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  • アトラスの深層
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  •  小説「アトラス・シリーズ」は、おかげさまで累計閲覧数が5200を超えました。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲで分けると、Ⅰが1809、Ⅱが1824、Ⅲが1577、です(2018、1、10現在)。本書は、その「アトラス・シリーズ」についての著者解説書であります。
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第6章 デルフィの巫女


二つの「世界のヘソ」

 

 手塚治虫氏によれば、イースター島の原住民は、自分たちの島を「テ・ピト・テ・ヘヌア」と呼んだという。世界のヘソという意味であり、その名称の根拠となったのが、荒磯の片隅にあるという「ヘソ石」である。かかるヘソ石の、不可思議な形状や、質感については『イースター島は世界のヘソだ』に詳しい。


 なお『アトラス』の舞台設定は、主に、この「ヘソ石」と「天を支える巨人」「三角形の島」という要素から導き出している。


 ところで、私の知る限りにおいて、「世界のヘソ」と呼ばれる石がもう一つある。


 その石があるのは、イースター島から遠く離れた、ギリシアの中央部で、地名としては「デルポイ」とか「デルフィ」と呼ばれている。間違いなくイースター島とは連絡性がない、この遠方の地を、本書では「デルフィ」という名で、統一して扱いたい。


 このデルフィに、世界の中心を表す「ヘソ石」が置かれていた。ギリシア語で「オンパロス」と呼ばれているが、私の『アトラス』でも、この「オンパロス」という語を、そのまま用いているのは周知のとおりだ。ちなみに、オンパロスを直訳すると「ヘソ」になる。デルフィも、イースター島と同様、ギリシアの人々から「世界のヘソ」だと思われていた。


 このデルフィには、太陽神アポロンの神殿があり、そこに「ピュティア」と呼ばれる巫女が仕えていた。いわゆる「デルフィの巫女」だ。


 かつてアポロンは、ピュトンという大蛇型の化け物を倒した。そして、その亡骸の上に自分の神殿を建てたという。かかるアポロン神殿に仕える巫女の名が「ピュティア」なのは、もともと巫女たちがピュトンに仕えていたからである。つまり彼女たちの主が、ピュトンからアポロンへと変わったのだ。

 

 


デルフィの巫女

 

 このピュティア、デルフィの巫女が、「テピト・テアナの巫女」のモデルである。もっとも、デルフィの巫女は太陽神に仕えているが、チェリアたちテピト・テアナの巫女は、月の女神に仕えている。


 とはいえアポロンには、アルテミスという双子の妹がいて、双子であるということは、しばしば両者が等価であることを意味している。そしてアルテミスは月の女神。二柱の神が等価であるならば、太陽神に仕える巫女(デルフィの巫女)は、月に仕える巫女(テピト・テアナの巫女)のモデル足りうるだろう。


 ただ、このアルテミスという神名は有名すぎて、その名を出すと、そこだけが『アトラス』の中で浮き上がってしまうという懸念があった。


 そこで私は、アポロンとアルテミスよりも、一世代前の太陽神と月神を持ってきたのだが、それこそが、ヘリオス(太陽神)と、セレネ(月神)だった。どちらも、アポロンやアルテミスほどは有名ではないだろう。おかげで、彼らの名前が浮き上がってしまう事もなかった。


 いずれにせよ、ギリシアの太陽や月の神性に導かれた「デルフィの巫女」たち。そして彼女たちをモデルにして誕生した「テピト・テアナの巫女」も、とても明るい存在である。とくにチェリアには、ほとんど影がない。彼女は透明感のある言葉をもって、ひたむきに島民たちを導いている。

 

 


キンナラとデルフィー

 

 ところがだ。あの憎たらしいキンナラも、そのモデルは「デルフィの巫女」なのである。意外に思われるかもしれないが、この老婆が駆使する麻薬が「デルフィー」という名前であることは、皆さんもご存じのはずだ。そして、この「デルフィー」の名前が、「デルフィ」から由来していることは、おおよそ予想がつくことであろう。


