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沙陀調音取

 

 

 

 

 

 

沙陀調音取

 

子どもの遺影の入ったスマホの修理に出掛けたまま、なかなか帰ってこない妻を待つ。カンボジアの平原がどこまでも広がる。Phởフォーの店の主人が傍らの犬の腹を踏んづけると、長い悲鳴が立つ。熱帯の陽光の中に、更地の、にも拘らず誰も手を付けようとはしない国境近くのそこは、不意に雪が散らつく。私は瞬く。雪のような切片がいくつも視界全体に現れて、わずかばかり上昇したように見え、消えて行く。まだ早いはずだと私が思う。今日ではない。少なくとも、あと数週間は。にも拘らず、私の視界がいくつもの雪の切片を散乱させる。計算上のミスなのか、それともこういうものなのか。周囲の疎らな人々も、時に目をこすり、私が息をつく。例えば、核分裂の青白い炎が眼球の中にしか見えないように、これは見い出されただけの風景にすぎなかったには違いない。明らかに距離感を破綻させた遠い近さの、がついに触れ得ないものに手を伸ばす。本当はどんな風に見えているのか、はついに見えないまま、あるいは、しかいとはがんきゅうのげんじつそのものにほかならない、わたしはそれをあからさまにおもいだすわたしはてをのばしそのままそれはなににもふれないまままばたきわたしは今、熱帯の平原は今、雪に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.07.07-13

Seno-Lê Ma

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上は、2017年の7月に初めて書いた小説です。

原稿用紙にして90枚程度。個人的には、最も愛着のある作品でもあります。

雅楽の舞曲《蘭陵王》をモティーフにしました。

全体は、《小乱声》《陵王乱序》《蘭陵王》《沙陀調音取》の四章からなり、切れ目なく進行します。一応、雅楽《蘭陵王》一具を踏襲しています。

現代のベトナムが舞台。

あと、5年で世界が滅びてしまうことが物理学的に確定した世界が、舞台です。

ベトナム在住の日本人《わたし》が出会った人々の、ある日の朝の物語。

朝日の中で錯綜する現在・過去・未来。

謎めいた美少年は、なぜ、恐ろしい化け物の仮面をかぶったのか?

老人は、なぜ死んだのか?

雪降る海の絵を描き続けた三重苦の《奇跡の画家》を、一体、誰が殺してしまったのか?

気に入ってくれたら、嬉しいです。

Lê Ma, 2018.04.27 Đà Nẵng, Viêt Nam.

 

 

 

ところで、子どもの頃、ヒロシマで生まれて初めてフィンセント・ファン・ゴッホの絵絵を見たとき、わたしはびっくりしました。

真っ白い建物の庭に日差しがあたって、樹木の緑が茂って、猫が一瞬たちどまった、という有名な絵ですが、

画集で見ていた印象とは全然違って、ひたすら静謐とした絵でした。

よくぞここまで、と想ってしまうほど、キャンパスに根を張ったような絵の具がしっかりと芽生えながら、

まるで森の樹木が決して何も語りかけたりしないように、何も語りかけようとしない、

ただただ健康的で、生気に満ち、美しく、静謐とした絵。

その後、いろんな美術館で見たファン・ゴッホの作品はどれもそうで、

写真には入りきらない絵を描いた人だったんだな、と思いました。

《画家の絵》のモティーフは、そんなファン・ゴッホ体験がベースになっています。

2018.04.28. Seno-Lê Ma. Đà Nẵng, Viêt Nảm.

 

 


奥付


蘭陵王


http://p.booklog.jp/book/120878


著者 : Seno Le Ma
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/senolemasaki0923/profile
 
 
 
 
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