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陵王乱序(1)

 

 

陵王乱序

 

高級品は見ればなんとなくわかるものだ、と、私は妙に関心して仕舞うのだが、いずれにせよ、居心地のよい居住空間ではあった。つけっぱなしのテレビの前の、彼の二人の、性別がはっきりしないほど幼い子どもに何度も視線を投げかけ乍ら、隆志は、そして私は言う「何が?問題って何が?会計が?」隆志は声を立てて笑い、「確かに。考えてみい、みんなから四千円集めたのに何で三千円足りんのじゃ。」肩をすくめてみせるしかない。それはええとして、と隆志は、まず第一にの、潤ちゃんが来たろうが。「来たね。」あいつぁ、ハンセン病で。知っとるか?「何?」それって、と、「らい病?」私が答えるのを、それは、差別用語じゃけどの「ほんとか?顔は、確かに、変になっとったけど」記憶をたどり乍ら、私が「初期なんか?」じゃあ、ないじゃろうな。あんなにまでなっとりゃあ、そうとう、悪い。私にそれは信じられず、「でも、腐ってくるんじゃろうが。らい言うたら」腐りゃあせん。らい自体じゃあ。神経をやられるからの、痛みがなくなるから。何かの傷が化膿して、衛生環境悪くて、そのまま放置しとれば、何か別の感染症でそんな風になることもあるかも知れん。診たことないから、俺はよく知らん。けど、そりゃあ、らい自体の症状じゃない。「あんなもんなんか、らいって」そうとう悪くなってるよ、あれは、と隆志は言うが、再び、私の視界の中に思い出される潤の顔の映像が「うつるんじゃないんか?らいは。大丈夫なんか?」うつる。けど、たいしたことない。ひ弱な菌じゃから。めったにない。子どもや死にかけの爺さん婆さんじゃったらわからんけど。それに、一回投薬したら、ほとんどの菌が死んでしまうから、ある意味、風邪よりも簡単な病気ではある。やられてしもうた患部の処理は別にして。昔は違うどな。もちろんじゃ、薬なんかなかったんじゃから、大変な病気じゃったはずじゃ「じゃあ、あいつ、もう治っとるんか?」昔、ピアノを習っていた私のピアノを、潤はよく聞いてくれた。治っとりゃせん。隆志が言葉を切り、それは姉が腱鞘炎になった後、「治らんのか?」私の為だけのものになったピアノだった。いや。と、隆志が言うのを聞く、治しとらんだけじゃ、たぶん、潤は自分では弾こうともしないくせに「レプラも生き物じゃから、突然変異くらいはするじゃろう、耐性くらいは身に付けるじゃろう」それどころか、一切指さえ触れようともしないで「たぶん。じゃから、薬の効かない固体くらいあるんかもしれん、地球上のどこかには」弾いてみろ、と言った。潤はいつも私の家に来ると、そのアップライトピアノを指さし、「ベトナムにはないということなんか?その治療薬が」そんなことはなかろう。国境なき医師団とかで、中東のほうにも行ったけど、あんなところでも、何にもないけど、思ってたよりは結構ある。今どきはな「けど」と、隆志は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとのことを言うと、ほんとのところはわからんよ。診察しとらんから。」むかし、というか、一年も前じゃないんじゃけど、隆志は笑って、私の置かれたままのグラスに乾杯し、言った。「飛行機に乗ってて。コソボ紛争のとき。覚えとるか?飛行機でたぶん、喘息かなんかの発作なんかな。お医者さんいませんかって言うんじゃ。けど、俺は無視したね。病院の医療機器に囲まれてない状態の医者なんて、医者でもなんでもない。何にもわからんし、何にもできん。本当に。真由美(それは彼の妻の名前だったが、)があんた、何とかしたげ、言うたけど、無理じゃ、と。何も出来ん、と。」いずれにしても、じゃ、日本でも二年に一人くらいは感染しとるんじゃないかな?俺のは教科書で習った知識と言うだけじゃから、実は、何もわからん。ただ、不思議なんは、なんで、潤は、と、隆志が「何で潤は何の治療もせずに放置しとるんか、とうことじゃ。」不意に、髪をかきあげ、私は、奇妙な眼舞いのような感覚に襲われたが、死にたい?それは、飲みすぎただけかもしれない「死にたい、とか?」私は言う。冷えた感覚が喉の奥にあった。あり得る。隆志は答え、確かに、潤が何を考え始めても不思議ではない。けど、と、隆志の声を、まるでお前は彼の死を望んでさえいるようだ。私は「らい自体では、基本的には死ねない。」聞く。他の感染症を併発しない限り。死ぬとしても、長い時間がかかる。らいで死んだのか、それ以外で死んだのか、判断も出来ないほど、長い時間が。私はそれらの言葉を聞き流す。彼の死を私自身がどこかでねがってさえいる感覚に襲われ、打ち消すように、「本当に?」ビールを飲み干すが、「あと、彰久ね。」立ち上がって、振り向きざまに隆志が、彼は両手に新しい冷えたビール瓶を持っている。「ありゃ、アルツハイマーか認知症で。」その後の、警察所管の専門医による詳細な診断で、彰久の若年性アルツハイマーが証明されるにしても、私にも思うところがあった。少なくとも何らかの精神疾患をは抱えている雰囲気が確かにあって、記憶を手繰るまでもなく、一瞬の、冷たい氷で背筋を撫ぜられたような感覚とともに、なにか、いたたまれない気がする。隆志の家からすぐ近くの、旧市街地の端の山際の彰久の実家を訪ねたとき、「彰久に会ってくるか?」それは私が言い出したのだった。今?これから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやか?

ややあって、隆志は言った「ええよ。けど」全く人の気配のない薄暗い夜の空間を「何も出来ないよ、おれは」歩き、「専門じゃない」あらゆる夜の光源が、ほのかに空間と事物とを照らし出す。専門じゃない領域に関しては、ほんとに、わしら、色彩が、素人なんじゃ。暗さの中に埋没し乍ら空間に鮮明にうがたれ、鍵もかけられていない玄関から入ったときの、湿度をはらんだ臭気を、少なくとも私は忘れることができないのだった。今も。居間の向こうとこっちで、彰久の両親たちが死んでいた。彰久の両親らしい老人たちの明らかな死体が四肢を奇妙なあり得なさで折りまげて、血にまみれて倒れていた。激しく、何度も刺されたように見えた。大量に流れている血がこんなにも匂うことを、私は初めて知った。隆志もそうに違いない。彼の嗅ぐ血の匂いは、手術室の中の、あくまで新鮮な生きた血の匂いだったに過ぎない。私たちはむしろ、何も言わなかった。目線をさえ合わせず、引き戸を開けば見えてくる階段の半ばに、彰久はうずくまってスマホをいじるばかりで、私たちを振り向こうともしない。彼が、わたしと隆志に気付いていることは知っている。彰久は、LINE に、子どもの運動会の写真をアップしていたが、《先生方、役員の同級生たち、ご苦労さんでした。やっぱり、運動会はもりあがるのう!》そのキャプションを読んだのは、何日かあとのことだった。とっさに、隆志が彰久の襟首をつかんで投げ倒し、彰久は階段を転げ落ちていく。蛙のように四肢を開き、ばたつかせて。私は、そして隆志が、喉に鈍い音を鳴らしたのを聞いた。隆志は彰久に馬乗りになって、後ろから彼を殴りかかっている隆志を私は見ていた。彰久の左腕は自分で後ろでにねじ上げられたまま静止し、その無抵抗さの無意味さに、私は思わず目を逸らした。何を考えていたわけでもない。私は黙っていた。何もできないわけではなかったが、何をすればいいのかわからなかった。むしろ、それを探した。何をする気さえなく。彼らの周辺をうろつき、見上げた階段の上には彰久の、久しぶりに見かける姉の惨殺死体があって、その先の個室の開けっ放しのドアの向こうには、彰久の妻が首をつっていた。ドアは、薄いベニア板を二枚貼り付けたものだ。むかし、よく使われていた安価な素材だった。父の施工する内装にはいつもこれが使われていたものだった。何が起こっているのか、判断が出来ていないのは確かだった。他の何らかの事象を探して、私はドアというドアを片っ端から開けていく。何を探しているわけでもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隆志は一方的に彰久を殴っていた。他には何の死体も発見できない。子どもたちはどこへ行った?私は訝るが、ここにはなく、ここにはいない。最早、他に何もないことに気付いたときに、私が感じた奇妙な落胆は、そして私は自分が息を切らしていることに気付く。彰久が鼻から息を長く吹いて、血交じりの鼻水を床になすった。隆志は廊下の壁にもたれかかって、胡坐をかいたまま動かない。隆志が、まるで被害者のように見えた。うなだれ、もはや、体に力さえ入らない。頭を抱え、彼は、そして私は、隆志は今、すべてを失ってしまったのだと気付いた。何を?隆志が、誰の?床に転がっていた携帯電話に手を誰のすべてを?すべての何を?彰久は床に転がっていた携帯電話を取り、自分で警察に電話した。はっきりした口調で、家族がみんな死にました。すぐ来てください。それは何度となく私たちが耳にしてきた、あの若干甲高い声だったが、自分の氏名とアドレスのあと、奥さんを殺してしまいました、と彰久は言った。私はそれを聞き、足元の、彰久の姉の体躯が、まだ息づいていることには気付いていた。かすかな呼吸音があった。彼女は一度くぐもった咳のような音声をその肺の中で立て、なぜ、私は声を立てようとしなかったのか?すぐ近くに医者がいて、彼女の親族さえいるというのに?私はそれを黙殺しようとした。彼女はもう助かりようもないのだった。右の親指の指先さえ折れて、逆方向を向いているのが、痛い。その名前は忘れた。思い出そうともしなかった。漢字三文字で下は子だった。子どもは三人いたはずだ。子どもたちは今、別れた旦那の実家のほうに行っていたに違いない。彰久も三人兄弟だった。私は身を屈めたまま、専門学校のとき彼女は妊娠して、結婚して、私は彼女の口をふさいだ。看護学校だった。数年で離婚し、帰ってきた。彼女は死んでいるのだ。ある意味で、既に。もう助からないのだから。彰久が言っていた、看護学校じゃ、お互いにお互いの血を採血して、採血の練習をするらしいで。採った血と注射器は、もちろん特殊汚物として処理されるんじゃ。彼女が旦那と会ったのは看護学校だったのだから、もちろん、おたがいに、そうしあったに違いない。時に見つめあい乍ら、戯れるようにしてさえ、彼女は死んだ。さびいしいんよ、彼女は言った。一度採った血は、水洗トイレに流して、捨ててしまうんよ。あ、これは、ヒミツで。彼女は死んでいた。誰にも言っちゃいけんで。彼女は言った。怒られるから。冷え切った氷のような体温が私の皮膚と筋肉とのあいだをすべり、その下の体内が沸騰したように熱い。身をかがめて、私は自分の震える手を自分の震える手で押さえながら、潤は私にピアノを弾けと言った。触れようともしないまま、何でこんな音が出るん?弦を木がコンコン叩いとるだけなんじゃろ?香気がする。この美しい少年の体からは、塗りたてのニスに色気を混ぜたような、耐え難い香気が、福山にバスで行ったとき、それは私たちが中学生のときだったが、バスの中で、私はすぐ後ろの席にの潤をふりむいて覗き込み、私は思い出す、話しかけ、彼の隣に座っていた若い女性は明らかに性的な興奮状態にいて、それを押し留めていた。いつものことだった。思い出す。潤に魅了されない女性など存在しなかった。いつも、彼女は、いま、許しがたい暴力にさらされている被害者ででもあるかのような顔つきをして、むしろ無関係な私のほうに非難する目つきを見せた。私は小さく声を立てて笑い、潤は一度目を伏せた。潤は私たちの要求には既に気付いていた。おもむろにその女性を見つめ、のばされた指先は彼女の髪の毛に触れた。一瞬、体を震わせたあと、声を押し殺しながら、そして悲惨な状況の被害者であることを訴え、何かを懇願する眼差しを彼女は潤にむけ、彼女は何かを訴えていた。かすかな発汗が彼女の身体を薄く包んでいるのは知っていた。あなたは私を救わなければならない。薄く開かれた唇から彼女の呼吸の音が聞こえていた。彼女にできることは何もなかった。彼女は、はっきりしすぎたメイクで、田舎風の美人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はいつものように、毎日職場の図書館に通って、郷土史の編集をしたのだった。それは《歴史を知る。それは》市立図書館の開館五十周年記念の出版事業《ひるがえってわたしたちの現在を知ること》だった。私は《でもあります。》知っている。1960年代にデニム産業《先人たちの歩みを知り》が盛んになる。地元の有力企業の一つが、それは《先人たちの知恵を現在に》大手と呼ばれる繊維会社の《活かす、その中から》下請け企業にすぎなかったが、デニム生地生産に《未来の可能性が広がっていく。》特化するより他に生き残りうるすべを持たなかったに過ぎない。とはいえ、《わたしたちは市立図書館》それは成功し、いまだにアパレル系の人間《開設五十周年の今年、》にとっては、国産デニムの生産地として《先人たちの歩みの集大成として》記憶されている土地になりおおせた。1970年代の後半には《ここに郷土史の》染料等の公害問題が顕在化して、当該産業が下火になった、のではなくて、排水設備等ライフラインの充実が図られ始める。1980年代の前半から、すべての道路を引っ剥がして、下水設備の整備が始まる。それはすべての住居が配水管によってつながれることを意味する。と同時に、もはや土の道路は存在しなくなり、アスファルトか、コンクリートが路面と言う路面を多い尽くすのだが、これには、地元のPTA等の反対意見のほうが強かった。《「児童の健全育成と『土の地面』の保護について」》土の道路を守るべきである、と。90年外の前半期が、この町の消費のピークだったかも知れない。いうまでもなく、第二次ベビーブーマーによる消費の拡大による。さまざまな商業施設が、市街地郊外に設置され、とともに、市街地の所在自体が移動していく。一つの商業施設の設置は、地図の斬新を意味する。90年代の後半から、学校の維持の問題がゆっくりともちあがり、ゼロ年代に一気に顕在化するが、いまのところ、それに対する施政は何もない。不思議に、財政が逼迫することもない。予算を必要とする問題もとりあえずは何もないだけに過ぎない。および、ふるさと納税の、わずかな恩恵に。不在の、いわば、架空市民の税金が、その町の予算の30%をまかなった。もちろん、人口は減少していき、外国人留学生が増える。私が子どもだった頃、中国人さえ見たことがなかった町のコンビニに、今ではミャンマー人の留学生が働いている。いくつかの市町村が合併を繰り返し、地図はその名前と境界線の更新に忙しい。私は知っている、自殺するか、殺されるか、いずれにしても一度に四人もの人間が死んでしまったあの事件は、私たちの小さな町では大きな事件だった。かりに、その町の外側では、戒厳令下の中、もはや何の興味も示され獲ない、地方の小さな事件に過ぎなかったにしても。いたるところでそれがうわさになっているには違いないが、私の耳には聞こえてこない。耳をふさいでいるわけではないが、図書館の中にいて、図書館の仕事さえしていれば、ある程度遮断できるのも事実だった。この、慎み深い田舎町では、地元の知性の殿堂たる小さな古ぼけた図書館では、スキャンダラスな話など誰もがつつしみ、話を避けるのがマナーだ。むしろ、上原さん、大丈夫でしたか?と、六十代の女性の館長に、明けた初日に聞かれただけだ。この上ない、上品なやさしさをもって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妻は言っている、とんでもないうわさになっていると、彼女は言い、さまざまな尾ひれがついているようだった。それは私の耳には聞こえない。それで、何か、わかったん?と妻は、「町中大騒ぎよ。ほんとに。」彼女は大学時代のサークルの後輩だった。ジャズサークルだった。彼女の声はいつも鼻にかかっている。知美と同じように。そして私は知美のことが好きではなかった。「町中大騒ぎよ。ほんまに。」嘘をつく気もなく、善良さの産物として、嘘を撒き散らす。悪意もないままに、致命的に人を傷つけてやまない不埒な善人。井口俊夫の父が神社で首をつって自殺したのも、「町中大騒ぎで。ほんとよ。」思えば、土地売買でもめていた井口親子の仲裁に入った知美のせいだとも言えた。あなたの少しのわがままが、今、あんなに仲がよかった家族をばらばらにしています。涙声で、「町中大騒ぎじゃが、ほんとに。」彼女は言った、と井口は言った。まるで、救いようのない回帰不能点をすでに突破して仕舞っていたかのように。もちろん、それがすべてではないかもしれない。いずれにしても、何も、わからない。何も、わかってはいない。三人の人間がほぼ同時に刺殺されたことには間違いがない。ほぼ同時に、一人の人間が首を吊ったことにも間違いがない。戒厳令下では、必ずしも外出制限がかかっているわけではないが、誰もが無用の外出は控えようとする。加害者らしい人間は、混乱しきっていて、埒が明かない。子どもたちはすべて生き残っていた。凶器となった包丁は、殺されたほうの指紋はいたるところについていたが、殺したほうの指紋はどこにもついていない。彰久は手袋はしていなかった。何かの布ごしにつかんでいたのかもしれない。何の?よく砥がれた刺身包丁で、それは一片の錆さえなく、彰久の父の趣味は釣りだった。目の細い、沖縄出身のボクサーのような、丸っこい顔の彼は、彰久とは似ても似つかない。小学校のときの、少年ソフトボールチームのコーチだった。毎週末、くわえ煙草でノックしていた。いまなら、犯罪者扱いだ。板金屋の跡取りだったが、その仕事の実質を、私はよく知らない。ミレニアム期以降における地方の板金零細工場(こうば)の経済的原理など私には想像もつかない。飢えて死んではいないのだから、仕事は何かしらあったのだ。「殺ったのは彰久じゃないよ」雅巳は言った。一週間近くたっていた。それは雅巳の店の中だった。窓越しの戒厳令下の国に、人通りはほとんどない。私にとっては、それは気乗りのしない話だった。「お前はどう想う?彰久が殺したって?」彰久だけじゃない、私は喉の奥だけで言った。おれも、あいつのお姉ちゃんを殺した。たぶん、彼女は「あいつじゃないよ」まだ生きていたのだから。俺が「殺したのが彰久じゃなったら、」私は言った、誰じゃ?「知らん」雅巳は声を立てて笑うが、それは私には不愉快なだけだ。「けど、久しぶりに同窓会で、こう、肌を触れ合った感じで、俺にはわかる。」何を?「今のあいつには殺せない。誰も。絶対に」

