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初デートで出会った不思議な双眼鏡

 風呂上がり、テレビから流れるお笑い番組に俺は肩を震わせている。よくこれだけ人を笑わせることが出来るな。
 そんなくつろぎの時間を過ごしていると、ユキから電話が入った。
 なんだよ、せっかく面白いとこなのに。
 ユキは2年前から付き合っている彼女だ。明日デートの約束してるんだから話しあるなら、その時でいいのになぁ。俺は面倒くさそうに電話に出た。
「はい、何?」
「タカシ、ごめんなさい、明日のデート、行けなくなっちゃったの」
「えっ、どうしたの、何か急用でも出来た」
「うーん、そうじゃないの。言いにくいんだけど、あたしたち、そろそろ終わりにした方がいいかなと思って」
「終わりにするって、別れるってことか」
「まぁ、そういうことだけど」
「何でだよ、俺、何か悪いことしたか」
「いや、そうじゃないけど、トキメキが無くなったっていうか、デートしてても楽しくなくなったっていうか、よくわかんないけど」
「俺は、嫌だよ。ユキと別れるなんて考えられないよ」
「タカシも最近、楽しそうじゃないよ。タカシも、きっと無理してるよ。お互いの為に別れた方が良いんだよ。だからごめんね、じゃあ、元気でね」
「お、おいっ、ちょっと」
 電話をかけ直してみたが、留守電になるだけだ。何度か挑戦したが、ついに電源が切られたみたいだ。
 こうして、2年間付き合っていたユキと別れてしまった。電話で一方的に、あまりにもあっさりしていたユキに少し腹が立った。
 俺が浮気したり、ユキをほったらかしにして遊び回ってたなら、フラれても仕方ないと思うが、そんなことはしていない。
 フラレた理由もわからず、悲しみと悔しさで頭がいっぱいだった。
 俺はショックで、一睡も出来ず、辛い夜を過ごした。



 今日はデートの予定だったが……残念ながら無くなった。
 一人で家にいると、心に空いた穴が埋まりそうもない。今の俺は昨日のお笑い番組を見ても笑わないだろう。
 俺は家を出て、行くあても無く夢遊病者のように街を歩いた。
 風は少し冷たいが、皮肉にも、天気がよくデート日和だ。太陽が俺の情けない姿を嘲笑っているようだった。
 気が付けば、天空広場に来ていた。ここはユキとの初デートの場所だ。
 ユキと出会ったのは、俺の職場に彼女がアルバイトで来ていた時だった。当時、アルバイトの教育係だった俺は、アルバイトのリーダー的存在だったユキと話す機会も多かった。
 ユキはテキパキと仕事をこなし、俺に積極的に話しかけてくれた。仕事の事やプライベートな事までも、何でも話してくれた。
 そんな積極的で明るい彼女に俺の心は、少しずつ引かれていった。
「オオタさん、彼女いるんですか」
「いや、いないよ」
「うそ~、かっこいいのに、もったいないよ」
 俺は、かっこよくないが、そう言われると、まんざらでもなかった。
「オオタさん、今度の日曜日、空いてます。空いてたら、天空広場に行きませんか。新しくオープンしたラーメン屋に行きましょうよ。美味しいって評判なんですよ。その後、天空タワーも上りましょうよ」
 ユキに誘われたのが嬉しくて、興奮した。そして、この天空広場がユキとの初デートの場所になった。
 その後も、
 この映画、面白そうだから一緒に行きませんか。
 ここのお店が、美味しいって評判なんですよ。連れていって下さいよ。
 あそこの遊園地のジェットコースター、凄いらしいよ、行ってみようか。
 あの山上からの景色がスゴいよ、この写真見てよ、ねぇ見に行こうよ。
 ユキに誘われ続けて、俺たちは、だんだんと距離を縮め、いつの間にか、付き合い始めていた。
 しかし、ここ最近は
「今度の休みはどうするの。どっか行く」
「どっかって言ってもなぁ。行きたいとこ、特に無いしな」
「とりあえず、ブラブラしよっか」
「ブラブラっても寒いしなぁ」
 こんな会話しか出来なくなっていた。
 だんだんと終わりが近づいてきていたんだ。しかし、俺はわかっていなかった。いつまでも続くものだと、勝手に思っていた。



