閉じる


<<最初から読む

27 / 53ページ

ムシシの歴史

◆モーゼス(ムシシ)の歴史

 


■50万年前 「ムシシ誕生」

 

オリジナル人類ムシシは湖水地方に暮らし、筋骨隆々なパプア人の姿をしていた。

 


■50万年前 「クウォスの大移動時代」

 


■50万年前 「ササク族誕生」

 

「クウォスの大移動時代」に参加し、アフリカ大陸を出たムシシは、チッタゴンからパプアに移った。彼らは、クウォスと連合して「ササク族」を生んだ。ササクの名の由来はムシシとクウォスの組み合わせである。ムシシ+クウォス=シシクウォ=ササクとなる。

 


■45万年前 「ミマース誕生」

 

「オロクンの大移動時代」によってチッタゴンに新しい人類が訪れると、オロクンを代表する新しい人類とチュクウを代表する古い人類が共同体を組んだ。これにより「エピアルテース」「エンケラドス」「グラティオーン」「パッラース」「ヒッポリュトス」「ポリュポーテース」「ポルピュリオーン」「ミマース」「アグリオス」の獣人9部族が生まれた。
ミマースは、ムワリとムシシが連合することで生まれた。ミマースの名の由来はムワリとムシシの組み合わせである。ムワリ+ムシシ=ムワムシ=ミマースとなる。彼らはみな、サスカッチのような風貌をしていたと考えられる。ビッグフット目撃談によると、彼らは時速60キロで走り、3mの高さを跳躍し、片手で岩を投げ、素手でグリズリーを殺すという。「神統記」に於けるキュクロプス、ヘカトンケイル、ギガースなどの描写、そのままである。

 


■50万年前 「盤古の大移動時代」

 


■50万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」によってチッタゴンから中国、「獣人の大狩猟時代」によってモンゴル、シベリアに入植したイェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。
「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■50万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「アイス族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」により、獣人部族はシベリアからアメリカ大陸に渡った。人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、南東部(現ミシシッピ~マイアミ)に居を構えたミマースは「アイス族」を称した。アイスの名の由来はミマースである。ミマース=ミマイス=アイスとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ペルセウス(ペルセーイス)誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースと共に「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだ。ペルセウスの名の由来はパッラースとムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ムシシ=パッラシシ=パラシーシ=ペルセウスとなる。

 


■30万年前 「クリュセーイス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、クリュテイオスと共に「クリュセーイス」を生んだ。クリュセーイスの名の由来はクリュテイオスとムシシ(ミマース)の組み合わせである。クリュテイオス+ムシシ=クリュシーシ=クリュセーイスとなる。

 


■30万年前 「パシス誕生」「レソス誕生」「ネソス誕生」「アイセポス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、エバシ、イマナ、エウリュトスと共に「パシス」「ネソス」「レソス」を生んだ。エバシ+ムシシ=パシシ=パシスとなり、イマナ+ムシシ=ナシシ=ネソスとなり、エウリュトス+ムシシ=リュシシ=レソスとなる。また、ミマースは、自分の後身パシスと組んで「アイセボス」を生んでいる。アイセボスの名の由来はアイス(ミマース)とパシスの組み合わせである。アイス+パシス=アイスパシ=アイセポスとなる。

 


■30万年前 「ヘルモス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースと共に「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだが、同時にもうひとつの部族を生んだ。「ヘルモヌ」である。ヘルモスの名の由来はパッラースとムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ムシシ=パッラムシ=ハラムシ=ヘルモスとなる。

 


■30万年前 「グレニコス誕生」

 

「ディンカの大航海時代」に参加したディンカがオセアニアに訪れると、ディンカは、キャラ、ムシシと組んで「グレニコス」を生んだ。グレニコスの名の由来はキャラ、ディンカ、ムシシの組み合わせである。キャラ+ディンカ+ムシシ=キャラナコシ=グレニコスとなる。その後、グレニコスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「ナクソス誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したグレニコスは、エーゲ海に「ナクソス」の名を生んだ。ナクソスの名の由来はディンカとムシシの組み合わせである。ディンカ+ムシシ=ンカシシ=ナクソスとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「サイシャット族(ヘラクレス)誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセウスは、台湾に上陸してクリュセーイスと共に合体部族を生んだ。この合体部族の誕生に参加したのはペルセーイス側からはパッラース(ヴィディエ+レザ)、ムシシが、クリュセーイス側からはグラティオーンとムシシである。しかし、グラティオーン自体がアグリオス(チュクウ+ルワ)とディオーネー(ヴィディエ+ウラニアー)の合体部族である。つまり、ペルセーイスからは3部族、クリュセーイスからは5部族が参加している。
この時に生まれたのは、台湾少数民族として知られる「サイシャット族」である。サイシャットの名の由来はチュクウ、ムシシ、ヴィディエの組み合わせである。チュシシディ=ツォウセーイシディ=サイシャットとなる。サイシャット族は後に「ヘラクレス」と呼ばれることになる。ヘラクレスの名の由来はペルセーイスとクリュセーイスの組み合わせである。ペルセーイス+クリュセーイス=ペルクリュセ=ヘラクレスとなる。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「メンフィス誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したミマースは「カオスの大移動時代」に参加してオーストラリアに移住し、次に「ウラヌスの大移動時代」に参加して古代ギリシアに渡った。ミマースはギガースの種族としてティタン神族に加わるが、その後「ギガントマキア」に敗北すると、ギリシアを脱出してエジプトに移住した。彼らはエジプトの地に「聖地メンフィス」を建設した。メンフィスの名の由来はミマースである。ミマース=ミンマース=メンフィスとなる。

 


■4万年前 「高御産巣日神誕生」「神産巣日神誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ティケー、ニャメと組んで「タカミムスビ」を儲けた。タカミムスビ、カミムスビの名の由来はティケー、ミマース、日(ニャメ)の組み合わせである。ティケー+ミマース+日=ティケミマス日=タカミムスビ=カミムスビとなる。

 


■4万年前 「宇摩志阿斯訶備比古遅神誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ティケー、ニャメと組んで「ウマシアシカビヒコジ」を儲けた。ウマシアシカビヒコジの名の由来はミマース、アシア、ティケーの組み合わせである。ミマース+アシア+ティケー+日=イマスアシティケ日=ウマシアシカビとなる。

 


■4万年前 「天忍穂耳命誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、イマナ、アシアーと混合して「アメノオシホミミ」を成した。アメノオシホミミの名の由来はイマナ、アシアー、ミマースの組み合わせである。イマナ+アシアー+ミマース=イマナアシアミマ=アメノオシホミミとなる。

 


■4万年前 「太陽神シャマシュ誕生」

 

「ギガントマキア」に参加したミマースは、ゼウスに敗北したため、ギリシアを脱出して台湾に移住した。ミマースは、ザムビと組んでタイ(シャム)に「太陽神シャマシュ」を生んだ。シャマシュの名の由来はザムビとムシシの組み合わせである。ザムビ+ムシシ=ザムシ=シャマシュとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「ヤマ神(閻魔)誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したシャマシュは、火星に「ヤマ神(閻魔)」を生んだ。ヤマ神(閻魔)の名の由来はシャマシュである。シャマシュ=シャマ=ヤマとなる。ヤマ神は、火星の最高峰「羅ホウ山」で、反自然的な人々を裁き、制裁を加えた。

 


■1万3千年前 「台湾人の大航海時代」

 


■1万3千年前 「神淳名川耳(綏靖天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「神淳名川耳」を誕生させている。ヌナカワミミの名の由来はイナンナの河とミマースの組み合わせである。イナンナの河+ミマース=ナンナカワミマ=ヌナカワミミとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万3千年前 「観松彦(孝昭天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「観松彦」を誕生させている。ミマツヒコの名の由来はミマースである。ミマース=ミマツ=ミマツヒコとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万3千年前 「御間城入彦(祟神天皇)誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したミマースは、黒龍江に天皇家に属する「御間城入彦」を誕生させている。ミマキイリヒコの名の由来はミマースとエウリュトスの組み合わせである。ミマース+エウリュトス=ミマスエウリュ=ミマキイリヒコとなる。つまり、欠史八代の一部天皇は、3mを誇る巨体の持ち主だったことになる。

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千年 「ギルガメシュ誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したミマースは、モンゴルからメソポタミアに移住し「ギルガメシュ」を生んだ。ギルガメシュの名の由来はアルゲースとミマースの組み合わせである。アルゲース+ミマース=アルゲマース=カルゲマス=ギルガメシュとなる。

 


■BC40世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC40世紀 「ママクーナ誕生」「ママキーヤ誕生」「ママアルパ誕生」「ママザラ誕生」

 

「シュメール人の大航海時代」によってペルーに移住すると、ミマースは様々な種族と連合して「ママクーナ」「ママキーヤ」「ママアルパ」「ママザラ」などの神々を誕生させた。ママの名の由来はミマースである。「ママクーナ」はミマースとアルキュオネウスの組み合わせ、「ママキーヤ」はミマースとアルキュオネウスの組み合わせ、「ママアルパ」はミマースとエウローペーの組み合わせ、「ママザラ」はミマースとメトセラの組み合わせである。これらの神々は、インカ帝国の神々として知られている。

 


■BC35世紀 「サムエルの大航海時代」

 


■BC35世紀 「武蔵国誕生」

 

「サムエルの大航海時代」によって、ペルーから出羽国に移住したミマースは、単独で関東地方に移り「武蔵国」を築いた。武蔵の名の由来はミマースの先祖、オリジナル人類ムシシである。ムシシ=ムサシ=武蔵となる。

 


■BC32世紀 「モーゼス誕生」

 

「モーゼス」とは武蔵国の人々のことを指している。モーゼスの名の由来は武蔵である。武蔵=ムーサシ=モーゼスとなる。数万年前から八代湾に居を構える葦原中津国は、高天原(台湾)と同盟して「イスラエル」を、また、出羽国の十和田の縄文人と組んで「エジプト」と呼ばれる連合王国を形成していた。イスラエルの名の由来はアシアーとブリアレオースの組み合わせ、エジプトの名の由来はアシアーとプテの組み合わせである。
そこに、能登を追放され、パラオ諸島に拠点を移転したダニ族が日本列島に進撃し、九州(葦原中津国)から東北地方(出羽国、十和田)を支配下に置いた。ダニ族は、自らをファラオ(パラオ)と称し、圧政を敷いた。このため、人喰い人種の支配を嫌った武蔵国の人々が音頭を取り、日本中の縄文人を連れてエジプトからカナン(夏時代の中国)への脱出を試みた。それが「モーゼスの大移動時代」である。つまり、モーゼスの正体は武蔵国の人々、関東の縄文人である。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC30世紀 「マズダ神群の大移動時代」

 


■BC30世紀 「アムシャ・スプンタ誕生」

 

「マズダ神群の大移動時代」に参加したモーゼスの残党は、シヴァ、パンドラと組んで、イランに「アムシャ・スプンタ」を生んだ。アムシャ・スプンタの名の由来はミマース、シヴァ、パンドラの組み合わせである。ミマース+シヴァ+パンドラ=アマス・シヴァンド=アムシャ・スプンタとなる。

 


■AD106年 「邪馬台国誕生」

 

トラヤヌス皇帝がナパタエ王国から自治権を奪うと、ナパタエ人はアビシニア人に統治されていたヒムヤル王国に立ち寄った。ナパタエ人は、アビシニア人に不満を持つ一部ヒムヤル人を同行させて、遠くインドシナ半島に移り住んだ。アラビア人の顔をしたナパタエ人は、シャム族と連合して「邪馬台国」を建設した。邪馬台の名の由来はシャムとナパタエの組み合わせである。シャム+ナパタエ=シャムタエ=邪馬台となる。つまり、邪馬台国は現在のタイに存在したと考えられる。

 


■AD146年 「ジャマタエ人誕生」

 

倭国大乱を機に、邪馬台人は卑弥呼の一族(ヒムヤル人)と共に、インドシナ半島を離れてゲルマニアに移住した。ゲルマニアに上陸した邪馬台国の一族は、ゲルマニア人と混合して「ジャマタエ人」を成した。ジャマタエ人の名の由来は邪馬台である。邪馬台=ジャマタイ=ジャマタエとなる。当初、マルコマンニ人(卑弥呼+アラマンニ人)とジャマタエ人の両者は邪馬台国時代からの同盟者とあって、連合していた。しかし、理由は不明だが、ジャマタエ人は同盟者であるはずのマルコマンニに討伐されてしまう。これは、マルコマンニがドルイド教に操られていた可能性が高い。

 


■AD170年 「マーシア人誕生」

 

同盟者であるはずのマルコマンニ人に討伐されると、「ジャマタエ人」は空中分解し、シャム族とナパタエ人に分離して東西に移住した。タイ人の顔をしたシャム族はブリテン島に移住して白人と混合して「マーシア人」を形成した。マーシアの名の由来はシャマシュである。シャマシュ=シャマーシュ=マーシアとなる。

 


■AD825年 「マーシア人の大航海時代」

 


■AD825年 「マジャール人誕生」

 

「マーシア人の大航海時代」に参加したマーシア人は、エクバードによるイングランド統一を機に、フォトラ(エフタル)を率いてイングランドを離れ、パンノニアに移住する。この時、マーシア人は安閑天皇の後裔マクリア人と合体し、「マジャール人」が誕生した。マジャールの名の由来はマーシアとマクリアの組み合わせである。マーシア+マクリア=マーシアリア=マジャールトなる。

 


■AD1323年 「シシマン朝(ブルガリア帝国)誕生」

 

AD1308年、アンジュー帝国がハンガリーを支配下に置くと、マジャール人はブルガリア帝国に亡命した。この時、マジャール人は「シシマン家」を生んだ。シシマンの名の由来はムシシとモンの組み合わせである。ミカエル・シシマン3世は「シシマン朝」を開いた。この王朝はAD1396年まで続いた。

 


■AD1584年 宮本武蔵生誕

 

AD1396年、シシマン朝が滅ぶと、シシマン家は日本に移住した。彼らからは「宮本武蔵」が生まれた。不世出の剣豪であった宮本武蔵は、ギルガメシュ、モーゼス、ミマースの先祖であるオリジナル人類ムシシの遺伝子を継いでいた。彼は、自分がムシシの子孫であることを知っていたため、「武蔵」を名乗った。ムシシ=ムサシ=武蔵となる。

 


■AD1756年 アマデウス・ウルフガング・モーツァルト生誕

 

モーツァルトの名の由来はマジャールの人(マジャールト)である。マジャールト=マーチャルト=モーツァルトとなる。

 


■AD1922年 ラス・メイヤー生誕

 


■AD1924年 モーリス・ジャール生誕

 


■AD1934年 ゲイリー・マーシャル生誕

 


■AD1942年 ペニー・マーシャル生誕

 


■AD1949年 ビリー・ジョエル生誕

 

ジョエルの名の由来はマジャールである。マジャール=ジャール=ジャアル=ジョエルとなる。天孫族(マクリア人)の系譜に連なるため、親日家としても知られている。おもしろいことに、ビリー・ジョエルはソロ・デビュー以前、「アッチラ」というユニットを組んでいる。彼は、自分の先祖が中央アジアの騎馬民族だったことを無意識的に知っていたのかもしれない。

 

 

 

◆藤原氏(セツ)の歴史

 


■30万年前 「ペルセウス(ペルセーイス)誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したミマースは、パッラースや台湾から来たツオウ族と共に、オーストラリアに「ペルセウス(ペルセーイス)」を生んだ。ペルセウスの名の由来はパッラース、ツオウ、ムシシ(ミマース)の組み合わせである。パッラース+ツオウ+ムシシ=パッラツオウシ=パラソウシ=ペルセウスとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「サイシャット族(ヘラクレス)誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したペルセウスは、台湾に上陸してクリュセーイスと共に合体部族を生んだ。この合体部族の誕生に参加したのはペルセーイス側からはパッラース(ヴィディエ+レザ)、ムシシが、クリュセーイス側からはグラティオーンとムシシである。しかし、グラティオーン自体がアグリオス(チュクウ+ルワ)とディオーネー(ヴィディエ+ウラニアー)の合体部族である。つまり、ペルセーイスからは3部族、クリュセーイスからは5部族が参加している。
この時に生まれたのは、台湾少数民族として知られる「サイシャット族」である。サイシャットの名の由来はチュクウ、ムシシ、ヴィディエの組み合わせである。チュシシディ=ツォウセーイシディ=サイシャットとなる。サイシャット族は後に「ヘラクレス」と呼ばれることになる。ヘラクレスの名の由来はペルセーイスとクリュセーイスの組み合わせである。ペルセーイス+クリュセーイス=ペルクリュセ=ヘラクレスとなる。

 


■7万年前 「塩椎神誕生」「摂津国誕生」

 

サイシャット族は日本に上陸し、現地人に「塩椎神(しおつち)」と呼ばれた。しおつちの名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャツ=しおつちとなる。その後、彼らは「摂津」に拠点を得た。摂津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=シャツ=摂津となる。高天原と摂津は、塩椎神(サイシャット族)の勢力圏だった。

 


■7万年前 「筒之男命誕生」

 

摂津に入植したサイシャット族は「筒之男命(つつのお)」を生んだ。つつのおの名の由来はサイシャットとウラニアーの組み合わせである。サイシャット+ウラニアー=シャツニアー=筒之男命(つつのお)となる。筒之男命は、ムシシとウラニアーの合体部族である。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ヴァルハラ誕生」「戦士の守護神ワルキューレ誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、神話通り、葦原中津国に向かった。葦原中津国は2種類あるが、ひとつめは八代湾~天草諸島に跨る地域であり、2つめはアナトリア半島~ナクソス島に跨る地域である。彼らが目指したのは2つめの葦原中津国である。
アルゴス号は、途上の北アメリカで常世国、ミドガルド王国などを残しつつ、メキシコに到達した。大西洋側に出た彼らは、上陸ポイントを「ベラクルス」と命名した。更に、北メキシコに入植した塩椎神の勢力は「ヴァルハラ王国」を築いた。ヴァルハラの名の由来はペルセウスとヘラクレスの組み合わせである。ペルセウス+ヘラクレス=ペルヘラ=ヴァルハラとなる。
ベラクルスには、「ワルキューレ」が生まれた。ベラクルス、ワルキューレの名の由来は共にヘラクレスである。ヘラクレス=エラクーレス=ワルキューレとなる。北アメリカにあったミドガルド王国、北メキシコにあったヴァルハラ王国名は北欧神話に出てくるため、ミドガルド、ヴァルハラは北欧に存在したと考える人も多いだろう。しかし、大概の場合、神話の舞台は神話が編まれた土地で起きた事柄ではない。タナトスを皆殺しにするため、科学の種族は核兵器によってミドガルド、ヴァルハラを消滅させたが、北欧神話は、その時の生存者が何万年もさすらったあげく、北欧に辿り着き、現地人に伝えたものである。

 


■4万年前 「オリンポス神族誕生」

 

「第2次アルゴス号の大航海時代」に参加した素戔鳴尊、筒之男命は、メキシコを離れ、葦原中津国を目指した。クロノスはケルンを拠点にし、インチキ宗教により、大量の弱者を信者として擁し、ヨーロッパを支配していた。これに対抗するべく、現オリンポス山付近に入植したサイシャット族は「オリンポス神族」を結成した。オリンポスの名の由来はウラヌスとポセイドンの組み合わせである。ウラヌス+ポセイドン=ウラヌポセ=オリンポスとなる。

 


■7万年前 「セツ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加した筒之男命は、オリンポス神族には参加せず、エジプトに入植した。オリンポス神族に参加しなかった一行からは、アダム(アドメテー)、アベル(エピアルテース)、カイン(アルキュオネウス)、セツ(筒之男命)が生まれた。セツの名の由来は摂津である。摂津=セッツ=セツとなる。セツは、アダムの仲間に参加し、聖書ではカイン、アベルの弟として数えられた。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「スーサ誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したゼウスは、メソポタミアに入植し、「スーサ」を築いた。スーサの名の由来は素戔鳴尊である。素戔(すさ)=スーサとなる。中国神話では、スーサは「宿神(スシェン)」とも呼ばれた。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「シドン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したセツは、カナンに入植して「シドン」を建設した。シドンの名の由来はムシシとグラティオーンの組み合わせである。ムシシ+グラティオーン=シディオーン=シドンとなる。シドンは、フェニキア人の都市のひとつとして繁栄を極めた。

 


■BC32世紀 「シチリア誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、シドンを離れたセツは、シチリア島に入植して、当地を初めて「シチリア」と呼んだ。シチリアの名の由来はムシシとルハンガの組み合わせである。ムシシ+ルハンガ=シシルハ=シチリアとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「車氏誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したセツは、中国に入植し、「車氏(チェ)」を生んだ。車(チェ)の名の由来はセツである。セツ=チェツ=チェ(車)となる。

 


■BC7世紀 「車師国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したシドン人は、黒龍江からタリム盆地に侵入し、「車師国(チェシ)」を建設した。車師の名の由来はセツである。セツ=チェツ=チェシとなる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「カー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した車氏は、ブリテン島に上陸した。中国人の顔をした車氏は現地人と混合して「カー」を成した。カーの名の由来は「車」である。

 


■AD6世紀 車持与志古生誕 「車持氏誕生」

 

突厥帝国の誕生を機に、車師国(チェシ)の人々は日本に移住し「車持氏」を称した。車持の名の由来は日本語読みの車師(シャシ)である。車師(シャシ)=シャジ=車持(シャジ)となる。

 


