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第一話、状況をまるで省みないで上京する男

 三月のある晴れた日。

 

 東京駅ホーム。

 

 陽光が天空へと突き立った一本の木を捉える。温かい光が木を包み込む。いや、木と言ったが、その木は木と言ってしまうにはあまりにも人工的な直線であり、蒼空へと突き立つ先端にはプラスティック製の先角(さきづの)と呼ばれる白い円柱状のものが付いていた。先角の先にはタップと呼ばれる緑色の潰れた円柱状のゴム。

 

 はて、なんであろうか。

 

 ここは大都会。しかも東京駅ホームという日本国民であれば誰でも知っている場所。件の木は走り去る新幹線を見送るように立っていた。木はそこにとても似つかわしくはなかった。むしろあってはならないものとさえ言える。

 

 ゆっくりと視線を木に沿って地面へと向けてみる。

 

 視線の先には二十代前半に見える青年。

 

 戸村庄司(とむら しょうじ)。

 

 青年の名前。

 

 名古屋でも田舎から出てきたパチもんな田舎もん。木は彼の背負う黒いスポーツリュックサックから生えていた。いや、生えていたというよりはさしてあった。よく見ると二本あり、これら二本が繋がるのは明白であった。

 

 そう。

 

 ビリヤードで使うキューと呼ばれるものだったのだ。

 

 始めに彼が住んでいた故郷の名誉の為に言っておこう。彼の故郷でも背負っているリュックサックにビリヤードのキューをさす奇習はない。いや、むしろ彼の故郷でもビリヤードのキューを背負って電車に乗るのは変人と言われる。

 

 笑われる。

 

 笑われるような事を平然としてしまう男、それが庄司。

 

 しかも大都会である東京で。

 

 陽光に包まれたビリヤードのキューは彼が如何に変人なのかを端的に示していた。

 

 それからもう一つだけ参考までに言っておこう。

 

 いくら彼がビリヤードのキューを背中に背負って上京しようと彼はビリヤードが上手いわけではない。死ぬほど好きなわけでもない。むしろビリヤードは下手で上京当時自分の中でマイブームであったにすぎない。

 

 ビリヤードをプレーをしている自分が格好いいと思っていただけにすぎない。

 

 無論、キュー一本持って東京に上京する。

 

 それも格好いいと思っていた。

 

 田舎から着替えと彼の格好いいと思っていたマイブームであるビリヤードのキューだけもって上京する。あとはなにも持たない。全てを捨てて東京に出る。そして新たな一歩を踏みだし、新たな伝説を作ってゆく。その一歩を踏み出したのが今の俺なんだ。と自己満的な格好をつけていただけ。

 

 格好いいだろと一人でニンマリしていただけの話。

 

 それだけ。

 

 とはいえ格好つけが逆にギャグになっている事すら気づいていないアホであるのだが。

 

 ともかく彼にはビリヤードよりも命を賭けるべきものがあった。

 

 命を賭けるべきもの、それは漫画。

 

 彼が小学校二年生の頃、父親の電気マッサージチェアに二軒隣の喫茶店のドラ息子がドラえもんを落書きしていった事がある。美麗なドラえもん。とても上手くて感動してしまってた彼。自分も描きたいと思い立ち、必死でドラえもんを描き続けた。

 

 三体が五体に五体が十体。十体が百体……。

 

 そして千体以上へ。

 

 いつしかドラえもんが、当時流行の漫画のヒーローになり、そしてヒロインへと。

 

 ヒロインまで描いても彼の描きたい欲は収まらず、次は町を丸ごと描く。

 

 俯瞰(ふかん)した町を大きな紙に描き続けたのだ。

 

 リアルシムシティーとも言えるもの。

 

 うきゃうきゃ描き続けた。

 

 そして彼の描きたい欲はイラストだけでは収まりきらずに漫画を描くに至る。小学生から中学生までずっと漫画を描き続けた。無論、絵の勉強などした事はなく、美術の成績は中学三年生の時、テストを頑張って五段階評定で四を穫ったのが最高。

 

 普段は二と三を行き来するヘタレであった。

 

 しかし彼の欲は止まらない。

 

 次々へと意味不明な漫画モドキを描きまくり、出版社に投稿するまでに至る。

 

「やっぱり人が多いてぇ。どっちかな?」

 

 そして一歩を踏み出す。

 

 流れる人の中、一人、目を細めて案内板を見つめる。

 

 はて彼はどこに行こうというのか?

