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始めに

トランプが戦後体制を揺るがす

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        トランプが戦後体制を揺るがす

 

 アメリカ大統領ドナルド・トランプは、大統領に就任する以前、「日本政府が在日アメリカ軍の駐留経費を全額負担しなければ、アメリカ軍を日本から撤退させる。」「(日米安全保障条約は)片務的な取り決めだ。私たちが攻撃されても、日本は防衛に来る必要がない。」といったような日米安全保障体制を批判する発言を繰り返していた。しかし、トランプが大統領に就任した後は、しばらく、このような発言はしなかったため、これらの発言は撤回されたかに思われていた。
 ところが、ある報道機関が2019年6月24日に行った報道によると、トランプ大統領は、側近との私的な会話の中で、日米安全保障条約でアメリカが日本の防衛義務を負っているのに対して日本がアメリカの防衛義務を負っていないのは、あまりにも片務的だと不満を漏らし、日米安全保障条約を破棄する可能性について言及したと言うのである。更に、6月26日、トランプ大統領は、別の報道機関のインタビューに答えて、「もし日本が攻撃されれば、われわれは第三次世界大戦を戦うことになり、あらゆる犠牲を払って日本を守る。しかし、もしアメリカが攻撃されても日本はわれわれを助ける必要は全くない。彼らはソニー製のテレビでそれを見ていられる。」と発言し、日米安全保障条約は不公平だと不満を表明した。そして、6月29日、トランプ大統領は、大阪で開かれた主要二十カ国・地域(G20)首脳会議の後の記者会見でも日米安全保障条約について「それ(日米安全保障条約からのアメリカの離脱)は全く考えていない。私はただ、あれ(日米安全保障条約)は、不公平な合意だと言っている。」「誰かが日本を攻撃すれば、我々は反撃し、全軍全力で戦う。しかし、誰かがアメリカを攻撃しても、彼らはそれをする必要が無い。これは変えなければいけないと安倍首相に言った。」と発言した。
 このように、トランプ大統領は、再び日米安全保障体制を批判し始めたのである。ただし、実際は、今の所、トランプ政権が日米安全保障条約の破棄や改正に向けて動き出す様子は無いため、これはあくまでトランプ大統領個人の考えということになる。
 トランプ大統領の一連の発言が意味することは、トランプ大統領は、日米安全保障体制と在日アメリカ軍がアメリカにとって必要な理由がわかっていないということである。
 日米安全保障体制と在日アメリカ軍がアメリカにとって必要な理由は、主に二つある。
 第一の理由は、アメリカの超大国の地位を守るためである。
 超大国とは世界を制する国である。そして、アメリカは、世界の各地に軍事基地を持ち、それを拠点にして世界の国々に対して武力を行使する力を維持することによってアメリカの覇権を確立し、超大国としての地位を維持しているのである。そして、アメリカのアジアにおける最大の軍事基地が日本である。つまり、アメリカは、日本を軍事拠点にしてアジアにおける覇権を確立し、超大国の地位を維持しているのである。従って、アメリカ軍が日本から撤退したら、アメリカのアジアにおける覇権を維持することが困難になり、超大国の地位を揺るがすことになるのである。更に、アメリカによる国際秩序の維持が困難になり、「世界の警察官」としての役割に支障をきたすことになるのである。そして、もし、アメリカがアジアにおける覇権を失うような事態になったら、日本を始めとしたアジア諸国が中国の「属国」と化し、中国の手先としてアメリカと敵対する恐れもあるのである
 日米安全保障体制と在日アメリカ軍がアメリカにとって必要な第二の理由は、アメリカの安全保障のためである。
 太平洋戦争の終戦以来、アメリカの安全保障にとって日本は今でも潜在的な軍事的脅威である。そして、日本の軍事的脅威を顕在化させないための手段が日本の戦後体制なのである。そのため、日本の戦後体制を守るためにアメリカは、日本に軍を駐留させ続けざるを得ないのである。
 日本の戦後体制は、アメリカの太平洋戦争の経験から始まっている。
 1941年12月7日(日本時間8日)に日本軍がハワイの真珠湾に駐留しているアメリカ太平洋艦隊を奇襲攻撃した。この攻撃によってアメリカは2400人を超える将兵の命を失ってしまった。そして、この攻撃は、アメリカ国民に大きな屈辱感を与えることになった。フランクリン・ルーズベルト大統領は、真珠湾攻撃が行われた日を「屈辱の日」と呼び、日本に対して宣戦布告した。こうして、太平洋戦争が始まった。そしてアメリカ国民は「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」という合い言葉の下、一丸となって日本と戦うことになった。