■AD6世紀 藤原不比等生誕 「藤原氏誕生」

 

その後、車持与志古の娘が中臣鎌足に接近して自身の血統を得る。この時に誕生したのが「藤原不比等」である。藤原の名の由来はカシュガルである。この時、彼らはハ行がカ行を兼ねる法則を適用した。つまり、カシュガル=ハシュバル=藤原となる。藤原氏が関係している春日大社も、もともとはハルヒと読まれていた。だが、藤原氏が春日大社を簒奪したのを機に、カシュガルを由来に「カスガ大社」と呼ばれた。

 


■AD737年 「野人女直誕生」

 

天然痘の流行を機に、藤原4兄弟の氏族が満州に移住し、一部はモンゴルに移り住んだ。この天然痘は中臣氏が準備したものだろう。この移住に参加したのは、藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂、婿である大伴古慈斐(こしび)の一族郎党である。この5者の子息に消息不明の者が多いが、彼らはみな満州に移った者である。満州に移って「野人女直」と呼ばれた彼らは、2手に分離して「ウェジ」「ワルカ」となる。ウェジとワルカの名の由来は「藤原」を2つに割ったものである。「藤(ウェジ)」「原(ワルカ)」となる。また、キルギス族を吸収して、「ゴルカ」を生んでいる。

 


■AD737年 「ボルジギン誕生」「ジャムラット誕生」「ボルチン誕生」「ウガン誕生」

 

一方、大伴古慈斐の一族はモンゴルに及んで「ボルジギン家」を成し、後裔としてユーラシアの覇者チンギス・ハーンを生む母体集団を儲けている。ボルジギンの名の由来は古慈斐(フルジビ)である。フルジビ=フルジギ=フルジギン=ボルジギンとなる。
武智麻呂は孫の世代である良因、真従、許人麿、長川、真作、河主、弓主、川合、真書、瀧麻呂、主後、広河らを率いてモンゴルの地を踏んだ。武智麻呂の一族は「ジャムラット」を称した。ジャムラットの名の由来は武智麻呂の人である。武智麻呂+人=タケチマロト=チマロト=ジャムラットとなる。
房前は、子の鳥養、孫の世代の塩麻呂を率いてモンゴルの地を踏んだ。彼らは「ボルチン」を称した。ボルチンの名の由来は房前の音読み「ボウゼン」である。ボウゼン=ボウジン=ボルチンとなる。
最後に、宇合は、子の清成、蔵下麻呂、孫の世代の安継らを率いてモンゴルの地を踏んだ。彼らは、「ウガン」を称した。ウガンの名の由来は宇合である。ウゴウ=ウゴウン=ウガンとなる。また、麻呂は、子の宗継、綱主、八綱、清綱らを率いてモンゴルにやって来た。彼らはモンゴルに騎馬軍団を築いていない。

 


■AD766年 最澄生誕 「天台宗誕生」

 

AD742年、モンゴルの支配権が東突厥からウイグルに移ると、藤原氏の子孫は中国に移った。この時に「最澄」が生まれた。最澄の名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャー=最澄となる。最澄は、中国から日本に移って「天台宗」を興したが、その後、円珍などのタナトスによって簒奪された。最澄には、遣唐使に参加した逸話があるが、布教に勤めるためには日本人である必要があったと考えられる。

 


■AD774年 空海生誕 「真言宗誕生」

 

空海の祖は、シドンに住んでいた。AD713年、イスラム軍がフェルガーナに侵攻すると、イスラム軍に参加していた空海の祖は中国に向かい、ネパール辺りで「空海」を生んだ。空海の名の由来は天空神バアル(空)と海神ダゴン(海)の組み合わせである。バアル、ダゴンを知っているのは、空海の祖がシドンに住んでいた証である。空海は真言宗を築いたが、後に、新義真言宗を興したタナトスに簒奪された。空海には、遣唐使に参加した逸話があるが、布教に勤めるためには日本人である必要があったと考えられる。

 


■AD822年 「ブータ誕生」

 

入寂したと見せかけた最澄は、日本を脱出してインドに上陸した。最澄は、インドに思想運動タントリズム(密教)を展開し、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教にタントリズムの要素を多分に含んだ宗派を残した。また、最澄の一族は、カルナータカ州に鬼神、亡者、精霊を意味する「ブータ」と呼ばれる民俗神を祀り、広めた。ブータの名の由来は不動明王である。不動=フードー=ブータとなる。

 


■AD893年 藤原純友生誕

 

藤原純友は、空海の子孫である。タナトスに真言宗を簒奪された空海は、摂津に移り、純友の祖となる。摂津は、先祖である塩椎神の時代に築かれた故地でもある。純友の名の由来はシャマシュとティアマトの組み合わせである。シャマシュ+ティアマト=シャマティアマ=サマタマ=純友となる。古代オリエントの神々の名を冠することにより、シドンから来たことを示唆している。

 


■AD939年 「天慶の乱」

 


■AD941年 「第1次ポリネシア人の大航海時代」

 


■AD941年 「サモア誕生」「フィジー誕生」

 

「第1次ポリネシア人の大航海時代」に参加した藤原純友は、太平洋に「フィジー」「サモア」を発見した。フィジーの名の由来は藤原であり、サモアの名の由来は純友である。藤原=フィジーワラ=フィジーとなり、純友=サモアトモ=サモアとなる。

 


■AD966年 藤原道真生誕

 

AD927年、渤海国が滅ぶと、一部野人女直が、日本に帰還した。彼らは、祖を同じくする藤原氏に自身の血統を打ち立てた。この時に藤原道真が生まれた。道真の名の由来は、道教(新天師道)の「道」と女真族の「真」の組み合わせである。

 


■AD1027年 「全真教誕生」

 

AD1027年、藤原道真が死去すると、残党は満州に帰還した。日本の王だった道真の子孫は、中国に移ると「王氏」を称した。道真の末裔として生まれた王重陽は、チンギス・ハーンが登場直前に、満州に「全真教」を築いた。全真は、中国語で「クアンゼン」と読むが、これは日本語の「完全」が由来と考えられる。

 


■AD11世紀 「第2次ポリネシア人の大航海時代」

 


■AD11世紀 「ルフィジ誕生」

 

「第2次ポリネシア人の大航海時代」に参加したフィジー人は、現タンザニアに移住した。彼らは「ルフィジ」を築いた。ルフィジの名の由来はフィジーである。

 


■AD1197年 「ヴードゥー教誕生」

 

イスラム教を信奉するゴール朝がAD1181年にパンジャブを、AD1191年に西インドを、AD1192年に北インドを、AD1197年に東インドを征服すると、最澄の子孫が築いたタントリズム派は「第2次ポリネシア人の大航海時代」に参加した。
インド洋を越えてアフリカ大陸に到達すると、彼らはアフリカ東海岸を南下し、南アフリカを周航して西アフリカに落ち延びた。彼らは現地人にタントリズムを伝えると、それは現地の宗教と習合して「ヴードゥー教」として成立した。ヴードゥーの名の由来はブータと同じく、不動明王である。不動=フードー=ヴードゥーとなる。ヴードゥー教は、天台密教、インドのタントリズムを継承した宗教だといえる。

 


■AD1642年 「藤井氏誕生」

 

当時、オランダ人がニューギニアを訪れた。ダニ族は、強い侵略の本能を持つ白人(ダニ族の子孫だが)の登場に危機感を感じ、白人をライバルと考えた。そしてダニ族は、白人に取られる前にと、太平洋の島々の侵略を決行した。彼らは、パプアを発ってフィジー、サモア、ニュージーランド、ソロモン諸島、バヌアツなどを支配下に置き、果てはハワイ、イースター島にまで足を運んだ。
ダニ族は、フィジーに於いて、カニバリズムを確立した社会制度のひとつにまで定着させた。この人喰い人種を嫌った一部フィジー人は故地である日本に逃亡し、「藤井氏」を成している。
白人探検家、曰く「フィジー人は単に復讐などの必要性からではなく、好んで人を食べる。頻繁に人が殺され、食欲を満たすために男や女、子供をさらっている。2、3日埋めた死体を漁り海で洗った後、焼いて食べる」としている。この場合のフィジー人は真のフィジー人ではなくダニ族と改めるべきだろう。ダニ族はアットランダムに人を殺しているように見えるが、実際には優れた者を選んで殺している。AD1871年には、フィジー人(ダニ族)がボラバ村の谷に夜襲をかけて村人全員を食べたという事件が起きた。

 


■AD1791年 「ハイチ革命」

 

植民地時代から、ブードゥー教はサント=ドマング植民地を掌握するべく、黒人奴隷を管理下に置いて放棄の機会が熟すのを待った。第一弾は、ブードゥー教司祭フランソワ・マッカンダルが黒人奴隷の抵抗集団をまとめあげ、プランテーションの奴隷の中に秘密の情報組織を築き上げた。マッカンダルは、AD1751年から数年かけて奴隷の反乱を指揮したが、フランス軍に捕縛されて火刑に処された。
第二弾は、ブードゥー教高僧デュディ・ブークマンが数千人の奴隷を指揮した。大規模な奴隷蜂起のためにサント=ドマング植民地は内戦状態に陥った。10日間の内に白人居留地は孤立し、2000人の白人を殺害して280ヶ所の砂糖プランテーションを破壊し、焼き尽くした。
その後、スペインの介入で一時的にブードゥー教の勢いは断たれたが、指揮官トゥーサン・ルヴェルチュールがナポレオンと渡り合い、サント・ドミンゴを侵略して当地の奴隷を解放した。だが、彼は騙まし討ちにあい、フランスで収監されて獄中で死んだ。AD1804年、ジャン=ジャック・デサリーヌがサント=ドマング独立を宣言し、名を「ハイチ」に改めた。ハイチの名の由来は藤原である。藤原=ハイチワラ=ハイチとなる。

 


■AD1822年 「デンマーク・ウィージーの乱」

 

西インド諸島で生まれたデンマーク・ウィージーは、奴隷としてアメリカに上陸した。だが宝くじに当たり、自由奴隷の身分を手に入れた。ウィージーは、チャールストンの農場を攻め落とそうと画策し、9000人の賛同者を得たが、蜂起は事前に漏れ、逮捕されて絞首刑に処された。西インド諸島生まれとあるため、彼はアメリカ侵略を狙ったブードゥー教の司祭だった可能性がある。

 


■AD1831年 「ナット・ターナーの乱」

 

天啓を受けたナット・ターナーは、奴隷数十名を指揮してヴァージニアで蜂起した。彼らは、60人の白人を殺害したが、逮捕されて公判に付された。デンマーク・ウィージーの乱と時期的に近い点から見て、ターナーも西インド諸島生まれで、アメリカ侵略を狙ったブードゥー教の司祭だった可能性がある。

 


■AD1915年 「全米黒人地位向上協会誕生」

 

ヴードゥー教の僧侶はハイチからアメリカに侵入し、人種問題を盾に白いアメリカに切り込んでいった。創設者のW・E・B・デュボイスは、ハイチのヴードゥー僧の子孫だろう。キング牧師は公民権運動を信じていたが、彼を暗殺したのは仲間(黒人ダン族)だろう。貧しい黒人は、黒い肌で差別されているが、裕福な黒人(ダン族)は、黒い肌を武器にして富を得ている。

 


■AD1929年 マーティン・ルーサー・キング生誕

 


■AD1941年 モーリス・ホワイト生誕 「アース・ウィンド&ファイア誕生」

 


■AD1948年 「真如苑誕生」

 

AD1949年の中華人民共和国誕生を機に中国から日本に逃れてきた人々である。真如の名の由来は女真を反対にしたものだと考えられる。つまり、真如苑は「女真の苑」を意味している。教祖である伊藤真乗の名「真乗」も女真に因んでいる。彼が因んだ「女真」とは、藤原氏の子孫「野人女直」のことだろう。そのためか、真如苑は、大谷率いる日本仏教に度々攻撃されている。

 


■AD1954年 アブドルファッターフ・サイード・フセイン・ハリール・アッ=シーシー生誕

 

AD2013年、彼は、タナトスの一族であるムスリム同胞団に属するムルシーをクーデターによって排除し、AD2014年にエジプト・アラブ共和国第4代大統領に就任している。シーシー大統領の祖は、藤原氏の子孫シャハ王家の支配に不満を評し、ネパールを発って、セツの時代の故地エジプトに帰還した。シーシーの名の由来はセツ、或いはムシシである。セツ=セシ=セーシー=シーシーとなる。

 


■AD1962年 藤井フミヤ生誕 「チェッカーズ誕生」

 


■AD1983年 ミランダ・カー生誕

 


■AD1993年 メルシオル・ンダダイエ、第4代ブルンジ共和国大統領に就任

 

ヴードゥー僧デュディ・ブークマンが生んだファン系集団の子孫であるが、フツ族と混合したため、ツチ族に暗殺された。ンダダイエの名の由来はデュディである。デュディ=ンデュディ=ンダダイエとなる。

 

 

◆シュシャン(セツ)の歴史

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「粛慎誕生」

 

「ヘリオポリスの大航海時代」に参加したセツは、大地殻変動によって荒廃した故地を後に兄弟ゼウスの拠点スーサに移住した。その後、「シュメール人の大航海時代」に参加したセツは、ツォウ族と共にスーサを発ち、満州に入植した。この時に「粛慎(スーシェン)」が生まれた。スーシェンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=シューシャン=スーシェンとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ウェシュシュ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加した粛慎は、祖を同じくするスイス人と連合した。この時に「ウェシュシュ人」が生まれた。ウェシュシュの名の由来はスイスとシュシャンの組み合わせである。スイス+シュシャン=イスシャン=ウェシュシュとなる。彼らは、トゥルシア人らと共にイランに入植し、デニエン人、シェルデン人とは異なる、正義の側の海の民に参加した。

 


■BC1100年 「宋誕生」

 

「マハーバーラタ戦争」が始まると、シュシャン人はベーシュタード王国を離れ、中国に移住した。この時に「宋氏(ソン)」が生まれた。ソンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=シュション=ソンとなる。

 


■BC1027年 「ベーシュタードの大航海時代」

 


■BC1027年 「周誕生」

 

「ベーシュタードの大航海時代」に参加したウェシュシュ人は、東アジアに帰還した。彼らは中国に上陸すると、殷に寄生していた人身御供の種族、能登族を皆殺しにした。その後、ウェシュシュ人は、蚩尤が生んだ「周氏(チョウ)」に参加し、共同で「周」を開いた。周(チョウ)の名の由来はツオウである。ツオウ=チオウ=周(チョウ)となる。

 


■BC770年 「東周誕生」

 

ウェシュシュ人の片割れであるスイス人、周氏がエジプトに移住して「サイス朝」を開くと、残ったウェシュシュ人の片割れであるシュシャン人は「周(西周)」を継承し、「東周」を開いた。

 


■BC249年 「朝鮮誕生」「衛氏朝鮮誕生」

 

東周滅亡後、シュシャン人は朝鮮半島を訪れた。彼らが、が朝鮮半島に訪れて初めて、当地は「朝鮮」と呼ばれた。朝鮮(チョソン)の名の由来はシュシャン(スーサ)である。シュシャン=チュション=チョソン(朝鮮)となる。
シュシャン人が来るまで、朝鮮半島は、箕子(ギジャ)によって統治されていた。しかし、箕子は既に「ヒッタイト人の大航海時代」に参加して朝鮮半島を離れたため、周氏は「衛(ウェイ)」を称して朝鮮半島の一部に「衛氏朝鮮」を開いた。衛氏朝鮮の名の由来はウェシュシュ(衛=ウェ、朝鮮=シュシュ)である。

 


■BC23年 「サクソン族誕生」

 

BC286年、宋が滅ぶと、諸葛氏の一部は宋氏と連合し、中央アジアに移住した。この時に「サクソン族」が生まれた。サクソンの名の由来は諸葛(ジューガー)と宋(ソン)の組み合わせである。ジューガー+ソン=ジュガソン=サクソンとなる。

 


■AD449年 「ザクセン誕生」

 

諸葛氏はブリテン島に渡ってウェセックス王国、エセックス王国、サセックス王国を築いたが、宋氏は、ドイツ北西部に残り、「ザクセン王国」を築いた。

 


■AD315年 「柔然誕生」

 

BC108年に衛氏朝鮮が滅ぶと、周氏は朝鮮半島からモンゴルに移っている。彼らは「柔然(ジュジュ)」を生んだ。柔然(ジュジュ)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=ジュジャン=ジュジュとなる。柔然は、AD315年頃にタリム盆地からの亡命者、楼蘭(ローラン)や、宇文部に皇位継承権を簒奪されたイェマック王家の木骨閭(モグル)の一族郎党と組んで柔然を騎馬軍団として強化する。だが、彼らはAD4世紀に楼蘭に乗っ取られる形で柔然を追放されてしまう。この時に楼蘭が主導権を握ると、柔然(ジュジュ)は、「ローラン」の別称を得る。

 


■AD315年 「長孫氏誕生」

 

柔然を追放されたシュシャン人は、「長孫氏(ツァンスン)」を称した。長孫(ツァンスン)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=シュンシャン=ツアンスンとなる。長孫氏は、自分たちのお株を奪った楼蘭を憎み、打倒柔然に情熱を燃やした。長孫嵩は、代国に取り入って将軍の地位を得、AD391年の柔然北伐に参加している。また、北魏の将軍だった長孫道生はAD425年に柔然(ローラン)を討伐し、勝利している。長孫氏の系統はその後も軍人として西魏、北周などの支配層に名を連ねた。また、唐の時代には政治家として知られる長孫順徳が輩出されている。

 


■AD668年 「高句麗の大移動時代」

 


■AD668年 「チェチェン人誕生」「コーカサス誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加した長孫氏は、西方に逃亡した柔然を追い、現コーカサスに踏み込んだ。彼らは、「チェチェン人」を形成した。チェチェンの名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュチャン=チェチェンとなる。その後、高句麗の人々と連合した長孫氏は、黒海とカスピ海の間の地域を、初めて「コーカサス」と命名した。コーカサスの名の由来はゴグリョとシュシャンスの組み合わせである。ゴグリョ+シュシャン=ゴグシュシ=ゴーグシュシ=コーカサスとなる。

 


■AD772年 「サクソニア戦争」

 


■AD919年 ハインリッヒ1世、東フランク王に即位 「サクソニア家誕生」

 


■AD9??年 「女真族誕生」

 

サクソニア戦争で、シャルルマーニュ大帝に敗北したザクセン王国(宋氏)は、イギリス人リトル、スモール(趙氏)を率いて中国に帰還した。宋氏は、満州に入植して「女真族(ジュシャン)」を称した。「女真族(ジュシャン)」の名の由来はシュシャンである。シュシャン=ジュシャンとなる。

 


■AD960年 趙匡胤、初代皇帝に即位 「宋誕生」

 

サクソニア戦争で、シャルルマーニュ大帝に敗北したザクセン王国の残党(宋氏)は、イギリス人リトル、スモール(趙氏)を率いて中国に帰還した。宋氏は満州に移住したが、趙氏は中国に移住し、同盟者の名を借りて新規に「宋」を開いた。

 


■AD962年 オットー大帝、初代皇帝に即位 「神聖ローマ帝国誕生」

 


■AD9??年 「チチェン・イツァー誕生」

 

AD867年にイサウリア朝が滅ぶと、イサウリア王家(イツァー人)はチェチェン人を連れてメキシコに帰還した。彼らは、「チチェン・イツァー」を築いた。チチェン・イツァーの名の由来はチェチェンとイツァーの組み合わせである。チェチェン=チチェンとなり、チチェン+イツァー=チチェン・イツアーとなる。しかし、チチェン・イツァーは、イシュバランケー、イシュキックなどを祀る人身御供の種族によって支配されていた。

 


■AD1068年 「中村氏誕生」「土屋氏誕生」

 

AD10世紀に「遼」が勢力圏を満州にまで拡大すると、女真族は満州を後に日本に移住した。彼らは、日本に「中村氏」を生んだ。中村(ちゅうそん)の名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュシャン=チューソン(中村)となる。AD11??年に中村氏の祖である中村宗平が輩出され、その宗平の子として土屋氏の祖土屋宗遠が誕生している。後に、土屋氏が武蔵七党のひとつである「中村党」を仕切るようになる。土屋の名の由来はシュシャンである。シュシャン=チュチャン=ツチヤ(土屋)となる。

 


■AD1068年 「上総氏誕生」「秩父氏誕生」

 

一部チェチェン人は、コーカサスを離れて日本に向かった。彼らは、途中のインド洋辺りで善棟王の子孫ラージプートと合流した。両者は房総半島に上陸し、チェチェン人は「上総氏(かずさ)」を称した。そして、ラージプートは「破壊神シヴァ」を由来に「千葉氏」を称した。更に、上総氏は千葉氏と連合して「秩父氏」を結成した。
上総の名の由来はコーカサスであり、秩父の名の漢字表記の由来は「父なるゼウス(秩)」、また読みの由来はチェチェンと千葉の組み合わせである。コーカサス=コーカズス=かずさ(上総)となり、チェチェン+千葉=チェ千葉=ちちぶ(秩父)となる。彼ら、千葉氏、上総氏、秩父氏は先発隊である中村氏、土屋氏、土肥氏と連合して「坂東八平氏」の中核を担い、鎌倉幕府の成立に邁進することとなる。

 


■AD1068年 「ジェチェン誕生」

 