 

 彼は漫画家を目指す為に東京にある漫画の専門学校へと入学しようとしていたのである。そして学費を新聞奨学生という制度で賄う計画でいた。だからこそ今から毎晩新聞育英会事務局へと向かわねばならぬのである。毎晩新聞育英会ビルは新宿にある。それは奨学生の為に書かれたパンフに明記されていた。

 

 彼は奨学生のパンフを見つめる。

 

 新宿へと行く為。

 

 新聞奨学生になり、漫画の専門学校に行く為に。

 

 ただし彼の中で漫画なんて学校で習うものじゃない。むしろ自分自身で極め深めていくものだという信念があった。出版社に何度も投稿して落選を繰り返し、徐々に描けないものがなくなっていく感覚が彼にそう思わせていた。

 

 では何故専門学校へ入学しようとしているのか。

 

 理由は至極単純で明快である。

 

 上京して出版社へと持ち込みがしたい。そう思ったが彼は東京であてにする親戚縁者がまったくいなかった。足がかりがまったくなかったのである。ゆえにまず上京するにあたり理由と居場所が必要だった。理由とは漫画家になる事。漫画家になる為には漫画を描かなくてはならない。

 

 専門学校に入り、強制的にでも漫画を描く。

 

 彼の中で一番合理的な解であった。

 

 次に居場所。

 

 先述したが、彼はこれから新聞を配達しながら専門学校へと通う。そして新聞奨学生には所属する新聞屋から住む部屋を提供される。その部屋は新聞屋によってまちまちのレベルなのだが、そんな事は問題ではない。問題は住む場所の確保。

 

 つまり寮完備は彼にとって最適解なのである。

 

 専門学校で強制的に漫画を描く事と寮完備。これらが理由と居場所であり、彼にとって新聞奨学生で漫画の専門学校へと通うのはとても理に適ったもっとも合理的な方法に思えたのである。そしてビリヤードのキューを背負った今へと時間が繋がるわけである。

 

 ともかくまずは変人である庄司のプロフを簡潔に書いておこう。

 

 顔は長い。

 

 庄司を一言で示すこれ以上の言葉はない。顔の長さ、つまり顎の長さで、その昔、モアイというあだ名を付けられそうになった。しかしすんでのところで防ぐ。モアイとあだ名付けようとしてきた友達に対して敢えてモアイと呼び返した。そのあともずっとしつこく相手をモアイと言い続けて相手をモアイにしてしまった。

 

 ある意味、かなりの負けず嫌いだとも言い換えられる。

 

 モアイに負けないほどの固い意地である。

 

 モアイが、そんなに嫌か。

 

 モアイよ。

 

 と言うか、今でもモアイと言うヤツがモアイなんだよと答えられそうだ。

 

 そんな彼だが顔が長いのは、むしろ悪い方向ではなく、逆に個性を際立たせてある種のイケメン感すら漂わせる。イケメンではないが。目つきは優しく、温和な感じを受ける。彼が常に誰かに依存してきた性格をよく表わしている。肌は母親譲りで白くスポーツ全般は全滅だろうなとすぐに分る。

 

 背格好は中肉中背でどこにでもいる一般人。

 

 頭には青いキャップ。

 

 カルバン・クラインの落ち着いたデザインの帽子である。

 

 その帽子のカラーを締める半袖の黒ティーシャツを着ており、胸には中抜きされた白い線の四角が描かれており四角の中に白い文字でSideとあしらわれている。そのワンポイントと合せたのか、白い長袖のシャツを半袖の黒いティーシャツの下から出している。

 

 下は黒いジーンズ。

 

 Reebokの黒地に白線が入った靴を履いており、全体的に黒でまとめるコーデ。彼は黒が好きなのだ。お洒落なのかもと勘違いさせるが、これは普段着であり、勝負服は決まって逆に振れすぎて奇抜すぎる。ゆえに服装で損をする残念男子という言葉がぴったりなのであり、お洒落とは勘違いにすぎないのである。

