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ヴィディエの歴史(ペイトー)

◆オーディーン(ペイトー)の歴史

 


■30万年前 「ペイトー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加してオーストラリア大陸に移住したヴィディエは、「ペイトー」を生んだ。ペイトーの名の由来はヴィディエである。ヴィディエ=プイティエ=ペイトーとなる。その後、ペイトーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「プトン族誕生」「パタニ族誕生」など

 

ペイトーは、マレー半島に「バトゥ族」「ハドゥイ族」「ビダエ族」を、ウェネと組んで「プトン族」「バタク族」「パタニ族」「パチャン族」「パティン族」を生んだ。「バトゥ族」「ハドゥイ族」「ビダエ族」の名の由来はペイトーであり、「プトン族」「バタク族」「パタニ族」「パチャン族」「パティン族」の名の由来はペイトーとウェネの組み合わせである。ペイトー+ウェネ=ペイトェネ=パタニ=プトン=パティン=パチャンとなる。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「デルポイ誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したペイトーは、トレと共に古代ギリシアに「デルポイ」を築いた。デルポイの名の由来はトレとペイトーの組み合わせである。トレ+ペイトー=ドレペイ=デルポイとなる。

 


■30万年前 「守護蛇ピュトン誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したディンカは、ペイトーと組み、ナイル流域からエーゲ海へ移った。この時に、彼らは聖地デルポイの守護蛇「ピュトン」を生んだ。ピュトンの名の由来はペイトーとディンカの組み合わせである。ペイトー+ディンカ=ペイディン=ピュトンとなる。頭部が小さく、手足、指が長いディンカは、北極圏に近いエーゲ海に暮らすことで、背の高い金髪・碧眼の白人(北欧人)の祖となった。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「アラビア誕生」「アデン誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペイトーは、アラビア半島晩部に上陸した。ペイトーは、この地に「アデン」を建設した。アデンの名の由来はピュトンである。ピュトン=ピャトン=アデンとなる。アデンは、「エデン」の語源にもなっている。また、オルペウスは当地を「アラビア」と命名した。アラビアの名の由来はオルペウス、或いはエウローペーである。エウローペー=エウロピア=アラビアとなる。

 


■7万年前 「ドラヴィダ族誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペイトーは、トレと共にインドに入植した。この時に「ドラヴィダ族」が生まれた。ドラヴィダの名の由来はトレとペイトーの組み合わせである。トレ+ペイトー=ドレベイドー=ドラヴィダとなる。デルポイと同じ由来を持つ。

 


■7万年前 「ポイニクス誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペイトーは、グレニコスと連合してフェニキア人の祖である「ポイニクス」を生んだ。ポイニクスの名の由来はペイトーとグレニコスの組み合わせである。ペイトー+グレニコス=ペイニコス=ポイニクスとなる。フェニキアの名の由来はポイニクスである。ポイニクス=ポイニキャ=フェニキアとなる。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「オーディーン誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加したペイトーは、古代マヤに入植し、「オーディーン」を生んだ。オーディーンの名の由来はペイトーとディンカの組み合わせである。ペイトー+ディンカ=オーディン=オーディーンとなる。オーディーンは、ヴァルハラ王国を統治した。

 


■2万年前 「最終戦争ラグナロク」

 


■2万年前 「ドロン・オドゥン(ヴォドゥン)誕生」「北斗星君誕生」

 

「最終戦争ラグナロク」により、オーディーンがヴァルハラから現ベナン辺りに入植し、青龍(湖水地方)のディンカと組んで「北斗星君(ペイトーキンジュン)」を建設した。北斗星君の名の由来はペイトー、カアング、ジェンギの組み合わせである。ペイトー+カアング+ジェンギ=ペイトーカアンジェン=ペイトーキンジュン(北斗星君)となる。
オーディーンは、「ドロン・オドゥン」を築いた。ドロン・オドゥンの名の由来はトレ、ヴァナラシ、オーディーンの組み合わせである。これは、オーディーンが現ベナンと共に、アンダマン諸島(トレ)、ヴァナラシ(ガンジス流域)までをも支配していたことを意味する。トレ+ヴァナラシ+オーディーン=トレァナ+オディン=ドロン・オドゥンとなる。
また、オーディーンは「ヴォドゥン」とも呼ばれた。ヴォドゥンの名の由来はオーディーンである。オーディーン=オディン=ヴォドゥンとなる。ヴォドゥンは創造主であり、現ベナンでは超人的な力を持つ神とされた。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ハム誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加して南極にやってきたイマナはペイトーと連合して「ハム」を生んだ。ハムの名の由来はイマナとペイトーの組み合わせである。ペイトー+イマナ=ペイマナ=ハムとなる。「ヴィマナ(UFO)」の名の由来もペイトーとイマナの組み合わせである。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「ウトナピシュティム誕生」

 

「大地殻変動」を機に、ベナンの人々がアフリカからメソポタミアに移ると、アプスー、テミスと共に「ウトナピシュティム」を生んだ。ウトナピシュティムの名の由来はアテン、アプスー、テミスの組み合わせである。アテン+アプスー+テミス=アテナプステミ=ウトナピシュティムとなる。

 


■BC1350年 「太陽神アテン誕生」

 

ミディアン人は、大量の信者を率いてナイル流域に侵入し、アマルナに拠点を築いた。更に彼らは、アメンヘテプ3世に接近して信者とし、重い通りに操作した。司神タナトスに操作されたアメンヘテプ4世は、上下エジプトで勢力を振るうアメン神官団を退けるべく「太陽神アテン」を祀り、「アマルナ宗教改革」を実行した。太陽神アテンの名の由来はアデンである。

 


■BC1027年 「アテネ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、イシン人がギリシアに来訪、その後、「マハーバーラタ戦争」によってアラビア半島が核兵器で消滅すると、アテナイ人、アデン人(ピュトン)が古代ギリシアに入植し、イシン人と共に都市国家「アテネ」を築いた。アテネの名の由来はアテーナイである。
アテネ人は、スパルタ人と共に好戦的な人々であり、常に戦争に明け暮れていた。「第一次神聖戦争」「サラミスの海戦」「第一次ペロポネソス戦争」「第二次神聖戦争」「第二次ペロポネソス戦争」「シチリア戦争」「コリントス戦争」「同盟市戦争」「クレモニデス戦争」など、ほとんど常に戦闘を繰り返していた。BC267年、マケドニア人の台頭により、アテネ人はギリシアを離れることを決意した。

 


■BC343年 「ポントス人の大航海時代」

 


■BC343年 「ピテュニア王国誕生」

 

「ポントス人の大航海時代」に参加したアテネ人はアナトリア半島に入植した。彼らは、「ピテュニア王国」を建設した。ピテュニアの名の由来は偉大な祖ピュトンである。ピュトン=ピュトンニア=ピュテニアとなる。

 


■BC267年 「ブトン人誕生」

 

一部アデン人は、アザニアー海賊と共にスワヒリから日本に向かうが、ペイトーは東南アジアに入植して「ブトン人」を生んでいる。プトゥンの名の由来はピュトンである。ピュトン=プトン=ブトンとなる。

 


■BC2世紀 「エッセネ派誕生」

 

マレー半島のブトン人は、日本を後にしたアザニアー人と共にイスラエルに入植した。マレー人と日本人の顔をした彼らは現地人と混合して「エッセネ派」となる。エッセネの名の由来はアザニアーである。アザニアー=アッサニアー=エッセネとなる。イエスの時代、エッセネ派は、パリサイ派、サドカイ派と共にユダヤ教の主な派閥の中心的存在であった。

 


■AD70年 「唐氏誕生」

 

ディアスポラにより、イスラエルを後にしたエッセネ派は東南に分離し、新天地を求めて旅立った。東方組はインド洋を越えて中国に至った。イスラエル人の顔をした彼らは中国人と混合して「唐氏(タン)」を称した。唐(タン)の名の由来はアテネである。アテネ=アタン=タン(唐)となる。

 


■AD70年 「タヌーフ族誕生」

 

ディアスポラにより、イスラエルを後にしたエッセネ派は東南に分離し、新天地を求めて旅立った。南方組は、アラビア半島に落ち延びて「タヌーフ族」を称した。タヌーフの名の由来はアテネである。アテネ=アテネーフ=タヌーフとなる。

 


■AD583年 「東突厥帝国誕生」「西突厥帝国誕生」

 

阿史那氏のことを、祖を同じくするアテネの末裔であることを見抜いた唐氏は、突厥帝国と唐を連合することを阿史那氏に打診した。唐氏は李氏を配下に置き、隋に蜂起する準備を進めている最中だったが、中国を掌握した後、中国を突厥帝国と連合させることで、唐氏は、ユーラシア大陸を統べる巨大帝国を手にしたかったのだ。しかし、一部阿史那氏は承諾したものの、一部阿史那氏には反撥するものがいたため、突厥帝国はAD587年に東突厥(阿史那氏)と西突厥(唐氏)に分裂した。それを証明するが如く、唐樹立後、唐の李靖がAD629年に東突厥に攻撃を加えている。

 


■AD618年 李淵、初代皇帝に即位 「唐誕生」「昊天上帝誕生」

 

アテネ人の子孫「唐鑑」は、武川鎮の「柔玄(ルークシャン)」に属していた李淵と親交を持ち、子息の「唐検」も李淵の子息、李世民と親交を持った。大昔、アテネ人がアメンホテプ4世の背後で暗躍し、アマルナ改革を実行したのと同様、唐鑑は、李淵の背後に隠れて唐に纏わる一切を指揮していた。唐氏と李氏はある種の連合体を築いていたのだろう。李淵は「唐」を開いたが、実質、唐を掌握していたのはアテネ人(唐氏)だったのだ。
また、唐氏は都市国家アテネを復活させるべく、宇宙の中心に設定された「長安城」を建設した。そして、南郊円丘での祭典儀礼は「アマルナ宗教改革」の再現ともいうべきものであった。唐の主神「昊天上帝(ハオティアン)」とは、「太陽神アテン」のことに他ならない。ハオティアンの名の由来はアテンである。アテン=アオティアン=ハオティアンとなる。

 


■AD682年 「東突厥帝国復活」

 

AD629年の唐による攻撃を機に、東突厥の王統はしばらく途絶えるのだが、AD602年に故国が滅んだタヌーフ族が祖を同じくする東突厥を訪問し、AD682年に東突厥帝国を復興させた。

 


■AD739年 「田辺氏誕生」「渡辺氏誕生」

 

AD744年に引き続いて東突厥帝国が滅ぶと、阿史那氏はタヌーフ族を率いて中央アジアから日本に移住した。タヌーフ族は、日本人と混合して「田辺氏」を成した。更に、タヌーフ族は源宛にも接近して自身の血統を打ちたてている。それが「嵯峨源氏」の祖、源綱である。その後、源綱は「渡辺氏」に名を改めている。田辺の名の由来はタヌーフであり、渡辺の名の由来はアテネの浜辺である。タヌーフ=タナフェ=田辺となり、アテネの辺(浜辺)=アテネベ=渡辺となる。

 

 

 

◆卑弥呼(ハム)の歴史

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ハム誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加して南極にやってきたイマナはペイトーと連合して「ハム」を生んだ。ハムの名の由来はイマナとペイトーの組み合わせである。ペイトー+イマナ=ペイマナ=ハムとなる。「ヴィマナ(UFO)」の名の由来もペイトーとイマナの組み合わせである。

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「エロヒム誕生」

 

「エノスの大航海時代」に参加したエロスはハムと連合して「エロヒム」を生んでいる。エロス+ハム=エロハム=エロヒムとなる。イスラエルの神として知られる「エロヒム」は、アフリカ生まれの神なのだ。

 


■1万3千年前 「ノアの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ハミ族誕生」

 

ハミの名の由来はハムである。彼らは、「エノスの大航海時代」に参加した黒い肌の兄弟アムル人と連合して「フォモール人」を築き、「第1次北極海ルート」に参加して「パミール人」などを生んでいる。現在では、オリジナルのハミ族は、少数民族としてフィンランドに居住している。

 


■BC5千年 「フォモール人誕生」「ポメラニア誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したイボ人は、スカンジナビア半島に入植し、ハミ族と組んで「フォモール人」を生んだ。フォモールの名の由来はハミとエピアルテースの組み合わせである。ハミ+エピアルテース=ハミアル=フォモールとなる。彼らの拠点は「ポメラニア」と呼ばれた。ポメラニアの名の由来はフォモールである。フォモール=フォモリアン=ポメラニアとなる。

 


■BC5千年 「モリガン誕生」

 

フォモール人(ハミ族)は、トバルカインと組んで「モリガン」を生んだ。モリガンの名の由来はフォモールとトバルカインの組み合わせである。フォモール+トバルカイン=モールカイン=モリガンとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「エウボイア誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したフォモール人は、エーゲ海に帰還し、エウボイア島に上陸し、この島を初めて「エウボイア」と呼んだ。エウボイアの名の由来はイボである。イボ=エボ=エウボア=エウボイアとなる。

 


■BC5千年 「アムル人誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したフォモール人は、メソポタミアに上陸し、「アムル人」を称した。アムルの名の由来はフォモールである。フォモール=オモール=アムルとなる。

 


■BC5千年 「マリ誕生」

 

アイルランドを脱出したエロス(アムル人)は、北アフリカには帰還せずにメソポタミアに移住した。彼らは「都市国家マリ」を建設した。マリの名の由来はアムルである。アムル=アマリ=マリとなる。

 


■BC5千年 「アムル人誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したフォモール人は、メソポタミアに上陸し、「アムル人」を称した。アムルの名の由来はフォモールである。フォモール=オモール=アムルとなる。

 


■BC40世紀 「第1次シュメール人の大航海時代」

 


■BC40世紀 「叡智の神ミミル誕生」「美丈夫の神ヘーニル誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」に参加したフォモール族は、ミドガルド王国に入植した。フォモール族は「ミミル」を生み、一部フォモール族は、ヴァン神族の「最高神ニョルド」と組んで「ヘーニル」を生んだ。ミミルの名の由来はハミとフォモールの組み合わせであり、ヘーニルの組み合わせはフォモールとニョルドの組み合わせである。ハミ+フォモール=ミモール=ミミルとなり、フォモール+ニョルド=フォニョル=ヘーニルとなる。

 


■BC40世紀 「アブラハム誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」に参加したアムル人は、シュメール人と共にペルーの地に「チムー王国」を建設した。この時に「アブラハム」が生まれた。アブラハムの名の由来はエピアルテースとハムの組み合わせである。エピアルテース+ハム=エピアルハム=アブラハムとなる。「聖書」では、アブラハムはエジプトを目指しているが、彼が目指したエジプトとは、実際には、縄文時代の日本列島のことである。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代」

 


■BC32世紀 「ポモ族誕生」「ピマ族誕生」

 

「サムエルの大航海時代」に参加したアブラハムは、現カリフォルニアに「ポモ族」を、コロラド流域に「ピマ族」を残している。いずれの名の由来もフォモールである。フォモール=フォモ=ポモ=ピマとなる。

 


■BC35世紀 「奥羽誕生」

 

「サムエルの大航海時代」に参加したアブラハムは、出羽国に入植した。彼らは拠点を「奥羽」と呼んだ。奥羽の名の由来はエウボイアである。エウボイア=エウウ=奥羽となる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「エフライム族誕生」「パミール誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加したアブラハムは、夏時代の中国に上陸し、そのままタリム盆地に入植した。この時に、彼らは「パミール」を拠点とした。パミールの名の由来はフォモールである。フォモール=ポモール=パミールとなる。また、アブラハムはパミールで「エフライム族」と呼ばれた。エフライムの名の由来はエピアルテースとハムの組み合わせである。エピアルテース+ハム=エピアルハム=アブラハム=エフライムとなる。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「ヤムハド王国誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したアブラハムは、古代エジプトに入植した。アブラハムは、エジプトでナフタリ族と連合体を組んだ。ヤムハドの名の由来はハムとヤペテの組み合わせである。ハム+ヤペテ=アムヘテ=ヤムハドとなる。BC16世紀にヤムハド王国は滅亡している。

 


■BC1027年 「キンメリア人誕生」

 

羌族は、タリム盆地に進出してパミール人と連合し、「キンメリア人」を組んだ。羌(キャン)+パミール=キャンミール=キャンメリア=キンメリアとなる。謎の民族とされるキンメリア人は、中央アジアに覇を唱え、フルリ人のウラルトゥ王国に侵攻し、サルゴン2世が率いるアッカド帝国と戦火を交えた。また、フリギア王ミダスを自殺に追い込んだりしたが、アッシリア軍、リディア王国軍に敗北してモンゴルに帰還している。

 


■BC610年頃 「ヒミルコ誕生」

 

リディア王国に敗北すると、パミール人がキンメリア人から離脱し、地中海に移住した。地中海では「ヒミルコ」の名が生まれている。ヒミルコの名の由来はパミール人(パミールキ)である。パミールキ=パミルコ=ヒミルコとなる。カルタゴの将軍ヒミルコが有名である。

 


■BC330年 「ラハム族誕生」

 

ペルシア帝国が滅亡すると、アフラマズダーの種族は、アラビア半島に入植し、「ラハム族」を称した。ラハムの名の由来はアブラハムである。アブラハム=ラハムとなる。ラハム族は、AD4世紀頃に「ラハム王国」を築いている。

 


■BC327年 「コラズム族の大移動時代」

 


■BC327年 「ヒムヤル人誕生」

 

「コラズム族の大移動時代」に参加したパミール人は、現地人と混合し、「ヒムヤル人」を称した。ヒムヤルの名の由来はパミールである。パミール=ハミイル=ヒムヤルとなる。唯一、クライシュ族に参加しなかったヒムヤル人は、単独で「ヒムヤル王国」を建て、BC115年頃にアラビア南部全域を支配下に置いた。ヒムヤル王国は、アラビアの強国としてサバエ王国、ハドラマウト王国と度々戦火を交え、征服して支配下に置いている。

 


■AD106年 「卑弥呼誕生」

 

ナパタエ人と共にインドシナ半島に上陸したヒムヤル人は現地人と混合し、この時に「卑弥呼」が誕生した。卑弥呼の名の由来はヒムヤル人の祖パミール人を意味する「ハミキ」である。ハミキ=ハミコ=卑弥呼となる。卑弥呼は、アラビア人とインドシナ人のハーフ、つまりインド人のような顔をしていたと考えられる。

 


■AD146年 「マルコマンニ人誕生」

 

倭国大乱を機に、邪馬台人がインドシナ半島を離れてゲルマニアに移住した。ゲルマニアに上陸した卑弥呼の一族は、アラマンニ人と合体して「マルコマンニ人」を成した。マルコマンニの名の由来はヒミルコ(パミール人を意味するパミルコ)とアラマンニの組み合わせである。ヒミルコ+アラマンニ=ミルコマンニ=マルコマンニとなる。

 


■AD534年 「ヴァンダル人の大航海時代」

 


■AD534年 「丸子氏誕生」

 

「ヴァンダル人の大航海時代」に参加したケルト人は、日本人と混合して「黒田氏」を生み、マルコマンニ人は「丸子氏」を生んだ。丸子の名の由来はマルコマンニである。

 


■AD534年 「メルキト誕生」

 

「ヴァンダル人の大航海時代」に参加したケルト人とマルコマンニ人は、モンゴル人と混合して「ケレイト」「メルキト」を形成した。ケレイトの名の由来はケルトであり、メルキトの名の由来はマルコマンニの人である。ケルト=ケルイト=ケレイトとなり、マルコマンニの人(ト)=マルコト=マルキト=メルキトとなる。

 


■AD10世紀 「ハイマー誕生」

 

イスラム帝国の分裂を機に、アラビア人の顔をした西方組ヒムヤル人はヨーロッパに移住し、「ハミル」「ハイマー」などの姓を残した。ハミル、ハイマーの名の由来はヒムヤルである。ヒムヤル=ハミャル=ハミルとなり、ヒムヤル=ヒムヤー=ハイマーとなる。

 


■AD10世紀 「逸見氏誕生」

 

イスラム帝国の分裂を機に、アラビア人の顔をしたヒムヤル人は、東方に進み、日本に上陸して現地人と混合し「逸見(へんみ)氏」を形成した。逸見の名の由来はヒムヤルである。ヒムヤル=ヒンムヤル=逸見(へんみ)となる。

 


■AD10世紀 「マヤ人の大航海時代」

 


■AD10世紀 「ハム誕生」

 

「マヤ人の大航海時代」に参加したポモ族、ピマ族はイギリス人と混合して、ボーナム、カニンガム、ベッカム、バッキンガムなど、「ハム」が付く姓を量産した。ハムの名の由来はフォモールである。

 


■AD1918年 スパイク・ミリガン生誕

 


■AD1921年 クリス・マルケル生誕

 


■AD1928年 エンニオ・モリコーネ生誕

 


■AD1941年 ショーン・S・カニンガム生誕

 


■AD1947年 ピート・ハム生誕 「バッドフィンガー誕生」

 


■AD1948年 ジョン・ボーナム生誕 「レッド・ツェッペリン誕生」

 