一部チェチェン人は、コーカサスを離れて日本に向かった。一部チェチェン人はシルクロードを介して満州に移住している。長孫氏の子孫であるチェチェン人は、祖を同じくする女真族に合流することを考えていた。だが、その頃には、既に正統な女真族は日本に移って「中村党」を組織し、活動していた。更に、女真族自体は日本から来た中臣氏に簒奪されていた。その後、チェチェン人は「ジェチェン」を称し、中臣氏が築いた「建州女直」に参加した。ジェチェンの名の由来はチェチェンである。

 


■AD1333年 「チュエジ朝誕生」

 

鎌倉幕府が滅ぶと、坂東八平氏に属する上総氏、秩父氏は日本を脱出してインド洋を横断、伝説のニョロ帝国を目指した。ニョロ帝国は、橘氏、丹波氏が築いた湖水地方に築かれた幻の帝国である。湖水地方を訪れた上総氏、秩父氏は、ニョロ帝国に「チュエジ朝」を開いた。チュエジの名の由来はチェチェンである。チェチェン=チュエチェン=チュエジとなる。

 


■AD14??年 「スワジランド誕生」

 

チュエジ朝が滅ぶと、チュエジ人はアフリカを更に南下し、南アフリカに到達した。超古代、ゼウスが「朱雀」を築いた土地に入植した。朱雀を築いた際に「スワジ」の名が生まれたが、スワジの名の由来はゼウスである。ゼウス=セウズ=スワジとなる。

 


■AD14??年 「財津氏誕生」

 

チュエジ朝が滅ぶと、チュエジ人は故地である日本に帰還し、現熊本県に入植して「財津氏」を生んでいる。財津の名の由来はサイシャットである。サイシャット=サイシャ=ザイチャ=財津となる。

 


■AD1934年 財津一郎生誕

 

芸人・俳優財津一郎は「てなもんや三度笠」で知られている。

 


■AD1948年 財津和夫生誕 「チューリップ誕生」

 

「チューリップ」のリーダー財津和夫は、AD1973年発表のシングル「心の旅」でスターダムにのしあがる。

 

 

 

 

 

 


レザの歴史

◆エロス(レザ)の歴史

 


■50万年前 「レザ誕生」

 

ザンビアの海岸に暮らしていた「レザ」は、水生生活から陸上生活にスイッチした。彼らは、メラネシア人の容姿をしていた。

 


■50万年前 「クウォスの大移動時代」

 


■50万年前 「ラシ族誕生」「リス族誕生」

 

「クウォスの大移動時代」に参加したレザは、チッタゴンを経てミャンマーに移住し、「ラシ族」「リス族」を生んだ。ラシ、リスの名の由来はレザである。レザ=レサ=ラシ=リスとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「パッラース誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したレザは、ヴィディエと組み、獣人を人種母体に「パッラース」を生んだ。パッラースの名の由来はヴィディエとレザの組み合わせである。ヴィディエ+レザ==ヴィレザ=ビッレーザ=パッラースとなる。

 


■45万年前 「ヒッポリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヴィディエ、クリュテイオスと組んで「ヒッポリュトス」を生んだ。ヒッポリュトスの名の由来は、ヴィディエ、パッラース、クリュテイオスの組み合わせである。ヴィディエ+パッラース+クリュテイオス=ヴィパラテイオス=ヒッポリュトスとなる。

 


■45万年前 「ポリュポーテース誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヴィディエ、クウォスと組んで「ポリュポーテース」を生んだ。ポリュポーテースの名の由来はパッラース、ヴィディエ、クウォスの組み合わせである。パッラース+ヴィディエ+クウォス=パラヴィデェス=ポリュポーテースとなる。

 


■45万年前 「ポルピュリオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたパッラースは、ヒッポリュトス、ウェネと組んで「ポルピュリオーン」を生んだ。ポルピュリオーンの名の由来はパッラース、ヒッポリュトス、ウェネの組み合わせである。パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ=パラポリュウェネ=ポルピュリオーンとなる。

 


■45万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したイェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■40万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「パルース族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したパッラースは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、シアトル付近に居を構えた。パッラースは「パルース族」を称した。パルースの名の由来はパッラースである。パッラース=パラース=パルースとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「ブリアレオース誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したポルピュリオーンはアグリオスと組んで「ブリアレオース」を生んだ。ブリアレオースの名の由来はポルピュリオーン、アグリオスの組み合わせである。ポルピュリオーン+アグリオス=ピュリオリオス=ブリアレオースとなる。

 


■30万年前 「エロス誕生」

 

「獣人の大移動時代」の際に生まれたブリアレオースから、ルワが離脱した。この時に「エロス」が生まれた。エロスの名の由来はブリアレオースである。ブリアレオース=アレオス=エロスとなる。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ネイロス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエロスは、オーストラリアに上陸し、ウラニアーと組んで「ネイロス」を生んだ。ネイロスの名の由来はウラニアーとエロスの組み合わせである。ウラニアー+エロス=ニアロス=ネイロスとなる。その後、ネイロスは河川の娘たちに参加した。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「イエロ誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加してギリシアに移住し、「アルゴス号の大航海時代」に参加してオーストラリアに帰還したエロスは、故地であるオーストラリアに帰還し、虹蛇「イエロ」を祀った。イエロの名の由来はエロスである。エロス=イエロス=イエロとなる。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「ウルチ族誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したエロスは、シベリアに移住して「ウルチ族」を生んでいる。エロス=エロチ=ウルチとなる。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「ナイル川誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したネイロスは、エジプトに入植した。この時に「ナイル」の名が生まれた。ナイルの名の由来はネイロスである。ネイロス=ナイロス=ナイルとなる。

 


■4万年前 「軍神アレス誕生」「月の女神アルテミス誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加したエロスは、ギリシアに上陸すると、「戦闘の神アレス」を祀ってオリンポス神族に加わった。アレスの名の由来はエロスである。エロス=エレス=アレスとなる。アレスは、後に「マルス」とも呼ばれた。また、エロスはハタミ人と連合して「アルテミス」を祀った。アルテミスの名の由来はエロスとテミスの組み合わせである。エロス+テミス=エロテミス=アルテミスとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代」

 


■1万年3千年前 「アムル人誕生」「エロヒム誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加して南極に移住し、「エノスの大航海時代」に参加して西アフリカに移住したエロスはハムと連合して「エロヒム」「アムル人」」を生んでいる。ハム+エロス=ハムエロ=アムルとなり、エロス+ハム=エロハム=エロヒムとなる。イスラエルの神として知られる「エロヒム」は、アフリカ生まれの神なのだ。「エロヒム」と「アムル人」は不可分の存在であった。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「光神ルー誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したエロスは、アイルランドに到着すると、クシュと組んで「光神ルー(ルグス)」を祀った。アムル+クシュ=ルクシュ=ルグス(ルー)となる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「マリ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加してアイルランドを脱出したエロスは、北アフリカには帰還せずにメソポタミアに移住した。彼らは「都市国家マリ」を建設した。マリの名の由来はアムルである。アムル=アマリ=マリとなる。

 


■BC5千年 「シュメール人誕生」

 

タップ・オノスの破壊を機にスカンジナビア半島からメソポタミアに避難したセムは、アイルランドからやってきたアムル人と連合して「シュメール人」を称する。シュメールの名の由来はセムとアムルの組み合わせである。セム+アムル=セムール=シュメールとなる。シュメール人の祖は、他にもセムとアーリア人の組み合わせがある。つまり、シュメール人は2種類が存在した。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ滅亡」

 


■BC32世紀 「シュメール人の大航海時代」

 


■BC32世紀 「ソマリア誕生」

 

ソドムとゴモラの事件を機に、「シュメール人の大航海時代」に参加したシュメール人がソマリアを訪れた際、「ソマリア」の名が生まれた。ソマリアの名の由来はシュメールである。シュメール=シュメリア=ソマリアとなる。移住から100年後、シュメール人は故国に帰還し復興に努めた。これが、本格的な「シュメール文明」の夜明けとなる。

 


■BC32世紀 メナス(ナルメル)、初代ファラオに即位 「エジプト第1王朝誕生」

 

ソロモン朝の残党は、エジプトに逃れると、ナイルの雄ノアと連合した。「メナス(ナルメル)」は個人名ではなく、ソロモン朝とシュメール人、ノアの連合体の名称である。ネマスの名の由来はソロモンの片割れであるメネストーである。メネストー=メネス=メナスとなり、ナイル+アムル=ナイルムル=ナルメルとなる。

 


■BC32世紀 「サマリア人誕生」

 

褐色の肌を持つ一部ソマリア人は、イスラエルに移住して「サマリア人」となった。サマリアの名の由来はソマリアである。

 


■BC32世紀 「ドルイド教の大航海時代」

 


■BC32世紀 「ウェールズ誕生」

 

「ドルイド教の大航海時代」に参加したエロス(アムル人)はドルイド教と共にブリテン島に上陸し「ウェールズ」を築いた。ウェールズの名の由来はエロスである。エロス=ウェーロス=ウェールズとなる。

 


■AD1866年 H・G・ウェルズ生誕

 


■AD1915年 オーソン・ウェルズ生誕

 


■AD1935年 ヤロミル・イレシュ生誕

 


■AD1940年 ビクトル・エリセ生誕

 


■AD1947年 ジョー・ウォルシュ生誕

 


■AD1951年 スティーブ・ウォルシュ生誕 「カンサス誕生」

 

 

 

 

 


ウェネの歴史

◆ヨハネス(ウェネ)の歴史

 


■45万年前 「ウェネ誕生」

 

50万年前にホモハビリスが水生生活を中止して、上陸し、シベリアに向かった後、水生生活を続けていた人々が陸上に上がった。ニジェール流域に水生人として暮らしていた人々はアイヌ人に似た姿をしており、自らを「ウェネ」と呼んでいた。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「アイヌ人誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したウェネは、東南アジアに到達し、日本に入植した。この時、ウェネは「アイヌ人」となった。アイヌの名の由来はウェネである。ウェネ=ウイネ=アイヌとなる。彼らは縄文人の原型を成したが、時が経つにつれ、日本列島が多くの人々で賑わうようになると、彼らの居住地は北海道に限定された。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「エウリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、ウェネと組んで「エウリュトス」を生んだ。エウリュトスの名の由来はウェネ、ヒッポリュトスの組み合わせである。ウェネ+ヒッポリュトス=ウェリュトス=エウリュトスとなる。

 


■45万年前 「ポルピュリオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したパッラースは、ヒッポリュトス、ウェネと組んで「ポルピュリオーン」を生んだ。ポルピュリオーンの名の由来はパッラース、ヒッポリュトス、ウェネの組み合わせである。パッラース+ヒッポリュトス+ウェネ=パッラーポリュウェネ=ポルピュリオーンとなる。

 


■45万年前 「グラティオーン誕生」

 

「盤古の大移動時代」の際に生まれたアグリオスは、ヴィディエ、ウェネと共に「グラティオーン」を生んでいる。グラティオーンの名の由来はアグリオス、ヴィディエ、ウェネの組み合わせである。アグリオス+ヴィディエ+ウェネ=グリオディエウェネ=グラティオーンとなる。

 


■45万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■40万年前 「獣人の大狩猟時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「ポントス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「ポントス」を生んだ。ポントスの名の由来はウェネ、クリュテイオスの組み合わせである。ウェネ+クリュテイオス=ウェンテイオス=ポントスとなる。

 


■30万年前 「エウエノス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「エウエノス」を生んだ。エウエノスの名の由来はアイヌ、ウェネ、エバシの組み合わせである。アイヌ+ウェネ+エバシ=アイウェネシ=エウエノスとなる。その後、エウエノスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「イアンテー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「イアンテー」を生んだ。イアンテーの名の由来はウェネ、ヴィディエの組み合わせである。ウェネ+ヴィディエ=ウェンディエ=イアンテーとなる。その後、イアンテーは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「マイアンドロス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「マイアンドロス」を生んだ。マイアンドロスの名の由来はピュグマエイ、ウェネ、テレストーの組み合わせである。ピュグマエイ+ウェネ+テレストー=マエイウェンテレス=マイアンドロスとなる。その後、マイアンドロスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アンピロー誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したウェネは、オーストラリアに「アンピロー」を生んだ。アンピローの名の由来はウェネ、パッラースの組み合わせである。ウェネ+パッラース=ウェンパッラー=アンピローとなる。その後、アンピローは大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アウユ族誕生」

 

エウエノスは、オーストラリアからパプアに移住し「アウユ族」を生んだ。アウユの名の由来はエウエノスである。エウエソス=エウエ=アウユとなる。

 


■30万年前 「ズルヴァーンの大移動時代」

 


■30万年前 「ズルヴァーン誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、オーストラリアから古代イランに入植した。この時、エウエノスはアシェラーフと組んで「ズルヴァーン」を生んだ。ズルヴァーンの名の由来はアシェラーフとウェネの組み合わせである。アシェラーフ+ウェネ=シェラウェン=ズルヴァーンとなる。至高神と呼ばれたズルヴァーンがイランを治めた時代は、最良の時と呼ばれた。

 


■30万年前 「ヤハウェ誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、イランから現イスラエルに入植した。この時に「ヤハウェ」が生まれた。ヤハウェの名の由来はエウェノスである。エウェノス=エハエノス=ヤハウェとなる。

 


■30万年前 「ウェヌス(ヴィーナス)誕生」

 

「ズルヴァーンの大移動時代」に参加したエウェノスは、現イスラエルから古代ギリシアに入植した。この時に「ウェヌス」が生まれた。ウェヌスの名の由来はエウェノスである。エウェノス=ウェノス=ウェヌスとなる。ウェヌスは英語で「ヴィーナス」と呼ばれている。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「アンボン族誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加して地中海に移住したアンピローは、「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに帰還した。彼らは、メラネシアに「アンボン族」を生んだ。アンボンの名の由来はアンピローとウェネの組み合わせである。アンピロー+ウェネ=アンウェン=アンボンとなる。

 


■7万年前 「イパン族誕生」「パイワン族誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加して地中海に移住したイアンテーーは、「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに帰還した。彼らは、マレー半島に「イパン族」、台湾に「パイワン族」を生んだ。イパンの名の由来はイアンテーであり、パイワンの名の由来はヴィディエとイアンテーの組み合わせである。イアンテー=イハンテー=イパンとなり、ヴィディエ+イアンテー=ヴイアン=パイワンとなる。

 


■7万年前 「気吹戸主神誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウエノスは、エレクトラ、アプスーと連合した。この時に「イブキドヌシ」が生まれた。イブキドヌシの名の由来はアプスー、エレクトラ、エウエノスの組みあわせである。アプスー+エレクトラ+エウエノス=アプクトノス=イブキドヌシとなる。

 


■4万年前 「オリンポス神族の大航海時代」

 


■4万年前 「ペロプス誕生」

 

「オリンポス神族の大航海時代」が到来すると、メラネシア海域に根を張っていたアンボン族(アンピロー)はマレー地域に住んでいたカロ族(カリュプソー)と連合体を組んだ。この時にペロプスが生まれた。ペロプスの名の由来はアンピローとカリュプソーの組み合わせである。アンピロー+カリュプソー=ピロプソー=ペロプスとなる。ペロプスは、アトランティス王国の王族となる。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「エノス誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したエウエノスは、エジプトに到着すると「エノス」を生んだ。エノスの名の由来はエウエノスである。エウエノス=エノスとなる。

 


■4万年前 「戦闘の神エニュオ誕生」

 

古代ギリシアに侵攻し、クロノスを退けたオリンポス神族に参加していたエノスは「戦闘の神エニュオ」を生んだ。エニュオの名の由来はエノスである。エノス=エニュオス=エニュオとなる。

 


■4万年前 「クロマニョン人の大航海時代」

 


■3万年前 「ナスカ誕生」

 

「クロマニョン人の大航海時代」に参加したエノスは、ペルーでエノクと連合すると、「ナスカ」を建設した。ナスカの名の由来はエノスとエノクの組み合わせである。エノス+エノク=ノスク=ナスカとなる。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグ国誕生」

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「アナサジ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエノスは、コロラド流域に入植したエノスは「アナサジ族」となる。アナサジの名の由来はエノスとムシシの組み合わせである。エノス+ムシシ=エノシシ=アナサジとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「平等王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加したウェネは、テングリと共に、十王に属する「平等王(ピンデン)」を生んだ。ピンデンの名の由来はポントスとテングリの組み合わせである。ポントス+テングリ=ポンテン=ピンデンとなる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「エノスの大航海時代」

 


■1万3千年前 「ニジェール誕生」

 

「エノスの大航海時代」に参加したエノスは、メトセラと共にニジェール流域に移り、連合して「ニジェール」を称した。ニジェールの名の由来はエノスとメトセラの組み合わせである。エノス+メトセラ=ノスセラ=ニジェールとなる。ニジェールは「ナザレ」の語源でもある。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「ヌアザ誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したエノスは、アイルランドに単身「主神ヌアザ」を祀った。エノス=エノアサ=ヌアザとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「蓬莱山誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。この時、彼らは「蓬莱山(ペンライ)」を築いた。ペンライの名の由来はポントスとクリュティアー(ルデ)の組み合わせである。ポントス+クリュティアー=ポンリュ=ペンライとなる。蓬莱山は中国にあるとされているが、実際にはコーカサス山脈に存在した。

 


■BC5千年 「アイネイエース誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。この時に「アイネイアース」が誕生している。アイネイアースの名の由来はエウエノス、クリュテイオス(ルデ)の組み合わせである。エウエノス+クリュテイオス=ウエネイオス=アイネイアースとなる。

 


■BC5千年 「ラティウム誕生」「ラティヌス誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエノスは、ルデと共にカスピ海に入植した。その後、アイネイエースを生んだ彼らは、「ラティヌス」を祀り、「ラティウム王国」を建設した。ラテン、ラティヌスの名の由来はルデとエノスの組み合わせである。ルデ+エノス=ルディノス=ラティヌス=ラテンとなる。

 


■BC5千年 「ナザレ誕生」

 

ラティウム王国が築かれると、エノスは、カスピ海から現イスラエルに赴き、拠点「ナザレ」を得る。ナザレの名の由来はニジェールである。ニジェール=ニジエレ=ナザレとなる。

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「エネツ族誕生」「ネネツ族誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したエノスは、ペチョラ川流域に入植した。彼らは、現地のモンゴロイドと交わって「エネツ族」「ネネツ族」を形成した。エノス=エネス=エネツ=ネネツとなる。

 


■BC5千年 「イヌピアト誕生」

 

「第1次北極海ルート」に参加したエノスは、シベリアの北極海を抜けると、そのままアリューシャン列島を渡り、カナダ北極圏に侵入していった。アラスカに残留したエノスとプテは連合し、現地人と混合して「イヌピアト」を形成した。エノス+プテ=エノプウテ=イヌピアトとなる。

 


■BC5千年 「イヌイット誕生」

 

カナダ方面に向かったエノスとアダムも連合し、現地人と混合して「イヌイット」を形成した。エノス+アダム=エノアダ=イヌイットとなる。

 


■BC2600年 「クノッソス誕生」

 

アナサジ族は、故地を去り、コロラド流域から遠く、地中海へと漕ぎ出した。地中海に侵入した彼らはクレタ島に上陸した。この時に「クノッソス」の名が生まれた。クノッソスの名の由来はアナサジである。アナサジ=ハナサジ=カナサジ=クノッソスとなる。

 


■BC年 ヨハネス生誕

 


■AD66年 「八木氏誕生」「矢作氏誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。シルクロードを介して中国に至り、海を渡って日本に上陸した人々は、「八木氏」を称した。八木の名の由来はイエスの人(イエキ)、或いはヤハウェの人(ヤキ)であり、矢作の名の由来はヤハウエの人(ヤハキ)である。

 


■AD66年 「バヌアツ誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。海路で太平洋にに渡ったヨハネスの一族は、太平洋の孤島に上陸した。彼らは、この志摩を「バヌアツ」と呼んだ。バヌアツの名の由来はヨハネスである。ヨハネス=ヨハネアス=ハネアス=バヌアツとなる。

 


■AD66年 「ジョーンズ誕生」

 

AD66年、「ユダヤ戦争」が起きると、ヨハネスの一族郎党はイスラエルから脱出した。イギリスに渡ったヨハネスの一族は、「ジョーンズ」と呼ばれた。ジョーンズの名の由来はヨハネスである。JOHANES(ヨハネス)=HANES=JANES=JONES(ジョーンズ)となる。

 


■AD6世紀 「ヨハネスの大航海時代」

 


■AD6世紀 「ハワイ誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、新航路の開発を目的に広大な太平洋を冒険中、偶然にも「ハワイ諸島」を発見した。ハワイの名の由来はヤハウェであり、グァムの名の由来は日本語「神(かみ)」である。ヤハウェ=ハウエ=ハワイとなる。

 


■AD6世紀 「グアム誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、ハワイ島から「グアム島」を発見し、日本に至っている。グアムの名の由来は日本語の「神(かみ)」である。かみ=くあみ=グアムとなる。

 


■AD6世紀 「上野国誕生」「上野氏誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、グアム島から現群馬県に移住して「上野国」を築いた。うえの(上野)の名の由来はエウエノスである。エウエノス=ウエノ=上野となる。当時は、上野はうえのと呼ばれていた。ただ、その後にガスコン人が到来すると、上野(うえの)は、ガスコンに因んで上野(こうずけ)と呼ばれた。

 


■AD6世紀 「渤海(ボハイ)誕生」

 

「ヨハネスの大航海時代」に参加したイギリス人ジョーンズは、上野国から中国に移住した。この時、彼らが侵入した湾は「渤海(ボハイ)」と呼ばれた。ボハイの名の由来はハワイである。ハワイ=ホハイ=ボハイとなる。