 

 それでも彼は自分自身がお洒落だと自負している。誰かが親切に指摘しても、誰の意見も聞かない。敢えて黙殺する。それが彼。今し方でも他人の好奇の目を気にしていなかったり、はたまた後ろ指をさされても気づかずに背中にビリヤードのキューを背負って大都会東京に登場したのは彼が頑固なのだという確固たる証明であった。

 

 やはりモアイは彼にとって妥当なあだ名だったのかもしれない。

 

 モアイと名付けようしていた友達は洞察力は凄い。

 

 彼の本質すら突いていたのだ。

 

 うむむ。

 

 ともかく彼は他人に依存するところがあるのに自分が決めた事を曲げないという変なポリシーを持った矛盾した人間であった。自分が信じたものは絶対だと考える思考こそが矛盾を理解する為の重要なキーワードなのだが、長くなりそうなので、ここでは自分が信じた人間は絶対なのだと言い換えられるに留めておく。無論、庄司のような変人こそが、アーティスティックな世界には求められる人材なのかもしれないが。

 

 庄司とはそんな男であった。

 

 こんな逸話もある。高校受験時、教師から「お前の成績では商業は無理だ。工業に行きなさい」と言われた。が、工業に女の子がいなくて商業には女の子ばかりだと知るやいなや彼は猛勉強。エロパワーで商業に合格するという変な努力を惜しまない人間でもある。しかし商業に入ったにもかかわらず、結局は誰とも付き合えなかったのだが。

 

 彼の名誉の為に言っておこう。

 

 付き合えなかったと言えど容姿が悪いわけではない。

 

 異常なほどの純情さと恥ずかしがり屋でいつもタイミングを逸していたのだ。

 

 商業に所属してタイミングを逸したあとに告白をする事、七回。彼はいつしか高校では誰にでも告白する軽薄チャラ男の称号を得ていた。ここだけの話でこそっと言っておくが、彼の童貞卒業はなにを隠そう二十一という人より遅い初体験なのである。

 

 つまり軽薄チャラ男の勲章を持つ純情チェリー・ボーイ。

 

 それこそが彼の真髄を付く言葉である。

 

 とても悲しき人生であるが。

 

 やっぱりモアイか。

 

 ともかく商業高校を卒業したあとは主に事務職を転々として元々好きだったパソコンを極めてゆく。(※無論、プライベートな時間に漫画を描き続けていたが)そんな彼だが元来の体力のなさから肉体労働はずっと敬遠してきた。しかしながら今回、漫画家になる為とは言えど新聞配達という過酷な職業を選んだのは……。

 

 それだけ漫画家になりたかった。

 

 それに尽きる。

 

 いや、それ以外にないし、それ以外考えていなかった。

 

 どんな試練がきても、どんな高い壁が目の前に立ちはだかっても、――漫画家になる――、その一点だけは彼にとって決して譲れない信念だったのだ。だからこそ経験もない、適性もない、それでも新聞屋に入る覚悟を決めて一歩を踏み出したわけだ。

 

 そして庄司の右足が、前進する為に、夢を叶える為に力強く地面を踏みしめる。

 

 陽光がきらめく。

 

 蒼空に浮かぶ雲が風で流れてゆく。

 

 ゆっくりと時は流れていく。彼の一歩を慈しむように。

 

「新宿ってどっちだて?」

 

 とキューが雄々しく揺れ動いた。


第二話、まだ見ぬ世界は好奇と好機に満ちている。

「……チッ、田舎もんが」

 

 庄司が新宿へと向かう為、方向転換をした時に言われてしまった言葉。

 

 背中に背負っているキューが通行人にぶつかったのだ。

 

 睨まれてしまう。

 

 背中をすぼめて小さくなりながら視線を外す庄司。申し訳なくなったのか、軽く頭を下げて謝辞を示す。その時もキューの事など考えなかった。言うまでもないがキューの先につけられたタップが通行人の鼻頭をかする。

 

 まるで新喜劇。

 

「ゲッ」

 

