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バラ色の人生をあなたに

 会社の昼休み、あたしは母が作ってくれたお弁当を食べ、残りの時間は、スマホで時間を潰していた。

「よっ、何、ゲームばっかりしてんのよ」

 先輩の美和さんが、嬉しそうな表情で、あたしの前に座った。

「あっ、美和さん。お昼は、もう済みました?」
「最近はダイエット中よ。葉子は、いいなぁ。ダイエットなんて気にしなくていいし」
「そんな事ないですよ。最近、運動不足で、ヤバイと思ってるとこです」

 最近、気になっている顎下の肉を引っ張ってみせた。

「そんなの全然、大丈夫よ。これ見て」

 美和さんは、二の腕の少したるんだ肉を見せつけた。そして二人でケラケラと笑った。

「ところで、今日、仕事終わってから時間ある。ちょっと、一杯行かない」

 さっきのダイエットの話は、何だったんだろう。

「美和さん、ゴメンなさい、今日、母の誕生日で、帰りにプレゼント買いに行かないといけないんです。お茶だけなら大丈夫ですけど」
「じゃあ、アルコールは、やめとこ。終わったら、駅前のカフェでお茶だけしよっか」
「そうですね、ダイエット中ですしね」


 仕事が終わって約束通り美和さんと駅前のカフェでお茶をしていた。

「葉子、最近は、どうなの、男とか仕事とか」
「うーーん、てとこですかね。仕事は、まずまず順調かなと思いますけど、男は出会いすら無いですね。美和さん、誰かいい人いませんか」

 あたしは1年前に彼氏と別れてから、全く浮いた話しがない。

「葉子なら、すぐ見つかりそうなんだけどなぁ。残念ながら、あたしの周りには、たいした奴、いないわ」

 そう言って、お手上げのポーズをとって見せた。

「美和さんは、彼氏さんと順調なんですか。そろそろ結婚とか」
「実は、それを葉子に報告したかったの」

 美和さんはテーブルに肘をつき、少し身を乗り出した。

「えっ、結婚するんですか」
「まぁ、来年には結婚しようかなと」

 美和さんは照れながら、うつむいた。

「おめでとうございます」
「ありがと」

 美和さんは両手を顎にあて、ニッコリと笑った。

「でもねぇ、これで良かったのかなぁと思うの」
 美和さんはストローでドリンクをかき混ぜてうつ向いた。
「どうしてですか、良かったじゃないですか。羨ましいですよ」
 あたしは、ありきたりな言葉を返すしかなかった。
「結婚したら、仕事終わってから飲みに行けなくなるし、親戚との付き合いとかもあるじゃない。そういうのも苦手だしなぁ」
 話しが長引きそうな予感がした。

 予感は的中してしまい、その後も結婚への期待と不安をたっぷりと聞かされて、あたしは、少しヘトヘトになった。

「葉子、それじゃ、また明日ね。付き合ってくれて、ありがと」

 美和さんと別れて、急いで母のプレゼントを買いに、隣町へと向かった。
 今年は帽子をプレゼントしようと決めていた。前からチェックしていたので、スムーズに買い物は終わった。
 プレゼントを前もってチェックしておいて良かったとつくづく思った。

「母さん喜んでくれるかな」

 母さんが喜んでくれている顔を思い浮かべながら、駅から高架沿いの道を歩いていると、奇妙な看板が目に飛び込んできた。

「バラ色の人生をあなたに」

「えっ」

 あたしは立ち止まって、もう一度見た。

「バラ色の人生をあなたに」

 確かにそう書いてある。

「なに、これ」

 ここは不動産屋だったように記憶してたんだけど、いつの間に変わったんだろ。
 ガラス張りで、店内の様子がよく見える。以外と言っては失礼かもしれないけど、お客さんは多そうだ。

「バラ色の人生か、あたしの人生も、なりたいなぁ」

 美和さんの幸せそうな笑顔を思い出した。

 店内に座っている人を見ると、あたしと同世代の女性ばかりだ。
 あの人達は、ここで本当にバラ色の人生をつかめるのかな。そう思うと、あたしは取り残されるような不安に陥ってしまった。
 美和さんの結婚話の後だけに、余計に取り残されると思ったのかもしれない。

