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ブーゲンビリアの花簪1

ブーゲンビリアの花簪

 

 

 

しずかな、その、音も無く、しずかに白濁して、それら、白濁はやがて、白い、その。白濁していくままに、色。白さ、いつのまにか混ざっていた白さが広がって、ついに白くのまれた眼差しの中に、靄だてられた樹木は沈黙したまま目の前で燃え上がったその時には、わたしに無視された半身が起き上がったのを、すでに打ちつけた雨は買収していった。どこに?

何度目かの雨期に、開かれた唇の上に停滞していた羽ばたきは、ただ、触感として、やがてあのまま雨に濡れたのだろうか?その蝶の群れの、色彩を失ったままに羽ばたかれた空気のゆらめきが、九月の雨に。

まだ遠い。

火事だよ、と言った。遠くの空に。のばされた左手がけっして空をは掴み取らなかったにしても、隔たりきらない近さとしてうずくまりながら、わたしに、そして指先は、決してゆがまない鏡面をなぞったものだった。そのざらつた無数の映像の中断されなかった蝶々の断片は、その雨に触れた濡れたかすかなきらめきさえも含めて、あらゆるノイズに装飾されたのだった。それらはきっと、いつかは雲の切れ間を見たのだった。あの雨の中でさえも、燃え盛った、それらは、失われた雨の暗さを切り裂いた、空の突端にまで引き上げられた木漏れ日のむれを、やがては同じ雨に、かれらのいくつものの身体は、覚醒されていた断片として、夜明け前の蝶の群れのいつか(ひと)語散(ごち)るままにサイゴンに来たばかりのとき、魅了されたのは、相対的に北のほうの人間らしく、光の散乱の直射する美しさだった。その、眼差し、皮膚感覚、呼吸された喉越しの空気、それらのすべてに感じられた、それら。既に知っていた。わたしは、熱帯雨林の熱気、たぶんに差別主義的な《文明人》の感傷で、わたしの視界には、未開だが豊かで素直な人々の貧しいおろかな文化、とわたしが感じ、あるいはむしろ、そう感じようとしたすべての目に映るもの、雑然としたままの未整理な街路、人々の褐色の肌と、聞き慣れない言語の発音、彼らの粗雑な眼差し、それらに、自分の中で凍りついた(いていたとして再び見出されるに違いない何か、として措定された)何かが、無根拠なままに解放されていく気がしたものだった(根拠もないままに、一つの確信として)。すでに、あらかじめ予感されながら(、ふいに思い出された記憶のように。そう感じるだろうとは)、すでに飛行機の極端に冷房の聞いた肌寒い空間の中でさえ予測されていたそのままを単に追体験しながら、それらに驚いてみせることも忘れなかった。もっと前から、わたしは、これらに目がふれ、を、耳が捉え、皮膚が感じ取ったその前に、たとえばまだ大学生で、中島敦の南洋物を読んだときにはすでに。たとえばポール・ボウルズ、或いは中学のときに読んだランボォ。Lệ Hằng レ・ハンと言う名の十代らしい女が、わたしのからだの上で、Nguyên Văn Lệ Hằng その名前、グイン・ヴァン・レ・ハン、飽きもせずわたしの体の匂いをかぎつづけた。そのつきだされたままのくちびるを、わたしは眼差しのうちに捉え、みだらな、ふしだらな、わがままで衝動的な、彼女が持っているかもしれないそれらの属性を予兆させた、上下にふちをめくれ上がった、そのくちびる。それがかすかに開かれたままに、わたしの皮膚のすれすれの距離に接近されて。穢死丸、とわたしに勝手に名付けられた少年は、傍らで笑い、何年もずっと渇かないままの血を口元に潤わせ、声をたてて、「まだ雨は、」と、言いながら「降りません」その声は、Lệ Hằng にも聞かれただろうか?外人用のホテルは(あるいは、結果的に中国人や、韓国人にしかそこに滞在されず、いつか外国人の吹き溜まりになった豪奢なそれは、)古い躯体に何度も漆喰を塗り固められていた、どこかすさんだ、フランス風なのか中華圏風なのか定められない殺伐とした優美さをかたちづくって、いまだ崩壊しない廃墟のようなたたずまいが目に心地よかった。なぜ?Lệ Hằng を愛していたわけではなかったが、彼女に惹かれているのかも知れない。いずれにしても彼女の幼い裸はわたしの裸の体の上にのっかっていて、ファンデーションも何もほどこされないままに、くちびるにだけ塗られたリップの赤は、彼女の顔立ちを淫売じみてみせた。わたしの皮膚に、ときに呼吸がかけられたその感覚を、わたしは、彼女の正確な年齢さえ知らなかった。英語すらできない彼女とは、言葉によってとられるコミュニケーションは不可能だった。すでに、いつも。十六、七歳くらいより以上には思えなかった。何人もの男たちに使い古されてきたような身体だった。栄養失調児のように痩せ、取り付いた栄養失調にそこだけ見捨てられたかのように、乳房だけが豊満な、性的な愛玩物のようにさえ見えた、その身体を抱きながら、何もかも許されていて、何もかも許された気がした。

 

 

わたしは彼女のはじめての男だった。ついには、誰か、彼女に愛され獲たことなど、かつて、自分以外の存在を愛するどころか、関心を向けたことさえ、彼女は、その、蝶の無関心な羽ばたきが、結局のところ、何ものかを見出したことなど無かったのだった。飛べ、とささやかれるまでも無く、飛べ、と自ずから望まれた、その色彩の、望まれさえしなかった、鮮やかな、そして、それはあなたに出会うまでは。わたしに。その、かつては、無数の現地の男たちの現地の美感覚に従って、彼ら、淫蕩な男たちに夢見られたように美しく、豊満だったものの、やがておとずれた衰弱がその名残を最後に乳房にだけ残した、そんな彼女の若いままに老いさらばえた肢体の、この少女は、わたし以外の男をなど愛したことさえなかったかも知れなかった。あるいは、確実に。結果的に、わたしのためだけにその純潔を守り続けたことになった、極度に大きな目の、黒目がちなそのきらめきの漆黒の中に。現地の人間たち。彼らベトナム人たちは思っていた。わたしを、現地の人間の現地の文化に対して理解のある、要するに進歩的な人間だと、彼らは。かれらが差し出す豚足の煮込みも、小鳥の網焼きも、鶏の足の蒸し焼きも、文句も言わずに口にして、何も、何もかも、おいしがって食べてみせてやるのだから。微笑まれた友好的な眼差しと共に。結局のところ、それらの、先進国の人間にふさわしいマナーの、先進国の人間らしからぬ現地文化への親密な理解は、深刻な差別意識こそが支えていた。たぶん、もっとも醜悪な差別意識が露出するのは、他者への理解を前面に表現しているときだった。彼らへの迫害、存在論的全否定、容赦ない見下しが発生するのは、彼らを同等あるいはそれ以上のものかもしれないとする認識においてしか発生しない。歴史的に、東アジアの末子にすぎない日本人たちが、歴史的に、やがてかれらを深刻な軽蔑と嫌悪と共に植民地主義の下に制圧してしまった不可解な歴史は、それによってすぐに説明できる。彼らを全身で、留保なき寛容さの中に受け止めるとき、わたしたちは、一切の軽蔑をさえ含まないまったき差別主義者になる。人は猿を軽蔑しない。アメリカ人が敗戦した日本人を軽蔑しなかったように。それどころか、彼らのいじましい島国文化を、美しくかつグロテスクな流儀として、やがて世界的に有名なものにさえしてやったように。Lệ Hằng に対するわたしのように。幼い顔立ちの、他よりはマシだというだけで、決して美しいとはいえない、幼く、わたし以外の男など知りもしなかったくせに、わたしの前で極端なまでにあばずれた少女が、物欲しげにわたしによりついてはなれずに、発情した誘惑的な眼差しで、とにかく、わたしを絡娶ろうと画策するしぐさの一つ一つに、迷うことなく彼女を抱いてやったとき、わたしが彼女を人間として認識していたとは思えない。捨て猫を拾うように、哀れみと共に。初めて服を脱がそうとしたとき、むしろ彼女が拒絶して見せながら、わたしの腕から逃れ、それでも二、三歩離れた距離感の中にたたずんで、振り返り見た、求められた挙句に断りきれずに決意したと言いたげな、潤んだ、澱んだ上目遣いに、わたしは声を立てて笑い(なが)ら、彼女は、その周囲においては、美しい少女だと認識されていることは知っていた。愚かしくさえ見える、戯れ、じゃれて、嬌声とともに群がる男たち。カフェに一緒に行った若いベトナム人たちがみんな、お互いに目くばせしあって、わざと気付かれるように彼女に眼差しを投げていたのだから。はじめて彼女を見かけたのはそれらの眼差しを通してだったかも知れない。直接、わたしの眼差しが捉えた彼女は、貧弱な、痩せた、小柄な、その身体を包んだTシャツの黄色い色彩だったかもしれない。そのとき、Lệ Hằng を近くのカフェの娘なのか、使用人なのか、それさえ認識されないままに、彼女はそこで毎日顔を合わせていただけの少女だった。金で買ったわけではない。むしろ、わたしの身の回り品を買ってくるのは彼女だった。飲食代も何も払うのは彼女のほうなのだから、買われ、飼われたのはむしろわたしのほうだった。彼女が部屋に来るようになって、何日かたったその日に、朝早く部屋をノックした彼女が、小声で笑い声をこらえながら、荒く息遣って、その、ベッドールームのカーテンを閉めたときに、逆光の中に浮かんだLệ Hằng の、やつれた、あからさまに色気づいた肢体を、彼女はわざと踊るように尻をくねらせて見せながらAnh, … anh Ma 服を脱いで、xem「何を、」振り向いた彼女が何かvậy ? anh xem gì vậy ? 言ったが、なにも xem em ? ききとれないまま、Anh có見てxem るの?」Lệ Hằng em không ? 不満そうに口を sao anh xem 尖らせた。のばした em. Luôn 両手で「わたしを luôn ?」ひざまづかせた tai わたし sao ? の視線を、そのかすかに膨らんだ下腹部に誘うと、赤らんだ真新しいタトゥーで、わたしの名前のローマ字が彫ってあった。無数の蝶の翼の羽ばたきとともに、Lệ Hằng が声を立てて笑う、その頭上の彼女を見上げながらわたしは、わたしの指先が彼女の肌にまだ十分に黒づかない文字をなぜた。Lê chi Ma レ、チ、マー。レ・チ・マー。レ・マー。ここの友人たちが、わたしがいくつか名乗った日本語の名前の一つから勝手につけてくれたわたしのベトナム名だった。誰もが、誰かから聞いたに違いない。わたしのことを。誰かの、誰かたちの、誰もの噂話が、氾濫して行ったに違いない。連鎖した洪水のように、彼らに親密な外国人の、彼らが形成した肖像。彼は誰よりもベトナムを理解しているし、彼はいつでも微笑んでいる。それはわたしだった。マーはもうベトナム人だから名前が必要だ、ベトナムの、と、彼らは笑って言った。ただ、親しげに、しかし、わたしの顔色を伺うようにして。彼らの、わたしを受け入れたことの証明として、彼らの声はわたしの周囲で、話され、ささやかれ、騒がれ、からかわれ、囃し立てられ、それらの音声の群れを、わたしは、わたしが日本を出る前に、十五、六年ぶりに会った春奈はまるで、かろうじて生命活動を維持しているにすぎない壊れきった有機物以外ではなかった。我喜屋春奈という、一度聞いたらなかなか忘れられないには違いない、沖縄のどこかの島の出身の女だった。ベトナムを皮切りに、東南アジアに出店するという(そしてそれらの新規オーナーたちとの仕事が、そもそもの、わたしがベトナムに来た理由だったが、)飲食店の経験など全くないアパレルの社長との打ち合わせの後で、(それは子供に算数を教えるような仕事だった。)代々木八幡の駅前で背後から、不意に名前を呼ばれたわたしが訝りながら振り向いたとき、(わたしは見たのだった。)目の前にいたのは、普通ではない醜悪な肥満の仕方をしたうえに、(誰?と思いながら、わたしは)サイズの合わないTシャツを着て、(記憶の中には存在しない)かすかにふらつきながら胸元に、夢見る(誰かを探り、一方で)少女じみてあわせたまんまるい豚の手を(彼女はその)ぶるぶる震わせた、その、ねぇ、と(肥満に自分の表情をさえ埋没させていたが、)彼女は言った。「わかる?ねぇ。わたし、わかる?」わからなかった。わたしには、そして、彼女の体臭は、少し離れた距離の向こうにあってさえ、異臭と言うほかない、腐ったチーズをさらに醗酵させたような匂いがした。わたしは、「誰?」と、誰、ですか?春奈。言って、彼女は身をくの字にさえ曲げながら声を立てて笑い、「春奈だよ、わたし。」

 


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ブーゲンビリアの花簪2

穢死丸さえもが笑っていた。

 

 