 またもや小さくなる庄司。

 

 彼は小心者である上に右も左も知らない田舎者。

 

 元々、JR単線しか存在しない世界に住んでいたのだ。彼にとって複数の路線が入っている東京駅とは巨大迷路にしか思えなかった。ゆえに視線や体の向きはあちらこちらにきょろきょろと動かざるを得ない。

 

 つまりキューが通行人とぶつかる確率はかなり高かったのだ。

 

 当然といえば当然の帰結である。

 

 ここでもいらない格好つけが(※というかギャグが)裏目に出たのである。

 

 ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

 空を見上げる。

 

 蒼空には白い雲が流れていて平和で温和な太陽が輝いている。

 

「よし」

 

 はてなんであろうか?

 

 一匹のカラスが鳴きながらホームの屋根にとまる。

 

「大丈夫。ここも名古屋も同じ空で繋がってるってえ。単に場所が違うだけだがや。そして同じ人間がいるだけ。大丈夫だて。大丈夫。怖い事なんてなにもない」

 

 流れる雲を見つめて独白する。

 

 自分に言い聞かせる。

 

 彼は人一倍の怖がりである。気弱な青年。怖がりであるからこそ他人の顔色を窺い生きてきた。他人が望む自分であろうとまったく無駄な努力を繰り返してきた。だからこそ他人に依存もした。

 

 そんな彼が誰一人として知り合いがいない東京に出てきたのだ。

 

 怖がらない方が不思議だ。

 

 ゆえ不安な気持ちを和らげる為に空を見上げた。

 

 屋根にとまっていたカラスが庄司の視線の先を横切って大空へと滑空する。まるで輝かしき未来を暗示するかのよう蒼空へと自由に羽ばたき、どこまでも拡がる青い空を駆けていったのだ。素晴らしき未来はこの先にあるのだと言わぬがばかりに。

 

 うん。頑張るしかない。やってやる。

 

 一人頷く庄司。

 

 そうしてからまた毎晩新聞育英会事務局から送られてきたパンフを確認する。

 

 パンフには「地方から上京される奨学生さんへ」という但し書きのある地図が印刷されているページがあった。地図には路線図が描かれてあり、ご丁寧に東京駅から新宿駅までの経路も記されていた。

 

 無論、東京駅から新宿駅に行くには山手線外回りに乗るのが一番早い。

 

 山手線外回りに乗ってしまえば乗り換える必要もない。

 

 地図にもそう記されている。

 

 しかし無知とはおそろしい。

 

 彼はパンフを見ながら山手線という事実だけ理解した。外回りや内回りが頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。元来のあわて者が災いしたようだ。そして内回りが停車するホームへと歩を進めていった。決然とした足取りで。

 

 なんとも間抜けな決然さかと思わされる。

 

 決然とは覚悟とも表現できる。

 

 覚悟とは全てを悟ったした上で恐怖に打ち勝ち前進する為の勇気。しかし彼の中では外回りや内回りが抜けている。つまりなにも知っていない。悟っていない。ゆえに覚悟や決然というにはお粗末な勇気。

 

 いや、勇気というより無謀。

 

 もっと良く調べて行動にでるべきだと思わされる。

 

 もちろん内回りであろうと新宿に着くには着く。ただし外回りよりも多少時間がかかってしまう。庄司の背後で時計の長針がピクッと振動して一目盛りだけ時間が進む。刻一刻と時は刻まれていたのだ。

 

 無論、今日、毎晩新聞育英会事務局に赴くのは派遣される新聞屋が決まるという大事なイベントが待っているからだ。その面接とも言い換えられるイベントが始まるまでに事務局に行かなければならない。彼に許された時間はそう長くはなかった。

 

 歩くペースが自然と速くなる。

 

 どうやら彼自身も許された時間がもう少ないのだとは十全に理解しているようだ。

 

 流れる人並みをかき分けて山手線内回りのホームへと急ぐ。

 

 途中、再び、キューが人にぶつかりそうになる。

 

「うぜえな」

 

 キューを腕で払いのけて語気が荒い攻撃的な言葉が庄司へと襲いかかる。

 

 またまた鋭い目つきで睨まれてしまう。

 

