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陵王

「久しぶりだね」タンソニャット空港近くのカフェで、彼を三十分近くも待たせた私を咎めることもなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陵王

 

潤は言う、ひさしぶり。叫び声をあげて目を覚まし、まだるっこしい疲労に包まれたまま身体が静かに寝息を立てつづけたままなのに気づく。地元の雅楽団体の海外公演のために私はビンジュン(Binh Dương)というベトナム南部の地方都市にいるのだったが、通訳の日本人慣れしたベトナム人はいちいちカタカナ発音でビンズオンとその都市のことを発音し、アジア交流フェスティバルの日本語進行表でもビンズオンと書いてあり、地元の人間たちはビンジュンというに近く発音し、言語表記にはイにあたるらしい母音はどこにもなく、結局のところ、私にはその土地の名前がどう呼ばれるべきなのかよくわからない。いずれにせよ、大陸の南らしいどこまでも続く平野が果てしない、子供のころに、戦争体験のあった祖父から大陸は島と違ってすべてが大きいんだといわれたそのままの、おおづくりな風景が広がる。おだやかな朝の光がレースのカーテン越しに差し込んで、ビンジュン市の中心部近くのホテルの中で私は身を起こす。二年前に来たときと同じような、光そのものがまとった熱帯の温度が、日光を遮断したはずの室内にまで侵入しているのを、私は既に知っていた。交流会の終わったあと、三日間とはいえ、帰国まで日程に余裕はあった。私はタクシーを呼んでもらい、タンソニャット空港に着くと、潤は既に私を待っていた。あからさまに肌を灼いた何台かのバイクタクシーが、私に声をかけては通り過ぎて行ったものだった。盛んに話しかけられるベトナム語が、しかし、私にそれを解することは出来ない。あるバイクが舌打ちして通り過ぎたとき、後ろから潤に呼びとめられ、振り向くと、道を渡り乍ら、潤が笑って手を振った。「違う場所にすればよかったね。探して、何度もぐるっと回った。けど、ここ以外だと、お前のほうが場所、わからないいだろ?」確かに、私に行けるのは、タクシーに乗ったとしても、言語の問題で、Airport 以外にはなかったかもしれなかった。私は笑って、少し離れたところに駐めてあった潤のバイクの後ろにまたがる。サイゴンを抜け、ただ、あつかましいほどに広い主管道路を走っていく。サイゴンの中心部を離れると、無意味に広い公道以外には、せいいぜい四、五階建ての低いビルか、平屋の家屋が疎らに立っている以外には、ひたすらに空が広がり、それは圧しかかってくるような気さえする。光りながら、光が温度をただ肌に伝え、うぶな太陽光そのものが肌を灼く触感のような肌触りさえあった。光に対して為すすべもない、熱帯であるには違いなかった。人々はみんな、日本の秋冬のようなジャンパーを着て厚着で、それは、日差しから肌を守るための処置であることはすぐに知れた。ここにおいて、光は強烈で、破壊的な力そのものなのだ。光はただ、外国人らしく薄着の私の肌を灼く。町が途絶え、森林地帯と田園地帯とが交互に広がり、どこまでも、向こうに地平線がぎざぎざに広がるが、想ったよりそれは近く、地球の丸さと人体の視覚の限界をただ、感じさせてやまない。地表が卑小なのではない。視覚そのものが、人体に合わせるように、卑小なのだ。人体は人体が見えるもの以外、見えはしなかった。林の途切れた先に唐突に現れたメコン川の橋を渡りながら、その泥色の巨大な川は、たとえば瀬戸内海を泥で色づけしたような規模で、その中に小島さえ浮かべていた。その流れを美しいと表現する日本人はいないだろう。日本人にとって、それは、正に土砂災害を連想させる色彩で、母なるメコンと言うには、あまりにも生命の匂いから隔たりすぎていた。留保なき破壊者の色彩。茶色の色彩は、今、地表の緑色と空の青と白とをぶった切って、ただ壊滅的にそこに存在していた。威厳すら湛えて。やがて、その先に、周囲がいよいよ緑ばかりになった頃に、潤はバイクを逸らせて小道に入り、疾走する風の中では、潤の声はうまく聞き取れなかったが、この先に俺の家があると、彼が言ったように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日に灼けて色の褪せた、コンクリート造の平屋の家屋の疎らな点在に、時に放し飼われた牛と鶏の群れが私たちを振り向き見乍ら、奥に入ったところの家屋の前にバイクが止まると、潤はここで降りようと言って、私を中に導くのだった。若いベトナム人の男性が彼に、まるで久しぶりに会ったかのように握手をさえ求めて声をかけ、部屋らしき仕切り壁の薄暗い向こうから顔だけのぞかせた、まだ成年には達していないことが明らかな少女たちが二人、潤に何かを訴えかけてやまない、潤んだ眼差しを向けた。