わたしに共鳴したように。そしてわたしも。「わからないよね、変わったからね、わたし。春奈。覚えてない?忘れた?」その早口の音声。舌をかみながら、年齢さえ見定められなかった。若く見える四十代後半なのか、老けて見える三十代前半なのか。ああ、と、わたしは、結局、彼女の実年齢は、二十代後半のはずなのだが、あ、ややあって、ああ、とだけ、やっと、わたしは言った。わたしが最後に見た天使のようだった《春奈》と、目の前にいる壊れた《春奈》とは、まるで別のものだったが、言われてみればその遺伝子情報が、かすかに彼女の細胞の中にもいまだ残存しているのはわかった。わたしは彼女の体臭に目を背けた気がしたが、わたしが懐かしそうに彼女に笑いかけ続けていたのには気付いていた。すでに、それを、いまや、やがて、後悔さえしながら。人ごみの中で、彼女は明らかに異形だった。どうしようもない、異質な、奇形の、「やばいね。」彼女は「変わんないね。老けたけど」春奈は息を切らして言った。言葉一つ出すために、人がどれほどの体力を(すくなくともこの女が、)消耗するのか、わたしは知らされた。どこかで話、できない?いや、いま、時間ないから。いつ?じゃ、いつがいいの?いつ、ね、いい?てか、今日は無理だよ。だから、いつ?ね。やり過ごそうとした。婉曲に断ろうとするわたしに、噛み付いてくるような彼女の要求は、そしてわたしは日曜日の昼過ぎを指定したのだし、面倒くさいからわたしの家に来る?そう言った彼女の住居が、同じ渋谷区の、すぐ近くといってもいい距離だったのは意外だった。ずっと、五年近くこのあたりに住んでいたわたしは、もしも彼女もそうだったのなら、何度かどこかですれ違っていても不思議ではなかったし、事実、すれ違っていたのかも知れなかった。なぜ、彼女がずっとそばにいたように思い込んでしまったのか?誰も、なにも言いはしなかったのに、わたしは、目を背けようとし乍ら、どうしても背け切れない彼女への自分の眼差しにうんざりしたまま、そのまま改札に入ろうとした。彼女は見逃さなかった。さき回るようにして、わたしの行く手をふさいだときに、周囲の人間たちが、すれ違いざまにわたしたちを横目に見たのは知っていた。それはわたしのせいではない。純粋に、彼女だけのせいだった。わたしなど、彼らの視線の中で、意識されてさえいなかったに違いない。明らかな、異常。極端に黄ばんだ皮膚と白目。黄疸。ノーメイクなのだが、何かに憑依されたような異常な肥満の奥に、くぼんだ目の周りだけが、何かが張り付いたように黒ずんでいて、焦点が合っていない目つきは、しかし、その眼差しに捉えたわたしを捕獲したまま決して離そうとしない黒目が、絶えず震えていた。昼下がりの、代々木八幡の駅前の閑静な人ごみの中には、決して存在してはならない何か。同時に、既に、わたしに、それは、不快な、どうしようもなく不快な、生理的な懐かしさを思いださせていた。わたしたち人間種が、体細胞か脳細胞かいずれにせよその営みのどこかしらに、いつか、既に住まわせ続けてたに違いないもの。予兆のようなものとして、既に誰もがよく知っていたもの。壊れる、ということ。彼女におしとどめられるまでもなく、改札に入ることはためらわれた。帰り先を知られる気がして、怖かったのだった。殴って拒絶するためには彼女に触れなければ為らず、わたしにはそれはできなかった。指先一本、触れたくなかった。彼女の居場所を知っておくのはいいが、自分の居場所を彼女に知られてしまうのは不安で仕方がない。きびすを返したわたしに、相変わらず独りで話しかけながら、むしろ、一切得られなかったわたしからの応答など、もはや、彼女自身にも求められてさえいなかったのかもしれない。性急な言葉が流れ出して止まらない。ドアを開けたタクシーの扉の中にまで、「あぶないぜ」つられて顔を突っ込んだ彼女に「顔、挟まれちゃうよ」一瞬、彼女は何が起こったのかわからない、何かの犠牲者のような顔をした。と、声をたてて笑った彼女は身を起こして、自分でドアを閉めながら、じゃね、バイバイ、彼女がわたしを、大袈裟な歓声を立てながら見送るのをは、わたしは見なかった。眼を逸らしたまま、ガラスに手形が付いた気がした。運転手はすべてを無視したが、いま、と、声のするほうを振り向く前に、花々は散るだろう、咲いたことの代償として、その燃え上がった樹木の白濁の向こうに?

そして、爪は震えるのだった、両手の先の小さな領域の中だけに、いつも、開かれた口蓋は何を語ったのかと、かつて目を凝らした人々は、その沈黙の形姿を、舞い上がった灰の、その舞いあがらせた春の風に重ねたのだった。蝶の羽ばたきの名残さえも、いま、とふたたび囁かれたならば、Lệ Hằng を裸にむいたまま、Lệ Hằngは窓際に立って、カーテン越しの午後の陽光の中に、わたしはLệ Hằngを後ろ手につかまえたまま、やがて、片手でこっちを向かせてやると、すれすれの距離の中で、わたしは彼女に見とれてやる。この少女のために。その肢体を。秒数だけを頭の中で数えながら、Lệ Hằngが背を伸ばして、わたしが眼差しの中に捕らえているはずの美しい自分の裸体に、そして眼差しに見つめられ続けていること自体に、倦んだような、恍惚とした表情をさらしたのは知っている。どんな女も、同じように見つめられた眼差しの中で、同じような表情をさらした。彼女の右の乳首に唇を当てて、やがて乳房に顔をうずめると、見えない頭上で彼女が首を曲げて、わたしの頭に唇をあてがったまま、Lệ Hằng は髪の毛の匂いをかいだ。彼女のいまだ幼すぎる体には興味が持てない。やがて成熟しきったあとの体を前にしても、たぶん同じことを思うには違いない。たしかに、彼女を初めて抱こうとしていた数分の間だけは、彼女に、あるいはその体に魅了されたに違いない。むせ返るような興奮があったのは、確かだった。見えたのは、破棄された工場の尖塔の逆光の、いつも、誰かをはじめて抱くときに自動的に感じるもの。外国人による、まだ未成年の、いたいけない少女への、何と言うのだろう?彼女の身体の中に、何度か失敗しながら、やがてわたしのそれが挿入されたときに、いつものように、高揚した喉の奥の温度はどこかへ溶解して、早く終わってくれることだけを願う。Lệ Hằngに、ほしい、と、いま、自分が彼女に魅了されて、求めても求めても、ほしくて、もう、ほしくてたまらずに、と、求めること自体が飢えを発生して、もはや飽き足ることがないのだと、そう、もっと、思わせてあげられるように。もっと、ほしい、もっと。ほしいよ。もっと、ほしい。ね?彼女の息遣いに自分に息遣いを重ねてあげながら。彼女が、その両親と口論しているのは良く見かけた。間違いなく、原因はわたし以外にはありえなかった。当然のことだ。いくらなんでも、年端のいかない娘がわけのわからない外国人に手篭めにされて面白い親などいない。

春奈はむかし、わたしが大学を出るまえから、新宿や六本木で水商売をやっていた、あのころに知り合った女だった。いかなるかたちでも、仕事上の付き合いはなかった。池袋のキャバクラで、それなりに名前の通った女で、そして当時親友だとよびあっていた男の女だった。あるいは妹だった。春奈との約束など忘れてしまえばよかった。わたしの記憶にあった、小柄で、見掛けは華奢だが、脱がしてみれば、それなりにふっくらと、極端なほどに扇情的で、児童ポルノまがいの色気のある体が現れる、切れ長の目の、淡白な顔立ちの中で、ゆたかな厚みをもった唇が、ただ赤く目を引く、あの21歳の女だとはどうしても思えなかった。必ずしも美しいわけでもなく、かわいいわけでもないが、どこか男好きのする、かつ、清楚な、謎をかけずにはおかない雰囲気を持った女、だった女。まるで別の人間にしか見えない。背の高ささえ違う気がした。整形の失敗なのか、後遺症なのか、何なのか、全部の複合態なのか、年を取ったりやつれたり自然に劣化したのとは違う、あきらかに暴力的な劣化が、その顔にはあった。インターネットで彼女の名前を検索すると、いくつかのノイズのなかに、彼女のブログと、フェイスブックが出てくる。ブログは、10年前から放置されたままの、おそらくは現存しない水商売の店のブログで、まだ、醜くはない彼女が写っていた。フェイスブックには、1枚だけ、昼間見たあの女の泣いているのか笑っているのかわからない顔が映っていて、その隣には見たことのない、地味な、中年太りの《おやじ》然とした、たぶん二十代後半の男がならんで写っていた。彼は、つまらなくて仕方ないのを、無理やり笑わさせれたような顔をしていて、彼女の誕生日を祝っているのだった。もともと、そんな笑顔しかできないのかもしれない。2012年。何年か、ちょっと前。それ以外に自分の写真はなく、料理や、風景の写真だけ。あるいは、すさんだ、自分の部屋の中らしいごみ屋敷の中のからの窓の逆光にぶれた写真など。あとは、二日をあけずアップされているらしい、文字だけの記事。今日また手首を切ったこと、生きていたくないこと、彼氏が例外的に今日やさしかったこと、今日言いことがあったが秘密だということ、あるいは、よくわからない身辺のことを、誰にもわかりようのないあだ名や言い回しだけで、膨大な量の文字数をつかって書いた、読解不能な、なにかを訴えているらしい文章など。明らかに、壊れた人間がいた。その、壊れ方が、わたしの興味を、少し、そして確実にそそった。会ってみれば、興味をそそられたこと自体をすぐに後悔させられる。彼女が指定した場所の近くをうろつきながら、その居場所を探しているときに、ほんの少しの頭上でした彼女の声を、振り返って見上げた幡ヶ谷のアパートのベランダの逆光の中の彼女を見た瞬間に、すぐに逃げ出したくなる。手招かれたままに二階に上がると、ドアを開けて待っていた彼女は、安心して、と、男はどっかへ行って、今いないから、そう性急にささやいたまま、上目遣いの伺う目線の中に、一歩入っただけで部屋の中は、すえた異臭が鼻を打ち、呼吸をするのさえためられた。ほんの三十分程度しなかったいなかったが、逃げ出したいわたしには、それらの停滞しきった時間は永遠のように思えた。再び部屋を出たときにはじめて息を深く吸い込むが、空気に味があることに気付いた。新鮮で、腐っていない空気と、そうではない空気との絶対的な味覚上の違い。早足で、最早、彼女と一切言葉をかわそうとしないわたしと、送るといって聞かずに、離れた駅までの距離を付き添って離れようとしない彼女との、接近しては遠ざかる距離感の執拗な戯れが、ただ、皮膚感覚として、首筋から喉の奥にかけて、痛い。人を殺したに違いない時、がある。わたしは思い出す。まだ美しかった、あるいは、まだ人間だった頃の春奈と会う前か、別れも告げずに、彼女がわたしの近くから立ち去ってしまった後のことだった。新宿の、加藤連合系の末端のやくざが流してきた話だった。人、殺してみん?浜村と言うその男は言った。ちょっと、稼ぎにはなるよ。彼は笑って、わたしは癪な気がした。オッケー、いいよ。終電近く、錦糸町の駅の前で、その指定された男を張り込み、浜村に渡された、よく手入れのされた短刀をおさめたかばんを肩に担いで、わたしは彼を待っていた。名前は知らなかった。

「もう、会わない気でしょ」不意に立ち止まった春奈が言った。わたしも、彼女に寄り添うようにして立ち止まり、「どうして?」わたしは言った。どうして、そんなこと思うの?わたしは知っていた。わたしが、優しい、とても、限りなく優しい眼差しのうちに、微笑と共に彼女を見つめているのを。ずっと微笑み続けていたのを。彼女の部屋の中でも、いまも、一方的に話しかける彼女の声を聞いている間中から既に。ずっと。接近と乖離を繰り返す、互いに仕掛けあった追走に、彼が付き纏うわたしの存在に気付いているのは知っていた。錦糸町の駅から離れた、最早繁華街とはいえない人気のない道路のビルの前で、わたしが躓きそうになったとき、それがやっと機会を与えた。なぜ、逃げないのだろう?わたしは訝った。わたしは前のめりに走り出す。気付いているのなら、なぜ、逃げないのだろう?

 

 

 