 軽く右手を挙げ頭を下げる。

 

「ごめん」

 

 冷や汗がにじむ。

 

 時間がないのと知らない土地で一人きりという不安から。

 

 そんな彼を慈しむよう温かい陽光が彼を包み込み必死で不安を取り除こうとしていた。……庄司くん。今は恐いだけなのかもしれない。でもね。ちょっとっだけ視点を変えてみて。ここはチャンスに溢れている。溢れているからこそ夢に破れてここを去る者もいるけども君は違うでしょ。

 

 漫画家になりたい。

 

 そう決心して名古屋から出てきたんでしょ?

 

 大丈夫。

 

 私は名古屋にいた時から君をずっと見てたのよ。私は世界中どこにでもいる。ここにもいる。君をずっと見てる。だから知ってるの。君は頑張っていた。ずっと努力していた。そうして覚悟を決めたんだよね。

 

 なにがあっても漫画家になるってさ。

 

 だから大丈夫。

 

 ふふふと太陽が笑った。

 

 …――さて山手線内回りのホームへと急ぐ庄司だが、ここで一つお遊び。

 

 庄司自身も好きなゲームのジャンルの一つでRPG(ロールプレイングゲーム)というものがある。このゲームにはステータスという人間の能力を数値化した一覧表が表示されるものだがステータスをリアルで生きている庄司で作ってみようと思う。

 

 少々、稚拙と感じる読者の方もおられようが、お遊びの一つとして理解して欲しい。

 

 では書き記していきたいと思う。

 

*****

 

名前:戸村庄司(とむら しょうじ)。

性別:男。

年齢:不詳。

職業:漫画家を目指す新聞奨学生。

 

レベル:001。(虫)

 

※今現在の数値(その人の数値)/人類史上最高の数値(MAX)で表記。

 

基本能力。

力(主に喧嘩に関わる)      :008/200 E-レベル。

体力(これがなくなると死ぬ)   :012/200 E-レベル。

賢さ(知識ではなく知恵)     :021/200 Eレベル。

博識(知恵ではなく知識)     :022/200 Eレベル。

社交性(会話をする能力)     :159/200 B-レベル。

経済力(お金を管理する能力)   :001/200 E-レベル。

魔力(?)            :皆無/存在しない Eレベル。

 

漫画を描く能力。

画力(絵を描く能力)       :00071/10000 E-レベル。

ストーリー力(お話を創る力)   :00124/10000 E-レベル。

キャラクターデザイン(描く方)  :00012/10000 E-レベル。

キャラクター造形(キャラ立ち)  :00786/10000 Dレベル。

独創性(オリジナリティー)    :02672/10000 C-レベル。

台詞回し(会話の文章力)     :01998/10000 D+レベル。

 

*****

 

 と注意事項。

 

 この数値は庄司の成長と共に上がってゆく。

 

 なので読者諸氏には星埜銀杏の自分史である『夢を叶える旅』の終着点である名古屋への強制送還までに彼がどこまで成長するのか併せて楽しんで頂ければと思う。では視点を庄司へと戻そう。彼は歩いていた。いや、単に歩いていたのではない。競歩とも思える速度で歩いていた。そうしてやっと山手線内回りのホームへと辿り着いたようだ。

 

 そしてホームに電車が滑り込んで来る。

 

 彼の頬がやおらに緩む。

 

 飛び乗る。

 

「でらラッキーだてッ!」

 

 親指と中指でパチンと軽い音を立てて自分の幸運さを喜んだ。

 

 しかしながら東京の電車とは(※特に山手線)、数分に一本来るもので別にタイミング良くホームに上がって電車に乗れたわけではない。すなわちラッキーと言うべきものではない。無論、故郷ではラッキーなのだが。

 

 ともかく、そんな常識というものも彼は追々知っていく。

 

 今はただラッキーでよかったねと微笑ましく彼を見つめようではないか。

 

 いつか真のラッキーをその手に掴むまで。

 

 そうして電車が走り出す。

 

 明日へと向かい。


第三話、ブツブツとつぶやきながら探すブツ

 …――電車(※山手線内回り)は庄司を乗せて軽快に走ってゆく。

 