 

 

 

 

 

「なぜ?」

 

 

 

 

 

「誰かに危害加えたとしても、最後まで行けない。途中でやめるか、続けられなくなるか。例えば、一人殺すのに何秒かかる?三十秒かかったとして、けど、今のあいつは十秒ももたんよ。途中で飽きちゃう。それを三人も?めった刺しじゃったんじゃろ?あいつなら、一回振り上げて、振り下ろすのが、精一杯じゃと思う。」なんで、お前がそんなことわかる?「いい加減なことなら言わない。」何も知らないだろ?「なんとなく、としか言えんけど、これは、確信なんじゃ。根拠はないけどの、確実に、そうじゃ」とはいえ、事実死体はあったには違いなく、少なくとも彼の両親は、誰が殺ったんじゃ?と言う私に、ややあって、「潤かもな」と雅巳は言い、かすかな鼻笑いの音さえ立てるのを、私は雅巳の胸倉をつかんだ。「待て」殴られるより早く「やめとけ」と雅巳は言い、雅巳は私の手の甲を軽く叩き乍ら言った。「殴り合ったら、まだ、お前には負けんよ」雅巳が、いやいやをするように首を振る。そんな表情を現実にしているわけではなかったが、私は、今、雅巳が私を見下し、見下しきった上に見下しぬいているのを感じた。お前はいつも部外者だった。彼は、息が出来ないかのように、いつでも、自分だけは無関係な顔をして。頭を振るばかりだった。「もう、やめよう。この話は」


陵王乱序(2)

私の声には、教え諭すような雰囲気があった。それが「埒が明かん。」私自身にさえ不愉快だった。雅巳は人を殴ったことも、殴られたこともなかったはずだった。6歳や7歳の頃のこと知らない。首を解かれた雅巳が言った。「隆志と会ったんか?あれから」雅巳は妙に、そんな気を起こさせることが出来ない人間だった。「いや。警察署にだって、呼び出されるのは別々じゃ」雅巳の周辺には、いつも、しらけた希薄な気配が漂っていた。彼の周囲は常に退屈なのだ。「会わせたくないんじゃろ。口裏合わせるかもしれんから」あのころも「何の?」今も、「知らんが」いつ?あの頃とは、「会ってやればええのに」いつなのか?「お前は?」あの頃とは?「俺?」雅巳はうなづき、「神辺の飲み屋で見つけた。」いつ?「二、三日前。消防団の集まりみたいじゃったけど。あいつ、一人で何にもしゃべらんで、座わっとった。周りの子らがかわいそうじゃった。あいつ、団長じゃろ?みんな、気を遣うて。かわいそうなほど。もちろん、何か話しかけたわけじゃないし、わからんで。そう見えただけなんかもしれん」ややあって、お前は?という雅巳の声を聞き流し、ふいに、雅巳は思いつめたような顔をして、言った。「みんなが、俺について、何を言うとるか、知ってるよ。だれも俺に向かっては何も言わんけどな。ネットの上でままごとばかりやっとると。けど、今にわかるよ。俺の、というか、俺たちの、」あわてて訂正し「俺たちの国家は仮想国家じゃない。お遊びでもない。現実にここに存在するし」ガラスのドア越しに、まだ午前の陽光がしずかに差込み「最終的に既存国家のすべてを無効化するまで、俺たちは、やる。」私はショップに陳列された小物の上の、陽光の複雑な反射光の点在を見る。「今はまだ二重国籍のままじゃけどな、どっかの国に《ネオ・リュウキュウ》を国家として認めさせたら、すぐに国籍は抜く。ビザが発行されさえすればいい。そこに入国する。そこで、仕事をするよ。どうせ、ほとんど、ウェブ店舗なんじゃ。拠点が変わるだけじゃ。いずれにしても、国土のない国家を成立させる」「どうやって?」「見とってくれ。もうちょっと、待っといてくれ」もうすでに「何を?」引き金は引かれてしまっていた。雅巳は引き出しの中に煙草を探したが、あいにく煙草は切れていた。「そのうち、すべての国家から国土境界線は消える。それらは土地の個人所有権の問題に過ぎない。或いは企業の。《ネオ・リュウキュウ》だけじゃない。もう、他に三つもある。同じ、非領土国家が。それらの国家が片っ端から既存国家から国民を引き抜いていく。既存国家は結果的に形骸化し、むしろ架空の存在に堕す。ここは日本国だ、国民は?さあ、まだ一万人くらいは残っていたかも知れないね、ってね。」「無茶言うな。」私は意図的に笑い声を立てて、「たとえば、単純に水道局ってどうなる?」中学のとき、雅巳が耳打ちした「ファンドとして独立させる。税金で省庁のサービスを買ってるよな、」潤って奈々恵とやっちゃったって「今。それと、どこが違う?全部そう。軍隊も、な、」うそじゃ。ありえん「ファンドとして独立させる。」いや、ほんと「そんな軍隊が戦争なんかするか?」おれ、見たもん「武器の管理するだけじゃ。殺しあうのは、」一緒に帰っとるし「現実に戦争したい奴らの有志どうしがすればええ。何の不都合がある?」ないない「正直言って、」私は雅巳を振り向き見、そのときの雅巳はじっと、私を覗き込むようにして見つめているばかりだった。さめた、しずかな、そのくせ留めようのない興奮が、雅巳の声を震わせていたのだが、そのかすかな震えに、私は何にも言わなかった人間のような無表情さで私を見つめる雅巳を見つめ返す。自分の表情はわからない。たぶん、眉間にしわくらい寄せているのではないか?「どうしても、行くところまで行かないと、おさまらん。もう、始めてしもうたしの。非領土国家が地表を追いつくす。地表は単なる地表に過ぎないが、それらは非領土国家にあまねく支配されていることを知っている」うそつきの「知っている?」ほらふきの「そう、ただ、知っている。」雅巳。ややあってわたしは、彰久は今何をしているのか?「いつ、そんなこと、思いついたんなら。」警官に拘束され、連行される彰久の後姿に、明らかに何らかの精神障害を抱えていることが見て取れたのは、私の気のせいだっただろうか?「イスラミック・ステイト。IS。ISIS。イスラム国。あれのモスクが、陥落した日。」彰久は、明らかにこちら側にはいなかった。「テレビやネットで見乍ら、思いついた。俺は、ね」少なくとも私の隣には。この、「他のやつらのことは知らないけど。」どうしようもない「ネットで、言ってたよ、現地の人間が」距離。いきなり、彼の視界は、同時的な数人の人間の死に「外人ばっかりになってから、あの国は変わったって。」さらされた。「むしろ最初は偉大で革命的な国家だったってね。そう」言うんだ、彼らは、そう「言っていた。とはいえ、あれを実態国家として成立させたのは、むしろ外人たちだ。じゃあ、国家って何だ?国家の実態は国籍ですらない。宗教?いったい何人のリアルなイスラム教徒たちがいた?人種、言語、そんなものは言うまでもなく、国家の根拠としては無効だ。結局は戦争と貨幣と領土と税金でしかない。けど、戦争なんて不可能だろ?いま。国家は戦争できない。できるとしたら自衛か制裁だけだ。名目上はね。そんなものは国家と国家の戦争じゃない。国家は戦争を失った。敗者を隷属させ占領し解体するところの破壊行為としての戦争を、だよ。貨幣は仮想通貨で代用すればいい。領土は国家の見せ掛けの根拠にすぎない。いくつの紛争地帯がある?領土の画定されない国家がいくつある?日本だってそうだろう?竹島は日本なのか?韓国なのか?その韓国と北朝鮮は本当に領土確定された国家なのか?税金はファンド投資として再構築する。じゃあ、何が否定されなかった?軍隊だけだ。領土さえなくして、軍隊は存在しうる。」かもしれない。領土があるから「なぜ、こんなこと、始めたんだ?」軍隊が存在するんじゃなくて、ほんとは「わからないの?まだ?」軍隊が存在するから「いや、頭の中で考えるのと、」領土が存在するんじゃないかって「現実化するのとは違うだろ?なぜ、」おれは思うとる「現実化したの?たとえば、論文書くので満足しなかったの?」書いたよ。西和輝さんの「お前、今着てる服好きか?」論文。でも、飽きたんだよ「答えになってない」書くことには。「地震あったろ。東北の。原発の。津波の」雅巳は、答えるのに飽き飽きしたかのように、椅子にもたれかかって、「あのとき、俺もボランティアに参加したんだよ」知ってる。「見たよ、お前のフェイスブックで。インスタも」画像と《海が、こんなに》「人間として重要な行為だし、」《悲しく見えるなんて。》せつせつとした「ショップの営業としても重要なんだよ《海を見るのが、》慈善事業ってな。《こんなに》とんでもない」キャプションの《怖いなんて。》「現場だった。戦争があった」文章「わけでもないのに。向こうの果てまで瓦礫。廃墟の群れ。泣いたよ。現地の人間と会って話すたびに。本気で。心から。俺は、人生観もなにも、根っこから変わると思った。変わらざるを得なかった。いろんな人が言ったろう?3.11以降、考え方、変わったって。あのとき。けど、そうじゃなかった。俺は。何も変わらなかった。新しいメモリは増えた。けど、古いメモリは書き換えられなかった。口では言った。心の中ででも言った。変わったって。けど、嘘だ。嘘じゃないかも知れない。ただ、本当じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間だ」時計も見ずに、私は言った。話の腰を折りたかったわけではない。雅巳は、半ば茫然とした表情をさらして椅子に深くもたれたまま、「行こう。彰久が待ってる。」待っているはずなどなかった。誰も。まだ面会の許可すら取ってはいなかったのだから。警察署に行くと、雅巳は一瞬身構えたが、あっけなく面会の許可は取れる。もはや彰久の口から聞きだせることなど何もなく、彼は単なる保護対象に過ぎないのかも知れなかった。同行する警官に連れられて、私と雅巳は市民病院の窓口をくぐる。極端にこざっぱりとした空間に、かすかに消毒液のにおいが停滞している。警官が「失礼じゃけぇど、いつからなんじゃろうか?池内さんがあんなふうになられたんは」と、おそらくは私より十歳近くは年上の、その短髪の警官は言った。「何か、問題があるんですか?」彼はこめかみを叩いて、「かなり進行しとられる若年性アルツハイマーにかかられとるようですな。亡くなられたご両親もね、よく介護施設に行かれずに、自宅で面倒みとられとったもんじゃな、言うて」

「そういえば、池内君のお父さんのお葬式はどうなさったんですか?」私は言い、あれから一週間、図書館の仕事もしなければならなかったし、警察の事情聴取にも行かなければならなかった。私は多忙で、その事件の最も近くにいたが、もっとも事件から離れ、隔たっていた。その後、何がどうなったのか、まるで、何も知らなかったことに気付く。「ご両親はね、お父さんの弟さんがいらっしゃるでしょう(私は知らなかった。でも、)。その人がね、(なぜあなたは)連れて行かれましたね。(すべてを)この三日の日にお通夜じゃった(当然のことのように)んじゃないん?お嫁さんのほうはね、姪御さんに(話すのでしょう?)当たられる方が手続きしに来られて、引き取って行かれたけども。あの方だけ、違う形じゃったから、いろいろと聞いて行かれたらしいけど、」今、「何をですか?」警官は一瞬口ごもっていて、彼は極端に人のいい人間には違いなかった。嘘がつけないのだ。「自殺じゃなくて、殺されたんじゃないかな、言われて。あちらのご家族はね、お嫁さんのほうが犯人じゃと思われておられるようで。介護とかにね、子どもの将来とか、まだ小さいお子さんじゃったから、思いつめて、あんなことして、それで自分も、ね。それじゃあんまりじゃからと。信じたくない、信じられん、と。誰かに殺されたんじゃと姪御さんは疑っとられましたね。知っとられたんじゃないんかな。ご主人さんのご病気のことを、お嫁さんのご家族さんは」廊下は「その可能性はあるんですか?」広い。「さあ。調査中じゃから」いまさらあわてて口を濁した。警官はエレベーターの中で、大柄な痩せた看護婦に軽く会釈し乍ら、「ただ、考えられんね。遺書には、ご主人さんの看護に疲れたと、そればっかり書いてあったんよ。身につまされますな。うちも、親父がね。まぁ、大変なもんです。お姉さんのご遺体にだけ、争った形跡があってね。そうとう逃げ回られたみたいじゃな。」病院ですから、と看護婦は振り向きざまに言い、「ご遠慮いただけますか」警官は一瞬声を立てて笑った。彼女は、確かに正しい。「ほんまですね」警官は照れたように笑う。彰久は、身柄を拘束さえされていなかった。一応の特殊病棟らしい小さな個室で、つい昨日盲腸の手術でもしたかのような顔をしていた。部屋は日当たりがよかった。窓は開け放たれ、これ見よがしに清潔な空間のなかに、こざっぱりとした格好で、ベッドの真ん中に胡坐をかいて座っている。私たちを見留めると、久しぶりじゃのう、他意もなく笑った。つられて笑いかけたが、あんな事件の真ん中にいた人物が、どうしてこんなにも他愛もなく自然に笑っていられるのか訝られ、彰久は、もう何年も前から、ここにこうして住んでいるかのようだった。私たちの後ろから、あの奥さんでも入ってきそうだった。バッグの中に、新しい着替えを詰め込んで、コンビニ袋でも片手に。まだ若かった。彰久が三十歳で結婚したとき、彼女は十九歳だったはずだ。そんな話を聞いた。名前は忘れた。必ずしも美しいとは言えないが、すっきりした、整った顔立ちではあった。目をつぶると、そのかたちを思い出せないほどには。朝から晩まで、半狂乱の彰久がわめき散らし乍ら、拘束服にがんじがらめになってもがき続けているのを望んでいたわけではないが、あまりにも意外なたたずまいだった。私は何を望んでいたのか?破滅?それはすでに一週間前に終わっていた。それは、もはやここには存在し獲ないのかもしれなかった。「元気じゃったか?」私は言い、たしかにあの日以来会っていなかった。私は何を言えばいいのか、戸惑っていた。口ごもったまま警官を一瞥したが、彼はただ、物静かに、生まれたばかりの他人の子どもを見るような無責任なやさしい眼差しに彰久を捉えているばかりだった。私と雅巳をさえ。「上原くんじゃろう?あの日は、すまんことでした。」彰久が言った。「上原には、本当に、迷惑かけたね。」彰久はベッドの上で、そのままの姿勢で頭を下げて見せ、「なんでもないよ」私は言うのだった。「幼馴染じゃからな。気にせんでええよ。」私が彼に何をしてやったというのか、「あれから、元気じゃったか?」自分の言葉に戸惑い、このどうしようもない違和感と同時に、正にあるべき会話があるべき形でなされている気の抜けた充実感がどうしても拭えない。おれたちは、こんな風に、ずっと会話して、こんな風に生きているべきだった、と、この、かたっぱしから整った清潔な空間の中で、と、私は、私たちは今、清潔で、完璧に整っていた。不意に、泣き出してしまいそうな気さえする。「元気じゃったとも。おかげさまで。お前は?」私が言うのを、彰久が細めた目の中で聞く。聞き取りづらいのかも知れない。「見ての通りじゃが。わしも、もう歳とってね、もう、駄目じゃが。」聞こえる?「何を言うとるん?」俺の声、「あんなことがあって、わしにも、ようくわかった」聞こえてる?彰久は、今、しずかに微笑み乍ら言っていたのだった。確かに、急速に彼に襲い掛かっている老いを、私は見ていた。まだ、四肢は、華奢ながら、たくましいままだった。衰えのない身体を、急激に老いが、しらけた気配とともに支配していく。この空間がそうさせるのかも、そう見させるのかも知れない。実際には、何度見ても、単なる手の行き届いた清潔な病室であるに過ぎない。「わしは、もう口をださんから、好きにしたらいい」醒めた緊張感が、空間に音を立てるように響いて、雅巳は何も言わないまま、彰久を見つめた。私は、一瞬で状況を理解できたが、それを雅巳に確認させるように、私は彰久と会話した。「そう。で、何と言うておられた?」雅巳を振り向きもせずに「あいつは何も言いわせんが。まだ、若いから。」