■AD1949年 リンジー・バッキンガム生誕 「フリートウッド・マック誕生」

 


■AD1951年 マーク・ハミル生誕

 


■AD1954年 アンゲラ・メルケル生誕

 

第8代ドイツ共和国首相に就任している。

 


■AD1959年 サム・ライミ生誕 「死霊のはらわた誕生」

 


■AD1975年 デビッド・ベッカム生誕

 

 

◆八幡神社(ヤペテ)の歴史

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「ヤペテ誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加して南極にやってきたニャメはペイトーと連合して「ヤペテ」を生んだ。ヤペテの名の由来はニャメとペイトーの組み合わせである。ニャメ+ペイトー=ニャペイト=ヤペテとなる。

 


■1万3千年前 「ノアの大航海時代」

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 

大地殻変動を機に、世界各地から神々の血統がメソポタミアに集った。ブリテン島から来たヘカテ、テミス、モンゴルから来た三皇、垂仁天皇、獣人たち、オケアーニスたち、エビス(アプスー)、ヤマト(ティアマト)、エジプトから来たアトゥム、カイン、マハラレル、カイナン、南極から来たエノク、レメク、ヤペテの4者が連合して「神々の集団アヌンナキ」を築いた。また、彼らはヤペテの子として知られる一族を共同で生んだ。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「プタハ誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したペイトーは、アプスーと共にエジプトに移住し、「プタハ」を生んだ。プタハの名の由来はペイトーとアプスーの組み合わせである。ペイトー+アプスー=ペイトアプ=ペトパ=プタハとなる。その後、ペイトーは再度、アラビア半島(アテーナイ王国)に帰還する。

 


■BC7千年 「プテ誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したヤペテは、北アフリカに「プテ」を生んだ。プテの名の由来はヴィディエである。ヴィディエ=プディエ=プテとなる。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「ビト誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したプテは、アイルランドに移住すると、ノアの子「ビト」を称した。ビトの名の由来はヤペテである。ヤペテ=ヤペト=ビトとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「ベドウィン族誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したプテは、アイルランドから地中海に帰還した。彼らは「ベドウィン族」を生んだ。ベドウィンの名の由来はピュトンである。ピュトン=ピュトウィン=ベドウィンとなる。

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート」

 


■BC5千年 「ハッティ人誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したプテは、オビ河に「ハッティ人/グティ人」を形成した。ハッティの名の由来はプテである。プテ=プッティ=ハッティとなる。別名グティは、ユーラシアに根付く、ハ行はカ行を兼ねる法則が作用している。その後、ハッティ人はヌビア人(ノア)と共に故地メソポタミアを目指して南下した。

 


■BC5千年 「ヒッタイト人誕生」

 

オリエントに南下してきたハッティ人は、製鉄の種族として古代オリエント地域で活動していたタタと出会い、連合体を築いた。それが「ヒッタイト人」である。ヒッタイトの名の由来はハッティとティタンの組み合わせである。ハッティ+ティタン=ハッテイタ=ヒッタイトとなる。古代タルタロス(オーストラリア)で製鉄を営んでいたデウカリオン(製鉄の種族)は、アナトリアで製鉄技術を発展させたため、「ヒッタイト帝国」は鉄器を振るい、一流の古代国家として繁栄した。

 


■BC1900年 「ヒッタイト帝国誕生」

 

「製鉄の種族タタ」を仲間に付け、鉄器という武器を得たハッティ人の帝国は、エジプト王国に匹敵する大帝国としてオリエント地域に覇を唱えた。

 


■BC1200年 「ベーシュタード王国」

 

トゥルシア人は、ペリシテ人、チェケル人、ウェシュシュ人、ルカ人、シェクレシュ人などと共に、デニエン人、シェルデン人によって国家を滅ぼされたトロイア人、ミケーネ人、ヒッタイト人の亡命を助け、イランの地に誘導した。彼らはベーシュタード王国を築いた。

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「ホータン誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、イランを脱出したハッティ人は、タリム盆地に移住し、拠点を「ホータン」と命名した。ホータンの名の由来はヒッタイトと同じく、ハッティとティタンの組み合わせである。ハッティ+ティタン=ハッィタン=ホータンとなる。ホータンは、後に「ヒッタイト人の大航海時代」によって、マヤに移住した。そのため、OTANの名に似ているとして、大谷が大宛に来た際、ホータンを簒奪している。

 


■BC1027年 「クアディ族誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、イランを脱出したハッティ人は、現地人と混合して「クァディ族」を形成した。クアディの名の由来はグティである。グティ=グアティ=クアディとなる。彼らは、後にスワヒリから戻ったトゥルシア人と連合して「シュレースヴィヒ」を建設する。

 


■BC7世紀 「クシュ人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「ヴィデーハ誕生」

 

「クシュ人の大航海時代」に参加したベドウィン族は、インドに上陸した。ベドウィン族は「ヴィデーハ王国」を建設した。ヴィデーハの名の由来はプタハである。プタハ=プイターハ=ヴィデーハとなる。

 


■BC327年 「ヴィシュヌの大航海時代」

 


■BC327年 「フィダッハ誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」に参加したヴィデーハは、ピクトランドヌ入植し「フィダッハ」を生んだ。フィダッハの名の由来はヴィデーハである。ヴィデーハ=フィデーハ=フィダッハとなる。

 


■BC4世紀 「ヒッタイト人の大航海時代」

 


■BC4世紀 「ポウハタン連邦誕生」

 

「ヒッタイト人の大航海時代」第3の拠点は北アメリカ北東部森林地帯である。ここには、ホータン人が残留した。彼らは、後にヨーロッパから訪れるポーニー族(ポエニ人)と組んで「ポウハタン連邦」を形成した。ポウハタンの名の由来はボイイとホータンの組み合わせである。ボイイ+ホータン=ボイホタン=ポウハタンとなる。

 


■BC4世紀 「ゴート族誕生」

 

「ヒッタイト人の大航海時代」第5の拠点はスカンジナビア半島である。ここには、タタール人とホータン人が残留した。ホータン人はスカンジナビアに落ち着いて「ゴート族」を称した。ゴートの名の由来はホータン(ハ行はカ行を兼ねる)である。ホータン=コータン=ゴートとなる。後に、ルシタニア人がゴート族と合体し、ルシタニア人が主導するゴートは「西ゴート族」となり、正統なゴートは「東ゴート族」となる。

 


■BC113年 「バタヴィア族誕生」

 

フィダッハは、キンブリ人に誘われ、ケルト文化が華やぐゲルマン人台頭前夜のヨーロッパに移った。フィダッハは「バタヴィア族」を生んだ。バタヴィアの名の由来はベドウィンである。ベドウィン=ベドウィア=バタヴィアとなる。キンブリ人とテウトニ族の連合体は、女神ダヌの指揮により、、BC113年にローマに侵入していうが、撃退されてしまう。その後、BC102年の「アクェセクスチェの戦い」でテウトニ族はローマ軍の前に粉砕され、BC101年の「ヴェルケレの戦い」ではキンブリ人が大いに敗れた。

 


■BC73年 「キンブリ人の大航海時代」

 


■BC69年 「カーンヴァ朝誕生」

 

「キンブリ人の大航海時代」に参加したバタヴィア族は、インドに移住した。キンブリ人の主導でシュンガ朝の王位を簒奪した一行は「カーンヴァ朝」を開いている。カーンヴァの名の由来はキンブリとバタヴィアの組み合わせである。キンブリ+バタヴィア=キンヴィア=カーンヴァとなる。

 


■BC23年 「禿髪部誕生」

 

カーンヴァ朝が滅ぶと、バタヴィア族はキンブリ人、テウトニ人と共にインドからモンゴルに移住した。バタヴィア族は「禿髪部(トゥファ)」を結成して「鮮卑」に参加した。禿髪(トゥファ)の名の由来はプタハである。プタハ=タハ=トゥハとなる。

 


■AD471年 「鮮卑の大航海時代」

 


■AD471年 「八幡神社誕生」

 

「鮮卑の大航海時代」に参加しなかった禿髪部は、現大分県に上陸した。彼らは、「八幡信仰」を体系化した。八幡の名の由来は禿髪部(バタヴィア)の先祖ヤペテである。八幡神社に「応神天皇崇拝」が盛り込まれているのは、八幡神社の創立者が「鮮卑」の出身であることを意味している。

 


■AD471年 「ベートーヴェン誕生」「バタイユ誕生」

 

中国人の顔をした禿髪部(トゥファ)はヨーロッパ人と混合して「ベートーヴェン」「バタイユ」の名を誕生させた。ベートーヴェン、バタイユの名の由来は両方とも禿紙部の先祖ベドウィンである。ベドウィン=ベードーウィン=ベートーヴェンとなり、ベドウィン=ベドーウィ=バタイユとなる。

 


■AD554年 「ゲーテ誕生」

 

AD493年に東ゴート王国が成立したが、テヤ王が「モンラクタリウスの戦い」で戦死すると、東ゴート族はヨーロッパに四散した。この系統からはドイツの文豪ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテが輩出されている。ゲーテの名の由来はゴートである。

 


■AD962年 「畠山氏誕生」

 

AD962年、神聖ローマ帝国が成立すると、イタリア半島に残留していた東ゴート族は、これを嫌ってイタリアを脱出し、日本に落ち延びた。イタリア人の顔をした東ゴート族は、秩父重弘に接近して自身の血統を打ち立てた。その時に誕生したのが「畠山氏」の祖、畠山重能である。畠山の名の由来は「ハッティの山」である。ハッティの山とはつまり、東ゴート王国時代に縁があるアルプス山脈のことである。

 


■AD962年 「八田氏誕生」「小田氏誕生」

 

AD962年、神聖ローマ帝国が成立すると、イタリア半島に残留していた東ゴート族は、これを嫌ってイタリアを脱出し、日本に落ち延びた。イタリア人の顔をした東ゴート族は、宇都宮氏の祖、藤原兼仲に接近して自身の血統を打ち立てた。その時に誕生したのが「八田氏」の祖、八田宗綱と「小田氏」の祖、八田知家である。八田の名の由来はハッティであり、小田の名の由来はゴートである。ゴート=オート=小田となる。因みに、織田氏は西ゴート族である。

 


■AD1749年 ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ生誕

 


■AD1770年 ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン生誕

 


■AD1897年 ジョルジュ・バタイユ生誕

 


■AD1947年 小田和正生誕 「オフコース誕生」

 

 

 

◆ポイニクスの歴史

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ポイニクス誕生」

 

オーストラリア東部(テュロス王国)に赴いたペイトーは、グレニコスと連合してフェニキア人の祖である「ポイニクス」を生んだ。ポイニクスの名の由来はペイトーとグレニコスの組み合わせである。ペイトー+グレニコス=ペイニコス=ポイニクスとなる。フェニキアの名の由来はポイニクスである。ポイニクス=ポイニキャ=フェニキアとなる。

 


■1万3千年前 「デウカリオンの大航海時代」

 


■BC7千年 ポイニクス、テーバイ王国に移住

 

「デウカリオンの大航海時代」に参加したポイニクスは、メソポタミアに入植したが、後に、西アフリカにあるテーバイ王国に移住した。テーバイ王国は、カドモスの血統が統治し、エウローペー(ヨルバ族)も住んでいた。

 


■BC7千年 「フェニキア人誕生」

 

フェニキア人は突然登場したように見えるが、それはサハラにあったテーバイ王国がフェニキア人だけでなく、自らの歴史もろとも強力な核兵器で完全に消滅したためである。ポイニクスはサハラを拠点に地中海に赴いて交易に勤しんだと考えられる。

 


■BC11世紀 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC1027年 「黄帝誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」を機に、イランを脱出したフェニキア人黄河流域に入植し、「黄帝(ファンディ)」を誕生させた。黄(ファン)の名の由来はフェニキアである。黄帝(フェニキア人)は、神農と組んで蚩尤(ゼウス)と対決し、これを下したと伝えられている。黄帝の子孫は「黄氏(ファン)」となり、中国全土に拡散した。

 


■BC9世紀 「ポエニ人誕生」

 

カルタゴが繁栄すると、フェニキア人も交易に参加し、「ポエニ人」と呼ばれた。ポエニの名の由来はポイニクスである。ポイニクス=ポイニ=ポエニとなる。フェニキア人もポエニ人も、同じ種族である。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代(東方組)」

 


■BC7世紀 「ペー族誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したポエニ人は、インドシナ半島に移住し「ペー族」を生んだ。ペーの名の由来はポエニである。ポエニ=ポエーニ=ポエー=ペーとなる。その後、ペー族は、アンガ人、シャム人と共に春秋戦国時代の中国に上陸する。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代(西方組)」

 


■BC7世紀 「ボイイ族誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したポエニ人は、バルト海に入植い「ボイイ族」となった。ポエニ=ポエエニ=ボイイとなる。

 


■BC390年 「ウェル・サクレム」

 

大谷の祖であるドルイド僧による「一向一揆」の原型がこれである。「数で優れた者を圧倒する」という戦法が、古代ローマ相手に実施されていたのだ。多数の愚か者を指揮して少数の優れた者を数で圧倒する。これは、確かに賢い方法ではあるが、優れた者が多数である時、この方法は機能しない。ドルイド教が指揮した「ウェル・サクレム」は、それを教えてくれる。ローマには優れた兵士が大勢いたのだ。この時、ドルイド教は、強い敵と戦う前には、強い者たちを弱体化しなければならない、ということを学んだ(そして、その研究と実践は近代になって中世ヨーロッパ、アメリカ合衆国、日本で発揮されることになる)。

 


■BC385年 「バイエルン誕生」

 

「ウェルサクレム」に参加したボイイ族は、フランク族と連合して現バヴァリア地方に「バイエルン」を築いた。バイエルンの名の由来はボイイとフランクの組み合わせである。ボイイ+フランク=ボイイラン=バイエルンとなる。

 


■BC335年 「ウェル・サクレム(アレクサンダー大王に謁見)」

 

BC335年、ドルイド僧の指揮下にあったガリア人は、ドナウ川とモラヴァ川の合流地点で、かのアレキサンダー大王と会見している。強い者と初めて対面する時、いい顔をして必ず下手に出る彼らは、大王に忠誠を示す品々を贈った。アレキサンダー大王は、自身の名声がガリアにまで轟いていることを期待して「おまえたちが一番恐ろしいと思う人物は誰だ?」と問うた。
これに対し、ガリア人は「自分たちに怖いものは何もない」と答えた。この時、感銘を受けたアレキサンダー大王はガリア人を友と呼び、同盟を築こうとした。だが、大王は後にこの発言を撤回し「あいつらはただのホラ吹きだ」と一蹴し、ガリア人を追放している。この報復としてドルイド僧はアレキサンダーを暗殺した。これにより、マケドニア帝国という障害が除去されたガリア軍は、バルカン半島になだれ込んだ。

 


■BC327年 「ヴィシュヌの大航海時代」

 


■BC327年 「ポウハタン連邦誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」に参加したポエニ人は、北アメリカ北東部森林地帯に入植した。彼らは、後にヨーロッパから訪れるポーニー族(ポエニ人)と組んで「ポウハタン連邦」を形成した。ポウハタンの名の由来はボイイとホータンの組み合わせである。ボイイ+ホータン=ボイホタン=ポウハタンとなる。

 


■BC327年 「ポーニー族誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」第6の拠点は北アメリカ大陸である。ヨーロッパ人の顔をしたボイイ族は、現地人と混合して「ボーニー族」を形成した。ポーニーの名の由来はポエニである。ポエニ=ポエーニー=ポーニーとなる。

 


■BC327年 「スー族誕生」「コマンチ族誕生」

 

ポーニー族は、更にフェニキア文字のひとつシグマを現地人に冠した。シグマは分離して「スー族」と「コマンチ族」に分かれた。シグマ=シー+グマン=スー+コマンチとなる。

 


■BC327年 「オマハ族誕生」「クロウ族誕生」

 

ポーニー族は、更にフェニキア文字のひとつオミクロンを現地人に冠した。オミクロンは「オマハ族」と「クロウ族」に分離した。オミクロン=オミイ+クロウン=オマハ+クロウとなる。

 


■BC329年 「匈奴(キョンヌ)誕生」

 

BC329年に楚の家臣団が分裂すると熊氏は、黄氏と福建人を率いてモンゴルに移住した。祖を同じくする羌族や、ペルシア帝国の滅亡を機にモンゴルに来ていたアーリア人(アラン人)、タタ(タタール人)と組んだ熊氏は「匈奴(キョンヌ)」を結成した。匈奴の名の由来は熊・羌(キャン)と黄(ファン)の組み合わせである。キャン+ファン=キャン+ファンヌ=キャンヌ=匈奴となる。匈奴の名はある意味フェニキアを逆にひっくり返したものである。

 


■BC327年 「マヤ人誕生」「ポポル・ヴー誕生」

 

「ヴィシュヌの大航海時代」に参加したボイイ族は、ユカタン半島に入植した。ボイイ族は、現地人にフェニキア文字のひとつミューを冠して「マヤ人」を生んだ。ミュー=ミャー=マヤとなる。また、マヤ人は、「ポポル・ヴー」を編纂した。ポポルヴーの名の由来はバヴァリアとボイイの組み合わせである。バヴァリア+ボイイ=バヴァラ+ヴイイ=ポポル・ヴーとなる。

 


■BC279年 「ウェル・サクレム(聖地デルポイ侵攻)」

 

BC279年、ついにガリア人は聖地デルポイを蹂躙し、略奪の限りを尽くしたが、聖地デルポイを治めていたディオニュソス密儀と対立することになる。ディオニュソス密儀のダルダニア人は、ドルイド教とは「神託」を学んだ師と弟子の間柄であった。だが、彼らは、ガリア人の侵攻をドルイド教の裏切りと判断し、「アポロンの呪い」とウソぶいて、ガリア人の指揮官を暗殺した。
ドルイド僧は、これを単なるウソと見抜いたが、何も知らないガリア人兵士は恐れおののき、軍団は周囲に四散した。後に、人喰い人種を嫌っていた正統なケルト人は、ドルイド僧から逃れるようにアナトリア半島に落ち延び、独自にガラティア王国を建てた。

 


■BC226年 「夫余誕生」

 

BC226年、燕が滅亡すると、ペー族はモンゴルから満州に移って「解氏(ヘ)」を称して「夫余(プユ)」を生んだ。解(ヘ)、夫余(プユ)の名の由来はペー、或いはポエニである。ポエニ=プユニ=プユとなる。

 


■BC52年 「ハウエル誕生」「パウエル誕生」

 

ウィルキンゲトリクスの蜂起に参加するが、「アレシアの戦い」でローマ軍に敗北する。ボイイ族は、敗北を機にバイエルンに戻るが、バイエルンを発ってブリテン王に移住した。ボイイ族はバイエルンを由来に「ハウエル」「パウエル」、そしてボイイを由来に「ヴァイ」などの名を成した。バイエルン=パウエルン=パウエル=ハウエルとなる。

 


■AD45年 「南匈奴誕生」

 

タイ族(道教)、扶余は、匈奴に参加した。この時に、匈奴は「北匈奴」と「南匈奴」に分裂した。ペー族の連合体は「南匈奴」に身を寄せていた。

 


■AD93年 「フン族誕生」

 

北匈奴が滅ぶと、黄氏は匈奴を解散して「フン族」として中央アジアに進出を果たす。フンの名の由来は黄(ファン)である。ファン=ハン=フンとなる。フン族には、「サータヴァーハナ朝」のサートヴァタ族(サトゥルヌス)とホン族も加わっている。フン族は、アラン族と共に東ゴート族を撃破したため、東ゴート族は安全なローマ領内に避難した。これを機に「ゲルマン人の大移動」が始まる。この強靭な騎馬民族に魅了されたアッチラ(サトゥルヌス)は、サートヴァタ族の力を借りてフン族を完全な支配下に置いた。

 


■AD166年 「太平道誕生」

 

「党錮の禁」が起きると、タナトスの宦官が後漢を私物化したため、社会は腐敗し、何事も賄賂で決められる事態になった。南匈奴に属していた扶余、道教、張角は、タナトスを皆殺しにするために「太平道(タイピンタオ)」「五斗米道(ウートミタオ)」を設立した。太平道の名の由来はヴィディエ(張氏)、ペー、道教(ヴィディエ)の組み合わせであり、五斗米道の名の由来はヴィディエとミン(閔)、ヴィディエの組み合わせである。

 


■AD189年 「白蓮社誕生」

 

夫余は、太平道が解散すると「白蓮教(パイリャン)」を結成した。パイリャンの名の由来は公孫度は後漢により遼東太守に任命され、その後、独立した。公孫淵は魏王に上洛を求められるが、反旗を翻して「燕王」を称した。だが、一族が処刑されると公孫淵は「大和人の大航海時代」に参加してブリテン島に渡った。

 


■AD284年 符洪生誕 「符氏誕生」

 

夫余は、太平道が解散すると「符氏(フー)」を生んだ。符(フー)の名の由来はペーである。ペー=ヘー=フーとなる。符洪は、事実上の「前秦」の創始者である。

 


■AD3世紀 「ピュー王国誕生」

 

