年 スティーヴン・スティルス生誕 「グレアム・スティルス・ナッシュ&ヤング誕生」

 

スティーヴン・スティルスは、60年代に「グラハム・スティルス・ナッシュ&ヤング」というユニットを結成したが、4人とも「大和人の大航海時代」によってイギリスを訪れた東アジア人の子孫である。

 

 

 

 

◆ナフタリ(ノア)の歴史

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ノア誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したアテナイは、東南アジアから南極に移住し、ノアを生んだ。ノアの名の由来はウラニアーである。ウラニアー=ウラノア=ノアとなる。ノアは、セム、ハム、ヤペテと同盟し、南極の文明を発展させた。

 


■1万3千年前 「ノアの大航海時代」

 


■1万年3千年前 「ヌビア誕生」

 

「セム(サーミ人)」「ハム(ハミ族)」はバルト海に向かったが、「ノア」はバルト海には向かわずに、そのまま地中海に留まった。「ノア」は、ナイル河を遡って「ヌビア」に拠点を得た。ヌビアの名の由来はノアである。ノア=ノヴァ=ノビア=ヌビアとなる。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「スカンジナビア誕生」「最高神ニョルド誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したノアは、アイルランドからバルト海に移り、古代スカンジナビアを訪れた。ノア(ヌビア人)は科学の種族エラド(エリウ)と組んで「最高神ニョルド」を祀る。ノア+エラド=ノアラド=ニョルドとなる。スカンジナビアの名の由来はシカニ、エノス、ヌビアの組み合わせである(スカンジナビア南端にスコーネを得るシカニ族は、後になってシチリア島からやってくる)。シカニ+エノス+ヌビア=シカノスヌビア=スカンジナビアとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 ニョルド、アイルランドからナイル流域に帰還

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「セミノール族誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したスオミ族は、シベリアを離れて太平洋に出ると、アリューシャン列島を通過、マヤを経てミシシッピ流域に入植した。彼らは、ヌビア人(ノア)と連合して「セミノール族」を形成した。セミノールの名の由来はセムとニョルド(ノア)の組み合わせである。セム+ニョルド=セムニョール=セミノールとなる。その後、セミノール族は、ナワトル族と合流した。両者は、アメリカ・インディアンの母体を形成している。

 


■BC5千年 「ナワトル族誕生」

 

「第1次北極海ルート時代」に参加したタルタロスは、ノアと共に北アメリカに入植した。この時に「ナワトル族」が生まれた。ナワトルの名の由来はノアとタルタロスの組み合わせである。ノア+タルタロス=ノアタル=ナワトルとなる。

 


■BC40世紀 「ナワ族誕生」

 

ナワトル族は、北アメリカからマヤに移ると「ナワ族」に名を改めた。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代」

 


■BC32世紀 「ナウル誕生」

 

「サムエルの大航海時代」に参加したナワ族は、出羽国を発ち、太平洋に進出した。ナワ族は「ナウル島(ニョルド)」を発見する。ナウルの名の由来はナイルである。ナイル=ナウルとなる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「ナフタリ族誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加したナワトル族は、モンゴルに移住して「ナフタリ族」を生んだ。ナフタリの名の由来はナワトルである。ナワトル=ナハトル=ナフタリとなる。

 


■BC30世紀 「黙示録アルマゲドン」

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ナパタエ(前身)誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したタルタロス(ナフタリ族)は、アラビア半島に移住した。彼らは、ヨルダン方面に移住し、「ナパタエ」を築いた。ナパタエの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナパタリ=ナパタエとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「死者の女神ネフティス誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、アラビア半島を出たノア(ナフタリ族)は、エジプトに移住した。彼らは「死者の女神ネフティス」を祀ってヘリオポリスに参加した。ネフティスの名の由来はナワトルである。ナワトル=ナワトス=ネフティスとなる。

 


■BC1027年 「ナパタ誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、アラビア半島を出たノア(ナフタリ族)は、エジプトからヌビアに移住し「ナパタ」を生んだ。ナパタの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナプタリ=ナパタとなる。

 


■BC7世紀 「クシュ人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「ハワドレ誕生」

 

「クシュ人の大航海時代」第1の拠点はソマリアである。ここにはナフタリ族が残留を決めた。ナフタリ族は2つに分離し、ノア族の系統のナフタリ族が「ハワドレ」を称し、タルタロスの系統のナフタリ族は「ワダラーン」を称した。ハワドレ、ワダラーンのいずれの名もナワトルが由来である。ナワトル=アワタリ=ハワドレとなり、ナワトル=ナワタラン=ワダラーンとなる。

 

 

■BC327年 「ヴィシュヌの大航海時代」

 


■BC327年 「ナパタエ族誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」に参加したハワドレ族は、ヨルダンに移住した。ここに「ナパタエ族」が誕生した。ナパタエの名の由来はナフタリである。ナフタリ=ナフタエリ=ナパタエとなる。ナパタエ族は、BC4世紀頃に「ナパタエ王国」を構えているが、勇猛なことで知られた彼らは、アレキサンダー大王の継承者アンチゴノス侵攻時にこれを退けたという。

 


■AD106年 「邪馬台国誕生」

 

トラヤヌス皇帝がナパタエ王国から自治権を奪うと、ナパタエ人はアビシニア人に統治されていたヒムヤル王国に立ち寄った。ナパタエ人は、アビシニア人に不満を持つ一部ヒムヤル人を同行させて、遠くインドシナ半島に移り住んだ。アラビア人の顔をしたナパタエ人は、シャム族と連合して「邪馬台国」を建設した。邪馬台の名の由来はシャムとナパタエの組み合わせである。シャム+ナパタエ=シャムタエ=邪馬台となる。つまり、邪馬台国は現在のタイに存在したと考えられる。

 


■AD146年 「ジャマタエ人誕生」

 