「そうか、しかし、心配じゃな」

「心配せんでもいいんじゃ、とわしは思う。わしも若い頃はそうじゃったからね。」

「そういえば、何歳になられたん?」

「もう、二十歳じゃが。お前のところは?」小さく声を立てて笑い、私は「まだ十二じゃが」

「まだ子どもじゃのう。一番、手のかかる頃じゃないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようもない居心地の良さの中で、私は、彰久の子どもが一番上でさえ、まだ十二歳にしかなり得ないことを知っていた。その子は二年前に交通事故で死んでいた。軽トラが自転車ごと轢ねたのだ。首の骨が折れていたという。即死には違いなかった。私は、彰久と、彼の二十歳になるという息子についての会話を重ね乍ら、もう一人子どもがいるはずだった、十歳くらいだろうか、彼、或いは、彼女はどこにいるのか?私は彰久にアドバイスをする、彼の二十歳の子どもの扱い方について。記憶として記憶された彼のぼんやりとした、しかし執拗な願望が、今、彼を支配する。願望なのか、複数の記憶の錯綜した混合なのか。いずれにしても、私は、私の目の前で、私の知らない、知らなかった現実が展開されているのを、見ていた。一気に、彼と彼の現実をぶち壊し打てしまいたい破壊的な欲望を何とか抑えながら、とはいえ、彼の現実をまるごと認めてしまいたい衝動にさえ駆られる。それらは私の中で並存し、私はしずかに彰久の手を叩き乍ら、彼の声に耳を澄まし続ける。私の声と、彼の声との連なりがもはや苦痛でしかなくなったとき、私は不意に自分の近況を一方的に語って聞かせ、私が怖かったのは、彼があくまでも純粋に知性的だったことに他ならなかった。彼は明らかに壊れていた、そして、彼の知性は明晰で、何の澱みもなく、すべてを明晰に処理していた。今、ナイフが目の前に突きつけられていたのを、私は感じた。それは比喩だが、もはや比喩ではない。私はいたたまれない。それは、恐怖そのものだった。あまりにも、単純な、怖さ。君は知っているか?無数の、それらのナイフが私を今、刺し貫いているに違いない。彼は知っていた。ちゃんと、彼がその手で家族を殺してしまったことを。にもかかわらず、なぜ君は今、どうして、例えば罪悪感に苛まれながら、毎日手ばかり洗ってみせるくらいのことが出来ないのだろう?悔恨の涙の中で錯乱した叫び声をあげたり、もう一人の自分とか『何とか神』とかが命じたの何だのとわめき散らしたり出来ないのだろうか?君の頭の中は、どうすれば再起動できるのだろう?君のバグった頭の中は?それとも、ハードディスクを丸ごと交換してやろうか?君の口の中に、CDRか中古のフリッピー・ディスクでもぶち込めば、君の頭の中のヴィルスは駆逐できるのだろうか?ファミコンのソフトでも?恐ろしいほどに明晰なきみの知性は?振り向き見ると、雅巳は目を両手で押さえ、声を殺しながら嗚咽を漏らしていた。泣いているのだった。それは、私には理解できなかった。本当のことを言え、と敏明は言った、あの時、そして、彼のそんな姿を私は初めて見た。それは私を安心させた。確かに、このとき、この状況なら、今正に、雅巳はあんなふうに泣きじゃくってしまうのが普通だった。私が安心し乍ら見ていたのは、こんな風景だった。今、私は知っている。生き残ったほうの、彰久の十歳の十歳の子どもはあの時、自分の部屋のベッドの下にうずくまって、震えることさえなく、身を固めて息をひそめていた。一人だけ生き残ったことを、彼は知っていた。彼は自分の存在を帰し去っていた。警察が発見したのすら、一晩開けたあとだった。早朝の現場検証の終わりかけに、のこのこ自分で部屋から出てきたところを保護されたのだった。見ず知らずの何人もの大人たちの、自宅への乱入に、不安に震えながら?おそらくは。何が、彼をそうさせたのか?言葉の群れが塗りたくり、言葉の群れに塗りたくられる。すでに言葉は塗りたくられていた。誰に?誰が?何を?私は彼に手をのばす。触れようとして。触れようとする彼が、彰久であることに気付く。何ものにもついに傷つけられることもなかったまま、私は今、生きている。彰久さえも。彼の子どもを、その名前を、私は忘れて仕舞った。会ったことがあるかどうかさえ思い出せない。自分の子どもと同じ小学校に通っていることは知っていた。身柄を確保されたとき、彰久の子どもは虐待された猫のように、暴力的なおびえた目で、彼らを見つめ、これは妻から聞いた伝聞情報に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が彰久の手を叩き乍ら見上げると、人のいい警官も看護婦も、今にも泣き出しそうな顔をしていた。みんなが、一様に泣きそうな顔をしている。その意味が私にはわからない。彰久は今犠牲者だった。彰久は自分の教育論を語っている。私はそれを聞くが、耳を貸してはいない。お前が殺したに違いない。私も泣きそうな顔をしているのに気付く。あの、姉でさえも。お前がその手で。いや、私はすでに泣いていた。涙を、隠しようもなく流していたのだから。激しく、呼吸をさえ乱し乍ら。十年以上も会わなかった。彰久など、私の知らない人間だった。今、始めて会うのと同じことだ。私は地域史の編纂をする。どこに存在する土地の歴史なのか?まるで私の知らない他人の土地の歴史のようにしか見えない。そんなものを、どうやって編纂すればいいのだろう?それはた易いことだった。私は毎日、資料を打ちなおし、エクセルに入力した。それは、私の重大な過失だったことには気付いていた。ごくごく単純に、ワードのほうがよかった。情報を並べ替え、編集するなら、エクセルのほうが結果的には楽な気がしたのだった。信じ難いミスだった。福山の保護施設管理下のもと、叔母の家におかれている彰久の子どもは、一人で生きていかなければならない。彰久は既に存在しない。目の前の、そして私は彰久の言葉にうなづいてやりながら、彼は一人で生きていかなければ成らない。何年も前からそうだったのかも知れない。彰久の症状が、一日二日のものだとは思えない。彼は、どこで、どうやって生きていたのか。ひとりで。あの家族の中に、毎日出入りし乍ら。彰久は近い記憶から忘れていくのだから、彰久に最も近いところにあるあの事件など、もはや消滅していたに違いなかった。彰久はすでに、あの事件にとって無関係な部外者に他ならなかった。彼はそれに、ついに、手を触れることさえできなかった。自分で殺しておきながら?すでに、それはむしろ外部の私たちの手の内にあって、今、私たちを泣かしめさえしているのだった。あるいは、彰久があの記憶を呼び覚まして仕舞ったとしたら、彼はどうするのか?この明晰な知性は、いかにそれを処理するのだろう?あるいは、彼の知っている事件の中で、彼は誰かを殺したのだろうか?彼は再び警察に電話するだろうか?自分が殺したことを知ったなら。あの、液晶画面に罅の入ったスマホで。殺したことを知っているなら、彼は殺そうとはしないのだろうか?加害者を、例えば、愛すべき家族の命を守るためにも。あるいは、報復のためにであっても。じゃあ、と、私は、ややあって、そのとき、立ち上がり乍ら言った。子どもは全部、見たんかな?あんなふうに、家族みんなが、言い澱んだ私に、それを打ち消すように妻は言ったものだった。知らんらしいよ、何にも。それがねぇ、それだけが、不幸中の幸いじゃねって、みんな、言ってるよ。物音がするからいうて、部屋から出てみたらね、あんなことになってて、あわてて布団のなかにもぐったらしいんよ。妻は言い、(ひと)語散(ごち)る、かわいそうにね。「ぼく、知らない」て言うんよ。いい子じゃったのに。そう言う。まるで、死んでしまった子どものようだ。妻は誰かに語って聞かせていた。聞いているのは、私だった。行くよ、私は言った。じゃあ、元気で。それは彰久だった。彰久が、私に別れを告げたのは知っていた。病院を出ると、その駐車場はこれほど人気のない町にもかかわらず、ほぼ満車状態だった。百台近くの車が止まっている。それは奇妙な光景にさえ見えた。


陵王乱序(3)

やわらかい陽光が、車体のパーツに、それぞれに異なった反射光を与える。これらの放置されたままの光の点在が、そして私は目をしばたたかせ、いつどこで入手したのか雅巳が煙草に火をつけていた。病院の裏手の低い山が、朝方降った雨の水滴をまだ乾ききらせないまま、かすかに潤った色彩としてたたずみ、二日前、潤に会いに行ったとき、潤は実家の家の前に出ていて、私を出迎えてくれたのだった。「どうするんなら」私は雅巳に言った。潤は、両親が月三万円で借りている借家に身を寄せていた。「これから、どうするんなら?」潤が大学を出る年に、両親の建築会社は倒産した。持ち家の土地は売り払われ、潤はこっちに帰っては来なかったし、両親は自分たちの気配を消したまま、どこかへ引っ越して仕舞った。久しぶりに見かける彼らは、確かに年齢を加えてはいるが、面影はそのままだった。見間違えることもない。私は彼らをすぐに見留めたし、彼らもそうだった。あいかわらず誰にでも愛想のいい、ということは、明確な悪意もなしに裏表のある、ということではあったが、潤のその母とひとしきり再会の挨拶をかわして、潤に導かれるまま狭いDKに行くと、彼の父は介護用のベッドに身を起こして、私に微笑むのだった。りっぱねぇ、と母親が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