 


■AD634年 「役小角誕生」

 

AD630年、唐が東突厥を滅ぼすると、一部の阿史那氏が日本に移住した。彼らは、上野氏と連合して「役小角」を生んだ。役小角の名の由来はエウエノスとアザニアーの組み合わせである。エウエノス+アザニアー=エウエンノ+オズニアー=エンノ+オズヌ=役小角(えんの・おずぬ)となる。

 


■AD698年 「渤海王国誕生」

 

AD629年、唐が中国統一を果たすと、渤海湾に住んでいた人々は満州に移住し、AD698年に「渤海国(ボハイ)」を建てた。

 


■AD727年 「修験道誕生」

 

渤海国は、この時に始めて日本に遣使を送った。このとき、チュクチ族(ステュクス)と渤海人(エウエノス)の連合体が日本を訪れ、祖を同じくする役小角の土地を訪ね、共に「修験道」を築いた。修験道の名の由来はチュクチとエウエノスの組み合わせである。チュクチ+エウエノス+道=チュクエノ+道=チュクエン+道=修験道(しゅげん)となる。

 


■AD932年 「ブワイ朝誕生」

 

AD926年に渤海国が滅ぶと、渤海人は西方に向けて旅立ち、天孫族はハワイに向けて旅立った。AD932年、渤海人はイランの地に「ブワイ朝」を開いた。ブワイの名の由来はボハイ(渤海)である。ボハイ=ボワイ=ブワイとなる。

 


■AD1062年 「京極氏誕生」

 

セルジューク軍がバグダッドに入城したのを機に、ブワイ家はイランを発ち、日本に移住した。AD1219年、ブワイ人は佐々木信綱に接近して自身の血統を打ち立てた。AD1220年、この時に「京極氏」の祖、佐々木氏信が誕生した。佐々木氏信は、後に京極氏信を称している。当時のバグダッドは、世界に類を見ない最先端をいく都市のひとつだった。そのため、バグダッドを治めていたブワイ家は、「極められた都」を由来に「京極」を称した。京極とはバグダッドのことある。

 


■AD1062年 「ジンバブエ誕生」

 

AD1062年、ブワイ朝が滅ぶと、ブワイ家はイランを発ち、東アフリカを南下してザンベジ川流域に上陸した。イラン人の顔をした彼らは現地人と混合して「ジンバブエ人」を形成した。彼らが訪れて始めて、当地は「ジンバブエ」と呼ばれた。ジンバブエの名の由来は中国語「新渤海(シンボハイ)」である。シンボハイ=シンボバイ=ジンバブエとなる。

 


■AD1180年 「ヴィッテルスバッハ誕生」

 

AD1062年に滅んだブワイ朝の残党はエフタルの残党と連合し、「ヴィッテルスバッハ」を結成してバイエルンに移住した。ヴィッテルスバッハの名の由来はエフタルとボハイの組み合わせである。エフタル+ボハイ=フォトラス+ボッハイ=ヴィッテルスバッハとなる。

 


■AD1220年 「ジンバブエ王国誕生」

 

AD1220年、ジンバブエ人は「ジンバブエ王国」を建てている。遺跡「グレート・ジンバブエ」は、AD11世紀から建造が開始され、まだ完成していなかった。AD1450年、ジンバブエ王国が滅ぶと、ジンバブエ人は東アフリカを離れ、遠く、ハワイの地に帰還した。

 


■AD1320年 「バフマニー朝誕生」

 

4人のバイエルン公が立つと、ヴィッテルスバッハ家の一部(バッハ)がバイエルンを後にインドに移住した。一方、AD1287年、スコータイ朝の援助を受けたワーレルーがペグー朝の王位に就くと、反感を持ったモン族がミャンマーを後にデカン高原に移住した。白人の顔をしたヴィッテルスバッハ家はデカン高原に上陸し、モン族と組んで、AD1347年に「バフマニー朝」を開いた。バフマニーの名の由来はバッハとモンの組み合わせである。バッハ+モン=バッハモニ=バフマニーとなる。

 


■AD1322年 「怕尼芝王統誕生」

 

怕尼芝(はにじ)の名の由来はヨハネス、或いはバヌアツである。ポリネシア人の顔をした彼らは沖縄人と混合して怕尼芝を輩出し、怕尼芝王統を創始して北山王国を支配した。AD1416年に怕尼芝王統が滅ぶと、彼らは日本列島に移住し、「羽仁」を称した。

 


■AD1490年 「バッハ誕生」

 

バフマニー朝が滅ぶと、ヴィッテルスバッハ家はインドを離れて故地であるバイエルンに帰還した。インド人の顔をした彼らは、現地人と混合して「バッハ」の名を生んだ。バッハの名の由来はバフマニーである。バフマニー=バッフマニー=バッハとなる。

 


■AD1590年 「ボハイの乱」

 

AD1450年、ジンバブエ王国が滅ぶと、ザンベジ流域を後にしたジンバブエ人は故地である満州に帰還し、ちょっと足を伸ばしてモンゴルに居を定めた。アフリカ人の顔をしたジンバブエ人はモンゴル人と混合して「ボハイ」を生んだ。ボハイの名の由来は渤海(ボハイ)である。ボハイは、万暦の三征のひとつに数えられる「ボハイの乱」を指揮した。
AD1589年、厳しい統治で悪名を轟かせたタナトスの血統に属する「党香」が巡撫として寧夏に派遣された。党夏は、馬が死んだ時に賠償金を徴収する制度を作り、自分の手で他人の馬を殺し、被害者から賠償金を徴収した。また、長期に渡って給料を支給せず、不満を漏らした者は威嚇して退けた。このため、劉東エキ、許朝らが党夏に対して蜂起した。投降したモンゴル人でありながら、ボハイもこの蜂起に参加した。だが、AD1592年に自殺と見せかけて中国を脱出したボハイは、ハワイ諸島に落ち延びた。

 


■AD1685年 ヨハン=セバスチャン・バッハ生誕

 


■AD1795年 カメハメハ1世、初代王に即位 「ハワイ王国誕生」

 

カメハメハ1世が初代ハワイ王に即位すると、

 


■AD1844年 「バーブ教誕生」

 

カメハメハ1世が初代ハワイ王に即位すると、ブワイ朝の血を継ぐ一部ハワイ人は、ハワイ諸島を離れ、「ブワイ朝」時代に統べていたイランの地に赴いた。ブワイ朝の中でもジンバブエ王国の血を継ぐ人々からは、サイイド・アリー・モハンマドが輩出された。彼は、バハーウッラーを宣言し、「バーブ教」を創始した。バーブの名の由来はジンバブエである。ジンバブエ=ジンバーブエ=バーブとなる。

 


■AD1863年 「バハーイー教誕生」

 

一方、ブワイ朝の中でもヴィッテルスバッハ、バフマニー朝の血を継ぐ人々からは、ミルザ・ホセ・アリが輩出された。AD1863年、ミルザ・ホセ・アリはバハーウッラーを自称して「バハーイー教」を創始している。バハーイーの名の由来はボハイ、或いはブワイである。ボハイ=ボハーイー=バハーイーとなる。

 


■AD1844年 フリードリッヒ・ニーチェ生誕

 

ニーチェの名の由来はナザレである。ナザレ=ナーザレ=ナーチャレ=ニーチェとなる。

 


■AD1906年 アリストテレス・オナシス生誕 「オナシス財閥誕生」

 


■AD1928年 羽仁進生誕

 


■AD1940年 テリー・ジョーンズ生誕 「モンティ・パイソン誕生」

 


■AD1944年 ミック・ジョーンズ生誕 「フォリナー誕生」

 


■AD1947年 デヴィッド・ボウイ(デヴィッド・ジョーンズ)生誕

 


■AD1955年 ミック・ジョーンズ生誕 「クラッシュ誕生」

 


■AD1955年 ハワード・ジョーンズ生誕

 


■AD1968年 セバスチャン・バック生誕 「スキッド・ロウ誕生」

 

 

 

◆アーリア人(エウリュトス)の歴史

 


■45万年前 「エウリュトス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したヒッポリュトスは、ウェネと組んで「エウリュトス」を生んだ。エウリュトスの名の由来はウェネ、ヒッポリュトスの組み合わせである。ウェネ+ヒッポリュトス=ウェリュトス=エウリュトスとなる。

 


■50万年前 「盤古の大移動時代」

 


■50万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■50万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「エリー族誕生」

 

人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、北東部森林地帯(現イリノイ~ニューヨーク)に居を構えたエウリュトスは「エリー族」を称した。エリーの名の由来はエウリュトスである。エウリュトス=エウリュートス=エリーとなる。獣人は、アボリジニの顔をしていたクウォスと混合することで、マヤ人の顔を得たと考えられる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「エリダノス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したエウリュトスは、ペネイオスと組んで「エリダノス」を生んだ。エウリュトス+ペネイオス=エウリュトネイオス=エリダノスとなる。その後、エリダノスは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「ヨルダン川誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したエリダノスは、現ヨルダンに入植した。この時に「ヨルダン」の名が生まれた。ヨルダンの名の由来はエリダノスである。エリダノス=エリダン=ヨルダンとなる。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「玉依毘売命誕生」

 

「アルゴスの大航海時代」に参加したエウリュトスは、ティアマトが治めるヤマトの国に入植した。エウリュトスはティアマトと連合して「玉依毘売命」を生んだ。「玉依毘売命(タマヨリ)」の名の由来はティアマトとエウリュトスの組み合わせである。ティアマト+エウリュトスー=ティアマエウリュ=タマヨリとなる。

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ウルド誕生」「スクルド誕生」「ヴェルダンディ誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウリュトスは、ミドガルド王国の建設に協力した。エウリュトスは、ユグドラシルの根元に住むといわれる「3柱の女神」を生んだ。単身で「ウルド」を、チュクウと共に「スクルド」を、トエーと組んで「ヴェルダンディ」を生んでいる。チュクウ+エラド=チュクラド=スクルドとなり、エラド+トエー=エラドンドエー=ヴェルダンディとなる。

 


■7万年前 「ヤレド(エラド)誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したエウリュトスは、エジプトに入植して「ヤレド(エラド)」を生んだ。エウリュトス=エウリュト=エラド=ヤレドとなる。エラドはヤレドとは不可分の存在であり、同じエウリュトスから生まれた。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「婁(ルー)誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したエウリュトスは、現アジスアベベに入植した。「白虎」が築かれると、エウリュトスはこれに参加し、「婁(ルー)」を生んだ。婁(ルー)の名の由来はエウリュトスである。

 


■4万年前 「柳(リウ)誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したエウリュトスは、現スワジに入植した。「朱雀」が築かれると、エウリュトスはこれに参加し、「柳(リウ)」を生んだ。柳(リウ)の名の由来はエウリュトスである。

 


■4万年前 「アトランティス人の大航海時代」

 


■4万年前 「女神レト誕生」

 

「アトランティス人の大航海時代」に参加し、クロノスが支配するギリシアに侵攻したたヤレドは「女神レト」を祀った。レトの名の由来はヤレドである。ヤレド=ヤレト=レトとなる。レトはゼウスと結婚するが、これはセツ(ゼウス)とヤレド(レト)が同盟していたことを意味する。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「アルタイ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエラドは、冷たい海水により、シベリア人)と混合し、「アルタイ族」を生んでいる。アルタイの名の由来はエラドである。エラド=エラドイ=アルタイとなる。

 


■3万年前 「タイヤル族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したエラドは、エノクたちと共に台湾を訪れると、ヴィディエはエラドと組んで連合体を生んだ。この時に生まれたのが「タイヤル族」である。タイヤルの名の由来はヴィディエとエラドの組み合わせである。ヴィディエ+エラド=テイエラ=タイヤルとなる。

 


■1万5千年前 「天孫降臨の大航海時代」

 


■1万5千年前 「科学の種族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したエラドは、南極に移住した。彼らは、チュクウ、ルハンガ、オロクン、クウォスのトバルカインに接触し、マハラエルと共に「科学の種族」となった。この3者は、所謂「宇宙人(UFOに乗る人)」として知られている。

 


■1万3千年前 科学の種族、核兵器を開発

 


■1万3千年前 「アトランティス滅亡」

 

この頃、科学の種族は核爆弾を開発したが、当時、ゼウスがその一報を聞いて喜んだ。古代ギリシア・アトランティス王国(オーストラリア南)では、ディオニュソスが「エレウシス密儀」を布教する際、「入信しなければ殺す」と多くの人々を脅し、大量の信者を獲得していた。大量の信者獲得は、発言力の増大と共に、そのまま信者の離反防止につながる。そのため、タナトスの宗教は大量の信者の獲得を命題としている。
ディオニュソスは、その大量の信者たちをアトランティスのインフラ全般に送り込んで、これを掌握した。タナトスの発想では、王にならずとも、人民の生活を支配すれば、優れた王にも勝てるのだ。インフラ掌握により、ディオニュソスが何をしても人々は怒ることも暴れることも弾劾することなく、怒りを飲み込んで幸福を演じていた。人々は、悪と戦って自由を得るのではなく、自由と生活を保障してもらうために、戦いを放棄し、悪に服従していたのだ。本能・感受性・意志の放棄は、非常な罪である。
ディオニュソスの非人間じみた圧制により、多くの人々が苦しんでいた。国民は「幸福な国の国民」を演じさせられていたのだ。抑圧的な生活により、精神疾患が蔓延した。だが、精神疾患患者はディオニュソスの命を受けた信者たちよってことごとく排除されてしまった。なぜなら、幸福な国で精神疾患を患うということは、国家がウソをついている証だからだ。ギリシア神話では、ポセイドンとアテネが対立する説話が紹介されている。これは、ディオニュソスが簒奪したポセイドンの国アトランティスとアテネが君臨していた時代の古代ギリシアとの対立を意味している。
「太陽神アポロン」を祀っていたアベラム族や全能の神ゼウスも、このことを憂慮していたが、数で圧倒するディオニュソスには対抗できなかった。そこへ、科学の種族が核兵器を開発した。ゼウスは、ディオニュソスと彼らに追随する人々を皆殺しにするために、科学の種族に核兵器の使用を要請した。人喰い人種を嫌悪していた科学の種族はこれを快く承諾した。これにより、ディオニュソスが簒奪したアトランティスは滅亡した。オーストラリア南部には、テクタイトが散乱しているが、これは当地にアトランティスの都市が存在していたことを意味している。

 


■1万3千年前 南極を北方に引き上げる作戦を練る

 

虚言症を患う人喰い人種ディオニュソスと共存することは不可能だと考えていた科学の種族(エラド、マハラエル、トバルカイン)は、旧世界から切り離された南極大陸の立地条件を高評価していた。そして、彼らは、半分凍結している南極大陸を有効活用すべく、核兵器で地軸を動かして南極をもっと北方に引き上げようという計画を立てた。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「テングリの大航海時代」

 


■1万3千年前 「神日本磐余彦尊(神武天皇)誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加して黒龍江に入植したエウリュトスは、ティアマトらと連合して「カムヤマトイワレヒコ」を生んだ。カムヤマトイワレヒコの名の由来はピュグマエイ、ティアマト、エウリュトスの組み合わせである。ピュグマエイ+ティアマト+エウリュトス=グマアマトエウリュ彦=カムヤマトイワレ彦となる。彼らはディオーネーが築いた天皇を継承し、「神武天皇」として初代天皇に即位し、天皇家として黒龍江付近を統率した。

 


■1万3千年前 「科学の種族の大移動時代」

 


■1万3千年前 「大地の女神エリウ誕生」

 

エラド族、マハラエル族はトバルカイン族を残し、タップ・オノスからアイルランドに移った。エラド族は「大地の女神エリウ」「ダグザの父エラドウ」を古代アイルランドに祀り、現地人を支配下に置いた。一方、科学の種族は、失った故郷南極を再現するため、共同で北アフリカに赴いて現サハラ砂漠一帯に壮大な基地を築いていた。その時に、大西洋を横断してセネガルに移住した文明放棄組「エノス」の一団と再会する。文明継承組は、セネガル人の顔をした兄弟を古代アイルランドに招いた。アイルランドに上陸した彼らはいくつか神々を祀った。

 


■1万千5百年前 「御間城入彦(祟神天皇)誕生」

 

エウリュトスは、ミマースと連合して「ミマキイリヒコ」を生んだ。ミマキイリヒコの名の由来はミマースの人(ミマキ)とエウリュトスの組み合わせである。ミマキ+エウリュトス=ミマキエウリュ+彦=ミマキイリヒコとなる。ミマキイリヒコは「祟神天皇」として第10代天皇に即位している。

 


■1万千5百年前 「活目入彦(垂仁天皇)誕生」

 

エウリュトスは、ハリアクモンと組んで「イクメイリヒコ」を生んだ。イクメイリヒコの名の由来はハリアクモンとエウリュトスの組み合わせである。ハリアクモン+エウリュトス=アクモンエウリュ+彦=イクメイリヒコとなる。イクメイリヒコは「垂仁天皇」として第11代天皇に即位している。

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■1万千5百年前 「最高神エル誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したエウリュトスは、メソポタミアに入植し、「エル」を生んだ。エルの名の由来はエウリュトスである。エウリュトス=エルド=エルとなる。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大航海時代」

 


■BC7千年 「ダグザの父エラドウ誕生」

 

「アヌンナキの大航海時代」に参加したエラドは、アイルランドに入植した。この時に「エラドウ」が生まれた。エラドウの名の由来はエラドである。エラドウは新参者だが、7万年前からアイルランドに住む「ダグザ(チュクチ)の父」を称した。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「エリドゥ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエラドは、メソポタミアに移住した。彼らは、メソポタミアの地にシュメール文明を支えた都市国家「エリドゥ」を建設した。エリドゥの名の由来はエラドである。エラド=エラドゥ=エリドゥとなる。

 


■BC5千年 「最高神オロドゥマレ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したエラドは、アムル人と共にニジェール流域に移住し、「最高神オロドゥマレ」を生んだ。オロドゥマレの名の由来はエラドとアムルの組み合わせである。エラド+アムル=エラドムル=オロドゥマレとなる。

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート時代」

 


■BC32世紀 「ウィルタ族誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加したヤレドは樺太に入植し、「ウィルタ族」を残している。ウィルタの名の由来はヤレドである。ヤレド=イヤレド=ウィルタとなる。

 


■BC32世紀 「アリュート族誕生」

 

「第2次北極海ルート」に参加したヤレドは、アリューシャン列島に入植し、現地人と混合して「アリュート族」を形成した。アリュートの名の由来はヤレドである。ヤレド=ヤリュード=アリュートとなる。

 


■BC32世紀 「アーリア人誕生」

 

アリュート族はシベリアに帰還して「アーリア人」を称した。アリュート=アーリュート=アーリアとなる。モンゴロイドの顔をしたアーリア人は、「第2次北極海ルート」の同僚であったプール族(スバル人)、マトゥラ族(ミツライム族)、マツヤ族(メトセラ族)の後を追ってインドにまで南下した。再会した彼らは連合体を結成した。

 


■BC32世紀 「魯(ルー)誕生」

 

一部アリュート族は古代中国に進出し、BC1042年に「魯(ルー)」を建国している。魯(ルー)の名の由来はアリュートである。アリュート=リュー=ルー(魯)となる。魯はBC256年まで続いたが、滅亡すると魯の一族はソマリアに移住した。

 


■BC12世紀 「アリナ族誕生」

 

インドに移住したアーリア人は「アリナ族」を称した。アーリア人の連合体には、他にもブリグ族(ペレグ)、ドルヒユ族(トロイア)、パルシュ族(ペルシア)、ダーサ族(デウス)、パニ族・アヌ族・バラーナ族(ヴァラナシ)が参加した。インド時代のアーリア人は、ベーシュタード王国・善神デーヴァの隣人として善き時代を謳歌した。

 


■BC1027年 「太陽の女神アリンナ誕生」

 

「十王戦争」の後、イランにやって来たアリナ族は、一部がタタと組んでタタール人を生み、一部は現地人と混合して「太陽の女神アリンナ」を誕生させた。その後、彼らはイランを発ってヒッタイト帝国の跡地に進出し、当地に「太陽の女神アリンナ」を祀った。

 


■BC11世紀 「エラ人誕生」

 

汚らしいタナトスに嫌気がさした科学の種族はヴィマーナで地球を飛び出し、宇宙に活路を見出した。ビリー・マイヤー著「地球外知的生命体 プレアデスとのコンタクト(徳間書店)」によると、宇宙人の自称はエラ人、プレヤール人である。「マハーバーラタ戦争」を機に、宇宙に進出したエラドが「エラ人」になったと考えられる。エラの名の由来はエラドである。エラド=エラとなる。

 


■BC209年 「ラハンウェイン族誕生」

 

BC249年に魯が滅び、BC230年に韓が滅び、BC209年に衛が滅びた。この3者は「秦」による統治を機に連合し、中国を脱出して遠くソマリアに落ち延びた。中国人の顔をした彼らはソマリア人と混合して「ラハンウェイン族」を形成した。ラハンウェインの名の由来は魯(ルー)、韓(ハン)、衛(ウェイ)の組み合わせである。ルー+ハン+ウェイ=ルハンウェイ=ラハンウェインとなる。

 


■AD93年 「アラン族誕生」

 

北匈奴が滅ぶと、アーリア人は匈奴を離脱してアラン族として中央アジアに進出を果たす。アランの名の由来はアーリアである。アーリア=アーリアン=アランとなる。アラン族は、フン族と共に東ゴート族を撃破したため、東ゴート族は安全なローマ領内に避難した。これを機に「ゲルマン人の大移動」が始まる。