「そんなことないよ」わたしは、又会おうぜ、また、と、「近いうちに」言った。春奈に、何故、逃げないのだろう?彼女は。狂った自分から?自分の破綻そのものから。飛び掛ったわたしに、なぶられるまま倒れこんだ男が路面に頭さえぶつけたのを、知るのに少し遅れて気付く。息が荒れる。まだ若い二十歳過ぎに過ぎない彼は、息を詰めながら、仰向けにわたしのほうを見上げた。問いかけるような眼差し。見た。わたしの背後に広がっているはずのものを?空を、夜の?「うそ」春奈が鼻の奥から甲高い笑い声を立て、不健康に太りすぎた彼女の崩れた顔は最早笑っているのか泣いているのかの区別さえ付かなかった。フェイスブック画像と同じ表情。あるいは、同じ主題によるヴァリエーション。夜の空の色彩。わたしの背後に広がっているのは、暗い夜の空ではなかったはずだった。むしろ街路をてらしだした照明に、逆光の中で、彼が目を一瞬くらませ息を飲んだその、わたしの手のひらがその目を覆ったとき、わたしは彼の喉に短刀を突き刺していた。血が噴出していたことは、逃げ出して走った週百メートル先のビル影で気付いた。想起するように。やっと。刃物が肉あるいは筋肉の筋あるいは骨格らしきものに連鎖的に触れた気がした瞬間に、わたしは既に逃げ出していた。右手だけを、少しだけ血が汚していた。手を洗うすべはなかった。冬の、ダウンジャケットの内側でそれをすぐに拭った。手は震えていなかった。内側だけで骨が震えていた。短刀はバッグに押し込んだ。わたしが大きく息をついた瞬間に、いままで呼吸をしていた記憶さえなかったことに気付く。いつから?死んだに違いない。いつ?確証はない。誰かを殺した手触りだけはある。誰を?冬の空気は冷たい。いま。声さえ立てなかった。引き詰められた未生の音声が彼の喉の奥から立つ前に消えた。春奈の部屋は見事に荒んでいた。部屋の中を耐えられない臭気が包み、Lệ Hằng にフェラチオを教えようとしたとき、欲望として明確に、わたしがそれを求めていたわけではなかった。時に声を立てて笑いながらわたしは、そして彼女は鼻の前にぶら下がったそれを、上目遣いで、激しく何度も首を振った。何度も、だめです。繰り返し拒絶して、できません。部屋の荒れようはただ事ではなかった。整理させたものは何も、どこにもなく、清潔な空間などどこにも、何も存在しない。すべてが腐って、汚れ、穢されていた。入って、ね「遠慮しないでいいから。」わたしの手をつかんで連れ込む春奈を拒絶できないまま、わたしが彼女の身体を求めようとしない時には、ときに自分からわたしのそれをまさぐって、勃起させようとするのに。後頭部を鷲掴みにしてその唇を勃起しかけたそれに誘ったわたしの手のひらを、Lệ Hằng は、泣きそうな眼差しを曝し、その、こっけいなほどの拒絶の極端さに、穢いです。わたしは耐えられず笑い声をもらす。わたしにはできません。あまりにも春奈の部屋の中は穢すぎて、息さえできない。わたしの口はそんなものを含むためには存在してはいません。口元にさしだされた「食べて」彼女の太った、痙攣する指先につままれたスナック菓子を、「遠慮しないで、何もないけど」彼女はそのつまんだ指ごとしゃぶって欲しかったのだろうか?ときに、かつてわたしが戯れに、その指先に対してしてやったように。あの天使の華奢な指先に。瀟洒なピンクのネイルに。自分に見とれたような眼差しを自分に対して浮かべたまま、春奈はわたしを見つめたものだった。裸の、わずかな胸ふくらみのうえに、横たわったわたしの頭を抱きながら。小さく、声を立てて笑い、とまらない、嗜虐的にしか聞こえない笑い声を自分でも耐えがたく聞きながら、Lệ Hằngの頭を押さえつけてその唇をわたしのそれに押し付けようとするうちに、それはすでに勃起して、彼女の目の前で、ときにその鼻先にさえ先端は触れた。Lệ Hằngは必死に顔をそらそうとして、「穢いけど座って」言われるままに、諦めるしかないわたしは、黒ずみ、湿気たカーペットの上に座るのだが、春奈の部屋は思ったよりは広い。それなりの広さの空間の中を、部屋の真ん中のテーブルの周囲のささやかな表面以外の空間すべてを、ごみ、無数の缶ビール、ハエ、小さな羽虫、それらのものが、足の踏み場もない占領を見せて、春奈はたしかに、これらの現状のすべてに占領されているに違いない。泣きそうな顔をして執拗に拒絶するのを、ついに緩められた手を振りほどいたLệ Hằngが鼻先のそれに噛み付くようなそぶりを見せた後、本当に噛み付くかも知れないとわたしは思う。歯をときに、カチカチと鳴らしながらしゃべる春奈が、なぜ、そんな風にしかしゃべれないのかがわからない。ときに、本当に舌をかんで、言葉が不意に濁音化し、発話は中断されたまま、そしてわたしは春奈から目を離すことができない。ビールを開けようにも腕自体が震えて、開けきるまでには大量にこぼしてしまう春奈を、ややあって、再び話され始めたとき、会話は飛んでいる。話し続けていたのだろうか?口を押さえて、一瞬息を止めていたあいだにも、彼女は。舌の一部に存在した強烈な痛みに白目さえ剥いてみせるのけぞった大袈裟さの向こうで。舌を咬んでしまった春奈は大口を開けてみせ、舌をゆっくりと上下させ、噛み付かれるかもしれない恐怖感をさえわたしに抱かせながら、その、何かに舌を這わせる動きを空間にして見せた後、Lệ Hằngは、迷い無く根元近くまでくわえ込んで、ふたたび上目遣いに見つめたが、不自然に開かれながらすぼめられた口と、占領され、圧迫された口蓋内部は、自然に辱められた不細工さを彼女の顔に与えた。微笑もうとした瞬間に、むせ返ったLệ Hằngは、くの字に背を曲げるしかない。多くの女たちと同じように、はじめての時のLệ Hằngは、力なく征服されてしまったことを、自分自身にさえ証明しようとするかのように諦めきった無抵抗さで、体を為されるがままにまかせた。ときに、自分を蹂躙するものに対して力を貸しあたえながら。二回目からは、完全に自分を、が、支配した彼をいつくしむように、彼女は自分から、彼を助けるような身振りの中に、彼を求めた。同じ日の夜であったとしても。数時間の間の出来事に過ぎないにも拘らず、それらはまったく差異する出来事であるに違いない。彼女たちにとっては。誰が、加害者なのか。誰が蹂躙したのか。彼女は蹂躙し、穢したのだった。彼女もそれを良く知っていた。気付いてはいないにしても。彼女の眼差しがすべてを語った。あの、暴力によって強姦し、辱めてやった被害者を哀れみともに見つめたに他ならない、彼女たちの眼差しのすべてが。体液を、その体内に吐き出した後で引き出されたわたしのペニスは、なにより彼女たちの体液で濡れていた。いつも。あんたがいなくなってから、と、なんか、やっぱり、彼女が言うのを聞き、わたしは、頭おかしく為っちゃって、と春奈は言った。なんか、どうしようもないじゃん、と、春奈は、わたしと別れてから、風俗のほうに流れたらしかったが、だからさあ、痛くってしょうがないの、んだけどさ、アルコール中毒と合法ドラッグ=脱法ドラッグ=違法ドラッグ=危険ドラッグと、ね?切っちゃうよね、やっぱ。昔からのリスト・カットと、きっちゃうと、それなりに頭、すっきりすんの、いずれにせよ病的な肥満が彼女から賞品価値を剥奪していくのに時間はかからなかったが、だからさ、やるんだけど、いたいのはさ、いまや、無職の、壊れて無色同然のかのじょは、なれないんね。なれないん、だから、やんの、だから、そ、だから、彼女は男に養われていたが、んぁだけどさ、でもさ、いたいのはいたいんじゃん?、からさ、けんかして二日前に出て行ったきり、っちう、でもきるとね、なんか、あたまんなかに、できんのね、なんか、いまでも時々廃れた出会いパブで男を何とか捕まえて、すーとしたくうきかん?っちう、なんか私的売春で食いつないだりもするものの、なんにもないくうかんにさー、ぽーんとはいえ、男はなかなかつかまらない、とさー、なげだされたみたいな、めったに。そういう、んじゃん?逃げられてばかりだと「死ねばいいのに」わたしは言った。微笑みながら、耳元にわざと近付けて、はっきり聞き取れるように。その瞬間、嗅いでしまった彼女の至近距離の体臭に眉をひそめた。「ほんと、それ」ほーんと、春奈は声を立てて笑った。ほんとしんだほ-がさ、この日一番の上機嫌にほんとふつーに、ふつーにそーおもうんじゃん?なった春奈の笑い声はそれせーかい止まらないままみたいな?何年も同じ男と同居している。キャバクラ時代の客だった。金もないのに、彼女に給与の大半をつぎ込んでいたのだった。女っけのない男だったし、女など作れない男だった。風俗の女と、春奈以外をは、抱いたことがない。何度も別れたが、男は帰ってきた。ずっと男が借りている部屋に一緒に住んでいた。男は、帰ってくるしかないのかも知れない。最初の内、風俗で働くことには反対されていたが、今では彼も賛成している。一日中家にいて、ずっと酒と薬物ばかり、ときに、手首を切るだけ、それよりは、マシだと。けど、独りのときは切らない、誰かのそばにいるとき。そんなとき、安心して切れる。あいつがいないから、この二日間は切ってない。我慢してる。あの頃から、そうだった。《天使》だった頃から。手首に何本もの傷があった。いまや、手首に傷があるというよりも、傷そのもののことを手首と呼ばなければ為らないほどに、それらは密集して、皮膚らしき有機物の上を埋め尽くしていた。精神疾患などとは呼びたくない。そんなに、整然としたものではない。狂気などと呼びたくはない。そんなに、美しいものではない。目の前に、この語の最も差別的で、軽蔑と侮辱に満ちた意味での、その《気狂い》が息遣って、生息していた。相対的に穢いのではない。絶対的に穢い。人権など彼女には存在しない。なぜなら、人間ではありえないからだ。彼女をさえ内包できるほど、人間という概念は強靭ではない。触れるものすべてを腐らせてしまう彼女は、その《彼氏》をさえ腐らせているに違いない。何度殺したってかまわない。何度も殺してやればいい。決して、彼女が死ぬことなどできないはずだから。彼女を殴ってしまわないのは、彼女に触れたくないからだった。たまった洗い物の下の、腐ったなにかの臭気の奥を探せば出てくるかも知れない刃物で、彼女を突き刺さないのは、彼女が触れたものに決して触りたくはないからだった。彼女に、一瞬たりとも関わりたくない。わたしは知っている、そして、彼女に対してみもふたもなく感じる、このどうしようもない懐かしさは何なのだろう?わたしは知っている、例えばアルフレート・シュニトケのかすれた弦楽器の微分音の先に、暗示されていたのかも知れない何かに感じられたような、その、どうしようもない無距離な近さで、それが、もはや暗示ではなく親密に、ただ、わたしに、それそのものが触れるときに、知っている、よく知っていた。泣き出したいほどに、謝って、泣きながら、何度も謝り続けて、ひれ伏して、許してください、と、あるいは、抱きしめてくださいと、乞い願うしかなかった、その、わたしは、彼女がわたしに触れ続けていた。夜が明ける。ゆっくりと、一気にすべての暗さのやさしい均衡を破綻させながら、明らんだ色彩が斑に空間を染め、破壊的な色彩の光に、にもかかわらずなにもの染められもしないままに、やがてその無残な破滅美が消滅していくとき、内側から白んでいくような青さが、一面の空を支配していく。眠れないままに明かされた夜の終わりに、わたしは、開け放たれた窓の向こうからの光の中にゆっくりと身を起こし、まだ眠っていたのだった。わたしは息遣い、息をつくものの、いまだに、彼女は眠っていたのだった。すでに起きていた穢死丸は、声を立てずに笑って、Lệ Hằngは、わたしの腕を後ろからつかみ、立ち上がって、わたしはようやく目覚めたような気がしながら息遣っているだけのわたしに、ただ、日差しはいまだに優しい。窓越しの、そして、昼の、熱帯のあの強烈さはないままに、トイレに立とうとしたとき、Lệ Hằngは頭を振りながら拒絶するのだった、後ろ手にわたしの腕をつかんだままで、わたしが立ち上がったのを、不意にLệ Hằngは、んノー、言って頭を振りながら、彼女は。トイレに行くだけだというわたしに、わざと聞く耳さえ持たず、結局シャワールームにまで着いて来た彼女が、わたしを便座に女性のように座らせた。いたずらな笑みだけを浮かべつづけた彼女の尻をたたき、背後の通風窓からさす高い日差しが、その褐色の肌の半分をだけ直射する。かすかな金色の光の白濁。うぶ毛のささいな明滅。わたしは命ぜられるままに女のように放尿するが、その匂いと、汗ばんだままの彼女の皮膚にこびりついた体臭が、混ざり合って鼻に入る。自分の体臭には気付かない。眠れないかと思ったが、一本だけコンビニで買った缶ビールを飲むと、不思議にすぐに寝てしまったのだった。次の日メールで呼び出した浜村に、用心のためと言って彼が指定した、いつもと違う、渋谷のガード下の喫茶店に行くと「ほんまに、やったん?」彼は、眉をひそめながら言った。朝の早時間だった。シャワーを浴びれば、結局は、朝はすがすがしかった。いつも夜に会う浜村の顔だけが、朝の気配にそぐわず、わたしにはそれだけが目ざわりだった。「浜さんが、やれって言ったんでしょ?」わたしは声を立てて笑った。素人は普通、怖気づいて逃げるもんで。浜村が、独り語散るように言い捨てながら、こっちで処分したげる、と、短刀の入ったかばんを受け取るのを、わたしは目で追った。彼は人を殺したことがあるのだろうか?自分で。「もう二度と、すんなよ」念を押すように言う彼にわたしが笑いかけると、表情は人の良い笑い顔に崩れて「お金、今晩あげるから。いつもの、歌舞伎の喫茶店な、」甘えるような、人なつっこさで「あそこ、来て。な」声を立てて笑い、わたしの肩を撫でた。「まぁ、ねぇ。まぁ、ご苦労さん」あの男はまだ大学生だったらしかった。海外旅行だかバックパッカーだかサーフィン留学だかなんだかで、何度か単身訪れたフィリピンのどこかの島で覚醒剤の密輸ルートを自分で作ってしまったらしかった。前代未聞だというので、粛清しようとしたのは、浜村の上の人間だった。素人だから、というので、冗談めかして、飲んだ時にわたしに話を振ったのだった。断っても良かった。彼も断ると思っていたのかもしれなかった。その、当たり前のことをするのが、単に癪だっただけだ。どうせ誰かに殺されるのだった。それが、わたしの手であっても、誰かの手であっても、たいして変わりはなかった。春奈と初めて会ったのは、その後だった気がする。