りっぱねぇ、と振り向き見乍ら彼女は言ったが、自分で起きたんじゃね。偉いねぇ。お客さんが来られる言うから、がんばったんじゃねぇ、潤の父親は笑った。彼女は、他人の子どもにかけるようなやさしい声で、潤の父は数年前に脳梗塞で半身不随になったと言っていた。そのわりには、はっきりした口調で私に言葉をかけ、潤の母がリハビリをしっかりさせていたのに違いない。お元気そうですね、私は寝癖が着いたままの太ったベッドの上の男に声をかける。動かないからねぇ、と、肥えて肥えて困ります、母親が言って、彼の膨らんだ腹を撫ぜた。うるさい、と彼は英語のRの発音で、戯れて言った。潤が十三歳のとき、潤は深夜私を起こした。私の家の外から、私の部屋の窓に石を投げたのだった。まるで、ロミオとジュリエットか、古典的なむくわれないラブストーリーのように。1980年代の終わりごろで、正確に逆算すれば、87年、ということになるその日、小さく不意にひび割れた窓ガラスの音響に驚き、目を覚まし、私はそこに窓を見上げる潤を見つけた。窓ガラスを割ってしまう、不器用なロミオ。私たちは上と下で、しばらく茫然と見詰め合っていたが、ややあって、隣の家の庭木を伝って部屋まで上がってきたとき、私は潤に、どうしたんなら?声をかけようとしたが、「お父さんが俺を殺しに来ちゃって」と潤は言った。悪びれもしないその言葉の正確な配列は、既に失われてしまった。私は思い出す。何度か思い出し、それはそのたびに、それ自らの言葉で記憶そのものを塗り替えていく。それはすでに、今、私の固有の記憶に過ぎなかった。「お父さんが?お前の?」私は言ったのだった。何で?彼が寝ていると、その母親が飛び込んでくる。部屋の中は、薄暗い夜の光を散在させていたに違いない。私は知らない。彼女は言った。確か美恵と言う名前だった記憶がある。子がついたかもしれない。彼は何度か目をこすったには違いない。彼女の言葉は、聞き取れなかったはずだった。彼はまだ、今、目を覚ましただけだ。彼女は言った。私は記憶していて、彼は目をしばたたかせさえしたかもしれなかった。私は思い出す。彼は美恵の荒い息遣いと、鼓動する心拍数を肌で感じた気がした。君は記憶しているだろうか?今も、私と同じように。彼は恵美の頭を撫ぜてみせた。長年連れそった妻には違いない。もう、七十歳近いのだろうか?窓越しのやわらかな日差しの中で、彼の流儀で、いい子いい子をするように。不随ではないほうの手で、半ばひらいたままのドアから不機嫌な彼の父が部屋を覗き込んだとき、恵美は小さい悲鳴のような声を喉の奥に立てたが、順次は何も言わずに、ややあって、すぐに立ち去った。それが彼の父の名前だった。若い頃の空手が、未だに彼の腕を丸太のように太く仕立て上げているままだった。どこかへ、順次が車で出て行ったことを、窓の外からその音響が伝えた。どうしたん?潤は言った。わからん、と、わからんが、恵美は言った。何にも、わからんが。錯乱した、彼女の起きぬけの夢だったのかも知れず、現実だったかも知れない。気配で身を覚ました気がする恵美の視界の中で、恐ろしいような無表情な顔をした順次が立っていたと彼女は言うのだった。手に刺身包丁を持っていたという、それはまるで、どこかで聞いたことがあるような話だ。鉄の、長い、少しだけ錆のある。母親は何でもない、夢じゃったんじゃろう、と言った。打ち消された言葉が、無意味に潤に絡みつき、いずれにしても、彼にできることなど何もない。君は、頼みもしないのに拒否され、飼ってくれとも言わないのに捨てられてしまった気がした。恵美が彼のベッドで寝付いてしまうと、いたたまれなくなった潤は、思えば、そのとき美恵はたぶん今の私とほぼ同い年だったはずなのだが、潤は近所と言うわけでもないそれなりに距離がある私の家に辿り着くのだった。まだ夜が明けるには時間がある。潤は、あのころ、ようやく舗装され始めた公道に、まばらに街灯設備が整備され始めた地方都市の、当時としては当然の発展途上の空間の中をかいくぐって来たに違いなかった。私は思い出した。暗さと明るさの共存した不均衡な空間を。「よく来てくださいました。」順次が言っていた。それは美恵の頭から手のひらをはずした瞬間に、だった。彼は長男のはずだった。なぜ、名前に次がつくのか、理解しかねた。そんな記憶があった。小学校のときの、青年消防団の名簿を見たときの記憶だった。「何もありやしませんが、どうか、ご遠慮なくの」丁寧に頭を下げてみせる障害を抱えた夫を、美恵は、お客さんなんか、もうずっと、来ないもんですからねぇ、すっかり、かしこまってしもうてからにね。何か哀れな目をして、口先で笑っているのだったが、小学校のホームルームで「お父さんの名前言える?」先生が私たちに言ったので、みんなはそれぞれにはいと手を上げながら返事をするのだが、それじゃあ、という先生が指したのは、手も上げずに先生を見ているだけの潤だった。潤君は、言えますか?「じゅんじと、みえです。」漢字は書けますか?まだそのころ、日本人の名前は当たり障りのない普通の読み方が当てられているだけだった。じゃあ、と、その先生、吉田先生と言う名の、五十代の独身女性が言った、おとうさんは、ご次男さんなんじゃね。長男です、と潤が言った、実は、五年ぶりなんだ。彼は、もはや標準語以外しゃべれない「こっち返ってくるの。父が、こんな風になったのは知ってたけど、遠くてさ」あまりにも「遠いって、どこが?」ベトナムだよ「ベトナムにいたんだから、ずっと」私はそれを思い出した。彼の父には、兄がいたのかもしれない。例えば生まれてすぐに死んでしまった兄が。彼らが生まれたのは1950年代だから、あきらかに、まだ、いわゆる戦後と言う時代のさなかではあったはずだ。とはいえ、疎開地でこそあれ、空襲もなかったこのあたりは、それほど逼迫した生活でもなかったはずだった。食事情が貧しかったにしても、それと、町ごと燃え尽きてしまい、あとには瓦礫しか残っていないこととの間には、遠い距離があった。少し離れたところに落ちた原爆を除いては。地方の地主の娘だった私の母の家には、建て直される前、土間の先の二十畳近くの部屋の壁のぐるりに、戦死者の遺影と賞状とが交互に飾られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英霊という、その当事者の家族たちに於いては、取り返しようもない喪失感と悔恨とともに呟かれてはしても、誇りも政治的正当性も一切帯びることのできなかった、この苦し紛れの概念が、その額の群れの列にだけ、張り付いて目覚め続けていた。ただ、沈黙し、沈黙を強制しさえして。その空間の中で、無関係な無数の言葉が飛び交い続けたものだったことをも、私は知っていた。無用の戯れ語と日々の言語の消費。いまや、地理的な問題として消滅して仕舞った被差別部落への陰口として、よっつぁんと言う言葉があった。私の父は酔っ払って機嫌がよくなるたびにその言葉をあおるように繰り返したものだった。再開発の流れの中で、一つの部落が鉄道の線路のために消滅した。市役所の人間にとっては、それは大きなビジネスには違いなかった。市役所づとめの祖父に言われて、父はよっちゃんたちに、自分のものとは言えない金銭をばら撒き、自分のものとは言えない土地を買収し、父はいつだったか言っていた。よっちゃんいうたら、ごうつくばりじゃけぇ、いちえんでもくれぇいうて、骨までしゃぶろうとするけぇなぁ。ありゃあほんまにあんごうでぇ、その地方鉄道が開通するまでに、結局は三十年近くがかかった。私はそれを知っている。地方史のなかで、もっとも大きな事件に他ならないそれは、そして父によっつぁんと呼ばれた彼らは少ないとはいえない金銭を口座の中に振り込まれ、新しい土地に散っていった。あるいは無償で提供された団地に。なぜか、非論理的で、かつ、ありがちな嫉妬とともによっつぁんマンションとよばれたそれ。潤が言った。「父は、酒を飲めないからね」庭に連れ出した私に、缶ビールをあけてくれながら、「飲めなかったっけ?酒豪じゃ言うて、よく飲まれとったんじゃないん?」「いや、脳梗塞で」確かに。彼の言うとおりだ。今、彼の父はテレビを見ていて、その妻は彼女の夫の介護ベッドの縁に腰かけて干した小魚のお菓子を時に口に運んでやる。テレビの音声は、ここまで漏れては来ない。庭に置かれた、何の意味があるのか、小さな木のベンチにすわって、この家のオーナーの趣味だろうには違いないが、この庭の装飾の目玉、だったのだろうか?雨に打たれ、白いペンキのほとんどを剥がれさせて仕舞っているそれは、「ベトナムには何年おった?」私が言った。なぜ、私は彼女を殺して仕舞ったのだろう?「十年ちょっとだね。」彰久の姉を?その前は東京じゃろ?うなづき、「大学で行ったからね、東京には。大学出るときに、ちょうど、親父の会社が」知っとる。なぜ、あんなことが、俺に可能だったんだろう?大変じゃったろう?「彼らにとってはね」潤は、私の缶に、乾杯して見せた。彼らにとっては。私は、顎をしゃくって窓の奥のほうを振り向き見る彼を、俺はそこにはいなかったからね、そう、けど、何回かは帰ってきたんじゃろうが、お前だって、いや、俺は、いや、一回くらいは?、一回も?、いや、うん、一回、うん、そう、ただ、俺の問題じゃないから、なかったから、なんか、彼らの、両親の問題で、なんというか、いや、わかるよ、いや、誤解しないでよ、変な意味じゃない、いや、立ち入れなかったんだよ、うん、息子としては、いや、わかるよ、わかる?潤の顔の半分は、まるで皮膚を一度はぎ落として、新しい腹部かどこかの皮膚を新たに貼り付けたような、人間の顔の原型というか、奇妙に個性を削ぎ落とされた風な崩れ方をしている。崩れてはいない。うまく言えない。失われた顔、とでも言うしかない。その失われた半面と、残された反面にはおそろしいほどの差異があって、同じものとは思えない。と同時に、それらが同じものであることを明示してやまない。まるで、仮面をかぶっているように見えるが、どっちが面だとも言えない。美しい反面を見れば失われた反面が面に見え、失われた半面を見れば、美しい反面が面に見える。しずかにはりついたらいの反面は、例えば日本の、意図された照明の下の能面のように、光の中で細かい陰影を刻む。あるいは、粗く削られたままいまだ仕上げられずに放置されている能面の、この表面に、いつから?ん?と、潤が、これ、いつからなん?ハンセン病じゃろ。隆志が言うとったで、一度、どちらからともなく口ごもりつつ、しかし、けど、ああ、と、あー、ね。潤は何かを思い出したように言った。「あいつ、同窓会のとき、一度も俺と視線合わさなかった。一度も、見向きもしない」爆弾じゃないじゃろ?《Bomb ! って、それだけ》わしも平和ぼけした日本人のひとりじゃけどな《記憶も何も吹っ飛んで》それくらいはすぐにわかるで《気付いたら》わかる、な、あれから、何やってきたのか、《どろっとした、血まみれ》知りたいんだろ?いや、《目の前に草原が見えた》わかるよ、いつから?《痛みは、気がついた後から襲ってきた》ややあって、「あれって、いつから?」私は言い、そのややかすれた声を私は聞く。潤とともに。一応大学は出たけど、とりあえず食わなきゃいけないから。大学院に行くつもりだったから、就職活動もしてなかったからね。水商売やってた。東京で。思わず私は声を立てて笑い、似合わんな、女になんか興味ないくせに、とはいえ、と、私は思う、適職には違いない、あれほど女を片っ端からとりこにしてしまう彼なのだから、とっさに、釣られて潤は笑い乍ら、他にできることなんかったから、とっさではあるけど、まあ、なんとか、まだ90年代だね。歌舞伎町はもう少し面白い町だった。まだしも、あのころから、つまらない退屈な町だったけど、まだしも、ね。ちょっといかがわしくて、雑然としていてね。あの有名なビル火災があって、あれから一気にそういう雑然としたところが粛清されていった。あとに残ったのは、薄汚れた発砲事件と、自分勝手な噂話だけだよ。今と変わらない。ネットでね、あの火事だって、中国人マフィアの抗争だの、そこの店長がわざとやったとか、人身売買やってたとかね。その抗争だの、隠蔽だの、その筋の人間からの情報だって言い乍ら、ぜんぶどうしようもない噂話なんだけど、話してる奴は本当の気がするんだ。話してる間は。いつの間にか、けど、有力な情報のひとつになってしまう、けど、何?え?けど。お前にはそう言う場所は似合わんで?そう?活花の先生とか?お琴の先生とか?言って、笑った、私は、そして、潤は笑い乍ら言った。うまくやってたぜ、それなりに。お前が?そう、マジで、ふつうにね、ほんとかよ、それなりに、だよ、もちろんね、ただ、つまらなくなって。何がってわけじゃなく、なんだろ?つまらなくなって。外国行こうかなって、どっか、で、ベトナムじゃったんか?いや、最初はフィリピン。歌舞伎町の、闇カジノの奴の紹介と言うか、関東連合のね、で、カンボジア行って、ベトナム行って、最初は、ボランティアの仕事がメインだったんだけど。カンボジアは。ボランティア?日本語教師。NPOの。なにそれ?おかしいだろ?笑える。ボランティアで、カンボジアで日本語教えてるんだ。あの頃の。ノストラダムスの実現しなかった予言の数年後。教科書も買えない子どもに。今日のパンが欲しい子どもに。日本的ボランティア精神の日常風景って感じ。NPOがつれてくる団体が金は出す、俺はただ、教えるだけ、みたいな。なぜ?って感じ。日本語を教えれば彼らは救われるのか?日本語は福音書なのか?自分で、自分のやってることがおかしかったな。ベトナムだってあの頃は、まだまだ貧しかった。第三次インドシナ戦争って言うのか、中越戦争って言うのか、カンボジア侵攻っていうのか、なんだか、あの、そういう戦争がおちついて、それほど日が経ってない。いくつもの。いくつもの戦争。ブノンペンからバスでサイゴンに入るとき、周辺の、ただっぴろい平原の風景が、今でも忘れられない。何回も行き来したけど。なぜか、そのたびに、そのたびの風景が、忘れられない。いやでも、何度も見なきゃならない風景なのに、だから?だからこそって?いや。いやでも、忘れられなくなる。明確な記憶さえ残らない。だって、何もないんだから。地平線さえ、遠くの樹木のぎざぎざに邪魔されて見えない。空と地面の接触面ってだけ。何もないというわけじゃない。そこにいて、そこにある、あらゆるものが、そこで目覚めている。バス休憩所に止まって、俺たちはそこで水を飲む。店の主人が飼い犬のわき腹をなぜか蹴り上げる。白人もアジア人も一緒くたになって、それを眺めてはいる。犬が甲高い悲鳴を上げる、やや遅れて。息が一瞬できなかったんじゃないか?空が美しい。とてつもなく、と、潤は言った。日本語教えてるのか?私は言い、ボランティアでね。たまに。ボランティア、と言いかけて、笑った後、人身売買っていうのがある。現実に、今も。知ってる。知ってる?ネットで見たことがあるの、いつか、そう、東南アジアでは、いまだに。書い手は、中国人だよ。ここ十年くらいそうらしい。私は潤の抑揚のない声を聞き、カンボジアでも、彼も同じ声を聞いているのに違いなかった。ベトナムでも。ベトナムのようなところでさえ、むしろ最近、山間部の貧困層の間で頻繁になってきた。そうなんか?親が娘を売る場合もあれば、娘が親を捨てる場合もある。そう。その両方が成立している場合もある。唯一確かなのは、売られる人間がいて、売る人間がいて、買う人間がいるということだけだ。お前が?そう、仲介。そう。ベトナム人たちと、一緒になってやってる。カンボジア人もいたな。二人、か。いい奴らだよ。陽気な。マフィア?その言葉の定義による。俺たちはイタリア移民じゃない。マーロン・ブランドも出てこない。血まみれの馬の頭も。信じられないな、ちょっと。何が?お前の今の話を疑ってるわけじゃなくて、お前は、と私が言いかけるが、私は記憶をよび覚まそうとし、あらゆる記憶が、まるで枯渇しきったかのように、散乱するばかりで、それは何の形姿さえおびないまま、今も?今も。ずっと?ずっと。ついでに言うと、潤は言った、「たぶん、これからも」そうか。そう、…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本が一番いい。やっぱり、住み慣れた国がね。そうだろう?」不意に潤は声を立てて笑っていた。潤の母がつまみに、と、野菜を炒めた小皿を持って来たのだった。「あんまり、飲んじゃあ、だめで。」言う。微笑みながら、彼女は知っているのだろうか?「あんなふうになるよ。お嫁さんが泣くよ」窓越しに彼女の夫を指し、彼女は知っているのだろうか?彼の現実を。「遺伝で?」潤は笑う。どんな現実を?確かに、彼の顔だけ見ればそれは彼固有の特異性そのものなのだが、両親と見比べてみれば、彼らを掛け合わせて成立したグラデーションの中の一点に過ぎなかった。すくなくとも、その美しい反面は。一人っ子だった。なぜ人類が DNA システムの発見にあれほどの時間がかかったのかが疑われるほどに、目の前に、それは明らからなロジックだった。雨上がりの庭に残った水滴が細かく、薄く、日差しの中にきらめき、乾きかけの大気の濡れた青草い臭気さえ伴って、初夏にはまだ早い。なま暖かさだけが皮膚を包む。彼も、これを感じているに違いない。ある女の子に会った、と潤は言った。まだ、十三、四だろう、たぶん、日本でいう、中学生くらい?山間部の、けど、キン族の子だね。ベトナム最大のマジョリティ。声をひそめさえし乍ら、潤がほとんど空いていない私のグラスにビールをそそぎ、その猫の手をのばすような手つきを、「悲しいくらい貧しい家庭だった。と、Quyên クインが言ってた。彼女を、連れてきた仲間がね。(彼は今逮捕されてる。どうなってるか知らない。誰も教えてくれないから)その少女は、やせた、(面白い奴だったよ、Quyên は、)特にかわいくもない少女だった(派手に遊ぶんだ、いつも)けど、安い(サイゴンの外れで)それ以外には(もっとも)何のとりえもない(一人の人間が遊びで出来ることなんて高が知れてるけどね。騒いで、馬鹿みたいに金遣って、それで終わりだ。時に何人かが犠牲になる。殴ったりはしない。みんな、こう、フレンドリーだから。小規模な、ちっちゃい、すこしだけの)笑っちゃうくらいに取り柄がないんだけど、買い手はすぐについたな。売買のアジトになってるホー・チ・ミン市の外れの一戸建ての家にも、仏間があるんだよ。日本で言う観音様が飾ってある(ベトナム語でなんていうか忘れたな、けど)祭壇があって、それに(漢字の訓読みに近い。つまり)売人たちは毎日線香を(越南漢字って言って)立てて《長い、》出て(むかし)行くんだ、(漢字、《長い、線香だ》使ってたからね、)仕事に《その、長い線香が(ベトナムも。)あるんだ。(住んでると)本当に》それは(唐突に、親しみやすい言葉にでくわす)ずっと細かい(漢語由来のベトナム語に、)煙を静かに上げ続ける《棒切れみたいに(ね。)長くて、》みんな、ね、いたわりあいながら《日本の小さな短い線香とは違う。ね、変な話だけど、》ね、生活してた《宗教の厚みの違いを感じたことがある。》少女たちも、売人たちも《間違っても、俺たちは仏教徒じゃないし、》俺は彼らの中で《ブッディズムなんて、》特別な存在だった。だって《知りもしない他人の文化なんだよ。》変だろ?《俺たちにとっては》人身売買やってる日本人なんて。ね、イメージじゃないだろ?」潤は小さく声を立てて笑った。確かにその通りだろう。お前は美しい。異形ですらあるほどには。お前は特別な存在だったろう、誰にとっても。目が覚めるほどに、そして、いまさら、らい病などに冒されている。「彼女は最初、物も食わない、最初、彼女は、おどおどしているばかりで、遠慮してるんだよ、物も食わない。怖いんじゃない、おどおどしてるばかりで、遠慮してるんだよ、彼女は最初、気を使って、遠慮がちな目で、小さくなってる、物も食わない、遠慮してるんだよ、最初、つつましく、彼女は、おどおどしているばかりで、遠慮がちな眼差しで、物も食わない、遠慮してるんだよ、多くの少女たちがそうだった。いつも、四、五人の少女たちがいて、買い手がつくを待つ。共同生活し乍ら。その子も、最初はずっと、遠慮してるんだよ、物も食べずに、遠慮してるんだよ、四、五人の少女たちがいて、売れたけど、その子もすぐに、売れたけど、物も食わない、買い手がつくを待つ、おどおどしてるばかりで、最初はずっと、その子も遠慮してるんだよ、すぐに、その子もずっと、売れたけど、その間に、ある女の子の誕生日パーティがあって、Quyên は律儀な奴だったから、俺たちのためのビールと、彼女たちのためのジュースと、お菓子とか、ケーキとか、買ってきて、わかるだろ、パーティだよ、Bia Sai Gon って言って、地元のビール。氷で割って飲むんだよ、地元のビールなんだけど、ある女の子が言う、Tiền ティエンっていう子、勝気な子でね。飲めもしないのに。ベトナムなんて、ビールなんか飲む女の人なんて珍しいのに、しかも未成年だからね。実家じゃ毎日飲んでたって、嘘を言う。食えない奴が、どうやって、ビールなんか毎日飲む?だろ?潤はベトナムの乾杯のジェスチャーをして、早口の、何、みんなの仲間になりたいだけ、それだけなの、早口に、彼らの会話の、喉と、舌とが音程とリズムを細かく刻んで、わかる?(刻まれたそれらが、俺の耳を打つ、正確な語彙の意味など知りもしないそれらが、それらの意味を撫ぜるように伝える。何を言っているのかわからないが、彼らが何をしゃべっているのか、彼にはわかっていた。彼らは、いつでも無防備だった、私が何もわかっていないと思って。私は聞いた、盗み聞くように)気付いたときには、Tiền は誰かのビールを奪って、自分で口に運んでいた、みんな、とめたけど、一気飲みしちゃって。みんなも囃し立てたし、でも、機嫌がよくなったのは一瞬だけ。酔いつぶれちゃって。何を言っているのかわからないし、そのくせ寝つきもしないし。俺たちは笑った(何が楽しいのかなんて)楽しかったな(わかりもしないくせに)思い出す。次の日、(みんな笑うんだ)彼女はみんなに謝って回ってたよ、ごめんなさいって。みんな、彼女を見つけてはお尻をひっぱたいてみせてね、彼女は媚を作って、彼女が言ったことがある、俺に、わたしがこんな風になったのはあなたのせいだって、ほんとは中国人のお嫁さんになるのなんかいやだけど、オッケーしたのはあなたがいい人だからだって、笑い乍ら、何の屈託もなくて、本当に、それが、少なくとも、そのときの、彼女にとっての論理だ。彼女には選択の余地などなかったのだ。あの痩せた少女は。そんなときも、ずっと、少し離れたところで、何も言わないままに、俺たちを見ているだけだった、あの痩せた少女は、遠慮してるんだよ、物も食わない。怖いんじゃない、おどおどしてるばかりで、遠慮してるんだよ、彼女は最初、気を使って、遠慮がちな目で、小さくなってる、物も食わない、遠慮してるんだよ、つつましく、彼女は、おどおどしているばかりで、彼女をタンソニャット空港に、他の二人と一緒に連れて行ったとき、中国に渡る日にね、そう、お別れ会のあとで、彼女たちはみんな綺麗に化粧されていた。したのは俺だけどさ、俺と、俺の妻、彼女たち、はにかんでね、彼女たちのひとりが言ったよ、ね、『謝謝』って、ね。そしたら別の子がたしなめる、違う、この人は『ありがとう』の人だって、ね。痩せた少女が、割り込むように私の目の前に来て、ね、俺は見つめた、綺麗に化粧されて、あいかわらず綺麗とはいえない彼女の顔を。不意に、ね、彼女は目に涙をいっぱいにためて、ひざまづくようにして、俺の手をとった。彼女は外国人風に、俺の手をとって、自分の頬に当てた。さびしくてしょうがないんだよ、と Tiền がみんなに言った、この子、さびしくてしょうがないんだよ、と Tiền が、さびしくてしょうがないんだよ、この子、昨日も、また、いつか、中国の旦那さんからお金をもらって、ここに帰ってきていいかって、聞いてたものって。旦那さんはいい人だし、お金持ちだから、大丈夫だと思うって。いいよって、みんな言う。いつでも帰ってきなよ、ここにいると思うよ、つかまらない限りはね、Tiền が言って、みんな笑った。彼女だって、すぐにいなくなるのに。次の便で。泣き笑いの声がやまない。忘れられない。あのときの、名前さえ覚えられなかった少女の頬の柔らかさと、」潤は右手を差し出した。「体温が。」彼女が触ったのは、その手なのだろう。「お前、ベトナム名ってあるんか?」あるよ。何?レ・ハン、「自分でつけた名前じゃない。みんながそう呼ぶだけだ。ベトナムの神道というか、月の神様が流した涙、だよ。Lệ Hằng つまり」潤が上方を指すのを、私は「雨。美しい名前だ」見た。「お前が、Lệ Hằng だったんか」