倭国大乱を機に、邪馬台人がインドシナ半島を離れてゲルマニアに移住した。ゲルマニアに上陸した邪馬台国の一族は、ゲルマニア人と混合して「ジャマタエ人」を成した。ジャマタエ人の名の由来は邪馬台である。邪馬台=ジャマタイ=ジャマタエとなる。当初、マルコマンニ人とジャマタエ人の両者は邪馬台国時代からの同盟者とあって、連合していた。しかし、理由は不明だが、ジャマタエ人は同盟者であるはずのマルコマンニに討伐されてしまう。

 


■AD160年 「ヴァラビ朝誕生」

 

AD105年にシリアがローマ属僚となると、ナパタエ人はシリアを離れてグジャラートに逃亡した。彼らは、アラビアを由来に「ヴァラビ朝」を開いた。アラビア=ヴァラビア=ヴァラビとなる。

 


■AD170年 「エフタル誕生」

 

同盟者であるはずのマルコマンニ人に討伐されると、「ジャマタエ人」は空中分解し、シャム族とナパタエ人に分離して東西に移住した。ナパタエ人はゲルマニアからパンジャブに移り、「エフタル」を称した。エフタルの名の由来はナフタリである。ナフタリ=アフタリ=エフタルとなる。ゲルマニア帰りの彼らは白人の顔をしていたため、エフタルは白いフン族などと呼ばれた。AD4??年、「エフタル」はパンジャブに台頭を始め、一時的に隆盛を極めるも、100年後にサーサーン朝と突厥帝国による挟み撃ちによって滅んでしまう。

 


■AD628年 「ヨハネスの大航海時代」

 


■AD780年 「ワラキア誕生」

 

その後、AD780年にヴァラビ朝が滅ぶと、ナパタエ人はグジャラートを離れて黒海に進出し、トラキア地方に移住した。彼らは当地を「ワラキア」と称した。ワラキアの名の由来はヴァラビである。ヴァラビ=ヴァラキ=ワラキアとなる。

 


■AD780年 「ワリアギ誕生」

 

その後、インド人の顔をしたワラキア人は、ドニエプル川を北上してスウェード人・ルス人と活動を共にした。彼らは「ワリアギ」を称した。ワリアギの名の由来はワラキアである。ワラキア=ワリァギア=ワリアギとなる。

 


■AD1180年 「ヴィッテルスバッハ誕生」

 

ヴァイキングの時代が終焉を迎えると、ワリアギは黒海に移り、AD1062年に滅んだブワイ朝の残党(渤海人)と連合し、「ヴィッテルスバッハ」を結成してバイエルンに移住した。ヴィッテルスバッハの名の由来はエフタルとボハイの組み合わせである。エフタル+ボハイ=フタルス+ボッハイ=ヴィッテルスバッハとなる。ヴィッテルスバッハ家からは、AD1806年に「バイエルン王国」を築いたマクシミリアン1世、発狂王として知られるルートヴィヒ2世らが輩出されている。

 


■AD1320年 「服部氏誕生」

 

ヴィッテルスバッハの片割れエフタルは、インドから日本に移住した。白人の顔をした彼らは日本人と混合して「服部」を称した。服部の名の由来はヴィッテルスである。ヴィッテル=ヴィットリ=服部となる。服部氏からは伊賀忍者「服部家」の服部半蔵、音楽家の服部良一、服部克久が輩出されている。

 


■AD1806年 マクシミリアン1世、初代王に即位 「バイエルン王国誕生」

 

ヴィッテルスバッハ家からは、AD1806年に「バイエルン王国」を築いたマクシミリアン1世、発狂王として知られるルートヴィヒ2世らが輩出されている。

 


■AD1845年 ルートヴィヒ2世生誕

 


■AD1936年 服部克久生誕

 


■AD1963年 ギャスパー・ノエ生誕

 

 

 

 



 


オロルンの歴史

◆日蓮(オロルン)の歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロルン誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生んだ。オロクンは、ミャンマー少数民族の姿をしていた。日本で活躍しているボビー・オロゴンは、その名前からすると「原初の海オロクン」の末裔かもしれない(顔と身体はバントゥー族だが)。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■30万年前 「アロール族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したオロルンは、ミャンマーに入植した。この時、マレー半島に移ったオロルンからは「アロール族」が生まれた。アロールの名の由来はオロルンである。オロルン=オロールン=アロールとなる。

 


■30万年前 「冥府王エルリク誕生」

 

ミャンマー人の姿をしたアロール族とアラカン族は、東南アジアを離れてシベリアを目指した。彼らの到来を機に、クウォスとチュクウの部族は、シベリアを明け渡してオーストラリアに移る。だが、アロール族とアラカン族は豊かな海産資源に目を奪われ、再び水生生活に入った。その際、シベリア・モンゴルの神である「エルリク」が誕生した。エルリクの名の由来はオロルンとオロクンの組み合わせである。オロルン+オロクン=オロルクン=エルリクとなる。彼らは、シベリア人の祖となる。
彫りが浅く、目が細く、部品が小さいという特徴を持つ、シベリア人の容姿は、世界中の人々とは異なる印象を持っている、肌が白くとも黒くとも、更に、同じモンゴロイドに分類される東南アジア人、インディアンでさえ彫りが深い。つまり、東アジア人は異端であり、彫りが深い人々の方が人類の主流である。じつは、これがシベリアに達したホモサピエンスが再度、海に入って水生生活をしていた証拠である。低温の海水に対応するため、身体が変化したのだ。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代」

 


■7万年前 「東アジア人誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲン、エルリクは、シベリアを発って中国、朝鮮半島、日本列島に入植した。この時に、中国人、朝鮮人、日本人の姿が生まれた。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代」

 