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ブーゲンビリアの花簪3

わたしは歌舞伎町でホストをやっていた。家出をして東京に出てきたわたしにとって、一番手っ取り早いのは、それ以外にはなかった。ある意味、春奈のような人間たちと同じ種類の人間なのかも知れなかった。彼女の場合は、もっとシンプルな理由だった。ある女がいた。その母親は離婚後に、極端な潔癖症から、彼女を虐待した。生傷が絶えなかった。ある男と結婚した。息子ができた。すぐに離婚した。旦那に暴力癖があったのは事実だったし、女にも浮気癖があった。新しい男と結婚した。息子の存在がネックだったが、結婚してみると新しい男の溺愛がはじまった。子ども嫌いだった男が、自分なりに頑張った結果だったかもしれなかった。血のつながった娘ができると、更なる溺愛が、二人の子供を包んだ。彼はもう、手一杯だった。それが女には許せなかった。同時に女の、娘への虐待が始まった。これ以上ないほど、陰惨な。押し付けられる煙草の火、肌を焼くアイロンの温度、強制的に食わされた生ごみ、その腐りかけた味覚。ウサギ用のケージの中に閉じ込められ、風呂場で水をぶちまかれ、その他。やがて娘は家出した。名前を我喜屋春奈といった。整形とリストカットと拒食症と過食症を繰り返した。整形以外のものは母親と同じだった。暴力の無限連鎖。遺伝より残酷な暴力の無限に拡がる波紋のような破壊。「いっそ、殺してあげればいいんじゃないですか?」なぜ、だれもそう言わないのだろう。善良な何かがそれを言わせないのだろうか?善意とは何なのか?良心とはなんなのか?そもそものどうしようもない悲惨さから、目を背けなければ生きていけないから、それだけなのではないか?善意、あるいは良心とは、そむけられた眼差しが見いだした、仮想上された花のようなものなのではなかったのか?殺戮し、殺戮されることでした生きてはいけないことを、目覚めたまま一つの容赦ない殺戮としてそれを見つめ続けなければならないとき、既に逸らされていた眼差しのうちに、かつて良心とよばれ、あるいは倫理とよばれたどうしようもない内面拘束力が発生したのかもしれない。そして、見つめられさえしなかった悲惨さは、いつもうすらべったく、単に愚かで見苦しい。安っぽく、ぺらぺらで、聖書の1ページ分の重みすらない。振り向いたそっちで、お前は?お前は、いま、どれだけ悲惨な、薄らべったく、見苦しい、絶望そのものとして、いま、ここに息遣っているのだろう。わたしが問いかけるそれはいつも《お前》だ。そんなことは既に知っている。何度、わたしはお前をあざ笑いながら殺してしまっただろう。自分の血にまみれて覚醒する。穢死丸が子供のように笑った。最早飽き果ててさえいるのに、それは繰り返し続けられざるを獲ない。浜村がいつだったか連れてきた北村翔太と言う名の男は、わたしよりも年下に見えた。いまは、実際には6歳も年上だったことを知っている。立派なホストにしたげて、と、浜村は言った。長く髪を伸ばした華奢に見える男で、見かけはそうであっても、裸をさらせば、筋肉がただ驕って骨格の上を覆った、きなくさい精悍さが現れるのを、そしてわたしは嘘をつかれたようにして正面から盗み見た。恋愛感情は窃盗のようにして成就される。わたしが眼差しのうちに探りを入れるのを、探りを入れていることに彼が気付いていることの眼差しのうちでの明示は、すぐさますべての承認を意味した。眼差しに、何もかにもが了解され、交わされる多くの言葉の向こうで、或いはこっちで、既に会話は尽きていた。何ものをも解決しない言葉それ自体の属性に従って、本質的に尽き獲ることのない会話は、つまり、最初から会話など存在してはいなかったのかも知れない。ただ、わたしたちは既に知っていたのだった。愛し合っている、そしてそれが承認されていることの事実を。それは同性愛の特質ではない。異性愛においても、本質的には変わらない。少しだけ手間がかかるだけのことだった。異性愛のほうが、むしろ、いつも劇場的な偽りと虚飾の感覚にまみれてさえいた。本質を包み隠して。より自然で、哺乳類として本能的で、生体として妥当な営みであるにも関わらず。が、故にこそ。蜜蜂ではなく、射精という自分の身体内の事件によってのみ受精が達成されることの、単なる必然かも知れなかった。事件は劇場の産物だった。事件は常にその周辺を劇場化した。あるいは肉体に於ける事件を誘発しなければならない肉体の、その肉体上のさまざまな媚態という事件の群れの発生をも含めて。にもかかわらず、肉体に於ける事件の発生が、その肉体そのものの破綻か、ある肉体との接触、あるいは肉体以外の他なるものとの接触によってしか発生しない以上、肉体は既に、精神と彼自らが呼んだものを見出していた。単なる論理的な必然として、自らには含まれない絶対的な外部として。それに肉体は愛という名を与えた。一瞬の、精神と肉体との接触として倒錯的に錯覚されたにすぎない、自分自身の固有の体験に。そして精神という名の架空の王は見出され、成立したのだった。認識上に、感覚上に、当然のあり獲べき錯誤に他ならかったが故に、ついに自分自身をさらし獲なかったこの跳躍が、必然的に。精神という名の王は、既に戴冠されたていた。やがて、既に殺され、いまや、死児として生まれている王として。いつものように酔いつぶれた浜村に、じゃあ、これで、おれ、帰るから、そう言うわたしを、彼はなじりさえしながら、わたしの傍らでうなづいた北村は「じゃ、おれも」言った。チキンの浜村。自分では何もできない、残酷なほどに無能な、熊のような体格の下に何かに対する解消されない欲求不満だけを抱えた小さなチキン。飛べないばかりでなく、食われることでしか生存理由を示せない子飼いのチキン。生み出される卵すら、食われる以外に意味はない。なじり、ののしり、笑い声を立てて、ゴールデン街の小さな飲み屋に居残った客たちと共に置き去りにされ、「どこか入ろうよ」言った北村を、わたしはその頃、歌舞伎町の中のライオンズマンションの最上階に住んでいた。小さな部屋だった。こっけいだったのは、部屋自体より、ルーフバルコニーのほうが広かったことだった。でたらめな間取りの、全部がやっつけ仕事の、巨大な、古いマンション。不良外国人か、水商売の人間か、やくざか、それまがいの社会の末端の人間たちが、住むか、事務所を開くかしていた。初めてわたしの部屋で夜を明かした朝に、その光の中であらためて見た、どうしようもなくでたらめな間取りに、北村は声を立てて笑いさえしたものだった。北村の裸体は美しかった。造型上の明らかな過ちが目障りに集積したその身体は、それらの無数の過ちを根拠とした、固有の完成度を持った集合体として、その特異な美しさに於いて、視覚を魅了させざるを獲ない。わたしたちは、どちらかが征服されたのではなく、どちらもが獲得したのだった。わたしたちはお互いに知っていた。昨日獲得されたいまや、わたしたちは獲得された事実が消滅することのないように、破綻することのないように、お互いを禁欲的なまでの慎重さでまさぐりあうのだった。見つめあった眼差しのうちでさえも、わたしたちが、お互いの了解のかつての成立を、いまに於いても成立させるため、心細い努力をわたしたちが重ね続けねば為らなかったことを、知っていることには気付いていた。蜘蛛の巣を張りめぐらしたような、繊細な気配の震えの中で。いつものことだった。わたしは朝日の逆光の中に目を閉じるが、閉じられたまぶたの、内側から赤らんだ逆光の暗闇の中に、北村の存在の形態を、その動きの気配をすら追っていた。やがてわたしの唇は彼の鎖骨のおうとつに触れ、覆いかぶさったその身体は、手でも指さきででも触れることはなく、そっと、おしつけられた皮膚全体の下にこの骨ばった流線型の形態をなぞる。わたしの息がいま、彼の皮膚に触れているのには気づいている。彼はそれを感じていた。彼も目を閉じていたに違いなかった。北村のそれと、あやうく重なり合うわたしのそれが、温度を交換し合っているのを気付いている。北村のそれの温度をだけ、一方的に感じているだけにすぎないにしても。愛しているのかどうか、わたしにはわからなかった。愛し、て、いる、この複雑な動詞の、その暴力的な断定は、或いは、トランスジェンダーのそれをも含めたあらゆる種類の異性愛にふさわしいものではあっても、わたしと北村にとって、最早ふさわしくないばかりでなく、不可能でさえあった。ややあって、北村がわたしのそれの裏側に鼻筋をあてて、睾丸のふくらみに息を、ふっ、と、かけてしまった時に、わたしは彼の指先が右の乳首をだけ執拗にいたぶっていたのを感じていた。口の中に開かれた領域の中で、わたしはいつか夢に見入ったものだった。いつしか予測されていた執拗さで、網膜は裏側で向こうの音響を聞いた。耳元の、遠い向こうで聞き取られたその音響が。岸の向こうに、皮膚が伝えた大気の温度を忘れてしまう前に、岸の向こうで、いまだ橋は掛けられなかった。わたしたちはそして、飛び立ったのだった。夜が明けることを兆した鳥たちの羽ばたきの、容赦もない昏い呼吸のあの淡々とした暴力的なきらめきが、いつか、わたしたちの肌を打つように、そして、淡々とした、にも拘らず痛みに解消されないままにうずくまった接触は、ときに暴力的な愛撫をさえ、わたしはLệ Hằng に加えたものだった。あるいは彼女は拒絶することにさえ疲れ果てて、Lệ Hằngはそのとき、なにを見ていたのか。例えば振り向きざまにわたしにひっぱたかれたときに、彼女は息を詰めて、そしてわたしは知らなかった、自分のとっさの窒息しそうなほどの憎悪が、(体の中で、叩き割った粉々のガラスが、)なにを根拠にして(神経に冷たく刺さっているような、その)成立してたのかさえ。Lệ Hằngはわたしを愛していた。あるいは、わたしから最早逃げ出せなくなっていたのかも知れなかった。誰にも命じられることなく、逃げられない命令として。例えば、殺される直前のわたしの母がそうだったらしかったように。春奈が、あるいは、その《彼氏》が春奈から、結局は逃げられないらしいように。あるいは、わたしが北村から逃げられなかったように。北村の焼身自殺はこっけいだった。クリスマス・イブだった。雪は降らなかった。逃げ込んだ雑居ビルの屋上で、他人を殺すために用意されたはずの《お前?》声。《ん?》わたしと《おれ》彼の《どうしたの?》その《いまから、おれ、死ぬ》それらの《は?》声。《無理っぽい。終わったっぽい》電話越しの《なんで?》声は、《もう、やばい》その、《まじ?》北村の《おわり。死ぬわ。》わたしは思い出す、鼻血を流しながら上空を見上げたLệ Hằngは、世界中の苦悩の一切を、いま、すべて知ってしまったような顔をして、涙さえ流さずに、やむを獲ず彼女を見つめ続けていたわたしが、不意に、Em,... em… 正気づいたように、Xin lỗi, em… そう早口にAnh xin lỗi すみません。わたしの唇に「ごめんね、」つぶやかれた瞬間に、崩壊するようにLệ Hằngの両目に決壊した涙が溢れた。一気に。その時に、一度気付かなかった携帯の二度目の着信に、《どうしたの?》わたしをとがめることなく《お前?》北村は言ったが、逃げ続けた雑居ビルの屋上で、もとはといえば他人を、あの歌舞伎町の不愉快なやくざたちを焼き殺すために用意したはずのガソリンを体中に帯びて、最期のこの時には、その行為のうちに、ふと首を絞められたLệ Hằngは、白目を剥きながら《どうしたの?》舌を出したが、大袈裟に、自分の体に放火する前に最後の煙草を一本すってからそのあとに、放火しようとしたガソリンまみれの馬鹿な北村が、くわえ煙草のままに点けたライターの《いまから、おれ、死ぬ。》火がともった瞬間に体中が燃え上がってしまったのを、電話越しでなくて、もし実際にこの目で見たとしたら、《は?》わたしはその馬鹿馬鹿しさを笑っただろうか?叫び声をあげながら暴れまわるその、《無理っぽい。終わったっぽい》涙したのか?その、ばかばかしさを、遺体安置上で、北村の、焼けただれて《なんで?》頭が吹っ飛んでいた死体の身元確認をしたときの彼の母親のように、涙しただろうか、Lệ Hằngは、何度、わたしの、わたしに単に思いつかれただけにすぎない(だが、)理不尽な暴力が終わった後で(わたしはそうするしかなかった。)、その女は確か(彼女を、)北村芭苗と言った筈だったが(わたしは。)、その母は、そのとき、《もう、やばい》40歳ちょっとだったに違いない彼女は、やがて、その死体を見た一瞬に泣きじゃくり始めるのだが、わたしはその号泣を思い出す、彼は燃え上がりながら、あつ、あっつ、あつ、それらの音声をわたしは聞いたが、電話越しに、《まじ?》何が起こっていたのかをわたしが知ったのは、その数持間後の、Lệ Hằngへの暴力が終わった後の、子どものように許しを乞う愛撫のさなかに、《おわり。死ぬわ。》何度もの、何度目かの涙が、Lệ Hằngを?あつ、あっつ、あつ、予想外に燃え上がった自分の身体が包まれた苦痛の最強音の木魂しにいたたまれなかった北村は、燃え上がりながらフェンスを飛び超えて、飛び降り、炎は夜の空間にたなびいて、ビルの裏手を堕ちていった。原宿と新宿の間の小汚い路面に打ちつられた彼の頭を、アスファルトは張り飛ばすように叩き潰して、派手な物音と臭気が立つが、誰かが上げた声の、それらが連鎖していく連なりがビルの屋上、やっと追いついた浜村たちに、北村の居場所を教えた。喚声。その連なり。騒音、それらの連鎖。そして怒号。言葉の重なりあわないことは、わたしたちに希薄な、と同時に確実な親密さを与えた。言葉でもって裏切られる必要がなく、その可能性すらない、むき出しの信頼の中で、お互いの眼差しが捉えただけの事実しか持ち獲ない、その。その巨大な空き容量の膨大さだけが、十全には触れ合っていない不自由さを、いつか、自覚させた。触れることが、何かが何かに触れるのである以上、そこにあらかじめから一瞬の自由さえなかったにも拘らず。わたしはLệ Hằngを、その眼差しのうちに捕らえたLệ Hằngが、ひそめられた息遣いを、そして彼女はわたしを視界に捉えきったままに、やがて皮膚と皮膚は接触しあう、その明晰な気配の中で、自由さえ奪われて、無数の言葉は自分勝手に聞き取られないままに交わされあいながら、眼差しは、閉じられた時でさえわたしにただ彼女の言葉を運んだ。沈黙の、語られなかった、語られたとしても、理解されることもなく、その音声を嗅がれ、味わわれただけに過ぎないそれらの戯れられた断片を。確実に、その。あるいは、本当に春奈は北村の女だったかもしれなかった。彼が自分で言ったままに。妹、こいつ、俺の、と、苗字違うけど、親、別れたからさ。まだ、いっしょに住んでんだけどね、あいつら、と、彼は言った、北村は、まだ?また?まぁ、そんな、ね?、と彼は、でも、こいつ、うざいからさ、妹。春奈、と、ま、部屋代って言うか、やりたいときにやってるっていうね。汚物処理的な?と、汚物処理班一号状態ね。手頃じゃん?単純に、と言う彼は、それは嘘には違いなかった。北村が女に手を出すはずがない。いずれにして我喜屋春奈は、北村の部屋に住み着いていた。我喜屋は父親の苗字だった。風林会館の一階喫茶店で、始めて会った彼女は、小柄な、華奢な、色の白い女だった。整った顔をしているが、とくに女らしいと言う感じはしない。それがむしろ、中性的で、清純な、神秘的な雰囲気をさえ与えていた。多くの男たちが、この汚れた世界では生きていけない、まるで天使のような、と、そう思うに違いなかった。女たちさえも、嫉妬と共に。わたしには、彼女がそんな人間ではないことはすぐにわかった。春奈は、しずかに、みごとに表現された子どもらしさで微笑みながら、隠そうともしない手首の無数の傷は、彼女があばずれといっても言い性質を、少なくともその半身には執拗に燃え上がらせているのに違いないことを、私にはっきり明示する。多くの、とてもたくさんの、リスカ痕のある女たちを見てきたものだった。わたしは知っていた。それは自己破壊などではなく、欲望への単なる依存の充溢にすぎないことを。自己憐憫への惑溺にすぎないことを。池袋のキャバクラで働いていると言った彼女のその声の、装われたような甲高さは、しかし、改正できない地声だった。「どうしたの?」いつだったか、会った春奈の右目にされた眼帯に(整形したんだ、とわたしは思った)、「こいつ、なぐった」わざと口を尖らせて春奈は言ったが、指差した先の北村が「ばか。ばっかじゃね?」言うのを、わたしは笑って聞いた。「しょうがないじゃん」と、わたしは「ばかなんだもん。な?」言いながら春奈の頭を撫ぜてやり、

 

 

 

Lệ Hằngのことを、現地の人間たちが気違いだよ、と言っているのも知っていたし、それも事実なのかも知れなかった。彼女は、わたしの友人たちにとって、美しく、耐え難い欲望の対象であり、その同じ男たちに彼女は、気違いとして忌避される対象なのだった。狂ってるよ、と、南部の、能天気な、一秒たりとも笑っていなければ、それは「彼女は、」時間の浪費だとでもいいたげな、よく笑う彼らが、「壊れています」眉をひそめて、深刻そうに、生理的な嫌悪感を抱えたように、わたしに忠告してきさえするのだった。ベトナム語、英語、日本語、さまざまななまり、なんて言ってる?初歩的な日本語と英語ができる経理の女に言うと、英語の通訳が返ってくるが、通訳者が嘘を訳しているのか、仮に意訳であったとして本当もことを訳しているのか、すぐにわかってしまうのは何故なのだろう?片方の理解できない言語など、単なる音の羅列に過ぎないのに。Lệ Hằngは気違いだよ、彼女は、本当にどうしようもない。貧弱なLệ Hằngの尻にいまだにちょっかいを出し乍ら。わたしには笑うしかなく、それが嘘とは言えないことくらいも知っていた。始めから、かってに部屋に上がりこもうとしたのはLệ Hằngだったし、いつの間にか守衛からスペアキーを入手してさえいた。気違い扱いされながら、自分が微笑めば、異性なら片っ端から自分に従うに違いないこと(少なくとも一度くらいは。)をは、彼女は十分に自覚していた。少なくとも魅力の醒めない十五分間くらいは。カフェを通りすぎて、近くの日系商業施設に行こうとするわたしの後ろを付けてきて、その背後に彼女の母親の罵声が立つのをわたしは聞いた。サイゴン近くの南部の地方都市の、日の光が注ぐ。新鮮な気配が消えない。コンクリート造の低層の建物の群れが、内側にたった無数の音声と騒音を固まらせながら、わたしは冗談のように、早足になったり、ゆっくりと歩いたり、Lệ Hằngの気を引こうとするかのように?立ち止まったりし乍ら、なんの意味さえもてないままに、Lệ Hằngは声を立てて笑い乍ら後ろを付いてくるのだった。この、数日前にカフェで一度見かけただけの少女は。振り向いたわたしに、ときに、舌を出し尻を振って見せながら。まだ朝早い光が、ゆっくりと熱帯の温度を所有し始める。サイゴンのほうへと続く主管道路があまりにも広く左手に広がって、白い砂を蓄えて、それらは日の光に差されるが、バイクの群れと貨物車両がそれにその音響を重ねた。大気を温めた温度がそのまま肺の中に入るのをわたしは知っている。背後のLệ Hằngがときどきわざと立てる笑い声を聞き、母は、かつて、同世代の、複数の少年たちに強姦されて惨殺された。

 

 

監禁され、暴行され、どのくらい?1ヶ月くらい?それは記録的な残酷事件だった。80年代の終わりにある少女を強姦した少年たちの集団は、少女をひとりの少年の部屋の中に監禁して、暴行を加え続けた。死体に刻印された悲惨な、あまりにも悲惨な暴力の痕跡、少女は逃げなかったのだった。Lệ Hằngが不意に走り出してわたしの前に飛び出したときに、彼女のこぼれるような笑顔を直射日光が差したのを、ときに、逃走の機会などあったはずなのに?監禁先の少年の母親と家の中で顔を合わせたことさえあったというのに?あれ?