陵王乱序(4)

古い自転車が家の前に着いた音がした。反対側だから、見えはしない。家屋の中で、彼の母をも含めた複数人の足音が立って、聞きなれない声の存在を耳が確認しきる前に、開いたサッシの向こうには、若い小柄なアジア人女性がいた。この世界には苦痛など一切存在しはしないとでも言いたげな、そんな表情をしている。宗教的な表情ではない。あくまでも、現実的な現実認識として「妻だ。紹介するよ。結婚して二年になる。」彼女は日本人の母に、大げさに後ろから抱きしめられ乍ら、「とってもええ子なんよ。もう、わたしの娘です。かわいがってあげてぇなあ、」彼の母の言葉を、微笑み乍ら、彼女は頭上に浴びていた。逆光の中で、かすかに目をしばたたかせ乍ら、《ネオ・リュウキュウ》の軍隊が、日本政府に致命的かつ大規模なサイバーテロを仕掛けたのは、彰久が彼の家族を殺して仕舞った翌日だった。いつまでも彼女は微笑んでいる。世間は、もはや、地方の惨殺事件の一つなど、目に留める前に忘れて仕舞っていた。わたしは知っている、と、彼女の目は語る。その日付は、偶然の一致に過ぎない。苦痛など存在したことさえない、と。雅巳は、《ネオ・リュウキュウ》の決定に対して、間接的な責任をしかもたない。苦痛など、この世界には。彼は、その国家の設立者ではあったが、その国家は何ものかに制御されているわけではない。あらかじめ、いかなる独裁も不可能なのだ。対話する双子AIによって管理された徹底的な多数決装置。エレガント過ぎる民主主義のなかで、それはあらゆる加盟者を疎外する。直接的な決断者など存在しない。間接的な、疎外された声の群れが自己決定したのだとしか言いようがない。《民意独裁》と雅巳が呼んだシステムの決定を、覆すことなど彼個人にも出来ない。不服なら、独立すればいい。決定に従わなければならない強制など何もない。強烈なヴィルスが官庁街を支配した。あらゆる既存のセキュリティーシステム自体に寄生し、それを極端に強大化し、自分以外のあらゆる外部を侵入者とみなしたセキュリティーシステム自体は、システム内部を占領し、孤立化し、接続されるあらゆるネットワークを無差別に破壊する。救いようのない殲滅が、起動しさえしないパソコンの内部で行われていた。同じ日の午後、自衛隊の一部、メディアが《異端派》と呼んだ主流派によるクーデターが国会を占拠し、既存政府に《ネオ・リュウキュウ》の国家承認および通商条約の締結を強制した。何人の防衛系高官が射殺されたかわからない。自衛隊の一部の《国民》たちにとっては、《非領土国家構想》はほとんど、宗教的なテーゼなんだよ、と、雅巳は言った。既存国家の唯一の存在要件であるところの《軍人》である彼らは、彼ら自身の《アウフヘーベン》を、今、論理的に夢見てさえいる。それは彼らにとって、自殺、自裁以外の何ものでもない。どうしたって、熱狂的な、情熱的な、宗教をさえ帯びざるを獲ない。それこそが、彼らに《西和輝論文》が支持された最大の理由なんじゃないか?と、たぶんね、雅巳は言った。《異端派》以外の自衛隊は沈黙した。彼らに出動を命じる命令主が不在化したとき、軍隊に他ならない自衛隊は空洞化せざるを得ない。とはいえ、彼らにとって、それらはほぼ想定内のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非領土国家が地表上を多い尽くすまで、さまざまな紛争にまみれるはずだ。全既存国家の非領土化支配が終わって仕舞えば、それ以降は、本質的には戦争行為自体が成立しなくなる。意志としての平和主義ではない。それは、戦争行為の単なる不可能性としての永久平和の実現だった。すくなくとも、彼らの A.I. の予測においては。私は何度か雅巳の Line にメッセージを送ったが、結局のところ、私に言えるのは、何やっとるんなら?という短いフレーズと、そのさまざまなヴァリエーションの羅列以外にはなかった。今、日本は内戦中で忙しい。もっとも、一方的に制圧されただけだったが。大変な事態であることは知っていた。アメリカも中国もなにも、黙って静観するしかなかった。彼らにとって重要なのは、仮想国家サークルが彼らの国内にも存在する以上、彼らの国内問題だったし、そもそも、日本で何が起こっているのが真実なのか、理解不能だったからだ。少なくとも今のところは。これが、ある猶予期間であることは事実だった。誰も、今、何もわからない。経済的にも、極端な混乱が起こっていた。日本と呼ばれた国土の中での政治になど、手出しする暇がないほどの混乱が。私は思い出す、記憶の中で、私は思い出し、奥さん、日本語、できるんか?私の言うのを潤は聞き流し、彼女の頭を撫ぜてやり乍ら、できない。英語。潤は言った。にこりともせずに。やがて《東京陥落》と呼ばれたクーデターの日の数日後、私は、You Tubeに、ある雅楽団体の画像をアップしていた。それは私も参加した、即席の団体だった。私はあの時、潤に言ったものだった、でも、と、お前のやってることは、犯罪以外の何ものでもない、と、その団体の演奏は、あまりにも録音に問題がありすぎて、何の雰囲気をも伝えない。束なった龍笛は篠笛に聞こえ、篳篥(ひちりき)はオーボエのようだ。お前は正しい、潤は言った。その通りだ。どうしてなんだろう?俺は罪を告白しているのに、どうしてそれが、平和な、牧歌的なものにしかならないのか、自分でもわからない。俺だって知っている。それが、過酷な現実であることくらいは。その過酷さくらいは。龍笛は、もっと、空間を引き裂くように鳴るべきものだ。篳篥と、(しょう)はもっと、潤は言うのだった、まるで自分の無罪化をはかっているように俺自身にも聞こえる。けど、そんな気は、俺にはない。彼女たちについて語るとき、俺は、むしろ過酷な現実を語ってるんだ、俺にはいたたまれない、怖いくらいに、私は、彼のことを考えていた。彼は、今、何をしているのか?彼、雅巳は?今、お前の国家は、現実の国家を支配下において仕舞った。声明らしい声明さえなく。もう、取り返しがつかない。お前の連絡網は遮断されていた。単に、お前自身が何も返信していないに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、お前との連絡は何もつながらない。放棄されることさえないままに、放置され、お前は今どこにいる?私は You Tube に画像をアップし乍ら、不意にスマホが鳴動し、その未登録の番号は、それは雅巳からだった。「会えない?」雅巳は言った。私の戸惑いは、なぜ、何に対してのそれなのだろう?元気?私が言うのを、雅巳は向こうで聞いている。この声を。何しとるんなら?元気だよ、それなりに。私が、あのヴァリエーションのひとつを繰り返したのを私は聞く。「会えんか?久しぶりに」久しぶりに?確かに、「いいよ。どこで?」言う。「どこにいるんなら」久しぶりなのかも知れない。或いは「俺の店。」入れるんか?「たぶん」ちょっと前まで、警察が来とったらしいけどな。何で?知らん。もう、帰った。暇なんじゃろ?私は思い出す、やることなくて。あの時も、彰久の病院の中でも、誰も私たちのことなど知らないようだった。まるで、今、深刻なクーデター下にある国家の中の風景とは思えなかった。とはいえ、テレビで、それが燃え上がっているのは現実だった、自衛隊の《異端派》と呼ばれる主流派が新宿都庁を占拠した。私たちはまるで、単なる見舞い客に過ぎなかった、病院の中ですれ違う人々にとっては。雅巳は、それをどう思ったのだろう?今、この国は戒厳令下にあった。インターネットは遮断されたようなものだった。外部と接続することには、どうしようもない度胸が必要だった。それは今、単純に、火のついた爆弾以外の何ものでもなかった。ヴィルスは端末固体を焼き尽くし、それは自衛隊員が隊員以外の国民を片っ端から虐殺しているのと同じことだった。自衛隊《異端派》は永田町を制圧し、彼ら以外の隊員は命令系統を遮断され、守ることも攻撃することも許されないまま、結局、何をしているのだろう。律儀な隊員たち。下された命令は、待機、それだけだ。テレビでコメンテーターが言った、命令されない軍隊は、軍隊ではない。単なる武器庫の管理者に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の中で、私は耳に重なる人々の話し声を、まるで外国語の会話のようにして聞いていた。例えば、空港の出発ロビーの中での。私は目をこらし乍らそれらを聞く。巨大な、饒舌な音声が素通りしていくままに、私はそれらのなかをかいくぐって歩く。窓越しの清潔な陽光をあびて、シャツについたコーヒーの汚れに気づく。かすかな薬品の匂いが鼻を打ち、あるいは、そして。彰久は言ったのだった、よう来てくれたね。車で来たんか?大変じゃったろうが?まあ、座りゃあええ、そこに、何も気にせんでええで、自分の部屋のように、まるで、彰久が指したのは、自分のベッドの傍らだった。潤とその妻は、まるで、すべてがそうであって、すべてがそうでなければならない自然さで、時にじゃれあうように寄り添っていたものだった。彼らは幸せなのに違いない。今、あの半身の崩壊ですらも、自然な、当たり前のことに過ぎない。疑問の入る余地もない、お前は嘘をついている、と、思った、私は、誰が?本当のことを言ってくれ、何を?彰久は、いつ?彰久が声を立てて笑い乍ら私の手をかるく二、三度うったとき、その差しのばされた手の甲に差す陽光を、彼の笑い声は空間に渇いた残響を残した。確かに、あの時、彰久の妻は首を吊る。彼はそれを茫然と見上げた。なぜ彼女がそうしたのか?なぜ?まだ彼にはわからない、今も、その死さえ、すでに忘れているに違いなかった。それを見出した彼の父は息をひそめていた。何があったのか?彼にはわからなかった。彼はしかし、何かを守らなければならなかった。何を?彼は、今、この目の前にいる生命の生命を守るために、何から?それを迫害したそのものを削除しなければならない。何を?彼は自分に刃物を向ける代わりにその刃を、彼は正に彼ら自身を守るために、向けられた刃先から母は逃げ惑った。母親は。彰久の、その、そして戸惑いながら、何事が起こったのか理解できない彼女の抵抗はわがままな戯れのようだ、と、彼は思った。彰久の父は、そして身もだえするように、あるいはその守護の刃が彼女の肉体を刺したとき、その生命機能が危機に落ちたことをも知っていた。自分の手の中で、彼は知る、奪い合いになった刃物が時に自分をすら傷つけるのを。痛みをその身体が知覚すらし乍らも、息の絶えかかった母親を守るために正気づいた娘が、彼女を守るために彼に突進してきたとき、それは私を守るために、この私を、彼女は今、私に向かって突進しているのだと、彼は思っていた。彼は刃物を振りかざし、彼女に加勢する。彼女が守ろうとした私を守るために振り上げた刃が、娘を突き刺していく。息子は既に死んでいた。彰久は何も、最早知覚さえしていない。そこにいるだけのフレッシュな死体の沈黙。娘に奪われ、奪い返された刃物は、誰かを傷つけ、誰を?そして、私を、彼女を、短い一瞬だけの叫び声を間歇的にあげ乍ら彼女は、さまざまな刺し傷が、すでに、もう生きられないことには気付いていた。彼女だって、私だって、彼だって、気付いているに違いと、彼女は知っている、「これからどうするんなら?」私は雅巳に言った。彰久は誰も殺さなかった。父の躯体がついに、崩れ落ちるように倒れ、これから、どうするんなら?彼はすべてを殺し尽くしてしまった苦痛を、その神経の中にさえ、怒号のように聞き、それは連なって響き乍ら、「決まっとろうが。」と雅巳は言った。醒めた意識の中で、彰久は意識を失っていた。記憶さえも。「戦うだけじゃ」雅巳は言った。「一緒に。彼らと」触れ合った瞬間、それが記憶としてあり得た瞬間に、それが記憶である限りにおいて一気に忘却されなければならない。ある任意の一瞬に於いて。「この命、つきるまで、な」雅巳は言った。「どこへ行く?送って行くど」私は答え、病院の駐車場の穏やかな風の中に、その音声は穏やかに消えうせ、もはや大気のかすかな震えに過ぎず、病院を出ると、その駐車場はこれほど人気のない町にもかかわらず、ほぼ満車状態だった。百台近くの車が止まっている。それは奇妙な光景にさえ見えた。やわらかい陽光が、車体のパーツに、それぞれに異なった反射光を与える。これらの放置されたままの光の点在が、私は目をしばたたかせ、いつどこで入手したのか雅巳が煙草に火をつけていた。病院の裏手の低い山が、朝方降った雨の水滴をまだ乾ききらせないまま、かすかに潤った色彩としてたたずみ、「送らんでええ。」雅巳は答えた。どうするんなら?私は答え、ロックをはずしながら、タクシーでも呼ぶからええわ、雅巳が答えた。手間じゃろうが、私は答え、雅巳は声を立てて笑い乍ら首を振り、雅巳は私と別れた後どこへ行くのかをすでに彼は知っていた。雅巳は私の車が立ち去ったあと、雨上がりの初夏の、かすかに暖められた大気の中で、そのまま歩き出し、ただっ広い道路には不思議なほど人影はない。戒厳令下だからではない。もとからそうだった。とはいえ、誰もいないわけではないことなど、雅巳は知っていた。ここにいないだけだ、この視界の中に。どこかで誰かが生きていて、それを私は目にしなかった。彼はいくつかの通りを通り過ぎ、この皮膚のかすかな汗ばみのうちにこもった熱のある湿気を忌々しく、ときに、人とすれ違うが、身をこわばらせるまでもない。かわされる日常的な挨拶か、無防備にかわされる視線。どこかでタイヤのこすれる音がした。空間に点在するさまざまな音響を、彼は知覚したものだった。事実、空間は静かに、ざわめきに満たされていた。彼は歩いていた。田中公園の横の道を入って、その庭園の樹木の葉々のこすれあう風の音を、彼は息をつき、角を曲がり、広い大通りに出る。雨の気配を完全に乾かせきって仕舞っていた路面の上に鮮やかに光が反射し、白いきらめきが、そして彼が警察署の前の階段を上りながら、まるで俺は犯罪者のようだ、と思った。自分の罪を(見よ)告白する(いずこを?)犯罪者のように(いずこを?)今(いずこを?)その(我らの罪を。)階段を上っていく。

