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陵王乱序

 

陵王乱序

 

微笑み乍ら上目越しに見つめ続ける少女をそのままにして、この日陰から出れば、無数のモーターバイクの騒音の群れと、正午に近い日差しが直接私の肌を灼く。

 

 

 

 

 

 

 

 

灼かれるままに、そして川沿いのThôの家にたどり着いたとき、既に葬儀用の祭壇作りに男たちは追われていた。都市部のベトナムではめずらしい、広い敷地に二棟の平屋と一棟の三階建ての家屋を並べた古い、コンクリート造の家屋は、周囲のまばらな木立の中で、人々のまばらな喚声が時に上がるがままに任せる。何人か私たちを振り向き見たには違いないが、Quầnは誰に挨拶をするわけでもなく、敷地をまっすぐ横切って、朝の光を全てのものが浴び乍ら薄い影が作られた。白い細かな煌きの点在するままに、Quầnはみすぼらしいほどに小さなThôの居宅のドアを開けた。南京錠をあけるために、鍵を探して、自分の大量にぶら下がった鍵束に小さく舌打ちをし乍ら。前にも何度か訪ねたことがある。何の用があったというわけでもなかった。小さな、古ぼけた過剰に装飾された木製のテーブルと椅子が、狭い部屋の半分近くを占領し、しかし、何かが置いてあるというわけではない。ベッドには蚊帳が掛けられ、風に白く揺らめきながら、すぐそこに置かれた古い扇風機は、いまだ動くのかどうかさえ定かではない。壁に、発音記号つきのアルファベットを筆で書いた書画が一帖掛けてあるだけだ。沈んだ淡い緑で色彩は統一され、服はハンガーに掛けられたまま剥き出しで吊るしてある。二日酔いにまでは至らないものの、昨日の夜飲みすぎたアルコールが私の胃を重くする。親しい友人たち。愛すべき、その、Bínhビンはベトナム語以外しゃべれもせず、Namナムは独学の英語をしゃべる。ロシア語こそ堪能だが、私の知っているロシア語はチャイコフスキーとスワン・レイクと罪と罰くらいものもだ。それらと、正確ではない私の英語と、辞書5ページ分くらいのベトナム語は交錯し、形成される希薄で親密な交友関係の中で、いくつものビール瓶が空になり、浪費され、夜遅く帰ってきた私を見咎めた妻は、甲高くののしり乍ら、口早なベトナム語の向こうで、もはや英語を話すことさえ忘れた彼女の額にキスをくれるが、彼女の額はしわがよるほどしかめられていて、その眉を見やったまま私は寝室に入る。声を立てて笑って、何度も投げキッスをしてみせて、いずれにしても、愛されているに違いなく、愛しているにも違いない。Quần は壁に手を触れ、顔をすれすれに近付けたまま何かを探す。初めて会ったときThô は、それは私の妻の父の紹介だったが、海辺の海鮮飲み屋でランチを兼ねたビールを飲み乍ら、義父はいつも彼が目上の人間にする癖で、 Thô に身をすりよせるようにして私のことをしゃべりたてていた。Thô の体はわたしよりも、義父よりも大きい。完全な白髪が脇だけ短く刈られ、横に撫で付けられたトップが海風に乱される。私は、吊るされたまま一部に埃さえ積もらせたThô  の洗いざらしの服に手を触れ、Quần はベッドの下を覗き込んだ。Where you came from ? さっきから、Are you Japanese ?  何度も義父から繰り返し聞かされているのにもかかわらず、Thô は疑問文を並べる、それがまるで礼儀であるかのように、私は善良そうな笑みを浮かべ続け乍ら、頷く私に、Good, そう言って、Thô は私の手を諭すように叩く。聞き取ることが困難なその英語に耳を凝らし、私はThô の手に触れる。かさねあわされた手を、ややあって、彼は言った、何も気にするな、と。Thô  の指先はグラスのふちを撫ぜ乍ら、彼は、1945年のことは、と、「いいか?」 Thô は言う、もはや、私の記憶として彼の言葉そのものは失われ、彼は言う、私たちは何も気にしてはいないのだ、と、この、聞き取られた意味としてしか記憶されなかったこれらの断片に、phútlansẽ、ようやく聞き取られたその言葉、フランセに対してもâmmẹcảmアメリカンに対してもだ、とThô  は言い、người phátなれた口調で、そして彼は、người  mỹまるで彼本人がベトナム人そのものであるかのように言う彼をngười nhậtふと、滑稽にすら感じ、私たちはngười việtすべて許した、私たちはngười aiすべて忘れた、と彼は言い、…ai ? 私の記憶として、私たちは彼の言う言葉に耳を澄ませ乍ら、記憶された意味として痕跡だけを残して既に失われたThô の言葉の群れは、Thô の手を握り、Cám ơn と私は彼に言う。Ai là ai ? ありがとう、私は言って、彼の手をとったのだった。囃し立てるように、義父が歓声を上げ、私は何度も彼らの背中を撫ぜて、囃し立てる義父が私の肩を叩くがままに、我々は、

過ぎない、

許された、

彼らによって、

存在であるに、と、私は義父の乾杯の声に、我々は彼らによって許された存在であるに過ぎない。Mộ, hai, ba, という掛け声とともに、それは、1、2、3、という意味に他ならなかったが、声を立てて笑う義父の過ぎなかった、

日本を、

親日国と、

国である、

呼ばれる、

それらの、

許した、

結局のところ、

私は注がれたビールを、結局のところ親日国と呼ばれるそれらの国は日本を許した国であるに過ぎなかった。飲み干した後、美しい歴史の和解、にもかかわらず、彼らは許したに過ぎない、と、私たちは乾杯し、歴史に手を触れることなどできはしないその限りにおいて何ものも歴史を許すことなどできず歴史は決して何ものとも和解などしはしない。義父は持ち上げたグラスの底を指し、飲みなさい、と言うその甲高い声に押されて、私は一気に飲み干し、君は知っているか?Thô 、私は酔った振りをする。 ông Thô、君は、笑顔を作り乍ら私は、知っているか?歴史と和解しうる人間など存在しない。なぜなら、それはここに存在しないから。過ぎ去ったそれは何ものにも許されることなく、何ものをも許さない。緑色の壁によりかかったまま、私はQuầnの背中を見つめた。海の水のように。Quầnは立ち上がり自分の指先のにおいを嗅いだ。海に手を突っ込み、それは手を濡らし乍ら、窓越しの陽光に瞬き、Quầnは、今まさにそれに手を触れていながらも、私たちは、それを手に掴むことなどできない。壁を一度叩き、顔を曇らせたままQuầnは、海の水のように。Nước目の前に存在した海をcủaかつて掴みえたものはBiểnいない。いつでも、常に、そして私を振り向き見たQuầnは、Đi.と言った。Ông Thô cho chúng tôi. あの老人は待っています。Đi.行きましょう、と、私たちにはThôの居場所などわかっている。真ん中の一番大きな平屋の正面に開かれた広い仏間に安置されているに違いない。日差しが3本並んだココナッツの葉を照らし、幹に刻まれたその陰が、それらが風に揺れていたあの日の午後、私は海の写真を添えてFace bookに記事をアップする。「ベトナムで老人たちが言う。1945年のことは忘れなさい、と。

わたしたちのように。

わたしたちは忘れてしまった、

アメリカのことも、フランスのことも。

ある種の人々はいう、

かつて占領されていた多くの国が親日国だ、と。

わたしたちは、忘れてはならない。

わたしたちが、彼らに許された存在に過ぎないのだということを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