公孫氏が滅ぶと、一部ペー族は遼東半島からミャンマーに移って「ピュー王国」を建てた。ピューの名の由来はペーである。ピュー族は、後にタイに移って「パヤオ王国」を、インドに移って「ホイサラ朝」を開いている。

 


■AD351年 符建、初代前秦王に即位 「前秦誕生」

 


■AD357年 符堅、第3代前秦王に即位

 


■AD394年 符祟、第6代前秦王に即位

 


■AD4??年 「ポーウィス王国誕生」

 

AD4??年、ボイイ族は、「ポーウィス王国」をブリテン島に建てている。ポーウィスの名の由来はボイイである。ボイイ=ボイイス=ポーウィスとなる。

 


■AD445年 「黄氏誕生」「舟木氏誕生」「船井氏誕生」「船瀬氏誕生」

 

人身御供の種族であるアッチラを嫌ったフン族は、ヨーロッパ支配を放棄して東方に帰還した。中国に上陸したフン族は「黄(ファン)」の名を継承した。また、日本に上陸したフン族は「河野氏」を称した。羌(キャン)に河(かわ)を当て字し、「キャンの土地」の意を含んだ「河野氏」を冠した。更に、フン族は日本人と混合して「舟木」「船井」「船瀬」などの名を形成した。舟木、船瀬の名の由来はフェニキアであり、船井の名の由来はフンである。

 


■AD997年 「レイフ・エリクソンの大航海時代」

 


■AD997年 「ピュー族誕生」

 

「レイフ・エリクソンの大航海時代」に参加したポーニー族は、ミャンマーに入植し、「ピュー族」を生んだ。ピューの名の由来はボイイである。ボイイ=ポイイ=ピューとなる。

 


■AD1094年 「パヤオ王国誕生」

 

AD960年、宋が建つと符氏はタイに移住した。この時、彼らは「パヤオ王国」を築いた。パヤオの名の由来はボイイである。ボイイ=ポイイ=パヤオとなる。この王国はAD1338年まで続いた。

 


■AD11世紀 「マヤ人の大航海時代」

 


■AD11世紀 「ボヘミア誕生」

 

「マヤ人の大航海時代」に参加したマヤ人は、ブリテン島を経てヨーロッパに上陸し、「ボヘミア」を築いた。ボヘミアの名の由来はボイイとマヤの組み合わせである。ボイイ+マヤ=ボヒイマヤ=ボヘミアとなる。

 


■AD1338年 「ピュー族の大航海時代」

 


■AD1338年 「ポー誕生」「ヒューズ誕生」

 

パヤオ王国賀滅ぶと、王国の中核を成していたピュー族はパヤオ王国(符氏)と連合して西方に向かう計画を立てた。ピュー族は、イングランドに上陸してイギリス人と混合し、「ポー」を、パヤオ王国(符氏)は「ヒューズ」などの姓を生んだ。

 


■AD1905年 ハワード・ヒューズ生誕

 


■AD1940年 ジョン・ヒューズ生誕

 


■AD1947年 コージー・パウエル生誕

 


■AD1950年 船瀬俊介生誕

 


■AD1959年 デビッド・コレシュ(ヴァーノン・ウェイン・ハウエル)生誕

 


■AD1960年 スティーブ・ヴァイ生誕

 


■AD1966年 C・トーマス・ハウエル生誕

 

 

 

◆フェニキア人の歴史

 


■BC7千年 「フェニキア人誕生」

 

フェニキア人は突然登場したように見えるが、それはサハラにあったテーバイ王国がフェニキア人だけでなく、自らの歴史もろとも強力な核兵器で完全に消滅したためである。ポイニクスはサハラを拠点に地中海に赴いて交易に勤しんだと考えられる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「スンダ族誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したフォキス人とフェニキア人はその後、ジャワ島からスラウェシ島に移り、現地人と混合して「スンダ族」「ブギス族」を形成した。スンダの名の由来はフェニキア文字ゼータである。ゼータ=ゼンタ=スンダとなる。

 


■BC7世紀 「大伴氏誕生」「久米氏誕生」「筑紫国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したフェニキア人は、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ヤコブ、多氏と共に九州に上陸した。フェニキア人は多氏と連合して「大伴氏」を形成し、現地人にフェニキア文字のひとつシグマを冠して「久米氏」を誕生させた。大伴氏の名の由来は「多」とフェニキアに当て字した「判(はん)」の組み合わせである。久米氏の名の由来はシグマであり、シグマ=シグメ=久米となる。大伴氏、久米氏は連合して「筑紫」に拠点を得ている。筑紫の名の由来は筑(シグマ)と紫(フェニキアン・パープル)の組み合わせである。他にも、久米氏はシグマを由来に五島列島に「知訶(ちか)」の名を残している。

 


■BC7世紀 「魏誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したフェニキア人は、ルーベン族、ダン族。マウリ人、アンガ族、シン族と共に黄河流域に入植した。フェニキア人は、現地人にフェニキア文字のひとつパイを冠した。やがてパイは変遷を重ねて魏(ウェイ)と呼ばれた。パイ=ハイ=ウェイ(魏)となる。

 


■BC332年 「ウェネト人誕生」

 

アレクサンダー大王の侵攻を機に、テュロス人がフェニキアを後に東西に移住した。東方組は、黒海に侵入して中央アジアに上陸し、「ウェネト人」を称した。ウェネトの名の由来はフェニキアである。フェニキア=ヴェネツィア=ウェネトとなる。ウェネト人は、スラヴ人(シェラフ)、アント人(アンドーラ)、スクラブ人(スカラベ)と共に「スラヴ民族」の礎を成し、「ヴェネディクト会」「ヴェネツィア共和国」を建設するに至る。

 


■BC227年 「倭人誕生」

 

BC227年、魏が滅ぶと、黄河のフェニキア人である魏氏は、九州のフェニキア人である筑紫国を訪れ、北九州に入植した。彼らは「倭人」となり、北九州は「倭国」と呼ばれた。倭(わ)の名の由来は魏(ウェイ)である。ウェイ=ウェ=わとなる。

 


■BC227年 「大江氏誕生」「土師氏誕生」

 

この時代に、倭人(フェニキア人)は、大和人にフェニキア文字のひとつエータを冠し、多氏と組んで「大枝氏」を形成した。大枝の名の由来は多(大)とエータ(枝)の組み合わせである。後に大枝氏は「大江氏」に名を変えている。また、倭人は、大和人にフェニキア文字のひとつプシーを冠して「土師氏」を形成している。土師(はじ)の名の由来はプシーである。プシー=ハシー=土師となる。

 


■AD220年 「魏復活」

 

「大和人の大航海時代」前夜、大和国の倭人は再度中国に覇を唱えるべく、日本を後に中国に出撃した。AD220年、倭人は「魏」を再建した。しかし、AD265年に「魏」が滅ぶと、倭人は日本に帰還し、「大和人の大航海時代」の準備に入った。この大航海時代の計画は、中国の地にいた頃から多氏が温めていたものと考えられる。そのため、多氏と倭人が日本に帰還する際、計画に賛同した中国・朝鮮の有志をたくさん連れて戻っている。

 


■AD227年 「大和国誕生」

 

BC227年、魏が滅んで魏氏が日本に来て「倭人」となり、倭人が多氏の拠点を訪れて初めて「大和」の漢字表記が生まれた。倭人(わ)の名の由来は魏(ウェイ)である。大和の漢字表記の由来は「多(呉)」と「倭(魏)」の組み合わせである。大(多)+和(倭)=大和となる。そして、ヤマトの読みは「ティアマト」の名に因んでいる。
AD222年に多氏が「呉」を、AD220年に倭人が「魏」をそれぞれ再建すると、彼らは共同でティアマトの頃から存在するヤマト地方を掌握し、「大和」の漢字表記を使用して「大和国」とした。一般的な学者は、古代人が広範囲の拠点を勢力圏を一度に治めることは不可能だという偏見を持つため、「魏志倭人伝」には日本デ起きたことしか書かれていないと考えている。しかし、「魏志倭人伝」は、日本のことを記録した書物ではなく、大和国、北九州、タイで起きた事柄を記録した書物と考えることができる。大和人は、呉、魏、大和国を同時に支配したし、九州の倭人は、タイにあった邪馬台国と交流をしていた。

 


■AD265年 魏滅亡を機に、大和国に帰還

 

「大和人の大航海時代」前夜、倭人は再度中国に覇を唱えるべく、日本を後に中国に出撃した。AD220年、倭人は「魏」を再建した。しかし、AD265年に「魏」が滅ぶと、倭人は日本に帰還し、「大和人の大航海時代」の準備に入った。この大航海時代の計画は、中国の地にいた頃から倭人が温めていたものと考えられる。そのため、多氏と倭人が日本に帰還する際、計画に賛同した中国・朝鮮の有志をたくさん連れて戻っている。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD421年 「ヴェネツィア人誕生」

 

BC56年、ブルターニュ半島からアドリア海に移住したウェネト人は、イヴス・アルトゥスの小島群の中に街を建設した。「ヴェネツィア共和国」の礎である。ヴェネツィアの名の由来はフェニキアである。フェニキア=フェネチア=ヴェネツィアとなる。

 


■AD529年 「ベネディクト会誕生」

 

AD529年、ウェネト人のベネディクトスは、モンテ・カッシーノに修道会「ベネディクト会」を創設した。ベネディクトの名の由来はウェネトである。ウェネト=ウェネティ=ベネディクトとなる。

 


■AD697年 パオルッチョ・アナフェスト、初代ドージェに就任 「ヴェネツィア共和国誕生」

 

海の民トゥルシア人、フェニキア人の直系であるヴェネツィア人は、AD1124年に長期に渡るテュロス攻略に参加し、テュロスの1/3の領有権を獲得した。これはある意味、テュロス人の子孫であるヴェネツィア人がアレキサンダー大王の侵攻を機に中央アジアに逃げて以来、1500年ぶりとなる故地への帰還だった。ドミニコ会が、領内で魔女狩り裁判を行うことを許可せず、悪と戦う意志を持っていたヴェネツィア人だが、AD1779年にナポレオンに降伏した。カルタゴやフェニキアと同様、ここに謎めいた国家、ヴェネツィア共和国は滅亡した。

 


■AD737年 「ボルジギン誕生」

 

一方、大伴古慈斐の一族はモンゴルに及んで「ボルジギン家」を成し、後裔としてユーラシアの覇者チンギス・ハーンを儲けている。ボルジギンの名の由来は古慈斐(フルジビ)である。フルジビ=フルジビン=ブルジギン=ボルジギンとなる。

 


■AD997年 「レイフ・エリクソンの大航海時代」

 


■AD997年 「佐久間氏誕生」

 

「レイフ・エリクソンの大航海時代」に参加したインディアンの部族スー族、コマンチ族は、フェニキア文字のひとつ「シグマ」の部族である。彼らは、お互い合体した上で日本人と混合し、「佐久間氏」を生んだ。佐久間の名の由来はフェニキア文字のひとつ「シグマ」である。シグマ=シクマ=佐久間となる。

 


■AD11世紀 「須久毛氏誕生」「大相模氏誕生」

 

「レイフ・エリクソンの大航海時代」を経て、アメリカ大陸から日本に移住したスー族・コマンチ族は日本人と混合して「佐久間氏」を成したが、一方では、「野与党」に加わる「須久毛氏」「大相模氏」を誕生させた。須久毛、相模の名の由来はフェニキア文字のひとつシグマである。こうして見ると、「野与党」はマジャール人、スイス人、ウイグル人、ポリネシア人、インディアンで構成されていた。

 


■AD1206年 「大友氏誕生」

 

テムジンが成長してチンギス・ハーンとなり、モンゴルを席巻すると、ボルジギン家の一部が日本に帰還することを決めた。大伴古慈斐の子孫である彼らは、「判」を「友」に換えて「大友氏」を称した。まず、ボルジギンに因んで「古庄氏」を称した彼らから古庄能直が誕生した。後に、古庄能直は近藤能成の娘に接近して自身の血統を打ちたてる。その時に近藤能直が生まれている。この近藤能直が大友を称して「大友氏」が始まっている。

 


■AD18世紀 「グンマ王国誕生」「ゴンマ王国誕生」

 

大友宗麟の子、大友義統が島津氏に敗北すると、九州を離れた大友氏は、エチオピア・ギベ地方に移住した。大友氏は、フェニキア文字のひとつ「ガンマ」を由来に「グンマ王国」「ゴンマ王国」を建てた。

 


■AD1935年 筑紫哲也生誕

 


■AD1944年 久米宏生誕

 


■AD1952年 佐久間正英生誕

 


■AD1954年 大友克弘生誕

 


■AD1956年 大友康平生誕 「ハウンドドッグ誕生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ムシシの歴史

◆モーゼス(ムシシ)の歴史

 


■50万年前 「ムシシ誕生」

 

オリジナル人類ムシシは湖水地方に暮らし、筋骨隆々なパプア人の姿をしていた。

 


■50万年前 「クウォスの大移動時代」

 


■50万年前 「ササク族誕生」

 

「クウォスの大移動時代」に参加し、アフリカ大陸を出たムシシは、チッタゴンからパプアに移った。彼らは、クウォスと連合して「ササク族」を生んだ。ササクの名の由来はムシシとクウォスの組み合わせである。ムシシ+クウォス=シシクウォ=ササクとなる。

 


■45万年前 「ミマース誕生」

 

「オロクンの大移動時代」によってチッタゴンに新しい人類が訪れると、オロクンを代表する新しい人類とチュクウを代表する古い人類が共同体を組んだ。これにより「エピアルテース」「エンケラドス」「グラティオーン」「パッラース」「ヒッポリュトス」「ポリュポーテース」「ポルピュリオーン」「ミマース」「アグリオス」の獣人9部族が生まれた。
ミマースは、ムワリとムシシが連合することで生まれた。ミマースの名の由来はムワリとムシシの組み合わせである。ムワリ+ムシシ=ムワムシ=ミマースとなる。彼らはみな、サスカッチのような風貌をしていたと考えられる。ビッグフット目撃談によると、彼らは時速60キロで走り、3mの高さを跳躍し、片手で岩を投げ、素手でグリズリーを殺すという。「神統記」に於けるキュクロプス、ヘカトンケイル、ギガースなどの描写、そのままである。

 


■50万年前 「盤古の大移動時代」

 


■50万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」によってチッタゴンから中国、「獣人の大狩猟時代」によってモンゴル、シベリアに入植したイェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。
「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■50万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「アイス族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」により、獣人部族はシベリアからアメリカ大陸に渡った。人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、南東部(現ミシシッピ~マイアミ)に居を構えたミマースは「アイス族」を称した。アイスの名の由来はミマースである。ミマース=ミマイス=アイスとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ペルセウス(ペルセーイス)誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースと共に「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだ。ペルセウスの名の由来はパッラースとムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ムシシ=パッラシシ=パラシーシ=ペルセウスとなる。

 


■30万年前 「クリュセーイス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、クリュテイオスと共に「クリュセーイス」を生んだ。クリュセーイスの名の由来はクリュテイオスとムシシ(ミマース)の組み合わせである。クリュテイオス+ムシシ=クリュシーシ=クリュセーイスとなる。

 


■30万年前 「パシス誕生」「レソス誕生」「ネソス誕生」「アイセポス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、エバシ、イマナ、エウリュトスと共に「パシス」「ネソス」「レソス」を生んだ。エバシ+ムシシ=パシシ=パシスとなり、イマナ+ムシシ=ナシシ=ネソスとなり、エウリュトス+ムシシ=リュシシ=レソスとなる。また、ミマースは、自分の後身パシスと組んで「アイセボス」を生んでいる。アイセボスの名の由来はアイス(ミマース)とパシスの組み合わせである。アイス+パシス=アイスパシ=アイセポスとなる。

 


■30万年前 「ヘルモス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースと共に「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだが、同時にもうひとつの部族を生んだ。「ヘルモヌ」である。ヘルモスの名の由来はパッラースとムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ムシシ=パッラムシ=ハラムシ=ヘルモスとなる。

 


■30万年前 「グレニコス誕生」

 

「ディンカの大航海時代」に参加したディンカがオセアニアに訪れると、ディンカは、キャラ、ムシシと組んで「グレニコス」を生んだ。グレニコスの名の由来はキャラ、ディンカ、ムシシの組み合わせである。キャラ+ディンカ+ムシシ=キャラナコシ=グレニコスとなる。その後、グレニコスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「ナクソス誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したグレニコスは、エーゲ海に「ナクソス」の名を生んだ。ナクソスの名の由来はディンカとムシシの組み合わせである。ディンカ+ムシシ=ンカシシ=ナクソスとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「サイシャット族(ヘラクレス)誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセウスは、台湾に上陸してクリュセーイスと共に合体部族を生んだ。この合体部族の誕生に参加したのはペルセーイス側からはパッラース(ヴィディエ+レザ)、ムシシが、クリュセーイス側からはグラティオーンとムシシである。しかし、グラティオーン自体がアグリオス(チュクウ+ルワ)とディオーネー(ヴィディエ+ウラニアー)の合体部族である。つまり、ペルセーイスからは3部族、クリュセーイスからは5部族が参加している。
この時に生まれたのは、台湾少数民族として知られる「サイシャット族」である。サイシャットの名の由来はチュクウ、ムシシ、ヴィディエの組み合わせである。チュシシディ=ツォウセーイシディ=サイシャットとなる。サイシャット族は後に「ヘラクレス」と呼ばれることになる。ヘラクレスの名の由来はペルセーイスとクリュセーイスの組み合わせである。ペルセーイス+クリュセーイス=ペルクリュセ=ヘラクレスとなる。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「メンフィス誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したミマースは「カオスの大移動時代」に参加してオーストラリアに移住し、次に「ウラヌスの大移動時代」に参加して古代ギリシアに渡った。ミマースはギガースの種族としてティタン神族に加わるが、その後「ギガントマキア」に敗北すると、ギリシアを脱出してエジプトに移住した。彼らはエジプトの地に「聖地メンフィス」を建設した。メンフィスの名の由来はミマースである。ミマース=ミンマース=メンフィスとなる。

 


■4万年前 「高御産巣日神誕生」「神産巣日神誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ティケー、ニャメと組んで「タカミムスビ」を儲けた。タカミムスビ、カミムスビの名の由来はティケー、ミマース、日(ニャメ)の組み合わせである。ティケー+ミマース+日=ティケミマス日=タカミムスビ=カミムスビとなる。

 


■4万年前 「宇摩志阿斯訶備比古遅神誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ティケー、ニャメと組んで「ウマシアシカビヒコジ」を儲けた。ウマシアシカビヒコジの名の由来はミマース、アシア、ティケーの組み合わせである。ミマース+アシア+ティケー+日=イマスアシティケ日=ウマシアシカビとなる。

 


■4万年前 「天忍穂耳命誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、イマナ、アシアーと混合して「アメノオシホミミ」を成した。アメノオシホミミの名の由来はイマナ、アシアー、ミマースの組み合わせである。イマナ+アシアー+ミマース=イマナアシアミマ=アメノオシホミミとなる。

 


■4万年前 「太陽神シャマシュ誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ザムビと組んでタイ(シャム)に「太陽神シャマシュ」を生んだ。シャマシュの名の由来はザムビとムシシの組み合わせである。ザムビ+ムシシ=ザムシ=シャマシュとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「ヤマ神(閻魔)誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したシャマシュは、火星に「ヤマ神(閻魔)」を生んだ。ヤマ神(閻魔)の名の由来はシャマシュである。シャマシュ=シャマ=ヤマとなる。ヤマ神は、火星の最高峰「羅ホウ山」で、反自然的な人々を裁き、制裁を加えた。

 


■1万3千年前 「台湾人の大航海時代」

 


■1万3千年前 「神淳名川耳(綏靖天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「神淳名川耳」を誕生させている。ヌナカワミミの名の由来はイナンナの河とミマースの組み合わせである。イナンナの河+ミマース=ナンナカワミマ=ヌナカワミミとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万3千年前 「観松彦(孝昭天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「観松彦」を誕生させている。ミマツヒコの名の由来はミマースである。ミマース=ミマツ=ミマツヒコとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万3千年前 「御間城入彦(祟神天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「御間城入彦」を誕生させている。ミマキイリヒコの名の由来はミマースとエウリュトスの組み合わせである。ミマース+エウリュトス=ミマスエウリュ=ミマキイリヒコとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千年 「ギルガメシュ誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したミマースは、モンゴルからメソポタミアに移住し「ギルガメシュ」を生んだ。ギルガメシュの名の由来はアルゲースとミマースの組み合わせである。アルゲース+ミマース=アルゲマース=カルゲマス=ギルガメシュとなる。

 


■BC40世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC40世紀 「ママクーナ誕生」「ママキーヤ誕生」「ママアルパ誕生」「ママザラ誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」によってペルーに移住すると、ミマースは様々な種族と連合して「ママクーナ」「ママキーヤ」「ママアルパ」「ママザラ」などの神々を誕生させた。ママの名の由来はミマースである。「ママクーナ」はミマースとアルキュオネウスの組み合わせ、「ママキーヤ」はミマースとアルキュオネウスの組み合わせ、「ママアルパ」はミマースとエウローペーの組み合わせ、「ママザラ」はミマースとメトセラの組み合わせである。これらの神々は、インカ帝国の神々として知られている。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代」