我らの罪を。

ドアを開けると、

Seht

取り立てて彼に

Wohin ?

何か用があるわけでも

Wohin ?

ないといった風に、

どこを?

彼を

Wohin ?

不機嫌そうな

auf ansre Schuld

婦警が一度

どこを?

見たが、

どこを?

彼は彼女を呼びとめ、

見よ、

雅巳は言った、

我らの罪を

「すみません。お騒がせしている、《ネオ・リュウキュウ》の扇動者なんですが、ご担当の方はいらっしゃいますか?」婦警は顔を上げ、はい?尻上がりのなまりで言って、雅巳は小さく会釈し乍ら、「お手数ですが、すみません。」

さあ、起きなさい。

「自首と言うか、投降に来ました」

花婿が来ますよ。

夜になってすぐに明は布団の中にもぐりこんだが、

見張り塔の上から、声がした。起きなさい。Wachet auf,それはruft uns die Stimmeねむかったからではないし、ましてや、花婿が来ますよ。疲れていたからでもない。

婚礼の朝ですよ。

叔母たちの見せる執拗なやさしさが息苦しく、単純に一人になったほうがマシだったからだ。眠くはないから眠ることはできず、他に取り立ててやることもない以上、眠るしかない。それは京都の大学に行っている従姉のお姉さんの使っていた部屋だったが、整然と彼のために整理しなおされ、とはいえ、未だにあの女の人の体臭さえ残っていそうな気がする。自分の体臭以外の、さまざまな匂いが群れになって固まっていて、それらはここが自分の部屋ではないことを意識させてやまない。彼はここにいる。何故だろう?思う。彼にはそうするしかないから、彼はここにいる。ややあって、寝苦しいような気がして身を起こし、明かりをつけて仕舞えば、たちまち誰かに、自分が嘘をついて眠ってはいないことがばれて仕舞いそうで、茫然と部屋の中を見回してみる。いたたまれずにカーテン越しに窓を開ければ、気をつけているのにもかかわらず、耳障りなかすかなノイズを立て乍ら、それはゆっくりと開いていく。風はないが、今、肌は大気に触れているのを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、長い間呼吸さえしていなかったかのように、長く、深く、息をすいこんだ。小さなベランダに出て、室外機を避けてもたれかかる。わざとその隙間に入り込み、それは窮屈なだけだ。不意に、ここから地面に飛び降りれるものかどうか、考えてみる。可能なはずだが、時には不可能に思える。つまり、どちらなのか?それはここからの逃走をも意味するはずだが、それはそれであって、今はどうでもいい。ちゃんと地面に着地さえ出来れば、それは着地が成功したということだ。片足くらいは捻挫するかも知れない。両足は勘弁してほしい。歩けなくなるから。この上、さらに両足捻挫でベッドに縛りつけられてみろ、悲惨だぜ、明は迷い、とはいえ、試してみればいい。死にはしない。死んだって何だ?おばあちゃんや、おじいちゃんのようになるだけだ。たいしたことじゃない。手すりの上に立って、その成功率をはじき出そうとするが、いつまでも明確な数値がはじき出せないので、両手を広げてバランスをとりながら立ちずさんだまま、長い長い時間が過ぎた気がする。ひらめきのままに明はベランダを越えてぶら下がると、一気に地面への距離は近くなり、最初からこうすればよかったことに気付く。それは、何かとてつもない真理の発見、或いは発想の転換だった。自分だけで声を立てて笑い乍ら、あっけない地面との接触に足元は小さな音を立て、彼は息をひそめてみる。例えばアサシンのように。伝説の、復活したアサシンは身を曲げ、オーラを消しきって、猫のように地面を駆ける。お前のサイコ波動を極限までひそめろと、マインド意識体の声がインサイドに語りかける。そうすれば、もう、お前は誰にも見えない。地球にだって気付かれなくなるから、空さえ自由に飛べるようになる。さしあたって、アサシンはその力にフィールドという名前を与え、彼の中のソウル神に誓いを立てる。戦士として、しずかに、威厳をすらたたえて。フィールドの風に乗るのにはまだ早い。ゆっくりとアサシンは歩き出し、アサシンは身を潜めるが、さしあたって、自分に何の目的地もないことには気付いていた。それは喪失感をすら感じさせたが、空いた穴は埋めなければならない。アサシンはどこに行くべきなのか?最終型人類最強の暗殺戦士は?かつて人類最後のラスト・ホープと呼ばれた師の遺志とともに。アサシンはその華奢な指先にバイオ・ソードの青白いレーザー光線を存在させたが、それは空想ではない。むしろ現実だ。学校か、空き地か、友だちの誰かの家か。誰もいない学校には、フィールドとはまた別の世界観の、現実として取り返しのつかない祟りがありそうなので、行かないほうがいい気がする。誰もいない空き地は、単なるヴォイド空間であって、もはや何の意味もない。友達の家に行けば、その親に叱られるのに決まっていた。消去法で決められた父のいる病院は、しかし、考えてみれば、限りない可能性を感じさせた。病院の中で、どんな陰謀が繰り広げられていることか。彼らが大量のバイオ・パウダーと大量のゾンビたちを地下倉庫に隠しているのは、事実だった。迷わず下した選択にしたがって、アサシンが辿り着いた病院は、かならずにも、想像どおりとはいえない。そこは明々と照明を湛え、寝静まってはいても大量の人の気配で充満されたそれは、むしろ、彼の落胆さえ誘ったものだったが、いずれにせよ、それはヴァーチャルソードのジャネジーが見せた幻覚に他ならないことに気付くのに、時間はかからなかった。そこは、例えば、バイオウォーターの中にキメラ師の遺体が沈められていて、その向こうの無数のガラスチューブで守られた美少女イブが覚醒した瞬間、世界は崩壊しなければならない。あるいは、最強のフィールドを手に入れるか。その究極の選択は、彼の興味を引いた。次回に続く。アサシンはぐるっと回って、裏門から忍び込む。クライマックスはまだ先だ。暗殺者は壁に身をこすりながら見上げ、頭上に薄らべったく並んだ窓のサッシを見上げながら、暗殺者は最も合理的な解決に気付いた。彼は悟られないように、悲しげな顔をして正面ロビーから入り、小さな声で看護婦を呼んだ。受付にすぐに顔を出した彼女は、あわてて駆け寄ってきて、「どうしたの?こんな時間でしょう?どうしたのかなぁ?」暗殺者は泣きそうな顔をして、「お父さんに会いに来ました」とかすかに口の中で呟いた。彼の名前と、入院している父の名前を聞き出した看護婦は、すぐに何かを察した顔をするが、彼女が内線ごしに誰かと相談しているのを彼は見ていた。「今回だけ、特別よ」なぜか標準語で看護婦は言った。彼の頭を撫ぜ乍ら、彼女が病室に案内するままに彼は従った。ここには初めてくる。数回のノックのあと、喉を鳴らすような人声のノイズが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開かれたドアの向こうのベッドの上に、父が絵本のガリバーのように、大の字に横たわったままだったのを見つけたときに、そして彼は、その体が何事もなかったかのように自由に起こされ、「何じゃあ」彰久は自分の声を聞いた。喜びなのか、「明じゃねぇか」驚きなのか、本人にすらわからないそれ、その音声はかすかに空間を震わせて、思い出す、そのよみがえる記憶の、記憶さえ失ってしまいそうなほどの鮮明な解像度の中で、僕は、と、彼はその、記憶そのものに触れて仕舞ったような初めて見る映像の氾濫が、彼は、思い出さざるを得ない。祖母が不意に立ち上がって台所に消えた後、唐突なその息が途切れたような連続する無声音の群れを、僕は聞く。彼は知った。それは自分で自分の腹部に刃物をつきさした祖母の、僕は記憶していて、途切れ途切れに、だから、息継ぎすらない無声音の細かな連続が、思い出された。乱れる。死に切れない彼女が、なんども、死に急いで、なんども、刃物を突き刺しているのを、なんども、その、悲鳴は立っていたのだった、すでに、女声の。それは叔母のなのか、母のなのか、だれのなのか?僕のなの?彼は思い出す、あの体中から血が、そのたびに派手に飛び散る、思いのほか黒ずんで見える血が、母が部屋の中で何をしているのか、彼はまだ知らなかった。彼も知らなかったのだった、彼の母が今、何をし、そして今、自分の血にまみれて死にそうになっていることをなどは、ぶら下がった妻の死体を発見したばかりの彼は、茫然と、祖母の惨状を見るしかなかった彼が、それは、僕は不思議に何も怖くなどなかったにも拘らず、血まみれの、立ったまま身をよじらせるしかない妻の死に切れない躯体を見出した祖父の、その息は切らされたまま、ぼくふしぎなんじゃけぇどがなあんも怖おうなかったんじゃけぇどがの、僕は、駆け込んで祖父を見つめ、僕は、息をさえ切らせた。叔母が泣きじゃくっているのを知っていた。祖父を呼んだのは、彼女に違いなかった。そんなはずはない。そのとき、彼女はそこにいなかった。正気もなく、彼女は、泣き叫んでいるだけなのだから、何もせずに、声さえなく、唯、立って。彼は思い出し、僕は知っていた、自分の部屋で横になっていた叔母は物音で目を覚まし、そこに来たときに、僕は知る、彼女が目にしたのは、彼女の父が自分の腕に刃物を突き刺した瞬間だったが、思い出す、自分の呼吸を自分自身で止めて仕舞いそうになりながら、わたしは知っていた、立ち尽くす、彼は口の中でもごもごと言うだけで、何も言わない祖父の存在に気付き、僕は見ていた、息絶えようとしてい乍ら、未だに生き続けている祖父の手から刃物を奪い取ったそのときに、刃物は投げ出されて床に撥ね、祖父が祖母の首を絞めているのを僕は、発見したが、その音を聞いていた。長い包丁が床のフローリングに撥ねてなんどか立てた、あの、鈍い音響を。手遅れだ。僕は理解した、彼女は、もう生きられないなら、今、死なしめてあげなければならなかった。すぐさま手は離されて、彼は結局のところ何も出来なかったのだったが、救うことも、壊すことさえも。自分自身にナイフを突きさしたとき、それは諦めたように、私に哀れな媚さえして見せ乍ら、悲鳴を鈍く立てて父がゆっくりと身を屈めて行くのを私が見つけたときには、その、不意に、その口をついて、自分の口から、いっそ、もう、ころしてくれぇ、と言う父の声を、部屋にかけこもうとした瞬間の妹にぶつかりそうになり乍ら、私は聞く。いっそ、もう、ころしてくれぇ、と言う私のの声を、僕は、そして彼女の、叔母は僕を見つめ乍ら、声。叫んだ。「人殺しじゃが!」僕じゃない!そう叫ぶことが出来なかった僕が、殺したの?ぜんぶ?確かに、壊したの?何もかも?叔母は僕が暗殺者(アサシン)だったことを既に知っていたことを、僕は知っていたのだった、そのとき、すでに、気付いていた、正に今、看護婦が立ち去ったことに。彼女は気を利かせて立ち去ったのだった、かわいそうな親子を二人っきりにしてあげるために。「どうぞ、ごゆっくり」と彼女は、彼は悲しげなやさしい目で彼を見ていた。彼は立ち尽くしたまま、彼を見ていた。入院しているとはいえ体が悪いわけではない彼は、健康そのものだった。彼の浴衣がはだけているのを直してやろうと彼は手をのばそうとした。よみがえった記憶から醒めたに違いない彼はふと、冷め切った目をしたまま、わしを殺してくれんかの?と言った。生きとっても、迷惑なだけじゃろうが。もう、殺してくれんかの?その老いさらばえた声を彼は聞く。彼は為すすべもなくうなだれたまま、ややあって、彼の首もとに伸ばされた彼の手のひらの体温を彼は感じた。彼が何をしようとしているのか、彼は知っていたが、彼は自分が今正に、何をしようとしているのかさえわからなかった。しめられた彼の首が、その呼吸の困難を彼の体中の神経に伝えていた。まるで、苦痛が神経系を逆流していくような。彼は、彼自身が思い出していた、彼が言った、わしはみんなを殺してしもうた、いっそわしも殺してくれんじゃろうか?彼は既に、そのとき思い出している、彼女は人殺しだと彼に言ったが、思い出されるのだった、彼女は自分で死んだ、それは俺が殺して仕舞ったようなものだ、母親すらも。吊りあげられた体は宙に浮いていていつもより肥満してみえる。臨月の女性のようになぜかふくらまされた腹部の、彼は見る、さまざまな体液を下腹部から流していて、汗ばみ、彼は思ったものだった、まるで何かを流産したようだ。彼は、痛ましく蹂躙されたその身体が、今、そこにある、と、すすりあげた鼻から無数の雑音の断片が鳴らされた瞬間に、彼が死んで仕舞ったのには気付いていた。「殺してしもうた」彼は思いながら、「父さんを、殺してしもうた」彼は自分の頭の中でだけで言い、最早彼に聞き取れる音響はなかった。この絶命の瞬間に体中からすべての力を失ってしまった今このときに、彼は頭の中で悲鳴をあげて仕舞ったほどに驚愕していたが、離された手のひらから解放された明の身体が床に崩れ落ちて、立てた派手な音が耳元に鳴ったのには彼も気付いていた。彰久は自分が殺されたことに気付いていた。彼はすでに死んだ。彰久が立てた悲鳴に、ややあって駆けつけてきた別の看護婦が彰久の体を殴るようにゆすったが、彰久は目を剥いた自分の顔を彼女に見せるしかない。自分の体が汗まみれなのは知っている。看護婦は事の次第を聞きだそうとしているのは違いないのだが、既に死んでいるものに何が出来たというのだろう?看護婦は、わめき散らし乍ら見ていた。声さえ上げずに、ただ、息と涙だけで泣いている彰久を。明は既に死んでいた。潤に呼び出されたのは、三日降り続いた雨のようくやんだ日だった。そのとき、まだ雅巳は行方をくらませたままだったし、ほんの二日ほど前の、彰久の事件の、というよりも、私が身近に聞いた、彼の姉の息絶えていく息遣いの音響の、その手触り温度の後遺症に、間歇的にだが、悩まされ続けていた。その記憶のあまりの生々しさを。私はそれを他人には説明できないばかりか、自分でも、自分が何を恐怖しているのか理解できないまま、母親の実家に行きたいんだ、と潤は私にメッセージを送ってきた。図書館の中で、古書のPDFファイルを作成しながら、私はそのLINEを読み、お母さんも一緒に行かれるんか?市の治水工事の記述にはさまざまな混乱が見られ、母には内緒だ、私にはこの市が当時水不足に悩んだのか、俺一人だけ。川の氾濫に悩んだのか、明確な判断が下せない。なぜか、水道管の配備と同時に水不足の問題が深刻になったとある。同時に水源の確保に追われ始めるのだが、伴って、片っ端から地面が掘り起こされ、水道管は埋設され、噴出する問題のさまざまに無理やりつじつまを合わせる形で収拾が付けられていく。潤に会いに行ったとき、潤は実家の家の前に出ていて、私を出迎えてくれたのだった。「久しぶり」潤は、「元気?」両親が月三万円で借りている借家に身を寄せていた。「これから、どうするんなら?」潤が大学を出る年に、両親の建築会社は倒産した。持ち家の土地は売り払われ、潤はこっちに帰っては来なかったし、両親は自分たちの気配を消したまま、どこかへ引っ越してしまった。久しぶりに見かける彼らは、確かに年齢を加えてはいるが、面影はそのままだった。見間違えることもない。私は彼らをすぐに見留めたし、彼らもそうだった。「上原君は、立派になられたんねぇ」あいかわらず誰にでも愛想のいい、ということは、明確な悪意もなしに裏表のある、ということではあったが、潤の母とひとしきり再会の挨拶をかわして、潤に導かれるまま狭いDKに行くと、潤の父は介護用のベッドに身を起こして、私に微笑むのだった。りっぱねぇ、と母親が言った。私の車に乗り込みながら、「ありがとう」鼻に抜けるやわらかい発音で言った。「お母さんは行かれんでええんか?もし、」潤は言葉を切って「親父の会社が倒産したろ?親族の主流どころがみんな債権者で。母親には、二度と近づくなと言われてる。」彼の母と「それで、内緒なんか」そのベトナム人の《娘》が「そう、けど、行ってみたい。」並んで私たちを見送った「それで、帰ってきたようなもんだから。日本に、」忘れて仕舞って、どうしても行けないんだというアドレスを潤に渡されはしたものの、わからないどころか、国道をまっすぐ行って、岡山の中央部付近で一本に道を入っただけのところだった。とはいえ、もはや、彼にとっては、外国の地図に等しいのかも知れなかった。ここは、他人の土地に過ぎない。あるいは、私にとっても。「奥さんは?留守番?」ここは日本ですら、最早ないのかもしれないのだから。通り過ぎる「母と、父と」緑の山の「お母さんは英語話せるんか?」低い連なりが「いや、母親は日本語で、妻は英語でしゃべってる」乾ききらない雨の「わかるんか?」水滴を湛えたまま「ときどき、笑ってる」山の間を通した高速道路を一時間ほど越えて、国道に下りて少し行くと、周囲は寂れた、というか、もともと何もなかった道しかない広大な空間が広がり、目印らしいものさえなく、しかし、潤の記憶がナビより早く私を誘導した。ナビには瀬戸町と表示されていたが、聞いたこともない地名だった。果物園の間の細い道路を入ると、「降りよう」彼は言った。あとは、歩いていける。「悪いけど、ここで。こんな高級車で乗りつけたら、目立っちゃうよ」潤は二世代前のクラウンのサイドボードを叩き、「嫌味かよ」私が言うのを、笑って聞いた。その広い山際の土地は車が二台しか止まっていない駐車場だった。「ここ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お堀のような用水路がめぐったコンクリートの小さな橋の向こうの駐車場を指し、私は言うが、他の家の十数倍近い敷地ではあった。そこは単なる、無意味な空間に過ぎない。満車になりうる可能性など感じられない。「みんな死んじゃって、叔父が一人で守ってたんだ。ずっとね。生き残ってるのは、母と、母の弟だけだ。《のうちゃん》っていって。彼は今横浜に家、買って住んでるよ。青葉台の。小さいけど、いい家だよ。建売の。画像でしか見たことがないけどね。母が送ってくれた。」潤はコンクリートの十歩もない橋を渡り乍ら言ったが、たいした感慨もない。「五年前くらいかな、瀬戸の叔父はもう歳だったし、原因は知らないけど、たぶん、寝煙草かなんかだろう、火事を出しちゃって。夜にね。おじきは寝てたんだろう。家と一緒に、おじきも燃えた。道が狭いだろう?消防に苦労したらしいぜ。木造の古い屋敷だったし、おかげで、燃えるべきものは全部燃えた。おじきは言ってたよ、《のうちゃん》が、こっちに帰ってくるまで、ここはわしが守るんじゃってね。こんなところに、帰ってくるわけないのに。葬式には母親だけ出たけど、親戚や近所の人間から袋叩きにあったらしい。いや、比喩だよ。」