 


■AD1896年 アントナン・アルトー生誕

 


■AD1953年 エラ人、ビリー・マイヤーに接触

 

ビリー・マイヤーは、著書で宇宙人の神話を紹介している。神話には、エラ人、プレヤール人の先祖「ヘーノク」が登場する。エラド、マハラエルの父はエノクであるが、エノクとヘーノクは似ている。これは偶然だろうか。更に、マイヤーは、ソモン、トゥーラスと呼ばれる宇宙人の都市が、過去、核兵器によって焦土と化した話を紹介している。ソモンは「ソドム」、トゥーラスは「マー・トゥーレスの戦い」のことだと考えられる。
一般的に、宇宙人に関するの話は、どうしても色眼鏡で見がちだ。だが、名前を検証して歴史を知る方法を用いた限り、ビリー・マイヤーの報告は非常に信頼できる。名前により、マイヤーの言葉が全て、真実であることを証明している。500光年離れたプレアデス星団から来たエラ人・プレヤール人は、実は科学の種族エラド・マハラエルである。つまり、地球人は既に500光年先の遠い宇宙の果てまで到達しているのだ。
超常現象マニアの間では、月(ピラミッド、基地)、火星(ピラミッド、人面遺跡など)に宇宙人の痕跡が残されていると信じられている。だが、500光年離れた場所に行く能力を持つ科学の種族なら月、火星に基地を構えることは難しいことではない。火星の巨大な人面遺跡は、タナトスが科学を発展させることを見越して造られたのかもしれない。つまり、脅しである。

 


■AD1907年 ミルチャ・エリアーデ生誕

 


■AD1954年 レジェップ・タイイップ・エルドアン生誕

 

エリダノスの血統からは、第12代トルコ大統領レジェップ・タイイップ・エルドアンが輩出されている。エルドアンの名の由来はヨルダンである。ヨルダン=ヨルドアン=エルドアンとなる。

 


■AD1961年 トム・アラヤ生誕 「スレイヤー誕生」

 

 

 

 

◆インドラ(マイアンドロス)の歴史

 


■30万年前 「マイアンドロス誕生」

 

マイアンドロスの名の由来はピュグマエイ、ウエネ、テレストーの組み合わせである。ピュグマエイ+ウェネ+テレストー=マエイェネテレス=マイアンドロスとなる。マイアンドロスはピュグマエイではなく、ウェネが主導したが、その後、彼らは河川の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「アンドロメダ誕生」

 

マイアンドロスはメーティスと組んで「アンドロメダ」を生んだ。アンドロメダの名の由来はマイアンドロスとメティスの組み合わせである。マイアンドロス+メティス=アンドロメティ=アンドロメダとなる。

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「アンダマン諸島発見」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したマイアンドロスは、スカマンドロスと共にアンダマン諸島に入植した。この時に、「アンダマン諸島」の名が生まれた。アンダマンの名の由来はマイアンドロスとスカマンドロスの組み合わせである。マイアンドロス+スカマンドロス=アンドマンド=アンダマンとなる。

 


■30万年前 「アンダルシア誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したマイアンドロスは、アンダマン諸島からイベリア半島に入植した。この時に「アンダルシア」が生まれた。アンダルシアの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=アンドロス=アンダルシアとなる。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「雷神インドラ誕生」

 

「第1次アルゴス号の大航海時代」に参加したマイアンドロスは、インドに移住した。この時に「インドラ」が生まれた。インドラの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=マイアンドラス=インドラとなる。

 


■BC3年 アレクサンドル生誕 「アレクサンドル大王誕生」

 

アルゲースは、マイアンドロスと連合して「アレクサンドル」を生んだ。アレクサンドルの名の由来はアルゲースとマイアンドロスの組み合わせである。アルゲース+マイアンドロス=アルゲースアンドロス=アレクサンドルとなる。人種母体はマケドニア人だが、アレクサンドル大王には獣人アルゲース、雷神インドラの血が流れていることがわかる。

 


■BC3世紀 「アーンドラ王国誕生」

 

アレクサンドル大王は、死んだことにしてインドに移住した。その後、マウリア朝マガダ王国がインドを統一すると、アレクサンドル大王の残党はガンジス流域からデカン高原に避難した。彼らはそこで「アーンドラ王国」を建設している。アーンドラの名の由来はマイアンドロスである。マイアンドロス=アンドロ=アーンドラとなる。

 


■AD230年 「アント族誕生」

 

アーンドラ朝が滅ぶと、マイアンドロスは中央アジアに移住して「アント人」を生んだ。アント人は、スクラブ人、ウェネト人と共にスラブ民族の母体を築いた。アントの名の由来はアーンドラである。

 


■AD230年 「安藤氏誕生」「遠藤氏誕生」

 

アーンドラ朝が滅ぶと、マイアンドロスは日本に移住して「「安藤氏」「遠藤氏」の名を生んだ。安藤、遠藤の名の由来はアーンドラである。アーンドラ=アーンドーラ=安藤(遠藤)となる。この系統からは「安藤組」の安藤昇が輩出されている。

 


■AD534年 「ヴァンダル人の大航海時代」

 


■AD534年 「安達氏誕生」「半田氏誕生」

 

「ヴァンダル人の大航海時代」に参加したアント人は、日本人と交わって「安達氏」「半田氏」を生んだ。半田の名の由来はヴァンダルである。また、ヴァンダル族は小田野三郎に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に生まれたのが「安達氏」の祖、安達盛長である。ヴァンダル=ハンダル=半田となり、ヴァンダル=アンダル=安達(あだち)となる。

 


■AD1926年 安藤昇生誕 「安藤組誕生」

 

 

 

◆ヤワン(オアンネス)の歴史

 


■30万年前 「オケアーニスの大移動時代」

 


■30万年前 「オアンネス誕生」

 

「オケアーニスの大移動時代」に参加したイアンテーは、ウェネスと組んで「オアンネス」を生んだ。オアンネスの名の由来はイアンテーとウェネスの組み合わせである。イアンテー+ウェネス=イアンネス=オアンネスとなる。オアンネスは、水生人として暮らした。

 


■30万年前 「ボアン誕生」

 

オアンネスは、当時、氷の下にあったアイルランドにまで生活圏を広げた。アイルランドでは、彼らは「ボアン」を称した。ボアンの名の由来はズルヴァーンである。ズルヴァーン=ヴアン=ボアンとなる。大地殻変動後は、アイルランドに「ボアン川」の拠点を得た。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「ホアンヤ族誕生」「トルビアワン族誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加して東南アジアに移住したオアンネスは台湾に入植した。この時に「ホアンヤ族」が生まれ、獣人ステロペースと共に「トルビアワン」を儲けている。ホアンヤの名の由来はオアンネスである。オアンネス=ホアンネス=ホアンエス=ホアンヤとなる。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「ヤワン誕生」

 

「大地殻変動」が起き、アイルランドを覆っていた氷が溶けると、オアンネスはアイルランドから泳いでメソポタミアに渡った。この時、海の中から現れたオアンネスは、メソポタミア人(シュメ-ル人)に「魚神」と呼ばれた。オアンネスは、メソポタミアの地に「ヤワン」を生んだ。ヤワンの名の由来はオアンネスである。オアンネス=ヤワンネス=ヤワンとなる。

 


■BC5千年 「イウヌ(ヘリオポリス)誕生」

 

バビロンの塔を機に、ヤワンは古代エジプトに移住した。この時に「イウヌ」を築いた。イウヌの名の由来はウェネである。ウェネ=ウエネ=イウヌとなる。イウヌは「聖地ヘリオポリス」の古名である。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「愛の神オインガス誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」に参加したオアンネスはクシュと組んで「愛の神オインガス」を祀った。オインガスの名の由来はオアンネスとクシュの組み合わせである。オアンネス+クシュ=オアンクス=オインガスとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC1179年 「イオニア人誕生」

 

アッシュール・ダン1世が、アッシリアの王座に就いて強い征服本能を発揮し始めると、これを嫌ったオアンネスはシュメールから逃亡し、黒海沿岸部に入植した。このとき、彼らは「イオニア人」を称した。イオニアの名の由来はオアンネスである。オアンネス=オアンニア=イオニアとなる。

 


■BC829年 「アメン神官団の大航海時代」

 


■BC829年 「越(ユエ)誕生」

 

「アメン神官団の大航海時代」に参加したヤワンは長江流域に移住した。現地人と混合した彼らは「越(ユエ)」を称して古代中国に覇を唱えるべく、春秋戦国時代に討って出た。越(ユエ)の名の由来はヤワンである。ヤワン=ユワン=ユエ(越)となる。

 


■BC753年 「アルメニア人の大航海時代」

 


■BC343年 「ポントス人の大航海時代」

 


■BC343年 「ポントス王国(前身)誕生」

 

「ポントス人の大航海時代」に参加したイオニア人は、黒海南岸に「ポントス王国」を築いた。ポントスの名の由来はポントスである。彼らは、ポントスの故地に「ポントス王国(前身)」を建設した。しかし、タナトスが侵入すると、すぐにインドに移住した。BC281年、マケドニアから独立したミトリダテス1世(タナトス)が、初代王に即位して「ポントス王国」を黒海南岸に打ち立てた。

 


■BC306年 「ジャワ誕生」

 

BC306年、越が滅びると、越人はジャワ島に移住した。彼らが訪問して初めて、彼の島は「ジャワ島」と呼ばれた。ジャワの名の由来はヤワン(JAWAN)である。JAWAN(ヤワン)=ジャワン=ジャワとなる。

 


■AD306年 「城氏誕生」

 

BC306年、越が滅びると、越人は日本を訪れた。東北地方に移住した彼らは「城氏」を生んだ。城(じょう)の名の由来はジャワである。ジャワをジョウと読み、「城」を当て字した。彼らの拠点は「越(えつ)」と呼ばれた。

 


■BC306年 「王氏誕生」

 

ジャワ人は、再度中国に進出し、「王氏(ワン)」を生んだ。ワンの名の由来はヤワンである。ヤワン=ワン(王)となる。

 


■AD114年 「ボン教誕生」

 

ローマ皇帝トラヤヌスのメソポタミア遠征を機に、ポントス人、パルティア人はシルクロードを使い、陸路でチベットを経てモンゴルに至っている。陸路組は、人類史上初めてチベットの地に足を踏み入れた可能性がある。ポントス人は「ボン教」を創始した。ボンの名の由来はポントスである。ポントス=ボントス=ボンとなる。

 


■AD114年 「宇文部誕生」

 

ポントス人、パルティア人はしばらくしてチベットからモンゴルに移り、現地人と混合して騎馬軍団「宇文部(ユーウェン)」「托跋部(ツォバ)」を結成した。ユーウェンの名の由来はイオニアであり、ツォバの名の由来はチベットと同じである。イオニア=イーウェンニア=ユーウェンとなる。

 


■AD270年 誉田別尊、第15代イェマック王に即位 「応神天皇誕生」

 

宇文部(ポントス人)、托跋部(パルティア人)は満州に赴き、70年間空位だったイェマックの王位を簒奪し、宇文部の首領「誉田別尊(ホンダワケ)」が応神天皇に即位した。誉田別(ほんだわけ)の名の由来はポントスとオケアーノスの組み合わせである。ポントス+オケアーノス=ホント+オケ=誉田(ほんだ)+別(わけ)となる。応神天皇の即位によって、木骨閭(モグル)がイェマックの王位を奪い返すべく、周氏、楼蘭と共に「柔然」の結成に参加した。

 


■AD307年 「楊氏誕生」

 

慕容部が鮮卑の実権を握ると、宇文部はモンゴルから中国に進出した。宇文部は中国人と混合して「楊氏(ヤン)」を形成した。ヤンの名の由来はイオニア、或いは宇文(ユーウェン)である。イオニア=イアンニア=ヤンニア=ヤン(楊)となる。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「キャッスル誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した城氏は、ブリテン島に上陸した。この時に「キャッスル」の名が生まれた。キャッスルの名の由来は城である。

 


■AD319年 「本多氏誕生」「本田氏誕生」

 

鮮卑の時代が終焉を迎えると、宇文部、一部托跋部、タタール人はモンゴルを発って日本に移住した。宇文部はポントスを由来に「本多」「本田」を称した。

 


■AD345年 「姚氏誕生」

 

道教、ペー族、張氏、ユワン族の連合は「前涼」をAD345年に開き、ペー族は「符氏(フー)」を称し、ユワン族は「姚氏(ヤオ)」を称してAD351年に「前秦」を開いた。涼(リャン)の名の由来はアグリオスである。姚氏は、AD384年に「後秦」を開き、一方、張氏と道教は連合して「蕭氏(キャオ)」を称し、宋(南朝)の王位を簒奪し、AD479年に「南斉」を、AD502年に「梁(リャン)」を、AD555年に「西梁」を開いている。梁(リャン)の名の由来はアグリオスである。587年に西梁が滅ぶと、一行は2手に分離して行動した。

 


■AD535年 宇文泰、西魏初代王に即位 「西魏誕生」

 

永い間、同盟者であった托跋部がヨーロッパに移住すると、宇文部は托跋部の北魏を継承して「西魏」を建設した。

 


■AD557年 宇文覺、北周初代王に即位 「北周誕生」

 

西魏が滅ぶと、宇文部は「北周」を建設した。北周では、AD574年に仏教を邪教として弾圧している。大宛のタナトスたちは、仏教を使って東アジアを征服しようとしていたわけだからこれは当然のことであった。北周は「隋」建国の下地を準備した。

 


■AD589年 楊堅、初代皇帝に即位 「隋誕生」

 

楊堅は、タナトスの一族タングートなどを討っているが、タナトスが指揮する仏教徒の一揆・暴動に翻弄されてしまった。短命に終わった隋は、覇王の座を唐氏、李氏に託している。

 


■AD878年 「カスティーリャ王国誕生」

 

「夷浮の乱」を起こしたものの、鎮圧された陸奥安倍氏は、東北地方を離れ、城氏を率いてインド洋を横断してジンバブエに上陸した。城氏は一部陸奥安倍氏と共に更にイベリア半島に移住した。この時、城氏は「カスティーリャ家」を生んだ。カスティーリャは「城」を意味するスペイン語である。

 


■AD1009年 「東アジア王族のリトアニア大移住」

 


■AD1009年 「エヴェン族誕生」

 

「東アジア王族のリトアニア大移住」に参加した隋の王族は、シベリアに移住して「エヴェン族」を生んだ。エヴェンの名の由来はヤワンである。ヤワン=ヤヴァン=エヴェンとなる。

 


■AD1072年 アルフォンソ6世、カスティーリャ王に即位

 


■AD1303年 「イヴァン誕生」

 

「東アジア王族のリトアニア大移住」に参加した隋の王族から生まれたエヴェン族は、ロシアに移住し、「イヴァン」の名をもたらした。イヴァンの名の由来はシベリアの部族「エヴェン」である。この系統からはイヴァン1世、イヴァン2世、ルーシを「タタールのくびき」から解放したイヴァン3世(イヴァン大帝)、イヴァン4世(イヴァン雷帝)、イヴァン5世、生後2ヶ月で即位したイヴァン6世が輩出されている。

 


■AD1325年 イヴァン1世、モスクワ大公に即位

 

エヴェン族の子孫、イワン1世はモスクワ大公とウラジミール大公の座を得た。オゴタイの家族であるイワン1世は、キプチャク汗国に忠誠を誓い、キプチャク・ハンの徴税人となり、モスクワを裕福にした。

 


■AD1369年 「伊勢氏(後北条氏)誕生」「伊豆誕生」

 

トラスタマラ家にカスティーリャ王位を簒奪されると、ブルゴーニュ家(カスティーリャ)はイベリア半島を後に、先祖の故地である日本を目指した。「伊豆」に上陸した彼らは、当地を「伊豆」と呼び「伊勢氏」を称した。伊豆、伊勢の名の由来はイスパニアである。イスパニア=イズパニア=伊豆となり、イスパニア=イセパニア=伊勢となる。

 


■AD1432年 伊勢盛時生誕 「北条早雲誕生」

 

AD1432年、伊勢氏からは伊勢盛時、後の「北条早雲」が誕生している。伊勢氏は、北条氏が祖(ジャワ人)を同じくすることを知っていたため、威光を借らぬと「北条」の名を拝借した。時は戦国時代、北条早雲は並居る武将を向こうにまわして重厚な存在感を示した。

 


■AD1455年 「キングの大航海時代」

 


■AD15世紀 「新マタラム王国誕生」

 

同じ時期に同じ伊勢氏の人々がジャワ島に帰還している。伊勢定興と伊勢弥二郎の2人である。両者は氏族を率いてジャワ島に帰還し、AD16世紀に「新マタラム王国」を築いている。

 


■AD1533年 イヴァン4世、初代ツァーリに即位 「イヴァン雷帝」

 

イヴァン4世は、アストラ・ハン国、カザン・ハン国をモスクワに組み入れたが、タナトスに残虐・苛烈という汚名を着せられたため、ロシア史上最大の暴君「イヴァン雷帝」と呼ばれた。AD1570年、イヴァン雷帝はノヴゴロド市がリトアニアに加勢しないよう、市の有力者とその家族を皆殺しにしている。「ノヴゴロド虐殺」である。
この時、市民は全て連行され、拷問によって裏切りの自白を引き出され、その後に男は殺害され、女・子供は足を縛られて湖に捨てられた。2月に入ると、1月2日に始まった大虐殺・略奪は市内から市外に移り、修道院が略奪の目標となった。当時のノヴゴロド市、人口3万人の内、延べ3000人が虐殺され、300人がモスクワに連行された。しかし、これらの所業は、タナトスの官僚によって行われただろう、また、エヴェン族の末裔であるイヴァン雷帝は、シベリア征服事業を実施している。

 


■AD1590年 「新マタラム王国誕生」

 

AD1590年、秀吉に切腹を命じられた北条氏直も、死んだと見せかけてジャワ島に馳せ参じ、伊勢氏と共に新マタラム王国の建設に参加している。新マタラム王国は、カスティーリャ王家、北条早雲の後裔として、インドネシアを守護するためにオランダ東インド会社と戦った。

 


■AD1591年 「楊応龍の乱」

 

「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組のパワー(呉)、テラー(譚)、ハンター(羅)、ウィロウ(楊)、ダンスタ-(田)は四川と貴州を結ぶ要点、播州に拠点を得ていた。AD1591年、田氏の娘が妾となり、楊応龍を操作し「楊応龍の乱」を発生させた。明の転覆が目的だったと考えられるが、田氏が指揮した「楊応龍の乱」は9年で鎮圧された。

 


■AD1673年 「三藩の乱」

 

「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組による「三藩の乱」が発生する。この蜂起にも「キングの大航海時代」に参加したイギリス帰還組の面々、王嘉胤、高迎祥、呉三桂、尚可喜が登場する。また、この蜂起には張献忠、李自成、耽仲明も参加しているが、この3人はアフリカ帰還組である。

 


■AD1696年 「エヴェンキ族誕生」

 

エヴェンキ族は、ロシア人との交流のために食生活にロシアの影響が濃いと言われている。小麦でパンを作り、紅茶を飲み、紅茶にミルクを加える。しかし、これは死んだと見せかけたエヴェン族の後裔イヴァン5世が、ロシアを脱出してツングースに帰還したことを意味する。彼は「エヴェンの人」を意味する「エヴェンキ」を称した。
病弱なイヴァン5世は姉ソフィアの傀儡であったが、AD1689年にソフィアがピヨートル支持派によって倒されると、イヴァン5世は名ばかりの統治者としてAD1696年で没した。しかし、実際にはイヴァン5世は死んだと見せかけて残党と共にロシアを脱出し、故地であるツングースに落ち延びた。ロシア帝国では、その後もエヴェン族のツアーリの座簒奪の陰謀は続いたが、生後2ヶ月でツアーリの座を戴いたイヴァン6世はクーデターにより廃位され、背後にいたエヴェン族も離散した。

 


■AD1906年 本田宗一郎生誕 「ホンダ自動車誕生」

 


■AD1914年 ウィリアム・キャッスル生誕

 


■AD1940年 王貞治生誕

 


■AD1947年 スティーヴン・キング生誕

 


■AD1947年 エドワード・ヤン生誕

 


■AD1955年 ジョン・キング生誕 「ギャング・オブ・フォー誕生」

 

 

 

 

 

 

 


オロクンの歴史

◆オロクンの歴史

 


■200万年前 「ビクトリア湖の大移動時代」

 


■200万年前 「オロクン誕生」

 

「ビクトリア湖の大移動時代」に参加したワルムベは、現ナイジェリアに「オロクン」「オロルン」を生んだ。オロクンは、ミャンマー少数民族の姿をしていた。日本で活躍しているボビー・オロゴンは、その名前からすると「原初の海オロクン」の末裔かもしれない(顔と身体はバントゥー族だが)。

 


■45万年前 「オロクンの大移動時代」

 


■45万年前 「アラカン族誕生」

 

「オロクンの大移動時代」に参加したオロクンは、アフリカを離れ、ミャンマーに入植した。この時、「アラカン族」が生まれた。アラカンの名の由来はオロクンである。オロクン=オラカン=アラカンとなる。

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■45万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

「盤古の大移動時代」に参加して中国に移り、更に「獣人の大狩猟時代」に参加してシベリアに移住したチュクウは、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、地球の王である獣人が、通常の人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「カウィア族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したアルキュオネウスは、人類初のアメリカ大陸上陸を果たし、現カリフォルニア近辺に居を構え、「カウィア族」を称した。カウィアの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルカウィア=カウィアとなる。