絵にかいたような、良識派。インターネットの無力で卑屈なマジョリティ向きの。誰が?感傷的な文章がいくつものいいねを拾い、私は知っている、海辺の風に乱れた髪を整え、Thôはそして、彼は死んでいた。十数人の無意味な親族の人だかりを抜けて、まだ棺さえ用意されないまま、その一族の巨大な仏壇の前、布団の上に彼の遺体は横たわり、少し離れたところで壁にもたれたしわくちゃの老婆が間歇的に足をじたばたさせて泣きじゃくる。彼女の発作のたびに誰かが駆け寄り、言葉は掛けられ、それはThôの妻だ。私は知っていた、少しだけThôより年下のはずの、そして Quần と目が合った瞬間に彼女は思い出したようにふたたび泣きじゃくり、四肢が暴れた。仏壇に置かれたi-Podから流しっぱなしにされている読経は空間の低いところを支配し続け、Thôは名士ではなく、金持ちでもなく、政府の人間でもない、唯の老人に過ぎなかったが、多くの人間が彼に一目置いた。彼と話すとき、それは多くの人々に、かしこまってお伺いを立てることを意味した。上目遣いに媚び諂い乍ら、仮に、彼が太陽は東から昇るといったくだらないの言葉の羅列をしかその口から吐くことがなかったとしても。何人もの人間たちが葬儀の準備に追われ、静かな、とは言えない声の群れの中で何かが設置されれば撤去され、不機嫌な喚声の中に再び設置されれば、いずれにしても撤去される。Quầnが口早に祭壇作りに口を出す。せっかちで、気の強いQuầnがいつの間にか指揮官のようなものになっていて、誰もが大声で彼の指示に文句を付けながら、祭壇は何度目かに組み上げられていく。ほとんどの人間を私は知っていて、私はほとんどの人間に知られていた。彼らの葬儀の流儀をなんら知らない私にできることは何もなく、誰にも拒絶されなければ、誰かに受け入れられているわけでもない、お互いにどうしようもなく霞んでいく、この希薄な無数の人間たちの気配の中で、私もふくめて、そして庭は静かに朝の光を浴びている。Ho!と喉にかかった甲高い声がして、振り向き見ると、それはHồだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Hồ は私に手を振り、笑いかけて、私も笑いかけた笑顔を、そして私だけ無理やり元に戻した。今、私が笑っていいのかどうか、私は知らない。彼らは笑いたければ笑った。死体の目の前だったとしても。とはいえ、外国人が仮に彼らと同じようにした場合、彼らの目にそれがどう映るのかをはわたしは知らない。Hồは美しい少年、あるいは青年だった。少年と言う言葉も青年と言う言葉も、いずれも適切さを失効する十代半ばの彼は、確かに私自身もかつては確実にそうだったのだが、表現されきらないあいまいなあの年齢の気配をあからさまに体中で濫費していた。彼は、彼がいつもそうであるように、泣き乍ら笑っているような表情で遠くから私に手を振り、光に当たった白ずんだ庭の真ん中近くで、無造作に灼けた肌とサイドだけ刈り上げられた髪の毛の前髪の額にたれかかるのを木漏れ日はしずかに照らし出した。地の顔立ちが表情豊かなであるために、逆に、何を考えているのか察しづらい。こぼれるような笑顔はすぐに、そしてHồはココナッツの木の上を逆光の中、狩人の眼差しで見上げた。ここにはThôの家族の3世帯が住んでいる。HồThôの短命で亡くなった孫の一人っ子だった。一人しか作ら、あるいは、れなかったというよりは、もう一人生まれる前に、彼らのほうが死んでしまった。がまだ三歳か四歳か、十年以上前に彼らは交通事故で未生の一人もろとも二人とも死んだ。親が死んだとしても、そして誰かが引き取ったというわけでもなくここにいさえすれば誰かしらがHồを育て、いずれにしてもHồは育つことができる。小学校ぐらいは出たのだろうか、今は何もしていない。いつもどこかにいて、誰かが彼に何かを与える。美しいHồはいつも多くの友人たちに囲まれ、取り巻きに囲まれた彼を町で見つけることはよくあったが、Hồが自分で金を払っているのを見たことがない。友人とは従者であって、従者は彼のために自らの多くををささげなければならない。どんなときであっても。一度、川沿いの道路に止めた数台の彼らのバイクの前で、Hồが一人をひざまづかせ、その額を足蹴りにしているのを見たことがあった。Hồより年上の、二十歳を少し超えているらしい彼は、にもかかわらず、世界が終わったような顔をし乍ら、Hồに早口に何かを乞うのをやめない。Hồは何も言わずに見下ろすだけで、取り巻きたちは彼を、許しえない禁忌に触れた穢れたものを見る目つきで捕らえて、隷属した眼差しのうちにHồに同意し続けた。無言で、あるいは意図的に怒りを含まされた言葉の群れとともに、それは、カルトのリンチを見るような、凄惨な印象すら与えた。この、集団の中で一番小柄な少年、正確に言えば、少年と言う言葉と青年と言う言葉の危うくすれ違い得たあいまいな距離感の中に生息した存在は、相変わらず泣きながら微笑んだような顔を少しも変えることなく、ひざまづいた従者の言葉を聞いてやったが、安らかな、とは言い難い顔を晒して、Thôの遺体は横たわっていた。何かに驚いた瞬間に、唐突に何かを思い出したような、そんな表情を硬直させたまま、口を「う」と「い」の形のあいの子のようにわずかにひらいて、彼はまだ目を開けたままだった。解けないままの死後硬直のために誰も閉じてやれないに違いない。触れる気にはならなかった。死者の目は何を見るわけでもなく、ただ、開き、あの画家に会いに行ったとき、それはNamと二人で彼の家まで行ったのだったが、あれは、一年前の夏の手前、日本なら桜の花も散りきって緑色の頑強な大木になっているころには違いなかった。偶然、画家の住所を知った私は大した興味があるわけでもないままに、Namのバイクの後ろに乗ったのだが、ダナン市のはずれ、夏やいだ日差しの照る車道を切って、それほど遠くないところに画家は、彼の甥に当たるらしい家族たちの家に住んでいた。ほんの数十年前まで、単なる海沿いの地方都市のひとつに過ぎなかったここは、政府の方針によって、観光地として急速に整備され、再開発されていた。ラオスから流れ込み町を分断する泥色の濁流をしずかに湛えた川は、かつて一本の華奢な橋しか掛けられていなかったものの、今、それぞれにライトアップされた六本の橋を持つ。いまだに終わりなき再開発の途上であって、中心部からほんの少し離れれば、突然に買収されたままの広大な更地が雑草をけなげに茂らせて広がり、新しく美しい瀟洒な観光地をあらあらしく分断する。建築中の大規模施設とその周囲の未整備な廃墟のような空き地は交わることなく共存しあう。もはや、かつてのダナン市はどこにも存在しない。と同時に、夏草の照り返しの中に、そこはいまだ開発中なのだから、ダナン市の現在などいまだ存在し得てはいないのだ。ならば、私が住んでいるダナン市は、どこに、それは何なのか?この、画家の住んでいる家は、いくつかの、これらの唐突な廃墟の先にあった。住所のメモ書きを時々、胸ポケットから出して確認し、そして道に迷い乍ら、Namは私を彼の住居に連れて行く。昼下がりの深い時刻で、日差しはやや落ち着きつつあり、すべての街路樹の根元には白いペンキがぬられている。間口の狭く、奥に細長い真新しい住居の前のプラスティックの赤い椅子に身を投げて、画家は、時々右手だけを上下させていた。この男が画家だということはすぐにわかる。He? Namは私に言い、Dạ...わたしは答える。彼か?そうです。私は知っている。彼の顔を。現実に目にする彼の顔は、デジタル画像の、どこか凄惨な印象はなく、人間の顔の単なるファニーな出来損ないのように見える。駐めたバイクから降りながら、Chào chú ơiNamは彼に挨拶するが、彼は何も答えない。何も見てはいない。何も聞いてはいない。Namの握手に差し出された手は空中に静止するだけで、にもかかわらず何度か声はかけられ、Namは泣きそうなほどに大袈裟に顔をゆがめてわたしを振り向き見る、だめだよ、彼は生きているだけだ、と。私は知っている。Namはそう言った。画家は老け込んだ四十代にも見え、若々しいというわけではないが、人間が何の悩みも感情も無く適切に生命管理をされながら六十年生長したらこうなるのかも知れない、実年齢を推測しにくいつるんとした顔立ちをしている。ただ、樹木の肌のように自由にゆがんでいるだけだ。髪の毛はほとんど剥げ落ちているが、加齢のためのそれなのか、身体の障害あるいは治療の副産物なのか、もともとそうだったのか、私にはわからなかった。彼の顔を容赦なく覗き込んだ後、Namは言った、Broken…

 

 

 

 

 

 

 

 

何が?

何が壊れている?

彼の顔か、その内部機能か、それらのすべてか。もちろん、彼に知性などあるはずがない。真っ白い目を片方だけ薄くひらいたまま、右手だけが上下に揺らされる。かつて、一度でもWater!とすら叫んだことなどありえない、見事なまでに知性を欠いた、でたらめに成長した樹木のような有機体が見の前にいた。障害のあるらしい左手は胸元に硬直したまま動かさず、左足は根元から無い。子どものころに家にいた、当時の「分裂症」の叔父を懐かしく思い出す。彼は懐かしいほどに人間だった。背を丸め、当時のブラウン管テレビに向かって対話し続ける彼に、いったいどれほどの切実さで精緻な知性がやどっていたことか、思い知らされ、思い出される、お前を殺してしまうぞと一方的に彼らが言うのだと、彼は彼の対話の結果を伝えた。時に理解を示さない私を哀れみさえし乍ら、彼は為すすべもなく、Xấu ! ひどい、Namは言い捨てた後、開け放たれた入り口の向こうに声をかける。誰かいないのか?思い出したように、私はヘルメットを頭からはずし、ゆっくりと足を引きずり乍ら奥から出てきた老婆はNamと二言三言話して、私に一瞬目をくれた。気弱な、人のよさそうな、そして虚弱な笑みを浮かべ、樹木の細く弱い枝のように。