「わかってるよ」

「いや、ほんとにそんな人間でもいそうだろ?こんな田舎じゃ。この、古きよき未開の日本ってやつ。スケキヨか鬼婆でも出てきそうなね」荒いアスファルトの裂け目からところどころに草さえ生えていて、まともな管理さえされていないことがすぐに知れた。雨上がりのアスファルトは、ただ、濡れてあざやかに黒ずむ。「でも、すごいことじゃねぇか、その叔父さんも。ちゃんと土地と添い遂げられて、守らり通されたいうことじゃろうが」私が息を吐くように言うのを、潤は黙って聞いてはいたが、「守ったって?みんなそう言ったらしいけどね。横浜の叔父ですら。その奥さんも。でも、結局守りきれずに、燃やしちゃって、自分も一緒に燃えただけの話だよ。そうとも言えるだろ?どっちにしても、救いのない話って気がするな、俺は。いったい、何の意味があったんだろ。自分で燃やしちゃって、自分も一緒に燃えてしまう。救いようがない、残酷な、ね」潤は言葉を詰まらせたが、特に、動揺があるわけでもない。感情のさざ波さえ。確認したかっただけなのだ。今の現状を。「自分の全部の人生の時間ごと、過失という名の何かに火をつけられて、燃やされて仕舞っただけだ。叔父の遺体は火葬の必要もないほど綺麗に燃えてたらしいぜ。くずれた灰の破片になってね。確かに年寄りだったから、そんなものなのか?そうは思えないな、いくらなんでも。まともな骨さえ残らなかったところに、なんとなく、おじきの気持ちを感じる。どんな気持ちだ?いや、こんなのは、単なる感傷かオカルトだけどね」私は彼を振り向き見て、笑いかけたが、「と、母が言ってたよ。」言って、笑った。「お前は、誰かに処罰されたいんじゃろ?」私は言って、私はその声に、たじろぎさえした。なぜ?潤は言った。私を見向きさえせずに、錆びついたようにかすれた声に背後から呼ばれて、お前の人生はすべて失敗だったから。その音声は聞き取れなかったが、私たちが振り向き見ると、腰の曲がり始めた「じゅんくん」老婆が立っていた。自分で、それを知っている。じゅんくん、なぁ、じゅんくんじゃないんかなぁ、と彼女は繰り返し、潤に歩み寄り、呆けた、茫然とした、知性のかけらさえない表情のままで彼を見上げるのだったが、「ご無沙汰してました。新家の」潤が頭を下げて、屈託もなく、笑いかける。老婆はただ、じゅんくん、じゅんくんと、口の中だけで言葉を繰り返し続け、やがて、思い出したように「まあ、なんとなぁ、りっぱにおなりんさってなぁ」彼女は潤の腕に両手で触れた。「すぐ前の家のおばだ。分家した新家の。二十何年、会わなかった。」潤は両目を涙ぐませ乍ら、彼を見上げている彼女を抱きすくめるようにしてその手をとり、その涙が私には不可解だった。「ほんとうに、ご無沙汰でした」ただ、繰り返した。にもかわらず、雅巳は知っていた、すべては手遅れなのだ。俺が今、そして、やがて、知っていることのすべてを洗いざらいぶちまけたとしても、そして、そうしているのだが、すべては、と、雅巳は、几帳面なほどにその情報のすべてを自白してしまい乍ら、一度放たれたヴィルスは、もはや収拾することなど出来ないのだ。私は抱擁し会う潤と、彼の《新家の叔母》を見ていた。作った本人にさえ出来ないことを、どうやって出来るのか?彼らから少し離れて。もはや、すべては無効だった。《ネオ・リュウキュウ》のあの、A.I.、あの、《のびた》と《しずか》と呼ばれた双子A.I.は、今、何を考えるのだろう?既に東京は陥落した。征圧された国会が《ネオ・リュウキュウ》の国家承認をさえ決議すれば、その所有権はすぐさま破棄されるだろう。雅巳は思いながら、市の警察署から県警の護送されるパトカーの中で、視界に広がる公道の広さを、その先の遠くに広がる山々の低いつらなりを、懐かしいもののように眺める。今、視界に広がるものが、いまや、失われて仕舞ったものの記憶でさえあるように感じるのは何故なのか?仮にそれが今、初めて目にする風景であったにしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は知っていた、今や、彼自身さえ、記憶するにも値いしない役立たずの何かに過ぎない。自分を、彼らはどう扱うのだろう?雅巳は思いながら、事実、彼がいったい何をしたのだろう?誰かを殺害したわけでもなければ、何かを奪ったわけでもないが、彼はむしろすべてを奪われて仕舞った。誰に?むしろ、自分自身に。それを作りはしたが、作る過程にあってさえ既に、それが奪われていたことは知っていた。民主的集団性の本質がそうであるなら、今、彼はすべてを奪われ、居場所すらも今失いつつあるし、最早俺は、失ってしまった、すべてを、逃走するだろう、と雅巳は思った、頃合いを見て、間違いなく。誰から?警察から、日本国から、《ネオ・リュウキュウ》から。彼らから。彼らが地表の上に仮想した、解放された領土のすべてから。既存の、拡張現実のすべてから。むしろ、事の始めから、そうするつもりだったことを思い出す。確かに、逃げるために作ったのかも知れない。俺は逃げ出すだろう、消えうせ獲る場所などどこにもないにもかかわらず、帰り獲る場所は常にない。インターネット上にさえも、あるいは、あらゆる土地という土地は俺に牙を向くだろう、激しい拒絶とともに。A.I.すら最後に言った、俺は投降するよ、でも、それ、無効よ。と、そもそもが連絡されるさまざまな言語に対応するために構築された管理者A.I.は、さすがに流暢な日本語で、いいんだ、それで。「なぜですか?」そうしたいから。それって、僕たちみんなへの裏切りだよ。あなた、自分自身を裏切ることにもなるのよ?それでいいんだ。残念です。生き続けるだろう、俺は、と、彼は思った、確信として、彼は奪うだろう、生きるための金銭、或いは物品、住居、ときに命さえも。きみ、追放されることになっちゃうよ、いいの?生きるためだけに。この、他人の国土の中で。あなたにとって、すごく不利益な結果しかもたらさないと思うわ子どもたちにさよならさえいえなかった。彼を拒絶してやまない地表の上を、妻にも。逃げ惑い、ずっと、こっちに、ずっといればいいのに。私が言うと、帰りの車の中で、潤は答えた。いや、たぶん、あと一週間くらいかな、帰るよ。あと一週間?いや、「妻が言ったんだ、雪が見たいって。せっかく日本に来たんだから。テレビでときどき、日本の雪の映像が流れて、俺は言った、寒いよって。どのくらい?冷凍庫の中くらいって。でも、見たいと言う。いつ行く?雪なら、冬に?妻は言った、でも、寒いんでしょう?もちろん。なら、夏がいいって。」潤は言い、それが彼女の論理だった。で、今、ここにいる。もうすこし、待っても、雪が降らないのを確認したら、帰る。わかる?私が笑ったのを確認すると、とはいえ、ベトナムに帰れるか、わからないけどね、ささやく。ベトナムの警察機関が、このところ、前のめりになって組織の取締りを始めてるから。入管くらい入れるだろうけど、そこから先は、どうだろうな。針のむしろだぜ。追っかけるから逃げる。逃げるから追っかける。そこはもう帰り獲る場所じゃない。そんな気がする。けど、帰らないといけない。「なぜ?」妻が、潤は言った、そこでしか生きられないからさ。日本だけじゃない。ベトナム以外じゃ生きられないよ。彼女は。すべてのベトナム人がそうであるわけじゃないけど、少なくとも彼女はそうだ。不思議だね。ベトナムにも彼女の知らない土地なんかいっぱいあるのに、土地の文化も歴史もさまざまなはずなのに、英語がしゃべれれば、言語に不都合はないはずなのに、彼女の知らないベトナムのどこかなら彼女は生きられ、彼女の知らない例えばカリフォルニアでは彼女は生きられない。なぜなんだろう?ネイション?これって、なんなんだろう?「奥さんが、そう言われたんか?」いや、俺がそう思ってるだけ。違うかもしれない。対話って、決断を生まないんだよ。決断するのは、いつも、対話の暴力的な中断でしかない。美しいには違いなかった。どこか、素朴で垢抜けないが、美しい部類ではあるに違いない彼女が、確かに、外国で生きていける気はしなかった。一度しか会ったことはなかったが、彼女は明らかに外国人然としていた。いずれにしても、自殺と言う明確な意識もないままに、自殺しに帰国すると言った風に、潤の言葉の群れは私に認知されていて、いや、と彼は答えた。そんなに重い意味があるわけじゃない。ただ、帰るべきだから帰るだけだ。帰るしかないから。たぶんね。潤が、言葉を濁した。私には、そう聞こえた。いずれにしても、潤はやがてベトナムに帰って仕舞うのだし、一年近くたって、雅楽団体の渡越に同行してベトナムに行ったとき、会った潤は相変わらず時間の経過を感じさせない美しさを維持していた。そのとき、それはサイゴン近くのビンジュン市で行われた日越交流イベントの招待客としてだったが、雅巳はいまだ拘束されたままで、テロはアメリカにも、中国にも飛び火していた。インターネットは最早、形骸化したサービスであって、最早それは旧文化の類に属した。それは火のついた火薬庫のままなのだ。旧勢力は遮断し、新勢力は再構築する。実質《ネオ・リュウキュウ》に占拠されてしまった電波網の中で、彼らについて議論してさえいる事実を、私たちは不思議な現実として、ひそかに、目を逸らした。A.I.たちはそれらの言葉をすべて知ってさえいるには違いないが、それらは彼らが管理すべき言葉の群れの一つ一つに過ぎず、彼らへのレジスタンスに対する抑圧すらない。彼らにとって、すべての言葉は等価なのだろう。声の群れが彼らの廃棄を決断したら、彼らは彼ら二人の議論の結果、それに応じるに違いない。雅巳はその数ヵ月後に彼が実行した逃走の準備を、何らかの手順によって進めていたには違いない。その詳細は未だに公表されていない。傀儡化された日本政府は実質的に崩壊していたが、いまだにそこは日本国と呼ばれてはいた。彰久はまだ生きているはずだった、更正医療の名の下に厳重に保護されて。


陵王

「久しぶりだね」タンソニャット空港近くのカフェで、彼を三十分近くも待たせた私を咎めることもなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陵王

 