 気が付くと、あたしはガラスのドアを引き、店内に入っていた。冷静なら、この店に入らないと思うんだけど……、どうしてしまったんだろ。

「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」

 受付の女性は、年齢はあたしより少し上だろうか、落ち着いた知的な感じだ。
 グレーにストライプのスーツがよく似合っている。

「はじめてのご来店でございますか」
「あっ、はい」
「10分程お待ちいただくことになりますが、よろしいですか」

 あたしは時計に目をやった。母親の誕生日だけど、まだ大丈夫だろう。

「はい、待ちます」
「ありがとうございます。では、担当者が参りますので、3番の席でお待ち下さい」

 あたしは、女性に案内されて、3番の席に座った。
 席は、カウンター席を仕切った形で、銀行の相談窓口のような感じだった。1番から5番まである。3番以外は、すでに先客が入っていた。

「こちらに当店のシステムについての詳細が記載されております。よろしければ、お待ちの間にご覧下さいませ」

 受付の女性が冊子を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

 どんなシステムだろう興味あるな。あたしは冊子をペロっとめくってみた。

 すると、担当者が現れた。

「どうもです、担当の田中です……お願いします……」

 えっ、早いなぁ。1分しか待ってないけど。まぁ遅いよりはいいか。

「はじめまして、山崎です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「……それでは、あなたの人生をバラ色にします」

 この担当者はいきなり何を言い出すんだろう。
 それも目を合わさないで、言うことではない。あたしに不信感が宿った。

 担当の田中と名乗る男は、あたしより若そうだ。20代前半といった感じ。オドオドした印象で頼りなく、この人からバラ色の人生と言われても説得力がない。それが彼への第一印象だった。

 少し意地悪な質問をぶつけてみた。

「ところで、田中さんの人生は、バラ色なんですか」

 頼りない担当者は、少しとまどった様子で、下をむいてしまった。そして、あたしの質問への答えは、

「……ええ、今はバラ色だらけです……」

 ホント、あなた大丈夫なの。バラ色だらけってどんな状態よ。
 そう思ったけど、とりあえず、この頼りない担当者の話しを聞くことにした。
 その後の頼りない担当者の話しは支離滅裂だったので、あたしは単刀直入に聞いた。

「あたしの人生は、どうしたらバラ色になるんでしょうか」

 話しを遮られた頼りない担当者は、慌てた様子だった。あたしの顔を見た後、視線を落として、テーブルの下から何かを取り出した。

「あっ、えっと、これ、これです」

 頼りない担当者は小さな箱をテーブルに置いた。長さが10㎝、幅5㎝ほどの長方形の薄っぺらい箱だった。板チョコでも出してきたのかと思った。

「これは、何ですか」
「えー、これはですね、中に、こういった物が入っています」

 そう言って、頼りない担当者は、中身を取り出そうとして箱を開けた。不器用なのか緊張しているのか、手が震えているようで、うまく取り出せないでいる。
 手伝ってあげようと思って、箱を取り上げようとした時に、やっと姿を現した。
 それは、熱を冷ます為に、おでこに貼るシートのような物だった。
 違うのはシートの色がブルーではなくて、バラ色なところだ。

「これが、私のオリジナル商品、バラ色シートです」

「私の?」そうじゃないでしょ。「当社の」の間違いでしょ。そう突っ込みたくなった。

「これをですね、夜寝る前におでこに貼ってください。寝ている間にシートからあなたの体内にバラ色エキスが注入されていきます。このシートの色がバラ色から白色に変われば、注入完了です。これで、あなたの人生は、バラ色に変わります」

 箱に書いてある文章をそのまま読んでいた。笑顔もなく、緊張している様子だった。
 周りからは、笑い声や盛り上がった会話が聞こえてきているのに、3番だけは静かなままだった。