彼女はNamと握手し、私もその手を握り、日本人だよ、とNamは言う。声を掛けられて奥から出てきた三十代の夫婦と子どもが、おびえた一瞥の後、また、それらの植物のような微笑の中で、差し出された手を私たちは握り、彼らも思ったはずだった、植物のようにやさしげな、と。私は微笑んでいて、握手を交わし、Người NhậtNamは彼らに言う、日本人です。声を立てて彼は笑い、私は彼らの前で日本人になる。片言の、だれでも知っている日本語を混ぜて挨拶し、こんにちは善良な笑みを浮かべてありがとう 礼儀正しくお辞儀し、「謝謝」という夫がかけた言葉を妻は早口に訂正して笑うが、Namに木の葉がふるえたような笑い声の中で話しかける彼らの言葉は私にはわからない。私は今、知っている。そのときに、私は、明らかに彼らはサリバン先生ではなく画家はヘレンケラーではない。自然状態ならば、普通に間引かれていたはずの生命体が、今も、こうして生きている。誰かしらが彼を介護し、彼は自分が何をされているのか、何をされたのかさえ何も知らない。アジノモト、ホンダ、という単語が時に聞こえ、私は笑いながら、Namと彼らを交互に見やり、お前は知っているか?海を手に掴むことはできない。彼らは画家の叔父の娘夫婦なのだ、とNamは私に言い、私はうなづき、もう一度彼らの手を握り、たとえ、お前が海の中で溺れ死んだとしても、と、その瞬間にさえも、お前は海をその手に掴むことはできない。お前は知っているか?彼らはNamに、彼は生まれたときから、と言い、Namは私に通訳する、あんな感じだ、と、ずっと、今まで、変わることなく、彼らは言った、統一戦争のとき、60年代の終わりに。Namはそう言い乍らBomb!と手のひらをはじいて見せ、彼は言った、まだ彼は十歳になるかならないかだったが、とNamは、お前は何を語る?画家の右手はやさしく上下し、若かったからこそ助かったんだ、と、Namが彼らの言うことを言うが、語って見せろ。と、私は、それを聞き乍ら、画家の髪の毛の何本かは白髪だ。お前は、何を語る?海をいつかは、だが掴めもしないくせに、何かを語るすべさえないにしても、「いや」、と彼らは言った、không phải…生まれたときから目も、と言い、その壊れた英語の発音とともにNamは自分の目をふさいで見せるが、耳も、口も、と、もっと日差しか強ければいい、そして、こんなやさしい日差しの中では。彼は言った、何も見えないし、何も聞こえないし、生まれたときから、お前は何を語る?このやさしい日差しの中で、何も見えない静寂の中に、一言だってしゃべったことはないよ、とNamは彼らの言うことを言う、生まれてから今まで、と、一言の音声をさえ、もちろん、存在しはしない。お前に知性など。かけらさえも。彼らの声を立てて笑った善良な笑い声が、語りうる記憶さえ一切持たないには違いない乍らお前は、そして、例えば、ここで、私がお前の喉を切り裂いたとしたら、今、彼の父親は若くして死んでしまったが、いつ?とNamは言った、彼に彼の祖父が絵筆を取らせたのは、と彼は彼らの言うことを言い、彼らがNamに言ったのは、何を語る?Dạ… Dạ… 今ここでお前の喉を、もう十年も前になるがと彼は言い、もちろんお前には知性などありはしないのだから、không…Không phải いいえ違います、それは、何もせずに唯そこにいるよりは、しかし何もわかりはしないだろう、お前は。しかし、はるかにましだろうと考えたからだったが、Không phải là… お前の体は違うんだよ記憶するに違いないこの引き裂かれた喉の強烈な痛みを、何日かかって絵らしいものが、とNamは言った、できあがったので、その忘れ得ないはずの苦痛を、毎日同じ時間に彼を座らせキャンパスの前に、私たちは、ありもしないお前の知性ではなく体の痛点そのものが確かに感じ取り記憶したこの苦痛を、毎日、絵筆を取らせれば彼はいつも絵を描くようになり、と彼らは、知性ではなく、おそらく、体そのものが覚えたのだろうその動きを、私は知っている、同じような絵らしきものを描くようになったが、お前の体そのものは記憶せざるを得なかった。そして、と、Namは彼らの言うことを言い、例えば、しかし、私たちは祖父が死んだ後も、こうして私が再びいつかここに来て、少なからず、お金はもちろんかかるのだが、再び、ここで、私が、と、しかし、それは祖父の望み、と、Namは、祖父の命じたことなのだし私たちは、かつてと同じようにお前の喉を同じように私が掻き切ったならば、いずれにしても、彼は絵を描き続けるのだから、間違いなく、お前の体そのものは思い出すだろう、私たちは絵を描かせるようにしているし、その苦痛を、お前の体は、再び、今では売却された少しばかりのお金で、その思い出された記憶とともに再び自分の血にまみれながら、彼は自分の食費くらいは出せるようになったのは、と彼は言い、何を語り始めるのか?その時に、祖父のおかげと言っていい。お前は?今、この時に、あなたは画家ですか?と彼が言うのをNamはこぼれるような笑顔とともに伝え、私も首を振った。彼は絵が好きなんだ、とNamは彼らに言ったに違いない。日本人だから。ややあって、通りすがりに老婆の手をとって握手をしてやり乍ら、私たちは3階の仏間とアトリエと彼の住居を兼ねた部屋に行き、本当に、どれも同じ絵ばかりだよ、と彼らはNamに言った。開け放たれた道路沿いの窓から入り込む風がカーテンを揺らし、流しっぱなしの念仏の音声はひくく響きつづけるが、そこにあったのは、天井の高いベトナム風の建築の両方の壁中を埋め尽くした、あの、絵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