 


■BC35世紀 「武蔵国誕生」

 

「サムエルの大航海時代」によって、ペルーから出羽国に移住したミマースは、単独で関東地方に移り「武蔵国」を築いた。武蔵の名の由来はミマースの先祖、オリジナル人類ムシシである。ムシシ=ムサシ=武蔵となる。

 


■BC32世紀 「モーゼス誕生」

 

「モーゼス」とは武蔵国の人々のことを指している。モーゼスの名の由来は武蔵である。武蔵=ムーサシ=モーゼスとなる。数万年前から八代湾に居を構える葦原中津国は、高天原(台湾)と同盟して「イスラエル」を、また、出羽国の十和田の縄文人と組んで「エジプト」と呼ばれる連合王国を形成していた。イスラエルの名の由来はアシアーとブリアレオースの組み合わせ、エジプトの名の由来はアシアーとプテの組み合わせである。
そこに、能登を追放され、パラオ諸島に拠点を移転したダニ族が日本列島に進撃し、九州(葦原中津国)から東北地方(出羽国、十和田)を支配下に置いた。ダニ族は、自らをファラオ(パラオ)と称し、圧政を敷いた。このため、人喰い人種の支配を嫌った武蔵国の人々が音頭を取り、日本中の縄文人を連れてエジプトからカナン(夏時代の中国)への脱出を試みた。それが「モーゼスの大移動時代」である。つまり、モーゼスの正体は武蔵国の人々、関東の縄文人である。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC30世紀 「マズダ神群の大移動時代」

 


■BC30世紀 「アムシャ・スプンタ誕生」

 

「マズダ神群の大移動時代」に参加したモーゼスの残党は、シヴァ、パンドラと組んで、イランに「アムシャ・スプンタ」を生んだ。アムシャ・スプンタの名の由来はミマース、シヴァ、パンドラの組み合わせである。ミマース+シヴァ+パンドラ=アマス・シヴァンド=アムシャ・スプンタとなる。

 


■AD106年 「邪馬台国誕生」

 

トラヤヌス皇帝がナパタエ王国から自治権を奪うと、ナパタエ人はアビシニア人に統治されていたヒムヤル王国に立ち寄った。ナパタエ人は、アビシニア人に不満を持つ一部ヒムヤル人を同行させて、遠くインドシナ半島に移り住んだ。アラビア人の顔をしたナパタエ人は、シャム族と連合して「邪馬台国」を建設した。邪馬台の名の由来はシャムとナパタエの組み合わせである。シャム+ナパタエ=シャムタエ=邪馬台となる。つまり、邪馬台国は現在のタイに存在したと考えられる。

 


■AD146年 「ジャマタエ人誕生」

 

倭国大乱を機に、邪馬台人は卑弥呼の一族(ヒムヤル人)と共に、インドシナ半島を離れてゲルマニアに移住した。ゲルマニアに上陸した邪馬台国の一族は、ゲルマニア人と混合して「ジャマタエ人」を成した。ジャマタエ人の名の由来は邪馬台である。邪馬台=ジャマタイ=ジャマタエとなる。当初、マルコマンニ人(卑弥呼+アラマンニ人)とジャマタエ人の両者は邪馬台国時代からの同盟者とあって、連合していた。しかし、理由は不明だが、ジャマタエ人は同盟者であるはずのマルコマンニに討伐されてしまう。これは、マルコマンニがドルイド教に操られていた可能性が高い。

 


■AD170年 「マーシア人誕生」

 

同盟者であるはずのマルコマンニ人に討伐されると、「ジャマタエ人」は空中分解し、シャム族とナパタエ人に分離して東西に移住した。タイ人の顔をしたシャム族はブリテン島に移住して白人と混合して「マーシア人」を形成した。マーシアの名の由来はシャマシュである。シャマシュ=シャマーシュ=マーシアとなる。

 


■AD825年 「マーシア人の大航海時代」

 


■AD825年 「マジャール人誕生」

 

「マーシア人の大航海時代」に参加したマーシア人は、エクバードによるイングランド統一を機に、フォトラ(エフタル)を率いてイングランドを離れ、パンノニアに移住する。この時、マーシア人は安閑天皇の後裔マクリア人と合体し、「マジャール人」が誕生した。マジャールの名の由来はマーシアとマクリアの組み合わせである。マーシア+マクリア=マーシアリア=マジャールトなる。

 


■AD1323年 「シシマン朝(ブルガリア帝国)誕生」

 

AD1308年、アンジュー帝国がハンガリーを支配下に置くと、マジャール人はブルガリア帝国に亡命した。この時、マジャール人は「シシマン家」を生んだ。シシマンの名の由来はムシシとモンの組み合わせである。ミカエル・シシマン3世は「シシマン朝」を開いた。この王朝はAD1396年まで続いた。

 


■AD1584年 宮本武蔵生誕

 

AD1396年、シシマン朝が滅ぶと、シシマン家は日本に移住した。彼らからは「宮本武蔵」が生まれた。不世出の剣豪であった宮本武蔵は、ギルガメシュ、モーゼス、ミマースの先祖であるオリジナル人類ムシシの遺伝子を継いでいた。彼は、自分がムシシの子孫であることを知っていたため、「武蔵」を名乗った。ムシシ=ムサシ=武蔵となる。

 


■AD1756年 アマデウス・ウルフガング・モーツァルト生誕

 

モーツァルトの名の由来はマジャールの人(マジャールト)である。マジャールト=マーチャルト=モーツァルトとなる。

 


■AD1922年 ラス・メイヤー生誕

 


■AD1924年 モーリス・ジャール生誕

 


■AD1934年 ゲイリー・マーシャル生誕

 


■AD1942年 ペニー・マーシャル生誕

 


■AD1949年 ビリー・ジョエル生誕

 

ジョエルの名の由来はマジャールである。マジャール=ジャール=ジャアル=ジョエルとなる。天孫族(マクリア人)の系譜に連なるため、親日家としても知られている。おもしろいことに、ビリー・ジョエルはソロ・デビュー以前、「アッチラ」というユニットを組んでいる。彼は、自分の先祖が中央アジアの騎馬民族だったことを無意識的に知っていたのかもしれない。

 

 

 

◆藤原氏(セツ)の歴史

 


■30万年前 「ペルセウス(ペルセーイス)誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースや台湾から来たツオウ族と共に、オーストラリアに「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだ。ペルセウスの名の由来はパッラース、ツオウ、ムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ツオウ+ムシシ=パッラツオウシ=パラソウシ=ペルセウスとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「サイシャット族(ヘラクレス)誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセウスは、台湾に上陸してクリュセーイスと共に合体部族を生んだ。この合体部族の誕生に参加したのはペルセーイス側からはパッラース(ヴィディエ+レザ)、ムシシが、クリュセーイス側からはグラティオーンとムシシである。しかし、グラティオーン自体がアグリオス(チュクウ+ルワ)とディオーネー(ヴィディエ+ウラニアー)の合体部族である。つまり、ペルセーイスからは3部族、クリュセーイスからは5部族が参加している。
この時に生まれたのは、台湾少数民族として知られる「サイシャット族」である。サイシャットの名の由来はチュクウ、ムシシ、ヴィディエの組み合わせである。チュシシディ=ツォウセーイシディ=サイシャットとなる。サイシャット族は後に「ヘラクレス」と呼ばれることになる。ヘラクレスの名の由来はペルセーイスとクリュセーイスの組み合わせである。ペルセーイス+クリュセーイス=ペルクリュセ=ヘラクレスとなる。

 


■7万年前 「塩椎神誕生」「摂津国誕生」

 

サイシャット族は日本に上陸し、現地人に「塩椎神(しおつち)」と呼ばれた。しおつちの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャツ=しおつちとなる。その後、彼らは「摂津」に拠点を得た。摂津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=シャツ=摂津となる。高天原と摂津は、塩椎神(サイシャット族)の勢力圏だった。

 


■7万年前 「筒之男命誕生」

 

摂津に入植したサイシャット族は「筒之男命(つつのお)」を生んだ。つつのおの名の由来はサイシャットとウラニアーの組み合わせである。サイシャット+ウラニアー=シャツニアー=筒之男命(つつのお)となる。筒之男命は、ムシシとウラニアーの合体部族である。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ヴァルハラ誕生」「戦士の守護神ワルキューレ誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、神話通り、葦原中津国に向かった。葦原中津国は2種類あるが、ひとつめは八代湾~天草諸島に跨る地域であり、2つめはアナトリア半島~ナクソス島に跨る地域である。彼らが目指したのは2つめの葦原中津国である。
アルゴス号は、途上の北アメリカで常世国、ミドガルド王国などを残しつつ、メキシコに到達した。大西洋側に出た彼らは、上陸ポイントを「ベラクルス」と命名した。更に、北メキシコに入植した塩椎神の勢力は「ヴァルハラ王国」を築いた。ヴァルハラの名の由来はペルセウスとヘラクレスの組み合わせである。ペルセウス+ヘラクレス=ペルヘラ=ヴァルハラとなる。
ベラクルスには、「ワルキューレ」が生まれた。ベラクルス、ワルキューレの名の由来は共にヘラクレスである。ヘラクレス=エラクーレス=ワルキューレとなる。北アメリカにあったミドガルド王国、北メキシコにあったヴァルハラ王国名は北欧神話に出てくるため、ミドガルド、ヴァルハラは北欧に存在したと考える人も多いだろう。しかし、大概の場合、神話の舞台は神話が編まれた土地で起きた事柄ではない。タナトスを皆殺しにするため、科学の種族は核兵器によってミドガルド、ヴァルハラを消滅させたが、北欧神話は、その時の生存者が何万年もさすらったあげく、北欧に辿り着き、現地人に伝えたものである。

 


■4万年前 「オリンポス神族誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、メキシコを離れ、葦原中津国を目指した。クロノスはケルンを拠点にし、インチキ宗教により、大量の弱者を信者として擁し、ヨーロッパを支配していた。これに対抗するべく、現オリンポス山付近に入植したサイシャット族は「オリンポス神族」を結成した。オリンポスの名の由来はウラヌスとポセイドンの組み合わせである。ウラヌス+ポセイドン=ウラヌポセ=オリンポスとなる。

 


■7万年前 「セツ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加した筒之男命は、オリンポス神族には参加せず、エジプトに入植した。オリンポス神族に参加しなかった一行からは、アダム(アドメテー)、アベル(エピアルテース)、カイン(アルキュオネウス)、セツ(筒之男命)が生まれた。セツの名の由来は摂津である。摂津=セッツ=セツとなる。セツは、アダムの仲間に参加し、聖書ではカイン、アベルの弟として数えられた。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「スーサ誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したゼウスは、メソポタミアに入植し、「スーサ」を築いた。スーサの名の由来は素戔鳴尊である。素戔(すさ)=スーサとなる。中国神話では、スーサは「宿神(スシェン)」とも呼ばれた。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「シドン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したセツは、カナンに入植して「シドン」を建設した。シドンの名の由来はムシシとグラティオーンの組み合わせである。ムシシ+グラティオーン=シディオーン=シドンとなる。シドンは、フェニキア人の都市のひとつとして繁栄を極めた。

 


■BC32世紀 「シチリア誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、シドンを離れたセツは、シチリア島に入植して、当地を初めて「シチリア」と呼んだ。シチリアの名の由来はムシシとルハンガの組み合わせである。ムシシ+ルハンガ=シシルハ=シチリアとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「車氏誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したセツは、中国に入植し、「車氏(チェ)」を生んだ。車(チェ)の名の由来はセツである。セツ=チェツ=チェ(車)となる。

 


■BC7世紀 「車師国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したシドン人は、黒龍江からタリム盆地に侵入し、「車師国(チェシ)」を建設した。車師の名の由来はセツである。セツ=チェツ=チェシとなる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「カー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した車氏は、ブリテン島に上陸した。中国人の顔をした車氏は現地人と混合して「カー」を成した。カーの名の由来は「車」である。

 


■AD6世紀 車持与志古生誕 「車持氏誕生」

 

突厥帝国の誕生を機に、車師国(チェシ)の人々は日本に移住し「車持氏」を称した。車持の名の由来は日本語読みの車師(シャシ)である。車師(シャシ)=シャジ=車持(シャジ)となる。

 


■AD6世紀 藤原不比等生誕 「藤原氏誕生」

 

その後、車持与志古の娘が中臣鎌足に接近して自身の血統を得る。この時に誕生したのが「藤原不比等」である。藤原の名の由来はカシュガルである。この時、彼らはハ行がカ行を兼ねる法則を適用した。つまり、カシュガル=ハシュバル=藤原となる。藤原氏が関係している春日大社も、もともとはハルヒと読まれていた。だが、藤原氏が春日大社を簒奪したのを機に、カシュガルを由来に「カスガ大社」と呼ばれた。

 


■AD737年 「野人女直誕生」

 

天然痘の流行を機に、藤原4兄弟の氏族が満州に移住し、一部はモンゴルに移り住んだ。この天然痘は中臣氏が準備したものだろう。この移住に参加したのは、藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂、婿である大伴古慈斐(こしび)の一族郎党である。この5者の子息に消息不明の者が多いが、彼らはみな満州に移った者である。満州に移って「野人女直」と呼ばれた彼らは、2手に分離して「ウェジ」「ワルカ」となる。ウェジとワルカの名の由来は「藤原」を2つに割ったものである。「藤(ウェジ)」「原(ワルカ)」となる。また、キルギス族を吸収して、「ゴルカ」を生んでいる。

 


■AD737年 「ボルジギン誕生」「ジャムラット誕生」「ボルチン誕生」「ウガン誕生」

 

一方、大伴古慈斐の一族はモンゴルに及んで「ボルジギン家」を成し、後裔としてユーラシアの覇者チンギス・ハーンを生む母体集団を儲けている。ボルジギンの名の由来は古慈斐(フルジビ)である。フルジビ=フルジギ=フルジギン=ボルジギンとなる。
武智麻呂は孫の世代である良因、真従、許人麿、長川、真作、河主、弓主、川合、真書、瀧麻呂、主後、広河らを率いてモンゴルの地を踏んだ。武智麻呂の一族は「ジャムラット」を称した。ジャムラットの名の由来は武智麻呂の人である。武智麻呂+人=タケチマロト=チマロト=ジャムラットとなる。
房前は、子の鳥養、孫の世代の塩麻呂を率いてモンゴルの地を踏んだ。彼らは「ボルチン」を称した。ボルチンの名の由来は房前の音読み「ボウゼン」である。ボウゼン=ボウジン=ボルチンとなる。
最後に、宇合は、子の清成、蔵下麻呂、孫の世代の安継らを率いてモンゴルの地を踏んだ。彼らは、「ウガン」を称した。ウガンの名の由来は宇合である。ウゴウ=ウゴウン=ウガンとなる。また、麻呂は、子の宗継、綱主、八綱、清綱らを率いてモンゴルにやって来た。彼らはモンゴルに騎馬軍団を築いていない。

 


■AD766年 最澄生誕 「天台宗誕生」

 

AD742年、モンゴルの支配権が東突厥からウイグルに移ると、藤原氏の子孫は中国に移った。この時に「最澄」が生まれた。最澄の名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャー=最澄となる。最澄は、中国から日本に移って「天台宗」を興したが、その後、円珍などのタナトスによって簒奪された。最澄には、遣唐使に参加した逸話があるが、布教に勤めるためには日本人である必要があったと考えられる。

 


■AD774年 空海生誕 「真言宗誕生」

 

空海の祖は、シドンに住んでいた。AD713年、イスラム軍がフェルガーナに侵攻すると、イスラム軍に参加していた空海の祖は中国に向かい、ネパール辺りで「空海」を生んだ。空海の名の由来は天空神バアル(空)と海神ダゴン(海)の組み合わせである。バアル、ダゴンを知っているのは、空海の祖がシドンに住んでいた証である。空海は真言宗を築いたが、後に、新義真言宗を興したタナトスに簒奪された。空海には、遣唐使に参加した逸話があるが、布教に勤めるためには日本人である必要があったと考えられる。

 


■AD822年 「ブータ誕生」

 

入寂したと見せかけた最澄は、日本を脱出してインドに上陸した。最澄は、インドに思想運動タントリズム(密教)を展開し、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教にタントリズムの要素を多分に含んだ宗派を残した。また、最澄の一族は、カルナータカ州に鬼神、亡者、精霊を意味する「ブータ」と呼ばれる民俗神を祀り、広めた。ブータの名の由来は不動明王である。不動=フードー=ブータとなる。

 


■AD893年 藤原純友生誕

 

藤原純友は、空海の子孫である。タナトスに真言宗を簒奪された空海は、摂津に移り、純友の祖となる。摂津は、先祖である塩椎神の時代に築かれた故地でもある。純友の名の由来はシャマシュとティアマトの組み合わせである。シャマシュ+ティアマト=シャマティアマ=サマタマ=純友となる。古代オリエントの神々の名を冠することにより、シドンから来たことを示唆している。

 


■AD939年 「天慶の乱」

 


■AD941年 「第1次ポリネシア人の大航海時代」

 


■AD941年 「サモア誕生」「フィジー誕生」

 

「第1次ポリネシア人の大航海時代」に参加した藤原純友は、太平洋に「フィジー」「サモア」を発見した。フィジーの名の由来は藤原であり、サモアの名の由来は純友である。藤原=フィジーワラ=フィジーとなり、純友=サモアトモ=サモアとなる。

 


■AD966年 藤原道真生誕

 

AD927年、渤海国が滅ぶと、一部野人女直が、日本に帰還した。彼らは、祖を同じくする藤原氏に自身の血統を打ち立てた。この時に藤原道真が生まれた。道真の名の由来は、道教(新天師道)の「道」と女真族の「真」の組み合わせである。

 


■AD1027年 「全真教誕生」

 

AD1027年、藤原道真が死去すると、残党は満州に帰還した。日本の王だった道真の子孫は、中国に移ると「王氏」を称した。道真の末裔として生まれた王重陽は、チンギス・ハーンが登場直前に、満州に「全真教」を築いた。全真は、中国語で「クアンゼン」と読むが、これは日本語の「完全」が由来と考えられる。

 


■AD11世紀 「第2次ポリネシア人の大航海時代」

 


■AD11世紀 「ルフィジ誕生」

 

「第2次ポリネシア人の大航海時代」に参加したフィジー人は、現タンザニアに移住した。彼らは「ルフィジ」を築いた。ルフィジの名の由来はフィジーである。

 


■AD1197年 「ヴードゥー教誕生」

 

イスラム教を信奉するゴール朝がAD1181年にパンジャブを、AD1191年に西インドを、AD1192年に北インドを、AD1197年に東インドを征服すると、最澄の子孫が築いたタントリズム派は「第2次ポリネシア人の大航海時代」に参加した。
インド洋を越えてアフリカ大陸に到達すると、彼らはアフリカ東海岸を南下し、南アフリカを周航して西アフリカに落ち延びた。彼らは現地人にタントリズムを伝えると、それは現地の宗教と習合して「ヴードゥー教」として成立した。ヴードゥーの名の由来はブータと同じく、不動明王である。不動=フードー=ヴードゥーとなる。ヴードゥー教は、天台密教、インドのタントリズムを継承した宗教だといえる。

 


■AD1642年 「藤井氏誕生」

 

当時、オランダ人がニューギニアを訪れた。ダニ族は、強い侵略の本能を持つ白人(ダニ族の子孫だが)の登場に危機感を感じ、白人をライバルと考えた。そしてダニ族は、白人に取られる前にと、太平洋の島々の侵略を決行した。彼らは、パプアを発ってフィジー、サモア、ニュージーランド、ソロモン諸島、バヌアツなどを支配下に置き、果てはハワイ、イースター島にまで足を運んだ。
ダニ族は、フィジーに於いて、カニバリズムを確立した社会制度のひとつにまで定着させた。この人喰い人種を嫌った一部フィジー人は故地である日本に逃亡し、「藤井氏」を成している。
白人探検家、曰く「フィジー人は単に復讐などの必要性からではなく、好んで人を食べる。頻繁に人が殺され、食欲を満たすために男や女、子供をさらっている。2、3日埋めた死体を漁り海で洗った後、焼いて食べる」としている。この場合のフィジー人は真のフィジー人ではなくダニ族と改めるべきだろう。ダニ族はアットランダムに人を殺しているように見えるが、実際には優れた者を選んで殺している。AD1871年には、フィジー人(ダニ族)がボラバ村の谷に夜襲をかけて村人全員を食べたという事件が起きた。

 


■AD1791年 「ハイチ革命」

 