■3万年前 「アララ族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したオロルンは、故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。カリフォルニアを発ったオロルンは、当時、文明の最先端を行っていたペルーに立ち寄り、モホス平原に移住した。この時、オロルンはアマゾンに「アララ族」を残した。アララの名の由来はオロルンである。オロルン=アロルン=アララとなる。アマゾン原住民の姿、生活は、古(いにしえ)のウリゲンの姿、生活を髣髴とさせるものだ。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ウラルトゥ誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加してモンゴルに移住し、その後「ヨシュアの大移動時代」に参加した安曇氏は、エルリクと共にコーカサスに移住した(エルリクはシベリアから参加した)。彼らは連合して「ウラルトゥ」を築いた。ウラルトゥの名の由来はエルリクとウトゥの組み合わせである。エルリク+ウトゥ=エルリトゥ=ウラルトゥとなる。

 


■BC1700年 「エトルリア人誕生」

 

ミディアン人(司神タナトス)がウラルトゥに侵入し、ウラルトゥ人をインチキ宗教の信者として簒奪すると、メソポタミアに「ミタンニ王国」を建てた。その後、ミタンニ人は、ウラルトゥ人を率いてアラビア半島に侵攻し、アテーナイ王国に君臨した。その後、ミディアン人は、ウラルトゥ人を指揮して隣国のマガン王国(ローマ王国)に侵攻させ、ロムルスとサビニ人の王統と対立した。
この時、ウラルトゥ人は「エトルリア人」と呼ばれた。エトルリアの名の由来はウラルトゥの同じで、ウトゥとエルリクの組み合わせである。ウトゥ+エルリク=ウトゥルリ=エトルリアとなる。

 


■BC1270年 「エトルリア王国誕生」

 

ミタンニ王国(アテーナイ王国)が滅ぶと、司神タナトスから解放されたエトルリア人は、アラビア半島を発ち、マガン人(ローマ人、ミケーネ人とも呼ぶ)、サビニ人、ラテン人と共にイタリア半島に上陸した。エトルリア人はイタリアに「エトルリア王国」を築いた。

 


■BC1270年 「イリュリア人誕生」

 

イタリアに行かなかった人々は、アドリア海を挟んだバルカン半島に移住し、「イリュリア人」を生んだ。イリュリアの名の由来はオロルンである。オロルン=オロリャン=イリュリアとなる。

 


■BC4世紀 「イリュリア王国誕生」

 

BC4世紀にバルデュリス王が登場すると、「イリュリア王国」は強大化した。BC231年からBC228年にかけて、イリュリア人海賊として鳴らしたが、海賊の討伐を理由にローマ軍と戦争になると、ダキア人(大夏)、ダルダニア人(大宛)、スラブ人(疏勒)と共にタリム盆地に移住した。

 


■BC168年 「スラヴ人の大移動時代」

 


■BC168年 「楼蘭誕生」

 

「スラヴ人の大移動時代」に参加したイリュリア人は、タリム盆地に移住し「楼蘭(ローラン)」を築いた。ローランの名の由来はイリュリアである。イリュリア=イリュリアン=ローランとなる。

 


■BC168年 「オルレアン誕生」

 

「スラヴ人の大移動時代」に参加したイリュリア人は、現フランスに移住した。この時に「オルレアン」が築かれた。オルレアンの名の由来はオロルンである。オロルン=オロルアン=オルレアンとなる。

 


■BC109年 「柔然誕生」

 

柔然(衛氏朝鮮)は、AD315年頃にタリム盆地からの亡命者、楼蘭(ローラン)や、宇文部に皇位継承権を簒奪されたイェマック王家の木骨閭(モグル)の一族郎党と組んで柔然を騎馬軍団として強化する。だが、AD4世紀に柔然は楼蘭に乗っ取られた。この時に楼蘭が主導権を握ると、柔然(ゼンゼン)は、「ローラン」の別称を得る。

 


■AD420年 アラリック、西ローマ帝国に侵攻

 

アラリックの名の由来はエルリクである。エルリク=エルリック=アラリックとなる。オルレアンに生まれたアラリックは、ゴート人ではないが、西ゴート人の王となり、西ローマ帝国に侵攻して「西ゴート王国」建国の礎を築いた。

 


■AD562年 「バヤン可汗誕生」

 

モンゴル人の顔をした柔然(ローラン)がアヴァール王位を簒奪した。バヤン可汗はトラキア、イリュリア、ギリシアに侵入して略奪を繰り返したが、ビザンツ帝国により、打撃を被る。約200年後のAD791年、シャルルマーニュ大帝がパンノニアに進撃すると、アヴァール王国は崩壊した。

 


■AD791年 「ポピエル家誕生」

 

ローランとアヴァール人の連合体は、シャルルマーニュ大帝の進撃を機にシロンスク地方に移住した。アヴァール人はそこに「オポーレ」を築いた。オポーレの名の由来はアヴァールである。楼蘭とククルカンは、2つの連合体を築いた。楼蘭は「ポピエル家」を築いた。ポピエルの名の由来はアヴァールである。アヴァール=ポヴァール=ポピエルとなる。

 


■AD791年 「リューリク家誕生」

 

一方、楼蘭(ポピエル)はバルト海に進出してスウェード人、ワリアギ、ルス人と懇意になる。この時、楼蘭は「リューリク」を称した。リューリクの名の由来はエルリクである。エルリク=エリューリ=リューリクとなる。AD862年、リューリク1世はノヴゴロド公に就任して「ノヴゴロド公国」を築いている。

 


■AD862年 「キエフ公国誕生」

 

リューリクはモンゴル人(柔然/ローラン)であり、スウェード人はインド人(チェーティ王国)であり、ルス人はマヤ人(セロス)であり、ワリアギはアラビア人(ナパタ王国)であった。この国際的な連合体は、リューリクを指揮者にスウェード人傭兵の力でノヴゴロドを支配下に置いた。同時に、リューリクは「リューリク朝」を開き、ロシアの建国者となった。ロシア人の母体人種は、は宇宙人(科学の種族トバルカイン)である。
ロシアの名の由来はトゥルシア人の末裔「ルス」である。後にワリアギがキエフを占領し、首都に設定している。キエフの名の由来はキャラとヴィディエの組み合わせである。キャラ+ヴィディエ=キャヴィ=キエフとなる。AD913年にはイーゴリ1世が初代キエフ大公に就任して「キエフ大公国」を築いている。