 では、なぜデルフィの巫女から、よりにもよって、キンナラのようなキャラクターが導出されるのか。


 それはこうだ。デルフィの巫女たちは、神託を告げるにあたって、自らをトランス状態(頭がぼんやりして、夢を見ているような感覚の状態)に導く必要があった。つまり人間としての意識を空っぽにし、その空白部分に、神の意志を呼び込まなければならない。


 そのためには「無我の境地」へと自分を高めて、あくまでも自然に、霊的なインスピレーションを呼び込むべきだ。それが宗教的な筋である。さほど物語に組み込んではいないが、基本的にテピト・テアナの巫女たちは、そういう形での神託を行っていると考えてよいだろう。


 しかし「デルフィの巫女」たちは、そんなまだるっこしいことはしない。彼女たちは、ある種の化学物質を用いて、手っ取り早く、自身をトランス状態へと導くのである。


 具体的手法は「ガスの吸引」である。すなわち、デルフィの神殿の地面には割れ目があって、そこから、天然のガス(化学物質)が湧き出しているのだ。ガスの主成分はエチレンらしいが、デルフィの巫女はこれを吸い込む。エチレン・ガスは、たとえ微量であっても、これを吸い込んだ者にトランス状態を与えてくれる。


 こうしてトランス状態に陥った巫女たちは、混乱した言葉、不可解な言葉を、ほとんど譫言のように口にする。そして、この謎めいた言葉を聞いた男性神官が、そこにもっともらしい「解釈」を施す。これが神託を求める人たちへの「答え」となる訳だ。


 このようにデルフィの巫女たちが用いた「エチレン・ガス」だが、現代では麻薬として用いられている。つまり、麻薬であるエチレン・ガスによって“ラリる”わけだ。

 

 これによって、容易に「麻薬を駆使して、人々に宗教的経験を与える、魔女キンナラ」という姿が導出される。つまり、まさしくデルフィの巫女の一面は、魔女キンナラのモデル足りうる訳だ。

 

 


三本足の椅子

 

 前述したように、トランス状態を導くため、デルフィの巫女たちは地下由来のガスを吸引する。そして、本書『アトラスの深層』の表紙にも描かれているように、このとき彼女たちは、三本足の椅子の椅子に座る。掲げた絵は、ジョン・コリア作『デルポイの女性司祭』の一部だ。


 ときに、この椅子は「鼎(かなえ)」とも呼ばれるが、『四つのギリシア神話』(逸見喜一郎、他訳、岩波文庫)の訳注に「神託を下す巫女ピューティアーのすわる鼎」という文章があるので、これを椅子と解釈しても問題はないだろう。


 よって皆さんには、ジョン・コリアの絵のとおりに、三本足の椅子に座っている、デルフィの巫女の姿を思い浮かべて頂きたい。


 すると、私たちはある事に気づかされる。それは、デルフィの巫女が座る三本足の椅子を、上下逆転させると、三角形の島の各頂点から、見えない三本の柱を伸ばしている、テピト・テアナの形状にそっくりになる、ということだ。


 仮にそれを椅子として見立てると、巫女の体は、テピト・テアナの地下に隠れていることになる(足ははみ出しているが)。想像をたくましくすると、これを「テピト・テアナには、裏設定として『デルフィの巫女』が、先天的に埋め込まれている」とも解釈できるだろう。


「先天的」と言うのは、そこに私の恣意が働いている訳ではないからだ。


 イースター島が三角形をしているのは、もともとのことだし、島の各頂点に柱を立てたのは、物語の設定上どうしても必要だったからだ。それは創作段階の極めて初期に決定されたことであり、そのとき三本足の椅子のことなど、まったく念頭になかった。


 ここにも私は、不思議な運命の導きを感じる。二つの「ヘソ石」が、南海の孤島とギリシア世界を重ね合わせたのは事実だが、それ以外にも、二つの地点には「デルフィの巫女が座る椅子」という共通点があったのである。

 

 