すべての海に雪が降っていた。同じように、すべての絵は純白で、同じ絵など一枚もない。すべての絵が、全く、差異している。私は息を飲む。最早何ものによっても統御不能なそれらの、そして、何も聞こえはしない沈黙だけがそれぞれの差異だけを晒して、そこを支配する。いかなる類似さえない。個性を見いだす余地もない。私は想起する、揮、綺、畿、という同音の日本語漢字の羅列はそれ自体としては意味を持たない。それらが同じ音を表音し得るという以外何ら無意味は線形の羅列にすぎないにも拘らず、それらが表意文字である限りにおいて、私たちはそれらの意味上の差異を指摘し得る。だが、日本語としてはそれらはその単独に於いて無意味な線形にすぎないのだから、その意味に差異の根拠を求めることはできない。起源としての中国漢字にその根拠を求めたとしても、現実的にいまや全く別のものなのだから、目の前にあるその意味上の差異を正当化することはできない。にも拘らず、揮、綺、畿、はそれぞれに全く差異していることを、私たちは知っている。私はそれらの群れを見つめているのだった。視線を縦にずらしても、横にずらしても、楊、曜、耀、この、無言の明らかな単なる差異が目を覆いつくし、膨大なこれらの集積が、もはや、何の絵であるのかさえこの目に捉えきれないまま、私には、息を飲み、立ちつくす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夥しい白のグラデーション、色彩さえ、単なる差異としてしか視線に触れ得ないこれら。崩壊しえるのだろうか?この世界が崩壊するあの時に、これらも?You know?Thôは不意に身をかがめ、言ったものだった、私の手をかるく叩き乍ら、誰かの別の命日のパーティで、You know ? 私は、 yêu nhỏ ? 思い出す、ゆう、…にょう?彼はもしも猫が、と言ったIf… cát hằng màu 猫[cat]がねずみを hant したとき、彼は、いふかっはんまう…色づいた[màu]月の女神[hằng]を切断[cát]する。it’s not giữ ỳ thểそれは犯罪[Guilty]ではない、と、彼は意識[ỳ thể]を保管[giữ ]する。yêu nhỏ ? [小さく愛します]彼はゆう、…にょう?自らの顎を指先で叩くが、そのこぶしは空手家のそれのように潰れていて、 it’s giật ã lửa chếtそれはただのランチだ死の炎を引く。わかりますか?と彼は言い、私は、そして、số  かれはso…数[sốええっと。彼は言った、 phát ý giữ ý thể 意識を保管した仏。何が犯罪ですか?[what is guilty/what a guilty if, と彼は言った、私はあなたを殺します、と、それは私が生きるためです、彼は言い、あなたは今ピストルを持っています、彼は、もしも、ですから、私はあなたを殺しました、yêu nhỏ ? 彼は言った、ゆう、…にょう?それは犯罪ではありません。Số… so… 数、意識を保管した仏何が犯罪ですか?殺人とは犯罪であるとするならば、いまだかつて誰も、誰をも殺し得たことなどないと言うことになる、唯の一度さえも、猫の狩りが犯罪ではありえないように、それは論理的に不可能なのだ、と彼は言った。頭上から不意にばら撒かれた爆弾の群れでさえも、Few horn ? わかったか?hiểu không ? わずかばかりのラッパ。笑い乍ら同意すればいいのか、むしろ深刻に頷けばいいのか、結局のところはかりあぐねた私は、しかし、ややあって、すぐさま乾杯の音頭がわたしたちを包む。Thôは何事もなかったように曾孫の頭を撫ぜ、誰かがつけた煙草の煙が空間に二本たつ。事実、まだ何事もない。仏間の階段に座っている私に、不意にHồ Bánh mì[パン]をちぎって差し出すのだった。わたしは微笑んで、Ăn chưa ? まだ食べていないんだろう?というHồ の手から、それを受け取る。Hồ の頬の隅についていた、乾いた白いペンキをそっとはがそうとして手を伸ばす私を、Hồ はそのまま受け入れていた。庭の隅の日陰に呼び集められた楽員が咥え煙草のままエレキギターとキーボードで追悼の音楽を弾くが、ブルース・スケールを中国音階で壊したような、どこが始まりでどこが終わりなのかわからない長い旋律線が、流しっぱなしの念仏と混濁して耳の低いところに響く。人々の群れの中に、私は義父の姿を見つける。Thanh タンというこの丸っこい体躯の大柄な男は、いつものようにまるで演説をしているような口調で、くだらない雑談に耽り込む。あれもまた、誰かの命日のパーティだった。私が同じように、Hồに差し出したBánh mìを彼が撥ねつけたのは。昼間から酒宴は始まり、いくつもの、いつもの顔がいつものようにビールを開ける。私はわざと酔った振りをし、たった一人の外国人らしい善良な笑みを作り乍ら、一度席をはずす。Thanhの立てた演説調の笑い声に目を逸らし、奥のトイレの前で、Say chưaおばに酔っ払いました差し出されたBánh mìを私は隅で外を眺めていたHồに、半分ちぎって差し出したが、彼はわずかに眉を動かした後、見向きもせずに撥ねつけて、庭の奥に走っていく。おばが甲高い声で叱り付け、奥で鶏の鳴き声と羽撃きが一気に立つ。フェンスの破れた隙間から走り出て行ったに違いなかったが、Thô  の家の入り口の向こうに数台のバイクが止まって、明らかに彼への追悼には無縁の十四、五歳から二十歳前後のまちまちな少年たちがクラクションを、そしてHo!Hồを呼ぶ。Em đi. 行くよ、と私に笑いかけ、その集団のほうに走っていくのを、私は見つめたが、Thànhの演説調の笑い声が未だ聞こえ続けているにも拘らず、そして、痩せた、華奢な、むしろ女性的なそのHồ身体はしずかに、しなやかに、ココナッツの木立の下を通り抜け、木漏れ日の斑な光と影の中に明滅する。いつものように少年たちの数人がバイクを叩き、尻を後ろにずらせば、どれを選ぶかはHồの権限だった。それが自分のものであるかのように、一台の前の座席にまたがってエンジンを吹かすと、Hồの為のヘルメットが廻され、後ろにまたがっている左腕に刺青を這わせた色白な少年は、いつくしむようにHồに被せてやる。笑い声がたち、間歇的な話し声の連なりの後、バイクの群れは走り出すのだが、私が日本から持ってきた三本の竹笛を交互に手にして、吹いてみろ、とHồは無言のままに言った。まだ、彼が少年らしいあどけなさをあからさまに残していた頃だ。昼寝をしていた私の部屋に忍び込み、ベッドのふちに腰掛けたHồの手から龍笛を抜き出して、吹けば、それほど広くない空間の中で、のた打ち回るように響きあう。罅割れ、明らかに、空間が狭すぎるのだった。心の中だけで舌打してすぐに口を離し、私が彼に笛を差し出すと、手のひらの中で遊ばせた後で、息を吹き込んでみるが、もちろん、鳴りはしない。管はHồが吹き込んだ息音だけをその中に反響させ、Hồは私に返し乍ら、駄目だよ、と無言の中に手を振った。甲高い彼の笑い声が、彼が今笑っていることを私に伝える。Hồの美しい顔は表情豊かな曲線のゆえに、どんな表情を今しているのか察しさせにくい。とても美しく、気弱で高貴な女性のように美しい、複雑な顔。泣きじゃくっているときのある一瞬に微笑んだような、Thồなんか、と、くだらない奴だよ、Bínhは言ったのだった。いつだったか、週末の飲み会のどれかで、めずらしく赤らんだ顔で私に微笑みかけ、スマホ画面に、スライドさせる画像データの中からThồと私が並んだ画像を見つけ出した後、彼らが中国人たちを語るときによく見せる、侮蔑の上に差別を混ぜて見下しきった後に見下しぬいたような顔をして、He hate him. Namは屈託のない笑顔で笑い乍ら言うが、Bínhは私の手を叩き、気をつけろ、と彼は耳元に言う。Take care to your family. 彼が珍しく使う英単語の羅列になぜか笑い出してしまい乍ら、お前の家族に気をつけるのか、お前の家族を気をつけるのかわからないまま、私はNo problemと言った。NamBínhの手を叩き、囃し立てるように、そして、Thôの妻はふたたび泣き叫ぶ。間歇的に、彼女は、今日、これから何度この発作を繰り返すのか?Thôは裕福な男ではなかった。広大な敷地の上に三棟建ての屋敷を構え乍ら、彼自身はむしろ、貧しくはない程度の金銭しか持たなかった。多くのものがThôに媚び、Bínhは言った、本当だよ、と、諂い、Sure. そして多くのものが彼を重罪者のように扱った。多くの子どもを作り、何人かの子どもとの関係は悪化し、何人かの子どもとの関係はとりあえず彼をあしざまにしはしない程度ではある。いずれにしても、町のこの区画はThôのファミリーたちが密集している区画だった。Thôは歩けば誰かとすれ違った。すべての人間は彼を知っていて、彼はすべての人間を知っていた。時にさまよいこむ韓国からの観光客以外をは。 Thôは、とBínhは言った、いわゆる「南ベトナム」の末端の将校にすぎなかったが、「北ベトナム」の捕虜になったとき、片っ端から情報を漏らした。北側の領土に住んでいた彼の当時の女に会いに行った帰りに一時拘束されたにすぎないが、Thôはうまく立ち回ったのだった。Thôはサイゴンに帰り、そ知らぬふりでひとしきり彼らの戦争に勤務し乍ら、相変わらずハノイに情報を流し続けた。サイゴンのほうに対してどうだったのかは、わからない。最も穢い裏切り者だとも言えた。あなたは息子だ、とThôは言った。