植民地時代から、ブードゥー教はサント=ドマング植民地を掌握するべく、黒人奴隷を管理下に置いて放棄の機会が熟すのを待った。第一弾は、ブードゥー教司祭フランソワ・マッカンダルが黒人奴隷の抵抗集団をまとめあげ、プランテーションの奴隷の中に秘密の情報組織を築き上げた。マッカンダルは、AD1751年から数年かけて奴隷の反乱を指揮したが、フランス軍に捕縛されて火刑に処された。
第二弾は、ブードゥー教高僧デュディ・ブークマンが数千人の奴隷を指揮した。大規模な奴隷蜂起のためにサント=ドマング植民地は内戦状態に陥った。10日間の内に白人居留地は孤立し、2000人の白人を殺害して280ヶ所の砂糖プランテーションを破壊し、焼き尽くした。
その後、スペインの介入で一時的にブードゥー教の勢いは断たれたが、指揮官トゥーサン・ルヴェルチュールがナポレオンと渡り合い、サント・ドミンゴを侵略して当地の奴隷を解放した。だが、彼は騙まし討ちにあい、フランスで収監されて獄中で死んだ。AD1804年、ジャン=ジャック・デサリーヌがサント=ドマング独立を宣言し、名を「ハイチ」に改めた。ハイチの名の由来は藤原である。藤原=ハイチワラ=ハイチとなる。

 


■AD1822年 「デンマーク・ウィージーの乱」

 

西インド諸島で生まれたデンマーク・ウィージーは、奴隷としてアメリカに上陸した。だが宝くじに当たり、自由奴隷の身分を手に入れた。ウィージーは、チャールストンの農場を攻め落とそうと画策し、9000人の賛同者を得たが、蜂起は事前に漏れ、逮捕されて絞首刑に処された。西インド諸島生まれとあるため、彼はアメリカ侵略を狙ったブードゥー教の司祭だった可能性がある。

 


■AD1831年 「ナット・ターナーの乱」

 

天啓を受けたナット・ターナーは、奴隷数十名を指揮してヴァージニアで蜂起した。彼らは、60人の白人を殺害したが、逮捕されて公判に付された。デンマーク・ウィージーの乱と時期的に近い点から見て、ターナーも西インド諸島生まれで、アメリカ侵略を狙ったブードゥー教の司祭だった可能性がある。

 


■AD1915年 「全米黒人地位向上協会誕生」

 

ヴードゥー教の僧侶はハイチからアメリカに侵入し、人種問題を盾に白いアメリカに切り込んでいった。創設者のW・E・B・デュボイスは、ハイチのヴードゥー僧の子孫だろう。キング牧師は公民権運動を信じていたが、彼を暗殺したのは仲間(黒人ダン族)だろう。貧しい黒人は、黒い肌で差別されているが、裕福な黒人(ダン族)は、黒い肌を武器にして富を得ている。

 


■AD1929年 マーティン・ルーサー・キング生誕

 


■AD1941年 モーリス・ホワイト生誕 「アース・ウィンド&ファイア誕生」

 


■AD1948年 「真如苑誕生」

 

AD1949年の中華人民共和国誕生を機に中国から日本に逃れてきた人々である。真如の名の由来は女真を反対にしたものだと考えられる。つまり、真如苑は「女真の苑」を意味している。教祖である伊藤真乗の名「真乗」も女真に因んでいる。彼が因んだ「女真」とは、藤原氏の子孫「野人女直」のことだろう。そのためか、真如苑は、大谷率いる日本仏教に度々攻撃されている。

 


■AD1954年 アブドルファッターフ・サイード・フセイン・ハリール・アッ=シーシー生誕

 

AD2013年、彼は、タナトスの一族であるムスリム同胞団に属するムルシーをクーデターによって排除し、AD2014年にエジプト・アラブ共和国第4代大統領に就任している。シーシー大統領の祖は、藤原氏の子孫シャハ王家の支配に不満を評し、ネパールを発って、セツの時代の故地エジプトに帰還した。シーシーの名の由来はセツ、或いはムシシである。セツ=セシ=セーシー=シーシーとなる。

 


■AD1962年 藤井フミヤ生誕 「チェッカーズ誕生」

 


■AD1983年 ミランダ・カー生誕

 


■AD1993年 メルシオル・ンダダイエ、第4代ブルンジ共和国大統領に就任

 

ヴードゥー僧デュディ・ブークマンが生んだファン系集団の子孫であるが、フツ族と混合したため、ツチ族に暗殺された。ンダダイエの名の由来はデュディである。デュディ=ンデュディ=ンダダイエとなる。

 

 

◆シュシャン(セツ)の歴史

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「粛慎誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したセツは、大地殻変動によって荒廃した故地を後に兄弟ゼウスの拠点スーサに移住した。その後、「シュメール人の大航海時代」に参加したセツは、ツォウ族と共にスーサを発ち、満州に入植した。この時に「粛慎(スーシェン)」が生まれた。スーシェンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=シューシャン=スーシェンとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ウェシュシュ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加した粛慎は、祖を同じくするスイス人と連合した。この時に「ウェシュシュ人」が生まれた。ウェシュシュの名の由来はスイスとシュシャンの組み合わせである。スイス+シュシャン=イスシャン=ウェシュシュとなる。彼らは、トゥルシア人らと共にイランに入植し、デニエン人、シェルデン人とは異なる、正義の側の海の民に参加した。

 


■BC1100年 「宋誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」が始まると、シュシャン人はベーシュタード王国を離れ、中国に移住した。この時に「宋氏(ソン)」が生まれた。ソンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=シュション=ソンとなる。

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「周誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したウェシュシュ人は、東アジアに帰還した。彼らは中国に上陸すると、殷に寄生していた人身御供の種族、能登族を皆殺しにした。その後、ウェシュシュ人は、蚩尤が生んだ「周氏(チョウ)」に参加し、共同で「周」を開いた。周(チョウ)の名の由来はツオウである。ツオウ=チオウ=周(チョウ)となる。

 


■BC770年 「東周誕生」

 

ウェシュシュ人の片割れであるスイス人、周氏がエジプトに移住して「サイス朝」を開くと、残ったウェシュシュ人の片割れであるシュシャン人は「周(西周)」を継承し、「東周」を開いた。

 


■BC249年 「朝鮮誕生」「衛氏朝鮮誕生」

 

東周滅亡後、シュシャン人は朝鮮半島を訪れた。彼らが、が朝鮮半島に訪れて初めて、当地は「朝鮮」と呼ばれた。朝鮮(チョソン)の名の由来はシュシャン(スーサ)である。シュシャン=チュション=チョソン(朝鮮)となる。
シュシャン人が来るまで、朝鮮半島は、箕子(ギジャ)によって統治されていた。しかし、箕子は既に「ヒッタイト人の大航海時代」に参加して朝鮮半島を離れたため、周氏は「衛(ウェイ)」を称して朝鮮半島の一部に「衛氏朝鮮」を開いた。衛氏朝鮮の名の由来はウェシュシュ(衛=ウェ、朝鮮=シュシュ)である。

 


■BC23年 「サクソン族誕生」

 

BC286年、宋が滅ぶと、諸葛氏の一部は宋氏と連合し、中央アジアに移住した。この時に「サクソン族」が生まれた。サクソンの名の由来は諸葛(ジューガー)と宋(ソン)の組み合わせである。ジューガー+ソン=ジュガソン=サクソンとなる。

 


■AD449年 「ザクセン誕生」

 

諸葛氏はブリテン島に渡ってウェセックス王国、エセックス王国、サセックス王国を築いたが、宋氏は、ドイツ北西部に残り、「ザクセン王国」を築いた。

 


■AD315年 「柔然誕生」

 

BC108年に衛氏朝鮮が滅ぶと、周氏は朝鮮半島からモンゴルに移っている。彼らは「柔然(ジュジュ)」を生んだ。柔然(ジュジュ)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=ジュジャン=ジュジュとなる。柔然は、AD315年頃にタリム盆地からの亡命者、楼蘭(ローラン)や、宇文部に皇位継承権を簒奪されたイェマック王家の木骨閭(モグル)の一族郎党と組んで柔然を騎馬軍団として強化する。だが、彼らはAD4世紀に楼蘭に乗っ取られる形で柔然を追放されてしまう。この時に楼蘭が主導権を握ると、柔然(ジュジュ)は、「ローラン」の別称を得る。

 


■AD315年 「長孫氏誕生」

 

柔然を追放されたシュシャン人は、「長孫氏(ツァンスン)」を称した。長孫(ツァンスン)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=シュンシャン=ツアンスンとなる。長孫氏は、自分たちのお株を奪った楼蘭を憎み、打倒柔然に情熱を燃やした。長孫嵩は、代国に取り入って将軍の地位を得、AD391年の柔然北伐に参加している。また、北魏の将軍だった長孫道生はAD425年に柔然(ローラン)を討伐し、勝利している。長孫氏の系統はその後も軍人として西魏、北周などの支配層に名を連ねた。また、唐の時代には政治家として知られる長孫順徳が輩出されている。

 


■AD668年 「高句麗の大移動時代」

 


■AD668年 「チェチェン人誕生」「コーカサス誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加した長孫氏は、西方に逃亡した柔然を追い、現コーカサスに踏み込んだ。彼らは、「チェチェン人」を形成した。チェチェンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュチャン=チェチェンとなる。その後、高句麗の人々と連合した長孫氏は、黒海とカスピ海の間の地域を、初めて「コーカサス」と命名した。コーカサスの名の由来はゴグリョとシュシャンスの組み合わせである。ゴグリョ+シュシャン=ゴグシュシ=ゴーグシュシ=コーカサスとなる。

 


■AD772年 「サクソニア戦争」

 


■AD919年 ハインリッヒ1世、東フランク王に即位 「サクソニア家誕生」

 


■AD9??年 「女真族誕生」

 

サクソニア戦争で、シャルルマーニュ大帝に敗北したザクセン王国(宋氏)は、イギリス人リトル、スモール(趙氏)を率いて中国に帰還した。宋氏は、満州に入植して「女真族(ジュシャン)」を称した。「女真族(ジュシャン)」の名の由来はシュシャンである。シュシャン=ジュシャンとなる。

 


■AD960年 趙匡胤、初代皇帝に即位 「宋誕生」

 

サクソニア戦争で、シャルルマーニュ大帝に敗北したザクセン王国の残党(宋氏)は、イギリス人リトル、スモール(趙氏)を率いて中国に帰還した。宋氏は満州に移住したが、趙氏は中国に移住し、同盟者の名を借りて新規に「宋」を開いた。

 


■AD962年 オットー大帝、初代皇帝に即位 「神聖ローマ帝国誕生」

 


■AD9??年 「チチェン・イツァー誕生」

 

AD867年にイサウリア朝が滅ぶと、イサウリア王家(イツァー人)はチェチェン人を連れてメキシコに帰還した。彼らは、「チチェン・イツァー」を築いた。チチェン・イツァーの名の由来はチェチェンとイツァーの組み合わせである。チェチェン=チチェンとなり、チチェン+イツァー=チチェン・イツアーとなる。しかし、チチェン・イツァーは、イシュバランケー、イシュキックなどを祀る人身御供の種族によって支配されていた。

 


■AD1068年 「中村氏誕生」「土屋氏誕生」

 

AD10世紀に「遼」が勢力圏を満州にまで拡大すると、女真族は満州を後に日本に移住した。彼らは、日本に「中村氏」を生んだ。中村(ちゅうそん)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュシャン=チューソン(中村)となる。AD11??年に中村氏の祖である中村宗平が輩出され、その宗平の子として土屋氏の祖土屋宗遠が誕生している。後に、土屋氏が武蔵七党のひとつである「中村党」を仕切るようになる。土屋の名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュチャン=ツチヤ(土屋)となる。

 


■AD1068年 「上総氏誕生」「秩父氏誕生」

 

一部チェチェン人は、コーカサスを離れて日本に向かった。彼らは、途中のインド洋辺りで善棟王の子孫ラージプートと合流した。両者は房総半島に上陸し、チェチェン人は「上総氏(かずさ)」を称した。そして、ラージプートは「破壊神シヴァ」を由来に「千葉氏」を称した。更に、上総氏は千葉氏と連合して「秩父氏」を結成した。
上総の名の由来はコーカサスであり、秩父の名の漢字表記の由来は「父なるゼウス(秩)」、また読みの由来はチェチェンと千葉の組み合わせである。コーカサス=コーカズス=かずさ(上総)となり、チェチェン+千葉=チェ千葉=ちちぶ(秩父)となる。彼ら、千葉氏、上総氏、秩父氏は先発隊である中村氏、土屋氏、土肥氏と連合して「坂東八平氏」の中核を担い、鎌倉幕府の成立に邁進することとなる。

 


■AD1068年 「ジェチェン誕生」

 

一部チェチェン人は、コーカサスを離れて日本に向かった。一部チェチェン人はシルクロードを介して満州に移住している。長孫氏の子孫であるチェチェン人は、祖を同じくする女真族に合流することを考えていた。だが、その頃には、既に正統な女真族は日本に移って「中村党」を組織し、活動していた。更に、女真族自体は日本から来た中臣氏に簒奪されていた。その後、チェチェン人は「ジェチェン」を称し、中臣氏が築いた「建州女直」に参加した。ジェチェンの名の由来はチェチェンである。

 


■AD1333年 「チュエジ朝誕生」

 

鎌倉幕府が滅ぶと、坂東八平氏に属する上総氏、秩父氏は日本を脱出してインド洋を横断、伝説のニョロ帝国を目指した。ニョロ帝国は、橘氏、丹波氏が築いた湖水地方に築かれた幻の帝国である。湖水地方を訪れた上総氏、秩父氏は、ニョロ帝国に「チュエジ朝」を開いた。チュエジの名の由来はチェチェンである。チェチェン=チュエチェン=チュエジとなる。

 


■AD14??年 「スワジランド誕生」

 

チュエジ朝が滅ぶと、チュエジ人はアフリカを更に南下し、南アフリカに到達した。超古代、ゼウスが「朱雀」を築いた土地に入植した。朱雀を築いた際に「スワジ」の名が生まれたが、スワジの名の由来はゼウスである。ゼウス=セウズ=スワジとなる。

 


■AD14??年 「財津氏誕生」

 

チュエジ朝が滅ぶと、チュエジ人は故地である日本に帰還し、現熊本県に入植して「財津氏」を生んでいる。財津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャ=ザイチャ=財津となる。

 


■AD1934年 財津一郎生誕

 

芸人・俳優財津一郎は「てなもんや三度笠」で知られている。

 


■AD1948年 財津和夫生誕 「チューリップ誕生」

 

「チューリップ」のリーダー財津和夫は、AD1973年発表のシングル「心の旅」でスターダムにのしあがる。

 

 

 

 

 

 


レザの歴史

◆エロス(レザ)の歴史

 


■50万年前 「レザ誕生」

 

ザンビアの海岸に暮らしていた「レザ」は、水生生活から陸上生活にスイッチした。彼らは、メラネシア人の容姿をしていた。

 


■50万年前 「クウォスの大移動時代」

 


■50万年前 「ラシ族誕生」「リス族誕生」

 

「クウォスの大移動時代」に参加したレザは、チッタゴンを経てミャンマーに移住し、「ラシ族」「リス族」を生んだ。ラシ、リスの名の由来はレザである。レザ=レサ=ラシ=リスとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「パッラース誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したレザは、ヴィディエと組み、獣人を人種母体に「パッラース」を生んだ。パッラースの名の由来はヴィディエとレザの組み合わせである。ヴィディエ+レザ==ヴィレザ=ビッレーザ=パッラースとなる。

 


■45万年前 「ヒッポリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヴィディエ、クリュテイオスと組んで「ヒッポリュトス」を生んだ。ヒッポリュトスの名の由来は、ヴィディエ、パッラース、クリュテイオスの組み合わせである。ヴィディエ+パッラース+クリュテイオス=ヴィパラテイオス=ヒッポリュトスとなる。

 


■45万年前 「ポリュポーテース誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヴィディエ、クウォスと組んで「ポリュポーテース」を生んだ。ポリュポーテースの名の由来はパッラース、ヴィディエ、クウォスの組み合わせである。パッラース+ヴィディエ+クウォス=パラヴィデェス=ポリュポーテースとなる。

 


■45万年前 「ポルピュリオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヒッポリュトス、ウェネと組んで「ポルピュリオーン」を生んだ。ポルピュリオーンの名の由来はパッラース、ヒッポリュトス、ウェネの組み合わせである。パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ=パラポリュウェネ=ポルピュリオーンとなる。

 


■45万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したイェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■40万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「パルース族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したパッラースは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、シアトル付近に居を構えた。パッラースは「パルース族」を称した。パルースの名の由来はパッラースである。パッラース=パラース=パルースとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「ブリアレオース誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したポルピュリオーンはアグリオスと組んで「ブリアレオース」を生んだ。ブリアレオースの名の由来はポルピュリオーン、アグリオスの組み合わせである。ポルピュリオーン+アグリオス=ピュリオリオス=ブリアレオースとなる。

 


■30万年前 「エロス誕生」

 

「獣人の大移動時代」の際に生まれたブリアレオースから、ルワが離脱した。この時に「エロス」が生まれた。エロスの名の由来はブリアレオースである。ブリアレオース=アレオス=エロスとなる。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ネイロス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエロスは、オーストラリアに上陸し、ウラニアーと組んで「ネイロス」を生んだ。ネイロスの名の由来はウラニアーとエロスの組み合わせである。ウラニアー+エロス=ニアロス=ネイロスとなる。その後、ネイロスは河川の娘たちに参加した。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「イエロ誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加してギリシアに移住し、「アルゴス号の大航海時代」に参加してオーストラリアに帰還したエロスは、故地であるオーストラリアに帰還し、虹蛇「イエロ」を祀った。イエロの名の由来はエロスである。エロス=イエロス=イエロとなる。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「ウルチ族誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したエロスは、シベリアに移住して「ウルチ族」を生んでいる。エロス=エロチ=ウルチとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「ナイル川誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したネイロスは、エジプトに入植した。この時に「ナイル」の名が生まれた。ナイルの名の由来はネイロスである。ネイロス=ナイロス=ナイルとなる。

 


■4万年前 「軍神アレス誕生」「月の女神アルテミス誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したエロスは、ギリシアに上陸すると、「戦闘の神アレス」を祀ってオリンポス神族に加わった。アレスの名の由来はエロスである。エロス=エレス=アレスとなる。アレスは、後に「マルス」とも呼ばれた。また、エロスはハタミ人と連合して「アルテミス」を祀った。アルテミスの名の由来はエロスとテミスの組み合わせである。エロス+テミス=エロテミス=アルテミスとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代」

 


■1万年3千年前 「アムル人誕生」「エロヒム誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加して南極に移住し、「エノスの大航海時代」に参加して西アフリカに移住したエロスはハムと連合して「エロヒム」「アムル人」」を生んでいる。ハム+エロス=ハムエロ=アムルとなり、エロス+ハム=エロハム=エロヒムとなる。イスラエルの神として知られる「エロヒム」は、アフリカ生まれの神なのだ。「エロヒム」と「アムル人」は不可分の存在であった。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「光神ルー誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したエロスは、アイルランドに到着すると、クシュと組んで「光神ルー(ルグス)」を祀った。アムル+クシュ=ルクシュ=ルグス(ルー)となる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「マリ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加してアイルランドを脱出したエロスは、北アフリカには帰還せずにメソポタミアに移住した。彼らは「都市国家マリ」を建設した。マリの名の由来はアムルである。アムル=アマリ=マリとなる。

 


■BC5千年 「シュメール人誕生」

 

タップ・オノスの破壊を機にスカンジナビア半島からメソポタミアに避難したセムは、アイルランドからやってきたアムル人と連合して「シュメール人」を称する。シュメールの名の由来はセムとアムルの組み合わせである。セム+アムル=セムール=シュメールとなる。シュメール人の祖は、他にもセムとアーリア人の組み合わせがある。つまり、シュメール人は2種類が存在した。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ滅亡」

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「ソマリア誕生」

 

ソドムとゴモラの事件を機に、「シュメール人の大航海時代」に参加したシュメール人がソマリアを訪れた際、「ソマリア」の名が生まれた。ソマリアの名の由来はシュメールである。シュメール=シュメリア=ソマリアとなる。移住から100年後、シュメール人は故国に帰還し復興に努めた。これが、本格的な「シュメール文明」の夜明けとなる。

 


■BC32世紀 メナス(ナルメル)、初代ファラオに即位 「エジプト第1王朝誕生」

 

ソロモン朝の残党は、エジプトに逃れると、ナイルの雄ノアと連合した。「メナス(ナルメル)」は個人名ではなく、ソロモン朝とシュメール人、ノアの連合体の名称である。ネマスの名の由来はソロモンの片割れであるメネストーである。メネストー=メネス=メナスとなり、ナイル+アムル=ナイルムル=ナルメルとなる。

 


■BC32世紀 「サマリア人誕生」

 

褐色の肌を持つ一部ソマリア人は、イスラエルに移住して「サマリア人」となった。サマリアの名の由来はソマリアである。

 


■BC32世紀 「ドルイド教の大航海時代」

 


■BC32世紀 「ウェールズ誕生」

 

「ドルイド教の大航海時代」に参加したエロス(アムル人)はドルイド教と共にブリテン島に上陸し「ウェールズ」を築いた。ウェールズの名の由来はエロスである。エロス=ウェーロス=ウェールズとなる。

 