 


■40万年前 「獣人の大移動時代」

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「エレクトラ誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したオロクンは、アルキュオネウスから分離し、トレと組んで「エレクトラ」を生んだ。エレクトラの名の由来はオロクンとトレの組み合わせである。オロクン+トレ=オロクトレ=エレクトラとなる。エレクトラはその後、大洋の娘たちに参加した。

 


■30万年前 「ウリゲン誕生」「オロク族誕生」

 

ミャンマー人の姿をしたアロール族とアラカン族は、東南アジアを離れてシベリアを目指した。彼らの到来を機に、クウォスとチュクウの部族は、シベリアを明け渡してオーストラリアに移る。だが、アロール族とアラカン族は豊かな海産資源に目を奪われ、再び水生生活に入った。その際、シベリア・モンゴルの神である「ウリゲン」と「オロク族」が誕生した。ウリゲン、オロクの名の由来はオロクンである。オロクン=オリゲン=ウリゲンとなり、オロクン=オロクとなる。彼らは、シベリア人の祖となる。
彫りが浅く、目が細く、部品が小さいという特徴を持つ、シベリア人の容姿は、世界中の人々とは異なる印象を持っている、肌が白くとも黒くとも、更に、同じモンゴロイドに分類される東南アジア人、インディアンでさえ彫りが深い。つまり、東アジア人は異端であり、彫りが深い人々の方が人類の主流である。じつは、これがシベリアに達したホモサピエンスが再度、海に入って水生生活をしていた証拠である。低温の海水に対応するため、身体が変化したのだ。

 


■7万年前 「シベリア人の大移動時代」

 


■7万年前 「東アジア人(モンゴロイド)誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲン、エルリクは、シベリアを発って中国、朝鮮半島、日本列島に入植した。この時に、中国人、朝鮮人、日本人の姿が生まれた。十和田の縄文人がモンゴル、チベットに移った時、モンゴル人、チベット人が生まれた。つまり、モンゴル人、チベット人は縄文人の面影を残している。

 


■7万年前 「ケタガラン族誕生」「アリクン族誕生」

 

「シベリア人の大移動時代」に参加したウリゲンは、台湾に入植した。この時に「ケタガラン族」と「アリクン族」が誕生した。ケタガランの名の由来はエレクトラ、テングリ、カアングの組み合わせであり、アリクンの名の由来はオロクンである。エレクトラ+テングリ+カアング=ケトグリアン=ケタガランとなり、オロクン=オリクン=アリクンとなる。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「心誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。湖水地方に移住したアリクン族は、「心(キン)」を生んだ。心(キン)は「青龍(チンロン)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「参誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。アジスアベベ付近に移住したアリクン族は、「参(カン)」を生んだ。参(カン)は「白虎(ベイフー)」の建国に参加した。

 


■4万年前 「玄武誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したアリクン族は、台湾を離れてアフリカに入植した。ケニア付近に移住したアリクン族は、ゼウスと共に「玄武(シュアンウー)」を建設した。シュアンウーの名の由来はアリクンとゼウスの組み合わせである。アリクン+ゼウス=クンウ=クアンウー=シュアンウーとなる。シュアンウーになる前のクアンウーの名はケニアの語源でもある。

 


■3万年前 「モンゴロイドの大移動時代」

 


■3万年前 「ヨロク族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したウリゲンは、故地を離れて新天地を求めてアメリカに向かった。水生人として暮らしていたシベリア人は、泳いでベーリング海峡を渡り、徒歩で南アメリカ先端にまで到達した。ウリゲンは、カリフォルニアに入植し「ヨロク族」を残している。ヨロクの名の由来はオロクンである。オロクン=ヨロクン=ヨロクとなる。

 


■3万年前 「アルア族誕生」

 

「モンゴロイドの大移動時代」に参加したカリフォルニアを発ったウリゲンは、当時、文明の最先端を行っていたペルーに立ち寄り、モホス平原に移住した。この時、ウリゲンはアマゾンにアルア族を残した。アルアの名の由来はオロクンである。オロクン=オルアクン=アルアとなる。。アマゾン原住民の姿、生活は、古(いにしえ)のウリゲンの姿、生活を髣髴とさせるものだろう。

 


■1万3千年前 「テングリの大航海時代」

 


■1万千5百年前 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千年 「エレキシュガル誕生」

 

「テングリの大航海時代」に参加して長江水域に入植し、モンゴルに移住して「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアリクン族は、メソポタミアでメーティス、オーキュロエーと組んで「エレキシュガル」を生んだ。エレキシュガルの名の由来はエレクトラ、メーティス、オーキュロエーの組み合わせである。エレクトラ+メーティス+オーキュロエー=エレクスキュロ=エレキシュガルとなる。

 


■BC19世紀 「海の民の大航海時代」

 


■BC19世紀 「ヨーク誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、単独でブリテン島に入植し、拠点「ヨーク」を入手した。ヨークの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨオク=ヨークとなる。

 


■BC19世紀 「ルカ人誕生」

 

「海の民の大航海時代」に参加したヨロク族は、ブリテン島の次に、トゥルシア人と共にイランに入植し、「ルカ人」として海の民に参加した。ルカの名の由来はヨロクである。ヨロク=ヨルカ=ルカとなる。

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「アウラック国誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したルカ人は、北ベトナムに拠点を移して「アウラック国」を建設した。アウラックの名の由来はオロクンである。オロクン=オウロックン=アウラックとなる。

 


■BC4世紀 「ヒッタイト人の大航海時代」

 


■BC4世紀 「ククルカン誕生」

 

「ヒッタイト人の大航海時代」に参加したオロク族は、メキシコに移住した。日本人の顔をした加賀氏はオロク族と連合して「ククルカン」を祀った。ククルカンの名の由来は、加賀とウリゲンの組み合わせである。加賀+ウリゲン=カガリゲン=ククルカンとなる。

 


■BC3世紀 「オロク族継承」

 

その後、アウラック国がBC3世紀頃に滅ぶと、ルカ人は先祖の故地シベリアを目指し、樺太に入植してマヤに移住した「オロク族」の名を継承した。

 


■BC139年 「ケツァルコアトルの大航海時代」

 


■BC1世紀 「高句麗誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したククルカンは、ケツァルコアトルと共に満州から朝鮮半島に赴いた。ククルカンは、ゼウスの末裔である朱蒙(朱氏)と組んで「高句麗(ゴグリョ)」を建てた。ゴグリョ(高句麗)の名の由来はククルカンである。ククルカン=ゴグリョカン=ゴグリョとなる。古代朝鮮の王国、高句麗と百済はユカタン半島から来たのだ。

 


■AD668年 「高句麗の大移動時代」

 


■AD668年 「ブルガリア誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、西方に移住して「ブルガリア人」を結成する。ブルガリアの名の由来はペレグとゴグリョの組み合わせである。ペレグ+ゴグリョ=ペレグリオ=ブルガリアとなる。

 


■AD668年 「大蔵氏誕生」「大倉氏誕生」「小倉氏誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加しなかったククルカンは朝鮮半島から日本に渡った。ククルカンは、日本人と混合して「大蔵氏」の祖、大蔵広隅を誕生させた。大蔵の名の由来はゴグリョである。ゴグリョ=オグリョ=オーグリョ=大蔵となる。その後、大蔵氏から「大倉氏」「小倉氏」が派生したと考えられる。

 


■AD791年 「ゴプラン家誕生」

 

「高句麗の大移動時代」に参加したククルカンは、ブルガリア人を生み、アヴァール人(楼蘭)と連合した。彼らは、シャルルマーニュ大帝の進撃を機にシロンスク地方に移住した。楼蘭とククルカンは、2つの連合体を築いた。ククルカンは一部楼蘭と連合して「ゴプラン家」を築いた。ゴプランの名の由来は朝鮮語「高(ゴ)」とアヴァール(楼蘭)の組み合わせである。ゴグリョ+アヴァール=ゴヴァール=ゴヴァラン=ゴプランとなる。

 


■AD791年 「ポーランド王国誕生」

 

ポピエル家はバルト海に移住すると、現地を「ポーランド」と命名した。ポーランドの名の由来はゴプランの土地である。ゴプラン+ランド=ゴプランド=ポーランドとなる。その後、伝説的な君主ピャストが誕生すると、ゴプラン家はモンゴルに帰還している。

 


■AD916年 「高麗誕生」

 

オロク族が主導するゴプラン家は高句麗時代の拠点、朝鮮半島に帰還して「高麗(ゴリョ)」を建てた。高麗(ゴリョ)の名の由来は高句麗(ゴグリョ)である。ゴグリョ=グリョ=ゴリョ(高麗)となる。

 


■AD1048年 「ゴール朝誕生」

 

シロンスク時代に同盟者であった遼が高麗を服属させると、不満を持った一部高麗王家が朝鮮半島を脱してインドに移住した。朝鮮人の顔をした彼らは、現地人と混合し、高麗(ゴリョ)を由来に「ゴール朝」を開いた。ゴール朝は、バングラデシュからインド北部、パンジャブ、アフガンに至る広大な地域を支配下に置いた。

 


■AD1215年 インドから朝鮮半島に帰還

 

AD1108年、ゴール朝はセルジューク・トルコ帝国に服属し、AD1215年にはホラズム・シャー朝によってゴール朝の王位を廃されている。これを機に、インド人の顔をしたゴール王家は高麗に帰還した。

 


■AD1356年 「アヴァ王朝誕生」

 

紅巾軍の猛威、李成桂の登場を機に、高麗の王家は再度、朝鮮半島を脱出してミャンマーに逃れた。AD1364年、タドミンピャが初代王に即位して「アヴァ王朝」が開かれた。アヴァの名の由来はアヴァールである。彼らの祖、柔然(ローラン)が「アヴァール帝国」を簒奪して、ヨーロッパに君臨していた頃の威光に預かろうとしたのだ。

 


■AD1555年 「アヴァ王朝誕生」

 

AD1555年、タウングー朝の侵攻により、アヴァ王朝は滅亡する。これを機に、ミャンマー人の顔をしたアヴァ王家は、李氏朝鮮治世下の朝鮮半島に帰還したと考えられる。

 


■AD1973年 ボビー・オロゴン生誕

 

 

 

 

 


オロクンの歴史(アルキュオネウス)

◆アルキュオネウスの歴史

 


■45万年前 「盤古の大移動時代」

 


■45万年前 「アルキュオネウス誕生」

 

「盤古の大移動時代」に参加したオロクンは、クウォスと組んで「アルキュオネウス」を生んだ。アルキュオネウスの名の由来はオロクンとクウォスの組み合わせである。オロクン+クウォス=オロクノウォス=アルキュオネウスとなる。

 


■45万年前 「第1次獣人の大狩猟時代」

 


■50万年前 シベリアでマンモス狩りを行う

 

イェティ、オラン・ダラムのように4m近い巨体を持っていたチュクウの部族は、シベリアでマンモスなどの巨大哺乳類を狩っていたと考えられる。根深誠著「イェティ(山と渓谷社刊)」には、イェティに遭遇した目撃者の報告が紹介されている。「イェティはヤクの二本の角を掴んで引き裂くようにしてへし折り、それから腹部をえぐって殺した。イェティは仔ヤクを岩に叩きつけてから、ヤクの腹部に顔を埋めて生き血を飲み始めた」。丸で漫画のようだが、イェティはヤクのような大きな哺乳類を、ハエでも殺すように容易に殺している。彼ら、獣人が人類の想像を超えた身体能力を誇っていることがわかる。

 


■45万年前 「第2次獣人の大狩猟時代」

 


■40万年前 「カウイア族誕生」

 

「獣人の大狩猟時代」に参加したアルキュオネウスは、現カルフォルニアに居を構え、「カウイア族」を生んだ。カウイアの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルカウイアネウス=カウイアとなる。

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■35万年前 「ガイア誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、モンゴルに「ガイア」を生んだ。ガイアの名の由来はカウイア、或いはアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キユオ=カイア=ガイアとなる。ガイアは、地母神として「神統記」に記された。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■30万年前 「アルゲース誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「アルゲース」を生んだ。アルゲースの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオス=アルゲースとなる。その後、アルゲースはキュクロプスに参加した。

 


■30万年前 「天空神ウラヌス誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、オーストラリアに「ウラヌス」を生んだ。ウラヌスの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルネウス=ウラヌスとなる。

 


■30万年前 「タオカス族誕生」

 

「カオスの大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、台湾に上陸してティケーと連合した。この時に「タオカス族」が生まれた。タオカスの名の由来はティケーとアルゲースの組み合わせである。ティケー+アルゲース=テイゲス=タオカスとなる。

 


■7万年前 「ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したアルゲースは、エジプトの地に「カイン」を生んだ。カインの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネ=カインとなる。カインは、聖書にアダムの子、アベル、セツの兄弟として記されている。

 


■7万年前 「カイナン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したアルゲースは、エジプトの地に「カイナン」を生んだ。カイナンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネン=カイナンとなる。カイナンは、聖書にエノスの子として記されている。

 


■4万年前 「ギガントマキア」

 


■4万年前 「国之常立神誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。彼らは、ティケー、テテュスと組んで「クニノトコタチ」を生んだ。クニノトコタチの名の由来はアルキュオネウス、ティケー、テテュスの組み合わせである。アルキュオネウス+ティケー+テテュス=キュオネテイケテテ=クニノトコタチとなる。

 


■4万年前 「天児屋命誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。彼らは、イマナと混合して「アメノコヤネ」を生んだ。アメノコヤネの名の由来はイマナとアルキュオネウスの組み合わせである。イマナ+アルキュオネウス=イマナキュオネ=アメノコヤネとなる。

 


■4万年前 「金山毘古神誕生」「金山毘売神誕生」「思金神誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。アルキュオネウスは、ニャメと混合して「金山毘古神」「金山毘売神」「思金神」を生んだ。カナヤマ、オモイカネの名の由来はアルキュオネウスとニャメの組み合わせである。アルキュオネウス+ニャメ=キュオネヤメ=カナヤマとなり、ニャメ+アルキュオネウス=ヤメキュオネ=オモイカネとなる。

 


■4万年前 「トバルカイン誕生」

 

「ギガントマキア」で敗北したアルキュオネウスは、台湾に帰還した。アルキュオネウスは、テュポンと組んで「トバルカイン」を生んだ。トbルカインの名の由来はテュポントアルキュオネウスの組み合わせである。テュポン+アルキュオネウス=テュポアルキュオネ=タパルキュオン=トバルカインとなる。

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」

 


■3万年前 「パタゴン人誕生」

 

「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」に参加したアルキュオネウスは、ポリュポーテースと共にペルーに移住し、そこからパタゴニアに移住した。この時に「パタゴン人」が生まれた。彼らは身長が4m近くある巨人の種族として白人の大航海時代の際に報告されたが、実際にはポリュポーテースとアルキュオネウスの子孫だった。ポリュポーテース+アルキュオネウス=ポーテキュオネ=ポテキオン=パタゴンとなる。

 


■1万3千年前 「台湾人の大航海時代」

 


■1万3千年前 「クンユ誕生」「キアンユン誕生」

 

「台湾人の大航海時代」に参加したアルキュオネウスは、「神武天皇の大航海時代」の参加メンバーと共に、モンゴルに「クンユ」「キアンユン」と呼ばれた国を築いた。クンユ、キアンユンの名の由来はいずれもアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネウ=クンユ、アルキュオネウス=キュオネウ=キアンユンとなる。北方からは、凍りついた故地を逃れたホモサピエンスの部族が「犬戎」「山戎」を築いていた。
アルキュオネウスと連合したティアマトたちは、後に、天孫族が築くイェマックの王統とは異なる天皇家の王統を築いた。神武天皇から始まり、垂仁天皇に終わる系譜は「クンユ」「キャンユン」時代に生きた天皇家の系譜である。彼らの御名は、みな獣人、オケアーニス、河の種族、ティアマトに纏わる名前で構成されている。御名によれば、孝霊天皇、孝元天皇、開化天皇、垂仁天皇は河の種族の血筋に属している。

 


■1万千5百年 「垂仁天皇の大移動時代」

 


■BC7千2百年 「ギルガメシュ誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアルゲースは、メソポタミアに移住した。アルゲース(タオカス族)は、マサイ族と連合し、「ギルガメシュ」を生んだ。ギルガメシュの名の由来はアルゲースとマサイの組み合わせである。アルゲース+マサイ=アルゲマサイ=アルゲマシャ=ギルガメシュとなる。

 


■BC7千2百年 「ウルク誕生」

 

「垂仁天皇の大移動時代」に参加したアルゲースは、シュメール都市国家「ウルク」を築いた。ウルクの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュ=ウルクとなる。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したアルゲースは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオネ=キュオネン=カナンとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ」

 


■BC32世紀 「ガネーシャ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」を機に、インドに移ったアルゲースは、象の頭部を持った神「ガネーシャ」を生んだ。ガネーシャの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キュオネウシャ=ガネーシャとなる。

 


■BC1027年 アルジュナ生誕

 

ガネーシャは、マハーバーラタ戦争の英雄「アルジュナ」を生んだ。アルジュナの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アルキュオネ=アルギュオネ=アルジュナとなる。

 


■BC1027年 「マハーバーラタ戦争」

 


■BC336年 アレクサンドロス、マケドニア王に即位 「アレクサンドロス大王誕生」

 

アルジュナの子孫はパンジャブからヨーロッパに移住し、マケドニア王家に接近してアレクサンドロス大王を生んでいる。アレクサンドロスの名の由来はアルゲースとマイマンドロスの組み合わせである。アルゲース+マイアンドロス=アルゲースアンドロス=アレクサンドロスとなる。

 


■BC45年 カエサル、インペラトルの称号を得る

 

ローマ共和国がマケドニア王国と戦火を散らした際、アレクサンドロスの子孫がローマに移住した。彼らは、ユリウス家に接近して自身の血統を打ち立てた。この時に「カエサル」が生まれた。カエサルの名の由来はアルゲースとエウリュトスの組み合わせである。アルゲース+エウリュトス=ゲースエウリュ=カエサルとなる。

 


■BC27年 アウグストゥス、初代ローマ皇帝に即位 「ローマ帝国誕生」

 

カエサルを生んだアルゲースとエウリュトスは、そのままローマに「アウグストゥス」を生んだ。アウグストゥスの名の由来はカエサルと同じく、アルゲーストエウリュトスの組み合わせである。アルゲース+エウリュトス=アルゲーストス=アウゲストス=アウグストゥスとなる。アウグストゥスとカエサルは親戚として知られているが、両者は、獣人アルゲースと獣人エウリュトスの血統だったのだ。

 


■AD1804年 ナポレオン1世、帝政フランス初代皇帝に即位 「フランス帝国誕生」

 

アウグストゥスの子孫はヨーロッパに潜伏していたが、AD18世紀になり、コルシカ島を治めていたポナパルト家に接近し、自身の血統を打ち立てた。この時に「ナポレオン」が生まれた。ナポレオンの名の由来はアルゲースの祖先アルキュオネウスと獣人ポルピュリオーンの組み合わせである。アルキュオネウス+ポルピュリオーン=ネウピュリオーン=ナポレオンとなる。
ナポレオン・ポナパルトは英雄時代に於ける最後の英雄であった。ただ、彼はフランス・クリュニー会が悪の元凶であることを見抜けなかった。ナポレオンはロベスピエールらが追放したクリュニー会をわざわざ呼び戻し、権限を復活させてやっている。そのため、フランス・クリュニー会は、当然のように恩を仇で返し、ドミニコ会、聖公会と共謀して皇帝ナポレオンを失墜させた。

 


■AD1852年 ナポレオン3世、第2帝政フランス初代皇帝に即位 「第2フランス帝国誕生」

 

ナポレオン3世はフランス・クリュニー会の術中にはまり、ベトナム侵略を実行している。しかし、ドミニコ会が指揮する第3共和制が実験を握ると、ナポレオン3世は失脚し、フランス・クリュニー会はバイエルンに移住した。フランス・クリュニー会は、バイエルン・クリュニー会として「ナチス帝国」の基盤を形成する。

 

 

 

◆元(アルキュオネウス)の歴史

 


■35万年前 「獣人の大移動時代」

 


■35万年前 「ガイア誕生」

 

「獣人の大移動時代」に参加したアルキュオネウスは、モンゴルに「ガイア」を生んだ。ガイアの名の由来はカウイア、或いはアルキュオネウスである。アルキュオネウス=キユオ=カイア=ガイアとなる。ガイアは、地母神として「神統記」に記された。

 


■30万年前 「カオスの大移動時代」

 


■20万年前 タナトスを皆殺しに

 

知能によって自然淘汰を免れたできそこないの王タナトスは、虹蛇信仰に対抗してタネ崇拝を創り上げ、大量のできそこないを信者として獲得し、ウソを真実に作り変えた。タナトスの信者たちは悪を正義と呼び、正義を悪と呼んで攻撃した、自然界では出来損ないの方が多く生まれることに気づいたタナトスは、数で圧倒する形で少数派の知性を貶めた。彼らは真の王を退け、人類の美徳をゆがめた。これに激怒した正しき者たちはタナトスを皆殺しにし、残党はヨーロッパに流すことを決定した。

 


■20万年前 「ガイアの大移動時代」

 


■20万年前 「アカイア人誕生」

 