朝早くのカフェで、you are my son, Thôは、yêu ã mai sáng 必ずしも必要としているわけではない杖を壁に立てかけ、ホイアン市に3度目に行った時、それはNamに誘われた週末の小旅行だったが、ホイアンは初めてか?Namが振り向きざま、私に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはバイクの後ろで、3回目だと言い、声を立てて笑うのだが、旧同潤会アパートに似ていなくもない古い建物が並び、それらの中にはかつての青山のそれのように新しいショップが入っている。30%の白人と、40%の中国人と、30%の韓国人が、旅行者として街を埋め尽くす。なぜか黒人を見たことがない。街の中で現地の人間が頻繁にバイクのクラクションを鳴らし、ざわめきあった声の群れがうずまいて、私はNamにひかれるままにの友人の家を訪ねるが、彼は小柄で、日に灼け、右の眉に傷がある。彼らは肩を抱き合いながら歓待し、歓待され、そこはカフェとジュースを売っている。Tínティンという名だった。昼下がりの陽光が街に差す。Namは煙草に火をつけ、私に廻し、ビールが抜かれるときには、目の前の、外国人旅行者用のこ洒落たカフェに白人の太った若くはない夫婦が座っていて、多くの白人たちはここで、とてもエレガントな眼差しのうちに現地の野生の猿の生態をに眺めて楽しみもする。他文化に対するリスペクトを常に表現して見せ乍ら、現地の猿たちのあわただしい動きと喚声に一瞥をくれ、それらは檻の中の虐待された野生動物たちを眺める動物愛護団体のボランティアたちのように。中国人と韓国人たちはいまだ彼らの差別主義にエレガントさを致命的に欠いた後進国にすぎず、わずかばかりの日本人たちは、いつでも、どこでも、自らの周囲1メートル四方を日本にして仕舞い乍ら、檻つきの猿のように小刻みな歩調で街を歩いていく。そして、ベトナム人たちは外国人のそれぞれの流儀にいちいち付き合っている暇はない。Namは、私にTínを紹介しながら、大学のとき一緒だったんだ、と言った。Namは山間部に発電プラントを作り、Tínは都市の電線を整備している。ラオスに近い山の上の現場から、朝、ダナン市に帰ってきたばかりのNamは、かつて、若い頃、ロシアに留学していた。ソヴィエト政府が崩壊して、少し経った頃だ。Long time no see... と、唐突に言われ、そして、肩を叩かれて振り向くと、Thổトーが微笑んでいた。Thôの孫の一人だった。シンガポールに留学した経験もあるこのThổという男が、今、この家の経済を支えていた。祭壇作りはまだ終わっていないし、今日中に終わるのかどうかさえわからない。組み上げられ、誰かが文句を言い、解体され、ばらされ、組みなおされて、TínNamは言った、日本人だよ、彼は。そして、これは彼がわたしを誰かに紹介するときのいつものやり方だったが、今まで出会った多くの人間たちがそうだったように、アジノモト、ホンダ、スズキ、と日本企業の名前を笑い乍らTínは連呼してみせ、笑って、私はDạ… Dạ… あなたは父に会いましたか?とThổは言い、会ったには違いない。は不意に、Chưa. と言った。まだです。こっちへ、と手招きされるまま、Thôの折り曲げられた手首に窓越しの陽光が反射する。三十過ぎの、年齢よりも落ち着いたこの男に、悲しいですね。ええ、悲しいです。Thổのよく教育された英語音声は教材テープのように美しい。それが英語だと意識できないほどに。ややあって、奥から、痩せてか弱げな老人に手を引かれて僧侶が出て来た時、Namたちは立ち上がって彼を歓待する。菜食日のある国だった。何をするわけでもなく茶飲みに立ち寄ったにすぎないとしても、彼らにとって、僧侶は僧侶だった。私も彼らに倣うが、くすんだ淡いオレンジの僧侶服に身を包んだ彼は、縁なしの眼鏡越しに私たちに笑いかけ、Namは又、やがて彼はわたしに言われてそれをきっぱりとやめてしまうのだが、彼は日本人だと言い出すに違いない。再び仏間の奥に行き、淡い日差しの中でThôの妻はいじけたように白い喪服のふちを撫ぜて平らにしようとし乍ら、You are welcome. と言ったのだろう、何かベトナム語の音声の塊が彼の口から発せられて、私は僧侶の手をとる。Thôの顔は相変わらず何かに驚いたように口を開け、そして、この口に鼻を押し付けたなら彼の体内の死臭は漂ってくるのだろうか?僧侶の肩越しに、隣の画廊が目に入る。ホイアン、この、洋服、アオヤイ、小物、絵、あらゆる売却し得る商品を歴史的な建築にぶち込んだ小さな観光都市。私の父は言いました、とThổは言った。あなたは友人だと。何故、彼は死んだのですか?と下手な英語で私が言うのを彼は聞く。私は低い花壇をまたいで壁中、四段にわたって飾られ尽くした絵の群れの中に、一枚だけ、あの、サイゴンの、海に降る雪の絵があるのを見つけた。Thổは首を横に振り、I don’t know,but…口ごもり、言葉を捜すが、彼が、英単語を探しているわけではないことは、すぐにわかる。サイゴンで、あの、サイゴン、現存政府の象徴的な人物の名を冠された、にも拘らず、誰もがサイゴンと呼ぶ都市。わたしたちは知らない、Thổは言う、誰がいつどのように死ぬのか。何故死ぬのか。しかし、嘗て、南ベトナムの首都で、歴史的なあの日に陥落し、いまや存在しないはずの都市、サイゴン。私たちは唯、彼が死んでしまったことだけを知っています。ならば、人々がサイゴンと呼ぶサイゴンはいったいどこにあるのか?サイゴンとは、どこなのか?私は微笑み乍ら、Thổの肩にやさしく触れ、この、これ見よがしなほどに紳士的で教育された男が、サイゴンの、その中心に立ち乍ら、そして、サイゴンの路面に触れながら、しかし、ここにはサイゴンなど最早存在してはいない。親密に、やさしく、私を抱きしめるのにまかせる。その絵はサイゴンのそれとは完全に違う表情を持っていた。それを明確に言うことができない、明確な意志によって描き分けられているとはいえない、同じタッチ、同じ技法、同じ主題、しかし、それは明らかにサイゴンのそれとは違っている。ややあって、Namが背後から、気に入ったのか?と言い、わたしは笑いかける。画廊の番をしている少女に何かが話しかけられ、奥から出てきた五十代の、ベトナムではめずらしい長髪の男性がややあって、短いやり取りの後、持って来た古い新聞の切抜きに、私は彼を知っている。サイゴンのスマホで見たのと同じ顔だった。崩れた顔が、紙に印刷された白黒写真の中で、より凄惨な印象を与える。損壊され、破壊され、惨めに曝された顔。Namがわたしに言った。彼はダナン市に住んでいるらしい。すぐ近くだ。彼はバイクのハンドルを廻す手つきをして、行ってみるか?私は言った。行ってみよう。いつ?そう、来週の週末に?画廊の主人は私に画家のアドレスを書いたメモを渡し、彼は画家なのか?とNamに言ったに違いない。Không... Namは言い、彼は好きなんだ、絵が。そうか。だって彼は日本人だから、と彼は言っているの違いない。やはり、雪が降っている。海に。白く、雪が降っていた。波が半ば凍りつきかけたように、静かに、さざ波しかたててはいない。むしろ、しずか過ぎる雪の中で、色彩さえ失いかけ、本来の青さも、あのべたつく潮の気も、それらを持ち得ていた記憶をかすかに暗示させたにすぎない。痕跡として。かろうじてそれは海であることを識別させる空間に雪が降っている。それ以外には何もなかった。いずれにせよ、裏切り者と呼ばれ、事実に於いてそうであり、功労者と呼ばれ、事実そうであったThô[粗]あるいはThơ[詩]と言う名の一人の老人が、ほとんど金を残すこともなく、ただ、広がった敷地の隅の小さな平屋の中で死んだことを、眼差しの内に何度目かに確認する。不意に雲がちになったかと思うと、水という水をすべてぶちまけたような豪雨に包まれ、南部の雨期のような雨が降る。屋根のトタンを打ち付けるそれが立てた轟音に包まれて、Xấu !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひどい!その背後の女声を聞く。ココナッツの葉々の雨の中の激しい上下は、そして木立がざわつく。屋外のあらゆる場所で立てられた音が、ばらばらの塊のまま耳の中に木魂し、私は音響そのものを持て余してトイレに立つ。Thôが書いたものなのかもしれない発音記号つきのアルファベットの書の前を通り過ぎ、私は一度顔を洗って鏡に映す。蛇口から水滴が撥ね、排水溝に水流は音を立てて流れ込み、やわらかい白い日差しは水の上を這うが、片時たりとも崩れ続けてやまない。私は美しい。おいさらばえたものの。鏡の中のそれが証明していた。私は、私の泣きながら微笑んだような顔を濡らした水滴をそでで拭う。気候のため水が少し生暖かい。不意に鍵の壊れたドアが開き、顔を上げた一瞬、その女と目が合った。もう若くはないその女は丸い鼻を一度、驚いて豚のように鳴らし、その見開かれた黒目が私を見つめ、逸らそうともしないままに彼女が早口に何か言い訳するが、私に聞き取れないことは本人もすでに知っている。ややあって(ひと)語散(ごち)乍ら、困りはてた笑みとともにようやくドアを閉め、私は水を止めた。サイゴンでよく出会った雨期の雨に似ている。それは、不意に、世界のすべてを洗い流さずにはおかないような豪雨を叩き付ける。いまだ、都市整備が都市の規模に追い付いていないそこは、その度に路面中に波紋にまみれた泥水を氾濫させるが、ドアを開ければ、彼女がどんな風にしているのか、私にはわかっている。そのとおりに、ドアのすぐ横に崩れるように座り込んで、すがりつくように床に手をつき、彼女は荒く、小さく、息を吐く。瞳孔を開ききらせたままに、発情期の雄犬のように、その昏い瞳で私を見上げたまま、視線を外すことさえできない。今、この瞬間には、立って、まともに歩くことすらできないはずだった。私は美しい。私はそれを知っている。雨上がりの路面を踏み乍ら、家に帰る。

