目次
タイトル表紙
別辞
本著の表紙について
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本文表紙
 
prologue
 prologue - 花はどこへ行った -
Ⅰ. カヴァレリア・ルスティカーナ - 過ぎゆく時に -
 想い出ぼろぼろ
 ラーメンたべたい
 時をかける少女
 セーラー服と機関銃 - 夢の途中 -
 夜空
 私は泣いています
 黄昏のワルツ
 無言坂
 柳ヶ瀬ブルース
 さよならをするために ( 未完成 )
 おもいで酒
 ( Intermission )
 Bad City
 時は今、君の中 - 夢を紡ぐ季節 -
 期別 - あの頃の僕じゃない -
 Goodbye Day
 Stay Girl Stay Pure
 愛しき日々
 少年達よ
 抱きしめてジルバ
 陽のあたる部屋
 涙のスローモーション
 追憶
 Lonely Man
Ⅱ. 展覧会の絵 - プロムナード -
 時の過ぎゆくままに
 淋しい熱帯魚
 硝子坂
 アクアマリンのままでいて
 イミテーション・ゴールド
 勝手にしやがれ
 シンデレラ・ハネムーン ( 未完成 )
 シクラメンのかほり
 燃えろ!鬼太郎
 恋人よ
 聖母たちのララバイ
 子供たちをよろしく
 ( Intermission )
 春色のメロディー
 Rain of Dream 夢の罪
 万華鏡
 抱きしめてTONIGHT
 哀しみのStill
 サンキュー
 ごめんねカウボーイ
 追憶の瞳 - Lola -
 すみれ色の涙
 かっこつかないね
 陽炎物語 
 いくつもの夜を越えて
Ⅲ. 夢飛行 - 見せかけは九月の色 -
 カジマセヨ
 白いブランコ
 愛されてばかりいると
 永遠にマイ・ラブ
 DESIRE
epilogue
 epilogue - 風に吹かれて -
執筆記録
付録
奥付
パンとペン
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タイトル表紙


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最終更新日 : 2018-05-10 17:51:44

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別辞

 2002年2月8日に初めてホームページを作り、2010年2月末からは「清瀬 航輝」の筆名で、これまで様々な情報発信の活動をしてきました。
 
 とりわけ2011年3月11日の大震災、および福島原発事故、そして政治の問題について、このままではとの思いから、積極的な情報発信を続けてきましたが、この度、2018年2月7日をもちまして、活動を閉じる考えに至りました。
 
 私の場合、公(おおやけ)の良識を頼りに、それを信じて今日まで生きてきただけに、3.11以降の日本社会について、主に「人心の変化」という観点から、常に憂いを抱え乍ら過ごしてきました。更にここ数年は、文筆の行為そのものについて、主に精神面での支障をきたす状況が続いていました。
 
 以って、これまでの16年間に区切りをつける時期であるとの判断から、この「清瀬 航輝」の筆名を絶つことに決めました。
 
 2002年からもそうですが、2009年12月5日に最初のブログを始めてからは、とりわけ多くの方々との接点を得ましたし、それが実際、私の一連の活動における、精神的な糧となっていました。ここに深く、感謝申し上げます。
 
 今日までの16年間、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 
 
2018年2月9日
清瀬 航輝

2
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本著の表紙について

 私は過去、何冊もの電子書籍を刊行したが、本著は、その最後の作品となる。詳しくは本文で触れるが、本作のテーマは「プロテスト」である。一般的な楽曲作品を、私の言葉で「プロテストソング」に変身させる、というのがコンセプトである。

 

 そして、もうひとつ。この本がターゲットにしているのは、インターネット社会が拡大した現代における、いわゆる「匿名」の問題である。私は両親との確執から、作家名での本名の使用を避けている。つまりは理由あっての「筆名」だ。それの証拠に、おおむね身元を担保する情報は、常に意識して表に出してきた。その象徴として、私は自らの「肖像」をさらしている。おそらくはこれが、人間における身元担保の最たるものだろう。「己の姿をさらす」というのは、一種の情報公開であり、社会的所属も含め、自らの身元を提示することは、健全な社会を維持する上での、基本的な「イロハ」であると、私は考える。そして、この基本に嘯(うそぶ)いた社会は、この人の世を少しでも良くしたいと願う良心を深く傷付け、社会そのものとして混沌の闇と苦悩を抱えることになるのではないか。自由な議論には、その前提として、発言者が自らの発言に責任を持つという必要がある。そうでなければ、議論の根本的な仕組みとして不平等の温床となり、また議論の質としても、随分と歪んだものになる。以って議論が空中分解してしまい、結果として多数派と、強弁や詭弁が結論を形成する。つまりは、現在のインターネットにおける、とりわけソーシャルメディア(代表例としてツイッター)などの言論空間で、このことが実際に生じている。ここで理解してもらいたいのが、そうした議論者たちの大多数が、実は自らの身元を担保する情報を一切公開していない、つまりは「自らを隠匿している」という事実だ。私が思うに、プロテストが向き合う「真の対象(本当の相手)」とは、そうした「民主主義社会における健全な議論を淘汰させる主体」としての「自己隠匿」と「責任放棄」を旨とする個人たちではないか。これ以上の説明は省略するが、そう考えた私は、今回の自著の表紙に、まぎれもない自らの肖像を使うことにした。

 

 「花はどこへいった」の「花」とは、誰あろう「自分という存在」であり、失われたのは、私たち人間が、個人として本来的に備えているはずの主体性、それではないか。だから見せないのだ。恐怖、そして逃避により、何かにすがっているのだ。ここでわざわざ、その「何か」まで言う必要もないだろう。失った代償として、私たちは、一体「何を」手に入れたのか。その「何を」が、やがては戦争を生み出すのだ。つまりはあなたが、私を殺すのだ。「何を」に支配された、その臆病故に。

 

 今回の表紙を生み出すにあたり、矢野顕子『オーエス オーエス』、竹内まりや『リクエスト』、小椋佳『残された憧憬』の3枚のLPアルバムに加え、ヘルベルト・フォン・カラヤンの一連の音楽ソフトのジャケットデザインを参考にした。また、本の表紙においては、一般的に執筆者の肖像が描かれない、という点についても、ひとつの試みとして、そうではない一例を示してみたいと思った。

 

 なお、本書を以って、私は作家活動を、清瀬航輝として終えるつもりだが、筆名とはいえ、本名以上に、私の命の一部である名について、それを絶つのだから、表紙は「葬式用」にしたかった。37年も続けてきたプロテストの分身として。こうして綴る言の葉の墓標と同じく、ひとつの「責任」として。つまるところ、これが私の「葬礼」だ。

 

[ 2018.01.09 / 清瀬 航輝 ]


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