瑞々しいほどに、彼女たちは単純に若かった。私など目にもくれないままに、彼女たちは何かうわさしあっていたが、この家屋を通り抜けた先に牧草地があって、その先にも小さなあばら家の小さな集落が見えた。「あそこに妻がいる」と潤は言い、あれか?あれが、と私は口を濁しながら、人身売買の、と言いかけたあと、もっとも、こんなところに日本語を解する人間などいるとは思えないから、何も気にすべき必要などないのだった。ベトナム人の、女の子たち?潤はうなづき、「あと、ラオス人もいる。一人だけだけどね。昨日まで、カンボジア人もいた。俺に、アンコールっていう、地元の有名なビールをくれたよ。どこで手に入れて来たんだか」笑って、後ろを振り向き「ここに帰って来るときに買ってきたんだろうね。彼らにわざわざバイクを止めさせて。売春もやってるから。外で」不意に木陰から痩せた少女が顔をのぞかせたが、世界中の憎しみのすべてをかき集めたような、突き刺さる視線で私たちを見つめ、その眼差しの痛々しさ、というよりも、痛さそのものが、耐えられずに私は視線を逸らすのだった。背後から、潤の仲間に違いない男が彼女を殴りつけるようにして押し倒し、少女はしかし、何を言うわけでもない。小さな叫び声も悲鳴すら上げずに、ただしずかに鼻だけで息遣っていた。その呼吸には、どうしようもない獰猛ささえこもっている気がした。男は馬乗りになったまま何をするわけでもない。上目使いの目線が合った。彼が早口に潤に声をかけ、潤はうなづいたが、羽交い絞めにされて少女は連れ去られていく。「何だ?」脱走だよ。潤が言った。彼女は一日に何度も繰り返し、あれをやる。逃げる気もないくせに。逃げ込める先もないくせに。みんな気違いだって言うけど、俺は、と、彼は一瞬口ごもったが、「犠牲者じゃないか」私は言った。俺も同じだ、潤が言った。「何の?」ややあって、たぶんね。許してやってくれ、と彼は、いや、許してくれ?何を?俺を。誰を。俺たちを。俺たちみんなを。「彼らは、自分たちが何をしているのか、それすらわからないんだ。」本当に、と潤は言った。あばら家の中には誰もいなかった。あばら家、そういう形容しか私には思いつかなかったが、古いだけで、一般的な住居の部類なのかも知れなかった。テーブルさえなく、仕切り壁の向こうにはベッドがあって、衣装棚が作りつけられていた、その向こうに水洗トイレとシャワーがむき出しで設置されていて、一応の仕切りはあったから、それで個室の用を足している、ということなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここら辺には、部屋っていう概念がないんだな、と、(ひと)語散(ごち)るように私が言ったのを、潤は笑い乍ら、そうなのかもな、答え、そういえば、私は言った、あれから何回かお母さんに会ったど、お前の、と、元気そうじゃった。スーパーの前とかで何回かお見かけして、おいくつになられたん?(67?かな。ほんとに?びっくりするな)挨拶しただけじゃけど、と、私は、そして潤はグラスに水差しから水を注ぎ込み、まだ、あの、神辺の借家に暮らしてるよ、私をふと指さし、思い出したように、彼は言った、「そこにきみの母はいる」わかるだろ?と潤は言った。母に伝えてくれ、君の母に、ありがとうって。何と答えるべきなのか私は知らず、さしだされたグラスに口をつけただけだった。埃っぽく、乾いた喉を、一気に水が潤し、もう日本には帰らないつもりなんか?日本?今、そんな国、現存するのか?(どこに?)いや、帰れるかどうかわからない。状況はよくない。ひどい。追い詰められて、もう終わりかも知れない。潤はそう言って、彼は言った「すべて、御心のままにゆだねます。」そうとしか言えない、潤は言った。それ以外、言うべき言葉もない。小さな窓と、開かれたシャッターから日の光はやさしく差し込んで、床の上にさまざまな光と影の模様を重ねた。氷が溶けて崩れ、それがかすかな尖った音をさえたてたのだった。私は何か言おうとして、言葉さえ見つからないままに、あるいは、何も、言いたいことすらなかったのだった。私は見つめるともなく潤を見つめた。美しい男だった。人間の顔の原型のそのものを曝したようなハンセン病の半面に、素手で日差しがあたって、警察に追われとるんか?昔からずっとだよ。何回も危ない目にあったけど、と潤は言い、知ってる、なぜ?聞いた、誰から?訝るでもなくただ不思議そうに私を見る潤の表情は私の記憶を刺激してやまないが、「お前自身からだよ」想起されかかる膨大な記憶の中から、何が「お前が話してたろうが」選択されるべきなのか惑われたまま、「そっか。確かに」結局のところ、何も明確な形象を結ぶこともない。外で草木のこすれあう、こまかや音が一斉に立って、chào anh.