「ガイアの大移動時代」に参加したガイアは、中央アジアにタナトスを連行し、島流しに処した。その後、エーゲ海を訪れたガイアは、金髪・碧眼の白人であるエーゲ人と混合した。この時に「アカイア人」が生まれた。アカイアの名の由来はキブウカとガイアの組み合わせである。キブウカ+ガイア=ウカイア=アカイアとなる。

 


■20万年前 「聖地デルポイ」

 

金髪・碧眼・白人の姿をしたオケアーニスに属するテレストーとペイトーが共同でデルポイを築いた。国家と言っても村落の集合体に過ぎなかった。ガイアが地母神として聖地デルポイに祀られ、オケアーニスに属するペイトーが「守護蛇ピュトン」としてデルポイを守護した。

 


■7万年前 「第1次ウラヌスの大移動時代」

 


■7万年前 「海洋神オケアーノス誕生」

 

「ウラヌスの大移動時代」に参加したウラヌスは、アカイア人と連合体を組んだ。この時に「海洋神オケアーノス」が生まれた。オケアーノスの名の由来はアカイアとウラヌスの組み合わせである。アカイア+ウラヌス=アカイアヌス=アカイアーヌス=オケアーノスとなる。その後、オケアーノスはティタン神俗に参加している。

 


■7万年前 「第1次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したオケアーノスは、エジプトの地に「カイン」を生んだ。カインの名の由来はオケアーノスである。オケアーノス=ケアノ=ケアン=カインとなる。カインは、聖書にアダムの子、アベル、セツの兄弟として記されている。

 


■4万年前 「フッキとヌアの大航海時代」

 


■4万年前 「奎誕生」「西方白虎誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したガイアは、現キンシャサに入植し「奎(グイ)」を生み、同盟者と共に「西方白虎(ベイフー)」を建設した。グイの名の由来はガイアである。ガイア=グイア=グイとなる。

 


■4万年前 「鬼誕生」「南方朱雀誕生」

 

「フッキとヌアの大航海時代」に参加したガイアは、現スワジに入植し「鬼(グイ)」を生み、同盟者と共に「南方朱雀(ツークエ)」を建設した。グイの名の由来はガイアである。ガイア=グイア=グイとなる。

 


■4万年前 カイン、アベルを殺す

 

聖書にはカインがアベルを殺す記述があるが、これは実際には、クロノス打倒を拒否したカイン(アルキュオネウス)がアベル(エピアルテース)と交戦したものである。これにより、カインは「ノドの地(メラネシア~オセアニア海域)」に流されている。

 


■4万年前 「アベルの大航海時代」

 


■4万年前 「カイン族誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したアベルは、オリンポス神族に参加しなかったカインを責め、過去の交戦を持ち出し、責めた。その後、アベルは非を認めたカインを連れてノドの地(メラネシア~オセアニア海域)を目指した。「ノドの地」とは、タナトスの勢力圏を意味する。現ミャンマーに放置されたカインは、そのまま「カイン族」となる。

 


■4万年前 「エンリル(前身)誕生」

 

「アベルの大航海時代」に参加したアベルは、シベリアまで行ったが、ミャンマーに戻り、カイン族を拾って、再度、エジプトに帰還した。アベルは、エノス、カイナン、ヤレド、エノク、メトセラにギリシア侵攻の重要性を説き、クロノス打倒の協力を得ようと動いた。この時に、カイン族はマハラレルと連合して「エンリル」を生んでいる。エンリルの名の由来はカインとマハラエルの組み合わせである。カイン+マハラレル=インレル=エンリルとなる。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代」

 


■BC7千2百年 「エンリル誕生」

 

「ヘリオポリスの大移動時代」に参加したエンリルは、メソポタmニアに移住し、そのまま神々の集団アヌンナキに参加した。

 


■BC7千2百年 「神々の集団アヌンナキ誕生」

 


■BC7世紀 「フェニキア人の大航海時代」

 


■BC7世紀 「ガイン族誕生」

 

「フェニキア人の大航海時代」に参加したエンリルは、パプアニューギニアに移住した。この時に「ガイン族」が生まれた。ガインの名の由来はカインである。

 


■BC248年 「出雲国の大航海時代」

 


■BC248年 「甲斐氏誕生」

 

「出雲国の大航海時代」に参加したカイン族は、一行と共にインドに行き、そこから引き返して日本に移住した。カイン族は、「甲斐氏」を称した。甲斐の名の由来はカインである。

 


■BC248年 「カイ誕生」

 

「出雲国の大航海時代」に参加した甲斐氏は、安曇氏と共にモンゴルに到達した。安曇氏、甲斐氏の両者は、後に登場する「オグズ24氏族」に参加することになる。その時、甲斐氏は「カイ」を称した。カイの名の由来は甲斐である。

 


■BC139年 「ケツァルコアトルの大航海時代」

 


■BC139年 「阮氏誕生」

 

「ケツァルコアトルの大航海時代」に参加したガイン族は、パプアからベトナムに移住した。この時に「阮氏(グエン)」が生まれた。グエンの名の由来はガインである。ガイン=ガエン=グエンとなる。この後、阮氏(グエン)は中国に移って元氏(ユェン)となる。

 


■AD471年 「鮮卑の大航海時代」

 


■AD471年 「カイト誕生」

 

「鮮卑の大航海時代」に参加したカイは、托跋部、慕容部、乞伏部、段部、宇文部と共にブリテン島に移住した。カイは、更に歩を東に進めてスコットランドにまで足を伸ばした。甲斐氏はピクト人の共同体に参加し、「カイト」を称した。カイトの名の由来は「甲斐の人」である。

 


■AD471年 慕容部、ピクトランドに入植

 

「鮮卑の大航海時代」に参加した慕容部は、ピクトランドに入植した。彼らは、そこで「鮮卑の大航海時代」の同盟者であるカイトと連合を組んだ。

 


■AD662年 「元氏誕生」

 

唐による範図拡大と共に北ベトナムが支配下に置かれると、阮氏はベトナムから中国に移住した。彼らは「元氏(ユェン)」を称した。元の名の由来は阮である。ただ、読みがグエンからユェンに変わった。

 


■AD814年 円珍生誕 「寺門派誕生」「山王信仰誕生」「日吉大社誕生」「猿神誕生」

 

AD814年に誕生した円珍は、元氏の子孫である。円(ユェン)の名の由来は元(ユェン)である。中国で仏教を学んだ円珍、円仁は日本に移住して天台宗を簒奪した。円珍は「寺門派」を築くが、一方で「山王信仰」を興し、「猿神」を祀り「日吉大社」を創建した。円珍は、オリジナリティに拘り、由来をインドに求めた。円珍は、ヤマ神に因んで「山王信仰」を、猿王ヴァーリンに因んで「猿神」を日吉神社に祀った。
日吉(ひよし)の名の由来はヴァイシュラーヴァナである。また日吉は「日枝(ひえ)」と呼ばれることもあるが、「ひえ」の名の由来もヴァイシュラーヴァナである。ヴァイシュラーヴァナ=ヴァイシュ=日吉(ひよし)となり、ヴァイシュラーヴァナ=ヴァイ=日吉(ひえい)となる。

 


■AD1115年 中国からモンゴルに移住

 

金朝が宋を圧倒し、中国北部を支配下に置くと、元氏は中国からモンゴルに移住した。

 


■AD1195年 「マリーン王朝誕生」

 

ヴァイキング時代、慕容部は、カイトと共にピクトランドを発ち、モロッコに入植した。彼らは、「マリーン朝」を開いた。マリーンの名の由来は、慕容部(ムーロン)である。ムーロン=マーロン=マーリンとなる。AD1463年、ポルトガル王国がカサブランカを占領すると、7年後にマリーン朝は滅んだ。

 


■AD1215年 フビライ生誕

 

元氏はトルイ夫人ソルコクタニ・ベキに接近して自身の血統を打ち立てた。この時に、フビライが誕生した。フビライの名の由来はヘブライである。ソルコクタニ・ベキは、ネストリウス派の信者だったため、ヘブライ人の名と彼らが誰かという知識を持っていたと考えられる。後に、モンケ、アリクブケなどフビライの兄弟がフビライに対して蜂起するが、これは彼らが真の兄弟ではないこと、異父兄弟であることを示している。

 


■AD1235年 スンジャータ・ケイタ、初代帝王に即位 「マリ帝国誕生」

 

AD1224年、アルモハード帝国が崩壊し、タナトス一族によるグラナダ王国が建つと、マリーン朝の残党は南下し、ガーナ王国に移住した。その後、スンジャータ・ケイタが帝王に即位し、「マリ帝国」が建てられた。マリの名の由来はマリーンであり、ケイタの名の由来はカイトである。カイト=ケイト=ケイタとなる。

 


■AD1271年 「大元帝国誕生」

 

フビライは国号を「大元」に定めた。大元の名の由来は「偉大な元氏」を意味している。フビライはカラコルムを首都に、東は中国、南は雲南、北はロシア、西はイラン、ハンガリーまでを支配下に治めた。フビライは、元氏の故地中国を治め、阮氏の故地を治めるべくベトナムに侵攻し、ガイン族の故地ニューギニアを治めようとマジャパヒト王国に侵攻し、カイン族の故地を治めようとミャンマーにも侵攻した。

 


■AD1368年 「北元誕生」

 

朱元璋が明皇帝を称して中国全土を掌握すると、これを機に、フビライの一族は大都を離れてカラコルムに撤退した。彼らはここに「北元」を築いた。

 


■AD1391年 「阮氏復活」

 

AD1391年、フビライの一族は、ハルハ部に北元の王位を簒奪されてしまう。これを機に、元氏はモンゴルからベトナムに帰還して阮氏を復活させている。

 


■AD1548年 「大本氏誕生」

 

日本を脱出した伊達稙宗(タイスン・ハーン)の一族は、北元でフビライの血統を退けて北元の王位を簒奪したが、同じようにベトナムに移住して阮氏の名を簒奪した。これを機に、正統な阮氏は日本へと旅立った。阮氏は、瀬戸内海に立ち寄って「大本」の名を生んだ。大本の名の由来は大元である。大元(ダーユェン)=大元(おおもと)=大本となる。筆者の母方は大本姓だが、母方の家族は、みな、モンゴル人のような顔をしている。

 


■AD1571年 「コーエン誕生」

 

織田信長による延暦寺焼き討ちが起きると、円珍の残党は瀬戸内海に逃げ、大本氏と共に戦国時代の日本を脱出した。太平洋を横断し、マヤを経た彼らはアイルランドに移住した。大本氏はアイルランドに「コーエン」の名を生んだ。コーエンの名の由来は阮(グエン)である。グエン=グーエン=コーエンとなる。一方、円珍の残党(山王信仰、日吉神社)は、イギリス人と交わった。この時に、後に「KKK」を結成する人々が生まれた。

 


■AD1865年 「K・K・K(クー・クラックス・クラン)誕生」

 

時は、血の法典時代の大英帝国である。円珍の残党は、あまりの過酷さにイギリスを逃げ出し、19世紀のアメリカに移民した。山王神道・日吉神社の末裔は、1865年に悪名高い秘密結社をアメリカに結成した。それが「クー・クラックス・クラン」である。当初、彼らはクーベラ、ラクシャサ、ランカーを組み合わせた名前を考え出した。略式名称はK・L・Lである。
しかし、K・L・Lではしまらないので、響きが良い「K・K・K」の略式名称を確定した上で、ラクシャサ、ランカーの頭にKを加えた。Kラクシャサ、Kランカーとなる。次に、クーベラ、クラクシャサ、クランカーを省略してクー(ベラ)・クラックス(ャサ)・クラン(カー)とした。しっかりと自身の出自、先祖が誰であるかをアピールしつつ、その上、謎めいているK・K・K(クー・クラックス・クラン)の名は響きもよく、秘密結社には最高の名前だ。つまり、K・K・Kの正体は、比叡山で「山王信仰」を説き、「日吉神社」を築いた円珍の末裔である。
K・K・Kは、黒人のリンチなどで悪名を轟かせたが、実際にリンチの指揮したのはタナトスのキリスト教である。K・K・Kの団員にはキリスト教信者が大勢いたが、彼らはK・K・Kに席を置きながらタナトスの指示を受けた。凄惨な黒人のリンチ殺人は、K・K・Kに汚名を着せることが目的であった。つまり、タナトスはK・K・Kの勢力を非常に恐れていたのだ。

 


■AD1934年 レナード・コーエン生誕

 


■AD1938年 ラリー・コーエン生誕

 


■AD1942年 ロバート・クイン生誕 「リチャード・ヘル&ヴォイドイズ誕生」

 


■AD1946年 レニー・ケイ生誕 「パティ・スミス・グループ誕生」

 


■AD1947年 スティーブン&ティモシー・クエイ生誕 「ブラザーズ・クエイ誕生」

 


■AD1953年 甲斐よしひろ生誕 「甲斐バンド誕生」

 


■AD1954年 ジョエル・コーエン生誕

 

 

 

◆カイナン(アルキュオネウス)の歴史

 


■7万年前 「第2次アルゴス号の大航海時代」

 


■7万年前 「カイナン誕生」

 

「アルゴス号の大航海時代」に参加したオケアーノスは、エジプトの地に「カイナン」を生んだ。カイナンの名の由来はオケアーノスである。オケアーノス=ケアーノ=ケアノン=カイナンとなる。カイナンは、聖書にエノスの子として記されている。

 


■7万年前 「原初の神ヌン誕生」

 

カイナンは「原初の神ヌン」をエジプト祀っている。ヌンの名の由来はカイナンである。カイナン=カイヌン=ヌンとなる。エジプト原初の神は、実際にはアドメテーが生んだ「太陽神アトゥム」であるが、カイナンはアドメテーの影響力を削ぐため、原初の神を名乗った。つまり、原初の神は、実際には新参者であることが多い。

 


■1万3千年前 「ヘリオポリスの大移動時代」

 


■1万3千年前 「金星の女神イナンナ誕生」

 

「ヘリオポリスの大移動時代」に参加したカイナンは、メソポタミアの地に金星の女神「イナンナ」を祀った。イナンナの名の由来はカイナンである。カイナン=カイナンナ=イナンナとなる。イシンの守護神「イナンナ」は、後に河川の種族イストロスがシュメールに導入した「イシュタル」と習合した。

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したカイナンは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はカイナンである。カイナン=カエナン=カナンとなる。

 


■BC32世紀 「ソドムとゴモラ」

 


■BC32世紀 「第2次北極海ルート時代」

 


■BC32世紀 「海南島誕生」

 

「第2次北極海ルート時代」に参加したカイナンは、北極海絵お抜けると、東アジアを南下し、「海南島」に上陸した。この時、この島は、初めて「海南島(ハイナン)」と命名された。ハイナンの名の由来はカイナンである。ハ行はカ行を兼ねる法則により、カイナンがハイナンと読まれた。

 


■AD68年 「扶南国誕生」

 

王氏の「新」が台頭して「前漢」が滅ぶと、一部劉氏は海南島に赴き、古の神農の子孫であるチワン族と連合した。劉氏とチワンの連合体はカンボジアに上陸して扶南国を築いた。扶南の名の由来は海南(ハイナン)である。

 


■AD550年 「ベナン人誕生」

 

扶南国の滅亡を機に、扶南人(チワン族+劉氏)はインド洋を超えて、喜望峰を周航し、遠く大西洋側に進出してニジェールに上陸した。東南アジア人の顔をした彼らは、現地人と混合して「ベナン人」「フォン人」を形成した。ベナンの名の由来は扶南であり、フォンの名の由来はルーベン(劉氏の祖)である。扶南=ブナン=ベナンとなる。

 


■AD6世紀 「ハニャディ家誕生」

 

また、ベナン人はナイジェリアからパンノニアに移り、「ハニャディ家」を誕生させている。ハニャディの名の由来はベナンとドナウの組み合わせである。ベナン+ドナウ=ベニャド=ハニャディとなる。

 


■AD6世紀 「トランシルヴァニア誕生」

 

黒人の姿をしたハニャディ家は、トランシルヴァニアに入植する。トランシルヴァニアの名の由来はアトランティス南方(アフリカ大西洋岸)から来たハニャディである。アトランティス+スール(南)+ハニャディ=トランスールハニャ=トランシルヴァニアとなる。トランシルヴァニアの名はアフリカ由来なのだ。ハニャディ家からはトランシルヴァニア公、ハンガリー王、ボヘミア王、オーストリア伯が輩出された。

 


■AD1067年 「カネム帝国誕生」

 

その後、ベナン人はチャド湖方面に至って、AD1067年に「カネム帝国」を建てた。カネムの名の由来はカナンである。カナン=カネヌ=カネムとなる。カネム帝国は、インドネシアと東アフリカを頻繁に往来していたフラニ族が築いた「ボルヌ帝国」と連合していた。

 


■AD1946年 ダン・オバノン生誕

 

この系統からは、ロックミュージシャンのアリス・クーパー(ヴィンセント・ファニア)、格闘家ヴァンダレイ・シウバ、映画監督ダン・オバノン、第4代ベナン大統領ヤイ・ボニなどが輩出されている。ファニア、シウバ(Silva)の名の由来はトランシルヴァニアであり、オバノン(O’Bannon)、ボニの名の由来はベナンである。

 


■AD1948年 ヴィンセント・ファニア生誕 「アリス・クーパー誕生」

 


■AD19年 ヴァンダレイ・シウバ生誕

 

 


◆夏(アルキュオネウス)の歴史

 


■BC7千年 「アヌンナキの大移動時代」

 


■BC7千年 「カナン誕生」

 

「アヌンナキの大移動時代」に参加したカイナンは、北アフリカに「カナン」を生んだ。カナンの名の由来はカイナンである。カイナン=カエナン=カナンとなる。

 


■BC5千年 「セネガル人の大航海時代」

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「アイルランドの神々の大航海時代」

 


■BC5千年 「月の神ナンナ誕生」

 

「アイルランドの神々の大航海時代」に参加したカナンは、メソポタミアに移住した。彼らは、「月の神ナンナ」を祀った。ナンナの名の由来はカナンである。カナン=カナンナ=ナンナとなる。

 


■BC5千年 「バベルの塔建設」

 


■BC5千年 「第1次北極海ルート時代」

 


■BC5千年 「神農誕生」

 

「第1次北極海ルート時代」に参加したカナンは、ジェンギと組んで「神農(シェンノン)」を生んだ。神農(シェンノン)の名の由来はジェンギとカナンの組み合わせである。ジェンギ+カナン=ジェンナン=シェンノンとなる。

 


■BC5千年 「夏誕生」

 

「第1次北極海ルート」を経て古代中国に根付き、「神農(シェンノン)」を祀っていたカナンは、中国伝説上の王朝「夏(キア)」を開く。夏(キア)の名の由来はカイナンである。カイナン=キャイナン=キアとなる。「聖書」に記されているカナンとは、夏時代の中国のことである。

 


■BC1400年 「農家誕生」

 

夏が滅ぶと、神農は2手に分かれて行動した。一部は後に諸子百家を構成する「農家」を興し、一部は古代中国を離れて海南島(ハイナン)に落ち着いた。農家の名の由来は神農であり、海南島の名の由来はカイナンである。

 


■AD189年 「公孫氏誕生」

 

現カンボジアから遼東半島に移住したチワン族は、月氏と組んで「公孫(ゴンスン)氏」を生んだ。公孫の名の由来はカナンとシャンの組み合わせである。カナン+シャン=カナシャン=カンシャン=ゴンスンとなる。公孫度は、後漢により遼東太守に任命され、その後、独立した。公孫淵は魏王に上洛を求められるが、反旗を翻して「燕王」を称した。だが、一族が処刑されると公孫淵は「大和人の大航海時代」に参加してブリテン島に渡った。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「サマーズ誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した神農は、現地人と混合して「サマーズ」を称した。サマーズの名の由来は夏である。この系統からは、「ポリス」のアンディ・サマーズが輩出されている。

 


■AD3世紀 「ファーマー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した農家は、現地人と混合して「ファーマー」を称した。ファーマーの名の由来は農家である。この系統からは、タナトスに人生を破壊された女優フランシス・ファーマーが輩出されている。

 


■AD3世紀 「バウアー誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加して太平洋を横断し、ブリテン島に上陸した農家は、一部が単独でヨーロッパに渡り、ドイツ周辺に入植した。彼らは農家の名に因んで農民を意味する「バウアー」を称した。バウアーは、後に「ロスチャイルド家」を生む母体となる。

 


■AD3世紀 「ロード誕生」「ヘルツォーク誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した公孫氏は、ブリテン島に上陸し、イギリス人と混合して「ロード」の名を生んだ。また、一部はヨーロッパに移住し「ヘルツォーク」の名を生んだ。どちらの名も「公孫氏」に因んでいる。

 


■AD12世紀 フラールド2世、ブルターニュ半島からイングランドに移住

 

スチュアート氏の祖とされるフラールドの名の由来は「ブルターニュのロード」である。ブルターニュ+ロールド=ブロールド=フラールドとなる。フラールド2世は、イングランドに再上陸してからは「フィッツ・アラン」なる名をしばらく使用していた。その後、ウォルター・フィッツ・アランが「アサル朝」王室執事長に就任すると「スチュアート」を称した。スチュアートの語源は執事であるが、「公孫」にも因んでいる。

 


■AD1371年 ロバート2世、スコットランド王に即位 「スチュアート朝誕生」

 

AD1371年、ロバート2世がスコットランドに「スチュアート朝」を開き、

 


■AD1603年 ジェームズ1世、イングランド王に即位 「スチュアート朝誕生」

 

