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頑張ったね

小さなシーズー犬サンディーが伸びをするように頭を上にのけぞらせた。ああ、とうとうその時がきたんだ、そう思って見守った。心の中でサンディーの名を繰り返したそのとき、のけぞった頭がスーっと落ちるように元の場所に戻って静止した。享年17歳一ヶ月、サンディーの命は9月28日午前1時13分に天国へ旅立った。

お散歩に行く? 後ろ足が効かなくなり思うように動けなくなった春ごろでも、サンディーにこう聞くといつも嬉しそうに尻尾が横に振れた。もう一匹のシーズー犬、ショーンを左脇に、サンディーを右脇にかかえて家から出て道に下ろしてやると、フラフラと左右にもつれるような足取りでなんとか数十メートル先に進むことができたものの、やはりすぐに疲れるらしく立ち止まってしまう。ショーンはそんなサンディーを気遣うように歩調を合わせていた。そんなことが数ヶ月間続いただろうか、進める距離がだんだん短くなりとうとうサンディーは寝たきり犬になりもう二度と自分の足で地面を蹴ることはなくなった。

サンディーが何よりも楽しみにしていた一日一回の食事、3ヶ月の赤ちゃんの時から一度も食べ残したことがなく、お鍋からお皿にご飯を移す時いつも私の足下にやってきて、ワンワンと催促にうるさいほどだった。そんなサンディーも寝たきりになってからは食べる量が減り、殆ど残してしまうようになった。小さなお皿に入れてやったご飯をお箸の端に少しずつ乗せて食べさせてやるものの、寝たままでは呑み込むにも時間がかかるようになった。三口が二口に、二口が一口になり、なくなる3日前の夜から何も食べなくなった。もうダメなんだ、骸骨のように痩せ細ったサンディーを抱いてオムツを替えて寝床に戻しながらそう思うと言いようのない淋しさで涙が止まらない。こんなに痩せても今日まで生きてくれて、良く頑張ったねと。

      



やさしさ

サンディーに弟ができたのが13年前、2ヶ月半の小さな子犬が突然家族になったのだから、サンディーも戸惑ったようだ。まだ若くていたずらっ子だったサンディーが夕ご飯の後、食べたばかりのご飯を吐くようになったことがある。嫌がりもせずショーンを迎えてくれたサンディーだったけれど、本当は皆の視線がショーンに注がれたことで淋しい思いをしたのに違いない。おとなしいサンディーが、ショーンの世話をする私のほうを上目遣いにじっと見つめていたのを思い出すと今でも胸が痛い。なんとか一週間ほどで吐くのは収まった。それからというもの、サンディーはショーンが何をしても怒ることもなくショーンの我がままし放題を許してくれるやさしいお兄ちゃん犬だった。それでも良く観察をしていると、ショーンはサンディーに兄として一目置いているようで、何をするにもサンディーを振り返り、サンディーを真似、サンディーの傍ですごしていた。サンディーと一緒にお散歩に行けなくなってからも、歩きながら何度も何度も後ろを振り向いたショーン、今でもなかなかその習慣が取れないらしく、つい振り向いてしまうようだが、サンディーはもういない。

人間の世界でも見かけるように長男のサンディーはおっとり、次男のショーンはなかなかの知恵もので多少我が強いところがある。きっとサンディーを反面教師のように見ていたのだろう。だから、鉛筆や消しゴムをかじったり、ワイシャツのボタンを取ってしまったり、サンディーがした悪戯をショーンはしたことがない。食べ方にも性格が出るもので、私がちょっと目を離した隙に、自分のご飯を早食いしたショーンがサンディーのお皿に頭を突っ込んで食べていたことがある。サンディーはというと、ゆっくりとマイペースで残っているご飯を食べている。サンディーの代わりに私がよくショーンを叱ったものだったけれど、もうその必要もない。

                                



心で

シーズー犬が私の家族になってもう34年近くが経つ。今から30年も前に日本に初めてやって来たシーズー犬、それがパフ、ニューヨークで飼い始めて4年が経ち、日本に帰国する日が近づいたある日、ケネディー空港にある貨物を預ける倉庫のようなところにパフを連れて行った。そこに一週間、日本に貨物として空輸されてから検疫のため2週間、合計3週もの長い間パフは慣れ親しんだ家から離れ、狭い檻の中で生活しなければならなかった。空港で預けるときに寝るときのタオルといつも遊んでいたおもちゃをパフと一緒に渡した。たとえ短い期間でもパフにとっては捨てられたのと同じ、小さなケージに入れられたパフの私を見る目が淋しく訴えているのに、どうしてやることもできない。キャンキャンと泣き続けるパフに背を向けて、その時はただただ涙が溢れ、今でもあんな悲しい別れは二度と嫌だ、そう思うと同時に、言葉で説明できないとき人はどうやって動物に気持ちを伝えればいいのだろう..

動物は死を理解するのだろうか。冷たくなったサンディーを箱に寝かせ、好きだったお菓子やおもちゃを入れてたくさんのお花を添えてやった。ショーンにお兄ちゃんとお別れだよ、と言っても箱の周りをウロウロしながらキョトンとするばかりだった。サンディーを動物霊園の葬儀場に連れて行くのを見上げていたショーンは、それでもいつものように階段までついてきて、僕もお兄ちゃんと一緒に連れてってとは言わなかった。もうお別れだね、と観念したように部屋でじっとしていた。きっと本能的に死を理解したのだろうと、かってに思ってみたものの、その後、何度も一階に通じる階段の縁で一人でじっとしている淋しそうなショーンを見かけたので、いつか兄が帰ってくるんじゃないか、そう思いながら待っていたのかも知れない。

                



立ち会い

夜中にサンディーが亡くなってから明け方まで殆ど眠れなかった。まだ温かいサンディーをそれまでのようにそっと抱いてやった。痩せ細って骨だらけの体はそっと触れないと痛いに違いない。亡くなる前数週間はどこかが痛かったり、痒かったりしたのだろう。ときどき消え入るような声でアンアンと泣いていた。そんなときは体の向きを変えてやったり、体をさすったり撫でたりしてみると、おとなしくなってまた寝てしまう。最後の一週間は人の気配を感じないとき淋しくて泣いていたようだ。すぐに傍で声をかけてやると安心した様子で泣き止んでいた。白内障で両目はとっくに見えなくなっていたので余計にいつも誰かの傍で安心していたかったのかも知れない。

サンディーの葬儀を近くの動物霊園に家族立ち会いでお願いした。サンディーには大きすぎるほどの真っ白の布で覆った金属製の台の上に寝かせると最後のお別れの時がきた。お花に囲まれたサンディーの顔は穏やかで、薄らと開いた目はあどけなくかわいい。赤ちゃんのとき初めて家に来て私の後をついてまわった嬉しそうな顔と変わらない。まるで今にも起きだして僕を家に連れて帰ってと言いそうな..もうこれで本当にお別れだね、サンディーにさようならを言うと、分厚い扉が閉められ荼毘に付された。

  
                                  






この本の内容は以上です。


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