 


■AD907年 耶律阿保機、初代遼王に即位 「遼誕生」

 

ゴプラン家はピャスト家の登場を機に、モンゴルに帰還している。白人の顔をした彼らは、人喰い人種である契丹を統率し、「遼朝(リャン)」を開いた。遼(リャン)の名の由来は楼蘭(ローラン)である。ローラン=ローリャン=リャン(遼)となる。また、遼の君主、耶律阿保機(イェル)の名の由来はスラブ系の名ヤロスラフである。ヤロスラフ=ヤロス=耶律となる。ヤロスラフの名前も、「スラヴのイリュリア」を意味するイリュリアとスラヴの組み合わせである。イリュリア+スラヴ=イリュスラヴ=ヤロスラフとなる。

 


■AD1122年 耶律淳、遼王に即位 「北遼誕生」

 


■AD1124年 耶律大石、遼王に即位 「西遼(カラキタイ)誕生」

 


■AD1168年 「ロージア誕生」

 

ロスチスラフ1世とキエフ大公の座を巡って争ったイジャスラフ3世は敗北したのを機に、東西に新天地を求めて旅立った。西方組はロシアからスコットランドに移って「ロージア王国」を築いた。ロージアの名の由来はロシアである。ロシア=ロージアとなる。

 


■AD1168年 「六角氏誕生」

 

東方組はロシアから遠く日本にまで旅立った。その途上で、彼らはインドに立ち寄り、AD12世紀に滅びたカーカティヤ朝の人々を船団に迎えた。まず、一行は九州に上陸した。インド人の顔をしたカーカティヤの人々は、藤原政則に接近して自身の血統を打ち立てている。この時に生まれたのが「菊池氏」の祖、菊池則隆である。
また、リューリク家とカーカティヤの一部は九州から近江国に至り、共同で「六角氏」を形成した。六角の名の由来はリューリクとカーカティヤの組み合わせである。リューリク+カーカティヤ=リク(六)+カーカ(角)=六角となる。近江国を治めていた六角氏は、「甲賀衆」を掌握し、伊賀にも「六角派」を置いて北畠氏、仁木氏と共に伊賀国を3分割して「伊賀衆」を支配下に置いていた。甲賀の名の由来はカーカティヤである。カーカティヤ=カーカ=甲賀となる。AD1487年、甲賀忍者は、六角高頼征伐のために、足利氏が幕府軍を派遣した「鈎の陣」で、特異な存在感をアピールした。

 


■AD1253年 日蓮生誕 「日蓮宗誕生」

 

AD1125年、遼が滅ぶと、遼は西遼(カラ・キタイ)としてしばらく続いた。だがAD1218年、チンギス・ハーンによって西遼が壊滅すると、遼の残党は日本に移住した。安房国に上陸した彼らは、三国太夫に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に誕生したのが善日麿は、後の「日蓮」である。日蓮の名の由来は日本の遼(リャン)である。日本+遼(リャン)=日+蓮(れん)=日蓮となる。
AD1274年、日蓮は蒙古襲来を予言する。自身の先祖(遼)が蒙古に滅ぼされたため、そのような予言をしたと考えられる。また、「大石寺」の名の由来はカラキタイ(西遼)の初代王、耶律大石の名に因んでいると考えられる。

 


■AD1292年 「ラーンナー王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現タイに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンナー王国」を築いた。ラーンナーの名の由来はローランとヤオニャンの組み合わせである。ローラン+ヤオニャン=ランニャ=ラーンニャー=ラーンナーとなる。ラーンナー王国は、AD1775年まで続いた。

 


■AD1338年 「ラーンサーン王国誕生」

 

AD1222年、西遼が滅ぶと、遥輦氏は耶律氏と共に現ラオスに移住した。この時、彼らは共同で「ラーンサーン王国」を築いた。ラーンサーンの名の由来はローランとシャンの組み合わせである。ローラン+シャン=ランシャン=ランサーンとなる。ラーンサーン王国は、AD1707年まで続いた。

 


■AD1707年 「ルアンパバーン王国誕生」

 

ラーンサーン王国が分裂すると、耶律氏は「ルアンパバーン王国」を築いた。ルアンパバーンはAD1949年まで続いた。

 


■AD1875年 ライナー・リルケ生誕

 


■AD1898年 ガルシア・ロルカ生誕

 


■AD1932年 「血盟団誕生」

 


■AD1938年 ジャン・ローラン生誕

 

 

 

 

 


カアングの歴史

◆孔子(カアング)の歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「カアング誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、南アフリカに「カアング」を生んだ。カアングは、南アフリカ沿岸で再び水生生活を実施したことで、現在のコイサン族の容姿を得た。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「カヤン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、ミャンマーに入植した。この時、「アカヤン族」が生まれた。カヤンの名の由来はカアングである。カアング=カヤング=カヤンとなる。

 


■45万年前 「カヤー族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、ミャンマーに入植した。この時、「カヤー族」が生まれた。カヤーの名の由来はカアングである。カアング=カヤング=カヤーとなる。

 


■45万年前 「オンゲ族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したカアングは、マルマ族は彼らと連合して「オンゲ族」を生んだ。オンゲの名の由来はカアングである。カアング=カアンゲ=オンゲとなる。その後、オンゲ族は東南アジアからアンダマン諸島に移り住んだ。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エンケラドス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、カアングと組んで「エンケラドス」を生んだ。エンケラドスの名の由来はカアング、ヒッポリュトスの組み合わせである。カアング+ヒッポリュトス=アングリュトス=エンケラドスとなる。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「カナカナブ族誕生」