■AD1866年 H・G・ウェルズ生誕

 


■AD1915年 オーソン・ウェルズ生誕

 


■AD1935年 ヤロミル・イレシュ生誕

 


■AD1940年 ビクトル・エリセ生誕

 


■AD1947年 ジョー・ウォルシュ生誕

 


■AD1951年 スティーブ・ウォルシュ生誕 「カンサス誕生」

 

 

 

 

 


ウェネの歴史

◆ヨハネス(ウェネ)の歴史

 


■45万年前 「ウェネ誕生」

 

50万年前にホモハビリスが水生生活を中止して、上陸し、シベリアに向かった後、水生生活を続けていた人々が陸上に上がった。ニジェール流域に水生人として暮らしていた人々はアイヌ人に似た姿をしており、自らを「ウェネ」と呼んでいた。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「アイヌ人誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したウェネは、東南アジアに到達し、日本に入植した。この時、ウェネは「アイヌ人」となった。アイヌの名の由来はウェネである。ウェネ=ウイネ=アイヌとなる。彼らは縄文人の原型を成したが、時が経つにつれ、日本列島が多くの人々で賑わうようになると、彼らの居住地は北海道に限定された。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エウリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、ウェネと組んで「エウリュトス」を生んだ。エウリュトスの名の由来はウェネ、ヒッポリュトスの組み合わせである。ウェネ+ヒッポリュトス=ウェリュトス=エウリュトスとなる。

 


■45万年前 「ポルピュリオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したパッラースは、ヒッポリュトス、ウェネと組んで「ポルピュリオーン」を生んだ。ポルピュリオーンの名の由来はパッラース、ヒッポリュトス、ウェネの組み合わせである。パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ=パッラーポリュウェネ=ポルピュリオーンとなる。

 


■45万年前 「グラティオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたアグリオスは、ヴィディエ、ウェネと共に「グラティオーン」を生んでいる。グラティオーンの名の由来はアグリオス、ヴィディエ、ウェネの組み合わせである。アグリオス+ヴィディエ+ウェネ=グリオディエウェネ=グラティオーンとなる。

 


■45万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■40万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ポントス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「ポントス」を生んだ。ポントスの名の由来はウェネ、クリュテイオスの組み合わせである。ウェネ+クリュテイオス=ウェンテイオス=ポントスとなる。

 


■30万年前 「エウエノス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「エウエノス」を生んだ。エウエノスの名の由来はアイヌ、ウェネ、エバシの組み合わせである。アイヌ+ウェネ+エバシ=アイウェネシ=エウエノスとなる。その後、エウエノスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「イアンテー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「イアンテー」を生んだ。イアンテーの名の由来はウェネ、ヴィディエの組み合わせである。ウェネ+ヴィディエ=ウェンディエ=イアンテーとなる。その後、イアンテーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「マイアンドロス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「マイアンドロス」を生んだ。マイアンドロスの名の由来はピュグマエイ、ウェネ、テレストーの組み合わせである。ピュグマエイ+ウェネ+テレストー=マエイウェンテレス=マイアンドロスとなる。その後、マイアンドロスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アンピロー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「アンピロー」を生んだ。アンピローの名の由来はウェネ、パッラースの組み合わせである。ウェネ+パッラース=ウェンパッラー=アンピローとなる。その後、アンピローは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アウユ族誕生」

 

エウエノスは、オーストラリアからパプアに移住し「アウユ族」を生んだ。アウユの名の由来はエウエノスである。エウエソス=エウエ=アウユとなる。

 


■30万年前 「ズルヴァーンの大移動時代」

 


■30万年前 「ズルヴァーン誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、オーストラリアから古代イランに入植した。この時、エウエノスはアシェラーフと組んで「ズルヴァーン」を生んだ。ズルヴァーンの名の由来はアシェラーフとウェネの組み合わせである。アシェラーフ+ウェネ=シェラウェン=ズルヴァーンとなる。至高神と呼ばれたズルヴァーンがイランを治めた時代は、最良の時と呼ばれた。

 


■30万年前 「ヤハウェ誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、イランから現イスラエルに入植した。この時に「ヤハウェ」が生まれた。ヤハウェの名の由来はエウェノスである。エウェノス=エハエノス=ヤハウェとなる。

 


■30万年前 「ウェヌス(ヴィーナス)誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、現イスラエルから古代ギリシアに入植した。この時に「ウェヌス」が生まれた。ウェヌスの名の由来はエウェノスである。エウェノス=ウェノス=ウェヌスとなる。ウェヌスは英語で「ヴィーナス」と呼ばれている。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「アンボン族誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加して地中海に移住したアンピローは、「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに帰還した。彼らは、メラネシアに「アンボン族」を生んだ。アンボンの名の由来はアンピローとウェネの組み合わせである。アンピロー+ウェネ=アンウェン=アンボンとなる。

 


■7万年前 「イパン族誕生」「パイワン族誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加して地中海に移住したイアンテーーは、「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに帰還した。彼らは、マレー半島に「イパン族」、台湾に「パイワン族」を生んだ。イパンの名の由来はイアンテーであり、パイワンの名の由来はヴィディエとイアンテーの組み合わせである。イアンテー=イハンテー=イパンとなり、ヴィディエ+イアンテー=ヴイアン=パイワンとなる。

 


■7万年前 「気吹戸主神誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウエノスは、エレクトラ、アプスーと連合した。この時に「イブキドヌシ」が生まれた。イブキドヌシの名の由来はアプスー、エレクトラ、エウエノスの組みあわせである。アプスー+エレクトラ+エウエノス=アプクトノス=イブキドヌシとなる。

 


■4万年前 「オリンポス神族の大航海時代」

 


■4万年前 「ペロプス誕生」

 

「オリンポス神族の大航海時代」が到来すると、メラネシア海域に根を張っていたアンボン族(アンピロー)はマレー地域に住んでいたカロ族(カリュプソー)と連合体を組んだ。この時にペロプスが生まれた。ペロプスの名の由来はアンピローとカリュプソーの組み合わせである。アンピロー+カリュプソー=ピロプソー=ペロプスとなる。ペロプスは、アトランティス王国の王族となる。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「エノス誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したエウエノスは、エジプトに到着すると「エノス」を生んだ。エノスの名の由来はエウエノスである。エウエノス=エノスとなる。

 


■4万年前 「戦闘の神エニュオ誕生」

 

古代ギリシアに侵攻し、クロノスを退けたオリンポス神族に参加していたエノスは「戦闘の神エニュオ」を生んだ。エニュオの名の由来はエノスである。エノス=エニュオス=エニュオとなる。

 


■4万年前 「クロマニョン人の大航海時代」

 


■3万年前 「ナスカ誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノスは、ペルーでエノクと連合すると、「ナスカ」を建設した。ナスカの名の由来はエノスとエノクの組み合わせである。エノス+エノク=ノスク=ナスカとなる。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグ国誕生」

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「アナサジ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノスは、コロラド流域に入植したエノスは「アナサジ族」となる。アナサジの名の由来はエノスとムシシの組み合わせである。エノス+ムシシ=エノシシ=アナサジとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「平等王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したウェネは、テングリと共に、十王に属する「平等王(ピンデン)」を生んだ。ピンデンの名の由来はポントスとテングリの組み合わせである。ポントス+テングリ=ポンテン=ピンデンとなる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ニジェール誕生」

 

「エノスの大航海時代」に参加したエノスは、メトセラと共にニジェール流域に移り、連合して「ニジェール」を称した。ニジェールの名の由来はエノスとメトセラの組み合わせである。エノス+メトセラ=ノスセラ=ニジェールとなる。ニジェールは「ナザレ」の語源でもある。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「ヌアザ誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したエノスは、アイルランドに単身「主神ヌアザ」を祀った。エノス=エノアサ=ヌアザとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「蓬莱山誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。この時、彼らは「蓬莱山(ペンライ)」を築いた。ペンライの名の由来はポントスとクリュティアー(ルデ)の組み合わせである。ポントス+クリュティアー=ポンリュ=ペンライとなる。蓬莱山は中国にあるとされているが、実際にはコーカサス山脈に存在した。

 


■BC5千年 「アイネイエース誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。この時に「アイネイアース」が誕生している。アイネイアースの名の由来はエウエノス、クリュテイオス(ルデ)の組み合わせである。エウエノス+クリュテイオス=ウエネイオス=アイネイアースとなる。

 


■BC5千年 「ラティウム誕生」「ラティヌス誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。その後、アイネイエースを生んだ彼らは、「ラティヌス」を祀り、「ラティウム王国」を建設した。ラテン、ラティヌスの名の由来はルデとエノスの組み合わせである。ルデ+エノス=ルディノス=ラティヌス=ラテンとなる。

 


■BC5千年 「ナザレ誕生」

 

ラティウム王国が築かれると、エノスは、カスピ海から現イスラエルに赴き、拠点「ナザレ」を得る。ナザレの名の由来はニジェールである。ニジェール=ニジエレ=ナザレとなる。

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「エネツ族誕生」「ネネツ族誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したエノスは、ペチョラ川流域に入植した。彼らは、現地のモンゴロイドと交わって「エネツ族」「ネネツ族」を形成した。エノス=エネス=エネツ=ネネツとなる。

 


■BC5千年 「イヌピアト誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したエノスは、シベリアの北極海を抜けると、そのままアリューシャン列島を渡り、カナダ北極圏に侵入していった。アラスカに残留したエノスとプテは連合し、現地人と混合して「イヌピアト」を形成した。エノス+プテ=エノプウテ=イヌピアトとなる。

 


■BC5千年 「イヌイット誕生」

 

カナダ方面に向かったエノスとアダムも連合し、現地人と混合して「イヌイット」を形成した。エノス+アダム=エノアダ=イヌイットとなる。

 


■BC2600年 「クノッソス誕生」

 

アナサジ族は、故地を去り、コロラド流域から遠く、地中海へと漕ぎ出した。地中海に侵入した彼らはクレタ島に上陸した。この時に「クノッソス」の名が生まれた。クノッソスの名の由来はアナサジである。アナサジ=ハナサジ=カナサジ=クノッソスとなる。

 


■BC年 ヨハネス生誕

 


■AD66年 「八木氏誕生」「矢作氏誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。シルクロードを介して中国に至り、海を渡って日本に上陸した人々は、「八木氏」を称した。八木の名の由来はイエスの人(イエキ)、或いはヤハウェの人(ヤキ)であり、矢作の名の由来はヤハウエの人(ヤハキ)である。

 


■AD66年 「バヌアツ誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。海路で太平洋にに渡ったヨハネスの一族は、太平洋の孤島に上陸した。彼らは、この志摩を「バヌアツ」と呼んだ。バヌアツの名の由来はヨハネスである。ヨハネス=ヨハネアス=ハネアス=バヌアツとなる。

 


■AD66年 「ジョーンズ誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。イギリスに渡ったヨハネスの一族は、「ジョーンズ」と呼ばれた。ジョーンズの名の由来はヨハネスである。JOHANES(ヨハネス)=HANES=JANES=JONES(ジョーンズ)となる。

 


■AD6世紀 「ヨハネスの大航海時代」

 


■AD6世紀 「ハワイ誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、新航路の開発を目的に広大な太平洋を冒険中、偶然にも「ハワイ諸島」を発見した。ハワイの名の由来はヤハウェであり、グァムの名の由来は日本語「神(かみ)」である。ヤハウェ=ハウエ=ハワイとなる。

 


■AD6世紀 「グアム誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、ハワイ島から「グアム島」を発見し、日本に至っている。グアムの名の由来は日本語の「神(かみ)」である。かみ=くあみ=グアムとなる。

 


■AD6世紀 「上野国誕生」「上野氏誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、グアム島から現群馬県に移住して「上野国」を築いた。うえの(上野)の名の由来はエウエノスである。エウエノス=ウエノ=上野となる。当時は、上野はうえのと呼ばれていた。ただ、その後にガスコン人が到来すると、上野(うえの)は、ガスコンに因んで上野(こうずけ)と呼ばれた。

 


■AD6世紀 「渤海(ボハイ)誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、上野国から中国に移住した。この時、彼らが侵入した湾は「渤海(ボハイ)」と呼ばれた。ボハイの名の由来はハワイである。ハワイ=ホハイ=ボハイとなる。

 


■AD634年 「役小角誕生」

 

AD630年、唐が東突厥を滅ぼすると、一部の阿史那氏が日本に移住した。彼らは、上野氏と連合して「役小角」を生んだ。役小角の名の由来はエウエノスとアザニアーの組み合わせである。エウエノス+アザニアー=エウエンノ+オズニアー=エンノ+オズヌ=役小角(えんの・おずぬ)となる。

 


■AD698年 「渤海王国誕生」

 

AD629年、唐が中国統一を果たすと、渤海湾に住んでいた人々は満州に移住し、AD698年に「渤海国(ボハイ)」を建てた。

 


■AD727年 「修験道誕生」

 

渤海国は、この時に始めて日本に遣使を送った。このとき、チュクチ族(ステュクス)と渤海人(エウエノス)の連合体が日本を訪れ、祖を同じくする役小角の土地を訪ね、共に「修験道」を築いた。修験道の名の由来はチュクチとエウエノスの組み合わせである。チュクチ+エウエノス+道=チュクエノ+道=チュクエン+道=修験道(しゅげん)となる。

 


■AD932年 「ブワイ朝誕生」

 

AD926年に渤海国が滅ぶと、渤海人は西方に向けて旅立ち、天孫族はハワイに向けて旅立った。AD932年、渤海人はイランの地に「ブワイ朝」を開いた。ブワイの名の由来はボハイ(渤海)である。ボハイ=ボワイ=ブワイとなる。

 


■AD1062年 「京極氏誕生」

 

セルジューク軍がバグダッドに入城したのを機に、ブワイ家はイランを発ち、日本に移住した。AD1219年、ブワイ人は佐々木信綱に接近して自身の血統を打ち立てた。AD1220年、この時に「京極氏」の祖、佐々木氏信が誕生した。佐々木氏信は、後に京極氏信を称している。当時のバグダッドは、世界に類を見ない最先端をいく都市のひとつだった。そのため、バグダッドを治めていたブワイ家は、「極められた都」を由来に「京極」を称した。京極とはバグダッドのことある。

 


■AD1062年 「ジンバブエ誕生」

 

AD1062年、ブワイ朝が滅ぶと、ブワイ家はイランを発ち、東アフリカを南下してザンベジ川流域に上陸した。イラン人の顔をした彼らは現地人と混合して「ジンバブエ人」を形成した。彼らが訪れて始めて、当地は「ジンバブエ」と呼ばれた。ジンバブエの名の由来は中国語「新渤海(シンボハイ)」である。シンボハイ=シンボバイ=ジンバブエとなる。

 


■AD1180年 「ヴィッテルスバッハ誕生」

 

AD1062年に滅んだブワイ朝の残党はエフタルの残党と連合し、「ヴィッテルスバッハ」を結成してバイエルンに移住した。ヴィッテルスバッハの名の由来はエフタルとボハイの組み合わせである。エフタル+ボハイ=フォトラス+ボッハイ=ヴィッテルスバッハとなる。

 


■AD1220年 「ジンバブエ王国誕生」

 

AD1220年、ジンバブエ人は「ジンバブエ王国」を建てている。遺跡「グレート・ジンバブエ」は、AD11世紀から建造が開始され、まだ完成していなかった。AD1450年、ジンバブエ王国が滅ぶと、ジンバブエ人は東アフリカを離れ、遠く、ハワイの地に帰還した。

 


■AD1320年 「バフマニー朝誕生」

 

4人のバイエルン公が立つと、ヴィッテルスバッハ家の一部(バッハ)がバイエルンを後にインドに移住した。一方、AD1287年、スコータイ朝の援助を受けたワーレルーがペグー朝の王位に就くと、反感を持ったモン族がミャンマーを後にデカン高原に移住した。白人の顔をしたヴィッテルスバッハ家はデカン高原に上陸し、モン族と組んで、AD1347年に「バフマニー朝」を開いた。バフマニーの名の由来はバッハとモンの組み合わせである。バッハ+モン=バッハモニ=バフマニーとなる。

 


■AD1322年 「怕尼芝王統誕生」

 

怕尼芝(はにじ)の名の由来はヨハネス、或いはバヌアツである。ポリネシア人の顔をした彼らは沖縄人と混合して怕尼芝を輩出し、怕尼芝王統を創始して北山王国を支配した。AD1416年に怕尼芝王統が滅ぶと、彼らは日本列島に移住し、「羽仁」を称した。

 


■AD1490年 「バッハ誕生」

 

バフマニー朝が滅ぶと、ヴィッテルスバッハ家はインドを離れて故地であるバイエルンに帰還した。インド人の顔をした彼らは、現地人と混合して「バッハ」の名を生んだ。バッハの名の由来はバフマニーである。バフマニー=バッフマニー=バッハとなる。

 


■AD1590年 「ボハイの乱」

 

AD1450年、ジンバブエ王国が滅ぶと、ザンベジ流域を後にしたジンバブエ人は故地である満州に帰還し、ちょっと足を伸ばしてモンゴルに居を定めた。アフリカ人の顔をしたジンバブエ人はモンゴル人と混合して「ボハイ」を生んだ。ボハイの名の由来は渤海(ボハイ)である。ボハイは、万暦の三征のひとつに数えられる「ボハイの乱」を指揮した。
AD1589年、厳しい統治で悪名を轟かせたタナトスの血統に属する「党香」が巡撫として寧夏に派遣された。党夏は、馬が死んだ時に賠償金を徴収する制度を作り、自分の手で他人の馬を殺し、被害者から賠償金を徴収した。また、長期に渡って給料を支給せず、不満を漏らした者は威嚇して退けた。このため、劉東エキ、許朝らが党夏に対して蜂起した。投降したモンゴル人でありながら、ボハイもこの蜂起に参加した。だが、AD1592年に自殺と見せかけて中国を脱出したボハイは、ハワイ諸島に落ち延びた。

 


■AD1685年 ヨハン=セバスチャン・バッハ生誕

 


■AD1795年 カメハメハ1世、初代王に即位 「ハワイ王国誕生」

 

カメハメハ1世が初代ハワイ王に即位すると、

 


■AD1844年 「バーブ教誕生」

 

カメハメハ1世が初代ハワイ王に即位すると、ブワイ朝の血を継ぐ一部ハワイ人は、ハワイ諸島を離れ、「ブワイ朝」時代に統べていたイランの地に赴いた。ブワイ朝の中でもジンバブエ王国の血を継ぐ人々からは、サイイド・アリー・モハンマドが輩出された。彼は、バハーウッラーを宣言し、「バーブ教」を創始した。バーブの名の由来はジンバブエである。ジンバブエ=ジンバーブエ=バーブとなる。

 


■AD1863年 「バハーイー教誕生」

 

一方、ブワイ朝の中でもヴィッテルスバッハ、バフマニー朝の血を継ぐ人々からは、ミルザ・ホセ・アリが輩出された。AD1863年、ミルザ・ホセ・アリはバハーウッラーを自称して「バハーイー教」を創始している。バハーイーの名の由来はボハイ、或いはブワイである。ボハイ=ボハーイー=バハーイーとなる。

 


■AD1844年 フリードリッヒ・ニーチェ生誕

 

ニーチェの名の由来はナザレである。ナザレ=ナーザレ=ナーチャレ=ニーチェとなる。

 


■AD1906年 アリストテレス・オナシス生誕 「オナシス財閥誕生」

 


■AD1928年 羽仁進生誕

 


■AD1940年 テリー・ジョーンズ生誕 「モンティ・パイソン誕生」

 


■AD1944年 ミック・ジョーンズ生誕 「フォリナー誕生」

 


■AD1947年 デヴィッド・ボウイ(デヴィッド・ジョーンズ)生誕

 


■AD1955年 ミック・ジョーンズ生誕 「クラッシュ誕生」

 


■AD1955年 ハワード・ジョーンズ生誕

 


■AD1968年 セバスチャン・バック生誕 「スキッド・ロウ誕生」

 

 

 

◆アーリア人(エウリュトス)の歴史

 


■45万年前 「エウリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、ウェネと組んで「エウリュトス」を生んだ。エウリュトスの名の由来はウェネ、ヒッポリュトスの組み合わせである。ウェネ+ヒッポリュトス=ウェリュトス=エウリュトスとなる。

 


■50万年前 「盤古の大移動時代」

 


■50万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■50万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「エリー族誕生」

 

人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、北東部森林地帯(現イリノイ~ニューヨーク)に居を構えたエウリュトスは「エリー族」を称した。エリーの名の由来はエウリュトスである。エウリュトス=エウリュートス=エリーとなる。獣人は、アボリジニの顔をしていたクウォスと混合することで、マヤ人の顔を得たと考えられる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「エリダノス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエウリュトスは、ペネイオスと組んで「エリダノス」を生んだ。エウリュトス+ペネイオス=エウリュトネイオス=エリダノスとなる。その後、エリダノスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「ヨルダン川誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したエリダノスは、現ヨルダンに入植した。この時に「ヨルダン」の名が生まれた。ヨルダンの名の由来はエリダノスである。エリダノス=エリダン=ヨルダンとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「玉依毘売命誕生」