 昼時という事もあり自分のスペースを確保できる位に電車内は空いていた。いやいや、空いていると表現してしまったが、帝都東京を走る電車として空いているのであって、庄司の生まれ故郷でのレベルで考えれば充分に混んでいる。

 

 のろのろとつり革を握る庄司。

 

「ハア、座れんかに」

 

 競歩の速度域でずっと移動を続けたがゆえに息があがっていた。

 

 周りを見渡し空いている席がないか探す。

 

 残念ながら空いていない。

 

 ため息が漏れる。

 

「まあ、そこまでラッキーは続かんがや。しゃーないてぇ」

 

 取引先へと急ぐサラリーマン。スマホを弄ってヒマを潰しながら目的地へと移動する女子大生。部活の試合でもあるのだろうか、テニスのラケットをスポーツバッグからのぞかせて大声でワイワイと歓談する女子中学生集団。

 

 様々な人が電車を利用していて、そこには様々なドラマがある。

 

 その一つが『夢を叶える旅』なのだ。

 

 もちろん主人公は庄司。

 

 そんな主人公な彼は相変わらずビリヤードのキューを不安定に揺らしながら新宿へと急いでいる。そこで考える。不安になる。果たしてこの電車に乗っていてもいいものだろうかと。そうなのだ。彼は基本心配性で小心者。そわそわとして落ち着きを失う。

 

 毎晩新聞育英会から送られてきたパンフをもう一度確認する。

 

 経路を確認して一人頷く。

 

 間違いない。

 

 多分。

 

 そう。

 

 彼にとって今の心境は間違いない、多分なのだ。

 

 それでも心配にかられた彼は電車の入り口上部に書かれている路線図を確認して新宿とはどこかと一つ一つ指さしていく。路線図を視線で撫でる。……撫でている間も電車は軽快に走っていく。リズミカルに。

 

 次の停車駅は神田。神田と聞いてこち亀を思い出す庄司。

 

 電車の窓から外を見つめる。

 

「おお。神田だ」

 

 漫画に出てきた風景とまったく一緒の風景に感動を覚える。目を潤ます。

 

 はて感動するのはいいが、新宿の件はどうなったのかと思われる。むしろ神田に感動している場合ではなく現在地と目的地を確認して、どれだけの時間がかかるのかを算出するべきではないのであろうか。

 

 それでも外で流れる風景を堪能する庄司。

 

 神田に停車する電車。

 

「おお。駅も神田だ。でも思った以上に都会だな。神田にいる俺ってなにか凄くねえ?」

 

 うむむ。

 

 つぶやきの意味は分らないが、大した自信だと言っておこう。

 

 さて心配性にも拘わらず危機感に乏しい庄司とて、ようやく新宿の位置を的確に把握してどれだけ時間がかかるのかを算出しようとし始めた。もう一度電車の入り口上部に描かれた路線図とにらめっこを始める。

 

 ……新宿あったッ!

 

 やっと新宿の正確な位置を把握できたようだ。

 

 そして今電車が走っている神田と秋葉原間がどこか把握するに至る。大枠のかかる時間を算出できたのだ。次にスマホの時計を見る。そして心配性からくる不安に苛まれる。このまま乗っていると遠回りなのではないだろうかとようやく気づいたのだ。

 

 山手線内回りに乗ってしまった今となっては今更感が半端ないのだが。

 

 もしかして……。

 

 このままこの電車に乗っていたら約束の時間に間に合わんてぇ。いや、仮に間に合っても約束の時間ギリギリになるがや。かなりヤバイんじゃないの。

 

 なんという事を考えるにまで至る。

 

「次は秋葉原」

 

 アナウンスが癖のあるアクセントで次の停車駅を告げる。

 

 ハッとする庄司。

 

 彼自身、秋葉原にはある思い入れがある。良い方か、悪い方か、と問われれば悪い方なのだが、その思い入れを詳しく説明すると少々長くなるので、ここでは悪い思い入れがあるとだけにとどめて欲しい。

 

 ともかく電車は一路秋葉原に向かい、ひた走る。

 

 立ったまま貧乏揺すり。

 