 

ぶちまけるだけぶちまけて、空っぽに成った空が見事に晴れ上がり、流れ残った水滴の群れを煌かせ、それは妻の母の家だった。狭くはない、奥まった敷地に入る路地を抜け、白い家屋の影をくぐる。妻を呼ぶが、気配さえない。家屋の中に、誰の気配もなく、寝室の中には誰もいない。まだ9時にもなってはいない。私は知らない。Thôは眠っている。Thô は目を覚ます。三十歳になったばかりの彼はLanhランを思い出す。Lanh は必ずしも美しいわけではない。だが、彼は彼の女の一人なのだから、彼はあの女に会いに行かなければならない。寝息を立てまま、Thôは身を曲げ、窓越しの浅い日差しが彼の足元を差した。Lanh はやがて韓国兵だったか何だったかに射殺されてしまったが、LanhThôを待っている。 Lanh と待ち合わせた川沿いの橋の袂に向かって自転車をこぐ。反乱と呼ぶべきなのか、革命と呼ぶべきなのか、独立戦争と呼ぶべきなのか、統一戦争と呼ぶべきなのか、長い殺し合いが起こっているさなかには違いないが、蝶さえ舞う農道を通り抜け、不意に現れた軍服の男にThôは舌打ちして、サイゴンの将校だといえば正にそうなのだが、すべての軍人が今この瞬間に戦争をしていることなどありえない。すさんだ目つきでThô を犯罪者のように詰問する彼らに彼は、不意に、人違いだ、とThôは言った。誰かが密告したに違いない。何のために?女たちの狂った嫉妬のせいかもしれず、Lanhの周りの男たちがThôを売ったのかもしれない。誰もが誰かに協力し、誰もがそれ自身の必然性と倫理をた易く獲得し、誰かもが何かを望んでいる。誰も信用してはならない。ハノイに行ったきり帰ってこない旦那の留守の間に自分になびいてきたLanhをも含めて。誰がなぜ密告したのか知らないが、彼がサイゴンの将校であることは事実だった。アメリカが手を引いてしまった後、暇つぶしのように彼は書を書いたものだった。Thôの拘束を察知したLanhはどこかへ逃げて仕舞った。母猫が子猫を残して逃げ去るように。彼女は知っている。子猫ばかりが生き残ったとしてもそれは死期の遅延に過ぎないが、自分が生き残りさえすれば、いくらでも子猫など生産し得る。その決断は、この意味に於いては否定しようもなく正しい、と、Thôは思ったものだ、例えば、日陰で涼み乍ら、敷地をゆっくりと横断するいつのまにか住み着いた猫を眺めながら。書を書くまにまに。私は妻を探すのを諦め、外に出ると、やや、かすかに湿気を帯びた雨上がりの大気が押し寄せてきた。Hồはずぶ濡れになったに違いない。或いは、気の利く彼の従者たちが彼に合羽を差し出しただろうか?ベトナム人たちが必ずバイクのシートの下に保管しているそれを、たとえ一着しかなく、自分がずぶ濡れにならなければならないとしても、びしゃびしゃと、雨期のサイゴンのあの懐かしくすらある雨のように降りしきった突然の雨の中、庁舎に連れて行かれたThô は、例えば沈黙、例えば闘争、いくつかの選択肢があるには違いないが、まるで俺は今、犯罪者のようだ。しかし、たしかに、彼はすぐさま彼らにとっては。話し出す。彼らに、自分の知っているありったけを。口を割らされたのではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lanh は今、目の前で笑っていた。冗談めかして唐突にLong time no see you... と彼女に笑いかけたために、振り返って、Thô の死を疑っていなかったLanh は彼が解放されて不意に現れたときに、そしてThô を訝るように見るベトミン兵たちにあの時、自分が今言っていることビルはすべて本当だと悟らせるためだけに、Long time no see you.  彼は言った、文法的に、とThô は思ったものだった、何故、何の前置詞もそこにはないのだろう?本当だ、とThôは、文法的に間違っているのではないか?あなたたちは信じなければ為らない。なぜ、まだ生きてるの?罵るように叫んでLanhは、私はベトミンの支持者だ。わめき散らすようにベトミン兵たちに叫ぶが、けれど、米兵たちがみんなこれを言うのだから、いいいか?、友よ、文法的に正しいと言わざるを得ない。いいか?南ベトナムで生活するすべての者がサイゴンを支持しているとは限らない。にも拘らず、Bạn bè友よ、サイゴンに、

…あなた、生きてたの?

サイゴン政府は、なんで?黄色いチンパンジーどもめ。何をしたの?存在しているのだ。彼らに。AK銃を振り回す気の狂ったサルども、皆殺しにしたの?政府が行う戦争と、私が彼ら全部を?行う戦争とは卑怯なあなたごときが?…違う。逃げてばかりの何故だろう?とThôは思った。ならば、政府とは何か?ベトナムはそこにある。なぜならベトナム人というカテゴリーが存在するから。だが、政府もそこにあり、それとこれとはどこかで食い違っている。食い違っていないならば、なぜ、ベトナムで戦争など起こり得るのか?そんなことはどうでもいい、と思い、Thôは筆をおき、政府が気に食わなければ出来上がった書を眺めたのだが、放棄してしまえ昔ダラット[Đà Lạt]で見たそんなもの。あの老人の美しい書とは比べようもないそれは、どこが、どう違うのか、いまだにThôにはわからなかった。いくつもの戦争が私のそれを含め、と、いつも、どこかで行われている、Thô は思い、いくつもの政府といくつものベトナム人たちによって。Thô は放免される。ベトミン兵士たちは彼を信じたし、握手さえし乍ら、Long time no see you. 拘束はわずか3日間に過ぎなかったとしてもLanhは、そしてすべての者が君を生かしてやまないと言った君は、ならば、何がお前を殺してしまったのか?たとえ老いさらばえた丸太あるいは猩猩の自然死に過ぎなかったとしても、何がお前を殺したのか?その何かは、「すべてのもの」に含まれないとでも言うつもりなのか?雨後の湿気の中で、私は私の体から立ち上る芳香に半ば窒息しそうになり乍ら、クラクションの音がした。振り向くと、Hồが小路の木立の影に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人、濡れた街路樹の群れの葉々がこまかい光の粒を乱反射させるにまかせ、Hồは奇妙な、化け物の面をつけていた。笑っているのだ、と思った。その木彫りの面の下で。どこかで手に入れた、或いは従者の誰かが戯れに差し出したかも知れない、ゆがんだ、過剰なデフォルメの林邑風の古い化け物面を、もちろん、Hồの表情はわたしにはわからない。それを取ったところで、私には、或いは誰にも、彼はいつも、表情豊かな、表情を伝えきれない美しい顔をしている。私は微笑み乍ら彼に歩み寄る。彼はゆっくりと背を向け、時々、わたしを振り向き見乍ら先導する。露店のカフェや、通り過ぎるバイクが時に彼を見咎めるが、何と言うこともない。角を曲がり、晴れ上がった空が太陽光をそのまま直射する。町を濡らした水滴はすぐに干上がるはずだった。再開発地の更地のフェンスの前に止めてあった2台のバイクの前でHồ は立ち止まり、Thổ は彼のバイクに横すわりに座ったままだった。私は彼に何か声をかけようとするが、Thổ は一切、私になど目もくれない。縋りつくような無言で、なじるような女々しい表情を晒し、これ見よがしにThổ は唯、Hồ を見つめる。Hồ がどけろ、と手で合図すると、諦めきれないように、ふらふらと私にバイクのキーを渡し、私の肩をやさしくたたき乍ら一瞥をくれたその目には、激しい憎悪が塊りになって、それは明らかに嫉妬に他ならない。今、Thổ は私を殺して殺しきって殺しぬいたとしても飽き足らないだろう。立ち去ろうとして立ち去り得ないまま、唯そこに立ち尽くしているThổ を置き去りにして、Hồ はバイクを走らせる。Thổのバイクにまたがって、私はそれを追う。戯れるような、のんびりとしたスピードで、ヘルメットもかぶらないHồの耳には木彫りの面越しの風の騒音が、いっぱいに騒ぎたち木魂しているに違いない。開発途中の荒れた更地をいくつか通り過ぎ、道に迷ったように時にハンドルを切りあぐね乍ら進む。まだ正午には遠い、しかし急速に朝の気配を喪失し始めた空間の光が、力強い太陽光を湛え乍らあらゆるものを描き出す。瞬きする隙すらない。私の記憶の中で、断片的に、しかし、私はこの道を知っている。遠くに、揺らめく光を湛えた海を右手に、その海沿いの道をやがて折り曲がり、ややあってありふれた街路樹の、あの画家の家の前の通りでHồはバイクを止める。交通の全く途絶えた通りを横切り、Hồはその家に入って行った。まるで自分の家のように。彼はいつでもそうだ、と私は思い出したものだった、いつも、自分の家を持たないHồ は、いつでも。誰の家にでも、そこが自分の家であるかのように。その屋内がさまざまな記憶を喚起しようとし、明確な記憶など何も呼び覚まさないままに、それらは、そして、屋内には誰もいない。かつて人がいたことさえないかのように、しかし、皿や、テーブルや投げ出されたままのリモコンや、丁寧にカバーを掛けられたラップ・トップが、生活の痕跡を明確に示唆し乍らも、Hồ は階段をのぼり、私は後に続く。不意に、どうしようもない悲しみのような感情が、あいまいに、私の皮膚の下の神経をうずかせる。血管の中を氷で撫ぜたように、あの仏間で画家は死んでいた。あの時のように、この、通り沿いの窓の開け放たれた空間を風が時に乱し乍ら、画家は床の上で、そして画家は床の真ん中で、左腕を奇妙にへし折り乍ら、そして彼はうつぶせで、広げられた大股の、画家のその死体は周囲に血を撒き散らして死んでいる。気の抜けた既視感にさえ捉われ乍ら私は、Hồがその木彫りの面越しに私を見ていることを知っている。ナイフなのか、包丁なのか、いずれにせよ刃物で何度も刺されたに違いないその死体は、半ば血を凝固させつつ、生の痕跡さえ喪失した完璧な静寂の中で、あらゆる動きを失っている。お前が?と私は思う。死体の傍らにひざまづいたままHồを見上げ、無言のうちに、君が? Hồ は何も答えず、私は彼が私を見てすらいないことを知っている。なぜ?私は思う。そして、なぜ、こんなことになってしまったのか?こんな朝に。私が、Hồの面に指先で触れるのをHồ は拒もうともしない。むしろ、私はHồ の顔に触れようとしたのかもしれない。遮った窓越しの日陰の穏やかな陽光の中で、i-podから流しっぱなしにされた念仏は、相変わらず何を言っているのかわからない。音楽的で、しかも何の旋律性も感じさせない、絶え間のない呟きの音声が連なり、私がHồの面をはずすと、陽光に斜めに差され乍ら、Hồの顔は真っ白なペンキで塗りたくられていた。この、表情豊かな何も語らない顔を塗りつぶし、沈黙させようとするかのように、何故?と私は思い、Hồ は何も答えず、私は、Hồがしずかに涙を流しているのを見る。むしろ、激しく泣きじゃくってさえいるのだが、その涙さえも何か語るべき表情を持たず、この美しい表情を間歇的に引きつらせ乍ら、ただ、それは流れ落ちる。

