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 崖の方を注目すると、養蜂家組合の男も、懐中電灯で円を描いたりしていた。かなり遠い距離だったが、ライトをつけているので、すぐに分かった。懐中電灯を小旗の代わりにするのなら、その振り方で、意味が違ってくるのではないだろうか、と柿ノ倉は考えた。たとえば、Zであったり四角であったり、あるいはバッテンや三角、縦、横といった具合に。今の時代携帯電話があるのだから、こんな原始的な方法で連絡を取り合う必要はないのだ。だからこれは単なる合図ではない。ひょっとすると誰かに見せるためにしているのではないだろうか、と柿ノ倉は考えたが、じつは以前からそう思っていたのだ。──だが、いったい誰に……。柿ノ倉はますます興味が湧いてきた。年金生活者の柿ノ倉にとって、今回の釣り船料金は決して安いものではなかったが、しかし、今後の楽しみを考えれば、むしろ安い料金だったと言えなくもない。小説の格好のネタになるではないか。人付き合いもなく、決まったところしかいかない柿ノ倉にとっては、書ける事柄は限られていた。今回の件は十分にミステリーの資格があるだろう。この素材をどう料理しようか、柿ノ倉はもう腕がむずむずしていた。
 五時過ぎ、釣り船はもとの波止場に帰着した。釣果の方は、初心者の柿ノ倉が、名も知らない小魚を数匹釣っただけに対して、青年の方はベテランだけに、そこそこの釣果があるようだった。
下船の際、船頭は一人一人に頭を下げたが、柿ノ倉と青年に対しては、それだけでなく、意味深な笑みを浮かべた。
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 軽トラを運転しながら、青年は言った。「どうも僕には解せませんね」
「解せないというのは、この私も同じだが、君の言う解せないというのは、やはりあの合図のことかね?」
「いえ、確かにそれもありますが、じつは僕はあの船頭さんを知っているのです。さっき思い出したのですが、あの人は一度、僕のイチゴハウスに来たことがあるのです。この前、養蜂家組合の人と話をしたときに、車に乗って来られたという話をしましたが、その運転手があの船頭さんだったように思います。あのときはサングラスをしていませんでしたから、すぐに気づきませんでしたが、顔の横にある傷で分かったのです。しかしそれも、養蜂家組合の人と合図を取り合っているという話を知らなければ、おそらくずっと気づかないままでいたでしょう」
「で、そのとき彼らは君のイチゴハウスに何をしに来たのかね?」

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「もちろん蜜蜂の様子を見に来たのです。でもいつもは一人で来られるわけですから、実際のところはよく分かりません。こちらも尋ねる理由もありません。で僕は彼らの様子を見ていたのですが、あの養蜂家組合の人がハウスの隅で片手をぐるっとさせると、ハウス中にいた蜜蜂が一斉にあの人の方に集まってきました。すごいもんだなあと感心していると、今度は船頭さんの方が巣箱を開けて、中の様子を確認していました。二人ともネットを被っていませんから、いつもの人が蜜蜂を自分の体に集めて、船頭さんの作業をし易くしたのでしょう。僕はハチミツを採取するのかと思いましたが、そうではありませんでした。聞いた話では、普通の養蜂業者は、遠心分離機を使ってハチミツを採取するようですが、ここはヘラでハチミツを瓶に入れます。しかし、このときは点検だけでした。イチゴハウスは三棟あるのですが、三棟とも同じようなことをして、帰っていきました」
「それはたぶん見習いだったかもしれんね」と柿ノ倉は言った。「養蜂家組合も一人だけでは何かあった場合に困るから、予備員として、教えていたのじゃないかな」
「なるほど、そうかもしれません。確かにまったく知らない人がすぐにすぐできる作業ではありませんし、第一どこに巣箱を設置しているか、実際に現場を回って確かめておく必要がありますから。それにしても、ちょっと変わった人たちですね。いえ、悪い意味ではありませんが、何となく不気味です。あんな林の中に小屋を建てて、しかも毎日のように合図をし合っているのですから」
 柿ノ倉が言った。
「その合図を私はあれからずっと研究しているんだよ。ちょうど二階の窓から海全体を見渡すことができるからね。あっ、このことは前にも言ったかな」
「ええ。そのとき僕は確か、何か分かれば教えてほしいと言いました」
 そんな話をしているうちに、軽トラは柿ノ倉の家に到着した。柿ノ倉は自分が釣った魚も青年に持って帰らせることにした。自分で料理できないわけではないが、青年に何かプレゼントしたかったのだ。もっとも青年は、それほど喜びはしなかったが、柿ノ倉の好意を受け取った。
 青年が去った後、柿ノ倉は寒くはないが手をすりながら、ほくほくした気分で玄関に向かった。
 その日の夕飯は、いつものインスタント食品ですませた。そして柿ノ倉は、すぐに二階の書斎に上がった。暮れなずむ内海をぼんやり眺めるのが、柿ノ倉の至福のときであった。実際、これがなければ柿ノ倉がこの家に住む理由はなかった。