 

チャオ・アン、その女声に振り向くと、

こんにちは。

入り口には彼の妻が立っていた。静かに、微笑みかける彼女の腹部のふくらみは、明らかに臨月のそれだった。何事が起こっているのか、私は一瞬、茫然として、できたの?その言葉は誰にともなく、口をついて出てきただけのものに過ぎなかったが、「できた」うなずいた、この潤の言葉が、私の耳を打つように響いた。私は彼を振り向き見た。お前の?彼は何も言わず、お前に?彼の妻を見つめていた。私には信じられなかった。俺に子どもが作れるかどうかなんて、お前は知ってるだろ?潤は言った。彼女は、女だぜ。知ってるか?悲しげに私を見つめて、彼は言った「今、俺たちは既に天国にいる」現実として。潤はそう言った。潤は何も言わないまま、沈黙の秒数を私は数えた、彼の妻は、ベトナム語で何か私たちに話しかけていた。それを、潤は微笑みさえし乍ら聞いていた。誰の?お前のじゃないなら、私は外にいたあの何人かの若い男たちをふと思ったが、まだわからないのか?「いや、違う」と潤は言った。彼女は貞淑な妻だよ。とても。そんなこと、彼女には出来ない。まだわからないのか?それどころか、俺が初めての相手だったんだから。つまり、まだ、誰も知らないということだよ。まだわからないのか?今までのすべての《俺の女》がそうだったように。誰にも手を付けられないまま放置されているだけだ。まだわからないのか?潤は笑った。あんなに、女なんか、俺に片っ端からなびいてくるのにね。なぜ、俺なんかを選ぶんだろう?永遠に処女でいたいわけでもないくせに。この子だって、子どもが欲しいってよく言ってた。特に、ベトナムとかだと、出産育児の社会的地位自体が高いしね。俺がそういう類の男だって、知ってるくせに。ちょっと待て、私は言った。じゃ、これは誰の子なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、なんかの病気なんか?子宮の?潤はすぐさま首を振り、彼は言った「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」これは、主よ、なぜわたしを見捨てたのか、という意味だ、と潤は言った。私は指を伸ばして、指先にグラスをぬらした水滴を触れた。彼の妻は、そこにそうしていることそれ自体が幸せなのだとでも言うかのように、充足しきった顔をして、ただ、そこに立って、私たちを見つめているのだった。微笑み乍ら。何が起こってる?私は、そして、すべて、潤が言った、つじつまがあうんだ。なぜ、俺がハンセン氏病なんかになったのか。今や、俺にはわかるんだ。なんとなく、俺を処罰してくれてる気がしたから、放置していただけだけど(なにを?それが、俺にはわからないんだ)今や、俺にはわかるんだ(ただ、俺の罪は罰されるべきだと思っていた)俺の病気は、(なにを?何を犯したって言うんだろう?俺が)ハンセン氏病なんかじゃない(いつ?)これは、らい病だ。生き腐れの業病なんだよ、呪われた天刑病。例えば、ヨブのような。潤は言い、いや、と私は言った、ただのハンセン病だろ、声を立てて笑いさえし乍ら、早口に私は言うのだった、隆志が言ってたよ、俺は、と、潤は言った、打ち消して、悲しげに、知ってる。俺は、これは、らいだ。俺がなぜあんなに女たちを呼び寄せるんだろう?いわば、罪もない汚れた、或いは、罪もなく汚されていく、そんな女たちを片っ端から。罪のないものだけがこの女に石を投げつけろと言ったのは誰だ?潤は立ち上がって、彼の妻に近づき、彼の妻は、何の理由があってか、あるいは、ただ、生き腐れの呪われた天刑病の彼の接近が嬉しかっただけなのか、微笑み乍ら彼にうなづいた。