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 食卓で、孫の莉奈がうどんをすすっている。涙と鼻水すすりあげながら。登校前、グロスだ、マスカラだと騒いでいた子がと、妙子はつい笑ってしまう。今は高二になっているが、忙しい娘夫婦に代わって保育園に送り迎えしていた頃「帰るー」と泣き叫んでいたと同じ顔だ。妙子は、ゆるんだ口元を見つかると文句を言われそうで、無理に顔を窓の方に向けた。庭には、取る人がいなくなってすっかり茶色くなったカリンがゆれている。莉奈に目をもどすと、左手にスマホをにぎりしめたまま、それでもうどんをすすっている。今日から期末テストだそうで、早く帰って来たのだ。

「どうしたの?おばあちゃんでも相談にのれる?」

妙子は、そっとティッシュの箱を出して、声をかけた。

「明日香にラインをブロックされた。部活の友達からもみんなブロックされたんだよ。テニス部行けない!学校行けない」

そう言うと、莉奈やっと鼻をかんだ。原因は、そのスマホのようだ。ねばりにねばって両親を折れさせ、先日やっと手に入れたものだ。でも妙子には何のことか全く分からない。

「ブロック?コンクリート?」

「おばあちゃん、ちがうよ!私のラインが拒否されたの」

「けんかでもしたの?」

「返信忘れてたんだよ。新しくゲットしたスタンプ送ってきたんだけど」

「スタンプ?はんこ屋さんから送られてくるの?」

妙子は、何とか理解しようと頭の中をグルグルさせながら言ったけれど、莉奈を苛立たせるばかりだ。

「あ~~もう、携帯持ったこともないおばあちゃんにはわからないよ。スタンプはネットで買うの、ネットっていうのは、うわ~もう!このスマホの中で買うの。スタンプ送られたら『かわいいね』とか返信するのがマナーなの。でもテスト勉強中だったし、そのままにしてたんだ」

「次の日、学校で会うんでしょ、その時言えばいいじゃない、ごめんねって」

「それとはまた違うんだよ、すぐ返事しなきゃダメなの」

「それじゃあ、返事の返事のまた返事で、きりがないじゃない」

「おばあちゃんなんかに分からないのよ。わたしハブられたんだ。今日部活で集まるって知らなかった。連絡なかったもん。明日香は部長だから」

妙子は、もう返す言葉も見つからなくなって、ゆっくり立ち上がと廊下に出た。カリンが何だかさびしそうに見えるついさっきまで自分の居間で三か月前に亡くなった夫の遺品整理をしていたのだ古びた文箱を持って戻って来ると、二枚の葉書を取り出して莉奈の前に置いた。きょとんとこちらを見た莉奈に、ちょっとはにかんで言った。

「ちょっと見てくれる?これね、往復葉書、知ってる?」

 そう言われて莉奈は、首をかしげた。

「切り離して相手に、返信用のを送るの。クラス会の案内とかも使われてるよ。これね、昔おばあちゃんが出した葉書なのたった今出てきたの。てっきり捨てたと思ってたから、びっくりしたわ」

妙子は、ぼそぼそと言いながら、黄ばんだ葉書をなでた。莉奈は、しょうがないなあとでも言いたげに隅をつまんだ。 

「まあ昔々のことだけどね、おばあちゃんがちょうど莉奈とおなじ歳だったよ。おじいちゃん、幼馴染みでね、まあずっと憧れてたの。就職で東京へ行ってしまってさびしかった。電話も会社の寮の管理人さんの所しかなかったし、連絡は手紙だけだけだったの」

莉奈は、涙のたまった目を大きく見開くと、むっとして、声をあげた。

「何?今?私がへこんでる今、おばあちゃんの恋バナ!」

妙子は、しわしわの頬をほんの少しほわっと染めながら、続けて言った。

「手紙ってね、待ってる間がながいの。届くだけでも三日くらいかかるのよ。それも筆不精の人相手だったから、何カ月も待ってるの」

「信じられない。私だったら我慢できないよ」

「でもね、その待ってる間、ず~と相手のこと考えててね。その時間が幸せだったかな」

「昭和の人はのんびりしてたんだよ」

「それもあるかもしれないけど、莉奈、大切な人は待てるものよ」

「今だと絶交間違いなしだね。でも私も、ちょっとせっかちすぎるかなあって思うこともある」

「人と人って時間をかけて育てなきゃあ」

 

 

 

 

「うわっ、これ!プ・プ・プロポーズじゃん、あのおじいちゃんが!わおー」

 そう叫んだ莉奈は、古びた葉書を高く持ち上げて立ち上がった。

「莉奈にもそういう人が現れると分かるよ、もしかしてもう?」

涙をぬぐった莉奈、つるつるの頬をほわっと染めた。それからえへんっと咳払いすると

「明日香に私も往復葉書出してみようかな。怒ってますか?①なんともない②おこ③激おこぷんぷん丸 とかね、葉書なんて書いたことないもん、おばあちゃん教えて」

そう言われた妙子は、確かあの引き出しに葉書があったはずだと思いながら、よっこらしょと立ちあがった。その時、スマホからリンという音がした。

「あっ、明日香だ、解除してくれたんだ。あはっ」

そう言うと、莉奈は、夢中でスマホにかじりついた。妙子は、そんな莉奈の背中を、やれやれというように見ると、ほっとため息をついて、また廊下へ出た。

今年はすっかり遅くなってしまったけれど、明日はあなたの大好きだったカリン酒を作るわ」

そう独りつぶやくと、妙子は、文箱を胸に、黄ばんだカリンをそっと見つめた。

 


この本の内容は以上です。


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