 太平洋戦争後の日本で戦後体制が長く続いた背景にあったのが、日本軍の真珠湾攻撃に対するアメリカ人の屈辱感だった。この屈辱感が、アメリカ人に、日本に二度と真珠湾攻撃のような先制攻撃をさせてはならないという決意をさせることになり、日本に戦後体制を成立させたのである。日本の占領政策の責任者であったマッカーサー元帥は、日本を二度と戦争ができない国にするため、日本国憲法の制定などの占領政策によって、日本を戦争ができない「平和国家」に作り替えたのである。このようにして戦後体制が成立したのである。更に、戦後体制を維持するため、日米安全保障体制が作られたのである。その結果、日本の戦後体制と日米安全保障体制を守ることが、超大国であるアメリカの最も重要な政策となったのである。
 そもそも安全保障や危機管理というものは、考え得る最悪の事態を想定し、それを防ぐための最善の方法を考えるのが基本である。日本は世界でも有数の経済大国であるが、これは同時に、世界で有数の軍事大国になる可能性があるということでもある。そして、日本は核兵器を開発する能力があると見なされ、更に、大陸間弾道ミサイルに転用可能なロケット技術も持っている。従って、ワシントンやニューヨークなどのアメリカの主要都市が、日本の核ミサイルの標的になる可能性もあるということになる。可能性がある以上は、実際にそれを防ぐための手段を確立しなければならない。安全保障とは、このようなものである。
 現在、日本がアメリカの軍事的脅威にならないのは、日米安全保障体制によって日本が事実上アメリカの軍事占領下に置かれているからである。しかし、もしアメリカ軍が日本から撤退し、その結果として日本が自立してしまったら状況は一変する。日本が自立するということは、日本が独自に軍事・外交政策を決定するということであり、日本がアメリカと敵対するような軍事・外交政策を選択することも可能になるということである。
 安全保障政策の基本は、自国の安全を脅かす可能性のある国に対して備えることである。いかに友好的な関係にある国といえども、いつ敵国になるかわからないのが国際政治の現実である。そのため、相手が友好国であっても、戦争になった場合を想定して、戦争の準備をしなければならないのである。従って、日本がアメリカから完全に自立するようなことになった場合、日本とアメリカの関係がいかに良好であっても、アメリカは対日戦争の準備を怠るわけにはいかなくなってしまうのである。そして、アメリカが対日戦争に備える以上、日本としても対米戦争に備えざるを得なくなってしまうのである。従って、日本がアメリカの敵国となってアメリカに対する先制攻撃をするような事態が二度と起きないようにするためには、アメリカは、日本がアメリカから自立できない状態を維持せざるを得ないのである。そのため、日米安全保障体制と在日アメリカ軍が必要なのである。
 つまり、太平洋戦争におけるアメリカの日本に対する武力による戦いは、日本の敗戦によって一応終わったが、それによってアメリカの日本に対する戦いが全て終わったわけではなかったのである。アメリカにとって、日本に対する武力による戦いの終わりは、新たな戦いの始まりだった。それは、日本が二度とアメリカと戦えないように日本を封じ込める戦いである。アメリカは、日本に対するマッカーサーの占領政策によって戦後体制を成立させた結果、日本を戦争ができない国にすることに成功した。更に、日米安全保障体制を成立させることによって日本をアメリカの武力による保護下に置いた結果、アメリカは日本の防衛の主導権を握ることになった。その結果、戦後体制と日米安全保障条約を日本に守らせることによって、日本をアメリカに従属させ続けることが、太平洋戦争後の日本に対するアメリカの戦いになったのである。従って、もし日本が、アメリカから自立しようとしたら、アメリカは、武力行使を含めた、あらゆる手段を使って日本の自立を阻止せざるを得ないのである。
 このように、日米安全保障体制と在日アメリカ軍は、アメリカの国益を守るために必要不可欠なものなのである。ところが、トランプ大統領は、日米安全保障条約が不公平だとの不満を表明したことによって、日米安全保障体制と在日アメリカ軍が存在する理由が全くわかっていないことが明らかになったのである。トランプのような人物がアメリカ大統領では、日米安全保障体制と戦後体制を揺るがしかねないのである。
 そして、更に日米安全保障体制と戦後体制を揺るがしかねないのが、近年アメリカに起き始めている変化である。アメリカ国民は、アフガニスタンとイラクの二つの戦争に懲りて厭戦気分に陥り、アメリカが超大国としての役割を果たすことに嫌気が差し始めている。しかも、オバマ大統領が、「アメリカは世界の警察官ではない。」と述べ、超大国としての役割を果たすことに消極的な姿勢を示したのである。アメリカの超大国としての役割には、日米安全保障体制を守ることによって日本の戦後体制を守ることも含まれている。従って、アメリカが超大国としての役割を果たすことに消極的になることは、日米安全保障体制と戦後体制を揺るがすことになるのである。
