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はじめに

 

「三つ子の魂百まで」という諺がある。

この諺を初めて聞いたとき、果たしてその意味を他の皆さんはどう汲んだのかを聞いたことがないのでわからないけれど、少なくとも僕はこの諺を知ったとき、「とても不吉」で「とても禍々しい意味を含んでいるっぽい」とひどく警戒したことを今でも鮮明に覚えている。

 

昔々、まだ魔法が当たり前に使われている頃、ある若い夫婦の間に三つ子が生まれた。

 

だが、その子たちが生まれる前に、その子らの父親が魔女の大事な靴のカカトを不注意で踏んでしまい、それに怒った魔女が、「ほほぅ、あのカカト踏み男に子供が生まれたみたいだねぇ。ううん?三つ子かぇ?じゃあわたしの大事な大事な靴を踏んだ罰として、三つ子の魂は百までとしてやろう、エイヤー!」と、呪いみたいなのを作ってしまったので、三つ子として生まれた子たちが33歳になったとき、3人の年齢の合計は99歳になり、3人のうち2人は33歳で死に、残った一人も34歳になったときに死んでしまうという、酷く残酷なものを想像していた。

 

なのでこの諺の意味とは「三つ子として生まれてこなかった人間は、そんな昔の三つ子たちのように、太く短く生きなきゃいけない。そして他を蹴落としてでも、もがきながらも生き延びなければならない。あ、あと、靴のカカトは踏まない方が良い」という、すっごい怖い意味なんだと思っていたのだ。

 

そんな怖い諺はちょっと頭に入れておきたくないなと頭の隅っこに押しやって38年暮らしてきたけれど、先日たまたま何かでこの諺のことをまた思い出し、念の為その呪いを作った魔女の名前でも調べてみるかと検索したら、なんてことはない、「幼い頃の性格は、年をとっても変わらないという意味」というすっごい平和な内容だったことに狼狽し、それをこうして本の最初に書くくらい僕にとっては衝撃的な事実だったのです。

 

僕の小さい頃の話だ。

 

僕は小さい頃、とても無口な子供だった。

というか、かなり大きくなっても全然喋ろうとせず、うちの両親はこの子は耳が聴こえないんじゃないかと心配になり、そろそろ病院に連れて行こうかと相談していたことがあったらしい。

そしてある日、父親が仕事から帰ってきて僕は恐らく母に連れられて玄関まで迎えに行き、父が「ただいまー」と言ったとき、それまで全く口を利かなかった僕は父親の目を見てこう言ったらしい。

 

「お父さん」

 

それを聴いて両親はひどく驚き、そして歓喜した。

僕を抱き上げた父は親バカの教科書のように

 

「この子は凄い!初めて喋った言葉が【お父さん】だなんて聞いたことがない。将来は有名な学者になるんじゃないか、がはははは」

 

このエピソードを思い出す度に、やはり小さい頃からの考え方や物事の捉え方みたいなものはあまり変わっていないよなと思う部分もあって、こうして文章を書くことが凄く好きな人間になり、その日一日あったことをブログに書いたりする為に、なるべくその時々の目の前の出来事をじっと観察するようなところがあって、その中から自分が何を思い、どう捉えたかということを、一気にまとめて外に出したい、というようなそんな欲求がある。

そして僕は、喋るよりも文章に書き起こすことで、ようやく自分という人間を一応きちんとほぼ正確に誰かに表現できるような気がしているんです。

 

そういえば、先ほどの「お父さん事変」の話を、先日も父は楽しそうに話していた。

そして笑いながら僕に言うのだ。

 

「あの頃はな、ほんとにお前は学者にでもなると思ってたぞ。そんな子の話聴いたことなかったから。まぁな、でも今はな…、うん、まぁ全然そうじゃないけども」

 

今僕はもうそろそろ39歳になろうとしている。

学者とは程遠い零細自営業者で、バツイチで腹が出てきて、夏になるとあせもがすぐに出来てしまうくらい、肌が弱い。あと、イビキもひどいらしい。

 

なので僕は思うのである。

 

「これって、もしかしてあの魔女に何かしらの呪いでもかけられてんじゃねぇのか」と。

 

そんな僕が書いた本です。

 

なので、ぜひ読んでください←読みづらいわ


1
最終更新日 : 2018-04-17 08:39:32

 

「最初の旅行はさ、旭川にしない?」と言ったのは僕だった。

 

美唄に引越してきてもう2ヶ月が経っていたし、せっかく北海道にいるんだから今回はなるべく両親に顔を見せに行こうと思っていたからだ。

それに、なるべく彼女に僕がどんなところで育ち、どんな景色の中で暮らしていたのかというのを見てもらいたかった。

 

「そっか、彼女出来たか。まぁ、結婚しろ、とは言わないけどな、子供はな、子供はほんとに良いぞ」

 

と帰省した僕に、親父は何度かそのセリフを言った。

そしてそれは当然、他の方も同じ感想を抱くと思うが、つまりそれは「早く結婚しろ」という意味だ。

 

ただ、僕らは特に急いでいるわけではない。

彼女は僕より6つ下で、一応結婚適齢期というものになるんだろうけれど、彼女自身は結婚願望というものが特に強い人ではなく、彼女には彼女のやりたいことが明確にあるのだ。


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最終更新日 : 2018-04-16 13:34:10

 

朝9時頃、「11時発の電車に乗れたら乗るね」と彼女からメールがきた。

 

「うん、わかったー。車で迎えに行くよー」と返信をした。

 

「11時のに乗れたよー 岩見沢を通過したらまた連絡しまーす」

 

「あいよー。じゃあそろそろ迎えに行く準備するよ」

 

この日の一週間程前、僕は仕事場を自宅から近所のアトリエに移転させていた為、部屋の中は物の数が少なくなったとは言え、決して整っているとは言えない有り様だった。

「迎えに行く準備をする」とメールをしたけれど、それよりもこの散らかった部屋をどうにかするのが最優先だと部屋の中を急いでバタバタと掃除していた。

 

このとき僕は、彼女が家に来たときに、「あれ?散らかってるって言ってたけど、全然キレイだね」と言われ、「え、そう?あぁまぁそうかもね」と、澄ました顔で言いたい欲が出ていたのだった。


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最終更新日 : 2018-04-16 13:35:03

 

「ようこそ、美唄へ」と、改札を出た彼女の荷物を持ち、駅の階段を下りた。

「ようこそって言われたときのさ、正しい答えってなんだろうね?」という話題になった。

「うーん。確かに。【どもどもー】とかかな?」

「あはは、それくらいしか浮かばないや」

 

「ひとまずさ、一回うち行こうか。まだ俺準備し終わってないんだよね」

「うんいいよ」

 

我が家から美唄駅までは徒歩10分くらい。

車なら3分くらいで着く距離だ。


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最終更新日 : 2018-04-16 11:03:23


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