あなた、だれ?

すみません。(あれ?)

どうしたの?(あれ?)もう、かえりなさいよ。

すみません。

もう、(あれ?)遅いじゃないいずれにしても彼女は逃げることがなく、それは彼女にはできなかった。少年たちがくゆるらした煙草の煙と、戯れに吸引されたシンナーの匂いのこもりさえした部屋の中で、見ろ、この傍らの木漏れ日を。いま、道路の日差しのなかで、褐色の少女はこのきらめきを、撥ねるように歩いて、わたしをそして、樹肌の匂いを、先導するように嗅げ。歩くのを、声を立てて笑ったわたしはその先導について角を曲がり、見ろ。彼らの特別なパーティに、さまざまな少年たち、少女たちが彼の部屋を訪ねた。監禁された少女を見に、強姦しに、暴行しに、慰めに、あるいは単純に、彼氏に会いに。多くの彼らが、見ろ、そこで、とんでもない事件が起こっているのをは知っていた。誰も通報しなかったのは、それが、隠されなければならない普通ではない犯罪であることに、誰もが、普通に感づいてしまったからかも知れなかった。あるいは、恐怖感に似た感情が、単に目を背けさせ、わたしたちは恐怖した。口を閉ざさせ、わたしたちは誰もが、それは、彼らへの加担を結果しつつも、振り返りながら時に笑いかけ、時に思いあぐねた視線の中で、Lệ Hằngはなにを思ったのか?振り返り見たわたしの微笑を?彼らへのかすかな共感をさえ感じさせる笑い声さえ立ちながら、重なり合った音声と眼差しは。彼らのさまざまな必然が交錯する中で、わたしたちは共謀した。恐怖と苦痛の連鎖が、一度現実として巻き起こってしまった限り、もはや逃げることも解消されることもないことを少女に自覚させたのは、わたしたちがもはや後戻りできないことをだけうすうす感づいてさえいたからだろうか?いつか、だれかがその少女の死を眼差しのうちに捉え、やがては、彼女を、ついにはもはや麻痺しさえした長い痛みのはてに殺してしまったのを、わたしたちは見たのだった。自ずからの視界のうちに、Lệ Hằngが周囲の竹林の中に、土の道路、疎らな平屋家屋を両方にはべらせただけの空虚な空間の中で、部屋の中の窓越しの陽光を見やった彼女の眼差しのうちに、その逆光、この空間が自分が最後に辿り着いた、終着の風景だと、少女が意識さえしたのはいつだったのか?肉体を破壊されたあの、そして、その体内で、わたしの細胞は分裂する。誰にも気付かれないままに。終わりだよ、と。ライターの火がオイルを塗られた彼女の肌を何度目かに焼いたときか、あるいは金属バットがその身体を殴打した無数の暴力のうちのどれかの、全身に何度目かの痛みの拡散していく救いようのない波紋の中にか?終わりだよ、と、思ったときは。ひとけがないことをいいことに、あるいは彼女はひとけがあったとしても、この褐色のLệ Hằngは、たとえ他人の眼差しが盗み見たとしても、何も気にもしなかったには違いない。死んでしまった彼女はコンクリート付けにされて埋葬されながら、ついに一度も避妊されなかったその健康な身体のうちの、何度目かの射精が実を結んだ受精は、いくども当然の細胞分裂を繰り返していたのを、彼らがひとりも気付かなかったのは、あるいはその少女すら気付きはしなかったのだった。Tシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になったLệ Hằngが日差しの下に、Tシャツはわたしに向かって放り投げられた。


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ブーゲンビリアの花簪4

 

バイクが一台通り過ぎて、為すすべもない驚きの眼差しのうちに彼女の肢体を捉えた男の両目は、すぐにバイクと共に遠ざかっていく。瞬間、Lệ Hằng が立てた甲高い嘲るような笑い声をわたしは忘れない。付近の資材置き場の隅に凝固した、不審なコンクリート片から漏れら腐乱臭に気付いたとき、死んだ彼女の体内で、わたしは八ヶ月目の成長段階だったのは、そのすべての髪の毛さえ抜け落ちた(それは、生存時に与えられた恐怖のためだとされた)惨殺死体の悲惨な状態以上に人々は、彼らは単純な恐怖をあえてかみ殺した。かれらは驚嘆させられた。たしかに、普通ではなかった。感じられた恐怖や驚嘆とともにその事実は彼らによって伏せられようとし、ひそめられた声の群れのうちに、Lệ Hằngは、誘い、誘惑するというよりも、わたしから逃げながら、わたしのために裸になって行く彼女が、スパッツを脱いで放り投げたときに、わたしは育った。死ななかったわたしを、少女の母は、不死丸と名づけた。育てられたわたしは、やがては、祖母が最早正気の人間とは言えないことくらいはすぐに気付いた。わたしの生存領域の中で日常的に繰り返される当然の事実として、少女の母親の唐突な発作の悲鳴と、失神と、嘔吐の音声と気配と匂いと視覚のむれは捉えられざるを得ないまま、下着すら脱ぎ捨てようとした瞬間に、見咎めた中年の女が家屋の中から早口に叫ぶのを、逆にののしって笑いながら逃げ去るLệ Hằngの後をわたしは追う。祖母の夫は沈黙がちなまま、わたしの頭を撫ぜたものだった。わたしは彼らに、あの事件が少女の身体に刻んだ痛みそのものを、おののきの中で想起させ続けながら、わたしは彼女が最後にはぐくんだ奇跡の命に他ならなかった。暴力そのものに過ぎない、幾度もの、もはや特定できない体内射精のどれかが結果した、犯罪の結果に過ぎないにも拘らず、彼らは目を背けながらわたしを愛し、愛の感情の背景に、むき出しの怒りそのものが生起していることくらいは知っていた。だれもが。彼らには許されなかった。許しや忘却などをは。わたしを愛そうとする眼差しこそが、暗い暴力の記憶の忘却を不可能にし、浄化あるいは救済の時の到来を破綻させる。女の罵声を背後に飛び越えて笑い立て、竹林の向こうに走り抜ける。Lệ Hằng は何度も振り向き見ては、立ち止まり、追ってくるわたしを見つめた。褐色の肌は、その内側に向かって、晒されないまま日に灼けなかった白さへのかすかなグラデーションを現した。彼女がその両親の金銭を奪っては、濫費して果てるらしいことを、やがてわたしは知るのだった。Lệ Hằngが弟に加える深刻な、肉体的な暴力。両親に逆らう時のLệ Hằngのあの、内側から発熱したような眼差し、それらは、やがてそれぞれ別々の時に知ることになるものの、この明らかに清楚な、無慈悲なまでに、悲しみと共にすべてを一瞬で思いつめてしまったような表情のこの少女の眼差しのうちに、すでにわたしは彼女の癒し難い発熱を知っていた。知性とよばれるものを内側から焼き尽くすような。初めて入った小汚いカフェで、コーヒー一杯を注文するのに無数の言葉とジェスチャーを消費しながら、わたしが捉えたその彼女の微笑み続ける眼差しのうちに、既に。穢死丸は、雨が!と叫び、竹林の向こう、工場跡らしい廃墟に出て、晒した肌の上に午前の日差しを浴びたまま、Lệ Hằngはゆっくりと、尻を振って見せながらあるく。何の工場跡だったのか最早定かではない錆びた鉄材の群れと、クラックにまみれ罅割れかけたコンクリート家屋と、トタン屋根の連なり、その錆びの赤茶色が、やがてわたしは彼女の至近距離に近づいたまま、すれすれの距離の中に、彼女はその至近距離にわたしの体臭をかぐ。わたしが彼女の体の匂いを吸い込んでいるのは、Lệ Hằngは既に知っていた。Lệ Hằngの視線は煙突のような尖塔の低い頂の向こうに、逆光の黒ずんだきらめきを捉えたに違いないあの一瞬に、足を止めそうになった彼女を振り向かせてひっぱたき、わたしはLệ Hằngを壁に叩きつけた。

 

 

投げつけられた彼女は、何も触れなかったはずの鼻から鼻血を流しながら、荒く息を付き、怯えたLệ Hằngは上目越しにわたしを見上げた。内股でようやく立っていた、痙攣を晒す彼女の身体を、そしてわたしが立ったままに彼女の初めての男になったとき、あげるべき声さえあげられず、吐かれるべき呼吸さえ吐き獲ずに、尻を突き出さしめられた彼女は恐怖にただ、息をひきつらせていた。わななくように震えながら、自分の尻を抱え上げた男に無抵抗の臀部を差し出して、涙と鼻水と鼻血の混合物で、時にさかさまにまぶたをさえ汚してしまい、いつでもLệ Hằngが、わたしの下唇を一度かんでからわたしの唇に、吸い付くようなキスをするのは何故だろう?あの日からずっと、わたしのホテルにいりびったっているこの未成年の少女は、両親からふんだくった金でわたしのためにシャツと短パンを買った。彼女好みの、確かに、町で若い男立ちが来ている風の服だった。彼女の好みのサンダル、飲食物、嗜好品、その他、彼女によって思いつかれたさまざまな貢物が気まぐれに用意されるままに、わたしのホテルの部屋は満たされ、天井の扇風機は壊れたままだった。Lệ Hằng の母親がいわゆる継母であることは知っている。その事情は知らない。Hằngの顔と父親のそれとの類似が、明らかに、あの、小太りの、とはいえ極端に豊満で色気づいた身体を抱えた、灼けた地味な顔立ちの母親の顔と並んだときに、それらの連鎖は絶ち切られた。何の感傷さえ残さず見事に。窓越しに、激しい雨期の雨の轟音が立っていたにも拘わらず、わたしは《天使の》春奈のさしだした手首のリスカ痕の群れの一つに舌を這わせてやったのだが、その、優しい愛撫。Lệ Hằngは多くの男たちから、さまざまな金銭やプレゼントを貢がせながら、《壊れ物の》春奈は酒の臭いを彼女が息遣うたびに撒き散らし、だから、わたしは思うのだった、彼女の話を聞いてやるふりをしながら、死んでくれればいいのに、と、やがてLệ Hằngが殺されてしまったときに、わたしは泣くのだろうか?あの音響の中で、車道に飛び出し、いつかの夜に酔いつぶれさせられた《天使の》春奈は飛び出すその《壊れた》上目遣いの眼差しに、いつ、死んでくれるの?潤んだ《天使の》春奈の瞳は落ち着きを失って、挙動不審になって、やがて彼女は正気を失っていくのに違いなかった、傷をなめる舌の感触と、彼女を強姦するためだったのか、口説くためだったのか、なんだったのか、そのはっきりしない境界線のままに、陽気な友人たち。彼らに酔いつぶれさせられたLệ Hằng は、酔いつぶれた衝動のままに、大声を上げて大通りに飛び出して、群れて立つ笑い声、バイクとトラックの群れは急停車した。無数の、一瞬で束なったそれらの音響、その、そのときの急ブレーキが、そして春奈が鼻をすすったとき、鼻の奥で豚の鳴き声がし、《人間ではなくなった》春奈の頬の贅肉が揺れて弾むのを、急停車するトラックから、墜落する無数の鉄骨が、すれすれのトラックの躯体のほうをいまだ笑った顔で指差し続けるままに、それらはLệ Hằngを押しつぶしたが、見つめた上目づかいの眼差しのうちに、にもかかわらず無抵抗の拘束された無残な被害者のような顔で、挙動不審な黒目の震えのままに、何かを訴え続ける眼差しが、きみは、立ち上がった轟音が鳴り響いて、飛び散ったに違いないLệ Hằng の肉片も血も骨も、いまだ、重なり合った鉄骨の群れが明確にはあかさないいまま、《腐った》春奈の手首の、ささくれ立ったって残骸化した皮膚の上にも、午後の窓越しの陽光は差す。まるで、なにかに救われたがっているようだ、と不意に思いながら、わたしは《天使の》春奈の手首の傷から唇を一度外して、

どうしたの?

 

 