潤は言う、ひさしぶり。叫び声をあげて目を覚まし、まだるっこしい疲労に包まれたまま身体が静かに寝息を立てつづけたままなのに気づく。地元の雅楽団体の海外公演のために私はビンジュン(Binh Dương)というベトナム南部の地方都市にいるのだったが、通訳の日本人慣れしたベトナム人はいちいちカタカナ発音でビンズオンとその都市のことを発音し、アジア交流フェスティバルの日本語進行表でもビンズオンと書いてあり、地元の人間たちはビンジュンというに近く発音し、言語表記にはイにあたるらしい母音はどこにもなく、結局のところ、私にはその土地の名前がどう呼ばれるべきなのかよくわからない。いずれにせよ、大陸の南らしいどこまでも続く平野が果てしない、子供のころに、戦争体験のあった祖父から大陸は島と違ってすべてが大きいんだといわれたそのままの、おおづくりな風景が広がる。おだやかな朝の光がレースのカーテン越しに差し込んで、ビンジュン市の中心部近くのホテルの中で私は身を起こす。二年前に来たときと同じような、光そのものがまとった熱帯の温度が、日光を遮断したはずの室内にまで侵入しているのを、私は既に知っていた。交流会の終わったあと、三日間とはいえ、帰国まで日程に余裕はあった。私はタクシーを呼んでもらい、タンソニャット空港に着くと、潤は既に私を待っていた。あからさまに肌を灼いた何台かのバイクタクシーが、私に声をかけては通り過ぎて行ったものだった。盛んに話しかけられるベトナム語が、しかし、私にそれを解することは出来ない。あるバイクが舌打ちして通り過ぎたとき、後ろから潤に呼びとめられ、振り向くと、道を渡り乍ら、潤が笑って手を振った。「違う場所にすればよかったね。探して、何度もぐるっと回った。けど、ここ以外だと、お前のほうが場所、わからないいだろ?」確かに、私に行けるのは、タクシーに乗ったとしても、言語の問題で、Airport 以外にはなかったかもしれなかった。私は笑って、少し離れたところに駐めてあった潤のバイクの後ろにまたがる。サイゴンを抜け、ただ、あつかましいほどに広い主管道路を走っていく。サイゴンの中心部を離れると、無意味に広い公道以外には、せいいぜい四、五階建ての低いビルか、平屋の家屋が疎らに立っている以外には、ひたすらに空が広がり、それは圧しかかってくるような気さえする。光りながら、光が温度をただ肌に伝え、うぶな太陽光そのものが肌を灼く触感のような肌触りさえあった。光に対して為すすべもない、熱帯であるには違いなかった。人々はみんな、日本の秋冬のようなジャンパーを着て厚着で、それは、日差しから肌を守るための処置であることはすぐに知れた。ここにおいて、光は強烈で、破壊的な力そのものなのだ。光はただ、外国人らしく薄着の私の肌を灼く。町が途絶え、森林地帯と田園地帯とが交互に広がり、どこまでも、向こうに地平線がぎざぎざに広がるが、想ったよりそれは近く、地球の丸さと人体の視覚の限界をただ、感じさせてやまない。地表が卑小なのではない。視覚そのものが、人体に合わせるように、卑小なのだ。人体は人体が見えるもの以外、見えはしなかった。林の途切れた先に唐突に現れたメコン川の橋を渡りながら、その泥色の巨大な川は、たとえば瀬戸内海を泥で色づけしたような規模で、その中に小島さえ浮かべていた。その流れを美しいと表現する日本人はいないだろう。日本人にとって、それは、正に土砂災害を連想させる色彩で、母なるメコンと言うには、あまりにも生命の匂いから隔たりすぎていた。留保なき破壊者の色彩。茶色の色彩は、今、地表の緑色と空の青と白とをぶった切って、ただ壊滅的にそこに存在していた。威厳すら湛えて。やがて、その先に、周囲がいよいよ緑ばかりになった頃に、潤はバイクを逸らせて小道に入り、疾走する風の中では、潤の声はうまく聞き取れなかったが、この先に俺の家があると、彼が言ったように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日に灼けて色の褪せた、コンクリート造の平屋の家屋の疎らな点在に、時に放し飼われた牛と鶏の群れが私たちを振り向き見乍ら、奥に入ったところの家屋の前にバイクが止まると、潤はここで降りようと言って、私を中に導くのだった。若いベトナム人の男性が彼に、まるで久しぶりに会ったかのように握手をさえ求めて声をかけ、部屋らしき仕切り壁の薄暗い向こうから顔だけのぞかせた、まだ成年には達していないことが明らかな少女たちが二人、潤に何かを訴えかけてやまない、潤んだ眼差しを向けた。瑞々しいほどに、彼女たちは単純に若かった。私など目にもくれないままに、彼女たちは何かうわさしあっていたが、この家屋を通り抜けた先に牧草地があって、その先にも小さなあばら家の小さな集落が見えた。「あそこに妻がいる」と潤は言い、あれか?あれが、と私は口を濁しながら、人身売買の、と言いかけたあと、もっとも、こんなところに日本語を解する人間などいるとは思えないから、何も気にすべき必要などないのだった。ベトナム人の、女の子たち?潤はうなづき、「あと、ラオス人もいる。一人だけだけどね。昨日まで、カンボジア人もいた。俺に、アンコールっていう、地元の有名なビールをくれたよ。どこで手に入れて来たんだか」笑って、後ろを振り向き「ここに帰って来るときに買ってきたんだろうね。彼らにわざわざバイクを止めさせて。売春もやってるから。外で」不意に木陰から痩せた少女が顔をのぞかせたが、世界中の憎しみのすべてをかき集めたような、突き刺さる視線で私たちを見つめ、その眼差しの痛々しさ、というよりも、痛さそのものが、耐えられずに私は視線を逸らすのだった。背後から、潤の仲間に違いない男が彼女を殴りつけるようにして押し倒し、少女はしかし、何を言うわけでもない。小さな叫び声も悲鳴すら上げずに、ただしずかに鼻だけで息遣っていた。その呼吸には、どうしようもない獰猛ささえこもっている気がした。男は馬乗りになったまま何をするわけでもない。上目使いの目線が合った。彼が早口に潤に声をかけ、潤はうなづいたが、羽交い絞めにされて少女は連れ去られていく。「何だ?」脱走だよ。潤が言った。彼女は一日に何度も繰り返し、あれをやる。逃げる気もないくせに。逃げ込める先もないくせに。みんな気違いだって言うけど、俺は、と、彼は一瞬口ごもったが、「犠牲者じゃないか」私は言った。俺も同じだ、潤が言った。「何の?」ややあって、たぶんね。許してやってくれ、と彼は、いや、許してくれ?何を?俺を。誰を。俺たちを。俺たちみんなを。「彼らは、自分たちが何をしているのか、それすらわからないんだ。」本当に、と潤は言った。あばら家の中には誰もいなかった。あばら家、そういう形容しか私には思いつかなかったが、古いだけで、一般的な住居の部類なのかも知れなかった。テーブルさえなく、仕切り壁の向こうにはベッドがあって、衣装棚が作りつけられていた、その向こうに水洗トイレとシャワーがむき出しで設置されていて、一応の仕切りはあったから、それで個室の用を足している、ということなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここら辺には、部屋っていう概念がないんだな、と、(ひと)語散(ごち)るように私が言ったのを、潤は笑い乍ら、そうなのかもな、答え、そういえば、私は言った、あれから何回かお母さんに会ったど、お前の、と、元気そうじゃった。スーパーの前とかで何回かお見かけして、おいくつになられたん?(67?かな。ほんとに?びっくりするな)挨拶しただけじゃけど、と、私は、そして潤はグラスに水差しから水を注ぎ込み、まだ、あの、神辺の借家に暮らしてるよ、私をふと指さし、思い出したように、彼は言った、「そこにきみの母はいる」わかるだろ?と潤は言った。母に伝えてくれ、君の母に、ありがとうって。何と答えるべきなのか私は知らず、さしだされたグラスに口をつけただけだった。埃っぽく、乾いた喉を、一気に水が潤し、もう日本には帰らないつもりなんか?日本?今、そんな国、現存するのか?(どこに?)いや、帰れるかどうかわからない。状況はよくない。ひどい。追い詰められて、もう終わりかも知れない。潤はそう言って、彼は言った「すべて、御心のままにゆだねます。」そうとしか言えない、潤は言った。それ以外、言うべき言葉もない。小さな窓と、開かれたシャッターから日の光はやさしく差し込んで、床の上にさまざまな光と影の模様を重ねた。氷が溶けて崩れ、それがかすかな尖った音をさえたてたのだった。私は何か言おうとして、言葉さえ見つからないままに、あるいは、何も、言いたいことすらなかったのだった。私は見つめるともなく潤を見つめた。美しい男だった。人間の顔の原型のそのものを曝したようなハンセン病の半面に、素手で日差しがあたって、警察に追われとるんか?昔からずっとだよ。何回も危ない目にあったけど、と潤は言い、知ってる、なぜ?聞いた、誰から?訝るでもなくただ不思議そうに私を見る潤の表情は私の記憶を刺激してやまないが、「お前自身からだよ」想起されかかる膨大な記憶の中から、何が「お前が話してたろうが」選択されるべきなのか惑われたまま、「そっか。確かに」結局のところ、何も明確な形象を結ぶこともない。外で草木のこすれあう、こまかや音が一斉に立って、chào anh.

 

チャオ・アン、その女声に振り向くと、

こんにちは。

入り口には彼の妻が立っていた。静かに、微笑みかける彼女の腹部のふくらみは、明らかに臨月のそれだった。何事が起こっているのか、私は一瞬、茫然として、できたの?その言葉は誰にともなく、口をついて出てきただけのものに過ぎなかったが、「できた」うなずいた、この潤の言葉が、私の耳を打つように響いた。私は彼を振り向き見た。お前の?彼は何も言わず、お前に?彼の妻を見つめていた。私には信じられなかった。俺に子どもが作れるかどうかなんて、お前は知ってるだろ?潤は言った。彼女は、女だぜ。知ってるか?悲しげに私を見つめて、彼は言った「今、俺たちは既に天国にいる」現実として。潤はそう言った。潤は何も言わないまま、沈黙の秒数を私は数えた、彼の妻は、ベトナム語で何か私たちに話しかけていた。それを、潤は微笑みさえし乍ら聞いていた。誰の?お前のじゃないなら、私は外にいたあの何人かの若い男たちをふと思ったが、まだわからないのか?「いや、違う」と潤は言った。彼女は貞淑な妻だよ。とても。そんなこと、彼女には出来ない。まだわからないのか?それどころか、俺が初めての相手だったんだから。つまり、まだ、誰も知らないということだよ。まだわからないのか?今までのすべての《俺の女》がそうだったように。誰にも手を付けられないまま放置されているだけだ。まだわからないのか?潤は笑った。あんなに、女なんか、俺に片っ端からなびいてくるのにね。なぜ、俺なんかを選ぶんだろう?永遠に処女でいたいわけでもないくせに。この子だって、子どもが欲しいってよく言ってた。特に、ベトナムとかだと、出産育児の社会的地位自体が高いしね。俺がそういう類の男だって、知ってるくせに。ちょっと待て、私は言った。じゃ、これは誰の子なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、なんかの病気なんか?子宮の?潤はすぐさま首を振り、彼は言った「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」これは、主よ、なぜわたしを見捨てたのか、という意味だ、と潤は言った。私は指を伸ばして、指先にグラスをぬらした水滴を触れた。彼の妻は、そこにそうしていることそれ自体が幸せなのだとでも言うかのように、充足しきった顔をして、ただ、そこに立って、私たちを見つめているのだった。微笑み乍ら。何が起こってる?私は、そして、すべて、潤が言った、つじつまがあうんだ。なぜ、俺がハンセン氏病なんかになったのか。今や、俺にはわかるんだ。なんとなく、俺を処罰してくれてる気がしたから、放置していただけだけど(なにを?それが、俺にはわからないんだ)今や、俺にはわかるんだ(ただ、俺の罪は罰されるべきだと思っていた)俺の病気は、(なにを?何を犯したって言うんだろう?俺が)ハンセン氏病なんかじゃない(いつ?)これは、らい病だ。生き腐れの業病なんだよ、呪われた天刑病。例えば、ヨブのような。潤は言い、いや、と私は言った、ただのハンセン病だろ、声を立てて笑いさえし乍ら、早口に私は言うのだった、隆志が言ってたよ、俺は、と、潤は言った、打ち消して、悲しげに、知ってる。俺は、これは、らいだ。俺がなぜあんなに女たちを呼び寄せるんだろう?いわば、罪もない汚れた、或いは、罪もなく汚されていく、そんな女たちを片っ端から。罪のないものだけがこの女に石を投げつけろと言ったのは誰だ?潤は立ち上がって、彼の妻に近づき、彼の妻は、何の理由があってか、あるいは、ただ、生き腐れの呪われた天刑病の彼の接近が嬉しかっただけなのか、微笑み乍ら彼にうなづいた。私の皮膚の下で、私の神経系が、熱く、凍りついたように震えていた。まだわからないのか?見てくれ、ここに来て。夫婦の傍らに近づき、私は、そして、目の前のあらゆる雑草や、離れた樹木の枝の一本、葉の一本までのすべてが、まるで彼女がその体内に宿られているものに対して憧れ、決して触れてはならず、そればかりか触れ獲さえしないにもかかわらず、触れなければ生きてさえ行けないないそれに、必死に手をのばそうとして、彼の妻に向かって伸びていた。身をよじるように、千切れそうなほどにまっすぐ伸ばされた葉々、そして草は地面からはがれそうなほどに。彼女がそれらの上を歩むたびに、踏まれた草は喜びに打ち震えていた。涙さえ流せるなら、それは今、自分の流した滂沱の涙のうちに、溺死さえしたかもしれない。牛も、鶏も、どこからともなく彼女の周囲に集まっていて、やや離れて地に伏したまま、ただ、濡れぼそった眼差しのうちに彼女を見つめていた。頭上には無数の鳥の群れが、声さえ立てずに飛びかった。わかるだろ?潤が言った。あらゆるもののすべてが、なすすべもない憧憬に焼き尽くされ乍ら、今、既に讃えられた自分自身のために泣いていた。すべてのものが、潤が言った、祝福していた。今、すべてのものが、彼らの救世主にひれ伏し、そして、自らを。求めている、彼に手を伸ばし、彼を求めている。彼に裁かれることを。彼らは知っている。今、彼が彼らを八つ裂きにしようとも、彼らは既に救われていた。私は見た、確かに、すべての原子、微粒子のレベルまでのすべてが、今、救済されようとしていた。救済?いや、吐き捨てられたものに過ぎない言葉がついに触れ得ない、何か。彼は言った「すべては終わった」今、と、潤は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、俺にはよくわからん、私はささやく、キリスト教に、と、まるで密談するかのように、輪廻転生ってないじゃろ?おかしくないか?キリストはもう、《いた》んじゃろ?また生まれ《る》はずがないじゃろ?潤は私を振り向いて、けど、目の前に、今、《いる》んだよ。これが現実なんだ。もちろん、今、すべての既存宗教は否定された。イスラム教だのヒンドゥー教だのどころじゃない、当の、キリスト教自体がね。今や、十戒の前の金の子牛に過ぎない。この子が生まれる前に発された、すべての言葉は、いわば、まったきノイズに過ぎない。むしろ、すべての言葉はノイズに過ぎなかった。神は唯一であって、神が言葉なら、父とその一人子以外に言葉など発し獲たことなどなかったからだ。たとえ、主よ救いたまえと、アーメンと、俺が言ったとしても、ホサナと言ったとしても、その言葉が俺の言葉である限りにおいてノイズだ。俺たちはかつて、今も、これからも、原理的に、いかにしても彼を讃えることさえできなかった。いや、生きてあること自体が彼への裏切りだった。もはや、そして、あるいは死ぬこと、自死することさえも。潤は言い、喉が渇いた、と潤は言って、彼は言った「わたしは、渇く」そう、為すすべがない、潤は言った。潤は、彼の妻を愛しているには違いなかった。その臨月のおなかを撫ぜてやりさえし、木漏れ日の光の中で、かれらは幸福な夫婦だった。私は知っていた、私には記憶があって、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は思い出す、まだ、私たちが十五、六の頃だったはずだった、彰久と、私と、潤とで、瀬戸内海の海岸に行ったことがあった。



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