 

「アルゴスの大航海時代」に参加したエウリュトスは、ティアマトが治めるヤマトの国に入植した。エウリュトスはティアマトと連合して「玉依毘売命」を生んだ。「玉依毘売命(タマヨリ)」の名の由来はティアマトとエウリュトスの組み合わせである。ティアマト+エウリュトスー=ティアマエウリュ=タマヨリとなる。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ウルド誕生」「スクルド誕生」「ヴェルダンディ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウリュトスは、ミドガルド王国の建設に協力した。エウリュトスは、ユグドラシルの根元に住むといわれる「3柱の女神」を生んだ。単身で「ウルド」を、チュクウと共に「スクルド」を、トエーと組んで「ヴェルダンディ」を生んでいる。チュクウ+エラド=チュクラド=スクルドとなり、エラド+トエー=エラドンドエー=ヴェルダンディとなる。

 


■7万年前 「ヤレド(エラド)誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウリュトスは、エジプトに入植して「ヤレド(エラド)」を生んだ。エウリュトス=エウリュト=エラド=ヤレドとなる。エラドはヤレドとは不可分の存在であり、同じエウリュトスから生まれた。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「婁(ルー)誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したエウリュトスは、現アジスアベベに入植した。「白虎」が築かれると、エウリュトスはこれに参加し、「婁(ルー)」を生んだ。婁(ルー)の名の由来はエウリュトスである。

 


■4万年前 「柳(リウ)誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したエウリュトスは、現スワジに入植した。「朱雀」が築かれると、エウリュトスはこれに参加し、「柳(リウ)」を生んだ。柳(リウ)の名の由来はエウリュトスである。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「女神レト誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加し、クロノスが支配するギリシアに侵攻したたヤレドは「女神レト」を祀った。レトの名の由来はヤレドである。ヤレド=ヤレト=レトとなる。レトはゼウスと結婚するが、これはセツ(ゼウス)とヤレド(レト)が同盟していたことを意味する。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「アルタイ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエラドは、冷たい海水により、シベリア人)と混合し、「アルタイ族」を生んでいる。アルタイの名の由来はエラドである。エラド=エラドイ=アルタイとなる。

 


■3万年前 「タイヤル族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエラドは、エノクたちと共に台湾を訪れると、ヴィディエはエラドと組んで連合体を生んだ。この時に生まれたのが「タイヤル族」である。タイヤルの名の由来はヴィディエとエラドの組み合わせである。ヴィディエ+エラド=テイエラ=タイヤルとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「科学の種族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したエラドは、南極に移住した。彼らは、チュクウ、ルハンガ、オロクン、クウォスのトバルカインに接触し、マハラエルと共に「科学の種族」となった。この3者は、所謂「宇宙人(UFOに乗る人)」として知られている。

 


■1万3千年前 科学の種族、核兵器を開発

 


■1万3千年前 「アトランティス滅亡」

 

この頃、科学の種族は核爆弾を開発したが、当時、ゼウスがその一報を聞いて喜んだ。古代ギリシア・アトランティス王国(オーストラリア南)では、ディオニュソスが「エレウシス密儀」を布教する際、「入信しなければ殺す」と多くの人々を脅し、大量の信者を獲得していた。大量の信者獲得は、発言力の増大と共に、そのまま信者の離反防止につながる。そのため、タナトスの宗教は大量の信者の獲得を命題としている。
ディオニュソスは、その大量の信者たちをアトランティスのインフラ全般に送り込んで、これを掌握した。タナトスの発想では、王にならずとも、人民の生活を支配すれば、優れた王にも勝てるのだ。インフラ掌握により、ディオニュソスが何をしても人々は怒ることも暴れることも弾劾することなく、怒りを飲み込んで幸福を演じていた。人々は、悪と戦って自由を得るのではなく、自由と生活を保障してもらうために、戦いを放棄し、悪に服従していたのだ。本能・感受性・意志の放棄は、非常な罪である。
ディオニュソスの非人間じみた圧制により、多くの人々が苦しんでいた。国民は「幸福な国の国民」を演じさせられていたのだ。抑圧的な生活により、精神疾患が蔓延した。だが、精神疾患患者はディオニュソスの命を受けた信者たちよってことごとく排除されてしまった。なぜなら、幸福な国で精神疾患を患うということは、国家がウソをついている証だからだ。ギリシア神話では、ポセイドンとアテネが対立する説話が紹介されている。これは、ディオニュソスが簒奪したポセイドンの国アトランティスとアテネが君臨していた時代の古代ギリシアとの対立を意味している。
「太陽神アポロン」を祀っていたアベラム族や全能の神ゼウスも、このことを憂慮していたが、数で圧倒するディオニュソスには対抗できなかった。そこへ、科学の種族が核兵器を開発した。ゼウスは、ディオニュソスと彼らに追随する人々を皆殺しにするために、科学の種族に核兵器の使用を要請した。人喰い人種を嫌悪していた科学の種族はこれを快く承諾した。これにより、ディオニュソスが簒奪したアトランティスは滅亡した。オーストラリア南部には、テクタイトが散乱しているが、これは当地にアトランティスの都市が存在していたことを意味している。

 


■1万3千年前 南極を北方に引き上げる作戦を練る

 

虚言症を患う人喰い人種ディオニュソスと共存することは不可能だと考えていた科学の種族(エラド、マハラエル、トバルカイン)は、旧世界から切り離された南極大陸の立地条件を高評価していた。そして、彼らは、半分凍結している南極大陸を有効活用すべく、核兵器で地軸を動かして南極をもっと北方に引き上げようという計画を立てた。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「テングリの大航海時代」

 


■1万3千年前 「神日本磐余彦尊(神武天皇)誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加して黒龍江に入植したエウリュトスは、ティアマトらと連合して「カムヤマトイワレヒコ」を生んだ。カムヤマトイワレヒコの名の由来はピュグマエイ、ティアマト、エウリュトスの組み合わせである。ピュグマエイ+ティアマト+エウリュトス=グマアマトエウリュ彦=カムヤマトイワレ彦となる。彼らはディオーネーが築いた天皇を継承し、「神武天皇」として初代天皇に即位し、天皇家として黒龍江付近を統率した。

 


■1万3千年前 「科学の種族の大移動時代」

 


■1万3千年前 「大地の女神エリウ誕生」

 

エラド族、マハラエル族はトバルカイン族を残し、タップ・オノスからアイルランドに移った。エラド族は「大地の女神エリウ」「ダグザの父エラドウ」を古代アイルランドに祀り、現地人を支配下に置いた。一方、科学の種族は、失った故郷南極を再現するため、共同で北アフリカに赴いて現サハラ砂漠一帯に壮大な基地を築いていた。その時に、大西洋を横断してセネガルに移住した文明放棄組「エノス」の一団と再会する。文明継承組は、セネガル人の顔をした兄弟を古代アイルランドに招いた。アイルランドに上陸した彼らはいくつか神々を祀った。

 


■1万千5百年前 「御間城入彦(祟神天皇)誕生」

 

エウリュトスは、ミマースと連合して「ミマキイリヒコ」を生んだ。ミマキイリヒコの名の由来はミマースの人(ミマキ)とエウリュトスの組み合わせである。ミマキ+エウリュトス=ミマキエウリュ+彦=ミマキイリヒコとなる。ミマキイリヒコは「祟神天皇」として第10代天皇に即位している。

 


■1万千5百年前 「活目入彦(垂仁天皇)誕生」

 

エウリュトスは、ハリアクモンと組んで「イクメイリヒコ」を生んだ。イクメイリヒコの名の由来はハリアクモンとエウリュトスの組み合わせである。ハリアクモン+エウリュトス=アクモンエウリュ+彦=イクメイリヒコとなる。イクメイリヒコは「垂仁天皇」として第11代天皇に即位している。

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■1万千5百年前 「最高神エル誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したエウリュトスは、メソポタミアに入植し、「エル」を生んだ。エルの名の由来はエウリュトスである。エウリュトス=エルド=エルとなる。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大航海時代」

 


■BC7千年 「ダグザの父エラドウ誕生」

 

「アヌンナキの大航海時代」に参加したエラドは、アイルランドに入植した。この時に「エラドウ」が生まれた。エラドウの名の由来はエラドである。エラドウは新参者だが、7万年前からアイルランドに住む「ダグザ(チュクチ)の父」を称した。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「エリドゥ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエラドは、メソポタミアに移住した。彼らは、メソポタミアの地にシュメール文明を支えた都市国家「エリドゥ」を建設した。エリドゥの名の由来はエラドである。エラド=エラドゥ=エリドゥとなる。

 


■BC5千年 「最高神オロドゥマレ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエラドは、アムル人と共にニジェール流域に移住し、「最高神オロドゥマレ」を生んだ。オロドゥマレの名の由来はエラドとアムルの組み合わせである。エラド+アムル=エラドムル=オロドゥマレとなる。

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート時代」

 


■BC32世紀 「ウィルタ族誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加したヤレドは樺太に入植し、「ウィルタ族」を残している。ウィルタの名の由来はヤレドである。ヤレド=イヤレド=ウィルタとなる。

 


■BC32世紀 「アリュート族誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加したヤレドは、アリューシャン列島に入植し、現地人と混合して「アリュート族」を形成した。アリュートの名の由来はヤレドである。ヤレド=ヤリュード=アリュートとなる。

 


■BC32世紀 「アーリア人誕生」

 

アリュート族はシベリアに帰還して「アーリア人」を称した。アリュート=アーリュート=アーリアとなる。モンゴロイドの顔をしたアーリア人は、「第2次北極海ルート」の同僚であったプール族(スバル人)、マトゥラ族(ミツライム族)、マツヤ族(メトセラ族)の後を追ってインドにまで南下した。再会した彼らは連合体を結成した。

 


■BC32世紀 「魯(ルー)誕生」

 

一部アリュート族は古代中国に進出し、BC1042年に「魯(ルー)」を建国している。魯(ルー)の名の由来はアリュートである。アリュート=リュー=ルー(魯)となる。魯はBC256年まで続いたが、滅亡すると魯の一族はソマリアに移住した。

 


■BC12世紀 「アリナ族誕生」

 

インドに移住したアーリア人は「アリナ族」を称した。アーリア人の連合体には、他にもブリグ族(ペレグ)、ドルヒユ族(トロイア)、パルシュ族(ペルシア)、ダーサ族(デウス)、パニ族・アヌ族・バラーナ族(ヴァラナシ)が参加した。インド時代のアーリア人は、ベーシュタード王国・善神デーヴァの隣人として善き時代を謳歌した。

 


■BC1027年 「太陽の女神アリンナ誕生」

 

「十王戦争」の後、イランにやって来たアリナ族は、一部がタタと組んでタタール人を生み、一部は現地人と混合して「太陽の女神アリンナ」を誕生させた。その後、彼らはイランを発ってヒッタイト帝国の跡地に進出し、当地に「太陽の女神アリンナ」を祀った。

 


■BC11世紀 「エラ人誕生」

 

汚らしいタナトスに嫌気がさした科学の種族はヴィマーナで地球を飛び出し、宇宙に活路を見出した。ビリー・マイヤー著「地球外知的生命体 プレアデスとのコンタクト(徳間書店)」によると、宇宙人の自称はエラ人、プレヤール人である。「マハーバーラタ戦争」を機に、宇宙に進出したエラドが「エラ人」になったと考えられる。エラの名の由来はエラドである。エラド=エラとなる。

 


■BC209年 「ラハンウェイン族誕生」

 

BC249年に魯が滅び、BC230年に韓が滅び、BC209年に衛が滅びた。この3者は「秦」による統治を機に連合し、中国を脱出して遠くソマリアに落ち延びた。中国人の顔をした彼らはソマリア人と混合して「ラハンウェイン族」を形成した。ラハンウェインの名の由来は魯(ルー)、韓(ハン)、衛(ウェイ)の組み合わせである。ルー+ハン+ウェイ=ルハンウェイ=ラハンウェインとなる。

 


■AD93年 「アラン族誕生」

 

北匈奴が滅ぶと、アーリア人は匈奴を離脱してアラン族として中央アジアに進出を果たす。アランの名の由来はアーリアである。アーリア=アーリアン=アランとなる。アラン族は、フン族と共に東ゴート族を撃破したため、東ゴート族は安全なローマ領内に避難した。これを機に「ゲルマン人の大移動」が始まる。

 


■AD1896年 アントナン・アルトー生誕

 


■AD1953年 エラ人、ビリー・マイヤーに接触

 

ビリー・マイヤーは、著書で宇宙人の神話を紹介している。神話には、エラ人、プレヤール人の先祖「ヘーノク」が登場する。エラド、マハラエルの父はエノクであるが、エノクとヘーノクは似ている。これは偶然だろうか。更に、マイヤーは、ソモン、トゥーラスと呼ばれる宇宙人の都市が、過去、核兵器によって焦土と化した話を紹介している。ソモンは「ソドム」、トゥーラスは「マー・トゥーレスの戦い」のことだと考えられる。
一般的に、宇宙人に関するの話は、どうしても色眼鏡で見がちだ。だが、名前を検証して歴史を知る方法を用いた限り、ビリー・マイヤーの報告は非常に信頼できる。名前により、マイヤーの言葉が全て、真実であることを証明している。500光年離れたプレアデス星団から来たエラ人・プレヤール人は、実は科学の種族エラド・マハラエルである。つまり、地球人は既に500光年先の遠い宇宙の果てまで到達しているのだ。
超常現象マニアの間では、月(ピラミッド、基地)、火星(ピラミッド、人面遺跡など)に宇宙人の痕跡が残されていると信じられている。だが、500光年離れた場所に行く能力を持つ科学の種族なら月、火星に基地を構えることは難しいことではない。火星の巨大な人面遺跡は、タナトスが科学を発展させることを見越して造られたのかもしれない。つまり、脅しである。

 


■AD1907年 ミルチャ・エリアーデ生誕

 


■AD1954年 レジェップ・タイイップ・エルドアン生誕

 

エリダノスの血統からは、第12代トルコ大統領レジェップ・タイイップ・エルドアンが輩出されている。エルドアンの名の由来はヨルダンである。ヨルダン=ヨルドアン=エルドアンとなる。

 


■AD1961年 トム・アラヤ生誕 「スレイヤー誕生」

 

 

 

 

◆インドラ(マイアンドロス)の歴史

 


■30万年前 「マイアンドロス誕生」

 

マイアンドロスの名の由来はピュグマエイ、ウエネ、テレストーの組み合わせである。ピュグマエイ+ウェネ+テレストー=マエイェネテレス=マイアンドロスとなる。マイアンドロスはピュグマエイではなく、ウェネが主導したが、その後、彼らは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アンドロメダ誕生」

 

マイアンドロスはメーティスと組んで「アンドロメダ」を生んだ。アンドロメダの名の由来はマイアンドロスとメティスの組み合わせである。マイアンドロス+メティス=アンドロメティ=アンドロメダとなる。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「アンダマン諸島発見」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したマイアンドロスは、スカマンドロスと共にアンダマン諸島に入植した。この時に、「アンダマン諸島」の名が生まれた。アンダマンの名の由来はマイアンドロスとスカマンドロスの組み合わせである。マイアンドロス+スカマンドロス=アンドマンド=アンダマンとなる。

 


■30万年前 「アンダルシア誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したマイアンドロスは、アンダマン諸島からイベリア半島に入植した。この時に「アンダルシア」が生まれた。アンダルシアの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=アンドロス=アンダルシアとなる。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「雷神インドラ誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したマイアンドロスは、インドに移住した。この時に「インドラ」が生まれた。インドラの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=マイアンドラス=インドラとなる。

 


■BC3年 アレクサンドル生誕 「アレクサンドル大王誕生」

 

アルゲースは、マイアンドロスと連合して「アレクサンドル」を生んだ。アレクサンドルの名の由来はアルゲースとマイアンドロスの組み合わせである。アルゲース+マイアンドロス=アルゲースアンドロス=アレクサンドルとなる。人種母体はマケドニア人だが、アレクサンドル大王には獣人アルゲース、雷神インドラの血が流れていることがわかる。

 


■BC3世紀 「アーンドラ王国誕生」

 

アレクサンドル大王は、死んだことにしてインドに移住した。その後、マウリア朝マガダ王国がインドを統一すると、アレクサンドル大王の残党はガンジス流域からデカン高原に避難した。彼らはそこで「アーンドラ王国」を建設している。アーンドラの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=アンドロ=アーンドラとなる。

 


■AD230年 「アント族誕生」

 

アーンドラ朝が滅ぶと、マイアンドロスは中央アジアに移住して「アント人」を生んだ。アント人は、スクラブ人、ウェネト人と共にスラブ民族の母体を築いた。アントの名の由来はアーンドラである。

 


■AD230年 「安藤氏誕生」「遠藤氏誕生」

 

アーンドラ朝が滅ぶと、マイアンドロスは日本に移住して「「安藤氏」「遠藤氏」の名を生んだ。安藤、遠藤の名の由来はアーンドラである。アーンドラ=アーンドーラ=安藤(遠藤)となる。この系統からは「安藤組」の安藤昇が輩出されている。

 


■AD534年 「ヴァンダル人の大航海時代」

 


■AD534年 「安達氏誕生」「半田氏誕生」

 

「ヴァンダル人の大航海時代」に参加したアント人は、日本人と交わって「安達氏」「半田氏」を生んだ。半田の名の由来はヴァンダルである。また、ヴァンダル族は小田野三郎に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのが「安達氏」の祖、安達盛長である。ヴァンダル=ハンダル=半田となり、ヴァンダル=アンダル=安達(あだち)となる。

 


■AD1926年 安藤昇生誕 「安藤組誕生」

 

 

 

◆ヤワン(オアンネス)の歴史

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「オアンネス誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したイアンテーは、ウェネスと組んで「オアンネス」を生んだ。オアンネスの名の由来はイアンテーとウェネスの組み合わせである。イアンテー+ウェネス=イアンネス=オアンネスとなる。オアンネスは、水生人として暮らした。

 


■30万年前 「ボアン誕生」

 

オアンネスは、当時、氷の下にあったアイルランドにまで生活圏を広げた。アイルランドでは、彼らは「ボアン」を称した。ボアンの名の由来はズルヴァーンである。ズルヴァーン=ヴアン=ボアンとなる。大地殻変動後は、アイルランドに「ボアン川」の拠点を得た。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ホアンヤ族誕生」「トルビアワン族誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに移住したオアンネスは台湾に入植した。この時に「ホアンヤ族」が生まれ、獣人ステロペースと共に「トルビアワン」を儲けている。ホアンヤの名の由来はオアンネスである。オアンネス=ホアンネス=ホアンエス=ホアンヤとなる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「ヤワン誕生」

 

「大地殻変動」が起き、アイルランドを覆っていた氷が溶けると、オアンネスはアイルランドから泳いでメソポタミアに渡った。この時、海の中から現れたオアンネスは、メソポタミア人(シュメ-ル人)に「魚神」と呼ばれた。オアンネスは、メソポタミアの地に「ヤワン」を生んだ。ヤワンの名の由来はオアンネスである。オアンネス=ヤワンネス=ヤワンとなる。

 


■BC5千年 「イウヌ(ヘリオポリス)誕生」

 

バビロンの塔を機に、ヤワンは古代エジプトに移住した。この時に「イウヌ」を築いた。イウヌの名の由来はウェネである。ウェネ=ウエネ=イウヌとなる。イウヌは「聖地ヘリオポリス」の古名である。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「愛の神オインガス誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したオアンネスはクシュと組んで「愛の神オインガス」を祀った。オインガスの名の由来はオアンネスとクシュの組み合わせである。オアンネス+クシュ=オアンクス=オインガスとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC1179年 「イオニア人誕生」

 

アッシュール・ダン1世が、アッシリアの王座に就いて強い征服本能を発揮し始めると、これを嫌ったオアンネスはシュメールから逃亡し、黒海沿岸部に入植した。このとき、彼らは「イオニア人」を称した。イオニアの名の由来はオアンネスである。オアンネス=オアンニア=イオニアとなる。

 


■BC829年 「アメン神官団の大航海時代」

 


■BC829年 「越(ユエ)誕生」

 

「アメン神官団の大航海時代」に参加したヤワンは長江流域に移住した。現地人と混合した彼らは「越(ユエ)」を称して古代中国に覇を唱えるべく、春秋戦国時代に討って出た。越(ユエ)の名の由来はヤワンである。ヤワン=ユワン=ユエ(越)となる。

 


■BC753年 「アルメニア人の大航海時代」

 


■BC343年 「ポントス人の大航海時代」

 


■BC343年 「ポントス王国(前身)誕生」

 

「ポントス人の大航海時代」に参加したイオニア人は、黒海南岸に「ポントス王国」を築いた。ポントスの名の由来はポントスである。彼らは、ポントスの故地に「ポントス王国(前身)」を建設した。しかし、タナトスが侵入すると、すぐにインドに移住した。BC281年、マケドニアから独立したミトリダテス1世(タナトス)が、初代王に即位して「ポントス王国」を黒海南岸に打ち立てた。

 