 

「カオスの大移動時代」などにより、異なる人類がオセアニアに集うと、カアングとテングリは台湾に移住し、バブサ族(エバシ)と連合した。この時に「カナカナブ」が生まれた。カナカナブの名の由来はカアング、ウリゲン、アプスーの組み合わせである。カアング+ウリゲン+アプスー=カナゲナアプ=カナカナブとなる。

 


■30万年前 「ガンガー誕生」

 

危険な反自然の種族であるタナトスが虚言と欺瞞によって台頭すると、これを嫌悪したカアングは、ガンジス流域に入植した。この河は、この時に初めて「ガンガー」と呼ばれた。ガンガーの名の由来はカアングである。カアング=カアンガー=ガンガーとなる。ガンガーは、ガンジスとも呼ばれている。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「参誕生」「星誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したカアングは、現アジスアベベに入植して「参(カン)」を生み、「白虎」の建設に参加した。また、一部はナイジェリアに入植して「星(シン)」を生み、ジェンギは「張(チャン)」を生んで「朱雀」の建設に参加した。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク」

 


■2万年前 「文曲誕生」

 

「最終戦争ラグナロク」を機に、メキシコを離れたオーディーンが現ベナンに北斗星君を築くと、カアングは、北斗星君に属する神、「文曲(ウェンク)」を生んだ。ウェンクの名の由来はカアングである。カアング=ウアング=ウェンクとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「秦広王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加して火星に移住したカアングは、十王に属する「秦広王(シングアン)」を生んだ。シングアンの名の由来はンジニとカアングの組み合わせである。ンジニ+カアング=ジニカアン=シングアンとなる。カアングは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■2万年前 「閻羅王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したカアングは、火星に降り立ち、十王に属する「閻羅王(ヤンルオ)」を築いた。ヤンルオの名の由来はカアング、エウリュトスの組み合わせである。カアング+エウリュトス=アンリュ=ヤンルオ(閻羅)となる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「テングリの大移動時代」

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 

大地殻変動を機に、世界各地から神々の血統がメソポタミアに集った。ブリテン島から来たヘカテ、テミス、モンゴルから来た三皇、垂仁天皇、獣人たち、オケアーニスたち、エビス(アプスー)、ヤマト(ティアマト)、エジプトから来たアトゥム、カイン、マハラレル、カイナン、南極から来たエノク、レメク、ヤペテの4者が連合して「神々の集団アヌンナキ」を築いた。また、彼らはヤペテの子として知られる一族を共同で生んだ。

 


■BC7千2百年 「キング誕生」

 

スワジ(朱雀)からメソポタミアに移住したカアングは、「キン(キング)」を生んで「神々の集団アヌンナキ」に参加した。キングの名の由来はカアングである。カアング=カング=キングとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「アーンギラサ誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したシェクレシュ人は、ガンジス流域に入植した。シェクレシュ人は、カアングと連合し「アーンギラサ」を称した。アーンギラサの名の由来はカアングとシェクレシュの組み合わせである。カアング+シェクレシュ=アンクレシュ=アーンギラサとなる。アーンギラサ族は、マハーバーラタ、リグ・ヴェーダなど、「ヴェーダ神話」の編纂を手がけた。

 


■BC32世紀 モリモ、ガンジス流域に移住

 

「サムエルの大航海時代」に参加して出羽国に帰還し、「モーゼスの大移動時代」に参加してモンゴルに移住したモリモ(ムルムスラン)は、アンダマン諸島に移住した。彼らは、祖を同じくするオンゲ族と混合し、その後、ガンジス流域に移住した。

 


■BC6世紀 「アンガ王国誕生」

 

ガンジス流域に移住したオンゲ族は、「アンガ王国」を築いた。アンガの名の由来はカアングである。カアング=アング=アンガとなる。

 


■BC551年 孔子生誕 「儒教誕生」

 

マガダ王国のビンドゥサーラ王が王位に就くと、アンガ人は魯国に移住した。この時に、「儒教(ルイ)」の創始者である「孔子(コン)」が生まれた。儒教の名の由来はモリモであり、孔(コン)の名の由来はカアングである。モリモ=モルイモ=ルイ(儒)となり、カアング=カアン=コンとなる。おもしろいことに「儒人」と書いて「こびと」を意味する。これは、ネグリトであるオンゲ族が「儒教」を興した証だ。

 


■BC497年 「康居(カンジュ)誕生」

 

BC497年、孔子は魯国を出て西域に向かい、「康居(カンジュ)」を築いた。カンジュの名の由来はガンガーである。ガンガー=ガンジャー=カンジュ(康居)となる。その後、AD1世紀頃に漢が西域に干渉を始めると、一部の康居はタリムを出てデカン高原に移住した。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「ピット誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した孔氏は、ブリテン島に入植して現地人と混合し「ピット」の名を生んだ。ピット(穴)の名の由来は孔(穴の意)である。

 


■AD3世紀 「エンゲル人誕生」

 

AD3世紀に前秦に朝貢を行うようになると一部の康居人がヨーロッパに逃亡し、ドイツ辺りに入植した。この時に「エンゲル人」が生まれた。エンゲルの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=エーンギラサ=エンゲルとなる。

 


■AD5世紀 「東ガンガ朝誕生」

 

AD3世紀に前秦に朝貢を行うようになると一部の康居人がインド・オリッサ地方に逃亡し、「東ガンガ朝」を開いた。ガンガの名の由来はガンガーである。

 


■AD7世紀 「アンゲロス家誕生」

 

ヴァルダーナ朝がガンジスを掌握すると、アーンギラサ族は故地を離れてビザンツ帝国に移住し、「アンゲロス家」を称した。アンゲロスの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=アンギロス=アンゲロスとなる。「アンジュー帝国」が成立したのと丁度同じ頃、イサキオス2世アンゲロスがビザンツ皇帝に即位して「アンゲロス朝」をビザンツ帝国に開いている。