「これだけでバラ色の人生になるんですか」
「……ええ、そのはずです」

 自信なさげな返答だった。あんまり信じられないなぁ。

「それで、これをあたしが購入すればいいわけですか」

 あたしはバラ色シートを手にとってみた。

「えっ、あっ、はい」

 頼りない担当者のまばたきが激しくなっていた。
 やっぱり頼りないなぁ。人を騙すような人間ではなさそうなんだけど、どうしようか。

「で、おいくらですか」
「えっ、あっ、これはですね、えっと、9800円です」

 えっ、このシートがそんなにするの。やっぱり断ろうと思った。

「ちょっと高すぎません」
「あっ、……そ、そうですね」

 何で簡単に引き下がるのよ。

「あなた、これをセールスしてるんじゃないの。これの良いところくらい説明しなさいよ」

 バラ色シートを頼りない担当者の前に叩きつけた。あたしは頼りない担当者の上司になってしまった気分だった。

「あっ、はい、これで、きっとバラ色の人生になります」

 あたしが無理矢理に言わせたようになった。そして、あたしもヤケクソになってきた。

「あなたの言葉を信じて買うわ。それでいい?」
「えっ」

 なんで驚くのよ。頼むからしっかりしてよ。

「買って帰るけど、効果が無かったら、あたし怒るわよ」
「そんなぁ……」

 頼むから……、
 あたしを気持ちよく買い物させてよ。あたしは頭を抱えた。

「フゥ」

 一息ついた。

 あたしは自分の気持ちが変わらないうちに、鞄から財布を取りだし一万円札をテーブルに置いた。

「はい、これで」
「えっ、あっ、ありがとうございます。……しばらくお待ちください」

 頼りない担当者はそう言って席を離れた。

 やっぱりやめとけば良かったかな。でも、後に引けなくなっていた。あの頼りなさが、あたしに買わせた気もする。理路整然と説明されていたら、反対に引いていたかもしれない。あたし、性格がひん曲がってるんだろうな。

「おまたせ致しました。これがバラ色シートです」

 両手を目一杯に伸ばして、小さな紙袋に入ったバラ色シートを差し出した。

「あっ、はい」

 あたしは立ち上がり、少し圧倒されながら、それを受け取った。
 お釣りも受け取って、軽く会釈をした。

「どうも、ありがとう」
「あなたの人生がバラ色になりますように。ありがとうございました」

 頼りない担当者は、マニュアルに書いている文章でも読んだのだろう。心のこもっていない言葉を口にして、深々と頭を下げた。
 あたしは、もう一度、軽く会釈して、出口へと向かった。

 周りを見ると、1番、2番の先客は、まだ盛り上がっているようだった。奥の4番、5番もまだ終わっていない。もしかして、あたしだけ、あっさり終わったの。

 受付の女性にも頭を下げて、あたしは店を後にした。
 振り返り、店内を見た。3番以外は、まだ終わりそうにない。

 あたしも、もっと粘った方が良かったのかなぁ。9800円は、もったいなかったかな。
 今さら、仕方ない。後はバラ色シートの力に期待するしかない。
 あたしは小さな紙袋を鞄に入れて、高架沿いを歩きながら、明日からのバラ色人生を想像してみた。


 夕食を済ませてから、
母親にお祝いの言葉と感謝の気持ちを伝えた。

「お母さん、誕生日おめでとう。それと、いつもお弁当ありがとう。感謝してます」

 そして、プレゼントを渡した。
 すごく、喜んでくれた。帽子をかぶって、ポーズをとって見せてくれた。なかなか似合っていて、あたしも満足した。
 母親は何度も何度も鏡の前に立っていた。
 もっと親孝行しないとな。結婚して孫の顔も見せてあげたいな。

