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さざ波

些細なこと

いつも良く行った

あのお店を

ふいに思い出すこと

遠くの景色だったのに

なぜこんなにも急に

思い出すのだろう

切れ切れにやってくる

田舎の電車は

足をふみふみ

待ちぼうけ

松の葉が

ちくちく刺さっても

小さな石橋は

いつもきっかけを

現在に連れてくる

たまたま寄り合った

お宿の客と

さざ波の祈りを

そっと一緒に聴いて

二つの鼓動の

たまゆらとかげろう


夕闇隠れ

詩の雨が降って

からからと降り積もる

心の鏡から

ひとつの尊さが

ゆらめく

きっと明日

夢の終わること

叶わなかった願いの

深く、深く

どこへも辿り着かないところに

落ちていくこと

けれど

生きられないよりは

むしろ

魂に薪をくべ

燃やす

紫陽花も

花火も

蛍のゆらめきの様な

口づけに似た

たまゆら

総督府の荘厳さは

朽ち果てて

廃墟の埃は

叫ぶ声を失った

強い願いに

月の光を注ぐ

紅色のこうもり傘が

石畳を渡る人の

肩にかかって

そっと

秘かな思いは

夕闇隠れ


露色

木の葉の下に住む

遠く離れた友人へ

露色の贈り物を届けよう

心のこもった

雨が終わり

朝の心地よい風

誰も他人の人生に

及ばぬ

夢の後は

食後のお茶を

絵が書き終わったら

かくれんぼを

季節が変わって

お互いを知らない間に

年を重ねた

山のふもとの

ノイズのない

一生懸命な日々

幾年も続く

法隆寺も

それに連なる

週末の

つかの間

働きつつかれ

つかれた人は

じゅわっと

消えて

空を優しく包む


息吹

夜の下流に

一隻の小舟

月明かりの夏は

風が冷たく心地よい

通り過ぎていく世界は

過ぎ去った後に

もっと

もっと知りたいという勝手の

終わった後に

生きている証し

お腹がふくらんだりへこんだり

大事な人の寝顔に

そっとキスする

太陽や青空、

嵐の波や雷鳴でさえも

力強いもの

私達を養い育てるもの

そんなものが

こんなにもふんだんに

当たり前のように

日常生活に溶け込んで

溢れていること

風に運ばれた

静かで力強い

一首は

心のお椀に

息吹をそそぐ


お月見草

疑いのない段差を

登っていって

開いた扉の向こうに広がる

青空

日々出される

命令の連続から

解き放たれて

ふっと周りを見渡すと

通り過ぎていた景色の中の

忘れていた風景の日陰で

静かにひっそりと咲く

お月見草

五線譜に流れる

安心と穏やかな幸せは

夜も眠らん



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