 止まらない。

 

 すると一人の中年サラリーマンが指を軽やかに動かしてスマホで情報を確認したあと席を立つ。ちょうど庄司の右斜め前の席が空く。席を確保しようと思えば確保できる位置だ。息があがっていた庄司にとって千載一遇のチャンス。

 

 しかし彼は空いた席に目もくれなかった。

 

 むしろ車窓から流れては消え、流れては消えるビル群を心配そうに見つめていた。

 

「よし、仕方がない」

 

 彼は彼なりのロジックを頭の中で組み立ててある決断をする。

 

「ピンチはチャンス。間違いない。多分」

 

 決断をしたあとの庄司は今まで苛まれ続けてきた不安という敵を心の外に追い出し、次なる手を打つ為に計算し始めた。しかしながら彼は策士というには、あまりに直情的であり、且つ、考えなしであったので下手の考え休むに似たりでしかない。

 

 ともかく電車は秋葉原のホームへと滑り込む。

 

 電車の昇降口が軽やかに開く。

 

 降りていく人の波。

 

 庄司は降りていく人の流れに乗り、一緒になって秋葉原ホームへと降り立った。

 

 はて時間がないのに秋葉原で降りてしまうとはとうとう脳までモアイ的思考に冒されてとち狂ってしまったのか。しかしそうではなかった。庄司はその後も人の流れに逆らう事なく、遂には改札から駅を出てしまった。

 

「やっぱり格好いい男ってのは人と違う事をしなかんにぃ」

 

 ……?

 

「さてさてどこにいますかねぇ?」

 

 昭和通り口から降りたあと右手で目の上にひさしを作り、なにかを探している。きょろきょろと視線を忙しなく動かす。目の前には片側二車線の昭和通り。ひっきりなしに車が行き交っている。もちろん出口からは駅を出ようとする人の波があとからあとから続く。

 

「邪魔」

 

 またビリヤードのキューなんか背負っているアホな庄司に忠告する通行人。

 

 なかなかお目当てのものが見つからない彼。

 

 遂には挙動不審になる。

 

 焦り始める。

 

「こんなところで立ち止まってんじゃねえよ。本当に邪魔だから」

 

 また通行人に怒られる庄司。

 

「いねえがやッ」

 

 遂には邪魔者扱いする通行人に掴みかからんとする勢いでイライラとし始める庄司。まあ、掴みかかるまでは小心者だからできないのだが。ともかく彼が探しているブツとは一体なんなのであろうか。恨めしそうにたった今出てきた秋葉原駅を上目遣いで見つめる。

 

 目的のブツが見つからないのであれば遅刻上等で再び電車に乗るか。

 

 はたまた見つかるまで探し続けるか。

 

 そんな二択を迫られた。

 

 ……いや、男にはそれなりに格好いい登場の仕方ってもんがある。もちろん主役ってのは遅れてくるもんだ。だったら目的のブツを探し当てるまでさ迷った方がマシか。もちろんブツを見つければ一発逆転で約束の時間にも間に合うかもな。

 

 などと漫画みたいなノリで考える。

 

 彼の脳天気な思考的にはヘリでご登場なんて事ができればド派手で格好いいのに位にしか考えていなかった。事後処理なんてものは頭に毛頭欠片もない。それにさすがにヘリをチャーターするお金はないし、無論、チャーターの仕方なんて分らない。それが現実。

 

 ともかく今はブツを発見して一発逆転だッ!

 

 と位にしか考えていなかった。

 

 アホすぎる。

 

 これでも一応高校を卒業したあと何年か社会人を経験している男なのだが。

 

 ともかく彼は目的のブツが見つかるまで探すを選択したようだ。そうして入り口付近に立っているのは邪魔だからと昭和通りを南下し始める。ゆっくりと歩を進める。その間もずっと昭和通りを見つめ続けている。

 

 どんどんと南下していく。

 

 そして遂にッ!

 

 いや、遂にというよりは、あまりの車の多さに見逃していたブツを見つける。

 

「タクシーやっとおったってぇ。本当に頼むよ」

 

 とのろのろと右手を挙げた。

 


この本の内容は以上です。


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