「葉子、ありがとう」
「どういたしまして、もっと親孝行するからね」

 母親があたしの子供を抱いている姿を想像してみた。



 これがバラ色シートか、本当に効果があるのかな。バラ色シートを裏向けたり表を向けたりして、箱に書いてある説明書に目を通してから、お風呂に入った。

 お風呂からあがり、おでこにバラ色シートを貼った。熱を冷ますシートと違って、粘着力が凄い。生き物みたいに、おでこにべったりと貼りついた。これ綺麗に外れるのかな。

 朝、外れなかったり、肌がかぶれてたらどうしよう。一度外してみたくなったが、外して効果が無くなるのも嫌だし、覚悟を決めて、そのまま寝ることにした。

 朝になった。

 熟睡して気持ちのいい朝だった。もしかして、バラ色シートのおかげかもしれない。
 あたしは、鏡を覗いてバラ色シートの色を確認してみた。

「えっ、なんで」

 バラ色シートを外して、もう一度、色を確認した。

「やっぱり、なんで」

 シートの色は白くなっていなかった。バラ色のままだった。
 頼りない担当者はバラ色から白く変わると言っていたのに、やっぱり騙されたのかなぁ。

 今日一日過ごして、バラ色の人生になっていなかったら、昨日の店に、色が変わらなかった理由を聞きに行こう。


「お母さん、いってきます。今日も遅くなるかもしれないけど、電話するね」
「いってらっしゃい、気を付けてね」



 通勤の時に同じ車両に乗る男性がタイプなんだけど、一つ手前の駅で降りてしまう。

 バラ色シートの力で
 その人が、あたしの降りる駅までついてきて、告白してくれるなんてこと起こらないかなぁ。

 あっ、いたいた。やっぱりいい男だなぁ。
 あたしが乗りこんだドアのすぐ左のつり革につかまっていた。
 あたしは、隣に立ってやろうと思ったけど、後から来る乗客に真っ直ぐそのまま押されて、反対側のドア近くまで入ってしまった。
 彼のつり革を持つ後ろ姿を見ながら、念を送ってみた。
 今日はバラ色シートの力があるはずだから。
 おーい、あたしの存在に気付いてぇ~、声掛けてぇ~

 ガタンガタン、ゴトンゴトン

 あーぁ、あっさりと降りていっちゃったわ。まぁ、期待したあたしがバカなんだけど。



 昼休み、今日も母の作ってくれたお弁当を食べて、スマホで時間を潰していた。

 美和さんが、奥のテーブルに座っているのが見えた。
昨日と同様に楽しそうに話している。話している相手は美和さんの同僚の人だと思うけど、名前は知らない。今日はあの人を誘っているのかな。

 美和さんは、いいなぁ。人生バラ色だろうな。
 あたしにもバラ色の人生頂戴よ。早くバラ色シートの効果があらわれないかな。

 そうだ、午後からの商談で、新規の取引先が入ってた。どんな担当者だろう。
 すごいイケメンで、名刺交換した瞬間に、お互いに一目惚れしてお付き合いするみたいな事が起こるのかもしれない。
 よーし、午後からの商談、頑張るぞ。


「山崎さん、新規商談の方、来社されてますので、商談室にお通ししました」
「すみません、ありがとうございます」

 少しドキドキするな。商談室に入る前に髪を整え、深呼吸した。

「お待たせいたしました」
 ガチャ
 いつもより、少し、おしとやかに商談室に入った。


「本日はありがとうございました。今後とも、長いお付き合いをよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ありがとうございます。本日は良い情報をありがとうございます」

 今日は、いい商談が出来て良かった。
 もうひとつ、期待していたことは、商談相手と顔を合わせた瞬間に、気持ちは失せていた。



 結局、バラ色シートの効果は無いまま、今日が終わりそうだ。昨日の店に行って、シートの色が変わってなかった事を伝えに行こう。

 店の前に着いて中を覗いた。昨日ほど多くないけど、人は入っているようだ。

「すいません」
「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」

 昨日と同じ女性だ。この人は昨日の担当とは違って信頼できそうなんだけどな。

「はじめてのご来店でございますか」
「いえ、昨日も来たんですけど」
「さようでございますか、失礼致しました」

 女性はそう言って、丁寧に頭を下げた。

「昨日、バラ色シートを購入させていただいた者です。さっそく使用したんですが、朝になってもシートの色が変わらなかったんです」
「……バラ色シートを購入ですか」

 女性は不思議そうに、今までの笑顔から、困った表情に変わっていった。

「申し訳ございませんでした。会員証をお持ちですか」
「会員証ですか、そんなもの、もらっていませんが」

 今度はあたしが、不思議そうな表情になっていただろう。

「昨日の担当の名前を、お聞かせ頂けますか」
「ええ、確か、田中さんです」

 担当してくれた田中さんの名前を伝えると、女性の顔がひきつったように見えた。

「田中……ですか、お客様、申し訳ございません。すぐ、責任者が参りますので、しばらく3番の席でお待ちください」

 今日も3番だった。1番、2番は先客が入っている。4番、5番は空いていた。
 しばらくすると、40歳位の男性が現れた。
 背が高く、鼻筋の通った端正な顔立ちをした清潔感のある人だ。髪型や服装を見るかぎり、几帳面な人のようだ。
 昨日の担当者がこの人だったら良かったのに。

「はじめまして、私、責任者の香川と申します。この度は、大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」