そう言ったのはわたしだった。まるで、《まだ腐っていなかった》春奈がそう言ったように、わたしには聞こえた。天使のような、その声で、《なんで?》彼女は《何もしないの?》言いながら、堰を切ったように涙声になって、わたしに抱きついて押し倒し、彼女の四肢がわたしの四肢に絡みついていくのに、わたしは気付いていたのだった。泣くのだろうか?その華奢な背中の曲線だけに触れ、彼女の皮膚が、わたしの皮膚に重なったまま、骨と骨がお互いの所在を探り当て、わたしは、声を立てて泣きさえするのだろうか?彼女の体重と体温が、わたしのそれを重く押しつぶしさえし、Lệ Hằngが死んでしまう時には、やがて、その時に、Lệ Hằngの意識は一瞬で消し飛んだに違いない。北村は言ったものだった。《父親がいつも殴ってたよ。お母さんをね、だから、春奈をさ、あれだけ不安定なさ、女にさ、》工場跡地で《させたのもなんとなくわかるけど。折檻とか、》行為が終わったあと、Lệ Hằngは立ったまま股に触れて《虐待みたいなのもあったけど、たいしたことないよ。春奈が大袈裟に言ってるんだよ。だって、あいつ、まだ生きてんじゃん。汚物処理班だけど、》行為の結果を指先に《あいつ。死んでないじゃん。五体満足じゃん。要するに、たいしたことないんだよ。(お前、妹のこと嫌いなの?)アイロンで背中、》確認したが《焼かれたことあったけど。まだ(あの子、未だに)跡》Lệ Hằngは見つめたまま《残ってない?(うなされてるよ、なんか、)やった?もう、》息を殺して《春奈と。(ときどき。)お前。(気味悪いんだけど)もう?まだ》わたしの唇に《残ってるんじゃない?(吐いてるし)俺がやるのって、(いっつも、)あいつに》指先で、Lệ Hằng は、指先を《せがまれて(いっつもだよ。)さ。》濡らしたものを《だから、》なすりつけるように《あいつの体(食ったらすぐ)たいして》口紅を《興味ないから(げーげーげーげー)よく》指先で唇に《知らないんだよ。(食った直後、)好きで》のばずように《やってるわけじゃない。(他人の話なんかさ、)実際(興味ないんだけど)やめて欲しい。(ずっと言うわけ、あいつ)頭おかしいんだよ。(お母さんがずっと)死んだほうがいいんじゃん?(殴られてたの?)トラウマとか何とか(家で?)結局(言ってたよ)自己正当化だから(生きてるのが不思議って)あいつのは(本当は)甘えてるだけでしょ(死にたいけど)ほかの人のは知らないよ。(死んじゃうと)じっさい、くるしかったんじゃん?(何もなくなっちゃうじゃん、わかる?)同情するよ(わかる?)理解するよ(とかずーっと)あいつのは、嘘(言うわけ)でたらめ(何か)じっさい、俺、ふつうじゃん(俺までさ)あいつの頭おかしいの(うつになりそうなんだけど)親のせいだったら(かわいいからさ)俺だっておかしくないと(許す、的な?)おかしいじゃん?》北村の《違う?》言うことがいつも半分以上の嘘を含んでいることは知っていた。北村と妹に肉体関係など何もないことは見ればわかった。わたしは気付いていたが、その嘘に関して誰かを処罰する必然性も、誰かを糾弾する必要性も、わたしにはなかった。春奈はむしろ、なにも反論もないまま、北村の傍らで微笑んでいるだけだった。透けそうなほどの《朝から晩までさ、ほんと》肌の白さが、風鈴会館の一階の喫茶店の《うそだらけだよ。気付いたら》中で、暖房の温度に温められすぎて、一部をかすかに《手首切ったりさ》上気させたが、わたしは《死ぬ気もないくせに》何度か彼女の目配せを眼差しのうちに《死ぬ振りすんの。気付いたら》捉えはしたものの、彼女がむしろ、彼女に関するこれらの《切っちゃったって》話に対して以外の何かをわたしに《馬鹿じゃないの?って》暗示しようとしているのは明白だった。彼女を初めて《思うじゃん?》抱いて、すでに何日か経ってはいたが、《違う?》北村もそれを知っていたのか、気付いていたのか、わたしにはわからなかった。彼女の、飢えたような欲望を背景にした、にも拘らず充足しきった眼差しが、ただ、わたしの気配の全体を捉えているのは知っていた。北村はいつか彼女を殺してしまうかも知れないとさえ思うが、その予兆は、実現されることはない。とはいえ、その予兆が、現実的に既に起こってしまった後の傷痕のように、わたしの眼差しに張り付き続けて、目の前に見えるものを単に見ることを阻害し続けた。春奈は、北村が殺してしまったとしか、わたしには思えなかった。彼女がわたしの前から逃げ去って、何年も姿を現さなかった空白の間のずっと。ふたたび、その残骸を見にしてすらも。わたしは何も見なかった、何も聞かないばかりか、自分が、自分勝手な錯覚と錯乱の中に、自分が吐いたものらしい言葉の群れに苛まれ、それに非議さえ訴えようとしているのを知っていた。《死ぬんだったら、》北村は振り向き見て、その固定された視線のうちに《ほんとに死ねばいいのに。》春奈に言ったが(装われた冷酷さで)、もはや、彼女はそれらの言葉を耳のうちに聞いてさえいなかった。そのとき、愛してる?その眼差しはねぇ、言っていたに違いなかった。ただ、愛してる?彼女が見つめたわたしに、そして、答えのないままに、わたしも。と、彼女はその眼差しのうちに。わざと酔いつぶれた春奈は何日か前に新宿のラブホテルでわたしに抱かれたものの、最初から狙っていたのか、偶然の結果だったのか、誰にもわからないまま、しかし、彼女と連絡を取るのは、いつでも困難だった。無視される着信と返ってこない、返されるべきだった返信が集積する以外にはない。生きているのか、死んでいるのかさえわからない、行方不明の、そしてある日、珍しく自分から掛けてきた電話に出なかったら、出るまで執拗に鳴らされ続けるにも拘らず。メールもそうだった。返されるべき返信が返ってくるまで、執拗にメールは鳴らされつづけたものだった。忙しいの?どうしたの?だめ?いま、無理?忘れたの?忘れたいの?《ごめん。待って。今、忙しい》関係なくない?それ、違わなくない?無理?完全に、もう無理なの?終わった?終わっちゃったの?会うと、あれほど行方をくらましていたというのに、昨日会って話したばかりのように、何日も前の最後にあった日の次の日をいきなり継続させた。その自然さに、結局はわたしたちは彼女に従うしかないのだった。北村に対しても同じことだった。その頃彼女に三歳になる子どもが既にいて、その、彼女の両親の元に預けられっぱなしになっていた子どもたちのことで、彼女の《家庭》にいさかいが絶えなかったのを知ったのは、彼女が本当に、完全に連絡を絶ってからだった。北村から聞いた。《あいつ、お前のこと、ほんとに好きだったからさ》父親が誰かは何それ?ね、待って。《なんかなにも、何も問題なかったのに《なんか、さ。》春奈以外に誰も《なんか、気にしてたんだよ、ずっと。あいつ、》いや、知らない。聞いたとしても気にしないわけじゃないけど。おれだって、答えないらしかった《お前にばれたらどうしようとか言うから。絶対、》お前に連絡するってあの子が、ちょっと、普通の子じゃないなんてね、知ってるじゃん?おれだって。だから、言ってたけど、ない?連絡。《内緒にしてくれって。悪いなって、なんか、だましてるみたいな?そういう》言ってたよ、謝りたいってわからないわけじゃないけど、そんな事、いまさら言われても、もう、何を謝るのか知らないけど《悪いなっていうのはさ、けど、言えなかったおれも悪いんだけど》なんか、連絡あるかも何もしてやれないし、もう、何もないかも。実家にももう《帰ってこないんだよね、あいつ。何してんのって?》一ヶ月?帰ってきてなくておれ、できなかったしさ。実際、何も。何もかも、子どものこととか《こどもいるのに。育ててやんなきゃいけないわけじゃん?》完全に放棄しちゃってもう遅いよ。そんなこと、ほったらかしだよ《自分で生んどいて何してんの?って。》でもさ、家族じゃん?一応は、さどうでもよかったのに。そう言ったわたしは、どうでもよかったのに、そんなこと。わたしが、涙をおれ、あいつのこと、流しているのには気付いていた。わたしは守ってやりたかったのに。知った、わたしは自分が泣いていたのを知った。その瞬間に守ってやりたかったからさ。涙がとめどなく溢れ、息を詰まらせながら、歩きながら泣きじゃくるしかなかったわたしの肩を、北村は抱き、「あいつのこと、好きだった?」北村が言った。わたしはそれに答えるすべも、言葉もなかった。「ありがと。」北村が言ったその声を、わたしは耳元に聞いた。「あいつのこと、好きになってくれて」思い出す。母の写真を見せられたことはなかった。その写真は後に、インターネットで検索して発見した。犯罪者のようにぼかしの入った写真や、顔そのままの写真、加工されたもの、それらの無数の、基本的には同じ写真のヴァリエーション。その隙間を夥しく埋めたノイズの数々。どこかの水商売の女らしい女の商売用の写真、整形手術直後の顔の傷跡の接写、笑っているどこかの中年男の背景に、富士山が見える。うどん屋で写真を撮っている女の写真。ビデオデッキの古いカタログ写真の画像。事件のことは、母親の弟から(叔父から)聞かされたのだった。事件の通称名だけ教えられ、大体のあらすじが教えられて、気になるなら、と彼は言った、おまえ自身の《調べたかったら、》心の強さに《自分で調べてみな。》心が折れない《ネットで。すぐに》自信、あったら「自分のお母さんの、話だからさ」彼は言い、薫と言う、女のような名前の彼は、しかし、彼がゲイに違いないと見ていたわたしの見立ては何度も裏切られたものだった。年の離れた彼の奥さんとの間に子どもができるたびに。そして、彼がその子どもたちの前で単純に父親でありえているのを見るたびに。あの、男であることを拒否したいような、忌避したいような、そんな彼の気配はなんだったのか?その気配を未だに漂わせながら、やがて、彼が癌で死んで行くしても、そのときにまでもその気配を、わたしは感じる、死のふちの、やせ衰えた彼のまだ若いはずの50代の身体を眺めながら、注意深く、なかったことにされた母の存在が、にも拘らず、片付けられないままの、女子学生のものらしいその部屋はそのまま保存されていて、時代遅れの女物の靴は何足もそのままに下駄箱の中に安置されたが、彼女の存在は、言葉としては、或いは写真としては完全に消し去られていた。忘れ去ろうとしたのか?記憶し続けようとしたのか?娘のことを想起するたびに、癲癇のような発作を起こして倒れるか、発作的な過呼吸を起こして失神状態になるか、嘔吐するか、祖母の精神は痛んでいた。わたしはずっと、かわいそうで面倒くさい頭のおかしな老いぼれとして、ただ、彼女を忌避した。何かの瞬間に、何かをしかねない怖さが、彼女にはあった。その何かが何なのかはわからないにしても、わたしは恐怖し、彼女は、おそらく、思い出すのだった、時に、優しい日差しの中に微笑むわたしの表情に、かつて、その娘がその身体に体験したに違いない暴力の、すさまじい苦痛、痛み、逃げ場のない恐怖、おののき、声にならない悲鳴、発されることのなかった絶叫、流される前にその限界を超えてしまったのかもなかった、失われてしまった滂沱の涙。それら、祖母が自分では絶対に見たことも、見ることもできなかった、経験されたこともされ獲ることもない、記憶されなかった、どこにも存在しない、それらの生々しい、消失しないままの記憶の鮮明さの、それらは彼女を内側から壊してしまう。祖母は声を立てながら泡を吹いて、のけぞって頭からたおれたとき、わたしは思ったことがあった、床が立てた派手な音と、棚のものが飛び上って立てる破裂音の向こうに、どうしてもなかなか壊れ切ろうとしない人体の不遜なまでの強固さを。目を背けたくなるほどの。残酷なまでの。小さな子供の目が捉えた、巨大な大人の身体がくず折れる凄まじい衝撃と音響。大人になって見出された、その小さな貧弱な身体と、その貧弱な狂気の薄っぺらさ。壊れ、《腐った豚の》春奈がしゃべりながら舌をかみ、苦痛に顔をゆがめながら、それでもしゃべりやめない春奈は足元からスナック菓子を取り出して、「食べて」言った。胡坐をかいてカーペットに座ったまま「気にしないで食べて」話しがやまない。同じ話をなんども、違う章句で繰り返されて、やまない、波紋をなすような自分勝手な会話は、言葉の群れが、結局は何ものをも形成しないまま、とはいえ、耳元に言葉の破片だけを残して、わたしに記憶されてしまうのだった、いつの間にか、彼女の身の上の聞きたくもない話は。穢死丸は笑いながら、雨を警告し続けていた。しきりに、そして向こうのほうを指されたその指の、向こうに飛び立った鳥たちが、やがて失神してしまったときに、わたしたちは怯えたのだった、雛たちの血の温度さえもが、その悲しいおびえを知って、鳥たちはやがて失神してしまったのだった。ささやき声は、いまやどこに?と、その羽ばたきの消え去ったほうの、空にあったかもしれない決して手渡されはしなかった記憶のうちに、凍りついたわたしにさしだされた、湿気たスナックを、というよりも、彼女の周辺に存在するものを口に入れる気にはなれず、空気さえも、吸い込みのが嫌だった。そして、目を背けたくなかった。存在そのもを消してしまいたかった。直視した。わたしは恐怖した。かつてのハンセン氏病をめぐる、いまや伝説的な忌避の挿話の数々の、その恐怖のリアリティが、わたしにはわかる気がした。(やがて克服されてしまうのだろうか?)振り向いた彼は(かつての天刑病のように、)ひげをそっていたが、いたみを(わたしたちの存在そのものは?)感じない彼は(だれかに、いつか。)耳をそのまま気付かずに剃ってしまう。血まみれの彼は微笑んで言う、ごきげんよう。そんな、伝説的な挿話の群れ。わたしは知っている、今目の前に、わたしはそして恐怖する。どうしようもない生理的な恐怖。一歩よろめいた先に、出会うことになる顔。あるいは、仮面の下の素顔どころか、皮膚を剥いだ下の筋肉と骨格そのもの。かろうじて押さえらているのに過ぎない崩壊寸前の建造、遠く、絶対的な隔たりとして忌避されなければならず、にも拘らず無距離の近さとしてここに既にあった、それ。魂。なつかしさとして振り返られるのは、それが、未だに姿を現していないからというだけだ。未生のそれらはすでに、皮膚の下に、膨大な骨格と筋肉と神経と、あらゆるそれらを形成し続けてやまないままに、咲き誇られた花々の純白の色彩が、わたしの爪の上に咲き続けていたのを知った。わたしは息を殺して見つめるのだった。やがて消滅した沈黙の、長い不在の間に、それらは記憶されていたのだった、おののきも、震えも、すでにあれら、見知らないものとして、いつか。夕暮れごとに、輝いたほうからふいてきて、あれらはすでに、たたまれたものとして心にかかってさえいた。薫の二人目の子どものうちの幼いほうの一人が、交通事故で死んだのを知ったときに、わたしは見つめざるをえなかった、暗い予兆がただ空間が満たして、何者をも音響を立てることなく、薫はわたしの視界の中で、涙を流すことすら一度もなかったが、彼が泣けるだけ泣いていたのを既に知っていた。単なる普通自動車とはいえ、対比の中で、見上げるほどに巨大な鋼の塊りになったそれがあの小さな身体をひき潰したときに、やがて薫は泣いたのかも知れなかった。わたしたちの眼差しのそとで、彼自身は、とはいえ、わたしは彼の流された涙を見ることはなかったが、けっして見られなかった嗚咽さえも、激しい、過呼吸を起こした身体のような、それの痙攣を記憶していたのだった、わたしは、彼の無言の伏目の上に。それらは記憶されいたかも知れなかった、薫に、けっして彼が知ることのなかった、ある小さな身体が破壊されていくその瞬間の、一瞬の意識がはっきりと、焼け付くほどに最期に獲得したかも知れなかった、痛み、骨が砕かれ、筋肉がつぶされて、引きちぎられた血管の、それらを知りはしないわたしは、確実に予感していた。気配の中に、わたしはそれらの痛みと、純粋なある孕みきれない理不尽な大きさを、こどものいまだ埋葬されない死体の上に、わたしは見出した気がした、広げられたあの口にすでに無理やり押し込まれてしまった、決して口がくわえ込むことなどできない、絶対的に大きい質量の何かの暗いきらめき、感じ取られた予兆のような、それらの気配の中に、彼らが、わたしが、どうしようもない瞬間に一気に制圧されてしまった屈辱感を、わたしが感じたのは何故だったのか?薫の妻は、ただ、伏目がちに視線を落としただけで、最早、悲しみの言葉さえなく、ただ沈黙していたのは何故だったのか?「全部、ぶっ壊してやるから」北村が言った、あの「俺が取り戻す」美しいだけがとりえの、末端のホストの北村。誰もが使えないと言った馬鹿の北村。まともな会話さえ成立しない。中国人たちから偽造カードを買い取って転売して、副業を立てながら、「歌舞伎町をさ、あいつらから取り返すから」彼は言うのだった、耳元に唇を「むかつくでしょ。俺たちの町じゃん」触れるほどに近付けた挙句に、「あいつらの事務所、ふっ飛ばしてやろうと思って」背後の奥の席の地元のやくざのほうを、自分の胸元に隠して指さしながら「いや。関係ないじゃん。加藤連合とかさ」言った、「マジで」笑いながら、マジ、関係ねぇから。わたしは美しい北村の髪の毛を右側だけかき上げてやり、彼が一度も同性愛者であったことなどなかった。その身体がどうであっても、本質的には女性以外ではありえなかった北村は、結局のところ代わり映えのしない異性愛者だったに過ぎない。ときに、彼の、男性として美しい身体が、彼に男性であることをむしろ強制したとしても、彼自身、自分の身体に惹かれ、それに求められるままに、あまりにも男性的な性格を後天的に獲得して行ったに違いないにしても。彼が、当時の赤坂のチャイニーズマフィアとつるんでいたのは知っていたし、《林》と名乗っていた《宗》は片足が義足だった。朝鮮でなくしたのだとは言ったが本当かどうかは知らない。もはや、二つの国家が崩壊しあう以外には終わらせようのない朝鮮戦争。全てをぶち壊すか、あるいは気付かなかったふりをして休戦し続けるか。丸顔で、よく笑った。赤坂の持ちビルで中華料理屋をやっていて、近くのもう一棟の小さな居住マンションを貸しながら住んでいて、もう若くは無い日本人の内縁の妻が常に寄り添いながら、よどみのない日本語で、「いまに見といて」思い出したように、再び「いまに、この町、変えるから。」北村は言った。