 


■AD782年 「アンジュー家誕生」

 

シャルルマーニュ大帝がザクセンに侵攻すると、西方組エンゲル人はフランスに移住して「アンジェルジェ家」を成した。アンジェルジェの名の由来はアーンギラサである。アーンギラサ=アンジュラサ=アンジェルジュとなる。

 


■AD929年 フルク1世、初代アンジュー伯に就任 「アンジュー家誕生」

 

AD929年、アンジェルジェ家から出たフルク1世が初代アンジュー伯に就任して「アンジュー伯」を誕生させた。

 


■AD1041年 「アンガス誕生」

 

セルジューク朝が成立すると、カニクはモンゴルからバルト海に移住し、海を渡ってブリテン島に上陸し、ピクトランドに入植した。彼らは、ピクトランドに上陸して「アンガス」を築いた。アンガスの名の由来はカアングである。カアング=カアングス=アンガスとなる。

 


■AD1093年 「アストゥリアス家の大航海時代」

 


■AD1093年 「イングーシ誕生」

 

ストラスクライド王国が解散すると、アンガスはアストゥリアス家、ジルシンと共にスコットランドを離れた。イシュタルの故地にほど近い、中央アジアにやって来たアンガスは「イングーシ」となった。イングーシの名の由来はアンガスである。アンガス=アングース=イングーシとなる。

 


■AD1154年 ヘンリー2世、イングランド王に即位 「アンジュー帝国誕生」

 

AD1154年、アンジュー伯のヘンリー2世が、イングランド王に即位して「プランタジネット朝」を開いている。ヘンリー2世は、ピレネー山脈からアイルランドに至る広大な狩猟を相続したが、その広大な領土をして「アンジュー帝国」と呼ばれた。

 


■AD1185年 イサキオス2世、ビザンツ皇帝に即位 「アンゲロス朝誕生」

 


■AD1204年 「安芸氏誕生」

 

アンゲロス朝が滅亡すると、アンゲロス家はビザンツを離れて東アジアに向かい、鎌倉幕府治世下の日本に上陸した。ギリシア人の顔をしたアンゲロス家は日本人と混合して「安芸氏」を生んだ。安芸の名の由来はアンゲロスである。アンゲロス=アンゲイ(安芸)=安芸(あき)となる。

 


■AD1216年 「日高氏誕生」「御厨氏誕生」「馬渡氏誕生」

 

AD1216年、死んだと見せかけてイギリスから来たアンジュー家に属するジョン失地王は現地人と混合して「日高氏」「御厨氏」「馬渡氏」を生んだ。アンジュー帝国と呼ばれたアンジュー家もジョン失地王の時代には大陸の領土を喪失した。これを機に、死んだと見せかけたジョン失地王は、一族を率いてシルクロードを通過し、日本にまでやって来た。日高氏の名の由来は「ヴェーダの人(ヴェーダカ)」であり、御厨氏の名の由来はアンジューであり、馬渡氏の名の由来は「馬でシルクロードを渡った」ことを意味している。この3者は「倭寇」に参加した。

 


■AD1358年 「コンゴ王国誕生」

 

AD1358年にベンガル・スルターン朝やヴィジャヤナガル王国が東ガンガ朝を攻撃すると、一部の東ガンガ人はインドを離れて南アフリカを周航し、「コンゴ」に上陸している。コンゴの名の由来はカアングである。カアング=カング=コンゴとなる。

 


■AD1485年 「カラシュ誕生」

 

アンジュー家のヘンリー6世はクリュニー会、デーン人の共謀によって精神錯乱状態に陥ったが、見事に復活を遂げて「薔薇戦争」を戦った。しかし、敗北を機に、アンジュー家は船団を組んでブリテン島を発ち、紅海を経てインダス流域に入った。パンジャブに移ると、アンジュー家は戦争とは無縁の僻地に居を定めた。彼らはアーンギラサを由来に「カラシュ」と称した。アーンギラサ=ギラシャ=カラシュとなる。
カラシュ族はパキスタンの奥深くに居住しているにも拘らず、北欧人のような金髪・碧眼、白い肌を持つことで知られている。彼らは、イギリス人の子孫なのだ。彼らは現地人との接触を出来るだけ避けたため、現在でも、中世イギリス人の容貌を残している。その後、インドを足がかりにパンジャブにも大英帝国の毒牙が及ぶと、一部カラシュ族は平和を求めてブータン王国を訪れた。奇しくも、ブータンにはアンジュー家と祖を同じくするアンゲロス家の子孫「安芸氏」がいた。

 


■AD1498年 「耽氏誕生」

 

AD1464年、ガオ帝国(チンギス・ハーンの残党)が滅び、AD1490年にはポルトガル大布教団がコンゴを訪れ、AD1498年にはマラビ帝国が位置するスワヒリ地域にポルトガルが訪れている。鄭和の子孫、チェワ族はガオ族(チンギス)、コンゴ人(孔氏)、そしてケニアのルオ族(老子)を誘って中国への帰還を打診した。
タナトスに指揮されたポルトガル人に嫌気が差した彼らは、船団に参加した。アフリカ人の顔をした一行は、中国人と交わってそれぞれの姓を復活させた。この時、ガオのチンギスからは「張献忠」、コンゴの孔氏からは「孔有徳」、チェワの鄭氏からは「鄭芝龍」、ルオ族からは「李自成」が輩出された。また、コンゴ人は新規に「耽(ゲング)」の姓を作り、ここからは「耽仲明」が輩出された。

 


■AD1560年 「戦国大名の大航海時代」

 


■AD1560年 ナムゲル生誕 「ドゥク・カギュ派誕生」

 