 そう言って、深々と頭を下げた。

「あたしは山崎と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願い致します。失礼いたします」

 そう言って、香川という男性は椅子に腰かけた。

「受付から報告をもらった内容を確認させていただきます。よろしいでしょうか」

 そう言って、手帳を開いた。
 あたしは軽く頷いた。

「昨日の担当者が田中ということですが」
「はい、田中さんでした」
「バラ色シートを購入したと聞いておりますが」
「はい、田中さんから、9800円で購入しました」

 香川という男性は、あたしの言葉を聞いた瞬間、おでこに手を当て、下をむいて、ため息をついていた。
 店側に何かミスがあった事はわかった。

「今回は、大変ご迷惑をお掛け致しました。私共の従業員の教育不足により、間違った情報を山崎様に伝え、高額な料金を支払わせたことをお詫び申し上げます」

 立ち上がり深々と頭を下げた。

「どういうことですか」

 あたしは意味がわからなかった。

「はい、お恥ずかしい話しですが、昨日山崎様を担当した田中ですが、新入社員の研修生でして、ここのシステムは、まだ理解しきれておりません。昨日は忙しく雑用をやらせていたのですが……。まさか勝手にカウンター業務をやってしまっていたとは……、本当に申し訳ございません」
「で、どうなるんでしょう」
「はい、まず、ご返金させていただきます」

 それは当たり前でしょ、あたしのバラ色の人生は、どうなるのよ。

「バラ色シートは不良品だったんですか。色が変わらなかったんですけど」
「あっ、はい、それにつきましては、一度弊社のシステムについて、ご説明させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい、あたしも聞きたいです」
「ありがとうございます」

 香川さんは、そう言って椅子に腰かけた。

「弊社のシステムでございますが、ご来店頂いた方には、まず、審査を受けて頂いております」
「審査があるんですか」
「さようでございます。弊社はカウンセリングが主なサービスなんですが、審査結果でカウンセリングが必要と判断した方のみ会員になって頂いております。そして、会員の方がバラ色の人生になるように、カウンセリングしております。審査結果で必要が無いと判断した方は、粗品をお渡しして、お帰りいただいております」
「あたし、今からでも審査受けれますか」
「はい、ご希望でしたら、すぐに準備いたします。しばらくお待ちください」

 香川さんは、そう言って、席を立った。
 昨日、あたしだけが早く終わった理由がわかった。

「お待たせいたしました。まずは、このシールをおでこに貼っていただけますか」

 何の変哲もない直径3㎝くらいの白いシールを渡された。

「これを、おでこに貼るんですか」
「はい、出来るだけ、真ん中に貼って下さい。それから、このアンケートにお答えいただけますか」
「わかりました」

 あたしは、おでこにシールを貼り、アンケートに目を通した。アンケートの内容は細かくて、自分の人生を振り返るのにも役立ちそうな内容だった。
 おでこにシールを貼っている顔は、まぬけな顔だろうなと思い、にやけてしまった。

 香川さんはあたしの手が止まったのを確認して声をかけた。

 「アンケート書き終わったようですね。少し拝見させていただきますね」

 アンケート用紙を香川さんに渡した。あまりにも細かい内容なので、自分が裸にされたような気分で照れ臭かった。
 香川さんはアンケート用紙を、一通り目を通し、視線をこちらに向けた。

「一番尊敬されている方はお母様でいらっしゃいますか」

 切れ長で魅力的な目で見つめられた。

「はい、あたしは母親に感謝してますし、尊敬もしております」
「すばらしい、お母様もお喜びだと思います」

 昨日、帽子をかぶっていた母親の姿が浮かんだ。

「最近起こった幸せな事は、先輩の結婚が決まったことですか」

 他に思い浮かばなかったこともあって、美和さんの結婚が決まったことを書いたまでだが。

「昨日、聞いたとこだったもので」

 香川さんは、小刻みに頷いた。

「それでは、このアンケートを審査にかけてみますね」

 そう言って、アンケート用紙をスキャンしてパソコンに取り込んだ。パソコンの画面にアンケート用紙が写し出された。
 香川さんは審査と書かれたボタンをクリックした。

 しばらくすると、審査結果、バラ色度70%と出た。
 円グラフのようになった画像が出てきて、70%がバラ色になっていて、残りは細かく緑色や黄色、赤色になっていた。

 香川さんは、それを見た瞬間、後ろにのけぞるようにして、驚きを表現した。

「非常に高い数値ですね」

 えっ高いの、基準がわからないけど、普通じゃないのかな。

「これって高い数値なんですか」
「非常に高いですね、普通は良くても60%前後ですから、これならカウンセリングの必要はありませんね。充分バラ色の人生を過ごされています」
「そんなことないです。アンケートは、ちょっと見栄を張ったかもしれません。あたしの人生、バラ色じゃありません」