 

 

 

 

 


蘭陵王

蘭陵王

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、Hồがしずかに涙を流しているのを見る。むしろ、激しく泣きじゃくってさえいるのだが、その涙さえも何か語るべき表情を持たず、この美しい表情を間歇的に引きつらせ乍ら、ただ、それは流れ落ちる。私は思い出す。一年ほど前の昼下がり、めずらしく私と妻の寝室をHồはノックした。足先で、しずかに叩いて鳴らしたのだった。妻は結婚式に行っていた。私がドアを開ければ、Hồ は自分の部屋であるかのように音もなく入ってくると、一度、小さくあくびをした後で振り向き、唐突にわたしの唇にキスし、声を立てて笑った。小さく。それが当然の行為であるかのように。天井近くに開けられた小さな通風孔の列が白んだ日差しをそそぎ、もうすぐ雨になることを暗示する。ダナン市の雨季の、お決まりの色彩と暗示。ベッドに横たわったままの私をまたぎ、Hồは私の頬に触れる。Em làm gì ?何を私はしてるの?言い、私の言葉をSao vậy ? たぶんどうしたの? Hồ は聞き取れなかった。音調言語のそれらは正確な音調をなぞられずに唯の音声となって、誰にも触れられることなく消滅して行く。不意に思いついてHồ は、小さく、短い笑い声を立て乍ら私の手を彼のそこに当てる。私は瞬き乍ら、そして短パンの中に差し込まれた私の指先は彼のそこに直接触れるものの、やわらかく薄い巻き毛の触感しか探り当てなかった。私は眉をひそめ、戸惑いを隠さないまま、ややあって、gái ? 女の子?  言う。Hồ は一度聞き取れない振りをした後で、もう一度笑い、ふたたびわたしを見つめ、trái.と言った。男の子だよ。まだ幼さを残した唇は押し当てられ、渇望にまかされるままHồ は私の衣服に手をかけ、剥ぎ取って行く。彼の息がかかり、皮膚が彼の体温を感じ取る。向こうで放し飼いにされた鶏が時にわななき、間歇的に羽音が立つ。私の身体は、あきらかな少女の身体を愛し乍ら、彼は私を愛していた。私を見つめ、Hồ はしばらくの沈黙の後で私にふたたび口付ける。あの時と同じように。私の唇を、彼の乾ききらないペンキが汚したかもしれない。かすかに。なぜ?わたしは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画家の乾いた血は最早匂いさえ伝えない。君が?なぜ?ちゃいでぃ…、と、Hồ は言った。cháy đi 火を放て?私は、…chảy đi 消してしまえ、Hồ の唇に触れようとし乍ら、一瞬、戸惑い、…Chạy đi 逃げろ、Hồ の言った意味を探り当てる。何から?私はバイクにまたがり、君からか?私はそれを、君のその美しい視線の先からか?走らせるが、君が逃がしはしないはずなのに?私は知っている、Hồは昨日の夜、顔にペンキを塗るに違いない。彼は木彫りの面を撫ぜていた。ペンキを引っ張り出してくる前に、そんなことさえまだ思いつきさえしないままに、それは骨格の太いチャンバ[林邑]風の化け物か神か仏だかの面だが、それが何の動物をモティーフにしているのか、彼はまだ知らなかった。顔に彼がペンキを塗り終わったとき彼は立ち上がり、窓越しの風に顔を晒し、ペンキが乾いていくのを皮膚に感じた。彼は知っていた、彼が聞いたことのある日本の神話の暗殺者のように、風が何かの魂を彼に植え付けるかもしれなかった。すぐ近くのドラゴン・ブリッジの周辺の、夜毎のイベントの騒音が小さくかすかに耳に入ってくるに違いなかった。彼は面をつける。Thô の部屋のドアを足先で叩く。何の遠慮もなしに無造作にドアは開いたに違いないが、鍵などかけることなどなかった。いつものように。やわらかい月の光が降り、離れた先の街灯の向こうは町の照明で朱に染まっている。Thô は不意に驚きの息を漏らしていた。唐突に現れた仮面の小さな存在に、

なぜ?

と、朱の光源の中をいくつものバイクが通り過ぎていることは知っている。その音は連なりあうままに聞こえていた。彼はややあって、その音は聞こえ続けていた。小さく笑い、奇妙なしぐさで踊って見せ乍ら、その音は聞こえ続けていたのだった。彼は声を立てて、笑ったông Thôは凍りついたように動かない。

なぜ?

Thồ は思い出したように自らの唇を指先で撫ぜ、

なぜ?

撫ぜ、押しつぶして確認するように、 Hồ はペンキが乾いたかどうか手で確かめている。風がやわらかく、決して暑くはなかった。Hồは不意に、面をはずしていた。乾ききったペンキが微かに罅割れ声を発さないまま口を広げて目を剥く。Thô の体が崩れ落ちたのに気付いたとき、すこしの衝撃が、しかし確実にThôの老いさらばえた心臓を打ち砕く。使い古され、干からびかけた心臓を。

なぜ?

ささやかな遊びに過ぎなかったはずのそれがもたらした結果を、訝しげに眺め乍らHồは結局のところ自分が何をしたのか確認しなければならなかった。自分は人を殺してしまったのだろうか?Hồは思っている。

なぜ?

猫は一度も鼠を殺したことがない。

なぜ?

例えば、と彼は思った、猫の頭を撫ぜ乍ら、彼が殺すべき人間は彼ではなかったはずだ、と彼は思った。例えば、と、誰を?例えば、彼は思った、彼は、彼を殺すべきはずだった、と彼は思った、彼は、彼の、愛の対象、なのかどうか彼自身にも未だ定かではなかったが、にもかかわらず確実に、そして愛しい彼を、あの、彼を、あんなに不安にさせたには違いないと彼が思ったはずの彼のような存在を、彼は、彼が殺すべきなのでは彼ではなく、君は殺してしまった、彼の、君が誰も殺さなかったその時に、猫がかつて一匹の鼠も殺せなかったというのならば。