■BC306年 「ジャワ誕生」

 

BC306年、越が滅びると、越人はジャワ島に移住した。彼らが訪問して初めて、彼の島は「ジャワ島」と呼ばれた。ジャワの名の由来はヤワン(JAWAN)である。JAWAN(ヤワン)=ジャワン=ジャワとなる。

 


■AD306年 「城氏誕生」

 

BC306年、越が滅びると、越人は日本を訪れた。東北地方に移住した彼らは「城氏」を生んだ。城(じょう)の名の由来はジャワである。ジャワをジョウと読み、「城」を当て字した。彼らの拠点は「越(えつ)」と呼ばれた。

 


■BC306年 「王氏誕生」

 

ジャワ人は、再度中国に進出し、「王氏(ワン)」を生んだ。ワンの名の由来はヤワンである。ヤワン=ワン(王)となる。

 


■AD114年 「ボン教誕生」

 

ローマ皇帝トラヤヌスのメソポタミア遠征を機に、ポントス人、パルティア人はシルクロードを使い、陸路でチベットを経てモンゴルに至っている。陸路組は、人類史上初めてチベットの地に足を踏み入れた可能性がある。ポントス人は「ボン教」を創始した。ボンの名の由来はポントスである。ポントス=ボントス=ボンとなる。

 


■AD114年 「宇文部誕生」

 

ポントス人、パルティア人はしばらくしてチベットからモンゴルに移り、現地人と混合して騎馬軍団「宇文部(ユーウェン)」「托跋部(ツォバ)」を結成した。ユーウェンの名の由来はイオニアであり、ツォバの名の由来はチベットと同じである。イオニア=イーウェンニア=ユーウェンとなる。

 


■AD270年 誉田別尊、第15代イェマック王に即位 「応神天皇誕生」

 

宇文部(ポントス人)、托跋部(パルティア人)は満州に赴き、70年間空位だったイェマックの王位を簒奪し、宇文部の首領「誉田別尊(ホンダワケ)」が応神天皇に即位した。誉田別(ほんだわけ)の名の由来はポントスとオケアーノスの組み合わせである。ポントス+オケアーノス=ホント+オケ=誉田(ほんだ)+別(わけ)となる。応神天皇の即位によって、木骨閭(モグル)がイェマックの王位を奪い返すべく、周氏、楼蘭と共に「柔然」の結成に参加した。

 


■AD307年 「楊氏誕生」

 

慕容部が鮮卑の実権を握ると、宇文部はモンゴルから中国に進出した。宇文部は中国人と混合して「楊氏(ヤン)」を形成した。ヤンの名の由来はイオニア、或いは宇文(ユーウェン)である。イオニア=イアンニア=ヤンニア=ヤン(楊)となる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「キャッスル誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した城氏は、ブリテン島に上陸した。この時に「キャッスル」の名が生まれた。キャッスルの名の由来は城である。

 


■AD319年 「本多氏誕生」「本田氏誕生」

 

鮮卑の時代が終焉を迎えると、宇文部、一部托跋部、タタール人はモンゴルを発って日本に移住した。宇文部はポントスを由来に「本多」「本田」を称した。

 


■AD345年 「姚氏誕生」

 

道教、ペー族、張氏、ユワン族の連合は「前涼」をAD345年に開き、ペー族は「符氏(フー)」を称し、ユワン族は「姚氏(ヤオ)」を称してAD351年に「前秦」を開いた。涼(リャン)の名の由来はアグリオスである。姚氏は、AD384年に「後秦」を開き、一方、張氏と道教は連合して「蕭氏(キャオ)」を称し、宋(南朝)の王位を簒奪し、AD479年に「南斉」を、AD502年に「梁(リャン)」を、AD555年に「西梁」を開いている。梁(リャン)の名の由来はアグリオスである。587年に西梁が滅ぶと、一行は2手に分離して行動した。

 


■AD535年 宇文泰、西魏初代王に即位 「西魏誕生」

 

永い間、同盟者であった托跋部がヨーロッパに移住すると、宇文部は托跋部の北魏を継承して「西魏」を建設した。

 


■AD557年 宇文覺、北周初代王に即位 「北周誕生」

 

西魏が滅ぶと、宇文部は「北周」を建設した。北周では、AD574年に仏教を邪教として弾圧している。大宛のタナトスたちは、仏教を使って東アジアを征服しようとしていたわけだからこれは当然のことであった。北周は「隋」建国の下地を準備した。

 


■AD589年 楊堅、初代皇帝に即位 「隋誕生」

 

楊堅は、タナトスの一族タングートなどを討っているが、タナトスが指揮する仏教徒の一揆・暴動に翻弄されてしまった。短命に終わった隋は、覇王の座を唐氏、李氏に託している。

 


■AD878年 「カスティーリャ王国誕生」

 

「夷浮の乱」を起こしたものの、鎮圧された陸奥安倍氏は、東北地方を離れ、城氏を率いてインド洋を横断してジンバブエに上陸した。城氏は一部陸奥安倍氏と共に更にイベリア半島に移住した。この時、城氏は「カスティーリャ家」を生んだ。カスティーリャは「城」を意味するスペイン語である。

 


■AD1009年 「東アジア王族のリトアニア大移住」

 


■AD1009年 「エヴェン族誕生」

 

「東アジア王族のリトアニア大移住」に参加した隋の王族は、シベリアに移住して「エヴェン族」を生んだ。エヴェンの名の由来はヤワンである。ヤワン=ヤヴァン=エヴェンとなる。

 


■AD1072年 アルフォンソ6世、カスティーリャ王に即位

 


■AD1303年 「イヴァン誕生」

 

「東アジア王族のリトアニア大移住」に参加した隋の王族から生まれたエヴェン族は、ロシアに移住し、「イヴァン」の名をもたらした。イヴァンの名の由来はシベリアの部族「エヴェン」である。この系統からはイヴァン1世、イヴァン2世、ルーシを「タタールのくびき」から解放したイヴァン3世(イヴァン大帝)、イヴァン4世(イヴァン雷帝)、イヴァン5世、生後2ヶ月で即位したイヴァン6世が輩出されている。

 


■AD1325年 イヴァン1世、モスクワ大公に即位

 

エヴェン族の子孫、イワン1世はモスクワ大公とウラジミール大公の座を得た。オゴタイの家族であるイワン1世は、キプチャク汗国に忠誠を誓い、キプチャク・ハンの徴税人となり、モスクワを裕福にした。

 


■AD1369年 「伊勢氏(後北条氏)誕生」「伊豆誕生」

 

トラスタマラ家にカスティーリャ王位を簒奪されると、ブルゴーニュ家(カスティーリャ)はイベリア半島を後に、先祖の故地である日本を目指した。「伊豆」に上陸した彼らは、当地を「伊豆」と呼び「伊勢氏」を称した。伊豆、伊勢の名の由来はイスパニアである。イスパニア=イズパニア=伊豆となり、イスパニア=イセパニア=伊勢となる。

 


■AD1432年 伊勢盛時生誕 「北条早雲誕生」

 

AD1432年、伊勢氏からは伊勢盛時、後の「北条早雲」が誕生している。伊勢氏は、北条氏が祖(ジャワ人)を同じくすることを知っていたため、威光を借らぬと「北条」の名を拝借した。時は戦国時代、北条早雲は並居る武将を向こうにまわして重厚な存在感を示した。

 


■AD1455年 「キングの大航海時代」

 


■AD15世紀 「新マタラム王国誕生」

 

同じ時期に同じ伊勢氏の人々がジャワ島に帰還している。伊勢定興と伊勢弥二郎の2人である。両者は氏族を率いてジャワ島に帰還し、AD16世紀に「新マタラム王国」を築いている。

 


■AD1533年 イヴァン4世、初代ツァーリに即位 「イヴァン雷帝」

 

イヴァン4世は、アストラ・ハン国、カザン・ハン国をモスクワに組み入れたが、タナトスに残虐・苛烈という汚名を着せられたため、ロシア史上最大の暴君「イヴァン雷帝」と呼ばれた。AD1570年、イヴァン雷帝はノヴゴロド市がリトアニアに加勢しないよう、市の有力者とその家族を皆殺しにしている。「ノヴゴロド虐殺」である。
この時、市民は全て連行され、拷問によって裏切りの自白を引き出され、その後に男は殺害され、女・子供は足を縛られて湖に捨てられた。2月に入ると、1月2日に始まった大虐殺・略奪は市内から市外に移り、修道院が略奪の目標となった。当時のノヴゴロド市、人口3万人の内、延べ3000人が虐殺され、300人がモスクワに連行された。しかし、これらの所業は、タナトスの官僚によって行われただろう、また、エヴェン族の末裔であるイヴァン雷帝は、シベリア征服事業を実施している。

 


■AD1590年 「新マタラム王国誕生」

 

AD1590年、秀吉に切腹を命じられた北条氏直も、死んだと見せかけてジャワ島に馳せ参じ、伊勢氏と共に新マタラム王国の建設に参加している。新マタラム王国は、カスティーリャ王家、北条早雲の後裔として、インドネシアを守護するためにオランダ東インド会社と戦った。

 


■AD1591年 「楊応龍の乱」

 

「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組のパワー(呉)、テラー(譚)、ハンター(羅)、ウィロウ(楊)、ダンスタ-(田)は四川と貴州を結ぶ要点、播州に拠点を得ていた。AD1591年、田氏の娘が妾となり、楊応龍を操作し「楊応龍の乱」を発生させた。明の転覆が目的だったと考えられるが、田氏が指揮した「楊応龍の乱」は9年で鎮圧された。

 


■AD1673年 「三藩の乱」

 

「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組による「三藩の乱」が発生する。この蜂起にも「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組の面々、王嘉胤、高迎祥、呉三桂、尚可喜が登場する。また、この蜂起には張献忠、李自成、耽仲明も参加しているが、この3人はアフリカ帰還組である。

 


■AD1696年 「エヴェンキ族誕生」

 

エヴェンキ族は、ロシア人との交流のために食生活にロシアの影響が濃いと言われている。小麦でパンを作り、紅茶を飲み、紅茶にミルクを加える。しかし、これは死んだと見せかけたエヴェン族の後裔イヴァン5世が、ロシアを脱出してツングースに帰還したことを意味する。彼は「エヴェンの人」を意味する「エヴェンキ」を称した。
病弱なイヴァン5世は姉ソフィアの傀儡であったが、AD1689年にソフィアがピヨートル支持派によって倒されると、イヴァン5世は名ばかりの統治者としてAD1696年で没した。しかし、実際にはイヴァン5世は死んだと見せかけて残党と共にロシアを脱出し、故地であるツングースに落ち延びた。ロシア帝国では、その後もエヴェン族のツアーリの座簒奪の陰謀は続いたが、生後2ヶ月でツアーリの座を戴いたイヴァン6世はクーデターにより廃位され、背後にいたエヴェン族も離散した。

 


■AD1906年 本田宗一郎生誕 「ホンダ自動車誕生」

 


■AD1914年 ウィリアム・キャッスル生誕

 


■AD1940年 王貞治生誕

 


■AD1947年 スティーヴン・キング生誕

 


■AD1947年 エドワード・ヤン生誕

 


■AD1955年 ジョン・キング生誕 「ギャング・オブ・フォー誕生」

 

 

 

 

 

 

 


オロクンの歴史

◆オロクンの歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロクン誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生んだ。オロクンは、ミャンマー少数民族の姿をしていた。日本で活躍しているボビー・オロゴンは、その名前からすると「原初の海オロクン」の末裔かもしれない(顔と身体はバントゥー族だが)。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「アラカン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したオロクンは、アフリカを離れ、ミャンマーに入植した。この時、「アラカン族」が生まれた。アラカンの名の由来はオロクンである。オロクン=オラカン=アラカンとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「カウィア族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したアルキュオネウスは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、現カリフォルニア近辺に居を構え、「カウィア族」を称した。カウィアの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルカウィア=カウィアとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「エレクトラ誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したオロクンは、アルキュオネウスから分離し、トレと組んで「エレクトラ」を生んだ。エレクトラの名の由来はオロクンとトレの組み合わせである。オロクン+トレ=オロクトレ=エレクトラとなる。エレクトラはその後、大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「ウリゲン誕生」「オロク族誕生」

 

ミャンマー人の姿をしたアロール族とアラカン族は、東南アジアを離れてシベリアを目指した。彼らの到来を機に、クウォスとチュクウの部族は、シベリアを明け渡してオーストラリアに移る。だが、アロール族とアラカン族は豊かな海産資源に目を奪われ、再び水生生活に入った。その際、シベリア・モンゴルの神である「ウリゲン」と「オロク族」が誕生した。ウリゲン、オロクの名の由来はオロクンである。オロクン=オリゲン=ウリゲンとなり、オロクン=オロクとなる。彼らは、シベリア人の祖となる。
彫りが浅く、目が細く、部品が小さいという特徴を持つ、シベリア人の容姿は、世界中の人々とは異なる印象を持っている、肌が白くとも黒くとも、更に、同じモンゴロイドに分類される東南アジア人、インディアンでさえ彫りが深い。つまり、東アジア人は異端であり、彫りが深い人々の方が人類の主流である。じつは、これがシベリアに達したホモサピエンスが再度、海に入って水生生活をしていた証拠である。低温の海水に対応するため、身体が変化したのだ。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代」

 


■7万年前 「東アジア人(モンゴロイド)誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲン、エルリクは、シベリアを発って中国、朝鮮半島、日本列島に入植した。この時に、中国人、朝鮮人、日本人の姿が生まれた。十和田の縄文人がモンゴル、チベットに移った時、モンゴル人、チベット人が生まれた。つまり、モンゴル人、チベット人は縄文人の面影を残している。

 


■7万年前 「ケタガラン族誕生」「アリクン族誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲンは、台湾に入植した。この時に「ケタガラン族」と「アリクン族」が誕生した。ケタガランの名の由来はエレクトラ、テングリ、カアングの組み合わせであり、アリクンの名の由来はオロクンである。エレクトラ+テングリ+カアング=ケトグリアン=ケタガランとなり、オロクン=オリクン=アリクンとなる。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「心誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。湖水地方に移住したアリクン族は、「心(キン)」を生んだ。心(キン)は「青龍(チンロン)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「参誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。アジスアベベ付近に移住したアリクン族は、「参(カン)」を生んだ。参(カン)は「白虎(ベイフー)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「玄武誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。ケニア付近に移住したアリクン族は、ゼウスと共に「玄武(シュアンウー)」を建設した。シュアンウーの名の由来はアリクンとゼウスの組み合わせである。アリクン+ゼウス=クンウ=クアンウー=シュアンウーとなる。シュアンウーになる前のクアンウーの名はケニアの語源でもある。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代」

 


■3万年前 「ヨロク族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したウリゲンは、故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。水生人として暮らしていたシベリア人は、泳いでベーリング海峡を渡り、徒歩で南アメリカ先端にまで到達した。ウリゲンは、カリフォルニアに入植し「ヨロク族」を残している。ヨロクの名の由来はオロクンである。オロクン=ヨロクン=ヨロクとなる。

 


■3万年前 「アルア族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したカリフォルニアを発ったウリゲンは、当時、文明の最先端を行っていたペルーに立ち寄り、モホス平原に移住した。この時、ウリゲンはアマゾンにアルア族を残した。アルアの名の由来はオロクンである。オロクン=オルアクン=アルアとなる。。アマゾン原住民の姿、生活は、古(いにしえ)のウリゲンの姿、生活を髣髴とさせるものだろう。

 


■1万3千年前 「テングリの大航海時代」

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千年 「エレキシュガル誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加して長江水域に入植し、モンゴルに移住して「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアリクン族は、メソポタミアでメーティス、オーキュロエーと組んで「エレキシュガル」を生んだ。エレキシュガルの名の由来はエレクトラ、メーティス、オーキュロエーの組み合わせである。エレクトラ+メーティス+オーキュロエー=エレクスキュロ=エレキシュガルとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ヨーク誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、単独でブリテン島に入植し、拠点「ヨーク」を入手した。ヨークの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨオク=ヨークとなる。

 


■BC19世紀 「ルカ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、ブリテン島の次に、トゥルシア人と共にイランに入植し、「ルカ人」として海の民に参加した。ルカの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨルカ=ルカとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「アウラック国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したルカ人は、北ベトナムに拠点を移して「アウラック国」を建設した。アウラックの名の由来はオロクンである。オロクン=オウロックン=アウラックとなる。

 


■BC4世紀 「ヒッタイト人の大航海時代」

 


■BC4世紀 「ククルカン誕生」

 

「ヒッタイト人の大航海時代」に参加したオロク族は、メキシコに移住した。日本人の顔をした加賀氏はオロク族と連合して「ククルカン」を祀った。ククルカンの名の由来は、加賀とウリゲンの組み合わせである。加賀+ウリゲン=カガリゲン=ククルカンとなる。

 


■BC3世紀 「オロク族継承」

 

その後、アウラック国がBC3世紀頃に滅ぶと、ルカ人は先祖の故地シベリアを目指し、樺太に入植してマヤに移住した「オロク族」の名を継承した。

 


■BC139年 「ケツァルコアトルの大航海時代」

 


■BC1世紀 「高句麗誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したククルカンは、ケツァルコアトルと共に満州から朝鮮半島に赴いた。ククルカンは、ゼウスの末裔である朱蒙(朱氏)と組んで「高句麗(ゴグリョ)」を建てた。ゴグリョ(高句麗)の名の由来はククルカンである。ククルカン=ゴグリョカン=ゴグリョとなる。古代朝鮮の王国、高句麗と百済はユカタン半島から来たのだ。

 


■AD668年 「高句麗の大移動時代」

 


■AD668年 「ブルガリア誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、西方に移住して「ブルガリア人」を結成する。ブルガリアの名の由来はペレグとゴグリョの組み合わせである。ペレグ+ゴグリョ=ペレグリオ=ブルガリアとなる。

 


■AD668年 「大蔵氏誕生」「大倉氏誕生」「小倉氏誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加しなかったククルカンは朝鮮半島から日本に渡った。ククルカンは、日本人と混合して「大蔵氏」の祖、大蔵広隅を誕生させた。大蔵の名の由来はゴグリョである。ゴグリョ=オグリョ=オーグリョ=大蔵となる。その後、大蔵氏から「大倉氏」「小倉氏」が派生したと考えられる。

 


■AD791年 「ゴプラン家誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、ブルガリア人を生み、アヴァール人(楼蘭)と連合した。彼らは、シャルルマーニュ大帝の進撃を機にシロンスク地方に移住した。楼蘭とククルカンは、2つの連合体を築いた。ククルカンは一部楼蘭と連合して「ゴプラン家」を築いた。ゴプランの名の由来は朝鮮語「高(ゴ)」とアヴァール(楼蘭)の組み合わせである。ゴグリョ+アヴァール=ゴヴァール=ゴヴァラン=ゴプランとなる。

 


■AD791年 「ポーランド王国誕生」

 

ポピエル家はバルト海に移住すると、現地を「ポーランド」と命名した。ポーランドの名の由来はゴプランの土地である。ゴプラン+ランド=ゴプランド=ポーランドとなる。その後、伝説的な君主ピャストが誕生すると、ゴプラン家はモンゴルに帰還している。

 


■AD916年 「高麗誕生」

 

オロク族が主導するゴプラン家は高句麗時代の拠点、朝鮮半島に帰還して「高麗(ゴリョ)」を建てた。高麗(ゴリョ)の名の由来は高句麗(ゴグリョ)である。ゴグリョ=グリョ=ゴリョ(高麗)となる。

 


■AD1048年 「ゴール朝誕生」

 

シロンスク時代に同盟者であった遼が高麗を服属させると、不満を持った一部高麗王家が朝鮮半島を脱してインドに移住した。朝鮮人の顔をした彼らは、現地人と混合し、高麗(ゴリョ)を由来に「ゴール朝」を開いた。ゴール朝は、バングラデシュからインド北部、パンジャブ、アフガンに至る広大な地域を支配下に置いた。

 


■AD1215年 インドから朝鮮半島に帰還

 

AD1108年、ゴール朝はセルジューク・トルコ帝国に服属し、AD1215年にはホラズム・シャー朝によってゴール朝の王位を廃されている。これを機に、インド人の顔をしたゴール王家は高麗に帰還した。

 


■AD1356年 「アヴァ王朝誕生」

 

紅巾軍の猛威、李成桂の登場を機に、高麗の王家は再度、朝鮮半島を脱出してミャンマーに逃れた。AD1364年、タドミンピャが初代王に即位して「アヴァ王朝」が開かれた。アヴァの名の由来はアヴァールである。彼らの祖、柔然(ローラン)が「アヴァール帝国」を簒奪して、ヨーロッパに君臨していた頃の威光に預かろうとしたのだ。

 


■AD1555年 「アヴァ王朝誕生」

 

AD1555年、タウングー朝の侵攻により、アヴァ王朝は滅亡する。これを機に、ミャンマー人の顔をしたアヴァ王家は、李氏朝鮮治世下の朝鮮半島に帰還したと考えられる。

 


■AD1973年 ボビー・オロゴン生誕

 

 

 

 

 



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