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 ところで家族のいない柿ノ倉は、ずっと一人で暮らしてきた。だから、一人でいることには慣れている。が、ふと家族があったらなあと思わないこともない。これまでの人生で二度、結婚というチャンスが目の前にあった。しかし、柿ノ倉はいずれも自分からそれを反古にした。工場勤務で周りから比較的うるさく言われなかったこともあるが、元来孤独が好きで一人暮らしが自分の性格に合っていると昔から自覚していた。子供が欲しいと思ったこともない。ただ、せっかくこの世に生まれて来たからには、自分しかできないことをしてやろう、自分の花を咲かせてやろう、と歳を経るにつれて考えるようになった。小説を書き始めたのもそのためだ。別にプロの作家になるつもりはない。しかし、自分の頭で考えて書いた文章を誰かに読んでもらいたい。大勢の人に読んでもらいたい。そこに自分の存在価値があると思ったのだ。
 すっかり暗くなった海にライトが点滅した。柿ノ倉は思わず身を乗り出した。そのライトが円を描いたりしたことで、あの釣り船に間違いないと柿ノ倉は思った。昼間にやって、また夜間にも合図をするというのは、よっぽどのことだ。養蜂家組合の人も、まだあの崖にいるのだろうか。そのことを確かめてみたかった。しかし、一日中釣りをして心地よい疲労感があったので、とてもそれを実行する元気はなかった。別の日にチャンスはいくらでもあるだろうし。
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 柿ノ倉は、一日中家で過ごすことが多い。それでもほぼ毎日食料を買いに出かけた。それが気晴らしでもあった。海沿いの港町に、ちょっとしたデパートがあり、この食料品売り場でよく買い物をした。佃煮なんかが売っていて、柿ノ倉はそれが好物であった。他にオカズがなくても、佃煮さえあればなんとかなった。漬物の代わりでもある。
 さて、この古いデパートの屋上には、小さな観覧車があった。今は使われていないようだった。ちっぽけな観覧車なので、遠くを見渡すほどのこともないのだろう。柿ノ倉の二階の窓からの方が、よっぽど見晴らしがいい。しかし柿ノ倉は、この屋上にあるベンチで休憩するのが大のお気に入りだった。高い金網のフェンスがあり、そこから町並みや通りを行き交う人々を眺めるのが、楽しみだった。
 このデパートのある商店街の通りはアーケードになっていて、歩行者は見えなかったが、アーケードはこのデパートのところで終わっていた。先にあるフェリー乗り場に向かう道は露天だった。その通りを歩いていたのが、例の養蜂家組合の男だった。よく歩く男だ。歩くのが仕事だと言っていたが、確かにそうなのだろう。しかし、どこへ向かっているのだろう、手に何も持たずに、と思っていると、男は脇道にそれて、いったん家並みに姿を消した。しばらくするとまたずっと向こうの方で姿を現したが、何の躊躇もなく一軒の豪邸に入っていった。この豪邸は、この町の屈指の資産家の家だった。庭に松の大木があり、銘木図鑑にも載っているようだった。