 初デートの日のように天空タワーに上ってみようかな。あの日のドキドキ感と楽しかった事を思い出して、切なくなってきた。
 エレベーターを上りながら、初デートの日、ここでユキの手を初めて握ったことを思い出した。
 あの時、エレベーターで一緒になったアベックがイチャイチャしているのに触発されていなければ、俺は手を握ることは出来なかったと思う。
 展望台に着いた。天空と言うほど高いタワーではないが、景色は綺麗だ。町並みの奥にそびえ立つ山は少し雪化粧している。反対側を見ると船が太陽の光に反射して光っている。
 平和でのどかな景色だが、そんな景色を見ても、気持ちは晴れそうもなかった。
 俺はあの日、ユキが覗いていた双眼鏡を覗いてみようと思った。それは少し変わった双眼鏡で、ヘッドホンが付いている。
 双眼鏡を覗きながら、見ている場所の音声を聞くことが出来るらしい。
 あの日、俺は覗かなかったが、ユキが双眼鏡を覗きたいというので、100円玉を5枚、双眼鏡に入れてあげた。
「うわっ、思ったよりすごく近くで見える。ヘッドホンから声も聞こえるよ。すごーい」
 ユキはずっと双眼鏡を覗いていた。そして興奮して夢中になっていた。
 双眼鏡から5枚目のコインの落ちる音がして終了した。
 ユキは目を見開いて、嬉しそうに興奮気味だった。
「すっごく良かったよ。感動したよ~」
 たかが双眼鏡で景色見てただけなのになぁ。何に感動したんだろう。
「いいなぁ~、羨ましいなぁ~」
 ユキはそう呟いた。俺にはその意味がわからなかった。
「ウフフ、エヘヘ」
 しばらく、ユキは嬉しさがにじみ出るように笑っていた。
 ユキのあの時の笑顔を思い出して、俺は切なさが増してしまった。もうあの笑顔が見れないのか。
 何故、ユキは俺と別れたかったんだろうか。他に好きな人でも出来たんじゃないか。今ごろ、そいつとデートしているんじゃないか。
 そんな事を考えて落ち込んだ。
 財布に入ってた100円玉を取りだし双眼鏡に入れて、覗いてみた。
 ユキの言ってた通り、すごく近くで見えるし、ヘッドホンから声も聞こえてくる。確かにすごいが、
『昨日の書類はミスだらけじゃないか』『申し訳ありません』
『君とは離婚だ』『この子の親権は私よ』
『もうダメだ。銀行にも見離されたよ。わしらは、これからどうやって生きていけばいいんだ』
『残念ですが、余命は……』『どうしてですか……』
 俺は聞いていられなくなったので、ヘッドホンを外した。
 景色を見ているだけだと平和でのどかに見えたが、世の中はいろんな事が起こっているんだ。
 何でユキは、あんなに笑顔になれたんだろう。
 もう見るのも止めようと思って、双眼鏡から目を離した時、覗き口の下に書いてある文字が目にとまった。
《過去の映像や音声の楽しみ方》
 そう書いてある。
 過去の映像や音声が楽しめるのか。本当に見えるのかな。半信半疑だったが、あの時のユキが見聞きした物は気になっていた。
 操作方法通り、初デートでユキが見ていた日時にセットして双眼鏡を覗いてみた。あの日、ユキが見ていた映像と聞いていた音声はどんな物だったのだろう。

