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心で

シーズー犬が私の家族になってもう34年近くが経つ。今から30年も前に日本に初めてやって来たシーズー犬、それがパフ、ニューヨークで飼い始めて4年が経ち、日本に帰国する日が近づいたある日、ケネディー空港にある貨物を預ける倉庫のようなところにパフを連れて行った。そこに一週間、日本に貨物として空輸されてから検疫のため2週間、合計3週もの長い間パフは慣れ親しんだ家から離れ、狭い檻の中で生活しなければならなかった。空港で預けるときに寝るときのタオルといつも遊んでいたおもちゃをパフと一緒に渡した。たとえ短い期間でもパフにとっては捨てられたのと同じ、小さなケージに入れられたパフの私を見る目が淋しく訴えているのに、どうしてやることもできない。キャンキャンと泣き続けるパフに背を向けて、その時はただただ涙が溢れ、今でもあんな悲しい別れは二度と嫌だ、そう思うと同時に、言葉で説明できないとき人はどうやって動物に気持ちを伝えればいいのだろう..

動物は死を理解するのだろうか。冷たくなったサンディーを箱に寝かせ、好きだったお菓子やおもちゃを入れてたくさんのお花を添えてやった。ショーンにお兄ちゃんとお別れだよ、と言っても箱の周りをウロウロしながらキョトンとするばかりだった。サンディーを動物霊園の葬儀場に連れて行くのを見上げていたショーンは、それでもいつものように階段までついてきて、僕もお兄ちゃんと一緒に連れてってとは言わなかった。もうお別れだね、と観念したように部屋でじっとしていた。きっと本能的に死を理解したのだろうと、かってに思ってみたものの、その後、何度も一階に通じる階段の縁で一人でじっとしている淋しそうなショーンを見かけたので、いつか兄が帰ってくるんじゃないか、そう思いながら待っていたのかも知れない。

                



立ち会い

夜中にサンディーが亡くなってから明け方まで殆ど眠れなかった。まだ温かいサンディーをそれまでのようにそっと抱いてやった。痩せ細って骨だらけの体はそっと触れないと痛いに違いない。亡くなる前数週間はどこかが痛かったり、痒かったりしたのだろう。ときどき消え入るような声でアンアンと泣いていた。そんなときは体の向きを変えてやったり、体をさすったり撫でたりしてみると、おとなしくなってまた寝てしまう。最後の一週間は人の気配を感じないとき淋しくて泣いていたようだ。すぐに傍で声をかけてやると安心した様子で泣き止んでいた。白内障で両目はとっくに見えなくなっていたので余計にいつも誰かの傍で安心していたかったのかも知れない。

サンディーの葬儀を近くの動物霊園に家族立ち会いでお願いした。サンディーには大きすぎるほどの真っ白の布で覆った金属製の台の上に寝かせると最後のお別れの時がきた。お花に囲まれたサンディーの顔は穏やかで、薄らと開いた目はあどけなくかわいい。赤ちゃんのとき初めて家に来て私の後をついてまわった嬉しそうな顔と変わらない。まるで今にも起きだして僕を家に連れて帰ってと言いそうな..もうこれで本当にお別れだね、サンディーにさようならを言うと、分厚い扉が閉められ荼毘に付された。

  
                                  






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