私の皮膚の下で、私の神経系が、熱く、凍りついたように震えていた。まだわからないのか?見てくれ、ここに来て。夫婦の傍らに近づき、私は、そして、目の前のあらゆる雑草や、離れた樹木の枝の一本、葉の一本までのすべてが、まるで彼女がその体内に宿られているものに対して憧れ、決して触れてはならず、そればかりか触れ獲さえしないにもかかわらず、触れなければ生きてさえ行けないないそれに、必死に手をのばそうとして、彼の妻に向かって伸びていた。身をよじるように、千切れそうなほどにまっすぐ伸ばされた葉々、そして草は地面からはがれそうなほどに。彼女がそれらの上を歩むたびに、踏まれた草は喜びに打ち震えていた。涙さえ流せるなら、それは今、自分の流した滂沱の涙のうちに、溺死さえしたかもしれない。牛も、鶏も、どこからともなく彼女の周囲に集まっていて、やや離れて地に伏したまま、ただ、濡れぼそった眼差しのうちに彼女を見つめていた。頭上には無数の鳥の群れが、声さえ立てずに飛びかった。わかるだろ?潤が言った。あらゆるもののすべてが、なすすべもない憧憬に焼き尽くされ乍ら、今、既に讃えられた自分自身のために泣いていた。すべてのものが、潤が言った、祝福していた。今、すべてのものが、彼らの救世主にひれ伏し、そして、自らを。求めている、彼に手を伸ばし、彼を求めている。彼に裁かれることを。彼らは知っている。今、彼が彼らを八つ裂きにしようとも、彼らは既に救われていた。私は見た、確かに、すべての原子、微粒子のレベルまでのすべてが、今、救済されようとしていた。救済?いや、吐き捨てられたものに過ぎない言葉がついに触れ得ない、何か。彼は言った「すべては終わった」今、と、潤は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、俺にはよくわからん、私はささやく、キリスト教に、と、まるで密談するかのように、輪廻転生ってないじゃろ?おかしくないか?キリストはもう、《いた》んじゃろ?また生まれ《る》はずがないじゃろ?潤は私を振り向いて、けど、目の前に、今、《いる》んだよ。これが現実なんだ。もちろん、今、すべての既存宗教は否定された。イスラム教だのヒンドゥー教だのどころじゃない、当の、キリスト教自体がね。今や、十戒の前の金の子牛に過ぎない。この子が生まれる前に発された、すべての言葉は、いわば、まったきノイズに過ぎない。むしろ、すべての言葉はノイズに過ぎなかった。神は唯一であって、神が言葉なら、父とその一人子以外に言葉など発し獲たことなどなかったからだ。たとえ、主よ救いたまえと、アーメンと、俺が言ったとしても、ホサナと言ったとしても、その言葉が俺の言葉である限りにおいてノイズだ。俺たちはかつて、今も、これからも、原理的に、いかにしても彼を讃えることさえできなかった。いや、生きてあること自体が彼への裏切りだった。もはや、そして、あるいは死ぬこと、自死することさえも。潤は言い、喉が渇いた、と潤は言って、彼は言った「わたしは、渇く」そう、為すすべがない、潤は言った。潤は、彼の妻を愛しているには違いなかった。その臨月のおなかを撫ぜてやりさえし、木漏れ日の光の中で、かれらは幸福な夫婦だった。私は知っていた、私には記憶があって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は思い出す、まだ、私たちが十五、六の頃だったはずだった、彰久と、私と、潤とで、瀬戸内海の海岸に行ったことがあった。