信玄亡き後、武田氏が織田氏に敗れると、武田氏は他の清和源氏の残党と共に戦国時代の日本を後にスリランカに逃れた。「戦国大名の大航海時代」に参加した武田氏、安芸氏はスリランカには上陸せず、現ブータンに移住している。「ブータン」の名の由来は武田(ブダ)である。ブダ=ブーダ=ブータンとなる。武田氏・アンコール人は「カギュ派」に学び、始祖ナムゲルが「ドゥク・カギュ派」を創始する。ナムゲルの名の由来はアンギラサであり、ドゥクの名の由来は武田である。

 


■AD1861年 「ワンチュク家誕生」

 

AD1861年、カラシュ族は祖を同じくするジグメ・ナムゲルに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのがウゲン・ワンチュクである。彼らは、「アンジューの人(アンジュキ)」に因んで「ワンチュク」を称した。アンジュキ=アンチュク=ワンチュクとなる。
その後、パンジャブにも大英帝国の毒牙が及ぶと、一部カラシュ族は平和を求めてブータン王国を訪れた。奇しくも、ブータンにはアンジュー家と祖を同じくするアンゲロス家の子孫「安芸氏」がいた。AD1861年、カラシュ族は祖を同じくするジグメ・ナムゲルに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのがウゲン・ワンチュクである。彼らは、「アンジューの人(アンジュキ)」に因んで「ワンチュク」を称した。アンジュキ=アンチュク=ワンチュクとなる。
AD1864年、奇しくも、同郷の人々の侵攻を受けたブータン王国は大英帝国と「イギリス=ブータン戦争」を戦ったが、敗北を喫する。AD1906年、アンジュー家の末裔ワンチュク家は同郷の人々の入国を正式に承認し、AD1907年にウゲン・ワンチュクがブータン王に即位して「ブータン王国」が誕生した。AD2006年、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが第5代ブータン王に即位している。

 


■AD1907年 「ブータン王国誕生」

 

AD1864年、奇しくも、同郷の人々の侵攻を受けたブータン王国は大英帝国と「イギリス=ブータン戦争」を戦ったが、敗北を喫する。AD1906年、アンジュー家の末裔ワンチュク家は同郷の人々の入国を正式に承認し、AD1907年にウゲン・ワンチュクがブータン王に即位して「ブータン王国」が誕生した。

 


■AD1963年 ブラッド・ピット生誕

 


■AD1980年 ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク生誕

 

AD2006年、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが第5代ブータン王に即位している。

 

 

 

◆エノク(エンケラドス)の歴史

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エンケラドス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、カアングと組んで「エンケラドス」を生んだ。エンケラドスの名の由来はカアング、ヒッポリュトスの組み合わせである。カアング+ヒッポリュトス=アングリュトス=エンケラドスとなる。

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「ニコラ族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したエンケラドスは、北アメリカ台地(現シアトル周辺)に居を構え、「ニコラ族」を生んだ。ニコラの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エノコラドス=ノコラ=ニコラとなる。

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ナゲ族誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエンケラドスは、マレー半島に「ナゲ族」を生んだ。ナゲの名の由来はニコラである。ニコラ=ナゲラ=ナゲとなる。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「エノク誕生」

 

「ギガントマキア」に敗北したエンケラドスは、エジプトに移住した。この時に「エノク」が生まれた。エノクの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エヌケラドス=エノクとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「勝利の女神ニケ誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したエノクは、ギリシアに侵攻して「勝利の女神ニケ」を生んだ。ニケの名の由来はエノクである。エノク=エニケ=ニケとなる。

 


■4万年前 「クロマニョン人の大航海時代」

 


■4万年前 「クロマニョン人誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノクは、地中海を出て大西洋を北上した。その時、エノク一行は一時的にヨーロッパに立ち寄った。後世になって、彼らの生活の痕跡を発見した学者たちは、彼らを「クロマニョン人(ホモサピエンスサピエンス)」と命名した。

 


■4万年前 「ティアワナク誕生」「ナスカ誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノクは、エノス、メトセラを連れて古代マヤを経てペルーに入植した。この時に「ティアワナク)」「ナスカ」などの名が生まれた。ティアワナクの名の由来はメトセラとエノクの組み合わせであり、ナスカの名の由来はエノスとエノクの組み合わせである。メトセラ+エノク=メティエノク=ティアワナクとなり、エノス+エノク=ノスク=ナスカとなる。

 


■4万年前 「モホス文明誕生」

 

エノクたちは、アンデスを越えてアマゾン流域に下ると、雨季になると広大な森林地帯が氾濫したアマゾン河の水底に沈むモホス平原を発見する。この神秘の平原に魅せられたエノクは、モホス平原に定住を試みることで文明の発想を得た。文明の基幹産業である農業や魚の養殖に開眼すると共に、用水路、運河、排水設備建設の必要性に気付いたのだ。それに伴って、土木・建築技術が向上し、計画的な都市建設が可能になった。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「イェイ誕生」「ガン誕生」「ウナンガン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、カナダ圏に留まり、トバルカインと共に、アパッチ族に祀られた神「イェイ(エノク)」と「ガン(トバルカイン)」を祀った。エノク=イェイノク=イェイとなり、トバルカイン=トバルガイン=ガイン=ガンとなる。この連合体は、アリューシャン列島通過の際に「ウナンガン族(エノク+ガン)」を残している。エノク+ガン=エノン+ガン=ウナンガンとなる。

 


■3万年前 「パイワン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、台湾に訪れると、ヴィディエはエノクと組んで連合体を生んだ。この時に生まれたのが「パイワン族」である。パイワンの名の由来はヴィディエとエノクの組み合わせである。ヴィディエ+エノク=ヴイエノ=パイワンとなる。

 


■3万年前 「日子番能邇邇芸命誕生」

 