 30歳くらいの夫婦らしき男女の姿が見えた。何か会話しているようだ。俺はヘッドホンから聞こえてくる声に耳を澄ませた。
『今日、これを見に行かないか』
 旦那さんらしき男性がチケットのような物を差し出していた。
『何、えっ、うそ~、あたしが行きたかったコンサートのチケットじゃない。あなた、これ、どうしたの』
 奥さんらしき女性は、口に手をあてて驚いた様子だ。
『へへへ、君に内緒で申し込んでおいたよ。ビックリしただろ』
『うん、すごくビックリ、でも嬉しさの方が勝ってるわ』
『喜んでくれると思ったよ。じゃあ今日、一緒に行こうな』
 男性は頭をかき、少し照れた様子だ。
『でも、リョウタはどうするの。一人で留守番なんてさせられないよ』
『大丈夫、おふくろに頼んでるから、今日の昼過ぎにリョウタを迎えに来るよ』
『お義母さんに申し訳ないわ』
『大丈夫だよ、おふくろは、リョウタと過ごせるって喜んでたし、たまには嫁さん孝行しろって言ってたし、気にしなくていいよ』
『リョウタは知ってるの』
『リョウタにも伝えてあるから大丈夫。リョウタも爺ちゃんと婆ちゃんと御飯食べるのを楽しみにしてたし、君が喜ぶって言ったら協力的だった』
『リョウタも知ってたんだ。知らなかったの、あたしだけ?』
『そう、リョウタにも口止めしておいた。君へのサプライズだからな。リョウタもよく黙っててくれたよ。リョウタも君をビックリさせたかったんだな』
『あなたもリョウタもお義母さんも、みんなありがとうね』
 そう言って、奥さんらしき女性は、旦那さんらしき男性に抱きついていった。



 あの時、ユキはこれを見てたんだ。
 ユキが口にした「羨ましい」の意味がわかった。
 俺はユキと付き合っている間、一度もユキにこんなことしてないな。
 そうだ!
 さっきの夫婦は、今はどうしているんだろう。俺は気になって、また100円玉を取り出した。

『リョウタ、今日はお父さん、急に仕事になっちゃったみたい。それも遅くなるんだって。せっかく3人で出掛けようと思ってたのにね』
『お父さん、遅くなんの。チェッ、つまんねえ』
『それとね、今日の夕食だけど、リョウタのリクエストのハンバーグからカレイの煮付けに変えてもいいかな』
『えぇ、なんでだよ』
『お父さん、お婆ちゃんのカレイの煮付けが大好きって言ってたでしょ。お母さんもだいぶ、お婆ちゃんの味に近付いたから、今日疲れて帰ってくるお父さんを喜ばせようと思ってね』
『お婆ちゃんのカレイの煮付け、僕も好きだよ』
『リョウタも食べたことあったっけ』
『だいぶ前だけどね。お婆ちゃんの家で食べたことあるよ』
『へーっ、じゃあ、今日はカレイの煮付けで決まりね。リョウタ、一緒に買い物行こ』
『OK、お父さん、喜ぶかな』
『きっと喜ぶ、お母さん、頑張るから』



「羨ましい」
 俺もそう思った。
 幸せの秘訣を教えてもらったような気がした。初デートの日、俺も見ておけばよかった。
 昨日、別れを告げられた時、ユキのわがままだと腹が立った。しかし、今はユキに何もしてあげていなかった自分を責めた。さっきの夫婦のようになりたかった。
 もう一度、やり直したい。もし、やり直せるなら、今度はあの夫婦を見習おう。
 俺は帰りのエレベーターの中でそう思った。
 1階に着いてエレベーターのドアが開いた瞬間、俺は驚いた。
 そこにユキが立っていた。ユキも目を見開いて、口に手を当てていた。ユキも初デートの場所に来たんだ。
 俺はエレベーターを降りずに再び、展望台へと上がった。隣にはユキがいる。初デートの日と同じくらい、いやそれ以上にドキドキした。あの日のように恐る恐るユキの手を握った。

 

 


奥付



初デートで出会った不思議な双眼鏡


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著者 : スー爺
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