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ブーゲンビリアの花簪5

「完全にさ、おれが、解放してやるからさ」その、このおれが、だよ。鼻にかかった、中音のアルトを聞いた。壊し屋の北村、彼が手を突けた女たちは皆彼によって壊されたのだった。衝動的な暴力を抑えられない彼に、殴られ、蹴り上げられて、骨折さえしながら、彼は悪くないから、と例えばキララという名の風俗嬢は言ったものだった。本名は知らない。彼女を探しに来た風俗店の従業員に向かって、その時、北村は女の部屋の風呂場に隠れて様子を伺っていたが、「わたしが、いけないんだからさ、なんでもないから。罰金いる?はらうから、ごめん、ちょっと、見逃して」包帯だらけの顔で彼女はそう言い、北村は、風呂場で煙草に火をつけた。彼に抱かれた次の日の朝からさえ始まる、彼の被害妄想じみた嫉妬と懐疑と暴力を防ぎうる女など存在せず、滂沱の涙を流しただろうか?薫は。心のうちに。女たちは常にさらされたものだった。その暴力に。母親が流すべきだったものの、燃えながら墜落してしまった彼自身のある狂気あるいは、それを彼女にだれも許してはしなかったあの涙をさえ?滂沱の、魂の単なる真実?北村の暴力に、彼から逃げることさえなく自分の部屋に囲い込み、むしろ彼を監禁しようとさえして、ときに、彼女たちのわずかな友人たちに助けを求め、無視され、前歯をへし折られて、口らか血交じりにつばを吐き、そして、彼女たちは何度も北村を拘束しようとした。自分の、あるいは、彼の部屋の中に、彼女たち自身、自らを拘束し、あくまで彼に拘束されたふりをして。好き?、と、床の上に寝転がり、壁に足をかけて、後ろ向きにのけぞったわたしのさかさまの視界の中で、Lệ Hằngの裸の尻の向こう、股関節の隙間から青空が見える。新しいタトゥーが増えた。両の尻に何かの花々の咲いた束と、わたしの名前が向かい合わせに二つ刻印され、Lệ Hằngの尻の体温は冷たい。やがて彼女は皮膚のすべてを埋め尽くしてしまうに違いない。わたしの名前の刻印で。そして自分勝手に誓われた永遠の証しに、すでに、日に灼かれた、太陽光の刻印を押されてしまっていたはずの彼女の身体の上に、より黒い色彩は褐色を占領して行ったには違いない、と、いつか、わたしは気付くのだった。男らしい、女に過ぎない北村は、結局のところ、最早自分自身にさえ管理しきれない、張り巡らされた虚構の糸の群れが空間に立てた共鳴音に他ならず、それらの糸の群れ、卑屈な、研ぎ澄まされた、いびつな、ずぼらな、悲しみにみち、侮辱と侮蔑をしか知らず、限りない優しさにうずもれた、敬虔な、単にひ弱なそれらの無数の張り詰められた力のはじかれだした音響の立てた反響の群れそのものが、例えば、彼だったとするなら、わたしはかつて彼に一度たりとも触れたことなどなかったのだった。音が触れ獲ないものだとするならば。彼自身さえ、彼自身が触れたことなどなかったはずの、わたしはときに彼を壁に手を付かせ、指先をその肛門に差し込んだものだった。鼻からだけ息を吐き、ながく、ぶざまな尻を突き出して後ろ向きの北村が、わたしを閉じた眼差しのうちに、ただ、見つめようとしたのに気付いた。このまま、わたしは、彼の腸を破壊してしまうことさえできるのかもしれなかった。指を鉤状に曲げて、引っ掻きさえすれば。抜取った指を北村を鼻に押し付けた。殴られてすぐに、まだ正気づかない北村の一瞬の呆けた顔を、髪をつかんでねじ伏せたまま、わたしは彼に指のにおいを嗅がせた。わたしの客の女を壊した制裁として。或いは暴力的な冗談として。そして単なる個人的な衝動として?やがて目を開けた北村は、何かを乞うように、一瞬だけわたしを見上げ、涙を流すだろうか?滂沱の涙を、北村が死んでしまったことを知ったなら、春奈は?どこかへ行ってしまった《天使の》春奈は。穢死丸はずっと泣き続けていたのに。背伸びをして、春奈は?、天井の扇風機に手のばしたLệ Hằngの後姿を見る。フリーダ・カーロに似た、その顔は見えない。ほとんど、栄養失調を起こしているように見える身体は、ところどころにいびつな豊満さえ突然現して、その過ちか錯誤にか見えないまるで他人の身体の一部の突然の出現のような、豊かな胸と、冷たい臀部の貧弱なふくらみが、直線と曲線の錯乱した交錯を、ただ、衣服の下に現して、一瞬、耐えられないほどの彼女への性欲が目覚め始めた気がしたが、それらはかたちをなす前に、フリーダ・カーロのような顔。それを、北半球の大陸の南の果てで、炭酸水で薄めて、張り詰めた暗さを消してしまったような顔。いつか女性誌のイベント紹介欄で見たのかもしれない美術展の紹介。誰が持っていたものだったか。誰が持ってきたものだったのか。どの女の部屋に置かれていたものだったのか。記憶の中で、わたしは覚えていた、その美しいとは思えない顔が、自虐的なデフォルメの産物だと思ったら、すぐ横の白黒写真の画家の顔は、その絵の顔にそっくりだった。暖かい日差しがさしていた。とても幸せな日だった気がする。本当かどうか知らない。その瞬間だけは、決して、幸せではないことなどなかったはずだった。記憶の温度がそれを明示する。Lệ Hằngが体をくねらせて、扇風機の羽根に手をのばし、彼女がやがてわたしの乳首に舌を這わせる時に、噛み付くふりをして笑ってしまうにしても、わたしのそれはシャワールームで手を添えられて洗われて、水流を流すその上目遣いを、わたしが抱いたのは少女ではなかった。《少女》というものが、欲望の客体として、ある種の男たちに夢見られた自慰の道具に他ならない架空の存在だとするなら、Lệ Hằngは、いかなる意味においても客体化することなどできないまま、彼女の筋肉の一筋一筋が、いま、それ自身として空間をうがち、空間は占拠されていた。細胞の群れは、過剰なまで、彼女の身体を埋め尽くし、連なって、そのい身体を形成した。振り向いて唾液を飲み込んだ彼女の、笑みもしない眼差しがわたしを捉え、その刺すような眼差しに、わたしはかつてLệ Hằngを愛したことなどあったのだろうか?あるいは、Lệ Hằngは、わたしを?何か言おうとして、彼女の知らないわたしと彼女との共通言語を、在りもしない場所に探してみる。見つからないまま、彼女は、にもかかわらず、視線を外すことさえなく、わたしを見つめ続ける笑い顔をさえ忘れたような、無表情な、その、何かを訴える眼差しのうちに、彼女は、わたしを愛しえたことなどあったのだろうか?愛とは何なのか、セックスのことか、話し合うことなのか、見詰め合うことか、結局のところ何なのか?何度、愛していると言っただろう、明らかな偽りの言葉として。女たちはそれを知りながら、知らないふりをしたままに、わたしにその無数のケツを振ったのだった、いつも、常に、発情した眼差しのうちに。その言葉の意味さえ知らないままに。その、さまざまな発情のヴァリエーションを羅列させ、手をのばし、わたしはLệ Hằngに触れようとしたが、Lệ Hằngは何の関心もない無視を、ただ、同じようにわたしは見つめ続け、君は泣くのだろうか?と、Lệ Hằngは?、わたしは思うのだった、わたしが死んだら、と、泣くのだろうか?わたしは。そのときには。結局のところ彼女はあの鉄骨の下に噛み砕かれるにしても、未だにそれを知らないままに、滂沱の涙を流すのだろうか?わたしは何を思うのだろうか?そのとき、Lệ Hằngの最後の時が来るときには、わたしは泣かないのにも拘わらず、そのときが来たときには、泣くだろうか? Lệ Hằng は、わたしが、北村が《林=宗》からもうすぐ爆弾(ダイナマイト?)を入手するのだと聞いたとき、わたしは彼の話には興味がなかった。熱に浮かされたように、地元のやくざから彼の歌舞伎町をとりもどすのだと言っていた。それは、彼の口癖で、趣味のようなものだった。彼をかわいがっていた《林=宗》は彼の話に付き合うだけ付き合ったし、時期が着たら手榴弾でもなんでも可能な限り用意すると言ったらしかった。冗談にしか聞こえず、冗談でしかない。とはいえ、何かのまちがいでその時が来てしまったら、《林=宗》はむしろ淡々と兵器と兵隊を揃えてしまうに違いことは知っていた。彼の赤坂の事務所には、《八紘一宇》の書が、彼の社長席の背後にかけられていた。武等派、皇道派の中国人。《知っていますか?》聞いといて、お願い。彼の内縁の妻が言った。これ、本当に、戦争の真実として、日本人が知ってなきゃいけないことだから、とその日本人はいつも言うのだった、彼が、ときに、彼の何度も繰り返すその話を語り始めた瞬間に、《わたしのお母さんはね、満州で殺されました、日本人。日本人に、だよ。さいしょはね、》内縁の妻はその義足を撫ぜた《日本兵に強姦されたの。引き上げていくね、》泣きそうな顔で(本当に、)母性的な(泣いていたかも知れなかった。)手つきで《日本兵。逃げてく兵隊よ。そのとき、》まるで、そのときに《お母さんも、ぼくも、》その足は《日本が戦争に負けたなんて知らない。だから》失ってしまったかのように《怖いって思っただけ。お母さん助けて。って。お母さん、あっち行けって。隠れてろって、それで隠れて見てました。お母さん強姦されるの。中国の人だから、悲しいとき、いやなとき、大きい声出してなくからね。忘れられないよ。お母さんの声。わーわーっ、ね。わかるでしょう?わーっ、ね?兵隊、何にも言わない。日本人おとなしいから。強姦してるのに。おかしいね。日本兵。そのあと。満州の日本人の地主が。お前もわたしを殺すのかって言ったきた。わたし、戦争終わったの知らなかったから。知らないって。何をしていいのかわからないから。「いいよ。」日本人、怖かったんだよ。「いくらでも、中国から」お母さん、兵隊に、「武器、持ってきます。」強姦されたの、知ってるから。もう、「わたし、好き。」自分たち、みんなと、殺しに来るかも、って。日本人、「ココロザシ、ある、若い人、好きだから、ね、」信じなかった。「北村さんは、革命家よ(笑って、)」次の日、「武器なら、ね、(ささやく)」朝起きたら、「もう、」お母さんいなかった。「いくらでも、いいよ。」ぼろ家のかまどのところで、「ふっとばすの?」頭割られてた。「革命するの?」日本人、ぼくなんか、「いいよ、いいね。」目も、あわせない。「洗濯しようよ」見ない。「日本中、洗濯よ」なんにも、よ。「若い人、いま、」知らないって。「駄目ね。ココロザシ、ないから。」日本人、怖いから、日本人、「いいよ。いっしょに、ね。」みんな逃げた。わたしたちも、日本人、恐いから、「全部、綺麗にしよう。」みんな、にげたよ。言ったよ、わたしもね、「取り戻そうよ。ね?」そのとき、僕も連れてって!って。「日本のココロ。ホントの、日本の」連れてって!って。》魂を、ね?《林=宗》は声を立てて笑いながら北村の肩をたたいて、Tシャツと短パンを身につけてさえも、最早Lệ Hằngの左足と右手の手首までをも埋め尽くした、蝶と花と縦横無尽に這った茎のタトゥーを隠すことはできない。疲れ果てたわたしの身体を、裸のまま彼女はその汗ばみを洗いざらしのホテルの白いタオルで拭き取るものの、熱帯の大気は、四辺に破れのある網戸ごしに入ってきて、光線ごと、空間を満たしてやまない。何日か前にわたしに加えられた暴力のためにかすかに傷痕を留めた、その唇の端の黒ずみにふれるわたしの指先をLệ Hằngは見やって、やがて、その指を口に咥えて見せるのだが、初めて彼女を見かけたカフェの奥で、不意に立ち上がった彼女をその母は殴打したものだった。泣きそうなほどに顔をゆがめて早口の言葉を投げかける、太った、土偶のような身体の母親は、被害者にしか見えない。Lệ Hằng は何も言わないまま床の上に視線を投げるだけだった。しばらくは母親を見返すこともなく、その向こうの流しの影で弟はおびえていた。赤い小さいプラスティックの椅子に座ったまま、テレビがアメリカのパペットアニメを流していた。たった一人の通訳者が、英語の音声の聞き取れないほどの弱音の上に早口のベトナム語を被せ、それでも追いつけない女声は、画面上の沈黙と効果音の隙間をさえ埋め尽くす。ややあって、Lệ Hằngはふいに笑い声を立てながら、とわたしは思ったが、その音声に振り向いた視線は、そしてわたしは泣きながら母親を両手に突き飛ばしたLệ Hằngを見た。やせた少女。栄養失調を起こしたかのような、あるいは、摂食障害にいたぶられたかのような。いびつな胸の重ったるいふくらみが震え、上下し、彼女の四肢の動きとは絶対に同期しないそれ単独のゆれを空間に演じた。フランス風に深煎りのべトナムコーヒーの漆黒の中で、氷が解けて音を立てたさっきに、目の前に通り過ぎた二人乗りのバイクの後ろの女は彼女たちの子どもを腕に抱いていた。太りすぎた夫婦に挟まれた華奢な少年の横顔。世界のすべてを無意味に軽蔑したような。その、晴れた空の光が、いま、眼の前の主管道路の、ただっぴろいアスファルトとその上の白い砂埃を差して、それらはいよいよ白く見られたのだったが、その少し先の横断歩道の手前の路面が、彼女の最期の場所になることはまだ誰にも知られないまま、悪いのは母親のほうではないということは、すぐに悟られた。いまだに聞きなれないベトナム語の氾濫の中で、事象はすぐに察せられてしまう。何を包み隠せるわけでもなく。彼女たちの音声の、リズムと粘りを持った舌の戯れる音声の上に、わたしは何度か思い出す、一瞬、思いなおしたLệ Hằngがわたしのほうに走ってこようとして、不意にたちずさんで、やがて思い出したように後退した彼女をかわしきれなかったトラックのブレーキ音と、雪崩を打った鉄骨の山の崩壊、その音響を。嘘のように、積み上げられたそれらの見事な瓦解。その時、彼女の体の背中から臀部にかけてさえ、すでにタトゥーは鮮やかな、火炎の上に飛び交う不細工な天使たちの像を刻んでいたのだった。消しようもなく、わたしは一瞬の、思考停止の沈黙のうちに、その、一瞬の静寂。なにも感じられず、何も起こりはしなかった。その瞬間には、やがて復帰した騒音の群れの中に、ようやく目が醒めた気がしたが、何ら眠りの事実もなかったわたしには、その覚醒感はすでに嘘か錯誤として認識されざるを獲なかった。かつて考えられたことも無い、それらの気配の真新しさの上に、わたしの視界を、喚声と、立ち止まり、或いは通り過ぎるバイクと大型車両の騒音が連なって満たし、あらゆる人々がののしるような声を上げていた。それぞれに鳥肌を立てて。彼女のために。いまや、崩壊して、跡形もないに違いない、濃い、まっすぐに通った彼女の眉のために。人々は罵り合ってさえいるように見えた。失われたという事実のために。何が失われたのかさえ何も考慮されないまま。向こうに母親らしい女が、派手なジェスチャーでわめいた声が聞こえた。姿は人ごみの中に見えなかった。彼女は泣き叫んでいるの違いなかった。彼女も、いま、追体験するのだろうか、繰り返される一瞬として、その娘の身体が体験した痛みの一瞬を、ほぼ無限に彼女の神経系に追体験し続け、彼女が上げているのは、どうしようもない悲しみの、深い叫び声には違いなかった。わたしは駆け寄りそうになる身体を(どこに?)、むしろ、それは何のためだったのか?物見気分のせいなのか、悲しみが突き動かしたのか。Lệ Hằngの深刻な危機を察知した、既に無効の、乗せ遅れた予感が突き動かしたのか。もはや、誰もどこへも連れて行かない予感。立ちつくしかねて、わたしは息を着いて、他人のように、何歩か歩いて、傍らに止まった、事故のほうを見ているバイクタクシーの男の肩をたたいた。Go、とだけわたしは言い、彼の背後で、疾走してとおりすぎていく風と風景の速度を視界のどこかで感じていたが、とりあえず思いつかれた行き先を彼につげて、彼が何度も聞き取れないその音声の繰り返しを要求するいつものやり取りの間に、やがてわたしは泣くだろうと思った。大声で。彼女のために。ある、その彼女の思い出のためだけに。あの、美しい、(とは、ついには一度も思いはしなかった)少女の思い出のために。(わたしは、)どうしても行き先を聞き取らない男の、その責任は、結局、泣きじゃくりながらまともではない発音を繰り返すことしかできないわたしにこそ、一方的に負われるべきであることには既に気付いていた。何もかもがもう遅すぎた。