台湾に入植したエノクは、インドから来たヴァナラシ族と連合して「日子番能邇邇芸命」を誕生させた。ホノニニギの名の由来はピュグマエイ、ヴァナラシとエノクの組み合わせである。ピュグマエイ+ヴァナラシ+エノク=ピュグヴァナ+ネノク=ヒコホノニニギとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「エノクの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ヤナ族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」を経て南極に移住し、大地殻変動を機に「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、コロラド流域からカリフォルニアに移った。彼らは現地人と交わり、「ヤナ族」を生んだ。ヤナの名の由来はエノクである。エノク=ヤノク=ヤナとなる。

 


■1万3千年前 「名護誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、アリューシャン列島を越えて、沖縄本島に移り、「名護(エノク)」の名を残している。エノク=エナゴ=ナゴ(名護)となる。

 


■1万3千年前 「メコン誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したレメクは、エノクと共にインドシナ半島に上陸した。両者は、大河のひとつに「メコン」と命名している。メコンの名の由来はレメクとエノクの組み合わせである。レメク+エノク=メクエノ=メコンとなる。

 


■1万3千年前 「ナーガ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノクは、レメクと別れ、インドに移住した。エノクはインドに「ナーガ族」を生んだ。ナーガの名の由来はエノクであり、エノク=エナーガ=ナーガとなる。

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 


■BC7千2百年 「至高神エンキ誕生」

 

メソポタミアに移住したエノクは、メソポタミアに「至高神エンキ」を祀った。エンキの名の由来はエンケラドスである。エンケラドス=エンキラドス=エンキとなる。エンキは、カイナンと連合して「神々の集団アヌンナキ」を結成する。アヌンナキの名の由来はカイナンとエノクの組み合わせである。カイナン+エノク=イナンノク=アヌンナキとなる。

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「燕誕生」「斉誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」に参加したエノクは、春秋戦国時代になってから「燕(エン)」「斉(キ)」を建てて、古代中原に覇を唱えている。燕・斉(エンキ)の名の由来は至高神エンキである。

 


■BC21世紀 「長脛彦(前身)誕生」

 

ナーガ族は、現ミャンマーに移住し、シャン族と意気投合して「長脛彦」を結成した。長脛彦の名の由来はナーガとシャンの組み合わせである。ナーガ+シャン=ナガシャネ=長脛となる。

 


■BC21世紀 「長脛彦の大移動時代」

 


■BC1400年 「殷・商王朝誕生」

 

「長脛彦の大移動時代」に参加した長脛彦は、中国に移住し、夏王朝(カナン)を滅ぼした。その後、彼らは新規の王朝「殷(イン)・商(シャン)」を築いた。殷はエノク、商はシャンを由来にしている。ただ、日本時代から長臑彦に寄生していた能登族は、人身御供を開催して罪のない中国人を大量に惨殺した。

 


■BC1027年 「長臑彦誕生」

 

「殷・商」が滅ぶろ、ナーガ族は長臑彦の名を継承して日本に帰還した。長臑彦は、安日彦と同盟し、神武天皇が訪れるまで古代大和地方を治めた。

 


■BC753年 「邇芸速日命誕生」

 

古代日本に上陸したアルメニア人は、長脛彦と合体し、「邇芸速日命(ニギハヤヒ)」の連合体を築いた。物部氏の祖と言われる邇芸速日の名の由来は、ナーガ(長脛彦)、サバエ、アメンの組み合わせである。ナーガ+サバエ+日(アメン)=ナガバエ日=ニギハヤ日=邇芸速日となる。

 


■BC6世紀 「中曽根氏誕生」

 

その後、神武天皇の東征を機に「邇芸速日命」の連合体が崩壊すると、長脛彦は現群馬県に移住して「中曽根」を称した。中曽根の名の由来は長脛彦である。長脛(ながすね)=なかすね=なかそね(中曽根)となる。

 


■BC4世紀 「焉耆(エンギ)誕生」

 

燕と斉が滅ぶと、彼らは、タリム盆地に移住し「焉耆(エンギ)」を築いた。焉耆(エンギ)の名の由来は燕と斉の組み合わせである。

 


■BC4世紀 「犬養氏誕生」

 

燕と斉が滅ぶと、彼らは、日本に上陸し、「犬養氏」を生んだ。犬養の名の由来はエノクである。エノク=エノクイ=犬養となる。犬養氏は、アッカド人の後裔縣氏と組んで「縣犬養氏」を称した。

 


■AD638年 「袁氏誕生」

 

焉耆がAD638年に滅亡すると、燕を由来に「袁氏」が輩出された。袁の名の由来は焉耆である。

 


■AD641年 「ペチェネグ族誕生」

 

イスラム教がヌビアに伝えられると、マクリア、アルワ、ノバティアのキリスト教国はヌビアを脱出して一旦、中央アジアに集結した。ノバティア人は、マクリア人、アルワ人とは行動を異にし、焉耆(エンギ)の末裔袁氏と組んで「ペチェネグ族」を結成した。ペチェネグの名の由来は北狄(ベイディ)と袁氏(エンギ)の祖エノクの組み合わせである。ベイディ+エノク=ベイチェノク=ペチェネグとなる。ペチェネグ族は、強力な騎馬軍団としてハザール帝国、キエフ大公国、ビザンツ帝国などの名だたる強国と渡り合った。

 


■AD1561年 上杉謙信(長尾影虎)生誕

 


■AD1849年 乃木希典生誕

 


■AD1855年 犬養毅生誕

 


■AD1859年 袁世凱生誕

 

新生中華民国臨時総に就任している。

 


■AD1918年 中曽根康弘生誕

 


■AD1921年 長井勝一生誕 「漫画ガロ誕生」

 


■AD1945年 永井豪生誕

 

永井豪が描いたデビルマン、バイレンスジャックなどの迫力に満ちたキャラたちは、超古代、神々の時代に活躍した獣人エンケラドスの再現かもしれない。

 


■AD1947年 稲川淳二生誕

 


■AD1948年 二階堂正宏生誕

 


■AD1950年 翁長雄志生誕

 

第7代沖縄県知事に就任している。

 

 

 

 

 

 



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