 香川さんは、あたしの言葉に耳を貸さないで、あたしのおでこのシールを見ていた。

「そろそろいいですね」

 おでこのシールを見られると、まぬけな顔で、少し恥ずかしくなった。

「シールを取って、テーブルに置いて下さい」

 あたしは、さっさとシールをとり、テーブルに置いた。

「見てください、シールの色がバラ色ですよね。この意味は、あなたの人生がすでにバラ色の人生だという事なんです」
「あたしの人生は、バラ色だとは思えないですけど」
「間違いありません。このシールの色やアンケート結果からもわかりますし、今朝、バラ色シートの色が変わらなかったことからも証明されています」
「バラ色シートは、なぜ、白くならなかったんですか」
「バラ色シートの役割は、カウンセリングを受けた方の効果を早める為に、バラ色エキスを体内に注入していくのです。そして、体内のバラ色エキスが満杯になると、それ以上は注入されなくなりシートの色が変わらなくなります。その時点でカウンセリング終了となるわけです。山崎様の場合は、すでに体内のバラ色エキスが満杯だったので、バラ色シートの色が白くならなかったのだと考えられます」
「そうなんですか。あたしはすでに、バラ色の人生ということですか」
「あなたの人生は、すでにバラ色です。後はそれに気付くだけです」
「気付くだけですか」
「そうです。70%がバラ色でも残り30%は残念ながら違います。しかし、100%バラ色の人生なんて、ありえません。山崎様は100%になることばかり考えてしまい、30%のマイナスばかりに意識がいってしまっています。70%のバラ色に気付いておけば、きっと70が75になり80になります」

 確かに、あたしの人生、そんな不幸なわけではないなぁ。バラ色と言われればバラ色かもしれない。

 あたしは妙に納得してしまい、帰ることにした。

「わかりました。じゃあ帰ります」
「ありがとうございました。この度は本当にご迷惑をお掛け致しました」

 あたしは返金のお金と粗品を受け取り、軽く会釈をした。
 受付の女性にも軽く会釈して店を出た。
 あたしの人生は、すでにバラ色だったんだ。そう思うと、なんか自信が出てきて、嬉しくなってきた。
 この店は、看板の言葉通り、あたしの人生をバラ色にしてくれたかもしれない。
 よーし、バラ色の人生を満喫するぞ~!
 あたしは大きく手を伸ばし、背伸びした。

「ガチャーン」

 後ろで、何かが激しく割れる音がした。
 振り返ると、頼りない担当者が、裏口でゴミを片付けていたみたいだが、ガラスなどの割れ物の入った箱を落としてしまったようだ。

 田中くん、しっかりしなさい。そして、あなたも早くバラ色の人生になりなさい。
 近付いて、一緒に片付けてあげようと思った。

「あっ」

 あたしの顔を見て驚いた様子だった。昨日の事を覚えているようだった。

「あなたね~、何も知らないのにカウンター業務したらダメじゃない。上司に怒られたでしょ」
「あっ、はい、すごく怒られました。本当にごめんなさい」
「まぁ、いいけど。少し楽しめたから。でも何で、あんな無謀なことしたのよ」

「えーっと……、あなたが店に入ってきた時、綺麗すぎて……、一目惚れしちゃって……、話しがしたいと思って……、気付いたら、カウンターに座ってたんです。頭は混乱してバラ色だらけでした」

「えっ、バラ色だらけ……」




 その後、あたしは年下の少し不器用だけど可愛い彼氏が出来た。
 確か、この彼氏に始めて会った時、彼はあたしに、少し不安そうだったけど

「……それでは、あなたの人生をバラ色にします」

 そう言ったはずだ。
 約束通り、あたしの人生を、もっともっとバラ色にしてもらうぞ。

 


奥付



バラ色の人生をあなたに


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著者 : スー爺
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