AD1603年にジェームズ1世がイングランド王位・アイルランド王位を継承してブリテン諸島を統一した。

 


■AD1908年 ジェームス・スチュアート生誕

 


■AD1939年 ジョン・ロード生誕 「ディープ・パープル誕生」

 


■AD1942年 ヴェルナー・ヘルツォーク生誕

 


■AD1945年 ロッド・スチュアート生誕

 


■AD1952年 デイヴ・スチュアート生誕 「ユーリズミックス誕生」

 


■AD1960年 マーク・スチュアート生誕 「ポップ・グループ誕生」

 

 

 

◆トバルカイン(オロクン)の歴史

 


■3万年前 「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」

 


■3万年前 「トバルカイン誕生」

 

「ティル・ナ・ノーグの大移民時代」に参加したテュポン(天香語山命)は、天津神の同僚であるアルキュオネウス(天之御中主神など)と共に「トバルカイン」を生んだ。トバルカインの名の由来はテュポンとアルキュオネウスの組み合わせである。テュポン+アルキュオネウス=テュポアルキュオネ=タパルキュオン=トバルカインとなる。

 


■3万年前 「エノクの大航海時代」

 


■3万年前 「テワ族誕生」「ティワ族誕生」「トワ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、コロラド流域残留を決めた。彼らは現地人と混合して「テワ族」「ティワ族」「トワ族」など、後にプエブロ族に数えられる部族を生んでいる。トバルカイン=トワルカイン=トワ=テワ=ティワと変遷が加えられている。

 


■3万年前 「ルカイ族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、台湾に移住した後、「ルカイ族」を生んだ。ルカイの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=ルカイン=ルカイとなる。

 


■3万年前 「ラガイン族誕生」

 

「エノクの大航海時代」に参加したトバルカインは、台湾に移住した後、ミャンマーに上陸して「ラガイン族」を生んだ。ラガインの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=ルカイン=ラガインとなる。

 


■2万年前 「羅ホウ山の大航海時代」

 


■2万年前 「五官王誕生」

 

「羅ホウ山の大航海時代」に参加して火星に移住したアルキュオネウスは、十王に属する「五官王(ウーグアン)」を築いた。ウーグアンの名の由来はアルキュオネウスである。アルキュオネウス=アーキュオン=ウーグアンとなる。アルキュオネウスは、ここに収容されたできそこないを裁き、強制労働を課していた。

 


■1万5千年前 「科学の種族誕生」

 

「天孫降臨の大航海時代」に参加したトバルカインは、南極に移住してエラド、マハラエルと共に「科学の種族」を組んだ。この3者は、所謂「宇宙人(UFOに乗る人)」として知られている。

 


■1万3千年前 科学の種族、核兵器を開発

 


■1万3千年前 「アトランティス滅亡」

 

この頃、科学の種族は核爆弾を開発したが、当時、ゼウスがその一報を聞いて喜んだ。古代ギリシア・アトランティス王国(オーストラリア南)では、ディオニュソスが「エレウシス密儀」を布教する際、「入信しなければ殺す」と多くの人々を脅し、大量の信者を獲得していた。大量の信者獲得は、発言力の増大と共に、そのまま信者の離反防止につながる。そのため、タナトスの宗教は大量の信者の獲得を命題としている。
ディオニュソスは、その大量の信者たちをアトランティスのインフラ全般に送り込んで、これを掌握した。タナトスの発想では、王にならずとも、人民の生活を支配すれば、優れた王にも勝てるのだ。インフラ掌握により、ディオニュソスが何をしても人々は怒ることも暴れることも弾劾することなく、怒りを飲み込んで幸福を演じていた。人々は、悪と戦って自由を得るのではなく、自由と生活を保障してもらうために、戦いを放棄し、悪に服従していたのだ。本能・感受性・意志の放棄は、非常な罪である。
ディオニュソスの非人間じみた圧制により、多くの人々が苦しんでいた。国民は「幸福な国の国民」を演じさせられていたのだ。抑圧的な生活により、精神疾患が蔓延した。だが、精神疾患患者はディオニュソスの命を受けた信者たちよってことごとく排除されてしまった。なぜなら、幸福な国で精神疾患を患うということは、国家がウソをついている証だからだ。ギリシア神話では、ポセイドンとアテネが対立する説話が紹介されている。これは、ディオニュソスが簒奪したポセイドンの国アトランティスとアテネが君臨していた時代の古代ギリシアとの対立を意味している。
「太陽神アポロン」を祀っていたアベラム族や全能の神ゼウスも、このことを憂慮していたが、数で圧倒するディオニュソスには対抗できなかった。そこへ、科学の種族が核兵器を開発した。ゼウスは、ディオニュソスと彼らに追随する人々を皆殺しにするために、科学の種族に核兵器の使用を要請した。人喰い人種を嫌悪していた科学の種族はこれを快く承諾した。これにより、ディオニュソスが簒奪したアトランティスは滅亡した。オーストラリア南部には、テクタイトが散乱しているが、これは当地にアトランティスの都市が存在していたことを意味している。

 


■1万3千年前 科学の種族、南極大陸の北方引き上げを計画

 

虚言症を患うタナトスと共存することは不可能だと考えていた科学の種族(エラド、マハラエル、トバルカイン)は、旧世界から切り離された南極大陸の立地条件を高評価していた。そして、彼らは、半分凍結している南極大陸を有効活用すべく、核兵器で地軸を動かして南極をもっと北方に引き上げようという計画を立てた。だが、これに懸念を示したのはノア、セム、ハム、ヤペテ、メトセラ、レメク、エノス、エノク、そして一部エラド、一部マハラエル、一部トバルカインの面々であった。

 


■1万3千年前 「大地殻変動」

 


■1万3千年前 「科学の種族の大移動時代」

 


■1万3千年前 科学の種族がスコットランドに移住

 

「科学の種族の大移動時代」に参加したエラド一行は、文明継承を胸に原動機付きの船舶、或いは飛行機でペルーやスコットランドに移住した。文明継承組のエラド、マハラエル、トバルカインは、いわゆる「宇宙人」の祖である。彼らは、このスコットランドに建てた基地にてUFOを発明し、科学の種族として科学文明を深化させたと考えられる。
一方、エラド、マハラエル、トバルカインは、飛行機で世界中を巡って「文明放棄」を選んだ兄弟たちの足取りを追跡した。そして、罪滅ぼしとして、影ながら援助していたものと考えられる。ただ、お互いが兄弟であることを忘れた人々と接触するのは文明継承組にとって容易ではなかった。
想像力が乏しい人物と接触すると、怖がられ、化け物扱いされ、畏怖されるに過ぎないからだ。文明継承組が文明放棄組と接触を図る際の基本、それは、アブラハム、ロト、モーセ、千利休、アダムスキーなど、卓越した想像力を持つ人物との接触であり、その限定であった。また、UFOが発明されるまで、彼らはナスカに飛行機の離着陸基地を造って利用した。それが「ナスカの地上絵」と何らかの関係を持っているし、ジェット機を模した黄金製の遺物は、実際に文明継承組が使用していたジェット機をかたどった品物である。

 


■1万3千年前 「ヴィマーナ誕生」

 

ヴィマナ(UFO)の開発には科学の種族だけでなく、ハムの一族が加わった。それは、ヴィマーナの名前でわかる。ヴィマーナの名前とハムの名前は成立過程が同じなのだ。ハムとヴィマーナの名は、新水生人ヴィディエとイマナの組み合わせである。ヴィディエ+イマナ=ヴィマナ=ヴィマーナとなる。

 


■BC5千年 「タップ・エノス誕生」

 

「セネガル人の大航海時代」にした参加したエノスは、タップ・オノスの基地に科学の種族トバルカインを訪ねて、初めて「タップ・オノス(トバルカイン+エノス)」の名が誕生した。トバルカイン+エノス=トバ+エノス=タップ・オノスとなる。

 


■BC5千年 「トロイア戦争」

 


■BC5千年 「マー・トゥーレスの戦い」

 


■BC5千年 「竜飛岬誕生」「桃花源誕生」「エイ州誕生」

 

「トロイア戦争」と「マー・トゥーレスの戦い」の末期、劣勢のダーナ神族がタップオノスの基地に侵入すると、トバルカインは有無を言わさず、優れた科学文明の痕跡を、基地ごと核兵器で溶かした。悪による科学の簒奪は、禁忌なのだ。その後、タップオノスを離れたトバルカインは、出羽国にいる兄弟を訪ねて津軽半島にUFOで降り立った。
彼らは着陸した土地を「竜飛岬」と呼んだ。竜飛(たっぴ)の名の由来はタップである。竜飛岬は「桃花源(タオファ)」とも呼ばれた。タオファの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=タオファルカイン=タオファとなる。更に、白神山地は仙人が住む神山のひとつ「エイ州(インチュウ)」と呼ばれた。インチュウの名の由来はオロクンとカゾオバの組み合わせである。オロクン+カゾオバ=ウンゾオ=インチュウとなる。

 


■BC5千年 「崑崙山瑤池宮誕生」「龍宮水府誕生」

 

オロクンのトバルカインは、竜飛岬を拠点に、テーバイ王国が建つアフリカに移住した。湖水地方に入植した彼らは、ビクトリア湖に「龍宮水府(ロングン)」を築き、キリマンジャロに「崑崙山瑤池宮(クンルンシャンヤオチゴン)」を築いた。ロングンとクンルンの名の由来はオロクンとオロルンの組み合わせである。オロルン+オロクン=ルンクン=ロングン(龍宮)となり、オロクン+オロルン=クンルン(崑崙)となる。

 


■BC32世紀 「モーゼスの大移動時代」

 


■BC32世紀 「ダヴィデ朝誕生」

 

「モーゼスの大移動時代」に参加した十和田人は、夏時代の中国に渡り、そこから現チベットに移った。十和田人はここに「ダヴィデ朝」を築いた。ダヴィデの名の由来は十和田である。十和田=トヴァタ=トヴァダ=ダヴィデとなる。ダヴィデ王とは、十和田の縄文人の首長のことである。チベット人が日本人に似ているのは、この時の大移動時代の縄文人の大量移住によるものである。また、ツォボット(チベット)の名もダヴィデ、或いは十和田が由来となっている。十和田=トヴァッダ=ツォボット=チベットとなる。

 


■BC30世紀 「ヨシュアの大移動時代」

 


■BC30世紀 「タバル誕生」

 

「ヨシュアの大移動時代」に参加したトバルカインは、タナトスとの抗争、核兵器による人々の殺戮に精神的に疲れ、科学を放棄した。放棄した科学はチュクウのトバルカインが継承した。アナトリアに住んだトバルカインは「タバル」を築いた。タバルの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=タバルカイン=タバルとなる。

 


■BC2134年 「テーベ誕生」

 

「ソドムとゴモラ」の事件が起きた際、タバルの人々はカッパドキア遺跡に身を潜めていた。その後、彼らは「太陽神アメン」の王統のエジプト行きに同行した。両者は、ナイル上流域に移住し、神官都市「テーベ」を建設した。テーベの名の由来はタバルである。タバル=ターバル=テーベとなる。

 


■BC2134年 「エジプト第11王朝樹立」

 

太陽神アメンは、トバルカインと共に「エジプト第11王朝」を開き、人喰い人種スキタイ人の「エジプト第10王朝」と対立した。彼らは、この対決に勝利し、エジプトを再統一した。その時のファラオは、第11王朝のメンチュヘテプ4世であった。その後、太陽神アメンの王統を継ぐアメンエムハト1世が「エジプト第12王朝」を開いている。アメンの王統は、ヒクソスが登場するBC1663年まで続いた。

 


■BC1650年 「エジプト第17王朝成立」

 

「ヒクソス」がエジプトに出現すると、エジプト第14王朝は滅亡してしまった。その後、イマナのアメン神官団は、エジプトを離れてクレタ島に落ち延び、避難した。だが、ニャメのアメン神官団は、テーベを拠点に新規に「エジプト第17王朝」を開き、ヒクソス王朝に対抗した。

 


■BC945年 「アルメニア人誕生」

 

古代中国から来た、周の昭王がリビア人を指揮し、タニス(ディオニュソス)に首都を置く「第21王朝」とアメン祭祀国家の「第20王朝」を滅ぼしてエジプトを掌握した。周氏の「第22王朝」の誕生を機に、アメン神官団は、テーベ人(タバル)を連れてテーベを離れ、アナトリア半島に落ち延びた。アメン神官団は、ここで東西に移る計画を立てた。
アメン神官団は、サバエ人、アラム人と連合し、「アルメニア人」の連合体を築いた。アルメニアの名の由来はアラム、アメンの組み合わせである。アラム+アメン=アラメン=アラメンニア=アルメニアとなる。また、アルメニアの自称「ハヤ」の名の由来はサバエである。

 


■BC829年 「テーバイ誕生」

 

「アメン神官団の大航海時代」に参加しなかったトバルカインは、ギリシアに入植し「テーバイ」を築いた。テーバイの名の由来はテーバイ王国である。

 


■BC282年 「ペルガモン王国誕生」

 

ミネア人がアラビアを離れてアナトリアに移住すると、ギリシアのテーバイ人と連合した。彼らは、アナトリア半島に移住した。この時に「ペルガモン」が生まれた。ペルガモンの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=バルカメン=ペルガモンとなる。BC282年、ピルタウエルスが初代王に即してペルガモン王国が誕生した。

 


■BC129年 「朴氏誕生」

 

その後、BC129年にペルガモン王国が滅ぶと、ペルガモン人は東方へ東方へと船を進め、朝鮮半島に上陸する。この時に、タバルンが「朴(PARK)」を称し、アメンが「文(MOON)」を称した。

 


■BC57年 「朴氏王朝誕生」

 

BC57年に、朴氏が「朴氏王朝(新羅)」を開いた。この王朝はAD184年まで続いた。

 


■AD3世紀 「大和人の大航海時代」

 


■AD3世紀 「BERG(バーグ)誕生」

 

「大和人の大航海時代」に参加した朴氏は、現地人と混合して「BERG」の名を生んだ。BERG(バーグ)の名の由来はPARK(朴)である。BERGからは、PARK、PARKS、、BIRKIN,BERKIN、BARKER、PARKER、PERKINS、PYKE、BURG、BURGER、BURKEなどの名も派生した。

 


■AD357年 「オースターの大航海時代」

 


■AD357年 「ウズベク誕生」

 

「オースターの大航海時代」に参加して「勿吉」を生んだオースターは、オースターの大航海時代に参加していたドイツ人BERGと組んで「ウズベク族」を生んだ。ウズベクの名の由来は勿吉(ウージ)と朴(バーグ)である。ウージ+バーグ=ウジバグ=ウズベクとなる。ムーン(文氏)もウズベク族と行動を共にした。

 


■AD6世紀 「勿吉の大航海時代」

 


■AD6世紀 「ドヴァーラヴァティー王国誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したドイツ人BERGは、新羅時代の同盟者である昔氏と共にインドシナ半島に「ドヴァーラヴァティー王国」を築いた。ドヴァーラヴァティーの名の由来はトバルカイン(朴氏)とヴィディエ(昔氏)の組み合わせである。トバルカイン+ヴィディエ=トバルヴィディ=トバールヴィディ=ドヴァーラヴァティーとなる。この王朝は、AD11世紀まで続いた。

 


■AD638年 「グンヤーン王国誕生」

 

ドヴァーラヴァティー王国の朴氏は、昔氏と袂を分かち、単身、「グンヤーン王国」を築いた。グンヤーンの名の由来はアルキュオネウスとトバルカインの組み合わせである。アルキュオネウス+トバルカイン=キュオネイン=ギュオネイーン=グンヤーンとなる。

 


■AD694年 「ペグー誕生」

 

「勿吉の大航海時代」に参加したドイツ人BERGは、イギリス人ムーンと共に満州からミャンマーに移住した。バーグは「ペグー」を築き、ムーンは「モン族」の名を生んだ。モンの名の由来は文(ムン)である。

 


■AD728年 皮羅閣、南詔王に即位 「皮氏誕生」

 

ドヴァーラヴァティー王国の朴氏は、雲南に進出し「皮氏(クン)」を生んだ。クンの名の由来はオロクンである。AD728年、皮羅閣が南詔王に即位している。

 


■AD809年 勧竜晟、南詔王に即位 「勧氏誕生」

 

皮氏が王位を失うと次に、朴氏は「勧氏(クーイェン)」を生んだ。クーイェンの名の由来はトバルカインである。トバルカイン=カーイン=クーイェンとなる。AD809年、勧竜晟は南詔王に即位している。AD816年には勧利晟が、AD823年には勧豊祐が南詔王に即位している。

 


■AD1182年 「ウァシュテペック誕生」

 

ウズベク族は、大内氏と共に日本に移住すると、その後、ウズベク族だけがメキシコに移住した。彼らは、「ウァシュテペック」を称した。ウァシュテペックの名の由来はオースターとバーグの組み合わせである。オースター+バーグ=ウァシュタバーグ=ウァシュテペックとなる。

 


■AD1182年 「ペグー朝(前身)誕生」

 

タイに築いたドヴァーラヴァティー王国が滅ぶと、朴氏はミャンマーに移住した。朴氏(バーグ)は「ペグー」を称し、文氏(ムーン)は「モン族」の名を復活させた。AD1287年、ワーレルーが初代王に即位して「ペグー王朝」が開かれた。

 


■AD1287年 ワーレルー、初代王に即位 「ペグー朝誕生」

 

AD1287年、ワーレルーが初代王に即位して「ペグー王朝」が開かれた。しかし、文氏の系統であり、スコータイ朝の援助を受けたワーレルーがペグー朝の王位に就くと、反感を持ったオリジナルのモン族が、ミャンマーを後にデカン高原に移住した。AD1757年にコンバウン朝の支配下に置かれると、ペグー族、モン族が朝鮮半島に帰還し、祖を同じくする朴氏、文氏に合流した。

 


■AD1440年 モクテスマ、第3代アステカ皇帝に即位

 

AD1398年、ウァシュテペック族は一族の娘をアステカ帝国第2代皇帝ウィツィリウィトルに接近させ、自身の血統を打ち立てた。この時に、モクテスマが誕生した。AD1440年、モクテスマは第3代アステカ帝国皇帝に即位した。こうして、ウァシュテペック族が天下を取ったことにより、アステカ族(アストラハン)、メシカ族(ムシュキ)はアステカ帝国を後にする。ウァシュテペックの王統は、最後の皇帝モクテスマ2世の治世まで続いている。

 


■AD1521年 「オスターバーグ誕生」

 

タナトスの血を引くエルナン・コルテスがアステカ帝国に侵入し、アステカ貴族を1万人も殺害すると、ウァシュテペックはメキシコを後にした。アステカ人の顔をしたウァシュテペックはブリテン島に渡り、イギリス人と混合して「オスターバーグ」の名を生んだ。オスターバーグの名の由来はウァシュテペックである。ウァシュテペック=ウァシュターベーク=オスターバーグとなる。

 


■AD1539年 「ダホメー王国誕生」

 

タウングー朝がペグー朝を滅ぼすと、ペグー族、モン族がミャンマーを脱出して、遠くナイジェリアの地にまで赴いた。ペグー族とモン族は連合して「ダホメー王国」を築いた。ダホメーの名の由来はトバルカインとアメンの組み合わせである。トバルカイン+アメン=トバメン=ダホメーとなる。

 


■AD1830年 「モザンビーク誕生」

 

モン族主導のダホメー王国軍がオヨ王国に攻め入ると、ペグー族主導のダホメー王家とオヨ王家がナイジェリアを脱出した。オヨ王家の構成員ムタパ人は縁がある土地ジンバブエを目指した。両者は連合して「モザンビーク」を称した。モザンビークの名の由来はムタパとペグーの組み合わせである。ムタパ+ペグー=ムタンペーク=モザンビークとなる。モザンビークの連合体は、AD1964年に「モザンビーク解放戦線」を組織し、ジンバブエの独立のために戦った。翌年、「ローデシア戦争」が始まり、完全独立を勝ち取ると、ペグー族主導のモザンビークがAD1975年に「モザンビーク人民共和国」を建て、ムタパ人主体のモザンビークはAD1980年に「ジンバブエ共和国」を建てた。

 


■AD1901年 リー・ストラスバーグ生誕 「アクターズ・スタジオ誕生」

 


■AD1919年 デビッド・バーグ生誕 「ファミリー誕生」

 


■AD1926年 アレン・ギンズバーグ生誕

 


■AD1928年 セルジュ・ゲンズブール生誕

 


■AD1932年 アンソニー・パーキンス生誕

 


■AD1935年 ウディ・アレン(アレン・コニグスバーグ)生誕

 


■AD1935年 ハンス・ユルゲン・ジーパーベルク生誕

 


■AD1945年 アンドリュー・バーキン生誕

 


■AD1946年 デヴィッド・クローネンバーグ生誕

 


■AD1946年 ジェーン・バーキン生誕

 


■AD1947年 スティーヴン・スピルバーグ生誕

 


■AD1947年 イギー・ポップ(ジェイムズ・オスターバーグ)生誕

 

オスターバーグは、ウァシュテペックの直系である。つまり、イギー・ポップは、アステカ帝国を統治した王族の末裔である。

 


■AD1952年 クライブ・バーカー生誕

 


■AD1954年 エイドリアン・ヴァンデンバーグ生誕

 


■AD1971年 シャルロット・ゲンズブール生誕

 


■AD1984年 マーク・ザッカーバーグ生誕 「フェイスブック誕生」

 

 

 

 

 



読者登録

大本正さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について