 また、トランプ大統領も就任する前から「我々は世界の警察官にはなれない。」と述べてオバマ大統領と同様に超大国としての役割を果たすことに消極的な姿勢を示していた。そして、トランプ大統領は、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し、地球温暖化対策の国際的取り決めであるパリ協定からの離脱、更に、エルサレムをイスラエルの首都と認定して国際社会から非難を浴びたり、イランと欧米・中国六カ国が結んだ核合意から離脱したりするなど、アメリカが築いてきた国際的地位や信用を失いかねないようなことを立て続けに行っている。
 更に、アメリカの国際的地位や信用を失いかねないのが対北朝鮮外交である。
 2018年6月12日、トランプ大統領はシンガポールで北朝鮮の最高指導者の金正恩と会談し、共同声明を発表した。その共同声明の中に「トランプ大統領は北朝鮮に対して安全の保証を提供することを約束した。金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化に向けた堅固で揺るぎない決意を再確認した。」と記されている。つまり、北朝鮮の非核化を条件に、アメリカは北朝鮮の体制を保証すると言うのである。
 そもそも、超大国たるアメリカにとって北朝鮮とは、いかなる国なのか。まず、アメリカにとって朝鮮半島における唯一合法的な国家は韓国である。従って、アメリカにとって北朝鮮は非合法な国家であり、存在してはならない国である。そして、アメリカが掲げる理念では、世界の全ての国はアメリカの言う民主主義国家にならなければいけないことになっている。従って、金日成に始まる金一族の専制国家である北朝鮮の体制は、アメリカにとっては絶対に認められないものである。つまり、本来、超大国たるアメリカにとって北朝鮮は、消えて無くなるべき国なのである。従って、トランプ大統領が、北朝鮮の「安全の保証を提供する」ようなことを本気で実行したら、それは、超大国たるアメリカの政治的な敗北以外の何でも無いのである。従って、アメリカと北朝鮮との交渉次第では、アメリカの政治的な敗北があらわになり、アメリカが国際社会の信頼を失い、超大国としての政治力が低下する可能性もあるのである。このような外交をやりかねない人物が大統領では、アメリカの超大国としての地位がいつまで維持できるかわからない。
 戦後体制下の平和主義の理念によれば、日本の平和主義は、太平洋戦争など、過去の戦争の反省から生まれたということになっている。再び戦争の惨禍を招かないためには二度と戦争をしてはならないという反省に立ち、戦争を放棄して平和国家になったと言うのである。しかし、このような反省は、あくまでアメリカが日米安全保障条約に基づいて日本を防衛することを前提としたものである。平和主義だの平和国家だのと言ったところで、結局、日本の平和と安全を守るのはアメリカの役割なのである。日本国民がいかに戦後体制や平和主義の継続を望んだとしても、アメリカが日本の防衛をやめてしまったら、結局、日本政府や日本国民自身が、再び戦争の惨禍を招く危険を覚悟の上で日本を防衛するしか無くなってしまうのである。それは、戦後体制と平和主義の破綻である。つまり、戦後体制の存在も、平和主義の理念も、超大国であるアメリカが日本を防衛している間の一時的な現象に過ぎないのである。
 日本の平和主義は、日本をアメリカの軍事的保護下に置き、日本の防衛の主導権をアメリカが握ることによって日本に独自の戦争をさせないという、アメリカの対日政策の上に成り立っているのである。つまり、日本の平和主義は、日本の政策ではなくアメリカの政策なのである。日本政府は、アメリカの対日政策を、あたかも日本独自の政策のように装っているに過ぎないのである。従って、日本の平和主義を日本独自の政策として論じている言論人たちは、アメリカと日本の政治によって踊らされているに過ぎないのである。
 現在、アメリカの超大国としての力には限界が見え始めている。しかもアメリカ国民は、超大国としての役割を果たすことに嫌気が差し始めている。それに加えて、アメリカには、日米安全保障体制と在日アメリカ軍が存在する理由が全くわかっていないトランプ大統領が君臨しているのである。このような状況では、日米安全保障体制と戦後体制が、いつ破綻するかわからない。
 もし、日米安全保障体制と戦後体制が破綻したら、日本が真の独立国家になる可能性が生じることになる。そうなったら、日本は一体どの様な国になるのだろうか。