沙陀調音取

その臨月のおなかを撫ぜてやりさえし、木漏れ日の光の中で、かれらは幸福な夫婦だった。私は知っていた、私には記憶があって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙陀調音取

私は思い出す、まだ、私たちが十五、六の頃だったはずだった、彰久と、私と、潤とで、瀬戸内海の海岸に行ったことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乗り継がれるバスの中で、潤が彰久に話しかければ、それは私に心の深いところで嫉妬を、自分にさえ気付かれないように、ひそかに、かきたて、潤の私に笑いかけるその声のたびに、彰久を、ある焦燥のようなものが、その神経を逆撫でるのに違いなかった。その頃の、いつものように、私たちは言葉や、しぐさや、あるいはお互いのそこにいる存在そのものを、突き刺さる刃物のようにしてふれあい、音を立ててそのふれあいは共鳴し、いずれにしても、すべてはその響きと共鳴の中に。夏の前の6月終わりの海岸は曇り空の下に、重く、しずかに波打つばかりで、私は背に不意にふれた彼の指先の触感に、半ば嘔吐に近い、暗い感情のうねりを内側に押し殺す。言葉になる以前の、あるいは、ついに言葉にはなりえない情動の重なった動きが部厚く、逃げ場のない大気にさえなって、私の体の中は憧憬とは最早いえない暗い情動に打ちのめされ続ける。私は知っていた、二日前に、学校の校舎の裏で、授業をサボり乍ら、潤は隆志をそっと抱きしめたのだった。それを、隆志が私に耳打ちしたときに、その得意げな、誇示するようなささやき声の、潤は私に口付けたものだった、頬に、私をそっと抱きしめて、私は首をつかまれた猫のように立ち尽くし、私は潤の、私の何かを詮索するような眼差しの中で、潤は私に口付けたものだったが、私は知っている、それは今ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、潤はわたしに口付けてはいない。今、彼は、海岸を私と、彰久とともに意味もなく走って声を立て、君は私に教えた、今ここにあることの本質的な儚さを、私が教えた、その、それは、今ではない。いつも失なわれてしまう、とどまるすべさえもなくに、泣き伏したくさえなり乍ら、私は潤の眉に触れようとした瞬間に、私は彰久が体中を非難の気配に染めて、背後に見ていることをは知っていた。君は、誰をも愛したことなどないだろう?、俺が、君を愛するようには。地元の漁師が網をつくろい乍ら、なぜか舌打ちし、かつて、愛し獲たことなどなかった。漁師は日灼けすることのない白い肌のまま、煙草をそのまま海岸に投げ捨てた。何もとどまりえないなら、かつて、なにものも愛されえたことはなかった。雨が降る、もうすぐ、雨が降る、と漁師が誰にともなく言ったものだったが、それは聞きなれない方言で呟かれ、細部は最早記憶にない。波が打ち寄せ、それは自ら砕かれながら、見てみい、と彰久が茫然と、遠くに見惚れ乍ら言い、海の少し沖合いの、この、すぐ近くで、波が静かにひとしきりうねったあとで、ゆっくりと、海水は細かな雨のようになって巻き上がり、吹き上がり続け、空に舞い上がっていった。沖の見渡す限りを、海からの雨が舞い上がって、それが空に一気に降り注ぐのだった。私はこの光景に立ち尽くし、ここら辺ではよく起こる現象なのかと、彰久が漁師に聞いていた。たまにある、と彼は、梅雨明けには、しょっちゅうだと、その彼の言葉が嘘であることは誰もが知っていた。今、彼自身が、もっとも悲惨な驚きをその表情に曝していたのだから。海から空へ、しずかに雨が降り続け、風の中にその水滴が時に私たちを濡らし、美しい、と潤は、色彩を失って行く、言った、空が、今、雨にうたれて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.07.18-08.06.

Seno - Lê Ma

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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