 

 

すべては既に終わっていた気さえした。涙が溢れ出す根拠。どうしようもなくとり逃されてしまった喪失感の中に、解消しようもない、その見出された距離が、隔たりが、それらを生産するのだということに気付いたとき、穢死丸は背中にへばりついて、数を反対に数え続けていた。10からずっと。9から8、8から7、燃え上がった北村。夜の暗さと、照明の色彩の明るさの交錯する狭間を堕ちて言ったに違いない北村の最期を、わたしは見なかった。そのときにも、泣いたに違いないのに。わたしも、今と同じように、タトゥーだらけのLệ Hằng の身体が受けた破壊と崩壊に対して流したのと同じだけの分量の涙を、いつかは、流したに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

奇矯な北村に力を貸すものは一人もいなかったが、彼の革命話には皆が同意した。奇矯な、おかしな北村の、奇矯な、おかしなイベントは、わたしたちに愛され、もてあそばれ、ひとりでに伝播していく妄想にすらなったが、既に、ある許しがたいほど馬鹿なおなべのホストが夢見た妄想に過ぎなかったことなど誰もが知っている以上、妄想としてのなんの効力も無かった。そんな事は北村だって気付いていたが、最早、彼の計画は彼を拘束してしまっていた。誰からも強制されないままに、彼はそれを実行しなければならない淵にまでに来ていたが、その実行のときは戯れのように引き延ばされ、やがて彼の舌の上で腐っていくに違いないとは、誰もが知っていた。北村さえも。脅迫的な猶予のない切迫感の中で、北村は退屈な、遅延された時間をだけ生き続けるしかなかった。彼が実行する必然はなかった。浜村と、北村と、わたしがときに、ひそひそごえで話し合うのを、周囲の人間たちは通りすがりに《子どもがいたずらの相談をしているような、》というそれに類する言葉のヴァリエーションの群れで表現して、笑ったものだった。既に欠損して無効な妄想との戯れを楽しみながら。どうでもいい、誰の興味も引かない、無意味な雑談は、話された限りにおいて意味をもち、興味をそそり、重要な事柄として、わたし達を引っ張っていく。音声が消え去るまでの間にだけは。それが例えば昨日抱いた女の股の近くのほくろに関する話しであったとしても。昨日降った雨の乾いた後に思い出された、その冷たさに関する話であったとしても。声はひそめられ、ささやきの中で、例えば北村の歌舞伎町革命のもくろみも誰かに、誰もに語られたのだった。そして、わたしは振り向いて、背中越しに浜村に目配せして、柔道で鍛えたものの、いまや巨大な筋肉と脂肪が凝固した混合物になってしまった巨体を、不細工な丸太のようにして太らせた浜村は刈り上げられた、無意味に金髪の頭髪をなぜ上げながら、笑うのだった。また、いつもの、翔太の話が始まったで。と、浜村は、いつでも喉の奥にひっかかる笑い方をした。ひそめられた、内緒話の恋人たちのように、わたしたちは寄り添って、互いの身体の距離を接近させたが、ふと、「本気だから」くすくす笑いをして、北村は「まじだよ」言った。「林さんだって、鉄砲、全部用意するからって言ってたよ。おもしろいじゃん」わたしは横すわりに座った背中を浜村の左腕にくっつけながら、「どうするの?」わたしは言って、北村は、一度上のほうを見上げたまま、ややあって、「事務所、爆破するの。」北村は、ぼんっ、と、言った。舌をかみそうな早口で、時に、本当に舌をかみながら、あるいは、そのころ、彼は禁止薬物か、麻薬の類か、そういった何かに手を出してさえいたかも知れない。喫茶店の向こうの端で、キャバクラのスカウトの人間たちが数人でミーティングをしていた。軍隊調の、まるでこれから戦争を始めるか、だれかを暗殺にでも行くかのように。毅然として凛々しく、悲壮でさえあったミーティング。わたしは眼差しの中で笑う。女たちは彼らに、売買されながら、彼らを売買するのだった。女たちの情報網は張り巡らされて、彼らのでき不出来は既に辛らつな、わがままな、気分屋の、暴力的な自己正当化にまみれた、嘘だらけの、かつ、即実効的な批評にさらされ続けていた。誰もが、誰かを落としいれ、誰かをだまし、誰かから何かを奪うことで、この狭い区画は成立していたが、結局のところ、純粋な被害者は存在しなかった。町の外から入って来て、純粋に加害者に過ぎない女を(わたしたち男娼=ホストたちは、)買っていく男たち、その(女たちに買われた。その買った限りにおいて)加害者といわれる男たちさえも、(彼女たちは加害者だった。買春するのが人道上の犯罪だというのなら。)相場の問題ではなくて、いかにしても無根拠にすぎないが故に本質的に犯罪的である以外にはあり獲ない不当な料金を請求され(わたしたちだけが、頭で考えられたものではなくて、単に感性的にマルクスの正しさの本当の意味を知っていた。買うという行為の根拠付けも、正当化も何も不可能なままに、彼ら彼女たちは金を払い、何を手に入れたかの証明も、実感も、なにも、自分で作りあげた妄想以外に一切無く、払う金額と払う行為そのものの妥当性の根拠は彼らが、彼女たちが、払ったという事実以外にはなかった。)ながら、時に料金を踏み倒し、嘘をつき、犯罪まがいの罠にはめ込み、ひっかけ、ときに薬物さえ利用して、躓かせ、陥れようとする、くもの巣を、だまされた男たちこそは張り巡らし続けたのだから。くもの巣として、吐かれた言葉も、存在しなかった言葉も、聞き間違われた言葉も、眼差しも、身振りも、されなかった身振りも、なにもかも一緒くたにして、だから、最早、ある危なさが予兆として、いまは不在のその兆しをきらめかせ続けていることをすら、だれも聞き取り感じとることはできなかった。慣れきった匂いが嗅ぎ取られ獲ないように。ときに、にも拘らず、本物の涙が流れ出したのだった。毎日、どかかで、すくなくとも一人以上の人間の、あの、凍結した、色彩をさえ完全になくした、滂沱の、涙。この区画以外でそんな研ぎ澄まされた涙を見たことはない。あるけれど、ほんの一瞬。貴重な、人生の一瞬に過ぎない。ときに、それに触れずに死んでいく人々さえ大量に存在する、貴重な。それは、ここでのようには日常的な風景ではあり獲なかった。詰められて詰められ、追い詰められて詰られめ、追い詰められきって逃げ場も無く、人格を否定され、存在をさえ否定され、ののしられ、罵倒され、にも拘らず、あるいは、故にこそ、押し切れなくなったわたしへの《想い》を、その《想い》という抽象的過ぎて空っぽな概念で言い表さなければ為らないほどに、衝動と、欲動と、記憶、思考、あらゆる感覚、それらが束なったどうしようもない力の奔流。あるいは、暴力と、それをこそ呼ばなければ為らないもの。それに内側を、破裂しそうなほどに充溢させてしまって、にも拘らず、彼女たちは聞き続けるのだった。わたしの罵詈の音声の群れを。聞き耳を立て、一言も聞きもらそさないように、なめるように、味わい尽くすように、一つ一つの痛い言葉をいつくしんで抱きしめようとするかのように、女たちは、わたしの、彼女たちが愛する、いま、ただ独りの、すくなくともいま、生まれて始めて唯一愛したとさえ言えたに他ならないわたしに、全人格を否定された挙句に、不意に、その自分自身の《想い=暴力》に限界を超えて何もかもが破壊された瞬間に、彼女たちは例外なく、涙を、ただ、しずかに流すのだった。無表情と言うのではない、限界を突破した、白痴的な、かつ、穢れようの無い、いま、本当に知性が際限なく澄み切って、すべが純粋に認識可能になったことを明示する、そんな美しい表情で、最早、彼女たちは何の苦痛さえ感じることなく、わたしの声を聞きながら、音のない涙を流すのだった。例外なく。そのとき、たかがセックスよりも強く、彼女たちは、心を開ききって、それ以降、女たちは盲目的に、わたしを承認し続けるのだった。奴隷状態ではなく、宗教ががかった譫妄状態ではなく、どこまでも理性的なまま、ただただ、精神的な無償の愛として。魂の愛。わたしのすべてを許し、受け入れ始めるのだった。あるいは、留保なく母性的な?その表情への、墜落。わたしたちは、あるいは、わたしたち全体のうちの、ある、わたしのような種の男たちは、仕掛けたものだった。その墜落を。誰よりも美しく、賢く、自信を持ち、そして自信家であることの正当性を誰にも認められていた、そんな《高級な》女たちほどたやすく堕ちた。些細ないつわり、些細な不義理を見つけ出して、女たちを徹底的に追い詰めたものだった。大半の同業者の男たちには、倫理的に、というよりは生理的に嫌悪されながら、とはいえ、わたしは、彼女たちが墜落したときの、あの表情と、涙が好きだった。魂に触れる。例えそれが、ときに、直接的な身の危険をさえもたらすことがあったにしても。例えば、あ、

 

 

と、ふと、ささいな狂気に陥ってしまった瞬間に、寝起きの朝の、傍らにあったわたしの寝顔の耳たぶを噛み千切ろうとして、わたしが立てた悲鳴に正気づくような。《何してるの?》そのメールに返す前に、《好き。ちゅぅ。》次のメールが送られてきて、「誰?」浜村が言った。《ちちちち》「妹」答えながら、わたしは携帯電話で北村を指さしたが、《ちゅうぅぅ》「もう、ついでに、こいつもやっちゃう?事務所と一緒に」声を立てて「燃やす?」北村が笑った「どがーんって、全部一緒に」耳元にこすれそうなくちびるが、すぐ近くで震えて、音声はやがて笑い声になっていくのを、わたしは《おまえのお兄さんと一緒。ちゅうううう》ブリキのコーヒーグラス中で氷が崩れて音を立てた。寒いね。浜村が言った《で、お前は何やってんの?》春奈は、わたの前で墜落したことがなく、まだその暇もなかった。まだ二回しかあってはいなかった。喫茶店の室内は、過剰な冷房で冷やされすぎていた。夏だった。外側で、正午の日差しだけが白く照りつけ、もう寝ようぜ、北村が、帰ろうよ。未だに酒臭い息を吐くのを、メールの返事が返ってこないのは知っている。すでに。いつでも、自分から連絡するだけだ。初めて会った日に彼女を抱いた、あの朝別れて、2週間音信不通だった。そのあと、一日だけあって、3週間くらい?つぎに、北村と一緒に。それから、1週間。途切れ途切れの、執拗な、向こうからの連絡。何も言わなくても、彼女がわたしを愛していることは知っていた。便宜上、愛と呼ばれるあの《想い》のことだ。頭がおかしい。壊れている。そうに違いない。まるで、天使のようにしか微笑むことができないにしても。無残な。帰ろうと言うわたしたちには逆らいもしないまま、北村は立ち上がろうとしなかった。「信用してるの。わたしの唯一の親友」理沙が言った。キャバクラの女だった。店の、ホストクラブの中で、その、それを言われた女。《親友》はすでに発情した媚びるような眼差しをただ、わたしだけにむけていた。数ヶ月前に、理沙の店で、彼女に対して痴話げんかを仕掛けた時に、わたしは、確かに、本当に怒ってもいた。彼女の付いた小さな嘘を(なぜ、ほんとは)単に許せなかった(B型なのに、A型だなんて)だけだったが、わたしは(言ったの?)、それが、(ひょっとして)明らかな(おちょくってる?)仕掛けとして(おれのこと。)彼女に投げた糸の切片の一つに過ぎないことをも既に知っていた。わたしに、彼女をなじる必然性も、資格さえもなかった。理沙には本彼が、同棲もしている彼女の本当の恋人が既にいたのだから。店の中で、いつもの喚声が立って、気が乗らないままに、わたしは理沙の横で彼女の話を聞いているだけだった。シャンパンを開けた新人のホストの、空け方は確かにまずかった。向こうの席で律儀に音を立てずにあけてやったその新人の頬を、北村がひっぱたいたのをわたしは見た。



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