民主主義の虚構

        民主主義の虚構

 

 私は、一般的に言われている民主主義国家は、虚構だと考えている。それは、次のような理由である。
 一般的に、民主主義国家と独裁者については、おおよそ次のような理論によって説明されている。
 「民主主義とは、主権者たる国民が政治に参加して自由に政策や国家のあり方を決めることができる国家体制であり、国民の自由や権利を守るための国家体制である。そして、国民の主権、自由、権利といったものを守るためには、国家の最高指導者が独裁者になることを防ぐ仕組みが必要である。独裁とは、強力なカリスマを持った最高指導者が、その強力カリスマの力によって国民の意識を変えて自由な思考をできなくしたり、憲法や法律に違反する権力を行使したり、憲法や法律によって定められた議会の承認による手続きが必要な権力の行使を議会の承認無しで行ったりすることによって、主権者たる国民の自由や権利を制限することである。このような独裁権力の行使から国民の自由と権利を守る仕組みが三権分立と議会政治である。まず、国家の最高指導者には、国民の意識を変えるような強力なカリスマは持たせない。そして、法的権限を法の執行権、立法権、司法権の三つに分割し、最高指導者には法の執行権のみを与える。更に、法を執行する最高指導者、立法府である議会、司法権を行使する裁判所に、それぞれ対等の力を与えて互いに監視させ、三者の中の一つが独走することを防ぐのである。また、最高指導者が権力の行使や法律の制定をする場合も、法律によって定められた議会の承認などの民主的な手続きに従わせなくてはならない。更に、国民には、言論の自由や思想の自由、そして知る権利などを与え、議会やジャーナリズムと共に最高指導者を監視するのである。このようにして、国家の最高指導者が独裁者になることを防ぎ、国民の自由と権利を守るのである。」
 しかし、本当に三権分立と議会政治によって独裁者の出現を防ぐことができるのなら、民主主義体制が独裁体制に取って代わられるようなことは起きないはずである。ところが、実際は、フランスの第一共和政がナポレオンの独裁体制に取って代わられたり、ドイツのワイマール体制がヒトラーの独裁体制に取って代わられたりしたように、民主主義体制が独裁体制に取って代わられた例は無数に存在するのである。これでは、民主主義国家なるものは虚構だと言われても仕方が無い。
 一体どうして、国家の最高指導者が独裁者となり、民主主義体制が独裁体制に取って代わられるようなことが起きるのか。このことについて、学者も言論人も、いまだに、まともな説明ができていないのである。それは、彼らが、国家の最高指導者の役割を理解していないからである。
 私が「第一章 国家には独裁者が必要だ」で述べていることは、国家の最高指導者の役割である。国家の最高指導者が、いかなる役割のために存在するのかを理解すれば、民主主義体制が独裁者に取って代わられる理由も理解できるのである。


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