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 この屋敷が、ひょっとするとあの養蜂家組合の篤志家の家かもしれない。だとすれば、男がその家をたずねたのは、しごく当然なことだ。何か用事があったのだろう。昔風のどっしりとした建物で、その裏にも現代的な建物があるようだった。養蜂家組合の男は屋敷の隅を通りその裏側の建物の方に姿を消した。柿ノ倉は、しばらくその屋敷を観察していたが、男が出てくる様子がないので、仕方なくデパートの屋上から退散して、駐車場の方に向かった。そして帰りがけに、その屋敷の前を通ろうと車に乗り込んだ。
 アーケードは歩行者専用道だから、遠回りをして柿ノ倉は、あの屋敷の前の道をゆっくり走らせた。 門のところで車を止めて、表札を見ると空穂坂とあった。ウツボザカと読むのだろうか。そういえば、養蜂家組合の男の名前を柿ノ倉は知らなかった。知らなくても別に困ることはないから聞くこともなかったし、また男の方も自分から名乗ることをしなかった。もしかするとこの屋敷はあの男のものかもしれない。仮に男の屋敷だとすれば、あの崖の小屋からここまで歩くには小一時間ほどかかる。が、健脚なら散歩程度だろう。それに地元の人間なら、近道を知っているはずだ。車で通れない細い路地を歩けば、もっと短縮するだろう。そういえばと柿ノ倉は思った。あの山の中で、散歩の途中まだ一度もあの男と出会ったことがないのだ。あれほど頻繁に散歩をしながら、遭遇しないというのは、柿ノ倉が主に車が通れる広い道を歩くのに対して、男は細い獣道のようなところを歩いているからではないだろうか。あの高台には、細い道、雑草や熊笹に縁どられた道が、いたるところから発生している。柿ノ倉はあまりそういうところに入り込まなかったが、あの男は、そういう細かい道をくまなく知っていて、もっぱらそういう道を歩いているのだろう。なぜならあの男は、この界隈を歩くことに関してはプロだからだ。
 と、後ろから車が来た。それで柿ノ倉は松の大木が偉容を誇るこの屋敷を後にして、自分のネグラに戻った。
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 例によって、柿ノ倉は二階の書斎から眼下に広がる町の明かりを眺めながら、この港町のことを詳しく知りたいと思った。昔は廓もあったほど栄えたところで、今は繊維産業が盛んだが、知っているのはその程度で、それ以上のことは知らなかった。たとえばこの町の権力者は誰なのか、そういうことを知りたかった。どこに何があるのかは地図を見れば分かることだ。それよりも興味があるのは人間の構図である。端的に言えば、空穂坂という変わった苗字は何者なのか、あれほど立派な屋敷を有しているのなら、この町の名家に違いないが、養蜂家組合の男とどうつながりがあるのか、そういったことを知りたかった。それによって、あるいはあの奇妙な組合の構造が分かるような気がした。実際、あの釣り船との交信は、どう考えてもまともなものではない。これだけ携帯電話が普及している中で、あえて懐中電灯で合図をし合うというのは、何か理由があると考えるのが妥当だろう。

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 やはりこの町のことを知るには、地元の図書館へいって郷土の資料を調べるのが一番である。どの図書館にも、たいてい郷土の資料コーナーを設けている。とくにこの町は、古くから港町として栄えた歴史があるわけだから、それ相当の資料があるはずだ。
 図書館へいって調べよう。柿ノ倉は急にわくわくしてきた。これほどわくわくしたのは、久しぶりのことだった。
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 図書館の二階の片隅がこの地方の資料コーナーになっていた。窓際に長椅子が置いてあり、そこに座って柿ノ倉は、書棚の書籍を、手当たり次第に読むことにした。またこのコーナーには、この町の航空写真も展示されていた。例の空穂坂の家を見ると何やら番号が付されていて、その番号の説明を読むと、かつての網元・空穂坂邸、と書かれていた。また、かつての網元はもう一軒あって、それは空穂坂邸とは正反対のところに位置していた。詳しく言えば町の東の外れに空穂坂の屋敷があり、西の外れの方に、もう一つの網元の屋敷があったのだ。ここもかなりの豪邸で、やはり庭に松の大木があった。この両家の松は、遠くの海からでも確認できた。一つの目印となっていたのだろう。そして、この二本の松が、まるで競い合っているかのように天に向かって伸びていたことから、柿ノ倉はこの両家がこの町の権力者で、ライバル関係にあったのではないだろうか、と推測した。因みに、もう一軒のかつての網元は、稲山田邸と書かれていた。
 後になって繊維産業が盛んとなったこの町も、それまでは漁業と海運業が主体であり、船乗りからは廓のある港町として、その名を知られていた。
 柿ノ倉は興味を増した。空穂坂、そして稲山田の名前が出てくる資料を片っ端から集めた。そうして分かったのは、柿ノ倉が先ほど推測したとおり、この両家はライバル関係にあり、昔から事あるごとに争い、些細なことで揉め事を起こしていたことだ。この町は両家を対極として、二分され町の人間はたいていどちらかに属していた。確かに内海という限られた漁場で、漁を生業とするならば、自然とそこに競争が生まれ、小さなことでも比較せざるを得ないのだろう。しかし、それは昔のことであり、今は世代も変わり、業種も違っているはずだ。かつての網元と記されているのが、その証拠である。

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