夜はまだ浅い。どこかで誰かが始めた飲み会が、その彼の家の前の路面に出されたプラスティックのテーブルを囲んでまばらに繰り広げられている音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Hồ に呼び出されたAnh は、不意の僥倖に目をしばたたかせ乍らThôの家の前にいつものようにバイクを止め、Hồを待っていた。美しいHồに、Anh はまだ逆らうすべを知らない。彼がキーを半ばふんだくるようにし、Anh を置き去りにしたまま走り出すバイクを、Anh は少しの失望とともに見送るが、やがてAnhHồに加えた深刻な暴力がこの少女の身体を打ち砕いたものの、今、彼はHồに惜しみなく与えなければならなかった。残酷なまでの強姦の果てに加えられた暴力が積み木を一気に崩し果てるように生命活動を破綻させ、そのとき、そして、しかし、まだAnhは満足だった。例え奇妙な面をつけたままのHồ Anh に見向きもしなかったとしても。彼は街路樹をよじ登って3階のベランダに下りた。Hồ は面越しに彼の息が自分の耳の中に反響するのを聞く。Hồが開け放たれたままの窓から室内に入り込んだとき、彼の画家に違いない男は部屋の隅に広げたマットレスの上に横たわっていたのを、Hồ は見る。気付いていた。彼は耳を凝らさなければ聞き取れないほどの寝息を立てていた。何度も研いで使われたために、いつか起こした刃こぼれさえ鋭利に研がれた包丁を、Hồはゆっくりと彼の画家の喉もとに当てる。彼は知っている。このあたりでは有名でなくもないこの画家のことくらいは。目の前の彼は、「奇跡の画家」どころか、唯の不具者に過ぎず、彼はなぜ彼が彼のためにこんなことまでしているのか、明確な根拠の記憶さえ奪われてしまう。彼は、彼の喉もとに押し当てられたナイフに一気に力をこめると、それは彼の皮膚を大きくへこませた後、迸った鮮血から彼は身を背けた。さまざまな色彩、さまざまな形態が形作るあの無数の白のグラデーションは、今、淡い暗闇の中で唯の白い壁の残像にすぎない。この身体が、細かな、或いは間歇的に大きな痙攣を起こし続ける間、何度も彼を刺し続けるが、Anhは今、自分が何をしているのかさえ知らないんだ、と Hồは彼の焦り、追い詰められた表情を見つめながら最期の時に思ったことを、まだ知らないままに、画家の死はThô のそれに比べて明らかに鮮やかさを欠いている。そう、Hồ は思った。まだ、死ねないのだろうか?もう、死んだのだろうか?まだ、死なないのだろうか?いつ?まだ?Anhは、いつ?もう、まだ死ななかったそれがついに死にかけ乍らまだ、いつ?諦めたように、或いは、Hồ は自分のこの行為自体に飽き果てて、Khác…渇いた、と最期のときにHồが呟くのを、彼はナイフの刃を彼のまだ痙攣している衣服の柔らかいところで拭き取り、バイクに乗ると、海沿いの道の夜の風の涼しさがHồの全身を包む。私は知っている。Hồ 、とわたしは思う。Hồ ?そして私は思い出すのだった。確かに、今まで一度だってHồの泣き顔など見たことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず誰もいない私の家の中にそっと入り、シャワーを浴びる。私の家?私に所有権など何もないのだから私の家とは言えない。にも拘らず、そこで毎日生活しているのだから私の住み着いている、つまり、私と、猫と、Hồの家との関係に何も違いなどありはしない。多くの人々がそうであるように。ノズルから降り注いだ水滴がわたしの体をうち、私の体の芳香を狭い空間の中に飛び散らせ、何かが誰かのためのものであったことなどついに一度もなかった。それらは飛散する。細かな光を明滅させてやまない水の匂いに混ざって、薄く、いつもより濡れた自分の体の匂いがする。Thô は言った、すべてのものが私の生を望んだのだと。私の白く華奢な、多くの女たちが溜息とともに、潤の手ってなんでそんなに綺麗なの?女の子のより綺麗じゃ駄目なんだよ、私は自分の手を翳す。自分の手を見せ付けて、彼女は、私を讃えながら、そして私は知っている。そうやって、彼女たちは私の手を自分の手にしてしまおうとするのだ、彼女の欲望のままに。私は、手で顔を撫ぜ水滴を払い落とし乍ら、媚びるように彼女たちはあの開かれた瞳孔の、この目の群れの中で、私は確かにあの画家を殺したのだ。Hồではない。殺したのは私に他ならない。それは比喩ではない。隠喩でもない。記憶が一気に私の体の中で迸る。土砂降りの雨のように。サイゴンの雨期の?台風の中の日本の?どこでもいい。皮膚の下を氷が這い、私は血の気を失う。Bínhたちと別れた後、久しぶりにHồ か、Thô  或いはThơ或いはThố に顔を見せに立ち寄るのは、Long time no see.それだけだ。私はHồ を見つけたに違いない。白いペンキを塗りたくったHồ、絶命したThôの傍らに立ち尽くしている彼を。Hồは私を見つめたに違いない。あの泣きながら突然笑ったような眼差しで、私の視線の先に、Hồは私を見ていた。ややあって、私は立ち去り、Hồはそれを止めようともしない。彼は知っている。私は彼を裏切りなどしない。裏切るためには言葉が必要だ。辞書5ページ分の語彙しか持たない彼に自分を裏切ることなどできようはずもない。憑り付かれたようにバイクに走り乗って、私は街路樹をよじ登ったに違いない。私が画材入れの中から錆びた鋏を見つけだすのに時間はかからなかった。彼の喉もとに突き立てられたそれが、そして私の後を追うしかなかったHồはバイクにまたがったまま街路樹の下で見上げたが、彼は何を思ったのだろう?最期の時に。体の神経系はそのとき、何を認識し、何を識別したのだろう?苦痛を、彼の身体はどのように感じ、その感覚を、どのように処理したのか?ささやかな騒ぎが起こっていた。私は耳を澄ます。髪の毛をぬらしたまま外に出ると、向こうのThôの家の裏口にできた疎らな人だかりから声が立っている。間歇的に非難の喚声が、しかし、それは疎らに消えていくしかない。誰をも救えないままに世界が今自分だけのせいで終わるような表情で、血相を変えてあたふたしているThổが、私を認めると、一瞬で彼はあの陰惨な表情に変わる。彼は立ち尽くし、私を見つめ乍ら、彼は私を殺してしまうかもしれない。いつか。息を吸い込んだ次の瞬間にでも。見上げられた彼らの視線の先には三階建ての家屋のバルコニーの手すりの上に、器用に飛び乗って、あの林邑風の面をつけたままたたずんでいるHồを私は見つけた。何をしている?...Em làm gì ? 私はHồに微笑みかける。そんなところで、何を?飛び降りるつもりもなければ飛び上がる気もない。ましてや飛び立つこともない。笑うしかない。ベランダの奥で、Quần は立っている。戻って来いと言うその強制的な命令にHồは耳を貸そうともしないまま、ただ、たたずんで、何を見ているのか?その視線の先に、先のほうに視線を投げたまま、Go ! と不意に妻が私の手を引いた。後ろから、Go, it’s not your job.とがめるような眼差しで彼女は言い、くだりません、と言ったが、くだらないの語尾変化を未だ彼女には教えていない。私は為すにまかせ、It’s Quần’s  job, not yours.くだらないことに関わるな、と手を引かれて家の中に入りながら、Why? Sao việc của Quần ? はあのしいBoss なのよ彼女He is new boss of them. った確かにそうだった。Thôの私の会った事もない息子たちは何年か前に死んでいて、公式的にかどうかはともかくQuầnThôの現存する唯一の息子なのだから、そうに違いない。彼はあそこを売りさばくはずよ。だって、He will sell out there for somebody, land of them彼にはほかに家があるし、今、cos’ このあたりの土地はhe have house of his own and 高いのだから。私はnow land of Đà Nẵng Dắt. 指をはじいて、紙幣のジェスチャーをする妻のその細い指先を見る。不意に、ややあって、You know ? 彼女は言った。You had baby. 小さく、声を立てて笑い乍ら、額に細かいしわさえ寄せて。You…you go hospital ? 私は、あまりな私の言葉に一瞬笑い出しそうに為り乍ら、完璧に満ち足りた表情のまま、彼女は言った。Now, you are dady, you know? 私は指さきをのばし、そっと、その腹部にふれる。

 

 

 

 

 


沙陀調音取

 

 

 

 

 

 

沙陀調音取

 

子どもの遺影の入ったスマホの修理に出掛けたまま、なかなか帰ってこない妻を待つ。カンボジアの平原がどこまでも広がる。Phởフォーの店の主人が傍らの犬の腹を踏んづけると、長い悲鳴が立つ。熱帯の陽光の中に、更地の、にも拘らず誰も手を付けようとはしない国境近くのそこは、不意に雪が散らつく。私は瞬く。雪のような切片がいくつも視界全体に現れて、わずかばかり上昇したように見え、消えて行く。まだ早いはずだと私が思う。今日ではない。少なくとも、あと数週間は。にも拘らず、私の視界がいくつもの雪の切片を散乱させる。計算上のミスなのか、それともこういうものなのか。周囲の疎らな人々も、時に目をこすり、私が息をつく。例えば、核分裂の青白い炎が眼球の中にしか見えないように、これは見い出されただけの風景にすぎなかったには違いない。明らかに距離感を破綻させた遠い近さの、がついに触れ得ないものに手を伸ばす。本当はどんな風に見えているのか、はついに見えないまま、あるいは、しかいとはがんきゅうのげんじつそのものにほかならない、わたしはそれをあからさまにおもいだすわたしはてをのばしそのままそれはなににもふれないまままばたきわたしは今、熱帯の平原は今、雪に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.07.07-13

Seno-Lê Ma

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上は、2017年の7月に初めて書いた小説です。

原稿用紙にして90枚程度。個人的には、最も愛着のある作品でもあります。

雅楽の舞曲《蘭陵王》をモティーフにしました。

全体は、《小乱声》《陵王乱序》《蘭陵王》《沙陀調音取》の四章からなり、切れ目なく進行します。一応、雅楽《蘭陵王》一具を踏襲しています。

現代のベトナムが舞台。

あと、5年で世界が滅びてしまうことが物理学的に確定した世界が、舞台です。

ベトナム在住の日本人《わたし》が出会った人々の、ある日の朝の物語。

朝日の中で錯綜する現在・過去・未来。

謎めいた美少年は、なぜ、恐ろしい化け物の仮面をかぶったのか?

老人は、なぜ死んだのか?

雪降る海の絵を描き続けた三重苦の《奇跡の画家》を、一体、誰が殺してしまったのか?

気に入ってくれたら、嬉しいです。

Lê Ma, 2018.04.27 Đà Nẵng, Viêt Nam.

 

 

 

ところで、子どもの頃、ヒロシマで生まれて初めてフィンセント・ファン・ゴッホの絵絵を見たとき、わたしはびっくりしました。

真っ白い建物の庭に日差しがあたって、樹木の緑が茂って、猫が一瞬たちどまった、という有名な絵ですが、

画集で見ていた印象とは全然違って、ひたすら静謐とした絵でした。

よくぞここまで、と想ってしまうほど、キャンパスに根を張ったような絵の具がしっかりと芽生えながら、

まるで森の樹木が決して何も語りかけたりしないように、何も語りかけようとしない、

ただただ健康的で、生気に満ち、美しく、静謐とした絵。

その後、いろんな美術館で見たファン・ゴッホの作品はどれもそうで、

写真には入りきらない絵を描いた人だったんだな、と思いました。

《画家の絵》のモティーフは、そんなファン・ゴッホ体験がベースになっています。

2018.04.28. Seno-Lê Ma. Đà Nẵng, Viêt Nảm.

 

 


奥付


蘭陵王


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著者 : Seno Le Ma
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