真理の野

 

 なお、三角形という図形についての面白い文章があるので、それを紹介しておこう。

 

 三角形の内部は各世界に共通の炉であって、これは真理の野と名づけられる。この真理の野には、曾つて存在したもの、及び将来育成するであろうところの一切の事物の根源、形態、原型が不動のまま横たわっている。 

 

   相良守峯訳『ファウスト・第二部』訳注より

 

 上の文章は、もともとは、プルタルコスによるものである。そして古代ローマ人であるプルタルコスは、デルフィ神殿と、非常に強いつながりを持った人物であった。


 となれば、彼の脳裏には、きっと巫女たちが座っていた三本足の椅子(あるいは、三本足の香炉、鼎)が浮かんでいたに違いない。


 そして、プルタルコスの言葉は、テピト・テアナという「デルフィの巫女を地下に隠した、三角形の島」に対してこそ最も相応しいと言える。そこでは、永遠に変わることのない「母性の元型」が描かれているからである。ユング的に言えば、そこでは雄弁に「グレート・マザー原型」が表現されているのである。

 

 


ディオニュソスの墓

 

「ヘソ石」、すなわちオンパロスの話に戻る。デルフィにあるオンパロスは、一説によると、ぶどう酒の神であるディオニュソスの墓であるという。


 私には『ディオニュソス』という戯曲形式の作品があり、第一部「闇の神性」、第二部「二人の母」が完成。第三部「世界の墓」が草稿段階となっている。


 この「世界の墓」には、オンパロスつながりで、デルフィの巫女としてのチェリアが登場する。


 節操がないように見えるかもしれないが、こういう「個別作品の各々を、一つの世界観で包含してしまう」というのは、漫画家の松本零士氏が得意とする手法だ。松本氏にあっては『ハーロック』も『999』も『エスメラスダス』も一つの宇宙に共存している。


 私はこの手法に憧れを持っているので、実際に『アトラス』と『ディオニュソス』をつなげてみたのである。さすがに、『アトラス』におけるチェリアが、そのまま『ディオニュソス』に登場する訳ではないが、「世界の墓」に出てくるピュティア(デルフィの巫女)の名は、たしかに「チェリア」である。


 もっとも、『ディオニュソス』の配信がいつになるかは分からない。正直に言って、私はこの神に関わるのが怖いのだ。ディオニュソスは、私の神学を完成させるためには不可欠の神ではある。だが、この神に関わると、どうしても暗い気持ちになる。運気が下がって、ツキが逃げていく感じがする。


 だから、よほど余裕がある時でないと関われないが、パブーで配信するとしたら、そのときにはアダルト指定をして有料設定にするつもりだ。なるべく読者を減らし、かつ読者の「閲覧に対する自己責任」を喚起したいのだ。


 変なことを言っているように聞こえるだろうが、そうせずにはいられないほど、ディオニュソスという神は危険なのだ。作品そのものは面白いと思う(コスモス文学賞、シナリオ部門新人賞受賞)が、そこには虚無の暗い霧が漂っている。


 まあ、本書の読者にあっては、「チェリアがどこかで再登場するかもしれない」ということを、頭の片隅にでも入れておいてもらえれば幸いである。
 
 

 
 
 

 


 
 
 


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 再臨、審判、終末。「テロス第一」の直接の続編。キリストが再臨し、最後の審判を執り行い、キリスト教の終末を宣言する。

 

 

 

 

二つの王国の媒介。
イエスの王国は第六福音書によって過去のものとなった。時代は新しい王国を迎え入れなければならない。新しい王国とは「別のもの」の王国である。私はふたつの王国を媒介する。それゆえ私はインターレグナム(つなぎの王国)である。

 

 今回とりあげた二冊は、どちらも「予言の成就」についての叙述が多い本です。興味がある方は、どうぞ「再臨の」で検索してみてください。
    
 


奥付



【2018-02-14】アトラスの深層


http://p.booklog.jp/book/119753


著者 : 正道
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/seidou1717/profile


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